第85話 壮絶 マルヒナス沖海戦
1483年(1943年)10月2日 午前1時 マルヒナス沖東200マイル地点
マリングス・ニヒトー少将が指揮する第2艦隊は、50隻の輸送船を護衛しながら、時速10リンル(20ノット)の
速度でマルヒナス運河に向かっていた。
第2艦隊旗艦であるオーメイ級巡洋艦レルバンスクの艦橋で、ニヒトー少将は夜空を見上げていた。
「すっかり晴れましたね。」
主任参謀がニヒトー少将に声をかけてきた。
「ああ。見てみろ、綺麗な星だよ。日中は酷い天気だったが、こうもあっさり晴れるとはな。」
「ですが、その酷い天気のお陰で、我々は予想していた敵機動部隊からの空襲を避けられましたよ。」
「そうだったな。それ以前に、アメリカ機動部隊がどこにいたかどうかは知らなかったぞ。なにせ、肝心の第4機動艦隊までもが、
日中はずっと酷い天気に悩まされていたからな。お陰で、偵察ワイバーンが飛ばせなかった。」
「敵さんの位置が掴めなかった事は、少々心配ですな。でも、これで明日中には無事、船団をマルヒナス運河に送り届けられます。」
「うむ。モルクンレル中将から貸して貰った艦も、傷付けずに返せるな。」
ニヒトー少将は安堵したような表情でそう言った。
第2艦隊は第4機動艦隊から、対空巡洋艦のルンガレシとエレガムツを貸して貰った。
これは、もし敵機動部隊の艦載機が輸送船団に襲いかかって来た場合を想定した物である。
フリレンギラ級対空巡洋艦に属するルンガレシとエレガムツは、共に4ネルリ(10.28センチ)砲16門、
魔道銃46丁という重火力を有しており、敵機が来た場合には充分に活躍すると思われていた。
現に今年5月のアムチトカ島沖海戦では、襲い掛かって来るアメリカ軍機相手に獅子奮迅の活躍を見せ、機動部隊の損害軽減に付与している。
シホールアンル版アトランタ級巡洋艦とも言われる2隻の対空巡洋艦の派遣に、第2艦隊司令部は飛び上がらんばかりに喜んだ物だ。
だが、助っ人達の活躍はとうとう見られずじまいに終わりそうだ。
「奴さん達の活躍ぶりも見たかったものでしたが。」
「見ないほうが良かったかも知れんぞ。アメリカ艦載機はどんな生き物よりも凶暴だから、船団に被害が出ていたかも知れん。
まあ、今は無事に山場を抜けられた事を喜ぶべきさ。」
ニヒトー少将は微笑みながら、主任参謀の肩を叩いた。
ふと、彼は香茶が飲みたくなった。
「従兵。」
「はっ!」
ニヒトー少将は、艦橋の隅で立っていた従兵に声をかけた。
「すまんが、香茶を入れてくれんかな?数は・・・・・ちょっと待ってくれ。どうだね。君達も飲まんかね?」
彼は、艦橋に詰めている艦長や、艦橋要員にも茶を飲むようにすすめた。
全員がニヒトー少将の勧めに応じた。
「とりあえず、13人分入れて来てくれ。それから2人ほど手伝ってくれ。1人では13人分のカップを持つのは大変だ。」
「わかりました。」
レルバンスクの艦長がそう答えると、2人ほどの水兵を従兵の手伝いに参加させた。
5分ほど経って、3人の水兵はカップに入った香茶を持って来た。
「どうぞ、司令官。淹れたてですよ。」
従兵は微笑みながら、ニヒトー少将にカップを手渡した。
「ご苦労。」
ニヒトー少将はそう返事した後、香茶をすすった。
「うまい。」
いつもながら、飽きの来ない味わいに、彼は一言呟いた。
平穏な空気が打ち破られたのは、この直後であった。
「艦長!緊急連絡です!」
唐突に、伝声管から緊迫した声が流れて来た。
「どうした?」
「ハランガ魔道士官が、本艦隊の南西11ゼルドの方向に、不審な生命反応を探知したと報告して来ました!」
「南西方面だと?南西方面には味方の艦隊もいないぞ。」
艦長はそう言いながら、レルバンスクの魔道士官の顔を思い出していた。
魔道士官の名前は、レクムロ・ハランガ。階級は中尉で、通常の魔道士官と違って魔道学校を上位で卒業したと言う秀才であるが、
普段の勤務態度が悪いのと、上官に反抗する事で辺境や、旧式艦艇をどさ回りさせられていという、クセの強い士官だ。
年は今年で27を迎える男性で、外見からして普通の男なのだが、今年4月からレルバンスクに乗り込んでからは普通に仕事をこなしている。
ただ、あまり目立たぬため、口の悪い乗員からは空気と渾名されている。
そんな魔道士官が、いきなり不審な生命反応を探知したと言うのだ。
「ハランガ中尉を呼んでくれ。」
艦長はハランガ中尉を呼び出した。
「ハランガです。」
「ハランガ中尉。君は南西方面から不審な生命反応を探知したと言っているが、それは確かなのかね?」
「確かです。生命反応は、今はさほど強くありませんが、時間を追うごとに強くなりつつあります。」
「なるほど・・・・ちょっと待ってくれ。」
艦長はそう言ってから伝声管から離れ、ニヒトー少将に顔を向けた。
「司令官。南西方面から不審な生体反応を探知したとの報告が入りました。」
「生体反応だと?うちの魔道参謀はまだ何も感じてないようだが・・・・距離は?」
「11ゼルドです。」
「11ゼルド・・・・・・・馬鹿に遠いな。それ以前に、普通は10ゼルド前後しか反応は探知できないぞ。
もしかして、君の所の魔道士官は。」
「確か・・・・魔道学校を上位で卒業したと言っていました。それ以上は詳しく教えてくれませんでしたが・・・・・」
「・・・・・・」
ニヒトー少将はしばらく黙り込んだ。
レルバンスクの魔道士官は、どうやら普通の魔道士官よりも生命反応探知の魔法が使えるようだ。
恐らく、魔道士官の得意分野は、相手を探知する事らしい。
その魔道士官が探知したと言う、不審な生体反応・・・・・
(日中、アメリカ軍は機動部隊を持って、我々を攻撃できなかった。アメリカ機動部隊が近くにいたという保証は無いが、我々の存在は知っている筈だ)
今の所、艦隊に異常は見られない。懸念されていた潜水艦の襲撃も今は全く無く、平穏な航海を続けている。
(いや、もしかして・・・・・平穏は既に破られているかもしれない)
ニヒトー少将はそう思った。
「魔道士官とのやり取りを続けてくれ。」
彼は、レルバンスク艦長にそう命じた。
5分後、レルバンスク艦長はやや青ざめた表情を浮かべて、ニヒトー少将に報告してきた。
「魔道士官の報告によりますと、生命反応は先ほどよりも明確に感じられるとの事です。距離は11ゼルドから10ゼルドに縮まったようです。」
そして、それから更に10分後、
「駆逐艦ムギルガより報告!艦隊の南西方面から接近せる不審な反応を探知!」
「巡洋艦ラガルムより報告!艦隊の右舷後方側から不審な反応を探知。反応は徐々に大きくなりつつあり。」
艦隊の僚艦からも、次々と報告が入ってきた。
「司令官。魔道士官からの報告によりますと、生命反応は我が艦隊より約9ゼルド離れた海域にまで接近しているようです。速度も判明しました。」
「どのぐらいだ?」
「約15~16リンルの速力です。」
「もはやはっきりしたな。」
ニヒトー少将は、ため息を吐きながらそう言った。
「全艦に下令。これより敵艦隊を迎え撃つ。護衛艦部隊は船団から離れ、敵艦隊を阻止せよ。」
この命令は、魔法通信によって各艦に伝わった。各艦は直ちに砲戦用意の命令を発した。
やがて、輸送船の周囲に貼り付いていた巡洋艦、駆逐艦が隊列から離れて行く。
輸送船の乗員達は、護衛艦が慌しく離れていく事から、何かただならぬ事が起きようとしていると思った。
護衛艦群は、手馴れた手付きで隊列を組んだ後、反応の強い方角に向けて突進していった。
敵艦隊に向かった護衛艦群は、やや大めの部隊と、数隻程度の部隊の2群であった。
午前1時40分
「敵艦隊の詳細が判明しました!」
第2艦隊旗艦の巡洋艦レルバンスク艦上で、ニヒトー少将は魔道参謀からの報告を聞いた。
「敵艦隊は巡洋艦4、駆逐艦16隻です。」
「分かった。」
ニヒトー少将は頷くと、望遠鏡で艦首方向の海面を眺めた。
暗い海面には、何も見える物はない。だが、水兵線の向こうには、不遜にも輸送船団襲撃を企図していたアメリカ艦隊がいる。
「アメリカ人め。航空機が使えぬのなら軍艦で叩けばいいと判断したな。」
ニヒトー少将は忌々しげに呟いた。
「その考えは悪くないが、貴様らは輸送船団に俺達の艦隊が付いていると言う事を忘れている。まずは、ここで通行料を払って貰おうか。
最も、通すつもりは無いがな。」
彼は、やや憤るような口調でそう言う。
アメリカ艦隊との距離は刻一刻と縮まって来る。
やがて、魔道士官からアメリカ艦隊が6ゼルドの距離まで接近して来たとの報告が届いた。
「照明弾発射!」
ニヒトー少将はすかさず命じた。レルバンスクの前部にある2基の7.1ネルリ砲から、1番砲塔の2門の砲が火を噴く。
10秒ほど間を置いた後、艦首の向こう側にぱあっと赤紫色の淡い光が広がった。
その淡い光の下に、何かの影が見えた。
「敵艦視認!敵は我が方に向かいつつあります!あっ、敵の先頭艦が右舷に回頭!進路を変えました!」
見張りの声が伝声管から流れて来る。
「司令官、どうやら敵は誘っているようです。」
主任参謀が危惧するような口調でニヒトーに進言した。
「アメリカ艦隊がああやって回頭する時は、いつもの通り同航戦を挑むときに行われています。護衛部隊のほぼ全力が輸送船団から
離れている以上、誘いに乗るのは余りにも危険です。下手をすれば」
だが、ニヒトー少将は主任参謀の言葉を最後まで聞かなかった。
「分かっておる。だが、船団の近くにはしっかり予備を置いてある。いざと言う時はその予備が敵の攻撃を防いでくれるはずだ。」
「しかし」
「何、あまり心配せんでも良い。砲の発射速度に関しては、我々よりも予備隊のほうが優れているからな。アメリカ人捕虜が言っていた
自慢のブルックリンジャブとやらを、相手にも味合わせてくれるかも知れん。それに、敵は目の前にいる。今反転すれば、後ろから
食い付かれてしまう。」
「・・・・・分かりました。」
主任参謀はやや間を置いてから、そう返事した。
「誘いに乗ってやろう。取り舵一杯!」
ニヒトー少将は命じた。
レルバンスクの艦首が左に回頭をはじめた。レルバンスクに従っていた僚艦も、それに倣って回頭を続ける。
最後の巡洋艦が回頭を終えた時、突如アメリカ駆逐艦部隊が増速して来た。
「敵駆逐艦速力上げました!我が方に急速接近!」
「駆逐艦部隊は敵駆逐艦に当たれ!巡洋艦は我々が始末をつける。」
ニヒトー少将はそう言いながら、照明弾の光に曝け出されたアメリカ巡洋艦を眺めた。
新たな照明弾が炸裂し、右舷側にいる敵艦の姿が見える。
距離は未だに遠いため、はっきりとは見えない。だが、艦の形は分かった。
低めの艦橋構造物。艦橋の前に設置された3つの砲塔らしき物、後部には似たような物が2つある。
「敵はブルックリン級巡洋艦です!」
唐突に、見張りからの報告が艦橋に響いた。ニヒトー少将は思わず舌打ちをした。
「ブルックリン級か・・・・厄介なのが出てきたな。」
ブルックリン級巡洋艦は、主砲のサイズはシホールアンル巡洋艦よりも小さな物である。だが、問題は積んでいる砲の数と、発射速度だ。
ブルックリン級は、傍目からはオーメイ級やルオグレイ級と似たような大きさだが、主砲の搭載数は15門とかなり多い。
これだけでもオーメイ級やルオグレイ級では手が余りかねないのに、ブルックリン級はその15門の主砲を、遅くて8秒。早くて6秒と言う、
信じられぬような速さで撃ちまくるから、まさに海の暴れん坊とでも言うべき代物だ。
現に、開戦以来からシホールアンル海軍は、このブルックリン級に勝てた試しがない。
去年の第2次バゼット海海戦でも2隻のブルックリン級に対して5隻で当たって、シホールアンル側は1隻沈没、3隻大破。それで得た戦果が
1隻撃沈、1隻大破というものだから、いかにブルックリン級が凶暴な存在であるかが分かる。
シホールアンル海軍の水上艦は、あの日以来猛訓練を続けて、着実に錬度を上げている。
それでも、ブルックリン級に対してどこまで通用するかは分からない。
(1隻だけでも押さえ難い敵が、目の前に4隻もいる・・・・これを厄介と呼ばずして何と言おうか。)
ニヒトー少将は苦い表情を浮かべながらそう言った。
ニヒトー部隊の巡洋艦が敵と同航する形になった直後、アメリカ巡洋艦が砲撃を開始した。
「敵1番艦発砲!続いて後続艦も発砲を開始!」
「まだ距離は5.4ゼルド(16200メートル)もあるのに、もう射撃開始とは・・・・!」
オーメイ級、ルオグレイ級巡洋艦が搭載する49口径7.1ネルリ砲の射程距離は7ゼルド(21000メートル)で、
5.4ゼルドという距離は充分に射程内であるが、視界の悪い夜間では、5ゼルドで射撃を行うのがシホールアンル側の常識だ。
にもかかわらず、アメリカ巡洋艦は遠めの位置から砲門を開いた。
ニヒトー少将は、艦首部を眺めた。前部2基の主砲は、既に右舷を向いている。
射撃はいつでも可能である。舷側の両用砲からも、定期的に照明弾が打ち上げられている。
やや遠いとはいえ、敵の位置は既に掴んでいた。
レルバンスクの左舷側に水柱が立ち上がった。敵の主砲弾が落下してきたのだ。
「砲戦想定距離まで待つ必要は無い。こちらも相手に応えるまでだ。主砲、撃ち方始め!」
ニヒトー少将はついに、砲戦開始の合図を発した。
第61任務部隊第3任務群旗艦である軽巡洋艦ブルックリンの艦上から、敵艦隊が一斉に発砲するのが確認された。
その2秒後に、3番砲が火を噴いた。
戦艦砲と比べると、6インチ砲の射撃はささやかな物と思われがちであるが、それでもズシリと来る振動が伝わってくる。
この砲弾は、敵1番艦の右舷側海面に落下した。
弾着が確認された直後、ブルックリンの左舷側海面に6本の水柱が立ち上がった。
敵1番艦からの射弾である。
「敵弾、左舷側海面に落下!距離300!」
その報告に、司令官のウォルデン・エインスウォース少将は眉をひそめた。
「300だと?えらく近いな。」
「いつもは精度の荒い射撃しかしないシホールアンル側にしては、まずまずの射撃ですな。」
ブルックリンの艦長がどこか嘲笑するような口調で言った。
「まあ、敵さんの砲弾が正確になる前に、ジャブの連打でリングアウトさせてやりますよ。」
「そうか。早くしてくれよ。」
艦長は自信ありげに言うが、エインスウォースは一抹の普段を抱いた。
もし、あれがまぐれでなかったら・・・・敵巡洋艦の砲員はかなり侮れぬ腕前を持っている事になる。
敵の良好な第1射に対して、ブルックリンの射撃はと言うと、
「弾着!敵1番艦の左舷側500メートルに着弾した模様!」
第4射目もまた外してしまった。第1射からずっと、敵巡洋艦の周囲500メートル以内に砲弾が落下した事はない。
「まだ砲戦は始まったばかりだから、さほど心配する必要も無いかも知れんが・・・・」
エインスウォース少将はそう言って、自分を納得させようとした。
敵1番艦からの第2斉射が放たれる。
10秒ほど経って、ブルックリンの右舷側に砲弾が落下し、6本の水柱が立ち上がる。
「敵弾、本艦の右舷200メートルに落下しました!」
「うろたえるな!こっちの弾ももうすぐ当たるぞ!」
艦自体が勿論と言うように、2番砲から第5射が放たれ、その6秒後には3番砲からも砲弾が放たれる。
だが、第5、第6射目の射弾も、敵巡洋艦の前面か、その向こうに落下してばかりである。
しかも、
「第5射、敵1番艦の右舷700メートルに着弾!」
「第6射、敵1番艦の左舷500メートルに弾着!」
先とあまり変わらない。いや、変わらないどころか、悪くなっている感じがある。
更に第7射が放たれた時、敵弾が落下してきた。
左舷側海面に、4本の水柱が吹き上がった。
(4本・・・?)
