緋色の空 -the sky of FLAME HAZE-(前編)

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緋色の空 -the sky of FLAME HAZE-(前編)  ◆EboujAWlRA



【1】


熱く揺るがす強さ、儚く揺れる弱さ。

所詮、同じ結末。





【2】


翼を広げた白鳥のモチーフを象った仮面を身につけた戦士がそこに立っていた。
仮面ライダーファムへと変身したシャナは手のひらを握っては開くといった簡単な動作を繰り返す。
身体の芯から溢れ出る力を確認すると、バックルに装着されたカードデッキから一枚カードを抜き取った。
細いサーベルである召喚器、羽召剣ブランバイザーへとそのカードを読み込ませる。

―――― AD VENT―

機械音声が響き渡った瞬間、窓ガラスの中から雄々しき白鳥であるブランウイングが空を舞う。
シャナは自身の背後に羽ばたくブランウイングの姿を確認すると、もう一枚カードを抜き取る。

―――― SWORD VENT―

二枚のカードを立て続けに使い、上下に刃のついた薙刀が上空から降り落ちるように現れる。
シャナはウイングスラッシャーを掴み、同時にビルテクターをデイパックへと戻しブランバイザーを腰元へとおさめる。
右手に薙刀のウィングスラッシャーを、左手にケルトの英雄が持つ神槍ゲイボルグを構える。
その二槍流とも呼ぶべき異様な姿は、まさしく非常識そのものだった。
だが、ライダーに変身することで強化されたシャナの膂力ならば二つの槍を同時に扱うことも可能となる。
相対するは仮面ライダー龍騎へと変身を済ませた城戸真司、翠星石、ストレイト・クーガーの三人。

「そのデッキ……誰かから奪ったのか!?」

ファムへと変身したシャナの姿を見て、真司は大きく叫んだ。
シャナの姿は劉鳳を誤殺してしまった際に現れたライダーの姿と同じだったからだ。
ライダーデッキを扱えば誰でもライダーに変身できる。
ライダーとしての姿が同じだからといって、シャナがあの時のライダーだったとは限らない。
なにより、真司自身がシャナを劉鳳との戦いの時に居た同じライダーとは思えないのだ。
それならば、はじめの出会いの際に翠星石や龍騎へと変身した真司になにかしらの反応を示したはず。
シャナは冷徹で決して相容れることのできない思考の持ち主だが、騙し討ちにするような人物ではない。

「……そうね、お前たちと別れてから手に入れたものよ」

シャナのその声からは苦々しい色を感じさせた。
仮面ライダーファムとなることはシャナ自身に敗北を思い知らせることだ。
力を手に入れたことから湧き出る高揚と、自身の弱さに対する僅かな苛立ちを原動力に行動を開始する。
シャナは手始めに左手に握りしめたゲイボルグを大きく振りかぶった。

「……ッ、避けろ!」
「ハァッ!」

クーガーがその行動の意味に気づき真司と翠星石へ指示を行うと同時だった。
シャナは裂帛の気合とともに、ゲイボルグを投擲した。
それは普通の槍投げとは程遠い投擲攻撃だった。
放物線を描くように投げ込む槍投げではなく、まるでゲイボルグは銃弾のように放たれたのだ。

「ッ、蔓を盾に……!」

その弾丸と化したゲイボルグの標的、それは翠星石だった。
大気を裂く槍のスピードは、槍の重量差を感じさせないものだ。

「間に合わないッ!」

翠星石が如雨露を操り植物を生み出す前に、クーガーがトップスピードで翠星石を抱える。
その言葉の通り、ゲイボルグのスピードは翠星石の生み出した巨大な蔓が伸びるスピードよりも速い。
植物が盾と呼べる頃には、すでにゲイボルグは翠星石の立っていた場所に突き刺さっていた。
コンクリートの道路を深く抉り取り突き刺さっているゲイボルグ。
それが直撃したならば死は免れなかっただろう。

「うお!」

だが、そのゲイボルグの投擲だけでは攻撃は終わらない。
クーガーの回避行動の先に居たものは巨大な白鳥、ブランウイングだった。
ゲイボルグで翠星石を殺すのが最善だが、避けられた後にもブランウイングという次の手を用意していたのだ。

「クーガーさん!」
「余所見とは余裕ね」

一人取り残された真司が翠星石とクーガーへ歩み寄ろうとした瞬間、シャナがその進路に待ち構えていた。
そして、シャナは大きく振りかぶったウイングスラッシャーを龍騎へと振り落とした。
そこにある空気そのものを裂くような鋭い一撃を龍騎は紙一重で避けきる。

