風が私を呼んでいる ◆gry038wOvE



 ──彼の一秒は、全てを飲み込む速さだった。
 たとえ無数に連なった竜巻が彼を襲おうと、それを避けていくのではないかといくらいに。
 縦横無尽。
 進路を木々が邪魔しても、そのひとつひとつを的確に避けていき、あっという間に炎の前に近付いていく。

 今まで感じたことのないような速さだった。
 通常の精神状態だったらば、逆に違和感を感じるほどに。


(待っていろ、私が貴様の野望を止める……)


 そんな願いを胸に、ナスカは走り続けた。
 そして、すぐに眼前には何かの影が、見えてきた。
 人だ。
 誰かが対峙している。
 あの白と金の怪物だろうか──。
 ならば、倒す! ──そんな思いで、更なる加速を試みた。


 ────しかし、その瞬間、体がふわっと浮くような、あるいはガクンと沈むような感覚がナスカを襲った。
 襲撃のような外敵にその感覚をもたらされたのではないということは、霧彦自身がよくわかっていた。
 それは、体の中からナスカを傷付ける何かによるものだったのだ。


 ガクッ。


 彼は、そのままゆっくりと膝を落とした。
 片手の剣が、地面にずり落ちる。
 彼には、その瞬間、妙にゆっくりと時間が流れたような気がした。


(──こんな、時に)


 あんなにも近くに、彼らはいるのに……。
 救いようの無い絶望がナスカの中を駆け巡る。
 炎がごうと燃える音、戦いの音が、ナスカが落つ音を掻き消している。
 誰よりも、そこにいなければいない人物だけ、そこから意図的に外されているように。


(神よ……)


 ────霧彦の指先から、数十メートル。
 そこで、彼が介入すべき戦いは行われていた。
 炎の在り処。彼が止めるべく炎は、その眼前にある。
 森の木々や、炎が遮ってはっきりと見えないが、そこから聞える声だけは、そこで戦いが行われているのを確信させた。


『おりゃぁっ!』

『ひぇぇっ!』


 彼は今、ナスカの変身に耐え得るような体ではなくなっていた。
 全身を覆ったうえに、内側からも響いてくる雷の如き疲労と痛みは、彼のそれ以上の加速を許さなかったのである。
 霧彦は、ナスカの変身が解けた後、ふっと糸が切れたように地面に倒れた。
 まるで、この絶望を背負わせるために、神が仕組んだかのように、最も不幸なタイミングで体の調子が急激に悪化したのである。
 悲しいかな、意識だけはあった。目の前の「命の取り合い」を、止めることさえできず、ただ一秒一秒を、誰かがそこで死ぬ恐怖と己の無力を感じ、生殺しに合う。それは、正義感の強い人間ほど精神ダメージの大きいものだった。


 死────すらも、彼は覚悟したはずだった。彼が既に一度の死を経験していたことや、命よりも大事な街があったことが、その一因だった。
 しかし、何も成し遂げられないまま死ぬのは厭だった。それだけは死んでも。

 生きるべきか、死すべきか──それは重要なことではない。
 大事なのは、その中で何を成し遂げるかだ。それは、臨死のような体験をした霧彦の場合、尚更だ。

 だから、一秒の踏ん張りが一年の寿命を削るほどの苦痛の中で立ち上がろうとしていたのだ。


(どうして……、どうして、こんな時に……っ!)


 あと数秒だけ、風を感じさせてくれればいい。
 その数秒あれば、火を消すにも、彼らを制止するにも充分だ(おそらく無理だが、彼の中の虚勢がそう思い込ませた)。
 目的まであと一歩というところなだけに、余計にもどかしさが募った。


『謝りはしない……。怨め! 外道の俺を!』


 誰かを殺さんと進んで行く声がする。ダグバではないようだが、その声には震えがあった。
 ダグバのような生粋の狂人ではない。人を殺せば悩み苦しむかもしれない、健常な人間が、誰かを殺そうとしている。
 状況が状況だ。戦わなければ生き残れない。そう思うのは仕方ないかもしれない。しかし、殺す方も辛いのだ。


(だから……止めなければならないんだっ……!)


