『お前は、また繰り返すのか?』
『お前は、いつまで逃げ続けるつもりだ?』
『お前は、理解しているのか、いまそこにある現実は、あの日の再現だ』
『お前は、どうする? どうしたい?』
『オレを見ろ―――オレを、手にとって確かめろ』
暫くの間、呼吸を忘れていたようだった。
「――――ひ―――ぉ―――」
肺に取り入れた冷たい空気が焼けた喉に詰まって、窮屈な頭蓋の内側で脳が軋みを上げている。
「――――ぁ―――」
アルヴドは木陰に蹲って嘔吐した。
体調は悪化の一途を辿っており、平衡感覚を失いつつある。
自分に何が起こっているのか理解できない。
怪我一つ無いはずの五体がどうしてこうまでコントロールできないのか。
「気分が優れませんか? アルヴドさん」
背後にはまだ、あの神父が立っている。
歪んでいく世界の中で、夜上神一郎の声だけが明瞭だった。
「それとも、また何か聞こえましたか?」
「ああ、また……頭の中で……変な声が……」
「経過は良好ですね」
「どこがだボケ……吐いてんだろうが」
どうして、この男には知られてしまうのだろう。
アルヴドはよろよろと立ち上がりながら、口元を拭った。
ようやく視覚と聴覚が戻って来る。
状況は蹲る前とあまり変わっていない、切り倒された木々、焼け焦げながら凍る草原。
炎と氷と爆裂の乱戦は継続している。ここは地獄の戦場、しかし今ならば―――
「どうします? 逃げようと思えば逃げられますが」
氷の壁が崩れ始めている。
逃げ延びるチャンスが目の前にある。
「そうだな……」
しかしアルヴドの足は動かない。
代わりに視界に彼が映り込む。
壁の方向から駆けてきたハヤト=ミナセが、アルヴド・グーラボーンとすれ違う。
「どうやら彼は、試練に立ち向かうことに決めたようです」
アルヴドの目は、走り抜けていくハヤトを追わない。
ずっと、一箇所に固定されている。
戦場の隅、奇跡的に残った一本の木陰に寝かされた一人の少女。
ほんの少し前、その場所に折り重なって倒れていた少年少女。
その光景を見た瞬間、アルヴドの頭蓋が割れんばかりに痛み、再びあの声を聞いたのだ。
「……コーイチロー。告解してる場合じゃないってのは、わかっちゃいるんだが」
「構いません。それが神(わたし)の仕事ですから」
庇い合うようにして折り重なって倒れたハヤトとセレナ。
二人の姿を見た時、それがアルヴドの中で、何もかもと一致してしまった。
「俺の故郷で死んだガキどもの話は、もうしたと思う」
「ええ、酷い環境であったのだと」
「俺が殺したガキ共のことも、あんたは知ってたな」
「貴方が起こしたテロ事件ですね。痛ましい話でした」
「だったらよ、俺が今日、目の前でガキどもが理不尽に殺されようとしているのを見てよ」
ドブの中に、死体が積み重なっている。
ドブの中を、一人の男が見つめている。
ドブの中で、世界を罵って喚いている。
「〝許せねえ〟って思うのは、偽善かい?」
「ええ、反吐が出るような矛盾です」
清々しいまでの即答にアルヴドは苦く笑った。
だよな、と呟く。
「しかし、それこそが人間です」
そして夜上は許すでもなく。
背を押すでもなく。
かくあるべしと告げるように。
「人はみっともなく反転する生き物です。
聖人が一夜にして悪鬼に堕ちることもある。
愚者が一夜にして戦士に変ずることもある」
アルヴドの変遷を肯定した。
「一つだけ聞かせてくれよ。あんたにとって正しい人間って、なんだ?」
「神(おのれ)の声を、正しく受け取れているか否か」
またしても即答。
夜上は全てを見通しているかのようだった。
アルヴドとこの問答を行うことを、ずっと前から知っていたように。
「だから俺は合格だってのか?」
「ええ、故に聞かせてください。
貴方の中の神(あなた)は、いまなんと仰っていますか?」
そこで、痩せこけた黒人の男はようやく倒れ伏した少女から視線を切り、背後の神父に向き直った。
「―――怒れ」
男は矛盾に満ちた人生を歩んでいた。
救いたいと思ったモノを踏み躙り、踏み躙ったものが失われる現実に異を唱える。
しかし、そこに共通する感情が一つだけ、愚かな人生に芯を通すならば。
