ルキアニスのPTSD メモ

はじめに
 といとぶるぐ心中を二人とも死ぬエンドで締めくくったのですが、
 書き手たるわたし自身が、書く事そのものの面白さを思い出してしまいました。やけぼっくいに火というやつです。
 このため、自主二次創作に突入し、二人の主人公が死ななかった話を書き始めました。
 これは、そのもっとも初期のものの一つです。
 ルキアニスをどうやって、日常に引き戻すか、苦労していたころのものです。

 結局、様々な意味で書きあぐねて、この頃書いたものは自分としても「やってみた」以上のものにはなりませんでした。

 転機となったのは秋祭りクロスオーバーで、あの場でキャラクターとしてのルキアニスは、ようやくトイトブルグから帰ってくることが出来たようです。
 わいるどうぃりぃさんに心からの感謝を捧げます。
 ありがとう。

 「起きていたのだけれど、作者の技量不足で描けなかったもの」が存在しているのは非常に辛いのですが、
 話の展開が著しい今、時系列の一部としてお見せせねばならないでしょう。

 余談ですが、秋祭りクロスオーバーの最末期にひどく苦心したのは、この「存在していたけれど、技量不足から作品として取りまとめられなかった」部分と大きな関わりを持っていたからです。

 ここで描かれているルキアニスは、至らぬけれどそれなりのアイデンティティを抱く存在です。
 後にわたし自身が描いているルキアニスは、このときの彼女よりかなり幼くなっています。余談ですが、アレクシアもめっきり気弱にしてあります。
 それはキャラクター設定のところに描いたような、人格水準を低下させて、記憶感作を緩める療法措置が、この小編の中で成されたからです。
 だから、この小編の最後のところでは、後に描かれたような幼くなってしまったルキアニスになっています。
 今、このメモを読むと、ルキアニスに違和感を感じるくらいです。言葉遣いも違います。男性としてのペルソナを、マルクス・ケイロニウス相手にも着けていたことがわかります。
 マルクス・ケイロニウスにしても、ルキに対して情愛は抱いているけれど、性愛の対象とすることを、ためらっています。

 このイメージをぶちやぶったのが、シャルロッテとの逢瀬でした。
 秋祭りのインパクトは非常に大きかった、何より書き手たるわたしに対して大きかった。何度お礼を言っても言い足りないくらいです。
 秋祭りの後、マルクス・ケイロニウスは、ルキアニスを性愛の対象とするようになりました。
 一方、人格水準の低下しているルキアニスは、性衝動に振り回されています。でも、マルクス・ケイロニウスに対して情愛を抱いているのに、男性としての彼は欲しくないのです。

 初期にイメージしていた「男性でもある」トランスセクシャルさが、世界との関わりを深めることで、そこから脱した別の側面を見せつつあります。

 世界との関わりを深めたことが、今の状況をもたらしていると、わたしは考えています。
 書き手たるわたしにあった、シェアワールド記述へのためらいが、フルクロスオーバーと、シル子連隊長を経て、ほとんど拭い去られた、とも言えます。
 ルキとマル子とアレクシアの話だったのが、断章:闇の肖像のフルクロスオーバーを経て、シェアワールドの一部としての面を強めました。さらにトイトブルグの戦いを、シェアワールド正史に組み込んでいただくことにすらなりました。
 大変ありがたくまた(後期ルキのように)オロオロしてしまうような、わたしにとっては「ちょっと大それたことになってしまった><」と感じられていました。
 とてもとてもありがたくうれしいことで、感謝してもし足りないのです。
 そしてそれを示すには、迷いながらも書き続け、シェアワールドに良い方向のポテンシャルエネルギーを注ぐしかありません。
 それは同時に、わたしのSSにリコイルを与え、そのリコイルを受けて、ルキアニスは帝國の中の駒としての性格も帯びてゆきました。

 今なら、登場してきた療師の女性は八相のひとつの使い手として描写されるかもしれません。

 今、描かれているルキアニスは、今後の展開次第では、シル子とも、シャル子とも対決する能力を獲得しえます。
 それまでは、帝國の一騎士にすぎませんでした。

 将来、彼女らと対決に至ったときは、ルキは逃げるようなことはしないでしょう。

 それはつまり、書き手たるわたしにはもう、逃げ場がないってことですw
 暴走しすぎだと思っていたサジタリアスの裏設定を小編に整えなおして示し、またそのスピンオフたる手慰みまで出してしまったのですからwww

