【五音(ごいん)】

変わることのない一定の音を発する物体が、一定の正しい音を発することは、明界は秩序の動きの安定と関係している。『礼記』楽記には、「明には則ち礼楽あり、幽には則ち鬼神あり」とある。本来とは異なる音を発することは、秩序や均衡の乱れをあらわしている。

その基本となる音のまとまりのひとつが五音(ごいん)であり、宮(きゅう)商(しょう)角(かく)徴(ち)羽(う)の五つがある。それぞれは季節や五行と結び付けられている。音には呂と律とがあり、呂は喜(よろこび)、律は悲(かなしみ)を表現するとされる。

音名  季節  五行  方位  明界への働き  相応  絃の糸数  調  呂律 
一切を生ずる 64糸  双調 
事物の時住 54糸  黄鐘 
土用 中央 四季を通じての生成  81糸  壱越 
西 事物の異相 72糸  平調 
一切を滅する 48糸  盤渉 

たとえば、徴の音が乱れて正しく徴の音として聴こえないときは、草木の成長は乱れ、作物の凶作につながる。また、日照りつづきのときには水を呼ぶために盤渉調の音を奏でる、豪雨がやまずにいるときには火の力を持つ黄鐘調の音を鳴らすことで、安定に近づける。

『五韻次第』では、宮商角徴羽の五音は、五十音とも結びつけられている。「調」と「季節」や「五行」の組み合わせは一定合致しているが、「五音」と「調」の関係が逆になっている例がある。『拾芥鈔』には宮(壱越)商(平調)角(双調)徴(黄鐘)羽(盤渉)の組み合わせが示されているので、『五韻次第』の羽(黄鐘)徴(盤渉)ほうが、かみあっていない例なのだろうか。

行音  五音  澄  濁  季節  五行  調 
あいうえお  仏界澄  土用  土  壱越 
かきくけこ  ―  菩薩濁  春  木  双調 
さしすせそ  羽(徴)  ―  声聞濁  夏  火  黄鐘 
たちつてと  徴(羽)  ―  畜生濁  冬  水  盤渉 
なにぬねの  地獄澄  ―  ―  ― 
はひふへほ  ―  人界濁  秋  金  平調 
まみむめも  修羅澄  ―  秋  金  平調 
やいゆえよ  羽(徴)  天界澄  ―  夏  火  黄鐘 
らりるれろ  徴(羽)  餓鬼澄  ―  冬  水  盤渉 
わゐうゑを  縁覚澄  ―  春  木  双調 

『倭語連声集』では、五音ではなく宮(あ行・わ行)変宮(や行)商(か行)角(は行・ま行)徴(た行・な行)変徴(ら行)羽(さ行)の七音にあてはめられた例もある。あ行・わ行が宮の音にあてられているのは、この2行がそれぞれ大日如来の種字(あ・胎蔵界、わ・金剛界)とされているからだと『倭片仮字反切義解』などにはある。この「あわ」は、イザナギとイザナミが国生みをするときに矛からしたたらせた水滴も意味している。

行音  調  季節  五如来  十幹  五行  五音 
あかさたなはまやらわ  双調  春  阿閦  甲乙  木  角 
いきしちにひみいりゐ  黄鐘  夏  宝生  丙丁 火  徴 
うくすつぬふむゆるう  壱越  土用  大日  戊己 土  宮 
えけせてねへめえれゑ  平調  秋  弥陀  庚辛  金  商 
おこそとのほもよろを  盤渉  冬  不空  壬癸  水  羽 

母音で五音を区分する分け方もある。『悉曇三密抄』などでは、木火土金水(角徴宮商羽)に相当する順になっている。

行音  季節   明幽  五行  五音 
あかさたなはまやらわ   土用  高天原  土  宮 
いきしちにひみいりゐ   夏  天八衢  火  徴 
うくすつぬふむゆるう   春  明界  木  角 
えけせてねへめえれゑ   秋  泉平坂  金  商 
おこそとのほもよろを  冬  夜見国  水  羽 

しかし、「あ・わ」の含まれる行を宮とするか、「う」の含まれる行を宮とするかの二種類にこの考え方は大きく分かれる。『悉曇輪略図抄』も「あ・わ」の行に置く配列をとっているが、こちらは宮・商・角・徴・羽の順になっており、商と徴が逆になっている。中央を意味する宮や壱越を、「う」の行に置く場合、「う」の行は地(明界・土)になる。天八衢(あめのやちまた)と泉平坂(よもつひらさか)は端境にあたる。

大当(だいとう)

調和が保たれていると、世に妖祥や疫病が起こることはない。そのような状態を大当(だいとう)と称する。

『雅楽解』には、天下の四時(四つの季節)が乱れたとき、女媧が四絃の琵琶を造り、それを奏でることで春夏秋冬の調和をうながしたとする話が見られる。この場合も、一本一本の絃が角徴商羽に対応していたわけである。

【淫楽(いんがく)】

一定した五音の法則に基く「正楽」(しょうがく)に対し、正しからぬ五音によって構成される俗曲は「淫楽」(いんがく)と称される。これが世にあふれることも、また明界の不調和の原因となると考えられて来た。戦国乱世には、淫楽の調べも、君主をあらわす宮の音が中心的な位置から外れることが曲中で多発するという。

【五百十一音】

琴は、古くは宮(きゅう)商(しょう)角(かく)徴(ち)羽(う)の五音を鳴らす楽器としてつくられた。後代、さらに文(ぶん)武(ぶ)を加えた七音のものがつくられ、それぞれの音に十二律・三重の三十六声の二百五十二音がある。また、七音にはそれぞれ「泛音」(倍音にあたる)というものがあり、そちらも二百五十二音、また「散声」(開放絃の音)が七音にあり、すべてをあわせると五百十一音が存在していた。

文の音は文王、武の音は武王が足したと語られる。


最終更新:2025年08月20日 00:18