「『ラプンツェル』、戻れ」
弾丸に載せて放ったスタンドを、解除することで強引に手元へと引き戻したズマッリートは、ライフルへと弾丸を再装填するやビルの頂上から再び銃口を突き出す。目標は、言うまでもなくこちらへと駆けてくるパッショーネのメンバーである。が、スコープを覗きこんだ彼は間もなく歪んだ笑みと共に銃を下ろした。
「ふむ、どうやら私もそれなりに名が知られているようだな。我がスタンドが『弾丸操作』を専門としていない事を知っていない限りああは出来ぬ。
……構わぬとも、貴様を殺害する楽しみは狙撃以外でも達成出来るのだからな。来るがいい、今宵の贄よ。そして精々楽しませてくれ」
哄笑を上げて幹部はビルの中へと消えていく。何故、彼が気を変えたのであろうか? それは、ウオーヴォの姿にあった。彼は、全身に『ダフト・パンク』を巻きつけた上で、余るコードを編み込んだ即席の盾を掲げて走っていたのである。『ラプンツェル』の能力は弾丸操作ではなく、従って弾丸でスタンドに影響を与える事は出来ない。しかし、「スタンドに触れられるのはスタンドだけで、スタンドは物体に干渉可能」という原則からしてみれば、弾丸は目標に当たる直前にウオーヴォの『ダフト・パンク』に激突することになる。この際に、全ての衝撃をコードに分散させてしまえば弾丸は本体への殺傷力を失う。ウオーヴォはそれを狙っていたのだ。
だが、彼は知らない。ズマッリートの用意する策が狙撃という貧弱な手段だけでは済まなかった事を。より大規模で、より異常な仕掛けが彼を、そしてジョルナータを待ち受けていたのである。
「数だけ揃えたって、こんなミニチュアごときに負けはしません。人を殺せないからって甘く見ないでください!」
ジョルナータの叫びと共に、一枚の巨大な布がブワッと広がって合成獣たちを包み込む。次の瞬間、何処かに消えてしまった布の下に残るは首を絞め砕かれた獣たちの死骸ばかりであった。人間の小腸の表面積は実にテニスコート一面分は存在し、その全身を巡る血管は全て繋げ合わせると地球を二周半する程の長さを持つとされる。ジョルナータにしてみれば、小腸を広げた『布』の表面から無数の血管針を出して獣たちを一網打尽にするのは実に容易い事であったのだ。ましてや、今回合成獣の大半は何故かステッラの側へと回っていたのだからなおさら殲滅に苦労はない。呼吸一つ荒げもせずに障害を始末したジョルナータは、植え付けた肉片の感覚を辿って敵を追う。能力の射程上10mより離れられると探知出来なくなってしまうが、幸い相手が小型化していた為に、どれ程急いでも10mという短すぎるはずの距離を引き離す事さえ出来なかった。そして、ある程度距離が離れていると感じるや否や、
「無駄ァッ!」
筋原繊維の糸で体とつなげた骨の槍を投擲し、突き立った場所へと肉体を植え付け直すことで急速に距離を詰めていく。そして、
「『I・スターズ』!」
スタンドの乱打がアスファルトを粉々に打ち砕く。下水道を覆う舗装が引き剥がされた事にたまらず飛び出すグランデを、インハリット・スターズが掴み取った。
「捕まえました! あなたが、生きていたい、というならば『矢』を返してください。でないと、私は自ら人の命を奪うのを好まないので、この手にかけるより惨い死をさせるかもしれません」
握りしめた相手へと真摯な表情で語りかけるジョルナータ。しかし、グランデは、
「フフッ……、愚かな女。真っ当なギャングならば、こういう時は相手をバラしてから考えるものよ。それも出来ていないのだから、こういうことになるの! 『グラットニー』!」
言葉と共に、捕えたはずの相手が急速に元の大きさを取り戻していく。そうなれば、ジョルナータの手では捕えられるはずもない。強引に縛めから脱した彼女は、
「今の速度と力具合で判ったわ。私の『グラットニー』では、現時点でのあなたのスタンドと真っ当にやり合うには分が悪いってことが。肥大化する際に、ついでに触れておいたから、徐々に縮小していくのを待つ事にするわ」
何時の間に触られていた?! 体が少しずつ小さくなっていく感覚に、自分の迂闊さを知って内心忸怩たる思いであったジョルナータだが、それでもせめてもの虚勢を張り返していく。
「だったら、小さくなり切る前に貴方を再起不能にするだけです!」
「あら、できるかしらね、そんなこと。だって、あなたの相手は後ろに沢山いるじゃない?」
揶揄の声は、ジョルナータの耳へと入らなかった。その時、彼女はそれまで全くなかったはずの生命が存在する感覚が、突如広がっていくのを感じていたのだ。あり得ない、こんな事! 振り返ったジョルナータは、信じられないモノを目にした。
彼女の背後へと続々と足音が迫る。それは、小さくはあったが紛れもない人間たち。そして、その先頭に立っていたのは。
