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絡み合うイト(前編)

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Steelis my body, and fireis my blood/絡み合うイト(前編) ◆guAWf4RW62



浅間サクヤと千羽鳥月。
『桂を生還させる』という共通の最終目的を持っている二人だったが、交渉は決裂に終わった。
鳥月は峰打ちによる不意打ちで、サクヤを打ち倒したのだ。

「……さてと。何時までも、こうしちゃいられないね」

静まり返った森の中、サクヤは静かに身体を起こした。
打ち据えられた肩は未だズキズキと痛むが、悠長に回復を待ってなどいられない。
鳥月は自分以上に必死だった。
桂を守る為に、文字通り全てをかなぐり捨てていた。
ならばどうして自分だけ、こんな所で悠長に寝ていられようか。
サクヤは直ぐ様駆け出そうとしたが、一瞬迷った後に蒼井渚砂の死体へと目を移した。
草の上で、渚砂は眠るように目を閉ざしている。
その顔は生前と変わらぬくらい綺麗なものだったが、彼女が動く事はもう二度と無い。
渚砂の胸は鮮血に染まっているし、先の放送で名前を呼ばれもしている。
疑う余地も無く、彼女は確実に死んでしまったのだ。

「すまないね……渚砂。あんたを埋めてやれるだけの時間は無いよ。
 だけど、絶対にあんたの事は忘れないからね」

苦渋に満ちた表情で呟くと、サクヤは渚砂の死体から目を離した。
人外の血を引くサクヤは、怪物じみた身体能力を誇っている。
例え島中を走り回っても、数時間は体力が持つ筈である。
故にこれからの捜索活動は、走り続けながら行う。
先ずは尾花の首根っこを掴んで、鞄の中へと放り込んだ。
こんな所に閉じ込めるのは少々可哀そうだが、今は一分一秒が惜しい。
動物の走るペースに合わせている訳には行かないのだ。
そうして準備を終えたサクヤは、人間離れした速度で森の中を駆け始めた。


    ◇     ◇     ◇     ◇


「……あの女は、来てないか」

寂れたホームを一瞥して、士郎は独り呟いた。
支倉曜子と合流するべく駅へ来たのだが、周囲には誰の姿も見受けられない。
死んだか、来れないような状況に陥ったか、若しくは早々に同行者失格の烙印を押されたか。
理由は分からないが、とにかく曜子が今この場所に居ない事は確実。
暫く待っていれば来る可能性もあったが、その選択肢は早々に切り捨てた。
来るかどうかも分からない同行者に期待して、時間を無駄に浪費する訳にはいかないのだ。
そう判断し、直ぐ様この場を後にしようとする。
だがそこで突如、士郎は突如その場へと蹲った。

「ずっ……ぐ――――!」

身体を串刺しにされたかのような激痛。
左肩の付け根から侵入する熱は、細胞を食う極小の蟲のよう。
絶望的な速度で、自身の身体から大切な何かが抜け落ちている。

何故士郎が、このような事態に苛まれているのか。
全ての元凶は、彼の身体に移植された左腕である。
本来の士郎の腕とは異なる、赤い聖骸布に包まれた腕。
この左腕について説明するには、別の世界の話をしなければならないだろう。
嘗て衛宮士郎が過ごしていた世界の話だ。

その世界では、ありとあらゆる願いを叶える『聖杯』が数十年に一度現れる。
そこで七人のマスターは七騎のサーヴァントと契約し、『聖杯』を巡っての戦争に臨む。
聖杯を手にできるのは只一組、故に彼らは最後の一組となるまで互いに殺し合う。
これこそが、所謂聖杯戦争である。
そして士郎は未熟ながらも、マスターの一人として聖杯戦争に参加していたが、戦いの最中に左腕を失ってしまった。
だからこそ、サーヴァントの一人――アーチャーの左腕を身体に移植された。

サーヴァントとは聖杯の助けにより召喚された、未来も含む全時系列のどこかに存在した英雄の霊である。
その力は人間の限界を遥かに凌駕し、一軍にも匹敵する程。
士郎もアーチャーの左腕を解放しさえすれば、サーヴァントに匹敵する力を手に入れる事が出来る。

だが未熟な魔術師に過ぎない士郎では、サーヴァントの力を受け止め切れない。
一度でも左腕を解放すれば、残る結末は死のみ。
身体に植え付けられた時限爆弾のスイッチは、もう完全に起動してしまった。
聖骸布による封印を施す事で僅かな延命は可能だが、衛宮士郎の身体はいずれ必ず内側から崩壊する。
それは最早確定した運命。
だが士郎は、何の迷いも無い顔、何の迷いも無い声で呟いた。

「それでも……桜を守る為なら、後悔なんてしない。
 俺は――俺だけは、桜の味方なんだから…………っ!」

あの日、凍えた夜の中で、自分は誓った。
雨に塗れた桜を抱き締めて、絶対に守ってみせると誓ったのだ。
あの時から、致命的なまでにこの答えは決まっていた。

自分が守りたいもの。
自分にとって何よりも大切なもの。
失う可能性さえ、思い付かなかったもの。
大切な一を救う為に、百の人間を、そして自分自身をも切り捨てる。
それこそが今の衛宮士郎にとって、唯一無二の行動原理。
既に終わりを告知された身体は、終着駅に向かって走り続けるのみ。
思考は冴えているし、自身の戦力は既に把握している。

