~SILVER REQUIEM~ ◆gry038wOvE




 涼邑零の歩みは早かった。
 放送の内容を深くは考えていなかったし、十八名の死に目くじらは立てていたものの、その死に対して深い悲しみや怒りを起こすということもなかった。
 強いて言えば、気になった人間が一人────後ろを着いてくる男・結城丈二の知り合いであり、広間でもひときわ目立っていた男。



「…………本郷猛



 仮面ライダーという特殊な称号を持ち、零も気にかけた男であった。
 おそらく、多くの参加者はその存在を覚えているだろう。ライダーマンの姿を知っていた零には、余計にその存在が忘れられない。
 あのような姿の戦士なのだろうか。鎧を纏った魔戒騎士に比べれば、あまり強そうには見えなかったが、一文字隼人や結城丈二は問題なく生存している。
 …………まあ、交戦がなかったのも原因と言えるが。



「まさか、あの男がこんなに早く死ぬとは思ってもいなかった」



 結城は辛勝な面持ちで、素直な感想を述べる。
 零とは違い、怒りや悲しみを少なからず感じてはいるが、それを押し込めているようではあった。
 元々、結城はデストロンとの戦いに明け暮れた頃にも、本郷や一文字と会うことはなかったが、やはり宿命のもと、深い絆を培った「仮面ライダー」という同胞である以上は悲しみがあった。

 更に言えば、結城は自身が生存し続けた理由の一因が彼らの影響であるとも思った。
 戦闘時に助けられたことも確かにあるが、V3という心強い仲間は彼ら無しには存在しなかったし、カメバズーカの爆発によって東京が壊滅していた可能性だってある。
 ────まあ、それらの出来事は結城がまだデストロンにいた頃の話だし、それを聞いたのも随分後のことなので、実感としては薄かったが。



「放送が嘘という可能性もある」


 零も一応はフォローをした。
 この二人は別行動をしているうえで、何故か一緒になってしまっている…………そんな関係ではあるが、少なからず結城を信頼していたのだろう。常識的で、公平な人物であることは先ほどの会話でわかったし、ただの人間でないことも知っている。
 零とて、完全に冷徹な戦士というわけでもなかったし、魔戒騎士たる自覚はどこかにあった。


「確かにそうだ。……だが、この場において本郷猛が我々の目の前に姿を現せば、すぐに放送の虚実が疑われることになるだろう」

「本郷猛自身が始めから、オープニングの後、ここではない別の場所に送致されているということもある」


 零はあの広間での出来事を、サラマンダー男爵の言葉を借りて「オープニング」と称した。あながち間違いではないと思ったのだろう。



「だが、そんなことまでして私を錯乱させる目的はわからない。
 …………いや、それを言えば我々を殺し合わせる目的もわからないか」

「とにかく、ここで本郷っていうヤツに会ったやつがいるなら話は別だ」



 この場に六十六人全員がおらず、連中により別所で何かをしている可能性────これもゼロとは言い切れない。
 それは本郷や三影の残骸を見かけたり、生前の彼らと合流した人物と話さねばわからないことだ。
 もし、そういう人間がいれば、それで本郷猛や三影英介が確実に死亡した証となるだろう。
 会わないなら会わないで、「いたかいなかったかわからない」ということになってしまう。それもありえることだ。



「…………まあ、死んだとして、本郷の死がどの程度のものだかはわからない。完全に粉砕でもされない限りは、まだ死とは限るまい」

「何?」

「彼らは改造人間。即ち、破壊されたパーツを組み替えれば蘇ることができる存在だ。
 私の場合は少し違うが、本郷猛や一文字隼人、沖一也村雨良はどこかのパーツが残っていれば、生き返ることができる…………付け加えるなら、三影英介もな」



 結城はそういった技術に精通しており、再生怪人などと戦ったことが何度もある。
 だから、本郷の名前が呼ばれたことに対しても比較的淡白だったのかもしれない。
 まあ、かつての仮面ライダーストロンガー(城茂)の相棒・電波人間タックル(岬ユリ子)などは、再生できなかったし、例外も幾分あるため心配も少なからずあったが。



「…………なんだかわからない存在だな、仮面ライダーっていうのは。
 いっそ、全ての人間を仮面ライダーのような改造人間にすれば、人間が死ぬことはなくて楽だろうに」

「いや、──────死ぬことができる私や君など、彼らに比べればまだ幸せな方さ」



 結城は少し含みを持った笑みを浮かべながら言った。
 本郷にせよ一文字にせよ風見にせよ、苦難の戦いを強いられ続けた戦士である。
 だから、彼らの悲しみは痛いほどによくわかっていた。



