神は律するものだ。
 法を律し、行為を律し、そうして後世に道を示すものだ。
 故にこそ、神は己が定めた規律に背く者へはしばしば罰を下す。

 スカディは今、"狩り"を諌めている。
 日中、能動的な狩りは一度まで。
 それが此度の神の戒めであり、背けばたとえ運命共同体たる亜切にさえ彼女は不興を示すだろう。
 スカディは狩猟の神である。これを司る彼女がまさか自分で定めた法を蔑ろになどする筈がない。
 少なくとも日が落ちるまでの間は、その弓が無情な狩人として迸ることは考え難かった。

 だが。
 狩りではなく喧嘩であるのなら。
 ましてやそれが同業者に売り付けられたものであるのなら――話は大いに別である。

 結論から言うと、スカディは現在進軍していた。
 何処に。決まっている。自分に喧嘩を売った、黒い流星の主の許へだ。
 彼女の顔に怒りの色はない。むしろ笑みが浮かんでいる。
 されど、その笑みは万感の殺意にも勝る恐ろしいものだと赤坂亜切は知っていた。

「なあ。別に買わなくていい喧嘩なんじゃないのかい、これ。
 君が挑発したから売り言葉に買い言葉で撃ってきたってだけのしょうもない話なんじゃないの」
「神はメンツの生き物だよ、アギリ。理由がどうあれ、砂かけてきた輩を殴り返さず泣き寝入りじゃ沽券に関わるってもんさ。
 それに」
「……それに?」

 亜切をして、あの射撃には驚いた。
 相当な長距離に及ぶ射撃だった。
 弓兵のクラスに当て嵌まる英傑は数いれど、あそこまでの射程と精度、そして威力をすべて兼ね備えられる使い手はかなり限られる筈だ。
 何なら亜切はこの時点で既に、仕掛けてきたのが同郷たる〈はじまりの六人〉の誰かの可能性もあると踏んでいる。
 なればこそ突き進むなら慎重になりたい。そんな彼の意向を、率直に言って狩りの女神はガン無視していた。

「――同族に売られた喧嘩だってんなら、尚更さね」
「……ああ、そういうこと。何となくそうかとは思ってたけど、やっぱりそういう感じなんだ?」
「どうも気配が妙だから、厳密にはもしかすると違うかもしれないけどね。
 でもまあ、概ね間違いじゃないのは確かだ。であればまあ、舐められるわけにもいかないだろ」

 同族。すなわち、同じ神。
 ヒトの不敬ならば鼻で笑って見逃すこともあるだろう。
 いやスカディの気質からすればその時点で怪しいかもしれないが、それはさておき。
 喧嘩を売った相手が同じ"神"で、そして舞台が聖杯戦争という鉄火場の究極であるのならば――確かに見過ごせる道理もないか、と亜切は思った。

 敢えてこの国の文化になぞらえて語ろう。
 反社会的勢力――いわゆるヤクザや半グレは、メンツの生き物である。
 いかに有力な裏社会の人間だろうが、やられっぱなしで黙っていれば"下を向いている"と笑われる。
 だから彼らは報復(カエシ)をするのだ。自分が自分の世界で自分として生き続けるために、自分のメンツを守るのだ。

 そして神もまた、メンツの生き物である。
 日本で言うならば神木伝承、ないし怪談のたぐいが有名だろう。
 霊験あらたかな神木を切った者に祟りが降りかかる。ともすれば、族滅と相成る。
 しかし誠意を込めて謝罪をし、心の籠もった供物を捧げれば時に許されることもある。
 要するに"手打ち"だ。筋を通したなら、神や霊は時に不敬を許す。
 だが通さぬ者に彼らは容赦をしない。容赦なく殺す。手抜かりなく潰す。
 国は違えど文化も違えど、スカディもまたそういう流儀(ノリ)を重んじる神であることに疑いの余地はなかった。
 何故なら彼女が"そう"であるからこそ、今まさに雪靴の神は弓を片手に彼方の星と撃ち合いを繰り広げているのだから。

「理由はどうあれ、誰かに向けて弓引いたからには責任取るのが道理さね。
 いったい何処の神か知らないが、思う存分語り合っていこうじゃないのさ。
 アタシは付き合うよ、先にあちらが潰れちゃったらその限りではないけどね」

 ――その光景を一言で形容するならば、ミサイルの撃ち合い、であった。

 一体何キロ先から来ているのかも分からない、黒い流星の弾雨。
 これに対抗すべくスカディの射る、鋭利にして重厚なる弓撃。
 絵面の派手さは前者に譲るが、しかし威力も速さも全く譲らない。
 雪村鉄志へ放った一矢が、彼女にとってはただの呼吸にも等しい通常攻撃だったのだとよくわかる道理を逸した神域の矢。
 超長距離と言っていい間合いで撃ち合いが成立している理由はひとつ。
 スカディも、そして恐らく仕掛けてきた側である流星の弓兵も……互いに互いの位置座標をリアルタイムで認識し続けているという点にある。

「……まったく先方には同情するよ。喧嘩を売る相手は選ばないとね」

 狩猟の千里眼。
 そして天に瞬く父スィアチの両眼。
 ふたつの眼を併せ持つスカディは、あらゆる敵を見逃さない。

 ただし惜しむらくは、今が昼……とまでは言わずとも、未だ太陽の沈まぬ夕暮れの時間帯であること。
 昼に星は瞬かぬ。太陽の光ある状態では、星の輝きが照らせる範囲は著しく制限される。
 もしも現在の時刻が夜であったなら、スカディは文字通り地の果てまでも敵を追い詰め直接対決に持ち込んだだろう。
 だがまだ幾らか時刻が早い。だからこそ、現状の戦いの争点は"相手が星の眼の見据える範囲外に逃げ出すか""その前に仕留めるか"というところに落ち着いていた。

 追うはスカディ。
 逃げるは、命知らずにも狩猟の神へ矢を射った何処かの神擬き。

 夕暮れの空を駆ける、雪靴の矢。
 狩猟の女神が本気になれば、その射程は区など容易に越える。
 彼女の矢は冗談でも何でもなく、敵方の心臓さえ射抜き得る凶器そのものとなって彼方へ轟いているのだ。
 だからこそ、未だに間断なく黒い流星が降り注ぎ続けている。
 飛んでくる矢を迎撃しながら、それらの射手を抹殺するための流星群。
 亜切としては嘆息するしかない光景だった。
 こんな"前回"でもそうそう見なかったほどに冗談じみた光景が、この戦いが終わるまで自分の日常になるのだという実感ゆえのことだ。

(頭が痛いね。そもそもなんでこいつの矢を相殺なんて出来てるんだよ)

 北欧の、実在する女神。
 スリュンヘイムの麗しき花嫁。
 狩猟の神の矢を、姿も見えぬ敵は当然のような顔で相殺し続けている。
 亜切と彼女がこれまで屠ってきた英霊たちの中に、スカディの矢をまともに凌げた者は誰ひとりとしていなかった。
 それもその筈だ。文字通りルールの網目をすり抜けて現界した横紙破りの化身であるスカディは、そもそもサーヴァントの範疇を超えている。
 聖杯戦争に招かれ得るようなお行儀のいい英霊どもでは、女神にして巨人たる彼女の矢を防ぐにはあまりにも役者不足だ。

 赤坂亜切の経験した、前回の聖杯戦争――〈はじまりの聖杯戦争〉も、十分すぎるほどに規格外な戦いだった。
 聖堂協会の所有する〈熾天の冠〉を用い、開催が告げられた聖杯戦争。
 本来ならば厳格に管理され、そのもとに運営され、幕を閉じる筈の戦いであったのだ。
 が、そうはならなかった。まず第一にあったのは、此度の聖杯戦争に一族の命運を賭していたガーンドレッド家の妨害。
 慎重の皮を被りながらも、本懐に対してはなりふり構わない欧州の一族は事前に選定されていた聖堂教会の構成員を限りなく自然な形で抹殺することに余念なかった。これにより、〈はじまりの聖杯戦争〉は最初から半ば破綻した状態で幕を開けた。

 そんな不安定に目を付けない蛇杖堂とサムスタンプのはぐれ者ではない。
 蛇杖堂寂句ノクト・サムスタンプは、半壊状態の監督役、及びその一員達の排除と足止めに余念なかった。
 その結果として、誰も極東の島国を舞台に繰り広げられる乱痴気騒ぎに歯止めは掛けられなかった。
 いや、誰もその気がなかった――というべきか。

 動員され続ける無辜の市民。
 一向に果たされることのない運営の責務。
 崩壊していく都市、加熱していく各陣営の抗争。
 そして、産声をあげる〈本物〉。

 まさに地獄絵図だ。
 誰かの身勝手で常にどこかの歯車が狂っていた。
 それなのに無理やり聖杯戦争というシステムを動かし続けたものだから、最終的に特級の破綻が生じてしまった。
 ルールとは守る者があってこそ成立する、なんてよく言ったものだと思う。
 仮に誰かひとりでも正義を愛し、規範を守ることを尊ぶなんて輩がいたのなら、物語の行く末はもう少し違っていたのかも――

「……は。いや、それはないな」

 亜切はふと浮かんだ益体もない考えを一笑によって切り捨てた。
 神寂祓葉という規格外が目覚めてしまった時点で、自分たちの役柄が何であれ結末はアレ以外になかっただろう。
 それに――崩れゆく世界に眉を顰める者ならいた。合理ではなく、情や義憤でそんな顔をする者達が。
 例えば、楪依里朱のセイバー。そして他でもない、赤坂亜切自身のサーヴァントもその手合いだった。

