学校町から電車に揺られて一時間と少し。そこに永取市がある。
大きな川が一本、街の北西から南東、そして海へと流れていて、それが街を袈裟懸けに東西へと両断している。東側は川の上流にビルの並び立つ商業区、更に上流に向かうと隣町と間を別つ山がそびえ、商業区から下流に向かうごとに工業区となって工場が立ち並んでいく。最下流、海沿いは倉庫街となっていて、街の西側は東側へと通勤している人や他、近隣都市へと働きに出ている人達のベッドタウンになっているらしい。
西側から街に入った電車は街の真ん中辺りを通っている、街で一番大きな鉄橋を渡って東側、商業区の中央付近で止まった。
電車から降りた俺たちは、そのまま街の東側を川沿いに上流へと向かっていた。
その道行きで立ち止まった千勢姉ちゃんは、電車の中で『ギター……そう、これはギターだから問題無い』とか言って堂々と背負って持ち運んできたケウの毛で包んだ≪壇ノ浦に没した宝剣≫を背から下ろして伸びをすると、「少しここで待ってくれ」と言って長い髪を手櫛で気持ちばかり整えながら自販機に向かって行った。
道中、公園で起きた事を調査する人間が居た場合を考えて、うかつに話をすることも出来ずに押し黙っていた俺達は、ここまできてようやっと少し緊張を緩める。
周囲にケウの姿はどこにもない。隠れる能力を持ってはいても、そもそも大きな身体が電車の通路に入らないらしく、別ルートで移動中だって千勢姉ちゃんが言っていた。
「以前電車に乗せられるのかどうか試してな……あの時は焦った」
そう口にした時のTさんの顔は何とも言えない感じで、妙に印象的だった。
特にする事も無いので川の方を眺める。
対岸は住宅区になっているためか、これと言って見て楽しい物は無い。学生が向かいの土手を集団で歩いて行くのをぼんやりと眺めながら、俺はフィラちゃんとモニカの会話を聞くともなしに聞いた。
「モニカ、どこかおかしい所とかない?」
「うん、大丈夫……」
心配気なフィラちゃんに答えるモニカは、≪道案内する死霊≫とやらに取り憑かれていた時と何の変わりも無いように見える。口調までしっかり真似されていたみたいで、≪首塚≫で保護者役をしていたフィラちゃんでも気付かないくらいなんだから、こりゃあ相当上手く取り憑いていたんだろうな。
モニカはフィラちゃんにもらったハンカチで長いハニーブロンドの髪やら顔やらを拭いていた。
どうも千勢姉ちゃんにかけられた酒の臭いが取れないらしい。電車の中でも結構目立ってたし、しっかり洗い落とさないとこりゃあ臭いはとれないだろうなあ……。
なんとなくそれをわかっていても誰も口を出さないのはきっとこの行為自体、モニカが自分を落ち着けるためにやってる特に意味のない行動だって皆分かってるからなんだろう。
「待たせたな。色々買ってきたから、何か欲しかったら言ってくれ」
「ありがと、千勢姉ちゃん」
「千勢、ここがT№のお膝元……なの?」
ジュースを大量に買ってきた千勢姉ちゃんにそう訊ねるフィラちゃんは、多少千勢姉ちゃんから身を引き気味だ。
≪壇ノ浦に没した宝剣≫。つまり草薙の剣だとか天之叢雲の剣だとか呼ばれるような都市伝説に気後れしてるらしい。
……いや、俺もビックリだけどさ。引くよりも、むしろ剣にべたべた触りたくなるのはゲームとかで妙に親近感が湧く武器として親しんでるからか?
