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『蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい』

           ――――マタイによる福音書10章16節



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 琴峯ナシロ
 高乃河二
 その従者、同じくランサー/エパメイノンダス

 そして、蛇杖堂絵里――――ヒトの皮を被るニシキヘビ。

 以上、役者は六名。
 立ち話は負傷のあるレミュリンに負担であろうということで、公園の端に備え付けられたベンチやちょっとした段差に腰掛けるなどして、六名三陣営は向かい合った。それぞれ、等間隔に多少の距離を空けている。

 ルーとエパメイノンダス、二人の槍兵は、己のマスターの傍に控えていた。
 といっても、ルーの方はレミュリンに治癒魔術をかけながらのことであったが。
 河二からの治療の申し出を断ったレミュリンだが、多芸なるルーは当然のようにルーンによる治癒も心得ており、彼による回復を受けながらの会談と相成ったのだ。
 蛇杖堂絵里を名乗った女性は、サーヴァントの姿を見せていない。
 琴峯ナシロのサーヴァントは……なにやら歓喜の奇声を上げながら、公園を駆けまわっていた。
 治療を受けながら、レミュリンはその光景に怪訝な顔を示した。レミュリンのみならず、絵里とルーもそうしていた。異様だ。

「………………悪い。その……なんて言うのか……」

 それが奇行であると、マスターたるナシロも理解しているのだろう。
 なんとか事情を説明しようと、言葉を詰まらせる。生半な言い訳は謎を深めるだけであるのは明白だった。

「……誤解を恐れず端的に言えば、あれは『魂喰らい』だ」

 助け船を出したのは、河二である。
 魔術の世界の知識に関してはナシロよりも河二に一日の長があり、やや言葉を飾らなさすぎる面もあれど、理論的に言葉を紡げる河二の方がこの場の説明には適していよう。
 実際、魂喰らい――――という単語にルーが眉をひそめるも、少年はそれを制するように言葉を続けた。

「真名に関わるため詳細は伏せるが、彼女は“真っ当な英霊”ではない。
 その性質の一旦として、他者を喰らって力に換えることができるようだ。
 サーヴァントは魔力の純度が桁違いだからな。彼女からすると上質な“餌”ということになるが……マスターである琴峯さんの方針により、現状としてこの能力を濫用する予定はない。そこは安心してほしい」
「……本当かい、嬢ちゃん?」

 説明を受けたルーの念押しに、ナシロは厳粛に頷きを返した。

「ああ。私の目が黒い内は、誰彼構わずなんてのは絶対に許さん。
 もしもの時は令呪を使ってでも止めるつもりだ。これでも聖職者なんでね。神に誓ってもいい」
「神、か……」

 思わず、ルーは苦笑した。
 無論、他意はない。
 ケルトの土着信仰を尊重して融和布教を試みた聖パトリキウスの尽力のおかげで、かの十字教に格段の敵意もない。
 ただ、異なる宗教と言えど、神たるルーに対して「神に誓う」という言葉が出てきたのは、真名も明らかにしていない以上は自然なこととはいえ少しだけ面白い。

「ああいや、嬢ちゃんを笑ったわけじゃないんだ。
 そういうことなら、ひとまず俺はその話を信じよう。レミュリンは……」
「……うん。わたしもひとまずは。“ながら”の話になるのは、治療を受けながらのこちらも同じことだし」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かる」

 話を横で聞いていた蛇杖堂絵里も、特に異論無しと言うようにひとつ頷いて見せる。
 これでナシロと河二が魂喰らいを良しとしないことと、ルーとレミュリンと絵里においても同じことが言えるというのが、少なくとも建前として示された形になる。

「では、そのまま僕たちの情報を提示させてもらおう」

 そのまま、河二が話を切り出していく。
 単独陣営である他二名に対し、河二とナシロは既に同盟関係にある。
 である以上、良くも悪くも会話の口火を切るのは彼らからというのが自然な形である。
 それはパワーバランスで上位を取るが故にあえて手の内を晒すということであり、パワーバランスで上位を取るが故にキャスティングボードを握っているということでもあった。
 あくまで後者と捉えられぬよう、慎重に言葉を選んでいかねばなるまい。

「先述の通り、僕と琴峯さん……加えて別行動中のもう一陣営、合わせて三陣営は同盟関係にある。
 蝗害や暴徒騒動など、この東京を大きく揺るがしうる事象に対して積極的に干渉し、状況に喰らい付くための同盟だ。
 陣営ごとに細かな意図は違うだろうが、ともかくそういった方針で協力している」

 あくまで本懐を復讐としてある程度積極的に聖杯戦争に向き合っている河二にせよ、無私にて人々を救いたいと願うナシロにせよ、姿の見えぬ蛇を追う鉄志にせよ――――
 この三陣営六名の同盟は、それぞれの人格的な好悪や利他と利己の塩梅など、様々な想いを胸に抱いているだろう。
 一方で鉄志のもたらした“前回”の情報や、示唆した“ニシキヘビ”の影は、彼ら自身をしてこの同盟がそう短期で解消されるものではなかろうと予感させている。
 もはや彼らは建前だけの関係かと言えばそんなことは無いだろうし、詳細に語ろうと思えばいくらでも言葉を尽くせるのだろうが……対外的に話すことでもなし。
 建前は建前としての存在価値があり、方針は方針としての存在価値がある。
 故に河二が話すのは、建前としての同盟理念。それを、建前であるという念を押しつつもキッチリと明言する。

「それで、私たちは蝗害を追ってたんだが、丁度移動中にイナゴの軍勢が誰かと戦ってるのを目にしてな。
 手掛かりを求めて急行して……レミュリンって言ったな。倒れていたアンタとそっちのランサーに遭遇して、今に至る」
「ハッキリ言っちまえば、あのイナゴの軍勢とやり合ったであろうお前らから情報を得たい。
 よって交戦の意思ナシ、交渉の構えアリだ。ああいう規格外の方が対処優先度が遥かに高いからな」