「くっ……!」
「まだ終わってないわよ……とは言え、もう終わっちゃうかもしれないけどね」

突き刺さっていたゲイボルグを引き抜き、長く重い二つの槍を使い攻撃をはじめる。
真司へとリーチの長い槍が休むことなく襲い掛かる。

「翠星石とクーガーが……だけど、これじゃ……!」

ブランウイングと交戦する翠星石とクーガーの姿を確認する。
だが、それとは逆方向にバックステップしながら移動しなければシャナの攻撃を避けれない。
二槍の素早いコンビネーション攻撃を前にして龍騎は一枚のカードを引き抜き、手甲型の召喚器にセットする。

―― GUARD VENT ――

機械音が響き渡ると同時に、空から龍の背をモチーフにした二つの赤い盾、ドラグシールドが現れる。
シャナの攻撃はたしかに速いが、強化された眼ならばその動きにも対応できる。
シャナが二つの槍を扱うのならば、と真司は二つの盾を召喚したのだ。

「これなら防げる!」
「甘いわねッ!」

しかし、シャナはそれこそがチャンスと言わんばかりに二つの槍を振るう両腕にさらに力を込める。
二つの盾を構える真司の姿は防御に徹することを意味し、攻撃は行わないと言っているようなものだ。
ならば強化された身体能力を存分に活かして猛ラッシュをかける。
かなりの強度を持つ盾ではあるが、隙は確かに存在するのだ。

「ッ……なんてパワーだ……!」

現に真司は手も足も出ない、背を曲げて身体を小さくした、いわゆる亀のような姿になっていた。
真司とて状況を打開しようとパンチやキックを繰り出そうとは試みていた。
だが、それを実行しようとした瞬間に攻撃が来るのだ。
単純なスピードもそうだが、こちらが次に行おうとする攻撃が読まれているのだ。
そこに牽制代わりの攻撃を行えば、真司は攻撃をやめて防御するしかない。
シャナはそれを続けることで、真司が隙を生み出すのを待っているのだ。

シャナの見立て通りならば一分もしないうちに龍騎は隙を見せる。
そこに痛恨の一撃を与えて、次はクーガーと翠星石をブランウイングとともに打ち倒せす。
それがシャナの立てたプランだった。

「衝撃のぉぉぉぉぉぉ!」

だが、シャナのプランから外れたものがあった。
それはライダーへと変身したシャナのトップスピードすらも超える最速の男、クーガーだった。
クーガーは決してブランウイングを倒したわけではない。
現に今も翠星石が植物を生み出してブランウイングと交戦している。
だが、それも足止めにもならない。
ブランウイングは空を飛べる、翼を振るうことで巻き起こす突風そのものが武器となる。
翠星石にとっては相性の悪い相手であり、足止めすることすら難しい相手なのだ。
つまり、クーガーは純粋なスピードだけで交戦の意思を見せていたブランウイングから離脱してきたのだ。

「ファーストブリットォ!」

それはクーガーが行おうと思えば、ブランウイングからはいつでも逃走できることの証明だった。
シャナはくるりと振り返り、全身を錐揉み回転しながら向かってくるクーガーを迎撃する。
急な迎撃を行ったシャナと、全力の攻撃を行ったクーガー。
当然、シャナの握ったゲイボルグは衝撃に耐えられず吹き飛ばされ、クーガーの攻撃が右腕に直撃する。

「ッ……ブランウイング!」

鈍痛に仮面の下の表情を歪め、地面に落としていたゲイボルグを回収に向かう。
クーガーは追撃は行わない。
何故ならば、シャナの言葉に呼ばれた残されたブランウイングが待ち構えているからだ。
ブランウイングは翠星石が創りあげた植物たちを避けながら、クーガーと真司へと向き治る。

「簡単に死ぬんじゃねえぞ、劉鳳が力を貸してんだろ?」

クーガーは蹴り飛ばしたシャナへと注意を向けながら、倒れこんだ真司へと檄を飛ばす。
口ぶりこそ余裕があるが、クーガーはわずかに息が切れていた。
連戦に次ぐ連戦でクーガーの身体が悲鳴を上げているのだ。

