永すぎた悲劇に結末を――Please hold on to small children.

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永すぎた悲劇に結末を――Please hold on to small children.  ◆.WX8NmkbZ6



 限りあるものを生命と呼ぶ。
 『死』があるから人は『生』を自覚出来る。
 死なない積み重ねを人生とは呼ばない、それはただの経験だ。
 生きているのではない、死なないだけだ。
 故に今までただ経験を積み重ねてきた私は、人生を歩んでいない私は、人間ではない。
 ただの魔女だ。
 世界に囚われている、繋がれている、束縛されている。
 だから私は“私の存在が永遠に終わる事”を願って彷徨ってきた。

 そんな私がヴァンに護衛を依頼した事に、深い理由などなかった。
 不老不死とは言え傷付けられれば痛みがある。
 殺し合いに乗るような輩をいちいち相手にするのも億劫だ、だから面倒事を任せられるような都合のいい盾が欲しかった。
 他意はない。
 ……ないはずなんだ。

――俺は……このくだらねぇ殺し合いの間だけだがよ。
――あんたの護衛を、続けてやってもいい。

 けれど私は。

――あのな……俺は筋を曲げるのが嫌いなんだ。
――この殺し合いが終わるまで、俺はあんたの護衛。
――それで問題あるのか?

 ろくに話を聞いていない、深く考えてもいない、それでも無条件に味方すると宣言した男に――

――ヴァン、私は初めて会った時よりもお前を見直している。

 「護衛する」と……つまりは「守る」と言われて。
 あの時私は確かに、僅かでも救われていたのだろう。
 死にたかったはずなのに。
 『死』によって『生』を自覚しようとしていたはず――いや。
 もっと単純に……生きる事に疲れていたはずなのに。

――死にたい奴が、何で護衛頼んだり首輪外したりしたんだよ?

 その質問の答えを知りたいのは、私の方だ。
 理由ぐらい幾らでも付けられるけれど、ヴァンが問うているのはそんな事ではないし、私が知りたいのもそんな事ではない。
 問われているのは私の、本心。

 死にたい。
 疲れた。
 私を憎む人も、優しくしてくれた人も、全て時の流れの中に消えていってしまったから。
 果てる事のない時の流れの中に呑まれていってしまったから。
 捨ててしまった人間らしさを、この長い旅路の最後に取り戻したいから。
 だから自らの死を願ってきた。




本  当  に  ?




 ただ死にたいだけなら相応の振る舞いがあったはずだ。
 死ねる可能性を、死ねる方法を、私は模索すらしていなかったのではないか。
 「ルルーシュの死を知って涙したのは、自らの死が遠のいたからだ」と断言出来るのか?
 竜宮レナや蒼嶋駿朔を心配していたのは?
 シャドームーンとの戦いに覚悟をもって臨んだのは?
 振り返れば不要なものが、遠回りが余りに多い道筋だった。

 ずっと願ってきた、その為に多くの者と契約した。
 契約し、見込みがないと判断しては捨ててきた。
 世界そのものを作り変える計画にさえ賛同した。
 そうしてでも叶えたかった、悲願だった。

 それを今更、どうして――


 深夜、人の気配のない荒廃した市街地の大通りを一台の車が通過していく。
 運転する上田次郎、後部座席で蹲るC.C.、その隣りにヴァン、次いで城戸真司の遺体。
 ストレイト・クーガーと合流すべく、生存者三人は総合病院へ向かっていた。

 車内は長い沈黙に包まれていた。
 暗く、重く、息苦しささえ感じられる張り詰めた空気。
 呼吸音さえ邪魔になるような静けさで、同時に何気ない一言で壊れてしまいそうな脆さがある。

 その空気を作った張本人であるC.C.は、ヴァンから顔を背けたまま目を閉じていた。
 眠ったふりをしていても、まるで微睡む気配はなく。
 何も見たくない、聞きたくない、考えたくないと無言のまま主張する。
 それは放送の時が訪れても変わらなかった。

 日付変更線を越えると共に、会場中の空気を振動させて伝わってくる第五回放送
 メモを取るべく上田が車を停めたものの、C.C.は動く気にならなかった。
 隣にいるヴァンもまた名簿や地図を取り出そうとする様子がない。
 上田が一人「やはり君達には私が必要らしいな」などと言いながら鉛筆を走らせているが、最早どうでも良かった。
 かつて目的を同じくしたV.V.の声が聞こえても。
 顔なじみの枢木スザクや竜宮レナの名前が読み上げられても。
 眠ったふりを続けながら、C.C.はただ漏らしそうになる溜息を堪えるだけだった。