 ……なお、実のところレミュリンのランサーたるルーも、ついでに言えばこの場には姿を見せていないが蛇杖堂絵里の従える天津甕星も、十分に規格外と言える存在ではある。
 かたやひとつの神話体系における主神、かたや神々を脅かしたまつろわぬ疑神。
 ダウンサイジングこそされているが、いずれも通常の聖杯戦争に呼び出すにはオーバースペックな存在と言えよう。
 なんだったら悪魔の王の力を借り受けているヤドリバエですら通常のサーヴァントの枠組みからはいくらか外れた存在であり、この場において“まっとうなサーヴァント”というものはエパメイノンダスぐらいのものとすら言える状況なのだ。

 とはいえそれですら、あの“蝗害”とは次元が違う。
 霊格を論ずることすら馬鹿馬鹿しくなる、災厄の擬人化。
 黙示録の黒騎士の原型たる、終末のシナリオそのもの。
 人も神も鉄も塵も、全てを貪る暴食の化身。
 その気になれば世界を喰らい尽くすことも現実的であろうあの災害は、恐らくはこの東京に住まう全ての者が明確な脅威として認識している。

 故に「なにはともあれアレをどうにかしたい」というエパメイノンダスの主張は、一定の説得力を伴って響いていた。

「あ、私も似たようなもので……いや、そんなにしっかりした理由ではないんですが」

 と、控えめに挙手するのは蛇杖堂絵里。
 この場にいるマスターの中では年長となる、スラリとした美しい女性。
 細かな所作にどこか品があり、けれど親しみやすさを与える程度の隙がある、そんな人物。

「やっぱり目立ちますからね、あのイナゴ。
 もしも怪我をしている人がいたら、助けなきゃって思って。一度は医師の道を志したこともある身ですから!」

 一度は……ということは、今は違うのだろう。
 無論、医師の道はあまりに険しく狭き門。ドロップアウトも珍しいことではない。
 しかし蛇杖堂という珍しい姓と医師という職業は、否応なく当然蛇杖堂記念病院の院長たる蛇杖堂寂句を想起させる。
 そしてかの老医師が、“前回”の参加者たる『はじまりの六人』の一角であることを、他の面々は知っているのだ。
 自然と警戒のギアがひとつ上がる……そのことを肌で感じているのであろう絵里は、不思議そうな様子だった。心当たりがない、という風な。

「…………失敬。不躾なことを訊ねるが、蛇杖堂というのは――――」
「あ、はい。港区にある蛇杖堂記念病院の院長が遠縁でして……幼い頃に親戚の家に預けられたので、面識は無いんですけどね。
 両親にもほとんど会ったことがなくて、医師になれば会えるかも……なんて不純な動機で医学部を目指したら無事に浪人しちゃいました。あはは……」

 ……この段階で、河二は絵里の事情を察した。レミュリンもおよそ。
 つまり、彼女は蛇杖堂の後継者“ではない”子女なのだ。
 スペアとして教育を受けた次男の河二も、魔術と無縁の教育を受けた次女のレミュリンも、立場としては同じ。
 そして蛇杖堂絵里はレミュリンと同じく……あるいはもっと徹底的に魔術の世界と縁を切り離され、無辜の市民として今日までを生きてきたのだろう。
 ある程度魔術師の常識を知る者なら、自然とその可能性に思い当たるだろう。

「あ、だからよかったらわたしのことは絵里って呼んでくださいね。姓の方だとちょっと気遅れしちゃうので……」

 当然だ。
 そのように“設定”して、ちゃんと自分で思い当たるように語っているのだから。
 他ならぬ、“蛇”の悪意がそうさせている。

「……わかりました。それじゃあわたしからもひとつお聞きしたいんですが、絵里さんのサーヴァントは……」
「う。あの子はちょっと……単独行動中というか……」

 絵里の視線が泳ぐ。
 その所作のひとつひとつが、彼女の無害さを印象付けている。
 人を見る目に長けた百戦錬磨のエパメイノンダスでさえ、絵里のことを無害な市民であると認識し始めている。
 数多に蓄えた少女のたましいから導き出される、無害の皮を被った蛇を、誰も脅威とみなせない。

「実はそのう……アーチャーとはちょっと、うまくいってなくて……
 強いんですけど、その分結構好戦的なサーヴァントで。わたしを置いて戦いに出かけちゃうんです。
 すごく“目がいい”みたいで、わたしが危ない時は助けに来てくれるんですが……」
「……まぁ、“従者(サーヴァント)”とは言うものの、実態としては人類史に名を刻んだ偉人英傑、あるいは魔物たちだ。
 その全てがマスターに従順なわけではないし、我の強い英霊ならそういうこともあるか。むしろ従順な方が奇跡とすら言えるかもしれないな」

 例えばそれこそナシロのヤドリバエなどは、本質としては悪性の存在である。というか悪魔である。
 圧倒的に不足した実力のせいで現在はナシロに従っているが、もしも力関係が逆転したならばあれは嬉々としてナシロの制御を離れ暴走を始めるだろう。
 もちろんその抑制のために令呪というものがあるわけだが、三度しか使えぬ命令権をおいそれと使うわけにも行くまい。

「主従云々はともかくとしても、一緒に聖杯戦争を勝ち抜こうって相棒ではあるんだ。
 その相棒をほっぽって戦いに行こうだなんて、悪手もいいとこだと俺ァ思うがね……ん、どうしたそっちのランサー」
「ああいや、ちょっとばかり身につまされる話だな、と……しかしランサーが二人いるのは少しややこしいな。呼び名を考えるか?」
「無難だね。なら俺は“将軍”にしておこう。“将軍のランサー”で頼む」
「では俺は……“光のランサー”とするか。わかりやすくていい」
「話が早いなアンタら……」

 即席の仮称、成立。
 気風のいい二人の槍兵は話も早く、なんならこの二人を矢面に出し合えば話し合いはあっという間に終わってしまいそうな気配すらあった。
 無論、彼ら自身が主への配慮からそれを良しとしないという点でも彼らは共通しているのだが。

 閑話休題。
 高乃河二、琴峯ナシロ、蛇杖堂絵里はそれぞれの目的を明かした。
 その目的は共通して、蝗害への警戒と生存者への接触。
 敵対の意思はなく、レミュリンという生存者から情報を得たいと考えている。