「スピード勝負なら任せときな……お前は、あのお嬢ちゃんと鳥をやれ」

だが、そんな様子を微塵も見せずに真司をブランウイングとの戦いに促す。
そして、両手に持ったドラグシールドを両肩に装備し、別のカードを召喚器に読み込ませる。

―― SWORD VENT ――

再び機械音が響き渡り、今度は空から一本の剣が降りてきた。
その剣を掴むと、真司はクーガーに一言だけ投げかけた。

「わかってる……アンタも死なないでくれよ、クーガー」
「心配するな、俺もお前に話したいことならまだあるんだからな。
 お互い、死なねえようにしようぜ」

真司はクーガーが疲労困憊であることを察しながらも、小さく頷くとブランウイングへと向かって走りだした。
翠星石とともに戦うためだ。

「召喚したモンスターとはある程度の意思疎通ができるのね」

一方でシャナは手放したゲイボルグを握り直すと、なんでもないようにつぶやく。
そして、真司を追いかけるようなことはせず、クーガーへと向き直る。
シャナもまたクーガーのスピードにはブランウイングでは対応しきれないと読んだのだ。
だからこそ、シャナ自身がクーガーを確実に仕留めようと考えたのだ。

「さーて、シャアさん」
「シャナよ」
「わかってますよ、シャアさん」
「だからシャナ……もういいわ」
「ハハッ、お互い時間をかけたくないだろうし……さっさと、終わらせちまいますか」

シャナは名前を間違い続けるクーガーの言葉に眉をひそめる。
しかし、それ以上は訂正の言葉を口にせずにウイングスラッシャーとゲイボルグの二槍を構えた。
クーガーはと言うと、ゆっくりとシャナの周囲に円を描くように歩き出す。
そして数秒の間だけ、じっと二人のにらみ合いが続いた。

「……っ!?」

次の瞬間、シャナの目からクーガーの姿が消えたように見えた。
ゆったりとした歩行のスピードから一気にトップスピードへの変化。
この急激なスピード差にシャナはクーガーの姿が消えたように見えたのだ。
クーガーの能力にも制限が加えられているが、工夫を加えれば知覚を超えるスピードも出せる。
同時に、そのような無茶をすれば今までに負った傷口が開きかねないことも理解していた。
だからこそ、クーガーはシャナを最速で仕留めようとしているのだ。

「シュッ!」

シャナはクーガーの気配を察知し、背後へと向かってゲイボルグを突き出す。
迎え撃つシャナもまた単純な物理的なスピードはひけを取らない。
だが、それ以上に技術に左右される面が恐ろしく上手いのだ。
単純なスピードで劣っていようと、動きを小さくし相手の動きに合わせる。
そして、相手のスピードにカウンターをあわせる。
この戦闘技術こそがこの世あらざるものを狩る戦士として鍛えられたものなのだ。

「うおっ!?」
「チィッ……!」

決定打のつもりで放った一撃を避けられる。
シャナは苛立ったように舌打ちすると、次はウイングスラッシャーの切っ先が鋭く走る。
ここで攻撃を止めるつもりはない。
どちらが早くゴールへと辿り着けるかという勝負ならばクーガーはシャナを上回るだろう。
だが、このスピード勝負は単純な徒競走ではない。
どちらがより早く相手を無力化できるのか、という勝負なのだ。
その勝負において、シャナはこの中の四人の誰よりも上回っている。

「遅いィ!」
「!?」

だが、その全ての技術を上回る速度でクーガーが動き始める。
その速さはシャナのスピードよりも、反応速度よりも早い。

「ッ……!」

蹴りが次々にシャナへと襲いかかる。
このままでは、先ほどの真司のように防戦一方となってしまうだろう。
シャナは蹴りを捌きながらゲイボルグを地面に突き刺す。
そして、バックルから一枚のカードを引きぬいた。

―― GUARD VENT ――

デイパックからビルテクターを引き出すよりも、ウイングシールドを召喚したほうが速い。
なによりも、ウイングシールドは召喚した瞬間にブランウイングの羽を周囲に撒き散らす。
つまり、目隠しの効果も発揮するのだ。

「チィッ!」

舌打ちするクーガーは、ブランウイングの方角へと目を向ける。
シャナが目隠しを行なって、ブランウイングと戦う真司たちに向かったのではないか、と考えたのだ。

「……速いわね」

だが、シャナが移動したのは真司と翠星石とブランウイングの戦場ではない。
目隠しの隙に向かった先は、クーガーの背後だ。
ぎりぎりまで近づき、ゲイボルグを思い切り横薙ぎに振るう。
槍の根元に斬撃と言うよりも打撃と呼ぶべき攻撃が直撃する。