 霧彦は地面の土を握る。その力を使うのが、やっとだった。
 眼前で行われる戦いに介入したとしても、土を握るような力しかないのなら、おそらくはすぐに死ぬだろう。
 だが、それは根気で何とかするしかない。


『シャイニングブレード!』


 一体、何だかはわからないが、そんな声が聞えた。
 シャイニングブレード──直訳すれば、輝く剣。英語の発音のような言い方ではなく、ドーパントの名を呼称するように、日本人が固有名詞を言ったような感じだ。
 つまるところ、それは何らかの武器の名詞であったと思われる。

 おそらく変身者同士の戦いだろうとは思う。だから、剣はもしかすれば効かない。
 例によって、仮面ライダーのような装甲を纏った者ならば尚更だ。


(急に声が途絶えた……)


 そこから先は、はっきりとは聞えない。
 ぶつくさと呟いた会話のようなもので、先ほどまでの叫び声とは空気が違った。
 人が死んだような様子はなさそうだったが、流石に霧彦もそれを気にした。


(……戦いは、終わったのか……? だが……)


 火は消えていないし、霧彦の視界では何が起きたのかが全くわからない。
 和解か取引か──そんなところだろうと霧彦は考える。人が死んだにしては淡々としていたし、戦闘中にありうる話といえばそれくらいしか思いつかなかった。


(……実際に見てみなければわからない……。交渉が決裂すれば、また何かが起こることもありえる……)


 霧彦は、ただそんなことを気にしながら、意識が霞んでいくのを感じた。
 思考能力が衰え、何となく眠くなった。意志すらもねじ伏せるほどの、強い眠気は、眠いと感じて間もなく、霧彦を眠りへと誘った。
 彼の体は、眠ってもいいくらいに疲労していたのだ。
 誰も彼をとがめてはならない。



★ ★ ★ ★ ★




 キュアパイン──山吹祈里が霧彦を発見したのは、既にそこから霧彦以外の人間が去った後であった。
 炎の中で倒れている霧彦を見かけた時、祈里は思わず涙ぐんだ。
 それがもう、命の灯火を失っているように見えたからだ。
 しかし、近付いてみれば、それが周囲の炎の影響でかなりの寝汗をかいているということに気がつき、生きているのではないかという希望を見出した。


(熱いけど……私がやらなくちゃ……)


 炎はかなり勢いを増している。炎を消したいが、周囲に道具が一切ないのが問題だ。
 彼女は確かにこの火を消したいと思っている。
 だが、それ以上に、その先にいる霧彦を助けたかった。


 ──雪絵──


 その名前や、彼が幼少期に描いた絵を、祈里は思い出す。
 彼の可愛い頃──まだ死など遠かったはずの希望溢れる時代や、彼のことを大事に想う人間のことを考えると、やはり絶対に助けなければならないな……と祈里は思った。
 彼は死んでもいいと思っていても、それを許したくない人たちは幾らでもいる。
 祈里だって、その一人なのだ。


(私は死にに来たんじゃない……絶対みんなで生きて帰れるって……私、信じてる!)


 それがここではただの理想主義で、甘い考えであるのは承知だ。
 この戦いで死ぬほどの致命傷を負った人間は、祈里の周りだけでも二人いるほどである。
 本当なら、霧彦やヴィヴィオは死んでいたかもしれない。運が良くて、奇跡的に助かっただけだ。それに、こうした出来事は、何もここだけで起こっているわけじゃない。もう既に手遅れな事例も幾つかあるだろう。
 だから、信じたところで絶対全員が生きて帰れるはずはない。それでも、彼女はそれを一途に信じた。それが彼女だからだ。


「熱っ!」


 霧彦を助けようと前に出て、思わず、キュアパインは叫んだ。
 地獄の業火が、霧彦の周囲を囲んでいる。よく起きないものだと、思ってしまうほどにそこは熱そうだった。それは天然サウナと呼べるほどの温度だろう。
 あまりの熱さに、蜃気楼で霧彦の体が歪んで見えてしまう。


(これくらい、耐えられるわよね!)


 ボァッ!

