自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

119 第93話 接近遭遇

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第93話 接近遭遇

1483年(1943年)12月1日 午前5時 ソドルゲルグ岬沖南南西110マイル地点

潜水艦ボーフィンの艦長である、ダニエル・スタウト中佐は、軍医長のサミュエル・モラン大尉に呼び出された。
医務室にやって来たスタウト艦長は、寝台で座っている女性を見て、思わず息を呑んだ。

「艦長、患者さんが目覚めました。この人はこの船の艦長をしている人だ。」

モラン大尉は、上半身を毛布で覆っている緑色の髪をした女性に艦長を紹介する。

「スタウト。ダニエル・スタウト中佐。よろしくな。」

スタウト中佐は、邪気の無い笑みを浮かべながら、右手を差し出した。

「・・・・・・・」

しばらく、女性は黙っていたが、スタウト中佐は敵ではないと確信したのであろう、すぐに手を握った。
女性の掌は、どこか柔らかくて暖かい。

「あたしは・・・・メリマ・エイルム・・・・助けてくれてありがとう。」
「ささ、艦長。こちらに座ってください。」

モラン大尉は奥から椅子を引っ張り出して、自分の左隣に置いた。スタウト艦長は礼を言ってから、椅子に座った。

「どうした?寒いのか?」

スタウト艦長は、メリマが体を震わせている事に気が付いた。

「ええ・・・・・ちょっとだけ・・・・・」

メリマの言葉を聞いたスタウト艦長は、モラン大尉に視線を向けた。

『彼女、何か病気を持っているのか?インフルエンザに似たようなものとか』

彼は小声で聞いた。

『いえ、体のほうは至って健康ですよ。でも、少しばかりショック症状に陥っているようです。』
『なるほど。』

彼はモラン大尉と小声で会話を交わした後、メリマに顔を向ける。

「何か暖かい物でも欲しいか?」
「・・・いいの?」
「ああ。部下に持ってこさせる。」
「では、お願いします。」

メリマは恐縮そうな口調で言った。それに、スタウト艦長は笑みで返した。

「毎度あり。おい、コーヒーを3つ頼むぜ!」

スタウト艦長は、部屋の前で立っている警備兵にコーヒーを取ってくるように命じた。

「そういえば、君はちょっとばかし変わった姿をしているが、君は以前どこに住んでいたんだ?」
「生まれは、エンテック東部にある山岳地帯です。私はハーピィ族と言われる種族で、あなたたち人間から見れば亜人種に当たります。」
「ハーピィ族っていうのは、君のように皆が翼を持っているのかい?」

スタウト艦長は、毛布からはみ出している白い翼を見ながら聞いた。

「ええ。生まれた時は、あまり翼は大きくないんですけど、成長するにしたがって段々と大きくなります。」

「翼かぁ・・・・羨ましいもんだな。」

スタウト艦長は本気でそう思った。人間は、古来から空に憧れてきた。
人間には元々、翼が無かった。そのため、大空を自由に飛ぶ事は不可能であった。
だが、人間達は苦心惨憺の末、遂に仮初めながらも大空を飛ぶ力を手に入れた。
航空機が普通に存在する今となっては、人間自体が空を飛ぶと言う事はあまり想像すらされなかったが、かつて、人間が
抱いたであろう理想像が、今、スタウト艦長の目の前に居るのである。

「羨ましい・・・・ですか?」
「羨ましいさ。」

スタウト艦長は苦笑しながら言った。

「俺がガキの頃は、人間も本当に空を飛べると思い込んでいたんだ。7歳の時だったかな。実家にある納屋の屋根から、
背中に手作りの羽を引っ付けた時は本当に自分も飛べるんだと思った。そして勢いのまま屋根からジャンプしたものだ。」

ここでタイミングよく、コーヒーが運ばれてきた。
水兵からコーヒーを渡されたメリマは、初めて見る飲み物に見入っていた。

「これって・・・・・毒入っていないですか?」

唐突に発せられた言葉に、スタウト艦長とモラン大尉は、口に含んだコーヒーを吹き出しかけた。

「うっ・・・・・ゴホン。毒なんか入っているわけ無いさ。というか、毒が入っていたら、先に飲んだ俺と軍医長は今頃、床を転げ回ってるぞ。」
「そうだ。安心して飲むといい。」

