目次
【ダウナーグリちゃん日誌1】part27(102)
【ダウナーグリちゃん日誌】
◯月✕日
今日は初めての登校日。今日からいよいよトレセン学園生としてデビューするんだ。
シンボリルドルフ会長かっこよかったなあ。
途中、ダジャレ?を言ったような気がするけど気のせいだよね?
明日から本格的な授業が始まるんだって、上手くクラスの人と打ち解けられたらいいけど。
あと、栗東寮でもいろんな出来事があって、特に寮長のフジキセキさん。
カッコよかった……。本当にかっこよくてお話に出てくる王子様みたい。
ただ、同室の子。グレイベリコースさんって言うんだけど、ちょっと怖い娘だったなあ。
なんだかすごい強気で、仲良くなれるかなあ……。
心配だなあ……。
とりあえず朝起きたら挨拶しよう。そして、改めて自己紹介しよう。
それくらいなら私でもできる。
たぶん……、メイビー……。
【ダウナーグリちゃん日誌2】part27(125)
【ダウナーグリちゃん日誌】
◯月□日
今日は最初の授業。さっそく走りの練習がありました。
結論から言うと、やっちゃいましたあ……。
もう、これを書いてる今も隣のベリコースさんからの視線が痛いです……。
というのも、教官立会のもとレースがあったんだけど、そこでまさかベリコースさんとバッティングするなんて……。
レース前の走力測定でクラス内トップクラスのタイムを叩き出してたベリコースさん。そんな人と一緒に走ることになるなんて……。
レースはもうてんでメチャクチャ。ゲートから出遅れるし、馬群が怖くて最後尾だし、思い出したら涙が出てきた……。
途中でジュニアクラブ時代のトラウマが蘇ってもう最悪。
ビリッケツでみんなに憐れみの目で見られたのを思い出しちゃった。
しかもそれを思い出したのがよりによって最後の直線。
それが嫌で無我夢中で走ってたら、一着になっちゃった。
まわりはポカンてしてるし、2着のベリちゃんには対抗心むき出しにされるし……。
私、こんなんでやっていけるのかなあ……。
【Sideタマモ2】 part28(29~33)
【Sideタマモ2】
「――本気にしちゃってもいいんですよ?」
「――はい?」
思わず聞き返してしまった。
スマホのスピーカーから流れてきた蠱惑的なささやき。最初それを飲み込むことができなかった。
いや、正しく言うのなら噛み砕くことすらできずにそのまま丸呑みしてしまったと言うべきか。それほどに何を言われたのか理解できないくらい呆気に取られてしまったんだから無理はないだろう。
「えっと――」
いったい何のことや。本気にするっていったい何を。
いや待て、そもそも何の話題だったっけ。直前まで話してたのはスタンプを誤って送ってしまったからであって。
なら、そのスタンプの内容は――。
そこまで思考を進めてようやく乖離していた二つのことが線で繋がった。その瞬間、引き潮のように失せていた感情が大波となって一気に押し寄せてきた。
「――な!? ちょ、いや、え!? アンタ何言うて――」
いや、いやいや、いやいやいや。何を言うてんのこの娘。
『好きやねん』に対して『本気してもいい』って、それ――。
いやま、それはそれで嬉しい――って何でやねん!? 何考えてんねんウチは!? おかしいやろ!?
