希苑組SS


合計点<+5>


タイトル<点数/コメント>






ダンゲロス・ルーキーズエピローグ+ダンゲロス・プロセルピナアフターSS『そして誰もいなくなった……わけではない』<+5/ポイントの上限が5しかないのが非常に惜しいです>


気付いたその時には、鋏の刃が目前に迫っていた。

(……駄目か!)

辛うじて刀の鞘で受け、直撃だけは防ぐ。
だが、まともに刃を交えた今の感覚からも分かる。
相手の膂力はこちらより上だ。これだけ間合いを詰められてはもはや勝てない。

――半ば予想はしていた。
カナエルの飛行能力による単独奇襲。
こちらにとって最大の脅威と目された新島マリアは始末したものの……
番長といってもこれは実質、俺一人が捨て駒になるようなものだろう。
いや……そもそも、グループ外から引き込んだ新人の扱いなどこんなものか。

「ふ」

眼前の幼女が薄く笑うのが見える。
次の一撃も一切の迷いなく、こちらの急所のみを狙ってくるだろう。

(何をしても悪あがきか……)

構える。
攻撃速度ではとてもこの幼女に追いつくとは思えないが、
刀の間合いの内に居るのならば……

「万刻白嵐」
   「きれちゃえ」

「―――――」

速すぎる。

その認識を最後に、虹羽の意識と陰茎は永久に切り離され――

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「……!」

直後、床の上で再び目覚める。
反射的に正中線を守りながら跳ね上がるが。

「しかしこの分だと、関東はまだまだ遠そうだね」

「有益な情報が集まったのは良かったんですけどねー」

「メカカ とりあえず事は概ね計画通りには行っているメカ」

「な……」

絶句する虹羽。
今の今まで校舎内で戦闘を繰り広げていたはずの自分の目の前に、
本来この場にいないはずの新歓引率委員が3人集まっている。
目に入る光景も、どこか目覚める前のものとは違う。
いや、それ以前に確かに自分は、あの幼女に陰茎を切断されて死んだはずだが……


「ところで、もうすぐ出発の時間メカ」

「そうですね! じゃあこの際ですから、
 新入生の男子は全員、新島先輩に押し付けていきましょう!」

「うーん、ある意味殺すより鬼畜だね木村さん」

「そうだ、ついでに文ゲイ部に大人気の白金君もここに……」

「うぉぉぉぉぉい!! ちょっと待て!!」

聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。
一度死んだ身とはいえ、ツッコミのために否応なく意識が覚醒する。

「あれ、起きてたんですか白金君(笑)」

「いやー目覚めてよかったよかった 皆心配していたメカ(笑)」

「ああもう! だから何なんだよ俺のこの扱いは!!
 なんで意識のない俺を床に放置して皆で雑談してるの!?」

「まあまあ。落ち着いて枕元のハムカツでも食べてごらんよ。2日前の」

「うわっ、本当に俺の頭辺りに油物が……
 2日寝込んでたんだな……こういう理解のさせ方もどうかと思うけど」

置いてあった(カラカラに乾燥した)ハムカツを噛みながら、
改めて自分の周囲を見回す虹羽。
やはり起き抜けの直感は正しかった。ここは学園じゃあない。
建造物ではあるが、半ば荒廃した……廃墟といってもいい部屋だ。

いや違う。そんな事よりもまず、確認すべき事実がある……!

「……。
 つ、ついてる……」

「? どうしたんですか白金君!」

「いや……なんでもない」

股間は無事だ。だがその事実がなおさら、虹羽に疑念を抱かせる。
陰茎を切断されながらも辛うじて一命を取り留め、
何者かに救助されてここへ運び込まれた……というわけではないようだ。
ならば生徒会との戦闘自体が魔人能力による夢か幻覚か、
その類のものだったという事になる――


「……聞いてくれ皆。今、重要な事に気付いた」

「重要な事……?
 虹羽君にも分かる程度の事 大して重要じゃあない気もするメカ」

「僕らのいた学園の正体が分かったんですよ先輩。間違いありません。
 あは希望崎学園に似せて何者かが作り出した、能力空間です」

抗争の下準備で校舎中を駆け回った虹羽は確信していた。
内装はともかく、この学園の各教室の配置や建物の老朽化の具合は、間違いなく希望崎学園だと。
だが関西からの距離を考えると、これでは地理的に辻褄が合わない。
そして自分の死がなかった事になっている……これならば説明できる。

