Blood bath(前編)

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Blood bath(前編)  ◆KKid85tGwY



 現在の上田次郎由詑かなみの置かれた状況はさしずめ、前門の虎に後門の狼と言ったところか。

 つい先刻まで普通に会話していた東條悟ミハエル・ギャレットが、今は別人に思える。
 彼らが北条沙都子を殺したから、理解に苦しんでいるのではない。
 殺し合いに生き残るため人を殺すというのなら、納得はできなくとも理解はできる。
 しかし彼らは東條が沙都子を殺したことを、まるで苦難を乗り越えてスポーツに勝利したように
 互いを称えあって喜んでいたのだ。
 まるで異星人のように、理解を超えた異様さ。
 今や東條とミハエルは、上田たちにとって説得も交渉も不可能な敵として対峙していた。

 そして、更に姿を表したシャドームーン
 上田は曲がりなりにも科学者だ。
 少々暗示に弱い面も否定できないが、根拠のない超常的な現象は信じない。
 だが目の前のシャドームーンからは、どんな物証も科学的根拠も必要なしに
 生物の本能と呼べるような次元で思い知らされた。
 その凄まじい存在感と殺気。
 たしかに上田はJCKA(日本通信カラテ協会)免許皆伝で、ブルース・リーの論文を書いたこともある兵だ。
 しかしそんなものは、虎や狼にも通用しない。
 そしてシャドームーンは、そんな生易しい物ではない。遥かに隔絶された存在であると、はっきり感じ取れた。
 上田はその姿を見ているだけで、震えが止まらない。

 両方から狙われている上田たちは、もはやどう切り抜ければいいのか検討もつかない絶体絶命の危機と言った状況だ。
 上田の持つ戦力は、空手とインペラーのカードデッキくらいだ。
 いや、先ほどはインペラーのデッキを戦力に数えていたが、よく考えれば上田には使えそうにないことに気づいた。
 あんな質量保存の法則という物理学の基本法則を冒涜する物を、科学者である上田が使えるはずがない。
 あまりの馬鹿馬鹿しさに、日頃の学会や講演会の疲れもたたって眠ってしまったではないか。
 決して変身に驚いて気絶したわけでも、仮面ライダーになれば直接戦わなければならないのが怖いわけでもない。
 そう自分に言い聞かせていながら、上田は気づく。
 デッキは説明書によれば、支給された当人にしか使えないわけでも年齢制限があるわけでもない……。

「…………かなみちゃん、君は変身に興味はないか? 仮面ライダーになったら、きっと楽しいぞ。ハッハッハッ……」

 駄目で元々、小声で耳打ちするようにかなみに聞いてみる。
 しかし、かなみは地面にへたり込んで上田以上に震えている。
 上田の話を聞く余裕すらない様子だ。

「いや、無理にとは言わないがな……」

 上田にとってはかなり気まずい形になってしまったが、落ち込む暇はない。気を取りなおして、打開策をさぐる。
 味方の戦力は乏しい。
 東條とミハエルは未知数。だが少なくともデッキを2つ所持している以上、こちらより戦力は大きいはずだ。
 そしてその存在だけで、戦力の大きさを示しているシャドームーン。
 それは東條とミハエルも同様に感じ取れたであろう。
 現に上田とかなみに隙こそ見せていないものの、シャドームーンへ最大限の警戒を向けている。
 しかしそれだからこそ、突破口が見えてきた。
 シャドームーンの存在は脅威だ。
 、 、 、 、 、 、 、 、 、、、 、
 だからこそ現状の図式を単純化できる。

 上田は何とか意を決して、シャドームーンに話しかける。

「ひ、ひひひ人に物を尋ねるのなら……ま、まずは自分から名乗るぐらいはしたらどうだ?」
「答えろ」

 上田が上ずった声でようやく質問を返すが、その虚勢はあっさり切って捨てられる。
 先ほどから自爆ばかりしているのは、気のせいか。
 だがシャドームーンの有無を言わさぬ態度は、予想通りのものだ。

「ま、まったく……どこぞの貧乳より礼儀知らずな奴だ。私はブラックさんなどという人物は知らない。
こっちのかなみちゃんも、最初から私と同行していたんだから同様だろう……。聞くなら、そこの2人に聞くんだな!」

 上田はかなみの肩を支えながら、東條とミハエルの方を顎で指す。
 ミハエルは緊張を隠しきれない様子で、しかしはっきりとシャドームーンに話しかけた。

「私はミハエル・ギャレットと言います。あなたが誰かを捜しているのなら、力になれるかもしれません。
どうでしょう、私の話だけでも聞いて貰えませんか?」
「……フッ」