端書には少々長すぎました。
以降、描こうと思って描ききれなかったもののメモです。
作品としてのまとまりは成していません。
よろしくご承知ください。

トリップは反映されません。
トリキーが表示されてしまいます。
ご注意を。
  • トリップ反映テスト -- #toritest (2009-03-27 17:21:08)
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 闇のなかを喘ぎながら、泳ぐように走っていた。はだしの足が地を突くたびに、粘る泥が跳ね、何かが足の下で踏み潰されて砕ける。
 転んで転がって、手を突いて跳ね起きてまた走った。星のない夜空に雷鳴のような何かが響いている。
 そして稲妻がひらめく。またたく青緑の光の中に、地の風景が広がった。
 影引く無数の姿と躯。天を仰いだまま倒れたもの、地に突っ伏して果てたもの、それらの躯の山で、ルキアニスは立ち尽くした。
「!」
 跳ねるように身を起こして、また体を内側から苛む痛みに、再び倒れこんだ。
 動けなかった。寒くてたまらなかった。震えながらも、体中からじっとりと噴出す汗に濡れていた。
 息ができない。苦しくて、苦しくて胸が震えるような浅くて急な息をした。そのたびに背中か左胸の下までが引きつるように痛んだ。
 震えて濡れた身を抱えて、何を思うことも出来ず、動かない闇を見つめて、そうしているだけだった。
 今が夢の中なのか、目覚めて闇の中にいるのか、それさえもはっきりわからなかった。
 死ななかったのは運が良かったと言われた。そしてその命を永らえるために、帝国は力を尽くしたのだといわれた。
 それでも、死んだほうが良かった。
 このまま己も何もかもが消えてしまえば良いのに。
 たまらない。何が堪らないのか、己にも判らないのに、たまらなく辛い。意味もなく涙が溢れて、意味も無く息が苦しい。
 飛び起きるその瞬間は、起きると言うより、堕ちるようだった。己の力で跳ねて起きると言うより、起きていた形から倒れるときのように、抗うことも出来ぬまま、引きずり起こされるようだった。
 闇から引きずり出されて、また闇の中に身を起こして、そしてそのまま何をすることもできない。息苦しくて、なのに息をするとそのたびに、体の中が軋む。まるで内側から、ずきずきと痛みながらそれ自体が触手を伸ばして食い破ってゆくよう。
 心の中も。
「ルキアニス」
 甘い響きの声に、ルキアニスははっとして顔を向けた。
 闇の中でも白い服と長い裾はすぐにわかった。彼女の足音が近づいてくる。ルキアニスはのろのろと身を起こした。
 白い裾の長い服が見える。それから体の前に組んだ指と、長い袖が。
 華奢な肩と細い首、それから 顔。童顔に見えるのに、黒目がちなその瞳には、見極めるために見つめるような、冷ややかさがある。



 女僧を思わせるのは、頭にかむる帽子が良く似ているから。

「こっちをご覧になって。さ、これをお持ちください」
 なのに彼女は、器を携えたまま、寝台にひざをついて、寝台に膝をついてルキアニスに寄ってくる。
「さ、おのみなさい」

 差し渡されるまま、器を手にして、手にした器の底を支えられて、押されるままに口をつけ、そのまま飲む。
 息をついたところで、器を取り除け、彼女はさらに一歩近づいて、ルキアニスの背に手を置く。

 軽くひんやり。
 彼女に触れられると、ほんの少しひんやりとして、いる。
 でも、次に寄せてくる彼女の体はあったかい。

 そのまま彼女は動かなかった。彼女の暖かさが、ルキアニスの背に染み込むのを待つように。ひょっとしたら、何かを探っているのかもしれない、と思った。
「……」
 彼女は何かを呟くようだった。
「……」
 ずっと昔に、憶えていないほど昔に、誰かの背中で聞いたような、そんなふうにつむぎ出される言葉。
「…何の、歌?」 
「存じません」
 彼女の声には、それでもかすかな安堵の響きがあった。
「いつか聞いた、子守唄のような歌です。ひょっとしたら魔族の歌かもしれません」
 ルキアニスの背に触れて、背をしずかにさする。
「力を抜いて。息を吸い込んで」
「……」
「さあ、なさって」
 痛みを思っておびえたけれど、背に手を置かれたまま、そっとそれを行うと感じなかったわけ。
「そう、そんな風に。今度は目を閉じて。わたくしがそばにおりますから」
 彼女は冷たい指先で、ルキアニスのまなこを闇へと覆う。ともに背に手をあてて言う。
「さあ、横になられて。もう一度、息を吸い込みましょう。今度はゆっくり吐き出してくださいまし。すーっと」
 彼女は、声に出して導く。ゆっくり、ゆっくり。ゆっくり、と。
「こんな風におなかに手をお乗せください。息を感じて、吸い込んで」
 囁く声は寄り添って、促す。
 繰り返し繰り返しそうしているうちに、いつの間にか眠りにつく。
 眠っていたことに気づかないくらい。
 ふつっと何かがつながって、瞬きをし始めた時に、やっと己が眠っていたのだと遅れて気づくように。