一瞬でも湧き上がったまんざらでもない気持ちを叩き潰す。
だが、それでもこの感情の爆発は止まらない。次から次へと誘爆し連鎖していく度にそれを叩き潰す。まるでモグラ叩きだ。
爪先から頭の天辺まで茹で上がったかのような錯覚を覚える。内側に灯った火のせいで今にも頭から蒸気が吹き出しそうだ。
たまらず、スマホから顔を遠ざけて大きく吸って吐いてを繰り返した。それも何度もだ。夜の冷えた空気の心地よさを味わううちにだんだん茹で上がった頭が冷えていき冷静さを取り戻すことができた。
モニちゃんに聞かれなかっただろうか。そんな一抹の不安を抱きながらもどうにか平静を装って再びスマホへと向き合う。
「アンタ、それどういう意味や?」
「さあ? どういう意味でしょう?」
「アホ! 問答しとるんとちゃうんや! こっちはホンマに意味がわからんから聞いてんねん」
「もー、タマ先輩のいけず。こんなわかりきったことを聞くなんて……」
くすくすといった笑い声。妙に艶っぽく聞こえる悪戯じみた声。それを聞いてるうちに頭がくらくらしてくる。まるで、飲んだこともない酒をたらふく飲んだような酩酊感に襲われた。
すっかり酔わされて守りが甘くなったその瞬間を見計らったかのようにスピーカーから言葉が聞こえてくる。
「別にそのまんまの意味ですよ。私がタマ先輩のことを――」
まるで、獲物を前に舌なめずりをしているようにいったん言葉が区切られる。聴こえてくるのは風の音や周囲の生活音。そして、遠くの車や鉄道の騒音だけ。
言葉の続きを待つわずかな時間だというのにいやに長く感じる。
喉の乾きを覚え思わず唾を飲み込んだ音が相手にも聞こえたんじゃないかと心配になるくらい大きく聞こえた。
そして、再びスピーカーから声が聞こえた。
「好きになるってことですよ? もちろん、ライクじゃなくてラブのほうで」
今度は音が消えた。周りのありとあらゆる音がだ。
と思ったらやけにうるさい音が一つ。ドッ、ドッ、ドッ、と。地鳴りのような音が規則正しく。
自分の心臓の音だった。
せっかくもみ消した火に燃料が無慈悲に投下されたのを見た。それも特大のものだ。それがやっと小さくなった火に飛び込んだその瞬間――。
体の内側から突き破るくらいの爆発を起こした。
「ば、ばばばばばばばば――」
馬鹿なことを言うなアホ。本当はそう叫んでやりたいのに。言葉が上手く出てくれない。さっきまでの冷静さなんてすっかりどこかへ吹き飛んでしまった。
もう限界だった。もはや取り繕うことすらできなかった。先輩なのに。情けない格好なんか見せたくないのに。まして、自分が密かに想っている相手に。
そうして壊れたラジオみたいにノイズを吐きまくっていれば、スピーカーから堪えかねたような笑い声が聞こえてきた。
「――ぷ、くくく。あはははははははっ」
突然のことに呆然と携帯を見るタマモを他所になおもスピーカーからは愉快げな声が響く。
「もー、冗談ですよ冗談。さっきのスタンプのお返しですよーだ」
止まっていた時間が緩やかに動き出すのを感じた。「どうです? ドキドキしました?」などとさらに言葉を付け足されてようやく意味が飲み込めてきたタマモは、ひとつ大きなため息を吐くと口を開いた。
口から出てきたのは怒りでも驚きでも、まして悲しみでもなく――。
「は、なははははは……」
自分でもよくわからない乾いた笑いだった。
いや、正直のところ冗談と言われて安心してしまったのは事実だったのだが、こうも短い間にせわしなく上へ下へと感情を引っ張り回されたせいで上手く気持ちが出てこない。
それでも、かろうじて軽口は叩くことができた。
「アホ! びっくりさせんなや! 心臓飛び出るかと思うたで!?」
「いや~、失敬失敬」
こっちの抗議もさらりと流してのけるモニー。本当に悪いと思ってるのかは疑問だが。
「たく、悪い子やな~。モニちゃんは」
「え~、だってタマ先輩が先にやってきたのが悪いんじゃないですかー」
「だーから、そのことについては謝ったやろさっき」
「そーでした」
ペロリと小さく舌を出して戯けてる姿が目に浮かぶ。
普通なら怒って当然のことをされた筈なのに、それでもこうして許してしまうのは惚れた弱味なのだろうか?
そんなこんなしているうちに気がついたらようにモニーが言う。
「それじゃタマ先輩。もう夜も遅いんですしこの辺で」
「へっ? ――あ、ああ、そうやな」
そう言われて画面の上に表示されている時計を見ればいい時間だった。学園にいたらもうとっくに夢の中にいる頃だ。
「タマ先輩も早く寝ないと大きくなれませんよ?」
「喧しいわ! もうとっくに本格化迎えてんねんこっちは! 嫌味か!?」
ケラケラと笑いながら「それじゃ」と言ってモニーが通話を切ろうとした時だった。
「――モニちゃん!」
自分でも意図せず相手を呼び止めてしまったのは。
(続く)
【ダウナーグリちゃん日誌3】 part28(73)
ダウナーグリチャン日誌
◯月▲日
今日はとても嬉しいことがありました。なんと同室のベリちゃんとお友達になれたんです!
ベリちゃん気の強い性格だから誤解されやすいけど本当に面倒見のいい娘で優しいんです!