 放送が終わっても特に会話はなかった。
 運転席と助手席の間にはカーナビゲーションのように設置した探知機があり、上田がそれを見て周囲の安全を確認する。
 そして上田は気分を一新したいという意図が見え見えの、わざとらしい程に明るい声を上げた。

「では改めて、出ぱ――」
「おい、起きてんだろ」

 上田の出鼻を挫く、ヴァンの一声。
 間違いなくC.C.へ向けられた言葉だった。
 上田はアクセルを踏み損ない、C.C.はヴァンの語調の強さに微かに肩を揺らしてしまう。

「いいか、あんたが生きたかろうが死にたかろうが俺にはどうでもいい」

 その物言いに、ちくりと胸が痛んだ。
 何らおかしいところのない意見だ。
 ヴァンとC.C.は出会ってまだ一日にしかならない他人同士であり、お互い他人に干渉するような趣味はない。
 関心があると言われた方が困る――それなのに何故胸がざわめくのか。
 C.C.にはやはり答えを出す事が出来ず、ヴァンに背中を向けたままだった。

「だがよ……自分で決めたんなら、あんな顔してんじゃねぇ」
「ッ……!!」

 目の奥が熱くなった。
 喉がひくついて、溢れそうになった嗚咽を飲み込んで押し殺す。
 ヴァンの声は厳しいものだった。
 それで泣きそうになっているというのなら、自分は優しくされたかったのだろうか。

「意地なんざ張りたきゃ幾らでも張りゃあいい。
 だが後悔するぐらいなら、そんなもんやめとけ」

 『意地』という言葉に、シャドームーンと戦った時の事を咎められているように思えた。
 あの時C.C.は「どうせ要求を飲んでも全員殺されるのなら」と、せめて意地だけでも通そうとした。
 意地を張って、ヴァンを見捨てようとした。
 意地を張って、ヴァンから光を奪おうとした。
 意地を張って、それが魔女の選択の結果なのだと全てを諦めた。

 けれどヴァンは責めているわけではないのだろう。
 ただ思った事を、相手に構わず口に出しているだけだ。
 咎めに感じられるなら、それはC.C.が負い目として捉えているという事。
 それこそヴァンが言うようにその事で後悔しているという事。
 今更。
 人々が死に行く中、のうのうと生き残ってきた分際で。
 経験だけを積み重ねてきた愚かな魔女の分際で。
 戦争で、疫病で、老衰で、人々が例外なく命を落としていく世界で、死にたいなどとのたまいながら。

 意地とプライドと見栄で、C.C.はペルソナという仮面を被る。
 本心は誰にも、C.C.自身にさえも分からない。

 C.C.が何も返さずにいると、ヴァンは小さく舌打ちしてテンガロンハットを目深にかぶり直す。
 それきり沈黙して車内に静けさが戻ったが、車はなかなか走り出さなかった。
 上田がヴァンやC.C.の機嫌を窺っているのかも知れない。
 そして決心がついたのか、上田は再度声を上げる。

「では今度こそ、出ぱ――……ん!?
 これは――」

 今回は上田が自らアクセルを踏む足を止めた。
 切迫した声だったが、C.C.はなおも顔を上げようとはしなかった。

「誰か近付い――」
「伏せろ!!」

 上田の呟きを遮るヴァンの怒声、その直後にガラスの破裂音が響いた。
 けたたましい音と共に無数の弾丸がフロントガラスを突き破ったのだ。
 C.C.が横になったまま視線だけをやると、ガラスには弾丸が通過した穴を中心に白く細かい亀裂が広がって視界を塞いでいた。
 探知機は無事かと見回せば、蹲った上田がちゃっかりと抱えている。

 ヴァンが腰に巻き付けていた蛮刀を刀の形状に戻しながら、乱暴にドアを開けた。
 そして車外へ出ると同時にドアを蹴飛ばして閉める。
 蹴られた衝撃が車全体に伝わってフロントガラスが砕け、ばらばらとガラス片が飛び散った。
 風通しの良くなった窓から、C.C.が僅かに顔を上げて外の様子を窺う。

 数十メートル先に、車のヘッドライトと街灯に照らされた青年が立っていた。
 距離があってもその特徴的な髪色は見間違えようがない。
「……チッ」
 銃を構えた雪代縁を前に、ヴァンは舌打ちして不快感を露わにした。
 上田にさっさとクーガーと合流するよう言い、歩き出す。
 一見無防備な様子ではあったが、縁がそれを狙い撃つ事はなかった。