「右腕一つでも生身ではないことさえ、私は時折耐えられなくなる。元の────生身の右腕が欲しいとね。
 だが、私以外のライダーはそれを全身で感じ続け、戦いがなくなる日まで死ぬことさえもできず、戦うしかない」



 改造人間、それは人から外れた存在である。
 蛇口を回すことでさえ始めは難しい。日常生活においても、過剰な力が出てしまう。
 人と一緒に暮らせず、その力をいつ悪に使われるのかと恐れられ、それでもそんな人間たちのために戦う男たち────それがライダーだった。
 一見、鉄の精神の持主かと思われる説明ではあるが、彼らだって元の体に戻りたいという気持ちは深かっただろう。



「そうか……。ま、俺には人から外れる恐怖っていうのは理解できないや」



 生まれて間もない時から常人とは違う環境で生きた彼には、そういった感情は理解できまい。
 零は魔戒騎士の系譜で育ったわけではないとはいえ、父(但し義理)である道寺は魔戒騎士だったから、元から普通の人間ではなかった。
 そして、その生活に憧れたこともない。彼にとっては、魔戒に精通した社会も充分に幸せだったし、魔戒騎士に憧れて生きてきたのだ。
 ────まあ、その幸福は既に黄金騎士によって潰えたものだったが。



「そうだ涼邑、君は魔戒騎士と言ったな。その戦士たちも、何かの能力を持っているのか?」

「じきにわかるさ。俺についてくるって言うなら、嫌でも鋼牙との戦いに割り込むことになる」



 零は、冴島鋼牙がそう簡単に死なないことを確信している。魔戒騎士というだけでも能力は凡人に比べて圧倒的だというのに、その最高位である黄金騎士・牙狼の称号を持つ男だ。
 本郷猛のほか、放送で死亡した十八名が鋼牙や零ほどの実力を持ってはいないと思っているのだろう。はっきり言えば、自分たちより下と見ている。
 しかし、改造人間というのがどれほどの能力だかは、まだわからないし、その人体改造度がどの程度なのかも理解していない。
 そうして考えているうちは、油断はない。下に見ているのは確かだが、それでも会うまではわからないので、ぬかりはなかった。



「……少なくとも、油断してはならない相手っていうのは確かかな」

「もとより、油断する気はない」

「それは良かった」



 結城にはわかる。
 彼は無邪気に振舞っているように見えて、確かな憎悪を持っていることが手に取るように。
 かつての自分より、幾分冷静に物事を判断できる人間ではあるようだが────それでも、彼が復讐から抜け出せるかどうかは結城自身もわからない。
 デストロンとの戦いには時間があったが、この戦いは閉鎖的な空間で数日程度の時間しか要さない。ゆえに、感情が変化していくにはあまりに期間が短いとさえ感じる。



『もう一つ話しておくべきことがある』



 結城は今度は、そう書かれた紙を零に渡した。
 首輪に関する考察であるゆえ、筆談である。
 森を歩きながらであるため、その字は彼にしては雑である。



『首輪の音声機能についてだ』



 音声機能があることについてはわざわざ書かずとも、零は知っている。先ほどの放送で、サラマンダー男爵のホログラフィーは上空にあったにも関わらず、音声は首から聞こえたのである。
 さすがにそれに気がつかないはずはない。

 では、何故ああいう風に首輪から音声を発したのだろう。島内全域から見えるホログラフィーを発動する技術を持ちながら、その音声を全域には伝わせられないはずがない。
 それをすれば良いのであって、わざわざ首輪一つ一つに音声機能などを組み込む必要はないのだ。



『主催陣は、首輪装着の重要性を示したいと思ったのだろう。
 首輪を解除してしまえば、放送を聞くことができず、情報は停滞するということだ』

『解除すれば、音声機能もなくなるのか?』

『おそらく』

『厄介だな』

『ただ、そうするとまた妙な点が浮かび上がる。
 首輪を解除してしまえば、我々は禁止エリアを恐れる必要はなくなる。
 つまり、放送から情報を得るが必要がないというわけだ』



 死亡者の情報を聞くことも大事だが、首輪を解除した場合は禁止エリアなどは当然無効だ。禁止エリアにいようがいまいが、首輪が爆発して死ぬことはない。
 禁止エリア対策、爆発防止────通常はこれが首輪解除の最たる目的だろう。爆発への恐怖から逃れ、充分に解放的な行動が許される。


