岸辺露伴は動かない ~エピソード『東方幻想賛歌』

    ◆


岸辺露伴という人間がその人生において、最も大切にしている物は言うまでもなく『マンガ』である。
あるインタビューではそんな質問に対し『家族と友人』と答えはしたが、そんなものは社会的体裁を立てるためのウソだ。
彼は現代社会というルールの境界は、より大切な物のために超えていくかもしれない。
しかし伝統や歴史には敬意を払うのを忘れない。

岸辺露伴という人間がマンガを描くプロセスにおいて、最も大切にしている信条は『リアリティ』である。
そのリアリティを第一としているからこそ、彼はマンガを描く準備段階である取材や構想だけは手抜きを怠らない。
ある種“狂気”とも言えるその思考回路を持ち得ているが故に、彼の描くマンガは必然的に『面白い』。

岸辺露伴は、面白くないマンガは嫌いである。
岸辺露伴は、自分の描くマンガが面白くないことだけは許せないと思っている。
岸辺露伴は、面白くないマンガを描くぐらいなら死んだ方がマシだと本気で思っている。

だからこそ、妥協はしない。
いつだって、本気でマンガに人生を捧げている。
それは当然、このゲームにおいても例外ではない。


たかだかバトルロワイヤルなどという下らない遊戯ごときが、露伴の“生きがい”を邪魔することなどは出来ないのだ。


    ◆


『岸辺露伴』
【午前】D-2 猫の隠れ里


「もう一度だけ言いますよ。先生の『記憶』を僕にく……見せてもらえませんか」

傲慢なるマンガ家、岸辺露伴はその目を鷹のように鋭くギョロリと丸くさせ、目の前の女性に静かに“お願い”をした。

「…………断る! わざわざ私をその、本?などにせずとも露伴先生のインタビューにはちゃんと答えてやると言っているだろう…!」

謎のスゴ味で自分を凝視する男の“お願い”に、歴史の編纂者、上白沢慧音は身の危険を感じながらも凛として断り続ける。

「いーんじゃないですか慧音さん。慧音さんがその、本?になるだけで貴重な情報を貰えるっていうのなら歓迎するべきですよ」

露伴と慧音が先ほどから何度も往復させる同じやりとりを我関せずとばかりに見ていた岡崎夢美も、そろそろ決着をつけようと口を挟んだ。

「夢美も他人事のように言うな! 自分の記憶が他人に見られるだなんて……なんか、イヤだろう! 本にされるというのもよく分からないし!」

「おっと、それを言うなら慧音先生。貴方の『能力』こそ他人の記憶に干渉し、食べてしまったり出来るらしいじゃないですか。
 僕と似たような能力だが、食べたりしないぶん僕の方が幾分かは無害なのでは?」

「なっ……!? 何故私の能力を知って……!?」

気もなく反論する露伴の“あー言えばこー言う”物言いに、教師を職とする慧音も流石に口では勝てない。
慧音及び幻想郷の住民の能力は事前に射命丸から簡単に聞いている。そのことを露伴は勿論言い漏らすことしないが、そのせいで慧音の露伴に対する不信は余計に募っていくばかりであった。

何故このような茶番劇が行われているのか。
事の発端は十数分前に遡る。



猫の隠れ里にて、来るはたてとのスポイラー対決に向けてのマンガ構想を練っていた露伴は、二人の参加者の接近を察知した。
彼女らの名前は上白沢慧音と岡崎夢美。
相手が二人で行動しており、その片方は射命丸から聞いていた上白沢なる温厚な人物だとの情報と一致している。
そのことから暫定『乗っていない』参加者だと判断した露伴は、早速情報交換を行おうと話を進める。
慧音は幻想郷で寺子屋の教職に就く先生であり、夢美は外界にて18という若さで教授をやっているという、これまた先生である。
奇しくも露伴の身は教職という方向の違いはあれど、その身ひとりでマンガ家を担う『先生』。
今ここにあらゆる分野での『先生』が三人、集結したのだ。

そのことに軽い同族意識でも生まれたのか、露伴も彼女らに興味を示し始めた。
特に―――頭に二本の大きな『角』を伸ばした慧音に対しては、露伴の無限大なる好奇心が刺激されないわけがなく。
異世界のあらゆる歴史が埋まったその脳内には一体どんな『ネタ』が隠されているのか。それを紐解くために露伴は慧音に対し『本』にするための許可を求めてきたのだった。



「~~~だ、だからッ! 本にするまでもなく露伴先生の質問には答えてやると言っている!
 幻想郷の歴史が知りたいのなら私が知る範囲で良ければ嫌というほどに授業をしてやるから!!」

慧音の不安も尤もである。
露伴はさっきから『本にさせてくれ』などと意味の分からない戯言を一歩も退かずに主張するばかり。
彼という人物については既に仗助や康一から聞き及んでおり、(少なくとも)悪い人間ではないことは承知している。
しているのだが、同時に『厄介でめんどくさい人物』だとも聞いていた。その真偽は今、慧音が身を以って体験している通りだ。

「慧音先生の口から色々と聞くのも良いんですけどね、僕のマンガには『リアリティ』が必要なんですよ。
 そして僕のスタンドならインタビューとかでは得られない、この露伴自身が体験したのと同じ100%の『リアル』さで慧音先生の持つ『歴史』を伝えてくれる。
 僕が欲しいのはまさしくそのリアリティなんです。なあに心配は要りませんよ。特に身体に害悪とかはありませんからね」

これが露伴の言い分である。
慧音の持つ幻想郷の歴史は、露伴からしたら『宝(ネタ)の山』。飛び付かないはずがない。


「いやいや! この非常事態にどうして『マンガ』なのだ!? 今はそんなくだらないもので争ってる場合ではないだろう!」


そしてとうとうこの茶番劇に終止符を打つであろう『地雷』に、慧音はうっかり足を踏み入れてしまった。


「……『くだらないもの』? 僕のマンガが、くだらないだって……?」



「い い 気 に な る ん じ ゃ あ な い ぞ ッ ! た か だ か ド 田 舎 の い ち 妖 怪 如 き が ッ ! !」



怒髪天を衝く勢いで露伴の猛々しい怒声が振動した。


「殺し合いゲームの只中だからマンガなど描いている場合じゃないか? マンガなんかのために争うなんてくだらないとでも?
 この岸辺露伴をナメるなよッ! ペンがある! 紙もある! そして何より目の前には最高の『ネタ』があるッ!
 他に必要なものは……!? 『読者』だッ!! 僕の描いたマンガを読者に届ける術も得たッ!
 後は描くだけだ! 僕は『見てもらう』ためにマンガを描いている! 読者に見てもらうため、ただそれだけのためだッ!!」