 シャドームーンから誰に聞かせるでもない、かすれた笑いが漏れた。

「私は次期創世王シャドームーン。この地上にゴルゴム帝国を築くために復活した。
人間どもよ、我が手にかかって死ねることを過分な光栄に思え」

 シャドームーンはまるで気負うこともなく当然のように王を名乗り、そして――
 殺す。呆気なく、しかしはっきりと宣告した。

「ミハエルくん、今はシャドームーンを倒すことだけを考えたほうがいいかも……」
「仕方ない……。こんな状況だというのに、皆……自分の勝手な都合ばかり考えて同志の夢から遠ざかっていく……。
…………それでも私に、立ち止まることは許されないから!」

 東條とミハエルは、今や完全にシャドームーンへ狙いを絞ったらしい。
 どうやらとりあえず、上田の計算通りの展開にはなったようだ。
 要するに上田が東條とミハエルにシャドームーンの両方を、一度に相手にはしていられないのと同様に
 東條とミハエルも、シャドームーンを前に上田たちの相手をしてはいられないのだ。
 やはり日本最高頭脳である上田次郎は、理系以外の分野でも冴えている。名誉教授になる日もそう遠くはあるまい。
 後は逃げ出す隙を見つけることだが……。


 当初はその姿からシャドームーンが自分と同様のライダーだと思っていた東條だが、すぐにそれが誤りだと気づく。
 東條の知るライダーならバックル部分にカードデッキを装填しているはずが、それがない。
 ミラーモンスターかとも思ったが、言葉をしゃべることからそれも違う。
 つまり未知の存在。自然、警戒の念も強まる。
 ああいう未知の相手となれば、できる限り敵が何かを仕掛けてくる前に仕留めたい。
 幸いシャドームーンという名前も聞いた。ミハエルの言っていた救いをもたらすのに、問題は無いだろう。
 東條はデッキからアドベントカードを引き出し、ミハエルに視線を送る。
 それを受けてミハエルも、アドベントカードを引き出した。

 その特徴的な足音を立てながら、シャドームーンは東條たちに歩み寄ってきた。
 シャドームーンが壁面に鏡の張られたトイレの前に差しかかり、小さな水たまり足を踏み入れる。
 その時、東條は持っていた銃をシャドームーンへ向けて引き金を引いた。
 銃は小気味良い音を立てて、フルオートで弾丸を放っていく。
 弾丸はシャドームーンの胴体を叩くが、傷1つつかない。
 照準をとるコツを掴んだ東條は、今度はシャドームーンの頭を狙う。
 やはり火花を散らすだけで、シャドームーンの頭部は無傷。
 だが、その射撃はダメージを狙ったものではない。
 東條とミハエルは、予め抜いておいたアドベントカードをそれぞれ鏡と水たまりに向ける。
 瞬間、鏡面からミラーモンスターのデストワイルダーがシャドームーンから見て左側面から
 同時に、水面からミラーモンスターのダークウイングがほとんど直下から飛び出した。

 全ては東條の狙い通りだった。
 頭部への着弾と火花で、シャドームーンの視界と意識を奪い
 そしてミラーモンスターが同時2方向、しかも死角からの奇襲。
 しかもミラーモンスターは、鏡の反対側や水中から現われるのではなく
 『鏡面』や『水面』といった二次元から、三次元空間に姿を現し奇襲を仕掛けるのだ。
 ミラーモンスターを知らなければ到底予想も、今回のような至近距離なら反応も不可能だろう。
 何重もの死角を衝き、青虎と闇の翼は
 銀色の影――シャドームーンに襲い掛かった。

     ◇     ◇     ◇

「さてとー…………じゃあ、ここから西へ行こうか?」
「そうですね、南東の方は避けた方がいいと思います」

 図書館を出た亀山薫稲田瑞穂は、西の方向へ向かうと決めた。
 南東の方向に上がった煙。火災か爆発か不明だが、そこで誰かの命が脅かされたのは間違いない。
 図書館からはかなり距離がある。今から救出に行ったところで、間に合わないだろう。
 むしろあの煙を見て襲撃を考えた者と、鉢合わせる危険が高い。
 亀山1人ならともかく、瑞穂が居る以上は危険をおかせない。
 図書館にも留まれない以上、煙から離れる方向を目指すしかない。

「…………よっし、決まりだな! 今度こそ誰か見付かると良いんだけどな……」

 亀山は先程までより多少は打ち解けた様子だが、それでもまだ自分と距離を置く瑞穂に
 ことさら威勢よく声をかける。
 つもりだったのだが、どこか陰りを隠せないものになっていた。

(……しょうがない、っか。今は瑞穂ちゃんも居るし、持ってる武器が三味線糸じゃなぁ…………)

 亀山には、どうしても引っかかる部分がある。
 警察官である亀山が、危機に陥っている人を放って、安全な場所を探している。
 本当にこんなことをやっていていいのだろうか?

