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岸辺露伴は動かない エピソード41・・流し雛

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注意:タイトルに反して岸部露伴が動き回ります。ご理解ください。


ま、知ってるヤツが多かろうが少なかろうがどうでもいいことだが。
ぼくの名は岸辺露伴。マンガ家だ。

岸辺露伴は動かない エピソード41・・流し雛

以前ぼくは「ピンクダークの少年」という作品を少年ジャンプに連載していたことがあり…
あの傑作を読んでないからって編集部に電話するのはやめてくれ。
ま…第四部も順調に始まり、連載中、とある噂を聞いたんだ。
噂の内容についてはこの後触れるから、今はまだ内緒だ。
これからここに紹介するエピソードはその時にこの岸辺露伴が偶然取材した不思議な話であり、
『実際に、このぼくが体験した』奇怪な出来事なのだ。

読者のみんなは『雛人形』についてご存知だろうか。
そう、あの三月に飾るやつだ。
わが子の無病息災を祈ることで有名な桃の節句に飾られる男女一対、そして従者をつれた人形たち。
一説によるとしまうのが遅れると行き遅れるとか。
そんなことは今関係ないか。
じゃあ、『流し雛』についてはどのくらい知ってるかな?
きっと知らない読者のほうが多いだろう。
事実、ぼくでさえ聞くまでは知らなかったんだから。
どんなものかというと、読んで字のごとく。
わが子の厄災を雛人形に預け、その雛人形を川に流すというものだ。
古い村なんかに伝わる伝統儀式で、今でもやっている村もあるらしい。
…何、環境に悪いからやめたほうがいいんじゃないか、だって?
伝統をそうやって跳ね除けることのできる人間なんてそうそういやしないさ。
まぁ『因果応報』という言葉はあるがね。
今回の話は三月八日、とある村を訪れたところから始まる。
ぼくはある人から呼び出されその村に居た。
「すまないな露伴。手伝わせてしまって」
少し申し訳なさそうにぼくの隣を歩く女が言う。
あくまで『少し』。それがソイツの特徴だ。
「いいさ、原稿ももうとっくの昔にあがってるしね。
それよりも今日は何のようだ、上白沢慧音」
ぼくに声をかけられ女、上白沢慧音は黙り込む。
別に無視されてるわけじゃなくて、考えをまとめているだけだ。
数歩進み、慧音は語りだす。
「今、とても厄介なものと対峙している。私たちでも渡り合えないほどに厄介なものだ。
そいつを押さえ込むために、露伴、力を貸して欲しい」
ぼくは耳を疑った。
こいつはこんなことを言うやつだったか?
確かにこいつの見た目はか弱い女だ。男に頼るのもなんらおかしくない。
でも、ぼくは知っている。こいつは妖怪だ。しかもその実力はこの辺りでも十指には入るもの。
つまりぼくが五百人いても勝てないクラスの妖怪だ。
何か裏があるんだろうな。
「おかしいか?私がお前を頼るのが」
「いいや、か弱い女の子を守るのは男の子の役目だってこの前お前も言ってたしな。
この前の御礼もあるしお前の気が済むまで存分に守ってやるよ」
ヒラヒラと手を振りながらそう茶化すと、慧音は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ち、違う!私が守って欲しいとか、そう意味じゃなくてだな!!」
この村の異変をどうにかして欲しいという意味で…」
しかし、威勢がよかったのは最初だけで、彼女の声は尻すぼみに小さくなっていった。
今、確かに彼女は異変と言ったよな。
いつものようにぼくの好奇心が鎌首をもたげる。
「異変があったのか?」
ぼくが尋ねると、彼女もいつもの顔に戻った。
「ああ、この村だけで起こっているもので、前例がないから私も動けない。
私よりも多くの『奇怪』を見てきたお前の意見を聞けば、何か分かるかもしれないと思ってな。
とりあえずうちまでついて来てくれ」

