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覇道と求道

「無礼を承知でお願い仕る、拙者と立ち合って頂きとう御座る」

「そう鯱鉾張る事もあるまい。貴殿と私、共に轡を並べた仲ではないか」

何時に無く礼儀正しく、それで居て懐かしさを感じさせる態での申し出を受けたとある冒険者一党。
泰然とした様子で返す側も慣れた物で、深く頭を下げようとするを手で軽く押し留める。
冒険者パーティー『鏖金の明星』、鏖殺を代名詞とするこの一党が名を馳せる程にこうして腕自慢から手合わせの申し出を受ける事も増えたのだ。
そうしてすっかり『挑む』事より『挑まれる』事が多くなった彼らに此度もまた挑戦者、なのだが今回は多少毛色が異なる様で____

「痛み入り候。而して此れなるは作法にて」

「承知している。貴殿は誠に骨の髄まで武門よな、覇道丸

「然り。拙者、武門の出に御座れば…」

「先刻承知。それにしても殊勝な事よ、この首欲しくば一も二も無く斬り掛かれば良い物を」

「…此れなるは作法にて、狗山殿」

「誠、天晴な気位よ」

「然らば…」

「ああ、貴殿との立ち合い、何時何時でも受けて立つ___が」

時は黄昏、夕餉時___そして場所はメルグ国満腹都市ビストロア

「我々は此れより飯にする、折角なら貴殿も共にどうか?」

「御相伴に預かり候!」

これは鏖金の明星が白壁西の魔樹を斃しての後、グリルグゥルデン帝国を南下してメルグ国に入国して間も無くの事。
_____メルグ国、未知なる美食を求め探求する国である。



「なんと貴殿、志真随の一門の出であったか。私も親父殿から聞いていたが剣鬼で鳴らした御尊父が良くぞ武者修行なぞ許した物よな」

「上様、その様な事を軽々と口にして宜しい物ですかな?」

「止せ止せ、此処では互いに一介の冒険者。気遣い無用だ」

勇者候補に気遣い無用とは、無理を言う」

酒の十徳に『万人和合す』『位なくして貴人と交わる』とある様に酒が入り腹もくちてくれば先頃の斬った貼ったの話も何処へやら。
元より同郷と言う事もあり(グザンの右腕にヒシとくっついて覇道丸にガルガル唸ってる正妻を除けば)話も弾もうという物。
ちなみに入ったのは大慶料理の店、回転する円卓を挟んで向かい合う恰好である。

「どの口が言うか、貴殿の武名もまた十分に轟いているではないか覇道丸よ。概ね相手の負け惜しみと共にな」

長城酒を波々と注いだ杯を円卓に載せて回せば、覇道丸もこれを零す事なく受け取っては一息に干し。

「狗山殿こそ、拙者もよもや噂が全て本当だとは思わなんだ。貴公は世界を平らげるつもりか」

同じく波々注がれた杯を回せば、グザンもこれを一息に干す。

「是非も無し」

「なんともはや」

人数は多くは無いが肉体労働の冒険者ともなると食べる量もただ事では無い。
四八珍を初めとした山海の珍味が所狭しと並ぶ物の、グザンも覇道丸も共に健啖家であり、女性陣でも温羅などは二人と変わらない量を平らげる。
広々とした個室での無礼講、空き瓶や皿による山が出来ていた。

「それこそが貴公の云う大義、で御座ったか」

「如何にも左様、いやさ尾鰭の付いた噂より正味そちらの方が広がって欲しいのだがな」

「又無理を云う、大義、大義か。為れば拙者の大義は…新たな力を手懐ける事で御座ろうか」

「力を御する、それが貴殿の大義だと?」

「そうだが如何された?」

「いやさ、何だという事でもない」

一瞬、鼻白んだ様な気配を見せたグザンに覇道丸こそ怪訝な顔をするが話を流して箸を進める。

「しかして狗山殿程の武芸者ともあれば戦の妙味という物も良く御存知で御座ろうな」

「戦の妙味?」

と、今度はグザンの方が怪訝そうな声を上げるのに覇道丸も鼻白んで。

「失礼、狗山殿は闘争を愉しまれる気質では御座らなんだか」

「割合に耳にする言葉ではある」

覇道丸の言葉と蒸し料理を良く良く咀嚼した上でグザンもまた言葉を返す。

「卓越した実力者を前にすれば称賛や敬意を口にする事もあろうが、だが闘争はあくまで闘争。とどの詰まり殺し合いが楽しい等と口走るのは不真面目を見られよう、相手に対して非礼でもある」

