というわけで唯依姫ことユリアと上総ことハンノニアの絡みである。もう百合の花が咲き乱れまくり。ちゅうか、もう湿っぽいのなんの。でもそういう時にはもっさんことキュエリエの高笑いである。本当に彼女の「あっはっはっは!」で全部吹き飛ばせるのだから、便利である。
「お久しぶり、ユリア」
「ハンノニアか、久しいな。元気そうでなによりだ」
機甲科総監部に併設されている機甲学校の廊下で、ユリア・グラミネア騎士長は背中から声をかけられて振り向き、視線の先に旧知の顔を見てそごうを崩した。
濡羽色の髪の毛を眉の上と腰のあたりで綺麗に切りそろえた清楚な美しさを漂わせている彼女は、グラミネア騎士長の「内戦」以来の親友のハンノニア・ブリタニクス・ハイストリシアであった。機甲科の軍服の襟に騎士長の階級章をつけ、胸元には上級武功章の徽章を下げている。
「噂には聞いていたけれども、貴女、本当に501に配属になっていたのね。おめでとう。ふふ、本当に置いてゆかれたようで悔しいわ」
「からかうな。そういう貴様は今どこだ?」
上品そうに微笑んだハンノニアの言葉に、ユリアは軽くほほを染めて視線を外した。そんな親友の姿を楽しそうに見つめていた彼女は、すっと近づいて両手を相手の首に回した。
「な、何をする!? ここは……」
「判っているわよ。今は第511剽機甲兵大隊の第2中隊長よ。しばらくは新機の慣熟訓練のためにここにお世話になるわ」
軽く親友の唇に触れるだけの口付けをしてから、するりと回した腕を解いて一歩下がる。そんなハンノニアの仕草にユリアは、首筋まで真っ赤になって身を固まらせてしまっていた。そんな彼女の姿に満足気に目を細めて、ブリタニクス・ハイストリシア騎士長はちろりと舌で唇をなめて怪しい微笑みを浮かべた。
「新機、大隊長が褒めていたわよ。あの手酷く機体を扱う人が評価するのだから、よほど頑丈な作りなのね。開発、貴女が担当したのでしょう? 嬉しいわ、貴女からの贈り物のようで」
「からかうな。……それに、実際に乗ってからにしてくれ、そういうのは」
「そうね。自分で確認もしていないのにあれこれ言うものではなかったわね。ごめんなさい」
「いや、そういうつもりで言ったわけではないんだ」
「では、どういうつもり?」
その様に問い詰められては、答えに窮するというものである。困った様子でわずかにうつむいたユリアの首筋を、そっとなでたハンノニアは、再度顔を近づけて親友の耳元に息を吹きかけるようにしてささやいた。
「期待しているわ。新機にも、貴女にも」
そして、ユリアが顔を上げて何か言う前に、ハンノニアは一歩身を引くと長靴の踵を鳴らして鮮やかな敬礼をし、その身をひるがえして去っていった。
一人廊下に残されたユリアは、呆然と翻弄されるがままであった自身にわずかに心に痛みを感じて、その場に立ちつくしていた。
次の日から始まった第511剽機甲兵大隊の慣熟訓練にユリアも同行し、各級指揮官や騎士達に適宜助言を行った。騎士達は皆よく訓練されていて、そして意欲にあふれていた。状況に応じて剽騎兵を支援し、もしくは剽騎兵の支援を受けて、極めて積極的に運用される「緑の五」や「白の五」の特性をよく把握し、それぞれが自在に演習地を駆け回った。
「とにかく良く走らせられる機体ね、この「緑の五」は。軟質地でも擱坐しない機装甲なんて、「黒の二」以来ではないかしら」
中隊単位での躍進行動を訓練し終えて小休止に入った第2中隊から、ハイストリシア騎士長が汗ばんだ肌をほてらせてグラミネア騎士長の元にやってきた。その表情はかなり満足しているのが傍目に見ても明らかで、その事にユリアは深い充足感を感じていた。
「これ。汗を拭いて」
「ありがたく使わさせていただくわ」