「お前だったカ」
「ああ、悪いな」
「目が潰れているな、ドジを踏んだカ?」
「余計なお世話だ」

 答えながら如何にも面倒そうに、億劫そうに頭を掻くヴァン。
 しかし帯びる殺気は本物だった。

「どうやらアンタを倒さなけりゃ、俺は先に進めないらしい」
「そういう事ダ」

 ヴァンと縁の間で行われる会話を聞きながら、C.C.は縁を注視する。
 縁と会うのはこれで三度目だった。
 一度目は心を失った幽鬼のように思えた。
 二度目は泣きじゃくる子供のように思えた。
 今も、やはり寄る辺をなくした迷子の子供のように見える。
 心なしか二度目の時よりも更に覇気が薄れ、その髪色も相まって儚ささえ覚えた。
 そして、その姿を良く知っている事に気付く。

――C.C.、君は何て静かなんだ、君の心だけは読めないよ。

 脳裏に浮かぶのはかつてC.C.が捨て、そして殺したギアスユーザー。

――やっぱり君は最高だよ……。

 愛情に飢え、無邪気にC.C.を求めていたマオ。
 縁はマオと同じだった。
 姉に、仇に焦がれていた縁もまた、幼い頃に時を止めてしまったままなのだろう。

 車が一度斜め後ろへ下がる。
 上田がハンドルを目一杯切り、来た道の逆走を始めた。
 正面で始まる戦闘を避けて別の道からクーガーのもとへ向かうつもりらしい。
「ま、待てっ!!」
 C.C.は思わず上田を止めようとしていた。
 あの戦場に戻ろうとしていた。
 しかし「何故」という疑問に、C.C.は続く言葉を飲み込んでしまう。
 沈黙してしまったC.C.を尻目に、上田はそのまま車の速度を上げた。

 C.C.が後方の窓から振り返る。
 ヴァンの背は瞬く間に小さくなっていった。


 改めて縁の目を見て、ヴァンは「やっぱ気に食わねぇ」と一人ごちた。
 鏡を見ているような。
 それでいて根幹が決定的に違う。
 言いようのない不快感は、縁の方も同様に抱いているのだろう。

 コンクリートを叩く靴音が静謐な市街地の中を反響する。
 一歩ずつ縁の方へと歩み寄るヴァンに対し、縁はそれを待ち受けるように突っ立ったままだった。
 銃を下ろしており、奇襲を仕掛けてくる気配はない。
 ヴァンは歩き続け、数十メートルあった距離は十メートル程まで短くなっていた。

「あの小箱は、使わないのカ」

 自信があるのか相手の全力を叩き潰したいのか、縁はわざわざそう確認してきた。
 ナイトのデッキはシャドームーンとの戦闘に用いたばかりであり、もう一時間程は使えそうにない。
 だが初めから、ヴァンはこの男を相手にデッキを使うつもりはなかった。

「……要らねぇよ」

 縁は比較的落ち着いた様子ではあったが、接近するにつれて瞳に籠もる殺気を濃くしていく。
 ヴァンが更に歩を進め、残り五メートル。

「アンタは俺の力でボコる。
 そうじゃなきゃ俺の気が――収まらないんだよ!!」

 言いながら右脚で踏み切り、急発進する。
 縁が銃口を持ち上げるのを見て、振り上げようとしていた蛮刀の軌道を変えた。
 刀を回転させて盾代わりにし、放たれた銃弾を残らず斬り落とす。
「だいたいそいつはレイの銃じゃねぇか!
 東條もアンタも勝手に人のもん使ってんじゃ、ねぇッ!!!」
 連射が途切れたのを見計らって跳び、蛮刀を振り下ろした。
 縁がそれを銃身で受け止め、銃と刀が交差する。 
「くそっ、見えづれぇ!!」
 狙いと実際の攻撃がズレていた。
 ヴァンが右目の視力を失ってから初めての戦闘であり、まだその距離感に慣れていないからだ。
 そんなヴァンの状態に縁が気付いていないはずがないが、縁は無表情のまま小さく呟く。