 意を決して、祈里は炎の壁の向こうへと飛び込んだ。
 火の弱いところを一瞬で過ぎ去ると、腕と顔が少し熱いと感じる程度で、案外平気だった。しかし、やってのけた今の一瞬を思うと、体から汗が止まらなくなる。

 すぐに祈里は、霧彦の体に触れた。
 彼の脈動と鼓動は、確かに祈里の腕を通して感じられた。彼の体は湿っていたが、既に祈里も同じような状態だったせいか、あまりそれに対する不快感はない。

 さて、問題はここからだ。
 霧彦の体重は、まあプリキュアとなった今の祈里なら問題なく抱えられる。もう一度火の中を飛び込むのも、このままここにいれば死ぬかもしれないことを考えれば、やってのけるだろう。
 しかし、霧彦の体が火傷する可能性が出てくるのが問題だ。


「ゲホッ! ゲホッ!」


 煙が喉へと張り込んできて、不快な味に咽る。
 当然、ここには長くいられない。
 霧彦の体がこれ以上傷ついてしまうのは問題だが、それも止むを得ない。ここで死ぬよりはマシだ。
 躊躇いつつも、炎の弱いところを狙い、祈里は高く跳んだ。プリキュアとしての跳躍力は、一般人のそれを大きく凌駕する。
 炎には触れた。それは熱いが、来たときよりもマシに感じた。


(──何とか戻れた……)


 適温が、酸素が、はっきりとした意識が、嬉しい。
 不幸から這い上がってきた、久々の快感である。体が汗だくであるのを気持ち悪いと感じたのは、今になってである。


(このまま帰らないと……)


 祈里は、腕の中の霧彦をチラッと見る。
 お姫様だっこ。男の彼からしてみれば、少し屈辱的かもしれないと考え、祈里はその持ち方を変える。
 ……おんぶ。これなら、運びやすいし彼のプライドも傷つかない。


(他に人はいないわよね……)


 一応、祈里は炎の周りを一通り確認した。
 特に人の気配は感じなかったし、霧彦がいる以上は念入りに調べることもできない。
 助けを呼ぶ声などが聞えない以上は、この火災にこれ以上の被害者はいないのだろう。霧彦のように突っ伏している人間を捜してみてもいなかったくらいなので、たぶんもう誰もいない。


 火を消せないのは不安だが、それでもまず優先すべきは霧彦だ。
 彼を乱馬やヴィヴィオのところに送り届けるのだ。それまでに悪い人間に会わないよう、気をつけなければならない。
 もし、会ってしまったらどうする……? そうすると、プリキュアに変身している自分はともかく、霧彦が心配だ。殺害が目的なら、狙うのはおそらく霧彦となる。


 色々と不安だったが、ここにいても仕方がない。
 祈里は、すぐに霧彦を背に、進み出した。



★ ★ ★ ★ ★



「勝手に出て行くんじゃねえ! あほー!」


 祈里はそれまで敵に会わなかったが、学校に戻るとらんまの怒声が待っていた。
 勝手に出て行ったことは謝ろうとしていたが、──それでもらんまからすれば気が気ではなかったらしい。
 勿論、勝手に出て行ったことによりらんまが迷惑してしまったり、ヴィヴィオを押し付けられる形になってしまったことも、彼が怒った一因だ。
 しかし、彼は、チンピラや不良のような口調や態度をしているが、それでも人を放ってはおけない心配性でもあった。
 だから、彼は自分が心配した分、──自分でも気づかないうちに苛立っていたのだ。


「乱馬さん! 怒らないで!」


 ヴィヴィオは、彼を制止するが、らんまはそれで止まるような性格ではない。
 たとえ女になっても、性格そのものは変わらず、その威圧感は女性らしからぬものである。
 らんまは殴ったりこそしなかったが、祈里はかなり申し訳なさそうにうなだれている。


「ごめんなさい……心配かけて、ごめんなさい……」

「うっ……」


 泣きそうな祈里の表情に、らんまはようやく怒る気が失せたらしい。
 こんなに素直に謝られると、らんまも弱い。そういえば、こんな素直な女性はかなり久々に見たような気がする。
 ──だから、こんな相手にどう対処すれば良いのか乱馬はわからないのだ。
 あかねがたまにこうして謝ると、早乙女乱馬は何もできなくなる。


