| 基本情報 |
| 主な言語 |
日本語 ロシア語 共立英語 ロフィルナ語 |
| 所属 |
ユピトル学園主権連合体 |
| 政府 |
新生革命党学徒評議会 |
| 長の称号 |
学徒評議会議長(学園総務) |
| 長の名前 |
日川家理 (ひかわ いえまさ) |
| 成立 |
共立公暦985年2月3日 |
| 主な宗教 |
統合仏教 |
| 通貨 |
ユピトリー・ルム |
| 総人口 |
約520万人 |
概要
歴史
大江戸市の公文書は、転移までの出来事を西暦で綴り、
共立世界に着いてからの歩みを共立公暦で刻んでいる。
転移前
転移前の大江戸が歩んだ歴史は、西暦1868年の
戊辰戦争で幕府軍が勝利を収めた世界線に連なる。伝統文化を保ったまま近代化を進めた日本は、清帝国を中心に据える東アジア共同体に加わり、同1914年に始まった第一次世界大戦では、巧みな外交に軍事作戦を重ねて樺太を手に入れた。大韓帝国との同盟も、大戦を経て固められている。同1939年の第二次世界大戦では、エネルギー資源を巡るソ連との対立が泥沼に陥り、東西の列強が手を結んだ連合の前に、日本は清帝国とともに敗れた。同1945年からは極東委員会による
分割占領が続き、同1965年、ソ連の支援を受けた
日本共和国が東日本に成立する。計画経済に再軍備を重ねて国力を蓄えた共和国は、NATOと向き合う冷戦の最前線に立たされた。同1991年、北アメリカで起きた労働者革命が世界を揺るがして合衆国が崩れると、共和国はソ連との連携を深め、
西の大和民国および
ヨーロッパ連合と対峙する。同1999年に核戦争の火蓋が切られ、ミサイルの降り注ぐ大江戸23区は、
事象災害に呑まれて別の世界へ運ばれた。
ベルリン戦争
共立公暦978年、
共立世界のファーレリア本島に姿を現した大江戸23区では、放射能に汚された街で未知の土地を相手取る生存の闘争が始まった。市政を引き継いだ大江戸臨時政府は、同年のうちに
リンベルーク記念公園の外縁に探査拠点を設け、
ユピトルを含む周辺勢力と接触を持つ。接触の直後、臨時政府の部隊はユウメラ藩(現:
ユウメラ自治領)に侵攻し、記念公園の解放を目指す
リンベルーク大学の部隊とも砲火を交えた。島内に現れた
米相模原軍の存在は、
ベルリン戦争の戦火を一段と広げる。別の世界線から来た相模原の米軍を、臨時政府は旧世界で睨み合った敵と取り違えており、豊富な人的資源を惜しみなく注ぎ込んで相模原への侵攻を試みた。戦局を決したのは、戦争の末期に政権交代を経たユピトル連合の本格介入であり、サー・フォスの新政権が差し向けた軍の前に、臨時政府は敗北を喫している。
学区編入後
同985年、敗戦を経た大江戸は
ユピトルへの正式な加盟を余儀なくされ、学園学区としての再建に踏み出した。再建の黎明期に最優先で取り組まれたのは、旧共和国の時代から市域に残る核施設の撤去である。施設を一つずつ解体する作業は、汚染された土壌を浄める工程に組み込まれ、住民の暮らせる区画は撤去の進み具合に合わせて少しずつ広がっていった。同991年、ユピトルとの距離を巡る旧ソヴィエト派と親ユピトル派の対立が内乱に発展すると、サー・フォスが再び動き、市内に駐留するユピトル軍の増派が決まる。増派された兵力は市の中心部に配され、内乱が収まった後も、駐留の規模は増派の水準のまま据え置かれた。同1000年現在も、戦争と内乱の残した傷跡は街の随所に刻まれたままである。一方で、旧世界から持ち込んだ
転移者の文化を保存する取り組みが進み、学園文化との融合も新たな形を生みつつある。大江戸城を含む市中心の行政エリアには、再建の拠点として増強が重ねられてきた。
地理