アーチャーが蓄えて来た戦闘技術、経験の継承。
腕からの侵食の影響により、身体能力も大幅に高まっている。
様々な物質の耐久性を高める『強化魔術』も、以前とは比べものにならない効力を発揮する筈。
そして何よりの切り札は、投影魔術による武器の複製。
アーチャーは一度目にした武器ならば、その使い手の能力ごと複製出来る。
つまり今の自分が武器を投影したとすれば、その武器本来の担い手が持つ筋力・戦闘技術すらも手に入るのだ。

だが投影魔術は負担が大きく、正に諸刃の剣と呼ぶべき代物。
使う度に、腕からの侵食が加速度的に進行する。
限界を超えて投影魔術を行使しようとすれば、その瞬間に衛宮士郎は死ぬだろう。

放送を聞き逃した所為で、死者がどれだけ出たかは分からないが、未だ生き残りは沢山居る筈。
桜を優勝させる為には、こんな段階で倒れる訳にはいかない。
故に投影魔術は、『切り札で無ければ倒せない強敵』を屠る時にしか使えない。
なるべく投影魔術に頼らないような戦い方をする必要がある。

考える。
自分にとって、投影以外の武器とは何か。
本来の士郎は大した魔力も剣術も持ち合わせていない、半人前以下の魔術師だった。
だが一つだけ、士郎は誰にも負けない技能を持っている。
投影以外で、衛宮士郎に与えられた天賦の才。
それは――


    ◇     ◇     ◇


「桂! しっかりするのだ……!」

場所は移り変わって、別荘地帯にある一軒の家屋。
その一室で響き渡る悲痛な叫び声。
最強の魔導書と呼ばれたアル・アジフの表情が、今は焦燥の色に染まり切っていた。
その原因は、契約者である羽藤桂の容態。
右腕を切り落とされた桂は、生命の危機に瀕していた。
応急処置だけは施したものの、桂の意識は未だ戻る気配が無い。
顔色は青白く変色しつつあり、否が応にも最悪の結末を予感させる。

「何故だ、何故治らぬのだ!」

アルは先程からずっと回復呪文を使用しているが、大きな効果は見られなかった。
嘗てアルは、重傷だった大十字九朗を、一時的に戦闘可能な状態まで回復させた。
しかし今回桂が負った傷は、あの時の九朗よりも重い。
何しろ四肢の一つを完全に切断されたのだ。
ショック死しなかったのが奇跡だと云えるだろう。
加えてこの島の異能力者達に課された『制限』が、アルの回復呪文を弱体化させている。

「くそっ……桂! 頼むから死ぬでない!」

アルがどれだけ叫んでも、どれだけ足掻こうとも、一向に事態は改善しない。
回復呪文は時間稼ぎ程度の効果しか齎していない。
桂は緩やかに、しかし確実に死へと向かっていた。
このままでは、後数時間後には死を迎えてしまうだろう。
桂の状態が悪化するに従って、アルの表情も絶望に侵食されてゆく。
そんなアルを絶望の底から救い上げたのは、とある男の声だった。

「その女を助けたいか?」
「……え?」

振り向いたアルが目にしたのは、白い髪に、二メートル近い長身をした男。
片目を眼帯で覆っている、あからさまに怪しい風体の男――九鬼耀鋼だった。
普段なら警戒して掛かるべき状況だが、今はそんな事を云っている場合では無い。
アルは藁にも縋る気持ちで問い掛ける。

「助け……られるのか?」
「手はある。だが、タダで協力するという訳にも行かんね。
 交換条件だ。その女を救いたければ、お前達が知り得る限りの情報を後で教えろ」

提示された条件は、アルにとって余りにも容易いもの。
情報を提供する程度、大したリスクにすらなりはしない。
アルは何の躊躇も無く、直ぐに首を縦へと振ってみせた。

「交渉成立だな。その女が死に掛けている原因はたった一つ、出血多量だよ」
「出血多量?」
「ああ。人間という生き物は、約五割の血液を失えば確実に死ぬ。
 お前は良く分からない力を持っているようだが、恐らく輸血をしない限り助けられないだろうな。
 そこで、だ――」

九鬼は鞄の中に手を伸ばして、支給品の地図を取り出した。
アルの傍にまで歩み寄ってから、地図の中に記されてある一点を指差す。

「この病院に行く。病院ならきっと、輸血用の設備も整っている筈だからな」

九鬼が指し示していたのは、島の北西部にある病院だった。
確かに病院ならば輸血も可能だろうし、その他の設備も充実している筈である。
桂の治療を行う場所として、これ以上に適した地など存在しなかった。

「……成程の、確かに汝の云う通りかも知れぬ。だが、此処から病院までは随分と距離があるぞ。
 どうやって行くつもりだ?」
「この場所からなら駅が近い。先ずは電車で病院の最寄り駅まで移動して、そこから走って行くのが一番早いだろう」
「良し。ならば汝の案で行こう」

結論を出した後の二人は、迅速だった。
この状況では、一分一秒の差が桂の生死を隔てかねない。
斬り落とされた桂の腕を、氷が入ったビニール袋に放り込んで、鞄の中に保存する。
そのまま間髪置かずに家を飛び出して、北にある駅を目指して走り始めた。

「――――っ」

走る、走る。
視界に映った種類豊富な別荘の群れが、あっという間に後方へと消えて行く。
アルは百メートル七秒を切る程の速度で、ただひたすらに疾駆し続けていた。
真横では、九鬼が所謂お姫様抱っこの形で桂を抱えて走っている。
長身である九鬼の方が、桂を抱いて走るのに向いているだろう、と考えた上での事だ。
だが今の状況に、アルは驚きを覚えずにはいられなかった。

(この男、出来るっ……!)