 なのに、何故これを重要性を誇示するために説くのか────それを考えてみる。



「余所見すると危ないぜ」



 零が忠告する。先頭を歩く零の前には、橋がかかっていた。
 さすがに川の音でなんとなくはわかっていたが、やはりもう眼前なのだ。
 筆談に夢中だった結城は、この橋との距離感を知らず、零の足をなんとなく視界に入れながら、それを追うように歩いていた。



「…………ご忠告ありがとう」



 結城は、気を取り直し、そのまま再び筆をとる。



『そこで、先ほどの放送のもう一つの情報が気になってくる』

『移動手段の話か』

『ああ、放送は死者や禁止エリアだけでなく、もう一つ我々にとって利益ある情報を流してくれるわけだ。
 今回はまだ、便利な移動手段としか聞いていないが、それが例えば、瞬間移動を可能とするものであったり、想像を絶す巨大なものであったりするかもしれない』



 たとえば、結城の知るものでは、時空魔法陣やキングダークなどを移動手段と称するとしたら────それは、その情報を知らないものにとってはかなりの不利益ともいえる。
 さらに、それはあくまで、第一回目のイベントでしかない。
 二回目、三回目ともすれば、移動手段などではなくここに居る者の生死に関わるものもあるかもしれない。



『今のイベントもそうだが、今後のイベントの情報も着実に聞いておかなければならないだろう』

『簡単だ。それを心配するなら、誰かの首輪をつけたままにすればいい』

『確かにそれも一つの手だ。その場合、それは私自身ということになる』



 その決意は、「誰かの首輪をつけたままにはできない」という結城の正義感から来るものもあったが、そもそも自分の首輪を解体するというのは至難の業。
 何人かの首輪を解除して慣れた後でも、自分の首輪の解除などは難しいし、避けたいものだった。
 誰かを犠牲にするというのなら、自分が最も適当であると彼は思ったのだ。



「それより、だ」

「うっ……」



 橋を渡ってしばらくした頃に、零は足を止める。首輪の盗聴機能について筆談をして以来、足を止めることはなかったのだが、その瞬間はまた別だった。
 結城もすぐに異常を察する。
 二人にとっては何度も嗅いだことのある腐臭が鼻をつんざき、眼前の木々に血しぶきの痕が奇怪な模様を作り上げていた。



「……随分酷い姿だな」

「ああ、許し難い……猟奇的な殺害方法だ」



 それはパンスト太郎という男の死体なのだが、二人がそれを知る由もない。名前のヒントとなるパンストも切り裂かれていたり血塗れだったりで、既にボロきれと化していた。
 ゆえにそれは、ただの(推定)成人男性の凄惨な死体として、彼らの不快感を煽った。



 とはいえ、ホラーに狩られた人間を何度となく見てきた魔戒騎士の零や、人体にも精通した科学者の結城は、死体を目にする機会は多く嘔吐を催すほどではなかった。
 グロテスクなものに対しては、少なくとも一般人よりはドライな反応だったろう。
 かといって、何もこれだけのものに無関心というわけではない。



「……並の神経のヤツの殺し方ではないな」

「ああ。普通はこんなに執拗に体を斬りつけたりはしないだろう」



 幾度とない刺傷や切り傷────最早、刺す斬るなどという次元を越えて、人体を抉ったとでもいうべき死体であった。着用している服も、彼の腰に巻かれている布きれも、全て血染めである。
 どのタイミングで、何度目の致命傷で、死亡したかはわからないゆえ、被害者の苦痛を想像するのも嫌になる。
 まあ、少なくとも、彼の死体を人目に曝さないためにも、このあたりの土を掘って彼は埋葬すべきあろう。
 そういった感情の部分を働かせつつ、彼は加害者がどういった人物なのか、知識を用いて想像する。



「サイコパス、サイコキラー、シリアルキラーと呼ばれる趣向の類か…………或いは、何らかの要因で精神に支障をきたした人間かもしれない」

「殺し合いなんかさせられて、精神が耐えられなくなったってことか」



 単純な殺人ではなく、数時間も死に対する恐怖とストレスを感じ続けた加害者が、耐え切れずにおかしくなった可能性だって考えられる。



「それもありうるな。…………関東大震災の後に酷い暴動が起きたり、戦地では必要以上に猟奇的な殺害方法が加えられることもある。
 それと同様の精神状態だったという可能性もあるだろう。我々の世界にもそういうことがあった」



