ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

イグニッション

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DEAT SET/イグニッション ◆WAWBD2hzCI



リゾート地、歓楽街に彼女はいた。
長い黒髪が風にさらわれて寂寥感を醸し出し、物憂げな瞳は揺れている。
罪悪感と背徳感が鬩ぎ合い、少女の心を溶かしていく。
彼女はずっと構え続けていた拳銃を、そっと下ろした。発砲した証として、銃口からは薄い煙が立ち昇っている。

少女は空を見上げた。
薄暗い闇の中、月と星と人口の光が混ざり合う世界。
生きるために誰かを殺す、という現実の中で少女がぽつり、と呟いた。

「なあ、クリスくん……君は悲しむだろうか」

少女の名は来々谷唯湖。
しばらく呆然としていた少女は、残された死体を一瞥することもなくその場を去る。
全ては彼女が立ち回った結果だ。
そして彼女自身が己のエゴのままに行動した結果であり、この地獄の中でただ一人が生者として君臨する。

「理樹くん、鈴くん、恭介氏、謙吾少年……君たちは、私を蔑むだろうか」

何もかもを壊してしまった。
残した意志も、誰かの願いも、ただ己のエゴのために葬ってしまった。
それは全て彼女の意志だ。偶然の産物でもなく、彼女が下した決断だ。
それでも胸が痛むのは偽善でしかない、ということは分かっているのに。

来々谷は己のデイパックを担ぎなおすと、地獄の舞台から立ち去った。
辛いものは見たくないから、後ろは振り向かなかった。
ただぽつり、と。かつての仲間や友人に向けた問いかけは、いったいどういう意図があったのだろうか。


「手を血で汚した、私を」


救いを求めたのかも知れない。
許しを願ったのかも知れない。
修羅への道を歩き出した少女は、焦点の定まらない瞳のまま歩き始めた。
殺し合いの始まりは、今から二時間ほど前だった。



     ◇     ◇     ◇     ◇



来々谷唯湖は南へと進路を取っていた。
太一たちを川に流して埋葬した後、周辺を探索。
人を見つけることはできなかったが、西の橋の近辺で二挺の銃を発見した。
デザートイーグルとS&W M38、対馬レオ鉄乙女が落としたままだった銃を回収する。
武器はいくらあっても足りないことはない。

そのまま橋を渡り、川に沿って南進していった。
何故かは分からないが、黒須太一支倉曜子を見送ってやりたかったのかも知れない。
気づけば東の橋まで進み、しかも放送の時間帯だった。
道中では蘭堂りのという少女からの伝言を聞いた。彼女の必死な訴えは確かに聞こえていた。
だが、己の馬鹿らしいエゴに生きることを決めた来々谷の心に届くことはなかった。

だめなのだ。
もう言葉で解決できるような段階は終わっているのだ。
許してくれ、と来々谷は思う。
最初から未来のない自分は、ようやく自覚した喜怒哀楽に振り回されるので精一杯だったのだ。

(……恭介氏、君もか)

リトルバスターズのリーダーである棗恭介の死。
加えてクリスの知人であるトルティニタ・フィーネの死を放送で知る。
これで終わりか、と感慨もなく思ってしまった。
まだクリスが生きていることを再確認する喜びも、その事実で諸手をあげて喜べなくなってしまう。

直枝理樹と棗鈴、あの事故の中で必死に守ろうとした者たちは死んだ。
残る元祖リトルバスターズと言えば井ノ原真人だが、もはやリーダーの恭介までが死んだ時点で終わりだ。
リトルバスターズは滅びた。
本当に心地よかった空間だったが、もう安らぎの場所もそこにはない。

ふと、その事実を再確認したとき、憑き物が落ちたような気分になる。
もはや、誰に遠慮する必要があるだろうか。
殺してもらえるために殺そう。静かに来々谷唯湖という亡者が、修羅の道を決意したときだった。


