「また、第三の封印を解いた時、第三の生き物が「来たれ」と言うのを、わたしは聞いた。
そこで見ていると、見よ、黒い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、はかりを手に持っていた。
すると、わたしは四つの生き物の間から出て来ると思われる声が、こう言うのを聞いた、
『小麦一ますは一デナリ。大麦三ますも一デナリ。オリブ油とぶどう酒とを、そこなうな』。」
~新約聖書「ヨハネの黙示録」第6章より~
◆ ◆ ◆
―それは、ずっと昔は私にとって当たり前の日常で、今の私にとっては、もう二度と味わえない日々だった。
朝起きて、タツヤとじゃれ合って、ママに格言を教えてもらって、パパの手料理を平らげて、学校に行って、
さやかちゃんや仁美ちゃんとお喋りして、勉強して、放課後の喫茶店でお話して…
そんな日々を、まさかこんな形で過ごすとは、夢にも思わなかった。
今の私は、過去未来現在、全ての魔女を消し去るために時間を飛んでいる、そう、今も。
ムーンセルによると、今こうしている私は、この行動そのものを「形」にして現界した、
「サーヴァント」と呼ばれる存在らしい。でも、私に願いを叶える権利は無かった、
そもそも私には願いといえる願いすら無い。強いて言うなら「裂かれた私の一部とほむらちゃんを
円環の理に送り返す」
くらいの物かな…私の事を思ってくれていたほむらちゃんには本当に申し訳ないと思う、だけど私にも、もっと大事な、
やるべき事がある、その為にも、ほむらちゃんを迎えに行こうと思う。
私が与えられた役割は、「願いを奪い合うゲームの管理者」という役割であったからだ。
しかし、「身体は呪われても願いは必ず叶う」のと、「殺し合いに勝てば願いは叶う」の、どちらが良いのだろう。
いや、自分が傷付くのも、他人が傷付くのも、どっちも良くない、私はそう思う。
私にとって「何でも願いが叶う」と言って真っ先に思い浮かぶものは、「魔法少女」の契約だ。
素質のある少女を監視しているインキュベーターに願いを言えば、願いと魔法少女の力が同時に手に入る。
思えば、本当に虫の良い話だったと思う。でも、そんな事はなかった。
「負担無しに一攫千金なんて甘い話はない」と、公民の授業で先生が言っていた気がする。
本当にその通りだと思う、魔法少女になった人達は、皆ソウルジェムを濁らされ魔女を産んで消えたのだから。
「聖杯戦争」、願いを叶える「聖杯」を取り合う為に、「月の海」の中で「英霊」を仲間とし、
参加者同士で殺し合うという、とても残酷な戦い。その戦いを見届けるのが私の役割だと、
ムーンセルは囁いた。
私は、今は私とそっくりそのままの「只の中学生」という「ロール」のNPCを拠り所にして今ここにいる。
とても変わったやり方らしいけれど、あの日々帰れた事を考えれば寧ろその方が心地良かった。
でも、私に「審判」なんて役割は務まらないかもしれない、と私は思う。
昔は「公平に物事を考えられるから良いじゃん」とやらされたことはあるけれど、
命の奪い合いを管理するなんて、多分私には出来ない。
例えば感情が無いキュウべぇなら、冷たく達観しながらこの戦いの審判を務められるかもしれない。
でも、私にそんな事が出来るだろうか、よく周りに甘いと言われる、そんな私に。
多分出来ないかな…ううん、出来ないんじゃない、「やりたくない」んだ。
ともかく、審判として喚ばれたからには、私なりに、何か出来ることはやっておこうと思う。
【クラス名】「飢」のルーラー
【出典】魔法少女まどか☆マギカ
【性別】女
【真名】円環の理
【属性】秩序・善
【パラメータ】筋力D 耐久C 敏捷B 魔力A 幸運C 宝具A++
【クラス別スキル】
対魔力:EX
魔力に対する耐性。
多種多彩な魔法を理解している彼女には、
いかなる魔術も効かない。
神明裁決:A
ルーラーとしての特権。