自分の価値観の基準にちょっと思いを馳せている俺の横で、千勢姉ちゃんはフィラちゃんの質問に答えた。
「以前この街で起こった大規模な都市伝説事件を解決した折、T№0が後々の備えの為にここに腰を落ち着けてな。それ以降はこの街の、ある場所を入り口にして繋げた異界がT№0の住処なんだ」
言いながら千勢姉ちゃんはジュースの山を目の前に置く。
俺はおしるこを取って手を温めた。この季節、川沿いはまだちょっと寒い。
「ほら、皆もらっとけって。タダだし」
「舞の言う通り、私のおごりだぞ。ありがたく受け取れ」
なかなか手が伸びないので皆に勧めておく。ぼちぼち手が伸びてきた所で、千勢姉ちゃんがお、と声を上げた。
「ケウ、こっちだ」
千勢姉ちゃんが手を振った先、鉄橋の上からおっきな獣の影が飛び下りてきた。ケウだ。
「うお、ケウ!」
でっかい身体で走って来たケウは、せわしなく息を吐きながら尻尾を振っていた。
まんま犬みたいだなって……ん? ケウのこの状態ってもしかして……、
「まさかお前、学校町からここまで、走ってきたのか?」
「電車には乗せられないからな、仕方あるまい。それに、その気になればケウは新幹線並みの速度で移動できるぞ?」
千勢姉ちゃんがさらりと言った。
つまり、学校町からここまで走って来たってことでいいらしい。
「すげえなぁ」
「まあ夏になるとバテるのが早いんだがな」
そう言って千勢姉ちゃんは労わるように、ケウのやたらと長い毛を撫でる。
毛に隠れて表情は見えないけど、大人しく撫でられているのだしきっと気持ちいいんだろう。
それにしても、こうして見る限り、ケウはあまり人を襲うような性質の獣に見えないな……。
「なあ、千勢姉ちゃん。ケウって普段からこんな大人しいのか?」
「元々が人に姿を見せる事のほとんど無い生き物だからな。性向は大人しい、むしろ多少シャイな部分があるくらいだ」
「しゃい?」
「恥ずかしがり屋さんって事よ」
首を傾げたモニカにフィラちゃんが教える。いいお姉ちゃんぶりだ。
モニカも大きな毛むくじゃらの獣に興味津々らしい。さっきまでの不安げな表情が多少和らいでいる。
それはそれとして、獣にシャイも何もないものだと思ってたけど……はあ、世の中いろんな事があるもんだ。
「昔のコイツは瘴気を無意識にばらまいてしまう存在でな。性質はこの通り穏やかなんだが、そのせいで難儀をしていた」
へえ、と驚く。今のケウはそんな危なっかしい存在に見えない。顔を毛に埋めてみても、手入れが行き届いてるのか獣の臭いがほとんどしないし、マジでぬいぐるみみたいだ。
「その瘴気をどのように鎮めたんだ?」
Tさんの疑問に千勢姉ちゃんは進行方向を指さして、
「あっちの方に居るT№0がそういう膿を取り除く技術を持っていてな。その力を借りたんだ」
「なるほど、それで今はT№0に力を貸しているのか」
「そうなるな。恩返しでもあるし、アレの苦悩を一応分かってやっている数少ない人間だからな、私は。
それにアレは面白い上に便利な人間だぞ? 上に据えておけば私が暴れても責任をとってくれる。――お前を育てるのにもある程度設備が充実していた≪組織≫は便利だったんだがな……」
「あそこは託児所には向かん」
「そのようだ」
そう言って千勢姉ちゃんは苦笑した。
「しかし……師匠が教育というのも似合わんな」
「ほほう? 馬鹿弟子としてはこの私のマーベラスな教育がお気に召さなかったか?」
「何よりもまず、師匠に殺されるかと思う日々だった」
しみじみと言う。そりゃあんな信じられん動きをするような人間が鍛えてりゃあ、殺されそうにもなるよなぁ……。