数分歩くと、彼女の家に到着した。
古い造りだが大きく、なかなか住み心地もよさそうな家だ。
いつもならスケッチでもするところだろうが今日のぼくは違う。
「それで、異変って言うのは?」
出されたお茶を口に運びながらぼくは慧音に尋ねる。
彼女は語りだす、今回の異変の概要を。
「最初に被害者が出たのは三月四日、ちょうど雛祭りの翌日の昼だった。
ある少女の脚に木材が突き刺さった」
「それのどこが異変なんだ?ただの事故じゃあ…」
「それを皮切りに、この村を次々に不幸が襲った。
ある者は流行り病に取り付かれ、ある者は大雨で溢れた川に飲まれ、ある者は獣に襲われ。
偶然といってしまえばそれまで。しかしその事件にはある共通点があるんだ」
「ある共通点?」
ぼくは机から身を乗り出し、慧音を見つめる。
こんなに面白いネタは外にはそうそう転がってないからね。

慧音の顔はなぜかまた真っ赤になっていた。
室内はそんなに暑くないはず、というか寒いくらいだ。
「あ、ああ、そのだな。えーと」
もしかして話しづらいことなのだろうか、などとぼくが考えていると慧音はいきなりぼくの肩を押した。
「顔が近い、話すのに集中できないだろ。共通点は二つあってだな。
ひとつは『被害者は全員重傷を負うが死なないこと』。
どれだけ不幸な目にあっても誰も死なないんだ。奇妙なことに。
そしてふたつ…」
慧音が息を整え、続きを言おうとした瞬間だった。
「先生ーー!さーちゃんが、さーちゃんがぁぁ!!」
着物を着た小さな少女が駆け込んできた。せっかく良い所なのに、これだからガキは嫌いなんだ。
慧音はぼくとの会話を放り出し、その少女のほうに向きなおす。
「五月がどうした?」「うん、あっちで山、山から犬が、たくさん、さ-ちゃんを!!」
「山犬の群れだな、わかった!露伴、ついて来てくれ!」
「なんで…」「向こうで話す!急げ!!」
そう叫ぶやいなや、慧音は家から飛び出した。
どうやら話を聞いているうちに新たな不幸が起こったらしい。
子どもは自分に一番身近な強い大人を頼る習性がある。
彼女にとってのそれが慧音だった、ということだろうがどうも納得いかない。
何故かって?愚問だな。
みんなは映画をラストシーンなしで見て楽しいかい?
ここでじっとしていても仕方ないから、ぼくも慧音と少女を追いかけることにした。
ぼくが問題の現場につくと、そこでは慧音と山犬が戦っていた。
いや、戦っていたというよりは慧音が山犬から一方的に攻撃されてるといったほうが良いかもしれない。
彼女は強い妖怪だと前述したが、彼女は好戦的な性格ではない。
しかも人間の里で暮らすため、万が一の状況でなければ弾幕(超能力の弾丸みたいなものだ)も使えない。
被害が及んではいけないし、及ばなかったとしても人々からの彼女に対する視線が変わってしまうからだ。
彼女はじっと耐え続ける。逃げ出すチャンスが来るまで、ただその場でじっと。
「っと、流石にいつまでも見てるだけじゃあいけないよな」
これが見ず知らずの人間なら見捨てたが、彼女ならそうはいかない。
彼女はここにいる数少ない友達だし、先程の話もまだ終わってないからな。
「『ヘブンズ・ドアー、二足歩行の生物を傷つけられない!!』」
一瞬で群がる犬の全てを本に変え、そう書き込む。
これが蜂の群れや鉄砲水じゃなくてよかった。
ぼくが命令できるのは思考する能力がある物だけだからね。
犬は悔しそうに唸りながらこちらを一瞥し、山のほうへと走っていった。
数分としないうちにそこには傷だらけの少女と慧音、まだ泣き続けるガキとぼくだけになった。
とりあえずぼくは傷付いている二人に声をかけてみる。
「いたのがぼくでよかったな慧音。妹紅なら君らごと焼き払ってただろうからな」
慧音から返事はない。
ぼくの頭に最悪の事態がよぎる。
「冗談じゃあないぞ、死ぬんならぼくにふたつ目の共通点を話してからにしてくれ!
このままじゃあ気になって夜も寝られないじゃあないか!!」
ぼくは慧音をかつぎ上げる。
「お、お兄さん、さーちゃんは!?」
一大事だって言うのにぼくの必死さが伝わらないのかクソガキはが泣きながら話しかけてくる。
「向こうにいる、傷も浅いから治療をすれば大丈夫だ。
ぼくは慧音を連れて行くからあとはお前でなんとかしろ!」
実際、かばっていた分慧音のほうが傷は深い。
「う、うん」
それを理解したらしく、クソガキも倒れている少女を担いで村のほうへと走り出した。
説明したとおり彼女、上白沢慧音は妖怪だ。
ちょっと犬に噛まれただけでは死なない。が、怪我をしないというわけではない。
現に助け出したとき、彼女は服はズタボロの雑巾のようになっていた。
そこから彼女の受けたダメージは窺える。
ぼくにはそんな彼女を引きずりまわすほど無粋な男じゃない。
もっとも、彼女が気絶していなければ引きずりまわすつもりだったけどね。
とりあえず慧音の番は彼女の友人である藤原妹紅に任せてぼくは村に飛び出す。
何をするために?
もちろん慧音の言いかけていた第二の共通点を自力で見つけ出すためにだ。
このまま帰れば欲求不満で眠れぬ夜を過ごすことになるだろう。
「やっぱり自分で解決か」
ここで言う解決、とは『事件を』ではなく『欲求不満を』だ。
事件解決はぼくじゃあなくて貧乏巫女やコソ泥魔法使いがやるもんだ。
ぼくは真相を天狗の新聞で読む位がちょうどいい。
しかし気になるものは気になる。こうしてぼくの取材は始まった。