「『俺の力で』、と言ったナ」

 蛮刀がレイの銃を弾き、銃が弧を描いて宙に舞う。
 ヴァンが押し合いに競り勝ったのではない、縁が自ら放棄したのだ。

「同感ダ」

 ヴァンが力任せに蛮刀を振るうも縁は軽く避け、更にデイパックに手を掛ける。
 そして自らの刀を抜き放った。
 ヴァンはそれを受け止めようとするが、すぐに回避へと転じる。
 ヴァンの目の前を通り過ぎていく切っ先。
 やはりヴァンの目測は外れていた。
 持ち前の勘で防御から回避に移っていなければ斬られていただろう。

「お前は俺自身の力で殺す」

 その宣言通り、縁は手にしていたデイパックを投げ捨てた。
 これまでに出会った時のような、不気味なわざとらしい笑みを浮かべるでもなく。
 憎悪をたぎらせて睨み付けるでもなく。
 縁の表情はただただ、疲れ果てて見えた。

 それでも互いに止まらない。
 どちらからでもなく斬り合いは再開され、剣戟の音が辺りに木霊する。
 しかし縁はシャドームーンの前で用いていた剣技を見せようとしない。
 ヴァンが片目の状態に慣れるまで付き合うかのようにペースを合わせている。

「気持ち悪ぃ、やる気ねーのか!!」
「聞きたい事がある」
「またかよ!
 あいにく俺に、お前とお喋りする趣味はねぇ!!」

 大振りで斬り掛かる。
 だがそれは半身になる事で容易に躱され、逆に縁の蹴りがヴァンの手首を打った。
 ヴァンの右手から落ち、地面に突き刺さる蛮刀。
 それを左手で掴んで引き抜き、後ろへ跳んで距離を取る。

 右手が痺れ、指先の動きが悪い。
 縁はさほど力を入れているように見えなかったが、純粋な腕力なら縁に分があるだろう。
 そこに剣技、更に超人的な反射神経が加わる。
 縁はヴァンよりも強い――それを思い知る事になった。
 ただしヴァンはそれで止まるような男ではない。
 右手の感覚が戻るとすぐに蛮刀を握り直す。

 ヴァンが見せた一連の隙を、やはり縁は狙わなかった。
 そしてヴァンの都合を無視して口を開く。


 放送の後、縁は発見した車めがけて遠距離から発砲した。
 ここまで生き残ってきた人間がこの程度で死にはしないだろうと、そう把握した上での威嚇射撃。
 それによって車から燻り出された相手は、最悪と言ってもいい相手だった。
 出来れば殺し合いの最後まで出会いたくなかったような。
 出来れば真っ先に出会って決着をつけたかったような。
 複雑な感情を抱かずにはいられない相手。

 殺し合いとは関係なく、白黒を付けねばならない。
 それも支給品に頼らず、純粋な己の力で勝たなければ意味がない。
 相手は自分自身に限りなく近い存在なのだから。

 だが戦いが始まっても縁の気分は高揚する事なく、重く沈んだままだった。
 殺意はある、怒りもある。
 己の道に忠実で、揺らぐ事のないヴァンに苛立ちが募った。
 それなのに振るう刀が鈍るのは、脳裏に枢木スザクの最期がちらつくせいだろうか。
 復讐者の末路。
 見せ付けられ、胸に残ったのはどうしようもない嫌悪感と虚しさだった。

 復讐の対象を失ってもなお、生き返らせて改めて復讐しようと思っていた。
 姉の為の人誅、それこそが縁を十五年間支えて縁自身を形作っていた。
 それをヴァンの言葉が揺るがし。
 スザクの姿が亀裂を入れた。
 薄れてしまった憎悪――それでも今更、許す事も出来ずにいる。
 姉を奪った相手を許せるはずがなく、かと言って人誅以外の決着の付け方も分からなかった。
 だから縁は揺さぶられたまま、不安定な足場の上に立っている。
 似た境遇にあるヴァンに、尋ねずにはいられない。

「……虚しくはならないカ。
 あのカギ爪の男を殺す事に」
「なるわけねーだろ。
 俺はカギ爪を殺すんだ、俺が殺らなきゃいけないんだ。
 誰にも邪魔はさせねぇ」

 返答はやはり単純なもので。
 微塵の迷いもない姿は、眩しくさえあった。
 それでも納得出来ずに食い下がる。
「だが……」
 ヴァンの口からどんな言葉を聞けば、満足するのだろうか。
 ヴァンが自分と同じように揺らげば溜飲が下がるのか。

「復讐は、……醜い」
「知るか」

 けれどこの男は、迷わない。
 縁とは決定的に違う。
 惑う事がない。

「……アンタ、仇が死んだんだったな。
 つまりアンタはノロマでドジだったってこった!!」

 またもヴァンは正面から斬り掛かってくる。
 片目で距離感が掴めていないのか、余裕で回避する事が出来た。
 なおもヴァンは蛮刀を振り回し、漸く到達した刀身を縁が倭刀で受け止める。