3人が飲んでいるコーヒーは、コナコーヒーと呼ばれる物であり、色は濃い茶色をしている。
ボーフィン乗員が飲んでいるコーヒーは、通常よりも砂糖が多いため、誰にでも飲みやすくなっている。
(コーヒー嫌いにはそれでも気に入られていない)

メリマは、匂いをかいだ後、恐る恐るとコーヒーを飲み始めた。

「苦い・・・・」

初めて飲むコーヒーの味に、メリマはあからさまに顔をしかめた。
その表情を見たスタウト艦長とモラン大尉は思わず笑ってしまった。

「ちょ・・・・いきなり笑うなんて失礼よ!」

メリマは顔を膨らませて2人に抗議した。

「いや、それはすまんかった。やっぱコーヒーはお口に合わなかったか。」

スタウト艦長は改まった口調でメリマに謝った。

「あ、でもそれほど苦くない。ていうか、意外とおいしいですね。」

しかし、謝られたほうのメリマは、初めて口にするコーヒーに好評価を与えていた。

「おお、それは本当かね?」
「ええ。初めて飲みますけど、こんな旨い飲み物を飲んだのは、生まれて初めてです。」

スタウト艦長は、メリマが与えたコーヒーの評価に満足した表情を浮かべた。

「気に入ってくれたようだね。」

スタウト艦長は微笑みながらそう言った。

「それで・・・・屋根から飛び降りた後はどうなったんですか?」

メリマは気になっていたのか、先の話の続きを聞いてきた。

「ああ。あの後ね。結果は散々で、屋根から地面に落ちて左足を折っちまったよ。それだけでも酷いのに、慌てて駆けつけた
親父にぶん殴られちまった。泣きっ面に蜂とはあの事なんだろうなあ。」
「ハハハハ!そりゃ災難ですな。」

モラン軍医は面白そうに笑い飛ばした。

「本当、自分でも馬鹿だなと思ったよ。」
「なかなか面白いですね。」

メリマがにこにこしながら、スタウト艦長に言った。

「まっ、今思えば、俺も夢を見る少年だったんだなあと思うな。」

スタウト艦長は苦笑しながらも、しみじみとした口調で返事した。

「ちょっとばかり聞いてもいいかね?」

やや間を置いてから、モラン軍医がメリマに質問する。

「君は起きた時に、この船がアメリカ軍の潜水艦であると言う事がわかっていたようだが、なぜ潜水艦であると思ったのだね?」
「ええ。実は、研究所の監獄に入れられていた時に、監視役の警備兵が、潜水艦が沖で暴れ回っていると何度か噂していたんです。ある時は、
潜水艦が沈めた輸送船の中に家族の差し入れが入っていたのにと言って、目の前で警備兵が悔しがっていました。」
「つまり、お前さんは警備兵達の噂話を聞いてから、俺たち潜水艦部隊の存在がわかったのだね?」
「ええ。」

メリマは頷いたあと、一息置いてから、コーヒーを啜った。

「艦長、どうやらマイリー共は、私ら潜水艦部隊の活躍に戦々恐々としているようですな。」
「そのようだな。この海域でも、最低で7隻の敵艦船が撃沈されているからな。マイリー共の警戒は以前よりもかなり厳しくなったが、
それはマイリーが抱く俺たちに対する恐怖の裏返しと言えるだろう。」

スタウト艦長は自慢げな口調でそう呟いた。
彼の言うとおり、マオンド側は続発するアメリカ潜水艦部隊の襲撃に頭を悩ませている。
11月2日には、被占領国であるエンテックのとある港の目と鼻の先で、白昼堂々と米潜水艦が輸送帆船を雷撃し、撃沈した。
これに面目を潰された格好となった現地のマオンド海軍は、20隻の艦艇を繰り出してアメリカ潜水艦の掃討に当たった。
結果、米潜水艦1隻が撃沈されたが、マオンド側も駆逐艦1隻及び雑艦3隻を、アメリカ側の魚雷、または砲撃によって失った。
11月後半には、マオンド側の内海とも言えるレーフェイル大陸東岸で、輸送船2隻が相次いで撃沈された。
マオンド側は米潜水艦の跳梁が、今まで被害が出ていなかった東岸部にも及んだ事に、強い衝撃を受けた。
このため、レーフェイル西岸は勿論の事、東岸部一帯の防備も強化される事になった。