召喚された聖杯戦争に参加している全サーヴァントに対して、2回まで令呪を行使できる。
【固有スキル】
蔵知の司書:EX
彼女の記憶の中にはいくつもの魔法少女の記憶が複合されている。
例え明確に認識していなかった場合でも、
LUCK判定に成功すれば過去に知覚した情報・知識を記憶に再現できる。
神性:B(A+)
神霊適性を表すスキル。
観測データの中で「神」として扱われていた彼女は、最高ランクの神性スキルを持つ・・・
のだが、一部が剥ぎ取られてしまったためランクが減少している。
魔法少女:A-
願いと引き換えに自らの体を呪った者達。
このサーヴァントの姿の元となった、
「円環の理」を生み出した魔法少女は、
「世界最強の魔法少女」として観測されているが、
何故かうまく機能していない。
【宝具】
「願望に呪われし魔法少女(プエラ・マギア)」
ランク:C〜A++ 種別:魔術宝具 レンジ:ー 最大捕捉:ー
「円環の理」に導かれた魔法少女達の因果・魔法。
「円環の理」の一部として認識されている魔法少女の装備や
得意な魔法を、一時的に使うことが出来る。
ただし、暁美ほむら、
美樹さやか、百江なぎさ等、
円環の理に存在しない魔法少女の力は使えない。
「泣かなくていい、絶望しなくていい(ステア・オブ・ザ・ヘブン)」
ランク:C+++ 種別:対人宝具 レンジ:40 最大捕捉:1
「円環の理」のあり方そのものが宝具として昇華された力。
桃色の光と共に放たれた矢を敵にぶつける。
ダメージは一切ない、しかし、矢を当てられたサーヴァントは、
その時の精神状態の悪さに比例した魔力を失い、魔力が枯渇すれば
そのサーヴァントは消滅する。
【人物背景】
自らの魂を宝石に変化させ、願いを成就させる魔法少女の魂を、
「魔女」と呼ばれる化け物に変化する前に迎え入れ、
融合していく、一種の現象の様な存在、それがサーヴァントとなった、
一種の概念。
この現象を生み出したのは、魔法少女の存在を知った1人の少女だった。
力を失い、絶望し、魂を化け物に変えて他の魔法少女の餌にされていくという
残酷な有様を憂いた彼女は、その最強の魔法少女としての資質で
「過去未来現在、全ての魔女を、『この手で』消し去る」
という願望を成就させ、輝きを失った魔法少女達の魂を、彼女が迎え入れる姿が、
「円環の理」という現象になった。とされている。
しかし、現在はその少女の部分が裂かれ、やや不完全な状態になっている他、
一部の魔法少女の部分もまた剥ぎ取られている。
円環の理を生み出した少女の姿と人格をアバターとしている。
控えめだが仲間思いで争いを好まない心優しい人物。
【聖杯にかける願い】
円環の理を安定させたい・・・と思っているが、
立場上それは難しいため、そこが悩みどころ。
◆ ◆ ◆
此処らの中学校の帰りの会が済まされてから数十分が経過した頃、繁華街は寄り道をしている学生で溢れかえっていた。
寄り道をするのは「めっ!」というのは親の教えだが、思春期の子に果たしてそんな言葉が通じると思うだろうか。
答えは見ての通り。彼等は授業のストレスを発散するためにデパートやレストランに立ち寄ってばかりだ。
最近此処らで猟奇殺人事件が起こったとテレビも言っているのに呑気な物だが、何れにしろ、
教師からプリントが配られるのは既に職員会議で決まっている。
「鹿目まどか」の皮を被った「円環の理」も、【美樹さやか】、
志筑仁美の三人と一緒にとある喫茶店を目指して繁華街の歩道を歩いていた。
かなり有名な大手のチェーン店で、三人の常連となっている店だ。
「でさー!中沢の奴、何か最近RPGにハマりだしたとか言ってて~!」
さやかはそんな調子で、平凡な話をいつもの様に陽気な態度で語る。
そしてまどかや仁美がそれに反応を示して…の繰り返し。
そんな何気ない毎日を、まどか、そしてさやかは演じていた。
