SLやまぐち号

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&font(#6495ED){登録日}:2013/09/17 (火) 21:07:35 &font(#6495ED){更新日}:&update(format=Y/m/d D H:i:s) &new3(time=24,show=NEW!,color=red) &font(#6495ED){所要時間}:約 8 分で読めます ---- &link_anchor(メニュー){▽}タグ一覧 &tags() ---- かつて、世界中の鉄道で主役の地位を築いていた蒸気機関車、通称「SL」。 しかし、鉄道黎明期から続いたその活躍も1950年代を境に終焉を見せ始め、今や現役を貫き通している車両は世界広しと言えども数えるほどしか無い。 だが、その存在感や功績に惹かれる人は21世紀になってもまだまだ多く、それに応えるかのように各地で一度は引退したSLが復活し、観光客を輸送して古き良き鉄道の時代を演出している。 勿論日本でも例外では無く、1975年をもって国鉄から引退し、1980年代には貨物専用の鉄道路線(工場内の路線など)から撤退する一方、時を同じくして各地で復活運転が相次いで行われている。 北は北海道、南は九州などその規模は全国各地(四国を除く)となっているが、その中でもパイオニア的存在となっているのが、この「&bold(){SLやまぐち号}」である。 *◆誕生まで 日本の蒸気機関車の復活運転の先駆けとなったのは、静岡県を走る大井川鐵道が1970年から運用を始めたSL列車である。 この頃はまだ短い路線しか走っていなかったが、1976年からは本線でSL列車(「かわね路号」)の運転が始まり、現在も盛況となっている。 一方、同じ年に国鉄では大阪~京都間に臨時SL列車「&font(#ff0000){京阪100年号}」を運転する事になっていた。 この頃は、北海道に残っていたSLたちが引退した事で、国鉄のSLは京都にある『梅小路蒸気機関車館』の車両たちが唯一現役と言う状態だった。 そこで、博物館の周辺の路線を利用してSL列車の本格的な保存運転を始めよう、と模索したのである。 1970年代は日本各地でSLが消えていくのと反比例するかのように人気が急加速し、鉄道マニアが一気に増大した「&bold(){SLブーム}」と呼ばれる時代。 引退後もその人気は覚めやらず、大人から子供まで多数のファンが見物や撮影に訪れていたと言う。 今の大宮駅に集まる鉄道マニアと同じような感じと捉えて頂くとありがたい……。 ……その活気も&font(#ff0000){マナー}も全て含めて。いや、悪い意味で大宮駅以上だったかもしれない。 その事故が起きた時、SL列車を一目見ようとする大量の鉄道マニアの中には、ルールなどお構いなしと言う感じで堂々と鉄道用地に入りこんでいたと言う。 そして、周りの注意を無視して線路内に立ち入り、写真を撮ろうとしていた一人の小学生が&font(#ff0000){&bold(){列車に接触、命を落とす}}と言う事態を起こしてしまったのである。 イベント列車はSLでの牽引を中止し、電気機関車によって終点まで運転された。 SLの保存運転のきっかけを掴もうとした国鉄への衝撃は非常に大きく、大都市圏での蒸気機関車の保存運転を中止すると言う事態になった。 その代わりに、都会から離れた地方都市を走る路線で改めて復活運転を行おう、と言う動きが始まったのである。 様々な路線の調査を行う中、白羽の矢が経ったのが山口県を横断する「[[山口線]]」。 復活運転については各地から引く手あまただったが、当時の国鉄は大赤字に悩まされていた。北海道や九州で運行しては皆飛行機で行ってしまうので収益にならない。 山口線は新幹線の接続駅があるほか、競合交通機関が原則存在しない絶妙な距離に位置する。これに加え近くに観光名所があったりとまさにイベント列車にはうってつけの路線であった。 こうして、1979年から運転を開始したのが「&bold(){&font(#ffb74c){SLやまぐち号}}」である。 *◆概要 山陽新幹線との乗り換え駅である「新山口駅」(旧称:小郡駅)から、山陰の小京都への最寄り駅「津和野駅」までを結ぶ列車。 正確には「&font(#ffb74c){やまぐち}」と言う名前の臨時快速列車である。