寄り添い生きる獣たち

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寄り添い生きる獣たち  ◆EboujAWlRA



【side:炎髪灼眼の討ち手】

この世の『歩いて行けない隣』から現れた異形の者たち、『紅世の徒』。
はるか昔から人の側に居た、だが人ではない『紅世の徒』は世界そのものを歪めて生きる存在だった。
『紅世の徒』はこの世の根源的な力である『存在の力』を食らって生きる者たちだったのだ。
本来ならば世界そのものに還元されるはずの『存在の力』が消失することで、世界には大きな歪みが生じてしまう。

それを重大な問題として捉えた者と軽視した者に『紅世の徒』は別れ、やがてそれは対立することとなった。
同じ世界に生きる者が対立し、その間には深い溝が生まれ、やがて両者の関係は明確な敵対のそれへと変化してしまった。

『フレイムヘイズ』は、その敵対戦争のための道具であった。
傍若無人の限りを尽くした『紅世の徒』の被害に遭い、激しい憎悪を抱いた人間と契約する。
その結果、人は『紅世の徒』だけを殺し尽くす『フレイムヘイズ』へと変わってしまうのだ。

そして四百年ほど前、大きな戦争があった。
この世に在らざる存在である『紅世の徒』が、この世に在ろうとした戦争だった。
多くの紅世の徒が死に、同時に多くの『フレイムヘイズ』が討ち死にしていった。
新鮮な憎悪に溺れた新兵も、復讐を冷ました歴戦の勇士も、同じく死んでいった。

最強の勇者であった『炎髪灼眼の討ち手』もまた、その中の一人だった。

シャナという少女は、幼児の頃からその『炎髪灼眼の討ち手』を継ぐ者として育てられた。

『炎髪灼眼の討ち手』とは、その称号自体が力を持つ勇者の証だった。
この世の全てを圧倒し、ありとあらゆる事象を解へと導く天下無敵の存在。

その『炎髪灼眼の討ち手』であれと言われ、育てられた。
そんな『炎髪灼眼の討ち手』でありたいと思い、育ってきた。

「……」

その二代目・『炎髪灼眼の討ち手』は二匹の異常な生命が戦う姿を眺めていた。
歪な生命体であった、シャナの眼には存在そのものがぐにゃぐにゃな曖昧なように見えた。
その異常な外見から行われる動きもまた、この世の存在とは思えない奇抜な動きだった。
田村玲子は頭部を、後藤はその右腕と両の脚を変化させているのだ。
皮膚を変質させた刃で二合、三合と撃ちあう姿が見える。
物質的でひどく泥臭い、紅世の徒とは違う戦闘手段だ。
まさしく未知の存在だった。
紅世の徒とは違う、だがしかしシャナを殺し得る存在。
己の中にいる魔神とも呼ばれる強力な『紅世の王』、アラストールの力に振り回されるシャナでは万が一が起こるかもしれなかった。

「……行くに、決まってるじゃない」

この日初めて、シャナが理屈の外から動いた。
勝てると判断したわけではない、田村玲子を守ろうとしたわけでもない。

――――僅かにでも、一瞬だけだとしても、シャナは後藤に怖気づいてしまった。

その自分自身を否定するために、最強の存在としてあろうとするために動いたのだ。
『シャナ』という個人の本能が導き出した行動ではない。
『フレイムヘイズ』という存在の意義から導き出された行動だった。
怯えという感情は弱い心が生み出すものではなく、直感で気づいた力量の差を知らせるものだと知っていた。
それでも、シャナは『炎髪灼眼の討ち手』が引くことを許せなかったのだ。

「ハッ!」

裂帛の気合と共に人の常識を大きく超える跳躍みせると、シャナは自身の髪と瞳を炎で灼いていく。
紅に染まった炎髪灼眼。
それこそが彼女のトレードマークであり、同時に彼女の全てである。

「……誰だ」
「お前は……あの時の娘か」

一瞬の跳躍で二匹のパラサイトの中心へと現れたシャナへ、二匹のパラサイトから無機質な声と鋭い視線が浴びせられる。
それでいい、とシャナは心中で呟いた。
他者がシャナに浴びせられる感情など敵意だけでいい。
シャナが他者に向ける感情もまた敵意だけでいい。

シャナは短く息を吸い、自身の心を奮わせるとその名を口にした。

「私は、炎髪灼眼の討ち手。最強のフレイムヘイズ」

『贄殿遮那のフレイムヘイズ』も『シャナ』も、どちらも便宜上の名前だ。
彼女の本質は炎髪灼眼の討ち手であり、前の二つは先代との区別をつけるためだけの名に過ぎない。
彼女は炎髪灼眼の討ち手でなければならないのだ。
天下無敵の、存在に。

