「ッ!」
かすめた弾丸が頬を切り裂く。銃口を向けた瞬間に真横に飛んでいなければ、額を貫かれて殺されていただろう。が、その先にはナイフを構えたクローンが先回りしている。
反射的に突き出された凶刃を右の骨刀で掬いあげるように受け流し、次いでスタンドの手刀で手首ごと叩き落としたが、それだけの僅かなタイムロスの間に、周囲には拳銃の結界が築かれている。ぐるりと円を描いて生やされた拳銃による三百六十度全てからの斉射であれば、どんなスタンドでも全てを受け止める事は出来ないだろう。が、この数日で戦闘とはいかなるものかを刻み込まれたジョルナータには、そして彼女のスタンドには、この程度の包囲は包囲にすらならない。
「甘いです!」
一声上げて、彼女は血管針から生やした骨のフックを真上へと投げ上げ、屋根に引っ掛かるや自身の肉体をフックへと植え付け直し、屋根の上へと身を投げかけた。
一拍遅れて一斉射撃の音がした。無様なダンスを踊って蜂の巣にされたクローンが倒れるのが視界の端で見えた。
荒い息を突いたジョルナータは、真下に見えるベルベットのクローンたちを忌々しげに見やる。相手がミニチュアのクローンである分だけ、スタンドの弾丸も、生やされる拳銃も本来よりも小さくなっており、その分威力が弱まってはいるのだが、だからと言って撃たれた部位次第では危険な事には変わりはない。
それが、三人もいるのだからただでさえたまったものではないというのに、おまけにクローンの大軍まで控えている、と来たものだ。ジョルナータにとって人生最大のピンチであったと言っても過言ではないだろう。
「味方だった時は頼もしかったのに、敵になるとこんなに厭なスタンドだったなんて……」
ジョルナータの口から思わず弱音が漏れる。無理もない、相手は死んだ仲間の姿を濃厚に留めているクローンなのだ。手が鈍り、弱気になるのもむしろ当然であった。
が、彼女は首を激しく振って己の弱気に対抗する。この敵に邪魔されている間に、『矢』を奪った相手は刻々と距離を広げ、一方自分は徐々に体が小さくなっていく。今自分が行うべき事は、早く本来の相手を捉え、『矢』を奪還する事だ。
その為には、クローンたちを如何にかする必要がある。スタンド能力を持たないクローンであれば、放置していてもさほど問題がないが、遠距離攻撃の可能なベルベットのクローンは仕留めておかないと安心して追撃にかかれない。嫌でもやるしかないのだ。
まずは、真下に居る敵めがけ、数本の骨刀を飛ばす。
『ノー・リーズン』戦で見せた投擲の運用であるが、最初から相手を殺すつもりはない。クローンとはいえ人間である以上自身の手で命を奪うのは気が引けるし、そもそも相手をどかすこと、そしてあちこちに骨の刀を突き刺す事に意味があるからだ。
一枚の木の葉は森に隠せ、と古来より言う。矢の雨の中に、別の意図で飛ばしたモノが混じっていても誰にも気付かれるはずがない!
細い糸で操作される刃物の雨に進んで打たれようと思う生き物はいない、それはクローンであろうが当然の反応だ。
故に、眼下を埋めていた人の海に、この瞬間小さな空白地帯が生まれる。その場へと羽根のように軽やかに飛び降りたジョルナータへと、ベルベットのクローンたちは反射的に銃口を向けた。
が、射撃の方角は即座に修正され、弾丸はジョルナータの身体を掠めて闇へと消えていく。
基本的に、『ベルベット・リボルバー』は直接相手へと射撃するものではない、そんな線の攻撃などするはずがない。
着弾した位置からリボルバーを生やしての、面単位での制圧射撃、そして本体との挟撃こそがこのスタンドの本領である。
闇の中、己の銃弾が着弾し、その能力を発現させたのを確かに感じ、クローンたちは拳銃の操作を開始する。
その様を見ながらジョルナータは壁へと背中を預け、
「撃つんですね? ……けど、やっぱりあなた達は贋者でしかない。本物のベルベットさんなら、“着弾した位置”をしっかりと確認していましたでしょうから。
失せなさい、贋作。あなたたちごときに、私の前に立ちはだかる権利なんて与えません」
冷たく嘯いた。
同時に、ジョルナータの背後へと生やしたはずの拳銃がクローンの口元へと出現する。
「「「!!!」」」
クローンらの表情が変わる。既に拳銃には発射の操作が行われていた、今更止める事は間に合うはずがない。