アルとて最強の魔術書とまで呼ばれた人外であり、その身体能力は並では無い。
先程の桂への回復呪文で多少力を消耗したが、それでも人間の限界程度は凌駕している筈。
そのアルが全力で走っても、速度的に九鬼とは互角。
九鬼は桂を抱えながら走っているのに、魔導書によるサポートを受けている形跡も無いのに、それでも互角。
驚くべき事にこの男は生身のままで、アルを大きく上回る身体能力を誇っているのだ。

「……汝は、名をなんという」
「九鬼耀鋼だ」
「ならば問おう。九鬼耀鋼――汝は人間か……?」
「ああ。少なくとも『今は』只の人間だよ」

異常な速度で疾走を続けながら、二人は言葉短かに会話を交わす。
道中に、行方を遮る敵が現れるような事も無かった。
走っている最中に銃声が聞こえて来たが、今は一刻を争う事態。
銃声から直ぐに意識を切り離して、一直線に駅だけを目指す。

周りの景色は何時の間にか、別荘地帯から歓楽街のソレへと移り変わっている。
五分と経たない内に、二人は駅まで辿り着いた。
丁度停車していた電車の中に乗り込んで、発車の時が訪れるのを待つ。
九鬼は座席に腰を落とすと、静かに話を切り出した。

「さて、と。今の間にお前が知ってる情報を話してくれないか」
「……うむ、そうだな」

電車の出発を待っている間、時間を無駄に浪費する手は無い。
促されたアルは、自身と桂の名前を最初に告げた。
それから桂が持つ『贄の血』、アルのような魔導書の存在、そして魔術師についても概要だけを簡単に話して見せた。

人外の存在にとって、最高の餌となる『贄の血』。
人と契約し、自律行動もする『魔導書』。
様々な魔術を使いこなす『魔術師』。
発車までの時間で話せる事はごく僅かだったが、それでも九鬼を驚かせるには十分な内容だった。

「魔導書に、魔術師だと……? まさか、そんなものが本当に……?
 だがそれなら、俺の推理も裏付けが取れるかも知れんな」

がたんごとん、と電車が線路の上を走って行く。
全てを聞き終えた九鬼は、神妙な顔で何やら考え込んでいる。
そのまま少しの間思案を巡らしていたが、やがて一つの疑問を切り出した。

「アル・アジフ。お前が云う魔術とやらで、死んだ人間を生き返らせる事は可能だと思うかね?」
「何?」
「死者蘇生だよ、死者蘇生。可能性を肯定するか、否定するか?」

問い掛ける九鬼の表情は真剣そのもの。
アルの側も、その発言を下らぬ戯言と一蹴したりはしない。
千年以上もの時を生きた魔導書として、率直な意見を口にする。

「……分からぬ。『ネクロミノコン』の名を冠する妾ですら無理なのだ。
 死人として操るならともかく、生前の状態で生き返らせるのは果てしなく困難だろう。
 だが魔術の世界は果てしなく奥が深い。絶対に不可能だとは云い切れぬ」

それが、アルの回答だった。
アルが知る限り、死者蘇生を行使出来る魔導書は存在しない。
だが魔術とは、常識では考えられない奇跡を起こせるモノ。
世界の何処かに死者蘇生を行える魔導書が在ったとしても、何ら不思議では無いのだ。
そうやって話し込んでいる内に電車が動き始めたが、そこで九鬼の表情が突如鋭いものへと変貌した。

「どうした、九鬼耀鋼?」
「……お喋りはここまでだ。一瞬だが何者かの殺気を感じた。
 この電車の何処かに、鼠が潜んでいるかも知れん」
「――――ッ!」

アルの表情が戦慄に染まる。
最強の魔術書であるアルに加えて、底知れない実力を窺わせる九鬼耀鋼。
今のアル達は、この島でも屈指の戦力を誇っている。
だが、重傷を負っている桂の存在が唯一にして最大の問題。
この狭い車内で襲撃を受けてしまえば、桂を守り切れるかどうかは分からなかった。

「……して、敵は何処に?」
「正確な位置までは分からんよ。普段なら、このくらい直ぐに看破出来るんだが――全く『制限』とは厄介なものだ」

そう云って、九鬼は重い腰を上げた。
電車は二両編成になっている。
今アル達が居るのは、後ろの方の車両である。
恐らくは前の車両に、敵が潜んでいるのだろう。

「俺が行こう。お前は此処で桂を守っておけ」
「分かった。ゆめゆめ油断するでないぞ」

九鬼耀鋼は即断を下して、前の車両に向かって歩き始めた。
車両と車両の境目にある扉を押し開けて、四方をゴムに囲まれた連結部を渡ってゆく。
そのまま次の扉を通り抜けて、先頭車両の内部へと侵入する。
一見した限り、先頭車両にも自分以外の誰かが居る様子は無かった。
念の為に天井にも視線を移してみたが、敵の姿は何処にも見受けられない。

