Steelis my body, and fireis my blood/絡み合うイト(前編) ◆guAWf4RW62
「……さてと。何時までも、こうしちゃいられないね」
静まり返った森の中、サクヤは静かに身体を起こした。
打ち据えられた肩は未だズキズキと痛むが、悠長に回復を待ってなどいられない。
鳥月は自分以上に必死だった。
桂を守る為に、文字通り全てをかなぐり捨てていた。
ならばどうして自分だけ、こんな所で悠長に寝ていられようか。
サクヤは直ぐ様駆け出そうとしたが、一瞬迷った後に蒼井渚砂の死体へと目を移した。
草の上で、渚砂は眠るように目を閉ざしている。
その顔は生前と変わらぬくらい綺麗なものだったが、彼女が動く事はもう二度と無い。
渚砂の胸は鮮血に染まっているし、先の放送で名前を呼ばれもしている。
疑う余地も無く、彼女は確実に死んでしまったのだ。
打ち据えられた肩は未だズキズキと痛むが、悠長に回復を待ってなどいられない。
鳥月は自分以上に必死だった。
桂を守る為に、文字通り全てをかなぐり捨てていた。
ならばどうして自分だけ、こんな所で悠長に寝ていられようか。
サクヤは直ぐ様駆け出そうとしたが、一瞬迷った後に蒼井渚砂の死体へと目を移した。
草の上で、渚砂は眠るように目を閉ざしている。
その顔は生前と変わらぬくらい綺麗なものだったが、彼女が動く事はもう二度と無い。
渚砂の胸は鮮血に染まっているし、先の放送で名前を呼ばれもしている。
疑う余地も無く、彼女は確実に死んでしまったのだ。
「すまないね……渚砂。あんたを埋めてやれるだけの時間は無いよ。
だけど、絶対にあんたの事は忘れないからね」
だけど、絶対にあんたの事は忘れないからね」
苦渋に満ちた表情で呟くと、サクヤは渚砂の死体から目を離した。
人外の血を引くサクヤは、怪物じみた身体能力を誇っている。
例え島中を走り回っても、数時間は体力が持つ筈である。
故にこれからの捜索活動は、走り続けながら行う。
先ずは尾花の首根っこを掴んで、鞄の中へと放り込んだ。
こんな所に閉じ込めるのは少々可哀そうだが、今は一分一秒が惜しい。
動物の走るペースに合わせている訳には行かないのだ。
そうして準備を終えたサクヤは、人間離れした速度で森の中を駆け始めた。
人外の血を引くサクヤは、怪物じみた身体能力を誇っている。
例え島中を走り回っても、数時間は体力が持つ筈である。
故にこれからの捜索活動は、走り続けながら行う。
先ずは尾花の首根っこを掴んで、鞄の中へと放り込んだ。
こんな所に閉じ込めるのは少々可哀そうだが、今は一分一秒が惜しい。
動物の走るペースに合わせている訳には行かないのだ。
そうして準備を終えたサクヤは、人間離れした速度で森の中を駆け始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
「……あの女は、来てないか」
寂れたホームを一瞥して、士郎は独り呟いた。
支倉曜子と合流するべく駅へ来たのだが、周囲には誰の姿も見受けられない。
死んだか、来れないような状況に陥ったか、若しくは早々に同行者失格の烙印を押されたか。
理由は分からないが、とにかく曜子が今この場所に居ない事は確実。
暫く待っていれば来る可能性もあったが、その選択肢は早々に切り捨てた。
来るかどうかも分からない同行者に期待して、時間を無駄に浪費する訳にはいかないのだ。
そう判断し、直ぐ様この場を後にしようとする。
だがそこで突如、士郎は突如その場へと蹲った。
支倉曜子と合流するべく駅へ来たのだが、周囲には誰の姿も見受けられない。
死んだか、来れないような状況に陥ったか、若しくは早々に同行者失格の烙印を押されたか。
理由は分からないが、とにかく曜子が今この場所に居ない事は確実。
暫く待っていれば来る可能性もあったが、その選択肢は早々に切り捨てた。
来るかどうかも分からない同行者に期待して、時間を無駄に浪費する訳にはいかないのだ。
そう判断し、直ぐ様この場を後にしようとする。
だがそこで突如、士郎は突如その場へと蹲った。
「ずっ……ぐ――――!」
身体を串刺しにされたかのような激痛。
左肩の付け根から侵入する熱は、細胞を食う極小の蟲のよう。
絶望的な速度で、自身の身体から大切な何かが抜け落ちている。
左肩の付け根から侵入する熱は、細胞を食う極小の蟲のよう。
絶望的な速度で、自身の身体から大切な何かが抜け落ちている。
何故士郎が、このような事態に苛まれているのか。
全ての元凶は、彼の身体に移植された左腕である。
本来の士郎の腕とは異なる、赤い聖骸布に包まれた腕。
この左腕について説明するには、別の世界の話をしなければならないだろう。
嘗て衛宮士郎が過ごしていた世界の話だ。
全ての元凶は、彼の身体に移植された左腕である。
本来の士郎の腕とは異なる、赤い聖骸布に包まれた腕。
この左腕について説明するには、別の世界の話をしなければならないだろう。
嘗て衛宮士郎が過ごしていた世界の話だ。
その世界では、ありとあらゆる願いを叶える『聖杯』が数十年に一度現れる。
そこで七人のマスターは七騎のサーヴァントと契約し、『聖杯』を巡っての戦争に臨む。
聖杯を手にできるのは只一組、故に彼らは最後の一組となるまで互いに殺し合う。
これこそが、所謂聖杯戦争である。
そして士郎は未熟ながらも、マスターの一人として聖杯戦争に参加していたが、戦いの最中に左腕を失ってしまった。
だからこそ、サーヴァントの一人――アーチャーの左腕を身体に移植された。
そこで七人のマスターは七騎のサーヴァントと契約し、『聖杯』を巡っての戦争に臨む。
聖杯を手にできるのは只一組、故に彼らは最後の一組となるまで互いに殺し合う。
これこそが、所謂聖杯戦争である。
そして士郎は未熟ながらも、マスターの一人として聖杯戦争に参加していたが、戦いの最中に左腕を失ってしまった。
だからこそ、サーヴァントの一人――アーチャーの左腕を身体に移植された。
サーヴァントとは聖杯の助けにより召喚された、未来も含む全時系列のどこかに存在した英雄の霊である。
その力は人間の限界を遥かに凌駕し、一軍にも匹敵する程。
士郎もアーチャーの左腕を解放しさえすれば、サーヴァントに匹敵する力を手に入れる事が出来る。
その力は人間の限界を遥かに凌駕し、一軍にも匹敵する程。
士郎もアーチャーの左腕を解放しさえすれば、サーヴァントに匹敵する力を手に入れる事が出来る。
だが未熟な魔術師に過ぎない士郎では、サーヴァントの力を受け止め切れない。
一度でも左腕を解放すれば、残る結末は死のみ。
身体に植え付けられた時限爆弾のスイッチは、もう完全に起動してしまった。
聖骸布による封印を施す事で僅かな延命は可能だが、衛宮士郎の身体はいずれ必ず内側から崩壊する。
それは最早確定した運命。
だが士郎は、何の迷いも無い顔、何の迷いも無い声で呟いた。
一度でも左腕を解放すれば、残る結末は死のみ。
身体に植え付けられた時限爆弾のスイッチは、もう完全に起動してしまった。
聖骸布による封印を施す事で僅かな延命は可能だが、衛宮士郎の身体はいずれ必ず内側から崩壊する。
それは最早確定した運命。
だが士郎は、何の迷いも無い顔、何の迷いも無い声で呟いた。
「それでも……桜を守る為なら、後悔なんてしない。
俺は――俺だけは、桜の味方なんだから…………っ!」
俺は――俺だけは、桜の味方なんだから…………っ!」
あの日、凍えた夜の中で、自分は誓った。
雨に塗れた桜を抱き締めて、絶対に守ってみせると誓ったのだ。
あの時から、致命的なまでにこの答えは決まっていた。
雨に塗れた桜を抱き締めて、絶対に守ってみせると誓ったのだ。
あの時から、致命的なまでにこの答えは決まっていた。
自分が守りたいもの。
自分にとって何よりも大切なもの。
失う可能性さえ、思い付かなかったもの。
大切な一を救う為に、百の人間を、そして自分自身をも切り捨てる。
それこそが今の衛宮士郎にとって、唯一無二の行動原理。
既に終わりを告知された身体は、終着駅に向かって走り続けるのみ。
思考は冴えているし、自身の戦力は既に把握している。
自分にとって何よりも大切なもの。
失う可能性さえ、思い付かなかったもの。
大切な一を救う為に、百の人間を、そして自分自身をも切り捨てる。
それこそが今の衛宮士郎にとって、唯一無二の行動原理。
既に終わりを告知された身体は、終着駅に向かって走り続けるのみ。
思考は冴えているし、自身の戦力は既に把握している。
アーチャーが蓄えて来た戦闘技術、経験の継承。
腕からの侵食の影響により、身体能力も大幅に高まっている。
様々な物質の耐久性を高める『強化魔術』も、以前とは比べものにならない効力を発揮する筈。
そして何よりの切り札は、投影魔術による武器の複製。
アーチャーは一度目にした武器ならば、その使い手の能力ごと複製出来る。