「よくお休みでしたわ」
 寝台の隣には、彼女が椅子に腰掛けていた。
「ずっといたの?」
「時折、夜の番もいたしますのよ?様子を伺ったら、ちょうどお目覚めでした」
「そうなんだ」
 本当かどうかはよく判らない。彼女は静かにルキアニスを見つめていたけれど、その瞳からは何も読み取れない。
「これからずっと、夜伽のお世話させていただいてもよろしいのですよ?」
「…夜伽って」
 苦笑いのルキアニス
「あら?興味ございません?いにしえ人の方は、お好き、だと伺ってまいりましたのに」
「……そんな、人を馬みたいに言わないでください」
 彼女はくすくすわらう。
「そんな、お馬さんなんて」
 つられて、笑うルキアニス。
「一つ、御願いを聞いていただきたいのですが」
「お薬を使わせて欲しいのです」
「…薬?」
「はい。黒蓮の粉です」
「それって…」
「あまりお勧めはしていません。でも、ルキアニス・アモニス。良く眠れないご様子ですから」
「……昨日も?」
「昨夜は、ただのお水でしたわ。人の心と体とには不思議なつながりがあって、ゆっくり息を吸い込んだり、何かを飲み込んだり食べたりするときには、すこし安らぐのです」
「……べつに、いいよ」
「わたくしは、少し困ります」
「……」
「療師として、仕事が成らぬのは、困ります。わたくしが何のためにここにあるのか、誰にも証しを立てられません」
「……」
「すこし嫌な言い方ですけれど、わたくしために、御願いに応えていただけませんか?」
「うん…」
「そうしていただけると、わたくしもうれしいです。痛みもずいぶんととれますし」
「うん」
 彼女を見もせず、俯いたまま、ルキアニスは求められるまま応えた。



 彼女はいつやってきたのだろう。今では良く思い出せなかった。
 初めて目を覚ましたときには、ここがどこであるかどころか、己が何者であるのかさえほとんど抜け落ちていた。横たわったまま、何もしないまま何も起きないまま、ただ刻が流れていた。
 療師や護師が様々な世話を焼いてくれた。ぼんやりしていたその時のまま、死んでしまえばよかったと思う。
 その煮崩れたような刻はすぐに終わってしまい、黒の軍装をつけた軍人たちが訪れてきた。同じ軍人であるはずなのに、その姿は恐ろしかった。
 彼らは、まだ寝台から身を起こすこともできないうちから、何が起きたのかを聞き取ろうとした。日付をおって、この日にはどうしていたのか、何を聞いたのか、と。
 問われるままに思い起こそうとして、やがて、ルキアニスは夢を見るようになった。
 雷鳴のひらめく音の無い闇の中に、数え切れない影の塊がある。それは貫かれ、切り伏せられた、戦友たちの姿だった。聞きたかったけれど聞けないこともあった。アレクシアがどうなったのか、誰も教えてくれなかった。
 目覚めていても、問いかけられるとそれが見えるようになった。見えると心の臓を握り締められたようになって、息もできず、応じることも出来ぬようになっていった。
 問いかけの軍人たちは、簡単な問いにも答えられなくなっていったルキアニスを見捨てたのだろう。調べは終わったので、今後は療養に尽くして欲しいと言い残していった。、
 そして、彼女がやってきた。
「古人の方を受け持つ初めてです」
 ガイウシア・ウィブリウシア・
 は、静かにルキアニスを見つめて、彼女はそういった。
 訳はないけれど、その瞳に見つめられると、責めを受けているような気がした。
 彼女の最初の療法は、ルキアニスを横たわらせて、触れて調べることだった。彼女は指先を温めるように息を吹きかけて、触れる。ひんやりと感じる。
 ルキアニスが己ですら見たことの無い、傷跡や、その周りの様子を慎重に確かめ、うつ伏せにさせてさらに調べる。
 少しくひんやりとした指の感触が続くうち、少しだけほぐれてくる。
「お楽になられました?もうすこし、楽になるようにして差し上げられます」
 触れながら、魔法の感触。温かみが染み入る。そうしてどれくらいぶりなのか、うとうとと眠りについたことを思い出した。
 そんな療法が、彼女のやり方だと思っていた。



