終幕――死せる英雄達の戦い

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終幕――死せる英雄達の戦い  ◆Wv2FAxNIf.



 終わりを迎える物語は幸福である。

 物語は絶えず人の手で生み出され、人に享受される。
 しかしその全てが結末を得られるわけではない。
 始まったまま終わらず、時の流れと共に消えていく物語は数多ある。
 誰の目に留まる事もなく、埋没していく物語もあるだろう。
 読み手に忘れられ、創り手にさえ忘れられる物語もあるだろう。

 故に、喜劇であろうと悲劇であろうと。
 ハッピーエンドであろうとバッドエンドであろうと。
 救いがあろうとなかろうと、この物語は幸福である。

 衆目に晒されながら、確かに幕を下ろすのだから。


 翠星石、そして仮面ライダーゾルダに変身した北岡がシャドームーンの前に並び立つ。
 空気を破裂させんばかりに高まる緊張の中、口を開いた北岡は飽くまで普段通りの調子だった。

「ここまで来て、お前を生かしておく気はないんだけどさ……この辺で終わらせておいた方がいいんじゃないの。
 俺、無駄に戦うの嫌なんだよね」
「図に乗っているな……仮面ライダー」

 底冷えするような低い声で返すシャドームーン。
 「負けは決まっているのだから大人しく殺されろ」等と煽られれば、シャドームーンでなくとも怒る。
 残念でもなく当然。
 だが北岡は怒りを正面からぶつけられても、おどけた様子で肩を竦めるだけだった。
 どこぞの戦闘民族ではないのだ、これぐらいの事は言いたくなる。
 そして怒らせた上で、言いたい事を言った上で、北岡はシャドームーンの怒気を受け流す。
 以前なら、シャドームーンを相手にこんな余裕は出せなかっただろう。

 相変わらずシャドームーンに絶対に勝てるという保証や確証はない。
 幾ら新しい力を手に入れようと、シャドームーンを軽視する気はない。
 だが「勝つしかない」という覚悟は決まっている。
 勝った後に進む『明日』も既に決まっている。
 それに、信頼出来る仲間もいるのだ。
 だから北岡の気持ちは凪のように静かで、今までになく安定していた。

「お前ならそう言うだろうと思ってたけどさ……そろそろ来る頃なんだよ」

 「大分遅刻だけど」と北岡は仮面の下で視線を動かす。
 その先で、空間に亀裂が走った。
 何もないはずの中空に罅割れが生まれて拡大。
 人間大にまで広がり、やがて砕け散る。
 その向こうに立つのは純白の学制服を血で染めた少年だった。

「遅かったじゃない」
「ああ、手間取ってしまった」

 ゆったりとした歩みで空間の境界を乗り越える狭間偉出夫
 その体は、薄っすらと光って見えた。
 北岡は以前と明らかに雰囲気の変わった少年に対し、敢えてその理由を問わない。
 そんなものは全てが終わってからでいい。
 ただクーガーが、ヴァンが、志々雄が死んだ事だけを端的に告げる。
 訃報を聞いた狭間は表情を曇らせたものの、狼狽えはしなかった。
 翠星石の状況についても、今はつかさと契約しているという話だけで充分に伝わったようだった。

「わ……悪かった、ですぅ」
「……いいさ。
 僕の方こそ、謝るべきだったんだ」

 口調は以前よりも子供らしいものになっていた。
 だがその落ち着きぶりは、何かを悟ったようでさえある。
 背伸びして、痩せ我慢をして、一人で何もかも背負おうとしていた少年が一つ大人になった――という事なのだろう。

 シャドームーンとの決着に向けて、狭間に躊躇はないようだ。
 翠星石も覚悟を決め、シャドームーンは言わずもがな。
 戦闘は不可避だ。

 まぁ、分かってたんだけどね。
 北岡は一人ごち、もう一度肩を竦めた。


 シャドームーンに叶えたい願いはない。

 目的はある。
 野望と呼んでも良い。
 しかしそれらは『願い』などという不確かなものではない。
 シャドームーンが志した時点で、既にそれは『確定した未来』に等しいのだ。
 だから、シャドームーンに願いはない。
 だから、他者の願いを踏み躙るのに何の感慨も覚えない。