 先程とは違い、刀と刀での拮抗。
 近くなった距離の中、縁は話を続ける。
 続けようとした。


「貴様は何故、生き返らせようと思わナイ。
 復讐を誓う程に愛していたんだろう。
 そこに可能性があるというのに、何故ダ……!」
「死んだやつは生き返らねーからだ」


 ヴァンに対し怒りが生まれていたのは、ヴァンが愛する者を求めないことへの憎しみ故か。
 それとも自分が到達できない答えにヴァンが辿り着いているかもしれないという憧れ故か。
 恐らく、両方だったのだろう。
 ヴァンの言葉を欺瞞と断じながら、それでも決してブレる事のない生き方に羨望を覚えていた。
 自分と同じ境遇に立たされながらも蘇生の可能性に頼ろうとしないヴァンが不快で、同時に嫉妬していた。


「だから、可能性が――」
「だから、生き返らねーだろうが!」


 だから、知りたかった。
 何故そんな生き方が出来るのか、何故失ったものを求めずにいられるのか――


「そう断言する理由を聞いている!」
「うるせぇ!!
 生き返らねーもんは生き返らねーんだよ!!!」
「理由になっていない!!」
「だーかーらー、生き返らねーからだっつってんだろうが!!!
 人の話を聞きやがれ、このバ――――カ!!!!」


 しかしそこから先にあったのは、会話などではなかった。
 余りに幼稚で稚拙な言葉の応酬。

 刀が弾かれて互いに距離を取るが、すぐに肉薄して再びぶつかり合う。
 縁の方も受け流す余裕がなくなりつつあった。
 力の香と速の香の効果があるはずなのに、押され始めている。
 ヴァンが片目での戦闘に慣れてきた、というだけでは説明がつかない。

 蛮刀の切っ先が肌のすぐ傍を通り過ぎて行く――だが縁は未だ戦いに集中出来ずにいた。
 ヴァンの生き方が勘に障る。
 一時的であれ、虚しささえ消し飛ばす程の苛立ちに支配されていた。


「バカは貴様だ、バカめ!!」
「ごちゃごちゃうるせえ、バカ、バカ、バ――カ!!!」


 この男は自分の行き着けなかった答えに辿り着いているのかも知れない。
 その事に怒りを覚えていたが、同時にどこかで期待もしていたのだ。


「愛していたのではなかったカ、このバカが!!」
「愛してるに決まってんだろうが、このバァーカ!!!」


 自分も答えを知る事が出来れば、胸に抱えた虚しさが消えるのではないかと。
 しかし、答えなどなかった。
 ただこの男はバカなだけだ。


「いいか、俺はエレナが好きだ、愛してる、今だって夢中だッ!!!
 だからカギ爪は俺が!! この手で!!! ぶっ殺す!!!!
 それの何が悪い、お前の都合も考えも知った事か!!!」


 殺し合いの催される空の下、会場の中心で全力で愛を叫ぶ姿はまさしくバカ。
 理屈もなく、一直線に迷いなく突き進むただのバカだった。
 縁と同じく愛する人間を失い復讐を誓いながら、ヴァンは絶望していない。
 故に更なる苛立ちが募る。
 期待していた分の落胆と――改めて感じる、羨みを織り交ぜながら。

 しかし苛立ちに反し、振るった刀は当たる気配すらなく空を斬った。
 逆に蛮刀が縁の肌を掠め、血が滲む。

「チッ……蹴撃刀勢!!」

 切っ先を低く下げた刀を蹴り上げる。
 ヴァンは倭刀を蛮刀で受けたが、その勢いのまま背後の建物の壁へ叩き付けられた。
 割れた額から地面にバタバタと血が滴るが、ヴァンの気勢は削がれない。
 むしろ先程よりもギラついた目で縁を睨む。

「へっ、やっと本気になったかよ!」
「貴様との会話は無駄だ、殺す!!」

 縁は一流の剣客だ。
 資質がある。
 鍛錬も積んだ。
 半ば我流ながら倭刀術を体得した。
 過酷な環境の中で生き抜いた経験がある。
 常に精神が肉体を凌駕し、痛みを知らない。
 超一流の『伝説』とさえ称される緋村剣心と互角に渡り合うだけの実力を持っていた。
 まして今は二つの香によって力と速度が強化されている。
 目の前の男に敗北する道理は、ない。