 亜切のランサーは、端的に言うなら彼とは反りの合わない英霊であった。
 いや、合わなくなった……というのが正しいだろうか。
 赤坂亜切は最初から"こう"だったわけではない。
 神寂祓葉という光に灼かれることで、そうして初めて彼は妄信の炎鬼に変容したのだ。
 亜切の英霊はその堕落を否とし、最後まで引き戻そうと苦心していたことを覚えている。
 その事実に対しては結局何の感慨もないのだが、アレは哀れな生き物だったな、と思い返して苦笑する程度には記憶は濃かった。

 今のほうが、亜切としては余程やりやすく、そして気分もいい。
 狂い果てたと言えば聞こえは悪いが、良い酒を呑んで心地よく酔っているような夢見心地だ。
 しがらみがないから、だとか。自分で選択して歩む道だから、だとか。そんな健気な理由ではない。
 ――この道を進んだ先に待つ、最高の家族との未来が楽しみで仕方がないからだ。

 スカディのさっぱりとした気性も悪くない。
 彼女は神らしく、善悪に拘るということをしない。
 物言いが癪に障ることやその流儀を煩わしく思うことはあれど、その圧倒的な武力を亜切は愛している。
 規格外づくめの聖杯戦争においてはとても貴重な、眼前すべての障害物を力で押し退けて進めるワイルドカード。
 そんな存在が他でもない、お姉(妹)ちゃんとの未来に焦がれる自分の許へと舞い降りたのだ。

 だって、そんなのまるで――運命みたいじゃないか。
 口角が緩む。ついつい高揚に酔い痴れてしまうのも無理はない。
 だからこそこの状況に辟易の念こそ抱けども、悲観の念は微塵もなかった。

 赤坂亜切は夢を見ている。
 彼はただ、夢だけを追いかけている。
 それは星と星の激突という神話そのものの絵図を前にしても一切変わっていない。

 空の果てより来る黒い流星群。
 星の末弭の先にある生命、あまねく死すべしと祈る漆黒を。
 雪原を駆り/狩る女神の矢が、真正面から殴り飛ばす。
 都度迸る激震は、比喩でなく街を震わせていた。
 が、亜切もスカディもそのことを気にも留めない。
 狂人の耳には端役の阿鼻叫喚など届きさえしないのだ。

 足元の蟻を気に留める人間がいないように。
 揺れる大地に足を止める巨人もまたいない。
 進撃する。ただ、進む。
 狩猟ではなく、戦争のために足跡を刻み続ける。

 さながらそれは、禍炎の悪鬼の夢への歩みそのもの。
 他の何も顧みず、空の星へと手を伸ばす旅路。
 邪魔するならば焼き殺す。邪魔をせずとも焼き殺す。
 一切鏖殺の果てにこそ、夢見た団欒があると信じて。
 進むは悪鬼。統べるは女神。
 なまじ彼女は神だから、天からの罰さえ殴り飛ばしてしまう。


「――ん?」


 そんなふたりの歩み、正しくは。
 弓を射りながら進む女神の足が、おもむろに止まった。

「どうした? アーチャー」
「……ちッ。興の削げる真似してくれるじゃないか」

 はあ、と嘆息してスカディが弓を下ろす。
 それと同時に、彼方から飛来する流星の後続も絶えた。
 やはりスカディが撃ち返すから、あちらも已むなく撃ち続けていたらしい。
 肝っ玉が大きいのか小さいのか分からないが、今や重要なのは黒き星の神ではなくなっている。

「ああ、なるほどね。誰だか知らないけど、今日はずいぶん命知らずが多いみたいだ」

 ――赤坂亜切は恐るべき殺し屋であるが、しかし魔術師としての彼はさほど卓越した使い手ではない。
 そも、亜切自身に大成を目指す野心のようなものが欠片もなかったのだから致し方のないことではあるが、彼はあくまでも魔術師ではなく超能力者、魔眼遣いなのだ。
 その彼でも分かるほど明確な異常が、今まさに世界を、もとい彼らの周囲を覆い尽くしつつあった。

 日の光が――消えていくのだ。
 世界が無明の闇に覆い尽くされ、闇よりも冥く落ち込んでいく。
 誰が見ても明らかな結界術の行使。それも間違いなく、一介の魔術師の所業ではなかった。
 神代の巨人女神が"囚われる"まで気付けなかったほどの手管である。どう考えても人間技ではない、サーヴァントの宝具に類する事象だ。
 大方あの黒き流星との撃ち合いを察知して欲に駆られた第三者の仕業なのだろうが、事実上敵の腹の中に収められたも同然の状況であるというのに、スカディも亜切もまったく焦ってはいなかった。

「こちとら喧嘩なんて久方ぶりだからね、けっこう心が躍ってたってのに……」

 どこの誰だか知らないが、まったくもって命知らずだと言う他ない。
 女神の興を削ぎ、挙句自分たちと正面切って揉めようとするなんて。
 それは過信でも驕りでもない、ただ頑然たる現実に基づいた憐れみである。
 〈蝗害〉の本丸とさえ殴り合える、この聖杯戦争における最大武力の一角。
 傍らに控える主ですら、成長著しい黒白の魔女と殺し合える正面戦闘のエキスパート。
 わざわざ逃げ場のないリングまで拵えてくれるとは、滑稽通り越して頭が下がるというものだった。

 女神の眼光。
 同族の神でさえ恐れ慄いた剣呑の究極が、結界の主たる主従へと注がれる。
 彼らは逃げも隠れもすることなく、無明の只中に佇んでいた。
 大した度胸だと亜切は思う。勇敢と無謀の区別が付いていないことを除けば、実に見上げたものだと。


「――まずは不躾をお詫びします。話しても聞いてくれなそうだったので、こういう手段を取るしかありませんでした」


 そう言って胡散臭いほど様になった笑みを浮かべたのは、亜切よりも幾らか年上に見える青年であった。
 亜切も大概整った人相の持ち主だが、彼のそれはまさしく"甘いマスク"と呼んで差し支えないものだ。
 これほど見目麗しいなら、道を歩いているだけで女子諸君の熱い視線を浴びるのも日常茶飯事であるに違いない。
 そんな男が、光なき無明の中に立っている。慇懃に礼をする彼を、亜切は軽んじる姿勢を隠そうともせず鼻で笑った。

「ご丁寧にどうも。ただ見る目はないみたいだね。話の通じる相手に見えたかい、僕らが」
「まさか。"彼女"としのぎを削った〈はじまりの六人〉のお一人に、そんな侮り抱ける筈もありません」

 ――が。
 その挨拶代わりの悪意に歪んだ笑みが、一瞬にして形を変える。
 亜切が眉を顰めた。その眉間に顕れた皺が、彼の放った言葉の持つ重さを物語っている。

「申し遅れました。僕は香篤井希彦、と申す者です」

 この聖杯戦争が、一度目でないことを知っている。
 過去にあった大きな戦争の、その後日談であることを知っている。
 そして、"彼女"の存在と輝きを知っている。
 であれば〈はじまりの六人〉たる赤坂亜切は、決してその言葉を無視できない。
 その事実を目の当たりにして、希彦と名乗った青年は麗らかに微笑した。

「どうか話を聞いていただきたい。
 これは僕と、あなた――"彼女"に魅せられた者同士にとって、決して悪くないご相談になる筈ですから」



◇◇



 天津甕星は、悲劇の神である。
 いや、正確に言うならば神ですらない。
 神に限りなく近く、そう呼んでも差し支えないだけの武力を持ちながら、決してそれらと交わることがない。
 神の傲慢を憎み、武力をもって否を唱える――〈神の敵対者〉。それが彼女だ。
 故にその在り方は、英霊でありながら限りなくヒトのそれに近い。というかそのままと言っていい。
 直情的で向こう見ず。自分の運命にふて腐れていて、ひねているかと思えば時々とても素直。
 そんな性格だから、凍原の女神の挑発に対してついつい反射で矢を放った側面はあった。
 だが彼女自身、今はそんな自分の性根と軽率な行動を心底後悔させられていた。

「……っ、ひー……!」

 言い訳をするならば、こうなる。
 まさか撃ち返してくるなんて思わなかったのだ。
 何せあちらとこちらは相当な距離が空いている。少なくともどう頑張ってもお互いの姿が視認できる間合いではない。
 星神たる天津甕星は、宝具の限定解放およびスキル『慟哭の金星』の効果によって超長距離の狙撃を可能としている。
 それこそ、本気でなりふり構わないのならば東京都内のすべてを射程に収められる程度には、彼女は射手として卓越していた。
 だからこそ、反撃が来ないのを前提にして矢を放った。煽ってんじゃねーぞカス、というささやかな苛立ちで起こした行動だった。
 そしたらなんか反撃が飛んできた。これには天津甕星もびっくり。ワー!と叫ぶ勢いで矢を放ちながら、逃走の足取りを早める羽目になった。

(こっわ! いやヤバすぎでしょ聖杯戦争! 天津神のヘタレどもの方がまだぜんぜん穏便だったんですけど!?)