【side:田村玲子】


「お前たちを狩る者だ」

防戦一方の中で全てを焼きつくす炎髪灼眼の少女が目の前に現れたことに対し、田村玲子は大きな動揺はなかった。
あのまま力押しされているよりはマシな状況だと判断したのだ。
それに、三つ巴なら三つ巴で、一対一の対決とはまた違う解答を導きだせばいい。
ケース・バイ・ケース。
むしろシャナという後藤の把握しきれていない存在が田村玲子にとってプラスに働くかもしれない。
さらに、シャナに関しても後藤という存在を知りえないだろう。
この場から『逃げる』ことに関しては、田村玲子はここで最も大きなアドバンテージを握っていた。

「炎髪、灼眼……」

火の粉を散らすシャナの姿を見つめた後藤の口が動いた。
炎を連想させるその姿に、僅かに全身の筋肉が波打っているように見える。
その姿はまさしく動揺した人間そのものであり、田村玲子にとっては意外の何者でもなかった。

「どうした、炎に思い入れでもあるのか?」
「なに?」

頭部を変換させた二股の刃を収めながら、田村玲子は後藤へと語りかける。
一部を除き、戦闘状態の頭部から普段の頭部へと姿を戻す。
シャナは口を閉ざし、田村玲子の言葉に耳を傾けた。
戦闘を有利に導く要素は、何気ないやりとりから導き出される。
後藤や田村玲子の在り方というものを、僅かな会話から嗅ぎ付けようとしていた。
本質というものは僅かな会話でも十分に察することができ、さらにその者の本質とは戦闘においても大きな影響を与えるものだった。
それは田村玲子も承知している。
後藤とシャナ、両者の単純な戦闘能力や交渉の容易さなどの様々な方面から思考をした上での選択だった。
田村玲子はシャナに後藤打倒のヒントを与えることが最善であると判断したのだ。

シャナと後藤の両者を視界に収めながら、田村玲子はさらに言葉を続けた。

「島田の事件を覚えているか、泉新一の通う高校で暴走した同胞の事件だ」
「……」
「我々は非常に繊細な生き物だ……予想外の刺激には過敏に反応してしまう。劇物を浴びた島田のように、な」

刺激物となる薬剤一つで、人の顔を維持することを難しくなる。
それどころか、自らの意思と行動を一致させることすら叶わないこともあるのだ。
パラサイトは皮膚そのものが思考の核となる、いわば全ての細胞がむき出しの脳細胞であるからこその弱点だった。

「劇薬ほどではないが……火傷でも我々には思考と運動の間に齟齬が生じてしまう」

ピクピクと後藤が持つ四つの目の周囲が青筋だつ。
その反応は心を持つ人間と同様に思え、田村玲子はどこか愉快な気持ちになった。

「火を使う相手に負けたか、後藤」

これはシャナに後藤を倒す手段を伝えると同時に、田村玲子の心に浮かんだ疑問を確かめるための問いかけであった。
それは田村玲子が常から抱いていた、パラサイトという種の根幹ともなる考えだった。

――――五体のパラサイトの意思が混ざり合う後藤でさえも、人間の感情に芽生え始めているのかもしれない。

「……そうだ。俺は、火に炙られ、三木を切り取られ、為す術もなく敗走した」

田村玲子の言葉に全身を強ばらせた後藤は、ふと身体の力を抜きゆっくりと答えた。
シャナにとってはパラサイト特有の生気を感じない無機質な声ではある。
だが、同種である田村玲子は後藤の心に芽生え始めた『怒り』というものを感じとっていた。
そして、後藤はその怒りを抑えることすらも覚え始めている。

――――やはり、人に近づいているのだ。

「だからこそ、俺はもう一度手に入れる……勝利を、最強という座を。
 ……お前の領分である言葉のやり取りは終わりだ、これからは戦いで決めさせてもらう」

会話を打ち切り、後藤はその全身を波打たせる。
右腕、右脚、左脚。
その全てが脈動して弾けるような動きと共にシャナと田村玲子との距離を詰めた。
単純な体当たりだが、後藤のそれは十分に必殺に値する『技』であった。
体勢を低くしたその体当たりは、足元を掬うのではなく刃となった右腕で切り裂くためのもの。
後藤が最初に狙ったのは、小柄なシャナだった。

「ハッ!」

その後藤のタックルにシャナは前方へと駆け出すようにして膝蹴りを合わせた。
綺麗に入ったその膝蹴りは、しかし後藤を倒すには至らなかった。
脳を揺さぶることで十分にダメージを与えられる攻撃だが、脳を持たない後藤には通じない。