「艦長。」

医務室のドアの前までやって来た通信兵が、スタウト艦長を見つけるなり紙を手渡した。

「TF92司令部から返電です。」

手渡された紙を、スタウト艦長は一読した。

「・・・・ご苦労。」

彼はそう言ってから、紙を通信兵に返した。
スタウト艦長はメリマに顔を向ける。

「メリマ、君はこれからアメリカ本土に向かう事になる。」
「アメリカ本土・・・・・ですか?」
「ああ。」

スタウト艦長はゆっくりと頷いた。

「俺は君が寝ている間に、艦隊司令部に君を保護する許可を申し込んだ。艦隊司令部は了承してくれたよ。」
「・・・・・そうですか・・・・」

メリマはどこか、複雑な表情を浮かべた。

「ああ。戻っても、恐らく君はマオンド軍に殺されるかも知れん。君はマオンド軍から逃れてきたのだろう?」
「はい。」

それから、メリマは今まで自分が味わってきた体験を、包み隠さずに話した。
話し終わった後、スタウト艦長とモラン軍医の表情は強張っていた。

「いくらなんでも、これは酷すぎる。」
「確かに。君達ハーピィ族は、腕に翼が生えたり、耳の形がちょっと違うだけであとは人間と同じだ。それなのに、
マイリー共は君達を“材料”と呼んでいたとは・・・・・・」

スタウト艦長は、深いため息を吐いた。

「艦長、これは重大な戦争犯罪ですよ。こんな酷い事が出来るのは鬼か畜生ぐらいですよ。」
「君の言うとおりだ。」

モラン軍医の言葉に、スタウト艦長はさも当然とばかりに頷いた。

「メリマ、君の言った事は分かったよ。とにかく、君の身の安全はアメリカが保障する事になった。これからは安心して生活できるぞ。」
「安心して・・・・・か。」

メリマは苦渋に満ちた表情を浮かべた。それから間も無くして、彼女は両目から、うっすらと涙を流した。
それからはっとなったメリマは、流れる涙を無理矢理抑えてから、明るい表情を作った。

「すいません。変なところ見せてしま」

不意に、メリマはスタウト艦長に抱きつかれた。

「泣きたい時は泣くんだ。そうしないと、立ち直れないぞ。」

スタウト艦長の柔らかい言葉に、メリマは甘えた。いや、甘えざるを得なかった。
彼女は押さえていた涙を再び流し、しばらく泣き続けた。


午前6時 

「しかし、どうも翼が目立ってしまうな。」

スタウト艦長は、寝台に座っているメリマを見て苦笑した。
メリマは、スタウト艦長が持って来た服に着替えている。
メリマが着替えている服は、水兵が普段着用する作業着で、上は水色のシャツ。下は濃いブルーのズボンである。
彼女は、最初何も衣服を身に着けていなかった。

「いくら部分部分が毛に隠れているとはいえ、いつまでも全裸のままじゃ可哀相だぜ。俺が服を調達してくる。」

スタウト艦長はそう言ってから、メリマの服を調達して来た。メリマはその服を身に纏っているのだが、やはり腕から生えている翼がとても目立っていた。

「この翼は隠す事できんのかね?」

スタウト艦長はメリマに聞いた。

「この翼ですか?まあ、一応魔法で隠す事はできますよ。」
「おっ、できるのか?」
「はい。でも、今は体力があまり残っていないので、魔法は使えません。」

メリマはすまなさそうにスタウト艦長に言う。

「と言う事は、魔法が戻るまでは、このままという事か。」

スタウト艦長はう~むと唸った。
彼が腕を組みながら唸っている間に、医務室の入り口からは水兵達の会話が聞こえてきた。

「見ろよ、腕から翼が生えてるぜ。」
「あれで飛ぶんだよな。本当、羨ましいもんだ。」
「あの娘、結構かわいいじゃねえか。体つきも結構いいな。」
「おい、あの娘に手を出したら、海に放り込まれるぞ。くれぐれも注意しとけよ。」
「イトウ兵曹に言われても、実感沸きませんなぁ。むしろイトウ兵曹のほうが注意するべきでは?」
「馬鹿野朗。俺はもう高校時代で懲りてるんだよ、フェイルド1水殿。つべこべ抜かすとてめえのコーラを没収するぞ。」
「しかし、この世界の女の子って可愛い奴ばっかですなぁ。メリマちゃんでしたっけ?彼女もなかなかいいですな。」