「…………わかりました」

 ならばレミュリンも、明かさねばなるまい。

「では――――お話しします。ここで何があったのか」

 彼らが望む情報と、レミュリンが望むものの話。

「――――――――わたしの、戦いの話を」



   ◆   ◆   ◆



 ――――レミュリンは隠すことなく、ここで起こった出来事を話した。
 あるいは、それ以上のことを。

 公園で見かけたマスターに情報を求めて話しかけたこと。
 交渉に失敗――というよりは一方的に打ち切られ、戦闘になったこと。
 そこで相手が蝗害の主であることが明らかになり、苦戦を強いられたこと。
 抵抗の果て、ほとんど見逃されるような形で相手が去って行ったこと。
 そして――――

「マスターの子は……サーヴァントの方に、イリスって呼ばれてた。
 白と黒の二色を半々にした、すごく目立つ格好だったから……見ればすぐにわかると思う」
「っ――――!!」

 ……その名前に強い反応を示したのは、ナシロであった。

「……知り合いかい、嬢ちゃん?」
「…………クラスメイトだ。と言っても、あっちは不登校だしほとんど会ったこともないけどな」

 会話の機会も一度だけ。
 それはほとんど最悪の邂逅で、率直に言えば嫌いな相手ではあったが――――

「……そうか、あいつが……あいつが“蝗害”のマスターだったのか……」

 今、この東京全土を脅かし、数多の命を喰らい、数多の人々に恐怖を与える大災害の、主。
 それはただ一度の邂逅で交わした会話から推測される彼女のパーソナリティから見て、あり得ない話ではないように思えた。
 ワガママで癇癪持ちで、常に不機嫌で、それを振りかざすことに躊躇の無い女。
 加えて魔術師ともなれば――――彼女が己に与えられた“災害”を乱暴に振り回し、この東京を喰らっている現状は自然な状態であるとすら思える。

 それでも、ナシロは衝撃を受けていた。
 たった一度とはいえ見知った顔の、クラスメイト。
 自分と同じ学校に籍を置く少女が、あの蝗害の主であったなどと!

 ――――加えてそれは、不登校児への訪問カウンセリングという名目で彼女に会う予定の恩師ダヴィドフ神父の危険も意味しているのだ。

 彼を止めねばなるまい……しかしどうやって?
 渦巻きそうになる思考を、ナシロは大きく深呼吸をしてどうにか制御した。
 考えるのは後。
 今はまず、この話し合いを進めねばなるまい。

「悪い、もう大丈夫だ。不登校とはいえクラスにあの災害の主がいるとは思わなくて、動揺した」

 ナシロを自らを律し、前を向くことができる少女だ。
 ウダウダ言っている暇があったらまず行動。それができる強さが彼女にはある。

「……予想はしていたが、やはりあの“蝗害”は相当な強敵のようだな。
 マスターを叩くことができればあるいはと思っていたが、マスターの方もかなりの手練れか……」
「相対的に見れば弱点には違いないんだろうけどな。ま、強さの質と方向がわかりゃあ策も練れる。やりようはあるさ」

 一方で河二とエパメイノンダスは、対蝗害戦の算段に思考を巡らせ始めていた。
 率直に言って絶望的なまでの強敵だが、格上の大国を相手取って来た不敗の将軍にしてみればそれでも“やりようはある”のだろう。頼もしい。

 情報を求め、情報を得た。
 彼らは着実に進んでいる。前へ。一歩ずつ。

 そして――――

「あの……それでレミュリンちゃんは、これからどうするんですか?」

 絵里の問いに、視線がレミュリンへと再度集まる。
 ナシロの視線も、河二の視線も、エパメイノンダスの視線も、そしてルーの視線も。
 蝗害の魔女と一線交え、敗北に限りなく近い形で見逃され、負傷し……その上で。
 レミュリン・ウェルブレイシス・スタールは、どうするのか。

 ……どう、したいのか。

 レミュリンはこの問いの答えを、もう持っている。
 けれど、まだ持っていないとも言える。
 何をするべきなのか、何を選ぶべきなのか。
 自分のことも、誰かのことも、レミュリンはまだわかっていない。
 だからまだ、これからどうしたらいいのか、わかっていない。

 今日の昼、あの奇術師に示された選択肢は三つ。

 脱出を目指す。
 優勝を目指す。
 家族の仇を討つ。

 どれを選ぶべきなのか、まだわかっていないのだ。
 けれどもう――――彼女は答えを出している。


 ――――わたし、ちゃんと、あなたの魔術師(マスター)になりたい。


 それは意識を失う前、彼女がルーに告げた言葉。
 ただひとつ、明確に、レミュリンがやりたいこと。やるべきこと。
 三叉路にすら立てていないレミュリンが、そこに辿り着くために見定めた灯火が如き道としるべ。

「わたしは……」

 そのために、何をするべきなのか。

「――――――――アギリ・アカサカという人物を、追います。私の家族を殺した男を」

 果たして自分が、家族の仇を討つべきなのか。
 それはまだ、わからないけれど。
 知りたい、と思う。
 あの日、あの時、レミュリンの人生から失われた“3点”が、どうして失われた、どんなものなのか。
 それを知るために――――赤坂アギリを追うべきだと、会うべきだと、レミュリンは思うのだ。
 きっとこれがレミュリンの“戦う道”なのだと、彼女自身が決めたから。

「……その名前も、知ってるぞ」

 そして――――また、運命は加速する。

「え……」

 答えたのはナシロ。
 その隣で、河二も静かに頷いている。

「赤坂アギリ……さっき話した私たちのもうひとりの同盟者が、そいつからコンタクトを受けてる」
「その“もうひとり”――雪村さんと言うんだが、彼の職業というのがいわゆる探偵でな。
 偶然に赤坂アギリ側が他のマスターの調査を依頼しようとして、お互いに参加者だと認知したということらしい」

 直接的な面識ではない。
 あくまで間接的な、そして偶発的な繋がり。
 けれど――――赤坂アギリが友好的なコンタクトを取ろうとした相手が、接触可能な位置にいる。

「そのまま交渉は決裂、というより雪村さんの方から打ち切ったそうだが。
 彼の求める情報があれば、こちらからコンタクトを取ることもできるかもしれないな」
「そ、その、アギリ・アカサカが求めている情報っていうのは……」