主な運転期間は3月から11月。週末や祝日、夏休みやゴールデンウィークなどの長期休暇などの帰還に1日1往復が運転されている。 また、正月には特別列車が組まれるのが恒例行事となっている。 現在の編成は基本的に5両の客車をSLが牽引する形となっている。 後述の通り車内は&font(#994c00){レトロ}な感じとなっており、明治や大正、昭和初期など様々な時代の趣を味わう事が出来る。 両側の客車は展望スペースが備わっているのも特徴。 *◆使用車両  **○蒸気機関車 &sizex(4){&bold(){・C57 1}} 整ったスタイルで「&bold(){貴婦人}」とも呼ばれる、旅客列車用の蒸気機関車。 ボイラーや運転室が付いた車両と、「炭水車」と呼ばれる石炭や水がたっぷり入っている車両が連結されている「テンダー式蒸気機関車」である。 計201両が製造されて日本各地で活躍したのだが、そのトップナンバーとなったのがこの車両。 最初の頃は北関東や千葉県で活躍していたが、1950年代中盤以降は羽越本線など日本海沿いの路線に移籍した。 その中で一時土砂崩れの現場に突入してしまい、車両が大破し数か月も放置されてしまうと言う事態にも直面したが、長期間の修復で無事に復活。 1972年まで定期の普通列車などの牽引を務めたが、その後もお召し列車の先頭に立つなど華々しい活躍の舞台を得る事が出来た。 そして同年に千葉県で臨時列車の運転を担当した後、「梅小路蒸気機関車館」の開業に合わせてはるばる京都へ引っ越した。 そして数年後、国鉄(JR)初の本格的な蒸気機関車の復活運転に挑む事となる。それ以後は煙突から出る煙を抑えるために四角く大きな集煙装置を備え付けている場合が多かったが、見栄えが悪いと言う事で最近は取りつけない運転も多くなっている。 神戸の工場で修理中に阪神・淡路大震災に直面する、運転中に重大な不具合を起こしてしまうなど何度も危機が訪れたが、その度に多くの人々の努力で修復され、復活から30年以上経った今も日本の蒸気機関車の代表格として活躍を続けている。 そして、この機関車は&u(){今まで一度も「廃車」された事が無く、文字通り生涯現役を貫き通している}。 なお、現在の炭水車は2009年に新しく作られたもの。設計図が消えていた事もあり、改めて現物から作りなおしたと言う。 ちなみに日本海沿いで活躍していた頃には、JR東日本でSL列車の牽引を担当している「D51 498」や「C57 180」とも肩を並べていたとか。 &sizex(4){&bold(){・C56 160}} ローカル線を走る客車列車や貨物列車を牽引するため製造された小型のテンダー機関車で、「&bold(){ポニー}」と言う愛称も存在する。 そのラストナンバーがこの車両。 津山や鹿児島、横浜と日本各地を転々とした後、1964年からは上諏訪機関区を寝床に、小海線や[[七尾線]]など中部地方で活躍した。 そして「梅小路蒸気機関車館」の開業に合わせて京都へ引越し、こちらも&u(){一度も廃車にならないまま生涯現役を貫き通している}。 小柄な車体を生かしてどんな場所でも走る事が出来、主に各地の臨時列車の運用で活躍している。 その範囲は広く、JR西日本管内の他、定期のSL列車が無い四国、SLの保存運転を目指す名古屋、そして遠く離れた関東、東北、北海道まで日本中にその足跡を記している。 その中で度々「SLやまぐち号」にも顔を出しており、2両のSLが連なる重連運転を見せた。 C57 1が故障した時のピンチヒッターを務める事もあるが、車体が小さくパワーが無いためにディーゼル機関車をお供に付けて運転している。単独の場合、客車2両を引っ張るのが限界だった。 ただ、あまりに各地で大活躍しすぎた事で老朽化が進んでいるらしく、本線運転からは2018年に退いた。本線から引退後は京都鉄道博物館でSLスチーム号を牽引している。 &sizex(4){&bold(){・C58 1}} ローカル線向けに登場したテンダー機関車。C56よりも大きな車体で、客車も貨車も何でも牽引する事が出来る。 トップナンバーであるこの車両は長年北海道で活躍していたが、「梅小路蒸気機関車館(現:京都鉄道博物館)」の開業に合わせて京都へやって来た。 そしてSLやまぐち号復活に併せ、主役級の車両として見事復活を遂げた……のだが、その後ボイラーの老朽化で故障が相次ぎ、さらに当時の国鉄にお金が無かった事で現役を引退。 