「成る程、闘争は目的ではなく大義を成す為の手段であると」

「如何にも左様」

要はこの世界で太平の世を築くにはぶっ殺し合いが一番手っ取り早かったというだけの話。
そして目的が手段を浄化しない以上、殺し合いを手段として用いた時点でどの道度し難い愚劣の誹りは免れないだろう。
時として暴力が必要とされるという現実までは否定しないが、それでも必要悪の域を出ない。
そう弁えた上で刃を手にした。

「もしそれが生け花なら鋏を、算術なら算盤を手にしていただけの話」

「それは…では此れまで貴公に斬られた者等が些か哀れで御座るな」

「哀れとは?私の事は何と言おうと構わんが…」

勿体ないと言わんばかりの様子の覇道丸。
対してこれまで刃を交えて来た好敵手達を愚弄する事は許さんと、言外にそう滲ませるグザンに覇道丸は杯を干して立ち上がり。

「宜しい、ならば此度の立ち会いにて些細教授致そう。戦の妙味、その何たるかを」

「面白い。為れば私に認めさせて見るが良い。その時こそ私は貴殿に負けを認めよう」

さりとて、とグザンもまた立ち上がる。

「こちらも教授しようではないか、貴殿に大義の何たるかを」

「委細承知仕った。為らばその時こそ拙者は貴公を勝者と認めよう」

此処に覇道と求道、異なる道を往く若武者二人による宣戦布告が成されたのであった。

「時に狗山殿、此度の支払いなのだが拙者こういう高いお店はあまり利用しない物で…」

「案ずるな、私が持つ」

「忝無う御座る!!」

鏖金の明星、討伐系の依頼ばっかりやってるから実は結構なお金持ちである。


「朔日は御馳走に為り申した!!」

「気に病むな、元より私が誘ったのだ」

満腹都市ビストロアの郊外、催し物等の際に使われる空き地にて向かい合う両雄。
冒険者ギルドにて立ち合いに使える場所として聞いてきた場所にてとりも直さず礼を述べる覇道丸。
閑散とした空き地には立会人である明星の女性陣より他には誰も居ない。
野良犬野良猫、烏に虫の一匹すらも。
____つまりはそういう事である。
ともすれば和やかに挨拶を交わす二人、既に臨戦状態に在った。

「流派無所属、覇道丸。推して参る。」

「鏖金の…」

共に名乗りを上げて口上を述べる最中、覇道丸が動く。
抜刀前の奇襲、流れる様に身を屈めて放った肘鉄がグザンの肝臓の位置を的確に穿って____

「ヌゥッ!?」

しかして小さく驚きの声を上げたのはその覇道丸。
間違いなく虚を突いた、そう確信した奇襲。
取り乱し、苦悶の声を上げ、挙げ句地面をのたうち、失禁した者すら存在するそれを受けて尚___微塵として揺るがぬその様に驚愕を露わにした。

「鏖金の明星」

凛然と、傲然と_

逢禍流

はたと視線を上げれば此方を見下ろす、否、視ている敵手の視線は常と変わらず凪いでおり_

「勇者候補」

それが覇道丸に_

「狗山座敷郎。参れ」

過去最大級の戦慄を与えた。

「ッッッ!!」

全力でグザンの懐から飛び退く刹那、その毛先を裏拳が叩いた。

「む。外したか…反応速度と瞬発力は猫並みよな」

「ふふ、なるほど…明鏡止水とはこういう事か、漸く得心が行き申した」

死闘の常態化、その産物。
覇道丸もまた確かにそれを会得しており、時に侍らしからぬ手段を選ばない戦法、所謂『武士道に反する』様な手も是としてきた。
しかし、それはあくまでも『立ち合いにおける勝利』だけを追い求めた上での話。

立ち合いですらない、常在戦場すら生温いルール無用の殺し合いこそを常としてきたグザンと覇道丸の意識の差。
備える、想定する、等というレベルではなく視ていた世界の形その物が異っていただけの話。

