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「陛下、これからどこへ向かわれるご予定ですか?」
「うーむ。それをずっと考えてながら歩いてたのじゃが…」
城門をくぐり、暗闇の世界に足を踏み入れながら。
騎士見習いは、月明かりを頼りに先導しながら、
異世界の皇帝へ慇懃に問いかけた。
これまでの傲岸不遜な態度からは想像も付かぬ、その豹変ぶりに。
サナキは内心の驚きを禁じ得ずも――。
「とりあえずは、
ホームズのいそうな所じゃ。
このままじゃと、
ラムザの顔を完璧に潰す事にもなるしの。
…そなた、見当はつくかの?」
――表向きは平静を装い、その問いを返す。
手元に照明はあるが、付ける訳にはいかない。
ラムザ達の追跡があれば、すぐに所在を気付かれるだろうから。
そして、今見つかれば捕虜の
アルガスの処遇で論争となるだろう。
ラムザとアルガスの仲の険悪さは、充分過ぎるほどに理解している。
アルガスを殺す事による利益は大きく、一方で生かしておく危険は高い。
先程の
臨時放送により、そう判断されかない状況に陥っているが故に。
ラムザはアルガスをあえて生かそうとまでは考えないだろう。
殺し合いの場において、他者の生命の価値は限りなく暴落する。
それが元の世界で不倶戴天の関係にあった者なら、なおさらだ。
それに、もしラムザがこちらの説得により納得した所で。
「凶暴」という文字に手足が生えたような傍らの少年が
一体何をしでかすか、到底知れたものではないのだ。
残念だが、
ラハールがさほど良心的な人間性の持ち主ではない事を、
これまでの行いからサナキも充分に理解していた。
そして、彼が取るであろう様々な暴挙に対して。
あのラムザも、今度ばかりは本気で止めようとはしないだろう。
むしろ、「静観」と言う名の見殺しを決め込むかも知れない。
つまり今二人に見つかれば、アルガスはどの道おしまいという事なのだ。
――人望がないというのも、色々と大変じゃのう…。
サナキは現状を思い、心中で溜息を付きながら。
アルガスの意見を待つ。
「ホームズ達はあの茶…
リュナンを追いかけていました。
ならば、リュナンが取るべきであろう行動を予測して、
向かうと思われる場所へと向かうのでないかと」
少しして、待ち望んだ返事があり。
復讐相手にはやはりまだ感情的にもなるのか、と。
口調の訂正に、サナキは僅かな安堵と落胆を感じ。
「じゃとすると、やはり…。」
「リュナンは丸腰で、なおかつホームズとの遭遇を恐れています。
隠れるものが多く、間に合わせでも装備を整え易い施設があり。
なおかつ、先程の場所から最も近い場所。そうなれば…。」
二人は手元の地図を広げながら、身近な施設を指し示す。
「C-3…、北東の村か。そうなるかの」
「…仰せの通りかと」
サナキは鷹揚に答えながらも、その場にいた場合の最悪の事態を連想する。
臨時放送をリュナンが聞いた事も考慮に入れれば、彼が「装備を整える為に」
村中で「他の参加者達の死体」や、ともすれば「生ける弱者」までもを血眼で
探し回っている可能性も充分に考えられるのだ。だが、それにもかかわらず。
アルガスはその危険性については、一切触れる事はなかった。
主君をも危険に晒す可能性に、気が付かぬ程の愚鈍なのだろうか?