「そんな事とっくに分かってますよ!」

「えっ」

「……虹羽君が働いている間 僕らが何もしていなかったと思っているメカ?
 虹羽君を送り出したのも 僕の計画のうち メカカ」

「生徒会とは新島先輩を通してコネクションがついていたけど、
 番長側の方は情報提供の条件として、新人戦力を要求してきたからね。
 だから、強力な手駒になり得る虹羽君をあえて送ってみた。
 これを機と見て番長が生徒会との抗争を始めれば、中立の僕らが動きやすくなるからね」

「ええっ」

何がなんだかわからない……
とりあえず、相変わらず他3人の虹羽への扱いが酷いという事は分かる。
それだけは嫌というほど伝わってくるのだが。

「いやいやいや、状況を整理しよう……
 まず、俺達のいた学園が希望崎学園じゃあないかって疑い始めたのは?」

「そんなもの、来た当日に決まってるじゃあないですか!
 私はダンゲロス報道部ですよ? 確かに細部には相当異なる部分もありましたが、
 教室の配置、構造、それと気候や環境、その殆どが希望崎学園のデータと一致していました!」

「そうか……」

やや呆れつつ頷く。沃素は報道部員だ。
確かにそれくらいの情報なら、訪れた初日に抜け目なく収集していておかしくない。

「じゃあ、誰かの能力によるコピーだと気付いたのも木村さんか?」

「そうですね。あの学園には林部長がいませんでした。
 それだけでも疑う材料としては十分でしたが……」

「調査するまでもなく、情報提供者が来てくれたんだよね」

「提供者……?」


虹羽がそう呟いた時、廃墟の扉が開いた。
死体袋を引きずった、おかっぱ頭の小柄な少女だ。
もちろん見覚えはない。

「仮想空間で死亡した魔人達の容態を見てきたわ。
 さすがに死んだだけあって全員結構なショック状態だけれど、
 ま、健康に深刻な被害はないみたいね……」

「……誰?」

「あっ虹羽君! 彼女が情報提供者ですよ!」

少女は持ち帰ってきた死体袋を部屋の隅に押しやっていたが、
沃素の声に反応して、虹羽をやや冷めた眼差しで見る。

「ああ、置いてかれるギリギリで目が覚めたのね。
 白金虹羽君……だっけ?」

「そうだ。君は?」

「私は福音丸子。
 海外魔人特別対策室の魔人よ」

見知らぬ魔人だが、沃素達の言葉を信じるなら敵ではないのだろう。
ただ、いかにも事態がややこしくなりそうな気配がする。虹羽はため息をついた。

「起き抜けだからね。説明を聞きたいんだ。
 俺が……いや、生徒会と番長グループの全員が体験したあの現象は何だったんだ?
 魔人能力なのは分かる。だけど、誰が何の目的で……」

「フー……本当に何も聞かされてないのね、あなた。
 面倒くさい……」

言葉を途切れさせた丸子を、武烏がフォローする。

「犯人はスイガラ・ベルフェゴールだよ」

虹羽にとっては聞き覚えのある名前だった。
同じ番長グループの魔人だ。

「スイガラ……?
 あいつの能力は魔人を武器化するだけじゃあなかったのか?」

「メカカカカ そこが虹羽君の考えの浅はかさメカ
 DNAと原子の変換現象を引き起こす煙メカ?
 本当にそういう能力だったら そんな非効率的な運用 絶対しないメカ」

「虹羽君。武器化した魔人も『能力』を使えていたでしょう。
 それは魔人の魂を保存する作用でもなければ不可能だわ」

確かに、2人の言う事ももっともらしくはある。
虹羽自身はスイガラの能力を話に聞いただけで直接見た事はなかったが……
だとすると、奴は真の実力を隠していたという事になるのだろうか。

「スイガラの能力は、射程範囲内の魔人の精神を空気中に分解……
 細かい粒子になって煙状に散らばった精神を自分の精神世界に吸い込む事ができる。
 勿論、予め用意した武器に他の魔人の精神を吸わせれば、擬似的な魔人の武器化もできる。
 精神を吸って、魔人の体を吸い殻に変えるからこその『スイガラ』……
 『ベルフェゴール』は生け贄を集める悪魔だからなのかしらね?」

「つまりあなた達が今まで抗争していた希望崎学園は、
 スイガラの妄想で生まれた精神世界だったって事よ。
 生徒会と番長グループの魔人全員の魂が奴に吸われて、
 その中で戦わされていたってわけ」


「なんだその能力は……
 信じられないな。まるで転校生だ」

数十人単位の魂を、それもこれだけの長期間に渡って拘束する。
虹羽の知る限り、単体の魔人で可能な規模の能力ではない。
一歩間違えれば抜け殻になった自分の肉体を破壊されて死んでいたかもしれないのだ。

「そうかもね。奴も転校生夢見崎インコの所属していた極秘クラブ、
 『深きM』の一員だもの。そして真の能力名は『極M界村』――
 たいまつプレイで特に興奮する性癖のマゾ男よ」