つまり今の自分が武器を投影したとすれば、その武器本来の担い手が持つ筋力・戦闘技術すらも手に入るのだ。
腕からの侵食の影響により、身体能力も大幅に高まっている。
様々な物質の耐久性を高める『強化魔術』も、以前とは比べものにならない効力を発揮する筈。
そして何よりの切り札は、投影魔術による武器の複製。
アーチャーは一度目にした武器ならば、その使い手の能力ごと複製出来る。
つまり今の自分が武器を投影したとすれば、その武器本来の担い手が持つ筋力・戦闘技術すらも手に入るのだ。
だが投影魔術は負担が大きく、正に諸刃の剣と呼ぶべき代物。
使う度に、腕からの侵食が加速度的に進行する。
限界を超えて投影魔術を行使しようとすれば、その瞬間に衛宮士郎は死ぬだろう。
使う度に、腕からの侵食が加速度的に進行する。
限界を超えて投影魔術を行使しようとすれば、その瞬間に衛宮士郎は死ぬだろう。
放送を聞き逃した所為で、死者がどれだけ出たかは分からないが、未だ生き残りは沢山居る筈。
桜を優勝させる為には、こんな段階で倒れる訳にはいかない。
故に投影魔術は、『切り札で無ければ倒せない強敵』を屠る時にしか使えない。
なるべく投影魔術に頼らないような戦い方をする必要がある。
桜を優勝させる為には、こんな段階で倒れる訳にはいかない。
故に投影魔術は、『切り札で無ければ倒せない強敵』を屠る時にしか使えない。
なるべく投影魔術に頼らないような戦い方をする必要がある。
考える。
自分にとって、投影以外の武器とは何か。
本来の士郎は大した魔力も剣術も持ち合わせていない、半人前以下の魔術師だった。
だが一つだけ、士郎は誰にも負けない技能を持っている。
投影以外で、衛宮士郎に与えられた天賦の才。
それは――
自分にとって、投影以外の武器とは何か。
本来の士郎は大した魔力も剣術も持ち合わせていない、半人前以下の魔術師だった。
だが一つだけ、士郎は誰にも負けない技能を持っている。
投影以外で、衛宮士郎に与えられた天賦の才。
それは――
◇ ◇ ◇
「桂! しっかりするのだ……!」
場所は移り変わって、別荘地帯にある一軒の家屋。
その一室で響き渡る悲痛な叫び声。
最強の魔導書と呼ばれたアル・アジフの表情が、今は焦燥の色に染まり切っていた。
その原因は、契約者である羽藤桂の容態。
右腕を切り落とされた桂は、生命の危機に瀕していた。
応急処置だけは施したものの、桂の意識は未だ戻る気配が無い。
顔色は青白く変色しつつあり、否が応にも最悪の結末を予感させる。
その一室で響き渡る悲痛な叫び声。
最強の魔導書と呼ばれたアル・アジフの表情が、今は焦燥の色に染まり切っていた。
その原因は、契約者である羽藤桂の容態。
右腕を切り落とされた桂は、生命の危機に瀕していた。
応急処置だけは施したものの、桂の意識は未だ戻る気配が無い。
顔色は青白く変色しつつあり、否が応にも最悪の結末を予感させる。
「何故だ、何故治らぬのだ!」
アルは先程からずっと回復呪文を使用しているが、大きな効果は見られなかった。
嘗てアルは、重傷だった大十字九朗を、一時的に戦闘可能な状態まで回復させた。
しかし今回桂が負った傷は、あの時の九朗よりも重い。
何しろ四肢の一つを完全に切断されたのだ。
ショック死しなかったのが奇跡だと云えるだろう。
加えてこの島の異能力者達に課された『制限』が、アルの回復呪文を弱体化させている。
嘗てアルは、重傷だった大十字九朗を、一時的に戦闘可能な状態まで回復させた。
しかし今回桂が負った傷は、あの時の九朗よりも重い。
何しろ四肢の一つを完全に切断されたのだ。
ショック死しなかったのが奇跡だと云えるだろう。
加えてこの島の異能力者達に課された『制限』が、アルの回復呪文を弱体化させている。
「くそっ……桂! 頼むから死ぬでない!」
アルがどれだけ叫んでも、どれだけ足掻こうとも、一向に事態は改善しない。
回復呪文は時間稼ぎ程度の効果しか齎していない。
桂は緩やかに、しかし確実に死へと向かっていた。
このままでは、後数時間後には死を迎えてしまうだろう。
桂の状態が悪化するに従って、アルの表情も絶望に侵食されてゆく。
そんなアルを絶望の底から救い上げたのは、とある男の声だった。
回復呪文は時間稼ぎ程度の効果しか齎していない。
桂は緩やかに、しかし確実に死へと向かっていた。
このままでは、後数時間後には死を迎えてしまうだろう。
桂の状態が悪化するに従って、アルの表情も絶望に侵食されてゆく。
そんなアルを絶望の底から救い上げたのは、とある男の声だった。
「その女を助けたいか?」
「……え?」
「……え?」
振り向いたアルが目にしたのは、白い髪に、二メートル近い長身をした男。
片目を眼帯で覆っている、あからさまに怪しい風体の男――九鬼耀鋼だった。
普段なら警戒して掛かるべき状況だが、今はそんな事を云っている場合では無い。
アルは藁にも縋る気持ちで問い掛ける。
片目を眼帯で覆っている、あからさまに怪しい風体の男――九鬼耀鋼だった。
普段なら警戒して掛かるべき状況だが、今はそんな事を云っている場合では無い。
アルは藁にも縋る気持ちで問い掛ける。
「助け……られるのか?」
「手はある。だが、タダで協力するという訳にも行かんね。
交換条件だ。その女を救いたければ、お前達が知り得る限りの情報を後で教えろ」
「手はある。だが、タダで協力するという訳にも行かんね。
交換条件だ。その女を救いたければ、お前達が知り得る限りの情報を後で教えろ」
提示された条件は、アルにとって余りにも容易いもの。
情報を提供する程度、大したリスクにすらなりはしない。
アルは何の躊躇も無く、直ぐに首を縦へと振ってみせた。
情報を提供する程度、大したリスクにすらなりはしない。
アルは何の躊躇も無く、直ぐに首を縦へと振ってみせた。
「交渉成立だな。その女が死に掛けている原因はたった一つ、出血多量だよ」
「出血多量?」
「ああ。人間という生き物は、約五割の血液を失えば確実に死ぬ。
お前は良く分からない力を持っているようだが、恐らく輸血をしない限り助けられないだろうな。
そこで、だ――」
「出血多量?」
「ああ。人間という生き物は、約五割の血液を失えば確実に死ぬ。
お前は良く分からない力を持っているようだが、恐らく輸血をしない限り助けられないだろうな。
そこで、だ――」
九鬼は鞄の中に手を伸ばして、支給品の地図を取り出した。
アルの傍にまで歩み寄ってから、地図の中に記されてある一点を指差す。
アルの傍にまで歩み寄ってから、地図の中に記されてある一点を指差す。
「この病院に行く。病院ならきっと、輸血用の設備も整っている筈だからな」
九鬼が指し示していたのは、島の北西部にある病院だった。
確かに病院ならば輸血も可能だろうし、その他の設備も充実している筈である。
桂の治療を行う場所として、これ以上に適した地など存在しなかった。
確かに病院ならば輸血も可能だろうし、その他の設備も充実している筈である。
桂の治療を行う場所として、これ以上に適した地など存在しなかった。
「……成程の、確かに汝の云う通りかも知れぬ。だが、此処から病院までは随分と距離があるぞ。
どうやって行くつもりだ?」
「この場所からなら駅が近い。先ずは電車で病院の最寄り駅まで移動して、そこから走って行くのが一番早いだろう」
「良し。ならば汝の案で行こう」
どうやって行くつもりだ?」
「この場所からなら駅が近い。先ずは電車で病院の最寄り駅まで移動して、そこから走って行くのが一番早いだろう」
「良し。ならば汝の案で行こう」
結論を出した後の二人は、迅速だった。
この状況では、一分一秒の差が桂の生死を隔てかねない。
斬り落とされた桂の腕を、氷が入ったビニール袋に放り込んで、鞄の中に保存する。
そのまま間髪置かずに家を飛び出して、北にある駅を目指して走り始めた。
この状況では、一分一秒の差が桂の生死を隔てかねない。
斬り落とされた桂の腕を、氷が入ったビニール袋に放り込んで、鞄の中に保存する。
そのまま間髪置かずに家を飛び出して、北にある駅を目指して走り始めた。
「――――っ」
走る、走る。
視界に映った種類豊富な別荘の群れが、あっという間に後方へと消えて行く。
アルは百メートル七秒を切る程の速度で、ただひたすらに疾駆し続けていた。
真横では、九鬼が所謂お姫様抱っこの形で桂を抱えて走っている。
長身である九鬼の方が、桂を抱いて走るのに向いているだろう、と考えた上での事だ。
だが今の状況に、アルは驚きを覚えずにはいられなかった。
視界に映った種類豊富な別荘の群れが、あっという間に後方へと消えて行く。
アルは百メートル七秒を切る程の速度で、ただひたすらに疾駆し続けていた。
真横では、九鬼が所謂お姫様抱っこの形で桂を抱えて走っている。
長身である九鬼の方が、桂を抱いて走るのに向いているだろう、と考えた上での事だ。
だが今の状況に、アルは驚きを覚えずにはいられなかった。
(この男、出来るっ……!)