 何故位置を把握されているのか、については察しがつく。
 何せ彼女は、まがい物なりに星神の型に嵌められた存在なのだ。
 この世でもっとも高くから地上を見下ろすもの。
 それが星の神であることを、天津甕星という神号を与えられた少女はよく知っている。
 おそらくは敵もまた自分と同族。ないし、星に類する"眼"の宝具を持つ弓兵であると理解した。

 理解したはいいが、それでも戦慄は尽きない。
 今はまだせいぜい夕方と呼べる時間帯に入ったかどうかというところ。
 空の星など見えるわけもなく、道理に倣えば星(あちら)もそれは同じの筈である。
 にもかかわらず――昼の段階で此処まで視て、正確に追うことができるとは。

 いけ好かない神の典型とばかり思っていたが、その本質を取り違えていた。
 アレは、狩人だ。野山を駆け回り、兎や鹿を狩猟して暮らしを営む猟師のたぐいだ。
 ただ追討すると言っても、天津神の杜撰で驕り散らかしたそれとはわけが違った。
 感情任せのように見せかけて徹底した理詰め。逃げ場を、行動の余地を的確に奪う弓撃。
 それこそ感情任せに壊すのが取り柄の天津甕星には、絶対にできない種の芸当であった。
 戦闘狂でもない天津甕星としては、なるだけああいうおっかない手合いとは関わり合いになりたくない。
 ああいう規格外は、現代を生きる邪神そのものである蛇に任せておけばいいのだ。
 主のために首級をあげるなんて殊勝な心とは無縁の星神は、故に最初から抗戦の選択肢を捨てていた。

「とは言っても……ああもう、いつまで追いかけてくんのよクソデカ女!!」

 着弾する度に英霊の五体でさえ消し飛びかねない威力を撒き散らす巨人の矢を横目に、流星を乱射しながら天津甕星は毒づく。

 最悪、真名解放。
 余技ではない、正真正銘の"星の矢"を抜くことも視野に入れるべきか。
 神威の大星は強力無比だ。此処まで撃ってきた矢とは威力も速度も比較にならない。
 ただし反面、星神の擬体そのものを練り込み放つ大星は彼女自身の生命力を削り取る。
 よって可能なら、正念場が来るまで温存しておきたい手段ではあった。
 選択を迫られる。黙っていれば儚げで妖しげな美少女が舌打ちをし、苛立ちのままに顔を歪めた。


 ――が。


「……、あれ」

 そこで不意に、天の彼方から来る矢が途絶えた。
 狐につままれたような顔をしつつ、天津甕星も流星を射る手を止める。
 それからは待てど暮らせど、あの恐ろしく冴えた矢が向かってくる気配はない。

(やっと諦めた? いや、そういう質には見えなかったけど……。
 私があいつの観測範囲外に出られたのか、それとも――)

 白昼堂々アレだけ派手に戦(や)っていたのだ。
 誰か、漁夫の利なり何なり狙って行動でも起こしたか。
 真実がどれであるにしろ、天津甕星としてはようやく胸を撫で下ろせる展開だ。
 実に疲れた。本当に肝を冷やした。これに懲りて、もう雑に煽るような真似はしないことにしようと誓った。
 そうして振り返り、さあ帰ろうと一歩を踏み出したところで……


「――――っ」

 そこで少女神は、西日の照らす路地に佇む小さなシルエットを認めた。

 咄嗟に敵だと気付き、一度は下ろした矢に手を掛ける。
 いつからいたのか。何故、直接見るまでその存在に気付けなかったのか。
 理由はひとつだ。他に意識を割いていてはつい見落としてしまうほど、英霊としての気配が矮小(ちい)さすぎたから。

 水色の髪の少年だった。
 少なくとも見た目には、そう見える。
 だが青年のようにも、老人のようにも感じさせる……蜃気楼のように朧気な印象を孕んだ影であった。
 当代風のジャケットの袖を余らせ、両の瞳で時を刻む不可解な存在。
 天津甕星は先ほどまで撃ち合っていた雪靴の女神に対し向けていたのとはまた別種の警戒でもって、その小さな影を睥睨する。


「暗殺者(アサシン)……ってわけじゃなさそうだけど。どこの誰で、なんの用? 見てたなら分かるでしょ、こっちは今疲れてるんだよね」

 彼に対して分かることは、現状ひとつだけ。
 このサーヴァントは、自分がこれまで見てきたどの英霊よりも"弱い"。
 見かけで判断するのは愚策とか、そういう次元の話ですらないと断言できる。
 気配の希薄さ、頼りなさ。およそ鍛錬や研鑽とは無縁であろうか細い手足。
 ともすれば、本当にサーヴァントなのかと疑いたくなるほどの貧弱さ。それがひと目で分かるからこそ、逆に警戒が高まった。

 そう、弱すぎるのだ。

 何から何まで、あまりに弱く。
 お世辞にも、此処まで進んだ聖杯戦争の舞台に相応しい存在だとは思えない。
 だからこその不気味さと、そんな存在が術を弄するでもなく自分の前へ立っている奇妙さ。
 それが天津甕星の臓腑に、なんとも据わりの悪いものを広がらせていた。

「お前の事情に興味はない。ボクはボクの都合でしか動かない」
「……は? なに、喧嘩売ってんの?」
「あいにく、おまえのように馬鹿にはなれない性分でな」
「――うん、よし。それ以上喋らなくていいわやっぱり」

 今度のはさっきのとは違う。
 癇癪のまま武力を振るうわけではなく、かと言って売られた喧嘩を買うわけでもない。

「なんかあんたは、此処で殺しておいた方がよさそうだから」

 単純に、理解できないから殺すのだ。
 色鮮やかな体色の虫が路傍を歩いていたから、なんとなく踏み潰してしまうように。
 心の平静を保つために、目の前にある不安の種を摘み取ることにした。
 弓に矢を番え、流星を引き絞る。至近距離で直撃すれば欠片も残らない天災の星が、この期に及んでも表情を変えない少年の五体を消し飛ばさんとして。


「――――〈蛇〉は元気か?」
「……は?」
「蛇だ。名を神寂縁。"彼女"にとっては叔父だったかな。碌でもない女の血縁に相応しい性的倒錯者……覚えはあるだろう、天津甕星?」
「――、――」


 その矢は放たれることなく、構えたままの格好で停止した。
 天津甕星の顔に浮かぶ表情は、苛立ちでも戦慄でもない。
 ただ、絶句していた。それもその筈だ。
 今この少年が言った言葉には、自分たち以外この世の誰も知らない筈の情報が含まれていたのだから。

「あんた、一体…………」

 何故、自分の真名を知っている。
 何故――"あの男"の名前を知っている。

 〈支配の蛇(ナーハーシュ)〉。
 社会の闇、黒幕。命を喰らって肥え太り、魂の数だけ顔を持つ起源覚醒者。
 死徒や神、悪霊のいずれとも似て非なる体質を持ちながら、英霊さえ凌駕する暴力を秘めた突然変異種。
 それほど強いにも関わらず、あの蛇は藪に紛れることを好む。
 名を偽り、顔を偽り、自分に迫る者は弄ぶか殺すかして必ず排除する。
 天津甕星の知る限り、この針音都市で彼の名を知る者は三人。
 自分。彼自身。そして蛇の擬態を看破した、ジャックとかいう魔術師。
 その筈だった。しかし此処に、真実まったく感知しなかった例外が躍り出た。

「蛇杖堂の老害に接触したなら聞き及んでいるだろう。
 現在は過去と地続きで、過去の残骸は何食わぬ顔でこの都市を闊歩している」
「……おい、質問に――」
「ボクもそのひとりだ。クラス・キャスター。聖杯戦争の〈はじまり〉を識る者。そして」

 天津甕星にとって、蛇と魔術師の会話は知ったことでない内容が大半だった。
 彼女は自分を蛇の暴力装置と自覚している。どだい智謀は苦手な性分だ。わざわざ頭を痛めることもないだろうと思い、相手が下手な行動を起こさないかどうかだけに意識を傾けていた。
 そんな彼女でも分かったことだ。どうやらこの世界は、聖杯戦争は、何処かで誰かが繰り広げたそれの焼き直しでしかないらしい。
 であればこそ、あの嫌味な魔術師の同類だという彼の言葉はさしもの天津甕星も無視できるものではなかった。

「それを征した者。神寂祓葉という女と共に、聖杯戦争を再び興した"黒幕"だよ」

 ……運命の〈加速〉を望むのは、舞台設営に奔走する奇術師だけではない。
 何故なら彼女がそれを狙う前から、この男はそうなることを望んでいる。
 壮大なジュブナイルの頁を、風情も糞もなく読み飛ばすように。
 彼は最初から、あらゆることにおいて、最後の一頁(エンディング)以外に興味を持っていないから。

 ――彼は黒幕。造物主に仕え、利用し、大願成就を目指して一意専心に歩み続けるなり損ないの救世主。

 そして。
 彼も、彼らもまた、聖杯戦争を戦い馳せる役者のひとり。
 そうあることを、都市の神たる少女は望んでいるから。
 だからこうして、黒幕たる彼は恥も外聞もなく表舞台に上がってきたのだ。



◇◇



「神(アタシ)の邪魔をするなら、命を賭けろよ」

 無明の中で、静かに名を告げた青年――希彦。
 それに対する女神の返答は、徒手による頭蓋への一撃だった。

 スカディは女神であり、同時に巨人でもある。
 その腕に込められた暴力は、およそ規格外と言って差し支えない。
 無論、ひ弱な人間の肉体で耐え凌げるものでは決してなかった。
 そして、これに反応することもまずもって不可能だ。
 巨人の感覚ではただ拳骨を落とすだけのつもりでも、人間にとっては超高速で迫る隕石の直撃に等しい。
 よってこの瞬間、香篤井希彦の死が確定した。