束の間、エインスウォースは疑問に思った。今、ブルックリンが相対している敵巡洋艦は、形からしてオーメイ級巡洋艦である。
オーメイ級の持つ砲は6門。しかし、今、水柱は4つしか上がっていない。
敵の主砲が2門ほど故障したか、あるいは・・・・・
「敵弾、我が艦の左右に弾着!夾叉されました!!」
エインスウォースの勘は当たった。敵1番艦の弾着は、見事にブルックリンを夾叉していた。
敵弾は6発中、4発が左舷側に、2発が右舷側に落下している。
次か、遅くても次の次に命中弾が出る事は明らかである。
ブルックリンが負けじと第8射を放つが、これもまた、敵艦の左舷側200メートルの海面に落下し、空しく海水を飛び散らせるのみに終わった。
「砲術!何をやっとるか!!」
たまりかねた艦長が、CICに怒鳴り込んだ。砲術長はレーダー射撃のため、CICに詰めて砲戦指揮を取っている。
しかし、高精度を期待されていたレーダー射撃は全く当たらない。
この時は誰も知らなかったのだが、ブルックリンのSGレーダーは他の艦のレーダーと比べて粗悪品であった。
このため、正確と思われる数値を元に射撃を行っても、実際は間違った数値であるために砲弾がことごとく空振りする羽目になった。
「申し訳ありません。しかし、もう少しで夾叉が出せます。もうしばしお待ち下さい。」
「俺は待っても敵は待たんぞ!あと2、3射で弾を当てろ!さもなくば敵に沈められて、私も君もあの世で天使とダンスをする羽目になるぞ!!」
「はっ!努力します!」
艦長は額に青筋を浮かべながら、受話器を叩きつけるように置いた。
ブルックリンが第9射を放った。その後、続けて第10射、第11射を放ち、この射弾が、ようやく敵1番艦に対する夾叉弾となった。
「ようし!もう少し・・・・もう少しで当たるぞ!」
艦長が、先ほどまで苛立っていた表情をやや緩ませた。ブルックリンのレーダー射撃も、ようやく正確になり始めた。
「ボイス、夾叉弾を出しました!続いてフェニックスも夾叉弾を出しました!」
「どうも成績がいまいちだな。」
エインスウォースは唸るようにして言う。
ブルックリン級軽巡に乗る砲術科員は、腕の良い者が乗る事で知られている。
これまで敵と相対してきたブルックリン級軽巡は、セント・ルイス、ヘレナ、サヴァンナ、ナッシュヴィル、そしてエインスウォースの乗るブルックリンである。
この5隻は、戦って来た海戦で10射以内に敵を夾叉するか、命中弾を与えてきた。
所が、今日に限っては、砲戦開始から夾叉弾を得るまでの時間が妙に長いように思える。
(一応、一通りは訓練したのだが、まだ訓練不足なのだろうか?)
エインスウォースがそう思った時、ブルックリンが第12射を放つ。それと同時に敵1番艦が第4斉射を放った。
弾着はブルックリンの第12射が早かった。敵1番艦の周囲に水柱が吹き上がり、次いで中央部から発砲炎とは異なる閃光が煌いた。
「敵1番艦に命中弾1!」
「ようし!後は一気に叩くのみだ!」
艦長は先よりも一層頬を緩めて、陽気な口調で言った。
「一斉撃ち方用意!」
艦長がそう命じた直後、敵の第4斉射が降り注いできた。
ブルックリンの周囲に4本の水柱が吹き上がったと思うや、いきなりガァーン!という強烈な打撃音が響き、艦橋が大地震のように揺れた。
「うお!?」
思わず、エインスウォース少将は床に転倒してしまった。
彼の他にも、衝撃に耐えられなかった者が何人か、床に倒れてしまった。
「司令官、大丈夫ですか!?」
通信参謀が慌てて、エインスウォースを引き起こした。
「ああ、なんとか大丈夫だ。しかし、凄い衝撃だったな。」
「敵の砲弾が、艦橋の後ろ側に命中したようです。危ない所でした。」
その時、艦橋にCICから報告が入った。
「こちらCIC!艦長、聞こえますか!?」
「ああ、こちら艦長。聞こえるぞ。何かあったのか?」
「SGレーダーの反応が突然消えました!目下レーダー射撃は不可能です!」
「何だって!?」
「こちらダメージコントロール!艦長!敵弾は左舷中央部と艦橋後部に命中しました。」
「敵は2発当ててきたのか。」
「ええ、そうです。そのうち1発は、後ろのマストを根元から叩き折っています。」
その瞬間、艦長はレーダー射撃が不可能になった原因が分かった。
飛来して来た敵弾のうち、1発は艦橋後部に命中したが、その際の炸裂ですぐ後ろにあるマストが、斬首刑よろしく切り落とされてしまったのである。
ブルックリンのSGレーダーは、マストのトップに設置されていたのだが、レーダーは折られたマスト共々、海に叩き込まれてしまった。
艦長は一瞬、立ちくらみを起こしかけたが、それも束の間であった。
「砲術!直ちに光学照準射撃に切り替えろ!」
「アイアイサー!」
「CIC。先のSGレーダーの不具合だが、敵弾がマスト共々、レーダーを海中に叩き込んだようだ。」
「そうでしたか・・・・分かりました。」
CICとの会話はそれで終わった。
その直後、敵1番艦から放たれた第5斉射弾が降り注いできた。
ブルックリンの周囲に砲弾が落下し、同時に2回の強い振動がブルックリンを振るわせる。
その20秒後に敵1番艦が第6斉射を撃ちこみ、1発を艦尾部分に命中して、クレーンをなぎ倒した。
ブルックリンは左舷の5インチ両用砲から照明弾を放った。
この直後、第7斉射弾が飛来し、新たな1発がブルックリンの左舷中央部に命中する。
「左舷中央部より火災発生!」
「すぐに消せ!砲術、測的はまだか!?」
「今やっています!」
5秒後に、敵艦隊の上空で照明弾が炸裂する。
おぼろげな影であった敵1番艦が、夜闇の海から明かりの下に明確な姿となって現れる。
「測的完了!射撃用意よし!」
「ようし。砲術長!飛ばすぞ!」
「艦長、いつも通りではないのですか?」
「そんな余裕は無いぞ!」
艦長と砲術長の会話が、敵弾の飛来によって中断される。新たな2発がブルックリンに突き刺さった。
1発は第1砲塔より前の艦首甲板に命中して、夥しい破片が吹き上がった。
2発目は左舷4番両用砲に命中して、5インチ砲が叩き潰された。
そこから新たな火災が発生する。
「この通りだ。飛ばさんとまずいぞ。」
「分かりました。ではみせてやりましょう、ブルックリンジャブの威力を。」
「ようし。一斉撃ち方だ!」
「アイアイサー!」
砲術長の最後の声が聞こえると、艦長は受話器を置いた。
その8秒後、ブルックリンの47口径6インチ砲15門が、一斉に火を噴いた。
その衝撃たるや、交互撃ち方の時と比べ物にならない。
激しい衝撃に艦橋要員が身を振るわせる。その6秒後に早くも第2斉射が放たれる。
ドドドーン!!!という斉射音が、夜海の闇に木霊する。
敵1番艦の上空を第1斉射弾が跳び越し、左舷側海面に15本の水柱が立ち上がる。
その6秒後には、右舷側海面に同じく、15本の水柱が吹き上がった。
水柱の形は、シホールアンル側の7.1ネルリ砲と比べてやや小さいが、それが6秒から7秒おきに上がる光景は、海が不遜な輩に怒り狂い、
盛んに海面を沸きたてているように思わせる。
先の斉射弾の弾着を確認する間も無く、第3、第4、第5斉射と、ブルックリンは6秒おきに15発の6インチ砲弾を叩きつける。
敵1番艦の第6斉射が放たれる。その直後にブルックリンの第6斉射が落下し、敵1番艦の姿が15本の水柱によって隠される。
ブルックリンが第7斉射を放った直後、敵の第6斉射弾が落下した。
2度の強い衝撃が、ブルックリンの艦体を震わせた。
「左舷中央部に被弾!火災発生!!」
「艦尾に被弾!カタパルト損傷!」
相次いで被害報告が飛び込んでくるが、その時にはブルックリンの斉射弾が敵1番艦に降り注いでいた。
敵1番艦の周囲に水柱が吹き上がり、その中に2つの閃光が走った。
「敵1番艦に2弾命中!」
「ようし、やっと照準が合ってきたぞ。このまま一気に畳み掛けろ!」
艦長が興奮したような口調でそう言った。ブルックリンの第8斉射がそれに応える。
第8斉射弾は、15発中1発が敵1番艦の後部に命中した。
敵1番艦の後部甲板から爆炎が上がり、オレンジ色の炎が敵1番艦の姿を鮮明に浮かび上がらせた。
続いて第9斉射が放たれ、またもや敵1番艦に対して命中弾を与えた。
今度は中央部に2発が命中し、何かの破片が飛び散り、次いで、命中箇所からちろちろと火が見え始めた。
「敵1番艦、火災発生の模様!」
見張りが、先とは打って変わった口調で報告して来る。
ブルックリンが第10斉射を放つ。左舷側の海面が15門の6インチ砲の一斉射撃で急激に明るくなった。
同時に敵1番艦も第7斉射を撃った。弾着はほぼ同時であった。
エインスウォースは、敵1番艦から命中弾の閃光を確認したと思った直後に、激しい衝撃を感じた。
やや間を置いて、被害報告が入る。
「敵弾が後部第5砲塔に命中!第5砲塔は使用不能です!」
「畜生!先に砲塔を叩かれたか!!」
艦長が悔しげに叫んだ。これで、ブルックリンは主砲を3門失い、残る6インチ砲は12門に減った。
(だが、まだ望みはある。いや、むしろ有利に立っているかも知れない)
エインスウォースは、双眼鏡で敵1番艦を眺めながらそう思った。
敵1番艦は、艦の後部と、中央部から新たに火災を発生させている。特に中央部の火災は先と比べて明らかに拡大している。
ブルックリンが連続射撃に移行してから1分が経ったが、先ほどまで押していた敵1番艦は、徐々に被害が拡大しつつある。
逆にブルックリンが押しているといって良い。
戦いの趨勢はブルックリンに傾きつつあるようだ。
(これが、ブルックリンジャブの力だ)
エインスウォースは、心中でそう呟きながら勝利を確信していた。
その時、艦の後方からいきなり大爆発の轟音が聞こえた。
「ボイス被弾!後部部分から大火災を起こしています!」
「ボイスがだと!?」
エインスウォース少将は思わず聞き返していた。
「ボイスの艦長と連絡は取れるか?」
「はっ。ボイスの通信機能は生きており、艦長も健在です。しかし、敵弾が第4砲塔の弾薬庫を誘爆させているので、艦自体は
大破確実の被害を被っているようです。」
ボイスは、ブルックリンのすぐ後方に占位して、敵2番艦と撃ち合っていた。
ボイスは、立ち上がりはクリーブランドと同様であったが、第9射目で夾叉を得て、すぐに斉射へと移行した。
斉射に移行してから1分ほどで、ボイスは敵2番艦に10発を直撃させ、後部の第3砲塔を破壊したものの、ボイス自身も12発を受けていた。
敵2番艦が第7斉射を放った時、ボイスは第3及び第5砲塔を損傷していたが、依然9門の6インチ砲が使用可能であり、敵2番艦に対して
6秒おきの斉射を浴びせ続けていた。
だが、第7斉射弾のうちの1発が、第4砲塔のすぐ左側の甲板に突き刺さった。
砲弾は最上甲板から艦深部の第4砲塔弾薬庫に達し、そこで炸裂した。
その瞬間、多数の5インチ砲弾や装薬が誘爆を起こし、火柱が第4砲塔をターレットごと宙に吹き飛ばした。
被害は弾薬庫のみならず、左舷側にも及び、爆風によって開けられた穴から浸水が始まっていた。
苦闘を続けるのはボイスのみではない。
3番艦であるフェニックスは、敵3番艦相手に砲塔2基を破壊され、そろそろ危ない状況になりつつある。
4番艦のフィラデルフィアは、敵4番艦に29発の命中弾を浴びせ、全主砲を使用不能にしたが、フィラデルフィアは4番艦のみならず、
5番艦をも相手取っていたため、自身も9発の命中弾を浴びせられて、やはり苦戦を強いられていた。
「司令官!各艦とも、思いのほか苦戦を強いられているようです。このままでは、こちらに損失が出る可能性も。」
「退け、と言うのかね?」
エインスウォースは厳しい目付きで参謀長を見つめた。
「忘れたのか。俺達は陽動部隊だ。TF57から派遣されたコロンビアとサンアントニオが仕事を果たすまで敵を引き付けなければならん。
もし、ここで退いたら、この敵艦隊は総出でコロンビアやサンアントニオらを攻撃する。そうなっては非常に不味い。」
エインスウォース少将はそう言いながら、敵1番艦に視線を移す。
ブルックリンと同様に、30ノットのスピードで驀進する敵1番艦は、新たに前部甲板から火災煙を噴出していた。
今しがた放たれた斉射弾が新たな損傷を与えたのだ。損傷箇所は第1砲塔のようであり、2本の砲身らしきものがでたらめな方角を向いている。
更にブルックリンが斉射弾を放つ。ブルックリンと敵1番艦との戦いに関しては、ブルックリンのほうが有利に立っている。
「見ろ。確かに我々も苦しいが、敵も同様に苦しい。現に敵1番艦はこのブルックリンに押され気味だ。このまま行けば、ブルックリンは奴を
黙らせられる。ここで踏ん張って、船団攻撃部隊の負担を少しでも減らすんだ。」
その時、通信士官が艦橋に飛び込んできた。
「司令官!船団攻撃部隊から緊急信です!」
エインスウォース少将は、通信士官が差し出した紙を手にとって一読した。
「緊急 我、敵巡洋艦2隻の攻撃を受く。敵巡洋艦は新型で、アトランタ級に類似せり」
紙の内容はそう書かれていた。発信人や、発進した艦が記されていない。いや、記す時間が無かったとしたら・・・
(もしかして、コロンビアとサンアントニオは、この2隻の巡洋艦とやらに苦戦しているのか・・・・!?)