名乗りを上げる最中に奇襲?武士道どころか道理もない場なら当然それはやるだろう、即応できない方が悪いのだ。

つまり自然の成り行きであり、よって重心の移動と体幹によりこれを正面から受け止められるのもまた当然の事。
尤も、殺傷するつもりで蟀谷へと放ったカウンターを初見で避けられるのはグザンをしても想定外であったが。

「何、卑怯とは言うまい」

「為れば此方も又!」

名乗りと口上の後に抜刀したグザンに対し、次に覇道丸が取り出したるは手裏剣
単発の威力でも人体に深く突き刺さる程の貫通力と殺傷力を持つ、のだが。

「無論だ」

いわゆる見切り。
手裏剣そのものは目で追えなくとも覇道丸本人の動きは見えているし殺気も読める。
そも手裏剣は暗器としての側面が強く、闇夜や人混みに紛れるならまだしも、こうして真正面から投げられたのであれば例えそれが闘気によって強化されていたとて捌くのはそう難しくはない。
一瞬毎の判断に自身の全存在を賭ける、ただそれだけの事である。

「だが忘れるな、私は絶対だと言う事を」

ならばとばかりに今度は両手による乱れ撃ちへと切り替える覇道丸。
『どうせ当たるのだから』と最初から大して狙わず、あくまで大雑把に放たれる手裏剣は、ならばこそ見切られたとてどうという事はない。
二刀の剣士であるグザンに対して数的有利な攻撃とはつまり理路整然とした有効打なのだ。
百戦錬磨の覇道丸による虚実緩急入り乱れるそれを防ぎ切るのは不可能である。

「そも手裏剣もまた武芸百般に含まれる。飛び道具を軽んじながらいざ使われれば慌てふためくなぞ愚の骨頂」

繰り返すが理路整然とした有効打なのだ。
つまりは想定して然るべき事態であるという事である。
手裏剣、その貫通力と殺傷力が脅威となるのは即ちその当たり所が悪ければの話。
よって急所や戦闘に支障を来たす部位以外への被弾を容認すれば、全身を刻まれながらでも十分に対処可能である。
此処にグザンは攻勢に転じた。
手裏剣を全て打ち尽くした覇道丸が後の先を取らんと此方も二刀を手に飛び掛かるも大喝破による遠当てにて制され、大剣の一振りにして地面に叩き落とされる。

「またよな、斬ろうと思って斬り損じるのは久方ぶりよ」

「カハッ…!噂に違わぬ金剛力、寧ろ空中で助かったというべきで御座るな」

仮に地上でまともに受けていたなら斬れようが斬れまいが絶命していた、少なくともそう感じさせるには十分な威力。
追撃として放たれる続け様の踏み付けを身体を転がすことで避け、その勢いのままに飛び退く覇道丸。
次の瞬間、覇道丸が居た地面が二刀による振り降ろしにて爆砕された。

大太刀大剣による二刀流、聞きしに勝るとはまさにこの事」

「世辞は良い、その全てを凌がれては私も立つ瀬があるまい」

「月に叢雲花に風…と言った所に御座るな」

「然り。だが雲に宿る月、風に散る花をこそ愛ずるのが武家の雅よ」

「その心は?」

「雲であろうが風であろうが、邪魔立てするなら斬り捨て御免」

気を吐きながら残身を取るグザンに対して冷や汗を拭う覇道丸。
逢禍流。禍に逢うが如しとは良くぞ名付けた物だと、冷静に彼我の損害を確認する。
見た目の話をするのであれば全身を切り刻まれて流血しているグザンの方が痛ましいが、覇道丸もまた先頃の一撃で肩甲骨と背中側の肋骨数本に僅かなヒビが入っている。
まだ活動に支障は無いが覇道丸の知る金色の戦闘形態を持つグザンを前にこのままではジリ貧必至。
ならば___

「早々に使わせて貰うで御座る!!」

グザン目掛けて投げつけられる投擲物。
諄い、とばかりに両断しようとしたグザンの目の前でそれは勢い良く炸裂した。
炸裂音こそ大きい物の爆風や爆炎は無く、代わりに赤黒い煙が充満して__