 バダンシンドロームという集団パニックを経験した結城は、まずそれを考えていた。
 極度の恐怖心は、集団自殺や暴動を煽り、人間の精神をおかしくする。この場においても全く同じだ。
 ────まあ、ここは元々精神力が尋常でない「変身者」たちの殺し合い会場であったがゆえ、そうなる者は極極微小であったが。



「或いは、怪人共か、君の言う黄金騎士か────」

「……これは鋼牙の太刀筋とは違うな。それくらいは、俺にもわかる」

「そうか。私も、三影らとも違うと考えている」



 もう死んだが、ここにいる三影にはタイガーロイドの姿という立派な武器があり、このように斬殺するとは思えない。
 或いは大道克己という人物である可能性もあるが、現時点で遭遇してもおらず、まだ話半分で、どう行動するかもわからない人間を証拠もなく加害者に仕立て上げるのは気が引ける。
 あくまで、具体的でなく、抽象的に、「どういう人間に殺されたか」を考えていくべきだろう。




「……そして、我々が考えなければならない可能性はもう一つある」

「……」

「この男に怨みを持つ人間や、『復讐』したかった人間が、それを爆発させた可能性だ」



 零には、結城は復讐の二文字にアクセントを置いたように聞こえた。少なくとも、彼は目の前の零に、その言葉を印象づけたかったのだろう。
 実際にそこにアクセントを置いたかはわからないが、あくまで零にはそういう風に聞こえたのだろう。



「なるほど。そうやって、俺を本能的に復讐から遠ざけるよう誘導するっていう寸法か」



 零は少し皮肉っぽくそう言った。
 復讐の結果がこれなのだ、と暗に伝えようとする意思を、零はなんとなく感じたのだろう。
 サブリミナル効果のようなものである。



「……バレてしまったか。まあ、君がそう簡単に引っ掛かるとは思わないが」



 結城は思惑が当たり、苦笑するが、不謹慎なのですぐに険しい顔つきに戻る。



「だが、確かにあんたは、俺に鎌をかけながらも的を射てるよ…………コイツは、誰かに怨みを持たれてた。逆恨みにしろ、コイツが何かしたにしろ、な」

「何故わかる」

「俺も何度も思ったからさ。父や静香の命を奪った魔戒騎士を、こんな風にしてやりたいって」



 零の目は真剣だった。
 自らの持つ凶暴な部分をこうして曝け出すことには、抵抗はないようだった。
 それは家族への愛が深かったゆえだろうか。



「でも、それは俺の怒りが強く、感情が高ぶった時の話さ」

「そうだろうな。大概の人間は脳の都合で、夜にそうなることが多い。
 ここに来てからしばらく、我々はそういう時間帯に活動していたから可能性は高い」

「コイツもそういう時にやられたんだろう。運のない男さ」

「ああ……君の説は私も支持するよ」

「全部あんたの説だろ」

「……そういえばそうだったな」



 その憎しみの気持ちは、結城にもわかった。
 誰かに強い恨みを持つ人間の感情────。
 誰かへの復讐に燃える感情────。
 全てわかってしまうから、零は本当に、結城の生き写しだったのだ。
 ヨロイ元帥への復讐に燃え続けた結城丈二という男の姿は、今の結城の心の中にも遠い日の記憶として残っていたが、既にその男は自分とは別人だ。
 かつての結城の思考から至らせた説は、零のものと勘違いしてしまうようなものであったのだろう。



「とにかく彼を埋葬しよう。このままにしてはおけない」

「ああ、そうだな」


 と、結城は間髪いれずにライダーマンのヘルメットを取り出し、真上に手を伸ばした状態から、それを頭へと装着する。



「ヤァッ!」

「おい、なんだよいきなり!」

「ドリルアーム!」




 ライダーマンに変身した結城は、巨大なドリルアームのアタッチメントを右腕に装着し、赤い複眼で地面を見据えた。


 ────そして、血のついていない綺麗な地面を探し、ドリルアームを突き刺し、回転させる!