部屋の前でがやがやと話する水兵達に、スタウト艦長は笑顔を浮かべながら彼らに振り向いた。

「やあ君達。こんな所で何してるのかな?」
「あ、艦長!」
「自分達はいい拾いモンをしましたね。こうして、このボーフィンもちょっとは和やかになりますなぁ」
「本当だぜ。メリマちゃんはこのボーフィンのアイドルですぜ。」

水兵達は口々に勝手な事を言うが、メリマは早くも、ボーフィン乗員達の支持を得たらしい。

「そうかそうか。」

スタウト艦長は彼らの言葉を聞いて、うんうんと頷いた。

その直後、

「貴様ら!さっさと配置に戻れ!イトウ兵曹!魚雷室を空にして誰が魚雷を撃つんだ!?バイ兵曹!ソナー員がソナーから離れてどうするんだ!?
副長!お前も兵達に混じって付いて来るな!」

彼は大声で彼らに渇を入れた。
スタウト艦長の大渇に驚いた彼らは、慌てて自分達の部署に戻って行った。

「全く、遊び好きの連中ばかり揃って困ったもんだ。」

彼は、やれやれと言った表情でそう呟いた。

「なんか、賑やかな船ですね。」

メリマが微笑みながら、スタウト艦長に言って来た。

「そうか?まあ、確かに明るい奴は揃っているが、どいつもこいつも変わり者ばかりさ。」

スタウト艦長は苦笑しながら答える。

「でも、潜水艦乗りとしての仕事は、きちんと果たしているよ。たまにあんな事もあるが、俺にとっては頼れるサブマリナー達さ。」
「へえ。とても信頼してるんですね。」
「もちろんさ。何しろ、共に同じ鍋のメシを食い、生死を共にして来た戦友だからな。」

スタウト艦長は、自慢するような口調でそう言い放った。

「さて、服はなんとか手に入れた所だし。俺はそろそろ発令所に戻る。軍医長、ここは頼んだぞ。」

スタウト艦長は、そう言って医務室を出て行った。

12月1日 午前8時 ソドルゲルグ岬沖南南西110マイル地点

洋上は、昨日の荒れ模様とは打って変わってとても穏やかであった。
駆逐艦イッグレは、昨日の午後11時頃から、時速12リンルの速力で会合地点に向かっていた。

「艦長、間も無く会合地点です。」

駆逐艦イッグレ艦長であるラウナグ・ルロンギ少佐は、副長の言葉を聞いて小さく頷いた。

「バゥラゴドは夜明け前に2度ほど、潜水艦を探知したようだが、今はどうなっているのかな?」

ルロンギ少佐は副長に聞いた。
バゥラゴドとは、会合地点で待機している僚艦である。

「今の所、敵を探知できていないようですが、我が艦と会合後は敵艦の予想進路へ回りこむ予定のようです。」
「先導はバゥラゴドのようだな。最新型の駆逐艦は装備も新しいから羨ましいもんだ。」

イッグレは、マオンド王国で初の国産駆逐艦となったミルグレ級駆逐艦の1隻である。
ミルグレ級駆逐艦は、ラッゲル級駆逐艦と同じようにシホールアンルからの供与艦である。
建造されたのは1460年であるから、艦齢は実に25年にも及ぶ。
それに対し、僚艦バゥラゴドは、1480年から完成し始めた最新鋭駆逐艦である、アルヴェンタ級に属している。
アルヴェンタ級は、マオンドの国産駆逐艦の第2世代に当たり、性能は旧世代の艦と比べて格段に向上している。
特筆すべきは、搭載する生命探知魔法の効力で、アルヴェンタ級に搭載された装置は、60グレルの深さまで生命反応を探知できる。
それに対し、イッグレの生命探知魔法装置は、良くて40グレル前後までしか探知範囲が無い。
優秀な探知魔法装置を備えるバゥラゴドが、先導を務めるのは当然と言えよう。