メキメキと握る拳に力を込め、露伴が凄まじい眼力と共に目の前の慧音に詰め寄った。
これには流石の慧音女史といえどもタジタジ。表情を引き攣らせながら後ずさるも、それに合わせて露伴もどんどんと顔を寄せてくる。

「あ……い、いや……露伴先生? 私はただ、その……」

「傑作が描けるという最高の『ネタ』を掴んだ時の気分は君らにはわからんだろうッ!
 今がそれだ! 僕にとって今が最高に心地良い瞬間なんだ! その瞬間を奪う奴らがいるのなら『妖怪』だろうが『神サマ』だろうが知るもんかッ!
 全員ただじゃあおかないッ! あの荒木も太田もブッ潰してやるさ! マンガを描くついでになッ!」

露伴にとって殺し合いなどという勝手な遊戯に巻き込まれたことは確かに腹の立つことだ。
彼にだって良心はあるし、あの主催者たちについては許せないと憤慨してもいる。
しかしそれはそれとして、『マンガを描ける環境』を手に入れた露伴がやることは最早ただひとつ。
他の何をおいてもマンガを描く。ただそれだけだ。

故にこの時の露伴は少々周りが見えておらず、つい早まった行動をしてしまった。


「ヘブンズ・ドアー!! 慧音先生の持つ『幻想郷の歴史』、少しばかり閲覧させて頂きますよ!」


火がついたこの男を止めることは誰にも出来ない。
疾風の如く動かされた腕の動きによって現れたスタンドヴィジョンが、一瞬にして慧音を『本』にしていく。

「う……ッ!? ぉおおおおーーーーーッ!? な、んだ…これは……!? 私の身体が……!」

「わー!? 慧音さんが本になっちゃったーー!? すご! スタンドすご!!」

「感心してる場合かーーーーッ!!! 助けろっ!!!」

ペリペリと紙のように捲られていく人体の神秘に、夢美は傍で目を爛々に輝かせて観察を続ける。
通常、ヘブンズ・ドアーで本にされた者はそれだけで大きな行動を封じられる。
そしてページに『意識を失う』とでも書けば、後はゆっくりその者の人生を追体験できるのが露伴の強みである。
今回は慧音たちに対しては別に敵対しているわけではないので、露伴は意識を失うなどの書き込みは行っていない(本にするだけで既に色々と間違っているのだが)。

だが、こと『現在の』慧音に対しては少しばかり、露伴の認識は甘かった。


「…………!! なん、だお前……!? この『情報量』の多さは……!? くっ……! お、『重い』ッ!」


いつもの数倍の疲労が露伴の身体に圧し掛かってきた。
本にした慧音の『ページ数』が通常とはケタ違いの多さなのだ。必然、それに比例して露伴のスタンドパワーも持っていかれる。

「あ……たりまえだ……! 今の私は『白沢(ハクタク)』状態……!
 幻想郷中の知識や歴史が私の中に詰まっている状態なんだぞ……! そう簡単に文字に起こせるわけがないだろう……!」

膝をつき、腕で上体を支えようと踏ん張る慧音が身体を震わせながら露伴に説明してきた。
慧音のワーハクタクとしての能力は、幻想郷全ての歴史を自身の記憶に収めること。その情報量は莫大な量なのである。
六法全書と歴史書と英和辞典の全ページを脳髄に刻み込まれたような感覚が露伴を襲い、こちらもたまらず膝をつく。

「貴方の能力とやらは、どうやら私とは相性が悪いようだな……!
 さあ……! わかったなら……今すぐ元に、戻してもらおうか……! 露伴先生!」

「ぐ、ぅ……! 幻想郷中の、歴史……だって……!?」

汗が塊となり、ポタポタと地面を濡らしていく。見る見るうちに疲弊が溜まり、露伴の力を奪っていった。
確かに慧音の言う通り、露伴の能力は彼女に有効ではない。お互いに敵同士というわけでもない。
このまま互いが潰れ合っても誰一人得しないのだ。このいがみ合いは両者にとってあまりに不毛な時間。


「そりゃ最高だね!! じゃあ当然その歴史の全てはこの露伴が見させてもらうってことだがなッ!」


マンガの鬼は、それでなお笑う。
不敵に口角を吊るし上げ、強引に身体を持ち上げ、口端に涎を垂らしてでも。
そこに面白そうな『ネタ』がある限り、それこそが露伴を動かす永久エネルギーとなる。



「ほお……っ! 『幻想郷の成り立ち』…『博麗大結界』…『スペルカードルール制定』……そ、れだけじゃあない…ぞ……!
 『紅霧異変』『春雪異変』『永夜異変』……なんてこったッ! マンガの題材だらけじゃないかッ!
 妖怪どもの図説や資料もイラスト付きで載っているぞ! 最高だッ! 夢美先生、早く次のページを捲ってくれッ!」

「アイアイサー露伴先生! おお!? こっちは魔術書についてのページね!
 幻想郷の歴史は魔法の歴史! この本(慧音)持って帰ったら間違いなく学会はひっくり返るわ!!」

「なんでお前まで一緒になって見ているんだァーーーーーーーッ!!!!」

興奮し、目を丸くさせているのは夢美も同じ。
彼女こそ好奇心を絵に描いた奇天烈人間。その指は震えながらも慧音のページを次々と捲っていく。
今ここに二人の探求者という道が交わった。その道は堂々巡りながら突き進み、目的を同じくしてひたすらに自身の欲求を埋めることに専念する。
これには慧音もたまらない。額に青筋を浮かべ、両者共々得意の頭突きをかますため立ち上がろうとするも、身体の力は依然入らぬまま。
男のマンガへの執着という物はかくも恐ろしいものか。自分も今度からはコミック文化への考えを改めねばなるまいと思考し始めた時。
とうとう露伴の腕はデイパック内の『マジックポーション』に伸び始めた。

(凄いッ! 文の記憶を見た時とは比にならないくらいの情報が載っているぞッ!
 幻想郷の古今全ての歴史が! あらゆる神々や妖怪の成り立ちが! これほどまでに詳しく!
 紅魔館の吸血鬼! 六壁坂の妖怪伝説! これはポーションの使い惜しみをしている場合じゃあないぞ!)