いつも迷惑かけちゃって怒られちゃうけど、でもなんだかんだ言って手伝ってくれて本当に優しい!
きっかけは放課後の自主練のとき。
前のレースで勝っちゃってからクラスのみんなにマークされて、前は壁だし、苦手なのにみんなに囲まれちゃうし、ゲートは何度も失敗するしもう散々……。
成績も芳しくなくて落ち込んでたところに教官が放課後にトレーニング場が開放されてるって教えてくれたんだ。
今のままじゃまずいって思って、さっそく行ってみたらなんとベリちゃんも練習してたの。
最初は、まあ、うん、少しキツイ目で見られたあとすぐに視線外されちゃったんだけど……。
【ダウナーグリちゃん日誌4】 part28(112)
ダウナーグリチャン日誌
☓月◯日
今日はしんどかった……。
ベリちゃんと友達に慣れてから少し経ちました。
最初こそ面と向かって話すことができなくて、しばらく紙袋を被りながら会話してたんだけどね。
最近はすっかり平気になりました。いまだに他の娘とは話せないんだけど……。
あれから仲良くなったベリちゃんに「一度でもあたしを負かしたやつがあんな情けない負け方してるのは見てらんない」って急に言いだして、それからずっと猛トレーニングの毎日。
ゲート練習、併走、勉強、挙句の果てには駅前でライブ練習まで。
いまだに恥ずかしくて顔から火が出そうだよう……。
でも、そんなスパルタ訓練でへろへろになって寮に帰ってきたときに嬉しいことがあったんだ。
お腹がぐうぐう鳴って仕方なかったときにキッチンからとてもいい匂いがして、思わず覗き込んでみたらすごい美味しそうな料理を作るウマ娘がいたの。
すごくきれいな人だったな。料理してる姿が様になっててカッコよかったし。
途中、こっちに気がついたときに声をかけられたんだけど、私コミュ障だから上手く応えることができなくて。
おまけにその人の目の前で大きくお腹を鳴らしちゃうし、もう本当に恥ずかしかった……。
そんな姿を見かねたのか、そのウマ娘さんはご飯をよそってくれて、「余り物で申し訳ないけど、よかったら食べて」って優しい笑顔で言ってくれて。
嬉しかったなあ。料理も美味しかったし。優しい味がしてて最高だった。
あのウマ娘さん、どこかで見たことあったんだけど誰だろう?
確かオグリ先輩と一緒にいた気がするんだけど。
また、会えたら嬉しいなあ。
思いついた概念 (141~142)
保守がてら思いついた概念をば
卒業して少しした後、サブトレーナーとして毎日を過ごすイチ。
お互い忙しい身であるため、親友であり恋人のオグリとはもう随分と会えておらず連絡だけ取り合うのみ。
少し隙間風が吹いたかのような寂しさを感じるそんなとき
トレーニングを終え書類整理も一段落ついたので帰宅しようとしていると携帯に連絡が入る。
画面に映る文字は『今から会えないか』というオグリからのものだった。
『いいよ』と返し時間と場所を聞けば、学生時代にいつもお弁当を渡していたおなじみのあの場所だった。
誰もいない学園を一人歩き、中庭にたどり着いてみれば見慣れた芦毛。
すでにオグリが待っていた。
オグリのとなりに腰を下ろして「なんの用?」と尋ねる。
すると、オグリはなんともハッキリしない様子でやれ昔の思い出だの最近の様子だのを話し始めた。
話の真意を見定めようとするもののなかなか容量を得ないので、焦れったくなってついに「何が言いたいの?」と強めに訪ねてしまうイチ。
その様子に言葉をつまらせてしまうオグリだったが深く呼吸を何度かすると意を決したように真剣な表情でイチと向き合う。
そして、そんな真剣な顔でイチの手を取ると、その手に何かを握らせた。
恐る恐るイチが手を開いてみれば手のひらに乗っていたのは一つの鍵だった。
事態を飲み込めずにいるイチに向かってオグリが言う。
「イチ、私と一緒に暮らしてくれないか?」