「そうなると、屋根上に隠れているのか?」

車内に居なかった以上、その推測で間違い無いように思えた。
九鬼は警戒心をより一層高めて、天井へと視線を集中させる。
だがそこで突如、凄まじいまでの殺気を横方向から感じ取った。

「――――ッ!?」

生じた嫌な予感に従って、九鬼は横方向へと視線を動かす。
すると窓の向こう。
五十メートル以上離れた場所、屋根上で弓を構えている男の姿が見て取れた。

「あの、男は――」

九鬼の瞳に映ったのは、少し前に一戦交えた男――衛宮士郎だった。
士郎が構えているのは、何ら変哲の無い弓。
走っている電車に向かって矢を撃った所で、何の意味も為さない筈。
だというのに九鬼は、沸き上がる悪寒を禁じ得なかった。
九鬼は卓越した視力によって、悪寒の正体を正確に視認する。

「……あれは、剣か?」

士郎が弓に添えているのは、矢などでは無く刀だった。
一振りの太刀に、目に見えない何かが収束してゆく。
剥き出しとなっている士郎の左腕から、何かが刀に流れ込んでゆく。
際限無く膨れ上がる悪寒。

これから何が起こるのか、魔術師で無い九鬼には分からない。
ただ絶望的な危険が迫っているとだけ、本能が告げている――!

「ク――――!!」

九鬼が身構えたのとほぼ同時、士郎の手元から『刀』が矢の如く撃ち放たれた。
渦巻く突風、空を駆ける流星。
魔弾と化した刀は恐るべき速度で突き進み、車両と車両の連結部に直撃した。

「ぬっ……ぐ……!」

鳴り響く轟音。
電車の車体がガクンガクンと揺れ、中に居る九鬼にまで激しい衝撃を伝えている。
士郎が放った攻撃は、砲撃と呼んでも差し支え無いレベルの破壊力だった。
振動が収まってから、九鬼が後ろへ目を向けると、車両の連結部は見るも無残に破壊されていた。
切り離される形となった二両目の車両は、線路から脱線して、百メートル以上後方に置き去りとなっている。

「ちっ……どうやら一本取られたようだな」

恐らく狙撃の主は、二両目の車両に残されたアル達へと襲い掛かる筈。
電車から飛び降りて救援に向かうべきかとも思ったが、それは断念せざるを得なかった。
電車は既に加速し切っている。
身体能力を制限されている状態で飛び降りれば、いかな九鬼と云えども無事では済まないだろう。
九鬼は舌打ちと共に、次の駅へと向かう運命を享受するしか無かった。



【G-5 電車内/1日目 朝】
【九鬼耀鋼@あやかしびと -幻妖異聞録-】
【装備】:なし
【所持品】:支給品一式、不明支給品1~3、日本酒数本
【状態】:健康、肉体的疲労小
【思考・行動】
 基本:このゲームを二度と開催させない。
0:駅に辿り着いてからどうするかは不明
1:首輪を無効化する方法と、それが可能な人間を探す。
2:制限の解除の方法を探しつつ、戦力を集める。
3:自分同様の死人、もしくはリピーターを探し、空論の裏づけをしたい。
4:如月双七に自身の事を聞く。
5:主催者の意図に乗る者を、場合によっては殺す。
【備考】
※すずルート終了後から参戦です。
 双七も同様だと思っていますが、仮説にもとづき、数十年後または、自分同様死後からという可能性も考えています。
※今のところ、悪鬼は消滅しています。
※主催者の中に、死者を受肉させる人妖能力者がいると思っています。
その能力を使って、何度もゲームを開催して殺し合わせているのではないかと考察しています。
黒須太一、支倉曜子の話を聞きました。が、それほど気にしてはいません。
※別荘の一角で爆発音がありました。
※アルとの情報交換により、『贄の血』、『魔術師』、『魔術』、『魔導書』の存在を知りました。
 情報交換の時間は僅かだった為、詳細までは聞いていません。


    ◇     ◇     ◇     ◇


粉砕された連結部の残骸が、辺り一帯に散らばっている線路上。
左腕に赤い聖骸布を巻き付けながら、士郎は独り呟いた。

「ぐっ、うっ……失敗か」

苦痛に表情を歪ませつつも、地面に転がっている維斗の太刀を拾い上げる。
アーチャーの左腕を解放しての投影魔術は、自身の身体にとって余りにも負担が大き過ぎる。
故に士郎は左腕を解放しつつも、『投影魔術を使わない』という戦術を試みた。
アーチャーは宝具に魔力を注ぎ込んで、それを矢として撃ち放つ戦術を得意とする。
士郎もその戦術を真似て、維斗の太刀に魔力を注いで発射した。

だが結果は失敗。
電車を一撃で横転させるつもりが、連結部を破壊する程度の威力しか出せなかった。
加えてこの戦術は、投影魔術程でないにしろ身体への負担が大きかった。
故に士郎は左腕を封印して、戦術を別のものへと切り替える。

まずは鞄の中から十本程の矢を取り出し、それをポケットの中へと詰め込んだ。
弓も矢も、駅から東部に移動した後、民家の庭に落ちている木の枝を拾い集めて作成した。
このような即席の道具、本来ならば戦闘では役に立たないが、使い手が魔術師となれば話は別。
紙をも鉄の硬度にする強化魔術を併用すれば、十分実戦に耐え得る武器となる。