残り二つしかない回復薬を惜しげもなく取り出し、消耗しつつある体力を全快して「さあ続きを読もう!」と意気込んだ時。
薬を口に含む寸前で露伴の手は止まった。
正確には、ページの『ある項』に露伴の目が留まった。


「……………………おい。なんだ、この『記事』は」


昂ぶった熱が、一瞬にして冷えた。
低くなった声が、冴えた視線が、とある記事の一点を指している。
そこは慧音の体験記からは比較的最新の出来事。つい先ほど起こった『事件』が詳細に綴られていた。


『康一君が突如爆発した』 『仗助君が慌てて治療している』 『何が起こった?』
『彼は即死らしい』 『吉良さんの仕業なのか…?』 『何故こんなことに!』
『犯人は吉良さんではなく、にとり?』 『にとりが物凄い剣幕で無実を訴えている』 『私は…彼女を信じるべきなのか?』
『にとりが死んだ! 吉良さんに爆破されたのか…』 『吉良さんが再び仲間に加えて欲しいと提案してきた』
『パチュリーはそれを了承』 『仗助君は悔しがっている』 『まさか出立からいきなりこんな事になるなんて…』


ズガンと頭を殴られたような衝撃に襲われ、露伴の思考は一瞬ストップした。
ついさっき。ほんの少し前に起こった出来事だった。
東方仗助広瀬康一吉良吉影
見慣れた三人の名前がそこに並べて書かれており、起こった事件の詳細がまるで朝刊のように簡素に、粛然と伝えられた。

「……お前ら、康一君や仗助たちと一緒だったのか」

露伴の心情を察し、慧音も夢美も流石に押し黙った。
康一がにとりに殺された。この歴とした事実を本を通してではなく、慧音らの口から直接伝え申すべきだったのに。
康一や仗助と露伴が仲間同士だということは既に聞いていた。特に康一は露伴の親友(と本人は思っている)だという。
いかなヘブンズ・ドアーが相手の体験を100%のリアルさで伝えるとはいえ、こういったことはやはり自分の口で直接話すべきだったろう。

「康一君が……死んだ…………」

しかしそのヘブンズ・ドアーの特性が逆に、康一の死を100%間違いなく確かな事実として起こったことだと露伴に伝わってしまった。
嘘でも謀りでもない。
広瀬康一は、死んだ。それが露伴には分かってしまった。

慧音たちの目の前で。

仗助の目の前で。


「…………本にするのは、少し疲れた。話してくれ。……君たちに何が起こったのか。嘘偽りなく、全部だ」


どろりとした空気が、露伴の肩にのしかかった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




―――カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ。


「話は、分かりましたよ。慧音先生も夢美先生も、大変でしたね」


僕は彼女らに起こった全てを、聞き漏らすことなく入念詳細に聞いた。
サンモリッツ廃ホテルで起こった一連の事件。被害者は広瀬康一と河城にとりの二名。
そこに居合わせた九人の役者がそれぞれ演じた役割と、その悲劇的な結末を。

「康一君は……露伴先生の友人だとか。……私の目の届く範囲でこんな事故が起こってしまった。本当に、申し訳ない」

慧音も夢美も心底すまなそうに顔を俯けて僕に頭を下げてきた。
彼女たちの話を聞いて僕の心に湧いた感情はといえば、当然『怒り』だ。
杉本鈴美から杜王町の殺人鬼の話を初めて聞いた時の感覚によく似ている。とても……ドス黒い気分だ。

「『事故』だって……? 今そう言ったのかい? ホテルで起こった二人の死は事故だったと言いたいのか?
 康一君がにとりに殺されたのも、にとりが吉良の奴に爆破されたのも全部事故か。
 どう考えたって意図的な悪意から引き起こされた『殺人』だろう。自然な現象ではない」

そのにとりとかいうクソ河童は一体何を思って康一君を殺害したんだ?
もし生きていたら僕のヘブンズ・ドアーで記憶を探ってやったというのに……クソッ! 吉良の奴め、余計なことしやがって……。

「で、アンタ達はそんな殺人犯を野放しにしておいて一体何を見ていたんだ?
 にとりだけじゃない。聞けばアンタらの殆どが吉良の異常性について事前に知っていたらしいじゃないか。
 吉良を説得? ふざけるなよ。そんな甘ったれた妄言吐いてるから人死にが出たんだろ。
 康一君が殺された原因の一端はそこにいた全員にある。違うか?」

もはや口をついて出る怨み言は止まらない。
僕は表面こそ落ち着いているようではあるが、その腹の底では胃液が暴れまわるくらいに煮えくり返っているかもしれない。
吉良吉影が生粋の殺人鬼だということを承知していながら、どうして警戒するのみに留めたのか。
アイツは説得して軍門にくだるような生温い男じゃあないんだ。逆にお前らの方が説得されてどうする。

「……にとりの突然の不埒については返す言葉も無い。私がもう少し目を光らせるべきだった」

どれだけコイツらが頭を下げようとも、失われた友の命は戻っては来ないだろう。
ここに来て僕はこの殺し合いゲームの真髄というものを真に味わった気がした。
身近な者の死。その事実が気色の悪い感触と共に心を蝕み、重圧を掛けるようだった。
なんで……康一君なんだ。どうして彼が選ばれてしまったんだ……!


なあオイ。お前、彼が殺された時、何してたんだ?
お前に言っているんだよ、東方仗助。
吉良をよく知るお前がどうしてそいつを傍に置いておいた? 強引にでも再起不能にしておくべき状況じゃなかったのか?
その“世界一優しいスタンド”とやらはお飾りか。お前がついていながら、なんてブザマだよ……!



「……決めたよ。正午にジョースター邸でまた集合予定なんだろ?
 僕も連れて行け。一度、ブン殴ってやりたい奴がいるんでね。いや、一度じゃ全然足りないか」

どうせ青娥の足取りは掴められていないんだ。手がかりゼロならコイツらについて行くのもアリだろう。
心残りといえばジョニィと文だ。いくらなんでも遅すぎる。
何か……あったんだろうな。最悪の事態も予想していなければならない。
いつ来るかわからない仲間の到達をグズグズと待つだけでは、それだけ蓮子の生命が危険に近づいていくことになる。

(悪いなジョニィ、文。流石にもう待てないぜ。僕は一足先にここを発つ。互いに無事ならまた会おう)

文の奴が死んでいてはもう取材の約束は叶いそうにない。せめて彼らの無事を祈り、僕は腹を決めた。


―――カリカリカリカリ。ドシュッ! ドシュドシュドシュッ!