ズドン! 銃声が重なる。結末は、実にあっけないモノだった。クローンたちは、全て本体同様に頭を撃ち抜かれて倒れ込んだ。
この結果をもたらしたのは、実に単純な仕掛けであった。先程降り注がせた骨刀の雨は目晦ましであった。
骨の刃に紛らわせて飛ばした筋原繊維で後方に『網』を張り、更にその一部を伸ばしてベルベットのクローンへと付着させる、ということこそ真の目的であった。
結局、『ベルベット・リボルバー』の弾丸は『網』に着弾し、生やされた拳銃は射撃されるタイミングを見計らって『網』の表面ごとクローンに付着した『糸』の先端へと植え付けられた訳である。
「…………………………」
仲間そっくりの死骸を見下ろし、無言のままジョルナータは、表面に生やされた拳銃ごと『網』を回収する。そして、周囲を埋め尽くすクローンたちを見回し、ため息をついた。
「さて、この軍勢を突破するのも厄介なんですよね。ここ数日、骨を酷使してますからあんまりやりたくはないんですけれど」
諦め顔で首を振ったジョルナータであったが、発現した『インハリット・S』の双掌には、既に数本の血管針で本体とつながっている骨の槍が握られている。そして、屈強な片腕が大きく後ろへと引かれ、全力で槍を投じた。
投擲された槍は、クローンたちの頭上を越え、付近の建物の壁へと突き刺さる。
次の瞬間、ジョルナータは刺さった槍の元へと自身の身体を植え付けていた。当然、人骨で出来た即席の槍では一人分の体重など支えきれるはずもなく、嫌な軋み音を立てていくのだが、それを補うのが二本目の槍である。
移動するや即座に二本目の槍を投じ、一本目の槍が過重に耐えきれなくなる前に二本目の元に自身の身体を段階的に植え付けていく。そして、位置の転移を終えるやすぐに、壁に刺さっていた一本目を血管針諸共自身の掌へと植え付けて回収し、再び投擲する。この繰り返しで、ジョルナータは急速にクローンらの包囲から離脱していった。
こんな事が出来たのは、彼女のスタンド能力ならではの『例外』が存在したからである。
近距離型スタンドとして当然のことながら『インハリット・スターズ』の本来の射程は短い、能力射程に限っても10mが精々のところである。
しかし、このスタンドには「短い」射程を延ばす手段が存在する。それは、自らに自身の身体の一部を植え付ける、という彼女が多用するスタンド運用であった。スタンドの射程は、当然それが発現する自身の肉体からのものである。言い換えれば、自身の肉体が届いている範囲であればスタンドは発現することが可能であり、また自身の肉体はどれ程遠くまで届いていようがスタンド能力の範囲内にあるという事だ。
突然だが、人体の中で最も長大なモノは何であろうか?
答えは、血管である。人体の内部に存在する全ての血管を一本につなげれば、その長さはゆうに地球を二周半するに足るという。
ところで、人間の腸の表面積はどれくらいであろうか?
何と、テニスコート一面分はあるという。
我々人類は、体内にこれほどのスケールを内包している。その全てを己の武器として利用出来る唯一のスタンド、それが『インハリット・スターズ』である。
ジョルナータにとって、テニスコートの端に発現させていたスタンドを次の瞬間に反対側の端に発現させる事や、地球の反対側へと自身のスタンドを発現させる事すら決して不可能な事ではない。近距離型でありながら、実質的に彼女のスタンドは遠隔操作型を上回る射程を誇っていた。
ならば、先程『矢』を盗んだ相手に植え付けた筋原繊維へと自身の身体を植え付けるなり、伸ばした『糸』の先からスタンドを発現させるなりして敵を奇襲すればいいように思われるのだが、流石にそこまで上手い話はないのである。
スタンドの掟破りにもそれなりのルールと言うものが存在するのだ。
まず、彼女が自身の肉体に体の一部を植え付けられるのは、視界に映る範囲内に限るのである。どうやら、掌握は出来ていても、十分に把握できていないのでは自身の肉体でも植え付けることには無理があるようだ。
二つ目は、本来の射程以上へと延ばされた本体の肉体から発現出来るスタンドの体積は、発現させる部位の大きさに比例することだ。
つまり、血管針で体と繋げて、腕一本を地球の反対に送り込めば、地球の裏側で発現させられるのは『インハリット・S』の腕一本程度であり、血管針だけを伸ばしていたのであれば、血管一筋分の体積しか発現させられないのである。