 祈っても無駄。
 願いは叶わない。
 助けの手は差し伸べられない。
 愛する人には愛されない。
 シャドームーンがもたらすのは、そんな絶望の世界。
 ただシャドームーンはこれまでと変わらずに王として君臨し、最後に残った人間達を蹂躙する。

 狭間が現れても、シャドームーンは僅かも動じなかった。
 ただ観察する。
 平然と話し掛ける北岡に対し、特に緊張した様子もなく返す狭間を注視する。
 自然体のままそこに立っている狭間偉出夫の一挙一動を見逃さない。
 シャドームーンと交渉し、契約し、共闘もした“魔人皇”――とは、異質な存在のようだった。

 シャドームーンが創世王を吸収したように。
 翠星石がキングストーンの力を乗り越えたように。
 北岡秀一が仮面ライダーとして新たな力を得たように。
 狭間偉出夫もまた、変化したのだろう。
 狭間が状況を把握する間、シャドームーンは奇襲するでもなく黙って待っていた。

 シャドームーンに心はない。
 しかし高揚に近いものは感じているのだ。

 直前まで争っていたヴァンが見せた力は、決してシャドームーンを失望させるものではなかった。
 そして最後の仮面ライダー。
 太陽の石を取り込んだローゼンメイデン。
 王の矜持を語った人間。
 その者達全てを下し、創世王として頂点に立つ。
 確定した『明日』を前にしてシャドームーンは僅かに肩を揺らし、クツクツと低く笑う。



 しかし、戦いは始まらない。
 各々の覚悟や確信に反し、全てが中断される事になる。



 突如、空間が赤く発光。
 光源を探せば、翼を広げた鳥のような紋章が足下に広がっていた。
 シャドームーンはその紋を見た事がある。
 C.C.と初めて接触した際、その額に浮かんでいたものだ。
 罠かと警戒を強めるが、狭間達もまた状況を掴めていない様子だった。

 視界が暗転。
 空間そのものが振動して足場が消失する。
 正確には足場が消失したように「感じた」――足場が消えたのではなく、足場のない場所へワープさせられたのだ。
 重力に従って落ちていく。
 だがシャドームーンはマイティアイが捉えた下方の『水面』に、足裏から難なく着水した。

 水音だけが支配する闇。
 そこへ声が響いた。
 それは空気を震わせるものではなく、映像と共に脳に直接流れ込んでくる叫びだった。



――…………だからこそ、俺が行くんです! 警察官の――――特命係の俺が!――



――正義。仮面ライダー龍騎……!――



 シャドームーンの記憶ではない。
 他人の記憶が、イメージが、シャドームーンの脳内で再生されているのだ。



――正しいも間違いも糞もない、俺には姉さんが全てだ!――

――姉さんが笑ってくれるのならば、他のことなんて知ったことじゃない!――



――お前を殺すために決まってるだろうがあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!――



「これは……」

 緑髪の女が見せた、シャドームーン自身や他者の記憶イメージを彷彿とさせる。
 異なるのは、この催しの中で出会わずに終わった者達の記憶まで含まれている事か。
 故に、これらの記憶には。



――それでも聞いて、みなみちゃん……俺の事は、忘れていいから……!

――俺は君に、幸せになって欲しいんだ……!――



「!!」

 シャドームーンの宿敵の最期もまた、克明に映し出されていた。


 シャドームーンという最後の敵を前にして、柊つかさは立っている。
 北岡と、翠星石と、狭間と、共に戦う為に。

 自虐する北岡の為にと奮起した。
 翠星石という友達を得た。
 ミーディアムという役割を手にした。
 だが罪の呵責が緩んだわけでも、悲しみが癒えたわけでもない。
 それでも今が座っている時ではないからと、両足で必死に体を支えている。

 実際に戦うのは翠星石であり、ミーディアムであるつかさは後ろから見ている事しか出来ない。
 今まで通り戦場から一歩離れた場所に居る――それなのに、嫌な汗は止まらなかった。
 シャドームーンが放つ殺気に、距離などさしたる問題ではないのだ。
 ましてつかさはこの場に集った者達の中で、最も争いや事件から縁遠い世界から来た。
 バトルロワイアルが始まってからも、つかさ自身が矢面に立ったことはほとんどない。
 一般人に過ぎない、それも心を弱らせたつかさにとっては、この場の空気そのものが毒と言っても良かった。