「あ……、嘘……。そんな、そんな事が……」
大きさこそ違っていたものの、紛れもなく先程殺害されたばかりの仲間が、それも3体も現れたのであった。ジョルナータは、ただ信じられないという思いで、目を見開き立ち尽くしていた。
彼女には知る余地もない事だが、実はこれこそが『ラプンツェル』の能力、「本体が殺した死体に取り憑き、体液を吸収してクローンを作り出す」ことの極致であり、なおかつ『ヴィルトゥ』が本拠を手薄に出来た最大の理由であったのだ。
かつて、ボスの命を受けたズマッリートとグリージョは、苦労の末にある防衛手段を完成させた。それは、本拠周辺や、ローマ各地の民間人をズマッリートが皆殺しにし、『ラプンツェル』にクローンを作成させた上で、それまでの過程と結果をグリージョの『ノー・リーズン』でうやむやにすることである。この仕掛けが効果を発揮するのは、グリージョが再起不能となり、「うやむや」が解除された時である。それまでは、周囲の人間は「殺されたことすらうやむや」にされたまま平穏な生活を行っている為、誰にも感知される事はない。
この仕掛けの為だけに命を奪われた人間の数は、首都ローマの総人口の一割に達した。現時点で、ローマ市の人口は大体280万人程度であるのだから、その一割でさえ馬鹿にならない。その上、『一つの死骸から三体まで』クローンを作成できるのだから、小型化による弱体化は十分にカバー出来る。スタンド使いを、非スタンド使いのクローンという物量作戦で圧倒する。この仕掛けはズマッリートが誇るに足るモノであった。
更に、実を言うと逃亡するジョルナータたちをズマッリートが狙撃できたのもこの仕掛けの一環であった。殺戮と並行して、ズマッリートはそれぞれ一つの例外を残して、本拠地付近の道路の封鎖と車両の破壊を進めた。それが現れるのは「うやむや」が解除されてからであるが、この仕掛けによって、『ノー・リーズン』を倒した刺客の逃亡ルートは自動的に一つに絞られる事になる。そうなれば、先回りして狙撃する事は決して不可能ではない。
全ては上役の掌の上であったのだ、愚か者よ。含み笑いを残して立ち去っていくグランデだが、彼女もまた気付いていなかった。捕えられた際に、ジョルナータが自身に筋原繊維の糸を植え付けていた事を。こうすることで、糸を手繰るジョルナータが何時でも相手に追いつけるようになったことを。
「やれやれ、だな」
拳銃を片手にビルへと飛び込んだウオーヴォは、内部の光景に肩をすくめた。そこに広がっていたのは、乾涸びて性別すら判別できなくなった死骸と、返り血に濡れる床と壁、そして虚ろな目をしたミニチュアの人間どもが其処彼処に存在する地獄絵図であった。どうも、この様子からすると今のところはミニチュアどもは襲ってくるつもりはないようだ。
(どうやら、僕は相手の能力を勘違いしていたようだな。『ミニチュアの怪物を生み出す』のではなく、『死骸から血を吸い取って、クローンか何かを作る』能力らしい。が、生物に限定されるモノならばむしろ好都合、僕の能力との相性は悪くない。それに、ビルの中であれば、ブレーカーさえ見つければ『ダフト・パンク』が全てを支配できる。油断せず立ちまわる事だ、そうすれば勝機はつかめるだろう)
エントランスを見渡した一瞬のうちに考えを取りまとめた彼であったが、その時受付の電話が鳴った。おそらく、相手の行為であろう。如何いうつもりかは知らないが、用心は必要だ。ウオーヴォは、一本のコードを伸ばして電話を支配し、スタンドを仕込むなどの何らかの工作がされていないか確かめた上で電話を取った。受話器からは、耳障りな声が聞こえた。
『はじめまして、と言うべきかな? “パッショーネ”の若者よ。先程の私の演出は気にいってもらえたのならば喜ばしい事だが』
「ああ、アレはやはりあんたの仕業だったわけか。ベルベットを狙撃し、なおかつC級映画にでも出てきそうな怪物どもを送り込んだのは。実に下らない出来だったとも」
『ふ、“C級映画”か。違いない。だが、少年時代の私はあれよりもお笑い草の怪物しか出てこない映画でもまあまあ楽しめたものだ。いや、私以上の年寄りの時代の“A級映画”の怪物は皆あれよりも下らない出来であったものだよ。君の感想こそが、世代の違いというものか。年を取ったと実感するのは初めてだが、中々不快なものではないか』
「世間話なら、よそでやってほしい。僕は、あんたを見つけ出して殺害し、あんたは僕を殺害しようとする。慣れ合う関係ではないし、最初からそのつもりもない」
取りつく島もないウオーヴォの言葉に、受話器はしばし沈黙し、やがてけたたましい笑い声を響かせた。
『ふはははは! いや、気にいった。そうでなくてはならん! 若者らしい鼻っ柱の強さがないのでは、折角クローンどもに襲撃命令を出さず待機させたままでいる甲斐がない!
