自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

052 第44話 放たれた矢

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第44話 放たれた矢

1482年10月16日 午後9時 ヴィルフレイング

その日、南太平洋部隊参謀長であるスプルーアンス少将は、ニミッツ中将の執務室を訪れた。

「どうした参謀長。話とは何かね?」
「司令官。実は、気になっている事があるのですが。」

スプルーアンス少将は、いつもと変わらぬ怜悧な表情でニミッツに言う。

「気になっている事?それは何かな?」

ニミッツは机に両肘を乗せた格好で彼に聞いた。

「カレアントで予想される決戦です。」
「シホールアンル側の攻勢か。気になる事とは、攻勢開始と同時に、行動を開始すると思われる敵艦隊の事だね。」

ニミッツはやや微笑んでから言った。
13日に、南太平洋部隊司令部で、各任務部隊の司令官を集めて、シホールアンル軍の攻勢開始と共に
出てくるであろう、敵艦隊への対処を話し合った。
結論はそう間を置かずに出たのだが、スプルーアンス少将は珍しく、この結論に反対のようであった。

「君は昨日の会議で、敵艦隊は出てこないとしつこく行っていたが、シホールアンル側は全力を挙げて
カレアントを制圧しに来る。それと呼応して敵艦隊もレースベルン沿岸か、カレアント南部沿岸を襲いに
来るかもしれない。」

ニミッツの言葉に対して、スプルーアンスは驚くべき言葉を返した。

「司令官、恐らくカレアントに対する敵の攻勢は、こちらを引付ける囮では無いのですか?」

突拍子の無い言葉に、ニミッツは一瞬唖然となった。

「・・・・・参謀長。どんな根拠があってそのような事を言うのだね?」
「私もまさかとは思いましたが、ある考えに基づいてあの増援部隊を見ると、説明が出来るのです。」
「もしかして、君はカレアントの攻勢作戦は無いと言うのか?」
「推測ですが、その通りです。11日の会議で見せられた写真ですが、あの移動中の部隊は総計で1個軍。
スパイの情報を含めれば合計で20万の大兵力です。なるほど、確かに北大陸から直々に増援軍が前線に
配備されれば、あたかも次の攻勢が始まるように見えるでしょう。しかし、変だとは思いませんか?
20万という兵力は多い。しかし、されど20万です。ループレングの前線軍は約50~60万。
それに20万上乗せしても、対する南大陸軍は50万。合衆国軍も含めれば60万以上です。
シホールアンルが全軍を挙げて攻勢を開始しても、我々には戦車があり、強力な戦闘機、爆撃機もあります。」

スプルーアンスは前のめりになる形で、ニミッツに詰め寄る。

「つまり、この部隊移動は、我々の注意をカレアントに引付けるための、手の込んだ陽動です。」
「陽動だと?だが、現に敵の大部隊は集結中だ。ここ最近は敵航空部隊の味方陣地の攻撃が強化されている。
明らかに攻勢の前触れだ。」
「司令官。アイゼンハワー中将が言われた通り、敵は学んでいます。」

スプルーアンスのこの一言が、ニミッツの表情を凍りつかせた。

「学んでいるのです。我々をどうやったら苦しめ、殺せるか。そして、我々と言う厄介な軍隊を、どうやれば騙し通せるか。」

スプルーアンスは姿勢を正すと、壁の前に移動し、壁に賭けられている南大陸の地図を眺め始めた。

「敵の偽装攻勢に騙された我々は、視線をカレアントに集中させます。その間抜けな我々を尻目に、
敵は易々と侵攻を始めます。敵の狙いは、カレアントではなく」

スプルーアンスの指先は

「ここです。」

出張ったとある半島。バゼット半島に触れていた。


1482年 10月16日 午後9時 ヴェリンス―ミスリアル国境

緑色の円筒形の入れ物から蓋が取られた。
兵士は血に汚れた剣を鞘に入れると、転がっている死体を棺の中に入れた。
体の刺し傷から血が滴り落ち、棺の内部に血溜まりが出来る。
程無くして血が一定量にまで溜まり、兵士が死体を取り出して、溜まった血を入れている間、別の兵が男の死体を片付けていた。