「なるほど! 彼が何の目的でこんな事をしたのかが分かってきました!
 つまり今回の事件は壮絶なマゾプレイだったという事ですよね!」

「恐らくは、そうでしょうね。そう考えでもしない限り、
 よりによって自分の精神の中で数十人の魔人を好き勝手暴れさせるなんて狂気の沙汰、
 とてもじゃないけど説明がつかない。
 虹羽君達は……この男の大規模な自慰行為に不幸にも巻き込まれたってわけ」

「マゾ性癖のためだけにそんな大掛かりな事を……
 自分自身まで妄想空間内に閉じ込めて興奮を味わうなんて、相当イカれてるな。
 ……で、肝心のスイガラ自身は今どこにいるんだ?
 やはり俺みたいに意識不明になっているとか?」

「そこよ」

丸子の指が、先ほど部屋の隅に放り出された死体袋を示す。
虹羽が不審がりながらもそのファスナーを開けるが、
そこには確かに彼女の言う通り、スイガラ・ベルフェゴールの体が収まっていた。

その顔面は狂喜とも苦痛とも判断のつきかねる表情のまま固まっていたが、
それが再び動き出す事はもう永遠に無いだろうと思われた。

「死んでいたのか……」

「メカカ 虹羽君 話はまだ途中メカ
 そいつは確かに強力な能力者
 だからこそ そいつを利用しようとする連中もいたという事メカ」

月の言葉には思い当たる点があった。
虹羽をスケープゴートの番長に推したのは誰か。
そして、そいつがどうしても最初に始末しておきたかった魔人といえば――

「……話が見えてきたな。
 阿摩羅識あらかと新島マリアか……
 スイガラの能力に便乗した、識家と歩峰グループの勢力争いでもあったんだ」


「へぇ……寝起きってだけで、頭は悪くないのね。
 その通り、今の情勢は複雑よ。
 海外勢力の干渉で、日本の主要魔人一族はかなりの緊張を強いられてる。
 そして彼らの目的も虹羽君、あなたと同じ――」

「DPか。抗争の切り札となり得る規模の能力制約には欠かせない……
 奴ら2人は知っていてスイガラの能力空間に入り込んだのか?」

能力空間内での虹羽の死が仮想であった事から、
あのダンゲロス・ハルマゲドンで死んだ魔人からもDPは発生しないだろう。
2人の目的がEFB能力運用のための大量のDP獲得であったとするなら、
奴らの狙いは能力空間を作り出したスイガラ本体のDPだった、という事になる。

「スイガラは転校生にも匹敵する強力な中二力を持った魔人よ。
 溜め込んでいるDPも多大だけど、正面から戦うにはリスクが大きすぎる。
 それよりも彼の性癖につけ込んで、能力にかかったように見せかけて……
 精神の内側から殺すのが一番手っ取り早い。そう考えたんでしょう」

スイガラの死骸を見下ろして、丸子が薄く笑う。

「世界を構成する存在の意識に直接介入する認識変更能力、『サールナート』。
 自分の居る世界そのものをより強大な妄想で包み込んでしまう
 『腐女子妄想美術館(メトロポリタンミュージアム)』。
 いくら力が強かろうと、精神世界にこれだけ強力な同時干渉を受けて
 正気を保っていられる魔人は、この世に存在しないでしょうね」

「ハムカツを食べたら毒だったみたいな話だね」

「武烏先輩、その例えはなんかはしょり過ぎな気もしますが……」

……とにかく、阿摩羅識あらかと新島マリア。
精神内部でダンゲロス・ハルマゲドンを引き起こすまではまだ――
それでも驚異的な精神構造と言う他ないが――マゾプレイの範疇だったのだろう。
だがこの2人の能力に同時に干渉されるに到っては精神が負荷に耐え切れず、
事件の元凶だったスイガラ・ベルフェゴールは発狂し、死んだ。
識家と歩峰グループ、どちらがスイガラのDPを得たのか。
それは途中退場した自分には知る由も無いが……

「だけど今までの説明だと、今回のダンゲロス・ハルマゲドンに参加したのが
 ほとんど新入生だった理由が分かりませんね! どうしてでしょうか?」

「それも簡単な話じゃないかな?。
 希望崎の生徒なら、実物の希望崎学園を見ているわけだから……
 全くのルーキーでもない限り、木村さんがやったみたいな方法で
 違和感に気付いちゃう魔人がいるかもしれないじゃないか。
 スイガラ君にしても魔人一族の2人にしても、
 まずはダンゲロス・ハルマゲドンを勃発させる事が目的だったんだから」