その後は蒸気機関車館で動く事無く保存されており、せっかくの復活運転も1979年~1984年の僅か5年で終わってしまった。 なお、同じC58形は関東にある秩父鉄道で現在も復活運転が行われており、2014年からはJR東日本の釜石線でも復活した。 &sizex(4){&bold(){・D51 200}} 皆様ご存知、日本で最も多く製造された機関車「デゴイチ」の1両。 それまでも「梅小路蒸気機関車館(現:京都鉄道博物館)」の保存列車「スチーム号」の先頭に立って活躍していたが、山口線など在来線を走れる状態の整備は行われていなかった。 しかし、SLの整備技術を後世に伝えるため、そしてC56形160号機の老朽化などの理由から本格的な復活が決定。 試運転中に起きたトラブルを解消した後、2017年11月25日から営業運転を開始。中国山地に久しぶりにD51形が帰ってくる事となる。 本列車のほか、2019年からは「SL北びわこ号」の牽引にも使用されている。 **○客車 &sizex(4){&bold(){・35系4000番台客車}} 12系客車に代わり、2017年に登場した&font(#994c00){&bold(){新型「旧型客車」}}。 こう書くと意味が分からないかもしれないが、要は「21世紀の&bold(){最新技術}で&bold(){戦前の旧型客車を再現}する」というとんでもない客車である。 外見はまるっきり昔懐かしのレトロな旧型客車そのもので、形式名の&bold(){「35系」}というのもかつて蒸気機関車が主役だったころに使用された客車の形式名と同じである。 一方で電灯はLED照明、全車冷房&自動ドア装備、台車もJR西日本のディーゼルカーに使用されているものを基にした最新鋭の装備となっている。 編成は12系と同じく5両編成だが新山口駅寄りの展望車「オロテ35」は「SLやまぐち号」初のグリーン車となっている。 また3号車には座席の他にSL運転シミュレータなど遊んで学べる様々なアトラクションが設置されている。 &sizex(4){&bold(){・12系客車}} 大阪万博に併せ、団体・臨時列車用に登場した急行型客車。その後は急行列車や普通列車にも抜擢されている。 SLやまぐち号の運転開始当初は、オリジナルの&font(#0000ff){青地に白の帯}と言う色だったが、JR西日本に移管された後に塗装を&font(#994c00){茶色に白帯}と言う昔の客車そっくりの物に変更。 さらに1988年には大改造が行われ、&font(#994c00){展望車}、&font(#008000){欧風客車}、&font(#994c00){昭和風客車}、&font(#994c00){明治風}、&font(#994c00){大正風}と様々なテーマに基づいた車体や内装になっている「&font(#994c00){レ}&font(#008000){ト}&font(#994c00){ロ列車}」として再登場している。 最初の頃は様々な塗装の客車が連結する格好となっていたが、何度かのリニューアルを経て&font(#994c00){茶色と白帯}に統一され、整った見栄えとなった。 ……ただし既に誕生から数十年が経過しており、2017年8月をもって「SLやまぐち号」から引退。引退後は静岡県の大井川鐵道へと譲渡され、第二の人生を歩むこととなる。 &sizex(4){&bold(){・14系サロンカーなにわ}} JR西日本が保有するジョイフルトレイン。 全車両がグリーン車で、両端にはガラス張りの展望車を連結、座席はゆったりとした回転リクライニングシートを装備し、やんごとなき方がご乗車されるお召し列車としても使用可能なイベント用車両。 SLやまぐちとして使用されたのは2回だけ。 &sizex(4){&bold(){・12系ゆうゆうサロン岡山}} JR西日本が保有していたジョイフルトレイン。 サロンカーなにわよりもややグレードは落ちるものの、ゆったりとしたリクライニングシートなど快適性は同格。 引退前最後の臨時列車としてSLやまぐちの客車として使われた。 &sizex(4){&bold(){・12系あすか}} JR西日本が保有していたジョイフルトレイン。 なにわ、ゆうサロと異なり、こちらはお座敷列車。客室内は畳張りで、靴を脱いで利用する。 2018年廃車完了。 &sizex(4){&bold(){・その他客車}} 不定期で、2両編成の12系客車をC56 160が牽引すると言う臨時列車も時々運転されていた。 他にも、重連運転の際に昭和初期に作られた本物の展望車「&font(#994c00){マイテ49 2}」が連結される事があったが、古くなったためか最近は使われていない。 なお上記の35系客車のうちグリーン展望車の「オロテ35」のモチーフはこのマイテ49形展望車である。 *◆余談 ・山間を走るという事もあり、SLやまぐち号はよくトンネルを通過するが、その際には&u(){絶対に窓を開いてはならない}。 もしうっかり開いてしまったら、トンネル内に充満した蒸気機関車の煙が、ススと共に一気に車内に入りこんでしまうのである。皆様くれぐれもご注意を。   ・2013年7月の豪雨災害による山口線の不通に伴いSLやまぐち号も運休していたが、路線の復旧に伴い新山口~地福間の運行を経て2014年8月に津和野までの運転が再開された。 追記・修正お願いします。 #include(テンプレ2) #right(){この項目が面白かったなら……\ポチッと/ #vote3(time=600,3) } #include(テンプレ3) #openclose(show=▷ コメント欄){ #areaedit() - 山口線の記事を作った者です。作ってくれてありがとう! -- 名無しさん (2013-09-17 21:34:27) #comment #areaedit(end) }
&font(#6495ED){登録日}:2013/09/17 (火) 21:07:35 &font(#6495ED){更新日}:&update(format=Y/m/d D H:i:s) &new3(time=24,show=NEW!,color=red) &font(#6495ED){所要時間}:約 8 分で読めます ---- &link_anchor(メニュー){▽}タグ一覧 &tags() ---- かつて、世界中の鉄道で主役の地位を築いていた蒸気機関車、通称「SL」。 しかし、鉄道黎明期から続いたその活躍も1950年代を境に終焉を見せ始め、今や現役を貫き通している車両は世界広しと言えども数えるほどしか無い。 だが、その存在感や功績に惹かれる人は21世紀になってもまだまだ多く、それに応えるかのように各地で一度は引退したSLが復活し、観光客を輸送して古き良き鉄道の時代を演出している。 勿論日本でも例外では無く、1975年をもって国鉄から引退し、1980年代には貨物専用の鉄道路線(工場内の路線など)から撤退する一方、時を同じくして各地で復活運転が相次いで行われている。 北は北海道、南は九州などその規模は全国各地(四国を除く)となっているが、その中でもパイオニア的存在となっているのが、この「&bold(){SLやまぐち号}」である。 *◆誕生まで 日本の蒸気機関車の復活運転の先駆けとなったのは、静岡県を走る大井川鐵道が1970年から運用を始めたSL列車である。 この頃はまだ短い路線しか走っていなかったが、1976年からは本線でSL列車(「かわね路号」)の運転が始まり、現在も盛況となっている。 一方、同じ年に国鉄では大阪~京都間に臨時SL列車「&font(#ff0000){京阪100年号}」を運転する事になっていた。 この頃は、北海道に残っていたSLたちが引退した事で、国鉄のSLは京都にある『梅小路蒸気機関車館』の車両たちが唯一現役と言う状態だった。 そこで、博物館の周辺の路線を利用してSL列車の本格的な保存運転を始めよう、と模索したのである。 1970年代は日本各地でSLが消えていくのと反比例するかのように人気が急加速し、鉄道マニアが一気に増大した「&bold(){SLブーム}」と呼ばれる時代。 引退後もその人気は覚めやらず、大人から子供まで多数のファンが見物や撮影に訪れていたと言う。 今の大宮駅に集まる鉄道マニアと同じような感じと捉えて頂くとありがたい……。 ……その活気も&font(#ff0000){マナー}も全て含めて。いや、悪い意味で大宮駅以上だったかもしれない。 その事故が起きた時、SL列車を一目見ようとする大量の鉄道マニアの中には、ルールなどお構いなしと言う感じで堂々と鉄道用地に入りこんでいたと言う。 