 いつ戦闘が始まるのか、知識も経験も不足したつかさには掴みようがない。
 固唾を飲み、震える手を固く握り締め、睨み合う四人を見詰める。

 赤い光が白い空間を浸食したのは、その緊張の最中の事だった。
 足下に広がるマークは、情報交換に際してジェレミアから説明された事がある――ギアスの紋だ。

 足場の消失、落下、つかさには事態が全く把握出来なかった。
 そして受け身も取れずに水面に叩き付けられる。
 水底に背中を打つが、幸い痛みはほとんどなかった。
 しかし溺れまいと藻掻こうとしてすぐ、その水が太腿程度の深さしかない事に気付く。
 落ち着いて底に足を着け、そして脳に音声と映像が流れ込んできた。



――ゆーちゃんがこのまま死んじゃったままでいいの!? ねぇ!?――



――だから寄越せ……速さを!――



 それは良く知る友人の切迫した声であったり。
 それは大切な事を教えてくれた仲間の声であったり。

 強い意志。
 強い感情。
 強い願い。
 網膜を通さずに伝えられる光景。
 鼓膜を震わす事なく伝えられる叫び。
 死んでいった者達の辿った軌跡。
 記憶の奔流が津波のような勢いと量で、つかさを押し流さんとしている。
 頭痛がして、目眩がして、それでも映像は止まらない。



――……お前が探し続けていた、我々の存在意義とやらはわからん。――

――だが、それでも俺にはやはり戦いこそがその意義なのだろう。――

――戦いを求めるからこそ、俺はお前の言うとおり強くなったのだ――



―― ねぇ、サイト喜びなさいよ。もうすぐ帰れるのよ、私がアンタを帰してあげるんだから!!――



 親しい者の記憶、出会わなかった者の過去。
 一切の区別なく、全てが一挙に押し寄せる。
 つかさがその全てを忘れまいと掴もうとしても、濁流の如き速さで流れていってしまう。
 つかさの指の隙間をすり抜けていってしまう。
 どころか流れの強さに負けて、自分の形すら分からなくなっていく。
 自分を何とか保とうとして、自分が誰なのか思い出そうとして――振り返ったのは北岡との会話だった。





「北岡さん」

 箒に跨がり、風を切る。
 すぐ後ろにいる北岡に、呼び掛けている自分。
 ランスロットが破壊された後、狭間達の元へ帰ろうとしていた時の記憶だ。
 ほんの数分前、長く同行していた相手と別れを済ませたばかりの朝焼けの中。
 つかさは重い沈黙を破り、北岡へ一つ問う。

「ジェレミアさんは『死にたい』って、言ってたんですか?」

 箒の上でバランスを取ろうとつかさの肩を掴んでいた北岡だったが、その手の強ばりがつかさにも伝わってきた。
――まさか、この期に及んでまだ死にたいなんて――
 北岡が口を滑らせた、死にゆく者へ向けた言葉。
 その言葉の真意を知ろうとして、つかさは尋ねたのだ。
 数十秒か、数分か。
 長く黙った後、北岡は投げ捨てるように告げた。

「…………まぁそれに近い事を、言ってたよ」

 お互いの表情は見えないまま、それを聞いたつかさは目を伏せた。
 その時の自分の気持ちを、今のつかさも良く覚えている。
 歪んでしまった顔を見られずに済んで良かったと――そう思ったのだ。

「……ありがとうございます、北岡さん。
 嘘を、言わないでくれて」

 北岡が誤魔化そうとせずに、つかさを子供扱いせずに正直に答えてくれた事が嬉しかった。
 しかし、それでも。
 覚悟していても。
 その答えは、その事実は、つかさの心をより深く傷付けるに充分だった。