「ッ!狗山様ッ!」

観戦していたくノ一の少女が“ソレ”が何か気付き声を上がるが__もう遅い。

「ゴフッ…!?」

反射的に息を止めた所でもう手遅れ。
七転八唐、もとい七転八倒。
ほんの僅かにも入り込んだ赤黒い煙が全身の傷口と粘膜という粘膜を灼き、五感の内、視覚、嗅覚、味覚が潰された。

「差し当たり先ずは一本、で御座るな」

何とか赤黒い煙の中から飛び退いた刹那、無事である聴覚が極近の間合いからその声を聞き取った刹那。

「ぅ く˝ ッ …!!」

無防備を晒したグザンの『釣鐘』が思い切り蹴り上げられたのだった。

「む、流石奥方をこれだけ抱えるだけあって類稀なる…」

「…貴殿、いやさ覇道丸よ。卑怯とは言うまいが……覚えておけよ貴様」

膝は着かず、さりとて動けずに死に体を晒すグザン。
眼光に鋭さが増しつつも、額に脂汗を滲ませながらこめかみが僅かにヒクつく。
手段無用の死合いの中では“コレ”も当然想定されるべき一撃。
だが男児として生まれた以上、流石のグザンでも効くものは効く。

観戦する奥方の中でも特に本妻が後でギャーギャー言ってるのを尻目に覇道丸は更にもう一つの煙玉を取り出す。

「安心召されよ、これにて決着と致す」

貴公に戦の妙味を伝えられなかった事ばかりが残念だと投げ付けられた煙玉の中身は、先程の目と喉を焼く赤黒ではなく純白の小麦粉。
白く烟るそれに向けて火縄が投げ込まれた刹那、爆発的に燃焼する小麦粉による粉塵爆発の爆音が周囲一帯に響き渡った。

「此れにて拙者の勝利、よもや卑怯とは」

「ああ、言うまいよ」

勝利を確信して背を向けた覇道丸に届くその声は凛然と、傲然と、まるで常と変わらない様相で__咄嗟に振り返った覇道丸を勢い良く蹴り飛ばした。

「だが言ったであろう?覚えておけと」

「そんな馬鹿な…」

視覚、嗅覚、味覚に加えて爆発によって聴覚と触覚も麻痺し、三半規管へのダメージは平衡感覚を歪ませる。
___で、だから?
勇者候補は戦闘行為を続行する、常の如く。

「生憎と良く聞こえんので勝手に喋るが__此れが大義だ」

嘗てミリオンが指摘した人間性の歪みとさえ言える狂気の意志力。
決めたのだから、宣したのだからという理由のみでその身砕け散るまで突き進んでしまえる異形の精神。
世の形を憂い、誰かの為に、踏み付けにした屍に報いんと。

「世の為に一命を以てしても断じて成さねばならぬ大事、それこそが大義。ならばこそ覇道丸よ、私は貴殿のそれを大義とは認めん」

爆発の前の声から大凡の場所が分かっていたなら反撃は可能、期せずしてそれが奇襲となり大きく体勢を崩させる事に成功する。
そして先頃の爆発により周囲の赤黒い煙の残滓は消し飛んでいた___つまり反撃開始である。

「馬鹿な!何故!?」

立ち上がれたのは上記の無茶苦茶な根性論として、五感が麻痺しても骨伝導は生きている。
粉塵爆発に紛れて覇道丸が撒いた撒菱を鉄板仕込みの靴底で踏み潰しながら、やはり蹴飛ばした感触から算出したおおまかな位置を二刀にて大雑把に薙ぎ払う。
となれば覇道丸にしても大きく回避せざるを得ず、それを察知したグザンによって追撃される。
しかも早くも慣れてきたグザンにより、回避地点の先読みまでされ始めた。

「フゥ、中々斬った手応えが無い。やはりどうしても狙いが雑になるな」

「夜襲を想定しての修行にて拙者も目隠しや耳栓をして鍛錬したで御座るが…察するに狗山殿のそれは実戦仕込みで御座るな」

ならばと一陣の風と成りて渺と飛び掛かる覇道丸。
そも今回の立ち会いに於いて覇道丸は意図的に正面から切り結ぶ事を避けていた。
飛び道具を主とし、ダメージと疲労でグザンのスタミナを削り切る事、それこそが唯一の勝ち筋と読んでの戦術。
十分に削り切れる領域と踏んでの吶喊である。
得物は槍、帝蜂ノ針と号するそれがグザンの腹筋へと深々と突き刺さり___