さやかは、いつも何か悩み事を自分の中に抱えている癖がある。
今回だってそうだ、此度の聖杯戦争においてマスターとして選出されたさやかは、
「殺し合い」をする羽目になったことを、NPCであろう二人に隠している。
そしてまどかも、己がサーヴァントであることを隠している。
魔法少女を知ってから、二人はよく隠し事が多くなった、とはいえ、それはとてももどかしさを感じさせる。
それでも彼女達は嘘を吐き続け、その影で戦い続けようとするであろう。
自分の願いのために、自分の希望のために。
美樹さやかは聖杯が許せないが、鹿目まどかはその聖杯を「許容」せねばならなかった。
片や参加者、片や審判、とても相容れるのが難しい。
今、此処でいつもの様にお笑い合っている彼女達の笑顔は、偽りか誠か、それは定かではない。
二人は確かに互いに騙し合っている、しかし、それでも…
この平凡な日常を謳歌していることは、彼女達にとっては笑っていい事だと思う。
そろそろ、目的地が見えてきた。
「お、島が見えましたぞ!それではあたしが一番乗りで見てまいりま~す!」
「ちょ、ちょっとさやかちゃん!」
「あまり速く走らないでくださいよさやかさぁ~ん!」
まどかと仁美もそれを追い、三人は喫茶店の自動ドアに入り込んだ。
◆ ◆ ◆
そんな風にして談笑している少年少女は、無論まどかやさやか達だけではない、
それもまた、事実である。
まどか達が入った喫茶店にも、勿論聖杯戦争の関係者はいた。
二人の友人とともに珈琲を飲んでいる【
最上リョウマ】も、その1人であった。
リョウマは、自分が元の世界から持ってこられた数少ないアイテム、「クロスローダー」を弄っていた。
弄っていたというより、動作確認と言った方が正しいだろうか。
どういう訳かクロスローダーに入っていたはずのデジモンは全て置き去りにされてきているらしい。
仲間である黒兜のセイバーの実力は未知数だが、しかし仲間が少なくなったのは少しネックな気がする。
クロスローダーは超進化やデジクロス等、デジモン関連の機能が主な端末だが、
しかしそれ以外にも中々有用な機能は備えられている。
しかし工藤タイキも使っていたとされている立体
マップの展開は、やはりデジタルワールドだけではなく、
リアルワールドやこのSE.RA.PHにおいても有効であった。だが基本的にあまり使わなかった機能ではあるし、
何より今の御時世、地図の確認など何時でもどこでも「スマートフォン」で済ませられる。
が、圏外のエリアではその限りではないし、立体映像で確認できる以上スマートフォンよりは見やすい。
それにデジモンハントにおいて重要だった「タイムシフト」、及びデータや時空間に関する攻撃に対する魔除けとしての機能は、
今だに生きていた。この場において必要な機能を、クロスローダーは幾つか揃えている。
それに、リョウマにはこのクロスローダーを手放さずにある、ちゃんとした理由があるのだから――
「リョウマ、お前いつまでその玩具弄ってんだよ。」
「おも…ちゃ…!?」
向かいの席でスマホを手に取っているベレー帽の少年、戸張レンが、ジュースのコップにささったコップを咥えながら
ジト目でリョウマを見つめていた。リョウマは、彼の言葉にショックを受ける。
この喫茶店においてはこれは単なる玩具である事、それをリョウマは良く知っていた、
だがこのクロスローダーは、リョウマにとっての宝物だ。
クロスローダーを手に入れて、あこがれの工藤タイキに一歩近づいたと感じた時の思いは、今も尚胸に張り付いている。
最上リョウマにとっては、己の夢への道へと繋ぐ切符だった物だ。
自覚していたとはいえ、やはり他人に「玩具」呼ばわりされると少し憤る。
「ッ……何が玩具ですか…!」
唇とクロスローダーを握った手をワナワナと震わせながら、リョウマは壁に立てかけておいた鞄にクロスローダーをさっと仕舞い込み、