(何故――)

 それなのに押されている。
 振り下ろした斬撃が受け止められる。
 横薙ぎの一撃が躱される。
 ヴァンの眼光に、気圧されている。

 どんなに恵まれた才能が、たゆまぬ努力があったところで、雪代縁は緋村剣心や志々雄真実には届かない。
 誰にも知られずに歴史を動かした二人と縁は、違う。
 この二人に届かせるものがあるとすれば、それは己の身も心も焦がすような憎悪と憤怒。
 ありとあらゆる負の感情が負の強さを滲ませる。

 しかし今は。
 人誅を下すべき相手を失ったのみならず、復讐に虚しささえ覚えてしまった今の縁には。
 緋村剣心の不殺の信念に、志々雄真実の弱肉強食の狂気に、届くものは何もない。
 生きる原動力としてきたものの価値を見失い、それでも僅かな希望を手放す事も出来ずにひたすら刀を振るうだけだ。
 仕方なく、それ以外の道を選べないから、ただ刀を振るう。
 それに縋らなければ生きていく事さえ困難で、呼吸さえ止めてしまいたくなる。
 対するヴァンはひたすらに真っ直ぐだった。
 花嫁への愛も、仇への復讐心も、何一つ曲げずに突き進んでいる。
 縁が過去を見続ける中、ヴァンは前を見ていた。
 気持ちの上で既に、縁はヴァンに敗北していたのだ。

 縁が仇を地獄へ叩き落とす方法を考えている時、ヴァンは殺す事だけを考えていた。
 縁が姉の蘇生の可能性に翻弄されている時、ヴァンは何も考えていなかった。
 縁が世界の全てに、姉にすら苛立っている時、ヴァンはそれまで通り変わらず婚約者を愛していた。
 似ているのはやはり表層のみで、内面は全く違った。

 ヴァンのようにいられたならば、何かが違っただろうかと。
 縁は僅かに想像し、すぐにやめた。

「今更戻る道はナイ……」

 どんなに迷おうと、惑おうと、姉が生き返る可能性がゼロにならない限り縁は止まれない。
 未だ微笑まない姉も生き返ればいつかは微笑ってくれるだろうという、僅かな希望に縋る事しか出来ない。
 十五年間抱えてきた人誅という目的もまた同様。
 醜く見えようと、虚しくなろうと、今更抜刀斎への憎悪を捨てられない。
 ヴァンのように理屈の外側で悟る事も、諦める事も、出来るはずがない。

 ヴァンと距離が開き、縁は一つ息を吐き出す。
 ヴァンに怒りを抱こうと、羨みを抱こうと、縁は変われない。
 開き直る事もなく感化される事もない。
 ただ姉への想いを一層強くするだけだ。
 自身を鏡に映したような男が愛を叫ぶ姿に、自らの姿を重ねるだけだ。
 ただ復讐の果てに姉にもう一度会いたいと、あの笑顔をもう一度見たいと願うのみ。

 縁の眉間と胸の二点を中心に、目に見える形で管が走る。
 血管ではなく、異常発達して肥大化した神経だ。
 ピシピシと亀裂が走るような音と共に全身を覆う。

「覇亜亜ッ!!」

 五感全てを鋭敏にする狂経脈。
 姉の死が与えた、剣心にも志々雄にもない縁だけの力。
 倭刀を逆手に握り直し、動く。

「 戰 嵐 刀 勢 ! 」

 軸足を交互に変えながら回転し、その遠心力を乗せて斬る。
 最初の数撃を弾かれても、更に回転を加えて追撃。
 さながら小規模の竜巻だ。
 ヴァンが蛮刀を構え直して防御に回るが、縁の反応速度であればその防御を見てから攻撃位置を変えられる。
 蛮刀を避け、無防備な胴を両断する。
「ガッ……!」
 ヴァンが痛みに表情を歪め、肺から空気が絞り出される音が漏れる。
 しかしヴァンの腹を斬り裂くはずだった一撃はタキシードを裂くのみだった。
 その原因は接触の瞬間の金属音が示している。
(鉄……!!)
 服の下に防具を身に付けていた。
 衝撃で肋数本は折れただろうが、決定打にはなっていない。

 ヴァンはバランスを崩していたがすぐに立て直し、蛮刀を突き出す。
 それも戰嵐刀勢による猛攻で跳ね返し、更に斬撃を叩き込んだ。
 相手が防具を用いていようと、圧倒的な攻撃力によって押し潰す。
 縁の性格通りの戦い方だった。