【ダウナーグリちゃん日誌5】 part28(152)
ダウナーグリチャン日誌
☓月△日
本日、室内の空気が最悪です……。
原因は一目瞭然。お隣のベリちゃんがひたすら唸り声を上げているからです……。
なんか実家の犬が怒ってる時みたいだよお……。
理由を聞いてみれば、憧れのオグリ先輩に話しかけようとしたらそのオグリ先輩とやけに親しそうにしてるウマ娘を見かけたんだって。
なんていうか友人関係のそれを遥かに上回ってて……、おまけにお弁当の食べさせ合いっこもしてたって……。
うう~書いてて恥ずかしくなってきた。
オグリ先輩にもそういう人がいるんだ。トレセンって進んでるんだね。
おかげで隣のベリちゃんがこの有様だけど。
ぶつぶつ独り言まで言い出してるし。
「誰よあの骨ウマ娘」、「私のオグリ先輩とイチャツイて」とか聞こえる。
とにかく大事にならないといいけど……。
……ならないよね? 不安です……。
【Sideタマモ3】 part29(27~)
【Side タマモ3】
「モニちゃん!」
相手が通話を切ろうとしたその時、自分でも意識せず通話口へと叫ぶ。
「は、はい?」
咄嗟のことに驚いたのかスピーカーから聞こえた声はさっきまでのからかい調子のものとは違って幾分身を固まらせたような声だった。
返事があったことにいくらか安堵しつつ重い口を開く。
しかし、困ったことに開いた口から出てくるのは「あー」とか「えっと」とかつなぎ言葉ばかり。
それもそのはず、なにせ何も考えずに呼び止めてしまったのだから。
言葉を紡げない現状とは裏腹に胸の内では機関銃のごとく自らに向けて罵声を浴びせていた。
アホオオオッ!? なんでうちは今呼び止めたんや!? 今このまま終わっとればめでたしめでたしで済んだやんけ! それを何で!?
そらうちかてモニちゃんに誂われっぱなしで終わるんは嫌やとは思ったけど、だからってなんでこうも勢い任せに行ってもうたんや!
いやでも、そんなん関係なしにうちは……、うちは……。
って、そないなことは今はええねん! どないしよう!? なんて言う? 正直に話が終わっちゃうのが寂しかったって言うか?
アホ! そんな情けないこと言えるかい! そんなん言うたら一生誂われ続けるわ!
あーだこーだと自らを罵っていても一向に状況は好転せずにっちもさっちもいかない間、通話口からは「もしもーし? おーい? せんぱーい?」とか「切れちゃったのかしら?」とモニーの声が聞こえてきた。
あかん、このままじゃ切られる。そう思った瞬間、再び大声で「モニちゃん!」と呼び止めていた。
「うわっ!? びっくりした~! もー、いるんならちゃんと返事してくださいよ!」
「あ、えと、なははは……。スマンスマン、ちとな……」
「それで? なにか用があったんですか? ずいぶん慌てた様子でしたけど」
「え!? いや、その~」
あかんあかん、結局元の木阿弥やどないしよう!
考えて考えて考えて最後の最後、結局考えのまとまらないまま無意識に口からこぼれ落ちた言葉。
「こ、今度の休み‼」
「は、はい」
「今度の休み、二人でどっか行かへんか?」
「――はい?」
突然のお誘いに困惑するモニー。だが、タマにとってはそれがチャンスだった。
気の抜けたモニーに向けて間髪入れずに言葉を続ける。
「いやな、ほら、最近お互い忙しくてどこも出かけられへんかったやんか?」
「そう……ですね」
「せやろ! だから、久しぶりにどっかええとこ行かへんかと思ってな?」
「はあ」
「それに今回のことのお詫びも兼ねてな! うちが奢ったるさかい! どないや?」
割と苦しい言い訳だとは自分でも思う。それでもこれでどうにかなってくれと祈らずにはいられない。
しかし、通話口から返事はない。時折、聞こえてくるのは手帳でも開いているのか紙のめくれる音と擦れる音。
口の中に酸っぱいものが込み上げてくる。
――あかんか?