 不意に見えた道筋。
 無意識に、レミュリンは唾を呑み込んでいた。

「いくつかの陣営の情報ということだったが……いや、これも話してしまおう。どうだろうか?」
「ああ……いいと思う。今のところ、こっちだけ欲しい情報を貰ってる形になってるし」
「切って損するほど確かな情報でもねぇしな。いいと思うぜ」

 同盟三人の間で、簡易な確認がありつつも。

「……これは、その赤坂アギリの供述による仮説に過ぎないと思ってもらいたいんだが……」

 河二が話したのは、この戦争が“二回目”であるということ。
 先だって七騎七陣営の聖杯戦争があり、その聖杯戦争の優勝者が聖杯の力で開催したのがこの針音響く聖杯戦争であり、偽りの東京であろうという仮説。
 そしてはじまりの聖杯戦争に参加していた敗者たちは、なんらかの奇跡を行使されてこの偽りの東京に蘇ったのであろうということ。
 ……赤坂アギリも、その内のひとりであろうということ。

「そ、そんな、じゃあ……」
「…………そうだ。赤坂アギリの証言と、この仮説が正しいのならば……彼は既に一度敗死している。
 完全なる死者蘇生ではなく、この仮想された東京という箱庭の中に限定する再現蘇生であれば十分に可能であろうというのが僕の個人的見解だ」

 告げられたのは、家族の仇の死。
 彼は既に一度負け、死んでいるという事実。
 スタール家を燃やした暗殺者は、とっくにレミュリンの知らないところで死んでいたのだ。
 それはレミュリンにとって強い衝撃であり――――彼女の決意を固めさせるのには、十分すぎる話でもあった。

「……なら、なおさらだよ。
 これがきっと、わたしがアギリ・アカサカに会える最初で最後のチャンスなんだ」

 この時を逃せば、二度と機会は訪れない。
 赤坂アギリは既に亡霊であり、いずれはこの仮想東京と共に消えゆく存在に過ぎないというのならば。
 レミュリン・ウェルブレイシス・スタールは、強い覚悟と決意を持って進まねばならないのだから。

「改めて、教えて欲しい――――彼が情報を求めていた、他の陣営っていうのは?」

 問われた河二は、ここで一度、ちらと絵里の方を見た。
 視線を受けた絵里は、どうして視線を向けられたのかもわからない様子できょとんとしている。
 ……その反応も当然だろう。
 だがほんの少しだけ、その先を話すことは憚られた。
 憚られたが――――けれども隠す道理も無く、河二は口を開く。

「……予想はついているかもしれないが、“前回”争った他の参加者らしい。
 傭兵ノクト・サムスタンプ、ガーンドレッド家のホムンクルス36号……」

 “前回”を経験した亡霊たちにとって、明確に“敵”とみなす価値があるのは同じく亡霊たちのみ。
 懐中時計に導かれた他の参加者たちは、まさしく“その他大勢”として歯牙にもかけておるまい。
 せいぜいが、他の連中を削るのに利用できる駒という程度の認識だろう。
 故にアギリが求めていたのは、当然の如く他の亡霊のことであり――――

「…………蛇杖堂記念病院名誉院長、蛇杖堂寂句。この三名についての情報を求めていたそうだ」

 その中には、“蛇杖堂”の長の名も連なっている。

「……そう、ですか……」

 “蛇杖堂”絵里の反応は、しかし河二が危惧するよりは軽いものであった。
 彼女にとって“本家”はあまりに縁遠い話であり、衝撃を受けるほどのことでも無いのだろう……と、いう想定から紡がれたリアクション。

「少し不思議な感じはしますが、わたしは大丈夫ですよ。さっきも言いましたけど、会ったこともない親戚ですから……」

 実際、それが自然な反応であっただろう。
 想定もしなかったところから現れた自らのルーツの情報など、現実味を感じろという方が無理があるのだから。

「でも……そうですね。それが事実なら……わたし、レミュリンちゃんの力になれるかもしれません」
「え……?」

 だから自然な反応を示しながら――――蛇は、ちろりと舌を伸ばす。

「寂句先生の情報を手に入れれば、赤坂アギリという人に会えるんですよね。
 親戚のわたしなら、自然な形で寂句先生に繋ぎを取れるかもしれません」

 理由はなんとでもなる。
 聖杯戦争に参加したことによって蛇杖堂の家が魔術に関わるものだと考え確かめに来た、とか。
 寂句が聖杯戦争の参加者であると知り、血の縁を辿って庇護を求めに来た、とか。
 適当な理由をつけて絵里が会いに行けば――――あの有能な老人は蛇の意図に気付き、話を合わせてくれるだろう。

 蛇杖堂寂句とニシキヘビは繋がっている。
 その事実を知る者は、当人たち以外は誰もいない。

 故に蛇杖堂絵里は、善意の皮を被って忍び寄ることができるのだ。

「いえ、でも……戦いになるかもしれないんですよ? 流石にそれは……」
「……そうだな。それは流石に、キミの方に得が無さ過ぎる」

 ああ、そうだ。
 蛇はその言葉を待っていた。
 内心のほくそ笑みをおくびにも出さず、ニシキヘビは柔和な微笑みを浮かべて見せる。

「――――貴女は助けを必要としていて、わたしは助けになれる。
 これを見なかったことにしたら、わたしはきっと後悔すると思うんです」

 卓上に乗せる無私の善意。
 健気な女の損な性分を演出し、懐に滑り込む。

「……それに、ショックは無かったけど……自分のルーツに興味が無いといえば、それも嘘になりますから」
「絵里さん……」

 レミュリンはこれを疑えない。
 率直に言って、対人経験値が違い過ぎる。
 たかだか17歳の小娘に、数十年に渡って社会を闇から支配している怪物は手に余る。
 ルーもやはり、これを疑えない。
 無辜の善意を疑うのは、まったくもって“英雄的”な行いではないからだ。
 過剰な霊格を英霊レベルにダウンサイジングした結果といて、ルーは英雄的に振る舞うことを強いられている。