 部屋の扉が叩かれて、それから少しためらうように押し開かれた。
「よお」
 言って黒髪の姿が、そっと中を覗きこむ。
 彼は、照れたように、それよりももっと安堵したように笑った。 
 ベッドサイドにやってくる。 
「…マルクス・ケイロニウス。久しぶり」
 横になったまま、ルキアニスは笑って見せられた。
「卒業以来だっけ?」
「……うん、まあ、お前にとってはそうかもしれないな」
 思い出すまでにすこし時が要った。
「……マルクスは第六連隊だっけ」
「いたのだっけ、じゃなくて先遣にいた」
「それじゃ、マルクス・ケイロニウスに助けられたのといっしょか」
「いっしょか、じゃなくて、サジタリアス・クァルトゥスの背中をこじ開けたときにそこにいた」
「……そうなんだ」
「そうだった」
 そういわれても、自分では何一つ覚えがない。
「……なんというか、ありがとう」
 彼は少し困ったような顔をしながら、脇の椅子にどすんと座った。長い足をもてあまし気味に組んで、手にしていた籠を、寝台脇の棚に置いた。
「だいじょうぶか?」
「……うん」
 肩をすくめようとして、ルキアニスは唸った。いつもの、ところが痛む。どこに居ても、何をしても逃れられない。
 マルクスは困ったように、頭の後ろに手を組んで、天井を見上げたりした。
「困りごとは無いか?」
「無い。退役になった後、どうしようかとは思うけど」
「退役にはならない。お前は新編の第十三連隊に隊附騎士として配属される」
「……そうなの?」
「予定はな。人が足りない」
「だからか……わざわざ知らせに来てくれたんだ」
 そこまで言われて、ふと気づいた。
「マルクス・ケイロニウス、第六連隊だって言ったよね?」
 腕を解いたマルクスは、ルキアニスを見て肩をすくめた。
「第十三連隊を新編するには、第十三軍団の被害が大きすぎた。第六連隊からも隊員を供出して、再編の核にする。俺もその一人だ」
「アレクシアは?」
 彼は笑った。諦めたような、自嘲するような吐息と共に。
「お前、本当にお姉ちゃん子だな」
「……なんだよそれ」
「シルヴェニシア・ノニウシアは帝都だ」
「そうなんだ……」
「そんな顔をするなよ。第十三軍団の幹部が壊滅したのだから、諸々のことはあの人が始末しなきゃ行けない。それにおれは…」
「……マルクスは?」
 問われても、なぜかマルクスは応えなかった。それから寝台の脇の棚から、己で持ってきた籠を取り上げた。それから入っていた葡萄の粒をむしりとると、二つ三つまとめて自分の口に放り込んだ。どことなくいらいらと、もぐもぐと。
「……食べてるし」
「見舞いは取りやめだ。頭にくる」
「なんだよ、それ」
「知るか、馬鹿」
「馬鹿とか言うな」
「あー、旨い旨い旨い!」
「いいよ、別に」
「こういうときには殊勝にたべさせてほしいな、くらい言えよ」
「いいよ。マルクスが食べればいい」
「いいから、こっち向いて、口あけろよ」
「なにそれ」
「じゃないとやらん」
「……」
「あ~ん、は?」
「……あーん」
 馬鹿なことをしている、と思いながら口を開いて見せた。
「…甘い」
「朝積みさせたやつだからな」
「……ありがとう」
「で、調子はどうなんだ?」
「どうなんだろうね」
「お前の体だろ」
「じゃあ、駄目だ」
「じゃあ、かよ」
「うん」
「でも良かった。生きてるんだぜ?」
「うん」
「ほら、口あけろよ」
「子供じゃないよ」
「怪我人だろ」
 だまって、一つ、また一つと葡萄を食べる。
「お前の父上様を呼び寄せようか?」
「いらない」
「心配しているはずだ」
「父さんが泣くのを見たくない」
「いいのか?本当に」
「良いんだ。誰にも会いたくない」
 本当はマルクスにも。
「わかった」といって立ち上がるマルクス
「また来る。次は何を食べたい?」
「いらない」
「じゃあ、俺の食べたいものを持ってくる」 おとなしく養生しろよ、と笑って手を振ってゆく。