「こんな現実を許すな。
何の罪もないガキが、誰にも知られずに理不尽に死んでいく世の中を許すな。
こんな腐った世界を救う気のねえ、神様(クソカス)の野郎を許すな」
―――怒れ。
「そうだ俺は……」
現実を受け入れるな、怒れ。
「俺はずっと、怒っていたんだ…………!」
それがアルヴド・グーラボーンにとって原初の感情。
27年前、テロリストとして立ち上がった、愚かなる彼の出発地点を、ようやく思い出せたのだと。
「すばらしい」
ぱちぱちと、手を叩く夜上の表情は変わらない。
いつも通りの彼のまま、アルヴドの門出を祝福する。
「では、審判を下しましょう―――アルヴド・グーラボーン」
次に発した言葉は、戦場に轟く爆音に遮られて届かない。
代わりに放り投げられ、宙に弧を描いた何か。
それが、アルヴドの手に収まった。
「餞別です―――良い旅を」
手の中のモノを確かめて、アルヴドは今度こそ、苦笑いを抑えられない。
片手を振りながら歩き去っていく神父の後ろ姿を、悪態と共に見送った。
「は――なんだそりゃ……ふざけやがってよ、クソ神父」
「ジャンヌ……見てて……わたしを……ジャンヌ……」
「あああああああ……ッ! ジャンヌゥゥゥゥ……なぜ、まだ我が内に戻られない……!」
乱舞する炎は空を焼き尽し、地を這う氷は地を凍て崩す。
長時間に及んだ炎と氷の対決はようやく佳境に入っていた。
共にオールド世代としては飛び抜けて攻撃的な能力を備えた魔女と怪人。
刑務開始から休み無く破壊行為を繰り返して尚、消耗の伺えなかった両者の超力に、遂に陰りが見え始める。
全身を覆う虚脱感に、フレゼアは片膝をつく。
左腕の欠損と右目の失明。ジャンヌ・ストラスブールに与えられたダメージは甚大なものであった。
傷口から吹き出る炎が隙を消していたものの、やがて限界は訪れる。
対するジルドレイもまた、体勢こそ維持しているものの、疲労を隠し切れてはいない。
刑務が4時間近くに及んでいる今、飲まず食わずで暴れ続ければ当然の結果である。
先程から示し合わせたように、近接戦闘に傾倒していることが彼らの消耗を如実に表していた。
「はぁ……はぁッ……殺す……殺して……やる」
だが、それでも、フレゼアの炎は消えぬ。
「ジャンヌ……ジャンヌ……どこに……貴女がいなければ……私はああああああ………」
ジルドレイの狂気は収まらぬ。
同時に動き出す両者。
迫りくる決着に向けて、止まること無く猛り続ける。
それは今の彼らに実現可能な最大火力を乗せた絶技であった。
「焼き殺す」
フレゼアの左腕の切断面に巨大な火球が生み出される。
焦熱地獄あるいは、燃料気化爆弾。
己ごと、この場の全てを爆炎に取り込んで消し飛ばす。
自爆に近い超級過剰火力。それを使用してでも、目前の敵を討たねばならぬと決めているのか。
「凍て殺す」
ジルドレイの背後から悲鳴のような風鳴りが発生していた。
無間地獄あるいは、指向性過冷却。
己ごと、この場の全てを氷に閉じ込めて生命活動を終わらせる。
自爆に近い超級過剰火力。それを使用してでも、自身の巡業は続くのだと信じているのか。
二者の中間地点で弾け飛ぶ火群と吹雪、破壊のエネルギーが無尽蔵に膨らんでいく。
互いの殺意が臨界を迎えるその間際、再び黄金の乱入者が宙を舞った。
―――Dies irae, dies illa,
―――Solvet saeclum in favilla,
―――Teste David cum Sibylla.
如何なる空気を読んだのか、レクイエムを口ずさみながら夜を滑空する少女(ギャル)。
青春の補充を経てのセカンドテイクオフ。またしても戦場に撒き散らされるキラメキの爆撃。
降り注ぐ空襲。歌いながら楽器を演奏するかのように、テロリストは戦場に火力を投下する。
魔女と怪人、共にこれを無視。
鬱陶しいが丁度いい、纏めて消し飛ばしやろう、とばかりに己の超力を更に高めていく。
―――Quantus tremor est futurus,
―――Quando judex est venturus,
―――Cuncta stricte discussurus!