 ドリルアームは真っ直ぐ、直線的な穴しか掘れないように見えて、その高速回転は周囲の土を吹き飛ばし続けた。
 とはいえ、人間一人が仰向けに埋葬されるような穴ではなく、付近の地面を何度も掘り出し、ようやく人一人が眠れるような穴が完成する。

 通常ならどんなに頑張っても一時間程度は要するのだろうが、僅か一分にまでその所要時間を短縮した。



「おいおい、これは驚きだな…………」



 零もその様子に驚愕する。パワーアームという腕は剣を通して体感したが、本当に殺意を抱いていればこれを使って他人を殺害することも可能だろう。
 その場合は、この死体よりも遥かに猟奇的なものが完成されるのだろう。想像したくもない。



「この程度で驚いてはいられないだろう。沖一也に会ったらもっと驚くさ」


 パワーハンドなど、五つの腕の持主・スーパー1こと沖一也。
 彼もまた、一瞬で地面に穴を作ることができる仮面ライダーなのである。
 とはいえ、その嫌味とも思われかねない発言に少し拗ねたのか、素直に驚いた零も、強がるように言った。



「驚いたっていうのは、単なる社交辞令だよ。仕事柄、こんな奴はしょっちゅうさ」

「そうか……」




 言いながら、ライダーマンは一仕事の後、変身を解除し、結城丈二の姿に戻る。
 彼はライダーマンとしてでなく、一人の人間としてその男を埋葬することに決めたのだ。
 後は、彼の体を人だった頃と同じような形に戻しながら、この穴の中に入れるのみだ。



「……結城さん、見逃すわけじゃないよな」



 ドリルの轟音が消え、静かになったところで零が、最も気にかかったことに対し口を開く。



「気が引けるが、仕方ない」

「こんな状態なら何も変わらないさ」



 彼らは主語を抜いても会話が通ずるほどに息を合わせ始めていた。
 彼らが省略した主語というのは、「この男の首輪」だった。男の死体には、こんな形ながら首輪だけは残されていたのである。
 加害者が無視した理由は不明だが、単純にそこに目が行かなかっただけとも考えられる。少なくとも、零や結城の考えた彼の死亡説に基づき、加害者が通常の神経でないとするなら、ありえる話だ。
 まあ、そんな考察は無意味である。事情の有無はこの際どうでもいい。



「悪いね。……あんたの首、斬らせてもらうよ」



 零は、そう言って一礼し、もはや体との繋がりが曖昧にさえ見える首を断ち斬った。
 死体となってから随分経っているため、返り血などは出なかっし、あまりに太刀が早かったため、魔戒剣に錆を作る心配もなかった。
 体との繋がりをなくした首から、首輪が分離する。
 銀色の首輪が転がり、それを結城が拾いあげた。



「……これは我々が、今生ける者たちのために役立たせてもらう。本当にすまない」



 こうして、物言わぬ死者にさえ礼儀を忘れないことは、彼らが確かに正常な人間であることを示していた。
 零もこの行動に対して抵抗はないにせよ、多少はこの男に対し申し訳なく思っていた。



「じゃあ、埋めるよ」



 くぼんだ土の上で、できうる限り人間らしい形に彼の四肢を組み立て、その上に土を被せる。
 周囲の血しぶきはどうしようもない。近くに川があるとはいえ、これを洗い流すほど、零はお人よしではなかったし、結城も残念ながらそれができるほどの時間の余裕を持ってはいなかった。
 そして、完全に男の死体を埋め、その前で手を合わせ終えると、途端に、零は次の行動の準備にとりかかろうと口を開いた。




「俺はもう行く。まだ着いて来るのか?」

「無論、そのつもりだ」

「そうか。……実を言うと、その方が心強いとも思ったんだ」

「何?」



 零の意外な発言に、結城は本気で驚いた。
 この僅かな期間のうちに、随分と結城に対する認識が変わったらしい。
 それは薄々自覚していたが、このように口に出してくるとは思わなかったのだ。



「あんたと俺は既に、実質的な協力関係にある。
 それに首輪を手に入れたことで、あんたはコイツの解除に着実に近付いている」

「……」

「俺にだって、勿論こんなものは枷にしかならないからね。……しかし、あんたは俺にとって全く枷にはならない。
 放送の時だって、あんたは知り合いの死を冷静に受け止め、冷静に次の行動への準備をしていた」

「なるほど」

「俺はあんたを庇ったりする気はない。
 だが、あんたが着いて来る限り、俺はあんたの世話になるよ。悪く思わないでくれ」



 結城は少し考えつつ、照れ隠しのように言う。



「…………なぁに、アイタ・ペアペア」



 随分前に結城が聞いた────「気にしない」(この場合は気にするな)という意味の言葉だが、零はそれを知らない。
 きょとんとした目で、結城に溜息交じり、そして苦笑交じりに言葉を返した。



「あんたも、たまに変なことを言うよな」



 彼らは会話をしながら川の上流へ向かい歩いていき、確実に冴島邸へと向かっていた。
 だが、彼らの行動は一歩遅かったのだろうか。
 冴島鋼牙は既にそこにいないし、パンスト太郎を殺した志葉丈瑠もそこにはいない。