「まあ、おかげで色々と学んだがな」
「それは重畳」
学ぼうという意思を持てる辺り、Tさんも昔からすっ飛んでると思う。
なんだかんだで久しぶりに会えてうれしいんだろうトンデモ師弟は、互いに笑い合って歩きだした。
大きな川が一本、街の北西から南東、そして海へと流れていて、それが街を袈裟懸けに東西へと両断している。東側は川の上流にビルの並び立つ商業区、更に上流に向かうと隣町と間を別つ山がそびえ、商業区から下流に向かうごとに工業区となって工場が立ち並んでいく。最下流、海沿いは倉庫街となっていて、街の西側は東側へと通勤している人や他、近隣都市へと働きに出ている人達のベッドタウンになっているらしい。
西側から街に入った電車は街の真ん中辺りを通っている、街で一番大きな鉄橋を渡って東側、商業区の中央付近で止まった。
電車から降りた俺たちは、そのまま街の東側を川沿いに上流へと向かっていた。
その道行きで立ち止まった千勢姉ちゃんは、電車の中で『ギター……そう、これはギターだから問題無い』とか言って堂々と背負って持ち運んできたケウの毛で包んだ≪壇ノ浦に没した宝剣≫を背から下ろして伸びをすると、「少しここで待ってくれ」と言って長い髪を手櫛で気持ちばかり整えながら自販機に向かって行った。
道中、公園で起きた事を調査する人間が居た場合を考えて、うかつに話をすることも出来ずに押し黙っていた俺達は、ここまできてようやっと少し緊張を緩める。
周囲にケウの姿はどこにもない。隠れる能力を持ってはいても、そもそも大きな身体が電車の通路に入らないらしく、別ルートで移動中だって千勢姉ちゃんが言っていた。
「以前電車に乗せられるのかどうか試してな……あの時は焦った」
そう口にした時のTさんの顔は何とも言えない感じで、妙に印象的だった。
特にする事も無いので川の方を眺める。
対岸は住宅区になっているためか、これと言って見て楽しい物は無い。学生が向かいの土手を集団で歩いて行くのをぼんやりと眺めながら、俺はフィラちゃんとモニカの会話を聞くともなしに聞いた。
「モニカ、どこかおかしい所とかない?」
「うん、大丈夫……」
心配気なフィラちゃんに答えるモニカは、≪道案内する死霊≫とやらに取り憑かれていた時と何の変わりも無いように見える。口調までしっかり真似されていたみたいで、≪首塚≫で保護者役をしていたフィラちゃんでも気付かないくらいなんだから、こりゃあ相当上手く取り憑いていたんだろうな。
モニカはフィラちゃんにもらったハンカチで長いハニーブロンドの髪やら顔やらを拭いていた。
どうも千勢姉ちゃんにかけられた酒の臭いが取れないらしい。電車の中でも結構目立ってたし、しっかり洗い落とさないとこりゃあ臭いはとれないだろうなあ……。
なんとなくそれをわかっていても誰も口を出さないのはきっとこの行為自体、モニカが自分を落ち着けるためにやってる特に意味のない行動だって皆分かってるからなんだろう。
「待たせたな。色々買ってきたから、何か欲しかったら言ってくれ」
「ありがと、千勢姉ちゃん」
「千勢、ここがT№のお膝元……なの?」
ジュースを大量に買ってきた千勢姉ちゃんにそう訊ねるフィラちゃんは、多少千勢姉ちゃんから身を引き気味だ。
≪壇ノ浦に没した宝剣≫。つまり草薙の剣だとか天之叢雲の剣だとか呼ばれるような都市伝説に気後れしてるらしい。
……いや、俺もビックリだけどさ。引くよりも、むしろ剣にべたべた触りたくなるのはゲームとかで妙に親近感が湧く武器として親しんでるからか?