エインスウォースは、背筋が凍りつくような感覚を覚えた。
その時、敵1番艦が新たな斉射を放って来た。砲塔1基を潰されたとはいえ、まだ4門の主砲が健在である敵1番艦はまだまだ戦う気でいるようだ。
「これはまずい事になったぞ!早く敵巡洋艦を叩き潰さねば!!」
エインスウォースが、狼狽したような口調でそう叫んだ時、唐突に強い衝撃を感じた。
彼が驚きの表情を浮かべた瞬間、彼の目には吹き込んで来る爆風に吹き飛ばされる艦橋要員が写っていた。
船団襲撃部隊の役割を与えられた軽巡洋艦のコロンビアとサンアントニオは、敵船団まであと10マイルまで迫った所で、見慣れぬ敵艦と遭遇した。
その敵艦は8隻いた。2隻は巡洋艦と思われ、他の6隻は駆逐艦と見られる。
スペンスを始めとする4隻の駆逐艦は、6隻の敵駆逐艦を引き付け、残った敵巡洋艦2隻がコロンビアとサンアントニオに向かって来た。
「敵巡洋艦、接近してきます。距離は約14マイル!」
コロンビアの後方に続く軽巡洋艦サンアントニオ艦上では、CICからの報告が刻一刻と、艦橋に届けられていた。
「流石に、ノーベンエル岬沖のようにすんなりと敵艦隊に接近できんか。」
サンアントニオ艦長のチャック・アントニオ大佐は、感情のこもらぬ口調でそう呟いた。
敵巡洋艦が舷側から砲を放った。やや間を置いて、上空に赤紫色の照明弾が光った。
「敵巡洋艦2隻、同航してきます!速力31ノット、距離13マイル!」
敵巡洋艦2隻は、一度は北に変進したコロンビアとサンアントニオを追うように、右舷側に張り付いてくる。
そして照明弾を撃ってきた。恐らく、この次には砲弾が飛んで来るであろう。
「旗艦より通信!サンアントニオ目標、敵2番艦!」
「了解。主砲、目標は敵2番艦。」
「アイアイサー。」
アントニオ大佐は砲術科に攻撃目標を伝える。サンアントニオに搭載されている12門の54口径6インチ砲が、敵2番艦に向けられる。
レーダー射撃の準備は整っている。後は旗艦の号令を待つのみである。
「オーメイ級か、もしくはルオグレイ級だろうな。」
アントニオ大佐はそう呟いた。シホールアンル海軍の主力巡洋艦は、オーメイ級とルオグレイ級に分けられている。
オーメイ級なら6門、ルオグレイ級なら8門の主砲が搭載されているが、それに対し、クリーブランド級軽巡洋艦に属するコロンビアと
サンアントニオは、12門の主砲を有している。
ブルックリン級と比べれば主砲の門数は明らかに劣るが、主砲自体は47口径砲よりも威力の高い54口径長砲身砲である。
この高められた砲弾の威力によって、ブルックリン級と同等の破壊力を得ている。
そのため、アントニオ艦長は自然と、敵巡洋艦との砲戦に打ち勝てると思っていた。
敵巡洋艦が発砲を開始するまでは。
「敵巡洋艦発砲!」
いきなり、2隻の敵巡洋艦が射撃を開始した。2隻とも、舷側一杯に発射炎を光らせている。
「いきなり斉射か。相変わらずのようだな。」
アントニオ艦長は、無表情でそう呟いたが、その5秒後、彼は信じられない光景を目の当たりにした。
なんと、敵巡洋艦は新たな斉射を放ったのだ!
「!?」
アントニオ艦長は目を丸くした。サンアントニオの右舷側海面に水柱が吹き上がった。
距離は600メートルとかなり遠いが、その水柱の数が半端ではない。
「旗艦より信号。射撃開始!」
「了解。撃ち方始めぇ!」
命令を受け取ったサンアントニオが、各砲塔の1番砲から6インチ砲弾を叩き出した。
6秒後に2番砲が放たれるが、その直後に敵弾が落下してきた。
サンアントニオの左舷側海面に12本の水柱が立ち上がる。1本1本の高さはさほど大きくない。
せいぜい5インチ相当か、それ以下の口径砲であろう。
だが、その水柱の数は12本と、コロンビアとサンアントニオの保有する主砲と同じ数だ。
3番砲を放つと同時に、敵2番艦は第4斉射を撃った。
第1射目が敵巡洋艦の左舷側海面に落下する。同時に、敵の第3斉射弾がサンアントニオの左舷側海面に着弾した。
第4射を放つ前に敵巡洋艦が第5斉射を放つ。敵巡洋艦は、驚くべき事に5秒~6秒間隔で射撃している。
「敵巡洋艦はブルックリン級並みの速さで射撃している・・・・・待てよ。あの巡洋艦、どこかで聞いた事が・・・・・」
アントニオ艦長は、自らの記憶を辿った。
それは、今年5月に行われたアムチトカ島沖海戦の時である。
アメリカ側は、空母フランクリンと軽空母プリンストンの空母機動部隊と、アムチトカ並びにキスカ島の陸軍航空隊と共に、
ダッチハーバーを奇襲攻撃したシホールアンル機動部隊に対して航空攻撃を行った。
その時、敵機動部隊の対空砲火はなかなかに激しかった。
特に、新型の巡洋艦らしき艦が激しい対空砲火を打ち上げており、アメリカ側は思うような戦果を挙げられなかった。
後に、この巡洋艦はシホールアンル海軍が配備した、フリレンギラ級と呼ばれる新鋭艦である事が判明した。
この巡洋艦は、対艦、対空両用砲をアトランタ級並みに積み込んだ対空巡洋艦であり、アムチトカ島沖海戦ではずば抜けた速射性能を
活かして、艦隊上空に弾幕を張り巡らせていた。
この巡洋艦は、9月に海軍情報部から発行された資料に、艦影表付で紹介されている。
目の前の巡洋艦は、5インチと同等か、少し劣る主砲を連射している。その特徴からして、あの巡洋艦がフリレンギラ級である事は間違いなかった。
「敵はフリレンギラ級だ!早く倒さんと、厄介な事になるぞ!」
アントニオ艦長は焦るような口調でそう言い放った。
唐突に、敵2番艦が射撃を止めた。その巡洋艦の右舷側海面に、サンアントニオの第5射が着弾する。
精度は先ほどよりも良くなっているようだが、敵巡洋艦はなぜか撃ち返して来ない。
「どうしたんだ、急に。」
アントニオ艦長は、敵巡洋艦の意外な行動に首を捻ったが、サンアントニオの第6射が敵巡洋艦の左舷側に着弾した時、敵艦は射撃を再開した。
敵弾が来るかと思われたが、敵2番艦の筒先は、サンアントニオではなく、1番艦であるコロンビアに向けられていた。
「コロンビアに至近弾!あっ、夾叉された!」
「畜生、あいつら、火力を集中して1隻ずつ仕留めるつもりだ!」
アントニオ艦長は、敵巡洋艦の意図が読めた。
敵艦2隻は、コロンビアとサンアントニオに比べて、口径の劣る砲しか有していない。
ならば、1隻ずつで敵1隻を攻撃するより、2隻で敵1隻を攻撃したほうが時間が短縮できると考えたのだ。
その結果、敵巡洋艦2隻は、コロンビアに向けて計24発の砲弾を5秒おきに叩きつけているのだ。
敵巡洋艦2隻が統制射撃に移行して僅か20秒ほどで、コロンビアに命中弾が出た。
4インチクラスの敵弾は、コロンビアの右舷中央部に1発が命中したが、並みの軽巡とは違って、下手な重巡顔負けの装甲を施した甲板は、
この砲弾を甲板表面だけで炸裂するのみに留まらせる。
逆にコロンビアも斉射に移行して、第1射から敵1番艦の至近に12本の水柱を立ち上げる。
サンアントニオもすぐに斉射に移行した。
「敵2番艦を早く仕留めるんだ!このままではコロンビアが危ない!」
アントニオ艦長はそう言ってから、交互撃ち方から斉射に移行させる。10秒後に、サンアントニオが54口径6インチ砲12門を一斉に撃ち放った。
だが、交互撃ち方で正確とは言えぬ射撃をしているサンアントニオは、第1斉射も敵巡洋艦を飛び越えてから海に落下した。
コロンビアは、第3斉射で敵1番艦を夾叉した。だが、敵巡洋艦2隻は早くも5回目の斉射を行った。
4インチ相当の砲弾が次々と落下し、24発中3発が、コロンビアの前、中、後部に満遍なく落下する。
艦首甲板に命中した砲弾が、炸裂によって無数の鉄片を甲板上や第1砲塔上に撒き散らした。
右舷中央部に命中した砲弾は、40ミリ連装機銃座1基を押し潰し、後部に命中した砲弾がカタパルトを跳ね飛ばし、しまいには火災を発生させた。
コロンビアが負けじと、12門の6インチ砲を唸らせる。
12発の6インチ砲弾のうち、1発が敵1番艦の中央部に突き刺さる。
砲弾が敵の最上甲板を突き破って艦内に侵入し、第3甲板の無人の便所で炸裂した。
敵もまた黙れといわんばかりに砲弾を放った。
今度は5発が命中し、1発が前部、3発が中央部、1発が後部部分に命中した。
サンアントニオも第3斉射を放つが、サンアントニオの斉射弾は相変わらず、夾叉すらしない。
コロンビアが第4斉射を撃つ。そればかりか、艦橋前や、舷側、それに後部艦橋前に置かれた5インチ連装両用砲までもが放たれた。
54口径6インチ砲12門が6秒おきに、5インチ連装両用砲8門が4~5秒おきに乱射を繰り返す様は、まさに怒り狂った海神を想像させる。
敵1番艦に2発の6インチ砲弾と、1発の5インチ砲弾が落下し、しばらくして中央部と後部部分から火災が発生した。
6秒後に次の斉射弾が敵1番艦に落下する。後部の主砲塔のうち、1基が爆砕され、2本の砲身が高々と吹き上げられた。
別の2発の砲弾が中央部に敷き詰められている魔道銃数丁を薙ぎ倒し、艦内で炸裂して、右往左往する敵艦の乗員を肉片に変えた。
だが、敵1番艦と2番艦は、コロンビアよりも早い速射性能で畳み掛けようとした。
新たな砲弾が5発、後部部分に落下し、遂に第4砲塔が旋回版を歪められて射撃不能に陥った。
次の斉射弾が6発ほど、中央部と前部甲板に命中する。
前部甲板が無残にも破壊され、砕け散った鉄片、それに鎖のかけらなどが吹き上げられた。
右舷1番両用砲座に敵弾が命中し、炸裂した。1番両用砲はこの1発で叩き潰され、使用不能となった。
2発の砲弾が右舷側の甲板に命中し、20ミリ機銃2丁を吹き飛ばした。
コロンビアの斉射弾が、新たに敵1番艦に叩き付けられた。
2発の6インチ砲弾は敵1番艦の左舷後部と中央部に命中した。その後、新たな火災が敵艦から発生した。
後に来た5インチ砲弾のうち1発が、後部艦橋横に設置されている4ネルリ連装砲の真正面から命中し、砲塔内部で炸裂した。
その瞬間、2本の砲身が根元から弾け飛び、砲塔が真っ二つに叩き割られた。
この被弾で、敵1番艦の火災は余計に拡大し、やがて濛々たる黒煙が流れ始めた。
明らかに大破に近い損害を、短時間で被った敵1番艦だが、コロンビア自身にも続けて砲弾が降り注いだ。
7発の敵弾が命中し、うち1発が第2煙突の根元に突き刺さる。
基部を爆砕された煙突は、自重に耐え切れずに、右舷側の40ミリ機銃を巻き添えにして倒壊する。
次の斉射弾5発が再び、コロンビアに命中し、今度は前部の第2砲塔が動かなくなり、第5砲塔の後ろに設置されている5インチ砲が瞬時に叩き潰された。
サンアントニオからは、コロンビアに被弾が集中する様子が見て取れた。
奮戦するコロンビアが、自艦のそれと倍以上の砲火を浴び、艦体から盛んに直撃弾炸裂の閃光が煌いている。
「こちらも統制射撃をすれば、フリレンギラ級ごときにああもやられはしない物を・・・・!」
アントニオ艦長は、未だに旗艦から命令が無い事に苛立ちを募らせていた。
彼は、コロンビアもまた、敵を見習ってサンアントニオと共に統制射撃に移るであろうと思っていた。
所が、肝心の命令がいつまで経っても来ない。彼は命令が来るまで、敵2番艦に対して射撃を続けている。
さきほど、第12斉射でようやく1発が命中したが、敵2番艦は火災を起こす事も無く、傷付いた1番艦と共にコロンビアを叩き続けている。
先ほど、盛んに撃ちまくっていたコロンビアも、今では発砲炎もまばらになっている。
「おい、隊内無線を開け!コロンビアと連絡を取る!」
待機する事に堪り兼ねたアントニオ艦長は、コロンビアと通信を行う事にした。
アントニオ艦長はマイクを握り、コロンビアの艦橋にいるフランク・スタッカート少将と連絡を取ろうとした。
だが・・・・
「コロンビア。聞こえるか?こちらサンアントニオ艦長のアントニオ大佐だ。聞こえたら返事してくれ・・・・・
コロンビア、聞こえるか?応答しろ。」
しかし、いつまで経っても、コロンビアとは連絡が取れない。そうしている間にも、コロンビアはますます酷い状況になりつつある。
「コロンビアの火災、拡大しています!」
今や、無数に受けた敵弾の前に、コロンビアの反撃は尻すぼみとなっていた。
彼は何度か、コロンビアを呼び出したが、コロンビアからは反応が無かった。
(まさか・・・・通信系等をやられたのか・・・・そうなら、主力部隊にこの敵艦遭遇の連絡を行っていない可能性がある。ならば)
アントニオ艦長はすぐに通信士官を呼び出した。
「通信士。エインスウォース少将宛に打電だ。我、敵巡洋艦2隻の攻撃を受く。敵巡洋艦は新型で、アトランタ級に類似せり、以上だ。急いで送れ!」
その時、アントニオ艦長はある事を思いついた。彼は敵2番艦を睨みながら、新たなる命令を発した。
「敵2番艦にサーチライトを照射しろ!」
思いがけない言葉に、一瞬艦橋要員は表情を凍りつかせた。
「艦長、それは」
「危険は百も承知。だが、このまま行けば、コロンビアは敵の集中弾を受け続ける。コロンビアに対する圧力を弱めるためには、これしか方法が無い。」
アントニオ艦長は有無を言わせぬ口調で言った。
「サーチライト照射!照射目標は敵2番艦!」
サンアントニオから、1条の青白いビームが敵2番艦に注がれた。
敵2番艦は、サンアントニオから放たれた第3、第4斉射で、中央部から火災を起こしていた。
その敵2番艦が、サンアントニオのサーチライトによって明瞭な姿を現した。
前部と後部に2基ずつ、舷側に2基、計4基の主砲に、クリーブランド級やブルックリン級とやや類似する背の低い艦橋。
そして甲板上に配置された多数の機銃らしき物。全体的に、敵巡洋艦はアトランタ級よりもがっしりとした感があった。
第5斉射が放たれた。今度は、一気に3発もの砲弾が敵2番艦に突き刺さった。
それまでは1発ずつしか命中しておらず、大して傷付いていなかった敵2番艦であるが、この被弾で後部の砲塔1つが叩き潰された。
第6斉射が叩き出される。今度は4発が敵2番艦に命中し、後部部分から新たな黒煙を吹き出した。
その間、敵2番艦の砲撃は止んでいた。コロンビアに対しては、敵1番艦が射撃をするのみとなっている。
第7斉射を放った3秒後に、敵2番艦がようやく反撃してきた。
サンアントニオの左舷に、水柱が立ち上がった。本数は10本と、先ほどよりも少ない。
「ようし、来たぞ!照準はこちらのほうが正確だ。敵が照準を合わせる前にジャブの連打を叩き付ける!」
彼の言葉に応じるかのように、第8斉射が、左舷側を真っ赤に染めて放たれた。
第8斉射弾が弾着する前に、敵2番艦が斉射を放ってくる。第8斉射弾は2発が敵2番艦に命中する。
1発は敵の艦首部に命中して、錨鎖庫に納められていた錨が反対舷に叩き出された。
もう1発が艦橋横の甲板に命中し、夥しい破片を甲板上や海面に撒き散らした。
敵2番艦の斉射弾が降り注いできた。いきなり、サンアントニオの周囲に10本の水柱が吹き上がった。
「敵2番艦、本艦を夾叉しましたぁ!」
「第2斉射で早くも夾叉か・・・・あいつら、慣れたな。」
アントニオ艦長は苦虫を噛み潰したような表情でそう言った。