 故に彼ら彼女らは、蛇杖堂絵里を疑えない。
 それは話を横で聞く高乃河二にとっても、琴峯ナシロにとっても同じこと。
 ヒトのたましいを喰らい、可能性を装束に換える悪辣なニシキヘビは、人々の善意を食い物にするのが大の得意なのだ。

「――――そういうことなら、僕からもひとつ提案があるのだが……」

 だから当然、河二とナシロが蛇杖堂絵里の“善意”に報いようとするのも想定通りであったし――――


「――――――――おっと、待ちなマスター」


 ――――エパメイノンダスがその言葉を制するのは、少しだけ想定外で。

「どうした、ラン……将軍」

 主の怪訝そうな視線に、ちっちっちっ、と指を振って笑いながら。

「そいつは悪手だぜ。……ま、ここは俺に任せときな」

 テーバイの名将は、蛇杖堂絵里を疑わぬままに“戦闘”を開始した。


   ◆   ◆   ◆



 ――――無論、本当に武器を構えて“戦い”を始めるわけもなく。

「マスターの言いたいことはわかるさ。情報提供の礼も兼ねて、協力を申し出ようとしたんだろ?
 “前回”参加者たちへの警戒は俺たちの同盟理念にも合致してるし、サーヴァントも連れずに他の参加者を助けようっていう嬢ちゃんの姿勢に心が動いちまったのもわかる。
 聞く限り方針がかち合うことも無さそうだし、嬢ちゃんたちを同盟に誘うのは確かに自然な流れだろうよ」

 エパメイノンダスはそれぞれからおよそ等間隔の位置に立ち、それぞれを見回しながら、身振りと手振りを交えて語り始める。
 それはまるで演説のような――――否、まさしく演説そのものだ。
 抑揚、所作、視線、立ち位置、言葉選び。
 その全て、経験と計算によって培われたひとつの武器。

 いかにも、彼はただの将軍ではないのだから。
 古代地中海の社会において、軍人とは通常、政治家も兼任するものである。
 正しく分類をするなら、彼は軍政家。
 国家の有力者が従軍し、功を挙げた武人がそのまま議会での発言力を高めた時代の英雄。
 そして古代地中海の政治とは、議会を演説で説き伏せ支持を得たものが勝者となる、弁論の戦場であった。

「だが、そいつはいけねぇ――――俺たちの同盟はもう“定員”に達してる」

 故に彼は軍人として、政治家として――――この場の意見を掌握する。
 理と情を巧みに使い分け、語りかけ。

「……定員、というのはどういうことだ?」

 時に聴衆から言葉を引き出しながら――――

「なに、そう難しい話じゃねぇ。
 ただ単純に、これ以上の陣営を引き入れちまうと俺たちは方針の摩擦を制御しきれねぇのさ」

 彼の演説が、淀みなく紡がれていく。

「案外みんな忘れっちまうことなんだが――――実は人間ってのは、それぞれものの考え方が違うんだよ」
「いや……それはそうだろ。皆が同じ考えだなんて、その方が気持ち悪くないか」
「その通り。だが人間ってのは間抜けなもんで、一緒にいると「相手は自分と同じことを考えてるはずだ」って思い込み始めちまうんだな、これが」

 人間の心は、それぞれが別の形をしている。
 そんなことは当たり前のはずなのに――――ヒトはつい、その“当たり前”を忘れてしまう。
 自分の常識が世界の常識だと、心のどこかで思ってしまう。
 自分とずっといる人間は、同じ価値観を持っているはずだとなんとなく思い込んでしまう。
 頭では「違って当然」とわかっているはずなのに、心のどこかは「当然同じ」だと思いたがってしまう。

「それが命に関わることなら、なおさら考え方は違って当然なのにな。
 俺達は戦う理由も、戦いに対する考えも、何もかもそれぞれ違うものを持っているはずなのに……ひとつふたつ共通点を見つけると、まるっきり同じ考えだと思っちまうのさ」

 あるいはそれは、将として戦士たちの士気をコントロールしてきた者が手に入れた視点か。
 それとも、“愛”という“戦う理由”を共通点として規格化した軍隊を率いていた者が得た経験なのか。
 ともあれ彼の言葉は、言葉にしてしまえば当然のことなのに、不思議な重みがあった。

「この勘違いはいずれ、致命的なズレを生んで双方の身を滅ぼす。
 そうならないように注意してすり合わせられる限界が、まぁ三陣営ぐらいだろうよ」
「……それが、定員か」
「そーいうこった。それ以上の同盟を組むならよっぽど具体的な上下関係があるか、よっぽど短期間に限定されてるか……どっちかの条件が必要になる」

 それが明確な上下関係を元に組まれた同盟や、ごく短期間の具体的な目標のために組まれた同盟であれば、そういった“考え方の違い”による摩擦の影響を受けずに済むだろう。
 前者は力関係が摩擦を捻じ伏せ、後者は摩擦が生じるほどの時間が存在しないのだから。
 だがそうでなく、ただぼんやりとした危機意識と善意で構築された同盟であれば――――これ以上の陣営を抱えることは破滅を意味すると、エパメイノンダスは判断している。

「だからこれ以上の同盟ってのは悪手だし、俺は強く反対させてもらうぜ、マスター」

 彼の言葉には、確かな“理”があった。
 経験と能力に裏打ちされた、理路整然とした演説。
 こうなってしまえば、河二に反論の余地は既にない。
 現にこうして“方針の違い”を突き付けられている現実が、完全に反論の余地を奪っていた。
 なるほどこれは確かに、これ以上に人を集めれば制御できなくなっていくであろう、と。

「――――けど、俺は気遣いの出来る優秀なサーヴァントだからな。
 お嬢ちゃんがたの力になってやりたいマスターの意を汲んで、俺からもひとつ提案を示そう」

 そうして反論が無いことを十分に確認した上で――――エパメイノンダスはさらに一歩、踏み込んでいく。

「同盟は無理でも、協定なら結ぶ余地がある――――窓口を作っておくのは、悪い事じゃないと思うぜ?」

 ウィンクひとつ。
 これぞまさしく、軍政家の戦場であった。

「……将軍、お前が言いたいのはつまり……仲間にはならないが協力はする、というようなことか?」
「およそそんなとこだよ、光の。
 当然、協力にはその都度対価を要求する。貸し借りで勘定したっていいがね」