自分の価値観の基準にちょっと思いを馳せている俺の横で、千勢姉ちゃんはフィラちゃんの質問に答えた。
「以前この街で起こった大規模な都市伝説事件を解決した折、T№0が後々の備えの為にここに腰を落ち着けてな。それ以降はこの街の、ある場所を入り口にして繋げた異界がT№0の住処なんだ」
言いながら千勢姉ちゃんはジュースの山を目の前に置く。
俺はおしるこを取って手を温めた。この季節、川沿いはまだちょっと寒い。
「ほら、皆もらっとけって。タダだし」
「舞の言う通り、私のおごりだぞ。ありがたく受け取れ」
なかなか手が伸びないので皆に勧めておく。ぼちぼち手が伸びてきた所で、千勢姉ちゃんがお、と声を上げた。
「ケウ、こっちだ」
千勢姉ちゃんが手を振った先、鉄橋の上からおっきな獣の影が飛び下りてきた。ケウだ。
「うお、ケウ!」
でっかい身体で走って来たケウは、せわしなく息を吐きながら尻尾を振っていた。
まんま犬みたいだなって……ん? ケウのこの状態ってもしかして……、
「まさかお前、学校町からここまで、走ってきたのか?」
「電車には乗せられないからな、仕方あるまい。それに、その気になればケウは新幹線並みの速度で移動できるぞ?」
千勢姉ちゃんがさらりと言った。
つまり、学校町からここまで走って来たってことでいいらしい。
「すげえなぁ」
「まあ夏になるとバテるのが早いんだがな」
そう言って千勢姉ちゃんは労わるように、ケウのやたらと長い毛を撫でる。
毛に隠れて表情は見えないけど、大人しく撫でられているのだしきっと気持ちいいんだろう。
それにしても、こうして見る限り、ケウはあまり人を襲うような性質の獣に見えないな……。
「なあ、千勢姉ちゃん。ケウって普段からこんな大人しいのか?」
「元々が人に姿を見せる事のほとんど無い生き物だからな。性向は大人しい、むしろ多少シャイな部分があるくらいだ」
「しゃい?」
「恥ずかしがり屋さんって事よ」
首を傾げたモニカにフィラちゃんが教える。いいお姉ちゃんぶりだ。
モニカも大きな毛むくじゃらの獣に興味津々らしい。さっきまでの不安げな表情が多少和らいでいる。
それはそれとして、獣にシャイも何もないものだと思ってたけど……はあ、世の中いろんな事があるもんだ。
「昔のコイツは瘴気を無意識にばらまいてしまう存在でな。性質はこの通り穏やかなんだが、そのせいで難儀をしていた」
へえ、と驚く。今のケウはそんな危なっかしい存在に見えない。顔を毛に埋めてみても、手入れが行き届いてるのか獣の臭いがほとんどしないし、マジでぬいぐるみみたいだ。
「その瘴気をどのように鎮めたんだ?」
Tさんの疑問に千勢姉ちゃんは進行方向を指さして、
「あっちの方に居るT№0がそういう膿を取り除く技術を持っていてな。その力を借りたんだ」
「なるほど、それで今はT№0に力を貸しているのか」
「そうなるな。恩返しでもあるし、アレの苦悩を一応分かってやっている数少ない人間だからな、私は。
それにアレは面白い上に便利な人間だぞ? 上に据えておけば私が暴れても責任をとってくれる。――お前を育てるのにもある程度設備が充実していた≪組織≫は便利だったんだがな……」
「あそこは託児所には向かん」
「そのようだ」
そう言って千勢姉ちゃんは苦笑した。
「しかし……師匠が教育というのも似合わんな」
「ほほう? 馬鹿弟子としてはこの私のマーベラスな教育がお気に召さなかったか?」
「何よりもまず、師匠に殺されるかと思う日々だった」
しみじみと言う。そりゃあんな信じられん動きをするような人間が鍛えてりゃあ、殺されそうにもなるよなぁ……。
「まあ、おかげで色々と学んだがな」
「それは重畳」
学ぼうという意思を持てる辺り、Tさんも昔からすっ飛んでると思う。
なんだかんだで久しぶりに会えてうれしいんだろうトンデモ師弟は、互いに笑い合って歩きだした。
●
ケウとも無事に合流し、川に沿って道を溯って行くこと更に一時間。もう周りにビルも民家も無くなっていた。
「ってかもう街ん中抜けて山になるぞ!?」
「もう少し我慢してくれ。ケウの乗り心地はどうだ?」