「じゃあ、とりあえず」
取材の基本は自分の足を使った情報収集だ。
ぼくは村のほうを向きなおし、情報収集に歩き出そうとする。
そんなぼくを一人のクソガキが引き止めた。
こいつは知っている、ぼくの欲求不満の原因だ。
「あの、お兄さん」
クソガキがおずおずとぼくに話しかけてくる。
「何だ、ぼくは今忙しいんだが」
ぼくが憎しみをこめて睨みながらそう言うとクソガキは縮こまり震え始めた。
これだから子どもってやつは嫌いなんだ。
自分が悪いのにその非に気づこうともしない。それどころか他人に罪をなすりつけようとする。
「お兄さん、ありがとう、それと、ごめんなさい」
「…いいたい事はそれだけか?ぼくは忙しいっていってるだろ」
いきなり謝罪されたのには驚いたが、それでこのクソガキに対する負の感情が消えるわけじゃない。
「その、先生から聞いてます。村の調査のためにきてくれてる人だって」
「お前の所為で情報が足りないままだがな」
「あの、私、先生からこの事件のことを聞いてるから…邪魔じゃないなら、聞いてくれますか?」
少女は着物を正しながらそう尋ねてくる。
「事件のこと、共通点についても聞いてるのか?」
「は、はい。私たちのことだし」
どうやらこの子はそんなに悪い子じゃあないらしい。
…さっきと意見が違う?合理的なんだよ。
それよりも気になったのはこの子の発言だ。
「『私たちのこと』…『この村のこと』じゃあないのか?」
「いえ、私たちのことです」
つまりこの少女を含めた小さなグループが関係してるっていうことか。
面白い。ぼくは少女の話を聞くことにした。
少女は小さな声で話し始める。
「これは先生が私にだけ教えてくれたことなんだけど、実は被害者には共通点があるの」
「ああ、聞いてるよ。一つはね。死者が出ないんだったか」
少女はこくりとうなずく。
「うん。死者が出ないんの。おかしなことに」
奇妙な言い回しだ。
おかしなことに、というのはこの状況ではそぐわないだろう。
「えっと、おかしなことにっていうのはね。どんな状況でも死なないんです。
例えば崖がいきなり崩れ落ちても、妖怪に襲われても、死なない。
少し怪我はするけど大怪我はなくて、どの子も生きてるん、です」
…唖然とするしかなかった。
どんな状況でも死なない、死者が出ないというのはそういう意味だったのか。
ここで注釈を入れておくとすれば妖怪についてだ。
妖怪に襲われて大怪我を負わないという不可解な現象。
これがどのくらいの確率で起こるかかというとだいたい競馬の大穴が三連単で当たるくらいの確立だ。
つまり、理論上は考えられるが現実には起こりえないという事だ。
なぜそんなことが起こるか?これが異変だからだろう。
何かが意図的に動かなければこうも偶然は続かない。
その何かを突き止めるのが今回のぼくの仕事だったんだろうが。
「それと、二つ目は…」
ぼくはその少女の言葉を耳にして、すぐさま彼女のほうに向きなおす。
やっと来た。
このためにぼくは野犬と戦い、慧音を助け、自分から動こうとしたんだ。
「二つ目は!?」
ぼくが顔を近づけすぎたのか、少女は少し顔を赤らめた。