「艦長、バゥラゴドが見えてきました。」

見張りが、水平線上に見え始めた艦影を見て、艦橋に報告してきた。

20分後に、イッグレはバゥラゴドの後方1ゼルドに付いた。

「バゥラゴドより通信。これより敵潜水艦の予想進路へ先行する。我に続け。」
「我に続けか。ラモンゴのやつ、張り切ってやがるな。」

ルロンギ少佐はニヤリと笑みを浮かべた。
ラモンゴとは、バゥラゴドの艦長である。

「ラモンゴ艦長はかなり腕がいいですからな。就役して僅か半年足らずで、2隻の敵潜水艦を撃沈していますから。」
「ああ。新人艦長にしては、なかなか筋がいい。ちょっとばかり心配な面もあるが。」

ルロンギ少佐の口調に、やや不安げな響きが混じる。
彼は、ラモンゴ艦長とは陸に上がった時に2、3度ほど一緒に飲みに言った事がある。
ルロンギ少佐のは、ラモンゴ艦長は優秀だが、調子に乗ると躓き易い奴だなという印象を抱いている。
(腕がいいのは認めるが、ラモンゴは艦長をまかされてまだ半年だ。経験が不足しているのが少々心配だが・・・・・)
ルロンギ少佐は、漠然とした不安を感じたが、彼はすぐに頭から振り払った。

「新鋭駆逐艦の活躍ぶりを、じっくり見させてもらおうか。」

彼は気を取り直してから、自分に言い聞かせるようにそう言い放った。
やがて、バゥラゴドが増速し始めた。

「増速!バゥラゴドに速力を合わせろ。」
「了解!」

ルロンギ艦長の言葉を聞いた航海科員が、部下に指示を下す。
魔法石機関の唸りが高まり、旧式駆逐艦の艦体がみるみる増速していく。次の進出地点には、1時間後に到達すると予定された。

午前9時20分 潜水艦ボーフィン

潜水艦ボーフィンは、ソドルゲルグ岬沖南西90マイル地点を、深度60メートル、時速5ノットの速度で航行していた。
スタウト艦長は、航海長のフィロル・ランドール大尉と共に海図台を見つめていた。

「あと2日ほどで、マオンドの哨戒圏内からは抜けるでしょう。その後は、浮上航行でいいでしょうから、
これから1週間ほどでノーフォークに帰還できるでしょう。」

ランドール大尉は、鉛筆の後ろで、先ほど記入した線をなぞりながら、スタウト艦長に説明した。

「この辺りは、マイリーの警戒もやや薄いからな。定期的に浮上航行しても大丈夫かも知れん。万が一、敵さんが現れたとしても、
俺達にはレーダーがあるから、敵に見つかる前に先に探知できる。」
「しかし、敵さんにも魔法で人間の生命反応を探知できる魔法使いが乗っていますよ。魔法使いの発動している“マジックレーダー”
に探知されれば、こっちも危ないですよ。」
「まあ、そうだな。ここ最近はマイリーの腕も上がっているし、油断は禁物だな。」

スタウト艦長は唸るような口調で呟く。
アメリカ海軍は、潜水艦にもレーダーを標準装備するようになっている。
バラオ級潜水艦に属するボーフィンには、対水上用のSJレーダーと、対空用のSDレーダーが搭載されている。
SDレーダーは潜水艦搭載用に開発された対空レーダーであり、探知範囲は18.5マイルである。
このレーダーは1482年(1942年)初期から潜水艦に搭載され、今では米潜水艦の標準装備となっている。
昨日の浮上航行時に、修理を受けていたレーダーはこのSDレーダーである。
もうひとつのレーダーであるSJは、1482年(1942年)中期頃から潜水艦に搭載され始めている。探知距離は16マイルで、
装備開始初期は有用な対水上レーダーとして期待された。
だが、初期型のSJレーダーは、故障が頻発したために用兵側から不評を買っている。
ボーフィンの搭載しているSJレーダーは、この初期型の不具合を改良して作られたSJ-1と呼ばれる最新型で、今年の9月に装備されて以来、
ボーフィンの危機を幾度も救っている。
この2種類のレーダーのお陰で、米潜水艦の索敵能力は飛躍的に向上しているが、一方でマオンド海軍も侮れぬ戦力を有している。
今年7月、TF92所属の潜水艦タリビーは、2本の魚雷を使ってマオンド駆逐艦1隻を撃沈した。