「……まあいいよ。俺はもう、あんたへの情報提供は惜しまないことにした」

「まだ隠している情報があるのか?」

「おいおい。俺は隠してなんかいない。ただ、言うのを後回しにしただけさ」

「……なるほど、つまり魔戒騎士についてか」



 結城も、一度後回しにされた情報として、魔戒騎士についての会話を思い出す。
 あの時、魔戒騎士の能力については「じきにわかる」と暈された。



「ああ。鋼牙に会った時のための対策を、あんたなら少しは練れるだろう」

「能力にもよるな」

「まあ、聞いておいて損はないはずだ」



 零は冴島邸に向かいながら、魔戒騎士についての話を始めた。



「まずはホラーの説明からだ。あんたは知ってるか?」

「ホラー映画などとは、違ったニュアンスだな」

「ああ。そんな生易しいものじゃない。俺たち人間の天敵だ。……ま、あんたは知らないみたいだけどね」



 鋼牙にとってそうであったように、零にとってもホラーのない世界とは考えにも及ばないものである。そのため、零はあくまで、結城は社会の裏にあるホラーの存在を知らないだけと考えていた。
 世界ある限り、そこに必ずホラーは巣を這っている────彼らの認識はこうだ。
 彼らにとっては、人類の幾千年の歴史に、必ず付きまとってきたような存在なのだから。



「とにかく、そいつらを倒せるソウルメタルっていう金属を操れるのが俺たち魔戒騎士ってわけだ」

「ホラー、それにソウルメタルか。興味深いな……」

「はっきり言って、あんまり深入りしない方がいい。これは忠告だ。ホラーの返り血でも浴びたら、そりゃもう大変なことになる。
 そのうえ、ソウルメタルは俺たち魔戒騎士にしか操れない。…………俺のこの魔戒剣もそうだ」

「なるほど。試してみるか」

「……ご勝手に」



 零は、挑戦的な笑みを浮かべながら、双剣の片方を地面に向けて突き刺した。
 そこで二人は立ち止まる。



「…………これを抜けるのは、魔界騎士として特別な訓練を受けた、心が強い人間だけだ」

「私には引き抜けないということか」

「おそらくね。たとえあんたでも、きっと引き抜くことはできない。
 特殊な訓練を受けた魔戒騎士たちには羽毛のように軽いけど」

「なるほど…………だが、やってみる価値はある!」



 と、結城はその柄に手をかけた。
 金属の手でも握りつぶせないほど、ソウルメタルの剣は硬い柄を持つ。

 それを確認して安心すると、結城は一思いにそれを抜こうと力を込めた。

 ────そして、あまりにあっさりと、引き抜いてしまった。



「お、おい…………! どういうことだ……!? あんた、一体…………!?
 もしかして、あんた魔戒騎士なんじゃ…………!?」



 零もさすがに、その光景にはうろたえた。
 だが、結城にしてみても、この剣は確かに重いし、はっきり言えば使いにくい。
 零のように器用に振り回すことはできないだろうと思った。



「…………違う。これはおそらく」

「え……?」

「わかったぞ」



 結城は、再びメモ帳とペンに手をかけ、それを書きながら口も開いた。



「我々、魔戒騎士と仮面ライダーは異世界における同一の存在なのではないか」

『これこそが首輪の効果だ。私が喋っていることは適当に聞き流せばいい』



 結城は、適当なことを口走り、会話を自然なものに調整しながら、零に紙を見せた。
 これだけ器用なことができるのも、彼らの頭が非常に良いからだろう。
 主催側には音声が通っていると思っている彼らは、それを容量よく行う。



「まさか……」

『首輪の効果とはどういうことだ?』

泉京水が言ったように、異世界にも仮面ライダーの呼称はある。だが、全くの別物なのに同様の呼称があるのは不自然だ。
 だが、逆にこうした仮称を持った、全く同じ存在、または限りなく近い存在があったとしてもおかしくはない。それが魔戒騎士と仮面ライダーだ」

『首輪を解除した際のデメリット、それはソウルメタルなど特殊な道具の使用が制限されることだ。
 はっきり言って、この殺し合いは妙に小奇麗に能力が統制されている。それは参加者が共通してかけている首輪によるメリットなのかもしれない』



※二つの会話を挟んでいても、彼らは混乱していないようだが、読み手側には凄く伝わりにくく、書き手としても大変書きにくいので彼らの会話は以下では省略して筆談のみを表記する……(主催陣に対する囮である会話は延々と続いている)。