少女は顔を赤らめながらも(慧音とは違って)話を続ける。
「その、二つ目は、『私くらいの女の子しか被害にあわない』こと、です…」
「私たちくらいっていうのは、年齢がか?」「は、はい」
ということは、被害者は目の前の少女(推定13歳)と同年もしくは前後二歳くらいだろう。
ここで新たな疑問が生まれる。
『異変はなぜ少女たちだけを襲ったのか?』
まずぼくの頭に浮かんだのは変態少女趣味妖怪が現れたという可能性。
しかし、もしこれなら少女に危害を加えないだろう。
しかも方法が間接的過ぎるというのもある。
なぜ異変は災害として起こるのか。これもそうだ。
確かに赤い霧や五月の雪、終わらない月夜などの異変もあった。しかしこれは根本が違う。
被害を受けるのが自然経由でなく直に人間に、しかも妖怪から直接ではなく間接的に。

「ところで君は?」「へ?」
「君はどんな被害に?」
当然の疑問だろう。
そこまで酷い被害が発生していながら目の前の少女は健康そのものだ。
少女は少し首を傾け「あってないんです」と呟いた。
ますますわけが分からない。
少女たちだけが巻き込まれる異変。
なのに目の前の少女は巻き込まれていないという異質感。
ぼくの中の好奇心が大きく動き出す。
例えば今回のような矛盾が生じたとき、人間はどんな発想をするか。
大抵の人はそこで思考を投げ出すだろう。しかし、古人の言葉にこんな言葉があるらしい。
『逆に考える』だったか。
これはただ単に逆を考えるということだけではなく『真実から逆行して考える』というのも含まれている。
つまり『異変に巻き込まれなかった人間にも関係があった』ということ。
そんなものがあるのか?それを今から調べるんだ。
「君は被害にあった少女たちと何か違ったことはしたのかい?」
本人に聞いてみても首を傾げるだけ。まぁ自覚があったら慧音が事件を解決してるだろうしこれは想定の範囲内だ。
「じゃあ…」
大人や少年が狙われない理由なんて聞いても時間の無駄だろう。
結局元の木阿弥だ。
じゃあどこから考えるべきか?
共通点を探そうにも村の少女たちだけで十数人は居るだろう。
共通点が多すぎる。かといって逆に大人たちに聞けばもっと面倒だ。
ぼくがああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返していると
「あ…」ふと、思い出したように少女が声を上げた。

「どうかしたのか?」
「いや、その、私、一昨年引っ越してきたんです」
…確かに相違点ではあるが、それでは薄い。
「それでね、思い出したんだけど。ひな祭りが、違ったかなって」
雛祭り?
そりゃあたしかに違ったとこは聞いたけど、雛祭りが違うのは日本各地どの地域でもほとんどそうだ。
それに雛祭りが異変の犯人なんて、普通に考えてありえないだろ。
「えっと、この村はナガシビナ…?っていうのをするんです」
ながしびな?
聞いた事のない単語がぼくの耳を擽る。
「どういうものなんだ?」
「えっと、お雛様とお内裏様をね、川に流すらしいんだけど」
ながしびな、流し雛か。
しかしそれが…
ここでぼくの頭にひとつの単語が引っかかった。
「川に流す『らしい』…君ははっきりとは知らないのか?」
少女は大きく頷き、答える。
「お父さんが『勿体無いから来年も使う』って言って流さないけど、皆は流すらしいんだ」
流し雛、桃の節句、相違点、もしこれが原因なら全てが同一直線状にある。
「その話、詳しくお願いできるかな?」
当然、ここは聞くしかない。
少女の説明によるとこういうことらしい。
  • この村では昔からの風習で雛祭りの最後に『流し雛』を行う。
  • 流し雛とはわが子の無病息災の願いをかけ、厄を一身に背負わせた雛人形を流す儀式。
  • その日だけは妖怪の山の上方にある神社(早苗君の所だ)に上ることが許され、その近くの川から下流に雛人形を流す。
  • 彼女の父は出不精で物を捨てない男なのでこれらの儀式にかかわらなかった。
勘のいい読者ならここで気がつくだろう。
そう、これこそが今回の事件の肝なのだ。
なぜか?考えればすぐに分かる。
まず異変の起こったのは今日から遡ること四日前の昼から。
今日が三月八日だから、三月四日からだ。これについては慧音も言っていたな。
川を実際に見たわけではないが、翌日の昼というのはきっと流された雛人形がゆっくりどこかにたどり着くのにちょうどいいくらいの時間だろう。
次に共通点。
『なぜか死なない』『少女たちを狙う』これらも説明がつく。
それは『もともと彼女に降りかかるはずの厄だったから』だろう。
前者はもともと雛人形に収められる程度の厄だから死ぬほどではない。
後者は籠めた人間に戻ってくるという自然の摂理。
そして、男や大人、目の前の少女が異変に巻き込まれなかったのもそういった理由からだろう。