アルとて最強の魔術書とまで呼ばれた人外であり、その身体能力は並では無い。
先程の桂への回復呪文で多少力を消耗したが、それでも人間の限界程度は凌駕している筈。
そのアルが全力で走っても、速度的に九鬼とは互角。
九鬼は桂を抱えながら走っているのに、魔導書によるサポートを受けている形跡も無いのに、それでも互角。
驚くべき事にこの男は生身のままで、アルを大きく上回る身体能力を誇っているのだ。
先程の桂への回復呪文で多少力を消耗したが、それでも人間の限界程度は凌駕している筈。
そのアルが全力で走っても、速度的に九鬼とは互角。
九鬼は桂を抱えながら走っているのに、魔導書によるサポートを受けている形跡も無いのに、それでも互角。
驚くべき事にこの男は生身のままで、アルを大きく上回る身体能力を誇っているのだ。
「……汝は、名をなんという」
「九鬼耀鋼だ」
「ならば問おう。九鬼耀鋼――汝は人間か……?」
「ああ。少なくとも『今は』只の人間だよ」
「九鬼耀鋼だ」
「ならば問おう。九鬼耀鋼――汝は人間か……?」
「ああ。少なくとも『今は』只の人間だよ」
異常な速度で疾走を続けながら、二人は言葉短かに会話を交わす。
道中に、行方を遮る敵が現れるような事も無かった。
走っている最中に銃声が聞こえて来たが、今は一刻を争う事態。
銃声から直ぐに意識を切り離して、一直線に駅だけを目指す。
道中に、行方を遮る敵が現れるような事も無かった。
走っている最中に銃声が聞こえて来たが、今は一刻を争う事態。
銃声から直ぐに意識を切り離して、一直線に駅だけを目指す。
周りの景色は何時の間にか、別荘地帯から歓楽街のソレへと移り変わっている。
五分と経たない内に、二人は駅まで辿り着いた。
丁度停車していた電車の中に乗り込んで、発車の時が訪れるのを待つ。
九鬼は座席に腰を落とすと、静かに話を切り出した。
五分と経たない内に、二人は駅まで辿り着いた。
丁度停車していた電車の中に乗り込んで、発車の時が訪れるのを待つ。
九鬼は座席に腰を落とすと、静かに話を切り出した。
「さて、と。今の間にお前が知ってる情報を話してくれないか」
「……うむ、そうだな」
「……うむ、そうだな」
電車の出発を待っている間、時間を無駄に浪費する手は無い。
促されたアルは、自身と桂の名前を最初に告げた。
それから桂が持つ『贄の血』、アルのような魔導書の存在、そして魔術師についても概要だけを簡単に話して見せた。
促されたアルは、自身と桂の名前を最初に告げた。
それから桂が持つ『贄の血』、アルのような魔導書の存在、そして魔術師についても概要だけを簡単に話して見せた。
人外の存在にとって、最高の餌となる『贄の血』。
人と契約し、自律行動もする『魔導書』。
様々な魔術を使いこなす『魔術師』。
発車までの時間で話せる事はごく僅かだったが、それでも九鬼を驚かせるには十分な内容だった。
人と契約し、自律行動もする『魔導書』。
様々な魔術を使いこなす『魔術師』。
発車までの時間で話せる事はごく僅かだったが、それでも九鬼を驚かせるには十分な内容だった。
「魔導書に、魔術師だと……? まさか、そんなものが本当に……?
だがそれなら、俺の推理も裏付けが取れるかも知れんな」
だがそれなら、俺の推理も裏付けが取れるかも知れんな」
がたんごとん、と電車が線路の上を走って行く。
全てを聞き終えた九鬼は、神妙な顔で何やら考え込んでいる。
そのまま少しの間思案を巡らしていたが、やがて一つの疑問を切り出した。
全てを聞き終えた九鬼は、神妙な顔で何やら考え込んでいる。
そのまま少しの間思案を巡らしていたが、やがて一つの疑問を切り出した。
「アル・アジフ。お前が云う魔術とやらで、死んだ人間を生き返らせる事は可能だと思うかね?」
「何?」
「死者蘇生だよ、死者蘇生。可能性を肯定するか、否定するか?」
「何?」
「死者蘇生だよ、死者蘇生。可能性を肯定するか、否定するか?」
問い掛ける九鬼の表情は真剣そのもの。
アルの側も、その発言を下らぬ戯言と一蹴したりはしない。
千年以上もの時を生きた魔導書として、率直な意見を口にする。
アルの側も、その発言を下らぬ戯言と一蹴したりはしない。
千年以上もの時を生きた魔導書として、率直な意見を口にする。
「……分からぬ。『ネクロミノコン』の名を冠する妾ですら無理なのだ。
死人として操るならともかく、生前の状態で生き返らせるのは果てしなく困難だろう。
だが魔術の世界は果てしなく奥が深い。絶対に不可能だとは云い切れぬ」
死人として操るならともかく、生前の状態で生き返らせるのは果てしなく困難だろう。
だが魔術の世界は果てしなく奥が深い。絶対に不可能だとは云い切れぬ」
それが、アルの回答だった。
アルが知る限り、死者蘇生を行使出来る魔導書は存在しない。
だが魔術とは、常識では考えられない奇跡を起こせるモノ。
世界の何処かに死者蘇生を行える魔導書が在ったとしても、何ら不思議では無いのだ。
そうやって話し込んでいる内に電車が動き始めたが、そこで九鬼の表情が突如鋭いものへと変貌した。
アルが知る限り、死者蘇生を行使出来る魔導書は存在しない。
だが魔術とは、常識では考えられない奇跡を起こせるモノ。
世界の何処かに死者蘇生を行える魔導書が在ったとしても、何ら不思議では無いのだ。
そうやって話し込んでいる内に電車が動き始めたが、そこで九鬼の表情が突如鋭いものへと変貌した。
「どうした、九鬼耀鋼?」
「……お喋りはここまでだ。一瞬だが何者かの殺気を感じた。
この電車の何処かに、鼠が潜んでいるかも知れん」
「――――ッ!」
「……お喋りはここまでだ。一瞬だが何者かの殺気を感じた。
この電車の何処かに、鼠が潜んでいるかも知れん」
「――――ッ!」
アルの表情が戦慄に染まる。
最強の魔術書であるアルに加えて、底知れない実力を窺わせる九鬼耀鋼。
今のアル達は、この島でも屈指の戦力を誇っている。
だが、重傷を負っている桂の存在が唯一にして最大の問題。
この狭い車内で襲撃を受けてしまえば、桂を守り切れるかどうかは分からなかった。
最強の魔術書であるアルに加えて、底知れない実力を窺わせる九鬼耀鋼。
今のアル達は、この島でも屈指の戦力を誇っている。
だが、重傷を負っている桂の存在が唯一にして最大の問題。
この狭い車内で襲撃を受けてしまえば、桂を守り切れるかどうかは分からなかった。
「……して、敵は何処に?」
「正確な位置までは分からんよ。普段なら、このくらい直ぐに看破出来るんだが――全く『制限』とは厄介なものだ」
「正確な位置までは分からんよ。普段なら、このくらい直ぐに看破出来るんだが――全く『制限』とは厄介なものだ」
そう云って、九鬼は重い腰を上げた。
電車は二両編成になっている。
今アル達が居るのは、後ろの方の車両である。
恐らくは前の車両に、敵が潜んでいるのだろう。
電車は二両編成になっている。
今アル達が居るのは、後ろの方の車両である。
恐らくは前の車両に、敵が潜んでいるのだろう。
「俺が行こう。お前は此処で桂を守っておけ」
「分かった。ゆめゆめ油断するでないぞ」
「分かった。ゆめゆめ油断するでないぞ」
九鬼耀鋼は即断を下して、前の車両に向かって歩き始めた。
車両と車両の境目にある扉を押し開けて、四方をゴムに囲まれた連結部を渡ってゆく。
そのまま次の扉を通り抜けて、先頭車両の内部へと侵入する。
一見した限り、先頭車両にも自分以外の誰かが居る様子は無かった。
念の為に天井にも視線を移してみたが、敵の姿は何処にも見受けられない。
車両と車両の境目にある扉を押し開けて、四方をゴムに囲まれた連結部を渡ってゆく。
そのまま次の扉を通り抜けて、先頭車両の内部へと侵入する。
一見した限り、先頭車両にも自分以外の誰かが居る様子は無かった。
念の為に天井にも視線を移してみたが、敵の姿は何処にも見受けられない。
「そうなると、屋根上に隠れているのか?」
車内に居なかった以上、その推測で間違い無いように思えた。
九鬼は警戒心をより一層高めて、天井へと視線を集中させる。
だがそこで突如、凄まじいまでの殺気を横方向から感じ取った。
九鬼は警戒心をより一層高めて、天井へと視線を集中させる。
だがそこで突如、凄まじいまでの殺気を横方向から感じ取った。
「――――ッ!?」
生じた嫌な予感に従って、九鬼は横方向へと視線を動かす。
すると窓の向こう。
五十メートル以上離れた場所、屋根上で弓を構えている男の姿が見て取れた。
すると窓の向こう。
五十メートル以上離れた場所、屋根上で弓を構えている男の姿が見て取れた。
「あの、男は――」
九鬼の瞳に映ったのは、少し前に一戦交えた男――衛宮士郎だった。
士郎が構えているのは、何ら変哲の無い弓。
走っている電車に向かって矢を撃った所で、何の意味も為さない筈。
だというのに九鬼は、沸き上がる悪寒を禁じ得なかった。
九鬼は卓越した視力によって、悪寒の正体を正確に視認する。
士郎が構えているのは、何ら変哲の無い弓。
走っている電車に向かって矢を撃った所で、何の意味も為さない筈。
だというのに九鬼は、沸き上がる悪寒を禁じ得なかった。
九鬼は卓越した視力によって、悪寒の正体を正確に視認する。
「……あれは、剣か?」
士郎が弓に添えているのは、矢などでは無く刀だった。
一振りの太刀に、目に見えない何かが収束してゆく。
剥き出しとなっている士郎の左腕から、何かが刀に流れ込んでゆく。
際限無く膨れ上がる悪寒。
一振りの太刀に、目に見えない何かが収束してゆく。
剥き出しとなっている士郎の左腕から、何かが刀に流れ込んでゆく。
際限無く膨れ上がる悪寒。
これから何が起こるのか、魔術師で無い九鬼には分からない。
ただ絶望的な危険が迫っているとだけ、本能が告げている――!