「…………」

準備を終えた士郎は、静かに顔を上げる。
先の狙撃は失敗だったが、成果が全く無かった訳では無い。
前方では、切り離された電車の車両が停車している。
遠目から確認した所、あの車両には人が二人乗っていた。
その内の片割れは、少し前に自分が片腕を切り落とした手負いの相手だ。

此処で追撃を仕掛けない手は無い。
容赦も躊躇も無い。
この身は只一人、桜の為だけに在る。
士郎は両手で弓を構えると、直ぐに電車へと向かって駆け出した。



    ◇     ◇     ◇     ◇



「くぅ、おのれ…………!」

線路から少し離れた場所。
停車してしまった車両の中で、アルが苛立たしげに吐き捨てた。
窓の向こう側から、弓を構えた男が走って来るのが見える。
見間違える筈も無い。
アレは、桂の右腕を切り落とした男だ。
現れたタイミングから察するに、先の砲撃もあの男の仕業だろう。
迎え撃とう、とは思わなかった。
負傷している桂を連れたまま交戦するなど、只の自殺行為に過ぎない。


アルは迷わず撤退を選択し、桂の身体を背負い込んだ。
まずは窓ガラスに向けて、バレーボール状の魔力弾を打ち込む。
小さな爆発音と共にガラスが砕け散って、脱出の為の道が確保された。
すかさずアルは、桂を背負ったまま電車の外へと跳躍する。

しかしアルが着地するまでの隙を、あの男が――衛宮士郎が、黙って見逃す筈も無い。
急降下するアルを狙って、士郎の手元から矢が撃ち放たれる。
その狙いは正確無比。
矢はアルの胴体に向かって、一直線に宙を突き進んでいる。

「このっ……」

避け切れないと判断したアルは、直ぐ様防御態勢へと移行する。
左手で桂の身体を抱き抱えながら、右手で防御魔術を発動させた。
うっすらと光り輝く透明の障壁が展開されて、迫る矢を弾き飛ばす。
そのまま無事に地面へと降り立ったアルは、右手を士郎の方へと向けた。

「吹き飛べ、外道が!」

アルの右手が淡い光に包まれて、そこから二発、三発とバレーボール状の光弾が発射される。
放たれた光弾は並の人間ならば回避困難なものだったが、今の士郎を捉え切れる程では無い。
士郎が素早く左右へとステップを踏んだ事によって、光弾は虚しく空を裂くに留まった。
アルは直ぐに踵を返して、士郎から逃れるべく走り始める。


「く――――」

街の中を駆け抜ける一人の少女。
アルは紫の髪を靡かせて、白い肌を日光で輝かせながら走り続ける。
桂を抱えているというのに、アルの駆ける速度は常人を遥かに凌駕している。
だが後ろから迫り来る追跡者もまた、常識の枠組みに捉われない存在だった。

「…………」

アルに追い縋る一つの影。
士郎は両手で弓を握り締めて、恐るべき速度で疾駆する。
左腕の侵食による影響で、士郎の身体能力は格段に向上している。
三十メートル程あった両者の距離は少しずつ、しかし確実に縮まりつつあった。

士郎が一瞬足を止めて、秒にも満たぬ時間で素早く矢を撃ち放つ。
それとほぼ同時にアルが曲り角へと飛び込んで、その後ろ髪を矢が掠めていった。
何とか命を繋いだように見えたアルだったが、角を曲がり切った瞬間に目を見開く事となる。

「くっ……行き止まりか!」

アルが進む先は、背の高い建物に囲まれた袋小路となっていた。
抜け道は何処にも見受けられないし、後方からは今も士郎が追って来ている。
完全に追い詰められた状況で、アルは小さく呟いた。

「……久しぶりにアレをやるしかないか」

決意の声。
前方は壁で三方を囲まれているというのに、アルは止まるどころか逆に加速した。
全速力のまま通路を駆け抜けて、そのまま行き止まりの直前にまで突っ込んでゆく。
このままでは激突必死だが、アルとて無策でこんな行動を取った訳では無い。
嘗て『ブラックロッジ』に追われていたアルは、特殊な走法で逃げた経験がある。

「はああああっっ!!」
「な――――!?」

追い縋っていた士郎が、驚愕に目を剥く。
アルは重力の法則を無視して、壁を垂直に駆け上がっていた。
それは常識では考えられない光景だったが、士郎とて数多くの人外を相手にして来た男。
直ぐに平常心を取り戻して、アルが駆け上がって行く先に向けて矢を撃ち放った。

「このっ、小癪な真似を!」

進路を封じられる形となったアルは、一旦走る速度を落とすしか無かった。
しかし重力の法則に逆らえてたのは、あくまでも異常な速度があったからこそ。
速度を落としたアルの身体は重力に捕らわれて、勢い良く地面へと落下してゆく。
士郎はすかさず武器を維斗の太刀に持ち変えて、落下するアル目掛けて横凪ぎの剣戟を放った。

「ちぃ――――!」

アルも咄嗟に防御魔術でバリアを展開したものの、衝撃までは殺し切れない。
桂を片手で抱えた状態のまま、横に五、六メートル弾き飛ばされた。
それでも何とか転倒する事だけは避けて、近くにあった市民会館の入り口へと飛び込んだ。