――否、さにあらず。
意見を語るアルガスは、明らかに緊張に満ちた顔付きであり。
沈黙は決して彼の愚鈍や保身が原因ではなく、
主への配慮が理由なのだとサナキは見なした。
錯乱者にしてみれば、サナキもまた「この上なく美味しい獲物」になりかねないが故に。
主に余計な不安を与えぬよう、黙して危険に備える覚悟であるらしい。
――こやつ、全く筋がない訳ではないらしいの。
サナキはアルガスの配慮に胸の内では関心しながらも。
その美点に気付かぬ振りをして、騎士見習いに下知を下す。
「では、決まりじゃ。そちらにむかうぞ」
「…お望みのままに」
そうして、奇しくも先の
マグナ達と同じ結論に達し。
アルガスの相槌に鷹揚に頷くと、サナキ達は慎重に東進を開始した。
◇ ◇ ◇
「…ところでの、アルガスよ。
話は変わるが、一つ話しておきたい事がある」
「何でしょうか?」
何処までも続く、暗闇の草原をしばらくの間歩みながら。
唐突にサナキはアルガスにその顔を向け。
「ここには
アイク、
ミカヤ、
ネサラ…と、
わたしの知り合いもそれなりに呼び出されておる。
曲者ぞろいではあるが、皆信用に値する者達じゃ。
ただな…」
どこか悲しげに。それでいて嬉しげに。
皇帝はここに呼び出された、知己の名を語り出す。
己が誇りと、心の拠り所として。
だが、その顔がにわかに曇り――。
「わたしの勘が正しければな、ここに危険人物も一人おる」
「…その者の名は?」
皇帝は、唯一の忌み名を口にする。
「元ベグニオン帝国中央軍総司令官ゼルギウス。
ようはわたしの、かつて臣下じゃった男じゃ。
名簿には“
漆黒の騎士”と書かれておるがの。
人違いの可能性もあるのじゃが、一応は話しておこうかの?」
サナキは“一応”と念を押し、他愛もない世間話であるかのように振舞う。
だが、その態度はどこかしら強張りを感じさせるものであり――
「そいつはの、我が国ベグニオンで非の打ち所のない最優の騎士での。
前線に出れば負け知らずで、知略に長け、礼節を弁え、誰にも尊敬され。
一時は大陸一の剣士とまで評された傑物とまで来た。
あやつがいた当時はな、中枢まで腐りきったベグニオンにおいてもの。
わが親衛隊さえ除けば、ほぼ唯一の信頼できる男じゃったが…」
サナキはかつて重用した一人の騎士を褒め称える。
だが、その貌はどこかしら引き攣ったものであり――
「…わたしを、ベグニオンを、裏切り破壊し尽くしおったわ」
サナキが最後に口にした言葉には――
明らかな嫌悪と不快に満ち溢れていた。
皇帝は一つ大きな溜息を吐き、肩を竦める。
それはゼルギウスを責めるというよりは、自虐するようであり。
それは悲しげに、己が不明を恥じるように――
暗く沈んだ告白は始まる。
「じゃがな。それを未然に防げなかったは、わたしの不明の証明に他ならん。
あやつにした所で、最初から裏切ったという意識すらないのじゃろうな。
そもそも、あやつが仕えていた対象は、わたしでもベグニオンでもなく。
最初から直属の主、宰相セフェランのみだったのじゃろう。
言うなれば、“セフェランの騎士”だったのじゃ。
わたしはな、それを完全に見誤っておった…」
己が恥辱をゆっくりと、存分に噛み締めるように。
苦々しげにその言葉は続き。
「“漆黒の騎士”はな。大陸の破壊を企てた、宰相セフェランの右腕としての。
己の地位を利用して大陸に二度も戦乱を引き起こした、言うなれば梟雄じゃ。
我が国で信用を築いたのもセフェランの目的…。人類滅亡の野望の為じゃった。
おそらくは主の為に、周囲の敵全てを欺き利用した程度の認識じゃろうの。
戦場で“敵”を欺き策に陥れるは、むしろ軍功ものじゃしな」
サナキは自嘲に、その愛らしく小さい唇を歪ませる。
彼女自身がこれまでに歩んだ道が、そうさせるのか?