「わ……わかればいいんだ。とにかく、お前も凄いことになってるからシャワーでも浴びて来い」


 祈里の体は、すすだらけで、汗まみれだった。
 火災現場に行った人間の姿なのだから、当然といえば当然だ。
 らんまとヴィヴィオに比べると、その様子がおかしいのは一目瞭然。
 霧彦の分も大きいが、焦げ臭さと汗臭さと熱気によって、女三人と男一人の部屋とは思えないほどになっている。
 祈里自身も、シャワーを浴びに行きたかった。
 ただ、彼女の居る私立中学ならともかく、ここにシャワーがあるかはわからない。


「シャワーなんてあるの?」

「うちの高校はある」

「ここは中学校ですよ」

「探してみれば、どっかにあるんじゃねえか?」

「この学校、プールがあるみたいですから、シャワーだけなら浴びれるかも」


 軽い会話を交わし、校舎や校庭とは別にプールがあることをヴィヴィオが指摘する。
 保健室に、プールでの注意点の張り紙が張ってあったのだ。実際には、ヴィヴィオはほとんどここにいたため、プールが本当にあるのかどうかは知らない。あくまで、プールがある可能性が高いというだけで、そこにシャワーがあれば最高というだけだ。


「……じゃあ、行ってみるわ」

「気をつけろよ。校舎とは別みたいだからな」

「うん。……あ、そうだ。タオルになるものない?」

「ここは保健室だからな。そこら辺を探せばあるだろ」


 言いながら、らんまが適当にその辺りを探し、一緒に探し出した祈里がちょうどタオルを見つけ出す。
 バスタオルほどの大きさは無い、顔を拭くようなタオルだったが、何枚か取り出して持っていけば足りそうな気がした。


「……ふぅ」


 らんまは溜息をつく。
 次は霧彦だ。彼の汗の量は祈里を遥かに越えている。男性であり、あれだけの長時間炎の中にいたのだ。当然である。
 濡れタオルを用意し、彼の服を捲り上げて体を拭く。
 隣のベッドのヴィヴィオとはカーテン一枚を挟んでいただけである。幼い少女に霧彦の体を見せるわけにもいかない。
 体こそ女だが、らんまは一応男だ。霧彦もらんまが体を拭いていることくらいなら容認してくれるはずだろう。

 さて、すぐに前面は拭き終わった。
 体を霧彦の体をひっくり返して、首の裏を、背中を、足を、……そして尻を拭く。
 (一応)男性のらんまでも抵抗がある行為だ。女同士ならともかく、男同士でこういうのは極端なまでに気持ちが悪い。
 男性と女性の両方を経験した乱馬は、余計にそう思った。


「──拭き終わったぞ」

「……はい」


 ヴィヴィオは、らんまの言葉に少し恥ずかしそうに答えた。
 デリカシーを考慮せずに言ったわけではなく、ただ無言というのも逆に恥ずかしいからだった。
 らんまも恥ずかしい気分になったが、まあその気分は一蹴し、カーテンをがらっと開け放った。


「○△※□☆&%~!!?」


 そちらを見るなり、ヴィヴィオは声にならない声を発しながら、顔を押さえた。その顔は赤面しており、らんまにはどうしてそんな風になっているのかがわからなかった。
 らんまはヴィヴィオの目線の先にあるものを確認するために、再び後ろを見直す。


 そうだ、らんまは拭き終わっただけだったのだ。
 服を着せなおすことを忘れていた。
 そのため、ヴィヴィオは霧彦の尻を間近で見てしまったのである。
 ……まあ、仰向けでなくうつ伏せだったことや、男性でも滅多にいない美尻だったのが不幸中の幸いだった。


「あっ、悪ぃ悪ぃ!」


 らんまは慌ててカーテンを閉じ、それを隠す。
 気をつけていたはずが、ついやらかしてしまった。
 彼(女)は何故、こんな過ちをしてしまったのだろう。
 やはり、心配な人の事を考えていたからだろうか。