ぼくの頭の中ひとつのストーリーが組み上がった。
「つまり、そういうことか」
「へ、あの…」
ぼくは少女に手早く礼を済ませ、山のほうへと向かう。
本当はふたつ目だけで良かったんだが、ここまで頭を突っ込んだら犯人も知りたい。
それが人の、いや漫画家の性ってもんだ。
目指すは八坂神社だ。

「…ということなんだが」
所変わって、早苗君たちのいる八坂神社。
どうやら早苗君たちもこの事件について調査をしていたようで、話は早かった。
「なるほど、そういう事だったんですか」
「まぁ、ぼくの予想の範疇だけどね。
ところで、そんな妖怪がこの辺にいるかな?」
早苗君は顎に手を当て考え込む。
さすがの彼女でもこの山の妖怪全てについては把握しきれてないだろうから期待はしていないが、ここで何か情報があるとそれは大きい。
ちなみに質問内容はというと『この近辺に雛人形の化け物みたいな奴はいないか?』だ。
「…すみません、ちょっと私じゃあ分かりかねます。人形遣いや西洋人形なら心当たりはあるんですけど…
八坂様か洩矢様に聞いてみましょうか?」
「いや、それには及ばないよ。自分で探ってみるさ」
そうとわかれば次にやることはひとつ。
川を下って自分の目で確かめる、これが一番手っ取り早い。
早苗君はそうですかと呟くと少し寂しそうな瞳をした。
やっぱり、本職を邪魔しちゃあいけなかったか?
ぼくがそう尋ねると早苗君は少し顔を赤らめ首を振った。
「い、いえ。何でもありません。
それより何かあったらいけないのでお守り、持って行きますか?」
康一君といい彼女といい、こういうささやかな心遣いができるというのは誇ることができるだろう。
「ありがたく頂いておくよ」
ぼくは彼女の懐から取り出されたそれを受け取り、登ってきた道とは別方向にある獣道に眼をやる。
早苗君の話ではその道を少し進んだ所にある川から雛人形を流したそうだ。

―こぼれ話
「…」
少女、東風谷早苗は遠ざかっていく露伴の背中を見ながら溜息をついた。
「もう少し話しましょう、なんて、言えないよね…」

川はひどい有様だった。
川沿いの草木はしおれ、川は澱んでいる。
それらはただ自然を害するだけでは留まらない。
「長居はしたくないな…」
先ほどからぼくの体にも言いようのない不快感が押し寄せてきている。
きっとこれこそが犯人の能力だろう。
名付けるならば『流れてきた厄を任意の相手にぶつける程度の能力』
任意の相手とはもちろん里の少女だ。
今はぶつけられなかった分をガス抜きならぬ厄抜きしているところなんだろうか。
見境いなしとはまさにこのこと、といわんばかりの被害だ。
その様子を見て不快感とともにぼくの心にとある感情が生まれる。
「しかし、フフフフフ…やっぱり来てよかった…
貴重な体験だなぁ、普段は気付きもしない『厄』を感知する事ができるなんて!!
この風景もできることなら余す所なくスケッチしたい…!!」
それは満足感と渇望。
康一君なんかが居たら溜息混じりに『またですか』とか言うんだろうな。
普段ならそのまま座り込んで今も肩から掛けている取材鞄の中にあるスケッチブックに描き込む所だが、今は状況が状況だ。
あまりのんびりしていると文字通り厄に憑き殺されてしまう。
何せ相手は数キロはなれた場所にあれほど被害を出せる妖怪なのだ。
知覚される前に近づき、すばやくスケッチし、帰る。
それがぼくの今やるべき事だ。厄の放出をやめてくれとか、そんなこと知ったこっちゃない。
ぼくは被害の酷い方に足を進める。
進めば進むほど被害は酷くなっていく。
萎びていた草も今は疎らにしか生えておらず、澱んでいただけの川には点々と魚が浮いている。
そして道には虫や鳥だけでなく狐や犬といった中型の動物まで倒れている。
「…ここまでとは…想定外だ…」
ぜーぜーと自分の喉から繰り返される音が耳に入り神経に障る。
体力不足な訳ではない、他のマンガ家に比べれば体力もあるほうだ。
しかし、息が自然と上がる。吐き気も先ほどから止まらない。
どうやら厄を甘く見ていたようだ。
だが、こんな所まで来て引き返せるわけがない。
顔を上げると、今度は泡を吹いた熊が倒れていた。大きさからして羆だろう。
空気も澱んで…いや、黒く染まって見える。
「…そろ、そろか……」
垂れ流し状態でこの濃度ということはきっと犯人も近くに居るに違いない。
「…待っていろ…絶対に…スケ…ッチ!!」
足は棒のようだが、まだ動いてくれる。
強い意志があれば体の悲鳴なんて聞こえなくなる、つくづく人体には感動するね。
きっとあと少しという自信と期待が、ぼくに一歩を踏み出させる。