「よし、次は私の出番だな。」

傍らで見ていた、ローブを付けた魔道士が、袋から拳ほどもある赤い魔法石を3つ取り出す。
それを1つ1つ、ゆっくりとした手際で血の溜まった入れ物に入れて行き、3つ全てを入れると、蓋を閉める。
その蓋を、指でゆっくりと、そして次第に速い動作でなぞって行く。

「故に我らのマナで、害すべき者達の悪しき力をさまたげ、仮初めの聖なる壁となし・・・・」

魔道士は呪文を小声で、それも早口で言いながら指をなぞり続ける。
そして、呪文が言い終わると、入れ物から淡い赤い光が放たれた。

光は天を突かんばかりに上空に飛び上がる。それから、薄い線のようなものが、ゆっくりと地面に降りていく。
祭りのイルミネーションのような鮮やかな色は、やがて、何かの薄い幕のような物を形成し始め、瞬きした後には、
“壁”は完成していた。

「これでこの一体は安全だ。あとは味方がここを通るのを待つまでだ。」

指揮官らしき男が、ここに集まっている12人の部下にこれからの行動を説明している間、
ヴェリンス―ミスリアル国境には同様の薄い壁が次々と出来ていた。
この壁はカレアント―ミスリアル国境でも形成されており、バルランド―ミスリアル国境線を除いた全ての国境線は、
全てこの赤い壁に覆われていた。
そのまま、壁は有り続けるのかと思われたが、やがては周りの風景に同化し、傍目からは消えたように見える。
彼らが使った妨害魔法は、通信魔法を妨害するために作られた既存の魔法を、大幅に拡大発展させたものである。
この妨害魔法は、人の生き血に純正の魔法石に浸して触媒にし、魔力の高まった所で予め術式の組み込まれた入れ物に入れる。
入れ物に入れた後、一定の魔力に達すると組み込まれた魔道式が発動し、周囲一帯に大規模な妨害魔法を発動させる。
これは妨害魔法を発動させる入れ物が多ければ多いほど、妨害魔法の範囲は大きくなる。
今回、集められた入れ物と生贄は合計で2万。
この2万で、ミスリアル王国は国土の3分の2の地域を妨害魔法が覆い、これらの地域は魔法通信が出来なくなった。


10月16日 午後9時20分 ミスリアル王国リルネヴィルク

ミスリアル王国南東部に位置するリルネヴィルクは、カレアント公国との国境線に面した町である。
この町の住民は、シホールアンル軍のもしもの攻撃に備えて中西部に避難している。
現在、町にはミスリアル陸軍第37歩兵師団の第12連隊が駐屯していた。
この時、第12連隊では突然の異常事態にパニック状態であった。
第12連隊長であるフルク・キルラン大佐の天幕に、魔道将校が血相を変えて入って来た。

「連隊長、駄目です!魔法通信が使えません!」

「駄目か・・・・・・なんでいきなり魔法通信が使えなくなったのだ?」
「原因は今調査中ですが・・・・・」

魔道将校は汗を拭きながら答えた。
午後9時を回った後、突然魔法通信が使えなくなった。
最初は大した騒ぎにならなかったが、次第に騒ぎが多くなった。
第12連隊は、師団司令部と他の連隊司令部と連絡を取ろうとするのだが、魔法通信はいくら試しても使えず、
連絡が全く取れなくなっていた。

「とにかく状況を掴まねばならんな。」

キルラン大佐は焦りの表情を見せた。
このままここに居ても埒が明かぬと思った彼は、ひとまず様子を見ようと天幕から出ようとした時、
森の奥の一角が急に明るくなった。

「ん?今何か光ったな?」

キルラン大佐は怪訝な表情で、微かに光った方角を見つめた。方角は東。
以前はカレアント公国領であったが、今では侵攻してきたシホールアンル軍に占領されている。

となると、あの光は・・・・・・

「砲撃だ!」

キルラン大佐は大声を上げた。

「シホールアンル軍の砲撃だぞ!どこか物陰に隠れろ!」

魔道将校は瞬時に彼の言葉を理解した。
だが、時既に遅し。
何かが空気を裂いて、降って来たかと思うと、町の一角で爆発が起きた。
リルネヴィルクはカレアント国境まで2.3ゼルドしか離れていない。
シホールアンル軍の野砲の射程距離は3.2ゼルド。完全に射程内であった。