この先どこに連れていく気なのだろうかと疑問に思っていると、千勢姉ちゃんは笑みを含んだ口調でそう言って、ケウの前肢の付け根を軽く叩いた。
「メチャクチャいいな! 毛がふさふさであったけえし、そのくせあんま獣の臭いがしねえ上に揺れもねえ」
モニカと俺とリカちゃんは、千勢姉ちゃんに言われてケウに乗っかっていた。
ケウ自体は人なら数人は乗れそうな大きさだから、二人で乗っても全然スペースがある。死霊の憑依が解けたモニカも≪首塚≫にずっといただけはあって、このばかでかい獣相手に怯む事も無く、それなりに楽しんでるみたいだ。
それでもたまに表情が曇るのは、公園で目覚めた時に≪道案内する死霊≫に取り憑かれている間の記憶がほとんどすっ飛んじまってたからだろうか? ここに来るまでの間に俺達で出来る限りの説明はしたけど、理解し切れてないんじゃないかと思う。そもそも、俺だって良く分からないところが多い。モニカが去り際の騎士のおっちゃんに声をかけた事も気になるし、連中がなんでモニカを狙うのかもさっぱりだ。これから行く先でその謎が少しでも解ければいいんだけどな……。
永取市北、隣接する町との間を隔てる山の中、そこを少し登ったところで千勢姉ちゃんは俺達を振りむいた。
「ようこそ、T№の隠れ家へ」
言われて気付いた。
気温も、匂いも、他、感じる全ての刺激が今までのものと少しだけ違う。
そして、何よりも目に映る景色が随分と綺麗なものに変わっていた。
俺が感心して周りの様子を見回していると、フィラちゃんが驚いたようにため息交じりに呟く。
「……異界」
「その通りだ。T№0はほら、あそこのコテージの中に居る」
そう言って千勢姉ちゃんが示したのは、ポツンと一つだけ建っている木製の建物だった。
「あそこ……なのか?」
周りを見回して他に人が居そうな建物が無いかと探ったけど、何もない。
この異界はかなり広い場所のようなのに、その中でたった一つだけの建物。それは、一応はそれなりの建物だけど、あまり立派とも言えない一階建のコテージだった。
休暇を過ごすおっちゃん達的に考えれば立派だけど、ずっと住むとなるとちょっと寂しい感じだなと俺はなんとなく感想する。
それに、と異界全体を見渡してみる。
すげえ良い景色ではあるんだけど、夢子ちゃんの≪夢の国≫の中ともまた違ったベクトルで、あまりにも現実感が無い景色だ。
こんなところに住んでるってのも、なんか爺くさいイメージになるなぁ……。
千勢姉ちゃんは俺の考えを読んだかのように笑った。
「まあ会ってみれば分かるが建物に関して言えば、これくらい小じんまりとしていた方が奴の人柄には合う」
「ってかもう街ん中抜けて山になるぞ!?」
「もう少し我慢してくれ。ケウの乗り心地はどうだ?」
この先どこに連れていく気なのだろうかと疑問に思っていると、千勢姉ちゃんは笑みを含んだ口調でそう言って、ケウの前肢の付け根を軽く叩いた。
「メチャクチャいいな! 毛がふさふさであったけえし、そのくせあんま獣の臭いがしねえ上に揺れもねえ」
モニカと俺とリカちゃんは、千勢姉ちゃんに言われてケウに乗っかっていた。
ケウ自体は人なら数人は乗れそうな大きさだから、二人で乗っても全然スペースがある。死霊の憑依が解けたモニカも≪首塚≫にずっといただけはあって、このばかでかい獣相手に怯む事も無く、それなりに楽しんでるみたいだ。
それでもたまに表情が曇るのは、公園で目覚めた時に≪道案内する死霊≫に取り憑かれている間の記憶がほとんどすっ飛んじまってたからだろうか? ここに来るまでの間に俺達で出来る限りの説明はしたけど、理解し切れてないんじゃないかと思う。そもそも、俺だって良く分からないところが多い。モニカが去り際の騎士のおっちゃんに声をかけた事も気になるし、連中がなんでモニカを狙うのかもさっぱりだ。これから行く先でその謎が少しでも解ければいいんだけどな……。
永取市北、隣接する町との間を隔てる山の中、そこを少し登ったところで千勢姉ちゃんは俺達を振りむいた。
「ようこそ、T№の隠れ家へ」
言われて気付いた。
気温も、匂いも、他、感じる全ての刺激が今までのものと少しだけ違う。
そして、何よりも目に映る景色が随分と綺麗なものに変わっていた。