そして、周りの注意を無視して線路内に立ち入り、写真を撮ろうとしていた一人の小学生が&font(#ff0000){&bold(){列車に接触、命を落とす}}と言う事態を起こしてしまったのである。 イベント列車はSLでの牽引を中止し、電気機関車によって終点まで運転された。 SLの保存運転のきっかけを掴もうとした国鉄への衝撃は非常に大きく、大都市圏での蒸気機関車の保存運転を中止すると言う事態になった。 その代わりに、都会から離れた地方都市を走る路線で改めて復活運転を行おう、と言う動きが始まったのである。 様々な路線の調査を行う中、白羽の矢が経ったのが山口県を横断する「[[山口線]]」。 復活運転については各地から引く手あまただったが、当時の国鉄は大赤字に悩まされていた。北海道や九州で運行しては皆飛行機で行ってしまうので収益にならない。 山口線は新幹線の接続駅があるほか、競合交通機関が原則存在しない絶妙な距離に位置する。これに加え近くに観光名所があったりとまさにイベント列車にはうってつけの路線であった。 こうして、1979年から運転を開始したのが「&bold(){&font(#ffb74c){SLやまぐち号}}」である。 *◆概要 山陽新幹線との乗り換え駅である「新山口駅」(旧称:小郡駅)から、山陰の小京都への最寄り駅「津和野駅」までを結ぶ列車。 正確には「&font(#ffb74c){やまぐち}」と言う名前の臨時快速列車である。主な運転期間は3月から11月。週末や祝日、夏休みやゴールデンウィークなどの長期休暇などの帰還に1日1往復が運転されている。 また、正月には特別列車が組まれるのが恒例行事となっている。 現在の編成は基本的に5両の客車をSLが牽引する形となっている。 後述の通り車内は&font(#994c00){レトロ}な感じとなっており、明治や大正、昭和初期など様々な時代の趣を味わう事が出来る。 両側の客車は展望スペースが備わっているのも特徴。 *◆使用車両  **○蒸気機関車 &sizex(4){&bold(){・C57 1}} 整ったスタイルで「&bold(){貴婦人}」とも呼ばれる、旅客列車用の蒸気機関車。 ボイラーや運転室が付いた車両と、「炭水車」と呼ばれる石炭や水がたっぷり入っている車両が連結されている「テンダー式蒸気機関車」である。 計201両が製造されて日本各地で活躍したのだが、そのトップナンバーとなったのがこの車両。 最初の頃は北関東や千葉県で活躍していたが、1950年代中盤以降は羽越本線など日本海沿いの路線に移籍した。 その中で一時土砂崩れの現場に突入してしまい、車両が大破し数か月も放置されてしまうと言う事態にも直面したが、長期間の修復で無事に復活。 1972年まで定期の普通列車などの牽引を務めたが、その後もお召し列車の先頭に立つなど華々しい活躍の舞台を得る事が出来た。 そして同年に千葉県で臨時列車の運転を担当した後、「梅小路蒸気機関車館」の開業に合わせてはるばる京都へ引っ越した。 そして数年後、国鉄(JR)初の本格的な蒸気機関車の復活運転に挑む事となる。それ以後は煙突から出る煙を抑えるために四角く大きな集煙装置を備え付けている場合が多かったが、見栄えが悪いと言う事で最近は取りつけない運転も多くなっている。 神戸の工場で修理中に阪神・淡路大震災に直面する、運転中に重大な不具合を起こしてしまうなど何度も危機が訪れたが、その度に多くの人々の努力で修復され、復活から30年以上経った今も日本の蒸気機関車の代表格として活躍を続けている。 そして、この機関車は&u(){今まで一度も「廃車」された事が無く、文字通り生涯現役を貫き通している}。 なお、現在の炭水車は2009年に新しく作られたもの。設計図が消えていた事もあり、改めて現物から作りなおしたと言う。 ちなみに日本海沿いで活躍していた頃には、JR東日本でSL列車の牽引を担当している「D51 498」や「C57 180」とも肩を並べていたとか。 &sizex(4){&bold(){・C56 160}} ローカル線を走る客車列車や貨物列車を牽引するため製造された小型のテンダー機関車で、「&bold(){ポニー}」と言う愛称も存在する。 そのラストナンバーがこの車両。 津山や鹿児島、横浜と日本各地を転々とした後、1964年からは上諏訪機関区を寝床に、小海線や[[七尾線]]など中部地方で活躍した。 そして「梅小路蒸気機関車館」の開業に合わせて京都へ引越し、こちらも&u(){一度も廃車にならないまま生涯現役を貫き通している}。 