そしてぼくはとうとう辿り着いた。小さな洞穴に。
霞んでいる目を凝らすと、黒い空気はすべて渦を巻いてその洞窟から流れ出ている。
きっとこの穴の中に犯人が居る。そう分かっているのにぼくの足は動かない。
拒絶しているのだ。これ以上の危険にその身を晒すのを。
だけどさ
「ここで引き下がれるようなら……それは岸部露伴じゃないだろ……」
洞窟に足を一歩踏み込む。
中は真っ暗だ。もしかしたらぼくの目が役目を果たさなくなっているだけかもしれないが。
「それ以上、近づくことは、オススメしないわ」
不意に、洞窟の奥から声がとんでくる。
声がかかってからぼくは気付いた。
そう、音を立てないように注意していたが耳が正常に音を拾うなんていう確信はない。
というかこの体で音を立てないほうが無理だろう。
どうする、逃げるか?
考えるよりも早く、今度は体は動く。奥へ、奥へと。まるで今しなければいけないことが分かっているかのように。
どうやらここにきてこの体はぼくと心中する決心を固めてくれたらしい。頼もしいもんだ。
「…この厄は私にもどうしようもないわ、早く帰りなさい」
そしてぼくは目にする、犯人の姿を。といっても輪郭だけだが。
「…すがたさえみえれば……こっちのもんさ……」
うまく呂律が回らない。とうとう口にも来たようだ。
喋る事に体力を消費するのも惜しい。
ぼくは自分の能力を思い描く。
声は出ないが、声なんて必要ない。
ヘブンズ・ドアーで目の前の犯人を本に変え、最後の力を振り絞りこう書き込む。
『厄を吸収し、無害な物質に変えて排出する』
最後の「る」を書き込んだのをスタンド越しに確認すると、ぼくの意識は厄の前に崩れ去った。