 頭では分かっている。
 瑞穂の安全確保が今の自分がしなくてはいけない仕事であるし、武器もなく無闇に危険に近づいても犬死する可能性が高いと。
 それでも考えてしまう、自分がもっと率先して危険に向かっていけば助けられる人間が1人でも助けられるのではないか。
 図書館で無残な他殺体――もっと早く来ていれば助けられたかもしれない――を見た後だけに、余計そう考えてしまう。
 可能性だけが頭によぎるが、現実の自分はどうすることもできない。
 それが漠然とした無力感ともなっていた。
 人々を守る。そのために亀山は警察官になった。
 捜査一課に居たころは、手柄に執着する気持ちもあったが
 特命係に配属されてからはそれに拘る思いも薄れていき、単純な正義感で動くことがほとんどになった。
 特命でどれだけ手柄を上げても、他の課に取られてしまうのだから、ある意味当然だが。
 あるいは手柄や出世に何の関心も示さない変わり者の相棒、杉下右京の影響かもしれない。
 こんな時は、その右京が居ればと思う。
 あのどんな事態にも冷静沈着で、類稀な頭脳を持っていくつもの難事件を解決してきた相棒。
 右京なら、こんな時にどうするだろう?
 いや、現に今どこでどうしているだろう?
 自分には想像もつかない様な発想で、殺し合いを打破すべく動いているのだろうか。
 いずれにしても早く合流したい。

(…………って、なんか弱気になってきちゃった。だめだな、しっかりしないと!)

 どこか消沈していた自分を叱咤する。
 優秀な人物である右京をあてにして、捜すのはいいが
 それに頼り切っているようではだめだ。
 少なくとも、今の瑞穂の傍には自分しかいない。
 いざとなれば自分1人の力で解決する覚悟がなければ、それこそ警察官失格だ。

「亀山さん、やっぱり西は止めた方がいいです」
「……な、なんでまた急に?」

 瑞穂が公園まで後わずかと言うところまで来て、突然進路変更を申し出てきた。
 思案にふけっていたところ不意を衝かれた亀山は、不平というより驚きを込めた返事を返す。
 しかし瑞穂が指差した方向を見て、合点がいく。
 公園の中から、南東の方角で見たものより小規模だが煙が上がっている。
 明らかに公園内で、不穏な何かが起こったのだ。
 そもそも危険を避けて西に進路をとったのだから、不穏なら変更するのは当然の判断だ。
 瑞穂は特に安全性重視の考え方をするし、余計避けたいのだろう。
 何より、亀山の勘が
 刑事であるからかどうかは分からないが、あの右京をして神がかりと言わせた亀山の勘が告げている。
 公園には危険という言葉すら生やさしい、災厄とでも呼べるものが存在すると。

「……どうしたんですか? 早く逃げたほうがいいと思いますけど」

 それでも、それだからこそと言うべきか、亀山は公園から離れる気にはならなかった。
 これも勘だが、おそらくその災厄に未だ襲われている人があの公園にいる。
 そう、南東の煙とは違う。公園はすぐそこだ。まだ間に合うかもしれない。
 ならばそれを見過ごすことができないのが、亀山薫という人間だ。
 問題は瑞穂の安全だ。
 瑞穂も一緒になって、危険に立ち向かうのはさすがにまずい。
 瑞穂だけ東に行ってもらうか? 1人にするのも危険だ。

「…………瑞穂ちゃん! 俺は今からあの公園に行って、何があったか探ってみる!
君は公園のどこか安全な場所を見つけるから、そこに隠れていてくれ!」
「…………安全な場所がある保証なんて有るんですか?」

 亀山が解決案を見つけ出し、瑞穂に伝えるが
 瑞穂は半ば呆れも含めた調子で、抗弁する。
 亀山は予想外に頑なな様子の瑞穂を、うまく諭す言葉が浮かばない。

「…………何だぁ!?」

 その時、公園の上空を飛ぶ銀色の影を視界にとらえた。
 しかしそれはどうやら、飛行ではなく跳躍らしい。
 優に30m以上の高さまで到達した影は、そこから下方へ光線を放った。
 光線が公園内に消える。そして爆発。
 公園内に粉塵が舞い、大地が揺れる。
 その揺れは、亀山たちのいる橋にまで及んだ。
 あまりの揺れに、亀山も瑞穂もその場に膝を着く。

「なんだ、なんだ…………何なんだよ、あれはぁ?」

 やはり公園で待ち受ける危険は、生半可なものでは無いらしい。
 それでも逃げるつもりはない。
 だがあれを見せられては、ますます瑞穂を説得しづらくなった。
 いや、やはり瑞穂と共に逃げるべきか?