「カァッ……ハ……」

その攻撃はクーガーを殺しこそしなかったものの、絶大なダメージを与えた。
人の反応すら惑わす超スピードで動き回れば、当然身体にかかる負担は大きい。
そこにあらゆる連戦の末に受けていたダメージも決して小さくはない。
クーガーが抑えていたその身体に溜まった負担が、シャナの攻撃で襲いかかったのだ。
身体の限界を迎えつつあった最速の男は、そこで脚を止め膝を折ってしまった。

「限界のようね」
「なーに、まだま……ッァ!?」

最後まで言い切れることなく、シャナは強烈な前蹴りをボロボロのクーガーに浴びせる。
クーガーが前のめりに倒れこむ。
幾度もの戦闘がなければ、シャナの打倒も可能としたかもしれない。
だが、最速で戦い続け、ろくな休息も取ることのなかった身体はついに悲鳴を上げたのだ。


【3】


「大丈夫か、翠星石!」

植物を生み出して応戦する翠星石は、致命傷を受けてこそいないものの相当なダメージを負っていた。
低空飛行でこそあれ、空を自由に飛ぶブランウイングと翠星石は相性が悪かった。

『こんばんは、みんな。
 六時間経って、またこうして声を聴いて貰えて嬉しいよ』

「ッ、放送か!」

どこからか響き渡るV.V.の声に真司と翠星石は思わず動きを止めてしまう。
その隙をブランウイングは逃さない。

「放送が始まったからって戦闘を止めるほど甘くはない……か。
 ミラーモンスターは楽でいいな……!」

真司は襲いかかるブランウイングへと向かってドラグセイバーを振るう。
ブランウイングと戦いを行いながらも、V.V.の声変わりを迎えていない高い声を懸命に聞き取る。
特に禁止エリアを聞き逃すことだけは避けたい。
そんな中で、翠星石が注意散漫に突っ立っている姿が視界に入った。

「翠星石、危ない!」

翠星石もまた放送に耳を傾けていたのだろう。
ブランウイングの突進攻撃の標的にされていたというのに、ブランウイングへと集中していない。

「きゃっ……!」

普段の小憎らしい口調とは裏腹に、可愛らしい悲鳴が漏れる。
翠星石はブランウイングの脚に掴まれ、思い切り建物へと叩きつけられる。

「きゃあああ!」
「翠星石!」

真司はブランウイングに背を向け、翠星石の叩きつけられた建物へと駆け出す。
翠星石が召喚した巨大な植物によって進行を妨害されながら、真司は翠星石の側へとたどり着いた。

「大丈夫か、翠星石!」

真司は自身の腰ほども小さな体を抱え上げる。
華奢な身体は僅かに震えながら、真司の手を握り返す。
まず翠星石が生きていることにホッとし、次にブランウイングへの敵意が強まる。
ドラグセイバーを強く握り、ブランウイングの撃破を行おうとした瞬間。

「二度目になるけど、余所見とは余裕があるわね」
「シャ、シャナか!?」

真司は耳元で響いたブランウイングの雄叫びではない、シャナの高い声に慌てて振り向いた。
そのくるりと振り返る動きの隙に、シャナは素早く懐に入る。

「くっ……!」

虚をつかれた真司はドラグセイバーを無闇矢鱈に振り回す。
だが、シャナはそのドラグセイバーを振るった腕を掴むと、背負い投げの要領で地面に叩きつける。
コンクリートに思い切り叩きつけられた真司は、衝撃のあまり肺の中から空気が全部抜ける。
そして、鈍痛が全身を襲った。

「アッ……カァ……」
「ブランウイング!」

そこに追撃と言わんばかりに、ブランウイングが大空から急降下を始める。
標的は地面へと倒れこんだ真司。
ミラーモンスターの重量をフルに活かした大空からの体当たり攻撃だった。

「グアアアアアアア!」

真司の口から耳を覆うような悲鳴が響き渡る。
わずかに身体をぴくぴくと震わせた後、息絶えたように動きを止めた。

『それじゃあ、次の放送でまた会おう。
 優勝者が決まるまでにあと何回放送があるのか、分からないけどね』

それは戦闘開始から数分、そして、放送がちょうど終わった瞬間。
シャナは城戸真司、翠星石、ストレイト・クーガーの制圧を完了した。
当然、シャナは放送の内容を把握している。
そして、ウイングスラッシャーを握ると地面に倒れ込んだ三人へと向かって言葉を投げつけた。