「……強いな」

シャナの膝蹴りに関し、後藤は誰に言うでもなくポツリと呟いた。
そして、シャナが視線を下ろし後藤の笑みを見た瞬間、背中へ悪寒が走った。

「ッ!?」
「気をつけろ」

シャナが回避行動を取るよりも早く、凄まじい強さで後ろへと吹き飛んだ。
後藤の攻撃による後退ではない。
頭部を腕のような形に変化させた田村玲子が、シャナの襟元を掴んでを強引に引っ張ったのだ。

「後藤に対して頭部と四肢へのダメージはあまり意味がない。
 首を切り落とすか、内臓器を潰すなければ一撃で仕留められんぞ」

後藤の右腕がシャナの元いた場所に襲いかかるのは、そのすぐ後だった。
一撃一撃が死に至らしめる攻撃だった。

「何も考えずに動いたわけじゃないッ!」

シャナが余計なお世話だと言わんばかりに声を荒げた。
現にシャナは回避行動への準備が出来ていたのだが、田村玲子はそれに気づかなかった。
それは余計なことをしてすまなかった、と田村玲子は抑揚のない声で言い放った。

「さて……どうする? やはり、私と後藤の二人を相手にするというか?」
「そうだ、お前たちは危険すぎる。
 私がここから脱出するためには、何も考えずに殺人を繰り返す奴は不穏分子以外の何者でもないわ」

本来ならば、シャナは田村玲子の排除は最優先ではなかった。
だが、それを伝えようとはしなかった。
そして、殺人を繰り返さなければ手は結べるということを仄めかす発言を続けた。

「そうか……なら、手を組もうじゃないか」
「……」
「これから私が人を殺さないのならば、私とお前が敵対する必要はないだろう?」

そのシャナの言葉の意味を汲み取った上での返答だった。
最優先とすべき事項は後藤の排除、それは初めから一致しているのだ。
そうわかった上で、シャナも田村玲子へと言葉を返した。

「私は別に人を殺すなと言っているんじゃない……!」
「ほう?」

その言葉を口にした瞬間のシャナの脳裏に泉新一たちの顔がよぎる。
泉新一も、城戸真司も、杉下右京も、誰も彼もが人を殺すなと言っていた。
彼らと同じ事を言うことに、妙な反発を覚えているからこその言葉だった。

「脱出したいから、人を『無作為に』殺すなと言っているの……!
 そうよ、使える人間だけを生かしておけばいいのよッ!」

彼らを見下しながらも、泉新一の死に動揺した自分。
そんな感情を吹き飛ばすように、シャナは半ば叫ぶようにして言い放った。
だが、田村玲子は涼しい顔をしたまま、茜色に染まりつつある空を眺めた。

「まあいい……むっ、上から来るぞ、気をつけろ」
「ッ!?」

田村玲子がテレパシーで感じ取ったのは、木から木を飛び移る後藤の気配だった。
刃に変えた両脚を登山家がピッケルを埋め込むようにして、木と木の間を飛び移っているのだ。
ただのパラサイトではない、頭部だけでなく四肢すらもパラサイトである後藤だからこそ出来る移動方法だった。

「クッ!?」

上空から降り立ってくる後藤の攻撃をシャナは盾、ビルテクターを使って防いだ。
ただ受け止めるのではなく、僅かに角度をつけて受け流す。
刃と変化させていた後藤の脚部による攻撃は、ビルテクターによって防ぐことができた。
砕かれもせず、切り裂かれもしないビルテクターに驚愕の念を覚える。
自由落下に木々を蹴る加速をつけた後藤の攻撃を、砕かれることもなく切り裂かれることもなく耐えきったことに驚いたのだ。

「我々が会話している間に後藤は周囲の様子をうかがっていたようだ……三次元的な動きをしてくるぞ」

田村玲子とシャナが共闘相手というメリットを手に入れている間に、後藤は地の利というメリットを手に入れていた。
シャナはそのこと自体に驚きは抱いてないようだった。
そのぐらいのことは承知の上で長々と会話したいようだ。
メリットにデメリットはつきものであり、その都度の取捨選択こそが戦いなのだから。

「私が前に出るわ、お前は援護をしなさい……アイツはお前を追ってるんだから、逃げようだなんて考えないでよ」

シャナはその言葉とともに弾けるような速さで後藤へと向かっていた。
了解した、とだけ答えると田村玲子は後藤へと向かって刃の触手を伸ばす。
二又のその刃は後藤へと襲いかかった。
だが、一瞬の隙を狙ったはずの攻撃はあっさりと防がれる。
続いてシャナがゲイボルグによる鋭い突きを放つが、それもまた後藤の右腕に防がられる。
しかし、防戦一方にしたことに意味があった。
シャナはゲイボルグから手を離すと、片手に持っていたビルテクターで思い切り殴りつけた。
左脚で田村玲子の攻撃を、右腕でシャナの突きを。
この二つを同時に防御せざるを得なかった後藤は、シャナのビルテクターを使った打撃によって地面へと引きずり降ろされる。

