夕暮れを告げるチャイムが鳴り響き、空が茜色に染まる頃。八咫烏の神装巫女である矢田翠は、現在世話になっている学者でありオモイカネの巫女・昭下思依と共に彼女の研究室の片付けをしていた。
粗方作業を終え、散らばった書類を整えようとした時、翠は気になる単語をふと見つけた。
粗方作業を終え、散らばった書類を整えようとした時、翠は気になる単語をふと見つけた。
「『モノリス』……」
思わず呟いてしまった言葉を聞いたのか、思依がチラリと視線を向けて翠の手元の資料を確認する。
「近年、と言うかずうっとだけど、『モノリス』の活動が社会問題になっててねぇ……。矢田さんはこの組織についてどれくらい知ってる?」
「ええと、巫女に危害を加えている危険な団体?」
「ええと、巫女に危害を加えている危険な団体?」
少し前にニュースになっていた64代目の拉致事件を思い出す。おそらくこの一件で、日本中に彼女達の知名度が広まったのだろう。実際に翠が知ったきっかけでもあったのだから。
「だいたいそんな感じだけど、巫女活動をしていく上で理解を深めておいて損はないと思うよ。少し勉強しようか」
正直、「片付けをしたくないだけでは?」と内心思いながらも、翠は思依の講義を受けることにした。
「『モノリス』の活動方針は全人類の信仰を背負う『最強の巫女』を作ること。そんでいると信仰の妨げになって邪魔だからと行っているのが他の巫女の殺害。所謂巫女狩りだね」
思依は淡々と説明を重ねていく。
「約600年ほど前から活動が報告されているんだけど、創設者及び総帥については謎が多くてね。巫女である事は間違いなさそうだけど、宿している神も不明。それに連なっているとされる最高指揮官も詳細不明。巫女ではないみたいなんだけど、どうにも創立時からいるらしくて……。なんで長生きなんだろう?他の巫女によるなんらかの権能の影響?英雄作成系だとしても、そんな巫女の合致するデータは今のところ殆どないし……。龍のコアを取り込んでいる説もあるけど、龍を一掃するのが目的だから可能性は低い。もしくは、かつて興盛を誇ったとされる神気纏の応用……?それなら科学の発達で失われているはずだし……。あぁ、ごめん。一人の世界に入り込んじゃってた。まぁ、このあたりは文献は殆どないから、全部憶測するしかないんだけどね」
「600年……。そ、そんなに昔から?」
「600年……。そ、そんなに昔から?」
翠は語られた年月のスケールに思わず唾を飲む。それは17年しか生きていない彼女にとって余りに途方も無い数字であった。
「そう。それにメンバーが世界中に散らばっていて、『臨界者』も何人かいる。『最後の巫女』になると言う信念に基づいて巫女を殺害している者もいるけど、ただ単にそういった行為を楽しむ……半グレみたいな無法者が多いのが問題の一つになってるんだよ」
大体のメンバーは国際手配されてるから調べてみてねと思依は説明しながらも、少し言いづらそうに目を伏せた。
「あと……元々は真っ当な巫女だったのにグループから脱退して加入した巫女もいる。必ずしも真っ当……じゃない人も何人かいるかもしれないけど。幹部とされる『オリュンポス』のゾイ=アンブロシアが有名だね。他には『@sGirls』のリーゼル=コルマウクル、『第六の太陽(ネクスト・サン・シバルバー)』のエルヴィタ=トレージェス。……それに、『カミガカリ』の尸気道 陵子」
以前『モノリス』に寝返った伊弉冉尊の巫女がいると、同じ伊弉冉尊の巫女・比良坂 美代から話は聞いていたが、件の人物の名を告げた思依の表情はどこか遠かった。
今は自分達の元を離れたかつての仲間との思い出を反芻しているのか。それとも彼女が道を外さない様に出来なかったことを後悔しているのか。詳しくは本人にしかわからない。
その様子を見て翠は暫し考え込み、憚られながらも恐る恐る手を挙げ問いかける。
今は自分達の元を離れたかつての仲間との思い出を反芻しているのか。それとも彼女が道を外さない様に出来なかったことを後悔しているのか。詳しくは本人にしかわからない。
その様子を見て翠は暫し考え込み、憚られながらも恐る恐る手を挙げ問いかける。
「その、もし……その目論見が成功して、世界で巫女がただ一人になったら、本当に…ドラゴンに勝てるのでしょうか?」
翠の問いに講義中であったことを思い出した思依は険しい顔を浮かべる。
「う〜ん……難しいだろうね。宿す神性以外をほぼ敵に回す事になるだろうし。信仰を失うことで神はドラゴンになってしまうだろう?」