アルは無人のエントランスホールに侵入するや否や、即座に呪文を紡ぎ出す。
士郎が建物の中へと入ってくる瞬間を狙って、溜め込んだ魔力を解放した。

「アトラック=ナチャ!!」
「ぐッ…………!?」

瞬間、士郎の周りを覆うような形で魔方陣が浮かび上がった。
『アトラック=ナチャ』――敵の動きを封じる事に特化した魔術。
魔方陣は士郎の胴体を締め付けて、動きを一時的に拘束する。
その隙を狙って、すかさずアルは光弾を撃ち放った。
光弾は士郎に直撃する軌道で飛んでいたが、標的に達するよりも早く突如として空中で爆発する。

「な、に――――」

今度はアルが驚く番だった。
士郎は胴体を拘束されたまま、弓矢で光弾を撃ち落としたのだ。
それは、百メートル先から針の穴を射抜くが如きの神業。
アルは士郎の弓の技量に舌を巻きながら、エントランスホールより逃亡するしか無かった。

勢い良く階段を駆け上がって、二階へと移動する。
長さ二十メートル程の廊下を駆け抜けて、一番奥の部屋へと侵入した。
アルは桂を床に横たわらせてから、強い決意の籠もった声で呟く。

「桂、汝は絶対に死なせぬ。あの男を倒してから、病院に連れていってやるからな」

――桂を抱えたままではとても逃げ切れない。
この窮地を切り抜けるには、敵を返り討ちにするしかないだろう。
故にアルは桂を安全な場所に残して、独りで士郎との対決に赴こうとする。
だがそこで、後ろからアルを呼び止める声が聞こえて来た。

「待って、アルちゃん……」
「……起きておったのか」

アルが後方へと振り返ると、倒れたまま視線をこちらに向けている桂の姿があった。
先の逃亡劇の最中に、桂は意識を取り戻していた。
当然の事ながら、今が危機的状況であるのも把握している。
桂は血色の失われた唇を動かして、懸命に声を絞り出す。

「アルちゃん、戦うなんて駄目だよ。あの人凄く強いもん、きっと殺されちゃうよ……!」

桂が止めようとするのも無理は無いだろう。
手段こそ分からぬものの、敵はマギウススタイルとなった桂を一瞬で破った怪物。
魔術の知識に乏しい桂でも、あの敵と正面から戦うのがどれだけ危険な事か理解出来た。
桂は少し逡巡した後に、一つの提案を口にする。

「……わたしを置いて、アルちゃんだけで逃げて。そうすればきっと、逃げ切れるから」

それは自殺宣言にも等しい内容だったが、桂は自殺志願者という訳では無い。
死への恐怖心も、生存欲求もちゃんと人並みに持っている。
だが、桂は余りにも優し過ぎた。
面識も無い誰かの死に涙する。
人が斬り合っていれば、自らの身を呈してでも止めようとする。
羽藤桂とはそういう人間だった。
だからこそ自らの命を顧みずに、アルを逃亡させようとする。
しかしそんな桂の提案を、アルは何ら躊躇する事無く一蹴した。

「ふん、お断わりだ。そんな身勝手な願い、聞き入れるつもりはない」
「身勝手?」
「ああ、身勝手だな。汝には、共に歩むと決めた相手が居るのであろう?」

アルがそう問い掛けると、桂は頷くしか無かった。
浅間サクヤ――この島の何処かに居る筈の、桂にとって誰よりも大切な人。
生死の境を共に乗り越えて、力を合わせて生きて来た。
ずっと一緒に居ようと思った。
ずっと一緒に居たいと思った。
その気持ちは、殺人遊戯の舞台に放り込まれた今でも変わっていない。

「想像してみよ。もしサクヤという者が死ねば、汝はどう感じる?」
「……そんなの、想像したくも無いよ。凄く凄く悲しいに決まってるじゃない」
「だろうな。逆に汝が死ねば、サクヤという者が悲しむだろう。
 故に、見捨てろなどとそんな身勝手な願いは認められぬわ」

アルが云っている事は当然の道理。
桂がサクヤを大切に思っているように、サクヤも桂の事を大切に思っている。
そんな気持ちを踏み躙ってまで死を選ぶなど、とても許される行為では無い。
桂には反論の言葉など思い付かなかった。

「では、妾は行くぞ。汝は此処で大人しく待っておれ」

アルは黙りこくってしまった桂をその場に残し、部屋の外へと歩を進める。
奇襲を警戒しながら、慎重な足取りで階段を下ってゆく。
するとエントランスホールの出入り口に、男の姿が見えた。

左腕に巻き付けた赤い布、右手に握り締められた木製の弓。
男の実力は、先程までの戦いで十分に証明されている。
今の今まで、アトラック=ナチャから抜け出せずにいた訳では無い筈。
恐らくは他に出入り口が無い事を確認して、アル達が降りてくるのを待ち構えていたのだろう。
最早対決が不可避なのは明らかだった。