その暗い哂いは、年相応の少女のそれとは完全に掛け離れた、
老獪な政治家のそれであった。
「主の望みを言わずとも読み取り、その期待に答えるため最適の行動を取る。
そういう意味ではの、まさにあやつは最も優秀な“騎士の鑑”やもしれん」
「じゃがの。あやつが生涯にやり抜いた事は、全て破壊のみじゃ。
あやつは主を含めての。誰一人…、何一つ…、守り、救いなどせなんだわ。
あやつはただ、盲目的に主の破滅への願いを叶えようとするのみ。
そして、最後は宿敵との私闘に走り、勝手に先に逝きおったわ。
主を一人、残しての…」
主、という言葉を殊更に、皮肉げに語る幼き皇帝。
だが、その主と呼ぶ響きにはどこか死を悼むような、悲しげな色が混ざっていた。
おそらくは、そのセフェランという名の主に特別な感情でも抱いていたのだろう。
これまでの中で、同罪である筈のセフェランだけは悪く言わなかったのだから。
アルガスにもその程度の機微は理解に至っていた。
そして、だからこそ、最もセフェランの傍にありながら
ただ破滅を幇助したのみであるゼルギウスという騎士を
嫌悪するのかもしれない。…あるいは、嫉妬が故か。
だが、アルガスにそれを聞く権利はない。
皇帝の内面に踏み込む、無粋も極まる問いであるが故に。
ただし、皇帝の独白を聞く権利だけは、光栄にも与えられている。
だからこそ、アルガスは黙して聞き届ける。
全ては、己が主の意を汲む為に。
「わたしはな、あのような者をもはや騎士とは認めぬ。
真の騎士とはの、ただ殺す事にのみ長じれば良いというものではない。
そのような騎士は猟犬か、さもなくば凶器じゃ。
その存在が持て囃されるのは、戦場においてのみ。
獲物を狩り尽くせば、もはや誰にも必要とされぬ。
むしろ存在自体が持て余される、傷付けるしか能のない害悪というものじゃ」
「騎士の鎧とはの。国の為、あるいは人の為…。いや、どちらでも構わぬ。
誰かの代わりに身を挺する為にこそ、身に纏うべきものではないのかの?
そして、仕えるべき主が道を違えておるというならな。
ただ盲目的に従うではなく、過ちを諌めてこそ真の忠道ではないのかの?
それこそが真に主を守る忠義であり、騎士道というものではないのかの?」
サナキは語る。騎士とは何たるかを。
サナキは問う。騎士の歩むべき道を。
眼前の騎士見習いに、己が理想の騎士像を語る。
最も騎士の資質に恵まれながら、最期まで真に騎士足りえなかった
紛い物の騎士の、どうしようもなく愚かな生き様を通じて。
「もしかするとな。あやつもそなたと同じく蘇り、ここにおるかもしれん。
ただな。わたしはゼルギウスがいようと、いなかろうとどちらでもよい。
そんな些事より、わたしは何を言いたいのかと言うとじゃの。
そなたが私の騎士になりたいならな。あやつのようには、決してなるな。
誰かを救え。何かを守る存在となれ。その為に強くなれ。
…そう言いたいのじゃ」
「…畏まりました」
――ベグニオン最優の騎士にして、叛乱者ゼルギウス。
もしその男がこの場にいれば、存在自体が危険であるにもかかわらず。
あえてサナキは些事と断じる。なにより、彼女とは敵対する立場にあるというのに。
過去の亡霊の驚異を語るより、むしろ未来の騎士の在り方を問うことにこそ
この会話の意義があると言わんばかりに。
サナキはアルガスのみを、ただ見据える。
ただそれは、裏を返せばそれだけ期待されているという事実であり。
アルガスはその言葉に込められた、皇帝の思いに胸が熱くなり。
ただ一言、了承の意を漏らすのみであった。
だがサナキはアルガスの引き締めた顔を覗き込み。
これまでの様子から一転、底意地が悪そうに頬を歪ませ――
「まあ、そなたじゃあやつのようになろうにも無理じゃがのう?」
「お言葉ながら、それは少々侮りが過ぎるのでは?」
年頃の少女の顔で、アルガスをからかう。
流石に、叛乱者にも劣るという言葉だけは聞き捨てならぬと反論するも。
「ほーう。それは期待してよいのじゃな?
仮にも“大陸一の剣の使い手”と呼ばれ、軍事大国二つを謀略で手玉に取り。
紛い物でも“英雄”を演じた人間に能で並び立つと、そう抜かすのじゃな?」
「………努力は、してみる………」
紛い物といえど、その経歴たるや聞くだけで壮絶な騎士と改めて比較され。
見る間に顔色を蒼くしたアルガスに、サナキは悪戯っぽく笑いかけた。
だが、アルガスは、途轍もない重圧をかけられながらも。
その少女の笑顔に、これまでに一度も感じたことのない親しみと安らぎを感じ。
――まあ、こういうのも悪くはないかな?