「あっ、見ぃ~つけたぁ」


楽しげな声に振り返った。
そこには一人の少女がいたが、来々谷は彼女を見た瞬間に銃を突きつけた。
来々谷の視界に写った少女は人間はとても思えなかったのだ。
太一風に言うなら、人間に擬態したエイリアン、という表現が一番適切だろう、と思ってしまう。
金色のパーカーの間からは、ぼとぼとと蛆虫が零れ落ちている。

それに彼女の声は聞いたことがある。
温泉旅館で声だけは聴いたのだ。
人肉を求める危険な存在。考えるまでもなく危険人物であり、来々谷唯湖の標的だ。

「あれ、違う? わ、いきなり銃を突きつけるなんて酷いじゃない。ちょっとお話したいだけ――――」

返事は鉛玉の雨だった。
もはや人を殺すことにも躊躇のない来々谷は迷うことなくデザートイーグルを発射。
二挺あるうちのひとつだが、こっちは橋で拾ったほうだ。
明らかに彼女は危険だと思った。
大口径の銃だけに、不意を撃てば確実に殺せると合理的な判断を下した結果だったのだが。

「……酷い、なあ」
「―――――!?」
「そっちがその気ならいいや。うん、どうせ殺しちゃう気だったし、アンタも死んじゃえ」

弾丸が彼女の腕に阻まれていた。
いや、確かに少女―――西園寺世界の肉を穿ち、傷つけることはできた。
だが、肉は蛆虫によって補強されて修復され、ぐちゃぐちゃと音を立てながらグロテスクに笑っている。
無邪気な子供が、虫の足を千切るときのような残酷な笑みだった。

再びデザートイーグルが火を噴く。
残る弾丸も注ぎこんで一気に勝負を決める腹積もりだったが、失策だった。
世界は来々谷が驚くような速さで距離を詰めると、思いっきり手に持ったエクスカリバーで斬り付けた。
咄嗟の判断でデザートイーグルを投げつけ、自身は地面を蹴って後退した。
世界の斬撃はアッサリと来々谷の銃を真っ二つにする。弾丸が破裂し、それが世界への牽制となった。

「きゃっ……! ああ、もう! 大人しく斬られなさいよ!!」
「断る。馬鹿か、君は」

悪態をつきながら、来々谷は僅かに舌打ちした。
この少女、見た目と相反して身体能力が凄まじく高い。身のこなしは素人だというのに、基本能力だけがずば抜けている。
無理に真正面から一対一で戦うことは無謀だ。
この状況で一番良い最善手を考え、そして世界の横にあるデイパックを注視する。
世界は両手でエクスカリバーを構えているため、邪魔なデイパックは無造作に放置しているのだ。


(……よし)

これから取る行動は決まった。
彼女は己のデイパックから斉藤のマスクを取り出した。
今は亡き棗恭介の遺品のようなもの。この効力は元リトルバスターズである来々谷は知っている。
身体能力の増強、加えて心眼を必要とする。
世界の身体能力と互角にやりあうには、基礎能力の底上げが必要だったのだ。

「あはっ、なーに? その仮面、センス無さすぎ――――っ!?」

傲慢は油断を生み、油断は付け入る隙を与える。
元々敏捷には自信のあった来々谷の速度が更にあがり、残像が消えるような速度で肉薄する。
世界はエクスカリバーを慌てて振るが、直線的な行動以上に避けられやすいものはない。

地面を這うように疾走して一撃を避ける。
持っていた石材を牽制とばかりに世界の胸の辺りに叩き付ける。
ずどん、と壮絶な音とグチャリと何かが潰れる音。
世界が横転したのを確認した来々谷は更に少女を無視して走る。
狙いはひとつ、彼女が無頓着に放置したデイパックのみ。