そのまま置きっぱなしだったコーヒーカップに口を付けながらレンをその細い銀色の目でギロリと睨みつけた。
「あー!分かった分かった悪かったよ!分かったからそう怒るなよ!こんな事でキレるなんてお前らしくねーって!」
いつものリョウマと様子がおかしかったからか、レンが両手を振って宥めようとする。
落ち着いた振る舞いに整った容姿、そんな人間がキレる姿はかなり恐ろしい。
するとテーブルの大部分を独占してケーキを美味しそうに堪能していたポニーテールの少女、洲崎アイルがクスクスと笑い出す。
「へぇ~意外!クールなアンタが玩具如きで拗ねるなんて!アンタ、意外とお子ちゃまなのねぇ~!」
―洲崎さん、貴方にだけは言われたくありませんよ、せめて貴方を囲んでいる大量のケーキと珈琲にかけたシュガースティックの数を数えてから言ってください―
リョウマは心の中でそう呟くと、もう一度コーヒーカップの先端に口をつけ、中身をズズッと啜った。
◆ ◆ ◆
一方その頃、最上リョウマ達が談笑しているテーブルの隣では、
【
二宮飛鳥】と【輿水幸子】の二人が、互いに席を向け合っていた。
幸子はスマートフォンを操作し何かを見つめている中、飛鳥はケーキを添えたコーヒーをズズッと啜っていた。
飛鳥がコーヒーを飲む動作は、一目見れば中々優雅と言えるであろう…
周りにシュガースティックとミルクの入れ物が散らばっているのを除けば。
『砂糖は入れ過ぎないようにしておけ、珈琲の味が台無しだ。』
ランサーからのお節介な念話がかかってきた、しかし飛鳥も落ち着いた口調で言い返す。
『医学がそれ程発達していなかった頃は、苦味こそが有毒の印だった…
つまり人が苦味から逃げるのは一種の生存本能からなんだよ。生憎だけれど僕には苦痛を悦とする趣味は無くてね。』
コーヒーの味が楽しめなくなる、と注意するランサーの念話に言い訳をして返す飛鳥。
彼女の発言は、随分と捻くれた言い方に聞こえるが、要訳すると、「誰だって苦いのは嫌に決まっているでしょ!」
という所だろうか、結局は子供なのだ。すると、またランサーが言い返してくる。
『コーヒーの苦味は、相乗効果によりケーキの甘味をより一層引き立てる…
砂糖に塗れたコーヒーにケーキ等加えたら余計甘ったるくなって余計楽しめなくなるぞ。』
彼女のサーヴァント、ランサーは、「ケーキ作りが得意」という意外な一面を持っていた。
嘗ては後に己が求める女となる女神に腕をふるった事もあるとか、まあ夢のなかで見た話だが。
そのことからか、ランサーはやたらと洋菓子について拘る発言をしている。
これが世界を壊しかけた反英雄の言う言葉かと思うと、中々面白い。
一方幸子は、ケーキをテーブルに置いてスマートフォンでネットニュースを見ていた。
流石にコーヒーは無理だったのか飛鳥のと比べるとそれ程減っていない。
記事の見出しには、『○×プロダクション所属の期待の新人、島村卯月のコンサートが3日後に開催!』と書かれている。
島村卯月といえば、幸子にとっても面識のある人物であった。そう、幸子の元いた世界においては彼女もまた、
346プロダクションのアイドルであったのだから。しかし、この事務所はまるで聞いたことのない名前であった。
だがこの世界に346は存在しない、元の世界で346にいた皆は自分も合わせて他の事務所にいる。
卯月も例外ではなかったのだろう。しかしそれにしても、卯月がコンサートを開くとなると、
同じ346のアイドルとしては、応援せずにはいられなくなる。
そしてそれは、己の熱意をも高めていく事に繋がる。例え相手が只の贋作の人間であろうと、
「互いに競い合い、高め合う」というライバル精神は変わってはいなかった。
だがそれは戦いが終わってからの話だ、今はアイドルどころではない、今自分は殺し合うためにここにいるのだから。
(頑張って下さいね、卯月さん……ボクもボクで、必ず生き残ってみせますから)