ユリアから差し出されたタオルで顔や首筋の汗をぬぐったハンノニアは、晴れ晴れとした笑顔で言葉を続けた。
「指揮官としては本当に嬉しいわ。機動経路の選定が随分と楽になるもの。身のこなしも、素早さも、臂力も申し分なし」
「そうか。高く評価してもらえて嬉しい。それで、実際に部隊として運用する際に気になる点はあったかな?」
「やはり稼働率ね。こればかりは段列の慣熟も考慮しなくてはならないから、今の時点ではなんとも言えないわ」
汗を吸ったタオルを手にして、少しの間真剣に思考を巡らせたハンノニアの言葉に、ユリアも深く首肯した。
「緑の五」と「白の五」は、部隊前衛に配置されて敵の抵抗を排除しつつ騎兵と共に行動するための機装甲である。そのために従来の量産を前提とした機装甲としては、贅沢といって過言ではないほど高級な鋼材や魔道金属を多用している。それこそ他国であるならば、諸侯が搭乗するような高級機と比肩されるような機体と言ってもよい。当然のことながら調達価格も交換部品もそれ相応に高価であり、戦時に消耗品として扱われる機装甲としてはその点が気遣われるところではあった。
「一応、小隊定数5機で稼動3機を前提としている。中隊で「緑の五」10機だ。これに「白の五」3機が支援につく」
「小隊ごとに分割運用で、その稼動数を維持できる?」
「511の編成では、その分段列を厚くしてあるが。やはり心配か?」
「ええ。内戦では「青の三」ですら長期運用で稼動率が四割切ったのよ。中隊の稼動機数が6機を下回ったりしたら、目も当てられないわ」
ブリタニクス・ハイストリシア騎士長の言葉に唇に右手の指を当てて考え込んだグラミネア騎士長は、しばらくしてから顔を上げた。
「判った。開発段階では一ヶ月連続運用試験で稼働率五割を維持したが、511での運用結果によって改修点を考えよう。運用報告の方はこまめに出して欲しい」
「了解よ。大隊としての稼働数の目標は、小隊3機、大隊26機を目指すよう、大隊長に話をしておくわ。貴女の方からも大隊長と話をしてみて」
「了解した」
互いに真面目な顔でうなずきあうと、二人はわずかにそごうを崩した。
「……ハンノニアが負傷して後送されてから、ずっと気になっていた。探したが、皆異動してしまって伝もなくなってしまった。よかった、無事でいてくれて」
「ふふ。嬉しいわね、そう言ってもらえると」
「ハンノニアは、私の事を探してはくれなかったのか?」
少しすねた表情でそうハイストリシアの事をにらんだグラミネアを見て、彼女は悪戯めいた表情を浮かべてみせた。
「私が前線に戻ったのは、もうトゥール・レギス攻囲戦の終盤の頃よ。その時には貴女は黒騎士で、随分と活躍していたのでしょう? 噂には聞いていたわよ」
「そういう事じゃない」
「あら? では、どういう事なのかしら?」
「それは……」
わずかに言いよどんだユリアの首に、自分の汗をぬぐったタオルを巻きつけ、ハンノニアは艶然と微笑んだ。
「私の匂い、久しぶりでしょう? 今晩「光る猫目」亭で待っているわ」
自分は、こんなにも酒に弱かったのだろうか、そうユリアはぐらつく視界の中でまとまらない思考の中に漂っていた。
ハンノニアは、「光る猫目」亭の二階の個室で親友を待っていて、そして酒と料理を用意して彼女を待っていた。二人は、久しぶりの再会を祝して存分に飲み、食い、語り明かした、はずであった。そして気がついてみれば、ユリアはふらつく視界の中、寝台の上で横になって天井をながめている。
「あら、お酒に弱いのね、ユリアは」
「そんな、はずは、ないはず」
「随分とお堅い言葉遣いになっていて寂しかったのよ。でも、今の舌足らずなしゃべり方は悪くはないわ」