「物陰に隠れろ!不用意に出歩くな!!」

容易ならぬ事態に陥ったと分かった第12連隊の将校達は、声を枯らして部下達にいいつける。
兵や下士官達は将校の命に従い、物陰や建物の地下に隠れていくが、シホールアンル軍の砲撃はそれを許さなかった。
半数以上の兵が、将校の命令を守る前に砲弾の雨を浴びた。
何十門、いや、何百門という野砲の砲撃が、誘導に当たっていた憲兵を粉微塵に叩き潰し、後一歩で物陰に隠れようと
した兵を吹き飛ばして壁に叩きつけ、弾けさせる。
とある1弾は、兵員達が隠れていた小屋の地下室まで貫通し、そこで震えていた兵をすべて粉微塵に吹き飛ばした。
別の1弾はレンガ造りの建物に命中し、そこに保管されていた食料を、砕けた石屑と共に路上にばら撒いた。
砲撃は執拗に続けられた。
50発、100発、300発。
砲弾が落下する度に、リルネヴィルクの町は叩き潰され、残骸に変えられていく。
砲撃が開始されてから30分が経ち、リルネヴィルクの市街地の半数が瓦礫と化した時、唐突に砲撃が止んだ。
誰もが、突然訪れた静寂に首を捻っている時、野砲とは別の敵が迫りつつあった。

ミスリアル王国は10月16日午後9時、突如としてシホールアンル軍の大攻勢を受けた。
シホールアンル軍はヴェリンス、カレアント側から一方的に野砲を撃ちまくった後、キメラ、ゴーレムを
先頭に進撃を開始した。
不意を付かれたミスリアル軍は次々と防衛戦を突破され、特に南部に到っては、各戦線のそれより進撃スピードが
速く、夜明けまでには南東部の4分の1を占領されてしまった。
ミスリアル軍は善戦したが、魔法通信がシホールアンル側によって妨害されているため、後方部隊には戦況が
全く伝わらないという最悪の事態に陥った。
ミスリアル軍は、敵侵攻軍の規模や意図が不明確なまま戦いを余儀なくされ、戦線は急速に後退し始めていた。


10月17日 午前10時 ミスリアル王国ジュラナステイル

ジュラナステイルは、ミスリアル王国東部にある小さな町である。
この小さな町の一角に、古ぼけた小屋があった。
その小屋の中に、1人のダークエルフが息を切らしながら入って言った。

「駄目です。相変わらず魔法通信が使えません。」

ダークエルフの男は、額の汗を拭きながら、上司に報告する。
上司は、肩に乗せていた鳥を撫でながら振り向く事も無く

「そう。ご苦労様。」

と、冷たい声音で男に言う。

「魔法通信が使えないとなると、連絡系統はほぼ壊滅・・・・か。」

その上司の女。ミスリアル王国第2皇女であり、特別諜報部の局長でもあるベレイス・ヒューリックは
改めて事態の深刻さを痛感した。

昨夜から、魔法通信が使えなくなって既に13時間が経過している。
ここからカレアント国境までは100ゼルドあるが、彼女は国境線で何が起きているか既に把握していた。

「魔法通信が長時間使えなくなるという事は、既にシホールアンル軍はこの国の内部に浸透し始めている。」
「やはり、シホールアンルは我がミスリアルの魔法技術を取り込もうとしているのでしょうか。」
「十中の十そうでしょう。ここから北西50ゼルドには、あたし達ミスリアルの聖都でもある、
魔法都市ラオルネンクがある。敵の狙いは、第一にラオルネンクの占領ね。これまでのシホールアンルの
侵攻スピードからすれば、速くて2週間かかるわね。その間にラオルネンクから諸々の物品を運び出すのは
ほぼ無理。」
「だとすると、我々はこのまま、ラオルネンクが占領されるのを待つのでしょうか?」
「待つ?そんな悠長な事はしない。」
「では、今から我々がラオルネンクに言って・・・・・・・都市の破壊を促すのですか?」