知らずに、己もまた顔を綻ばせた。
イヴァリースでは、絶えず自らの立場を周囲から脅かされ続けていた。
平民には生命を狙われ、上官には顎で使われ、役立たずと見倣されれば切り捨てられる。
貴族というにはあまりにも没落が過ぎ、そして平民からは悪魔のように目の敵とされる。
誰からも相手にはされず、誰からも見下される。
アルガスは取るに足りずと。その存在が邪魔であると。
世界はただ残酷であり、全てが敵という他なかった。
周囲はただ酷薄であり、全てを利用せねば生きていけなかった。
だが、年若い未熟なアルガスには、何もかもが足りなさ過ぎた。
ゆえに憎悪を心の糧として、血筋と家の再興を心の拠り所として。
貧弱な己を、捻じれながらも必死に保ち続けた。
そう、それこそが彼の心を形成する全てであり。
常にその心に緊張を強いられ、心休まる時など一時もなかった。
――だが、心の何処かでは。
母親のように、無条件でその存在を認めてくれるものを求めていた。
その事実を、近い年頃でありながら、真に貴族たりえるサナキと口を交わすことで認識し。
心のどこかが満たされたような、不思議な感覚に戸惑いを覚えた、
その時に――
「まあ精進するがよい。…っと、あれはなんじゃ?」
「あれは…ホームズ?あとは…」
こちらへと向かう、何かを背負う人影らしきもの達を見つけ。
二人はほぼ同時に、緊張にその身を構えた。
◇ ◇ ◇
視界の悪い暗闇の草原を、恋人を背負いどこまでも疾走する中で。
「あーっ!七三の馬鹿発見!馬鹿発見ッス!
もう一人は、サナキのお嬢ちゃんッス!」
唐突に大声を上げた
プリニーの声色が、緊張の色を帯びている事を疑問に思い。
草原を駆け続けていたホームズは、それが指し示した方角に首を向けた。
「いや、何も見えねえが、ってあれか…?お前、真っ暗なのによくわかったな?」
「プリニーの目をもってすれば、造作もない事ッスよ!」
重労働の疲労により、空気を貪る荒い息をどうにか抑え。
深夜の海洋を眺めるように、遠くに目を凝らしてみれば。
確かに人影らしきものが二つ、並んでいるようにも見えた。
普段より暗闇には目を慣らしている、海の男をしてかろうじてといった塩梅だが。
だが、プリニーは発見した二人を、一目で特定していた。
しかも、相手は明かりさえ付けてなどいないというのに。
そもそも、こんな深夜の草原の、注意しなければ直ぐ側にいようと
見落としかねないこの視界の悪さの中で、普通気がつくものなのか?
だが、ひどい焦燥の中でホームズはそれ以上疑問を抱いている余裕はなく。
むしろ、サナキが傷を癒す杖を支給されている事を知っているが故に、
その事にのみ気が奪われてしまい。
ただその言葉が真実である事に縋り、二つの人影に近付いた所――。
ホームズは無事、アルガス達と遭遇を果たした。
「サナキ、どうして今ここにいる!ラムザと一緒にいるんじゃなかったのか?
それに、七三まで解放しちまってどういう積もりなんだ一体!」
「あー、それはじゃの…。話せばちと長くなるんだが…」
「いえ、私からお話しいたします」
何故、二人は今ここにいる?
ラムザは今どうしている?何をしている?
嫌に気まずそうなサナキの理由はなんだ?
それにアルガスの態度も言葉使いも、奇妙極まりない。
一体、俺達と別れた間に何が起こった?
だが、仲間を見つけて少しは気が落ち着いた事により。
その足を止めたホームズに、様々な疑問が沸き上がり。
混乱は加速する。いや、それらは今は差し置いてでも。
早急にしなければいけないことがある。
それは――。
「…いや、ぐちゃぐちゃ話している暇はねえ!
俺達は今、
タルタロスの野郎に襲われて城へ逃げている!
一緒にいたマグナもどうなったか、全く見当も付かねえ!
ようやく見つけた俺の女も、金髪の糞女に射たれて相当マズイ!
サナキ、
カトリをそのリブローの杖って奴で癒してやってくれ!
で、あとは七三。信用していいってんなら、てめえは見張りを頼む!