「だめだ、そうじゃない」
 窓の向こうから微かに聞こえてきた声に、ルキアニスは飛び起きた。
 駄目だ、数が多すぎる、と聞こえた。
 誰でもいい会話の、なんでもない一言だったに違いない。一瞬、耳に入っただけで、そのあとに何が語られたのか、もう聞こえてこない。
 それでも、さっき 駄目だ、数が多すぎる、と聞こえた。それは夜の闇の中に押し寄せる敵の鑓の列と、突き倒されてゆく味方の機装甲の鉄の軋りを呼び起こしてくる。
 息苦しくて、身じろぎすれば傷が痛む。それが辛いわけじゃなかったけれど、


「帝都の学校にいらしたとうかがいました」
「うん」
「帝都の北のほうに行かれました?」
「いいや」
「わたくし、帝都の北にある、ミチシュチの生まれなのです」
「へえ」
「お生まれはどちらですの?」
「ガレアです」
「時々帰られるのですか?」
「帰っていないです」
「こちらでおいしいものって、なにがあります?」
「ふつうですね」
「何がお好きですか?わたくしはやっぱり海鮮のものが好きですの」
「イノシシ、かな」
「お酒はいただかれますの?ガレアといえば葡萄の産地でしょう?」
「飲みません」
「それじゃ…」
「うるさい!」
 なんで、そんなに強く言い出したのか、己でもわからなかった。わからなかったから、かえって後ろめたくて、ルキアニスは黙り込んだ。
「わたくし、おしゃべりしすぎてしまいますの」
「ごめん」
「お怒りになるのはわかります」
「……」
「お辛いですか?」
「……」
「お辛いことを、お認めになっても、おかしいことじゃありません」
「わからない」
「そうですよね、前とは違ってしまったことしかわかりませんものね」
「もう、いいよ…」
 うずくまって、黙り込んで、涙をこらえるのも億劫だった。



 いつものような闇の中で、軋る鉄音、折ってくる敵。
 雷光の中で振り返ると、押し寄せる波のように迫り来る敵。
 槍。



 で、マルクス。
「なあ、あの子は?」
「何だよ、マルクス、最初に聞くのがそれかよ」
「話のつかみだよ」
「ふうん」
「お前、俺が誰より愛しているのがお前だって、知らないのか?」
「きもいよ」
「…そうやって目を逸らして言うな。めちゃくちゃ傷つく」
 ちょっと笑ってしまうルキアニス
「ごめん」
「…妙に素直だな。何か悪いものでも食べたんじゃないのか?」
「だとしたら、こないだの葡萄だね」
「あ、お前ひどいことを言うな。じゃあ、今日は無し。俺が全部食う」
「良いよ、食べて」
「かわいくねー、せっかく採ってこさせたんだぜ?」
「そんなこと、しなくていいよ。採ってくる人も大変だろ」
「甘いなあ、甘い。俺が小遣い銭を出す、ガキどもやら、おばちゃんやらの懐がちょっと暖まる。誰も困らない」
「へえ」
「今日のは、おばちゃんのサービス込みだ」
「サービス?」
「酒」
「昼間から?」
「まあな」
「暇なの?」
「冗談じゃない。半年で前線任務に就けられるようにしろだ。それも2/3の定数を実戦体制にして、通常任務につけながら、残り1/3を練成するんだってさ」
「いそがしいのに」
「忙しいから息抜きに来ているんだよ」
「サボってるんじゃないの?」
「そうとも言う」
「駄目じゃん」
「結果としてお前の復帰が早まれば、全体として意味があるだろ」
「…そうかな」
「そうだよ。戻ってくれないとこっちが困る」
「退役しようと思っていたのに」
「冗談はやめろよ」
「けっこう、本気なんだ」
「本気か、困ったな」
「誰も困りはしないよ」
「困る」
 ルキアニスは軽く笑った。
「役に立たないよ」