「中々やるな」

地へと引きずり下ろすことに成功したが、後藤は対して驚いていないように見える。
確かにこれで勝利したわけではない。
後藤と同じ目線に立ったとしても、隙を見せればすぐに元のように木々を移動していくだろう。

「援護を忘れないでよ!」

シャナはゲイボルグを拾い直すと、田村玲子にそう言い放つ。
そして、くるりくるりとゲイボルグの穂先が揺らしながら後藤と向きあった。
単調なゆったりとした動きを数秒繰り返されると、瞬時にゲイボルグの穂先が後藤の喉を襲う。
緩やかな円の動きから、急な線の動きを取る突き。
緩急の差によるこの不意打ちは回避不能の必殺の一突きだ。
それを後藤は、紙一重ではあるが、首を捻ることで回避した。

「……ほう」

硬化されているはずの後藤の皮膚が容易く切り裂かれた。
それはゲイボルグの武器としての性能もそうだが、シャナ個人のスペックもまた優れている証だった。
シャナは突きの早さもそうだが戻しもまた早い、そのため隙がない。
やはり、後藤もシャナも田村玲子よりも強い。
田村玲子は強さになど関心は持っていない。
田村玲子が感嘆の声を上げたのは、シャナが人の姿をしたまま後藤と渡り合っているからだ。
人間は十分にパラサイトと渡り合える。
そのことに大きな意味があったのだ。
人とパラサイト、田村玲子の中でこの二つが徐々に重なりつつ合った。

そう考えながらも、シャナへの援護を忘れない。
二対一であるが相手は油断ならない相手なのだから。

「……ふむ」

シャナと後藤の両者は一瞬の隙を逃さない強者だった。
田村玲子は二パターンの刃をひとつは攻撃、ひとつは防御と使い分けながら考えを深める。
彼女の一合目を撃ちあった瞬間から、ある考えがよぎっていた。

後藤は棒立ちのまま、右腕と左脚を巧みに操ってシャナと田村玲子の攻撃をしのいでいる。
それも、ある程度の余裕を持ったまま、だ。
ギリギリまで攻撃を引き付けることで僅かな動きだけで回避を可能としているのだ。

「……やはり、あの動き」

――――後藤もまた、変化している。

人に近づくだけでなく、人のように成長しているのだ。
最適な四肢の使い方を学習し、かつ、その四肢の動きですら流れるような見事なものへと変わっていた。
脚の有効な使い方を覚えたように見える。

「フンッ!」

そう田村玲子が見抜いた瞬間、後藤は急激な伸縮運動でジャンプした。
そのような動きを感じ取られなかった。
あらゆる行動にはその前の準備行動が存在する。
後藤の先ほどの動きには、それが感じ取れなかった。

「皮膚の動きを偽って表面上の身体の動きを誤魔化したか……工夫を覚えたようだな」

人間に近づいているじゃないか、と嘲りに似た笑いとともに吐き捨てた。
どれもが極端に後藤の戦闘能力を飛躍させたわけではない。
現に先ほどの跳躍は、後藤の身体能力を考えると小さな跳躍だった。
言い捨ててしまえば、相手を翻弄するだけのただの小細工だ。
後藤本人も有効に活用していると言うよりも、それがどれほどの効果を持つか試しているように見えた。

しかし、そんな風に言ってみても、撃退に成功したわけではあるまい。
もう一度地面に引きずり降ろすことも出来ないわけではない。
だからこそ、こちらの精神的な疲労、プラス後の先を取るための潜伏行動だ。
決定打に欠ける戦いだった。
そのことを重々承知していた田村玲子はシャナに近づくなり声をかけた。

「火を持っていないか」
「何を、いきなりっ……」

火という言葉にシャナは動揺する。
田村玲子は揺れたシャナの語調に違和感を覚えながらも、言葉を続けた。

「火傷の経験はあるか」
「……あるわよ」
「先ほども言ったが我々は皮膚ひとつひとつが非常に繊細なのだ。
 個々の細胞それぞれが独立して生きていると言っても過言ではない。
 だからこそ、表面を炙り幾つかの細胞を死滅させるだけで後藤の動きを一時的に静止させることができる」

ライターでも何でもいい、火を起こすことが出来るものを持っていればそれだけで戦力になる。
田村玲子のように同時に複数の変化を起こせるパラサイトならば、一定量の分身を切り分ける事ができる。
顔半分ほどの大きさのそれは、田村玲子の分身であり自由自在に動かせるのだ。
だが、決め手が足りない。
そこに炎、もしくは刺激物があれば後藤の隙を作れると考えたのだ。