 人が死ねば悲しい。

 つかさはこれまでに何度も別れを経験してしまった、その度に感じている。
 痛感している。
 こんなにも悲しい。
 だが、つかさはその悲しみを人に強いた。
 ルルーシュを殺し、その周りの人々を悲しませた。
 浅倉にも、その死を悲しむ人がいたのかも知れない――或いはいつか、そんな人が現れたのかも知れない。
 当人からも、周囲からも、未来の可能性の全てを奪ったのだ。

 分かってはいた。
 だから自分に出来る事を探そうと、何度も失敗しながらずっと考えていた。
 だが改めて罪の重さを突き付けられて、喪失の悲しみに押し潰されて、立っていられなくなった。

――私なんて、死んじゃえばよかったんだ。

 第二会場に着いてすぐ、言ってはならない言葉を口にした。
 以前にも同じ事を言って叱責されたのに、繰り返してしまった。

――私さえ、いなければ――

――そうだ、ルルーシュ様もアイゼルも……皆死んだ!!
――だから……!!

 「生きる事が君の義務だ」と、彼は言った。
 そして、つかさや北岡との出会いを誇りに思うとも。
 だから『後悔することで、彼の騎士の誇りを穢してはいけない』と……思っていたのに。
 罪の重さと悲しみが勝って、こんな自分がのうのうと生きているのが許せなくなった。
 歩く事も立つ事も出来なくなって、座り込んでしまった。
 北岡がいなければ、未だ悲しみに暮れたままだったかも知れない。

 他者の記憶の濁流の中で、つかさはもう一度己を振り返る。
 他者から見た自分の姿を見ながら、考える。
 自分が何の為にここにいるのか。
 自分が何の為にここに立っているのか。
 自分が何の為に――生きるのか。



――生きて、ね。――

――私の分も――



――つかさ殿のこと……頼んだぞ……――



 こんな自分を助けてくれた、守ってくれた、想ってくれた人がいた。



――それでも守りたいと願って、何が悪いッ!!!――



 こんな自分を恨まずに、憎まずに、赦してくれた人がいた。



「そうだ、私……」



 苦しいから、悲しいから、忘れてしまいそうになっていた。
 見えなくなっていた――それでは、駄目だ。
 苦しくても、悲しくても――



「私は……一生懸命、生きなきゃ」



 生きたかったのに生きられなかった人達がいる。
 大勢に守られて、助けられて、柊つかさはここにいる。
 つかさが皆の分まで生きなければ、幸せにならなければ、無駄にしてしまう。
 彼らに何も返せなかった分、自分の周りにいる人達に優しさを返さなければならない。
 それはつかさの義務であり、願いだ。
 何度も迷って、後悔して、自己嫌悪に陥りながら、それでももう一度奮い立つ。
 今の自分を否定してしまったら――それは、皆の事を否定しているようなものだから。



「皆の分まで……絶対、生きるんだ」



 流れていく記憶を追い掛けて、手を伸ばす。
 届かなくても諦めない。
 頭が割れるように痛んでも、つかさは皆の記憶を最後まで見続けようとした。
 そして――



――六十四名の存在を消滅させ、数多の世界を歪めることで常識を塗り替えるのさ――



 つかさは耳にした。
 最後に流れて行ったおぞましい台詞を。
 そして胸に、強い感情が芽生える。


「……」

 突然放り込まれた暗闇の中、狭間は立ち尽くしていた。
 大腿の半ば程の高さまで張っている水は、どうやら“水”の形状を取っているだけで水そのものではないらしい。
 人の記憶の溶け込んだ水――それに浸かったまま、狭間は今し方見たものを脳内で反芻していた。



――”もし”……なんていらない。――

――”もし”を打ち砕けるならば、俺はその”もし”をぶっ壊せる力になりたい――



――うん……皆を元の世界に帰してあげて欲しいんだ……狭間さんならきっと出来るよ――



 記憶。思い出。
 狭間が背負って生きていくと決めたもの。
 蒼嶋とレナだけではない、出会う事すらなかった者達の分まで胸に刻む。

 だが狭間が感傷に浸っていたのはごく短い時間だった。
 止まっている場合ではない。
 シャドームーンへの対処は勿論だが、志々雄の記憶の中にあったV.V.の言葉も看過出来るものではなかった。