そう心の中で呟いた幸子は、ニュースの記事をスライドしていく。
記事には、日時、場所、チケット購入のURL等の詳細な情報が掲載されていた。
更には、関係者へのインタビューも、より詳細に載せられている。
そして更にスライドさせていくと、卯月の【
プロデューサー】の顔写真が載っていた。
◆ ◆ ◆
某芸能プロダクションのビルの部屋で、プロデューサーと彼のサーヴァント、アサシンは、
PCのスピーカーから流れている曲に耳を澄ませていた。
プロデューサーは机の椅子に座りながら腕を構えてはにかんだ笑みを浮かべて聞き、
一方のアサシンはプロデューサーの後ろに立ちながら恍惚とした表情を浮かべている。
スピーカーから流れる静かなBGMに彼女の明るい歌声がのせられて、部屋中に響き渡っている。
島村卯月が、コンサート用の曲「S(mill)ing!」を練習した音声だ、もう繰り返しの所が終わりの所に近づいている。
二人は、この曲の視聴に集中し、何処か歌詞を間違えていないか、かんではいないか、或いは音響にミスがあったかなど、
それらを詳しくチェックし、まるで宝物を掘り当てるかのように曲の細かい所にまで掻き分けて聞いていた。
そして遂に曲は終わりを告げ、スピーカーから流れた音はピタリと止み、部屋中に静止が訪れた。
プロデューサーはそれから一瞬間を置いて考え、「うん」と頷いた。
「良く出来ています、流石は島村さんです…それと、アサシンさんのボイスレッスンのおかげでもあります。」
「いえいえ、然程のことでもございませんよ…私は寧ろ、あのクリスティーヌの歌声にちょっと仕上げをかけた程度ですから。」
素晴らしい、あらゆる面で非の打ちようが無い、前と比べて随分と上達し、そうでありながら彼女の個性は未だ生きている。
いや、寧ろ彼女らしさが増大したとも言える。その素晴らしい歌声にプロデューサーは感嘆すら覚えた。
そしてこれは自らのサーヴァント、アサシンのボイスレッスンのおかげでもある。
隠れた名優クリスティーヌ、彼女の歌手としての才能を引っ張りだしたのも、このアサシンであったからだ。
書物に書かれたその歌の指導家としての実力は折り紙付きだ。
コンサートの日はすぐ其処にある。ステージの仕上げにリハーサル、やる事は山のようにある。
そう思い直すとプロデューサーは、中々の高級品らしき腕時計に目をやり、スクッと立ち上がり部屋から出て行く。
アサシンは立ち去る彼に顔を向けると、霊体化をして姿を消した。
彼等は戦わない、彼等はそれを求めないから。求めるとすれば―歌姫の成長―そして現実世界への帰還である。
◆ ◆ ◆
プロデューサーが部屋から出た丁度その時、
事務所のビルが建っている所を青年、【
カオスヒーロー】が走り去って行った。
三人がかりだったとはいえ悪魔と対等に戦える力を持ったカオスヒーローの瞬発力は高かった。
しかし走りに走ってかれこれ数時間。流石にもう限界となったカオスヒーローはよろけながらも、
すぐ横にあった白いガードレールに座り込んで息をついた。
「ハァッ…ハァッ…ハァッ……」
息を切らして座ったカオスヒーローは、今の自分の状況とは逆に青く澄んだ空に顔を向け今の自分はまったくもって無様だと自嘲した。
あの時は、悪魔にだって逃げなかったのに。勝つことすらままならなかったもののオザワにだって、抗えたのに。
どうして今の自分はこうして逃げているというのだ。
記憶を取り戻して以降、家には帰っていない、というかあんな飲んだくれのいる家なんてゴメンだ。
しかし所持金だって決して多くはない、殆どは親父が酒にしてしまって我が家は火の車。
持ってきた毎月の小遣いなんて雀の涙だ。
偶々目のあったヤクザを脅せばある程度は手に入るものの、
そうすれば噂が流れ流れて此方の居場所が突き止められて追いつめられる。
それに、その中にもマスターがいる可能性だって十分にあるのだから。
そんな事を一々続けていれば余計自分の身の安全が危険となる。
