明界(この世)、幽界(あの世)の間(境)は端境(はさか)と呼ばれる。妖怪たちは端境を通じて明界へと現われるのである。


明界と幽界が分離する以前には太虚(たいきょ、おおみそら)があったとされる。この状態は寂然不動であり「無」である。

世界 明界 端境 幽界
うつし世、この世  はさか  かくり世、あの世
 中心存在  アマテラス スサノオ ツクヨミ
住民 生物、人間 妖怪 鬼神、亡霊
赤気 黒気
葩色
善悪 オオナオビ オオマガツヒ
清火 汚火
正邪 タタシ ヨコシ
上位異境 高天原 常夜、夜見
水平異境 隠れ里 根の国
方角 東西  艮(東北)  南北
三大妖怪 八岐袁呂智 酒顛童子 九尾の狐
十二次 歳星(丑~寅) 歳陰(寅~丑)
植物生育 天幹・日神十幹 地支・月霊十二支
仏教
吉祥数  万、百、八(偶数)  七、五、三(奇数)
備考 東姫・神道 西王・鬼道

祝詞などでは、高天原を「上津国」、生物たちの住む明界を「中津国」、夜見国を「下津国」としている。この見方ではそれぞれの接する部分が端境となる。しかし、上津国と中津国の区分は実質曖昧である。

上津国 端境  中津国 端境  下津国
アマツカミ  クニツカミ  ヨモツカミ 
アマツクニ  天八衢  明界  泉平坂  ヨモツクニ 

本田親徳は、正神界と妖魅界の違いがあるとしている*1。天八衢(あめのやちまた)と泉平坂(よもつひらさか)は実際は端境そのものというよりも、幽界と明界の端境と端境の合間にあたる地点といえる。

時刻と方角の端境

丑満時・漆密時(うしみつどき)は闇が世を蔽う事で端境が無効化される時帯。王莽時・王摩時(おうまがとき)は昼と夜に移り替わる事で端境が曖昧化する時帯である。
方角では、艮(うしとら、東北)が端境にあたり、そこから「鬼門」という考えも生み出されている*2。丑の時刻が過ぎて寅の時刻に移る時帯が、夜から日の出(曙、あけぼの)へ移り替わる時刻、さらにそれに付け加えて、丑は十二月、寅は一月にあたり冬が春に移る「節分」(端境)であることに由来するとされる。*3*4

卯は「朝」と「東」、酉は「夕」と「西」を象徴するとされており、卯は此岸(この世・明界)、酉は彼岸(あの世・幽界)と近づくともされる。

昼  夕  日没  夜  深夜  夜  暁前  曙  朝 
午  酉  おうまが時  うしみつ時 うしとら  寅  卯 
端境 (端境の無効の頂点) 端境
   幽界・あの世  明界・この世    

東  南  西  北 
日出  日中  日入  夜半 
卯  午  酉  子 
春  夏  秋  冬 
寅、卯、辰  巳、午、未  申、酉、戌  亥、子、丑 

「丑満時は軒下三寸魔がさす」と民間では言い伝えられて来た。

「根の国」と「子」は通じており「太陰」の状態を示す*5とも考えられていた。また「日少宮」は「丑寅」にあたり、陰(幽界)から陽(明界)の端境にもあたる。


【虎子(とらご)】

初春に出現してモグラを喰い尽くすとされる強大な霊獣。正体はナマコで節分の夜。節分の夜は、冬から春、丑(十二月)から寅(一月)へと移動する時間の最大の端境(はさか)でもあり、虎という名が与えられている理由もそこにある。


【明界】

  • 高天原(たかまがはら)
  • 日少宮(ひのわかみや)
  • 天宮(あまつみや) 高天原にあるとされる魂の御殿*6

心の直ぐなるたましいたちは、死後に日少宮(ひのわかみや)に到って「うぶすな」の神々の助けとなる存在になる*7とされる。

【幽界】

  • 常夜(とこよ)
  • 夜見(よみ)
  • 夜の食国(よるのおすくに)
  • 月更能小野(ささらのおぬ)


【端境と神名】

端境から妖怪や禍が入り込まないように止めているのが「ほこら」にあたる神奈備や塞である。
神社が古くはそのほとんどが社名のみで呼ばれ、式などで神名が記載されることのないことが非常に多いのは、社名・地名自体が神名であったからだという。*8

最終更新:2025年01月31日 16:19

*1 鈴木重道『本田親徳全集』、八幡書店、1976年

*2 吉野裕子『陰陽五行と童児祭祀』人文書院、1986年

*3 『十二支之訓傳』

*4 『大雑書』

*5 『中臣祓聞書』

*6 秋山不二「萬葉集に見えたる俗信」『中山文化研究所紀要』4、東京中山文化研究所、1936年

*7 吉川惟足『生死落着』

*8 三矢重松『四大人文鈔』神社の祭る神をしらまほしくする事、明治書院、1916年