俯きながら目をつぶり諦めかけた時だった。
「いいですよ」
「――へ?」
一瞬、聞き間違いかと思った。それくらいさり気なく言われた一言だった。
恐る恐る聞き返す。
「ほんまか?」
「ええ、いいですよ」
「ほんまにほんまか?」
「もう、何回聞くんですか? ほんまですって」
スマホを持つ手が震える。いや、手どころではない。気づけば全身が震えだしていた。
かと思えば、急に震えが止まりへなへなとその場にしゃがみこむ。そして――。
「よかった~……」
心の底から安堵の声を上げてしまった。
「もう、そんなにホッとすることですか?」
「あほ! 当たり前や! こっちはもう、断られたらどないしよって心配で心配で――」
「なんじゃそりゃ」とケラケラ笑う声が通話口から溢れる。ふーっと再び大きく息を吐き出していれば「そのかわり」とモニーが付け足してくる。
「先輩? プランは全部先輩に任せますからね?」
「お、おう! 任せとき! さいっこうに楽しいプラン練っとくから楽しみにしときや‼ タマモクロス特製・抱腹絶倒プランや‼」
「ぷっ、なんですかそれ。変なの」
再び笑い声を上げるモニー。それにつられてこっちまで笑いだしてしまう。夜の大阪に二人分の笑い声が響く。
ひとしきり笑ったあと、「じゃ、そろそろ」とモニーが通話を終えようとする。
「モニちゃん‼」
瞬間、再び待ったをかける。
「もー、またですか。今度はなんです?」
さっきと全くおなじ。だけど、今度はちがう。今なら言える。
「――あんな?」
ひとつふたつ息を吸って吐いて気持ちを落ち着けると、一気にそれを言った。
「さっきはたしかに間違えてあんなスタンプ置くちゃったけど、けどな? うち――」
――本当に伝えたかったことを。
「モニちゃんのこと大切に思う取るのはホンマやから‼」
「――へ?」
突然のことで言葉をつまらせたモニー。しかし、その先の言葉を聞くことはなかった。
「ほなな‼ おやすみ‼」と逃げるように言って通話を切ったからだ。
再び静寂に包まれる大阪近郊。聞こえてくる生活音や遠くの電車の音が随分久しぶりに感じた。
そんな中、タマは自らのスマホを強く握りしめると――。
「――いよっしゃああああっ‼」
高らかと勝利宣言をするみたいにぽっかり顔を出した月へと突き出した。
【ダウナーグリちゃん日誌6】 part29(60)
ダウナーグリチャン日誌
☓月■日
今日はすごく嬉しいことがありました! もう本当に嬉しくて未だに心臓がバクバクなってるの‼
なんと、あのオグリ先輩とお昼をご一緒させていただいたの! それも奢ってもらったりして‼ もう最高だった!
きっかけは休みの日の自主練後のこと。
相変わらずベリちゃんの鬼トレーニングに身も心もヘロヘロになりながらどーにか終わった後、片付けをしている最中になんと憧れのオグリ先輩にバッタリ出会っちゃったの‼
もう会った瞬間に緊張しちゃって心臓バクバクだしうまく喋れなくてふにゃふにゃになっちゃうし、ベリちゃんに至っては突然のことで魂抜けかけてたんだから。
どうにかその後、私達二人がオグリ先輩の大ファンで先輩に憧れて学園に入ったってことを伝えることができたんだけど、その最中ちょっと恥ずかしいことあって……。
ベリちゃんと二人でオグリ先輩に自己紹介してたら二人揃ってお腹が鳴っちゃったの……。
もう二人してはしたないところ見せちゃったもんだから顔真っ赤にして恥ずかしがっていたら一際大きなお腹の音が。
びっくりして顔を上げてみたらオグリ先輩が少し恥ずかしそうにお腹を抑えながら「すまない、お腹が減ってしまって……」って。
あまりのことでポカンとしちゃったけどなんだかそんな姿がちょっと可愛いく見えちゃった。
その後、先輩が「そうだ!」って手を叩いたかと思ったら、「良ければ一緒にお昼を食べないか」って誘ってくれたの!
もう嬉しくって嬉しくって、二人して前のめりになって食い気味に「行きます」なんて言っちゃった!
そのあとは、食堂でオグリ先輩とたくさんの料理を囲んでお食事!
もう最高の思い出だったな~。
これからもこんな思い出ができたら嬉しいな。
P.S. 食事のときオグリさんが話してたイチさん? てどんな子なんだろう?
オグリさんがあれだけ笑顔で楽しそうに話してるんだから、きっといい子なんだろうな。
【Sideモニー3】 part29(143)
【Sideモニー3】
みんなが寝静まった時間。時計の針はすでに日付が変わる一時間前。
いくらか暖かさを感じる明かりの下でキッチン内のテーブルに突っ伏していた。
別に誰に見られるわけでもないのに恥ずかしさで真っ赤になっているであろうその顔をとにかく隠したかったからだ。
まさか、通話の終わり際にタマ先輩があんな一言を放ってくるとはとんだ予想外だった。
――いや、まあ? 正しく言えばある程度は予想してましたよ? 予想してましたとも。そりゃね? もう付き合いも長いわけですから。声の感じとか表情で「あ、いつかやり返すつもりだな」ってのは分かるんですよ。今日だってあの感じで「お、いつもの仕返しかな?」なんて思って身構えてたんですよ?