「みんな、いなくなっちゃった。ぼくは今、ここにいるけれど、みんなは今でもあの丘にいる」
「……ああ、そうだな。…おい……」
「ごめん…でも、マルクスの前じゃないと泣けない」
「泣けよ。誰も笑わない」
「何にもできなかった。いないほうが良かった」
「そんなことはないさ」
「ぼくじゃなくて戦列を指揮できる騎士が生き残っていたほうが、絶対に役に立った」
「馬鹿を言うなよ」
「ダモニニス軍曹は死んだんだ……みんな、死んだんだ」
「……」
「ぼくの対応が遅かった。戦列が破綻するのはわかっていたんだから、早めに突っ込めばよかった」
「そうか」
「役立たずだった。」
「そんなことはないさ」
「……ちがう」
 言葉にならない
「なのに生き残った…」

「泣けよ」
 俯いて自分に閉じこもるルキアニスの肩に、手がかかる。はじめはためらうように、けれど抱き寄せてしっかりと。
「おれがいてやるからさ」



「愛されてますのね」
「きもいよ」
 くすくす笑う彼女
「いつもそうおっしゃってますの?おかわいそうに」
「だって。しょうがないじゃない」
「なぜ避けられますの?」
「避けてないよ」
「でも踏み込まれるのは嫌なのでしょう?」
「……そうおもう?」
「ええ、すごく守りを固めてらっしゃる」
「そうかな……」

 摂食行動によるリラクゼーション。
「お菓子?」
「たまにはよろしいでしょう?」

「こういうこと、できるのって、いいね」
「昔から好きだったのですわ。それに多くの方は、お菓子を嫌いませんもの」
「うん…」
 思い出すのはドラクニクス。
 俯いて、思い出してしまう。
「こちらのお茶はいかがでした?」
「え?」
「さ、召し上がってくださいな」
「うん」

「…うん」
「香りも味もよろしいでしょう?」
「うん」
「お分かりになられます?ちょっと探したのですよ」
「そういうのは、よくわからない」
「どちらでたしなまれましたの?」
「そんな、たしなむとかじゃないよ。ただ、飲ませてもらっただけ」
「どなたに?」
「え?」
「照れることはございませんのよ?」
「……先輩、かな」
「そうですか。どんな方でしたの?」
「どんな方って、ぼくの…ぼくは、彼女にあこがれていたんだ」
「良い先輩でいらしたのですね」
「うん…どうなのかな」

 彼女は事前調査をアレクシア自身に行って、知るべきことは知っているんだから。
「きっと、いい思い出がおありなのでしょうね」
「……」
 思い出すのは、最後の別れ。
「ぼくは、彼女の役に立てたのかな」
「彼女は、どうおっしゃいましたの?」
 と、にじりよる。
「…役立たずなんて、言わないひとだもの」
「では嘘をつかれる方なのですか?」
「そんなことはしない!」
「なら、彼女をお信じになればよろしいのです」

「彼女のことをお思いになって」
 俯くルキアニス
「さあ、強く思って」
「わからないよ…」
 こぼれる涙に口付けをして、彼女の手が下半身をまさぐる。
「なに…」
「彼女を思って。あなたのことを愛している人を」
「…でも…だって…」
 それは手練手管さw
 体の反応。 


「…」
「人の体と心には、不思議なつながりがあるのですわ」
「…だからって」
「深く傷ついた心へ射す影の冷たさに、肌の熱が勝ることはありますの。そのように気持ちが盛立たないことも、当たり前のこと。だから、わたくしが掻きたてましたの。いまは」
「……なぜ、そこまで」
「これはわたくしの務め。軍人の方らがいざとなれば刃を手にするように、わたくしも必要なら、いかような手管でも使いますの。たとえば、ね」
「思い出して。ルキアニス。あなたの好きだった人のことを」




 彼女
 何事も無かったかのように機能回復療法を行う。

 彼女のここでのプロとしての立ち位置は?
 精神状態を観察して、安定しているようならば、いよいよ攻撃を実施する。

「お気になられていますのね」
「うん…やっぱり…そうでしょう?ふつう?」
「そうかもしれませんわね」
 と、寝台に座る彼女
 思わずちょっと退いて、間をとってしまう。
「お嫌ですか?睦みあうのが」
「嫌とかじゃないけど…そうじゃなくて、ぼくは、なんかこう、そうすることを…」
「ことを?」
「…言葉にして言いづらいけど、大事にしたい」
「あたくしもですのよ。どなたとでも致すわけじゃないのです。だって、あたくしの体は人にさらして見せられるようなものではないのですもの」