ただ絶望的な危険が迫っているとだけ、本能が告げている――!
「ク――――!!」
九鬼が身構えたのとほぼ同時、士郎の手元から『刀』が矢の如く撃ち放たれた。
渦巻く突風、空を駆ける流星。
魔弾と化した刀は恐るべき速度で突き進み、車両と車両の連結部に直撃した。
渦巻く突風、空を駆ける流星。
魔弾と化した刀は恐るべき速度で突き進み、車両と車両の連結部に直撃した。
「ぬっ……ぐ……!」
鳴り響く轟音。
電車の車体がガクンガクンと揺れ、中に居る九鬼にまで激しい衝撃を伝えている。
士郎が放った攻撃は、砲撃と呼んでも差し支え無いレベルの破壊力だった。
振動が収まってから、九鬼が後ろへ目を向けると、車両の連結部は見るも無残に破壊されていた。
切り離される形となった二両目の車両は、線路から脱線して、百メートル以上後方に置き去りとなっている。
電車の車体がガクンガクンと揺れ、中に居る九鬼にまで激しい衝撃を伝えている。
士郎が放った攻撃は、砲撃と呼んでも差し支え無いレベルの破壊力だった。
振動が収まってから、九鬼が後ろへ目を向けると、車両の連結部は見るも無残に破壊されていた。
切り離される形となった二両目の車両は、線路から脱線して、百メートル以上後方に置き去りとなっている。
「ちっ……どうやら一本取られたようだな」
恐らく狙撃の主は、二両目の車両に残されたアル達へと襲い掛かる筈。
電車から飛び降りて救援に向かうべきかとも思ったが、それは断念せざるを得なかった。
電車は既に加速し切っている。
身体能力を制限されている状態で飛び降りれば、いかな九鬼と云えども無事では済まないだろう。
九鬼は舌打ちと共に、次の駅へと向かう運命を享受するしか無かった。
電車から飛び降りて救援に向かうべきかとも思ったが、それは断念せざるを得なかった。
電車は既に加速し切っている。
身体能力を制限されている状態で飛び降りれば、いかな九鬼と云えども無事では済まないだろう。
九鬼は舌打ちと共に、次の駅へと向かう運命を享受するしか無かった。
【G-5 電車内/1日目 朝】
【九鬼耀鋼@あやかしびと -幻妖異聞録-】
【装備】:なし
【所持品】:支給品一式、不明支給品1~3、日本酒数本
【状態】:健康、肉体的疲労小
【思考・行動】
基本:このゲームを二度と開催させない。
0:駅に辿り着いてからどうするかは不明
1:首輪を無効化する方法と、それが可能な人間を探す。
2:制限の解除の方法を探しつつ、戦力を集める。
3:自分同様の死人、もしくはリピーターを探し、空論の裏づけをしたい。
4:如月双七に自身の事を聞く。
5:主催者の意図に乗る者を、場合によっては殺す。
【備考】
※すずルート終了後から参戦です。
双七も同様だと思っていますが、仮説にもとづき、数十年後または、自分同様死後からという可能性も考えています。
※今のところ、悪鬼は消滅しています。
※主催者の中に、死者を受肉させる人妖能力者がいると思っています。
その能力を使って、何度もゲームを開催して殺し合わせているのではないかと考察しています。
※黒須太一、支倉曜子の話を聞きました。が、それほど気にしてはいません。
※別荘の一角で爆発音がありました。
※アルとの情報交換により、『贄の血』、『魔術師』、『魔術』、『魔導書』の存在を知りました。
情報交換の時間は僅かだった為、詳細までは聞いていません。
【九鬼耀鋼@あやかしびと -幻妖異聞録-】
【装備】:なし
【所持品】:支給品一式、不明支給品1~3、日本酒数本
【状態】:健康、肉体的疲労小
【思考・行動】
基本:このゲームを二度と開催させない。
0:駅に辿り着いてからどうするかは不明
1:首輪を無効化する方法と、それが可能な人間を探す。
2:制限の解除の方法を探しつつ、戦力を集める。
3:自分同様の死人、もしくはリピーターを探し、空論の裏づけをしたい。
4:如月双七に自身の事を聞く。
5:主催者の意図に乗る者を、場合によっては殺す。
【備考】
※すずルート終了後から参戦です。
双七も同様だと思っていますが、仮説にもとづき、数十年後または、自分同様死後からという可能性も考えています。
※今のところ、悪鬼は消滅しています。
※主催者の中に、死者を受肉させる人妖能力者がいると思っています。
その能力を使って、何度もゲームを開催して殺し合わせているのではないかと考察しています。
※黒須太一、支倉曜子の話を聞きました。が、それほど気にしてはいません。
※別荘の一角で爆発音がありました。
※アルとの情報交換により、『贄の血』、『魔術師』、『魔術』、『魔導書』の存在を知りました。
情報交換の時間は僅かだった為、詳細までは聞いていません。
◇ ◇ ◇ ◇
粉砕された連結部の残骸が、辺り一帯に散らばっている線路上。
左腕に赤い聖骸布を巻き付けながら、士郎は独り呟いた。
左腕に赤い聖骸布を巻き付けながら、士郎は独り呟いた。
「ぐっ、うっ……失敗か」
苦痛に表情を歪ませつつも、地面に転がっている維斗の太刀を拾い上げる。
アーチャーの左腕を解放しての投影魔術は、自身の身体にとって余りにも負担が大き過ぎる。
故に士郎は左腕を解放しつつも、『投影魔術を使わない』という戦術を試みた。
アーチャーは宝具に魔力を注ぎ込んで、それを矢として撃ち放つ戦術を得意とする。
士郎もその戦術を真似て、維斗の太刀に魔力を注いで発射した。
アーチャーの左腕を解放しての投影魔術は、自身の身体にとって余りにも負担が大き過ぎる。
故に士郎は左腕を解放しつつも、『投影魔術を使わない』という戦術を試みた。
アーチャーは宝具に魔力を注ぎ込んで、それを矢として撃ち放つ戦術を得意とする。
士郎もその戦術を真似て、維斗の太刀に魔力を注いで発射した。
だが結果は失敗。
電車を一撃で横転させるつもりが、連結部を破壊する程度の威力しか出せなかった。
加えてこの戦術は、投影魔術程でないにしろ身体への負担が大きかった。
故に士郎は左腕を封印して、戦術を別のものへと切り替える。
電車を一撃で横転させるつもりが、連結部を破壊する程度の威力しか出せなかった。
加えてこの戦術は、投影魔術程でないにしろ身体への負担が大きかった。
故に士郎は左腕を封印して、戦術を別のものへと切り替える。
まずは鞄の中から十本程の矢を取り出し、それをポケットの中へと詰め込んだ。
弓も矢も、駅から東部に移動した後、民家の庭に落ちている木の枝を拾い集めて作成した。
このような即席の道具、本来ならば戦闘では役に立たないが、使い手が魔術師となれば話は別。
紙をも鉄の硬度にする強化魔術を併用すれば、十分実戦に耐え得る武器となる。
弓も矢も、駅から東部に移動した後、民家の庭に落ちている木の枝を拾い集めて作成した。
このような即席の道具、本来ならば戦闘では役に立たないが、使い手が魔術師となれば話は別。
紙をも鉄の硬度にする強化魔術を併用すれば、十分実戦に耐え得る武器となる。
「…………」
準備を終えた士郎は、静かに顔を上げる。
先の狙撃は失敗だったが、成果が全く無かった訳では無い。
前方では、切り離された電車の車両が停車している。
遠目から確認した所、あの車両には人が二人乗っていた。
その内の片割れは、少し前に自分が片腕を切り落とした手負いの相手だ。
先の狙撃は失敗だったが、成果が全く無かった訳では無い。
前方では、切り離された電車の車両が停車している。
遠目から確認した所、あの車両には人が二人乗っていた。
その内の片割れは、少し前に自分が片腕を切り落とした手負いの相手だ。
此処で追撃を仕掛けない手は無い。
容赦も躊躇も無い。
この身は只一人、桜の為だけに在る。
士郎は両手で弓を構えると、直ぐに電車へと向かって駆け出した。
容赦も躊躇も無い。
この身は只一人、桜の為だけに在る。
士郎は両手で弓を構えると、直ぐに電車へと向かって駆け出した。
◇ ◇ ◇ ◇
「くぅ、おのれ…………!」