「ようこそ……と言うべきかな」


 カーテンを開けるように、その声と共に暗闇が取り払われた。
 どこまでも続く広大な空間。
 水面もまた果てなく続き、自分が海原の中心に立っているかのようだった。
 そしてその水面の少し上、宙に浮かぶ無数の額縁が、そこが現実の海ではない事を物語っている。

 水面から顔を出すには背丈が足りず、北岡に支えられている翠星石。
 膨大な記憶を見た直後の為か呆然としている柊つかさ。
 そして一分の隙もなく立つシャドームーン。
 皆、狭間のすぐ傍にいた。

「ここはV.V.のメモリーミュージアム――その複製だ。
 実際にはラプラスが手を加えているから、ほぼ別物と言っていいだろう」

 声の主は、V.V.だった。
 何故、と声を上げようとするが、その前にV.V.自身が答える。

「僕はV.V.ではないよ、狭間偉出夫。
 僕はV.V.の記憶を管理していた者のコピーだ。
 そして『過去』の管理者である僕には、V.V.が『今』と認識していた時の記憶がない……つまり君達の事も直接は知らないんだ」
「記憶……コピーだと?」
「コード保持者は不死……過去が際限なく増えていく。
 だからCの世界の中に、記憶を管理するメモリーミュージアムを形成するんだよ」

 困惑の表情を浮かべる狭間達を余所に、V.V.と同じ姿をした人物は続ける。
 シャルルにコードを奪われた時点で、V.V.のミュージアムは崩壊した。
 しかしそこでV.V.の記憶のサルベージを行ったのが、ラプラスの魔である。

「ラプラスはミュージアムと、管理者であった僕を複製した。
 この時点で彼は既にバトルロワイアルの構想を持っていたようだね。
 V.V.は踊らされていたわけだ」

 ラプラスは記憶を蓄積する器としての空間を複製した。
 しかし、ただ複製するだけではない。
 バトルロワイアルの参加者が死ぬ度に、その者の記憶が溶け込んだ「無意識の海」が注がれていくよう作ったのだ。
 そうして今の姿になったこの場所は複製であるが故に、V.V.がコードを失おうが死亡しようが関係なく残り続けている。

「主催者が全員死んだ今、残された僕には説明の義務がある。
 だから僕は君達六人が揃ったところで、ここに招いたんだ」

 六人、と聞いて狭間が振り返る。
 背後では上田が気絶して水に浮いていた。
 どうやらあのタイミングで狭間達がここに移されたのは、上田の到着に合わせた結果であったらしい。

「この場所は、二つの用途を想定して構築された空間だ。
 それは――」
「大体察しは付いている」

 説明しようとしたV.V.を、狭間が遮る。
 V.V.が志々雄に対して口にした言葉。
 そしてV.V.を良く知るC.C.、会場内で思考を巡らせていたLやルパン三世の記憶に、シャナの知識を組み合わせて裏付ける。
 その結論を、吐き捨てるように言った。

「一つは『願いを叶える自在法』を発動させる鍵とする為。
 もう一つは、……ラグナレクの接続を拡大する為だ」

 参加者達の存在そのものを消す事で、世の理を歪めて願いを叶える自在法――それと並行して用意されていたもの。
 神殺しの槍。
 生者死者の区別なく、全ての人間の意識を統合して嘘の意味を無くす計画。
 それが、ラグナレクの接続。
 かつてV.V.達はそんな大それた、自分達の生きる世界を根本から作り変える計画を進めていた。

「もしも私達参加者が『昨日』を選んでいれば……恐らく、V.V.は実行していたのだろう。
 あらゆる世界の意識を一つに統合し、文字通り『全て』の嘘を消そうとしていた」

 自在法。
 不死のコード。
 創世王。
 世界を変え得る力を、ラプラスは幾つも所有していた。
 それらを用い、世界樹――世界の根源に根を張り、ありとあらゆるものに繋がる樹へと干渉しようとしていたのだ。

 数多の世界から集められた参加者達、その記憶が溶け合った空間。
 狭間達が立つこのミュージアムから世界樹に働きかける事で、ラグナレクの接続の影響範囲を樹全体へ拡張。
 V.V.達の理想によって全てを塗り変えようとしていたのだ。