「まさか、五分だとでも思っていたの?」

今の状況は決して互角などではない。
今までの戦闘で抱えた大きなダメージでついに限界を迎えつつあるクーガー。
巨大な植物を操るがこの圧倒的な暴力の波に突入することの出来ない翠星石。
そして、制限時間という大きな枷が定められている龍騎。
いや、制限時間という意味ならば、シャナの仮面ライダーファムも定められている。
だが、シャナはその素体自体が大きな能力にもなっている。
それは身体的な面でも頭脳的な面でも、おそらくは全参加者のトップクラスに入るだろう優れたものだ。
だからこそ、今の状況はシャナの絶対的な優位であった。

「私はこの強化スーツ……ライダーの力を知りたかった。
 そして、この能力が十分に価値があるものだとわかったわ」

どこか気分の良いような言葉だった。
だが、そこから殺意が消えた気配はない。

「……杉下右京も死んだみたいね」
「……ッ」

その言葉に反応したのは真司。
自身を諭した、自身の倍以上は生きている人物も死んでしまった。
それだけじゃない。
南光太郎という不思議なライダーもまた、真司の素知らぬ場所で死んでしまったのだ。
真司があそこに残っていれば、ひょっとしたら光太郎は死ななかった可能性もあったのかもしれない。

蒼星石というのはそっちの人形と同種なのでしょう?」

これは翠星石へと向けた言葉。
翠星石は痛みのために身体を動かせないが、シャナを強く睨みつけた。
死んでしまったのは事実だ、それを変えることは悲しいが出来ない。
だが、敬愛する父と問題こそあれど同じ父に作られて愛しい姉妹。
その全てを軽んじるようなシャナの物言いに激しい怒りを覚えたのだ。

「そんな傷だらけの姿になったのに、守れなかった」

これはクーガーへの罵倒。
シャナは知る由もないが、クーガーもまた多くのものを取りこぼしている。

――――泉こなた、園崎詩音、由詑かなみ

誰も彼も、クーガーがもっと速ければ助かったかもしれない知り合いだ。

「目的もなく殺し続ける輩が居るから、この戦いは終わらない。
 目的を妨げようとする輩が居ても、同じことよ」

そして、最後の言葉は真司たちへのモノというよりも、自身を肯定しようとしている口ぶりだった。

「もう、楽に殺してあげるわ。
 その後、私がこの力でV.V.を排除する。
 ……だから、もうお前たちが抗う意味なんてないわ」

それはシャナにとって真司たちへ向けた慈悲の言葉だった。
相対的に命を軽んじているシャナと真司たちは分かり合えない。
だが、シャナがもたらす未来は決して最悪の事態ではないことを伝える言葉なのだ。

「意味は……ある!」

しかし、真司はうつ伏せの体勢から立ち上がろうとしながら、叫ぶようにシャナの言葉に応えた。

「お前を放っておいたら、きっと人を殺す!」

ぎゅっとコンクリートを握りしめ、拳をつくる。
ライダーとして強化されたその力は、落下の衝撃で崩れかけていたコンクリートを容易く破壊した。
常軌を逸した恐ろしい膂力だ。
こんな力を他人へと向ければ人なんて簡単に殺すことができる。
それこそ、劉鳳のように正義という想いを持ち、その力の扱い方を選ばなければいけない。

「真っ赤か人間……」

翠星石のつけた奇妙な呼び名が、真司の耳にも届く。
真司は痛む身体に鞭を打ち、翠星石の方へと視線を向ける。
翠星石は人間ではない、真司の常識の外にいる不可思議な人形だ。
だが、劉鳳の死に涙し、姉妹の死に涙し、それでもここに立っている。
今にも倒れそうな翠星石をつくった原因は自分だ。
この殺し合いの場で翠星石を守ってみせると言った劉鳳を殺した、真司がつくったのだ。

「心配すんなよ、翠星石。
 お前は死んだりなんかしない、俺が守ってみせる」

目を閉じれば翠星石の泣き顔が瞼の裏に映り、それを皮切りに様々な顔が浮かんでは消えていく。
杉下右京、泉新一、ミギー、劉鳳、神崎優衣。
そして、真司にライダーとなる決心をつけた、ただ泣き続けるしかなかった名も知らない少女。
明確な共通点はない、誰もが違う人間だった。
そこに価値の比重を見つけ出すことなど、出来なかった。