線路から少し離れた場所。
停車してしまった車両の中で、アルが苛立たしげに吐き捨てた。
窓の向こう側から、弓を構えた男が走って来るのが見える。
見間違える筈も無い。
アレは、桂の右腕を切り落とした男だ。
現れたタイミングから察するに、先の砲撃もあの男の仕業だろう。
迎え撃とう、とは思わなかった。
負傷している桂を連れたまま交戦するなど、只の自殺行為に過ぎない。
停車してしまった車両の中で、アルが苛立たしげに吐き捨てた。
窓の向こう側から、弓を構えた男が走って来るのが見える。
見間違える筈も無い。
アレは、桂の右腕を切り落とした男だ。
現れたタイミングから察するに、先の砲撃もあの男の仕業だろう。
迎え撃とう、とは思わなかった。
負傷している桂を連れたまま交戦するなど、只の自殺行為に過ぎない。
アルは迷わず撤退を選択し、桂の身体を背負い込んだ。
まずは窓ガラスに向けて、バレーボール状の魔力弾を打ち込む。
小さな爆発音と共にガラスが砕け散って、脱出の為の道が確保された。
すかさずアルは、桂を背負ったまま電車の外へと跳躍する。
まずは窓ガラスに向けて、バレーボール状の魔力弾を打ち込む。
小さな爆発音と共にガラスが砕け散って、脱出の為の道が確保された。
すかさずアルは、桂を背負ったまま電車の外へと跳躍する。
しかしアルが着地するまでの隙を、あの男が――衛宮士郎が、黙って見逃す筈も無い。
急降下するアルを狙って、士郎の手元から矢が撃ち放たれる。
その狙いは正確無比。
矢はアルの胴体に向かって、一直線に宙を突き進んでいる。
急降下するアルを狙って、士郎の手元から矢が撃ち放たれる。
その狙いは正確無比。
矢はアルの胴体に向かって、一直線に宙を突き進んでいる。
「このっ……」
避け切れないと判断したアルは、直ぐ様防御態勢へと移行する。
左手で桂の身体を抱き抱えながら、右手で防御魔術を発動させた。
うっすらと光り輝く透明の障壁が展開されて、迫る矢を弾き飛ばす。
そのまま無事に地面へと降り立ったアルは、右手を士郎の方へと向けた。
左手で桂の身体を抱き抱えながら、右手で防御魔術を発動させた。
うっすらと光り輝く透明の障壁が展開されて、迫る矢を弾き飛ばす。
そのまま無事に地面へと降り立ったアルは、右手を士郎の方へと向けた。
「吹き飛べ、外道が!」
アルの右手が淡い光に包まれて、そこから二発、三発とバレーボール状の光弾が発射される。
放たれた光弾は並の人間ならば回避困難なものだったが、今の士郎を捉え切れる程では無い。
士郎が素早く左右へとステップを踏んだ事によって、光弾は虚しく空を裂くに留まった。
アルは直ぐに踵を返して、士郎から逃れるべく走り始める。
放たれた光弾は並の人間ならば回避困難なものだったが、今の士郎を捉え切れる程では無い。
士郎が素早く左右へとステップを踏んだ事によって、光弾は虚しく空を裂くに留まった。
アルは直ぐに踵を返して、士郎から逃れるべく走り始める。
「く――――」
街の中を駆け抜ける一人の少女。
アルは紫の髪を靡かせて、白い肌を日光で輝かせながら走り続ける。
桂を抱えているというのに、アルの駆ける速度は常人を遥かに凌駕している。
だが後ろから迫り来る追跡者もまた、常識の枠組みに捉われない存在だった。
アルは紫の髪を靡かせて、白い肌を日光で輝かせながら走り続ける。
桂を抱えているというのに、アルの駆ける速度は常人を遥かに凌駕している。
だが後ろから迫り来る追跡者もまた、常識の枠組みに捉われない存在だった。
「…………」
アルに追い縋る一つの影。
士郎は両手で弓を握り締めて、恐るべき速度で疾駆する。
左腕の侵食による影響で、士郎の身体能力は格段に向上している。
三十メートル程あった両者の距離は少しずつ、しかし確実に縮まりつつあった。
士郎は両手で弓を握り締めて、恐るべき速度で疾駆する。
左腕の侵食による影響で、士郎の身体能力は格段に向上している。
三十メートル程あった両者の距離は少しずつ、しかし確実に縮まりつつあった。
士郎が一瞬足を止めて、秒にも満たぬ時間で素早く矢を撃ち放つ。
それとほぼ同時にアルが曲り角へと飛び込んで、その後ろ髪を矢が掠めていった。
何とか命を繋いだように見えたアルだったが、角を曲がり切った瞬間に目を見開く事となる。
それとほぼ同時にアルが曲り角へと飛び込んで、その後ろ髪を矢が掠めていった。
何とか命を繋いだように見えたアルだったが、角を曲がり切った瞬間に目を見開く事となる。
「くっ……行き止まりか!」
アルが進む先は、背の高い建物に囲まれた袋小路となっていた。
抜け道は何処にも見受けられないし、後方からは今も士郎が追って来ている。
完全に追い詰められた状況で、アルは小さく呟いた。
抜け道は何処にも見受けられないし、後方からは今も士郎が追って来ている。
完全に追い詰められた状況で、アルは小さく呟いた。
「……久しぶりにアレをやるしかないか」
決意の声。
前方は壁で三方を囲まれているというのに、アルは止まるどころか逆に加速した。
全速力のまま通路を駆け抜けて、そのまま行き止まりの直前にまで突っ込んでゆく。
このままでは激突必死だが、アルとて無策でこんな行動を取った訳では無い。
嘗て『ブラックロッジ』に追われていたアルは、特殊な走法で逃げた経験がある。
前方は壁で三方を囲まれているというのに、アルは止まるどころか逆に加速した。
全速力のまま通路を駆け抜けて、そのまま行き止まりの直前にまで突っ込んでゆく。
このままでは激突必死だが、アルとて無策でこんな行動を取った訳では無い。
嘗て『ブラックロッジ』に追われていたアルは、特殊な走法で逃げた経験がある。
「はああああっっ!!」
「な――――!?」
「な――――!?」
追い縋っていた士郎が、驚愕に目を剥く。
アルは重力の法則を無視して、壁を垂直に駆け上がっていた。
それは常識では考えられない光景だったが、士郎とて数多くの人外を相手にして来た男。
直ぐに平常心を取り戻して、アルが駆け上がって行く先に向けて矢を撃ち放った。
アルは重力の法則を無視して、壁を垂直に駆け上がっていた。
それは常識では考えられない光景だったが、士郎とて数多くの人外を相手にして来た男。
直ぐに平常心を取り戻して、アルが駆け上がって行く先に向けて矢を撃ち放った。
「このっ、小癪な真似を!」
進路を封じられる形となったアルは、一旦走る速度を落とすしか無かった。
しかし重力の法則に逆らえてたのは、あくまでも異常な速度があったからこそ。
速度を落としたアルの身体は重力に捕らわれて、勢い良く地面へと落下してゆく。
士郎はすかさず武器を維斗の太刀に持ち変えて、落下するアル目掛けて横凪ぎの剣戟を放った。
しかし重力の法則に逆らえてたのは、あくまでも異常な速度があったからこそ。
速度を落としたアルの身体は重力に捕らわれて、勢い良く地面へと落下してゆく。
士郎はすかさず武器を維斗の太刀に持ち変えて、落下するアル目掛けて横凪ぎの剣戟を放った。
「ちぃ――――!」
アルも咄嗟に防御魔術でバリアを展開したものの、衝撃までは殺し切れない。
桂を片手で抱えた状態のまま、横に五、六メートル弾き飛ばされた。
それでも何とか転倒する事だけは避けて、近くにあった市民会館の入り口へと飛び込んだ。
桂を片手で抱えた状態のまま、横に五、六メートル弾き飛ばされた。
それでも何とか転倒する事だけは避けて、近くにあった市民会館の入り口へと飛び込んだ。
アルは無人のエントランスホールに侵入するや否や、即座に呪文を紡ぎ出す。
士郎が建物の中へと入ってくる瞬間を狙って、溜め込んだ魔力を解放した。
士郎が建物の中へと入ってくる瞬間を狙って、溜め込んだ魔力を解放した。
「アトラック=ナチャ!!」
「ぐッ…………!?」
「ぐッ…………!?」
瞬間、士郎の周りを覆うような形で魔方陣が浮かび上がった。
『アトラック=ナチャ』――敵の動きを封じる事に特化した魔術。