「……は。何だい、えらい肝の据わった餓鬼だと思えば」

 ……筈が、此処に女神さえ驚かせる不可解な事象が発現する。

 スカディの拳が直撃した筈の希彦の頭部は、歪みも凹みもましてや砕けなどすることなく、薄笑みを浮かべたまま存在を継続させていたのだ。
 骨肉を砕くなんてことはおろか、薄皮一枚さえ破けていない。皮膚に赤みが生じることすらしていない。
 ならば巨人の鉄拳でさえ及べないほどの強度が彼にあるのかといえば、どうやらそれも正確ではなかった。
 何故なら殴りつけたスカディの側も一切の痛痒を感じていないどころか、"自分は今本当に彼を殴ったのか"どうかさえ判然としない、なんとも居心地の悪い空白を感じる羽目になっていたから。

「そりゃ備えのひとつもしますよ。僕らだって馬鹿じゃないんです。
 白昼堂々"神代の戦い"を演じてのけるような規格外のご婦人と丸腰で相対するなんて、とてもとても」
「ハ! 歯の浮くような台詞を吐くもんじゃないよ。
 ……だが、まあいい。そういうことならこの場でアタシに出来ることは皆無だ。
 大人しくアンタの描いた絵の背景に成り下がってやろうじゃないのさ。おたくの爺さまに感謝することだね」

 赤坂亜切もまた、スカディに遅れてこの空間の異常性を認識していた。
 彼も彼で、魔眼封じの眼鏡を外し――自身の魔眼を行使する選択に出ていたからだ。
 が、結果は不発。炎は生じず、焼死体は生まれない。
 これは赫炎の発火能力者(パイロキネシスト)である彼にとって、生まれて初めての経験だった。

「なるほどね。あらゆる力、いや事象そのものの流動を阻んでいるのか。
 太陽と月を隠して世界を無明に落とし、それを以って不動不変の境地を擬似的に造り上げる――言葉で言うほどたやすい芸当でもないだろうに。こりゃ確かに、僕ららしいやり方じゃ打つ手はなさそうだ」

 ため息混じりの言葉に、希彦の数メートルほど背後の空間に座り込んだ白髭の老人がニヤリと笑った。
 此処まで一言も口走らずに静観しているが、アレがこの結界の主で、そして希彦のサーヴァントであることに疑いの余地はないだろう。

「どこかで聞いたことのある姓だと思っていたけど、おかげさまで思い出したよ。
 伝統の安売りでインチキ臭い占い界隈と同等に成り下がった絶滅危惧種……にしちゃ見事じゃないか」
「否定は出来ませんね」

 亜切が笑い、希彦も笑う。
 互いに笑みを向け合っているというのに、そこに和やかな雰囲気は欠片もない。

 万物は陽と陰の間で絶えず流動している、だからその両方を閉ざせば世界は変化することのない無明に沈む。
 その発想は、陰陽思想の骨子とも言うべきものだ。亜切に限らず、魔術の世界に生きる者であれば誰でも気付けるほどに解りやすい。
 そして香篤井という苗字。"陰陽師の名門の末裔"という境遇そのものを触媒にし、極みに達した術師を呼び込んだというところだろう。
 もっともこれほどの芸当ができる陰陽師など、歴史をひっくり返しても片手の指の数に届かない程度には限られる。
 手の内を晒し、かつ真名の候補さえ絞らせる――それだけのリスクを背負う覚悟をもって、希彦は今悪鬼の主従と相対していた。

 そんな姿勢は、亜切にも伝わっている。
 どの道打つ手がないのなら、思惑に乗ってやるのも一興だろうと判断した。
 眼鏡を掛け直し、話だけは聞いてやる、と無言の内にそう示す。
 希彦はそれを受けてまた微笑し、「恐縮です」と思ってもいない台詞を吐いてのけた。

「実のところ、彼女からすべてを聞かされたわけではありませんでした。
 ただ交わした会話の内容と、こちらのサーヴァントの推察。
 それを元に考えた結果、どうやら僕らがやらされているのは"二度目"の聖杯戦争であるらしいと分かりました。
 であれば彼女の性格上、以前殺し合った連中……もといご友人を役者として招いている可能性が高いなと」
「優秀じゃないか。つまり僕に接触した時点では、関係者だという根拠まではなかったと。僕はまんまとカマをかけられたわけだ」
「根拠ならありましたよ。あなたのサーヴァントの戦いぶり、その力量が根拠だった。
 もっとも確信ではなかったので、カマをかけさせていただいたのもまた事実ですが」

 多少癪ではあったが、この程度で噴飯するほど亜切はプライドが高くない。
 それに、目の前の男に対する純粋な興味の念もあった。
 祓葉がまたぞろ誰かに粉をかけているのは想定内。
 だが、ではどのように関わったのか。そしてどのような影響が生まれているのか。
 彼女をよく知る先人として、いずれ彼女の兄か弟になる身として、知っておきたいと思ったのだ。

「……で? 君は僕のお姉(妹)ちゃんとどういう関係なのかな」
「お姉……えっ?」
「聞こえなかったかい? 僕のお姉(妹)ちゃんとどういう関係なんだ、と聞いたんだよ」
「は、はあ……。ええと、ですね……。
 その、一言で言い表していいものかは分からないのですが――」

 理解不能な台詞が出てきたことに、一瞬希彦は素っ頓狂な声を出した。
 だが、すぐに相手が狂人であることを思い出したのだろう。
 特に抱いた違和感を追及するでもなく、しかして引き続き歯切れ悪く言葉を詰まらせた。

「おいおい、男がモジモジするなよ気持ちの悪い。
 君、僕より歳上だろう? お姉ちゃん力の高い女の子なら眼福だけど、同性にされてもサブイボが立つ」
「し、失礼しました。……何分これを人に伝えるのは初めてでして。
 僕なら平常運転でスマートにやれるものとばかり思ってたんですが……いやあ、僕もまだまだだなあ」

 眉を顰めて急かす亜切に、希彦はやや染めた頬をぽりぽりと掻きながらぼやいた。
 もし仮にこの無明が展開されていなければ、この時点で亜切は話を打ち切って彼を燃やしていただろう。
 だがそんな禍炎の悪鬼はこの時まだ知る由もなかった。
 この程度で苛つくなんて馬鹿らしいと、そう思えるくらいの爆弾がこの後投下されることになるなどとは。


「実はですね――先刻、神寂祓葉さんにプロポーズをさせていただきまして…………」


 ……。
 時が止まった。
 亜切が硬直して。
 彼の後ろで退屈そうに欠伸を漏らしていたスカディさえ、「へ?」と口に手を当てた格好のまま固まっている。
 希彦は照れ臭そう、されど満更でもなさそうな顔で口元を緩ませ、結界の主である老人は天を仰いでくつくつ含み笑いを漏らしていた。
 そんな一瞬よりやや長い、時間にしておそらく数秒の沈黙が開けた時。

「…………あ゛?」

 奇しくも炎の狂人は、求婚を受けた本人からこの話を告白された黒白の魔女と同じリアクションを返していたのだった。



◇◇



 黒幕。
 神寂――祓葉。
 唐突すぎる告白を受け、天津甕星は唇を噛んでいた。
 理解が追い付かない。今ほど自分の地頭の悪さを呪った試しはなかった。

「話を進めて構わないか? 呆けるのはいいが、ボクの時間は物分かりの悪い馬鹿のために流れているわけじゃないんだ」
「はっ。…………いいよ、続けて。でも聞く価値なしとみなしたらこの場で撃ち殺すからね。現時点でもう既に結構殺したくなってるから」

 遠慮もへったくれもない悪態。
 少女期そのままの気の短さが、この時ばかりは役に立った。
 脳が怒りで活性化されて、なんとか強引にでも思考を続行することができたからだ。
 天津甕星の威嚇は無視しつつ、少年――〈はじまり〉の科学者(キャスター)は言葉を続けた。

「ジャックとの対峙でお前達は何を聞かされた? 奴のことだ、どうせ何か情報を渡してきただろう?」
「……それをあんたに教えなきゃいけない理由は? いきなり黒幕とか名乗ってきた相手に教えてやる義理とか、どう考えてもひとつもないと思うんだけど?」
「はあ。分かってはいたが、本当に頭が悪いんだな」
「あ゛ん? やるか?」
「ボクがお前に持ちかけているのは要求じゃなく取引だ。
 お前がボクを信用するしないは勝手だが、その時はお前の雇用主を直接訪ねることになる。
 どうあれ結果が変わらないのなら、余計な手間はお互い省いた方が合理的だと思わないか?」
「いちいちムカつく喋り方すんなこいつ……」

 天津甕星は心の中で祓葉なる人物に少し同情した。
 とはいえ、同じ姓を持つあの男があんな醜悪な毒蛇なのだ。
 これと勝ち抜いて聖杯戦争を"再走"している祓葉とやらも、どうせ碌でもない女なのだろうが。

 それはさておき。
 少し悩んで――天津甕星は結局、求められた情報を開示することにした。
 蛇に許可を仰いでもよかったが、なるべくならあの変態とは話したくない。
 脳裏にあれの粘っこい声が響くのは、結構本当に不快なのだ。