巫女の存在で信仰を保てている神も少なくはないと思依は補足する。
「『全世界で巫女は私一人です。今から一柱だけ信仰してください』なんて世界中から反発されるだろうし、政府に関わっている巫女……。……まぁ、私みたいな人間がいなくなったら国家のバランスが崩れて、世界がめちゃくちゃになる。それに、もし強力な巫女がいなくなったら、機会を伺っていた敵対関係にある他国から侵略されてしまうかも」
「その前にまず戦争で地球なくなってそうだけどね」と思依は苦笑する。それを聞いた翠は眉をひそめた後、何かに気付いたのか、はっとしたように言った。
「最後に残った一人の巫女に全人口の信仰心を注いで、最強の巫女を作り出すのが目的なら、同じ神様の巫女が何人かいても良いのではしょうか?」
「あー、うん……。すご〜い昔にね、そんな事を思った国があったんだよ」
「えっ?」
「あー、うん……。すご〜い昔にね、そんな事を思った国があったんだよ」
「えっ?」
直感で聞いた問いに対して意外な答えが返ってきたことで、翠は逆に面食らってポカンとした顔をしてしまった。
「一神教の小さな国で同じ神の巫女を同時に何百人も生み出したみたいなんだけど、同じ神でも信仰が分散されて上手くいかなかったみたい。ほら、同じ宗教でも細かく宗派が分かれるみたいな?挙げ句に最終的には更に信仰を増やそうとして他国と戦争。返り討ちにあって国そのものがなくなってしまったそうな」(※架空の国、宗教の話です)
それを聞いた翠は、うまくいかないものですね。と少し気を落とした様な感想を口にする。
「また『モノリス』の話に戻るけど、結束力については組織の規模の割にメンバーは好戦的な人が多いし、殺伐としてるらしいから大人数で一人を囲って戦うことは珍しいみたい。そこは安心だね」
「そんなに殺伐とした人たちが多いなら……お互いにいがみ合って同士討ちの可能性と、あるのではないでしょうか?」
「それがねぇ、手練れの巫女が「呪誓(ゲッシュ)」を結んでいるみたい。そんのそこらじゃ解けない程の。要は「『モノリス』以外の巫女が全滅するまで殺し合いをしないでください」と言う制約らしい」
「そんなに殺伐とした人たちが多いなら……お互いにいがみ合って同士討ちの可能性と、あるのではないでしょうか?」
「それがねぇ、手練れの巫女が「呪誓(ゲッシュ)」を結んでいるみたい。そんのそこらじゃ解けない程の。要は「『モノリス』以外の巫女が全滅するまで殺し合いをしないでください」と言う制約らしい」
呪誓(ゲッシュ)という馴染みのない言葉を翠は頭の中で反芻する。どこの国の言葉だろうかと首を傾げた。ヨーロッパの方における呪い(まじない)に纏わるものだろうか。
「まぁとにかく、連中に遭遇したらとにかく逃げる!相手は人を殺すことなんて躊躇しない。戦おうなんて思っちゃダメだからね。困ったら国際巫女連盟 【International Federation of Shrine Maidens(通称IFSM)】に連絡して対処して貰うのが一番かな。そもそも一人でいるところを狙われないように複数で行動すること。以上!」
講義が締め括られ窓の外を見ると、いつの間にか茜色だった空が闇に染まっていた。間もなく夜がやってくる。
「これから活動していく上で避けて通れない、大きな困難が待ち構えてるかもしれないけど、貴方ならきっと乗り越えられる。なんてったって期待の新人だからね。さてと、もう遅くなっちゃったね。今日はありがとう。さぁ、帰ろう」
気が付くと書類も整っており、研究室の片付けは終わっていた。
荷物をまとめて足早に帰路に就こうとする思依の後を翠は慌てて追いかける。
巫女は必ずしも善ではなく、その殺意の込められた刃の矛先は自分と同じ人類の為に力を尽くす存在であっても構わずに振るわれる。
こうしてのどかに過ごしている間にも犠牲者は発生しているかもしれず、次に標的となるのは知り合いである可能性も十分に考えられるだろう。
荷物をまとめて足早に帰路に就こうとする思依の後を翠は慌てて追いかける。
巫女は必ずしも善ではなく、その殺意の込められた刃の矛先は自分と同じ人類の為に力を尽くす存在であっても構わずに振るわれる。
こうしてのどかに過ごしている間にも犠牲者は発生しているかもしれず、次に標的となるのは知り合いである可能性も十分に考えられるだろう。
そんなことはさせない。許してたまるものか。
自分だけでなく同僚を、憧れの先輩を守れるようもっと精進しなければと八咫烏の巫女は心に強く誓った。