敵2番艦は、一番始めにサンアントニオを砲撃した時に、5度ほど斉射を放ってきているが、夾叉すらしなかった。
だが、今度は僅か2斉射で夾叉弾を出した。恐らく、コロンビアとの戦闘でコツを掴んだのであろう。
サンアントニオから第9斉射が放たれる。この斉射弾は、1発だけが敵2番艦の後部に命中した。
敵2番艦が舷側を発射炎で染めた。敵の斉射弾がサンアントニオ降り注いで来る。
唐突にガガァーン!という衝撃が10000トンの艦体を振動させる。
「中央部あたりに落ちたな。」
アントニオ艦長はそう直感した。サンアントニオがお返しだと言わんばかりに第10斉射を撃った。
今度は3発が、敵巡洋艦の後部と中央部に命中する。
アントニオ艦長は、命中弾が出るたびに敵の砲塔が破壊されている事を期待していたが、この時の斉射でも、敵巡洋艦の砲塔に命中弾は無かった。
逆に、敵2番艦も斉射弾を撃ち返してくる。
サンアントニオの周囲に、4インチクラスの砲弾がドカドカと降り注いで来る。
自艦の主砲よりも威力の小さい砲弾ではあるが、それでも至近弾炸裂の衝撃は艦を強く振動させる。
またもや直撃弾が出た。
「また中央部あたりか」
アントニオ艦長がそう呟いた時、見張りから悲痛めいた叫びが響いた。
「コロンビア沈黙!」
その言葉に、アントニオ艦長は仰天した。
「何だと!?」
彼はすかさず、コロンビアに視線を移した。先頭を行くコロンビアは、中央部と後部部分から濛々と黒煙を吹き出している。
後部2基の3連装主砲は、敵1番艦に向けられているが、それが咆哮する事は無い。
後部艦橋は酷く傷付いており、火災が生じている。中の乗員の安否は既に決まっている事であろう。
「コロンビア、応答せよ!コロンビア!」
アントニオ艦長はもう1度、無線でコロンビアを呼び出した。だが、マイクの向こうから聞こえてくるのは、ノイズ音のみであった。
「クソ!こうなったら発光信号だ。右舷側のサーチライトでコロンビアに信号を送れ!」
アントニオ艦長は発光信号による通信を試みた。
その間、サンアントニオは11~13斉射を放っている。
敵2番艦は新たに6発を被弾し、ついに別の砲塔が1基破壊された。
だが、敵2番艦も負けていない。残り8門となった砲がサンアントニオに向けて放たれた。
今度はサンアントニオに敵の斉射弾が降り注ぐ。周囲に至近弾が炸裂する中、2度ほど敵弾がサンアントニオを叩いた。
「後部甲板に命中弾!火災発生!」
「左舷第1両用砲損傷!」
すぐに被害報告が届けられる。
「まだ大丈夫だ。」
アントニオ艦長はまだ望みを捨てていなかった。12門の54口径6インチ砲は未だに健在だ。
それに、レーダーと照射を並行しているお陰で、敵巡洋艦の被害はうなぎ上りである。
彼は、サンアントニオが敵2番艦を押していると確信した。
だが、彼の楽観気分も、敵1番艦が砲をサンアントニオ向けた事で消し飛んだ。
「敵1番艦発砲!」
見張りの緊迫した声が響いた。
その数秒後、敵2番艦とは別の砲弾が、サンアントニオに降り注いだ。それも、初弾から夾叉弾を出した。
「敵1番艦まで撃ってきたか!」
アントニオ艦長は舌打ちしながらそう言う。
コロンビアを沈黙させた敵1番艦が、2番艦を助けようと筒先をサンアントニオに向け、発砲してきたのだ。
敵2番艦の斉射弾が3秒後に降り注ぐ。またもや艦体に敵弾が命中し、金属的な叫喚が聞こえた。
サンアントニオも負けていないとばかりに、斉射弾を放つ。
「コロンビアより発光信号!我、通信アンテナ損傷で無線通信不能!」
「無線アンテナが飛ばされたか・・・・道理で反応が無かったわけだ。」
アントニオ艦長は納得した。コロンビアは、先の命中弾で通信アンテナを飛ばされて通信不能に陥っていた。
そのせいで、スタッカート少将は統制射撃の命令を出せなかった。
出そうにも敵弾の落下が相次いでいる中では、サーチライトに兵員を置けるはずもなく、敵の砲火がサンアントニオに向けられた為に、
ようやく発光信号だけは送れるようになった。
サントアントニオから放たれた斉射弾のうち、5発が敵2番艦の中央部と後部を叩いた。
敵2番艦の後部から、砲身と思しきものが中に舞い上がる様子が見て取れた。
「ようし、これで2基目を潰した!」
まだ勝算はある!アントニオ艦長がそう思った直後、敵1番艦の射弾が落下してきた。
突如、艦橋の前面に真っ赤に染まった。その直後、大音響と共に何かがはじけ飛ぶような振動と、音が感じられた。
「第2砲塔に命中弾!砲身が損傷しました!」
「何だと?第2砲塔は使えるのか!?」
アントニオ艦長はすかさず、ダメージコントロール班に聞き返した。
「装填機構に故障が生じて目下使用不能です!」
「クッ・・・・次から次へと・・・・!」
アントニオ艦長が呪詛じみた口調で呟いた時、またもや敵弾が飛来し、直撃弾の衝撃が艦橋を揺らした。
「後部艦橋に被弾!副長戦死!」
「左舷第2両用砲損傷!火災が発生しました!」
サンアントニオもまた、残り9門となった6インチ砲を撃ち放った。
敵2番艦の周囲に水柱が吹き上がる。それと同時に中央部で2つの閃光が煌いた。
そこから新たに火災が発生する様子が見えた、その直後。
突然、先の中央部付近からの火災発生がマッチの火程度に見せるほどの大爆発が起こった。
猛烈な火炎が中央部から湧き出し、艦上構造物や魔道銃らしきものが派手に吹き飛んだ。
やがて、火柱は収まったが、敵2番艦は中央部から大火災を起こし、力尽きたようにスピードを落とし始めた。
「敵2番艦大火災!弾薬庫に命中した模様です!」
「ようし!見たかシホット!これがサンアントニオの実力だ!」
アントニオ艦長は、敵2番艦に対して吼えるような口調でそう叫んだ。
そこに黙れと言わんばかりに、敵1番艦からの射弾が降って来た。サンアントニオに新たな命中弾が出る。
「後部甲板に命中弾!火災発生!」
「第4砲塔に被弾せるも、砲塔に損傷なし!」
「了解。砲術、目標変更。目標敵1番艦。」
「アイアイサー」
アントニオ艦長は目標変更を指示した。今や、サンアントニオの敵は敵1番艦のみとなった。
(サシでの勝負だ)
アントニオ艦長は、必ず1番艦も仕留めてやると思った。そうしなければ、安心して敵輸送船団を叩けない。
ここで敵を放って置けば、帰路に不意打ちを喰らい兼ねない。
後顧の憂いは、今すぐに絶つべきであった。
彼の思いを踏みにじるかのように、敵1番艦が斉射を放つ。そして、その射弾はサンアントニオに降り注いだ。
ガァーン!という今までに感じた事の無い衝撃が艦橋を揺さぶった。
(今の弾着はかなり近かったな!)
アントニオ艦長はそう思ったが、次の瞬間、彼は驚愕の表情を浮かべた。
衝撃は、上から感じた。
まさか・・・・・・
「艦橋トップ及び艦首甲板に命中弾!射撃指揮所損傷!」
「CICより報告!SGレーダーがブラックアウトしました!!」
彼の危惧した通りとなった。
敵1番艦からの射弾は、サンアントニオの艦橋トップに命中し、主射撃指揮所を叩き潰し、炸裂の際に飛び散った断片がSGレーダーを
ずたずたに引き千切ってしまった。
射撃指揮所損傷とレーダーのブラックアウト・・・・・
それはつまり、レーダー射撃のみならず、統一射撃までもが不可能になったという事だ。
ようやく調子の出てきたサンアントニオにとって、これは痛烈な一撃であった。
「なんと言う事だ!」
アントニオ艦長は頭を抱えたくなった。このままでは、サンアントニオは満足な射撃も出来ずに、敵1番艦に対して一方的に嬲り殺しにされる。
もはや、最悪の事態を迎えていた。
艦橋に絶望という空気が流れ始めた時、通信士官が慌てた表情で入ってきた。
「失礼します!艦長、主力部隊から緊急信です!」
「読め。」
アントニオ艦長は、内容を通信士官に読ませた。
「宛、輸送船団攻撃部隊。発、フェニックス艦長。作戦を中止し、直ちに現場海域を離脱せよ、であります!」
内容を聞いたアントニオ艦長は、悔しさの余り、被っていた制帽を思いっきり床に叩き付けた。
対空巡洋艦ルンガレシの損害は、大破と言っても良い状況であった。
ルンガレシは、敵1番艦に対してエレガムツと共に統制射撃を行ったが、敵1番艦はルンガレシに対して猛射を浴びせてきた。
そのため、ルンガレシは前部の第2砲塔と右舷側の第1砲塔及び第2砲塔を破壊され、後部艦橋などにも命中弾を浴び、火災を起こしていた。
「あれだけぶち込んでも、スピードを落とさないとは・・・・敵艦は頑丈すぎるぞ。」
ルンガレシの艦長ヴェンバ・ラガンガル大佐は恨めしそうな表情でそう呟いた。
先ほど沈黙させたクリーブランド級巡洋艦も、砲が使えなくなっただけで、速力は全く落としていない。
今、ルンガレシは標的を敵2番艦に変えて射撃を行っている。
敵2番艦は、僚艦エレガムツに痛打を浴びせ、同艦を落伍させている。
ルンガレシは先ほどから、敵2番艦に砲撃を行い、何発かを命中させていた。
確かに敵巡洋艦は被弾し、炎上しているのだが、一向に速力を落とさない。
「利いてはいるんだろうが・・・・どうも実感が沸かない。」
ラガンガル大佐は不満げな口調で呟く。ルンガレシが斉射弾を放つ。敵巡洋艦に新たな命中弾が出て、光源魔法が消えた。
どうやら、光源魔法を発生させていた装置を破壊したようだ。
この他にも、前部甲板から新たな火災が発生するのだが、敵艦は砲をルンガレシに向けたまま、そのままの調子で航行を続ける。
まるで、貴様の豆鉄砲など大した事ではないと、敵2番艦自体が言っているかのようだ。
「4ネルリ砲で挑むのは、やはり無理だったかな・・・・」
ラガンガル大佐は、内心不安で一杯になったが、どういう訳か、いきなり敵2番艦が反転し始めた。
敵2番艦に続いて、1番艦までもが反転していく。
「信じられん・・・・・敵艦が撤退していく!」
ラガンガル大佐は、まるで夢を見ているかのような気分に囚われた。
だが、夢ではない。2隻のアメリカ巡洋艦は、黒煙を上げながら撤退していく。
その姿は、まるで、戦いに敗れた敗残兵のようであった。
「艦長、追撃しましょう!」
副長が声高々に意見具申して来た。
「これは好機です!今、あのクリーブランド級2隻を撃沈できれば、後の機動部隊戦でも味方ワイバーン部隊の負担が減ります!」
「まあ待て。まだニヒトー司令から命令を受け取ってない。司令の指示が出るまで待つんだ。一時的とはいえ、我々は第2艦隊の
指揮下にあるのだからな。単独で勝手な事を起こせば独断専行になる。」
ラガンガル大佐はそう言って、猛り上がる副長を抑えた。
恐らく、エレガムツの大破炎上が原因なのであろう。エレガムツは、ルンガレシと同じくフリレンギラ級対空巡洋艦として就役している。
彼女は、ルンガレシと共同で敵1番艦を叩きのめしたが、敵2番艦の反撃を受けて大破、航行不能となっている。
詳細は分からないが、あの損傷状況からして助かる見込みは薄い。
共に訓練に励んできた僚艦が、無残にも討ち取られた光景を見た副長は、その仇討ちを取りたいと思っているのだろう。
「しかし、危なかった。輸送船団まであと少しの距離まで迫っていたな。俺達が居なければ、今頃は目も当てられん状況になっていたな。」
ラガンガル大佐は、少し安堵した口調でそう言う。その時、魔道士官が艦橋に入ってきた。
「艦長。ニヒトー少将から連絡です。」
「読め。」
「我、敵主力部隊を撃退せり。戦果は敵巡洋艦1隻、駆逐艦1隻撃沈、3隻大破。わが方の損害は巡洋艦ラガルム、駆逐艦3隻沈没、
敵は損傷艦を伴って、南西方面に撤退せり。以上です。」
その直後、艦橋で乗員達の歓声が爆発した。
午前2時が過ぎた。第2艦隊旗艦であるレルバンスクの艦橋で、ニヒトー少将は、今しも沈み行くブルックリン級巡洋艦を眺めていた。
あのブルックリン級は敵巡洋艦群の2番艦であったが、砲戦の最中に突如大爆発を起こした。
その後、しばらく砲を撃っていたが、最終的に50発ほどの命中弾を受けて沈黙し、やがて停止した。
そして今に至るのである。
「やはり、ブルックリン級は侮れなかったな。」
ニヒトー少将は、神妙な口調でそう呟いていた。
彼の乗艦であるレルバンスクは、今使える砲が、前部の第2砲塔の2本しかない。
残りの砲塔は、ブルックリン級の猛射によって全て叩き潰された。艦長によると、レルバンスクの損害は大破のレベルにあると言われている。
いや、傷付いたのはレルバンスクのみではない。共に戦った5隻のオーメイ級、ルオグレ級巡洋艦のうち、全てが損傷し、4番艦のラガルムに
至っては轟沈している。
一番損害が軽い巡洋艦のバムルライコも、8門あった主砲のうち、使えるのは4門しかなく、左舷側の魔道銃、両用砲は全滅状態にある。
被害はニヒトーの率いた艦隊のみならず、リリスティが貸してくれた部隊にも及んでいる。
こちらは対空巡洋艦エレガムツが沈没確実の損害を受け、ルンガレシが辛うじて中破の被害範囲に留まっている。
駆逐艦は4隻中1隻が沈み、1隻が大破した。それに対し、戦果はクリーブランド級巡洋艦2隻撃破と駆逐艦1隻撃沈、2隻大破である。
戦術に関しては、巡洋艦2隻、駆逐艦3隻を撃沈したアメリカ側に軍配が上がるだろう。
(だが、奴らは輸送船団攻撃という任を果たせず、撤退していった)
ニヒトー少将はそう思うと、少しばかり胸のつかえが取れたように感じた。
アメリカ艦隊の本来の任務は、輸送船団の撃滅であったが、輸送船団の姿を見る前に、ニヒトー部隊に阻止されてしまった。
そして、アメリカ艦隊は被害ばかりを重ねて撤退して行った。
誰が見ても、真の勝者は、輸送船団を守り抜いたニヒトー部隊であろう。
「アメリカ軍とて、常に勝者で居れる筈が無い。その事が、ついに証明されたのだ。」
ニヒトー少将はそう呟くと、自然と満ち足りた気持ちになった。
この日行われた海戦は、マルヒナス西岸沖海戦と呼ばれた。
この海戦の特徴は、アメリカ海軍が得意の水上砲戦で苦戦し、ついに目的を果たせぬまま撤退した事である。
この海戦で、アメリカ側指揮官であったウォルデン・エインスウォース少将は、旗艦ブルックリン艦上で重傷を負って医務室に担ぎ込まれた。
シホールアンル側は、この海戦に至るまでに水上艦部隊に対して、各種の猛訓練を課していた。
シホールアンル海軍将兵が行った血の滲むような訓練の成果は、この海戦で遺憾なく発揮された。
結果、アメリカ側は巡洋艦2隻、駆逐艦4隻を撃沈し、巡洋艦5隻、駆逐艦2隻を撃破したが、自らも軽巡洋艦ボイスと駆逐艦2隻を喪失、
残りの軽巡全てが大中破した上に目的の輸送船団撃滅を果たせなかった。
この戦いは、後にアメリカ海軍が初めて水上戦闘で苦戦し、そして敗北した海戦として歴史に残される事になった。
1483年(1943年)10月2日 午前1時 マルヒナス沖東200マイル地点
マリングス・ニヒトー少将が指揮する第2艦隊は、50隻の輸送船を護衛しながら、時速10リンル(20ノット)の
速度でマルヒナス運河に向かっていた。
第2艦隊旗艦であるオーメイ級巡洋艦レルバンスクの艦橋で、ニヒトー少将は夜空を見上げていた。
「すっかり晴れましたね。」
主任参謀がニヒトー少将に声をかけてきた。