 同盟ほど強固ではない、緩やかな協力関係。
 一度結ばれた同盟というものは、ある程度損得を度外視して双方の利益のために助力しあうものだが――――そうではなく、あくまで損得を前提に協力する余地を与え合う、という関係の提案である。

「交渉窓口の明示的な設置、と言い換えてもいいか……とにかく協力に足る理由があると判断すれば協力するし、無いと思えばしない。
 俺達はそうするし、お前たちもそうしろ、って話さ。さっきも言ったが、現状は優先して対処したいことが多すぎるからな」

 この形であれば、方針の違いに悩むことはない。
 双方の方針が食い違っていると思えば、その時に協力を断ることができるからだ。
 それは無難と言えば無難で、妥当と言えば妥当な提案と言えた。

「……マスターは、どう思う? 俺は悪くない話だと思うが……」
「わたしは……ううん、願ってもないことだと思う。
 どのみちジャクク・ジャジョードーの情報を手に入れたとしても、それを手土産にアギリ・アカサカにコンタクトを取るなら向こうの探偵さんの協力が必要だろうし」
「そうだな。俺も同意見だ」
「あ、わたしも……というかわたしから出せる対価なんてほとんど無いんですけど……すごくありがたいなって思います」

 となれば当然、提案を断る理由も無い。
 レミュリン達からすれば、そもそも力を借りられる時点で望外の幸運なのだ。
 例えそれが条件付きのものだとしても、あるいはだからこそ、これほどありがたい話もない。

「………ってなわけだ。悪いなマスター。また話の腰折っちまった」
「いや……ありがとう、将軍。貴方の言うことは正しい。
 思うに僕はいささか……甘すぎるのだろう。こうして締めるべきところを締めてくれるのは、率直に言って非常に助かっている」
「……そうだな。私もアンタが正しいと思う。ここはアンタに従うよ、将軍」
「そう褒められると照れるがね。とはいえその甘さはコージとナシロの美徳でもある。気にせず俺を頼ってくれればいいさ」

 ……率直に言って、場数が違う。
 軍と政、理と情。
 複数の視点を巧みに使い分けるその視座は、この聖杯戦争においても希少な能力のひとつ。
 他にこの視座を持つ英霊は、陰陽道の始祖か、狂える十字騎士か、暗殺教団中興の祖か――――君臨する王ではなく、束ねる将のひとりとして培われた才覚と言えよう。

「さて、それじゃあ改めて――――無理ない範囲で手札を交換していこうか!」

 場の主導権を握りつつも、支配はしない。
 あくまで対等の立場を互いに担保した上で――――将軍は、演説を締めくくった。



   ◆   ◆   ◆



(ううん……少し読み違えたな。
 情で訴えて押し切れると思ってたが、軍政家の類を呼んでいたか……)

 続く話し合いをそつなくこなしながら、“ニシキヘビ”は内心で嘆息を零していた。
 レミュリンも、河二も、ナシロも、善人の皮を被って情に訴えれば押し切って懐に入れると思っていたし、実際その読みは間違っていなかったのだが。
 高乃河二の従えるサーヴァント……恐らくは地中海系の軍人かなにかだろう。
 即ち理と情の両輪を操る、議会での舌戦を得手とする手合い。
 情で押すことはできたが、理の観点を欠いていた――――思わぬ伏兵の存在で、望む結果は得られなかったという格好になる。

(ま、特に問題はない……少なくとも疑われてる様子は無いし、交流のフック自体は作れたしねぇ)

 だが、狡猾なるニシキヘビはその結果すら良しとする。
 なにも焦る必要はない。
 狙った結果こそ得られなかったが、得た結果そのものは見ようによっては悪くないものだ。

(このままかわいいレミーと行動を共にして、様子を伺えばいい。
 じっくり信頼を育んで行けば、いずれチャンスは来るさ……レミーにしても、楪依里朱にしても、ナシロちゃんにしてもね。
 問題があるとすれば、おいしく育った子供たちがあちこちにいて目移りしちゃうってことぐらいかな)

 蛇の狩りは、身を潜めて獲物を待ち伏せるもの。
 獅子や狼のように、必死に駆けまわって獲物を追うようなことはしないのだ。
 ただじっくりと準備を整え、必要な瞬間に喰らい付いて飲み込んでしまえばいい。
 事態はまだ、蛇の狩り場から離れてはいない。
 全ては彼の射程圏内であり、掌の上――――無論、邪魔な“将軍”にはどこかで退場願うことになろうが。

(あのイナゴを食べてる小さいのは……ううん、ちょっと違うな。
 多分根本からして人間とは別種のたましいだ。あの老人のサーヴァントと同じ。ゲテモノ食いの趣味は無いんだよねぇ)

 だから蛇は心の中で舌なめずりしながら、獲物を見定める。

(聞く限り、楪依里朱も微妙そうだなぁ。予想はしてたけど、壊れた亡霊にはそんなに興味は無いし……
 こっちはアーチャーにやらせるか。可能なら生け捕りにさせるぐらいでいい。
 食べてみたら案外、ってこともあるかもしれないし)

 蛇が好む食事は、“可能性”そのものだ。
 終わってしまった亡霊というのは、どうにも食指が動かない。
 とはいえ受けたオーダーを果たしてやるぐらいの義理はあるし、後でナシロたちを平らげるための布石にするのは悪くない選択肢だろう。
 彼女たちは蝗害を追うようだが、あの規格外の災厄に食いつくされてしまってはあまりにつまらない。
 蛇の中でイリスに対する獲物としての優先順位をいくらか落としつつ、しかして食事のチャンスは狙っておく。
 支配の蛇は強欲なのだ。

(さぁ、まずは蛇杖堂の御老体と、赤坂アギリか……流石にあの老人を始末するのはまだ早いかな?)