元の世界で手に入れた護身用のベレッタは置いてきた、
だが此処は英霊同士の殺し合いを許可している割に吉祥寺と違って銃刀法に甘くはない。
子供相手に銃や軍用ナイフ等売ってくれるはずもない、まあ神秘なき物を持ち込んだ所でどうにもならないが。
それにカオスヒーローには「魔界魔法」という力がある、異界の幻想種「悪魔」に対抗できる魔術基盤。
彼が夢から醒め一人の「英雄」と出会った時に手に入った力。それならサーヴァントにも対抗できるだろうに、
何故、カオスヒーローは逃げ続けるのだろうか。そう、「名前」だ。
カオスヒーローは名を書き換えられた参加者である。
「混沌の英雄」等という異名で使うべき名を、彼は本名と同じ様な扱いを受けてこのSE.RA.PHにいる。
一体誰がどんな悪戯でこんな真似をしたのか知りたい。
一体どういう冗談だ、仮にも折角死んだお袋が付けてくれた名だというのに。
おまけにどういう訳か自分を助けた「■■■」の名は「ザ・ヒーロー」としか発音できなくなってしまい、
更にそいつと一緒にいた「■■■■」の名までもが「ロウヒーロー」としか呼べなくなってしまった。
ここにいる自分はともかく彼奴等の名までこれかよ、一体どうなっているんだ。
同じ夢の世界でバッタリ会って、現実世界で一緒に悪魔退治に専念して、
今度は名前まで一緒に書き換えられる事になるのか、本当に馬鹿げている。
(せっかく怯えることのない力に近づいたってのに…クソッ!)
とにかく、カオスヒーローはこんな所に燻っている暇はないのだ。
「力を手に入れる」という願いは元の世界で叶えるから良いとして、
あそこには「■■■」と「■■■■」がいるのだ。
彼奴等には借りがある。二人が助けに来なければ俺は路上でくたばっていた。
何よりオザワへの復讐は終わっちゃいない、アイツを倒さないと俺は気が済まない。
その為に、元の世界に帰る方法を見つけるために、俺は生きよう…
そう考え、カオスヒーローがスクッと立ち上がったその時……
「おい!何処にいたんだよカオスヒーロー!探してたんだぞ!」
「!?」
己を呼ぶ声に反応し、餌を嗅ぎつけた犬のように声の出る方向へと目を向ける。
其処には、自分がこの月の海で出会った少年、【
エレン・イェーガー】の姿があった。
エレンとは路地裏で喧嘩に入り浸っていた頃に腐れ縁となった仲だったが、
記憶を取り戻し一定の場所に留まるのはマズいと判断した直後に別れたのだった。
「チィッ!」
カオスヒーローは舌打ちをし直ぐに回れ左をして猛スピードで去って行く。
エレンはどういう事か足が相当速い、鍛えられているのかとでも言いたくなるほどに。
エレンは当然追いかけて来る。カオスヒーローは可能な限り走り、
繁華街を抜け人気の無い所まで走りぬけ、其処の路地裏へと入り込む。
エレンもそれを追って路地裏に入り、辺りを見渡すが…
(見失ったか…クソッ)
路地裏は、チンピラが多いことで有名で、エレン、カオスヒーローもまた、此処で喧嘩に明け暮れていた。
エレンにとっても馴染み深く、其処に土地勘が無いわけではなかったが……
しかし其処には廃墟のようにボロボロな建物が大量に建っており、それが迷路の如く複雑に並んでいた。
これでは見つけようが無い。
そもそも、何で自分は一人の人間を探すのにこうもムキになっていたのか、今思うとバカバカしくなってしまった。
もう帰ろうか、と思ったその時、エレンの身体に、痛みが走った。
「ぐっ!」
エレンは突然の痛みに足を跪く、エレンにはこの感覚に覚えがあった。
そう、「サーヴァントに魔力を吸収されている時の痛み」だ。
「いきなり何やってんだよバーサーカー……抑えてくれ…」
だが霊体化していながらもバーサーカーは言う事を聞かない。
まるで餌に飢えた犬のように、バーサーカーはエレンの魔力を吸う。
バーサーカーの声がエレンの脳に響き渡った。
『ステラァァァァ………』