魔方陣は士郎の胴体を締め付けて、動きを一時的に拘束する。
その隙を狙って、すかさずアルは光弾を撃ち放った。
光弾は士郎に直撃する軌道で飛んでいたが、標的に達するよりも早く突如として空中で爆発する。
『アトラック=ナチャ』――敵の動きを封じる事に特化した魔術。
魔方陣は士郎の胴体を締め付けて、動きを一時的に拘束する。
その隙を狙って、すかさずアルは光弾を撃ち放った。
光弾は士郎に直撃する軌道で飛んでいたが、標的に達するよりも早く突如として空中で爆発する。
「な、に――――」
今度はアルが驚く番だった。
士郎は胴体を拘束されたまま、弓矢で光弾を撃ち落としたのだ。
それは、百メートル先から針の穴を射抜くが如きの神業。
アルは士郎の弓の技量に舌を巻きながら、エントランスホールより逃亡するしか無かった。
士郎は胴体を拘束されたまま、弓矢で光弾を撃ち落としたのだ。
それは、百メートル先から針の穴を射抜くが如きの神業。
アルは士郎の弓の技量に舌を巻きながら、エントランスホールより逃亡するしか無かった。
勢い良く階段を駆け上がって、二階へと移動する。
長さ二十メートル程の廊下を駆け抜けて、一番奥の部屋へと侵入した。
アルは桂を床に横たわらせてから、強い決意の籠もった声で呟く。
長さ二十メートル程の廊下を駆け抜けて、一番奥の部屋へと侵入した。
アルは桂を床に横たわらせてから、強い決意の籠もった声で呟く。
「桂、汝は絶対に死なせぬ。あの男を倒してから、病院に連れていってやるからな」
――桂を抱えたままではとても逃げ切れない。
この窮地を切り抜けるには、敵を返り討ちにするしかないだろう。
故にアルは桂を安全な場所に残して、独りで士郎との対決に赴こうとする。
だがそこで、後ろからアルを呼び止める声が聞こえて来た。
この窮地を切り抜けるには、敵を返り討ちにするしかないだろう。
故にアルは桂を安全な場所に残して、独りで士郎との対決に赴こうとする。
だがそこで、後ろからアルを呼び止める声が聞こえて来た。
「待って、アルちゃん……」
「……起きておったのか」
「……起きておったのか」
アルが後方へと振り返ると、倒れたまま視線をこちらに向けている桂の姿があった。
先の逃亡劇の最中に、桂は意識を取り戻していた。
当然の事ながら、今が危機的状況であるのも把握している。
桂は血色の失われた唇を動かして、懸命に声を絞り出す。
先の逃亡劇の最中に、桂は意識を取り戻していた。
当然の事ながら、今が危機的状況であるのも把握している。
桂は血色の失われた唇を動かして、懸命に声を絞り出す。
「アルちゃん、戦うなんて駄目だよ。あの人凄く強いもん、きっと殺されちゃうよ……!」
桂が止めようとするのも無理は無いだろう。
手段こそ分からぬものの、敵はマギウススタイルとなった桂を一瞬で破った怪物。
魔術の知識に乏しい桂でも、あの敵と正面から戦うのがどれだけ危険な事か理解出来た。
桂は少し逡巡した後に、一つの提案を口にする。
手段こそ分からぬものの、敵はマギウススタイルとなった桂を一瞬で破った怪物。
魔術の知識に乏しい桂でも、あの敵と正面から戦うのがどれだけ危険な事か理解出来た。
桂は少し逡巡した後に、一つの提案を口にする。
「……わたしを置いて、アルちゃんだけで逃げて。そうすればきっと、逃げ切れるから」
それは自殺宣言にも等しい内容だったが、桂は自殺志願者という訳では無い。
死への恐怖心も、生存欲求もちゃんと人並みに持っている。
だが、桂は余りにも優し過ぎた。
面識も無い誰かの死に涙する。
人が斬り合っていれば、自らの身を呈してでも止めようとする。
羽藤桂とはそういう人間だった。
だからこそ自らの命を顧みずに、アルを逃亡させようとする。
しかしそんな桂の提案を、アルは何ら躊躇する事無く一蹴した。
死への恐怖心も、生存欲求もちゃんと人並みに持っている。
だが、桂は余りにも優し過ぎた。
面識も無い誰かの死に涙する。
人が斬り合っていれば、自らの身を呈してでも止めようとする。
羽藤桂とはそういう人間だった。
だからこそ自らの命を顧みずに、アルを逃亡させようとする。
しかしそんな桂の提案を、アルは何ら躊躇する事無く一蹴した。
「ふん、お断わりだ。そんな身勝手な願い、聞き入れるつもりはない」
「身勝手?」
「ああ、身勝手だな。汝には、共に歩むと決めた相手が居るのであろう?」
「身勝手?」
「ああ、身勝手だな。汝には、共に歩むと決めた相手が居るのであろう?」
アルがそう問い掛けると、桂は頷くしか無かった。
浅間サクヤ――この島の何処かに居る筈の、桂にとって誰よりも大切な人。
生死の境を共に乗り越えて、力を合わせて生きて来た。
ずっと一緒に居ようと思った。
ずっと一緒に居たいと思った。
その気持ちは、殺人遊戯の舞台に放り込まれた今でも変わっていない。
浅間サクヤ――この島の何処かに居る筈の、桂にとって誰よりも大切な人。
生死の境を共に乗り越えて、力を合わせて生きて来た。
ずっと一緒に居ようと思った。
ずっと一緒に居たいと思った。
その気持ちは、殺人遊戯の舞台に放り込まれた今でも変わっていない。
「想像してみよ。もしサクヤという者が死ねば、汝はどう感じる?」
「……そんなの、想像したくも無いよ。凄く凄く悲しいに決まってるじゃない」
「だろうな。逆に汝が死ねば、サクヤという者が悲しむだろう。
故に、見捨てろなどとそんな身勝手な願いは認められぬわ」
「……そんなの、想像したくも無いよ。凄く凄く悲しいに決まってるじゃない」
「だろうな。逆に汝が死ねば、サクヤという者が悲しむだろう。
故に、見捨てろなどとそんな身勝手な願いは認められぬわ」
アルが云っている事は当然の道理。
桂がサクヤを大切に思っているように、サクヤも桂の事を大切に思っている。
そんな気持ちを踏み躙ってまで死を選ぶなど、とても許される行為では無い。
桂には反論の言葉など思い付かなかった。
桂がサクヤを大切に思っているように、サクヤも桂の事を大切に思っている。
そんな気持ちを踏み躙ってまで死を選ぶなど、とても許される行為では無い。
桂には反論の言葉など思い付かなかった。
「では、妾は行くぞ。汝は此処で大人しく待っておれ」
アルは黙りこくってしまった桂をその場に残し、部屋の外へと歩を進める。
奇襲を警戒しながら、慎重な足取りで階段を下ってゆく。
するとエントランスホールの出入り口に、男の姿が見えた。
奇襲を警戒しながら、慎重な足取りで階段を下ってゆく。
するとエントランスホールの出入り口に、男の姿が見えた。
左腕に巻き付けた赤い布、右手に握り締められた木製の弓。
男の実力は、先程までの戦いで十分に証明されている。
今の今まで、アトラック=ナチャから抜け出せずにいた訳では無い筈。
恐らくは他に出入り口が無い事を確認して、アル達が降りてくるのを待ち構えていたのだろう。
最早対決が不可避なのは明らかだった。
男の実力は、先程までの戦いで十分に証明されている。
今の今まで、アトラック=ナチャから抜け出せずにいた訳では無い筈。
恐らくは他に出入り口が無い事を確認して、アル達が降りてくるのを待ち構えていたのだろう。
最早対決が不可避なのは明らかだった。
「汝、名を何と云う」
広々としたエントランスホールの中で、少女と男が対峙する。
アルは毅然とした表情で語り掛けた。
だが男は黙したまま、何も答えようとはしない。
アルは毅然とした表情で語り掛けた。
だが男は黙したまま、何も答えようとはしない。
「魔導書『アル・アジフ』の名において問う! 汝は何故、このような下らぬ催し事を是認した?」
「…………」
「…………」
男は答えない。
倒すべき敵に語る事など何も無いと。
嘗てのアーチャーと同じように、無言で闘気を昂ぶらせる。
倒すべき敵に語る事など何も無いと。
嘗てのアーチャーと同じように、無言で闘気を昂ぶらせる。
「答えぬか。まあ良い、妾とて外道と語り合いたい訳では無い。