「……楪イリスとかいうガキを狙え、みたいな話だったよ。
 ジジイの趣味にもギリギリ合致する年齢だったらしくて、あいつも結構乗り気」
「腹立たしいが最善手だな。知っていたのか山勘なのかは知らないが、あの蝗に対抗できる存在はそれこそ〈蛇〉くらいのものだろう。
 ボクとしては赤騎士や雪靴も有力候補だと思うけれど、チョイスとして最善なのは否めない」
「蝗? えっ、じゃあもしかして〈蝗害〉の元締めってこと?」
「そういうことだ。ボクとしても彼女達は有用な存在だから、おまえ達にその仔細を教えてやるつもりはないが」

 天津甕星の眉間に再び皺が寄る。

「……教えてやるつもりはない、って。本気で言ってるんだったら今度こそ本当に怒るけど?」
「早合点は馬鹿の特徴だ」
「よし。ころーす」
「〈蛇〉を追っている男がいる。何の因果か、つい先ほどそれが〈蛇〉に怨恨ある者達と合流した。紆余曲折はあったろうが、生憎彼らは善玉揃いだ。ボクの見立てでは、同盟関係に発展した可能性が高い」
「……なんであんたにそれが分かんのよ」
「忘れたか? ボクはこの都市の"黒幕"だぞ。これも仔細を答えるつもりはないが――ゲーム盤の役者どもの挙動は常に把握している。この都市において、ボクが知り得ない情報はひとつもないと思え」

 荒唐無稽に過ぎる話だが、〈蛇〉の真名を知っているという事実がそれに無二の根拠を与えている。
 だから天津甕星は黙り込むしかなかった。
 それを納得と判断してか、キャスターは続ける。

「善玉というのが厄介でな。小心と笑ってくれてもいいが、恐らく彼らはいずれこの都市そのものに弓を引く。
 聖杯獲得よりも生還枠を増やすために黒幕(ボクら)を打倒しようと考えることは想像に難くない。そういう連中だ」
「マジで小心じゃん。そんなの摩訶不思議な黒幕さんパワーでどうにかすればいいんじゃないの」
「基本はそれで済む。ただ一騎、忌まわしいモノが混ざっている」
「忌まわしいモノ?」
「真名を"デウス・エクス・マキナ"。古代アテナイの詩人、エウリピデスの仔だ。
 ボクはこれを〈救済機構〉と呼んでいる。ともすれば七つの人類悪に比肩し得る、鋼の神性だよ」

 ――デウス・エクス・マキナ。
 ――機械仕掛けの神。現代ではその名は、もっぱらこう言い換えられることが多い。

 "ご都合主義"、と。

「救済機構が完成を迎える確率は限りなくゼロに等しい。
 砂漠の砂の中から、一粒のガラス片を見つけ出すようなものだ。
 だが、ボクにはその"ゼロではない確率"が忌まわしい。
 ボクは奇跡が実在してしまった時、世界がどうねじ伏せられるのかを知っている。だから可能ならば、速やかに排除したい」
「……座が寄越した知識はそんな英霊が出てくること自体"あり得ない"って言ってるけど?
 それを脇に置くとしても、そのことと私が提供してやった情報がどう関係するのか分からない」
「分からないか? 万能の願望器よりも目先の善性を優先するような連中が、都市を蝕み命を喰らう〈蝗害〉を捨て置く筈がないだろう。
 ――それに、救済機構のマスターは〈蛇〉を追う復讐者だ。彼らの生存は、いずれお前達主従を脅かすかもしれない」

 楪依里朱という当座の標的と、それが統べる〈蝗害〉。
 善人揃いの同盟と、そこに混ざった〈救済機構〉。
 黒幕側の抱えてしまった危険因子と、ニシキヘビを追う復讐者ども。
 利害が一致する。神寂の姓を持つふたつの陣営の歯車が、此処で噛み合った。

「救済機構を排除しろ、天津甕星。それはきっとお前達にとっても益となる」

 ――物語を読み飛ばすのは臨むところだが、その結末を変えられては敵わない。
 ヨハン・エルンスト・エリアス・ベスラーは同族嫌悪を承知で、最新の神の死を望んでいた。



◇◇



 香篤井希彦のサーヴァント・キャスター。
 真名を吉備真備という老人が形成したこの結界術は、彼らにとって奥の手と言っていいカードであった。

 だが、それを出し惜しまなかったのは特に希彦にとっては幸運だったに違いない。
 もしも不変の無明が展開されていなければ、彼の末路が黒焦げ火達磨だったことは想像に難くないからだ。
 赤坂亜切から発せられる殺気に、浮かれていた気分もすぐさま吹き飛ぶ。
 なんだかんだで恵まれた環境で、困難に見舞われることなくのびのび才を開花させてきた希彦にとって。
 それは間違いなく――人生で初めて目の当たりにする、本気の殺意というものだった。

「…………まあ、返事は保留にされてしまいましたがね。
 しかし彼女からの返事が色好いものである可能性が少しでもある以上、それまでにやれることはやっておきたいんですよ」

 希彦は筋金入りのナルシストである。
 彼は自分を天下にふたりといない神童だと思っているし、なまじその信仰を貫けるだけの才覚を有していた。
 その彼が今、ともすれば膝を屈しそうなほどの圧力を覚えている。
 同じ人間を前にしているとは思えない圧迫感と焦燥感。真冬の野外に裸一貫で放り出されたみたいな寒気が、骨の髄までを凍えさせてやまない。

 だとしてもその臆病風を表に出さずに済んだのは、希彦の人並み外れて高い自尊心と。
 そしてやはり、神寂祓葉という運命の女(ファム・ファタール)と出会ったことに背を押された結果だったのだろう。
 祓葉に伴侶として認められたいと願う自分が、たかだか彼女の旧敵程度に臆しているわけにはいかない――
 そんな思いが希彦にこれまでなかった芯を与えていた。良いことか悪いことかは別として、男はもうただの現実を知らないナルシストではなくなっていたのだ。
 それに、此処で臆さないことには単なる形式以上の意味がある。
 希彦の想定する"神寂祓葉を知る者"達の弱点。これを引き出せればこの接触は対等どころか、自分が一方的に目の前の先人をしゃぶり尽くせるものに変わる余地さえある筈だと、希彦は信じていた。

「彼女を知り、その尊さを知るあなたの現状に対する私見を聞きたい。
 その上で、あわよくば共に彼女の進む道を整備したい。それが、僕がこうして対話を持ちかけた理由です」

 故に然と告げる、自分の意思を。
 微塵も譲らず、まず対等として見据える。
 亜切の視線の鋭さとそこに込められた情念は、彼が希彦とは明確に質の違う存在であると物語っていたが。
 意外にも次に亜切が口にした言葉は、剣呑な脅迫や恫喝とは無縁の問いかけだった。

「――君は」
「……はい?」
「君は、彼女とどのくらいの付き合いなのかな?」
「……僕の拠点としているアパートを彼女が訪ねてきたんですよ。
 そこで対話をして――すぐに理解しました。彼女はまさしく星で、そして花だと」

 神寂祓葉という少女をひと目見た時の衝撃は、今でも忘れることができない。
 世界のすべてが色褪せたような、白飛びしたような感覚があった。
 美女には目がないと自覚していたが、そのすべてがあの瞬間に過去になった。
 断言できる。アレと並ぶモノなど、この世にひとりとしているはずがない。
 まさに運命。自分という麒麟児のもとにやってきてくれた高嶺の花、僕だけのファム・ファタール。
 だからこそ、彼女に対して口にした言葉のすべてに後悔などあるはずもなく。
 彼女と紡ぐ未来予想図の輝かしさが、今希彦に正真正銘の狂人と相対する勇気を与えていた。

「僕は彼女を手に入れる。たとえ彼女が僕の求婚を拒んだとしても、僕はこの歩みを止めないでしょう。
 察するにあなたも、僕と同じように彼女の輝きに焦がれた男であると見受けますが――如何に?」

 たとえ何であれ、この燃え盛るような〈恋慕〉は止められないし止めさせない。
 堂々たる断言。見方によっては、宣戦布告ともなり得る言葉を希彦は吐いた。
 これに対し、赤坂亜切。〈妄信〉の悪鬼は――怒りでも、殺意でもなく。


「はっ」


 乾いた。
 心底、呆れたような。
 そして――心の底から憐れむような。
 そんな失笑をひとつ、こぼした。


「ああ、何かと思えばそういう感じね。
 はいはい、分かりました。
 いいよ、協力ね。承ろうじゃないですか、うん」


 そこにはもう、さっき見せた殺意は毛ほども残っていない。
 こうなると、希彦は呆気に取られるしかなかった。
 さながら別人だ。火山と大河を交互に見せられたようなもの。
 二の句が継げず戸惑う彼に、亜切は続ける。

「一度しか言わないので、頑張って記憶してくださると。
 蛇杖堂寂句、ホムンクルス36号、ノクト・サムスタンプ、そして〈脱出王〉ことハリー・フーディーニ
 これが僕の追っている〈はじまりの六人〉の名前です。"彼女"のことを想いその敵を排除したいと思うなら、これらの名前を排除することが賢明でしょう。僕としてもあなたが消してくれるのだったら、面倒が省けて助かる」
「……それは、どうも。優先順位を聞いてもいいですか?」
「はいもちろん。と言っても、あなたにお願いしたいのは最後のひとりです。
 〈脱出王〉、ハリー・フーディーニ。どうにもこいつは捕まらなくてね。
 逃げ足が速い上に頭も回る、面倒な鼠です。そう考えると陰陽道に精通し、世界を点でなく面で見つめるあなた方はこれを捕まえるのにうってつけの人材でしょう。今は果たして男なのか女なのかわかりませんが、何分目立ちたがりなので身元の特定にはそう苦労しないかと思います。戦闘や策謀とも違う分野で躍動する手合いなので、ある意味〈六人(ぼくら)〉に触れるなら最もハードルが低いかなぁと」
「ひとり足りないような気がするのですが」
「残りはイリスという少女です。ただ彼女は相対的にいろいろマシで、期待してる働きもあるのでね。基本的には無視して結構」

 ――唇が貼り付くような据わりの悪さに、一転希彦は苛まれていた。
 先ほどまで、希彦は目の前の魔人に対して優位を握っていた自信がある。
 先手を取って真備の宝具に取り込んだ上で、神寂祓葉との縁というカードを切り精神面でも上を行った。
 祓葉への執着という狂気に浮かされた彼らは、あの麗しい少女が絡めば誰も冷静でいられない。
 実際に彼女へ灼かれた希彦にはそれが分かったから、殺意がその先に発展しない無明を活用し揺さぶりをかけた。
 ……のだが、むしろ遭遇した時より相手を冷静に――冷めさせてしまっているらしいこの状況は如何なる事態か?