「はっはっは、お姉さんは無駄な勝負はしない主義なのだよ」

そのまま引ったくりのように世界のデイパックを奪うと、敏捷を生かして退却する。
人を殺すことに躊躇はないし、クリスに殺してもらうためには誰かを殺して悪になる必要がある。
クリスを殺す可能性があるものなら殺しておきたいのも確かだが、無理に戦うつもりは更々ない。
最善手は彼女の持ち物を奪い、逃走すること。
転んだ世界は呆然と引ったくりにあった女性そのもののように座り込んだまま凍りつき、やがて思い出したように叫ぶ。

「あっ……待て! か、返しなさいよ、この泥棒猫ッ!!」

石材の一撃など全く効果が無い、とばかりに来々谷を追い始める。
その耐久力はもはや人間のそれではない。
この島での『制限』が緩んでいるのだ。とある一人の少女が、思いの結晶である聖獣を召喚できたように。
魔導書『妖蛆の秘密』の不死性が真の力を取り戻しつつある。

悪鬼の強靭な肉体が魔導書とこの世全ての悪の毒を耐える基礎を生み出し。
魔導書の異能が世界の体を絶え間なく修復して擬似的な不死を生み出し。
この世全ての悪の呪いと悪鬼の憎悪が世界という少女の原動力となる殺意を生み出した。

「逃がさない、んだからぁぁぁぁあああああああッ!!!」

西園寺世界は追い始める。
お腹に宿った赤ん坊が心配ではあったが、すぐに彼女の腹部がドクンと脈打った。
大丈夫、私の赤ちゃんがそんなので死んじゃうはずがない、と。
それが赤ん坊の胎動であるかどうかも分からない反応を都合よく解釈し、世界は来々谷の後を追った。
文字通り、鬼ごっこが始まった。


     ◇     ◇     ◇     ◇



衛宮士郎は焦っていた。
蘭堂りのの伝言は聴いたが、今の彼にはそれを聞き届ける余裕などない。
今更やめるなど、今まで殺してきた者が何のために死んだのか分からない。
もちろん、それ自体が偽善や言い訳であることは士郎自身も分かっているからこそ、未熟者と思ってしまうのだが。

ともあれ、衛宮士郎が焦っているのはそこではない。
もう時間がないのだ。
最初に投影を使ってから、あと数時間で一日が経過してしまう。その短期間で投影を三度も使ってしまった。
残る投影はできて二回。
その上、衛宮士郎に残された時間はあまり残されていない。
気を抜けば今すぐにでも衛宮士郎は活動を停止してしまうだろう。カウントダウンは刻一刻と過ぎている。

時間が足りない。
残る人数は二十人以上だ。
積極的に殺しにいってもこのペースならあと半日は掛かる。
もう燃え尽きるしか道は残されていないのだ。


(それでも)

諦められない願いがある。
絶対に救いたい命がある。
何を犠牲にしても助けたい人がいる。
例え叶わぬ望みだと言われても、もうこの足は止められない。

見敵必殺。
襲った敵は逃さずに追撃。
それだけのペースでなければ士郎の望みは叶わない。
望みはある。十人以上の大集団に出くわすかも知れない。
もしくは士郎の知らないところで多くの人がこれまで以上の早さで命を落としていくかも知れない。
そうした望みも残されている以上、衛宮士郎は決して立ち止まらない。

士郎は橋を渡って南進していた。
放送前には橋を下り、今ではリゾート地へと足を踏み入れている。
周囲には民家が立ち並び、少し左を見れば遊園地へと続いていく。周囲に人の気配はない。
もう休む時間もないだけに、次の行動に移らなければならないのだが。
何処を捜せばいいか、手がかりもない士郎は顔をしかめる。どうしたもんか、と腕組みをしているときだった。

背後から人の気配と足音が聞こえてきた。
後ろを振り向くと、二人の少女の姿がある。追う者と追われる者だ。
遠見の魔術で百メートル以上先の二人の詳細を確認する。


一人は気味の悪い仮面を被った学生服の少女。
一人は少し肌に異常が見られる怖い形相の少女だ。
前者が追われる者、後者が追う者だ。
追われているほうの少女の学生服には見覚えがあった。恐らく一度は逢っているのだろう。