「私は、炎を扱えない……」

シャナの食いしばった歯から漏れた言葉は苦渋の色に塗れていた。
『紅世の徒』や『フレイムヘイズ』にとっての炎とは、『存在の力』の具現化である。
この世の根幹である『存在の力』は炎として現れる。
『自在法』と呼ばれる紅世に関係する人間が扱う、一種の魔法はその炎を利用して行われるのだ。
その中にはもちろん『存在の力』である炎を物質世界の炎として扱うものもある。

――――だが、シャナは『フレイムヘイズ』ならば扱えるはずのその『自在法』が類を見ないほど下手くそだった。

契約を交わした魔神の強大さ故の扱いづらさ、フレイムヘイズとしての経歴の短さ、そもそもとしての自在師としての適性の低さ。
シャナが自在法と呼ばれる魔法のごとき技を扱えない理由は多く挙げられる。
仕方ない、と言ってしまえばそれまでだが、シャナはそのことは大きなコンプレックスともなっていた。
シャナが戦闘に用いる事ができるのは五体による肉弾戦のみ、異端の『フレイムヘイズ』とも言えた。

「そうか」

そんなシャナの、恥部とも呼べるコンプレックスの告白を聞きながらも、田村玲子は冷静に言葉を返した。
もとより、シャナが炎や薬物を持っていることに期待していたわけでもない。
シャナが協力的になっているだけでも十分すぎるほど状況が変わっているのだから。

「ならば、不確かではあるが私が後藤の脚を止めてみせる。その槍で後藤を殺せ」
「……簡単に言うわね」
「出来なければ逃げても構わん……後藤の狙いは一にも二にも私を取り込むことだからな。
 とにかく、ひとまずは後藤を引きつけてくれ」
「……簡単に、言うわね」

シャナは田村玲子への不満と自らへの鬱憤を吐き捨てるように同じ言葉を繰り返した。
『炎髪灼眼の討ち手』が逃げることなど出来るはずがない。
力量差に怖気づいて逃げた瞬間、それは『炎髪灼眼の討ち手』でなくなってしまう。
だが、それでもシャナの中には不安があった。
ゲイボルグとビルテクターは十分に強力な武器といえる。
だが、この二つはシャナが普段から使い慣れた武器ではない。
そここそが、シャナの不安の根源だった。

「これを使え」
「……?」

そんなシャナに田村玲子が差し出したものは窓ガラスの切れ端と一つのカードデッキだった。
窓ガラスの破片は展望台に水銀燈が現れた際に破壊した窓ガラスの残骸。
カードデッキを扱う際に必要になるだろうと思い、拝借してきたものだった。

「カードを鏡に移せばモンスターが現れる。
 本来ならば変身をして身体能力を向上させるのが一番だが、その僅かな隙も後藤は見逃さないだろう」
「……なぜ今まで使わなかったの?」
「後藤がその隙を見せなかったし、勝ちきる自信もなければ逃げ切れる保証もない……
 それに、変身して仮面をつけては私の最大のメリットが無くなる」

田村玲子は説明書とカードデッキを押し付けた。
その強引な行動にムッと顔をしかめるシャナは、しかし顔を暗くさせた。
今まで堂々としていたシャナとは思えない、沈んだ言葉が漏れだした。

「お前たちには、私をどう見える?」

炎髪灼眼の討ち手とは、それ自体が力のある称号『だった』。
ありとあらゆる敵と華麗に、壮絶に打ち砕く勇者の名前。
シャナはそうあれと育てられた。
なるのだと、育ってきたのだ。

だが、その自信が泉新一の死や後藤との苦戦を前にして揺るぎつつあった。

「……か弱いな」
「なっ……!」

田村玲子の言葉に、シャナは瞬時に頬を紅く染める。
だが、そんなシャナの様子を気にかけることもなく、田村玲子は言葉を続けた。

「腕をもがれただけで獣へと落ちる後藤も。
 たったひとつの意義に揺れるお前も。
 答えの出ない問いに固執し続ける私も」

――――なにもかもが、か弱い。

その言葉は自らに対する自嘲のようにも、『どこかの誰か』に対する羨望のようにも聞こえた。

「さて、強引に行くしかあるまい……私と後藤がパラサイトである限り、逃げられんからな」

そう言いながら、田村玲子は黙りこくったシャナを無視してかけ出した。
パラサイトはお互いが常にテレパシーのような物で引き合っている。
睡眠などの意識が沈んでいる例外でなければ、彼らは無意識的に呼び合っているのだ。
後藤が田村玲子をピンポイントで発見したのも、そのテレパシーに惹かれて訪れたからに過ぎない。