「水の戦士・マウンテンカメール……」
「…………ああ、俺のことだったか。どうした?」
「公園に行きましょう」
「そうだよなぁ。幾らなんでも、あんなのが居たんじゃ危なすぎる……………………えっ? 行くの!?」

 なぜか瑞穂が公園に向かうと言い出した。
 急な変節に、亀山も疑問に思う。
 だが、今はそれを追及している暇はない。
 同意を取り付けたのなら好都合だ。
 鬼が出るか蛇が出るかは分からないが、とにかく見に行かないことには始まらない。
 亀山は瑞穂を守りつつ、公園に向かうことに決めた。

「……よし、行きますか」

     ◇     ◇     ◇

 ミラーモンスターは総じて、自然界の獣など及びもしないほどに強力である。
 例えばデストワイルダーは5000APの攻撃力を有し、100tの物体を持ち上げる膂力をほこる。
 両手の爪はダイヤモンドを切り裂くことが可能だ。
 そのデストワイルダーの爪による攻撃を、シャドームーンの左手が止めている。
 さらにシャドームーンは残った右手で、直下から襲いくる
 これも4000APの攻撃力を有するダークウイングを止めていた。
 東條とミハエルの会心の奇襲は、シャドームーンに通用しなかった。
 理由はシャドームーンの能力が、2人の予想をはるかに超えていたことにある。
 まず銃弾程度では、シャドームーンの強靭な視覚器官を潰すことはおろか晦ますこともできない。
 そしてシャドームーンのマイティアイの広視界は、真横や直下も死角とはならない。
 鏡面からの奇襲は予想外のものだったが、自身が空間を操る能力を有するシャドームーンにとって驚くに値しない。
 何よりシャドームーンの力は、ミラーモンスター2体をも凌駕していた。
 シャドームーンは2体のミラーモンスターに首輪がないのを確認すると、軽々と投げ飛ばす。

「東條くん、ミハエルくん! ここは3人で仮面ライダーに変身し、協力してあいつと戦おう!!」

 不意に上田が、インペラーのデッキを見せながら叫んだ。
 確かにシャドームーンは予想以上に強い。ライダー3人で当たっても、勝てるかどうか分からないほどに。
 ミハエルは上田に首肯して、デッキをトイレ壁面の鏡に映した。
 東條も同じく、デッキを鏡に映す。
 若干距離があったが、2人の腰にVバックルが巻かれる。
 デッキをVバックルに装填。
 東條が銀色を基調にした戦闘強化服を装着、仮面ライダータイガに変身した。
 ミハエルが黒と銀を基調にした戦闘強化服を装着、仮面ライダーナイトに変身する。

 タイガがシャドームーンへ手に持つ白召斧、デストバイザーを振るう。
 携行武器としては異例の大きさである斧を、しかしタイガはその質量を生かしながら巧みに鋭く振るう。
 タイガとてライダーやミラーモンスターとの歴戦を経てきた猛者。それなりの技巧は身に付けている。
 さらにナイトがタイガの攻め手の間隙を埋めるように翼召剣、ダークバイザーで切りつける。
 拙速に特化させればライダーの中でもトップクラスのナイトの斬撃が、秒間に幾つもの角度で奔る。
 ミハエルは元々その才能を見込まれオリジナル7の要のヨロイ、サウダーデ・オブ・サンデーの乗り手に選ばれたほどの者だ。
 無論ヨロイとライダーではまるで勝手が違うが、剣を振るう技術や戦術など応用がきく部分も多い。
 クーガーとの1戦でナイトを使うコツを掴み、その非凡なセンスを充分発揮できるようになっていた。
 今なら件のクーガーと戦っても、先刻のような無様は晒さない自信があるほどに。
 そしてタイガの攻撃から、時間差でナイトが切りつけ
 ナイトの斬撃の逆方向から、タイガが斧を振るう。
 2人はこれが初めてとは思えないほど、巧みな連携を見せていた。

