町の歴史
東町はもともと小さな農村であったものが、領主コンラート伯の命により200年ほど前に城塞都市ヒルガドルフとして増・改築がなされて生まれた。
かつては東から続く街道の最西端の町として、また海外からの物資の受け入れ口として、さらには敵国にもっとも間近い前線基地として、ヒルガドルフは重要な拠点であるとみなされてきた。
一方、ヒルガドルフに対抗して川の対岸に建てられたのがゲルトブルクである。ヒルガドルフが城下町を有する要塞であるのに対して、こちらは純粋な砦として建設された。
両国のわずかな休戦の合間を縫って建てられた砦であるが故に防壁や基礎部分は木製の箇所も多かったが、地形を最大限に利用して建てられた壁や防御機構、無数に巡らされた曲輪と隠し通路が兵力に勝るヒルガドルフ軍を苦しめたと言われている。
両城砦は2国の前線基地として長期にわたり激しい攻防を繰り広げた。
両城砦の間にある川が戦死者の地で真っ赤に染まり、川がレッド・リバーとあだ名されるほどの激戦であったと戦史は伝えている。
しかし、15年ほど前にゲルトブルグ側の首都が陥落し、戦争は唐突に終結した。ゲルトブルクは武装解除・降伏勧告を受け入れ、砦はこの戦でもっとも大きな武勲を挙げたゴードン男爵に与えられることとなった。
街道が西に延長されて大陸を横断する大街道となり、東町の町壁が拡張されて橋や町門が新設される中、西町は町としての再開発が進められ、周囲を防壁で取り囲み、上下水道が新設されるなど、町としての体裁が整えられた。現在の西町の基盤はこのとき完成したといえる。
しかしこれといった産業もなく、西には荒地と山岳が広がるだけの西町では思うように税収も上がらず、建設時の借財の返済もあって町の経営は難航した。
5年ほど前、現男爵への代替わりによって西町は大きな転機を迎える。
現男爵は新たな貿易港を造成するとともに通商保護政策を敷き、交易商達に資金を提供するなど様々な面で貿易をフォローアップした。
また、東町に少ない歓楽街などを積極的に作ることで、西町を交易と安息の町へと変貌させ、街道と新港両方から多額の税収を得られるようにしたのである。こうした振興策は大成功を収め、現在では西町は東町をしのぐほどの盛況を見せている。
しかし一方で、急激な人の流入によって町の治安は悪化し、犯罪発生率は東町より遙かに高く、自警団や男爵軍はその取り締まりに頭を悩ませている。また、近年では経済活動の急激な成長に伴う賄賂の横行や禁制品の密輸入など、経済成長の負の面を覗かせはじめているといわれている。
現男爵は新たな貿易港を造成するとともに通商保護政策を敷き、交易商達に資金を提供するなど様々な面で貿易をフォローアップした。
また、東町に少ない歓楽街などを積極的に作ることで、西町を交易と安息の町へと変貌させ、街道と新港両方から多額の税収を得られるようにしたのである。こうした振興策は大成功を収め、現在では西町は東町をしのぐほどの盛況を見せている。
しかし一方で、急激な人の流入によって町の治安は悪化し、犯罪発生率は東町より遙かに高く、自警団や男爵軍はその取り締まりに頭を悩ませている。また、近年では経済活動の急激な成長に伴う賄賂の横行や禁制品の密輸入など、経済成長の負の面を覗かせはじめているといわれている。