「仗助のクソッタレにはムカついているし当然君たちにも僕は憤慨しているんだが、そこは僕も大人だ。
 あの馬鹿を殴ってやることで君らの失態には目を瞑ってやる。勿論吉良は殴る程度では済まさないがね」

大体コイツらは推理小説とか読んだりしないのか?
不特定多数の人間がひとつの閉塞空間で閉じ篭っていれば、そりゃあ起こるだろう。事件の一つや二つ。
お前らの敗因は『一つの場所に多数の人間を留まらせすぎた』。これ以外にないね。

「露伴さんも来るんですか? 確かにあなたのスタンドなら吉良さんの行動を抑制するには充分すぎますけど……。
 でも、私たちには目的があります。露伴さんがマンガを描く時間なんて無いと思いますよ?」

夢美がそんなことを言ってくる。
生意気にも、他の誰でもないこの岸辺露伴にだ。

「夢美先生はどうやら僕を『その程度』だと思っているみたいですが……。
 歩きながらマンガを描くぐらい、ジャンプ漫画家なら誰でも備えて当然な最低限の能力ですよ。
 それにもうキャラクターもネームも書き終えました。貴方たちの情けない武勇伝を聞きながらね」


―――カリカリカリ。シャシャシャーーーー! ……ピタン。


ペンを走らせる小気味良い音は鳴り終え、僕はここでやっとまともに頭を上げた。
慧音たちの話を聞いている間は正直、僕の頭の中はグチャグチャで思うように定まらなかった。
やはりマンガを描いている時の僕がもっとも無心になって嫌な気分を発散させられる。
だから今までずっと彼女らの話だけは耳に通し、右手だけはスラスラとペンを動かす腕は止めなかった。

なんせ最高のネタを垣間見たばかりだったんだ。この気持ちを忘れないうちに紙に留めておきたいと思うのはマンガ家の性だろう?
仗助を殴ることもジョニィ達を待つのも青娥を追うのも大事だが、今の最優先事項はやはりマンガを描くことだ。
気分とは裏腹に、マンガの調子は最高潮。これなら絶対面白い物が出来上がるはずだ。

「さっきから描いていたのはマンガだったのか? この非常時にあなたという人……」

僕がひと睨みすると慧音は口をつぐんだ。
その先の台詞を言ってみろよ。今度こそはお前を僕の専用歴史辞典にしてやるからな。

「コ……コホン。まあ、幻想郷にもマンガはある。どれ、私も少し拝見させてもらおうかな」

「あ! 私も私もー! 露伴さんのマンガ見たいー!」

僕のご機嫌取りのようにマンガに興味を移した慧音とは違って、夢美の反応は純粋なる好奇のようだった。
僕のマンガがセンスの無さそうな幻想郷の妖怪にも理解出来るかは知らんが、ともあれマンガを見てくれるのならそいつは『読者』だ。
拒否する理由なんかない。もっとも、まだペン入れすら終わっていないんだけどね。



「………ほお。これは、幻想郷の住民か? 私らしきキャラクターがいるようだが」

「ええそうです。僕が今回のマンガで何を描くかは既に決めてあります。
 出てくるキャラクターは全てモデルがいますし、幻想郷の妖怪が大半を占めていますよ」

慧音も夢美も僕が描いたキャラクター原案の紙をじっと食い入るように見つめている。
妖怪たちの容姿はさっき慧音を本にした時、全部頭に入れた。当然、特徴や性格もだ。そいつを踏まえてマンガにする。
まるで古来の日本から存在していたようなキャラクターの数々。リアリティというのはつまりこういうことだ。
妖怪伝説の取材なら僕にも経験はあるが、ここまで数を揃えているとなると圧巻だな。

まだネーム段階だが、僕は早くもひと仕事終えた気分になった。誰だって仕事を終えるとイイ気分になるものだ。
というのもマンガってのは、前準備を完成させるまで。つまり考えたシナリオをマンガにするまでの行程がもっとも大変だからだ。
勿論、ネームから取り掛かって最後まで完成させるというのは物凄く体力と精神力の要る仕事だ(僕はアシなしでもそこまで辛くはないがね)。
しかしマンガを描くからには面白い話を考える必要がある。
面白くなければ編集からダメ出し。OKもらって完成させても読者からの評判が悪ければあっという間に連載打ち止め。
毎週毎週面白い話を考え続け、おかげで僕はこうして少しは有名な作家になれたつもりだ。
そんな僕からすればマンガを連載することにおいて大変なのは『描く』ことではなく『考える』こと。
それも何年も何十年も『考え続けること』だ。更にそれらの作品はきちんと『結果』を出さなければならない。
僕なんかは連載開始してから精々が四年。全く、世のベテラン作家たちには本当に尊敬するよ。並大抵のことじゃあないんだからな。

ま! 話は少しずれたが、僕は今その『傑作を考えること』までには到達できたわけだ。これで気分も少しは晴々する。
編集部がいたら見せてやりたいね。二つ返事で『オーケー!』のサインが出るだろうさ。


「私たちをマンガに出すということか?」

「幻想郷の住民だけでなく、舞台もこの幻想郷です。こんな美味しい設定、マンガに使わずして何に使うんですか」


外の世界から忘れ去られた世界をマンガに使われる複雑さと、自分がマンガのキャラになるという設定を満更でもなく喜んでいるのか、慧音は微妙なジレンマに挟まれたような表情をしている。
一方夢美は、原案を覗き込んで「あ! これ私だー!」などと随分喜んでいる。こちらの心配は要らないようだ。

「ま、まあ……面白いマンガが生まれそうなキャラクターたちではある。
 が、露伴先生。流石にこちらのネームの方は……私もどうかと思うんだが」

ほら来た。そう言って慧音は僕のネームを指差して見据えてきた。
ま、予想していた反応ではある。


なんせ僕がこれから描くのはこの『バトルロワイヤル』を模したような殺し合い。その群像劇だからな。反感を買う事もあるだろう。



「私たちソックリのキャラたちが互いに殺しあうマンガを、こともあろうに今この状況下で描こうというのも……
 露伴先生、それは倫理的にもあまりに不謹慎なのでは……」

「なるほど、一理ある。確かにあの姫海棠はたてがやっているような低俗な新聞のように、僕のマンガは軽蔑されるかもしれない」

はたての悪行は慧音たちの知るところでもあるようであった。
奴はこの殺し合いを取材し、嬉々として新聞に並べ立てようと下劣な行いをしている。
一見すれば僕が描こうとするマンガも、はたてと同属に思われるかもしれない。

「だがはたての新聞と僕のマンガは似ているようでいて決定的に、そして致命的に『違う』。
 まず奴は結局の所『自分のために』新聞を作っている。ライバルに勝ちたいというアツい想いは結構だが、それも行き過ぎるとただの自己満足。
 新聞という極めて客観的であるはずの情報コンテンツに自身の主観を入れ込み過ぎだ。まずそこが駄目なんだよアイツは」

対して僕のマンガは違う。僕は『読者のために』マンガを描いている。自分のために描いたことなんて一度も無い。
それにマンガというものは新聞とは違って、とことん主観で描くべきなんだ。作者が何を描きたいか、伝えたいかを描くのがマンガなのだから。
『読者のために』『徹底的に僕の主観で』マンガを描く。この時点で僕とアイツの差は歴然だ。