響き渡るレクイエム。投下される爆撃群。
上空を飛来する逃爆行。
果たしてそれは、意図せぬ陽動を果たしていたのか。
訪れるタイムリミット。
炸裂する殺意の瀬戸際で、魔女と怪人は挑戦者(チャレンジャー)の声を聞く。
「来い……オレが、全部受けてやる」
対峙する怪物達の中心地に、一人の青年が立っていた。
爆心の渦中にて、ハヤト=ミナセはその瞬間を待ち受けていた。
起爆寸前のフレゼアの火球とジルドレイの氷柱に、自ら両の拳を突っ込んで。
「―――不撓不―――が―――は――――ッ」
瞬間、全身から血を吹きちらし、呆気なくその場に崩れ落ちた。
「ちく―――しょ―――」
無茶は承知していた。
しかしまさか、数秒も持たないとは。
ハヤト=ミナセの超力、『不撓不屈(ウェカピポ)』。
自身が受ける衝撃(エネルギー)を相殺し、放出する能力。
発動条件は相殺と放出の際に地を踏みしめること。
カウンター能力として非常にシンプルながら強力なこの相殺効果には、しかし許容量の限界がある。
フレゼアの炎も、ジルドレイの氷も、どちらも超力の破壊規模では最高峰。
片方だけでも受けきれるか怪しい状況の中、流石に両方を同時に受け止めるなど絵空事に過ぎなかった。
全身が痛みを訴える。絶望が胸を満たしていく。
焼け焦げた地面に崩れ落ちた身体は動かない。
次いでこぼれ出たのは、なんとも情けない泣きごとだった
「くそ……せめて……片方だけなら……」
にも関わらず、ここに、
「そうかよ、だったらてめえは、あの氷野郎を殴ってこい」
隣に立つ男が、
「俺は炎の女をやる」
アルヴド・グーラボーンが、ハヤトの意を汲んでそう言った。
「おっさん……なんで?」
「喋ってる時間があんのか?」
目の前で膨張していく二つの脅威。
確かに、ハヤトに選択肢は無かった。
もう、信じることしか出来なかった。
「だったら……任せる」
「ああ」
戦場の中心で、二人の男が背中合わせに立っている。
こうなってはもう、互いを信じるしかない。
信頼に足る相手とは思っていない、使う能力の全貌すら把握していない。
それでも、彼らはもう、互いを信じて背中を預けるしか無かったのだ。
今やそれだけが、一人の少女を救う唯一の方法だと、それだけは分かっていたから。
「よお、あんた、随分とオカンムリじゃねえか」
アルヴドは正面の敵と向き合っている。
フレゼア・フランベルジェ、怒りの権化のような女がそこにいる。
「けどよ、こっちだって27年間ずっとムカついてたんだ」
当然、勝ち目などない。
丸腰では勝負にもならないだろう。
しかし、今は違う。
「悪いけどよ、盛大に八つ当たりさせてもらうぜ」
取り出したのは手のひらサイズのカラクリだった。
まるで玩具のような22口径。
超力社会においては、もはや致命傷を与えることも難しい、仕込み銃。
審判を終えた夜上神一郎から餞別として手渡された。
それはしかし、確かに、銃と呼ばれる破壊兵器(キーパーツ)。
「―――銃手(アル・ミドファイ)」
そうして彼は、初めて己の超力の名を発した。
生まれて初めて、自らの力を、全力で行使したのだ。
倒木から剥がれ落ちた木片、地に転がった砂利、空気中の成分が寄り集まって彼の銃を取り囲む。
それは如何なる原理か、子供だましの22口径が天然のパーツ群に囲まれ、あっという間に形を変えていく。
男の脳裏に声がする。
―――どんな武器がほしい?