故に、ジョルナータは急ぐ。相手が、自身の射程範囲に入る程までに距離を縮める為。そして、自身が立ち向かう力を失うまで縮小してしまう前に相手を再起不能にする為に。
グランデが“それ”に気付けたのは単なる僥倖であった。事前に用意していた車へと乗り込もうとした際に、自身の身体についていた糸のようなものが扉に挟まって動きが一瞬止まったのだ。
次の瞬間、何かが迫ってくることを本能的に察知し、彼女は“糸”を切断するや扉を蹴り開け、舗装された道へと身を投げ出した。直後、鋭利な手刀が運転席を真っ二つに切り裂いた。
「飛び出していなかったら、骨槍でエンジンを貫いていたところでした。……そんな事をしていたら如何なっていたかは、私には判りませんけど」
数回転の末、ようやく立ち上がったグランデは、耳にした。何処か人として壊れているのではないか、と思わせる平坦な声を。目にした、亡霊のように存在感を感じさせない少女が、こちらが怯んでしまう程に剥き出しの怒りを放って立ち塞がる姿を。
「ジョルナータ・ジョイエッロ……」
とうとう追いつかれた。クローンの軍団など何の役にも立たなかった。その事実への驚きと、相手がどのようにしてクローンたちを突破してきたのか、という疑問で、グランデは敵の名を呟いた。
一方、ジョルナータは怒りを敢えて抑えているような表情で彼女へと口を開く。
「今すぐ『矢』を返し、あなたの能力を解除してくだされれば、何もしません。ここから無傷で見逃してあげます。ですが、拒否するというのでしたら……」
「でしたら?」
このような状況でありながら、まるで面白がっているかのような表情で尋ねるグランデ。それにジョルナータは一度大きく息を吸い込み、
ファックユー
「犯すぞてめぇ、です」
ただ淡々と言ってのけた。
女性らしからぬ言葉に、グランデは呆然と口を開けたが、やがて、
「あは、あははははははははっ! はぁっ、はぁっ……、あなた、面白い事を言うわね。いいわ、気にいったわ。だから、ちょっとばかし遊んであげる。『グラットニー』!」
小柄な少女の背後に、小山のような大男が発現する。その手には何処から引きちぎってきたのか、鋼鉄のパイプが何時の間にか握られていた。
一方、ジョルナータもスタンドを発現させていた。
額に勾玉状のマークがつけられた筋肉質の姿は、されど縮小に伴って力が弱まった為に、本体めがけて突き出された鉄棒をへし折る事など出来はしない。
それでもスタンドは棒を弾く、いや、弾こうとした。
それは、既に鉄棒ではなかった。“鉄柱”であった。『グラットニー』に触れられていたパイプは、急速に巨大化して少女へと突き出された。
咄嗟に、ヒラメ状に自身の肉体を植え付け変えて回避したジョルナータであったが、鉄柱は一閃、また一閃と、勢いを増して突きかかっていく。
さほど力がある訳ではない『グラットニー』だが、突き出す瞬間だけ巨大化させ、引き戻す間は縮小することで鉄柱を自在に操っていた。しかも、大きさの変化によって相手が間合いを測るのを難しくする。
故に、『インハリット・スターズ』で受け流すだけでは間に合わず、ジョルナータ自身も何らかの回避行動を取らなければならず、故に距離は一向に縮まらないまま肉体が徐々に縮小されていく。
グランデからしてみれば、この状況を続けていればいいのだから実に楽な話であった。その思いが、油断を生んだ。
サクリ、最初に聞こえたのは、そんな音であった。次いで、何かが体から流れていくのを見た。その後になって、ようやく痛みを感じた。
何時の間に飛ばしていたのだろうか。肉の糸で繋がれた骨のナイフが、背後から彼女の片腕を切り裂いて地面に落ちていた。飛来する間に、蜘蛛の巣でも裂いてきたのだろうか、粘ついた糸が切っ先に絡まっていた。
ジョルナータは、移動の際に利用した骨槍を体内に植え戻さずに、袖の内側に隠してこの場を訪れていた。そして、それを危急の際に飛ばしていたのだ。
巨大化する鉄棒に隠されて、グランデはそれに気付く事がなかったのである。
「うっ、ぐううっ!」
痛覚が、スタンドの刺突に僅かなズレを生じさせる。軌道のずれた鉄柱を『インハリット・S』の拳が易々と打ち払い、ジョルナータが走る。
「その“鉄柱”、もしかして如意棒か何かのつもりだったんですか? なら、残念ですが――」
「――貴方は私にとって、釈迦の掌を飛び回る孫悟空ですらないわけです」