「だが不謹慎であることには変わりはないだろう? その点では先生とはたては同じ思考ではないのか?」

「失礼な奴だな。僕をあんな脳軽トリ女と一緒にするな。
 僕とはたての最大の違いは『マンガ』と『新聞』という、創作フィールドの相違に尽きる。というかそもそも新聞は創作ではない。
 組織なりコミュニティなりが世間に報じる一般的なメディアであって、そこに個人の意志の介入などあってないようなもの。
 対照的にマンガはご存知の通り、完全なる創作作品だ。僕がこれから描く漫画もあくまで『フィクション』で、今回の事件を面白おかしく伝えるわけではない。
 僕は真剣にひとつの『作品』を、自信を持って発信するんだ。面白いものを皆に読んで欲しくてね。
 それでも心配なら作品の最初に一文を添えておこうか? 『当漫画作品は実在の人物・団体とは一切関係ありません』ってね」

人間同士が殺し合う漫画など星の数ほどあるが、それらに対して『こんなマンガは不謹慎だ!』といちいち文句を立てる馬鹿がいるか?
もし居たらそいつの頭の中こそ本にしてやりたいね。見るだけで吐き気がするような偏見で満ちていることだろう。
それに僕の描くマンガは生理的なキモチ悪さを訴えてくるようなサスペンス・ホラーが持ち味だ。今回のマンガのテーマとは相性も良い。
最初は受け入れられないかもしれない。でも絶対すぐにも惹き込んでやるさ。僕には面白いマンガを描く自信がある!

「あ、でも確かにこれ結構面白そうかも。このネーム、最初に参加者があの会場に連れられてゲーム説明を受けているシーンですね。
 でも、よくよく見ると結構細かい所が違ってる。このネームの参加者には『首輪』が付けられてるみたいだし、最初に見せしめで死んだのはあの秋の神サマとかじゃなくて別の人物だ」

夢美が見ているのはOPの話。つまり記念すべき第一話のネームだ。
全く同じ状況をマンガにおこすわけにもいかないので僕なりに解釈を加え再構築して描いている。
例えばこのマンガでは『首輪』という概念を用いている。現在のこのゲームには本来存在してない異物だ。

「露伴先生、この首輪ってのは?」

「見てりゃあ分かるだろう。このゲームでいう脳内爆弾の代わりに僕のマンガでは参加者に架せられた『首輪』が爆発するようになっている。
 では何故その部分を新たに付け足したか? 答えは簡単。僕が主催者ならそうするからだ」

脳内爆弾と違い首輪という可視的な物質を参加者に付けることによって、目に見える形で参加者を屈服させているわけだ。
首輪ってのは元来服従させるためにある。ゲームに反抗しようとする人間は『首輪』という脅威に怯え、屈するだろう。
それにコイツがありゃあ『盗聴器』なんかも付けられるし、参加者全員の動向も簡単に把握できる。
僕からすれば何であの主催者はそんな首輪を用意しなかったのかが不思議なくらいだね。資金が足りなかったのか?



「ま、そんな諸々の理由ですよ。どうです、面白いでしょう?」

「へぇ~~。ちょっと怖いけど、なんか設定に惹き込まれちゃいそうです。
 でもこれ、主人公は誰なんです? まさか露伴さんですか?」

「それこそまさかです。自分なんか主人公にしても面白くないだろう。
 このマンガは群像劇です。出てくるキャラクターみんなが主人公ですよ」

あんまりこの手の手法は描いたことないんだが、まあ経験だ。

「慧音先生はどうです? どんなにお堅い言葉で否定しようとも、このマンガはあくまで『お話』。架空の設定です。
 事実を発信するはたての新聞と違い、何描いたって面白けりゃイイんですよ、マンガは」

「むぅ……た、確かにまだネームではあるが、このマンガからは何というか、こう……
 決して遊びではない、鬼気迫るスリルと迫力が感じられるな。惹き込まれるというのは私も同感だ」

「お! 慧音さんも案外好きですね~♪ で、露伴先生はこのマンガではたてを完膚なきまで叩き潰すんですね?」

「いや、完膚なきまでとは言わない。アイツには必ず敗北心を植えつけてやるが、僕の目的はその先さ」

主催者荒木は言った。
僕のヘブンズ・ドアーの洗脳ではたての新聞をいいように操作するのは許さないと。
彼らがはたてに期待しているのは、清々しいほどに下衆で煽情的な捏造とゴシップの塊のような報道なのだと。
しかしそんなのは絶対におかしいんだ。同じ創作者としてはたての自覚の無い非道は許せない。
僕のマンガと違って人の命を軽視し、ただ自分の作品のためだけにそれらを侮辱している。

ならばどうするか?
洗脳ではたての新聞を変えるのが駄目なら、アイツの新聞はアイツ自身が変えるしかないだろう。
そこに奴が気付くには一度『大敗』させるしかない。その敗北を通して自分の新聞が間違っていることに気付かせてやる。
だから二度と立ち直れないほどの壊滅的なダメージを与えちゃあやり過ぎなんだ。奴は一度敗北させ、その後必ず立ち上がらせる。

どうだ? このまっとうなやり方なら主催者だろうと文句は言わせない。交わした契約にはなーんの違反も無いぜ。


「成るほど……それが露伴先生の目的なのだな。作品の勝負で、はたてを『教育』してやる、と」

「いや、僕はあくまで自分が描きたいから描くだけで、はたてに関してはついでのようなもの……」

「―――素晴らしい! いやおみそれした! 同じ教育者として、貴方の意見には同意したい!」

僕の考えのどこに感動する要素があったのか、慧音が突然目をキラキラさせて顔を近づけてきやがった。危ないツノが当たるってそれ!