「哈亜亜亜亜!!」

 ヴァンの顔面に掌底を打って跳ね飛ばす。
 地面に倒れるのも許さず、倭刀を手放してからヴァンの背後に回って蹴りを入れた。
 更に前面へと動き、腹を掌で突く。
 浮き上がった体に連打を加え、最後にテンガロンハットごと頭を掴んで投げ飛ばす。
 ヴァンが道路に打ち付けられて動かなくなるのと同時に、縁の手から離れていた倭刀が地面に突き立った。
「ヒュー、ヒュー、……」
 狂経脈を用いた猛攻で乱れた呼吸を整える。
 返り血で汚れた手で倭刀を抜き、倒れたヴァンを睨む。
 この程度で終わるはずがない。

「いてーだろ、おい……!」
「くたばり損ないめ」
「うるせーバカ」
「黙れバカ」
「バカはお前だろ」
「貴様だバカ」

 蛮刀を杖代わりにして立ち上がったヴァンが縁に向かって斬り掛かる。
 胸の高さ、地面と水平に振るわれた蛮刀を縁は悠々と回避した。
 縁から見て右から左へと流れていく切っ先を目で追いながら、倭刀を上段に構える。
「 掌 破 刀 勢 ! 」
 掌で刀を押し出し、その勢いで斬り下ろす。
 ヴァンの左肩を食い破る一撃。
 そして縁の視界の端で、蛮刀が逆の軌道を描き始めた。
 振り抜かれた切っ先が再び向かってくる。
 狙いは僅かに上方に修正され、縁の顔へ。
 だが縁はその動きを確認した後から動いても充分に対応出来た。

 避けようとして、動きが止まる。
 ヴァンは肩を抉られた状態のまま、倭刀を手で握り締めていた。
 肩や掌からの出血も構わずに、ヴァンは蛮刀を振る。
 精神が肉体を凌駕していなくとも、この男には元より痛みもつらさも苦しみも関係ないのだ。
「クッ……」
 縁がヴァンに掴まれた倭刀を手放して躱す。
 空を斬る蛮刀――その切っ先が、変形した。

 それは縁にとって未知の技術。
 目では追えても一瞬、何が起きているのか理解出来なくなる。
 蛮刀が左の目尻に突き刺さった。
 後退しようとし、そこへヴァンが容赦なく踏み込む。

「チェェエエアアアアッ!!!」

 なりふり構わない一撃。
 今度こそ、蛮刀が振り抜かれた。
 水平ではなく角度の付いた一閃で縁の左目が潰れ、眉間を跨いで右の額を切り裂いていく。
 左の視力は失われ、右の視界も溢れ出た血液に覆われて塞がってしまう。
 だがそれ以上に縁を蝕んだのは。

「がッ、亜、ぁああああ゛あ゛っ!!!!」

 目を押さえて膝を着く。
 焼けた火箸を目の中に押し込まれたような熱が、縁の脳に突き刺さる。

 精神が肉体を凌駕している縁には、本来このような事態は有り得ない。
 例え己の三半規管を握り潰したとしても何も感じないだろう。
 しかし縁はこの殺し合いの中で痛みを覚え始めていた。
 感じないはずの苦痛に悩まされていた。
 痛覚は完璧には遮断されておらず、更に狂経脈により過敏に察知してしまう。
「ぎぃ、あぁ、あ……!!!」
 狂経脈は痛みを感じないという盾があってこその矛。
 盾が脆くなっている今、その矛は縁自身に向けられていた。
 久しく痛みを忘れていた縁に、痛みへの耐性などあるはずがない。

 ヴァンは左肩に刺さったままだった倭刀を抜いて投げ捨てた。
 そして蹲った縁に蛮刀を振り下ろす。
 それを縁は体を地面に倒して避けた。
 そこから姿勢を低く保ったまま、両腕を地に着けてヴァンの腹に蹴りを入れる。
 吹き飛んで道路に転がったヴァンを尻目に、縁は這いながら手探りで倭刀を拾った。

 倭刀を突き立てて支えにし、血の滴る左目を押さえながら両足で立つ。
 ここで諦められる程度の思いなら、十五年の月日でとうに風化しているのだ。
 相手が誰よりも自分に近く、それでいて遠い存在だからこそ負けられない。
 生死以外にこの戦いを終わらせる決着はない。
 それを肯定するように、霞む視界の先でヴァンもまた立ち上がった。