「……なるほど、分かりました。
 ちょうどこの街で、〈現代の脱出王〉というフレーズを耳にしたことがあります。
 僕らなりのアプローチで躍動する手品師を掴んでみせましょう。その後どうするかは、こちらに委ねていただく形でも?」
「できれば殺してほしいですが、まあお任せしますよ。もし殺せるなら上々、殺せなかったらやっぱりね、という感じなので」
「あなたが先人なのは認めますけど、僕はずいぶん低く見積もられているようですね」
「はは。気に障りました?」
「まあ、少々。とはいえこの先は戦果で魅せるとしましょう。今は存分に先輩風を吹かせてもらって構いません」

 香篤井希彦の自尊心を少なからず傷つける物言いに腹が立たなかったと言えば嘘になる。
 サーヴァントである吉備真備にさえ、こうも露骨に見下された試しはない。
 ただ此処で憤懣を露わにしたところで、せっかく掴んだ"前回"の残滓を無駄にしてしまうだけだ。
 受けた屈辱は忘れない。今はそれでいい。どうせ時が来れば、この男がご執心の"彼女"は自分と共に歩むことになるのだから。

 ――そうなった時、思う存分に滑稽さを笑ってやるとしよう。
 甘いマスクの下に野心を隠して、希彦は思いの丈を噛み殺した。

「連絡先は……ああ、この結界は電化製品のスイッチも入らなくなるのか。
 じゃあ解いた後にお渡ししますよ。解除を見計らって焼き殺すなんて無粋はしませんのでご安心を」

 スマートフォンをしまいながら言う亜切。
 思うところはあるが、希彦の望んでいた関係性の締結に漕ぎ着けることはできた。
 彼女との約束の時間が来るまでに、〈脱出王〉ないし亜切が伝えた三人のどれかの首でも獲れば。
 それを手土産にすることができたなら、彼女に求婚した身として箔も付くだろう。
 悪くない流れだ。やはり自分は、世界に、そして運命に愛されている。
 華やぐ未来を見据えながら、香篤井希彦は〈はじまり〉の悪鬼との邂逅を終えた。
 失ったものは何もなく、得たものは討つべき敵の名と、恐ろしい女神を引き連れた殺人鬼との縁。

 すべては順風満帆に進んでいる。
 希彦は未だ、それを疑いもしない。
 嗤う悪鬼の瞳と、背後から己を見つめる老人の視線の意味に気付くこともなく。
 〈恋慕〉に魅せられた男の聖杯戦争は、酩酊のような熱暴走を始めていた。



◇◇



「……話は分かった。確かに、あいつにとっても、"私"にとっても悪い話じゃない」

 幾ばくの沈黙の後、天津甕星はため息と共にそう吐き出した。
 如何にやさぐれてはいても、彼女も聖杯に用のない英霊ではないのだ。
 むしろ天津甕星は、聖杯を手にすることによる真の意味での昇天をこそ望んでいる。
 もう置いていかれたくない。神になどならず、ただの星として消えてしまいたい。

 その願いを、よく分からないご都合主義に食い潰されては堪ったものではない。
 それを言うならこのキャスターの陰謀も同じなのだったが、導線が示された以上、先に叩くべきがどちらかは明らかだった。

 神寂縁は強大だ。
 忌まわしく、またひどくおぞましい生き物だが、人でも英霊でもない魔物としておよそアレ以上の境地はそうそうないだろう。
 ましてやその上で、彼の纏うヴェールが健在のままであり続けるのなら――〈支配の蛇〉は単純に最強である。
 そこに迫ろうとしている過去の遺物どもを蹴散らしつつ、傲慢な救済者を排除できるというのは悪い話でもない。
 そして天津甕星という英霊は、星の弓神は、そういう仕事にこの上なく長けている。
 神さえ射殺す黒き流星。未完成で不完全な幼神など、瞬きの内に消し飛ばせる筈だ。

「いいよ、受けてあげる。呪われた姓に楯突く奴らは、早めに消えてもらいましょう」

 ただ、と天津甕星は続けた。
 その瞳で、時計の双眸を見据え。
 口にしたのは、ごく個人的な疑問だった。

「――あんた、何が目的でこんなことやってんの?」
「……お前に話す必要性が浮かばないが?」
「あのね、ちょっとは胸襟ってもんを開きなさい。
 こちとら使い走りになる気はないのよ。
 要求はするけど譲歩はしませんじゃ、命令を聞く気も失せるってものでしょ」
「偉そうに。東洋の擬神ごときが、このボクに説教か?」
「あんたさぁ。私がそのナントカ機構に肩入れして、手組んで自分を殺しに来るとか思わないわけ?」

 呆れたように言う天津甕星に、キャスターはわずかに眉を寄せた。

「意味がないな」
「あるでしょ。この世界の神はあんたらだ。
 私が驕り高ぶった神を相手にした時に何をするか、まさか知らないわけじゃないわよね」

 実際、警戒の度合いで言うならば彼と祓葉に対する方がよほど強いのだ。
 それもその筈。いつ出来上がるとも分からない幼い神と、既に出来上がっている舞台の支配者どもならどちらが火急の問題かは明白である。
 それなのにこうまで偉そうに、上から目線で頼み事が出来る神経にはもう苛立ちを通り越して感服ものだった。
 自分も人のことは言えない自覚はあるが、いくら何でも此処までじゃない。

「……蛮人だな。中つ国の程度が知れる」

 キャスターは、黒幕の少年は面倒臭そうに嘆息した。
 猿の気持ちは分からん、とばかりの態度は変わらずだが、しかし彼なりに一理あると感じた部分もあるらしい。
 不機嫌を隠そうともせず顔に貼り付けつつ、少年は先の問いに答えることに決めたようで。

「人類文明の完成だ」
「……完成?」
「別に隠し立てすることでもない。実際、既に気付いた輩もいるようだし」
「おーい煙に巻くな。ぜんぜん分かんないっつの」
「それに、お前には対価として渡すつもりだった。
 これを渡せば、ボクの素性など簡単に割れてしまうだろう。
 よかったな、中つ国の蛮神。馬鹿なりに賢者の一手先を行けたわけだ」
「…………」

 やっぱり殺してやろうかこいつ……とこめかみ辺りの血管をひくつかせながら、天津甕星は"それ"を受け取る。

「……何――これ?」
「この世界に踏み入るための鍵として撒いた、〈古びた懐中時計〉。その完成版だ」

 "それ"は、時計であった。
 思えば確かに蛇の居室で見た覚えがある。
 動力源を必要とせず、永久に動き続ける記録装置。
 ただ蛇の部屋にあったものよりも、これは新鮮な輝きを帯びていて……英霊ならばすぐに分かるほど明確な、静謐と暴性を兼ね備えた恒星の如き力の脈動を放っていた。

「幾つかの制約を組み込んではいるが、基本的にボクとその契約者に対する敵対行動以外であれば支障なく動く」
「炉心、ってこと……?」
「そうだ。魔力効率の急上昇に加え、お前の宝具が持つ欠陥を補うことにも用をなせるだろう。
 かつては英霊でさえ装着に堪える代物ではなかったが、今は既に最適化を終えてある。その気になれば生まれたての赤子や、死にかけた子犬でさえ運用することが可能な万能炉心だ。
 ボクの知る限り、この都市でこれを最も上手く扱えるのはお前達の主従だと思う。
 どう使うもお前次第。忌まわしの怪物を更に手のつけられない全能者にするも、屑星の霊基を真の神性に近づけるために用いるも良し。貴重な実験データとして糧にさせてもらう」

 エネルギーの枯渇という概念を克服した装置、あるいは炉心。
 それはこの現代においては、既に実現不能、机上の空論の烙印を押されて久しい。
 純粋力学と熱力学が揃って否を突き付け、皮肉にも"それ"が空想であると確かめる過程は人類の科学に小さくない進歩をもたらした。
 近代科学史の徒花。いや、そう呼ぶにも値しない枯れ尾花。

 ――その例外が今、古の悪神の手に握られている。本来であれば天津甕星にその意味を理解できるほどの知能はないのだったが、英霊の座が現界に伴い彼女に与えた知識が、この〈万能炉心〉が生半な宝具などとは比べ物にならない奇跡革新の産物であることを理解させていた。
 そして同時に、英霊の真名をも。
 人類史の徒花にして枯れ尾花たる、ある詐欺師の名を浮かび上がらせる。