『つまり、首輪の恩恵として、誰でもソウルメタルを操れる能力を得ているということだ』

『なるほど。ここじゃあ魔戒騎士は特別でもなんでもないってことか』



 正統な魔戒騎士の系譜でない零が、魔戒騎士になるのはかなりの努力を要する茨の道であった。
 そう、たとえ正統な系譜であっても魔戒騎士になるために血のにじむような努力が必要だというのに、この戦いでは誰でも使えるという事実に苛立ちを覚える。



『ただ、結城さんの精神力が極めて強靭っていう可能性はないか?』



 零の表情を見ると、笑みを浮かべていた。この発言は冷やかしに近い。
 だが、零としても少なからずその可能性を考えていた。なんだか、結城が妙に戦士然としている男だったからだ。
 ……つまるところ、零は結城に魔戒騎士に近い何かを感じていた。
 たとえ仮面ライダーであろうと何であろうと、熾烈な戦いの末に、魔戒騎士に匹敵する精神力を得た可能性だってある。



『馬鹿。そんなことを言われても、俺はただ謙遜するだけだ』


 照れ隠しか、結構真面目な顔でそう答えた。
 一人称が「俺」になっているが、これはデストロンと戦っていた当初にもたまにあることだった。
 つい、そういう言い回しになったのだろう。



『俺は割と真剣に考えてる。あんたの魂が魔戒騎士に匹敵する可能性も』

『では聞くが、君の言う特別な訓練を私が受けたと思うか?』

『……それはない。だが、精神力次第では充分にありえる。
 仮面ライダーさんなら、余計に可能性が高い』



 互いが互いの主張を譲らない。零が結城にこういう認識を抱いている以上は、それが崩れることはないだろう。
 そこで、結城が一つの提案をする。



『私ではない、第三者もソウルメタルを持つことができたらどうだろう』

『ここの参加者で、か』

『たとえば、あの東せつなという女の子だ』



 結城に浮かんだのは、最も極端な例となる少女だ。
 テッカマンであるタカヤや、NEVERである京水と比べると、彼女はごく普通だ(ましてや、彼らならば結城と同じ理由で扱えてしまう可能性だってある)。
 そのうえ、年端もいかぬ少女という要素があるため、通常ならば確実にソウルメタルが操れない相手だろうと考えた。



『誰それ』

『君がいきなり肩に手を回した、中学生くらいの女の子だ』

『ああ。あの子はそんな名前なのか』



 くだらない会話に紙を無駄にしてしまったことに、結城は微妙な表情になる。
 思えば、零という男も最初はかなり非常識な人間だった。
 なんというか、今以上にマイペースだったろう。……よくよく考えればやはり今もあまり変わっていない気がするが、まあ結城は続ける。



『ああいう少女にソウルメタルが操れるなんて、ありえないだろう?』

『だが、もし持てたら、首輪の一説も考えられるわけか』



 途中から、会話は筆記体の英語になり始め、余計に第三者にはわかりにくいものとなっていく。
 双方とも英語を解していたのだろうか。書くスピードを早めるためで、医者がカルテをドイツ語で書くようなものだった。
 誰かに音読される心配もなく、そのうえに画数の多い漢字を書くよりも楽であった。
 今後も、それを解さない人間が介入しない限りは、こうした方が楽だろうと思っていた。



『首輪を外してしまえば、私はソウルメタルを操れなくなるかもしれない』

『ソウルメタルと同じく、特定人物にしか操れない道具は全部操れなくなるだろう』

『つまり、首輪解除には、少なからずデメリットが付きまとうわけだ』

『もう首輪の話はやめよう。結局、他の誰かに剣が持てれば、それですぐわかる』

『そうだな』



 零の提案に結城は乗り、二人は首輪についての考察を終えた。
 そのうえ、目と手で首輪の考察している間、彼らは口と耳で魔戒騎士と仮面ライダーについての説明をほぼ終えていたのである。
 あの話から広げていき、結果的に魔戒騎士と仮面ライダーの特徴については語らい合う形になった。
 そして、ソウルメタルの鎧やその制限、黄金騎士や銀牙騎士の外形などについて、ほぼ結城に対し語りつくされたのである。



