1970年代のキャリコットたちは“サステイナビリティの=生き延びるための環境思想”は、あまり念頭においていなかったのではないか。
彼らの構想する「環境倫理学Environmental Ethics」は、基本的に「人間非中心主義に基づく倫理学」だ。そして、人間中心主義とその脱却はその初めから、人間の生き方云々よりむしろ、動物の取り扱われ方と並行して語られてきた。
現代に通じる意味での、「人間中心主義的」という表現は、1911年プロイセンでの第四回天然記念物保護会議のハンス・クローゼによる発言が初出のようである。
彼らの構想する「環境倫理学Environmental Ethics」は、基本的に「人間非中心主義に基づく倫理学」だ。そして、人間中心主義とその脱却はその初めから、人間の生き方云々よりむしろ、動物の取り扱われ方と並行して語られてきた。
現代に通じる意味での、「人間中心主義的」という表現は、1911年プロイセンでの第四回天然記念物保護会議のハンス・クローゼによる発言が初出のようである。
動物に関する『有益と有害』という世間一般の考えが、今日のわれわれによる自然の捉え方とやはり対立することが多いことに驚いてはならない。これに関して科学的動物学、古くからの人間中心主義的思考法を思い出させる学説を立てて久しい。経済的損失を最小にすることが、有害な生物を非難する理由として十分であり、そして根絶要求の基礎となった。
このクローゼの発言には、「有害」という概念への反感、および動物の権利論の萌芽を見て取ることができる。
cf.コンラート・オット、マルチン・ゴルケ『越境する環境倫理学 環境先進国ドイツの哲学的フロンティア』28頁