その際、タリビーはマオンド艦の生存者8名を救出している。
救出された8名の捕虜は、帰還後に大西洋艦隊情報部の将校に尋問を受けた。尋問を受けた8名のうち、1名は魔道士であった。
その魔道士の供述によると、マオンド艦には、最低でも5名の魔道士が乗艦しており、交代で生命探知魔法を発動していると言う。
探知範囲は人さまざまのようであるが、腕の悪いものでも半径18キロ、腕の良い者だと、半径22~4キロの部分まで反応を捉える事が出来るという。
この情報はすぐさま大西洋艦隊の指揮下にある全潜水艦に通達されている。
もちろん、スタウト艦長もこの情報は知っていた。
ちなみに、この情報をもたらした潜水艦タリビーは、11月5日にマオンド駆逐艦5隻に袋叩きにされながらも、なんとか生還したが、
艦自体の損傷状況が酷く、後に修復不能と判断され、事実上喪失となった。
艦自体は失われたが、乗員に戦死者が出なかった事は、奇跡に等しいであろう。

「マイリー共は、俺達を見つけるとすっ飛んでくるからな。君の言うとおり、哨戒圏内にいるうちは、安易に浮上航行はできんな。」

スタウト艦長は、定期的に浮上しながら航行しようと思っていたが、考え直す事にした。

「しばらくは潜ったままで行こうか。充電はもう終わっているし、艦内の空気もまだ大丈夫だからな。」
「ええ、今はそれが1番ですな。」

彼は、もうしばらく水中航行で進む事に決めた。

異変が起きたのは、それから20分が経過した時である。

「艦長。水上艦の推進音らしきものを探知しました。」

ソナー員がスタウト艦長に報告してきた。

「どこから来る?」
「推進音は本艦の右舷後方、方位45度付近から聞こえてきます。距離は8000メートル、速度は30ノットほどです。」
「やけに速いな。」

スタウト艦長は怪訝な表情を浮かべた。

「海面の推進音の距離、更に縮みます。」
「深度90まで潜航しよう。」

スタウト艦長は、艦を更に深く潜行させる事にした。現在、ボーフィンは深度60メートルの水中で航行している。
60メートルの深度だと、マオンド艦の魔法探知に引っかかる恐れがある。
そうならぬ為には、魔法探知機の効用範囲外である深度80以下まで潜ろうと言うのだ。
(アメリカ海軍は未だに、マオンドが開発した新型魔法探知装置を知らない)
スタウト艦長に指示に従って、操作要員が潜舵を調整する。
艦首がお辞儀をするかのように海底に向かって下げられ、ボーフィンはより深く潜っていく。
次いで艦内に総員戦闘配置の号令が響き渡り、兵員が慌てて所定の配置に付いて行く。
各所でガシャン、ガシャンと音を立てて、隔壁のハッチが閉められた。

「深度70・・・・75・・・・80」

計測員が、目の前の計器を見ながら刻一刻と報告する。
ボーフィンの深度計測器は、浅海用と深海用の2種類があり、計測員は深海用の計測器を見ながら、スタウト艦長に報告を送っている。
艦が深度を深めていくたびに、艦内にはミシ、ミシという軋むような音が聞こえる。
潜水艦勤務に慣れている物であれば、別に気にすることも無いが、潜水艦勤務の余り無いものや、新兵であると、この軋む音を聞いただけで
体が竦んでしまう。

「90です。」
「潜行やめ。」

計測員の言葉を聞いたスタウト艦長が、すかさず指示を下す。
潜舵を操作する兵が、潜舵の角度を元に戻し、艦の潜行を止めようとする。
やがて、下がり続けていた深度が、90~91の間でようやく止まった。