 しかしそれらの攻撃が、シャドームーンには通用しない。
 タイガの斧が払われ、ナイトの剣が避わされる。
 それでも10に1つの割合で攻撃が当たるが、まるで効いている様子はない。
 シャドームーンの体表は、ブラックサンの強化皮膚・リプラスフォーム以上に強靭なシルバーガードで覆われている。
 それがタイガとナイトの攻撃を完全に防いでいた。

――SWORD VENT――

 埒が明かないと見たナイトは、1枚のカードをデッキから抜き取りダークバイザーにベントインした。
 ナイトの手に天から突撃槍(ランス)状の大剣、ウィングランサーが降りてきた。
 ウィングランサーでもって渾身の突き。
 しかしその切っ先は、シャドームーンにあっさり掴み止められる。
 そのまま片手でナイトの身体ごと捻り飛ばされた。
 ウィングランサーを使用しても、シャドームーンには力負けをする。
 しかもシャドームーンは、時おり自分の手を見るなどして
 明らかに戦闘に集中していない様子だ。だからこそか、反撃が全くこないでいる。
 ライダーが2人が子供扱いにあしらわれている状態に歯噛みしながら
 ミハエルはもう1人のライダーの存在を思い出す。
 インペラーのデッキを持っていたはずの上田の姿が、一向に見えない。

「さあ、今の内に逃げるぞかなみちゃん!」

 声のしたほうを向くと、上田はいつの間にかかなみを抱えフライングボードに乗り
 シャドームーンとの戦いに背を向け、飛び立とうとしている。
 何をしようとしているかは明白。自分たちだけさっさと逃げるつもりなのだ。

「…………ずるいかも……」
「なんて姑息な人なんだ……!」

 自分から共闘を持ちかけておいて、あっさり囮にして逃げようとする上田の卑劣さに
 さすがの東條とミハエルも憤る。
 そちらに注意が向いた隙に、ナイトの腹へシャドームーンの拳が刺さった。
 キングストーンの力を集中させてもいない軽い拳。
 だがエルボートリガーの超振動で威力が強化されたそれは、ナイトを軽々と身体ごと吹き飛ばした。
 一撃で宙に舞うナイトに驚くタイガの顔面にも、シャドームーンの裏拳が当たる。
 タイガも身体ごと、空中を独楽のように舞った。
 そしてシャドームーンは手を上田へ向ける。
 その手からは緑色の光線、シャドービームが放たれた。



 上田は振り返りもせず、かなみを抱えてフライングボードを駆る。
 というより、背後が怖くて振り返ることができない。
 とにかく一刻も早く東條とミハエルから離れたかった。
 とにかく一刻も早くシャドームーンから離れたかった。
 とにかく一刻も早く戦いの場から離れたかった。
 その一心でフライングボードを飛ばす。
 だからその動きは偶然だった。
 上田には背後の敵も怖いが、ボードの操縦も怖い。
 前方には森が広がっていて、ボードはそこへ予想以上の速さで向かっていく。
 落ち着いてみれば充分な距離があったが、小心な上田は木にぶつかることをに恐れ
 必要以上の急旋回をその場でとる。
 次の瞬間、上田が居た位置をシャドービームが通り抜けた。
 ビームの直撃は避けれたが、余波が2人を襲う。
 上田は吹き飛ばされ、地面に転がる。
 それでも上田らしからぬ意地で、抱えているかなみを庇った。
 シャドービームは木の根元に着弾。
 爆発。木は倒れるどころか、粉々に破砕した。

「…………だ……大丈夫か、かなみちゃん?」
「……………………はい」

 余波といえど、上田がかなみを庇ってまで受けたダメージは大きい。しばらくは立ち上がれそうにない。
 しかし想像を絶する惨事と恐怖に晒されながらも、上田は何とか意識を保ちかなみの状態を案じる。
 守る対象が居ると人は違ってくるものか。あの上田でさえも。

「そうか……なら、ここは君がライダーに変身してくれないか?」
「…………ごめんなさい」
「やはり無理か……」

 やはり、上田は上田であるらしかった。



「あれで先生と同じ大学教授…………」
「…………あの人に期待した自分が馬鹿だった」

 東條とミハエルにしてみれば、上田たちが自分たちを騙して逃げようとしたあげく
 勝手に自滅したようなものなので、ただ呆れるばかりだ。
 しかしそれも無意味なばかりではない。
 シャドームーンにあんな強力な飛び道具があると分かった以上、うかつに背を向けることはできなくなった。
 今や上田の脅威は度外視できても、やはりシャドームーンを倒してこの場を切り抜けるほかはない。