白い残光を残し、振り下ろした骨刀がグランデの片足を切断していた。縮小が進んでいたジョルナータにとって、バッと派手に返り血が飛び散る。
撒き散らされた出血は、しかしグランデにとってこの上ない好機と化した。
「『グラットニィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーー』ッ!」
大柄なスタンドが、彼女へと手を伸ばす。次の瞬間、グランデはジョルナータの前から姿を消した、飛び散る血液を目晦ましに、自身を縮小化させて逃れたのだ。
「ハァ……ハァ…………。『矢』を奪うことが私の勝利、もはやあなたには私を探す手段なんて存在しないはず。
このまま撤退すればそれでいい。縮小を解いていない以上、あなたは後数分で虫の餌になってしまう程に小さくなる。自ら始末するまでもなく、私の勝利だ!」
声が何処から聞こえるかを、ジョルナータは特定する事は出来ない。それは確かであった。が、彼女は慌てなかった。
「『後数分で虫の餌』、ですか。なら、あなたは後数秒で蜘蛛の餌ですね」
「え?」
問い返そうとした時、グランデは突然何かに自身が押し倒され、腕に何かが食い込んでいく苦痛を覚えた。
突然飛びかかってきた蜘蛛が彼女に噛みついたのだ。確かに、蜘蛛に襲われる可能性のある大きさまで縮小していたが、巣に近づいてもいないのに如何して襲われたのだろうか?!
その答えは、意外なほど早く見つかった。蜘蛛の頭部には、脳の一部らしき異質の物体が植え付けられていたのだ
(しまった……。あのナイフが蜘蛛の巣を裂いていたのは偶然ではなかったのね。
この女は、私が小さくなって逃げる事を予測していた。だから蜘蛛の巣を切り裂いた際に、自身の脳の一部を蜘蛛に植え付けていたのね!
……だけど、このまま諦めはしない。後がどうなろうと、巨大化すれば蜘蛛毒の影響は消える。
蜘蛛に食われさえしなければ、相手は小さくなっていくのだからまだ逃げるチャンスは――――!)
「『グラットニー』、私を巨大化させるのよぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
自らの能力を駆使し、徐々に元の大きさを取り戻していくグランデ。だが、
「なぁんだ、そこにいたんですね」
赤子並みの大きさにまで縮んでいたジョルナータが彼女を見下ろしていた。
焦る必要はない、大きさはさほど違ってはいない。まだ対抗は可能。そう思っていたグランデであったが、ジョルナータの行いは彼女の予想を越えた。
「言った事は実行しないといけませんよね。それに、ベルベットさんの仇も討たないといけませんしね」
彼女が行った事、それはグランデの両腿の間の地面へと骨の杭で拳銃を固定する事だった。その間にもグランデの肉体は巨大化を続け、やがて。
ズブリ、と股間を黒光りする鉄棒が裂いた。ヒッ、と恐怖の声が漏れる。何よりも硬い銃身が、奥へ奥へと突き進んでいく。
いや、元のサイズに戻ろうとする肉体の変調が、自分から銃身を秘部に押しこんでいく形になっているのだ。しかも、体を動かして逃れようにも、まだ先程の蜘蛛毒の影響が残っている大きさであるのが祟って、手足は満足に動かない。
それどころか、踵は引き金へと引っかかっていた。じわじわと巨大化していくに従い、彼女の足はゆっくりと引き金を押していく。
「え、あ、ああっ……」
そして、遂に引き金が完全に引かれる時が来た。
熱い衝撃が彼女の中を染め上げた。それは胎内だけに留まらず、股間から頭頂部へと広がり、頭蓋骨を貫通した。
旋毛に開いた穴から鮮血と脳漿を撒き散らした死体を、ジョルナータは薄笑いと共に、
「だから言ったじゃないですか、“『矢』を返さないと犯す”って。私は警告しました、言う通りにしなかったあなたが悪いんですよ、フフフ。
……けど、よっぽどご無沙汰だったんですね。自分から『中に』出させるだなんて、はしたない事をするくらいなんですから」
発砲の衝撃で宙に舞った『矢』を、造作もなく掴み取って呟いた。
今回の死亡者
本体名―ベルベットのクローン×3
スタンド名―ベルベット・リボルバー(いずれも、ジョルナータの身体に自分が生やした銃を植え付けられ、自滅)
本体名―グランデ
スタンド名―グラットニー(拳銃に中出しレ○プされ死亡)
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