 するっと肩から滑り落ちる服
「ちょっと……」
 その上で、ルキアニスの肌に触れる。
「お気づきでしたでしょう?わたくしの手が少し冷たいのは、本当の人の体ではないからですの」

「この手も、そう。こちらの手も、そう。まなこもそうなのですよ。触れてごらんになってください。ほら、ここのところ
「…」
「わたくしは、水蛭子のように生まれてまいりました。両親ともが、たまたま魔族の方々と取引があって、魔族の方々の持つ術で体を補って参りました」
「……それと、何のかかわりが…」
「自分の持たないものに憧れ触れたいと願うのはあたりまえでしょう?」
「憧れって……」
「いにしえ人は、ひとの、より欠けるところの少ないものといいます」
「そうかな…」
「そんな体の中にある魂が、いつでも幸あるものとは限らない…」
「……」
「わたくしは感じるのです、わたくしのこの手指も肌も本当のことを伝えてくれているのかどうかよくわからない。この目も、本当のことを伝えているかどうか、よくわからない。
 でも、この体の奥にあるわたくしのこころは、感じるのです。あなたのこころを」
「今も?」
「恐れて閉じようとしていることも」

「わたくしは、あなたの心の傷を癒すため、ここに来ました。その道の半ばで、たとえあなたを傷つけてでも。わたくしがこのように申し上げるのは、わたくしを信じて欲しいからです」
「……」
「心にわきあがる黒雲から、逃れても逃げ切れません。わたくしにはそれはわかります。でも、逃げたいとおっしゃるのなら、お引止めはしません。必ず癒して差し上げられるとも言えません」
「ぼくの好きな人は、哀れみは受けたくないって言っていた。ぼくは、アレクシアに顔向けできないような生き方はしたくない」
「哀れみなどいたしません。医術にかかわりあるものが患者に哀れみをかける事自体が、その者の狭量を示すと思います」
「ぼくは、アレクシアみたいにはなれない」

「よろしいですね。
彼女は彼女自身の左目を隠すように手のひらを当てる。
それがはずされると、輝く何か。

 ギアス
 羽ばたく鳥のような何かが、瞳を通して飛び込んでくる。頭の中奥底深く、こころを貫くように

 はじけるような記憶。雨と雷鳴と


 導かれるままに、思い出すままに、それはやがて深く、戦の中の思い出、
 濁流に押し流されるものたに、足がすくんだことも。
ダモニニス軍曹の機装甲が倒れていったことも、押し寄せてくる敵の機装甲の鑓の列も。
 そのたびに、性的快楽で責められる。女性としての部分を高められたうえで、男性で解放される。

 彼女の瞳の中に記憶が映る?

 やさしい口付け。
「いいの?」
「よろしいのですよ。人はこうして、睦みあい愛し合うためにあらゆる苦しみを乗り越えて夜を迎えるのです」

 目覚める。
「昨日、ずっと泣きながらしていた気がする」
「人の体と、心とは、不思議に作られているのですわ。傷ついた心を癒す、ちょっとずるいやり方を使いましたの」
「魔道を使って、記憶を呼び起こしましたの。記憶は動かせません。けれど、記憶に結びついておきる思いの動きは、変えられるときがあります。だから、そのようにさせていただきましたの。古人の方に通じるかどうかも、まだ良くわからないやり方でしたけれど」
「みんな、帝国の決めたことなのか」
「賢者のようになっていらっしゃる」額を合わせる彼女「ねえ、心を癒してくださいまし。あなたが生きて帰っていらしたことには、きっと意味がありますの」
「……うん」
「さ、笑って見せてくださいまし」



マルクス
「飯、食うか?」
「マルクス。お疲れ様」
「うん」
「……」

 黙って食う。
「あ、イノシシの煮込みだ」
「好きなのか」
「ふつう、かな」
「お前はよー」
 ようやく笑うマルクス。
「大変みたいだね」
「まあな」
 なんだか、調子よさそうだな」
「どうかなあ」
 何気ない話をした。
 旧第十三軍団の兵士の士気はひどく落ちていること。他部隊からの編入組とそりが合わず、さらに他所から多めにまわしてもらった新卒が右往左往していること。