が、いかんな。実にいかん。私の演出を最後まで見ずにビルへと入ってくるとは。いや、死骸をしっかりと観察しないのでは駄目だ駄目だ』
言葉に潜む不快気な響きに、ウオーヴォは我知らず死骸へと目を向けていた。その眉が、ふとひそめられた。
(殺害方法が……全て、違う? いや、どの手段でも殺害している事に違いはない。問題は、過程だ。ここは、溺殺、感電殺、斬殺、銃殺、焚殺、刺殺、毒殺、爆殺、殴殺、絞殺、轢殺……、想像もつかない程の殺人手段の数々が列挙された博物館になっているが、その全てが必要以上に被害者を苦しめた痕跡を持ち合わせている!)
『気付いてくれたかね? わが誇るべき殺人美術館を! 今の君ならば嗅ぎ取ってくれるであろう、多種多様な死臭と血臭、そして栗の花の香りが混ざった得も言われぬ芳香を。かつて響いた聖歌を聞き取ってくれるだろう、死者の奏でる絶叫と殺害手段に付随する音色の織り成した荘厳なるハーモニーだ。想像してくれるかな、殺人器具の手触りと引きずり出した内臓のうっとりするような肌触りを』
狂っている。ウオーヴォはそう感じた。この相手は、間違いなく殺人に陶酔している。出来得る事ならば関わり合いたくもない邪悪であるが、今はまだ電話を続ける必要がある。そう、電話につなげた『ダフト・パンク』を通して、敵の所在地やブレーカーの位置を探知するまでは。言葉にしたくない程の嫌悪を胸に無言を貫くウオーヴォに、相手はなお得々と語りかけていた。
『君は私を理解してくれるだろうかな? いや、無理であろう。我が美学、哲学を理解するなど、凡俗にはとても叶わぬ事であろうな? いや、無知とは実に悲しい事だ。うら若い絶世の美女を、全裸にして心ゆくまで犯しつくした上で、悲嘆に虚ろな目をしているところを特大のミキサーに押し込めて作り上げる、精液と愛液が混じった一点モノのジュースの何と甘露であることか。皮すら剥けていない穢れなき幼童を、怒張したことさえない可愛らしい肉棒の先端に至るまで一口一口噛み千切って喰らう味わいの素晴らしさ。山海の珍味を集めようともこれらの美味に勝るモノは考えられぬよ。
そして、悲しむべきモノはもう一つある。私の作り上げた芸術の全てを君に鑑賞させてあげられなかった事だ。まさかに、このローマ市に住む総人口の一割たる28万人全ての死骸を見る事はどのような人間でも敵うまい。実に悲しい事ではないか。28万通り全て異なる殺害術を使ってみせたというに、それらを称賛する観客は存在しえないのだから。
ああ、思い出すだけで胸が高鳴るよ。高官の家に押し入って、黒ミサに見立てて腹を裂き、絵筆を挿して、温かな朱色で呪いの語句を書き連ねた興奮を。夜遅くまで遊び歩くいけない娘さんを甘い言葉で誘惑し、連れ込んだホテルで股間に銃口を挿入してやった淫靡さを。性の昂りの果てに、何も判らなくなった女が“逝く、逝く、止めてェ!”など叫んで絶頂した瞬間に即座に抜き取って、白濁の洪水の代わりに灼熱した弾丸を撃ち込んでやったモノだよ。おや、いけないな。思い出しているうちに知らず知らずパンツを濡らしてしまったよ。だが、大丈夫だとも。代わりはあるのだから。死者から剥ぎ取ったモノだけどね、アハッ。おっと、駄目だ駄目だ。電気椅子にかけてやった死骸から服を略奪した時の思い出に、せっかく苦心の末に萎えさせたばかりのムスコがまた怒張してしまったではないか。これは、コールガールでも呼んだ方がいいかもしれないな。
おや? 何も言わないようだが、どうやら呆れかえっているのかな? それともとても信じられないのかな? いやはや、若いなぁ、実に若い。君は、この世に殺害を現す単語が幾つあると思っているんだね。折角だからその一部でもあげてやるとしよう。