「なるほど、ね。にわかには信じ難いけど、そういうことなら納得できたわ。
 道理で弱いわけ。そもそも召喚されるに足る霊基を持ってたことすら疑わしいわよ」

 これが触れ込み通りの代物なら、世界のひとつふたつは簡単に救えるだろう。
 エネルギー問題は過去、現在、そして未来に渡り人類を悩ませ続ける永遠の課題だ。
 それが、この時計ひとつで吹き飛ぶ。正しくはそこに込められた理論が、恒久的に解決する。

「……ま。こんなものを渡されたんじゃ、袖にするわけにもいかないよね」

 何しろ天津甕星という一個人もとい一英霊にしたって、この炉心で弱点がひとつ消し飛んだのだ。
 彼女の宝具は、自身の霊基そのものを矢に込めて放つ。
 したがって過度に連発出来ない欠点を持つのだったが、無制限の魔力供給を可能とするこの外付けパーツがあれば――
 天津甕星は、その黒い流星は真の意味で果てを知らない、神滅の流星群となって天を覆い尽くすに違いない。

「それはそうと、もうひとつ質問していい?」
「まだあるのか」
「あんたもさっき自分で言ってたけど、私に話持ってくるより蛇(あいつ)に直接行った方が早かったんじゃないの」
「……それは」

 〈蛇〉の素性を特定できるほどに都市のすべてを知り尽くしているのなら、当然直接接触することも可能だった筈。
 確かに可能なら顔を突き合わせたくない相手なのは否定しないが、その方がいろいろと話が早かったのではないか。
 そんな天津甕星の疑問に、キャスターは珍しく口ごもった。
 「?」と首を傾げる彼女へ、少年はややあって。

「お前は、ボクの知り合いに似ていたからな。
 一から新たな人間と話す手管を模索するよりは、既存のノウハウを応用できる相手を選んだ方が合理的だと判断したまでだ」
「……、なにそれ。あんた人見知りなの?」
「黙れ。話は終わりだ」

 最後まで憮然な態度のまま踵を返すキャスターの脳裏には、ツートンヘアの少女の顔が浮かんでいた。
 祓葉ほどでないにしろ頭を悩ませてくれたかつての同盟者のあしらい方を、今回も応用したわけだ。

 彼は、人間を嫌っている。
 人間は愚かで、非効率的で、話すだけで心労が募る。
 だが、それらの織りなす文明はその限りではない。
 万華鏡のように広がり、美しき社会を描き上げる営みの結晶体。
 これを美しいと思うからこそ、ヒトとして生まれた彼による神話は幕を開けたのだ。

 救済機構(デウス・エクス・マキナ)など無用。
 必要なのはヒトの幸福ではなく、物語全体の幸福なれば。
 故に彼は、エウリピデスの仔の対極にある存在だった。
 その愛は確かに人類へと向けられているが――決して個人を見つめない。



◇◇



「驚いた。アンタ、もっと怒り狂うもんかと」
「そこまで心狭くもないよ。まあ一瞬イラッとはしたけどね」

 香篤井希彦との接触を終え、亜切はスカディを伴いながら光と変化を取り戻した町並みの中を進んでいた。
 あの後、別に何があったわけでもない。そして亜切の方も、希彦達に何かしようとはしなかった。
 結界が解かれてから連絡先の交換を行い、何かあれば連絡するように伝えて別れた。それだけだ。

「あの爺様はなかなか曲者だねぇ。潰しといた方が良かったんじゃないかい?」
「これは驚きだな。神代育ちの君のお眼鏡に適うとは」
「強さで言うなら上はいるだろうが、アレの厄介さは老練さだろうよ。
 力比べや目先の勝ち負けに固執せず動いてくる術師ってのはいつの時代も厄介なモンさ。
 ……まあアタシらが今までの話全部反故にして襲いかかったところで、奴さんがそれを想定してなかったとも思えないが」
「同意見だ。けどまあいいさ、思いがけない形で手札が一枚増えたんだ。
 彼、今が一番楽しい時期だろうからね。向かう先が〈脱出王〉にしろサムスタンプのクズにしろ、精々突撃かまして削ってくれたらありがたい」

 今の時点でも既に日常のヴェールがだいぶ捲れてきているが、だからこそ日が落ちて夜になればより上の混沌が待っているのは確実だ。
 であればやはり、今のうちはなるべく消耗を抑えつつ、来たる本物の地獄に備えたい。
 "流星の弓兵"の襲撃というアクシデントがあったとはいえ、今もその方針は不変だった。

 とはいえ、香篤井希彦という新たな役者が接触してきたことにはさしもの亜切も驚いた。
 その上、まさかこの世界で生まれた新たな祓葉案件とは。
 陰陽道という前回は存在しなかった方向のアプローチで〈脱出王〉を捕らえられるなら万々歳だし、そうでなくてもあの新たな"被害者"が亜切の敵に少しでも大きな不確定要素としてぶつかってくれれば重畳。
 どう転んでも亜切は損をしない。それに――

「……く、はは。それにしても幸せ者だなあ、彼」
「幸せ者?」
「ああ。あの様子だと彼はまだ、本当の彼女を見てないんだろう?
 これを幸せと呼ばずしてなんと呼ぶのかって話だよ。
 彼はこの先、ほぼ確実にもう一度お姉(妹)ちゃんに灼かれることになるんだ」

 ――なかなかに、見ごたえのある道化が出てきた。そういう意味でも、希彦と語らった時間は有意義だった。

「今の彼は……まあ〈恋慕〉ってところかな。
 僕のお姉(妹)ちゃんに欲情を向けた罪は万死に値するが、自覚があるだけサムスタンプよりはマシだね」

 イリスやジャックならば憐れむだろう。多分ノクトもそのクチだ。
 ハリーは笑う。ホムンクルスは、素直に怒るか色々考えるかどっちだろうか。
 そして赤坂亜切は、道化めと笑いながら、もう一度灼かれることの出来る彼を心から羨んでいた。
 神寂祓葉という生物の"本当の輝き"も知らぬまま、幼気な狂気を発露させた希彦には。
 この先もう一度、灼かれる機会が残されている。あるいはその時こそが、彼が本当の意味で〈はじまりの六人〉の立つ場所へ足を踏み入れる瞬間とも呼べるかもしれない。

「香篤井希彦さん。
 あなたはその時――――どんな狂気(かお)をするのかな」

 悪鬼は嗤う。
 道化を嗤う。
 どう転ぼうが最後にはすべて燃やし尽くすと決めているのに、悪趣味な愉楽に酔える性根はまさしく悪鬼のそれだった。



◇◇



 『秘封之法・陰陽无色(ひふうのほう・いんようむしき)』。
 結界宝具。唐土の日月を封じた秘術を再現する、サーヴァント・吉備真備の"奥の手"である。

 ただし奥の手と言っても、無限の物量で相手を圧殺するだとか、生前の友軍を召喚するだとかそんな分かりやすい強さをこの宝具は持たない。
 結界の範囲内における日月、もとい陰陽の観念を封じ込め、一切不変の無明を現出させるのだ。
 攻撃は出来ず、起こせる行動の種類も相当に限られる。亜切がスマートフォンを起動させることすら出来なかったのがその証拠だ。
 無論、真備や希彦だけは無明の中で自由に行動できる――なんて抜け道も存在しない。
 要するに、雑に使えば"何も起きない"宝具。華々しさとはまったく無縁で、戦闘の有利不利にはまず寄与しない難儀な鬼札を、今回希彦は"圧倒的な格上とノーリスクで対話する"ために使わせた。

 結果として、その試みは成功したと言っていい。
 現に亜切と彼の女神は希彦達に何も出来ず、交渉という希彦の目的はつつがなく完了した。
 得たのは〈はじまりの六人〉が一人からの認知と、彼以外の面々の情報。更には自分達の陰陽道(スタイル)で上手くアプローチ出来る可能性のある〈脱出王〉という蝶の存在まで教えて貰えた。
 魔力以外何も失わず、得るものだけは多かった……これが大成功でなくて何なのかという話であろう。

「……ああくそ、まだ腹が立つ。
 なかなか居ませんよ、この僕にあんな馬鹿にしたような態度が取れる人間なんて」
「そりゃそうじゃろ。お前なんぞ奴さんからすれば文字通りただの小僧みたいなもんじゃ。
 それが背伸びしてあれこれ奮闘しとるんじゃから、まあ微笑ましくもなるだろうよ」

 ぶつぶつとぼやきながら歩く希彦の足取りに、しかし祓葉と会う前のような現状への迷いや焦りは見受けられない。
 神寂祓葉という明確な"目的"を得た希彦は、此処では宙ぶらりんになりがちだったその優秀さを存分に発揮できるようになっていた。
 進む道の定まった天才。これが強くないわけがない。
 サーヴァントの一挙一動に振り回されていた頃の希彦はもういない。香篤井家の神童はこれより、家の名に恥じぬ辣腕を振るいこの戦争を馳せていくことだろう。
 それを支えるのは、陰陽道の極致に達した偉大なる先人。
 すべてを見通す千里眼こそ持たねど、逆に言えばそれさえあったなら、冠位(グランド)の位階にさえ手を掛けることが可能であったに違いない傑物だ。絵に描いたような盤石の布陣で、陰陽師主従は都市にその名を轟かせようとしている。