★ ★ ★ ★ ★



 プールには確かにシャワーがあった。
 だが、それは生徒がプールの前に通り過ぎねばならない、あの雨のような冷たいシャワーである。
 最大の問題点は、それが野外に設置されていることである。通常、生徒たちは水着でこれを通るのだが、彼女はそれを持っていない。
 つまり、野外で丸裸にならなければならないのだ。
 ……まあ、幸いにも、周囲がある程度囲われているため、わざわざプールに入ってこない限りは覗いたりすることはできない。学校の外からでは、シャワーの音すら聞こえないだろう。
 それでも、野外で体を露出するという行為は、当然恥ずかしさが伴うものであった。


「~♪」


 ──しかし、今は無視だ。

 祈里は少し迷いつつも、シャワーの栓を回す。周囲は充分確認したが、誰もいないし、おそらくいたとしても祈里の姿は見えない。
 シャーッという音とともに、小さい水流が幾つも真下に落ち始めた。
 いつもプールに入るときに少し浴びるだけで、これで風呂場のように体を洗うのは初めてだ。
 再度周囲を確認し、やや不安ながらも服を全て脱ぎ捨て、そのシャワーの中に向かっていった。


「ひゃぅっ!」


 あまりにも冷たかったので、思わず声があがる。
 やはり、このシャワーは冷たい。なんでプールの前のシャワーはこんなに冷たいのだろう。久々なので油断した。
 しかし、すぐに慣れた。
 彼女は全身に水を浴びながら、髪をしゃかしゃかと指ですく。
 それから下に手を下げ、顔を洗い、すすを擦り落とした。
 気づけば、ここが一応野外であることを忘れ、心に余裕ができる。よく考えれば、覗けるとすれば、鳥だけか。それなら露天風呂と同じようなものだ。


(えっと……セッケン、石鹸……)


 石鹸は、手洗い用の石鹸を保健室から拝借して、それを使っている。
 体を洗うものと変わらないので、それは充分にあわ立ち、自分の体から出る不快感を拭ってくれた。髪は軽く流すだけだったが、それでも冷たい水が通っていくのは気持ちが良い。
 祈里の体は、だんだん来る前の清潔な状態に近付いていく。彼女はそれにほっとして、全て洗い流した。
 霧彦やヴィヴィオの傷や怪我も、洗い流せればいいのに……と彼女は思った。


 シャワーは止まらないうえに、色んな方向から出てくるので、体の泡はすぐに流れ落ちる。
 洗いにくさもあったが、何とか彼女は耐えて全身を洗った。
 もうちょっとシャワーを浴びたい気もしたが、このままだと風邪を引いてしまうし、目的が終わると急に恥ずかしさもやって来たので、すぐに彼女はシャワーを止めた。
 体に、冷たい風が吹いているような気がした。


 それから、すぐに更衣室に戻って祈里はデイパックを整理する。


(……着替えは確保できたし、何とかなるわよね)


 着替えといっても、この学校の体操服だが、ぐっしょり濡れたあのシャツより遥かにマシだ。
 本来、あれは今すぐにでも洗濯したいのだが、流石にそれはここでは無理だ。仕方がないので、彼女は服を着るときはその体操服を着て、それまで着ていたシャツは一度袋に入れ、更にそれをデイパックに入れて持ち歩くことにした。


(ブレザーとスカートは何ともないけど……体操服にブレザーっていうのは……)


 流石にダサい。シャツが着られるのならともかく、中途半端な格好はしたくないだろう。
 下着もシャツと同じくらい汗まみれだったが、これは仕方ないので着用した。
 その上から、体操服を着る。案外、さっぱりとしていた。


(ピッタリみたいだわ)


 体操服は祈里の体に丁度合うサイズである。まあ、多少の差異はあれど、彼女にはそう思えたのだろう。元々、体操服などピッタリ合ってるのか合ってないのかわからないものだ。
 彼女は更衣室に忘れ物がないことを確認してから、プールを後にした。



★ ★ ★ ★ ★



「よぅ。シャワーはあったか?」

「うん。ちょっと冷たかったけど」


 体はともかく、髪が乾いていない祈里の姿を見て、らんまは彼女がちゃんと体を洗い流してきたのだと認識する。彼女の姿は、制服から体操服に変わっていた。学校には一応、こういうものも置いてあるのだろうか。