『親、兄弟、子供……人一人消えたことで、どれだけ影響があると思ってるの!』

幸いにもこの場には居ない、真司の先輩ジャーナリストである桃井令子の言葉が蘇る。
真司は神崎優衣という友人を消したくないからこそ、ライダーを……その『人一人』を消そうとした。
だが、そうじゃない。
目を閉じれば浮かんでくる中の人は、誰も真司が個人の意思で消していい人間など居ない。

「誰も死なせない、誰も殺させない……誰も、泣かせたりなんかしない!
 お前がこのままだったら、きっとここから人がまた消えてしまう!
 もうここから消えてしまう人なんて出さない!」

立ち上がる身体は満身創痍ながら、しかし闘志は決して枯れてはいなかった。

「絶影!」

真司が叫んだ言葉は、劉鳳の魂の名。
劉鳳の魂をドラグレッダーが取り込んだことで扱うことの出来る劉鳳の正義そのものだ。
真司の叫びに応えるように現れた絶影は、槍のように鋭い姿でシャナへと向かっていく。
その絶影の鋭い姿から叫びが聞こえてきたがした。
その衝動を抑えることなく、宣言するように口から解き放った。

「それが俺の『正義』だ!」

狙いは急所である頭蓋でもなければ、心臓の位置でもない。
シャナは敵ではあるが、決して殺害の対象などではない。
戦闘不能へと陥れるためだけの攻撃で狙ったものは、ライダーデッキを装着したベルトのバックルだ。

「それは違うわ」

しかし、真司が持つ最速の攻撃はウィングスラッシャーによって容易く弾かれた。
こんな簡単に防がれたのは、決して絶影というアルター能力が弱いだからではない。
アルター能力を使い慣れたわけでもない、真司の付け焼刃の攻撃だから容易く防がれたのだ。
シャナは仮面の内側から冷徹な瞳を向けながらゆっくりと口を開く。

「決して欠けてはいけないものは命じゃなく、存在の力そのものよ。
 一欠片の力も失うことなく、こちら側の世界で循環されることこそがこの世のルール
 V.V.の狙いが『存在の力』の巨大な喪失に繋がるとすれば、私はなんとしても阻止しなければいけない。
 どのような手を使っても、どんな命を消してもね」

シャナはウィングスラッシャーを振りかぶる。
その切っ先が狙うのは、龍騎のベルトのバックルなどではない。
真司の首先、そこを斬りつければ死に至るという確かな急所だ。

「善悪の問答をするつもりはないけど、この世に生きる存在にとってはそれこそが『正義』なのよ」

シャナがウイングスラッシャーを鋭く振り下ろす。
間違いなくその一撃は真司の息の根を止めるものだった。

「そろ、そろ……やめときな」

だが、その攻撃は淡い色合いの装甲に阻まれた。
龍騎の燃えるような鎧ではない、銀と青で彩られた装甲だった。

「……まだ動けたとは意外ね」

ラディカル・グッドスピードを脚部限定に装着したクーガーが止めたのだ。
今にも倒れ込みそうな身体だが、やはりクーガーの顔には余裕のある笑みが浮かんでいた。

「正義……か。悪くないな、胸を張って言えるのならそいつは良いもんだ」

命を捨ててでも守りたいものはある。
自らの命を捨てることを否定する人間も居るだろうが、それでも守りたいものはあるのだ。
どうせ先のない命だとすれば、クーガーはせめて納得できるものに命を張りたかった。
愛する女でも、信頼の置ける友でも、出会ったばかりの甘っちょろい若者でも。
納得の出来るモノにならば、命を預けても良かった。

「色々と身を削ったが、確かに俺はなんにも守れちゃいない。それでも、俺は最速でやってやるよ」

周囲の物体が原子レベルまで崩壊し、粒子となりクーガーの身体へと集まりだす。
負担の大きい技を、ボロボロの身体でやればどうなるか。
それはクーガー自身がよくわかっている。
それでもストレイト・クーガーの誇る最速のアルター能力を用いようとしているのだ。
アルター能力という別の世界の理屈を用いてこちらの世界を歪める能力。
脚部限定ではない、本物のラディカル・グッドスピードを。


「面白そうなことやってんじゃねえか、クーガー」

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141:苛立ちで忍耐力が持たん時が来ているのだ 城戸真司 148:緋色の空 -the sky of FLAME HAZE-(後編)
翠星石
シャナ
ストレイト・クーガー
133:1/5 志々雄真実
三村信史



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