交渉のテーブル・パルディステルの夜明け


宇宙新暦4999年12月、ツォルマリア星域連合本部会議室 - 条約署名前夜
ツォルマリア星域主権企業連合体の本部は、星雲の光を反射する巨大なガラスドームに覆われていた。会議室の中央に置かれた楕円形のテーブルは冷たい金属光沢を放ち、その周囲には各国の代表が静かに座っていた。壁に投影された星図には、かつてギールラング星域戦国軍事同盟が支配した領域が灰色に塗り潰され、その周囲に点在する赤い点――ギールラングの残党から派生した巨大な宇宙海賊団「ブラッド・ゴルヴェドーラ」の活動範囲――が不穏に瞬いていた。

ツォルマリアの代表、ヴェルン・カザードは、深い灰色の瞳で部屋を見渡した。背後には三重円の紋章が刻まれた旗が揺れ、ツォルマリアの歴史を象徴している。向かいには、オクシレイン大衆自由国の首席交渉官、リナ・セヴェールが鋭い視線を向けていた。彼女の背後には自由の象徴である青い鳳凰の旗が掲げられ、その誇りが言葉に宿っていた。

「私達は平和を望んでいる、セヴェール次席。それがこの条約の目的です」
ヴェルンは落ち着いた声で切り出した。
テーブルの上のパルディステル国際平和権利条約の草案を指し示し、彼は続ける。

「主権擁護、平和協調、内政不干渉。この共立三原則は、貴国が恐れるような支配の道具じゃない。戦後世界の秩序を再構築し、ブラッド・ゴルヴェドーラのような脅威を抑えるための基盤なのだから」

リナは目を細め、草案の紙を指で叩いた。

「言葉は美しいな、カザード代表。でもツォルマリアの歴史はそうじゃない。セクター・イドゥニア大戦で貴国はカルスナードを下し、イドゥニア戦域に介入した。その勝利は周辺星域に貴国の影を落とし続けてるじゃないか。内政不干渉を謳いながら、軍事的な睨みを効かせてきたのは事実だろう?我々が貴国の『共立構想』を盲信すると思うのか?」

ヴェルンは一瞬目を閉じ、深く息を吐いた。「戦後の混乱を収めたのは確かです。しかし、我々は過去の過ちを繰り返すつもりはない。貴国と対立して新たな冷戦を生むより、協力してブラッド・ゴルヴェドーラの略奪を止めるべきだと考える。貴国の民主主義も、我々の秩序も、彼らの無法な刃の前じゃ無意味に終わるよ」

その言葉に、部屋の隅で静観していたソルキア諸星域首長国連合の使節、アミル・ザバーディンが口を開いた。

「中立を保つ我々にとっても、ブラッド・ゴルヴェドーラは脅威です。彼らはギールラングの戦争文化を引き継ぎ、星域を荒らし回っております。しかし、ヴェルン殿が提案する共立構想が新たな支配の道具となるなら、我々は支持を躊躇せざるを得ません。国際共立監視軍がかつての星間機構のようにならないかと懸念しております」

ヴェルンはアミルに視線を向け、穏やかに答えた。

「ソルキア代表の懸念は理解できる。だが、私達の監視軍は抑止力であり、支配の道具ではない。共立三原則は貴国の独立を保障するものだ。海賊団の脅威は、ギールラング滅亡後の空白を埋める私達の責任でもある」

リナが割り込んだ。「抑止力か支配か、その線引きは誰が決めるんだ? ツォルマリアが最高評議会を握れば、オクシレインの民主主義は形骸化する。貴国とセトルラームみたいな独裁国が手を組んだら、我々の声は潰されるじゃないか」

セトルラーム共立連邦の代表、ガルド・ザルドゥルが眉をひそめた。
「我々は過去の過ちを認め、共立構想に協力しております。貴国の民主主義を潰す意図はない。ブラッド・ゴルヴェドーラの襲撃で我々の交易路も脅かされてるんだ。ここで生き残りを賭けてるんですよ」

リナはガルドを一瞥し、冷たく言った。「生き残りか。便利な言葉だな。だが、セトルラームの戦争犯罪は忘れられていない。共立三原則を盾に主権を回復しようとするなら、我々は黙って見過ごさないよ」

会議室に緊張が走った瞬間、ユミル・イドゥアム連合帝国の使節、ドルム・カイルスが静かに手を挙げた。

「我々も過去の侵略の代償を払ってまいりました。ツォルマリア代表の構想に賛同しますが、ブラッド・ゴルヴェドーラの台頭は我々の星域にも影を落としております。共立三原則が柔軟に運用されなければ、再び混乱の火種となるだけかと存じます」

ヴェルンは全員を見渡し、深く息を吸った。「ならば、その柔軟性を共に作り上げよう。オクシレインが求める民主的発言権を、ソルキアが求める独立の保障を、セトルラームとユミルが求める安定を、この条約に刻もう。ブラッド・ゴルヴェドーラは待ってくれない。我々が分裂すれば、彼らの略奪が星間を飲み込む」

リナは唇を噛み、星図に目を移した。赤い点が不規則に動き、まるで警告のように瞬いている。

「…貴国の言う脅威が、都合の良い口実でないと証明できるのか?我々は自由を求めている。貴国の『共立』がそれを奪うなら、この条約はただの鎖だ」

「ならば、その鎖を共に砕く仕組みを作ろう」

ヴェルンは立ち上がり、手を差し出した。

「三原則に柔軟性を持たせ、貴国の声を最高評議会に反映させる。オクシレインがオブザーバーじゃなく、対等な加盟国として立つための道を。我々は過去を繰り返さない。それを証明するのは、この条約の未来だ」

リナはしばらくヴェルンの手を見つめ、やがてため息をついた。

「…一歩だよ、カザード。だが、我々は目を閉じない。貴国の言葉が真実かどうか、歴史が証明するさ」

二人の握手は冷たく、しかし確かな力で結ばれた。翌年、宇宙新暦5000年1月5日、パルディステル国際平和権利条約が署名され、共立公暦の幕が開いた。だが、その夜の会議室に残った緊張は、ギールラングの亡魂が新たな形で蘇った時代の不安定な礎となることを、誰もが薄々感じていた。

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最終更新:2025年04月05日 23:20