「ヌゥッ!?」

「良い槍よな」

突き刺さるも一筋の流血も無い。
勇者候補の腹筋とはそれ程までに強固なのか?いいや否。
切り裂かれた装束の内より垣間見えるのは深紅の鱗。同時にその背から鱗と同じ真紅の翼が雄々しく広がる。
竜人形態を発動させたグザンの大剣による逆袈裟が一閃した。

「ツッ!」

「浅い」

槍を手放しての全力回避。
かすった程度のそれに切り裂かれた胸板を押さえながら更に一歩距離を取る。

「狗山殿、その姿は?」

「ああ、こちらはまだ噂になっていなかったか?」

最新版だ。
そう言ちながら閉じていた瞳を開けば縦長に裂けた瞳が確りと覇道丸の驚愕を映し、一歩二歩と間合いを詰める。

「全く…一々驚かせてくれる」

「折角だ、心行くまで仰天するが良い!」

足元が爆発する様な縮地による踏み込み、これにより覇道丸は正面からの斬り合いを余儀なくされた。
激突に際して放たれる衝撃波が大気をビリビリと震わせ、剣戟の応酬が火花を散らす。
事実。覇道丸の計略通りグザンの消耗は著しい。
しかしその万全とは呼べぬ太刀筋であろうとも戦闘形態の発動も相まって一太刀一太刀が致命の威力。
翻って覇道丸。気功による身体能力の活性化及び、気功封剣により二刀の破壊こそ免れている物の防戦に回る他に無い。

「何たる剣圧!」

「重かろう。貴殿とは背負う物の重さが違う」

背負っている、何を?
無論、総てを。
故に立つ、故に膝を屈さない。
これはあくまで立ち会いであり、負けたとて何らの障りはない、等という正論は此処では意味を持たない。
これは即ち狂気である。狂しているのだこの若武者達は。
しかして狂念の域に至らねば砕けぬ条理がある、善悪定かならざる地平に立たねば見えぬ境地もまたあろう。
共に二刀へ想いを乗せ、心の臓へと突き立てねば通じぬとするならば是非もなし。

「ふんぬぁっ!!」「はぁぁぁ!!」

遂にグザンが覇道丸の防御を抉じ開ける刹那、その一撃に賭けるべく練り上げていた気の全てを収束させて放たれる気放波がグザンの吐き出した火球を押し返し、爆裂する火球によりグザンを地面へと転がした。 

「ゴハッ…!?」

「フゥー…フゥー…」

気を大きく消耗し、堪らず膝を着く覇道丸。
しかしグザンは火球の直撃に加え、渾身の気放波をまともに喰らっており、常人であれば即死しているであろう状況。

「…見事」

そう、常人であれば。
戦闘形態は解除され、全身煤けてはいる物の_
__狗山座敷郎、未だ健在。

「…貴公、不死身で御座るか?」

「いやさ何、貴殿の真似事よ」

現状、グザンには仙力(神力)と竜力の同時使用は不可能である。
つまり外神形態による再生能力を使用する場合、一度竜人形態を解除してから改めて外神形態を発動する必要があるがあの一瞬でそれを行うは限りなく難しい、だが。

気功による身体能力の向上、及び気を噴出する事で損害を抑えた…付け焼き刃だがな」

口元から溢れる血を拭ってグザンは鼻を鳴らす。
グザンの修めた櫻華流は剣術、体術、そして気功による三相合一。
そして仙力を練るに際しても高度な気功操作が重要となる為、普段主として用いないだけで基礎的な使用方法には習熟している。
それでも主要臓器にダメージが無い訳では無い、つまりは戦闘は続行可能である。

「さぁどうした?遠慮は要らんぞ、参れ」

「………………………」

真紅の両翼と両の手の刃を広げ歩みだそうとするグザンを、覇道丸は言葉もなく見つめていた。
先ほどの打ち合いと全力の気功波で既に自身に残った気は出し尽くしたと言っていい。
……しかし。