 シャドームーンは自分の状態に違和感を拭いきれない。
 自分の能力が極端に落ちている。
 今のシャドービームも不要な消耗を避けるため加減をしていたにしても、威力が低すぎる。
 明らかな不調。しかし原因が思い当たらない。
 いや、1つだけ考えられる可能性がある。
 それは殺し合いの上で、自分に課せられたハンデ。つまり、主催者が自分の能力を抑制しているのだ。
 たしかに、世紀王が全力を出せれば他の者とはそもそも殺し合いにならないだろう。
 もっとも今の状態でも、ブラックサン以外の者なら到底相手になるとは思えないが。

(創世王め、どこまでもつまらん真似をする)

 シャドームーンが、殊さら制限が気に掛かるのも無理からぬ話だった。
 制限とは全ての参加者に優勝の可能性を持たせるための物。
 必然、能力の高い者の制限は強くなる。
 そしてシャドームーンは、おそらく全参加者の中でも屈指の戦力を保有する。
 したがって今のシャドームーンは能力の全般に、参加者の中でも最大級の制限が課せられていた。

(問題はどれほど力が抑えられているか、だが……)

 シャドームーンは自身にどれほどの制限が課せられているかを、この戦いで試すことにする。
 制限の程度も分からずブラックサンと当たって、不覚を取るわけにもいかない。
 敵の2人はどういう原理かは分からないが、変身をしている。
 それ自体に興味はないが、力試しにはちょうどいい相手。
 所詮ブラックサン以外の有象無象など、総じてついでに片付ける塵に等しい。
 シャドームーンは絶対の王者の余裕をもって、タイガとナイトに迎え撃つ。

――AD VENT――
――AD VENT――

 タイガとナイトがベントインした際に鳴る機械音声が、きれいに重なった。
 デストワイルダーとダークウイングが再び現出する。
 今度は奇襲ではない。
 仮面ライダーの2人とミラーモンスター2体は、シャドームーンとの間合いを図りながら四方から囲む。
 ダークウイングがシャドームーンの背中めがけ飛びかかる。
 迎撃に繰り出されるエルボートリガー。
 それが当たる直前、ダークウイングは急上昇。

――NASTY VENT――

 ダークウイングの羽ばたきから超音波が発生。
 シャドームーンの直上から超音波攻撃、ソニックブレイカーが叩きつけられる。
 やはりシャドームーンは小揺るぎもしない。
 そこへ向け2人のライダーとデストワイルダーが一斉に襲い掛かる。
 しかしタイガとナイトの身体が不意に止まる。
 シャドームーンの両手から放たれた電撃状のシャドービームに捕らわれていた。
 シャドービームには純粋な破壊の効果のほか、目標を捕縛することも可能なのだ。

「この程度で動きを止めたつもりか?」

 そのままナイトは上空に放られて、ソニックブレイカーの盾にして
 タイガを身体ごとデストワイルダーにぶつける。
 もつれて転がりながらも、タイガは慣れた手つきでカードをデッキから抜き取りベントインする。

――STRIKE VENT――

 タイガの両腕に攻防一体の巨大な手甲、デストクローが装着される。
 デストクローで切りかかった。
 ダイヤモンドを切り裂く爪が、シャドームーンの肘から伸びるエルボートリガーに受け止められる。
 そしてデストクローの爪は単純な斬撃、超振動するエルボートリガーとでは切断力が根本的に異なる。
 逆にデストクローの爪の1つが切り落とされた。
 今度は左右からデストワイルダーの爪とナイトのウィングランサーによる挟撃。
 否、刹那の時間差を置いた背後からダークウイングの体当たりも含めた三方向からの襲撃。
 シャドームーンは僅かに身体を傾ける。
 その最小の動きでデストワイルダーの爪とウィングランサーがぶつかり、互いが与えた衝撃で両者が弾けるように倒れた。
 ダークウイングは軽々と払い落とされた。
 シャドームーンはマイティアイで一度見た物なら、分析する能力がある。
 つまり一度見た攻撃は、ほとんど解析し対処することができるのだ。
 なおもデストクローを振るい来るタイガ。
 シャドームーンはそれを避けながら、右拳にキングストーンのエネルギーをチャージした。
 それに反応してタイガはデストクローを盾にして構える。
 シャドームーンはその上からお構いなしに、緑色に光る右拳で殴りつけた。
 スペックでは強化されたライダーパンチを凌ぐ威力を持つシャドーパンチ。
 威力がデストクローを歪ませ、さらに突き抜ける。
 タイガの身体が大規模な爆発を受けたかのように、弾け飛んだ。
 その勢いで背後の木にぶつかる。木を幹ごと倒しても、まだ勢いは無くならない。
 さらに木に叩きつけられ、やっとタイガの勢いは止まる。
 タイガは地面に落ち、力なく倒れ伏した。

「東條さん!! ……ぐふっ!」

 倒れていたナイトを胸の上から踏みつけた。
 強烈な圧を受け、ナイトは苦悶の悲鳴を上げる。
 ウィングランサーで応戦を試みるが、踏みつけられた体勢ではまともに力も入らない。
 幾らシャドームーンの身体を突いても、何の効果も得られなかった。

(力を試すつもりだったが、もう終わりか。所詮、人間ごときが相手ではな……………………!)