俺が感心して周りの様子を見回していると、フィラちゃんが驚いたようにため息交じりに呟く。
「……異界」
「その通りだ。T№0はほら、あそこのコテージの中に居る」
そう言って千勢姉ちゃんが示したのは、ポツンと一つだけ建っている木製の建物だった。
「あそこ……なのか?」
周りを見回して他に人が居そうな建物が無いかと探ったけど、何もない。
この異界はかなり広い場所のようなのに、その中でたった一つだけの建物。それは、一応はそれなりの建物だけど、あまり立派とも言えない一階建のコテージだった。
休暇を過ごすおっちゃん達的に考えれば立派だけど、ずっと住むとなるとちょっと寂しい感じだなと俺はなんとなく感想する。
それに、と異界全体を見渡してみる。
すげえ良い景色ではあるんだけど、夢子ちゃんの≪夢の国≫の中ともまた違ったベクトルで、あまりにも現実感が無い景色だ。
こんなところに住んでるってのも、なんか爺くさいイメージになるなぁ……。
千勢姉ちゃんは俺の考えを読んだかのように笑った。
「まあ会ってみれば分かるが建物に関して言えば、これくらい小じんまりとしていた方が奴の人柄には合う」
●
千勢姉ちゃんに促されたコテージの入口の扉は、ケウでも通る事が出来る位に大きく作られていた。
それを開くと、木の好い香りが漂ってくる。
入ってすぐ左に簡単なキッチンや冷蔵庫が置いてあるスペースがあって、右には風呂やトイレがある。そして目の前にはまた一つ大きな扉があって、千勢姉ちゃんはそこへと歩いて行った。
ノックをして、扉を開く。
部屋の中は書斎とか社長室とかを合体させたかのような雰囲気をもつ、棚と応接セットが並んだ部屋だった。
昔窓ガラスを割って呼び出された校長室をもっとでっかくしたみてえだなと思っていると、部屋の奥、ここが社長室なら社長が座ってるだろう場所に、一人の男が座っているのが見えた。
そこにいたのは普通の日本人みたいだった。
白髪混じりの髪を緩く七三に分けている、柔和で若干くたびれた雰囲気の中年のおっちゃん。
今のようにガラガラの棚に囲まれながら、大きくて立派な木製のデスクの向こうに腰かけて人を待っているよりも、異界の外の商業区の会社でサラリーマンでもしてそこらじゅう走り回っている方がしっくりくる雰囲気をしたおっちゃんだ。
たしかに建物は小じんまりしてた方が人柄に合いそうだと、さっきの千勢姉ちゃんの言葉を思い出しながらぼんやり思ってると、おっちゃんは部屋に入ってきた俺達を見て目礼し、柔らかな笑みを浮かべて口を開いた。
「はじめまして。僕が≪組織≫が一派閥、T№のトップ。高部徹心だ」
おっちゃんは緩やかに告げる。
「さて、まずは何から話をしようか?」
それを開くと、木の好い香りが漂ってくる。
入ってすぐ左に簡単なキッチンや冷蔵庫が置いてあるスペースがあって、右には風呂やトイレがある。そして目の前にはまた一つ大きな扉があって、千勢姉ちゃんはそこへと歩いて行った。
ノックをして、扉を開く。
部屋の中は書斎とか社長室とかを合体させたかのような雰囲気をもつ、棚と応接セットが並んだ部屋だった。
昔窓ガラスを割って呼び出された校長室をもっとでっかくしたみてえだなと思っていると、部屋の奥、ここが社長室なら社長が座ってるだろう場所に、一人の男が座っているのが見えた。
そこにいたのは普通の日本人みたいだった。
白髪混じりの髪を緩く七三に分けている、柔和で若干くたびれた雰囲気の中年のおっちゃん。
今のようにガラガラの棚に囲まれながら、大きくて立派な木製のデスクの向こうに腰かけて人を待っているよりも、異界の外の商業区の会社でサラリーマンでもしてそこらじゅう走り回っている方がしっくりくる雰囲気をしたおっちゃんだ。
たしかに建物は小じんまりしてた方が人柄に合いそうだと、さっきの千勢姉ちゃんの言葉を思い出しながらぼんやり思ってると、おっちゃんは部屋に入ってきた俺達を見て目礼し、柔らかな笑みを浮かべて口を開いた。
「はじめまして。僕が≪組織≫が一派閥、T№のトップ。高部徹心だ」
おっちゃんは緩やかに告げる。
「さて、まずは何から話をしようか?」