でも、せいぜいジャブや良くてストレートだと思ってたところに懇親のアッパー打ち込んでくるなんて思わないじゃないですか。それも、言うだけ言って逃げるように通話も切ってくし。
はあー、もう完全にしてやられた……。
未だ頭全体からスチームが立ち上るのを感じながらも、頭の中ではタマ先輩の最後の言葉が響き渡る。
『モニちゃんのこと大切に想う取るのはホンマやから‼』
「~~~~ッ‼」
声にもならない叫びが喉の奥から飛び出した。心なしかキッチン内の温度と湿度も増したような気もする。
だって、あんなどストレートに言うか、普通? あーもう、めちゃくちゃときめいちゃったよ、もう‼ 普段から言葉にされてないだけで大事にしてもらってるのは分かってるけど、ああも直接言葉にされたらときめくでしょ!? まして、それが心ならず想ってる相手ならさあ……。
机の上いっぱいに手を伸ばしてみれば指先が卓上カレンダーのわきに置かれたスマホに当たる。
そのままスマホを手にとってホームボタンを押せば、画面はじに見切れるくらい腕を伸ばした私と満面の笑みを浮かべながらピースを作っているタマ先輩の姿。ロック画面にはいつぞや二人で撮ったツーショット写真が写っていた。
視線をカレンダーに移せば自然と週末のその日――先輩と出かける日が目に入った。
『今度の休み、二人でどっか行かへんか?』
『任せとき! さいっこうに楽しいプラン練っとくから楽しみにしときや‼ タマモクロス特製・抱腹絶倒プランや‼』
頭の中に響いたいつもより威勢のいい声。思わず口元が綻び自然と笑いが溢れてしまう。さっきまであれほど悩まされていた熱がいつの間にかどこかに消え失せ、かわりに胸のうちがじんわりとした温かさを覚えていた。
この熱は嫌いじゃない。むしろ心地いいくらいだ。
「期待……しちゃいますからね? 先輩」
スマホを顔の前に置いてそう呟くと、画面に映る先輩の頭を指先で愛おしそうに撫でた。
Fin
part30(180~182)
目に映るのは青々とした葉っぱの絨毯。その隙間からわずかに溢れてくる木漏れ日が降り注いでくる。
じっと耳を済ませてみればそよ風に乗って威勢のいい掛け声と黄色い声援やら歓声が聞こえてくる。
そっか。今日は模擬レースだったっけ。
そうどこか他人事のようにぼんやりと思い出したもののだからどうしたと体は動かない。いや、正しくは動かそうともしてない。
他の娘達は目をお星さまみたいにキラキラさせたり、猛獣みたいにギラギラさせたりしながらグラウンドにいるんだろうな。
――とは言っても、あくまでごく一部の娘達なんだけど、ね。
それ以外の娘はもうすでに担当トレーナーと運命的な出会いを果たしたか、はたまた夢と現実の距離感に絶望して荷物をまとめていなくなったか。
私くらいのもんだろう。レースに臨むみんなの声をBGMにして木陰で大の字になっているやつなんて。
正直、ここに寝転がってる私はウマ娘の形をしてるだけの空っぽの器だ。中身なんてとっくに出ってちゃったさ。特に夢や目標なんて大それたもんわね。
そりゃあアタシだって持ってたわよ。人並みには。特に合格してから入学直後くらいは。
「これからいっぱい勝って、G1ウマ娘になるんだー」とか「ウイニングライブのセンターで思いっきり歌ったり踊ったりするんだー」とかさ。
そんな眩しい夢も現実を目の当たりにしちゃえば藁の家よろしく吹けば飛んでくものよね。
――儚い夢だったなー……。人の夢と書いて儚い。
まあ、アタシはウマ娘なんだけども。
同期の走りを見て気付いちゃった。何もかもが違いすぎるって。
上澄みだけ上げてみても、ヤエノムテキ、サクラチヨノオー、メジロアルダン、ディクタストライカ、ブラッキーエール。
あとは、故障気味だけどスーパークリーク。あの娘なんて絶対ヤバいでしょ。隠された素質、なんて主人公様みたいなもん絶対持ってるって。
つらつら上げて見た連中は最初こそおんなじクラスだったけど今じゃ別クラス。晴れて一軍、レースの花形、スターティングメンバー様。