誰かやって来やがったら、すぐに知らせろ!」
ホームズは要件のみを簡潔に述べる。
二人は戸惑いをその顔に浮かべるも、事態が尋常ではない事だけはその態度から察し。
緩慢な動きながらも、その指示に従う。ホームズはカトリをその背から丁寧に降ろし。
サナキは杖を掲げて彼女の治療に、アルガスは周囲の見張りに付こうとするも。
「…ま、そろそろッスかね?」
プリニーが、聞こえるか聞こえないか程度の。
僅かなつぶやきを口に漏らしたのと同時に。
ぐっ、とホームズが呻き声を漏らし。
唐突に、俯せに膝から崩れ落ちた。
「…ホームズ?しっかりするのじゃ!」
サナキはホームズに駆け寄り、その様子を見る。意識はかろうじて、ある。
見れば背中に一本、黒光りする何かが深々と突き刺さっていた。
その傷の深さは、一見した所で分かるようなものではないが、危険であるのは確実だ。
出来れば早急にホームズ達を癒したいのだが、
今杖魔法を使い無防備を晒して良い状態ではない。
「…出てこい、卑怯者ッ!それとも今更臆したかッ!」
アルガスは身構えて襲撃者を挑発し。
一方プリニーは何の躊躇いもなく彼の後ろに隠れると。
やがて、暗闇の草原から滲み出るように。
ゆっくりと、一人の年若い男が足音も無く現れた。
「おー、おー。このオレが卑怯者ォ?…卑怯者だってよッ?!
よりによってお前が、このオレにねぇ?ハッ、笑わせてくれるねッ!」
「…お前はッ!」
それは、確かにアルガスが一度出会った男であったが。
その人相は昼間とはもはや別人のように、どす黒い悪意のみに染め抜かれていた。
――野に解き放たれた、人型の獣。
それを一言で喩えるなら、これ以上の表現はない。
それは凶の気配を撒き散らし、その本性を今や剥き出しにしていた。
彼が欲する事など、今更考えるまでもない。
わざわざ、ホームズを不意討ちで仕留めて置きながら。
今更になって姿を現した理由も、ただ一つ。
ほぼ丸腰に近い、年端もいかぬ少年少女二人ならどう遊んでも勝てると、
その男は確信しているからだ。
故に、その凶相が今や狂喜一色に染まり。
舌舐めずりの代わりに、二人を言葉で嬲り始める。
殺す前にその尊厳を破壊し、徹底的な屈辱を与えんとすべく。
「よっ、半日ぶりだな。七三のガキッ。
相変わらずマヌケそうな顔してやがんなぁ、おい?
だがま、てめえもメスガキ捕まえて今は忠義の騎士気取りかぁ?
黒騎士どももそうだが、しっかりしてやがんなてめえもよッ」
黒騎士ども、という言葉に二人は引っ掛かりを感じはしたが。
問い質した所で、まともな返答など到底期待出来ないだろう。
その口調が、全てを侮蔑する事のみを目的としたものだから。
傷つけ、奪い、殺し尽くす事こそが己が喜び。
その眼光は、その言葉よりも雄弁に嗜虐と殺意を語っていた。
そして、その対象はその瞳に映る四人も当然例外ではなく――。
「それにその金髪もそいつが俺の女だってよ、笑わせてくれるねッ!
昼間は別の黒騎士と乳繰りあってた、只の雌犬だってのによッ!
なんだここはぁ?殺し合う場じゃなくて、春を売る場ってかッ?」
嘲笑、嗤笑、憫笑、冷笑、失笑――。
人間獣の嗤いは、あらゆる負の感情に満ち溢れ。
この世全ての存在を、その根底から貶めていた。
「なんだとッ?!」
「それよりも二人を、二人をどうにかせんと!」
侮辱による憤激に声を荒らげるアルガスと、
盟友の負傷に焦りを見せるサナキの狼狽に、
ヴァイスはさも満足げに、獰猛に笑いかけ――。
「…安心しな、傷は深いがこんなんじゃ死なねえよ。
あとのお楽しみの為に、わざわざ女も急所も避けてやったんだ。
涙流して感謝して貰いたいくらいだね?