「冷たかった……か。ってことは、お湯は出ないんだな」

「うん」


 らんまは、早くお湯を被って男に戻りたいと思っていた。以前、ムースと戦ったときに実感したが、女の時では体のリーチが短く、技が決まりにくいのだ。
 体そのものも弱弱しく、いざ交戦した時にも動きづらい。
 そして、何より彼自身のプライドとして、男でいたかった。この姿によって母親に殺されるかもしれないのも一因だ。
 ともかく、らんまは支給されたポッド以外でお湯を確保できるところにいたほうが良いように思っている。ポッドのお湯は有限だ。



「そうだ……忘れてた。これをこいつに返さねぇと」


 乱馬は、突然、自分がまだ霧彦のスカーフを所持していたことを思い出す。
 霧彦が生きて帰って来たのだ。これは本人に返さねばなるまい。
 他にも、絵やキーホルダーも彼の枕元に置く。
 ここには、霧彦を象徴する物々が揃いすぎていた。

 らんまは彼の顔を覗いたが、霧彦の顔が先ほどより緩んだような気がする。
 彼は一体、どんな夢を見ているのだろうか。
 まあ、そんな事は考えなくてもわかる。


 この風都バカのシスコンが、一体何を夢見ているのかくらい──。


 もうすぐ放送だ。
 乱馬は放送が終わったら、すぐにここを去るだろう。
 あかねや良牙たちを探すために。


(大丈夫だよな……頑丈なお前らなら、生きてるはずだよな……)


 乱馬は、良牙やシャンプーに関して大きな不安を抱かなかったが、あかねについては不安であった。死ぬところなんて想像できないのに、なんだか無償に不安なのだ。
 ──それが愛しているからだと、彼はまだ気づいていない。


 ここを去る時が、不思議と乱馬には待ち遠しくなかった。
 折角出会った彼らと別れるつもりでいるのが、少し惜しいのだ。キュアパインの力だって、どの程度通用していくのかはわからない。
 良牙たちのことはよく知っているからまた会える気がしているだけで、彼女たちとまた会えるかはわからない。


(状況が状況だからな……いつもなら、もっと軽い気持ちで別れられんのに)


 ヴィヴィオは乱馬に教えて欲しいことがあった。だから、もしかすれば乱馬はここから去ることができないかもしれない。
 ……それを、乱馬はまだ知らないし、どう対応するのかもまだわからない。


 実は、彼らは知らないが不安要素はまだある。
 究極の闇の進路が、図書館側ではなく、街へと決まったことである。 
 目立つ建物を焼くというのが彼の目的だが、それが中学校なのか風都タワーなのか、はたまたもっと遠くへ行って警察署なのか、地図に載っていない別の建物なのか、そもそも彼の目的が本当に成功するのか──それはまだわからない。
 しかし、その少年の歩みが近付くたびに、ここが禁止エリア以上の危険区域と化しているのは確かだった。


(ヴィヴィオや霧彦の傷はいつ治る……祈里はこいつらがいる状態で戦えるのか?)


 様々な疑問を抱えつつ、放送の時間が来ないよう、らんまは願った。
 目の前に広げられた地図、名簿、筆記用具。
 これらに書き込む前に一度時が止まって、彼らの傷だけでも治せたら……。
 そんな無茶苦茶なことさえ考えた。
 自分がいなくなったらどうなってしまうのか。──自意識過剰な考え方と思われるだろうが、乱馬はそう思うくらいに自分の強さを自覚して、プライドを持っていた。



★ ★ ★ ★ ★




 ──良い夢を見ていた。

 ──夢であることさえ忘れて。

 ──その夢の中で、彼は幼かった。

 ──風の中で、明日を夢見ていた。

 彼が今、子供たちを守ろうとしているのは、こうして明日を夢見ながら子供時代を生きてきたからなのかもしれない。
 妹がいた。友達がいた。彼がいた。


 そこには、必ず風都があった。
 幼少を過ごし、良い思い出に溢れた、良き故郷である。
 いや、今の彼には故郷というより、現在の居場所だ。子供の頃の彼には、それくらい、身近な場所であると思える。



(この街が平和でありますように……)



 彼はそう願い続けた。
 その願いはきっと、変わらない。
 たとえ、



 ─────ガイアメモリの力で精神が荒み始めたとしても、そうなのだろう。



 そんな強い男だからこそ、頼む!
 起きろ、霧彦! 寝ている場合じゃない!
 近くに魔の手が迫っている!