「そこだッ!」

田村玲子が動いた瞬間、後藤は右腕を伸ばして攻撃を仕掛けてきた。
単純な攻撃だが、速い。
田村玲子は苦心しながらも、自らの頭部を刃に変化させてなんとか防御をする。

「早くしろ!」

その悲鳴に似た言葉と同時に、シャナと巨大な白鳥が現れた。
沈みつつある太陽を覆う、巨大な白鳥だった。

「ムッ……!?」

その白鳥の名は閃光の翼・ブランウイング。
怪鳥と呼ぶにはあまりにも美しく、美鳥と呼ぶにはあまりにも雄々しい鳥だった。
ブランウイングの姿を確認したと同時に、田村玲子は自らの後頭部を大幅に変化させる。
ボーリングの球ほどの大きさのそれは、意思を持った生き物として後藤へとゆっくりと近づいていく。
気付かれないように、ゆっくりと。

ブランウイングが大きく翼をはためかす。
木々が生い茂ったこの地では巨大なブランウイングに出来ることはそれぐらいだった。
だが、それだけで十分すぎるほどの突風が起きる。
後藤の素早い動きを封じることができる、効果的な攻撃だ。

「ハァッ!」
「ちィ!」

後藤はブランウイングの突風に踏ん張りながらシャナと刃を合わせる。
後藤の右腕とシャナのゲイボルグが何合も撃ちあうが、結果は出ない。
一進一退の攻防、どちらが倒れても不思議ではない。

――――まだだ……隙が出来るまで……

ただ闇雲に突っ込めば、後藤は反応する。
自由自在に四肢を操り、獣の如く鋭敏になった後藤に生半可な不意打ちは危険だ。

「ぐっ……」

後藤はブランウイングの突風を耐えながら、瞬時にシャナとの距離を詰める。
そして、左脚の膝を刃に変えて膝蹴りを行う。
鋭さを持ったその膝蹴りは、ビルテクター越しにも関わらずシャナの小柄な身体を吹き飛ばした。
そして、シャナとの距離を詰めて追撃を行う。
シャナは後ずさるが、大きな回避行動を見せない。
出来ない、のであろうか?

「粘ったが、ここまでだ」

違う、田村玲子にはこのシャナの行動が演技のように見えた。
シャナは田村玲子の策のために、自身が死なない程度に後藤の隙を作ろうとしているのだ。

後藤に隙が生まれる瞬間は田村玲子は理解しているのだ。
そして、シャナもまたそれを感じ取っていたようだ。
生き物の本能と後藤の性格を考えると、大きく分けて二つだ。
後藤が槍の直撃を受けた瞬間、もしくは――――

「死ね」

――――シャナを殺す瞬間。

「今だ!」

田村玲子の言葉と共に、ブランウイングの突風が止む。
シャナが田村玲子の行動を嗅ぎ取り、その行動を束縛をせまいと判断したのだ。
弾けるような動きで田村玲子の分身である肉片が後藤の背中へと飛び乗った。

「これで……ッ!?」

己以外の三体のパラサイトを支配する後藤の頭部は非常に繊細な働きをしている。
そこに隙がある。
田村玲子としての意思を持った肉片が飛び込めば、後藤の動きを邪魔することができる。
その隙を、シャナに突かせるという作戦だった。

「……!?」

だが、それは瞬時に間違いであったと気づいた。
後藤の体内へと侵入した瞬間に、あまりにも強大な意思に田村玲子は飲み込まれた。

それは、あまりにも大きな強さへの渇望。

「はっ!」

その瞬間、後藤は田村玲子の右脚へと向かって刃が飛んだ。
虚を疲れた田村玲子は防御できずに、綺麗に切り取られた。
血が勢い良く溢れ出る中で、田村玲子はようやく理解した。

――――田村玲子であった肉片は、後藤という生き物の肉と変化してしまった。

そう、後藤自身が選んで『取り込んだ』のではなく田村玲子に『取り込まされた』ものを支配しきった。
それは予想だにしないことであった。
体内に忍び込み内側から破壊しようとした田村玲子の分身を、逆に支配してしまったのだ。
あるいは、全身に火傷を負うなどして共生するパラサイト支配が困難であったならば結果は違ったかもしれない。

「……やはり決め手は搦め手か。『お前らしい』な、田村玲子」

田村玲子の刃は後藤に取り込まれ、左腕が再生された。
二の腕ほどしかない左腕であるが、確かに後藤の身体となっていた。
田村玲子の肉体ではなく、後藤の肉体となったのだ。

田村玲子だけでなくシャナもまた策を潰されたことを知り、一瞬ではあるが動揺が走る。
その僅かな動揺を後藤は見逃さなかった。

後藤の右腕が鞭のようにしなり、シャナへと襲いかかる。
ハッとした様子でシャナはゲイボルグを捨てて両手で構える。
重いその攻撃をなんとか耐えたシャナは、同時にその鞭が盾の内側へと回りこんでくることに気づいた。
打撃ではなく斬撃、それも巻きつくようにしてビルテクターを持つ手を狙った攻撃だった。
固く握りしめた両手から瞬時に力を抜き、ゲイボルグと同じようにビルテクターが地面に転がる。
皮一枚を切り捨てたその攻撃は、不発に終わった。