 シャドームーンの背後、マイティアイの視界外から二本の角の生えた新たなミラーモンスターが二又の矛で襲ってきた。
 しかしシャドームーンは改造された聴覚で、ミラーモンスターの接近を察知していた。

 振り返りざま二又の矛を払い除けてミラーモンスター、ギガゼールを殴り飛ばす。
 その直後オメガゼールとマガゼールが、飛び込みざまに二又の矛を振るってきた。
 エルボートリガーで防ぎながら、シャドームーンは周囲を見回す。
 10体。いや20体以上は居る。すでに周囲はミラーモンスターで囲まれていた。



「本当に現れた……しかも私の指示に従っている……………………これが、大学教授の威光か」

 上田はインペラーのアドベントカードをかざしながら、どこか感心した様子でごちた。
 説明書によればアドベントカードを使えば、変身しなくても契約モンスターを使役できる。
 それを思い出し、上田はインペラーの契約モンスターにシャドームーンを攻撃させた。
 科学的に考えれば疑問だらけだが、さすがの上田も現状がそれどころではないと認めたらしい。
 東條とミハエルが殺されれば、次は自分とかなみの番なのだ。

 神崎士郎が開発した仮面ライダーは、各々契約モンスターを持ち
 その契約モンスターに自由に使役することができる。大学教授の威光は関係ない。
 そしてインペラーの契約モンスター、ギガゼールに代表されるゼール種は他の契約モンスターにない大きな特徴がある。
 ゼール種は群生生物であり極めて同種の繋がりが強く、それは群れ全体で1体のモンスターといえるほどのものだ。
 そのためインペラーは、1体のギガゼールとしか契約していないにもかかわらず
 オメガゼールやマガゼールなども含む、多数のゼール種の群れを従えることができる。
 しかもゼール種は個々に4000APの攻撃力を持つ上
 それら全てを、個別に動かすことができる。

 シャドームーンへ、ゼール種による攻撃が展開された。
 四方からシャドームーンへ向け、二又の矛が繰り出される。
 その攻撃を身体を捻って避けながら、手で捌きいて往なす。
 単純な格闘戦でもシャドームーンの速度、技術、センスは並外れているのだ。
 しかも防戦一方ではない。
 シャドームーンは腕を大きく振り払うそれで前方と左右の3体が木っ端のごとく宙に舞った。
 間髪いれず、他の3体がシャドームーンに襲い掛かる。
 それらも捌ききるシャドームーン。
 しかし不意に直上から蹴りが入った。
 ダメージは無きに等しいが、同じような攻撃が2度3度と連続で来る。
 さすがに3体目には叩き落すことができた。そしてエルボートリガーで突き刺す。
 刺されたマガゼールが爆発。
 それを意にも介さず、さらに敵の群れが押し寄せてきた。
 さしものシャドームーンも、埒が明かない戦いを強いられる。
 理由は2つ。
 1つは敵に完全に囲まれている状況、そして敵が跳躍力に長けるゼール種であることから
 上空も含めた全方位から攻撃がくること。
 もう1つは敵が大群であるため、間を置かない波状攻撃がくること。
 シャドームーンの手で、ギガゼールやオメガゼールが葬られていくが
 それでも全方位波状攻撃の手は、一向に止まない。
 戦いは持久戦の様相を呈してきた。

「よし、今度こそ逃げるぞかなみちゃん」
「……えっ?」

 地に伏しながらシャドームーンの戦いをしばし呆然と眺めていたかなみの身体が、マガゼールの腕に抱えられた。
 最初は驚愕したかなみだったが、すぐに上田の手によるものだと気づく。
 上田も同様にギガゼールに抱えられていたからだ。
 今の上田とかなみはフライングボードも失くしてしまっていた。
 ならばモンスターに運んでもらえばいい。
 シャドームーンは他のモンスターで足止めすることができている。
 上田とかなみがこの場を離れることができれば、後はシャドームーンと東條たちで潰しあってくれるだろう。
 一片の呵責もない冷徹な判断の下、上田はモンスターに逃走を指示する。
 しかし上田たちは知らない。望遠と広視界を併せ持つ、シャドームーンのマイティアイを。
 そしてモンスターの猛攻に晒されても揺るがない、シャドームーンの隙のなさを。
 モンスターに抱えられる自分たちの様子が、マイティアイに捉えられていることを。