そっとユリアの茶色の髪を指ですき、ほほを撫でるハンノニアの指先が冷たい。
そしてその指先が、ユリアの服の釦を外し柔肌をあらわにし、産毛をはじくようにそっと撫でてくる。
「うらやましいわ。昔通りの綺麗な肌で。……ねえ、私の他に何人くらいと寝たの?」
「……おぼえて、ない」
「嘘」
「!?」
胸帯の上からユリアの二つの双球をわしづかみにし、力任せにこねくりまわすハンノニアの口が、三日月状にゆがめられている。その黒い瞳はしっとりと欲情に潤んでいて、ちろちろと舌先が唇をなめていた。
「やめて、いたい……」
「痛くしているのよ。こんなにいやらしい肢体になって。ふふ、判る? 嫉妬しているのよ、私。ねえ、私の知らない間にどれだけの手がこの胸を揉みしだいたのか。想像するだけで、おかしくなってしまいそう」
「おねがい、だから」
「嫌よ。これから貴女を泣かすわ。私が貴女を想って流した涙と同じだけ、鳴いて頂戴」
ぞくりと背筋に毛が逆立つような声色でそう宣言され、ユリアは顔を目をつむってそむけた。
「酷いわね。昔はあんなに素直だったのに」
「こわいわ、ハンノニア」
「……良かった。男に抱かれたわけではないのね。嬉しいわ。……そうよ、貴女が男に抱かれるなんて、絶対に耐えられない」
ユリアの下穿きの中に手を入れたハンノニアは、さして濡れてもいないそこに指を差し入れ中をまさぐった。その痛みに彼女はわずかに涙ぐみ、歯を食いしばった。
「あぁ、私が古人であったならば、貴女を虜にして離しなんてしなかったのに。でもいいの。今貴女は私だけのものなのだから」
「ねえ、なんでこんな、ひどいことするの?」
「……本当に判らないの?」
「ハンノニアは、わたしのことがすき、なのでしょう?」
「それだけではないわ。……言ったでしょう? 私は、貴女に嫉妬しているの」
その言葉にユリアは、ぼやけていた視界がはっきりしてくるのを感じた。ハンノニアが自分に嫉妬している。それは想像もしていなかった答えであった。
「私が負傷療養している間に、貴女はずっと先に進んでいってしまっていたわ。私が騎士長に昇進して中隊長になったのは、ほんの去年のことよ。でも貴女は、黒騎士として名をはせていて、あげく新機装甲の開発に参加していて。聞いたわよ、魔導の相に覚醒していたのですって? どこまで人を置いてゆけば気が済むの? 私は、せめて貴女の隣に居たいだけなのに」
ユリアの胸帯と下穿きの中でうごめくハンノニアの手の平が、無理矢理彼女の感覚を開いてゆく。
だがユリアは、その感覚に抗うようにぼやけそうになる意識をつかんで手繰り寄せ、身体の感覚を取り戻す。
「私だって、ハンノニアの傍にいたかった。ううん、ハンノニアだけじゃない。皆と一緒に居たかった。でも、私の力が足りなかったから、皆を死なせてしまった。だから、だから、私は強くなろうとした!」
「……なんて、傲慢。その増長、罰せずにはいられないわ」
「!?」
双丘の先端が強くひねられ、中で指がコの字に曲げられ、その痛みにユリアは声を漏らし、一筋涙がほほをつたってこぼれた。同時に、彼女の両手がハンノニアのほほを挟んで引き寄せ、その唇を無理矢理奪う。
互いに互いを蹂躙し合い、苦痛と快楽がせめぎ合う中、最初に力が抜けたのはハンノニアの方であった。
「お願い、置いてゆかないで……」
「判っている。私もハンノニアの事が好きだから」
「本当に?」
「本当に」
身体を入れ替え、ハンノニアの上にかぶさったユリアを潤んだ瞳で見つめる彼女は、泣きそうな表情と声でささやいた。
「いい声で鳴かせて頂戴」
ぐったりと四肢を寝台の上に投げ出しているユリアの胸を揉みながら、ハンノニアは満足気な表情で両足を想い人に絡めている。