致死、弄死、勒死、殺す、戮す、戕す、殛す、僇す、ころす、コロス、KOROSU、KILL、MURDER、SLAY、SLAUGHTER、HOMICIDE、EXTERMINATION、ANNIHILATION、MASSACRE、GENOCIDE、abbattere、acaricida、accoppare、accorare、affogarsi、ammazzamento、ammazzare、ancidere、assassinare、attossicare、fucilare、gassare、iugulatorio、lapidare、massacrare、mattare、mazzolare、saettamento、scannare、sgozzamento、sopprimere、stecchire、strangolare、stutare、trucidare、uccidere、vittimizzare!!!
ホラ、ちょっと例示しただけでこんなに出てくる。これらの言葉に匹敵するほど殺人手段は存在して当然ではないか、ハハハハハ』
喜悦に満ちた言葉が、受話器から伝わってくる。もう、沢山だ。下らぬ戯言は十分付き合った。その間に必要な情報の探知は終わった。これ以上話しを聞いてやる必要はない。ウオーヴォは、静かに呟いた。
「……素晴らしいな」
『ほう……。我が嗜好を理解出来る人間が、グランデとフルト以外にこの世に存在してくれたとはな。世界は広い、いや、実に広い。どうだね、電話越しで悪いがこれから私と殺人の美と永遠性について心躍る対話を「勘違いも甚だしいな。僕の言っている素晴らしいとは、
・・・・・・・・・・・・
“素晴らしい程に腐っている”
という意味だ。ああ、教えてやろう。貴様自身はどうやら気が付いていないようだが、赤道直下の高温多湿に数日放置していた野良犬の死骸よりもおぞましい腐り様だ。断言しよう。貴様は何よりも穢れた、存在すら許しようもない『邪悪』だとッ!」
静寂が訪れる。やがて、受話器から聞こえてきた声は、それまでとは全く違った冷たさを内包していた。
『――そうか、君とも判り合えないようだな。いいだろう、折角の秋の夜寒だ。君の裂いた腹の、その傷口から湯気を上げて覗く柔らかな臓器へと突き立てることでこの指を温めるとしよう。クローンたちよ、今こそ遠慮はいらぬ。殺れ!』
言葉の直後、動きだすクローンたち。その銃撃を、受付の机の後ろへと飛び込んで交わしたウオーヴォ。だが、そこには既に先客がいた。
「ッ! 『ダフト・パンク』!」
鞭のように振るったコードに腕を打ちすえられ、放たれた弾丸は軌道を逸らして別のクローンの頭を貫く。そのまま、コードは首に巻きついてクローンの首を締めあげる。だが、『ダフト・パンク』のコードはその一本だけではない。紫色に染まっていく敵の顔には目もくれず、彼は残るコードを伸ばす。所詮一般人の模造品でしかないクローンらにはコードの接近を探知する事など出来はしなかった。周囲の敵を全て支配して立ち上がるウオーヴォの横で、締め落とされたクローンがドサリと倒れ伏した。
「のんびりしている時間はない。ブレーカーを掌握する必要がある!」
支配したクローンどもを引き連れ、ウオーヴォはブレーカーの存在するビルの一角へと走り始める。その彼を押しとどめるかのように、上の階から、奥の部屋から、次から次へとクローンが現れてくるのを、或いは支配し、或いは銃撃し、ウオーヴォは一心不乱にブレーカーへと向かう。そして、ようやくブレーカーが見えてきたその時、前方の通路が塞がっていくのが見えてくる。防火シャッターが下りてきたのだ。道が塞がれたら、彼のスタンドでは破壊する事など出来ない。何としてでも間に合わなくては! ウオーヴォは、
「お前達に命ずる、『速やかに死せよ』と! 行くぞ!」
足手纏いとなる支配下のクローンを切り捨てて、床を蹴った。日頃はなんてことのない1mが何よりも遠く感じられる。シャッターが下りていく。隙間は、狭い。距離は、遠い。そして、僕の足は速くない。だが、何が何でも間に合わせる!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ウオーヴォは、頭からスライディングして隙間へと突っ込んでいった!