「――――おおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

空気を振るわせる叫びと共に、ミシミシと悲鳴にも似た軋みを上げる程に二刀の柄を握りしめる覇道丸の両拳に更なる力が籠る。
その刃に纏われていた気功と闘気の光に、一転して闇の如き漆黒が混ざり出した。
ザワリ…と一帯を漂う空気に、異様なまでの重圧を滲みだしながら、覇道丸の体から黒炎にも似た黒い闘気が溢れ出る。

それは、かつてグザンと覇道丸が共に戦った黒羊の首魁との死闘、その際に目にした黒き闘気を全身に纏わせた鬼神の如き威容
しかし一切の理性もかなぐり捨てた野獣の様に暴れ狂っていたあの時と異なり、鮮血の如く朱に染めながらも、今の覇道丸の眼には確かな意志を宿して眼前のグザンを見据えていた。

本来ならとうに精魂尽き果てて倒れ伏しても可笑しくない程の状態。
付き合いきれない、もう沢山だ、そう言って仕舞えば終わる話。
しかしてそれを許さぬのが男の矜持、そしてなにより_

「拙者は未だ、貴公に戦の妙味を伝えられておらぬで御座る!」

これ程の漢が、共に血を流しながら血を浴びてきたこの漢が、それを知らぬと言うのが口惜しくて堪らない。
精魂尽きるとも、お前に伝えてやりたいと、そんな義理など無い一度轡を並べただけの相手に感じているから。

「……………………」

グザンもまた、火柱の如く黒炎を立ち上らせる覇道丸の眼差しを一身に受けながら静かに竜人形態を解除する。
刹那、真紅の竜鱗の代わりにその身から溢れ出るは、暗金色の神力の輝き。
異様なる修羅の闘志に応えるかのように、異形なる半神が此処に顕現し相対する。

「―――――是非も無し!」

これ程の漢が、共に血を浴びながら血を流してきたこの漢が、命を掛けて伝えんとする姿に全身全霊で報いてやりたいと、そんな義理など無い一度轡を並べただけの相手に感じているから。

異形にして異常なる力、尋常ならざる禁忌の力。
しかしてソレを確かな己の力として、二人の益荒男は大気を振るわせんばかりに叫ぶ。

「「我等の戦いは此処からだ!!」」

宣すると共に双方から迸る暗金と漆黒。
ぶつかり合う覇気と覇気は仮にこの場に弱卒が紛れたならば死んでしまうと感じさせて余りある程。
裂帛の雄叫びと共に正面から斬り結べば、剣戟が奏でるは悪霊の叫喚。

思えばすっかりと挑まれる事の増えたグザンは思う。
自分と対等に斬り合える相手は何時ぶりであったかと。
無論グザン本人としては如何なる相手であろうとも尋常かつ対等に戦っているつもりではある。
しかして過去の戦歴を鑑みればその殆どが遥か格上か格下の相手ばかり。
つまり自分と同程度の実力者との戦闘経験が乏しかった。

翻って覇道丸も朦朧とする意識の中に思う、大義恐るべしと。
未来の為に、誰かの為に、その為ならば如何なる困難をも踏破すると何より雄々しく宣するその太刀筋は求道者ならぬ覇者にのみ許された強さであると覇道を名乗る自らを小さく自嘲した。

息つく暇も無いその斬り合いは激しさを増しながら研ぎ澄まされる。
もっと強く、もっと速く、もっと巧く、もっともっともっともっと。
気が付けば死闘を演じる最中に両雄はその口角を僅かに上げていた。
夢中になっていたと言って良い、これで終わりだと叫びながら終わってくれるなと感じる矛盾。

もっと、もっとだ、まだ足りぬ。力を、技を、尽くしたい、お前が相手ならばと。
好敵手を得た事で冴え渡る太刀筋はまるで最初から決められた振り付けを繰り返してきたかの様であり、それ故に美しい。
体力は既に限界であり、気力とて尽きかけている。
両雄を見守る女性陣から上がったのは歓声か悲鳴か、しかしそれさえ耳には入らない。