「汝、名を何と云う」

広々としたエントランスホールの中で、少女と男が対峙する。
アルは毅然とした表情で語り掛けた。
だが男は黙したまま、何も答えようとはしない。

「魔導書『アル・アジフ』の名において問う! 汝は何故、このような下らぬ催し事を是認した?」
「…………」

男は答えない。
倒すべき敵に語る事など何も無いと。
嘗てのアーチャーと同じように、無言で闘気を昂ぶらせる。

「答えぬか。まあ良い、妾とて外道と語り合いたい訳では無い。
 黙したまま、灰塵と帰すが良いわ――――!」

アルが魔力を集中させて、それと同時に男が弓を持ち上げる。
今此処に、悠久の時を生きる魔導書と、理想を棄てた魔術師の戦いが始まった。



    ◇     ◇     ◇     ◇

肉食獣と見紛わんばかりの速度で、歓楽街の中を駆け抜けていく人影が一つ。
必死の形相で疾走を続ける女性は、名を浅間サクヤと云う。

「くっ――――」

サクヤは焦りを隠し切れぬ表情で、ぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
人外の血を引いているサクヤは、嗅覚という面でも常人の追随を許さない。
脱線していた電車を調べた所、桂の臭いの残滓を嗅ぎ取る事が出来た。
電車は連結部と思わしき部分を破壊されており、何らかの攻撃を受けたのは確実。
もしかしたら、今も桂は窮地に晒されているかも知れなかった。

「桂…………!」

サクヤは形振り構わず、全速力で唯只走り続ける。
後先など考えない。
体力が尽きたとしても気力で補えば良いし、敵が現れたのなら一撃で粉砕すれば良いだけの事。

サクヤの人生は、深い後悔と苦渋に満ちていた
千七百年にも渡る永い人生の中で、数多くの命を取り零してきた。
千年前、慕っていた竹林の姫を救えなかった。
六十年前、村の同胞達の命を救えなかった。
十年前、桂の家族を守れなかった。
そしてこの島でも、蒼井渚砂を守れなかった。


だけど今度こそ、絶対に取り零す訳には行かない。
桂だけは。
誰よりも大切なあの少女だけは、何としてでも守り切ってみせる――!


    ◇     ◇     ◇     ◇


アル・アジフと衛宮士郎の戦い。
両者の間合いは現在二十メートル程。
魔力さえあれば撃ち続けられる光弾とは違い、矢の数には限りがある。
故にアルとしては遠距離で戦い続けたい所だったが、敵も馬鹿では無い。
士郎は弓を構えたまま突進して、アルとの間合いを一気に詰めようとする。

「ふん、やはりそう来おったか!」

予想通りの敵の行動に、アルが大きく一度舌打ちをした。
恐らくは光弾を矢で撃ち落とし、そのまま近距離戦闘へと移行する腹積もりであろう。
ならばと、アルは両の手に魔力を集中させた。
左右の手から一発ずつ、合計二発の光弾が同時に射出される。

「ッ、ふ…………!」

それぞれ異なる軌道で突き進む二つの光弾を、一本の矢で撃ち落とすのは困難。
故に士郎は、人差し指と中指の間に一本、薬指と小指の間に一本矢を挟んで、二連射撃を敢行する。
二つの光弾はその両方共が、目標に達するよりも早く撃ち落とされた。
間を置かずして士郎は、得物を維斗の太刀に持ち替えて、アルの懐へと飛び込んでゆく。

「っ――――」

アルは猛然と迫り来る士郎の勢いに戦慄しながらも、咄嗟の反射で防御魔術を紡いだ。
透明な障壁が展開されて、横凪ぎに振るわれた士郎の刀を食い止める。
だが続け様に二発目の剣戟が叩き込まれると、障壁は脆くも砕け散った。

攻撃は尚も止まず、身を守る物が無くなったアルに向けて、三度剣が振るわれる。
間一髪飛び退いたアルの鼻先を、横一文字の斬り払いが掠めて過ぎた。

「このっ、舐めるな――――!」

何とか距離を引き離す事には成功したアルは、両手に魔力を収束させる。
それを見て士郎も、光弾を撃ち落とすべく得物を弓に持ち替えた。
しかしアルは、防がれると分かっている攻撃に固執したりはしない。
状況に応じて様々な魔術を使いこなしてこそ、最強の魔導書を名乗る資格がある。
両手を重ね合わせて、魔力を一点に集中。
爆炎を伴った衝撃波が、アルの手元から撃ち放たれた。

「くッ!」

人間一人分の大きさがあるソレは、矢で迎撃出来るような代物では無い。
士郎が大きく左方向へと跳躍して、荒れ狂う衝撃波から何とか逃れたが、攻撃はこれで終わらない。
アルは間髪置かず、次の攻撃動作へと移行。
敵に反撃する暇など与えんと云わんばかりに、続け様に光弾を放ってゆく。

こと近距離戦に於いてアルの不利は明らか。
本来アルは自身が直接戦うよりも、契約相手の強化とサポートを得意としている。
殺傷力のある武器も持っていない為、近接戦闘では回避に専念するしか無かった。

その一方で遠距離戦ならば、様々な魔術を行使出来るアルに分がある。
故にこの戦いは、間合いを競り合う勝負。
自分に有利な間合いを維持出来た側が、いずれ決定打を叩き込んで勝利する。
そう結論付けたアルは、士郎の前進を妨げるべく、再び爆炎と衝撃波を巻き起こそうとする。


だがアルは、衛宮士郎という男の脅威について大きく見誤っていた。
元より士郎が持っていた天性の弓の才と、アーチャーが弓兵として培ってきた戦闘技術。
こと弓を扱う技能に於いて、今の士郎は正しく怪物である。
圧倒的な技量さえあるのならば、撃ち放つものを矢に限定する必要など無い。
例えば――矢の代わりに火炎瓶を用いたとしても、狙いを外す事など有り得ないのだ。