「いや、私もLさんの考察を聞いた時からそんな気はしていたんだ。
 ただ皆をイタズラに怖がらせるような真似は私には」
「君はちょっと黙っててくれるかな」

 目を覚ました直後にも関わらず、堂々と話に割って入る上田。
 V.V.によって即座に切り捨てられはしたものの、その自尊心と行動力は流石だと、狭間は感嘆した。

「結局、そうはならなかった。
 V.V.は神殺しの槍を捨てた」

 上田の事は既に忘れたかのように、V.V.は続ける。
 V.V.本人ではないただの管理者の声に、感傷や感慨の響きはなかった。

「ここにいる六人は勿論、志々雄真実ですら『明日』を求めていた。
 だからV.V.は引き下がり……この空間に残された用途は一つ。
 自在法を発動させる事だけ」

 飽くまで主催者V.V.について他人事のように言う。
 管理者である彼は、ただ言われた事を忠実に果たす人形と言って良いのだろう。
 だから何の躊躇いもなく、ラプラスから与えられた力を行使して自在法を発動させられるのだ。

「けれどラプラスやV.V.にとって、君達が何も知らない状態で優勝者が決まるのは不本意だったようだ。
 だから僕は事前に指示されていた通り、君達をここに招いた。
 主催者が全員死んでいたとしても、君達に正しく現状を理解させる為に……その上で、『選択』させる為に」

 志々雄が聞かされた、主催者V.V.による説明。
 優勝者が決まれば、参加者六十四名が死亡すれば、六十四名の『存在』が消滅する。
 そして残る一人の願いが叶う。

「ちょっと、その自在法とかいうのって俺達がシャドームーンを倒した後、元の世界に戻って普通に死んだ場合は大丈夫なわけ?
 寿命で死んで存在が消されるなんて、勘弁してよね」
「その杞憂を取り払う為の説明だよ、北岡秀一」

 北岡の疑念はもっともだった。
 例え殺し合いの場から生還したところで、皆が天寿を全うした後でも自在法が発現してしまうのでは意味がない。

「もしも参加者の中に殺し合いの意志を持つ者がいなくなれば、その時はバトルロワイアルが終結したと見なす。
 具体的には僕がこの空間の維持をやめ、崩壊させる……この空間がなくなれば、自在法も発動しなくなるからね」
「つまり貴様が、保証するんだな」

 狭間が念を押す。
 保証――その言葉を、狭間自身も使った事がある。
 シャドームーンと契約を結ぶ際に、必ず契約内容を遵守すると“魔人皇”の名に懸けて保証したのだ。
 それ故に狭間は、否、この場にいる全員がその言葉の重みを知っている。

「その通りだよ。
 君達が争いを終わらせるのなら、僕が君達の『存在』を消させない」
「何故そこまでする?」
「僕はプログラムのようなものだ。
 ラプラスから与えられた役割通りに動くだけだよ」

 未だ全てがラプラスの掌の上にあるような、言いようのない気味の悪さはあった。
 しかしこれがラプラスの思惑通りの偽りであったとしても、今はどうしようもない。

「ならば、貴様をこの場で倒せば自在法は発動しなくなるんだな」
「試してみるかい?」
「……」

 言ってはみたものの、無駄であろう事は狭間も分かっていた。
 この管理者は人間ではない。
 この空間にのみ存在する精神体と呼ぶのが正解に近いだろう。
 消滅させるのは不可能ではないはずだが、少なくとも物理的な手段では無理だ。
 ラプラスによってどんな力が付与されているかも分かったものではない。
 それに、殺せる存在ならシャドームーンがとうに動いている。
 ラプラスの魔を消滅させたシャドームーンが大人しく話を聞いている時点で、打つ手がないという事なのだ。

「まぁ……知ったところで、やる事は変わらないよね」
「ですぅ」

 一同の視線がシャドームーンに向かう。
 今更和解の道があるはずがないと、誰もが理解していた。

「シャドームーン……お前は僕達を殺して存在を消滅させ、創世王として君臨しようとしている。
 そして僕達は、お前を倒して元の世界へ帰還しようとしている。
 お互い妥協の余地はないな」
「今更確かめるまでもない。
 茶番はここまでだ」