「よし、やってやる」

ゆっくりと弓を構えた。
狙いは正確に。一矢で狙い打つのは標的の命。
黒い刀を矢に見立て、敵を貫いたら爆発するように設定。
もはや余裕はない。二人を見かけたのなら、絶対に見逃さないし、取り逃さない。

「シッ――――――!」

弦から矢が放たれる。
狙いは直線。追われる仮面の少女を貫く。
もしも避けられたなら、直線状にいる追う少女に直撃するように軌跡を描く。
これを合図に殺し合いが始まった。


     ◇     ◇     ◇     ◇


(あれは……?)

士郎が弓を構える姿は来々谷にも見えていた。
かなりの距離を走ったため、さすがの彼女も息が上がってしまっている。
後ろからは疲れを感じさせない鬼の汚い罵声。あともう少しでも続けていたなら追いつかれていただろう。
士郎を見つけたのは、疲労困憊な彼女が何とかする方法はないか、と周囲を見渡していたときだった。

(静留くんと一緒にいたときの……あの男か)

赤毛の髪に左腕を赤い布でぐるぐる巻きにした少年。
前の態度から明らかに殺し合いに乗っているのは間違いない。
現に彼は弓を構え、矢を番えて来々谷たちの命を狙っている。もしも世界に気をとられれば貫かれていたに違いない。
だが、逆に考えればこれは好機だ。

(発射の起点、そこを読めれば……三秒、二秒、……)

全神経を衛宮士郎の狙撃に向ける。
避ければいい。そうすれば来々谷にとっても勝機が見えてくる。
西園寺世界と衛宮士郎、二人とも殺し合いを肯定する者たちだ。
来々谷唯湖の標的として認定されるには十分すぎる理由を持った者たちだ。

(一、……スタート!)

行動は迅速だった。
突如として地面を逆に蹴り、身体を左へと向けて走り出した。
時を同じくして矢が放たれる。
いかにどんな名手とはいえ、弓から放たれた矢を曲げられる道理はない。

目論見どおり、来々谷は矢を避けることに成功する。
そして来々谷の身体に隠れて士郎の姿に気づかなかった世界は、突然のことに凍りついた。

「え……がっ、ぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!?」

時間にして一秒弱。
決定的な隙となって、魔弾は世界の右胸へと突き刺さり、そして起爆。
もうもうと煙をあげ、西園寺世界は女にあるまじき悲鳴をあげながら転がりまわる。


(……まだ生きてるのか)

それが来々谷にも士郎にも驚愕をもたらした。
煙の隙に紛れて来々谷はその場から退避し、近くの民家へと潜伏する。
まずは体力を回復させなければならないし、強敵が二人もいては生き残ることすらも容易ではない。
ひとまずここは潜むのが最善手だった。

「い、たい……痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃぃ!! 何なの!? 何すんのよ!?」
「……嘘だろ」

直撃だったはずだ。
心臓に当たったわけでも、首に当たったわけでもないが、それでも直撃だった。
右胸を貫いて穴を開け、しかも起爆させたのだ。
バラバラになっていてもおかしくないというのに、西園寺世界は癇癪を起こしながら立ち上がる。

そして見てしまった。
士郎が穿ったはずの穴が蛆虫たちによって補強されていることに。
魔導書『妖蛆の秘密』が制限解除に伴って不死性の力をどんどん取り戻していくのだ。

ティベリウス、という魔術師がいた。
彼はどんなに斬られようが潰されようが焼かれようがバラバラにされようが、決して死なない魔術師だった。
オリジナルの不死性ほどではないが、少なくとも外傷に限っていれば力をほぼ取り戻しつつある状態になっている。
今の西園寺世界を殺す方法は数少ない。
いや、それはもしかしたら、もう存在しないのではないかとすら考えてしまう。

「…………行くぞ」

だが、そうした事情を知らない士郎にとっては悪夢。
何らかの宝具の力か、と当たりを付けながらも士郎は再び弓を構える。
例え相手が何であろうと、見逃す通りは何一つない。