「目的か――」

沃素と武烏のやり取りを聞いて、思案する。
事件のおおよその全容は分かった。いまだに分からないのは一つだけだ。


「福音。口ぶりからしても、
 君は新入生でも、識や歩峰の一員でもないはずだな。
 君の目的はなんだったんだ? 何故そこまで事情を知っている?」

「フー……別に……私は前の仕事の後始末みたいなものよ。
 あの夢見崎インコの配下が暴れているから監視が必要だって、『上』がね。
 幸い、ちょうどよく始末してくれる魔人が来たから、手助けだけはしたけれど」

「手助けって……君は妄想世界の中には居なかったぞ」

「虹羽君。あの世界で同じ生徒会だったなら、
 スイガラの言動が普通の魔人に比べて少しばかり異常だった事には気付いていたでしょう?」

「ああ、言われてみれば、なんだか常にポエムじみているというか……
 他人とコミュニケーションを取る気がまるでないって感じだったな。
 一応は仲間だから、それも個性だって諦めていたけど」

「そう……それが今回の私の仕事。
 知っている言語に似ている言葉なのに、意味が全く分からない――
 それは全くの未知の言語で話されるより、ずっと精神に負担がかかる事なの。
 私の能力は 『バベル(神は言葉を乱されました)』。
 あなた達精神世界の住人と、スイガラの相互理解を断絶した……
 スイガラからすれば、あなた達も意味の分からない言語で話しているように見えたはずよ」

「つまり君は、スイガラ抹殺の第三勢力か。
 随分と嫌われ者だったんだな、こいつも」

強力すぎる力には敵も多いという事だろうか。
さすがにいたたまれない気分になる。

だが、この死に顔を見れば分かる――
こいつは精神内部からの凄まじい攻めにさえ狂喜と快楽を感じていたに違いない。
つくづく、こいつを敵に回さずに済んで良かったと思う。

「だけど、転校生にはこれくらいしないと対抗できないか……」

「いえ……虹羽君。さっきも言ったけど、
 そいつ、転校生じゃないかもしれないの」

「……なんだって?」


「マルコ君の言っている事は本当メカ
 メカカ 実はマルコ君には秘密で こいつが生きていた頃
 デスメモ用紙に名前を書いてみたメカ」

そう言うと、ペプシ月が死体袋のファスナーを引き降ろす。
ワリバシでできた腕が、スイガラの死体の下半身を指差した。

「アナルにアキカンが突き刺さってるメカ
 デスメモ用紙は 異界の神アナルスが
 この世の魔人のアナルを責めるために作ったモノ
 つまり 元からこの世界の住人でないと効力はない メカ」

「それが本当だとすると、なんだか凄い話ですね!
 転校生でもないのにこんな能力規模だなんて、識家にも匹敵しますよ!」

「『強化魔人』、という事らしいわ。
 私も詳しい事は知らない……
 これが文字通り何かの方法で強化されただけの魔人なのか、
 それとも転校生の一種のようなものなのか」

「……ねぇ福音さん。スイガラも以前は希望崎の生徒だったんだね?
 僕は彼の事は知らないけれど……
 それなのに彼は何故か希望崎学園じゃあなく、こんな関西に近い辺境に居た」

「……」

武烏の言葉を受けて、4人の視線が丸子に注がれる。
だが沈黙する丸子の方も、答えが見つからないのは彼らと同じだった。
  . . . . . . .
「何から逃げてきた?」

「……。
 分からないわ……」

そう――丸子にも、分からないのだ。
第五次ダンゲロス・ハルマゲドンに関わったのはほんの数年前だ。
なのにこれほどまでに強力な魔人がその短期間でどうして出現し……
そしてこれほどまでに強力な魔人が逃げるほどの『何』が、
あの希望崎学園の中で起こっていたのか。

「私がこの監視の任務を受ける前に、希望崎学園で何が起こったのか……
 スイガラが『強化魔人』だという話と、転校生が一人始末されたらしいという事……
 それ以降は『上』からも報告は受けていない。
 単にこんな辺境までは情報伝達が行き届かないのか、
 あるいは事件自体がトップシークレットなのか……
 でも、そのどちらだろうがこれだけは確かよ。
 あなた達も見たでしょう? スイガラの妄想が作り出した、変わり果てた学園の姿を」

      「『とんでもない事が起きている』――」

――新人達(ルーキーズ)の戦いは終わった。

だがその戦いすらも、
もう一つのダンゲロス・ハルマゲドンの余章に過ぎない。
スイガラ・ベルフェゴールの暴走の裏に潜む真の『転校生』。
そして起こる、6度目のハルマゲドン。

時はこの事件より数ヶ月前に遡る。AD2011年。








最終更新:2009年07月23日 00:02