男は躊躇いがちに言った。
ラオルネンク。そこは、ミスリアルがこの世界で、魔法分野でトップを占める象徴とも言える魔法都市だ。
平時であれば、各国から多数の魔道士が、このラオルネンクに行き、自分の学ぶ魔法により磨きをかける
場所となっている。
世界でも最高峰の魔法協会や魔法研究施設は、どの国の研究施設よりも研究材料や人材が豊富であり、
それでいてこの年の魔法学校は常に素質の良いエリートばかりが集められている。
それなりに厳しいではあるが、魔法使いを志す物にはまさに夢の都市である。
魔法都市でありながらも、人口もミスリアルで2番目に当たる180万人が住む大都会という側面も持っており、
ミスリアルにとっては何物にも変え難い都市だ。
その魔法都市に、シホールアンルは狙いを定めている。
ならば・・・・・・・敵に渡る前に破壊してしまおう。
男の心は、その思いで染まりつつあったが、

「それは最終的な手段。手はまだある。」

ベレイスはやや余裕じみた笑みを男に向けた。

「手はあるって、それは?」

そう言ってから、彼女は机に地図を広げた。

「私たちはここ。ミスリアルの東部にいる。ここからこう、南に南下して一気にバルランド領に抜ける。
馬に乗って行けば2日ぐらいの距離よ。」
「バルランドへ抜けるのですか。」
「そうよ。バルランド国境警備隊の魔道士に頼んで魔法通信を送ってもらうわ。魔法通信が届けば、騎兵隊が来てくれる。」
「騎兵隊・・・・・もしかして、アメリカ軍ですか?」
「ええ。彼らだって、大事な同盟国が脱落するのはなるべく避けたい筈よ。彼らは必ず来る。」
「し、しかし。馬を飛ばしてバルランドに入るとしても、途中で敵の特殊部隊に襲われる可能性があります。」
「そんな事百も承知。要は情報が他の各国に伝わればいいのよ。」

ベレイスはふと、天井を見上げる。

「こんな広範囲で魔法通信が使えなくなるという事は、シホールアンルは恐れているのよ。早々と邪魔者が出てくる事を。」

彼女は分かっていた。
シホールアンルが何故、こんな病的なまでに魔法通信を妨害させる魔法を敷いたのか。
彼らは、恐れているのだ。アメリカ軍が出てくる事を。
アメリカに不意討ちを食らわせて以来、シホールアンルはこれまでのツケを一気に取り立てられるかの
ような被害を、アメリカ軍に味合わされてきた。
精強なシホールアンル海軍は、アメリカ海軍相手に思うように戦果を出せない。
ほぼ無敗だった陸軍は海軍以上に装備の差をつけられ、4月の地上戦闘で圧倒された。
疫病神に等しい存在となったアメリカ軍を初期の段階で出さぬ為には、状況を伝える事に便利である魔法通信を
妨げなければならない。
そう、シホールアンルの思惑は、現時点でほぼ成功しているのだ。
あとは、混乱を起こしているミスリアルに侵攻軍を入れればよいだけの事であった。

「でも、あたしがさせない。」

ベレイスは、意を決したように言うと、席を立ち、置いてあった自分の持ち物を慌ただしく取り始めた。

「時間が無い。このままバルランド領に行く。付いて来て。」
「分かりました。馬は取って置きの物を手配いたしましょう。」

男はそう言った後、ベレイスと共に小屋を出た。


午後5時
望遠鏡の向こうには、疾走する2頭の馬がいた。
馬には2人の男女が乗って、上手く手綱を引いて馬を操っていた。

「やはり来たか。伝令役が。」

望遠鏡を覗いていた男は楽しげな笑みを浮かべながら望遠鏡を下ろした。
2頭の馬は、あと1時間もすれば森林地帯に入る。
その森林地帯を抜ければ、あと80ゼルドほどの距離でバルランド領に行ける。
2頭の馬は明らかにバルランド領に向かっている。
男。シホールアンル軍第66特殊作戦旅団第2小隊を率いるポイエンク・リルンカ中尉は笑みを浮かべながら丘を下りて行った。
5分ほど歩くと、鬱蒼と茂った林に入る。林には人らしき物は無い。
しかし、リルンカ中尉は分かっていた。