大江戸市の市域は、ファーレリア本島の中西部に位置し、周囲を陸地に囲まれた内陸に広がる。北の境では
聖ツォルマール連合学区の
リンベルーク市と直に接し、西から南西にかけては
リンベルーク記念公園が市域の縁まで迫る。東隣は首都サー・フォスの連合直轄区にあたり、中央の行政区域と大江戸の街並みが、一本の境を挟んで向き合う。市域の内側は、放射能汚染の影響を残す
「灰区」と、浄化の進んだ
「緑区」に分かれ、核施設の撤去と土壌の浄化が進むにつれて、緑区の範囲は灰区の側へ少しずつ広がってきた。市域の中央には
「大江戸城」がそびえ、城を取り巻く一帯に市の行政機能が集まっている。市中の街並みは、瓦屋根の家並みと軒先に吊るされた提灯を基調に据えつつ、旧共和国が計画経済の時代に建てた無骨なコンクリートの建築が随所に割り込む。木と瓦の低い屋根が続く通りの先で、灰色の箱形の建物が壁のように立ちはだかる眺めは、過去と未来の交錯する大江戸独特の景観を形づくっている。
社会
大江戸市の住民は、旧世界系列の日本人が全体の85%を占め、残る15%を転移後に移り住んだ様々な出自の移民が構成する。
教育
大江戸市の教育は、転移前の共和国が育んだ集団主義の文化を、
ユピトルの学園文化と掛け合わせて組み立てられている。学校は能力に応じた階層制度を採り、学生は学術試験の成績に実技競技の結果を加えた評価で、将来の進路を競い合う。課程の柱となる「生存戦略論」は、核戦争の教訓を下敷きに危機管理の方法を教え、避難の判断から汚染下での物資の配分までを、座学に実地の訓練を重ねて身に付けさせる。もう一つの柱である「集団協働学」は、革命史が称える連帯の価値を題材に据え、班単位で課題に取り組む協調の作法を叩き込む。進路の振り分けは階層の上下で明確に分かれ、上位の者は主に行政セクターに進む一方、下位の者は農園と工場を中心とする集団施設に入所する。集団就職と学園生活の双方に早くから揉まれるため、大江戸の若者は、早い時期に親元を離れて自立の道を歩む。
家制度
大江戸市の家族の単位は、江戸時代から続く「家」の伝統に共産主義の集団主義を重ね合わせた「家共連(いえきょうれん)」である。家共連の顔ぶれは血縁の者を核に、党の承認を受けた養子を迎え、革命の理想を共にする同志にも門を開いて広がり、一つの家が小さな共同体の姿をとる。束ね役の「連主」には通常、長子が就くものの、党の能力試験で選ばれた者が座を得る家も多い。連主は家共連の担う生産目標と社会奉仕を監督し、進捗の報告先は隣組に加えて党の支部会議にも及ぶ。家紋は家の誇りとして代々受け継がれ、家訓は革命の精神に沿って読み替えられてきた。どの家の家訓にも、「家を連ね、共の理想を継ぐ」の一句が必ず織り込まれる。婚姻の届は区の奉行所が受理し、社会の繁栄を掲げた「誓い」を交わす形が推奨されている。異なる階層の家同士を結ぶ縁組は、格差を和らげる狙いから奨励される一方、党幹部の意向が縁談の行方を左右する場面も多々ある。子育ては集団教育を軸に営まれ、子供は幼い頃から、家共連の内側でも隣組の寄り合いでも共助の値打ちを教え込まれる。相続は党内の役職を引き継ぐ手続きを指し、引き継ぎの順番では血縁の者に優先の権利が残る。
文化
大江戸市の文化は、江戸の町人文化にソ連の革命芸術を重ね、同じ舞台に上げる形で層を厚くしてきた。歌舞伎の舞台には革命劇の筋書きが持ち込まれ、浮世絵の版木は革命ポスターの図案を刷る道具にも使われる。音楽の面でも、三味線の調べに革命歌の旋律が絡み合い、一つの演目の中で二つの伝統が響き合う。毎年開かれる「大江戸新生祭」は、革命史を題材にした演劇を舞台にかけ、ホログラムの展示を会場に並べて、学区の外から訪れる観光客を引き寄せる。地球由来のサブカルチャーが息づく一角には文化通りが延びており、ホログラムアニメを纏ったファッションショーが人気を博した。異星人の観光客は、通りに並ぶ屋台で和食をつまみ、赤い炭酸飲料で喉を潤す。他学区の市民と手を組んだ共同のアートプロジェクトも盛んに企画され、学区の境を越えた制作の輪が年ごとに広がっている。