「終わりだ」

だが、それはあくまで『繋ぎ』の攻撃だ。
シャナから頑強な盾を外させるための攻撃にすぎない。

――――本命はその後に来る膝蹴り。

水月に向かって、鋭い打撃が突き刺さる。
トラックに衝突した子猫のように、空中でを二転三転して吹き飛ばされる。
そのシャナの肉体を受け止めたのは木々の群れだった。

「ガアアッ!」

一際大きな大木に打ち付けられたシャナは肺の中の空気を吐き出し、地面に這いつくばる。
生まれたての子鹿のごとく、手足をプルプルと震わせていた。

「ッ……クゥ……!」
「逃げろッ!」

うずくまるシャナに向かって出た言葉は、とてもパラサイトとは思えない言葉だった。
相手をかばう、思いやりの言葉だ。

「逃げ、る……?」
「いいぞ」

シャナが田村玲子から投げかけられたその言葉を反芻すると、後藤はなんでもないように言い放った。

「見逃してやる、お前に固執する理由は今はない。
 ……田村玲子が出血過多で死んでしまう前に、全てを取り込む必要があるからな」

格付けの言葉だった。
後藤が見逃しシャナが見逃される、すなわち後藤が上でシャナが下であった。
シャナは、地面に転がったゲイボルグとビルテクターを拾うと背中を向けていった。

敗走する『炎髪灼眼の討ち手』の背中を眺めながら、後藤は右脚を切り落とされた田村玲子へと視線を落とした。

「俺の想像通りお前は強かった……だが、お前も終わりだな」

この生物の頭の中には戦闘だけしかないようだった。
同種である田村玲子を殺したことも、戦いに勝ったという感想しか抱いてないようだ。

「……お前が探し続けていた、我々の存在意義とやらはわからん。
 だが、それでも俺にはやはり戦いこそがその意義なのだろう。
 戦いを求めるからこそ、俺はお前の言うとおり強くなったのだ」
「だろうな」

淡々とした言葉のやり取りだったが、そこには確かに会話があった。
田村玲子にはそれが妙におかしかった。

「……だがな、後藤。やはり、私もお前も……何もかも全てがか弱いよ。
 吹けば飛ぶような、呆気ない存在だ……」
「ほう」

後藤が声を上げたのは田村玲子の言葉に動揺したからではなく、田村玲子が自然な笑みを浮かべたからであった。
その表情はまさしく、人間そのものだった。

「後藤……排他的なお前ですら、弱者という他者を必要としている……強さを渇望し変化している。
 ……我々と、人間……どこが違う」

人が何かを求めるように、田村玲子は答えを求めて後藤は強さを求めた。
そして、この場で田村玲子はその鍵となるものを見つけたような気がした。


――――お前さん達の頭が良いのは、人間とこうして話をする為……って思いてぇじゃねぇか。


人に寄生することで、人に死を教えるために生まれてきた。
パラサイトは死を理解するために、存在の意味を理解するために生きている。
人もパラサイトも、誰もがか弱く他者を必要としていた。
シャナを逃げろと言い放ったのもまた、依存の形の一つなのかもしれない。

「これが、死か……なぜ、気づかなかったのだろうな……」

四肢が切り取られ、寄生先である篠崎咲世子の身体からの血液が失われていく。
死とともに襲い掛かる圧倒的な孤独に、田村玲子は一つのことがわかった。
田村玲子の側には常に生命があったことを。
この世の全てが生きていることを、細胞のひとつひとつが鼓動していたことを。
この世に、一つのものなどなにもないことを。
言葉だけの理論ではなく、その意味を理解できた。

「だが、それでも……わからないことはある……」

田村玲子の疑問が晴れることはなかった。
会話をするために、人と生きるために生まれてきた。
それはあまりにもおおまかな答えだ。
細部には、多くの疑問が残っているし、同時に多くの疑問も新たに生まれてしまった。
命の脈動を感じたからこそ、その命の必然性を知りたかった。

――――命はどこから現れ、どこへ消えて行くのか。

彼女の頭に響く命令と、それは関係があるのか。

「俺にはお前の考えることが分からん……だが、分かる必要もない。
 それは戦いには必要のないものだ」

右腕が硬質化されていき、日本刀を思わせる薄く鋭い刃へと姿を変えていく。
その刀で彼女の首を切り取ると同時に左腕に接合を行う。
難しい工程ではあるが、それを可能と出来る力が後藤にはあった。