 ──風がお前を呼んでいる!




【1日目・早朝】
【G-8 中学校】

【早乙女乱馬@らんま1/2】
[状態]:疲労(小)、ダメージ(小)、女性化
[装備]:無し
[道具]:支給品一式、ランダム支給品0~2、水とお湯の入ったポット1つずつ(お湯変身1回分消費)、ショドウフォン@侍戦隊シンケンジャー、丈瑠のメモ
[思考]
基本:殺し合いからの脱出。
1:放送まではヴィヴィオ、祈里、霧彦とここで待機。
2:放送後、市街地で知り合いを探す。
3:2の後、呪泉郷へ向かう。
4:池波流ノ介か梅盛源太に出会ったらショドウフォンとメモを渡す。
[備考]
※参戦時期は原作36巻で一度天道家を出て再びのどかと共に天道家の居候に戻った時以降です。
※風都タワーの展望室からほむらとシャンゼリオン(暁)の外見を確認しています。

【高町ヴィヴィオ@魔法少女リリカルなのはシリーズ】
[状態]:上半身火傷、左腕骨折(手当て済)
[装備]:セイクリッド・ハート@魔法少女リリカルなのはシリーズ
[道具]:支給品一式、ランダム支給品0~1、山千拳の秘伝書@らんま1/2
[思考]
基本:殺し合いには乗らない
1:今は乱馬や祈里と霧彦の様子を見る。
2:強くなりたい。その為にらんまに特訓して欲しい。
3:みんなを探す。
[備考]
※参戦時期はvivid、アインハルトと仲良くなって以降のどこか(少なくてもMemory;17以降)です


【山吹祈里@フレッシュプリキュア!】
[状態]:疲労(小)、体操服姿
[装備]:リンクルン
[道具]:支給品一式(食料と水を除く)、ランダム支給品0~1 、制服
[思考]
基本:みんなでゲームを脱出する。人間と殺し合いはしない。
1:今は乱馬やヴィヴィオと霧彦の様子を見る。
2:桃園ラブ、蒼乃美希、東せつなとの合流。
3:一緒に行動する仲間を集める。
[備考]
※参戦時期は36話(ノーザ出現)後から45話(ラビリンス突入)前。なお、DX1の出来事を体験済です。
※「魔法少女」や「キュゥべえ」の話を聞きましたが、詳しくは理解していません。
※ほむらの名前を知りませんが、声を聞けば思い出す可能性はあります。


【園咲霧彦@仮面ライダーW】
[状態]:気絶、疲労(大)、ダメージ(中)、内臓にダメージ(小)(手当て済)
[装備]:ナスカメモリ@仮面ライダーW、ガイアドライバー(フィルター機能破損)@仮面ライダーW 、 ふうとくんキーホルダー@仮面ライダーW、霧彦のスカーフ@仮面ライダーW、須藤兄妹の絵@仮面ライダーW
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3、T2ヒートメモリ@仮面ライダーW
[思考]
基本:この殺し合いを止める。
※あくまで気絶前の思考です。
1:火災現場へ向かう。
2:冴子は可能なら説得したい。
3:本郷猛、一文字隼人に興味。
4:ガイアメモリは支給された人次第で回収する。
[備考]
※参戦時期は18話終了時、死亡後からです。
※主催者にはミュージアムが関わってると推測しています。
 ゆえにこの殺し合いも何かの実験ではないかと考えています。
 但し、ミュージアム以上の存在がいる可能性も考えています。
※ガイアドライバーのフィルター機能が故障しています。これにより実質直挿しと同じ状態になります。


時系列順で読む

Back:進撃Next:Avenger

投下順で読む

Back:進撃Next:Avenger


Back:街(Vivid Version) 早乙女乱馬 Next:上を向いて歩け
Back:街(Vivid Version) 園咲霧彦 Next:上を向いて歩け
Back:街(Vivid Version) 山吹祈里 Next:上を向いて歩け
Back:街(Vivid Version) 高町ヴィヴィオ Next:上を向いて歩け



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最終更新:2013年03月14日 23:02