―――決まってるだろう。目の前の魔女を討滅できる兵器をよこせ。
「へえ、こりゃすげえや」
出現したものは既に拳銃という括りから大きく外れた長距離射程の52口径。
兵士が単独で扱うことを想定した武器ですらない。
カエサル自走榴弾砲。それを模した戦略兵器であった。
当然ながら使用に伴う反動は計り知れない。
バックファイアは威力の上昇幅に比例する。しかし、そんな事は知ったことではなかった。
「この、悪人どもが……どいつもこいつも、私の邪魔ばかり……」
正面の女がなにか叫んでいる。
それすら、知ったことではなかった。
「どうして、私を認めてくれないの! どうして、私を否定するのよ!」
「あ、知らねえよ」
今、彼を支配する感情は一つだけ。
怒りだ。それだけは、今ならこの女にだって負けないと思うことが出来た。
「てめえの事情とかどうでもいい。なんなら俺の事情すら、どうだっていいんだよ」
アルヴド・グーラボーンは怒ってる。
なぜなら、目の前の現実は、間違っているから。
「いま、ガキが、死にそうになってんだよ」
それだけは、間違っていると、言い切れるから。
「これでいいわけがねえんだ。
ただのガキが、理不尽に死んでいいわけねえんだ」
そんな世界を変えたくて、アルヴドは多くの間違いを犯してきたけれど。
間違いだらけの人生のなかで、その原初の怒りだけは、きっと間違いじゃなかったと信じられるから。
「うるさい……うるさい……悪人が偉そうに!」
いよいよ臨界点を超える火球。
それを背後に感じながら、ハヤトもまた己の敵を正面から見据えていた。
「ううううううう、あああああああああああ!!」
氷結の怪人は苦しんでいる。
潰れた右目を掻きむしりながら、ジルドレイはのたうち回っていた。
「なぜェ!? ジャンヌゥゥゥゥ!! 何故ぇ!!!??」
どうしてなのだろう、とハヤトは思う。
こんなにも強いのに、こんなにも圧倒的なのに、こいつらはずっと苦しそうだ。
強く力を振るえば振るうほどに、見ているこっちが苦しくなる。悲しくなる。
「そんなに辛いなら、もう休めよ。自分で出来ないなら、俺が眠らせてやる」
背筋を伸ばして立つ。
少し足を開いて、しっかりと地面を踏みしめる。
準備は万端、いつでも来い。
そうして、時は満ちた。
火球が、起爆する。
氷柱が、炸裂する。
アルヴドは視界を真っ赤に染める紅蓮をしかと見つめながら、トリガーに指をかけた。
ハヤトは全身に襲い来る無間の冷気を正面から浴びながら、拳を振りかぶった。
身体の感覚が戻らない。
自分が仰向けになっているのか、うつ伏せになっているか、それすら判断できない。
「ハヤトさん、起きてください」
自分が生きているのか、死んでいるのかもわからない。
「ハヤトさん、残念ながらまだ休むことはできません」
もういいじゃないかと、甘える心が確かにある。
できる限りの努力はしたはずだ。
これ以上の痛みは勘弁してほしいのだと。
「ハヤトさん、ではセレナさんが死にますよ」
目を開く。
何のために戦ったのかを忘れてはいない。
ハヤトは体力の限界にあっても、全部を無駄にするほど愚かではなかった。
「なにが……どうなったんだ? あいつは……無事なのか?」
怪人が生み出した氷柱に『不撓不屈(ウェカピポ)』を撃ち込み、システムAの枷に手をかけた瞬間で記憶は途切れている。
ハヤトが生きているということは迎撃は成功したのか。
ぼやけた視界に、夜上の神父服が映り込む。
「あなた方の活躍で、一矢報いる事ができました。
しかし此処は未だに戦場です。
治療のためにも早く安全な場所に退避しなければなりません。
立ちましょう、ほら、立って」
よろめく足を動かしながら、なんとか上体を引き起こす。
「よく出来ました」
ハヤトがまだ動けることを確認すると、夜上はすたすたと歩き始める。
よく見れば、彼はセレナ・ラグルスの身体を背負っていた。
「ま……まてよ、どこ行く気だ」
ふらつく足で、なんとか立ち上がって追いすがる。
滅茶苦茶に荒れ果てた森林地帯を歩いていく。
氷の壁は、今や完全に消えていた。
包囲領域を抜け、ハヤトはずんずんと進んで行く夜上の背中に疑問を投げつける。
「あいつらは……どうなった? 倒したのか?」
「わかりません、倒せた確証ありませんが、少なくとも無傷では済まなかった筈です。今のうちに距離を離すのが肝要でしょう」
「あのギャルってやつは……どこに?」
「わかりません、追ってこないことを祈るばかりですね」
「アルヴドとかいったっけ、あのおっさんは……?」
「…………」
その質問にだけは、彼は少し間を置いて。
「彼には審判が下されました」
とだけ答えた。
「審判って……なんなんだよ、お前」
「人には、それぞれ超えるべき試練があります」
ハヤトの言葉を半ば無視し、彼は少しだけ振り返って、背後を顎で指した。
「ほら、次の試練も、未だそこに」
凄まじい寒気が背中を駆け上がる。
恐る恐る振り向くと、木々のベールの下、夜の闇の中に、近づいてくる追跡者の炎があった。
燃え盛るヒトガタ。
該当する人物は一人しかいない。
フレゼア・フランベルジェが、彼らの背後に迫っていた。
炎の中で敵を見る。
怒りだ。
私には、怒りしかない。
『おかあさん、おとうさん――』
(フレゼア、行きなさい―――!)