「そういう考えならばはたてについては露伴先生に任せよう。同じ幻想郷の仲間として、どうか彼女を正しい道に更生させてくれ」

別にそこまで真剣に考えてるわけじゃあないんだが……まあいっか。
それに……僕の目的は実のところ、それだけではないんだ。
このマンガを描いていくにあたって、少し考えたことがある。



「夢美先生。アナタが今見ているネームの最初のコマ。居るでしょう? 荒木飛呂彦と太田順也が」

思った以上に熱心に見ている夢美のネームを指差して僕は自信げに言い放った。
ネームとは言っても僕のネームは人物の顔も結構分かりやすく詳細に描いているつもりだ。誰だか分からない、なんて言うなよな。

「あー……居ますねぇ確かに。憎き主催者の両名、その御尊顔が」

「僕はなるべくその主催者の人となりも現実に近づけて描いているつもりだ。
 奴らの底は知れないが片割れの荒木とは電話で会話もしたし、段々とその人物像も掴めてきた。
 ゲロが出るくらい悪趣味な最低最悪のラスボスを描き切っていると思うぜ」

「荒木と……会話した!? 露伴先生、それは初耳だぞ!?」

今初めて言ったからな。荒木ははたての捏造行為や僕と主催同士で交わした契約の事実を発信するなと釘を刺してはきた。
でもま、こうして僕の口から直接話す分には問題ないだろう。多分な。

「荒木との会話については後で話すとして、マンガの方の主催者を見て夢美先生はどう思いました?」

「え、えっと……相変わらず本当に同じ人間なのかを疑うほどの残虐非道な性格してますね」

「そうですね。何故そんなキャラなのかというと、僕が彼ら『主催者』になりきって描いたからです。
 ここでこの荒木と太田はいったい何を思うか? どんな行動するかってね」

僕のマンガの更なる目的。それは荒木と太田の視点になりきってマンガを覗いていくことだ。
実際にこの殺し合いを体験するだけでは彼ら主催者の考えは中々理解できない。
ならばマンガという盤上に僕の思い描く主催者という駒を投影させ、実際に動かしてみれば見えないものも見えてくるのではないかという事だ。
奴らの目的。考え。行動理論。性格。弱点。
そのキャラクターを仮想、マンガ媒体を使って上から俯瞰し、未知なる部分を突き詰めていく。

具体例を言うなら、例えばさっき話題にも出た『首輪』だ。
言ったように僕が主催者なら参加者に首輪を付けるし、盗聴器も付ける。
じゃあ何故奴らは実際にそうしなかったのか? 考えが至らなかった?
首輪や盗聴器の代替品が実は存在している? 逆に首輪が無いからこそ、参加者は余計に対策に困っているのかもしれない。

と、まあこんな具合にマンガを描く過程で、思いもしなかったことに気付けたりするもんだ。

「僕はこれからこのマンガを描いていくわけだが、ラスボスである主催者を参加者たちはどう打破するかもこれから描かなければならない。
 そんなネタを考えていくうちに、思わぬゲームの抜け道や主催者達の『弱点』を偶然思いつくかもしれないだろう?
 現に君たちのさっきの話、主催者の正体の考察話を聞いていて少し考えたことがあるんだ」

「考えたこと……? 続けてくれ、露伴先生」

慧音たちがホテルにて考察したという主催者の『正体』。
東方心綺楼。ZUN。信仰。全知全能の神。どれもあまりに突飛過ぎている。
しかし……さすが専門家といった所か。一概に否定出来ない説得力を備えていることは確かだ。

「先生方は東方心綺楼の作者ZUN……その正体は荒木か太田のどちらかだと考えているんだろう?
 どちらがそのZUN氏なのだと思っているんだい?」

自身の作った作品が多く信仰され、やがては神に転化する。
そんなことがあり得るなら漫画の神と称される手塚治虫はどこかの世界でまさしく神サマなんてやっているのかもしれないな。

「私の考えは…………太田順也がZUNだと推測する」

「私もそう思うわ。最初の会場での発言、幻想郷により詳しそうなのは太田の方だと感じたもの」

二人の聡明な先生方は、共に同じ意見を呈した。
逆にあの会場で荒木の方はそこまで幻想郷に詳しくなさそうな様子ではあった。
僕は頭の中でもう一度考えを整理し、きっぱり息を溜め込んでから二人に語りかける。



「この殺し合いの突破点。それは荒木と太田の『関係』を知ることにあると僕は思う。
 奴らは『上司と部下』といった上下関係ではなく、同じ目的を目指すために組んだ『同盟関係』のようなものだ。
 二人はなぜ手を組んでいる? 互いが手の届かない『力』、弱点である『穴』をカバーするために組んでいるはずだ。
 例えば荒木が参加者を寄せ集め、太田がこの幻想郷に酷似した会場を作った……という具合にね」

このマンガの中に二人の主催者を描いた後付けを付けるなら、僕ならそんな理由を付けるね。
馬鹿げたことだと思うかもしれないが、マンガという基準で物事を見ていけばこんな風に色々な考えに至ることもある。

「互いの弱点をカバーするためかぁ。一人でも厄介なのにそんな全能者が二人揃ってたんじゃあ益々お手上げって感じね」

「そうでしょうかね夢美先生? 事はもっと単純だと僕は思ってるんですが」

巨大なる困難にいよいよ成す手無しと首を振る夢美に、あっけらかんと言ってやった。
確かにお手上げ。普通に考えたらゲーム優勝が生還に最も近いルートだと考えざるを得ない状況。
だが僕の描くマンガが果たしてそんな無難で面白くも無いようなEDを用意するか? そんなわけがないだろう。
逆境が深ければ深いほど、マンガってのは燃え上がり、盛り上がるもんだぜ。

「ホテルで件の魔法使いとやらは仗助に言ったそうじゃないか。
 『幻想郷とは関係ない貴方達なら、ZUNの掌の上から外れる』ってね。
 これつまり、僕らスタンド使いなら幻想の神ZUNもとい太田順也を倒せる可能性があるってことだろう?」

「あ、あぁ……確かにパチュリーはそう結論付けたが、しかし露伴先生は先ほど言ったばかりだぞ。
 『荒木と太田は互いの弱点をカバーし合っている関係』だと。太田を倒そうとすればそこには必ず荒木が障害となってくる」

はぁ~~~~~~~…………。
教師が聞いて呆れるな。コイツこそ僕の話を聞いていたのか?
そうなったらそれはもう、マンガの王道展開を突き進むしかないだろう。
『そんな状況でマンガのキャラクターたちは一体どう行動するか?』だ。ひとつしかない。

「あっ。もしかして、その荒木を倒すうってつけの役者が幻想郷の……?」

「夢美先生は思考が柔らかいようですね。正解です。
 向こうが互いに助け合っているのなら、こちらも互いに助け合うしかないでしょう。
 ズバリ……『太田順也を僕たちスタンド使いが倒し』―――」

「―――『荒木飛呂彦を私たち幻想郷の者が倒す』……というのか?」

ようやっと慧音もそんな簡単な答えに辿り着いた。
この構図がマンガだと最も王道でアツいものだろう。今から描くマンガもそんな展開を描いていくつもりだ。

―――『外の世界のスタンド使いと幻想郷の妖怪たちが手を組み、巨悪なる主催者を倒す』

これが理想の形ではあるが、しかしそう簡単ではないとも思う。

「でも露伴先生、それは簡単なことじゃあないですよ。だって―――」

「ああ分かってますよ。ゲームが始まってもうすぐ半日。既にそこかしこで人間と妖怪たちが殺し合っているらしい。
 こんな状況で『主催者を倒すために手を組もう』と、そう簡単に事が進むとも思えない」