小柄な車体を生かしてどんな場所でも走る事が出来、主に各地の臨時列車の運用で活躍している。 その範囲は広く、JR西日本管内の他、定期のSL列車が無い四国、SLの保存運転を目指す名古屋、そして遠く離れた関東、東北、北海道まで日本中にその足跡を記している。 その中で度々「SLやまぐち号」にも顔を出しており、2両のSLが連なる重連運転を見せた。 C57 1が故障した時のピンチヒッターを務める事もあるが、車体が小さくパワーが無いためにディーゼル機関車をお供に付けて運転している。単独の場合、客車2両を引っ張るのが限界だった。 ただ、あまりに各地で大活躍しすぎた事で老朽化が進んでいるらしく、本線運転からは2018年に退いた。本線から引退後は京都鉄道博物館でSLスチーム号を牽引している。 &sizex(4){&bold(){・C58 1}} ローカル線向けに登場したテンダー機関車。C56よりも大きな車体で、客車も貨車も何でも牽引する事が出来る。 トップナンバーであるこの車両は長年北海道で活躍していたが、「梅小路蒸気機関車館(現:京都鉄道博物館)」の開業に合わせて京都へやって来た。 そしてSLやまぐち号復活に併せ、主役級の車両として見事復活を遂げた……のだが、その後ボイラーの老朽化で故障が相次ぎ、さらに当時の国鉄にお金が無かった事で現役を引退。 その後は蒸気機関車館で動く事無く保存されており、せっかくの復活運転も1979年~1984年の僅か5年で終わってしまった。 なお、同じC58形は関東にある秩父鉄道で現在も復活運転が行われており、2014年からはJR東日本の釜石線でも復活した。 &sizex(4){&bold(){・D51 200}} 皆様ご存知、日本で最も多く製造された機関車「デゴイチ」の1両。 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さらに1988年には大改造が行われ、&font(#994c00){展望車}、&font(#008000){欧風客車}、&font(#994c00){昭和風客車}、&font(#994c00){明治風}、&font(#994c00){大正風}と様々なテーマに基づいた車体や内装になっている「&font(#994c00){レ}&font(#008000){ト}&font(#994c00){ロ列車}」として再登場している。 最初の頃は様々な塗装の客車が連結する格好となっていたが、何度かのリニューアルを経て&font(#994c00){茶色と白帯}に統一され、整った見栄えとなった。 ……ただし既に誕生から数十年が経過しており、2017年8月をもって「SLやまぐち号」から引退。引退後は静岡県の大井川鐵道へと譲渡され、第二の人生を歩むこととなる。((2023年現在、運用されることなく留置中である…)) &sizex(4){&bold(){・14系サロンカーなにわ}} JR西日本が保有するジョイフルトレイン。 全車両がグリーン車で、両端にはガラス張りの展望車を連結、座席はゆったりとした回転リクライニングシートを装備し、やんごとなき方がご乗車されるお召し列車としても使用可能なイベント用車両。 SLやまぐちとして使用されたのは2回だけ。 &sizex(4){&bold(){・12系ゆうゆうサロン岡山}} JR西日本が保有していたジョイフルトレイン。 サロンカーなにわよりもややグレードは落ちるものの、ゆったりとしたリクライニングシートなど快適性は同格。 引退前最後の臨時列車としてSLやまぐちの客車として使われた。 &sizex(4){&bold(){・12系あすか}} JR西日本が保有していたジョイフルトレイン。 なにわ、ゆうサロと異なり、こちらはお座敷列車。客室内は畳張りで、靴を脱いで利用する。 2018年廃車完了。 &sizex(4){&bold(){・その他客車}} 不定期で、2両編成の12系客車をC56 160が牽引すると言う臨時列車も時々運転されていた。 他にも、重連運転の際に昭和初期に作られた本物の展望車「&font(#994c00){マイテ49 2}」が連結される事があったが、古くなったためか最近は使われていない。 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