その声が表したのは喜びか、悲しみか、憎しみか、はたまた悔みか。
それはエレンの知ることではない。
そしてその頃、エレンがいる場所の丁度真上には一人の少女【
ステラ・ルーシェ】が、
己のサーヴァント、バーサーカーに抱えてもらい空を飛んでいた。
ステラの「ロール」は、よりにもよって身売りに出された少女。
あまりにも不憫過ぎる、兵士の次は慰み者だというのだ。
ステラは「エクステンデッド」、所謂「強化人間」だ。
コーディネイターに抗う力を求めたブルーコスモスが生んだ戦士。
戦うために鍛えられ、肉体を弄られた、哀れなる戦う人形。
されどそれは、あのコーディネイターよりもずっと残酷で悲惨な者であった。
強大過ぎる力には、必ずそれに対する「対価」が必要となってくる。
それはエクステンデッドであろうと例外ではない。
ステラは、専用のカプセルで療養しない限り正常な状態を保てない。
それは例えコーディネイターの医学であろうと決して覆せずにある。
ちゃんとした病院に行って適切な治療を受ければ、ある程度命は伸ばせる。
だが改善は出来ない、敵だったためにほぼ実験体に近い扱いだったとはいえ、
ナチュラルを凌駕するコーディネイターが幾ら手を尽くしても気休め程度の物だ。
決して長くは持たない、近い内に安楽死が求められるべき状態に陥ることは、まず間違いない。
この聖杯戦争において存在する病院で、それを確保することは出来る。
だが、果たしてそれで、彼女が長く保つのか。
バーサーカーのデメリットでまず槍玉に挙げられるのが、「燃費の悪さ」だ。
バーサーカーは謂わば燃費を無視した超馬力の怪物マシンだ。
燃料補給を一切無視し、速さだけを求めて走り続ける道路の怪物。
もしバーサーカーが安易に戦い続ければ、ステラの身体は朽ち行くに決まっている。
それでは彼女は生き残れないのだ。
丁度その時、バーサーカーが街の大病院を飛び越えた。
◆ ◆ ◆
バーサーカーが飛び越えた病院にいた患者の中には、「身体に赤紫色のクリスタルがこびりついている」
人間が複数いた、それについて、ちょっとだけ紹介しておこう。
『人体が結晶化?正体不明の病気が発生』
『結晶の仕組みは不明?周期表に記されていない謎の物質』
『治療法 依然見つからず 現在ワクチンの開発が進められている』
このSE.RA.PHには、マスコミが寄り付く様な大スクープのネタが山のようにあった。
テロリスト集団「鬼兵隊」の今後の動向。
カニバリズム説が浸透している連続猟奇殺人事件。
フラネットが作り出した「
ミゼル・ジーン」
そしてそれに並ぶのが、正体不明の病原菌「アポカリプスウィルス」であった。
聖書の「蒼ざめた馬」が由来なのか、「黙示の病」などという随分と洒落た名前を持った病であった。
主な症状は、「身体の結晶化」である。
「キャンサー」と呼ばれる正体不明の物質に身体が少しずつ変化していき、
臓器がキャンサー化していくことで生命機能が侵され、やがて肉体は完全にキャンサー化し崩壊する…
ハッキリ言って前代未聞だ、まず肉体が物質に侵食されていく時点で「ハァ?」と言ってしまいそうな程に。
しかも、これはつい最近学会で発表された「日本の病気」だ。海外での発症者は発見されていない。
そんな病気によく西洋の教えを名前の由来に出来るものだが、まあ其処は置いておこう。
驚いたことに感染者は数十人程にしかならないというのだ、この大病院に収容されている人間で、
ほぼ全員と言って差し支えないであろう。
しかし最近、この病院の研究結果から、思わぬ内容の結果が出された。
何と、患者の身体的特徴からは異変も突出して共通する所は無く、免疫力もバラバラで、
やはり健康だったものから弱っているものまで複数いた。
その患者達に共通するところと言えば……「手の甲に宿された赤い刺青」ぐらいのものだろうか。
最終更新:2016年11月10日 19:49