 主催者による横槍も、恐らくこれが最後になる。
 心なしかシャドームーンの声は喜色をはらんでいた。

「契約の破棄……は、とっくにされていたか。
 もっとも、あれは世紀王と魔人皇の間に交わされた王の契約。
 僕が王でなくなった時点で、この形にしかならないとは思っていた」
「王でなければ、今の貴様は何だ?」
「人間だ」

 魔人皇とて、人の中の王に過ぎなかった。
 ゴルゴムの王にとって狭間の変化は、言葉遊びの域を出ないだろう。
 しかしシャドームーンは油断していない。
 慢心も驕りもなく、壁として狭間達の『明日』への道を塞いでいる。

「当初の契約通りにはならなかったが……結果は同じ事だ」

 狭間が首輪を外す、互いに協力して主催を倒す、そのどれもが実現せずに終わったが、行き着く先は同じ。
 即ち、生存する全ての参加者によるシャドームーンとの決着。
 誰一人逃げる事なくシャドームーンと戦い、雌雄を決する。

 狭間とシャドームーンの応酬を聞いていた管理者V.V.は鷹揚に頷く。
 全員の覚悟は既に決まり、V.V.もそれに口を挟む気はないらしい。

「選択は変わらないようだね。
 ならば心ゆくまで戦えばいい。
 僕はこの場所で、『多ジャンルバトルロワイアル』の終わりを見届けよう」

 V.V.が言い終えた瞬間水底が、来た時と同じ赤い光を放つ。
 Cの世界と外とを繋ぐ黄昏の扉。
 目映さに目を閉じ、再び開いた時、六人は共に元の白い空間に立っていた。


 突然変わった視界に追い付かず、つかさはきょろきょろと周囲を見回す。
 正面に立つシャドームーン。
 迎え撃つのは狭間、北岡、翠星石。
 狭間達の後ろで行く末を見守るつかさ、上田。
 構図は元のまま、上田が追加されただけ。
 髪も服も濡れていない。
 今見たものは全て夢だったのではないかと錯覚しそうになる。
 しかしつかさの中には確かに、死亡した参加者達の記憶が残されていた。

「私を倒す、か……愚かだな。
 少しばかり力を付けた程度で、この創世王を相手に勝ち目があると思うとは」

 数の有利はある。
 狭間も、翠星石も、北岡も、力を得た。
 シャドームーンはサタンサーベルを失い、身を護る装甲に無数の傷を負っている。
 死の際まで追い詰めた事もある。
 だがこれだけ重ねてもなお、勝てる確証はどこにもなかった。
 それだけの相手だ。
 シャドームーンが北岡達を愚かと称するのも、無理からぬ事なのかも知れない。

 しかしつかさは、胸に湧き上がる感情を抑え切れなかった。


「勝ち目がないのに戦ったら、いけないんですか」


 制止しようとする仲間の手を振り切って、つかさはシャドームーンの前へと歩を進めた。
 誰かの背に守られる事なく、直接シャドームーンと向かい合う。


「私の尊敬する人達の中に……『勝ち目があるから』なんて理由で戦ってた人は、いません。
 皆、そんなものがなくたって、自分の大切なものの為に戦ってたんです」


 つかさの声は恐怖ではなく、怒りで震えていた。
 一度、己を卑下する北岡に対して声を荒げた事はある。
 しかしこれ程の怒りを覚えるのは初めてだった。


「あの人達は……家族とか、友達とか、仲間とか。
 夢とか、願いとか、そういうものの為に戦っていた人達は。
 貴方にとって、『愚か』なんですか」


 守られる側にいたつかさがずっと見ていた背中。
 無意識の海で流れ込んできた記憶。
 彼らがその手に握り締めていた意志を、願いを、つかさはしっかりと受け止めていた。
 だから不遜な王の物言いを、聞き流す事が出来なかった。
 この王を倒さなければ自在法が発動する、その最悪の未来がつかさを更に駆り立てる。


「その通りだ小娘……ゴルゴムの王たるこの私に刃向かう、それ自体が愚かだ。
 友や仲間など、群れなければ何も出来ない弱い人間共が求めるものだ。
 夢や願いなど、人間の醜い欲望に他ならない。
 だから人間は、愚かなのだ」