「ああ。見てみろ、綺麗な星だよ。日中は酷い天気だったが、こうもあっさり晴れるとはな。」
「ですが、その酷い天気のお陰で、我々は予想していた敵機動部隊からの空襲を避けられましたよ。」
「そうだったな。それ以前に、アメリカ機動部隊がどこにいたかどうかは知らなかったぞ。なにせ、肝心の第4機動艦隊までもが、
日中はずっと酷い天気に悩まされていたからな。お陰で、偵察ワイバーンが飛ばせなかった。」
「敵さんの位置が掴めなかった事は、少々心配ですな。でも、これで明日中には無事、船団をマルヒナス運河に送り届けられます。」
「うむ。モルクンレル中将から貸して貰った艦も、傷付けずに返せるな。」
ニヒトー少将は安堵したような表情でそう言った。
第2艦隊は第4機動艦隊から、対空巡洋艦のルンガレシとエレガムツを貸して貰った。
これは、もし敵機動部隊の艦載機が輸送船団に襲いかかって来た場合を想定した物である。
フリレンギラ級対空巡洋艦に属するルンガレシとエレガムツは、共に4ネルリ(10.28センチ)砲16門、
魔道銃46丁という重火力を有しており、敵機が来た場合には充分に活躍すると思われていた。
現に今年5月のアムチトカ島沖海戦では、襲い掛かって来るアメリカ軍機相手に獅子奮迅の活躍を見せ、機動部隊の損害軽減に付与している。
シホールアンル版アトランタ級巡洋艦とも言われる2隻の対空巡洋艦の派遣に、第2艦隊司令部は飛び上がらんばかりに喜んだ物だ。
だが、助っ人達の活躍はとうとう見られずじまいに終わりそうだ。
「奴さん達の活躍ぶりも見たかったものでしたが。」
「見ないほうが良かったかも知れんぞ。アメリカ艦載機はどんな生き物よりも凶暴だから、船団に被害が出ていたかも知れん。
まあ、今は無事に山場を抜けられた事を喜ぶべきさ。」
ニヒトー少将は微笑みながら、主任参謀の肩を叩いた。
ふと、彼は香茶が飲みたくなった。
「従兵。」
「はっ!」
ニヒトー少将は、艦橋の隅で立っていた従兵に声をかけた。
「すまんが、香茶を入れてくれんかな?数は・・・・・ちょっと待ってくれ。どうだね。君達も飲まんかね?」
彼は、艦橋に詰めている艦長や、艦橋要員にも茶を飲むようにすすめた。
全員がニヒトー少将の勧めに応じた。
「とりあえず、13人分入れて来てくれ。それから2人ほど手伝ってくれ。1人では13人分のカップを持つのは大変だ。」
「わかりました。」
レルバンスクの艦長がそう答えると、2人ほどの水兵を従兵の手伝いに参加させた。
5分ほど経って、3人の水兵はカップに入った香茶を持って来た。
「どうぞ、司令官。淹れたてですよ。」
従兵は微笑みながら、ニヒトー少将にカップを手渡した。
「ご苦労。」
ニヒトー少将はそう返事した後、香茶をすすった。
「うまい。」
いつもながら、飽きの来ない味わいに、彼は一言呟いた。
平穏な空気が打ち破られたのは、この直後であった。
「艦長!緊急連絡です!」
唐突に、伝声管から緊迫した声が流れて来た。
「どうした?」
「ハランガ魔道士官が、本艦隊の南西11ゼルドの方向に、不審な生命反応を探知したと報告して来ました!」
「南西方面だと?南西方面には味方の艦隊もいないぞ。」
艦長はそう言いながら、レルバンスクの魔道士官の顔を思い出していた。
魔道士官の名前は、レクムロ・ハランガ。階級は中尉で、通常の魔道士官と違って魔道学校を上位で卒業したと言う秀才であるが、
普段の勤務態度が悪いのと、上官に反抗する事で辺境や、旧式艦艇をどさ回りさせられていという、クセの強い士官だ。
年は今年で27を迎える男性で、外見からして普通の男なのだが、今年4月からレルバンスクに乗り込んでからは普通に仕事をこなしている。
ただ、あまり目立たぬため、口の悪い乗員からは空気と渾名されている。
そんな魔道士官が、いきなり不審な生命反応を探知したと言うのだ。
「ハランガ中尉を呼んでくれ。」
艦長はハランガ中尉を呼び出した。
「ハランガです。」
「ハランガ中尉。君は南西方面から不審な生命反応を探知したと言っているが、それは確かなのかね?」
「確かです。生命反応は、今はさほど強くありませんが、時間を追うごとに強くなりつつあります。」
「なるほど・・・・ちょっと待ってくれ。」
艦長はそう言ってから伝声管から離れ、ニヒトー少将に顔を向けた。
「司令官。南西方面から不審な生体反応を探知したとの報告が入りました。」
「生体反応だと?うちの魔道参謀はまだ何も感じてないようだが・・・・距離は?」
「11ゼルドです。」
「11ゼルド・・・・・・・馬鹿に遠いな。それ以前に、普通は10ゼルド前後しか反応は探知できないぞ。
もしかして、君の所の魔道士官は。」
「確か・・・・魔道学校を上位で卒業したと言っていました。それ以上は詳しく教えてくれませんでしたが・・・・・」
「・・・・・・」
ニヒトー少将はしばらく黙り込んだ。
レルバンスクの魔道士官は、どうやら普通の魔道士官よりも生命反応探知の魔法が使えるようだ。
恐らく、魔道士官の得意分野は、相手を探知する事らしい。
その魔道士官が探知したと言う、不審な生体反応・・・・・
(日中、アメリカ軍は機動部隊を持って、我々を攻撃できなかった。アメリカ機動部隊が近くにいたという保証は無いが、我々の存在は知っている筈だ)
今の所、艦隊に異常は見られない。懸念されていた潜水艦の襲撃も今は全く無く、平穏な航海を続けている。
(いや、もしかして・・・・・平穏は既に破られているかもしれない)
ニヒトー少将はそう思った。
「魔道士官とのやり取りを続けてくれ。」
彼は、レルバンスク艦長にそう命じた。
5分後、レルバンスク艦長はやや青ざめた表情を浮かべて、ニヒトー少将に報告してきた。
「魔道士官の報告によりますと、生命反応は先ほどよりも明確に感じられるとの事です。距離は11ゼルドから10ゼルドに縮まったようです。」
そして、それから更に10分後、
「駆逐艦ムギルガより報告!艦隊の南西方面から接近せる不審な反応を探知!」
「巡洋艦ラガルムより報告!艦隊の右舷後方側から不審な反応を探知。反応は徐々に大きくなりつつあり。」
艦隊の僚艦からも、次々と報告が入ってきた。
「司令官。魔道士官からの報告によりますと、生命反応は我が艦隊より約9ゼルド離れた海域にまで接近しているようです。速度も判明しました。」
「どのぐらいだ?」
「約15~16リンルの速力です。」
「もはやはっきりしたな。」
ニヒトー少将は、ため息を吐きながらそう言った。
「全艦に下令。これより敵艦隊を迎え撃つ。護衛艦部隊は船団から離れ、敵艦隊を阻止せよ。」
この命令は、魔法通信によって各艦に伝わった。各艦は直ちに砲戦用意の命令を発した。
やがて、輸送船の周囲に貼り付いていた巡洋艦、駆逐艦が隊列から離れて行く。
輸送船の乗員達は、護衛艦が慌しく離れていく事から、何かただならぬ事が起きようとしていると思った。
護衛艦群は、手馴れた手付きで隊列を組んだ後、反応の強い方角に向けて突進していった。
敵艦隊に向かった護衛艦群は、やや大めの部隊と、数隻程度の部隊の2群であった。
午前1時40分
「敵艦隊の詳細が判明しました!」
第2艦隊旗艦の巡洋艦レルバンスク艦上で、ニヒトー少将は魔道参謀からの報告を聞いた。
「敵艦隊は巡洋艦4、駆逐艦16隻です。」
「分かった。」
ニヒトー少将は頷くと、望遠鏡で艦首方向の海面を眺めた。
暗い海面には、何も見える物はない。だが、水兵線の向こうには、不遜にも輸送船団襲撃を企図していたアメリカ艦隊がいる。
「アメリカ人め。航空機が使えぬのなら軍艦で叩けばいいと判断したな。」
ニヒトー少将は忌々しげに呟いた。
「その考えは悪くないが、貴様らは輸送船団に俺達の艦隊が付いていると言う事を忘れている。まずは、ここで通行料を払って貰おうか。
最も、通すつもりは無いがな。」
彼は、やや憤るような口調でそう言う。
アメリカ艦隊との距離は刻一刻と縮まって来る。
やがて、魔道士官からアメリカ艦隊が6ゼルドの距離まで接近して来たとの報告が届いた。
「照明弾発射!」
ニヒトー少将はすかさず命じた。レルバンスクの前部にある2基の7.1ネルリ砲から、1番砲塔の2門の砲が火を噴く。
10秒ほど間を置いた後、艦首の向こう側にぱあっと赤紫色の淡い光が広がった。
その淡い光の下に、何かの影が見えた。
「敵艦視認!敵は我が方に向かいつつあります!あっ、敵の先頭艦が右舷に回頭!進路を変えました!」
見張りの声が伝声管から流れて来る。
「司令官、どうやら敵は誘っているようです。」
主任参謀が危惧するような口調でニヒトーに進言した。
「アメリカ艦隊がああやって回頭する時は、いつもの通り同航戦を挑むときに行われています。護衛部隊のほぼ全力が輸送船団から
離れている以上、誘いに乗るのは余りにも危険です。下手をすれば」
だが、ニヒトー少将は主任参謀の言葉を最後まで聞かなかった。
「分かっておる。だが、船団の近くにはしっかり予備を置いてある。いざと言う時はその予備が敵の攻撃を防いでくれるはずだ。」
「しかし」
「何、あまり心配せんでも良い。砲の発射速度に関しては、我々よりも予備隊のほうが優れているからな。アメリカ人捕虜が言っていた
自慢のブルックリンジャブとやらを、相手にも味合わせてくれるかも知れん。それに、敵は目の前にいる。今反転すれば、後ろから
食い付かれてしまう。」
「・・・・・分かりました。」
主任参謀はやや間を置いてから、そう返事した。
「誘いに乗ってやろう。取り舵一杯!」
ニヒトー少将は命じた。
レルバンスクの艦首が左に回頭をはじめた。レルバンスクに従っていた僚艦も、それに倣って回頭を続ける。
最後の巡洋艦が回頭を終えた時、突如アメリカ駆逐艦部隊が増速して来た。
「敵駆逐艦速力上げました!我が方に急速接近!」
「駆逐艦部隊は敵駆逐艦に当たれ!巡洋艦は我々が始末をつける。」
ニヒトー少将はそう言いながら、照明弾の光に曝け出されたアメリカ巡洋艦を眺めた。
新たな照明弾が炸裂し、右舷側にいる敵艦の姿が見える。
距離は未だに遠いため、はっきりとは見えない。だが、艦の形は分かった。
低めの艦橋構造物。艦橋の前に設置された3つの砲塔らしき物、後部には似たような物が2つある。
「敵はブルックリン級巡洋艦です!」
唐突に、見張りからの報告が艦橋に響いた。ニヒトー少将は思わず舌打ちをした。
「ブルックリン級か・・・・厄介なのが出てきたな。」
ブルックリン級巡洋艦は、主砲のサイズはシホールアンル巡洋艦よりも小さな物である。だが、問題は積んでいる砲の数と、発射速度だ。
ブルックリン級は、傍目からはオーメイ級やルオグレイ級と似たような大きさだが、主砲の搭載数は15門とかなり多い。
これだけでもオーメイ級やルオグレイ級では手が余りかねないのに、ブルックリン級はその15門の主砲を、遅くて8秒。早くて6秒と言う、
信じられぬような速さで撃ちまくるから、まさに海の暴れん坊とでも言うべき代物だ。
現に、開戦以来からシホールアンル海軍は、このブルックリン級に勝てた試しがない。
去年の第2次バゼット海海戦でも2隻のブルックリン級に対して5隻で当たって、シホールアンル側は1隻沈没、3隻大破。それで得た戦果が
1隻撃沈、1隻大破というものだから、いかにブルックリン級が凶暴な存在であるかが分かる。
シホールアンル海軍の水上艦は、あの日以来猛訓練を続けて、着実に錬度を上げている。
それでも、ブルックリン級に対してどこまで通用するかは分からない。
(1隻だけでも押さえ難い敵が、目の前に4隻もいる・・・・これを厄介と呼ばずして何と言おうか。)
ニヒトー少将は苦い表情を浮かべながらそう言った。
ニヒトー部隊の巡洋艦が敵と同航する形になった直後、アメリカ巡洋艦が砲撃を開始した。
「敵1番艦発砲!続いて後続艦も発砲を開始!」
「まだ距離は5.4ゼルド(16200メートル)もあるのに、もう射撃開始とは・・・・!」
オーメイ級、ルオグレイ級巡洋艦が搭載する49口径7.1ネルリ砲の射程距離は7ゼルド(21000メートル)で、
5.4ゼルドという距離は充分に射程内であるが、視界の悪い夜間では、5ゼルドで射撃を行うのがシホールアンル側の常識だ。
にもかかわらず、アメリカ巡洋艦は遠めの位置から砲門を開いた。
ニヒトー少将は、艦首部を眺めた。前部2基の主砲は、既に右舷を向いている。
射撃はいつでも可能である。舷側の両用砲からも、定期的に照明弾が打ち上げられている。
やや遠いとはいえ、敵の位置は既に掴んでいた。
レルバンスクの左舷側に水柱が立ち上がった。敵の主砲弾が落下してきたのだ。
「砲戦想定距離まで待つ必要は無い。こちらも相手に応えるまでだ。主砲、撃ち方始め!」
ニヒトー少将はついに、砲戦開始の合図を発した。
第61任務部隊第3任務群旗艦である軽巡洋艦ブルックリンの艦上から、敵艦隊が一斉に発砲するのが確認された。
その2秒後に、3番砲が火を噴いた。
戦艦砲と比べると、6インチ砲の射撃はささやかな物と思われがちであるが、それでもズシリと来る振動が伝わってくる。
この砲弾は、敵1番艦の右舷側海面に落下した。
弾着が確認された直後、ブルックリンの左舷側海面に6本の水柱が立ち上がった。
敵1番艦からの射弾である。
「敵弾、左舷側海面に落下!距離300!」
その報告に、司令官のウォルデン・エインスウォース少将は眉をひそめた。
「300だと?えらく近いな。」
「いつもは精度の荒い射撃しかしないシホールアンル側にしては、まずまずの射撃ですな。」
ブルックリンの艦長がどこか嘲笑するような口調で言った。
「まあ、敵さんの砲弾が正確になる前に、ジャブの連打でリングアウトさせてやりますよ。」
「そうか。早くしてくれよ。」
艦長は自信ありげに言うが、エインスウォースは一抹の普段を抱いた。
もし、あれがまぐれでなかったら・・・・敵巡洋艦の砲員はかなり侮れぬ腕前を持っている事になる。
敵の良好な第1射に対して、ブルックリンの射撃はと言うと、
「弾着!敵1番艦の左舷側500メートルに着弾した模様!」
第4射目もまた外してしまった。第1射からずっと、敵巡洋艦の周囲500メートル以内に砲弾が落下した事はない。
「まだ砲戦は始まったばかりだから、さほど心配する必要も無いかも知れんが・・・・」
エインスウォース少将はそう言って、自分を納得させようとした。
敵1番艦からの第2斉射が放たれる。
10秒ほど経って、ブルックリンの右舷側に砲弾が落下し、6本の水柱が立ち上がる。
「敵弾、本艦の右舷200メートルに落下しました!」
「うろたえるな!こっちの弾ももうすぐ当たるぞ!」
艦自体が勿論と言うように、2番砲から第5射が放たれ、その6秒後には3番砲からも砲弾が放たれる。
だが、第5、第6射目の射弾も、敵巡洋艦の前面か、その向こうに落下してばかりである。
しかも、
「第5射、敵1番艦の右舷700メートルに着弾!」
「第6射、敵1番艦の左舷500メートルに弾着!」
先とあまり変わらない。いや、変わらないどころか、悪くなっている感じがある。
更に第7射が放たれた時、敵弾が落下してきた。
左舷側海面に、4本の水柱が吹き上がった。
(4本・・・?)