なんせ今判明している中だけで脱落者は20人。20人だ。
しかもおあつらえ向きに幻想郷側の脱落者はちょうど半分の10人。ならばもう半分の10人はスタンド使い側ってことだ(そうじゃない奴も居るかもしれんが)。
偶然かは知らんがなんともバランス良く落ちている。今のところは主催者共の思うつぼってワケか……。
……このままじゃあ、マズイな。

クソ……腹の立つことだが、このバトルロワイヤルというゲーム、よく出来ている。
本来なら一刻も早く我々参加者は手を組み、団結して主催者を打ち倒さなくてはならないのに、円滑に殺し合いが進んでいくシステム。
しかも終盤になって人数が減れば減るほど、参加者はゲーム優勝を視野に入れ始める者も多くなってくるだろう。
僕たちは檻に入れられた実験モルモットの集団だ。やるべきことは分かっていても、互いに喰い合い、自滅していく。
そんな参加者達を主催者はニヤつきながら観察しているだけ。
今のままでは八方塞がり、か。



「……なあ、何で『僕たち』が選ばれてるんだと思う?」

「……それは、私たち『幻想郷の住民』と『スタンド使い達』という異なる二つの集団、という意味か?」

「そうです。だって一見この二つの集団には全く共通点が無いように思える。
 ならば主催者の正体に何か関係があるのではと思うんだが、太田の方は幻想郷に深く関わっていると仮定しても、荒木の方の正体は全然分からん。
 仮に奴がジョースター家に関わりがある奴だとしても『だから何?』って感じだしな」

「そうですねー。荒木と太田の関係が掴めれば何か分かるかもしれないですけど、科学者の私から意見を言うのなら……
 奴らは何らかの『実験』をしているんじゃないかしら。まさか伊達や酔狂でこんな馬鹿げた催しなんかやらないと思いたいわ」

夢美が赤く長い髪の毛を指でクルクル巻きながら、伏し目がちに意見を言う。
その冷静な様はやはり教授という職に就いているだけあって、中々に聡明さを醸し出しているようだ。

「そうだな。僕もそう思う。奴らは何か『実験』をして、その結果を見たがっている気がする。
 曖昧で要領を得てない話ではあるが、奴らは僕らが『どう行動するか』を試しているようにも見える」

「“僕ら”というのは『幻想郷の住民』と『スタンド使い達』のことだな?
 我々二つの集団が果たして『殺し合うか』、『信頼し合うのか』……、悲しいことに、今の所は前者だが」

「AとBを混ぜ合わせた化学反応を見るのが目的……確かにそうでなければわざわざ二つの集団を掻き集めた意味も分かりませんからねー。
 要は『結果』でなく『過程』に意味がある、と。殺し合いそれ自体には大した意味が無いのかもしれないわけね」

だとしたら、とんだふざけた実験だ。
人の命をカスとも思っていないこの世の邪悪。それこそが奴らの正体か。

「……私は半分人間の妖怪だが、人間のことは大好きだ。寺子屋で教師をやっているが、人間の子供たちはなんとも愛らしくて守ってやりたいと思う。
 だが幻想郷において、人間と妖怪の『溝』は深い。互いに信頼するといってもそこは根幹的な部分で共感できない領域だ。
 妖怪は人間の敵。それが幻想郷のルールであり疑ってはいけない真実。これを守らなければこの世界は一気に崩壊するほどの危ういバランスで出来ているのだから」

仄かに重くなりつつある空気の中、意を決したように慧音は凜と言う。
幻想郷のルールについては文からも多少なり聞いていたし、慧音を本にした時にも目にした。

人間と妖怪。決して相容れたりは出来ない、絶対的な種族の壁。
僕はここまでの道のりを共にしていた射命丸文を思い出す。
仲間という体でしばらく一緒ではあったが、そもそも彼女は僕を殺そうとすらしていたし、僕の方も文を利用していただけに過ぎない。
僕たちの間に『信頼』なんて感情は一切入っていなかった……と思う。
それにはたてのこともある。ここまでの一連の流れで少なくとも僕は鴉天狗という種族には全然良い感情は無かった。

人間と妖怪にはまだまだ乗り越えるべき壁が存在するのかもしれない。
しかし、幻想郷というシステムがその信頼を許さないだろう。人と妖の関係はどこまで行っても平行線なのか。


僕がジョニィと文の安否について考えている間にも慧音は演説を続ける。

「しかし、それでも私は人間を信じていたい。私は人間を愛している。
 露伴先生。どうか、私たちに付いて来てくれないか。仲間として共に主催者を打ち倒してはくれないだろうか」

手を差し伸べた慧音の瞳はとても真剣で、輝くような意志に満ち満ちているようだった。
その手をジッと見つめながら僕は少しだけ考える。元より彼女らには付いて行くつもりではあったが、心から信頼し合う関係となれるか。

ひとしきり自分の思考に埋もれた後、僕は彼女のどうしようもなく美しい手をキッパリ無視して歩き出した。


「……僕は元々人間関係が嫌でマンガ家になったんだ。仲間だの信頼だのなんてのは、ハッキリ言って迷惑なんだよ」


さっそく画板と用紙を取り出して、僕は僕のやることを目指す。つまり、結局はマンガを描くことだ。
下描きなんて要らない。ネームの評価も好評だ。とっととペン入れを開始しよう。

「……露伴先生」

背中から彼女の落胆するような声が降りかかる。
ちょっぴりイヤミが過ぎたのかもしれない。だが事実として僕は『そーいうの』はニガテなんだ。仕方ないだろう?