――結果は、実に無情なものであった。彼は、半ば失敗した。両足を、シャッターに挟まれたのである。骨が砕ける激痛がウオーヴォを襲った。ブレーカーは見える。が、伸ばしたコードはギリギリのところで届かない。後1cm、それだけの距離が致命的に遠かった。
「くっ、届け! この程度の距離だというのに!」
焦るウオーヴォへと、足音が少しずつ近づいていった。
「む、これは実に喜劇だ。いや、素晴らしい」
監視カメラからの映像に、ズマッリートは表情が緩んでいくのを感じた。彼は、管制室から全てを監視していたのである。敵の努力は報われなかった。これを喜ばずにいられようか。シャンパンの栓を抜き、祝杯を上げる。上げたグラスに監視画面が隠れる。しかし、グラスを下ろした時、彼は自身の目を疑った。画面に映像が映らない?
「故障、か?」
いぶかる彼が機械をいじくりまわして見るが、相変わらず画面は砂嵐を映し続ける。そして、いつしか足音が聞こえてきた。複数の足音は管制室の前で止まり、扉が開く。
「――――――――――――」
言葉もない。其処に、ウオーヴォは“抱えられていた”。彼が歩いてきた訳ではない。歩いてきたのは、彼の支配下に置いたクローンたちだ。彼が、自ら歩くことは出来なくなっていたからだ。その両脚は、先端から血を滴らせている。ウオーヴォは、束縛から脱する為に、自らの足を、持ち合わせていた拳銃で、『吹っ飛ばして』いたのだ。
「何よりも遠い1cmだった。そして、『覚悟』無しには通ることすら出来ない道のりだった。だが、僕はやり遂げた。だからこそ此処にいる」
驚愕に目を見開いたズマッリートへと、ウオーヴォは銃を突きつけた。ズマッリートの驚愕は、敵がこの場へとたどり着いた事ではない。扉が開くと同時に、室内の四方八方から伸びてきたコードに全身を縛されたことである。結局のところ、管制室という機械だらけの場所にいた事が彼の敗因となっていた。そんな場所では、ウオーヴォがブレーカーにたどり着いた時点で敗北する事は判り切っていたのだ。縛められた以上、『遠隔自動操縦』タイプである『ラプンツェル』ではこの窮地を脱する術はない。焦る彼へとウオーヴォが静かに言葉をかけた。
「昔、僕の兄はこう言っていた。『殺人に善悪も、美醜も、尊卑もない。誇る事もない、蔑む事もない。殺人は、殺人だ』、と。まかり間違っても、殺人は芸術ではないだろうな」
「随分人生を損していたようだな、彼は」
ようやく、口を開いたズマッリートであったが、その顎は必要以上に大きく開かれていた。
「くくく、猿ぐつわを噛ませなかったのが仇となったな。我が舌を全力で噛み千切る! 『ラプンツェル』、私のクローンを作り出せェェェェェェェェェェェ……え?」
開かれた彼の口、その端から一筋の涎がツゥッと垂れた。だが、口は閉じることはない。閉じる事が“許され”ない。
「『ダフト・パンク』……。貴様の肉体を支配した、自害などさせはしない。そして、今から貴様はこう命令する。『全てのクローンは、自害せよ』と」
「全てのクローンは、自害せよ。……ハッ?!」
それが、彼の遺言となった。ウオーヴォは、彼の頭へと引き金を引いた。何度も、何度も引いた。頭が、原形を留めぬ肉の塊となるまでに弾丸を撃ち込んだ。その上で、更に死者の口元へと指を近づけ、
「死んだ、な。……先程の電話では話そうとも思わなかったが、実のところ僕にも一つ殺人へのこだわりがある。『相手の死が確実であることを確認する』。始末に失敗していたら自分が危ないからな。それだけだ」
と、心なしか眉根を寄せて呟いた。
今回の死亡者
本体名―ズマッリート
スタンド名―ラプンツェル(ウオーヴォに敗北、射殺)
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