「状況は以前説明したとおりだ。今回、我々の班が敵の伝令役を消す事になった。今回の任務は、伝令役を殺す事。
それだけだ。俺から言うのは以上だ。」

その言葉を言った瞬間、いくつかの気配が現れ、その気配はすぐに消えて行った。
部下達が、相手を殺しに行ったのだ。

「さて、あと少し経ったら、俺も奴らの成果を見に行くか。」

彼は腰の短剣を抜きながらそう呟く。
短剣はよく研ぎ澄まされており、少し指で触れただけでも血が吹き出そうなほどだ。
実際、この短剣で何人もの敵を、リルンカ中尉は殺してきた。
17歳の頃からやってきたこの仕事も、早8年。今では旅団の中でも掛け替えのないベテラン将校である。
命令とあらば、男、さらには女や子供も殺してきた。最近はこれが少し楽しいと思うようになってきている。

「他の分隊も、敵の伝令役を捕捉出来てるといいんだが。」

彼は心配したような口調で呟くが、内心では他の分隊もうまく出来るだろうと思っている。
シホールアンル軍は作戦開始前に、本国から直々に暗殺戦等の非正規戦を得意とする旅団を2個ほど、
バルランド、ミスリアル国境に忍ばせた。
彼らはミスリアルにいるエルフ族意外の人間によく溶け込んだ。最終的には12000人の特殊部隊が侵入し、慌ててバルランドへ抜けようとする間抜けなミスリアル人や連合国人を次々と討ち取っていた。
部下達が行って10分が経ち、彼も後を追う事にした。
上空で鳥達が盛んに鳴きながら飛び回っている。

「うるさい鳥共だ。」

彼は事も無げに呟きながら、上空を通過していく鳥に気を止める事もなく、その場を離れていった。

暗い森林地帯を、2頭の馬が土を跳ね上げながら猛速で突っ走っていく。
ベレイス達は、午前10時に出発して以来、途中で小休止を幾度か入れながらもバルランドへ向かっていた。

「姫!この森林地帯を抜ければ、後はバルランドまで一直線ですな!」
「そうね!この難所さえ抜ければ後は楽ね!」

ベレイスは微笑みながら部下にそう言った。

今の所、シホールアンル兵らしき存在は確認していない。
急速侵攻が得意である敵も、流石に1日で南部を完全制圧と言う事は出来ないようだ。
魔法通信は、相変わらず使えないままだ。
ミスリアル軍は他国の軍と比べて優秀と謳われているが、今頃は敵の大軍相手に不利な戦いを強いられているだろう。
脳裏の中に激戦の様子が浮かぶ。
キメラやゴーレムを先頭に陣地に迫るシホールアンル軍。それに威力の大きい魔法をぶつけ、
迫る敵兵に対して果敢に挑むミスリアル兵や、遠方の敵を矢で射抜いていく弓兵。
奮戦するミスリアル兵に容赦なく襲い掛かる敵のワイバーン部隊。
想像に尽くせぬ凄惨な光景が、戦場で現出されているのだろう。
(待ってて。あんた達の苦しみはすぐに終わらせてあげる)
ベレイスは内心そう思うと、心なしか目頭が熱くなる。
その時、彼女は感じた。人が発する殺気と言う物を。

「来る!」

彼女はただ一言そう言っただけで、馬から飛び降りた。部下もその立った一言で分かった。
2人は馬を飛び降りると、地面を転げまわった。
こういう事には慣れているのか、痛々しそうに転んだにも拘らず、2人はうまく受身を取り、傷ひとつついていなかった。
馬から飛び降りて1秒後、彼女らが乗っていた馬が突然悶え苦しみ、転倒する。
2人はすぐにその場を離れる。2人が0.5秒前までいた場所に幾本もの矢が突き刺さる。
ベレイスは横に飛び退けながら、気配の1つに向けて小型のナイフを投げた。
その弓兵は、狙った女が投げたナイフに気が付いたが、その直後には、ナイフは左目に突き刺さっていた。