 チームワークの再構築。
 機装甲もまったく足りないこと。そもそも搬入してくるところで大変。

「…むずかしいね」
「他人事じゃねーぞ」
「うん」
「その、うん、はどういう意味だ?」
「…うーん」
「まあいいや、飲め」
「怪我人に毒水かよ」


げらげら笑いあって、あたたたたた。
おい、大丈夫か。
大丈夫大丈夫
見せて見
なにすんだよ
いまさら隠してどうするんだよ

嫌だ、って言ってるだろ。
一緒に風呂に入った仲なのに?
みんな一緒だったろ!
うんうん。そのとおりだよ。ってことは、いまさら隠してもしょうがないって事だよな。
ここは風呂じゃないだろ。
お前。じゃあ、これから一緒に入ろう。
ぶっ飛ばすぞ
懐かしいねえ、入学のときいきなり殴られそうになったっけ。
いきなり、掴まれたんだ!
ひどいやつもいるもんだ
お前だ!

いいねえ、このノリ。懐かしいなあ
もう、学生じゃないんだよ。
ああ。思い知らされた。

…うん
勝手に死ぬんじゃねえぞ
…うん、マルクスもね。
お?なーに?心配してくれてるわけか?愛されてるねえ、俺
うん
はははは
マルクス、ぼくは本気で言ってるんだ
ああ、わかったよ
マルクス

顔を近づけて、二人。
「……」
 思わず、ひいてしまうルキアニス。
 自嘲的に笑うマルクス。
「ああ、友達だからな」
 また来るわ。
 ひらひらと手を振って去ってゆく。

 その背中を見送る
 なんだよ、あいつ、と思いながら天井を見上げて目を閉じる。いつの間にか眠りにつく。



 日をおいて。
ルキアニスは黒の制服を身に着ける。
鏡の中の自分を見る。

「今日まで、ご迷惑をおかけしました」
「君とゆっくり話をするのは初めてだな。先に会ったときは、君は起き上がれもしなかった」」
「お見舞いいただきました。ありがとうございます」

「英雄のご帰還か」
「おからかいにならないでください」
「いいや、君の働きには、副帝陛下よりの感状が出されている」
 言っている意味を理解するまで、すこしの間が必要だった。
「……おからかいにならないでください」
 連隊長は、笑う。
「ノニウシア卿と君の二人で、100機近い敵機装甲を倒したといわれているそうだ」
「それは、たぶん、間違っているとおもいます、たぶん。というか絶対に。ほとんどはノニウシア卿の戦果であるはずです」
「謙虚だな」
「すみません」
「第十三軍団は不手際とともに幕を閉じた。だが栄光ももたらされた。副帝陛下がそれを保証したのだ。そしてその栄光をもって第十三連隊が開隊する」
「それは…」
「温情だよ」
「……わたしには良くわかりません」
「今はそれでいい。だが君の働きは、君が思っている以上のものを帝国にもたらした。

「連隊に求められた任務は重い。君の働きを期待している」
「帝国のお召しあるかぎり、命ある限り」
「期待しよう」
 敬礼

連隊本部の石造りの建物、本部の建物、奥のオフィス。
窓を大きく開く。
見下ろす錬兵場
機卒の基本運動から始まる。
「体調は?」
「まあまあかな」
「結局、見損なった」
「何を?」
「お前の傷跡」
「嫌だよ」
「で、例の女は?」

 ルキアニスのキック、パンチ、さらに後ろ回し蹴り。
 すべてを阻んで退くマルクス。猫足立ちで身構える、がにやり笑って構えを解く。
「ぜんぜん、駄目だな。鍛えなおせ」

「……」
 身を抱え込むルキアニス。
「大丈夫か?無理すんなってことだったんだが…」
 どす!
 でも奇襲キック。
「……だまし討ちか、卑怯者」
「ちゃんと手加減した。“男”は、そこ、じゃない別に下がっている二つの方に食らうと、ものすごく痛いんだってさ。知らないけど。マルクスだって“そっちは”無いだろ?」
「こっちが使えなくなったらどうするんだよ!責任とるのか!」
「使えなくなったらね…いやー本当に体がついてこないや。なんとかしないと~」
 左腕を抱えたり伸ばしたり、体をひねりながら歩いた。
 後ろで聞こえる、聞こえよがしの大きなため息に、体をひねりながら振り向く。
「何?」
「何でもない。聞くな」
 体から埃を払って、特に体の前の埃を入念に落として、マルクス・ケイロニウスは立ち上がった。
「俺のこと、嫌いか?」
「……え?」

「違う……急に、何を?」
 おどけて見せようとしても、真摯な瞳の前に、上手く行かない。

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最終更新:2009年03月27日 17:21