黙したまま、灰塵と帰すが良いわ――――!」
黙したまま、灰塵と帰すが良いわ――――!」
アルが魔力を集中させて、それと同時に男が弓を持ち上げる。
今此処に、悠久の時を生きる魔導書と、理想を棄てた魔術師の戦いが始まった。
今此処に、悠久の時を生きる魔導書と、理想を棄てた魔術師の戦いが始まった。
◇ ◇ ◇ ◇
肉食獣と見紛わんばかりの速度で、歓楽街の中を駆け抜けていく人影が一つ。
必死の形相で疾走を続ける女性は、名を浅間サクヤと云う。
必死の形相で疾走を続ける女性は、名を浅間サクヤと云う。
「くっ――――」
サクヤは焦りを隠し切れぬ表情で、ぎりぎりと奥歯を噛み締めた。
人外の血を引いているサクヤは、嗅覚という面でも常人の追随を許さない。
脱線していた電車を調べた所、桂の臭いの残滓を嗅ぎ取る事が出来た。
電車は連結部と思わしき部分を破壊されており、何らかの攻撃を受けたのは確実。
もしかしたら、今も桂は窮地に晒されているかも知れなかった。
人外の血を引いているサクヤは、嗅覚という面でも常人の追随を許さない。
脱線していた電車を調べた所、桂の臭いの残滓を嗅ぎ取る事が出来た。
電車は連結部と思わしき部分を破壊されており、何らかの攻撃を受けたのは確実。
もしかしたら、今も桂は窮地に晒されているかも知れなかった。
「桂…………!」
サクヤは形振り構わず、全速力で唯只走り続ける。
後先など考えない。
体力が尽きたとしても気力で補えば良いし、敵が現れたのなら一撃で粉砕すれば良いだけの事。
後先など考えない。
体力が尽きたとしても気力で補えば良いし、敵が現れたのなら一撃で粉砕すれば良いだけの事。
サクヤの人生は、深い後悔と苦渋に満ちていた
千七百年にも渡る永い人生の中で、数多くの命を取り零してきた。
千年前、慕っていた竹林の姫を救えなかった。
六十年前、村の同胞達の命を救えなかった。
十年前、桂の家族を守れなかった。
そしてこの島でも、蒼井渚砂を守れなかった。
千七百年にも渡る永い人生の中で、数多くの命を取り零してきた。
千年前、慕っていた竹林の姫を救えなかった。
六十年前、村の同胞達の命を救えなかった。
十年前、桂の家族を守れなかった。
そしてこの島でも、蒼井渚砂を守れなかった。
だけど今度こそ、絶対に取り零す訳には行かない。
桂だけは。
誰よりも大切なあの少女だけは、何としてでも守り切ってみせる――!
桂だけは。
誰よりも大切なあの少女だけは、何としてでも守り切ってみせる――!
◇ ◇ ◇ ◇
アル・アジフと衛宮士郎の戦い。
両者の間合いは現在二十メートル程。
魔力さえあれば撃ち続けられる光弾とは違い、矢の数には限りがある。
故にアルとしては遠距離で戦い続けたい所だったが、敵も馬鹿では無い。
士郎は弓を構えたまま突進して、アルとの間合いを一気に詰めようとする。
両者の間合いは現在二十メートル程。
魔力さえあれば撃ち続けられる光弾とは違い、矢の数には限りがある。
故にアルとしては遠距離で戦い続けたい所だったが、敵も馬鹿では無い。
士郎は弓を構えたまま突進して、アルとの間合いを一気に詰めようとする。
「ふん、やはりそう来おったか!」
予想通りの敵の行動に、アルが大きく一度舌打ちをした。
恐らくは光弾を矢で撃ち落とし、そのまま近距離戦闘へと移行する腹積もりであろう。
ならばと、アルは両の手に魔力を集中させた。
左右の手から一発ずつ、合計二発の光弾が同時に射出される。
恐らくは光弾を矢で撃ち落とし、そのまま近距離戦闘へと移行する腹積もりであろう。
ならばと、アルは両の手に魔力を集中させた。
左右の手から一発ずつ、合計二発の光弾が同時に射出される。
「ッ、ふ…………!」
それぞれ異なる軌道で突き進む二つの光弾を、一本の矢で撃ち落とすのは困難。
故に士郎は、人差し指と中指の間に一本、薬指と小指の間に一本矢を挟んで、二連射撃を敢行する。
二つの光弾はその両方共が、目標に達するよりも早く撃ち落とされた。
間を置かずして士郎は、得物を維斗の太刀に持ち替えて、アルの懐へと飛び込んでゆく。
故に士郎は、人差し指と中指の間に一本、薬指と小指の間に一本矢を挟んで、二連射撃を敢行する。
二つの光弾はその両方共が、目標に達するよりも早く撃ち落とされた。
間を置かずして士郎は、得物を維斗の太刀に持ち替えて、アルの懐へと飛び込んでゆく。
「っ――――」
アルは猛然と迫り来る士郎の勢いに戦慄しながらも、咄嗟の反射で防御魔術を紡いだ。
透明な障壁が展開されて、横凪ぎに振るわれた士郎の刀を食い止める。
だが続け様に二発目の剣戟が叩き込まれると、障壁は脆くも砕け散った。
透明な障壁が展開されて、横凪ぎに振るわれた士郎の刀を食い止める。
だが続け様に二発目の剣戟が叩き込まれると、障壁は脆くも砕け散った。
攻撃は尚も止まず、身を守る物が無くなったアルに向けて、三度剣が振るわれる。
間一髪飛び退いたアルの鼻先を、横一文字の斬り払いが掠めて過ぎた。
間一髪飛び退いたアルの鼻先を、横一文字の斬り払いが掠めて過ぎた。
「このっ、舐めるな――――!」
何とか距離を引き離す事には成功したアルは、両手に魔力を収束させる。
それを見て士郎も、光弾を撃ち落とすべく得物を弓に持ち替えた。
しかしアルは、防がれると分かっている攻撃に固執したりはしない。
状況に応じて様々な魔術を使いこなしてこそ、最強の魔導書を名乗る資格がある。
両手を重ね合わせて、魔力を一点に集中。
爆炎を伴った衝撃波が、アルの手元から撃ち放たれた。
それを見て士郎も、光弾を撃ち落とすべく得物を弓に持ち替えた。
しかしアルは、防がれると分かっている攻撃に固執したりはしない。
状況に応じて様々な魔術を使いこなしてこそ、最強の魔導書を名乗る資格がある。
両手を重ね合わせて、魔力を一点に集中。
爆炎を伴った衝撃波が、アルの手元から撃ち放たれた。
「くッ!」
人間一人分の大きさがあるソレは、矢で迎撃出来るような代物では無い。
士郎が大きく左方向へと跳躍して、荒れ狂う衝撃波から何とか逃れたが、攻撃はこれで終わらない。
アルは間髪置かず、次の攻撃動作へと移行。
敵に反撃する暇など与えんと云わんばかりに、続け様に光弾を放ってゆく。
士郎が大きく左方向へと跳躍して、荒れ狂う衝撃波から何とか逃れたが、攻撃はこれで終わらない。
アルは間髪置かず、次の攻撃動作へと移行。
敵に反撃する暇など与えんと云わんばかりに、続け様に光弾を放ってゆく。
こと近距離戦に於いてアルの不利は明らか。
本来アルは自身が直接戦うよりも、契約相手の強化とサポートを得意としている。
殺傷力のある武器も持っていない為、近接戦闘では回避に専念するしか無かった。
本来アルは自身が直接戦うよりも、契約相手の強化とサポートを得意としている。
殺傷力のある武器も持っていない為、近接戦闘では回避に専念するしか無かった。
その一方で遠距離戦ならば、様々な魔術を行使出来るアルに分がある。
故にこの戦いは、間合いを競り合う勝負。
自分に有利な間合いを維持出来た側が、いずれ決定打を叩き込んで勝利する。
そう結論付けたアルは、士郎の前進を妨げるべく、再び爆炎と衝撃波を巻き起こそうとする。
故にこの戦いは、間合いを競り合う勝負。
自分に有利な間合いを維持出来た側が、いずれ決定打を叩き込んで勝利する。
そう結論付けたアルは、士郎の前進を妨げるべく、再び爆炎と衝撃波を巻き起こそうとする。
だがアルは、衛宮士郎という男の脅威について大きく見誤っていた。
元より士郎が持っていた天性の弓の才と、アーチャーが弓兵として培ってきた戦闘技術。
こと弓を扱う技能に於いて、今の士郎は正しく怪物である。
圧倒的な技量さえあるのならば、撃ち放つものを矢に限定する必要など無い。
例えば――矢の代わりに火炎瓶を用いたとしても、狙いを外す事など有り得ないのだ。
元より士郎が持っていた天性の弓の才と、アーチャーが弓兵として培ってきた戦闘技術。