「もうすぐだ」

「ああ、君の言う冴島邸とは……」

「あれさ」



 気がつけば、彼らは、既に大きな屋敷の見える場所までたどり着いていた。





【1日目/朝 E-5 森/冴島邸付近】

【結城丈二@仮面ライダーSPIRITS】
[状態]:健康
[装備]:ライダーマンヘルメット、カセットアーム
[道具]:支給品一式、カセットアーム用アタッチメント六本(パワーアーム、マシンガンアーム、ロープアーム、オペレーションアーム、ドリルアーム、ネットアーム) 、パンスト太郎の首輪
[思考]
基本:この殺し合いを止め、加頭を倒す。
1:殺し合いに乗っていない者を保護する
2:零と共に冴島邸へ向かう。
3:一文字、沖、村雨と合流する
4:加頭についての情報を集める
5:首輪を解除する手掛かりを探す。
  その為に、異世界の技術を持つ技術者と時間操作の術を持つ人物に接触したい。
6:タカヤたちとはまた合流したい。
7:また、特殊能力を持たない民間人がソウルメタルを持てるか確認したい。
[備考]
※参戦時期は12巻~13巻の間、風見の救援に高地へ向かっている最中になります。
※この殺し合いには、バダンが絡んでいる可能性もあると見ています。
※加頭の発言から、この会場には「時間を止める能力者」をはじめとする、人知を超えた能力の持ち主が複数人いると考えています。
※NEVER、砂漠の使徒、テッカマン、外道衆は、何らかの称号・部隊名だと推測しています。
※ソウルジェムは、ライダーでいうベルトの様なものではないかと推測しています。
※首輪を解除するには、オペレーションアームだけでは不十分と判断しています。
 何か他の道具か、または条件かを揃える事で、解体が可能になると考えています。
※NEVERやテッカマンの情報を得ました。また、それによって時間軸、世界観の違いに気づいています。
※零の狙う仇が冴島鋼牙である事を知りました。
 彼が復讐心に捉われる様ならばそれを力ずくでも止めるつもりです。
 ただし、鋼牙を討つ事そのものに関しては全否定をしておらず、もし彼が倒すべき悪であったならば倒すべきだと考えています。
※首輪には確実に良世界の技術が使われている・首輪からは盗聴が行われていると判断しています。
※零から魔戒騎士についての説明を詳しく受けました。
※首輪を解除した場合、ソウルメタルが操れないなどのデメリットが生じると思っています。
※彼にとっての現在のソウルメタルの重さは、「普通の剣よりやや重い」です。感情の一時的な高ぶりなどでは、もっと軽く扱えるかもしれません。


【涼邑零@牙狼─GARO─】
[状態]:健康
[装備]:魔戒剣、魔導火のライター
[道具]:支給品一式、スーパーヒーローセット(ヒーローマニュアル、30話での暁の服装セット)@超光戦士シャンゼリオン、薄皮太夫の三味線@侍戦隊シンケンジャー
[思考]
基本:加頭を倒して殺し合いを止める。
1:牙狼を見つけ出し、この手で仇をとる。
2:鋼牙が向かう可能性があるため、冴島邸に向かう
3:殺し合いに乗っている者は倒し、そうじゃない者は保護する。
4:会場内にあるだろう、ホラーに関係する何かを見つけ出す。
5:結城に対する更なる信頼感。
6:また、特殊能力を持たない民間人がソウルメタルを持てるか確認したい。
[備考]
※参戦時期は一期十八話、三神官より鋼牙が仇であると教えられた直後になります。
 その為、鋼牙が恋人と師の仇であると誤認しています。
※魔導輪シルヴァは没収されています。
 他の参加者の支給品になっているか、加頭が所持していると思われます。
※シルヴァが没収されたことから、ホラーに関係する何かが会場内にはあり、加頭はそれを隠したいのではないかと推察しています。
 実際にそうなのかどうかは、現時点では不明です。
※NEVER、仮面ライダーの情報を得ました。また、それによって時間軸、世界観の違いに気づいています。
 仮面ライダーに関しては、結城からさらに詳しく説明を受けました。
※もしも結城が自分の復讐を邪魔するつもりならば、容赦はしないつもりでいます。
※首輪には確実に異世界の技術が使われている・首輪からは盗聴が行われていると判断しています。
※首輪を解除した場合、(常人が)ソウルメタルが操れないなどのデメリットが生じると思っています。
 また、結城がソウルメタルを操れた理由はもしかすれば彼自身の精神力が強いからとも考えています。
※実際は、ソウルメタルは誰でも持つことができるように制限されています。
 ただし、重量自体は通常の剣より重く、魔戒騎士や強靭な精神の持主でなければ、扱い辛いものになります。


【共通備考】
※F-6に放置されていたパンスト太郎の死体は、零と結城により埋葬されました。


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最終更新:2013年03月15日 00:15