その姿を見て、田村玲子は自然と頬を緩んでいた。

「……夕焼けか」

後藤の背中の奥に、夕焼けが見えた。
田村玲子にはついぞ理解できなかった、咲世子の脳裏に過ぎった滅びた日本の夕焼けを思い出した。
今ならば、少しはわかるかもしれない。
夕焼けは夕焼けにすぎない。
だが、この瞬間の夕焼けはこの瞬間にしかないものなのだ。
咲世子にとってあの夕焼けこそが、重大な意味を持つものだった。

彼女が生まれた国が死んだ瞬間に見た、最後の夕焼けだった。
彼女を支えていた、彼女が支えていたものが壊れた瞬間だったのだ。

「やはり、我々は……寄り添い、生きる獣……」

後藤の刃が田村玲子の首を跳ね飛ばした。


【田村玲子@寄生獣 死亡】

【side:五頭】


強烈な自我を持って、田村玲子の意思を握りつぶす。
後藤の身体は後藤の支配力を持って、成り立っている
田村玲子と言えども、死の淵を体験した後に取り込まれては為す術もなかった。

「……」

後藤はゆっくりとした挙動で左腕を振り回す。
一本一本指を動かしながら、命令と動作の間に齟齬がないかを確認しているのだ。
動くことを確認すると、次は変化の確認を行う。
まずは日本刀のような薄く鋭い刃へと変化させ、次はハンマーのように厚く硬い腕へと変化させる。

――――全て、問題ない。

そのことを気づくと、後藤の顔には自然と笑みが張り付いていた。

「これで俺は戻れる……最強に……」

後藤は志々雄真実に勝つその瞬間まで、永遠に敗者のままだ。
どれだけ戦闘を行なっても、どれだけ強いと認めたものを負かしても同じだった。
後藤は敗者のままなのだ。

「俺は力を取り戻した……もう、誰にも負けはしない!」

獣の咆哮が夜を呼ぼうとしていた。
人の言葉によく似た、獣の咆哮だった。

【一日目夕方/D-6 森林部】
【後藤@寄生獣
[装備]無し
[支給品]支給品一式×3(食料以外)、前原圭一のメモ@ひぐらしのなく頃に、不明支給品0~1、カツラ@TRICK、カードキー、知り合い順名簿
    三村信史特性爆弾セット(滑車、タコ糸、ガムテープ、ゴミ袋、ボイスコンバーター、ロープ三百メートル)@バトルロワイアル
[状態]疲労(中)、ダメージ(小)
[思考・行動]
1:会場内を徘徊し、志々雄真実を殺す。
2:強い奴とは戦いたい。
[備考]
※後藤は腕を振るう速度が若干、足を硬質化させて走った際の速度が大幅に制限されています。
※左腕は田村玲子です。

【side:?】

合理的な判断の末の撤退ではなかった。
確かに、田村玲子が死に右腕を取り戻した後藤と戦っても勝ちの目は薄かった。
致死ではないとはいえ、ダメージを負ったこの身で戦うのは愚策だ。
だからこその仕切り直し、そう言えば聞こえがいいかもしれない。
だが、そうではなかった。

「逃げ……逃げちゃ……!」

その言葉を口にすることは、シャナにとって血を流すようなものだった。
後藤への、死への恐怖を前にして、田村玲子の逃げろという言葉にすがってしまった。
自らの意思ではない言葉に寄りすがってしまった。
田村玲子の荷物を持っていることもまた、シャナを一層に惨めな想いにさせた。

「逃げ……ゥッ!」

生命を燃やして生きていた。
なににでもなれる可能性を捨ててでも、その存在に成りたかった。
何もなかった己に意味を持たせてくれた人たち。
彼らが求めていたものに彼女はなりたかった。

――――大好きな人たちが求めていた、炎髪灼眼の討ち手に。

「私は……『炎髪灼眼の討ち手』じゃない……」

初めての敗走の中で突きつけられたものは、むき出しとなった自分だった。



【一日目夕方/D-6 森林部】
【シャナ@灼眼のシャナ】
[装備]:ゲイボルグ@真・女神転生if...、ビルテクター@仮面ライダーBLACK
[支給品]:基本支給品(水を一本消費)、首輪(剣心)、カードキー、ファムのデッキ
[状態]:ダメージ(大)、力と運が上昇、激しい苛立ち、敗北への惨めな想い
[思考・行動]
0:とにかくこの場から離れる。
1:首輪を解除できる人間とコキュートスを探す。首輪解除が無理なら殺し合いに乗る。
2:首輪解除の邪魔になるような危険人物には容赦しない。
3:市街部に行く。
4:真司に対する苛立ち。彼が戦いを望まなくなった時に殺す。
5:主催者について知っている参加者がいれば情報を集める。

※ファムのデッキを除く田村玲子の所持していた支給品が放置されています。


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137:寄生獣 田村玲子 GAME OVER
後藤 151:doll dependence syndrome
シャナ 141:苛立ちで忍耐力が持たん時が来ているのだ



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