だから僕は自分の考えを、背中越しに言ってやった。
憎いあの男の顔を思い出しながら。


「……人間と妖怪で信頼を築きたいって言うのなら、僕よりも適任者が居るでしょう。
 東方仗助、そして比那名居天子だっけ? その二人はゲーム最初からずっと一緒に居るんだろう?
 だったら僕たちの中で『今一番可能性がある奴ら』は、そいつらだろうね。聞けば結構仲良さそうにしていたらしいじゃないか」


誰かと仲良しこよしなんてのは僕の性じゃあない。ましてや吉良を頼りにするなんて以ての外。
慧音ら集団の中では現状、コイツらが最も主催に対抗出来得る『人間』と『妖怪』だ(天人とやらを妖怪のカテゴリに入れるべきかは知らんが)。
仗助の奴はとりあえず一発殴ってやらないと気が済まないし、僕自身ぜーんぜん気は進まないが。
そのためにも、まずは奴らの無事を願うとするか。

……仗助。お前、康一君を守れなかったんだ。
ならば今度こそ、傍にいる者くらい守ってやれ。
でないと、僕はお前を本当に許さないからな。



「おい、何してるんだ? 仲良しごっこは断るが、手を貸すくらいはしてやる。
 博麗霊夢八雲紫の捜索。そしてこの土地に漲る魔力の確認だかが目的なんだろう? さっさと行こうぜ」

「あ、あぁ……! ありがとう、露伴先生。宜しく頼むぞ!」

「露伴先生! 私とパチェだってすっごく『可能性ある二人』だと思いまーす!! そこんとこ、覚えておいてくださいねーっ!」


二人も僕の後を付いて来るように駆けだす。
どうやら少し、『道』は見えてきたのかもしれない。


人間と妖怪、か。
妖怪なんて僕に取っちゃ、ただの興味対象程度なのかもしれない。
本来は相容れないような関係が手を組み、同じ志の元に集う。
もしかしたらあの主催者達はそれが見たかったのかもしれないし、その逆かもしれない。

この会場には他にもそんな『信頼関係』を持つ人間と妖怪が、何組か居るのだろうか。
だとしたら彼ら彼女らは、どこまでその絆を育み、維持できるのだろうか。
今は別行動のジョニィと文がもしかしたらそんな関係になったりしているのだろうか。
だとしたら彼らもまた、希望の『星』と成り得る人材。仗助や天子と同じように。
それは少なくとも僕じゃあない。ならば、僕みたいな人間は舞台の下から支援していくに徹するべきかもしれない。

勿論、この岸辺露伴がただ黙って見ているわけがないだろう。僕は僕のやりたいようにやらせてもらうぜ。
このマンガが最後まで完成した時、全ては終わっていることを願って。
まずはもっと色々な参加者を見ていきたい。マンガの完成には、それが必要だ。

おっと、もうひとつ必要な物があったな。
『タイトル』だ。マンガにはそれが必要だろう?
僕が描くマンガは殺し合いゲームという内容だが、僕はBADエンディングというものが大嫌いだ。
わざわざお金を払って何でそんな面白くもない結末を見なければならない? 僕のマンガはそんなんじゃあない。
ありふれているが、最後には『希望』に向かって走っていきたい。
人間と妖怪がひとつの窮地で出会い、どんな顛末を迎えることになるか。

このマンガのテーマは、一言で言えば『生きること』。とてもありふれていることだ。

……うん。そうだな。決めたよ。


こいつのタイトルは『東方幻想賛歌』。
遥か東方の国の、ひとつの人間とひとつの幻想。
そんな彼らの、物語“ストーリー”。

マンガ家、岸辺露伴……この物語は絶対に完結させてやろう。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


【D-2 猫の隠れ里前/午前】

【岸辺露伴@第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、背中に唾液での溶解痕あり
[装備]:マジックポーション×2、高性能タブレットPC、マンガ道具一式、モバイルスキャナー
[道具]:基本支給品、東方幻想賛歌@現地調達(第1話ネーム)
[思考・状況]
基本行動方針:色々な参加者を見てマンガを完成させ、ついでに主催者を打倒する。
1:まずは『東方幻想賛歌』第1話の原稿を完成させる。
2:慧音、夢美らと共に目的を果たしながらジョースター邸へ。仗助は一発殴ってやる。
3:主催者(特に荒木)に警戒。
4:霍青娥を探しだして倒し、蓮子を救出する。
5:射命丸に奇妙な共感。
6:ウェス・ブルーマリンを警戒。
[備考]
※参戦時期は吉良吉影を一度取り逃がした後です。
※ヘブンズ・ドアーは相手を本にしている時の持続力が低下し、命令の書き込みにより多くのスタンドパワーを使用するようになっています。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※支給品(現実)の有無は後にお任せします。
※射命丸文の洗脳が解けている事にはまだ気付いていません。しかしいつ違和感を覚えてもおかしくない状況ではあります。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※ヘブンズ・ドアーでゲーム開始後のはたての記憶や、幻想郷にまつわる歴史、幻想郷の住民の容姿と特徴を読みました。
※主催者によってマンガをメールで発信出来る支給品を与えられました。操作は簡単に聞いています。


【上白沢慧音@東方永夜抄】
[状態]:健康、ワーハクタク
[装備]:なし
[道具]:ハンドメガホン、不明支給品(ジョジョor東方)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:悲しき歴史を紡がせぬ為、殺し合いを止める。
1:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第二ルートでジョースター邸へ行く。
2:殺し合いに乗っている人物は止める。
3:出来れば早く妹紅と合流したい。
4:姫海棠はたての『教育』は露伴に任せる。
[備考]
※参戦時期は未定ですが、少なくとも命蓮寺のことは知っているようです。
※ワーハクタク化しています。
※能力の制限に関しては不明です。


【岡崎夢美@東方夢時空】
[状態]:健康、パチェが不安
[装備]:スタンドDISC『女教皇(ハイプリエステス)』、火炎放射器@現実
[道具]:基本支給品、河童の工具@現地調達、不明支給品0~1(現実出典・確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:『素敵』ではないバトルロワイヤルを打破し、自分の世界に帰ったらミミちゃんによる鉄槌を下す。
パチュリーを自分の世界へお持ち帰りする。
1:パチェが不安! 超不安!! 大丈夫かしら…
2:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第二ルートでジョースター邸へ行く。
3:能力制限と爆弾の解除方法、会場からの脱出の方法、外部と連絡を取る方法を探す。
4:パチュリーが困った時は私がフォローしたげる♪ はたてや紫にも一応警戒しとこう。
5:パチュリーから魔法を教わり、魔法を習得したい。
6:霧雨魔理沙に会ってみたいわね。
[備考]
※PCで見た霧雨魔理沙の姿に少し興味はありますが、違和感を持っています。
宇佐見蓮子マエリベリー・ハーンとの面識はあるかもしれません。
※「東方心綺楼」の魔理沙ルートをクリアしました。
※「東方心綺楼」における魔理沙の箒攻撃を覚えました(実際に出来るかは不明)。

121:meet again 投下順 123:行くぞ! 俺たちの旅立ち
121:meet again 時系列順 123:行くぞ! 俺たちの旅立ち
116:COUNT DOWN “NINE” 上白沢慧音 134:奇禍居くべし
116:COUNT DOWN “NINE” 岡崎夢美 134:奇禍居くべし
110:ダブルスポイラー~ジョジョ×東方ロワイヤル 岸辺露伴 134:奇禍居くべし

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最終更新:2016年02月17日 21:04