 蛇自身が盤面に立とうと、何も変わらない。
 確実に獲物を腹の中に収めるその瞬間を、お膳立てして待ち侘びればいい。

「――――それでは、僕達は引き続き蝗害を追う。まだそう遠くには行っていないはずだ」
「ああ。それに……最悪、場所を割る伝手はあるしな」

 蛇が内心で策謀を巡らせる一方で、話は大筋でまとまった。
 話している内に陽は沈みかけ、もうほとんど夜に近い時間帯になっている。

「ただいま戻りましたァ!!!!
 フハハハハハ見てくださいよナシロさん数多の眷属を従えさらなる高みに到達したこの私の姿を!!!!!
 もはやあのちびっこなど相手にもなりませんよ!!!!!! 無敵です無敵!!!!!!!!」
「……復帰早々やかましいなオマエは……」
「あ、お話し終わったんですか? フフフ残念ですねぇ存在としての格を上げたこの私の威圧感で交渉テーブルを制圧して差し上げるのもやぶさかではなかったのですが!!」
「調子に乗るな」

 琴峯ナシロと高乃河二は、蝗害の追跡調査を再開。
 ナシロの言う“伝手”というのは……おそらく、ダヴィドフ神父のことだろう。
 どうにか彼と交渉して、楪依里朱の住所を聞き出すつもりなのか。訪問カウンセリングを代わるとでも申し出るつもりなのかもしれない。
 まさかその“ダヴィドフ神父”が目の前にいるとは露ほども思っていまい。
 思わず噴き出しそうになるのを、蛇は必死にこらえた。

「わたしたちは……ジャクク・ジャジョードーに会いに行く」
「……戦闘になる可能性は高い。だが、俺達は絶対に生きて帰って来る。
 その時は改めて、例の探偵とやらに繋いでもらおう」

 一方のレミュリンは、情報を求めて蛇杖堂寂句へコンタクトを試みる。
 当然、その道行きには――――

「わたしも、微力ながらお手伝いします。頑張りましょうね、レミュリンちゃん!」

 ――――“縁”を持つ蛇杖堂絵里も同行する。
 絵里が小さく拳を握って向けた笑みに、レミュリンは少しだけぎこちない笑みを返した。

「それから……アギリ・アカサカのサーヴァントについての情報も、ありがとう」
「いや、正直それもまた聞きの話だしな……相当強い相手なのは間違いないらしい。気を付けろよ」

 赤坂アギリのサーヴァント……スカディについての話も、既に共有してある。
 能力の詳細はわかっていないが、その真名と、規格外の弓兵であることだけは間違いがない。
 これはイリスと蝗害に関する情報の返礼として提供されたものだった。

「なぁに! 北方の狩猟女神なにするものぞ! マスターにはこの俺がついてる! 問題は無いさ!」

 だが、ドンと胸を叩いて笑うレミュリンのランサーとて――――ひとつの神話体系における、主神の位置を占める光の神。
 英霊としてダウンサイジングされているとはいえ、それは双方同じ条件。
 相手にとって不足無し――――ルーのその宣言に、レミュリンは期待を込めて頷きを返した。

「頼もしいな。期待して待ってるぜ、光の」
「そっちもな。あの災厄も、マスターの魔女も、恐ろしく強敵だ。気を付けろよ、将軍」

 いいコンビ、なのだろう。
 レミュリンと、彼女のランサーは。
 あるいはいいコンビとして、これから出来上がっていく最中なのか。
 その関係に控えめな拍手を送りながら……蛇はやはり、内心でほくそ笑んでいる。

(まったく、レミーは本当にかわいらしいなぁ)

 道しるべを見出し、頼れる相棒に恵まれ、決意と共に一歩ずつ前を目指す。
 ああ、なんといじらしい姿だろう!
 そのあまりのかわいらしさ――――滑稽さに、蛇は身悶えするような心地だった。


(家族の仇、ねぇ――――――――“葬儀屋”に彼らを殺させたのがこの僕だって知ったら、彼女はどんな顔をするのかな?)


 嗚呼――――世界は今日も、蛇に支配されたがっている。



【渋谷区・公園の広場/一日目・日没】

【レミュリン・ウェルブレイシス・スタール】
[状態]:疲労(小)、全身にダメージ(小)、決意
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:6万円程度(5月分の生活費)
[思考・状況]
基本方針:――進む。わたしの知りたい、答えのもとへ。
1:胸を張ってランサーの隣に立てる、魔術師になりたい。
2:ジャクク・ジャジョードーの情報を手に入れ、アギリ・アカサカと接触する。
3:神父さまの言葉に従おう。
[備考]
※自分の両親と姉の仇が赤坂亜切であること、彼がマスターとして聖杯戦争に参加していることを知りました。
※ルーン魔術の加護により物理・魔術攻撃への耐久力が上がっています。
またルーンを介することで指先から魔力を弾丸として放てますが、威力はそれほど高くないです。
※炎を操る術『赤紫燈(インボルク)』を体得しました。規模や応用の詳細、またどの程度制御できるのかは後のリレーにお任せします。
※アギリ以外の〈はじまりの六人〉に関する情報をイリスから与えられました。
※〈はじまりの聖杯戦争〉についての考察を高乃河二から聞きました。
※アギリがサーヴァントとして神霊スカディを従えているという情報を得ました。
※高乃河二、琴峯ナシロの連絡先を得ました。

※右腕にスタール家の魔術刻印のごく一部が継承されています(火傷痕のような文様)。
※刻印を通して姉の記憶の一部を観ています。

【ランサー(ルー・マク・エスリン)】
[状態]:魔力消費(小)
[装備]:常勝の四秘宝・槍、ゲイ・アッサル、アラドヴァル
[道具]:緑のマント、ヒーロー風スーツ
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:英雄として、彼女の傍に立つ。
1:レミュリンをヒーローとして支える。共に戦う道を進む。
[備考]
予選期間の一ヵ月の間に、3組の主従と交戦し、いずれも傷ひとつ負わずに圧勝し撃退しています。
レミュリンは交戦があった事実そのものを知らず、気づいていません。
ライダー(ハリー・フーディーニ)から、その3組がいずれも脱落したことを知らされました。
→上記の情報はレミュリンに共有されました。