「ぎ、ぎゃあああああー!」

余りの激痛に、弓兵の男は悲鳴を上げて木から転落した。
転落の際に枝に延髄を強打してその男の意識は彼方に消し飛んだ。

ベレイスと、その部下は瞬きの瞬間に1人ずつ弓兵を討ち取った。だが、敵は2人のみでは無い。
別の方角から矢が飛んで来る。ベレイスは人間とは思えぬ速さで飛んでくる矢を叩き割り、
2秒後に地面に伏せている弓兵と対面した。

「こんばんは。」

ベレイスはニタリと笑って言いながら、大型のナイフで弓兵に切りかかる。
弓兵の顔をナイフが薙ごうとするが、刃先は弓兵が咄嗟に出したクロスボウを切り裂いたに留まる。
すぐにナイフが切り返されるが、弓兵も手練なのだろう、いつの間にかナイフを取り出して切り返しを受けた。

「いい腕。だけど」

唐突に弓兵の動きが止まる。ベレイスの左手が弓兵の左胸に当てられている。
左手を引くと、そこには血に濡れた小さなナイフが現れた。

「な・・・・・いつ・・・・の」

弓兵は驚愕の表情を浮かべてから、胸を真っ赤に染めて息絶えた。

「あたしに及ばない。」

酷く冷たい声音で、人であった物体にそう語りかけた。
ベレイスは視線を別のところに向ける。とある一角で、小さい火花が盛んに点滅している。
部下が他の敵兵と戦っているのだろう。
弓兵は3人であったのだろう、矢はもう飛んで来なかったが、部下の周囲に6つの気配が群がっていた。
唐突に、1つの気配が地面に倒れる。
一瞬、彼女は部下がやられたかと思ったが、戦いはまだ続いているから、彼女は抱いた不安を打ち消す。

「あんたの相手は俺だぜ!」

いきなり、横合いから人影が現れて彼女の横顔目がけて、何本ものナイフが投げられた。
2本を避け、2本を受け流した所でベレイスはその敵と対峙する。

「あんた強いな。シホールアンルじゃ俺らは少しは名が知れているんだが、あっという間に手練の2人をやるとはな。
大した腕前だぜ。」

その敵は、小柄でほっそりとした体系だが、その分俊敏そうであり、顔には斜めに傷跡がある。

「で、その仇討ちに来たわけね。」
「そうさ!」

その敵は爆発したように動く。常人では見えぬ速さで両手をせわしなく動かしてきた。
ベレイスも負けじと、右手にもつナイフで相手の攻撃を防いだ。
相手の2本のナイフを、彼女は10回、20回、30回と、表情を変えずに片手一本でさばく。
ギィン!シャァン!という鉄が滑り、弾かれる音が辺りに響く。
唐突に、右腕に鋭い痛みが走る。ナイフの先端が、右腕に当たって皮膚を切り裂いたのだ。

「あんた、なかなかやるじゃねえか!楽しいぜ!」

敵はそう叫びながらベレイスに左回し蹴りを食らわせようとする。
これまた鋭い蹴りだ。素人がこの蹴りを受ければ、たちまち体の中身が破壊されるだろう。
その蹴りをベレイスは体をしゃがませて避け、次に足払いをかけるが、相手も片足で後ろに飛び退いた。
引き際にしゃがむベレイスに向けて、4本の小型ナイフを投げつける。
彼女はすかさず右に飛び退いたが、左肩にザクッ!と、ナイフが刺さる感触が伝わる。

「畜生め、すばしっこい女だ!」

敵は憎んでいるのか、楽しんでいるのか分からないような口調でベレイスに言う。

立ち上がったベレイスは右手を伸ばし、人差し指と中指を突き出してから、

「風よ、穿ち抜け!」

魔法を放った。
その全ての動作は1秒、いや、0.5秒にも満たなかった。
敵は、ベレイスが魔法を使ってくるだろうと思っていたが、まさかこんなに速いとは思わなかった。

