焼きそばパン


概要

 焼きそばパンは、コッペバンズと呼ばれるパンの間に焼いたそばを挟んだ加工食品の一種。転移者によって伝えられた有名な食物で、複数国に広まった。

歴史

 時は共立公暦980年代。アケノミヤ学区が成立して間もない頃に一人の男がセトルラームに来航。その時、得体の知れぬ食物を持ち込んだことから入国審査に引っかかり、男はバイオテロ容疑で拘束された。入国審査官が押収した食物は衛生局による厳重な検査の上、安全性の証明に至ったが、これまでの取り調べに面倒を厭うた男は件の食物を空港職員に押し付け、帰国してしまった。取り扱いに困った職員は同僚にこれの処理を頼んだが、誰も口にしたがらず、やむを得ず警備に通報。かけつけた治安部隊が件の食物を受け取り、爆発物処理班による厳重な梱包を経て上層部に提出された。しかし、誰もこれを口にしたがらず、業を煮やした時の所長は創作料理の一種と偽って空港を視察中のフリートン大統領に件の食物を献上した。眉間にシワを寄せた大統領は当初、受け取りを拒みかけたらしいが、礼を失するわけにもいかず、渋々と自らのカバンにそれを押し込んだ。そして運悪くアリウス大公からの呼び出しを受け、それを処理する暇もなく茶会に出席したのだという。かすかな匂いに気づいたアリウス大公は、狼狽する大統領にカバンの中身を明らかにするよう迫った。そして、件の食物がテーブルの上に差し出され、この模様が全国に報道されてしまったのである。いまにも泣きそうな大統領が恐る恐るそれを差し出す映像は多くの国民から屈服の象徴であるように受け止められ、焼きそばパンの名詞が広く知れ渡った。

備考

 これまでの流れで、たらい回しにされた焼きそばパンは見るも無惨な様相を呈しており、かなりのベタつき具合を発動していた。
しかし、アリウス大公はそれを躊躇なく丸齧りし、眼前の側近達を驚かせたのである。
国のトップである女大公がそれを口にした以上、側近がその恩寵(おすそ分け)を拒むことは許されず、フリートン大統領は地獄の異世界食を堪能する羽目になった。
しかし、意外と味は悪くなかったらしく、以後の宣伝に繋がったという。

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最終更新:2022年07月12日 21:04