束の間、エインスウォースは疑問に思った。今、ブルックリンが相対している敵巡洋艦は、形からしてオーメイ級巡洋艦である。
オーメイ級の持つ砲は6門。しかし、今、水柱は4つしか上がっていない。
敵の主砲が2門ほど故障したか、あるいは・・・・・
「敵弾、我が艦の左右に弾着!夾叉されました!!」
エインスウォースの勘は当たった。敵1番艦の弾着は、見事にブルックリンを夾叉していた。
敵弾は6発中、4発が左舷側に、2発が右舷側に落下している。
次か、遅くても次の次に命中弾が出る事は明らかである。
ブルックリンが負けじと第8射を放つが、これもまた、敵艦の左舷側200メートルの海面に落下し、空しく海水を飛び散らせるのみに終わった。
「砲術!何をやっとるか!!」
たまりかねた艦長が、CICに怒鳴り込んだ。砲術長はレーダー射撃のため、CICに詰めて砲戦指揮を取っている。
しかし、高精度を期待されていたレーダー射撃は全く当たらない。
この時は誰も知らなかったのだが、ブルックリンのSGレーダーは他の艦のレーダーと比べて粗悪品であった。
このため、正確と思われる数値を元に射撃を行っても、実際は間違った数値であるために砲弾がことごとく空振りする羽目になった。
「申し訳ありません。しかし、もう少しで夾叉が出せます。もうしばしお待ち下さい。」
「俺は待っても敵は待たんぞ!あと2、3射で弾を当てろ!さもなくば敵に沈められて、私も君もあの世で天使とダンスをする羽目になるぞ!!」
「はっ!努力します!」
艦長は額に青筋を浮かべながら、受話器を叩きつけるように置いた。
ブルックリンが第9射を放った。その後、続けて第10射、第11射を放ち、この射弾が、ようやく敵1番艦に対する夾叉弾となった。
「ようし!もう少し・・・・もう少しで当たるぞ!」
艦長が、先ほどまで苛立っていた表情をやや緩ませた。ブルックリンのレーダー射撃も、ようやく正確になり始めた。
「ボイス、夾叉弾を出しました!続いてフェニックスも夾叉弾を出しました!」
「どうも成績がいまいちだな。」
エインスウォースは唸るようにして言う。
ブルックリン級軽巡に乗る砲術科員は、腕の良い者が乗る事で知られている。
これまで敵と相対してきたブルックリン級軽巡は、セント・ルイス、ヘレナ、サヴァンナ、ナッシュヴィル、そしてエインスウォースの乗るブルックリンである。
この5隻は、戦って来た海戦で10射以内に敵を夾叉するか、命中弾を与えてきた。
所が、今日に限っては、砲戦開始から夾叉弾を得るまでの時間が妙に長いように思える。
(一応、一通りは訓練したのだが、まだ訓練不足なのだろうか?)
エインスウォースがそう思った時、ブルックリンが第12射を放つ。それと同時に敵1番艦が第4斉射を放った。
弾着はブルックリンの第12射が早かった。敵1番艦の周囲に水柱が吹き上がり、次いで中央部から発砲炎とは異なる閃光が煌いた。
「敵1番艦に命中弾1!」
「ようし!後は一気に叩くのみだ!」
艦長は先よりも一層頬を緩めて、陽気な口調で言った。
「一斉撃ち方用意!」
艦長がそう命じた直後、敵の第4斉射が降り注いできた。
ブルックリンの周囲に4本の水柱が吹き上がったと思うや、いきなりガァーン!という強烈な打撃音が響き、艦橋が大地震のように揺れた。
「うお!?」
思わず、エインスウォース少将は床に転倒してしまった。
彼の他にも、衝撃に耐えられなかった者が何人か、床に倒れてしまった。
「司令官、大丈夫ですか!?」
通信参謀が慌てて、エインスウォースを引き起こした。
「ああ、なんとか大丈夫だ。しかし、凄い衝撃だったな。」
「敵の砲弾が、艦橋の後ろ側に命中したようです。危ない所でした。」
その時、艦橋にCICから報告が入った。
「こちらCIC!艦長、聞こえますか!?」
「ああ、こちら艦長。聞こえるぞ。何かあったのか?」
「SGレーダーの反応が突然消えました!目下レーダー射撃は不可能です!」
「何だって!?」
「こちらダメージコントロール!艦長!敵弾は左舷中央部と艦橋後部に命中しました。」
「敵は2発当ててきたのか。」
「ええ、そうです。そのうち1発は、後ろのマストを根元から叩き折っています。」
その瞬間、艦長はレーダー射撃が不可能になった原因が分かった。
飛来して来た敵弾のうち、1発は艦橋後部に命中したが、その際の炸裂ですぐ後ろにあるマストが、斬首刑よろしく切り落とされてしまったのである。
ブルックリンのSGレーダーは、マストのトップに設置されていたのだが、レーダーは折られたマスト共々、海に叩き込まれてしまった。
艦長は一瞬、立ちくらみを起こしかけたが、それも束の間であった。
「砲術!直ちに光学照準射撃に切り替えろ!」
「アイアイサー!」
「CIC。先のSGレーダーの不具合だが、敵弾がマスト共々、レーダーを海中に叩き込んだようだ。」
「そうでしたか・・・・分かりました。」
CICとの会話はそれで終わった。
その直後、敵1番艦から放たれた第5斉射弾が降り注いできた。
ブルックリンの周囲に砲弾が落下し、同時に2回の強い振動がブルックリンを振るわせる。
その20秒後に敵1番艦が第6斉射を撃ちこみ、1発を艦尾部分に命中して、クレーンをなぎ倒した。
ブルックリンは左舷の5インチ両用砲から照明弾を放った。
この直後、第7斉射弾が飛来し、新たな1発がブルックリンの左舷中央部に命中する。
「左舷中央部より火災発生!」
「すぐに消せ!砲術、測的はまだか!?」
「今やっています!」
5秒後に、敵艦隊の上空で照明弾が炸裂する。
おぼろげな影であった敵1番艦が、夜闇の海から明かりの下に明確な姿となって現れる。
「測的完了!射撃用意よし!」
「ようし。砲術長!飛ばすぞ!」
「艦長、いつも通りではないのですか?」
「そんな余裕は無いぞ!」
艦長と砲術長の会話が、敵弾の飛来によって中断される。新たな2発がブルックリンに突き刺さった。
1発は第1砲塔より前の艦首甲板に命中して、夥しい破片が吹き上がった。
2発目は左舷4番両用砲に命中して、5インチ砲が叩き潰された。
そこから新たな火災が発生する。
「この通りだ。飛ばさんとまずいぞ。」
「分かりました。ではみせてやりましょう、ブルックリンジャブの威力を。」
「ようし。一斉撃ち方だ!」
「アイアイサー!」
砲術長の最後の声が聞こえると、艦長は受話器を置いた。
その8秒後、ブルックリンの47口径6インチ砲15門が、一斉に火を噴いた。
その衝撃たるや、交互撃ち方の時と比べ物にならない。
激しい衝撃に艦橋要員が身を振るわせる。その6秒後に早くも第2斉射が放たれる。
ドドドーン!!!という斉射音が、夜海の闇に木霊する。
敵1番艦の上空を第1斉射弾が跳び越し、左舷側海面に15本の水柱が立ち上がる。
その6秒後には、右舷側海面に同じく、15本の水柱が吹き上がった。
水柱の形は、シホールアンル側の7.1ネルリ砲と比べてやや小さいが、それが6秒から7秒おきに上がる光景は、海が不遜な輩に怒り狂い、
盛んに海面を沸きたてているように思わせる。
先の斉射弾の弾着を確認する間も無く、第3、第4、第5斉射と、ブルックリンは6秒おきに15発の6インチ砲弾を叩きつける。
敵1番艦の第6斉射が放たれる。その直後にブルックリンの第6斉射が落下し、敵1番艦の姿が15本の水柱によって隠される。
ブルックリンが第7斉射を放った直後、敵の第6斉射弾が落下した。
2度の強い衝撃が、ブルックリンの艦体を震わせた。
「左舷中央部に被弾!火災発生!!」
「艦尾に被弾!カタパルト損傷!」
相次いで被害報告が飛び込んでくるが、その時にはブルックリンの斉射弾が敵1番艦に降り注いでいた。
敵1番艦の周囲に水柱が吹き上がり、その中に2つの閃光が走った。
「敵1番艦に2弾命中!」
「ようし、やっと照準が合ってきたぞ。このまま一気に畳み掛けろ!」
艦長が興奮したような口調でそう言った。ブルックリンの第8斉射がそれに応える。
第8斉射弾は、15発中1発が敵1番艦の後部に命中した。
敵1番艦の後部甲板から爆炎が上がり、オレンジ色の炎が敵1番艦の姿を鮮明に浮かび上がらせた。
続いて第9斉射が放たれ、またもや敵1番艦に対して命中弾を与えた。
今度は中央部に2発が命中し、何かの破片が飛び散り、次いで、命中箇所からちろちろと火が見え始めた。
「敵1番艦、火災発生の模様!」
見張りが、先とは打って変わった口調で報告して来る。
ブルックリンが第10斉射を放つ。左舷側の海面が15門の6インチ砲の一斉射撃で急激に明るくなった。
同時に敵1番艦も第7斉射を撃った。弾着はほぼ同時であった。
エインスウォースは、敵1番艦から命中弾の閃光を確認したと思った直後に、激しい衝撃を感じた。
やや間を置いて、被害報告が入る。
「敵弾が後部第5砲塔に命中!第5砲塔は使用不能です!」
「畜生!先に砲塔を叩かれたか!!」
艦長が悔しげに叫んだ。これで、ブルックリンは主砲を3門失い、残る6インチ砲は12門に減った。
(だが、まだ望みはある。いや、むしろ有利に立っているかも知れない)
エインスウォースは、双眼鏡で敵1番艦を眺めながらそう思った。
敵1番艦は、艦の後部と、中央部から新たに火災を発生させている。特に中央部の火災は先と比べて明らかに拡大している。
ブルックリンが連続射撃に移行してから1分が経ったが、先ほどまで押していた敵1番艦は、徐々に被害が拡大しつつある。
逆にブルックリンが押しているといって良い。
戦いの趨勢はブルックリンに傾きつつあるようだ。
(これが、ブルックリンジャブの力だ)
エインスウォースは、心中でそう呟きながら勝利を確信していた。
その時、艦の後方からいきなり大爆発の轟音が聞こえた。
「ボイス被弾!後部部分から大火災を起こしています!」
「ボイスがだと!?」
エインスウォース少将は思わず聞き返していた。
「ボイスの艦長と連絡は取れるか?」
「はっ。ボイスの通信機能は生きており、艦長も健在です。しかし、敵弾が第4砲塔の弾薬庫を誘爆させているので、艦自体は
大破確実の被害を被っているようです。」
ボイスは、ブルックリンのすぐ後方に占位して、敵2番艦と撃ち合っていた。
ボイスは、立ち上がりはクリーブランドと同様であったが、第9射目で夾叉を得て、すぐに斉射へと移行した。
斉射に移行してから1分ほどで、ボイスは敵2番艦に10発を直撃させ、後部の第3砲塔を破壊したものの、ボイス自身も12発を受けていた。
敵2番艦が第7斉射を放った時、ボイスは第3及び第5砲塔を損傷していたが、依然9門の6インチ砲が使用可能であり、敵2番艦に対して
6秒おきの斉射を浴びせ続けていた。
だが、第7斉射弾のうちの1発が、第4砲塔のすぐ左側の甲板に突き刺さった。
砲弾は最上甲板から艦深部の第4砲塔弾薬庫に達し、そこで炸裂した。
その瞬間、多数の5インチ砲弾や装薬が誘爆を起こし、火柱が第4砲塔をターレットごと宙に吹き飛ばした。
被害は弾薬庫のみならず、左舷側にも及び、爆風によって開けられた穴から浸水が始まっていた。
苦闘を続けるのはボイスのみではない。
3番艦であるフェニックスは、敵3番艦相手に砲塔2基を破壊され、そろそろ危ない状況になりつつある。
4番艦のフィラデルフィアは、敵4番艦に29発の命中弾を浴びせ、全主砲を使用不能にしたが、フィラデルフィアは4番艦のみならず、
5番艦をも相手取っていたため、自身も9発の命中弾を浴びせられて、やはり苦戦を強いられていた。
「司令官!各艦とも、思いのほか苦戦を強いられているようです。このままでは、こちらに損失が出る可能性も。」
「退け、と言うのかね?」
エインスウォースは厳しい目付きで参謀長を見つめた。
「忘れたのか。俺達は陽動部隊だ。TF57から派遣されたコロンビアとサンアントニオが仕事を果たすまで敵を引き付けなければならん。
もし、ここで退いたら、この敵艦隊は総出でコロンビアやサンアントニオらを攻撃する。そうなっては非常に不味い。」
エインスウォース少将はそう言いながら、敵1番艦に視線を移す。
ブルックリンと同様に、30ノットのスピードで驀進する敵1番艦は、新たに前部甲板から火災煙を噴出していた。
今しがた放たれた斉射弾が新たな損傷を与えたのだ。損傷箇所は第1砲塔のようであり、2本の砲身らしきものがでたらめな方角を向いている。
更にブルックリンが斉射弾を放つ。ブルックリンと敵1番艦との戦いに関しては、ブルックリンのほうが有利に立っている。
「見ろ。確かに我々も苦しいが、敵も同様に苦しい。現に敵1番艦はこのブルックリンに押され気味だ。このまま行けば、ブルックリンは奴を
黙らせられる。ここで踏ん張って、船団攻撃部隊の負担を少しでも減らすんだ。」
その時、通信士官が艦橋に飛び込んできた。
「司令官!船団攻撃部隊から緊急信です!」
エインスウォース少将は、通信士官が差し出した紙を手にとって一読した。
「緊急 我、敵巡洋艦2隻の攻撃を受く。敵巡洋艦は新型で、アトランタ級に類似せり」
紙の内容はそう書かれていた。発信人や、発進した艦が記されていない。いや、記す時間が無かったとしたら・・・
(もしかして、コロンビアとサンアントニオは、この2隻の巡洋艦とやらに苦戦しているのか・・・・!?)