「近寄るな―――!」
耳に聞こえる三重奏。
痛い。痛い。痛いよ。
切断した左腕が痛みを訴えている。ああ、うるさい。
今更のように悲鳴を上げる痛覚に炎を押し当て黙らせる。
『おかあさん、おとうさん――』
(フレゼア、何をしているのですか、早く悪を討つのです―――!)
「もうやめてくれよ―――!」
身体が上手く動かない。
あの痩せた黒人、忌々しい悪が持ち出した邪悪な銃によって、下半身が上手く動かなくなった。
でも問題ない、現に身体は動いている。だから問題ない。
『おかあさん、おとうさん――』
(殺しなさい、フレゼア―――!)
「自分の身体がどんな状態かわかってないのか―――!」
聴覚は馬鹿になって役に立たないけれど、問題ない。
全身から滴る炎が煩わしいけど、問題ない。
のどが渇いて、お腹が空いてしょうがないけど、問題ない。
悪を燃やすには、なんの問題もありはしない。
視界に映る悪は3つ。
さっきから何事かをわめき続けてる若い男。
隣りにいる神父服を身にまとった男。
それから、神父に背負われた、あれは、なんだろう、よく見えないけど、獣人だろうか?
まあ、全部悪なのだから、纏めて焼却しようと腕を上げようとして。
「―――あれ?」
私の右足が氷の刃に貫かれ、炎を撒き散らしながら、千切れて地面に落下した。
更にお腹を大きな氷の槍が貫通して、立っていられなくなる。
どうして?
疑問に答えがもらえないまま、右側から身体を押しのけられた。
「おおおお、ジャンヌゥッ、おおおおおおおッ、ようやく、ようやく貴女に、届けることができる――!!」
傾いた視界が、現れた4人目の敵を捉えた。
ああ、あいつだ。あの偽物、ジャンヌの形を真似た極悪人。
決して許さない、消し炭にしてやる、そう誓っていたのに。
動かない。身体が言うことを聞いてくれない。
いつもなら絶対に止まったりしないのに、何があっても悪を燃やすんだって、心が頑張ったら身体が答えてくれたのに。
おかしい、私は、こんなにも怒っているのに。
怒りはいつだって、私を戦わせてくれたのに。
偽物は倒れたままの私を放置して、先に他の3人の悪を殺すつもりのようだ。
悪同士が殺し合うのはどうでもいいけど、このままだと悪のどれかが残ってしまうのが問題だった。
3人の悪は逃げようとしていたけど、偽物が地面を凍らせたから、全員足をとられれて転んでしまった。
じきに偽物が3人を殺して、その後動けない私にトドメを刺すのだろう。
本当に腹がたった。
身体さえ動けば、今すぐ全員燃やしてやるのに。
「ジャンヌ―――悔しいよ―――私―――」
(フレゼア―――まだやれることがある筈ですよ)
『おかあさん、おとうさん――』
そうでしょうか?
体が動かなくても、できることなんて、あるのでしょうか?