(……あの仮面の女は、そこの民家に隠れていたな)

見逃すものか、とまずは民家へと弓を構えた。
激昂する世界との距離はまだ遠い。その前に来々谷を逃がすことなく、始末するほうが先だ。
士郎は狙いを定め、遠見の魔術で来々谷の姿を捕捉する。

彼女はまだ隠れてもいなかった。
思いっきり振りかぶり、何か黒い玉のようなものを士郎に目掛けて投擲していた。

「なっ……!?」

黒い何かは闇に紛れて詳細がわからない。
だが、少女は想像以上の怪力(斉藤の仮面の力)で投擲を行ったせいか、迫るのは早かった。
あれが爆弾であった場合、士郎が来々谷を貫くのと同時に士郎も爆発に身を晒してしまう。
反射的に狙いは闇に紛れた爆弾へと。

たとえ手榴弾でもこの距離ならば大丈夫、だと思っていた。
刀が発射される。狙いは違うことなく、黒い何かへと突き刺さる。
設定どおり、刀は起爆して内側から爆弾を誘爆させるつもりだった。そして、それは狙い通りに行われる。


その瞬間、夜空に紅蓮の華が咲いた。


最初は何の冗談かと目を疑った。
怒り狂った世界ですら、我を忘れて夜空を見上げていた。
ドラゴン花火が夜空を彩った。
赤い彩色が夜の闇を光で彩り、数秒の散華と大きな轟音を立て、そして近距離での爆発に炎が降り注ぐ。

「くっ……!」
「きゃっ……!?」

士郎と世界の両者が降り注ぐ炎の雨。
視界が紅蓮と光に遮られて何も見えなくなる一瞬の隙を突いて、来々谷はもう一度走る。
この場はリゾート地。
隠れる民家などいくらでもあり、そして潜伏すればいくらでも挽回ができるのだ。
この間に世界から奪ったデイパックからいる物といらない物を分けておき、来たるべき戦いを待ち続ける。

(さて、それではお楽しみの仕訳ターイムだ)

そうして準備が整った。
衛宮士郎は消えた来々谷の姿に舌打ちすると、もう一方は逃がすまいと弓を構える。
西園寺世界は眼前の男が誰であるかも考えず、ただ殺したいから、という理由で壮絶に笑う。
来々谷唯湖は漁夫の利を狙うべく、民家で静かに息を潜める。

「さーて、綺麗なモノも見れたし。アンタもムカつくから殺しちゃおうっと」
「上等だ、来い……!」

残る役者は後二名。
来たるべき真の戦いに向け、まずは前哨戦。
衛宮士郎と西園寺世界。
一振りの剣と鬼の殺し合いは、流星の如く放たれる矢の一撃により始まった。



     ◇     ◇     ◇     ◇



源千華留は夜空を眺めていた。
正確には夜空に咲いた一輪の花の残滓を幻視していた。
彼女たちが身体を休めた民家にまで、花火の光景は見えていたのだ。
何しろ時刻は暗闇に染まる深夜から僅かに黎明に移り変わる頃、未だ太陽の加護は得られない。
花火を見つけてしまうのは当然のことだった。

それは千華留だけの話ではなかった。
見張りもかねて民家の外へと出ていた千華留だったが、彼女の背後からキィ、と扉を開ける音に溜息をついた。
少々の呆れと諦観を隠すことなく、背後の仲間へと問いかける。


「……もう起きちゃったの?」
「眠りは浅いほうだからね」

千羽党の鬼切り役はいつも命を賭けて戦い続けていた。
少々の睡眠で戦い続けることには慣れていたし、長い眠りは死に繋がることは千華留よりも良く知っている。
何より、千羽烏月は未だ羽籐桂の無事を確認していない。
心配事があれば休んでなどいられないのが、千羽烏月という人間だったから。