こと弓を扱う技能に於いて、今の士郎は正しく怪物である。
圧倒的な技量さえあるのならば、撃ち放つものを矢に限定する必要など無い。
例えば――矢の代わりに火炎瓶を用いたとしても、狙いを外す事など有り得ないのだ。
「な、しまっ――――」
気付いた時には、全てが手遅れだった。
アルが手元から爆炎と衝撃波を放つと同時、士郎の弓から火炎瓶が射出される。
火炎瓶は爆炎と衝撃波に巻き込まれて、誘爆。
愕然とするアルの眼前で、小規模な爆発が引き起こされた。
アルが手元から爆炎と衝撃波を放つと同時、士郎の弓から火炎瓶が射出される。
火炎瓶は爆炎と衝撃波に巻き込まれて、誘爆。
愕然とするアルの眼前で、小規模な爆発が引き起こされた。
「くああああああぁぁっ……!!」
爆炎と衝撃波によりある程度爆発は相殺されたが、残りの余波だけでも十分な威力。
アルの小さな身体は空中へと吹き飛ばされ、交通事故に遭ったかのように宙を舞う。
受け身など不可能。
そのまま勢い良く背中から壁に叩き付けられて、アルは意識を失った。
アルの小さな身体は空中へと吹き飛ばされ、交通事故に遭ったかのように宙を舞う。
受け身など不可能。
そのまま勢い良く背中から壁に叩き付けられて、アルは意識を失った。
「……俺の勝ち、だな」
勝敗は決した。
士郎は武器を維斗に持ち替えて、倒れ伏せるアルへと歩み寄る。
自身の目的を果たす為に、眼前の命を奪おうとする。
だがそんな士郎の行動を良しとしない少女が、この場に一人辿り着いていた。
士郎は武器を維斗に持ち替えて、倒れ伏せるアルへと歩み寄る。
自身の目的を果たす為に、眼前の命を奪おうとする。
だがそんな士郎の行動を良しとしない少女が、この場に一人辿り着いていた。
「――駄目!」
「…………ッ!?」
「…………ッ!?」
士郎は背後から聞こえて来た声に振り返る。
するとそこには、数時間前に自身が右腕を切断した少女――羽藤桂の姿があった。
するとそこには、数時間前に自身が右腕を切断した少女――羽藤桂の姿があった。
「そんなの、駄目……!」
待機を命じられた桂だったが、大人しく待ってなどいられなかった。
足を引き摺るようにしながら、エントランスホールの中を懸命に突き進む。
桂は瀕死の身体を酷使して、アルを庇うような位置にまで辿り着いた。
足を引き摺るようにしながら、エントランスホールの中を懸命に突き進む。
桂は瀕死の身体を酷使して、アルを庇うような位置にまで辿り着いた。
「アルちゃんは凄く優しい子なんだよ? わたしを見捨てて逃げる事も出来たのに、敢えてそうしなかったんだよ?
それなのに――」
それなのに――」
桂とアルは長い時間行動を共にした訳では無い。
出会ってからまだ半日足らず。
それでも自分達は仲間だったと、桂は自信を持って断言出来る。
出会ってからまだ半日足らず。
それでも自分達は仲間だったと、桂は自信を持って断言出来る。
短い間だったが、自分達は確かに支え合って生きて来たのだ。
この凄惨な殺人遊戯に、必死で立ち向かおうとしていたのだ。
自分にとって、アル・アジフは大切な仲間であり、友人であると云い切れる。
だからこそ――
この凄惨な殺人遊戯に、必死で立ち向かおうとしていたのだ。
自分にとって、アル・アジフは大切な仲間であり、友人であると云い切れる。
だからこそ――
「そんなアルちゃんを殺すなんて、絶対に許さない!!」
無理に動いた反動で、右腕の傷口からは再び出血が始まっている。
傷口に巻かれた包帯は真っ赤に染まっており、ポタリポタリと血が垂れ落ちていた。
それでも少女は退こうとせずに、残り少ない命で抗おうとする。
傷口に巻かれた包帯は真っ赤に染まっており、ポタリポタリと血が垂れ落ちていた。
それでも少女は退こうとせずに、残り少ない命で抗おうとする。
「アルちゃん、サクヤさん……。お願いだから、わたしに戦う力を頂戴……!」
桂は死に体の身体を奮い立たせて、か細い右腕で士郎に殴り掛かろうとした。
しかし右腕と大量の血液を失った身体は、思い通りに動いてはくれない。
拳が届く間合いに辿り着くより先に、バランスを崩して転倒してしまった。
しかし右腕と大量の血液を失った身体は、思い通りに動いてはくれない。
拳が届く間合いに辿り着くより先に、バランスを崩して転倒してしまった。
「あぐっ………」
「っ――――」
「っ――――」
士郎は無言で維斗の柄を握り締める。
こんな少女が桜を傷付けるとは思えないが、生き残れるのはたった一人。
ならば、桂も当然殺害対象に含まれる。
維斗の太刀を一振りするだけで、眼前の少女を確実に仕留められるだろう。
だと云うのに士郎は、苦しげな声で一言呟く事しか出来なかった。
こんな少女が桜を傷付けるとは思えないが、生き残れるのはたった一人。
ならば、桂も当然殺害対象に含まれる。
維斗の太刀を一振りするだけで、眼前の少女を確実に仕留められるだろう。
だと云うのに士郎は、苦しげな声で一言呟く事しか出来なかった。
「……止めろ」
燃え尽きそうな自身の命すらも顧みず、仲間を助けようとしている少女の姿。
それは、覚悟を決めた筈の士郎すらも硬直させるものだった。
否――衛宮士郎だからこそ、硬直せざるを得ない。
それは、覚悟を決めた筈の士郎すらも硬直させるものだった。
否――衛宮士郎だからこそ、硬直せざるを得ない。
誰かを助けたいという願い。
それは、嘗ての自分が憧れていたものでは無かったか。
嘗ての自分が、この世で最も美しいと感じたものでは無かったか。
それは、嘗ての自分が憧れていたものでは無かったか。
嘗ての自分が、この世で最も美しいと感じたものでは無かったか。
「頼むから……止めてくれ……」
士郎は動けない。
自分が切り捨てたモノ、奪おうとしているモノの重さを突き付けられる。
剣と化した筈の心が痛む。
胸の奥が、刺すような痛みに苛まれている。
だが士郎が手を下すまでも無く、少女の命は燃え尽きつつあった。
自分が切り捨てたモノ、奪おうとしているモノの重さを突き付けられる。
剣と化した筈の心が痛む。
胸の奥が、刺すような痛みに苛まれている。
だが士郎が手を下すまでも無く、少女の命は燃え尽きつつあった。
「く……うあっ……」
こてん、と。
起き上がろうとした桂が、再び地面に倒れ込んだ。
衝撃で、右腕に巻かれた包帯から血が零れ落ちた。
起き上がろうとした桂が、再び地面に倒れ込んだ。
衝撃で、右腕に巻かれた包帯から血が零れ落ちた。
「倒れてなんか、いられない……。今戦わなきゃ、アルちゃんが殺されちゃうもん……」
桂は左手を地面に付いて、何とか立ち上がろうとする。
しかし少女の細腕一本では、自身の身体を支え切れない。
立ち上がれず、右腕からの出血だけが勢いを増す。
しかし少女の細腕一本では、自身の身体を支え切れない。
立ち上がれず、右腕からの出血だけが勢いを増す。
「動いて……、お願いだからわたしの身体、動いてよぉっ………!」
涙を流しながら立ち上がろうとするが、身体は思うように動いてくれない。
どれだけ努力しようとも、無意味。
桂が抗おうとすれば、その分だけ命が縮んでゆく。
それでも桂は起き上がろうとして――そこで、後から優しく抱き上げられた。
どれだけ努力しようとも、無意味。
桂が抗おうとすれば、その分だけ命が縮んでゆく。
それでも桂は起き上がろうとして――そこで、後から優しく抱き上げられた。
097:コンプレックス・イマージュ | 投下順 | 098:Steelis my body, and fireis my blood/絡み合うイト(後編) |
094:記憶の水底 | 時系列順 | |
082:サクラノミカタ | 衛宮士郎 | |
079:この地獄に居る彼女のために | 浅間サクヤ | |
082:サクラノミカタ | 羽藤桂 | |
アル・アジフ | ||
九鬼耀鋼 | 103:それは渦巻く混沌のように |