(貴女はやり方を知っているでしょう? 自分の身体を犠牲にして、視界にある何もかもを燃やし尽くすのです)
そっか、確かに。
その方法なら此処に存在する悪を全員やっつけられる。
流石はジャンヌ、貴女はいつも私を導いてくれる。
でも、残念なことが一つだけ、それをやってしまったら、私はもう悪を燃やせなくなってしまうから。
「くそ―――この足場じゃ、踏ん張りがッ!」
若い男の悪は偽物に立ち向かおうとしていたけれど、足元が凍っているのが気になるのか、マトモに戦う事は出来ないみたいだ。
神父は座り込んだまま戦おうともしていない。
神父が背負っていた獣人は、私の数メートル前方に横たわったまま動かない。
今に、偽物の氷が彼らを皆殺しにするだろう。
その隙に、私は私の身体を火に焚べようとして―――
(そうです。フレゼア―――それでこそ)
獣人の少女の口が、小さく動いているのが見えた。
『おかあさん、おとうさん――』
「―――ママ、パパ……」
戦いにおいて、初めて怒りとは違う感情で、身体が動くのが分かった。
背中から生やした炎の翼が、私を無理やり前へ進ませる。
氷の槍を振りかぶっていた偽物に横合いから突っ込み、その体に正義の炎を押し当てた。
「ぎィ――――ああああああああああああああああああああッ!!!!」
偽物の悲鳴が響き渡る。
若い男はその隙を逃さなかった。
「くらえ―――!」
直撃した拳が偽物の身体を打ち据え、後方の林の奥へと跳ね飛ばす。
「逃がす……か……!」
偽物の悲鳴が遠ざかっていくのが分かった。
それに追いすがろうとして、私は―――
(何をやっているのです――フレゼア、今す)
『―――どうか、』
ゆっくりと膝をついた。
(早く敵を燃や―――)
『―――どうか、この世界を、』
(フレゼ――――)
『―――どうか、この世界を、憎まないで』
私は、どうしてか食い入るように、見つめていた。
足元にある、小さく、儚い命を。
「何故だ……何故……!」
ジルドレイは森を抜け、街道を走り続けていた。
「何故、私のもとに戻ってきてくださらない……ジャンヌ!」
彼が光を見失ってから、ずっと苦しみは増すばかり。
「そのうえ……あんな……嘘だ……何故あのような紛い物に……私は……ァ!」
どれだけ頭から余計なモノを掻き出そうしても上手く行かず。
自らの内に彼女を感じられない。
飢えは蓄積する一方だった。
にも関わらず、先程の一瞬、死にかけのフレゼア・フランベルジェから感じた気配。
気の所為でなければ、あれは確かに彼女に近しい物だった。
紛い物が、ジルドレイを差し置いて、彼女の魂に近づこうとしていた。
考えるだけで嫉妬で頭がおかしくなってしまう。
「会わなければ、ならないのか、せめて、せめて一目見なければッ!」
今日までずっと、その必要はないと思っていた。
己はジャンヌに成りたいわけではないのだから。
だけど、それでも、このまま彼女を感じられないまま、生きていくなど耐えられない。
「おお、ジャンヌ……貴女はいま……どこにおられるのです……?!」
怪人、ジルドレイ・モントランシーはこの日、初めて思った。
ジャンヌ・ストラスブールを、見つけなければ。
ハヤトは困惑とともに、その光景を見つめていた。
追撃を仕掛けてきたフレゼアとジルドレイ。
特にジルドレイに襲われた時には、流石の彼も諦めかけていたのだが。
いったいどういった心境の変化があったのか。
瀕死のフレゼアが立ち上がり、ジルドレイから3人を守ったのだ。
そして、その直後に取った行動については、流石にハヤトも止めようとしたのだが。
夜上がハヤトの肩に手を置いている。
もう危険はないと首を振って、事実、その通りだった。
「だい……じょうぶ……」
誰がどう見ても、フレゼアにはこれ以上誰かを傷付けるような余力は残っていなかった。
怒りとともに垂れ流していた炎も今はなく、四肢の半分を失った彼女は明らかに瀕死の重傷を受けている。
「だい……じょうぶ……だから……」
それでも彼女は今も動き続けていた。
傷だらけの膝の上に、眠り続けるセレナ・ラグルスを抱えて。
右の掌でゆっくりと撫でながら、か細い声で繰り返している。
大丈夫、大丈夫だから、と。
小さい子どもをあやすように。
「ああ……ジャンヌ……私……やっと……わかった……」
その口元は、ほんの少しだけ、微笑んでいて。
「あなたが、どうして……あの時……笑って……たのか……」
安心したように。