福祉
核戦争の記憶は、転移から二十年余りを経た今も多くの住民の心に傷を残しており、心の病を抱える市民の多さは学区の抱える課題の一つに数えられる。治療の窓口を一手に引き受ける「心の修復局」は、心理療法を無料で施すほか、同じ体験を持つ者同士が語り合うグループカウンセリングの場も設け、多くの市民が通う施設となった。階層制度の生む格差も、下位に振り分けられた住民の暮らしに影を落としている。社会保障の網は、そうした住民に向けて厚く張られ、低い階層の者には職業訓練の課程が開かれ、公営住宅の整備も早くから進められて久しい。訓練の課程は集団施設の持ち場と結び付けて組まれており、修了した者は身に付けた技能を携えて、施設の中で、より責任の重い持ち場に移る道を得る。住まいと職の双方に公の支えが及ぶ仕組みは、核戦争と転移で家財を失った世帯が生活を立て直す足場ともなってきた。
政治
大江戸市の統治は、学区として
ユピトルの憲法の下に置かれながら、市政の運営を一党の指導に委ねる二重の構図をとる。
党体制
一党独裁制を敷く大江戸市では、新生革命党が唯一の支配政党として全権を握り、政策の策定から実行までを統括する。党の下に置かれた議会は二院制を取り、学徒評議会の議席は、厳格な能力試験を勝ち抜いた若年の指導層で占められる。最大8年に及ぶ任期を務める議長は、市の政策全般を導く立場にある。もう一方の幕僚会議には将軍及び老書記を中心とする軍関係者が列し、経験を積んだ顔ぶれが、経済の運営、治安の維持について専門の見地から助言を加える。インフラストラクチャーの整備も、同じ会議が助言の対象に収める分野である。指導者も代表者も、党の内部選考を通じて決まる。「党の総意」が示されると、学生は政策の立案に専念し、軍関係者は実務を評価して実行に移す役目を引き受ける。階層制度の見直しを唱える党員も一部にいるものの、主張は党内部の会議の中で処理される。司法の要には調和委員会が座り、紛争の裁定を通じて、党の指導のもとで社会の安定を保っている。
家共連
党内の権力は、家族の単位である家共連の結び付きを土台に組み上げられ、二つの議会の運営も家共連の網を通じて回っている。現議長は、旧ソヴィエト派の名門として知られる「日川家共連」の出であり、家同士の繋がりを手繰って党内の派閥を束ねてきた。幕僚会議に席を占める将軍家系の軍関係者は、家共連に注がれる忠誠を後ろ盾に、経済にも治安にも政策を実行に移す力を差し出す。党の総意は、家共連の間で重ねられる調整に調和委員会の仲介を加えて形づくられ、政策の決定に反映される。党内の役職が血縁の者に優先して引き継がれる慣行は、党幹部を筆頭に有力な家共連の出身者が連なるエリート層を生み、階層の格差を広げる一因ともなった。家同士の結束に頼る統治は、内部の腐敗を招き、派閥の抗争を育む温床とも指摘されている。派閥の均衡が崩れるたびに、党内では縁組の取り持ちを通じて家同士の距離を測り直す動きが起こる。
中央との関係
学生理事会を頂点とする