「推進音、依然近付きます。距離4000。」

ソナー員も、敵艦との距離は逐一報告する。
別の兵は、司令塔後部にある態勢表示板に自艦と、近付いてくる敵艦との位置や方向を逐一記入していく。

「距離3000・・・・依然近付きます。」

微かだが、スクリューが水を切る音が聞こえて来る。
ソナー員のタラム・バイ2等兵曹は、スピーカーの向こうに、魔法石動力艦独特の機関音を捉えた。
燃料動力艦は、スクリュー音と共に、ゴンゴンゴンというエンジンの稼動音が聞こえて来る。
それに対して、魔法石動力艦は、まるでフゥーッという、甲高い音色の笛が鳴っているかのような音を発している。
その笛の音と、スクリュー音が徐々に近付いてくる。

「敵艦は2隻、距離1000。本艦の真上を通過するようです。」
「そのまま行ってくれよ。」

スタウト艦長はそう呟きながら、最近耳にした気になる事を思い出していた。
それは、ある休日の日、仲間の潜水艦艦長から聞き出した情報だ。
その艦長からの話では、ある時、深度100で水中航行をしていると、真上を通り過ぎようとしていたマオンド艦に爆雷攻撃を受けたと言うのだ。

「位置はあてずっぽうな感じがあったが、敵さんの爆雷はちゃんと100メートル前後で炸裂していたよ。最も、敵の腕前は下手糞だったがね。」

その潜水艦艦長は、爆雷を落としたマオンド駆逐艦を嘲笑していた。
(まさかな)
スタウト艦長は苦笑しながら、その事を頭から振り放った。

「敵艦、間も無く本艦上方を通過します。」

この時になると、敵艦のスクリュー音がはっきり聞こえる。

(この深度なら、敵さんの魔法探知から外れているし、大丈夫だ。情報では、敵の魔法探知は、80付近からは効果が薄くなるようだからな)
彼はそう思った時、ふと、ある疑問が沸き起こった。
(もしかして・・・・敵が新しい魔法探知機を積んでいたら・・・・)
その疑問が沸き起こった時、先の思い出話が脳裏に浮かんだ。
(敵さんの爆雷は、ちゃんと100メートル前後で炸裂していたよ)
その瞬間、スタウト艦長は弾かれたように命令を発した。

「深度100まで潜行する!」
「艦長、深度100までですか?」
「ああ、そうだ。急げ!」

スタウト艦長の急な命令に、乗員達は首を傾げたが、彼らは言われるがままに艦を潜行させようとした。
ボーフィンが再び潜行を開始した直後、

「海面に着水音多数!」

ソナー員から緊迫した口調で報告を送って来た。
バイ2等兵曹は慌ててスピーカーを外した。スピーカーを付けたまま爆雷の炸裂音を聞けば、たちまち鼓膜が破れ、耳が聞こえなくなる。
深度95まで潜った時、艦尾方向から爆雷の炸裂音と、振動が伝わった。
ドーン、ドーンと、炸裂音が次第に大きくなり、伝わる振動も激しさを増す。
ドガーン!という轟音が鳴り響き、ボーフィンの艦体が一際激しく揺れる。

「真上で炸裂しました。潜行していなかったら危なかったですな。」

航海長が緊張にひきつらせながら言って来る。

「ああ。恐らく、7、8メートル上で炸裂したかも知れん。まさに危機一髪だな。」

スタウト艦長がそう言った直後、ドーン!という炸裂音が鳴り、振動がボーフィンを揺らした。

振動は、先のものと比べてやや小さい。
1番艦、2番艦合わせて30発の爆雷が炸裂したが、どれもボーフィンに損害を与える事は出来なかった。

「敵1番艦、2番艦、通過していきます。敵進路は方位225度。」

爆雷攻撃が終わり、再びヘッドフォンをかけたバイ2等兵曹は、冷静な口調で報告した。

「いきなり30発もぶち込んで来るとは、敵も豪勢だな。」

スタウト艦長は、額の汗をぬぐいながらランドール航海長に言った。

「ええ。どうやら、敵さんは艦長が前に言っていた、新兵器とやらを積んでいるかもしれませんよ。」

ランドール航海長が、やや震えたような口調で言った直後、

「敵艦、進路変更!」

という、ソナー員の新たな報告が入る。
それを聞いたスタウト艦長は、苦笑した。

「どうやら、そのようだな。今日は少しばかり、ツイてないかも知れん。」

彼は知らなかったが、この時、先導駆逐艦であるバゥラゴドは、深度50グレル付近の反応に向かって突進していた。
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