「そっか……違ったんだ……悪をやっつけること……誰かを助ける……ってこと……」
救われたように。
「私……はじめて……助けるために……戦ったんだ……あなたと……同じ……理由で……」
だけど少しだけ、悔しそうに。
「そっかあ……誰かを……助け……たとき……こんな……きもちに」
もっと早く知りたかったなあと、惜しむように。
「ばかだな……わたし……怒ってばっかりで……ぜんぜん……気付けなか……」
魔女はゆっくりと目を閉じる。
限界を超えた超力使用の代償か、身体が灰になって崩れていく。
その最期の残り火が彼女の背中から立ち昇り、渦を巻いた。
今までの激しい炎とは違う、温かな火は、セレナの身体をぐるりと一周してから、その首元のネックレスの中に吸い込まれていった。
そして最期に、灰の山から零れ落ちた首輪が、穏やかに眠る獣人の少女の枕元に落下する。
「……見てください、ハヤトさん」
隣に立つ夜上が東の方角を指差した。
ハヤトの見つめる空の向こう、白く鮮やかな色が、黒の領域を押し流していく。
「夜が明けますよ」
炎が消え、太陽が昇る。
長く続いた戦いの、それが終着の景色であった。
【フレゼア・フランベルジェ 死亡】
【C–3/草原/一日目・黎明】
【ハヤト=ミナセ】
[状態]:疲労(大)全身に軽い火傷、擦り傷、切り傷
[道具]:「システムA」機能付きの枷
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本:生存を最優先に、看守側の指示に従う
1.セレナの治療を優先する。
2.『アイアン』のリーダーにはオトシマエをつける。
3.セレナへの後ろめたさ。
※放送を待たず、会場内の死体の位置情報がリアルタイムでデジタルウォッチに入ります。
積極的に刑務作業を行う「ジョーカー」の役割ではなく、会場内での死体の状態を確認する「ハイエナ」の役割です。
※自身が付けていた枷の「システムA」を起動する権利があります。
起動時間は10分間です。
【セレナ・ラグルス】
[状態]:気絶中、疲労(大)、背中と太腿に刺し傷(応急処置済み)
[道具]:流れ星のアクササリー、タオル、フレゼアの首輪
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本:死ぬのも殺されるのも嫌。刑期は我慢。
1.ハヤトに同行する。
2.ハヤトとは友人になれそう。できれば見捨てたくはない。
※ハヤトに与えられている刑務作業での役割について、ある程度理解しました。
※流れ星のアクセサリーには、高周波音と共に音楽を流す機能があります。
獣人や、小さい子供には高周波音が聴こえるかもしれません。
他にも製作者が付けた変な機能があるかもしれません。
※流れ星のアクセサリーには他人の超力を吸収して保存する機能があるようです。
吸収条件や吸収した後の用途は不明です。
現在のところ、下記のキャラクターの超力が保存されています。
『フレゼア・フランベルジェ』
【夜上神一郎】
[状態]:疲労(小)、多少の擦り傷
[道具]:デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.救われるべき者に救いを。救われざるべき者に死を。
1.なるべく多くの人と対話し審判を下す。
2.できれば恩赦を受けて、もう一度娑婆で審判を下したい。
3.あの巡礼者に試練は与えられ、あれは神の試練となりました。乗り越えられるかは試練を受けたもの次第ですね。誰であろうと。
※刑務官からの懺悔を聞く機会もあり色々と便宜を図ってもらっているようです。
ポケットガンの他にも何か持ち込めているかもしれません。
【C–4/街道/一日目・黎明】
【ジルドレイ・モントランシー】
[状態]: 右目喪失、怒りの感情、発狂、神の幻覚、全身に火傷、胸部に打撲
[道具]: 無し
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本. ジャンヌを取り戻す。
1.ジャンヌに会いたい。
2.出逢った全てを惨たらしく殺す。
※ジルドレイの脳内には神様の幻覚がずっと映り込んでいます。
※夜上神一郎によって『怒りの感情』を知りました。
※自身のアイデンティティが崩壊しかけ、発狂したことで超力が大幅強化された可能性があります。
その夜明けの数分前。
森林地帯にぽっかりと開いた空き地。