 静かに語るシャドームーン。
 シャドームーンとて、ただ人間を見下しているわけではないのだろう。
 殺し合いの中で幾度も人間と衝突し、命を脅かされた事すらあるのだ。
 狭間との交渉で見せたような高い知性を持つシャドームーンが、その人間達をただの塵芥程度の認識で終わらせているはずがない。
 それでもなお、シャドームーンと人間の間には深い断絶がある。
 シャドームーンが元人間であろうと、決して対等にはなり得ない。
 例え彼らの願いを、叫びを、無意識の海を通して全てを共有しても、シャドームーンには届かないのだ。


「あの人達は」


 つかさとて、分かっている。
 光太郎の記憶を垣間見た事でシャドームーンの過去も、今も、知っている。
 分かり合えないと理解している、それでもここで黙るわけにはいかなかった。


「あの人達は、弱くなんかないです。
 醜くなんてない、愚かでもない……ここにいる北岡さん達だって!!」


 蒼嶋駿朔を、ヴァンを、千草貴子とC.C.は『英雄』と呼んだ。
 英雄の条件が、C.C.の感じた通り「他者がその者を英雄と認める事」であるならば――つかさの周囲に居た者達は、英雄だ。
 つかさが彼らを英雄だと思えば、彼らは英雄なのだ。

 つかさはそんな彼らの戦っている背を見ている事しか出来なかった。
 しかしずっと見ていたからこそ、誰よりも知っている。
 死せる英雄達の戦いを。
 彼らが強かった事を、美しかった事を、正しかった事を。
 無意識の海でより強固にした彼らへの羨望を、感謝を、尊敬を、強大な敵に向かって叩き付ける。



「私の大好きな人達を……悪くなんて言わせない、いなかった事になんてさせないッ!!!!」



 息を切らし、肩を上下させ、精一杯の思いを乗せてシャドームーンを睨む。
 しかしつかさの必死の思いを、シャドームーンは一笑に付した。

「吠えたな小娘。
 だがそれでどうすると言うのだ」

 つかさは言葉を詰まらせる。
 シャドームーンの言う通り、どんなに思いを募らせてもつかさは無力なのだ。
 対するシャドームーンは傷付いてなお健在。
 弱った素振りすらなく、堂々と立つ絶対の王者。

「脆弱な人間が、この創世王に何が出来る?
 させないと言うのなら――」
「俺達が黙らせるだけだよ」

 シャドームーンの声を遮り、北岡がつかさの前に出る。
 そして狭間が、翠星石が、それに続いてつかさを下がらせた。

「ありがとうね、つかさちゃん。
 俺達の分まで言ってくれたお陰でせいせいしたよ」
「気持ちは僕達も同じだ、柊。
 これ以上言わせておくつもりはない……まして、皆の存在を消させるつもりもない」
「銀色おばけ相手にあれだけ啖呵を切れれば大したもんですぅ。
 後はこっちに任せておけですよ」

 遠くからは「流石だつかさちゃん、私の言おうとしていた事を良く代弁してくれた!」という上田の激励が聞こえてくる。
 仲間の気遣いに、涙が出そうになる。
 結局仲間を頼る事しか出来ない自分が悔しかった。
 けれど、彼らになら任せられる。
 つかさは微笑み掛けてくれる三人に向かって頷き、素直に戦線から下がった。

「契約の時に言ったな、シャドームーン。
 僕は、お前を許さない」

 狭間がシャドームーンに向けるのは、一切の優しさを消し去った冷静な声。
 周囲は空気は質量を持ったように重く、つかさが話していた時とは桁違いの緊張が辺り一帯を包む。


「皆で元の世界に帰る為にも、自在法を発動させない為にも、人間として……僕らはお前を倒す」


 改めて狭間偉出夫が宣戦布告する。
 そして――



「いいだろう、掛かって来い――我が敵達よ」



 魔王はそれを、受けて立つ。



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173:叶えたい願い-北岡秀一 シャドームーン 175:終幕――月は出ているか?
翠星石
柊つかさ
北岡秀一
171:真・魔神転生if... 狭間偉出夫
172:C'MON STRANGE POWER 上田次郎



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