「のう、希彦よ。
 お前――あの赤坂っちゅう男を見て、どう感じた?」
「……そうですね。癪に障る奴でしたが、まあ思ったほどではなかったです。
 僕はもっとこう、対峙するだけで格の差で動けなくなるようなのを想像してたので。
 一瞬気圧されかけはしましたけど、アレなら僕とそう大差はないでしょう。勝てますし、思い通りにもならずに済みそうです」
「そうかい」

 希彦は振り返らない。
 そのため、後ろを歩く老人が肩を竦める動作をしたのには気付かなかった。


(――恋は盲目とはよく言ったものよ。眼が曇っちまっとるな)


 香篤井希彦の優秀さについては、吉備真備も十分に認めるところだ。
 にもかかわらずおちょくるような真似ばかりしているのは、それを素直に言葉に出して伝えると、希彦はますます天狗になるからだ。
 世の中には褒められて伸びる人間と、逆に褒められることで駄目になる人間がいる。
 真備の眼から見て、希彦は明確に後者だった。とはいえどこかで現実にぶち当たり、地面を転がって泥にまみれて、そうして学んでいけば間違いなく大物になるだろうと踏んでいたが――だからこそ真備にとっても、あの〈太陽〉との邂逅はまったくの想定外であった。

 希彦は恋に蝕まれている。
 もとい、曇らされている。
 平時の希彦であれば、寄る年波を受けて迷走気味であるとはいえ、香篤井という名門を背負って立つ麒麟児たる彼であれば、間違ってもあの"悪鬼"に対し"思ったほどではなかった"なんて台詞は出ない筈なのだ。

 真備の眼には、赤坂亜切という男はまさしく一体の鬼に見えた。
 瞳に地獄の爛炎を宿し、全身から煤と脂の香りを醸して佇む禍炎の悪鬼だ。
 更に彼に侍る神の女は、天を衝く巨体を有した、触れる者皆凍て殺す死の化身に見えた。
 まさに地獄絵図だ。それと向かい合う希彦の姿は、地獄絵に向かって弁を垂れているかのようだった。

 真備は自分が影法師であることを自覚している。
 言うなれば人類史という灯りが映し出した絵であり、残響であり、蜃気楼であり、白昼夢。
 無論その惰弱な霧に終わることを良しとするほどこの老爺は物分かりのいい男ではなかったし、受肉して新たな知識を蓄え、定命の限界のその先に達したいという欲望のもとに聖杯戦争へ臨んでいるのだったが――

(はぁあ、面倒臭いわ。星に爪を届かせたのは褒めるべきじゃが、かと言って"連中"のように成り果てちゃ意味がないわ。
 そもそもあんなんだから前回負けたんじゃろ、連中。
 焼き直しで先人気取りのロクでなしどもに倣ったところで待ち受ける運命は蝋の翼よ。人が太陽に近付くってのはそういうことじゃ)

 かと言って、悠久の時を超えて自分を呼び出したこの小僧を単なる破滅待ちの道化として使い潰すほど真備は冷淡でもなかった。
 散々おちょくり笑い者にしてきたし、実際彼の実力は真備の基準で考えればそこまで高いものとは呼べない。
 陰陽道全盛の時代に比べれば精々並より少し見どころがある程度。しかし、この現代で天才だ神童だと持て囃されるのは分かる。
 此処まで神秘が衰退し、こと陰陽道に関して言えば技術の継承とその立ち位置すら朧気な見世物紛いになりさらばえている時代だ。
 香篤井希彦は間違いなく天才である。少なくとも真備が、こんなけったいな戦に放り込まれたことを勿体なく思う程度には。

 ――おまえ達が誰であろうが、何をしようが、すべては些事だ。
 ――端役が舞台端で如何な名演を魅せようと、それが物語の結末を変えることはない。
 ――絶対的な主役の存在は、その他一切を霞ませる。

 傲慢な科学者(キャスター)の声が脳裏へ反芻される。
 真備は憤るでもなく、老人らしからぬ白い歯を覗かせていた。

「驕りおってからに。切れた端役が火でも放てば、舞台なんぞ簡単に台無しだろうがよ」

 くつくつ、と真備は笑う。
 老いて益々壮んなる彼は臆病を知らず、停滞を知らない。
 棗の筒に覆われた賽の出目が何であれ、彼には関係などないのだ。
 ましてや餓鬼のまま大人になったような、そんな青二才の思うままになって終わるなど断じて御免である。

 現在の不完全を許せない男は、神の如き力を手に入れた夢想家は、最後に一体何をするのだろう?
 真備は未だ、絶えることなく廻り続ける時計という奇跡を知らない。
 よって科学者の素性に辿り着ける根拠が、彼にはまだない。

 されど、この時点でも既に想像はできる。
 すべての"過程"を許せない男が目指す、未来。
 地獄と呼ぶには華々しく、されど浄土と呼ぶには偏執が過ぎる彼方。
 おそらくそれは、この惑星に存在するあらゆる"不完全"の、強制的な……

(ま、ええ。知識の蒐集って観点じゃ、確かに得難いモノが集められるだろうよ。さしもの儂も話に聞く限りでしか知らんからなぁ) 

 老陰陽師が、空を見上げる。
 作り物の空、針音の天空。
 鼻を擽る香りは爽やかそのもの。
 されどそこに微か混じる"それ"を、吉備真備は見逃さなかった。

 陰陽で世界を観測し、時に操作する大術師。
 そんな彼だからこそ、この舞台の誰より早くそれに気付く。
 今の時点ではまだ、だから何だという話でしかないが。
 それでも――知る者がいるのといないのとでは、話はまったく別で。


「人類(ヒト)を愛しすぎるってのも考え物よのぅ――――ケモノ臭えぞ、お前さん」



 棗の筒のように、閉ざされた世界。
 その内側で、賽は廻り続けている。
 からころ、からころ。
 最後に浮かび上がる目は、未だ無明の底。



◇◇



【目黒区・中目黒/一日目・夕方】

【赤坂亜切】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:『嚇炎の魔眼』
[道具]:魔眼殺しの眼鏡(模造品)
[所持金]:潤沢。殺し屋として働いた報酬がほぼ手つかずで残っている。
[思考・状況]
基本方針:優勝する。お姉(妹)ちゃんを手に入れる。
0:いやあ、羨ましいよ。僕ももう一度灼かれたいものだ。
1:適当に参加者を間引きながらお姉(妹)ちゃんを探す。
2:日中はある程度力を抑え、夜間に本格的な狩りを実行する。
3:他の〈はじまりの六人〉を警戒しつつ、情報を集める。
4:〈蛇〉ねえ。
[備考]
※彼の所持する魔眼殺しの眼鏡は質の低い模造品であり、力を抑えるに十全な代物ではありません。
※香篤井希彦の連絡先を入手しました。

【アーチャー(スカディ)】
[状態]:健康
[装備]:イチイの大弓、スキー板。
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:狩りを楽しむ。
1:日中はある程度力を抑え、夜間に本格的な狩りを実行する。
2:マキナはかわいいね。生きて再会できたら、また話そうじゃないか。
[備考]


【香篤井希彦】
[状態]:魔力消費(中)、〈恋慕〉、赤坂亜切への苛立ち
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:式神、符、など戦闘可能な一通りの備え
[所持金]:現金で数十万円。潤沢。
[思考・状況]
基本方針:神寂祓葉の選択を待って、それ次第で自分の優勝or神寂祓葉の優勝を目指す。
0:赤坂亜切の言う通り、〈脱出王〉を捜す。
1:神寂祓葉の返答を待つ。返答を聞くまでは死ねない。
2:すっかり言い忘れてしまった。次に彼女に会ったら「好きです」と伝える。それまでは死ねない。
3:上手く行ったときのデートコースも考えておかないと。夜にはホテルに連れ込むことを目指すとして、そこから逆算で……!
[備考]
二日目の朝、神寂祓葉と再び会う約束をしました。

【キャスター(吉備真備)】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:『真・刃辛内伝金烏玉兎集』
[所持金]:希彦に任せている。必要だったらお使いに出すか金をせびるのでOK。
[思考・状況]
基本方針:知識を蓄えつつ、優勝目指してのらりくらり。
1:面白いことになってきたのぉ。
2:希彦については思うところあり。ただ、何をやるにも時期ってもんがあらぁな。
3:と、なると……とりあえずは明日の朝まで、何としても生き延びんとな。
[備考]


【練馬区/一日目・夕方】

【アーチャー(天津甕星)】
[状態]:疲労(小)、気疲れ(中)
[装備]:弓と矢
[道具]:永久機関・万能炉心(懐中時計型)
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:優勝を目指す。
1:当面は神寂縁に従う。
2:〈救済機構〉なるものの排除……、一応あの変態にも話通さないとダメ? ダメだよね。はぁ。
[備考]
※キャスター(オルフィレウス)から永久機関を貸与されました。
 ・神寂祓葉及びオルフィレウスに対する反抗行動には使用できません。
 ・所持している限り、霊基と魔力の自動回復効果を得られます。
 ・祓葉のように肉体に適合させているわけではないので、あそこまでの不死性は発揮できません。
 ・が、全体的に出力が向上しているでしょう。


【キャスター(オルフィレウス)】
[状態]:健康、今になって祓葉のさっきの報告にイライラしてきた
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:本懐を遂げる。
1:作業に戻る。が、必要であれば盤面にも干渉する。
2:あのバカ(祓葉)のことは知らない。好きにすればいいと思う。言っても聞かないし。
3:〈救済機構〉始めとする厄介な存在に対しては潰すこともやぶさかではない。
[備考]



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最終更新:2024年11月07日 16:51