つい先程まで地獄の混戦が行われていたその戦場跡に、二人の囚人が留まっていた。
「……そうか」
アルヴド・グーラボーンは土に埋まった自分の身体を動かそうとして、既に手足の感覚が絶えていることに気がついた。
上半身の胸から上が仰向けの上体で地表に飛び出しており、辛うじて呼吸はできる。
しかし、身体のどこに力を入れても、動かせる様子もない。
視界の端、土の上に落ちている長細くて赤いものは自分の足だろうか、腕だろうか、と考えて、その行為にも意味はないかと打ち切った。
「そうか、俺は死ぬのか」
「みたいだねー」
そんなアルヴドの頭の傍らに、一人のギャルがしゃがみ込んでいる。
「お前、まだいたのか、他の連中は?」
「みーんなどっかいっちった。ハータン追いかけてったんじゃない? しらんけど」
「そうか、あいつは無事だったのか」
「流石はネイティブ世代、頑丈だねぇ。
自分の超力の反動で四肢吹っ飛ばした誰かさんとは大違いっつーか」
「うるせえな、お前は追わなくていいのかよ」
投げやりな問いに、ギャルは暫く「んー」と頬に指を当ててから。
「暫くいいかな―。
こぞって追い回してもつまんなそーだし、何よりアレだべ」
ホラ見て見てと、顔の前でダブルピース。
「早く着替えたかったしね~。どう、いいしょ? いぇい☆」
新調した学生服(ブレザー)に袖を通したギャルは、ご満悦な表情だった。
「これでカワイイの補給完了! キラキラ確変継続だし」
「相変わらずマトモじゃねえよな、お前」
「そうかな、アーくん先輩こそ、超老けたくせに精神面は成長してなかったね」
「馬鹿にしやがって」
アルヴドは空を見上げる。
空が白み始めている。もうすぐ夜は明けるだろう。
そして自分はもう、夜明けを見ることはない。
自由になるのはもはや、最期に何を見るか、程度しかなかった。
そして最期の話し相手がこの少女であるという運命に、アルヴドは苦笑いを堪えきれない。
「なあ、死ぬ前に教えてくれよ」
「なーに?」
「お前、何があったんだよ?」
アルヴドの知る少女は、今よりももっと幼い姿をしていた。
変わった少女ではあったけれど、今のギャル・ギュネス・ギョローレンの在り方ほど、破綻してはいなかった筈だ。
なにより、理屈に合わないのはその見た目、時間が止まっているとしか思えない。
「メイドの土産ってやつ?」
「よくわかんねえが、そういうやつだ」
「んー」
少女はまた少しだけ考える仕草をしたけれど、アルヴドは少女がなんと答えるか予想できていた。
「ごめん、忘れちった」
思った通りの回答が提出されて、ふざけやがってと口角を上げる。
「……お前、辛くねえのかよ」
「なにが?」
「分かんねえならいいさ」
空が白んでいく。
並行して、視界がぼやけていく。
「俺はお前が羨ましいよ」
アルヴドの脳裏に幾つかの光が瞬いては消えた。
少女の快活な声が、今も耳に聞こえている。
「アーくん先輩もさ、昔のことばっかり考えないで、もっと楽しめば良かったのにね」
「うるせえよ……まあでも、確かにそうかもな、どうせ後悔するんなら」
「でしょ」
「……ああ、そうだ」
「どーせ最期には全員死ぬんだからさ、楽しめなきゃ損だよ」
「……ああ」
「出来れば最後の瞬間まで、あーしは思ってたいな」
「……あぁ」
「ちょーたのしかったっ! ってね」
「……」
「どう? アーくん、今日は良い日だった?」
「……」
「……」
「……」
「あっは☆ もう死んでんじゃん、ウケる」
【アルヴド・グーラボーン 死亡】
【C-2/草原/1日目・黎明】
【ギャル・ギュネス・ギョローレン】
[状態]:疲労(中)、キラキラ
[道具]:学生服(ブレザー)。注射器、血液入りの小瓶×2、空の小瓶×2、アルヴドの首輪
[恩赦P]:59pt
[方針]
基本.どかーんと、やっちゃおっ☆
1.悔いなく死ねるくらいに、思いっきり暴れる。
2.もうちょい小瓶足しといたほうがいいかもねー。
※刑務開始前にジョーカーになることを打診されましたが、蹴っています。
※ジョーカー打診の際にこの刑務の目的を聞いていますが、それを他の受刑者に話した際には相応のペナルティを被るようです。
※好きな衣服(10pt)、注射器(10pt)、小瓶セット(3ヶ)×2(5pt×2)を購入しました。
※セーラー服が損壊したので新しく学生服(10pt)を購入しました。
最終更新:2025年05月02日 00:45