心が折れるには十分過ぎた。
うさぎとかめ信望者であるアタシの相方くらいのもんよ。諦め悪くあんな化け物に挑んでいくのは。
あーあ、あたしもそろそろ潮時かねえ。荷物まとめ始めようかなー。
――でも、一度くらいあんな連中相手に本気で勝ってみたかったなあ。
そう未練がましい想いを体から引きはがすように起き上がった時だった。
幸か不幸か。あたしの運命が軋んだ音を立てて動き始めたのは。
「ご機嫌よう。可愛らしいお嬢さん」
いきなりの挨拶で身を固まらせながらも声の主を見る。
まず目に飛び込んできたのはフリル付きの真っ赤なシャツ。ほのかに青を感じさせる黒いスラックス。そんなシャープな印象を台無しにするゴツいガタイと短く切りそろえた坊主頭。
服の虐待って男性にもあるんだ。
そんなくだらない感想なんか抱いてるアタシを置いてけぼりにして眼の前の何かは言葉を続けた。
「せっかくの模擬レースなのにこんなところでサボってるなんてイケナイ娘ね」
そこまで言うと人差し指を頬に当てながら小首をかしげる。
「なにかワケアリって言うんなら……」
「そこでお茶でもいかがかしら? 私で良ければお話聞くわよ?」
そして呆気に取られているアタシに向かってうるさいくらい音がしそうなウインクをかましてきた。
アンハッピーバースデイ、アタシ。
最低で最高な日々の始まりだ。
part31(146)
(編集者注:このSSは他の人のSSにレスする形で投稿された続き物です。最初から読みたい方はPart31の126,137もご参照ください。)
地面から立ち上る陽炎が生徒たちの身を歪ませる。普段、キッチンで眺めるフライパンの上の光景みたいなんて感想が不意に頭に浮かぶくらいにはどうにか体調は回復したみたいだ。
こんな感想を抱いてる間にも私の頬には二人の視線が刺さっているのが痛いほど分かる。
よほど心配をかけていたのか普段とは違うどこか恐ろしさを孕んだ視線だった。
向き合って素直に謝ればいいものを私はバツが悪いせいか、それとも二人が恐ろしかったのかその視線に向き合うことができなかった。
黙り込む三人。聞こえてくるのは窓の外の喧騒と時計の針が時を刻む音だけ。
ふいに誰かが空気を絞り出すような声を上げた。
腕を天井に突き上げ体伸ばすトレーナーさんのものだった。
part32 (110~112)
(……やってしまった)
(あ~、も~……。なんで私はこんな水着を選んじゃったのよ~)
(モニーが水着の新調するからって付き合いで行ったら、思いのほか興が乗っちゃって──っで、気がついたらこんな大胆な黒ビキニを……)
(ぬああああああぁ‼)
(気休め程度にパーカーとか羽織ってみたけどほんとに気休め程度だし……)
(もー‼ もー‼)
(こ、こんなところオグリに見られでもしたら──)
「イチ!」
「ひょわあッ!?」
「うわ! だ、大丈夫か!?」
「うっさい、何でもないわよ‼」
「いや、でも、そんなうずくまるように前かがみになって──」
「ああもう! うっさい‼ うっさい‼ っで、なにか用?」
「ん? ああ、そこの屋台で美味しそうな焼きそばを買ってきたんだ。イチも一緒に食べないか?」
「……焼きそばってその山のように盛られてるそれ?」
「そうだが?」
「……もしかして私の分もその量じゃないでしょうね?」
「ん? イチの分ならこっちの少量パックだが?」
「なら、いいけど……」
「はあ……。いいわ。なんか叫んでたらバカバカしくなったしお腹も減っちゃった。ありがたく貰うわ」
「うん! さ、あっちの日陰で一緒に食べよう!」
(なんか損した気分……。まっ、常時花より団子のこいつに姿格好指摘されるなんて心配は杞憂だったわね)
「ところでイチ」
「なによ?」
「水着似合ってるぞ! うん、すごくきれいだ!」
「──ふぇッ!?」
「先に行って準備してるぞ」
「な、なななななな──」
「何を言ってくれやがりますかこのぽっと出のお馬鹿ーーーーー‼」