「な、早」

避けようとした敵兵は、左半身に衝撃波を受けた。左半身の骨が何本も砕け、内臓が固形化した空気に叩き潰された。

「ぐ、があああ!」

致命傷を負った敵兵は、ひとしきりのた打ち回ったが、間を置かずに息を引き取った。

「今行くよ!」

彼女は振り向いて、部下の元に向かおうとした。だが、目の前には4人の敵が立ちはだかる。
その背後には、3つの死体。敵の死体と部下の死体があった。

「・・・・・・・・これも運命なのね。」

ベレイスは感情のこもっていない口調で言いつつも、左肩に刺さっていた小型ナイフを抜いた。

「お前が最後だ。何者か知らないが、その命、頂く!」

先頭の女性兵が向かって来た。部下と戦ったばかりで、ある程度の疲労は残っているはずなのに、動きは速い。
(こいつら、シホールアンルの第60特殊戦軍の兵士達ね)

ベレイスは確信した。動きからして、シホールアンルでも有数の特殊軍の1つである第60特殊軍に間違い無い。
いくつかある特殊軍にはそれぞれの特徴がある。今回の後方撹乱の任務には、よく第60特殊軍の部隊が使われるのだ。

「チッ!なまじ動きが良すぎるもんだから!」

ベレイスは憎らしげに表情を歪めながら、その女性兵が放った剣戟を交わす。
攻撃はこれのみならず、袈裟に入ったと見るやいきなり胴を薙いでくる。
彼女は愛用の大型ナイフでその剣戟を裁きながら、左手に持っていた小型ナイフを至近にもかかわらず投げる。
その女性兵が剣でナイフを弾いた時に、別の大柄の敵兵がベレイスの背後から襲い掛かる。
背中に一突き。それでベレイスは終わる筈だったが、彼女は身を反らし、そして飛んだ。

「なっ!?」

敵兵が驚くが、剣を持っていた手に回し蹴りが加えられ、剣が吹き飛ばされる。
そして、いつの間にか着地した彼女は態勢の崩れた敵兵の顔面を殴る。
グシャッ!という何かが潰れた感触がするが、彼女は気にせずに殴った敵兵の襟首と脇を持ち、
あろう事か、それを別の敵兵に向けて投げ飛ばした。

「うわあぁ!?」

悲鳴を上げた直後、仲間を叩きつけられた敵兵が仰向けに倒れ、無様な姿を晒した。

「この、化け物がぁ!」

体が触れ合う距離に、彼女が驚いた時。ズッという何かが刺さる感触が、腹から伝わった。

「好きで化け物でいるわけじゃないわ。」

彼女は疲れたような顔で、ナイフを突き刺した女性兵に言う。ベレイスは思わず気が緩んでしまったが、

「か・・・・・かかっ・・・・たね。」

女性兵は痛みに顔を歪めながら、ニヤリと笑った。曲がりなりにも、女性兵はチャンスを掴んだ。
そして実行した。
ベレイスは瞬時にこの敵が何を思ったのか分かった。ナイフを引いて突き飛ばそうと思ったが、その時には、彼女の最中から1本の剣が突き出されていた。

「自爆・・・・覚悟だけど、化け物・・・には、これが一番・・・よ。」

万事休すだった。その若い女性兵は、まだあどけない顔に満面の笑顔を浮かべていた。
その時点で、彼女は死ぬんだなと思った。

「見事なものね。仕方ない・・・・・かな。」

何故か、ベレイスも満足気な口調でそう言うと、その場に崩れ落ちた。


リルンカ中尉が来た時、戦いは終わっていた。
「小隊長。」
虫の息の女性兵を介抱していた、部下の軍曹が彼に気付く。

「ふぅ。どうやら終わっちまったみたいだな。伝令役は?」
「殺しました。ですが・・・・・」

軍曹は、死体に視線を移す。伝令役の死体は2体、互いに離れた位置にある。
うつ伏せに倒れている1人は男。胸の中心から服を真っ赤に染めて仰向けに倒れているもう1人は女であった。