とはいえ、金髪の男はもう動けねえだろうがね。
…で、残るはてめえら二人だけってことだ」
優しく、静かにホームズの傷の程度と。
サナキ達の処刑を宣言する。
「逃げたきゃ逃げてもいいぜ?…逃げ切れりゃあなあ。
その分、オレは二人で楽しむって事にもなるがねッ。
仲間なんだろ、てめえらは?だったら、見捨てられねえよなあ?」
ヴァイスは嘲笑う。彼は分かりきっているのだ。
「仲間を気遣う」ような甘過ぎる二人に、見殺しなど出来る筈がないと。
無論、二人がその背中を見せれば即座に斬り捨てるつもりではあるが、
ヴァイスは抵抗を心より期待する。
悪足掻きが無様であればあるほど、それを踏みにじる事に悦を覚えるが故に。
己以外の全てを貶め、辱める――。
それこそが、己が奪われた誇りを取り戻す唯一の道。
ヴァイスはその凶念に取り憑かれていた。
だが、それで理性までもを失ったわけではなく。
むしろ性根が卑小であるが故に、更に姑息な戦術を打つ。
全ては己がより安全に、楽しめる狩りに興じたいが故に。
それは悪魔のように甘く囁き、二人の絆に楔を打ち込む。
「ああ、そうだ七三。なんなら昼間オレにやろうとしたみたいに、
そのメスガキ突き飛ばしてその隙にてめえ一人だけ逃げるってのもアリだな?
それならより確実だ。どうする、七三のガキッ?」
小物はアルガスとの、昼間の会合を暴露する。
ヴァイスは満足げに嗤い――。
「アルガス、そなた…」
「…くっ」
サナキは怪訝に、アルガスを振り返り――。
アルガスは硬直する。
それはまさに残酷な事実であるが故に。
それはまさに過去の汚点であるが故に。
彼の心に、深く突き刺さる。
「このオレが気付かないとでも思ったか?…甘過ぎるんだよ、ガキッ。
ま、だからこそ逆手に取れたんだがな。そういう奴こそ隙が出るッ。
…って、訳でだ。そいつは使えねえし、何一つ信用に値しねえよメスガキ。
せいぜいが仲間の振りをして身代わりに使う程度だ。
ならお前もそうすりゃいい。因果応報ってやつだ」
――アルガスへの嘲笑は続く。
さも得意げに喋り続けるが、それはサナキへの忠告ではなく、
ただ己が狡智を誇示するものであり。
「七三、てめえも今更騎士気取りたいなら、今ここで時間稼ぎにオレに殺されるんだなッ。
だったらさっきの言葉も撤回してやるよ。『馬鹿が無駄死にしやがった』ってね?
で、そのメスガキも後であの世に送ってやるから、この俺に感謝するこったな?」
――アルガスへの侮蔑は続く。
お前がどう足掻こうとも、それは全て無駄なものでしかない、と。
その能力も、心構えも、全てを嘲笑う。
彼我の実力差の絶対を確信するが故に。
だが、サナキはその得意げな嗤いに、ただ深く溜息を付き。
ヴァイスのその在り方を、ただ哀れみ蔑んだ。
「…馬鹿は貴様じゃよ。そして哀れなのものよのう」
「…なんだと?」
サナキは、これまでのヴァイスの罵倒の中で。
彼の本質を充分過ぎる程に理解していた。
弱者にしか強気に出られぬ、そしてそれを嬲り抜く事によってしか
己の存在意義を取り戻せない、救いようのない愚物。
そこには優雅さや尊厳など、欠片も有りはしない。
――だが、だからこそこちらも生き残る芽もあるというものよ。
絶えず他人を見下す事を喜びとする卑しい性格というのであれば?
余裕を見せようとして有頂天となる分、足元を掬い易いという事でもある。
サナキはこの絶望的な状況の中で、ヴァイスの性格に恐怖する事なく。
むしろ矮小な人物である事に、僅かながらも勝機を見出し――。
サナキは不敵に口元を歪め、笑いながら言い放った。
「……アルガスを見てみい。貴様にすっかり怯えておる。
足腰が震え過ぎて、まともに戦えるかどうかすら怪しいわ」
言葉の内容とは裏腹に、自信に満ちた口調でもって。
その態度に、騎士見習いはおろか眼前の獣すら驚きの目で彼女を見る。
「…おいおい。それが分かってて、どうしてオレの方が馬鹿なんだ?」
人間獣はその笑みにむしろ毒を抜かれ、ただ呆然と疑問を口にする。
現実を認識しているにも関わらず、何故貴様は心が折れぬのかと?