 覚束ない足取りのまま、ヴァンは「あーあ」と溜息混じりの声を漏らす。
 左肩が上がらなくなっていたが決着はまだ付いていない。
 ヴァンとしてはこれ以上痛い思いをするのも嫌だったのだが、お互い相手を殺さない限りは止まれない。
 始まる前から分かり切っていた事だ。
 そうでなければ相手の眼球を狙うような真似はしていない。

 雪の日に惨殺された着物の女。
 式場で惨殺された花嫁。
 あの日から仇を追い続けている。
 夢を奪われ、どうにもならない決して埋まらない苦しみに、怒りに、悲しさに、心と体を苛まれてきた。
 偶然であれ、共有する事になってしまった悪夢。
 だがそれも今日終わる。
 どちらかが死ぬ事によってどちらかの悲劇が終わる。
 永すぎた悲劇に結末が訪れる。
 この戦いに、純然たる決着を。

 向かい合うだけで空気が震えた。
 二人の周囲でパァン、と甲高い破裂音を立てて小石や木の葉が弾ぜる。
 風が吹き荒れ、粉塵を巻き上げた。

「俺はお前が気に入らない。
 だが、……気持ちは分からんでもない」
「そうカ。
 俺には貴様がまるで分からナイ」
「あーはいはい」

 片目になっても縁の威圧感は変わらなかった。
 縁は血糊で隠れたもう一方の目も不要と考えたのか目を閉じる。
 そして、動く。
 刀を逆手に持ち変えて低く下げたその姿勢は、地に伏せる虎の如く。

 シャドームーンを最初に相手にした時にその技は一度見ていた。
 縁の奥の手。
 それを知っていてもヴァンは今まで通り正面から突っ込むだけだ。
 それ以外の生き方を知らないのだから。

――奴をぶっ殺すだけだ。
――俺が!!! この手で!!!!!
――その後どうなろうと知った事か!!!!


――そんな捨て身の復讐なら、自分で勝手にやってよ!!


 踏み込んだ瞬間、以前ぶつけられた言葉が思い起こされた。
 殺し合いから脱出した先にあるカギ爪の男への仇討ち、その更に先。
 まだどうするのかなどまるで考えていない。
 けれど少なくとも、こんな所で死ぬわけにはいかない、まだやる事があるのだと再認識する。

――返事は、帰ってから聞かせてくれる?
――あたし、待ってるから!
――ヴァンが元気になって戻ってくるのを待ってるから。
――……その時、聞かせて?

(あれ……?)

 夕焼けに染まった空の下での約束。
 何故今、ここで思い出すのだろう。

――なら気長にやれ。
――カギ爪は俺が殺しておく。

(ヤバイ……)

 ダンの修理の為に宇宙へ旅立つ前のやり取り。
 ポンコツとガラクタによる不恰好な演舞。
 次々に思い出されては消えていく。

――お前がいなきゃ記念にならんだろうが。

(これ、ヤバイんじゃないか……?)

 そう言えば、半ば無理矢理だが記念写真とやらに巻き込まれた覚えがあった。
 目まぐるしく移り変わっていく過去の景色。
 それを走馬燈と呼ぶ事をヴァンは知らないが、それが危険を表す事は本能的に察していた。

――ヴァン、具合はどう?

(そうだ、俺、帰らなきゃ……)

 ヴァンのゴールラインはここではない。
 ヴァンの目的はこんな所にはない、それなのに。
 このままでは自分も死ぬと、ヴァンの本能が警鐘を鳴らしていた。

 我流で勘と力任せのヴァンの剣に対し、縁の倭刀術は年月と叡智を積み重ねて練り上げられたもの。
 その奥義は、勝敗さえも覆す。
 腹に巻き付けた薄刃乃太刀ごと両断される、自分の死による決着が見えてしまった。

――だから無事で帰ってきてね。
――行ってらっしゃい、ヴァン。

 その可能性が見えていたから。
 自分が帰らなければならない場所を見ていたから。
 ヴァンは止まる事が出来た。
 気付き、反応する事が出来た。

 前へ、前へと突き進んでいた。
 しかしその踏み込んだ足で全身に急ブレーキを掛ける。
 攻撃から一転して踏み込みが浅くなり、振るった蛮刀が描く弧が歪に変形した。
 そして――


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160:因果応報―始まりの終わり― ヴァン 162:永すぎた悲劇に結末を――彼女の名を知らず
上田次郎
C.C.
159:ひぐらしのなく頃に 雪代縁



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