【高乃河二】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:『胎息木腕』
[道具]:なし
[所持金]:それなり(故郷からの仕送りという形でそれなりの軍資金がある)
[思考・状況]
基本方針:父の仇を探す。
1:同盟を利用し、状況の変化に介入する。
2:引き続き、蝗害を追跡する。まだ近くにいるはずだ。
3:琴峯さんは善い人だ。善い報いがあって欲しいと思う。
4:ニシキヘビなる存在に強い関心。もしもそれが、我が父の仇ならば――
[備考]
※ロールとして『山梨からやってきた転校生』を与えられており、少なくとも琴峯ナシロとは同級生のようです。
雪村鉄志から『赤坂亜切』、『蛇杖堂寂句』、『ホムンクルス36号』、『ノクト・サムスタンプ』並びに<一回目>に関する情報と推論を共有されています。
※レミュリンから『イリス』に関する情報を得ました。
※レミュリンと“蛇杖堂絵里”の連絡先を得ました。

【ランサー(エパメイノンダス)】
[状態]:健康
[装備]:槍と盾
[道具]:革ジャン
[所持金]:なし(彼が好んだピタゴラス教団の教義では財産を私有せず共有する)
[思考・状況]
基本方針:マスターを導く。
1:同盟を利用し、状況の変化に介入する。
2:琴峯ナシロは中々度胸があって面白い。気に入った。
3:カドモスと会ってみたいなぁ!
[備考]
※カドモスの存在をなんとなく察しているようです。

【琴峯ナシロ】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:『杖』(3本)、『杖(信号弾)』(1本)
[道具]:修道服、ロザリオ
[所持金]:あまり余裕はない
[思考・状況]
基本方針:教会と信者と自分を守る。
1:信者たちを、無辜の民を守る。そのために戦う。
2:楪依里朱……まさかあいつが……
3:ダヴィドフ神父が危ない。
4:ニシキヘビ……。そんなモノが、本当にいるのか……?
[備考]
※少なくとも高乃河二とは同級生のようです。
※琴峯教会は現在、白鷺教会から派遣されたシスターに代理を任せています。
※雪村鉄志から『赤坂亜切』、『蛇杖堂寂句』、『ホムンクルス36号』、『ノクト・サムスタンプ』並びに<一回目>に関する情報と推論を共有されています。
※ナシロの両親は聖堂教会の代行者です。雪村鉄志との会話によってそれを知りました。
※レミュリンから『イリス』に関する情報を得ました。
※レミュリンと“蛇杖堂絵里”の連絡先を得ました。

【アサシン(ベルゼブブ/Tachinidae)】
[状態]:健康、歓喜
[装備]:少数の眷属
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:聖杯を手に入れ本物の蝿王様になる!
0:やったあああああああ!!!遂に眷属ゲットですよおおおおおお!!!(ズゴゴゴゴゴゴゴ)
1:ナシロさんが聖杯戦争にちょっと積極的になってくれて割とうれしい。
2:あんなチビっこ神霊には負けませんけど!眷属を手に入れた今の私にとってもはや相手にもなりませんけど!!
3:ナシロさん、らしくないなぁ……?
[備考]
※渋谷区の公園に残された飛蝗の死骸にスキル(産卵行動)及び宝具(Lord of the Flies)を行使しました。
 少数ですが眷属を作り出すことに成功しています。

神寂縁
[状態]:健康、『蛇杖堂絵里』へ変化
[令呪]:残り3画
[装備]:様々(偽る身分による)
[道具]:様々(偽る身分による)
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:この聖杯戦争を堪能する。
1:蛇杖堂絵里としてレミュリンと共に蛇杖堂寂句に会いに行く。
2:蛇杖堂寂句とは当面はゆるい協力体制をとりつつ、いつか必ず始末する。
3:蝗害を追う集団のことは、一旦アーチャーに任せる。
4:楪依里朱に対する興味を失いつつある。しかし捕食のチャンスは伺っている。
[備考]
※奪った身分を演じる際、無意識のうちに、認識阻害の魔術に近い能力を行使していることが確認されました。
 とはいえ本来であれは察知も対策も困難です。

※神寂縁の化けの皮として、個人輸入代行業者、サーペントトレード有限会社社長・水池魅鳥(みずち・みどり)が追加されました。
 裏社会ではカネ次第で銃器や麻薬、魔術関連の品々などなんでも用意する調達屋として知られています。

※楪依里朱について基本的な情報(名前、顔写真、高校名、住所等)を入手しました。
 蛇杖堂寂句との間には、蛇杖堂一族に属する静寂暁美として、緊急連絡が可能なホットラインが結ばれています。

※赤坂亜切の存在を知ったため、広域指定暴力団烈帛會理事長『山本帝一』の顔を予選段階で捨てています。
 山本帝一は赤坂亜切に依頼を行ったことがあるようです。
  →赤坂亜切に『スタール一家』の殺害を依頼したようです。

※神寂縁の化けの皮として、マスター・蛇杖堂絵里(じゃじょうどう・えり)が追加されました。
 雪村鉄志の娘・絵里の魂を用いており、外見は雪村絵里が成人した頃の姿かたちです。
 設定:偶然〈古びた懐中時計〉を手にし、この都市に迷い込んだ非業の人。二十歳。
    幸は薄く、しかし人並みの善性を忘れない。特定の願いよりも自分と、できるだけ多くの命の生存を選ぶ。
    懐中時計により開花した魔術は……身体強化。四肢を柔軟に撓らせ、それそのものを武器として戦う。
    蛇杖堂家の子であるが、その宿命を嫌った両親により市井に逃され、そのまま育った。ぜんぶ嘘ですけど。

→蛇杖堂絵里としての立ち回り方針は以下の通り。
 ・蝗害を追う集団に潜入し楪依里朱に行き着くならそれの捕食。
  →これについては一旦アーチャーに任せる方針のようですが、詳細な指示は後続の書き手にお任せします。
 ・救済機構に行き着くならそれの破壊。
 ・更に隙があれば集団内の捕食対象(現在はレミュリン・ウェルブレイシス・スタールと琴峯ナシロ)を飲み込む。



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最終更新:2025年01月05日 00:30