「こ、こいつは・・・・・・まさか。いや、そうだ。」

隊長の狼狽振りに、軍曹は怪訝な表情を浮かべる。

「小隊長。どうかされたのですか?」
「ああ。ちょっとな。しかし、お前達は大当たりを引いたのかも知れんぞ。この女はミスリアル王国の第2皇女、
ベレイス・ヒューリックだ。」
「え?第2皇女!?」

衝撃の事実に、軍曹は仰天した。

「この化け物が・・・・・・あの男もそうでしたが、この女はあいつを投げ飛ばしたんですぜ。それも凄い勢いで。」

軍曹は目を見開きながら、伸びている大柄の兵を指差した。その兵は、彼の分隊では一番腕っ節が強く、
軍の格闘大会では常に上位に入っているほどの兵である。
その兵を投げ飛ばした力が、筋肉質であるとは言え、男から見たら華奢な体の何処に隠されているのか。

「第2皇女がこんな所に来るとは・・・・・もしかして、ミスリアル王室はバルランドへ逃げ始めたのか?」
「いや、このお姫様は伝令役ですよ。」

軍曹は懐から紙を取り出した。

「このお姫様が持っていたんです。バルランドへのミスリアル王国の現状報告書ですよ。」
「・・・・・・そうか。」

リルンカ中尉は納得したように呟いた。

「どうします?バラバラに切り分けて敵に贈りましょうか?」

軍曹はリルンカ中尉に聞いた。だが、リルンカ中尉は首を縦に振らなかった。

「俺の自慢の分隊を壊滅させた憎い敵とは言え、国を救おうとした勇士に変わりは無い。
ここは、その勇士に敬意を表して、丁重に葬ってやろう。」

彼としては、敵とは言え、国を救うために行動を起こしたベレイスらを、死体になった後にまで
残酷な仕打ちをするのは忍びなかった。

「任務は果たしたんだ。今はそれでいい。」

リルンカ中尉はそう言いながら、ベレイスの遺体に敬礼を送った。
彼はベレイスの顔が笑っている事にふと気になったが、それも振り払って遺体を丁重に葬った。

彼は知らなかったが、ベレイスが長年可愛がっていた鳥が、今しもバルランドに迫っていた。
その足には、小さな筒が紐でくくりつけられていた。


1482年 10月18日 午前1時 ヴィルフレイング

「と、今日はこれでおしまいっすね。」

ラウス・クレーゲル魔道士は、眠そうに呟きながら、生徒にそう言った。

「おう、今日もありがとうな。ラウス先生。」

生徒である第16任務部隊司令官、ウィリアム・ハルゼー中将は笑みを浮かべながらラウスに返事した。

「いやあ、君にはいつも助かっているよ。お陰で、シホット共の言葉が少し分かってきたぞ。」
「はあ、どうもっす。」

彼はそう言って大欠伸をかいた。

彼のいる場所は、空母エンタープライズの司令官公室である。
ハルゼーが復帰してからは、週に3回。9時から1時までシホールアンル語の勉強をしている。

「さて、今日はもう遅いな。ではラウス君、また来週も頼むぞ。」
「分かりました。それでは、自分はおいとまします。」

彼はそそくさと立ち上がると、ハルゼーに一礼してから部屋を出ようとした。
いきなり、ドアが開いて、参謀長のブローニング大佐が入って来た。

「おお、マイルズ。どうしたこんな時間に?」
「司令官。南太平洋部隊司令部が、至急司令部に出頭せよと命じてきました。」
「出頭?こんな夜更けにかね?」

ハルゼーは不機嫌そうに顔を歪めてから、葉巻に火を付けようとした。

「緊急事態が起こったようです。シホールアンル軍がミスリアル王国に対して大規模な侵攻作戦を開始したようで。
その事について緊急の作戦会議を開くとの事です。」

ハルゼーの動きが止まった。彼は開いたジッポの蓋をパチンと閉めると、椅子から立ち上がった。

「ならば仕方ないな。ラウス君。俺はもう少し夜更かしするが、君は部屋に戻って眠っておけ。」
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