エインスウォースは、背筋が凍りつくような感覚を覚えた。
その時、敵1番艦が新たな斉射を放って来た。砲塔1基を潰されたとはいえ、まだ4門の主砲が健在である敵1番艦はまだまだ戦う気でいるようだ。
「これはまずい事になったぞ!早く敵巡洋艦を叩き潰さねば!!」
エインスウォースが、狼狽したような口調でそう叫んだ時、唐突に強い衝撃を感じた。
彼が驚きの表情を浮かべた瞬間、彼の目には吹き込んで来る爆風に吹き飛ばされる艦橋要員が写っていた。
船団襲撃部隊の役割を与えられた軽巡洋艦のコロンビアとサンアントニオは、敵船団まであと10マイルまで迫った所で、見慣れぬ敵艦と遭遇した。
その敵艦は8隻いた。2隻は巡洋艦と思われ、他の6隻は駆逐艦と見られる。
スペンスを始めとする4隻の駆逐艦は、6隻の敵駆逐艦を引き付け、残った敵巡洋艦2隻がコロンビアとサンアントニオに向かって来た。
「敵巡洋艦、接近してきます。距離は約14マイル!」
コロンビアの後方に続く軽巡洋艦サンアントニオ艦上では、CICからの報告が刻一刻と、艦橋に届けられていた。
「流石に、ノーベンエル岬沖のようにすんなりと敵艦隊に接近できんか。」
サンアントニオ艦長のチャック・アントニオ大佐は、感情のこもらぬ口調でそう呟いた。
敵巡洋艦が舷側から砲を放った。やや間を置いて、上空に赤紫色の照明弾が光った。
「敵巡洋艦2隻、同航してきます!速力31ノット、距離13マイル!」
敵巡洋艦2隻は、一度は北に変進したコロンビアとサンアントニオを追うように、右舷側に張り付いてくる。
そして照明弾を撃ってきた。恐らく、この次には砲弾が飛んで来るであろう。
「旗艦より通信!サンアントニオ目標、敵2番艦!」
「了解。主砲、目標は敵2番艦。」
「アイアイサー。」
アントニオ大佐は砲術科に攻撃目標を伝える。サンアントニオに搭載されている12門の54口径6インチ砲が、敵2番艦に向けられる。
レーダー射撃の準備は整っている。後は旗艦の号令を待つのみである。
「オーメイ級か、もしくはルオグレイ級だろうな。」
アントニオ大佐はそう呟いた。シホールアンル海軍の主力巡洋艦は、オーメイ級とルオグレイ級に分けられている。
オーメイ級なら6門、ルオグレイ級なら8門の主砲が搭載されているが、それに対し、クリーブランド級軽巡洋艦に属するコロンビアと
サンアントニオは、12門の主砲を有している。
ブルックリン級と比べれば主砲の門数は明らかに劣るが、主砲自体は47口径砲よりも威力の高い54口径長砲身砲である。
この高められた砲弾の威力によって、ブルックリン級と同等の破壊力を得ている。
そのため、アントニオ艦長は自然と、敵巡洋艦との砲戦に打ち勝てると思っていた。
敵巡洋艦が発砲を開始するまでは。
「敵巡洋艦発砲!」
いきなり、2隻の敵巡洋艦が射撃を開始した。2隻とも、舷側一杯に発射炎を光らせている。
「いきなり斉射か。相変わらずのようだな。」
アントニオ艦長は、無表情でそう呟いたが、その5秒後、彼は信じられない光景を目の当たりにした。
なんと、敵巡洋艦は新たな斉射を放ったのだ!
「!?」
アントニオ艦長は目を丸くした。サンアントニオの右舷側海面に水柱が吹き上がった。
距離は600メートルとかなり遠いが、その水柱の数が半端ではない。
「旗艦より信号。射撃開始!」
「了解。撃ち方始めぇ!」
命令を受け取ったサンアントニオが、各砲塔の1番砲から6インチ砲弾を叩き出した。
6秒後に2番砲が放たれるが、その直後に敵弾が落下してきた。
サンアントニオの左舷側海面に12本の水柱が立ち上がる。1本1本の高さはさほど大きくない。
せいぜい5インチ相当か、それ以下の口径砲であろう。
だが、その水柱の数は12本と、コロンビアとサンアントニオの保有する主砲と同じ数だ。
3番砲を放つと同時に、敵2番艦は第4斉射を撃った。
第1射目が敵巡洋艦の左舷側海面に落下する。同時に、敵の第3斉射弾がサンアントニオの左舷側海面に着弾した。
第4射を放つ前に敵巡洋艦が第5斉射を放つ。敵巡洋艦は、驚くべき事に5秒~6秒間隔で射撃している。
「敵巡洋艦はブルックリン級並みの速さで射撃している・・・・・待てよ。あの巡洋艦、どこかで聞いた事が・・・・・」
アントニオ艦長は、自らの記憶を辿った。
それは、今年5月に行われたアムチトカ島沖海戦の時である。
アメリカ側は、空母フランクリンと軽空母プリンストンの空母機動部隊と、アムチトカ並びにキスカ島の陸軍航空隊と共に、
ダッチハーバーを奇襲攻撃したシホールアンル機動部隊に対して航空攻撃を行った。
その時、敵機動部隊の対空砲火はなかなかに激しかった。
特に、新型の巡洋艦らしき艦が激しい対空砲火を打ち上げており、アメリカ側は思うような戦果を挙げられなかった。
後に、この巡洋艦はシホールアンル海軍が配備した、フリレンギラ級と呼ばれる新鋭艦である事が判明した。
この巡洋艦は、対艦、対空両用砲をアトランタ級並みに積み込んだ対空巡洋艦であり、アムチトカ島沖海戦ではずば抜けた速射性能を
活かして、艦隊上空に弾幕を張り巡らせていた。
この巡洋艦は、9月に海軍情報部から発行された資料に、艦影表付で紹介されている。
目の前の巡洋艦は、5インチと同等か、少し劣る主砲を連射している。その特徴からして、あの巡洋艦がフリレンギラ級である事は間違いなかった。
「敵はフリレンギラ級だ!早く倒さんと、厄介な事になるぞ!」
アントニオ艦長は焦るような口調でそう言い放った。
唐突に、敵2番艦が射撃を止めた。その巡洋艦の右舷側海面に、サンアントニオの第5射が着弾する。
精度は先ほどよりも良くなっているようだが、敵巡洋艦はなぜか撃ち返して来ない。
「どうしたんだ、急に。」
アントニオ艦長は、敵巡洋艦の意外な行動に首を捻ったが、サンアントニオの第6射が敵巡洋艦の左舷側に着弾した時、敵艦は射撃を再開した。
敵弾が来るかと思われたが、敵2番艦の筒先は、サンアントニオではなく、1番艦であるコロンビアに向けられていた。
「コロンビアに至近弾!あっ、夾叉された!」
「畜生、あいつら、火力を集中して1隻ずつ仕留めるつもりだ!」
アントニオ艦長は、敵巡洋艦の意図が読めた。
敵艦2隻は、コロンビアとサンアントニオに比べて、口径の劣る砲しか有していない。
ならば、1隻ずつで敵1隻を攻撃するより、2隻で敵1隻を攻撃したほうが時間が短縮できると考えたのだ。
その結果、敵巡洋艦2隻は、コロンビアに向けて計24発の砲弾を5秒おきに叩きつけているのだ。
敵巡洋艦2隻が統制射撃に移行して僅か20秒ほどで、コロンビアに命中弾が出た。
4インチクラスの敵弾は、コロンビアの右舷中央部に1発が命中したが、並みの軽巡とは違って、下手な重巡顔負けの装甲を施した甲板は、
この砲弾を甲板表面だけで炸裂するのみに留まらせる。
逆にコロンビアも斉射に移行して、第1射から敵1番艦の至近に12本の水柱を立ち上げる。
サンアントニオもすぐに斉射に移行した。
「敵2番艦を早く仕留めるんだ!このままではコロンビアが危ない!」
アントニオ艦長はそう言ってから、交互撃ち方から斉射に移行させる。10秒後に、サンアントニオが54口径6インチ砲12門を一斉に撃ち放った。
だが、交互撃ち方で正確とは言えぬ射撃をしているサンアントニオは、第1斉射も敵巡洋艦を飛び越えてから海に落下した。
コロンビアは、第3斉射で敵1番艦を夾叉した。だが、敵巡洋艦2隻は早くも5回目の斉射を行った。
4インチ相当の砲弾が次々と落下し、24発中3発が、コロンビアの前、中、後部に満遍なく落下する。
艦首甲板に命中した砲弾が、炸裂によって無数の鉄片を甲板上や第1砲塔上に撒き散らした。
右舷中央部に命中した砲弾は、40ミリ連装機銃座1基を押し潰し、後部に命中した砲弾がカタパルトを跳ね飛ばし、しまいには火災を発生させた。
コロンビアが負けじと、12門の6インチ砲を唸らせる。
12発の6インチ砲弾のうち、1発が敵1番艦の中央部に突き刺さる。
砲弾が敵の最上甲板を突き破って艦内に侵入し、第3甲板の無人の便所で炸裂した。
敵もまた黙れといわんばかりに砲弾を放った。
今度は5発が命中し、1発が前部、3発が中央部、1発が後部部分に命中した。
サンアントニオも第3斉射を放つが、サンアントニオの斉射弾は相変わらず、夾叉すらしない。
コロンビアが第4斉射を撃つ。そればかりか、艦橋前や、舷側、それに後部艦橋前に置かれた5インチ連装両用砲までもが放たれた。
54口径6インチ砲12門が6秒おきに、5インチ連装両用砲8門が4~5秒おきに乱射を繰り返す様は、まさに怒り狂った海神を想像させる。
敵1番艦に2発の6インチ砲弾と、1発の5インチ砲弾が落下し、しばらくして中央部と後部部分から火災が発生した。
6秒後に次の斉射弾が敵1番艦に落下する。後部の主砲塔のうち、1基が爆砕され、2本の砲身が高々と吹き上げられた。
別の2発の砲弾が中央部に敷き詰められている魔道銃数丁を薙ぎ倒し、艦内で炸裂して、右往左往する敵艦の乗員を肉片に変えた。
だが、敵1番艦と2番艦は、コロンビアよりも早い速射性能で畳み掛けようとした。
新たな砲弾が5発、後部部分に落下し、遂に第4砲塔が旋回版を歪められて射撃不能に陥った。
次の斉射弾が6発ほど、中央部と前部甲板に命中する。
前部甲板が無残にも破壊され、砕け散った鉄片、それに鎖のかけらなどが吹き上げられた。
右舷1番両用砲座に敵弾が命中し、炸裂した。1番両用砲はこの1発で叩き潰され、使用不能となった。
2発の砲弾が右舷側の甲板に命中し、20ミリ機銃2丁を吹き飛ばした。
コロンビアの斉射弾が、新たに敵1番艦に叩き付けられた。
2発の6インチ砲弾は敵1番艦の左舷後部と中央部に命中した。その後、新たな火災が敵艦から発生した。
後に来た5インチ砲弾のうち1発が、後部艦橋横に設置されている4ネルリ連装砲の真正面から命中し、砲塔内部で炸裂した。
その瞬間、2本の砲身が根元から弾け飛び、砲塔が真っ二つに叩き割られた。
この被弾で、敵1番艦の火災は余計に拡大し、やがて濛々たる黒煙が流れ始めた。
明らかに大破に近い損害を、短時間で被った敵1番艦だが、コロンビア自身にも続けて砲弾が降り注いだ。
7発の敵弾が命中し、うち1発が第2煙突の根元に突き刺さる。
基部を爆砕された煙突は、自重に耐え切れずに、右舷側の40ミリ機銃を巻き添えにして倒壊する。
次の斉射弾5発が再び、コロンビアに命中し、今度は前部の第2砲塔が動かなくなり、第5砲塔の後ろに設置されている5インチ砲が瞬時に叩き潰された。
サンアントニオからは、コロンビアに被弾が集中する様子が見て取れた。
奮戦するコロンビアが、自艦のそれと倍以上の砲火を浴び、艦体から盛んに直撃弾炸裂の閃光が煌いている。
「こちらも統制射撃をすれば、フリレンギラ級ごときにああもやられはしない物を・・・・!」
アントニオ艦長は、未だに旗艦から命令が無い事に苛立ちを募らせていた。
彼は、コロンビアもまた、敵を見習ってサンアントニオと共に統制射撃に移るであろうと思っていた。
所が、肝心の命令がいつまで経っても来ない。彼は命令が来るまで、敵2番艦に対して射撃を続けている。
さきほど、第12斉射でようやく1発が命中したが、敵2番艦は火災を起こす事も無く、傷付いた1番艦と共にコロンビアを叩き続けている。
先ほど、盛んに撃ちまくっていたコロンビアも、今では発砲炎もまばらになっている。
「おい、隊内無線を開け!コロンビアと連絡を取る!」
待機する事に堪り兼ねたアントニオ艦長は、コロンビアと通信を行う事にした。
アントニオ艦長はマイクを握り、コロンビアの艦橋にいるフランク・スタッカート少将と連絡を取ろうとした。
だが・・・・
「コロンビア。聞こえるか?こちらサンアントニオ艦長のアントニオ大佐だ。聞こえたら返事してくれ・・・・・
コロンビア、聞こえるか?応答しろ。」
しかし、いつまで経っても、コロンビアとは連絡が取れない。そうしている間にも、コロンビアはますます酷い状況になりつつある。
「コロンビアの火災、拡大しています!」
今や、無数に受けた敵弾の前に、コロンビアの反撃は尻すぼみとなっていた。
彼は何度か、コロンビアを呼び出したが、コロンビアからは反応が無かった。
(まさか・・・・通信系等をやられたのか・・・・そうなら、主力部隊にこの敵艦遭遇の連絡を行っていない可能性がある。ならば)
アントニオ艦長はすぐに通信士官を呼び出した。
「通信士。エインスウォース少将宛に打電だ。我、敵巡洋艦2隻の攻撃を受く。敵巡洋艦は新型で、アトランタ級に類似せり、以上だ。急いで送れ!」
その時、アントニオ艦長はある事を思いついた。彼は敵2番艦を睨みながら、新たなる命令を発した。
「敵2番艦にサーチライトを照射しろ!」
思いがけない言葉に、一瞬艦橋要員は表情を凍りつかせた。
「艦長、それは」
「危険は百も承知。だが、このまま行けば、コロンビアは敵の集中弾を受け続ける。コロンビアに対する圧力を弱めるためには、これしか方法が無い。」
アントニオ艦長は有無を言わせぬ口調で言った。
「サーチライト照射!照射目標は敵2番艦!」
サンアントニオから、1条の青白いビームが敵2番艦に注がれた。
敵2番艦は、サンアントニオから放たれた第3、第4斉射で、中央部から火災を起こしていた。
その敵2番艦が、サンアントニオのサーチライトによって明瞭な姿を現した。
前部と後部に2基ずつ、舷側に2基、計4基の主砲に、クリーブランド級やブルックリン級とやや類似する背の低い艦橋。
そして甲板上に配置された多数の機銃らしき物。全体的に、敵巡洋艦はアトランタ級よりもがっしりとした感があった。
第5斉射が放たれた。今度は、一気に3発もの砲弾が敵2番艦に突き刺さった。
それまでは1発ずつしか命中しておらず、大して傷付いていなかった敵2番艦であるが、この被弾で後部の砲塔1つが叩き潰された。
第6斉射が叩き出される。今度は4発が敵2番艦に命中し、後部部分から新たな黒煙を吹き出した。
その間、敵2番艦の砲撃は止んでいた。コロンビアに対しては、敵1番艦が射撃をするのみとなっている。
第7斉射を放った3秒後に、敵2番艦がようやく反撃してきた。
サンアントニオの左舷に、水柱が立ち上がった。本数は10本と、先ほどよりも少ない。
「ようし、来たぞ!照準はこちらのほうが正確だ。敵が照準を合わせる前にジャブの連打を叩き付ける!」
彼の言葉に応じるかのように、第8斉射が、左舷側を真っ赤に染めて放たれた。
第8斉射弾が弾着する前に、敵2番艦が斉射を放ってくる。第8斉射弾は2発が敵2番艦に命中する。
1発は敵の艦首部に命中して、錨鎖庫に納められていた錨が反対舷に叩き出された。
もう1発が艦橋横の甲板に命中し、夥しい破片を甲板上や海面に撒き散らした。
敵2番艦の斉射弾が降り注いできた。いきなり、サンアントニオの周囲に10本の水柱が吹き上がった。