ユピトルの中央政府に対して、大江戸市は予算の配分と教育の基準を巡る緊張を抱え続けている。現議長は学区の代表として連合議会の学生会議に席を得ており、大江戸の主張は中央の議場にも届けられる。中央から交付される学園助成金は学区の財源を支える一方、交付を巡る協議では全国に共通する教育の基準が持ち出され、標準化を求める中央の要求は予算の交渉のたびに繰り返される。予算の大部分を党の決定に基づいて体制主導で配分する大江戸は、中央の求めに抗い、独自のカリキュラムを守り通してきた。生存戦略論を筆頭とする課程は、交渉の席で譲歩の対象から外され続けており、転移前から受け継いだ文化の固有性も、同じ交渉の中で堅持されている。市内に駐留を続けるユピトル軍の存在は、学区の紛争に介入する権限を中央が握る現実を、党と住民の双方に日々思い起こさせる。
治安
地域の秩序は、住民の自治組織と区の役所の二段で保たれている。最も身近な単位にあたる「ТОНАРИГУМИ(隣組・TONARIGUMI)」は、近所同士の揉め事を寄り合いの場で仲裁し、対立が表沙汰になる前に収める。区ごとに置かれた「奉行所」は、治安の維持を受け持つ傍ら、地域の催しの運営も兼ねており、警邏の役人は祭りの夜になると人波の整理に回る。隣組の仲裁を経ても拗れた争いは奉行所に持ち込まれ、更に拗れた案件は調和委員会の裁定に委ねられる。家共連の規律から外れた者が「再教育キャンプ」に送られる例は年を追って増えており、奉行所による監視の目も厳しさを増した。階層制度への不満を抱える住民の一部は武装の道を選び、「Fuji抵抗運動」と「リベーラ解放戦線」が小規模なゲリラ闘争を続けている。両組織の活動は当局の取り締まりによって抑え込まれているものの、急速な体制の変化に伴って紛争の火種が増しているとの見方もある。(諸説あり)
経済
大江戸市の経済は、汚染された土地を逆手に取る農業と、転移とともに運ばれた旧共和国の工場を土台に営まれている。農業の主力は放射能に耐える作物の栽培であり、中でも
「紅蓮米」は、核に汚された土壌でも実りを付ける品種として市の看板作物に育った。栄養価の高さを買われた紅蓮米は、
ユピトルの内外に向けて出荷され、学区の収入を支える柱の一つとなっている。浄化を待つ灰区の土地も、耐性を持つ作物の田畑としては使い道が開け、耕地の広がりは汚染の残る区画の内側にまで及ぶ。工業の面では、旧共和国の時代に建てられた工場が再利用され、昼夜を分かたず稼働を続ける施設群が多種の素材を生み出している。放射線に晒された環境で作物を育て、機械を動かしてきた経験は、宇宙空間の過酷な条件とも通じる部分が多い。素材の生産で築いた基盤を足掛かりに、市は宇宙産業にも進出を果たした。
交通
大江戸市の交通網は、転移の際に23区ごと運ばれた鉄道を骨格に据え、市内の移動の大半を電車が担っている。
鉄道
新ソヴィエト学区内の一般鉄道を一手に管轄する公営の事業体であり、旧共和国から引き継いだ路線網と車両で運行を続けている。路線の名には、土地の名に代えて革命の理想を示す名詞が選ばれ、『英雄05号線』『勝利01号線』と番号を添えた形で掲げられた。車両は無骨な共通車体で統一された通勤電車で、どの路線にも同じ形の編成が10分の間隔で走る。車体を一つの型に揃える方式は計画経済の時代の設計思想を受け継いでおり、部品の互換が利くことから、外部からの補給が途絶えた転移直後の時期にも、限られた部品を路線の間で融通して運行を保てた。路線の多くは灰区と緑区を跨いで走り、浄化を終えた区画が広がるにつれて、閉ざされていた駅の営業が順に再開されてきた。公社の運行計画は、駅の再開を見込んだ時刻表の改定を年ごとに重ねており、緑区の拡大は、そのまま列車の停まる駅の増加として住民の目に映る。
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最終更新:2025年11月03日 21:53