 相変わらずシャドームーンに対する全方位波状攻撃の手は止まない。
 それでも緩みを見せる場面はある。
 上方に刹那の隙が生じた。
 シャドームーンはその場から、垂直に飛び上がる。
 跳躍といっても、シャドームーンのそれは40mの高さまで達することができる
 ゼール種も跳躍力には優れている。むしろ50mの高さまで飛べることから、スペックはシャドームーン以上だ。
 すぐに跳躍し、シャドームーンの追撃に向かう。
 そして後追いの形ゆえ、シャドームーンの直下に群がる形になった。
 いや、誘われた形というべきか。

――GURAD VENT――

 シャドームーンのシャドーチャージャーと両手から、破壊力を持つ電撃状のシャドービームが放たれた。
 群がるモンスターを瞬時に焼き払っていき、地上まで到達。
 余剰のエネルギーが爆発を発生させる。
 公園内のブランコやスベリ台等の遊具、設置されたコンクリートのトイレ等が跡形もなく破壊された。
 そしてその場を離れようとしていた上田とかなみの抱えていたモンスターも、爆発を受けて倒れる。
 モンスターが盾になる形になっていたので、上田は直接爆発を受けてはいないが
 それでもモンスターに取りこぼされ、地面を転がったダメージは小さくない。
 痛みにうめきながら、上田は周囲の惨状を確認する。
 大型遊具や木々が破壊されているのはおろか、巨大なクレーターができている。
 改めてシャドームーンの起こした破壊の恐ろしさに戦慄するとともに、さらに恐るべき事態が起きたことに気づく。
 かなみの姿がどこにも見えないのだ。
 最後にかなみを確認したのは、抱えていたモンスターのさらに背後から爆発を受けた瞬間だ。
 最悪の事態も想定できる。
 上田は必死に周囲を見ようとするが、自身が立ち上がることもできない状態の上
 倒れた木や未だ舞い上がっている粉塵などのせいで、上手く視界が保てない。

「とんでもないことになってんな…………だ、大丈夫ですか!?」

 その上田の下に駆け寄る人物が現れる。
 かなみではない。
 それは体格のいい刑事と切り揃えた髪が特徴的な中学生だった。
 刑事、亀山は上田を介抱し
 中学生、瑞穂は食い入るようにシャドームーンを見つめていた。



 モンスターを迎撃し自由落下するシャドームーンと少し距離を置いて交差するように
 ウイングウォールを背中から展開したナイトが飛び上がった。
 シャドームーンがシャドービームを放つ直前、それがモンスターを一網打尽にするための作戦だと気づいたナイトは
 ガードベントをベントインして、上空へ逃れていた。

 着地したシャドームーンは、光を放つ右手をナイトに向け
 シャドービームでナイトを狙う。
 発射。
 背後に向けられたシャドービームは、マガゼールを射抜いた。
 起こる爆発。それを潜り抜けて、他のゼール種もシャドームーンに襲い来る。
 先刻のシャドービームでは、全滅させることはできなかった。
 だが、今はシャドームーンを包囲しているわけではない。
 シャドームーンは迫りくるモンスターを射殺しながら、近くの木を背にする。
 これで後方からの攻撃はこなくなった。
 それでも前方と左右と上方から、モンスターの波状攻撃がくるが
 所詮、全てマイティアイの視界内からの攻撃。
 シャドームーンには尽く迎撃されていく。
 しかもただ迎撃しているというだけではない。
 あるいはエルボートリガーで切り裂き、あるいは頭部や胴体を殴りぬき
 確実にモンスターを殺していっている。
 戦況は一変した。
 一見すると持久戦の様相であることは変わらないが、シャドームーンには一片のダメージも与えられていない。
 それどころか疲労の様子さえ見せていない。
 今の戦況が続けば、遠からずインペラーの契約モンスターは全滅する。
 そうなれば次はタイガや上田たちの番だ。
 戦況はいよいよ絶望の色を濃くしていた。


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065:目を開けながら見たい夢がある 上田次郎 070:Blood bath(後編)
由詑かなみ
東條悟
ミハエル・ギャレット
シャドームーン
059:月の残光 亀山薫
稲田瑞穂




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