「向こうで花火が上がったね。そこに人がいるのは間違いない」

そしてそんな彼女だからこそ、見逃すはずが無い。
誰かを呼ぶような、或いは誘きだすな合図。一般人の千華留よりも機敏に優れた彼女が見落とすはずが無い。
彼女の言いたいことを千華留も分かっていた。だから、返事も早かった。

「そこに桂さんがいるかも知れない。誰かを呼んでいるのかもしれない」
「あなたは休むべきよ」

ぴしゃり、と千華留は言い放つ。
源千華留は一般人だ。自分でも足手まといだと思ってるし、戦えるとは思っていない。
だからこそ己の役割は烏月を休ませることだと決めていた。
何とか踏みとどまってもらえないかしら、という意思を込めて背後を振り向き、千羽烏月を真っ直ぐに見据える。


「烏月さん……今は大人しく、私の言うことを訊いて休んでくれないかしら」
「千華留さんの言いたいことは分かるはずだよ。でも、私は行かなければならない」

対して烏月もゆっくりと首を振る。
桂の手がかりがあるなら何を差し置いても飛びつかなければならない。
そして誰かが助けを求めているなら、彼女たちは立ち上がらなければならない。
それに、何より。

「このみさんのときのような痛みはもう味わいたくない。私は、桂さんを失いたくないんだ」
「そう……」

大切な人を失う痛みを千華留は知っている。
目の前で死なれた仲間がいた。
あっさりと奪われた大切な人もいたし、多くの死を学生の身で看取ってきた。
彼女の気持ちが痛いほど分かる。何故なら、源千華留は『大切な人を理不尽に奪われた者』なのだから。
大切な人を奪われたくない、という烏月の言葉は誰よりも理解できた。
理解できたから、これ以上は何も言えなかった。

「出来れば、千華留さんにも一緒に来て欲しいところだけど……無理強いはできないね」
「行くに決まってるわ。私たちは『リトルバスターズ』ってチームの仲間なんだから」
「……そうだったね。ありがとう」

リトルバスターズ。
直枝理樹が夢見た最高の仲間たちの集まり。
彼女たちはその名を継ぎ、そして弱い者を助ける正義のヒーローにならなければならない。
このみに託した赤いマフラーは手元にある。
ヒーローの証、このみが憧れたヒーローになるためにも。理樹が目指したリトルバスターズの一員としても。


「新生リトルバスターズ、出動よ」


リーダーは宣言はここに。
死んだ仲間たちに託された願いを背負って、二人の少女が頷いた。
さあ、歩き出そう。
その先に過酷が待っていようとも、胸には強さを。気高き強さをもってリトルバスターズは始動する。




「ところで千華留さん」
「何かしら?」
「この服は一体」


少女が袖を通しているのは今までの学生服ではなく、別の学校の制服だった。
それも女性用ではなく、明らかに男性用。
学園祭などの余興で男子の制服を着るような感覚なのだが、烏月が着ると何処となく芸術品のような美しさがあった。
少し胸が窮屈なのが難点だったが。

「烏月さんって男装の麗人って感じよね」

全力で着せ替え人形を楽しんだ女性は、屈託無く優雅に微笑んで見せる。
対して頬を赤く染めるのは男装の少女だ。
少し恨めしげに女性を見やると、口の中でぼそぼそと呟く。
そんな彼女の消え入るような声すらも拾って、全く悪びれないような微笑を浮かべながら女性も言う。


「その、……下着まで替えられてしまうのは、さすがに恥ずかしい……」
「ごめんなさい。一度始めたら、止まらなかったわ」


黒のレースの下着。
何が起こったかなど説明するまでもない。

217:アカイロ/ロマンス(Ⅲ) 投下順 218:DEAD SET/バースト
214:団結(Ⅳ) 時系列順
212:今、出来る事 千羽烏月
源千華留
211:child player 西園寺世界
192:love 来ヶ谷唯湖
207:Is it justice? No, it is a cherry blossom 衛宮士郎

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