「じゃがの、目は死んではおらん。むしろ燃え盛っておる。怒りにの。
たとえ己が恐怖しようとも、主を守るために前に出る。命賭けでの。
その心構え、実に天晴れな騎士のものだとは思わぬか?」
サナキは哂う。貴様ごとき愚物には、永久に理解出来ぬ美徳だろうと。
確信をもってその問いに答える。
「貴様も一見騎士のようじゃが、そうしたくなる他人は、果たしておるのか?
他人に庇われた事は果たしてあるのか?そんなもの、一切ないじゃろ?
人はどれだけ他人に為に尽くし尽くされるかで、その価値がわかる。
確かに己は大事じゃ。じゃがそれしかないのは獣にすら劣る屑じゃ。
犬畜生とて、その家族だけは人間以上に育み大事にするからの」
サナキは嗤う。貴様ごとき芥屑には、永久に縁無き世界だろうと。
侮蔑をもってその愚かさをなじる。
「命惜しくば、疾く失せるがよい。この騎士の面汚しめが。
貴様のその目、わたしが始末してきた元老院の下衆どもそっくりじゃわ。
濁り切った上に、欲と見栄しか在りはせぬ。実につまらぬ。
身分を問わず、真に卑しきものは皆同じ目をするもんじゃの」
サナキは嘲笑う。その身分ではなく、ヴァイスという存在の卑しさを。
アルガスは、己に向けられたその信頼に、感動に打ち振るえ。
ヴァイスは――。
「黙れッ!黙って聞いてりゃいい気になりやがってッ!
何様のつもりか知らねぇが、てめえこそ身の程って奴を教えてやるよッ!
そして舐めた口を聞きやがった事を、後悔して殺してやるからなッ!」
激昂と更なる殺意をもって、対峙する。
これ以上の言葉は要らぬと、その態度で雄に語る。
「…アルガス」
「…はっ」
サナキはこの人間獣に向けた言葉とは対照的に。
労りの言葉を、アルガスに向ける。
「頼むぞ」
「承知いたしました。この生命に代えましても」
アルガスは震える足を抑え、決意をもって前に出る。
主の信頼には、勇気でもって。
二人とも、勝利を確信しているわけではない。
身体能力、装備、戦場経験、それら全ては向こうが上。
それは人間獣の纏う殺気からも、充分に感じ取れる。
勝っているのは数のみだが、それすらも足手纏い付き。
状況はむしろ絶望に近く、むしろ全滅の可能性は高い。
だが、その危険を充分に理解しりつつも。
己の矜持の為、主の生命の為、決して引けぬ戦いというものはある。
己が主の言う「生き様の、格の違い」を、今こそ知らしめる為にも。
今のアルガスに、保身と逃避はありえない。それは今こそ真に騎士たらんとする為に。
それが故、刺し違える覚悟でアルガスは構え。
「オレ、あの兄貴に特攻して犬死ってのは絶対嫌ッス。
しばらく空気で良いッスか?」
空気の読めぬ生き物は、場違いな戯言を口にする。
「違うぞアルガス。二人であの屑を成敗して、全員が生きるんじゃ」
「…ありがたきお言葉」
サナキは笑いかけながら前に出る。
従者の忠誠には、恩情でもって。
現実を見据えた上で、自らもまた生命を賭け戦いに臨む。
その困難をも承知の上で、全員の生存を心より望む。
従者に正しき道を示す為、仲間の身を案じるが為。
己のみの保身など下賤の所業だと、その行動で嘲笑う。
「…オレはガン無視ッスか?そりゃ空気で良いッスかとは言ったけど、酷えッス…」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえッ!今すぐ死ねッ!」
場違いな生き物の戯言は黙殺され。
だが獣にはその気高さはやはり理解できず。
獣は腰の鞘から、その鋼の牙を剥き出しにして躍り掛り――。
四人の命運を賭けた戦いの火蓋は、今切って落とされた。
【D-3/平原/二日目・未明】
【サナキ@FE暁の女神】
[状態]:精神的疲労(軽度)
[装備]:リブローの杖@FE、真新しい鋸
[道具]:支給品一式
[思考]1:アルガスの行く末を見守る。