舞え、舞え、戟剣の神楽。
今この瞬間、世界は二人で完結していた。

「うっ…ガッ…!」

だがしかし、此処で覇道丸に異変が生じる。
或いは今までの状況こそが異常であったか、遂に意識を喪い破壊衝動のままに手にした二刀を振り被る、が。

「莫迦者が」

静かに、しかし鋭く、そして何より熱い喝破が条理こそを打ち砕いてその魂を殴り付ける。

「貴殿は何が為にその力を御さんと欲した?」

衝動に呑まれた単調な動きなぞ取るに足らんとばかりに、威力の増した攻撃を弾き返し、身体が後方に吹っ飛ぶ程の頭突きを額に見舞う。

「宣して見せよ、貴殿の大義。善悪定かならざる境地にて、それでも譲れぬ己の真を見せてみろ」

己の真、覇道丸という男の精神太源。
ああそれはとてもシンプルで、だからこそ改めて口にするのも気恥ずかしいくらいの物で___

「強くなりたい…拙者は強く成りとう御座る。誰よりも何よりも、比類する物なぞ無い程に!」

もしかしたらそれは世界の有様を憂う在り方に比べたら卑賤な物なのかも知れない。
だが己という存在に向き合い、そして出した答えである。
己にとって最大の一大事とはやはり己しかあり得ない以上、求道というその在り方を愚弄する事が誰に出来ようか。

「然らば当然、己よりも強く在れ」

意味が分からない、道理が通じない、だがだからこそ__

「是非も無し!」

意識を取り戻した覇道丸は額からドクドクと流血しながらも止まらない、宣した通り。
地を這う様な跳躍と共にグザン目掛けて指弾にて放たれる小石。
大剣にてこれを弾いたグザンの腕へと小さな刃物が突き刺さる。

「…刀の小柄か、この後に及んで芸の無い」

些か興醒め、と言いかけたグザンが大剣を取り落とす。

「痺れ薬か」「げに!」

だからどうしたと言わんばかりに大太刀が覇道丸の刀を受け止める。
言わずもがな二刀流のグザンにとって片方の腕を潰された程度では致命的とまでは言えない、が。

「ヌゥ…」「貰ったで御座る!」

大太刀と太刀、互いの刃筋を噛ませる事で固定する技。
そして如何にグザンと言えども片腕の膂力では両腕の覇道丸に劣る。
それでも耐えようとするのをグザンの握る柄を蹴り上げると自分の刀諸共に投げ捨てる。
そしてこれで互いに無手、いいや否。

「チェストおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

刀の鞘、鋭利な形状の鐺を用いた一撃がグザンの胸へと突き刺さり、その心の臓を貫いた。

「卑怯卑劣、誠に天晴。戦の妙味_堪能させて貰った」

「恐悦至極。貴公の言う大義の重み_しかと受け取った」

どちらともなく崩折れる両雄に駆け寄る女性陣。
いつの間にか地平には夕日が沈もうとしていた。


後日談というか今回のオチ。

立ち会いを終えての翌日、所は一昨日の大慶料理の店。
一昨日と変わらぬ面子、変わらぬ光景。
一つ差異があるとすれば覇道丸が全身包帯塗れという一点である。

「何度も言わせてくれるな覇道丸よ」

やはり回されてきた酒を干しては再び並々と注いで回すグザン。

「それこそ拙者の台詞にて」

やはり覇道丸も同じく盃を干して注いで回す。
先頃から続くこのやり取りに互いにやや辟易としていた。

「戦の妙味。その何たるかを私に教授した暁に私は敗北を認めると言った筈だ。勝ち名乗りを上げるが良い」

「然るに、大義の何たるかをご教授頂いたならば貴公を勝者と認めると申し候。貴公の勝利に御座る」

睨み合う事暫し。

「やはり口で言って通じる御仁では御座らぬか」

「殊勝なり。私は何時何時でも受けて立つ所存だぞ」

今此処に稀代の益荒男達による宣戦布告がなされ…

「「「「「「「いい加減にし(ろよな!)」(していただきたく…)」(するんだな)」(てよー!)」(なされよ)」(なさーい!)」(て下さいましー!)」

ませんでした。
その後、店の支払いを明星側が持つ代わりにこの勝負の勝者がどちらになったかという話は有耶無耶になったのだった。


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最終更新:2026年03月19日 01:34