「敵2番艦、本艦を夾叉しましたぁ!」
「第2斉射で早くも夾叉か・・・・あいつら、慣れたな。」
アントニオ艦長は苦虫を噛み潰したような表情でそう言った。
敵2番艦は、一番始めにサンアントニオを砲撃した時に、5度ほど斉射を放ってきているが、夾叉すらしなかった。
だが、今度は僅か2斉射で夾叉弾を出した。恐らく、コロンビアとの戦闘でコツを掴んだのであろう。
サンアントニオから第9斉射が放たれる。この斉射弾は、1発だけが敵2番艦の後部に命中した。
敵2番艦が舷側を発射炎で染めた。敵の斉射弾がサンアントニオ降り注いで来る。
唐突にガガァーン!という衝撃が10000トンの艦体を振動させる。
「中央部あたりに落ちたな。」
アントニオ艦長はそう直感した。サンアントニオがお返しだと言わんばかりに第10斉射を撃った。
今度は3発が、敵巡洋艦の後部と中央部に命中する。
アントニオ艦長は、命中弾が出るたびに敵の砲塔が破壊されている事を期待していたが、この時の斉射でも、敵巡洋艦の砲塔に命中弾は無かった。
逆に、敵2番艦も斉射弾を撃ち返してくる。
サンアントニオの周囲に、4インチクラスの砲弾がドカドカと降り注いで来る。
自艦の主砲よりも威力の小さい砲弾ではあるが、それでも至近弾炸裂の衝撃は艦を強く振動させる。
またもや直撃弾が出た。
「また中央部あたりか」
アントニオ艦長がそう呟いた時、見張りから悲痛めいた叫びが響いた。
「コロンビア沈黙!」
その言葉に、アントニオ艦長は仰天した。
「何だと!?」
彼はすかさず、コロンビアに視線を移した。先頭を行くコロンビアは、中央部と後部部分から濛々と黒煙を吹き出している。
後部2基の3連装主砲は、敵1番艦に向けられているが、それが咆哮する事は無い。
後部艦橋は酷く傷付いており、火災が生じている。中の乗員の安否は既に決まっている事であろう。
「コロンビア、応答せよ!コロンビア!」
アントニオ艦長はもう1度、無線でコロンビアを呼び出した。だが、マイクの向こうから聞こえてくるのは、ノイズ音のみであった。
「クソ!こうなったら発光信号だ。右舷側のサーチライトでコロンビアに信号を送れ!」
アントニオ艦長は発光信号による通信を試みた。
その間、サンアントニオは11~13斉射を放っている。
敵2番艦は新たに6発を被弾し、ついに別の砲塔が1基破壊された。
だが、敵2番艦も負けていない。残り8門となった砲がサンアントニオに向けて放たれた。
今度はサンアントニオに敵の斉射弾が降り注ぐ。周囲に至近弾が炸裂する中、2度ほど敵弾がサンアントニオを叩いた。
「後部甲板に命中弾!火災発生!」
「左舷第1両用砲損傷!」
すぐに被害報告が届けられる。
「まだ大丈夫だ。」
アントニオ艦長はまだ望みを捨てていなかった。12門の54口径6インチ砲は未だに健在だ。
それに、レーダーと照射を並行しているお陰で、敵巡洋艦の被害はうなぎ上りである。
彼は、サンアントニオが敵2番艦を押していると確信した。
だが、彼の楽観気分も、敵1番艦が砲をサンアントニオ向けた事で消し飛んだ。
「敵1番艦発砲!」
見張りの緊迫した声が響いた。
その数秒後、敵2番艦とは別の砲弾が、サンアントニオに降り注いだ。それも、初弾から夾叉弾を出した。
「敵1番艦まで撃ってきたか!」
アントニオ艦長は舌打ちしながらそう言う。
コロンビアを沈黙させた敵1番艦が、2番艦を助けようと筒先をサンアントニオに向け、発砲してきたのだ。
敵2番艦の斉射弾が3秒後に降り注ぐ。またもや艦体に敵弾が命中し、金属的な叫喚が聞こえた。
サンアントニオも負けていないとばかりに、斉射弾を放つ。
「コロンビアより発光信号!我、通信アンテナ損傷で無線通信不能!」
「無線アンテナが飛ばされたか・・・・道理で反応が無かったわけだ。」
アントニオ艦長は納得した。コロンビアは、先の命中弾で通信アンテナを飛ばされて通信不能に陥っていた。
そのせいで、スタッカート少将は統制射撃の命令を出せなかった。
出そうにも敵弾の落下が相次いでいる中では、サーチライトに兵員を置けるはずもなく、敵の砲火がサンアントニオに向けられた為に、
ようやく発光信号だけは送れるようになった。
サントアントニオから放たれた斉射弾のうち、5発が敵2番艦の中央部と後部を叩いた。
敵2番艦の後部から、砲身と思しきものが中に舞い上がる様子が見て取れた。
「ようし、これで2基目を潰した!」
まだ勝算はある!アントニオ艦長がそう思った直後、敵1番艦の射弾が落下してきた。
突如、艦橋の前面に真っ赤に染まった。その直後、大音響と共に何かがはじけ飛ぶような振動と、音が感じられた。
「第2砲塔に命中弾!砲身が損傷しました!」
「何だと?第2砲塔は使えるのか!?」
アントニオ艦長はすかさず、ダメージコントロール班に聞き返した。
「装填機構に故障が生じて目下使用不能です!」
「クッ・・・・次から次へと・・・・!」
アントニオ艦長が呪詛じみた口調で呟いた時、またもや敵弾が飛来し、直撃弾の衝撃が艦橋を揺らした。
「後部艦橋に被弾!副長戦死!」
「左舷第2両用砲損傷!火災が発生しました!」
サンアントニオもまた、残り9門となった6インチ砲を撃ち放った。
敵2番艦の周囲に水柱が吹き上がる。それと同時に中央部で2つの閃光が煌いた。
そこから新たに火災が発生する様子が見えた、その直後。
突然、先の中央部付近からの火災発生がマッチの火程度に見せるほどの大爆発が起こった。
猛烈な火炎が中央部から湧き出し、艦上構造物や魔道銃らしきものが派手に吹き飛んだ。
やがて、火柱は収まったが、敵2番艦は中央部から大火災を起こし、力尽きたようにスピードを落とし始めた。
「敵2番艦大火災!弾薬庫に命中した模様です!」
「ようし!見たかシホット!これがサンアントニオの実力だ!」
アントニオ艦長は、敵2番艦に対して吼えるような口調でそう叫んだ。
そこに黙れと言わんばかりに、敵1番艦からの射弾が降って来た。サンアントニオに新たな命中弾が出る。
「後部甲板に命中弾!火災発生!」
「第4砲塔に被弾せるも、砲塔に損傷なし!」
「了解。砲術、目標変更。目標敵1番艦。」
「アイアイサー」
アントニオ艦長は目標変更を指示した。今や、サンアントニオの敵は敵1番艦のみとなった。
(サシでの勝負だ)
アントニオ艦長は、必ず1番艦も仕留めてやると思った。そうしなければ、安心して敵輸送船団を叩けない。
ここで敵を放って置けば、帰路に不意打ちを喰らい兼ねない。
後顧の憂いは、今すぐに絶つべきであった。
彼の思いを踏みにじるかのように、敵1番艦が斉射を放つ。そして、その射弾はサンアントニオに降り注いだ。
ガァーン!という今までに感じた事の無い衝撃が艦橋を揺さぶった。
(今の弾着はかなり近かったな!)
アントニオ艦長はそう思ったが、次の瞬間、彼は驚愕の表情を浮かべた。
衝撃は、上から感じた。
まさか・・・・・・
「艦橋トップ及び艦首甲板に命中弾!射撃指揮所損傷!」
「CICより報告!SGレーダーがブラックアウトしました!!」
彼の危惧した通りとなった。
敵1番艦からの射弾は、サンアントニオの艦橋トップに命中し、主射撃指揮所を叩き潰し、炸裂の際に飛び散った断片がSGレーダーを
ずたずたに引き千切ってしまった。
射撃指揮所損傷とレーダーのブラックアウト・・・・・
それはつまり、レーダー射撃のみならず、統一射撃までもが不可能になったという事だ。
ようやく調子の出てきたサンアントニオにとって、これは痛烈な一撃であった。
「なんと言う事だ!」
アントニオ艦長は頭を抱えたくなった。このままでは、サンアントニオは満足な射撃も出来ずに、敵1番艦に対して一方的に嬲り殺しにされる。
もはや、最悪の事態を迎えていた。
艦橋に絶望という空気が流れ始めた時、通信士官が慌てた表情で入ってきた。
「失礼します!艦長、主力部隊から緊急信です!」
「読め。」
アントニオ艦長は、内容を通信士官に読ませた。
「宛、輸送船団攻撃部隊。発、フェニックス艦長。作戦を中止し、直ちに現場海域を離脱せよ、であります!」
内容を聞いたアントニオ艦長は、悔しさの余り、被っていた制帽を思いっきり床に叩き付けた。
対空巡洋艦ルンガレシの損害は、大破と言っても良い状況であった。
ルンガレシは、敵1番艦に対してエレガムツと共に統制射撃を行ったが、敵1番艦はルンガレシに対して猛射を浴びせてきた。
そのため、ルンガレシは前部の第2砲塔と右舷側の第1砲塔及び第2砲塔を破壊され、後部艦橋などにも命中弾を浴び、火災を起こしていた。
「あれだけぶち込んでも、スピードを落とさないとは・・・・敵艦は頑丈すぎるぞ。」
ルンガレシの艦長ヴェンバ・ラガンガル大佐は恨めしそうな表情でそう呟いた。
先ほど沈黙させたクリーブランド級巡洋艦も、砲が使えなくなっただけで、速力は全く落としていない。
今、ルンガレシは標的を敵2番艦に変えて射撃を行っている。
敵2番艦は、僚艦エレガムツに痛打を浴びせ、同艦を落伍させている。
ルンガレシは先ほどから、敵2番艦に砲撃を行い、何発かを命中させていた。
確かに敵巡洋艦は被弾し、炎上しているのだが、一向に速力を落とさない。
「利いてはいるんだろうが・・・・どうも実感が沸かない。」
ラガンガル大佐は不満げな口調で呟く。ルンガレシが斉射弾を放つ。敵巡洋艦に新たな命中弾が出て、光源魔法が消えた。
どうやら、光源魔法を発生させていた装置を破壊したようだ。
この他にも、前部甲板から新たな火災が発生するのだが、敵艦は砲をルンガレシに向けたまま、そのままの調子で航行を続ける。
まるで、貴様の豆鉄砲など大した事ではないと、敵2番艦自体が言っているかのようだ。
「4ネルリ砲で挑むのは、やはり無理だったかな・・・・」
ラガンガル大佐は、内心不安で一杯になったが、どういう訳か、いきなり敵2番艦が反転し始めた。
敵2番艦に続いて、1番艦までもが反転していく。
「信じられん・・・・・敵艦が撤退していく!」
ラガンガル大佐は、まるで夢を見ているかのような気分に囚われた。
だが、夢ではない。2隻のアメリカ巡洋艦は、黒煙を上げながら撤退していく。
その姿は、まるで、戦いに敗れた敗残兵のようであった。
「艦長、追撃しましょう!」
副長が声高々に意見具申して来た。
「これは好機です!今、あのクリーブランド級2隻を撃沈できれば、後の機動部隊戦でも味方ワイバーン部隊の負担が減ります!」
「まあ待て。まだニヒトー司令から命令を受け取ってない。司令の指示が出るまで待つんだ。一時的とはいえ、我々は第2艦隊の
指揮下にあるのだからな。単独で勝手な事を起こせば独断専行になる。」
ラガンガル大佐はそう言って、猛り上がる副長を抑えた。
恐らく、エレガムツの大破炎上が原因なのであろう。エレガムツは、ルンガレシと同じくフリレンギラ級対空巡洋艦として就役している。
彼女は、ルンガレシと共同で敵1番艦を叩きのめしたが、敵2番艦の反撃を受けて大破、航行不能となっている。
詳細は分からないが、あの損傷状況からして助かる見込みは薄い。
共に訓練に励んできた僚艦が、無残にも討ち取られた光景を見た副長は、その仇討ちを取りたいと思っているのだろう。
「しかし、危なかった。輸送船団まであと少しの距離まで迫っていたな。俺達が居なければ、今頃は目も当てられん状況になっていたな。」
ラガンガル大佐は、少し安堵した口調でそう言う。その時、魔道士官が艦橋に入ってきた。
「艦長。ニヒトー少将から連絡です。」
「読め。」
「我、敵主力部隊を撃退せり。戦果は敵巡洋艦1隻、駆逐艦1隻撃沈、3隻大破。わが方の損害は巡洋艦ラガルム、駆逐艦3隻沈没、
敵は損傷艦を伴って、南西方面に撤退せり。以上です。」
その直後、艦橋で乗員達の歓声が爆発した。
午前2時が過ぎた。第2艦隊旗艦であるレルバンスクの艦橋で、ニヒトー少将は、今しも沈み行くブルックリン級巡洋艦を眺めていた。
あのブルックリン級は敵巡洋艦群の2番艦であったが、砲戦の最中に突如大爆発を起こした。
その後、しばらく砲を撃っていたが、最終的に50発ほどの命中弾を受けて沈黙し、やがて停止した。
そして今に至るのである。
「やはり、ブルックリン級は侮れなかったな。」
ニヒトー少将は、神妙な口調でそう呟いていた。
彼の乗艦であるレルバンスクは、今使える砲が、前部の第2砲塔の2本しかない。
残りの砲塔は、ブルックリン級の猛射によって全て叩き潰された。艦長によると、レルバンスクの損害は大破のレベルにあると言われている。
いや、傷付いたのはレルバンスクのみではない。共に戦った5隻のオーメイ級、ルオグレ級巡洋艦のうち、全てが損傷し、4番艦のラガルムに
至っては轟沈している。
一番損害が軽い巡洋艦のバムルライコも、8門あった主砲のうち、使えるのは4門しかなく、左舷側の魔道銃、両用砲は全滅状態にある。
被害はニヒトーの率いた艦隊のみならず、リリスティが貸してくれた部隊にも及んでいる。
こちらは対空巡洋艦エレガムツが沈没確実の損害を受け、ルンガレシが辛うじて中破の被害範囲に留まっている。
駆逐艦は4隻中1隻が沈み、1隻が大破した。それに対し、戦果はクリーブランド級巡洋艦2隻撃破と駆逐艦1隻撃沈、2隻大破である。
戦術に関しては、巡洋艦2隻、駆逐艦3隻を撃沈したアメリカ側に軍配が上がるだろう。
(だが、奴らは輸送船団攻撃という任を果たせず、撤退していった)
ニヒトー少将はそう思うと、少しばかり胸のつかえが取れたように感じた。
アメリカ艦隊の本来の任務は、輸送船団の撃滅であったが、輸送船団の姿を見る前に、ニヒトー部隊に阻止されてしまった。
そして、アメリカ艦隊は被害ばかりを重ねて撤退して行った。
誰が見ても、真の勝者は、輸送船団を守り抜いたニヒトー部隊であろう。
「アメリカ軍とて、常に勝者で居れる筈が無い。その事が、ついに証明されたのだ。」
ニヒトー少将はそう呟くと、自然と満ち足りた気持ちになった。
この日行われた海戦は、マルヒナス西岸沖海戦と呼ばれた。
この海戦の特徴は、アメリカ海軍が得意の水上砲戦で苦戦し、ついに目的を果たせぬまま撤退した事である。
この海戦で、アメリカ側指揮官であったウォルデン・エインスウォース少将は、旗艦ブルックリン艦上で重傷を負って医務室に担ぎ込まれた。
シホールアンル側は、この海戦に至るまでに水上艦部隊に対して、各種の猛訓練を課していた。
シホールアンル海軍将兵が行った血の滲むような訓練の成果は、この海戦で遺憾なく発揮された。
結果、アメリカ側は巡洋艦2隻、駆逐艦4隻を撃沈し、巡洋艦5隻、駆逐艦2隻を撃破したが、自らも軽巡洋艦ボイスと駆逐艦2隻を喪失、
残りの軽巡全てが大中破した上に目的の輸送船団撃滅を果たせなかった。
この戦いは、後にアメリカ海軍が初めて水上戦闘で苦戦し、そして敗北した海戦として歴史に残される事になった。