「ふふ、やっぱり貴女の肌が一番馴染むわ。ねえ、本当に恋人はいないの?」
「言ったろう? 彼は別の女を選んだんだ。気が強いくせに、寂しがり屋で、甘えたがりな彼女の方を」
気だるげにそう答えたユリアの言葉に、ハンノニアは満足気な溜息をこぼし、彼女の肢体を抱きしめた。
「馬鹿な男ね。貴女みたいに可愛らしくて、いやらしい肢体をした女を選ばないなんて。男なんて、本当に馬鹿ばかり」
「……何があったの?」
「……大したことではないわ。だから聞かないで」
「そう……」
ハンノニアが自分を抱きしめる腕の力が強まって、それ以上はユリアは何も言えなくなってしまった。軍人として奉職してから二人とも十年近くになる。二人ともその大半を別々に過ごしてきたのだ。互いに口にできない事も少なくはなかろう。だから彼女は、それ以上は何も聞かず、ただ相手を抱きしめるだけにした。
「相変わらず優しいわね、ユリアは。それに貴女も大馬鹿者よ。こんな駄目な女に引っかかって」
「慰めて欲しいなら、そう言えばいいのに。絶対に素直にならないな、貴様も」
「察して欲しいのよ」
「甘えたがりの癖に、意地をはるから」
その言葉への答えの代わりに、ハンノニアはユリアの首筋を強く吸った。
次の日、睡眠不足でふらつく頭のまま駐屯地に戻った二人は、それでも帝國軍人に相応しき態度をもって勤務についた。部隊内での恋愛が黙認されるのは、あくまで勤務に支障が無い限りであって、そうでないならば厳正に対処するのが帝國軍である。二人とも古兵らしく、その辺りの要領は決して悪くは無かった。
「二人ともお盛んな事でなによりだ」
だが、兵隊としての年季ならば、二人よりもはるかに上のキュエリエ大隊長の目を誤魔化すことはできなかった。わずかに左目を細めた彼女に、グラミネア騎士長も、ブリタニクス・ハイストリシア騎士長も、思わず背筋を伸ばして次の言葉を待った。
そんな二人の態度を見て、やれやれと溜息をついたキュエリエ騎士隊長は、両手を腰に当てて言葉を続けた。
「勤務に支障は無いようだから叱りはせんぞ。だが、部下に気がつかれるなよ? 美人の上官二人が乳繰り合っているなどと知られたら、男共のやる気が胡散霧消しかねん」
「「はい、大隊長殿」」
ほとんど棒読みに近い二人の返事に、キュエリエ大隊長は、ふっと笑って付け加えた。
「さてハイストリシア中隊長、これは個人的な興味故の質問だから答えなくても構わない。……グラミネア騎士長の乳を育てたのは貴様か?」
底意地悪い笑みを浮かべてそう訪ねてきた上官に、思わず息を止めて脂汗をたらしたブリタニクス・ハイストリシア騎士長は、何も言葉を発することができず一度だけ肯いた。
「そうかそうか。うむ、貴様は良い仕事をしたな!」
あっはっはっは、と高らかに笑うキュエリエ騎士隊長の姿に、ブリタニクス・ハイストリシア騎士長は、軋み音が聞こえてきそうな様子で顔をグラミネア騎士長に向けると、光を失った瞳で彼女を見つめた。その視線が痛くて、ユリアはまっすぐ前を見たまま直立不動の姿勢を保ち続ける。
「そう恨めし気な目で見てやるな。それで、言いたい事があるならば聞くぞ?」
「……嘘吐き」
「だ、そうだ。弁解するなら今のうちだぞ? グラミネア騎士長」
「はい、いいえ。小官はいかなる責めであれ、それを甘受する覚悟でおります」
「だ、そうだ。良かったな、責任感旺盛な相手で。だが、しばらくそれを許すわけにはゆかん。大隊の戦力化が急がれているのは判っているな? そのつもりで気を引き締めてゆけ。大隊長からは以上だ。戻ってよし」
右手の拳を左胸に当てて敬礼した二人は、答礼後またも高笑いをしているキュエリエ大隊長の声を背中に聞きつつ勤務に戻った。
最終更新:2012年12月17日 23:25