ひとりの残虐な少年が悲鳴を上げた
群衆には聞こえなかった
彼はナイフで仔猫を切り裂いた
彼はオイルで犬を焼き殺した
彼は暴力的にあらゆるものを破壊した
ガラスの破片
見分けがつかなくなった肉片
幼い頃から使っていた机
父親がくれた望遠鏡
何度壊しても何も見つからなかった
あたりはまるで暗闇のように
少年のすべてを覆い尽くし
群がる人たちは彼の体温を奪って
もう誰も信じることなどできなかった
もう誰かの声など届かなかった
彼は自分の力だけを信じていた
自分だけが世の中を変えられると思っていた
そしてすべてを終わらせたいと思っていた
だがそれが幻であることも理解していた
少年はロープを持って寝室へと歩いた
暗い夜の中を音も立てずに
彼の決心は変わらなかった
ドアを開けると懐かしい匂いがした
微かに寝息が聞こえた
誰もが静まり返るこの時間に
少年の心だけは激しく引き裂かれ
焼き尽くしてもなお消えることのない炎が
少年はそっと自分の母親の首に手をかけた
優しく労わるように
この世の全てのことから解放されるとき
母親はわずかに目を覚まし
少年の顔を見つめて微笑んだ
少年はロープで首を絞めた
あらん限りの力を振り絞り
その細い首をギリギリと締め上げた
母親は涙を流し
少年は怒りでも悲しみでも苦痛でも快感でもなく
ただ己の決心を揺るがさないために
食いしばっていた
少年の心は倒れなかった
その心ではあらゆる暴力が満ち溢れ
母親に対するよりも遥かな憎悪心
母親は抵抗する間もなく息絶えた
自ら腹を痛めた我が子に殺された
そして少年はナイフを手に取ると
迷わず父親の胸に突き立てた
父親は小さな声を上げ
間を空けず少年の二回目の攻撃で
その命は消えていった
少年は自らの欲望を果たし
ついに人間という生き物の最期を見届けた
それが自分の親であることは
彼には何ら不思議なことではなかった
何の関係もない他人を殺すよりも
自分を愛してくれる人を殺したかった
その手で
その力で
失うものなどもともと何もなかった
その命でさえ
少年には守るべきものではなかった
当然
償うべき罪は大きすぎた
それはわかっていた
払わなければいけない代償を
少年は払うつもりでいた
自らの左腕を見つめ
右手にナイフを持ったまま
少年は自分の命を絶とうとしていた
わずかな静寂の時間
目の前で自分の起こした惨劇など目にもくれず
ひたすらに自分の気持ちに正直に生きた彼は
そのナイフを振り下ろして
すべてを終わりにしようと考えていた
だが
少年にはできなかった
どうしてもできなかった
どんなに決心をしても
どんなに高くナイフをかざしても
それを自分の腕に突き刺すことができなかった
考えもしないことだった
怖いのではなかった
今までも何度も刺してきた
生きている肉の中に食い込むナイフの感触
そこからあふれ出る血液
軋む骨の音
切断された筋肉の収縮
少年にはとても簡単なはずだった
だってあんなに簡単に誰かを殺せたのに
まさか自分のことを殺せないだなんて
思いもしなかった現実
ナイフを振りかざしたまま
少年は初めて泣いていた
自分を殺せないと気付いたとき
自分を愛していることに気付き
自分を愛していることに気付いたとき
自分が愛されている意味を知った
そしてその意味は跡形もなく破壊され
二つの死体として横たわっていた
少年は警察に逮捕された
両親を殺した罪で
人々は口々に少年を嫌悪し
親を殺した彼を見下した
だが少年は笑っていた
人々には理解ができなかった
きっと誰にもわからなかった
それでよかったのだと
少年にはわかっていた
どんなに説明をしてもわかってもらえない気持ち
少年は早く死にたかった
そして自ら死刑を望んだ
だが彼を法律は守った
彼は生き延びていかなければならなかった
それは地獄のようだった
つまらない世の中で
殺人者として生きて行かなければならなかった
群衆はそれを望んだ
少年が解き放たれたとき
もう肉体は大人になっていた
彼は女を狭いトランクに押し込み
山奥に連れ込んで殺害した
残忍な顔をして
それが望みだったわけではなく
そんな自分に酔いしれたかったわけでもなく
彼はただ人を殺すことでしか
自分の人生を証明できなかったのだ
彼は殺し続ける
何日でも何百人でも
その命が尽きるなら
どんな仕打ちを受けてもよかった
群衆は彼を許さないが
彼を殺すことができなかった
それは同じ罪
人は人を殺してはいけないだなんて
当たり前すぎて見過ごされる常識
彼はそこに存在していなかった
自由に命を奪い続けることを神から許された
悪魔がもしいるとするなら
それは彼のことかもしれない
最終更新:2006年02月12日 04:33