2:帝国が心配
3:皆で脱出
4:アイクや姉上が心配
5:魔道書等の充分に力を出せるアイテムが欲しい、切実に。
6:目の前の痴れ者(ヴァイス)を、アルガスと協力して成敗する。
【アルガス@FFT】
[状態]:ラムザに対する憎悪(重度)、サナキに対する忠誠心、強い決意
[装備]:手編みのマフラー@サモンナイト3
[道具]:支給品一式×2
[思考]1:サナキに相応しい騎士となるよう務める。
2:戦力、アイテムを必ず確保する。
3:サナキが望まないので、とりあえず私怨は抑えてみる
4:騎士として、目の前の敵(ヴァイス)を排除する。
5:漆黒の騎士(ゼルギウス?)が参加している可能性を警戒。
[備考]:アルガスのセットしたジョブは、アビリティは次の書き手様にお任せします。
少なくとも素手での戦闘にも適した組み合わせです。
【ホームズ@ティアリングサーガ】
[状態]:全身に打撲(数箇所:中程度)、精神的疲労(重度)、軽い混乱
背中に投げナイフによる創傷(重傷)、暗闇
[装備]:プリニー@魔界戦記ディスガイア、肉切り包丁
[道具]:支給品一式(ちょっと潰れている)、食料(一食分消費)
[思考]0:ゲームを破壊し、カトリと共に帰還する。
1:カトリを連れて安全な場所(E-2の城)まで逃げる。
2:……ち、く………しょう……………
[備考]:漆黒の投げナイフが背中一本に突き刺さったままです。
重傷ではありますが、意識は辛うじてあります。
その追加効果により、異常状態「暗闇」が発生しています。
【プリニー@魔界戦記ディスガイア】
[状態]:ボッコボコ(行動にはそれほど支障なし)
[装備]:なし
[道具]:リュックサック、PDA@現実
[思考]1:とりあえず、上手く空気で居続けられそうッスね。
2:ボーナスとか出ないッスかね?
3:今の主人、嫌いじゃなかったッスけどね…。
【カトリ@ティアリングサーガ】
[状態]:重症(心身衰弱:大)
[装備]:火竜石@紋章の謎
[道具]:
ゾンビの杖@ティアリングサーガ、支給品一式(食料を一食分消費)
[思考] 0:みんなで生還
1:意識不明につき、思考不可。
[備考]:火竜石による消耗と一度致命的な攻撃を受けたため、
かなりの消耗をしたままです。
道具を使っても短時間での回復は有り得ません。
【ヴァイス@タクティクスオウガ】
[状態]:サナキに対する怒り(重度)、
疲労:中程度(死神甲冑の効果により回復は比較的早いと思われます)
左眼に肉切り用のナイフによる突き傷(失明)
背中に軽い打撲(死神の甲冑装備中はペナルティなし)
右腿に切り傷(軽症)
右の二の腕に裂傷、右足首に刺し傷(全て処置済)、やや酷い貧血、
死神の甲冑による恐怖効果、および精気吸収による生気の欠如と活力及び耐久性の向上。
[装備]:ブリュンヒルト@TO、死神の甲冑@TO、肉切り用のナイフ(2本)、
漆黒の投げナイフ(4本セット:残り3本)
[道具]:支給品一式、栄養価の高い保存食(2食分)、麦酒ペットボトル2本分(移し変え済)
ドラゴンアイズ@TO外伝
[思考]1:自身の生存を最優先。
2:何としてもタルタロスの信頼を得る。
3:まずは目の前の四人を嬲りものにしてから殺す。
4:いずれは全員皆殺し
5:ごちゃごちゃ抜かしてんじゃねえッ!死ねッ!
[備考]:ホームズ達四人の名前を、先程盗み聞きを行いようやく把握しました。
サナキに対して激しい怒りを抱いている為、首輪の効果で身体能力が向上しています。
一方で理性が薄まっているので、判断能力が若干低下しています。
[共通備考]:
暗闇(異常状態):視力が悪くなり、移動と回避ができません。更に被ダメージが増加します。
時間経過やアイテム・治療魔法で治ります。
最終更新:2012年07月29日 12:00