「な、しまっ――――」

気付いた時には、全てが手遅れだった。
アルが手元から爆炎と衝撃波を放つと同時、士郎の弓から火炎瓶が射出される。
火炎瓶は爆炎と衝撃波に巻き込まれて、誘爆。
愕然とするアルの眼前で、小規模な爆発が引き起こされた。

「くああああああぁぁっ……!!」

爆炎と衝撃波によりある程度爆発は相殺されたが、残りの余波だけでも十分な威力。
アルの小さな身体は空中へと吹き飛ばされ、交通事故に遭ったかのように宙を舞う。
受け身など不可能。
そのまま勢い良く背中から壁に叩き付けられて、アルは意識を失った。


「……俺の勝ち、だな」

勝敗は決した。
士郎は武器を維斗に持ち替えて、倒れ伏せるアルへと歩み寄る。
自身の目的を果たす為に、眼前の命を奪おうとする。
だがそんな士郎の行動を良しとしない少女が、この場に一人辿り着いていた。

「――駄目!」
「…………ッ!?」

士郎は背後から聞こえて来た声に振り返る。
するとそこには、数時間前に自身が右腕を切断した少女――羽藤桂の姿があった。

「そんなの、駄目……!」

待機を命じられた桂だったが、大人しく待ってなどいられなかった。
足を引き摺るようにしながら、エントランスホールの中を懸命に突き進む。
桂は瀕死の身体を酷使して、アルを庇うような位置にまで辿り着いた。

「アルちゃんは凄く優しい子なんだよ? わたしを見捨てて逃げる事も出来たのに、敢えてそうしなかったんだよ?
 それなのに――」

桂とアルは長い時間行動を共にした訳では無い。
出会ってからまだ半日足らず。
それでも自分達は仲間だったと、桂は自信を持って断言出来る。

短い間だったが、自分達は確かに支え合って生きて来たのだ。
この凄惨な殺人遊戯に、必死で立ち向かおうとしていたのだ。
自分にとって、アル・アジフは大切な仲間であり、友人であると云い切れる。
だからこそ――

「そんなアルちゃんを殺すなんて、絶対に許さない!!」

無理に動いた反動で、右腕の傷口からは再び出血が始まっている。
傷口に巻かれた包帯は真っ赤に染まっており、ポタリポタリと血が垂れ落ちていた。
それでも少女は退こうとせずに、残り少ない命で抗おうとする。

「アルちゃん、サクヤさん……。お願いだから、わたしに戦う力を頂戴……!」

桂は死に体の身体を奮い立たせて、か細い右腕で士郎に殴り掛かろうとした。
しかし右腕と大量の血液を失った身体は、思い通りに動いてはくれない。
拳が届く間合いに辿り着くより先に、バランスを崩して転倒してしまった。

「あぐっ………」
「っ――――」

士郎は無言で維斗の柄を握り締める。
こんな少女が桜を傷付けるとは思えないが、生き残れるのはたった一人。
ならば、桂も当然殺害対象に含まれる。
維斗の太刀を一振りするだけで、眼前の少女を確実に仕留められるだろう。
だと云うのに士郎は、苦しげな声で一言呟く事しか出来なかった。

「……止めろ」

燃え尽きそうな自身の命すらも顧みず、仲間を助けようとしている少女の姿。
それは、覚悟を決めた筈の士郎すらも硬直させるものだった。
否――衛宮士郎だからこそ、硬直せざるを得ない。

誰かを助けたいという願い。
それは、嘗ての自分が憧れていたものでは無かったか。
嘗ての自分が、この世で最も美しいと感じたものでは無かったか。

「頼むから……止めてくれ……」

士郎は動けない。
自分が切り捨てたモノ、奪おうとしているモノの重さを突き付けられる。
剣と化した筈の心が痛む。
胸の奥が、刺すような痛みに苛まれている。
だが士郎が手を下すまでも無く、少女の命は燃え尽きつつあった。

「く……うあっ……」

こてん、と。
起き上がろうとした桂が、再び地面に倒れ込んだ。
衝撃で、右腕に巻かれた包帯から血が零れ落ちた。

「倒れてなんか、いられない……。今戦わなきゃ、アルちゃんが殺されちゃうもん……」

桂は左手を地面に付いて、何とか立ち上がろうとする。
しかし少女の細腕一本では、自身の身体を支え切れない。
立ち上がれず、右腕からの出血だけが勢いを増す。

「動いて……、お願いだからわたしの身体、動いてよぉっ………!」

涙を流しながら立ち上がろうとするが、身体は思うように動いてくれない。
どれだけ努力しようとも、無意味。
桂が抗おうとすれば、その分だけ命が縮んでゆく。
それでも桂は起き上がろうとして――そこで、後から優しく抱き上げられた。




097:コンプレックス・イマージュ 投下順 098:Steelis my body, and fireis my blood/絡み合うイト(後編)
094:記憶の水底 時系列順
082:サクラノミカタ 衛宮士郎
079:この地獄に居る彼女のために 浅間サクヤ
082:サクラノミカタ 羽藤桂
アル・アジフ
九鬼耀鋼 103:それは渦巻く混沌のように

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