『目が覚めたら最初に目に入ったのは見慣れた天井だった』
とかだったら、もっと奇妙だったんだが、現実はそんなに奇妙じゃないのが常。
ぼくが目を開くとそこには見慣れない女の顔があった。
「あら、目が覚めた?」
女はゆったりとした緑髪とリボンを揺らしながらこちらを覗き込む。
その口元には、僅かながら微笑みも見えた。
彼女は鍵山雛と名乗った。
なんでも厄を溜め込む神様だとかなんとか。
本人曰く今回の異変の犯人であり、被害者だそうだ。
「私は厄をためて消してしまうのが仕事なんだけど、今年は体の調子が悪かった上に流れてくる量が多くて。
気がついたら許容量を超えて溢れ出してしまったの。
そうね、風船みたいなものだと思ってもらえばいいかもしれないわ」
一度漏れ出したら最後の最後まで放出がとまらないということだろう。
「数十年溜め込んでてそれはもう相当な量だったから、ここの表とか酷かったんじゃないかしら」
そう悪びれもせずに言う彼女。
「罪悪感とかはないのか?」
「ないわ。元はといえば人間たちが勝手に流した厄、因果応報よ。
ただ、心配はあったわね」
「心配?」
「ええ、厄は私の存在だもの。厄が完全に無くなってしまったら、どうなっていたのか。
とにかく、そんな状況であなたが来て、私に魔法をかけてくれた」
魔法というほど高等なものではないが、神から見ればどちらも一緒なんだろう。
しかし、と今度はぼくが大きく息を吐く。
傍観者で居たかったのに不慮の事故から自分で事件を解決してしまった。
ぼくが傍観にこだわるのにはちゃんと理由がある。それは『勝手な主観を入れないため』だ。
パパラッチ天狗も言っているようだが、物を書くということは第三者として全体を見ることが重要である。
ここまで介入してしまっては読者に偏見を与えかねない。
せっかくここまで体を張って取材をしたのに。
「あら、何か残念そうね」「別に理由はないさ」
雛はまるでぼくの考えを見透かしたようにくすりと笑った。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか、な…?」
立ち上がろうとしたぼくの足から力が抜け、そのまま起こした体が崩れる。
「どういうことだ?これ、ぜんぜん力が…」
そんなぼくを雛はじっと見つめ、もう一度くすりと笑った。
「いきなり動いたから大丈夫なのかと思ったけど…大丈夫じゃなかったのね」
その顔はどこか幸せそうだ。
「厄は常人には有害なの。少しくらいなら問題ないでしょうけど、その量が多ければ多いほど危険度は増すわ。
体内のいたるところに汚れがこびりつくような感じかしら。最悪後遺症が残るかもしれない。
さて、あなたはここにたどり着くまでに受けた厄の濃さを覚えているかしら?」
雛の言葉を耳にしてぼくは頭から血の気が引いていく音を聞いた。
後遺症、というのはきっとこの症状のことだろう。
力が抜け、指先すら自由に動かすことができない。
このままじゃあマンガの続きが描けないじゃないか!
「そんなに心配しなくてもいいわ」
ぼくが何とか顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべた雛の顔があった。
「ほら、頭を貸して」
雛はぼくの頭を抱えあげると、そのまま自分の太腿の上に落とす。
「何がしたいんだ?」
ぼくは上からぼくを見下ろす雛を睨みつける。
しかし雛は気にした風もなく、笑いながら答える。
「別にあの場でうずくまってるだけでも回復するでしょうけど、きっと一週間以上かかるわ。
こうした方が効率がいいのよ」
それでも一日はかかるんだけど、とはにかむ雛。
こんな恥ずかしい格好は耐えられないが、一週間は大きすぎる。
三日ぐらいならあの場で我慢もできたが、ジャンプの締め切りもあるし、背に腹は変えられない。
「じゃあ、お願いするよ」
ぼくが観念してそう言うと雛はいっそううれしそうに微笑んだ。

翌日、ぼくは雛の提案で里の厄を吸収しに歩き回ることになる。
しかしそれは別に取材ではないし、切りもいいので今回の話はここまでにしておこう。

          ~取材終了~


おまけ
彼が八坂神社に帰るとそこには神様陣と慧音、妹紅がいた。
「ん、ああ露伴。すまなかった、なぁ!?」
「ろ、ろ、露伴先生、その、おおお女の人は?」
「ん、ああ、彼女は鍵山雛っていって…「洞窟で一晩を共にした仲よ、ね」」
「へー、ロハンだいたーん」
「『漫画一筋』って言っておきながらやっぱり男なのねー」
「しかも洞窟って、いくらなんでも布団くらい用意してやんなよ」
「…何か誤解があるようだけど、ぼくはそんなことはしてないぞ」
「男は皆そう言うのよ」
「やっぱり男って根っこの所はオオカミなんだね」
「根っこって、心の?」
「んーん、下のほう」
坤の神のくだらない下ネタで笑う乾の神と不死人。
「ど、ど、どういうことですか、露伴先生!!」
「早苗君、落ち着け。彼女がこの事件の真犯人でだな…」
「そのわりには仲が良さそうじゃないか、ええ?手までつないで」
「慧音も落ち着け。これは山道が険しかったし、はぐれないように仕方なくだな。
っていうか、どうでもよくないか?そこは」
「「どうでもよくない!!」」
「あら、修羅場?大変ねー」クルクル
「元はといえばお前のせいだろ」
詰め寄る風祝、ハクタク。くるくると幸せそうに回る厄の神。
彼を除いて、幻想郷は今日も平和。

おわり

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