Bad City 2 : Power of Shine ◆gry038wOvE



 早乙女乱馬の話を済ませた梅盛源太、アインハルト・ストラトス明堂院いつき蒼乃美希──その変身した姿であるシンケンゴールド、覇王形態アインハルト、キュアサンシャイン、キュアベリーの四人は、警察署に急いでいた。
 四人とも日頃からある程度のトレーニングはしていたし、変身による大幅な身体強化もされているので、それぞれの走行速度の差は大きくはない。強いて言えば、日ごろのトレーニングは体形維持のためだった美希はややバテ気味という程度だろうか。アインハルトやいつきは、下手をすると体力自慢の源太よりも余裕を持って走っている。
 警察署内に孤門一輝高町ヴィヴィオがいる可能性があるので、彼らを一刻も早く助けなければならない事になっているので、四人のうち誰もペースを落とそうなどと言えない状態だった。
 ある種の強迫観念みたいなものであったが、まあ深刻なレベルのハイスピードというわけでもなく、そのあたりは目の前にいる人間たちの思いやりによって絶妙なバランスを保っていただろう。

 ……で、特に何事もなく、何にも出会わず、ただ黙々と、何千メートルも走っていた。
 走る以外の移動手段もなく、ひたすらに距離を縮めているだけだった。
 三人の変わった衣装の少女と、全身が金色のビッチリスーツで顔までもマスクで覆われた謎の男が街を駆ける姿は、傍から見れば関わりたくないものだっただろう。
 何かの仮装レースにも見える。
 無人の街である事もまた異様だったが、これは誰もが慣れていた。

(……なんか随分遠いわね……)

 キュアベリーは思った。
 というのも、やはりマップにおける一エリアの長さが結構なものであるのが原因だろう。
 何度も歩いてはいるが、急いでいたり、疲れていたりすると、やはり距離は長く感じる。

「……」

 そのせいもあってか、キュアベリーはやや自分の気持ちそのものがだんだんと緩くなるような気分になった。なんで自分が走っているのかをふと忘れて、次の瞬間にそれを思い出したり、走りながらも真後ろに何かを置き忘れているような感覚がしたり……そんなぼうっとした状態だった。
 当然である。
 先ほどアインハルトの口から聞いた集団の分離と「乱馬の死」の話は、少しばかりショックであった。
 乱馬と親しかったあかねが大きな錯乱を見せている事が何よりショックだったし、彼女が自分を襲った事もかなり悲しかった。
 このまま前に進んでいいものかという不安も心の中にある。あかねを放っておいてはならないのではないか、それに、翔太郎や杏子といった人たちもあのままで大丈夫なのだろうか。
 だが、結局のところ、またこれ以上誰かがバラバラになるのは嫌だったので、何も言わず、彼女たちに着いていくしかなかった。
 色んな迷いがあるせいで、ちょっと集中力が散漫になっていたのかもしれない。他の三人は一様に警察署の外観に目を向けているというのに、美希だけはそこに目線を集中する事ができなかった。警察署の姿を目が捉えているのだが、頭で捉えてないというのだろうか。
 自分が何を見ているかをいちいち意識して考えなかった。あらゆる思考が混ざり合って、時に自分が何者なのかさえ忘れさせる。
 そんな状態だったからこそ、この場で唯一────彼女だけが、その音を聞いた。

「え……?」

 足音にもかき消されそうなほど小さな音が、少しばかり遠くから、聞こえていた。
 キュアベリーは最後尾で立ち止まり、右方向を向いた。そちらに警察署はないので、誰も集中していない様子であるが、いま、キュアベリーはそこで音がしたのを聞いた気がする。

「……ねえ、みんな! 今、何か聞こえなかった?」

 前の三人になるたけ大きな声でそう呼びかける。三人が走る足をゆっくり止めて、ベリーの方を見た。
 しかし、自分たちの目的に意識を集中させすぎていた三人は、そんな小さな音には気づかない。

「……何も聞こえませんでしたけど」

 アインハルトの回答に他の二人が首肯する。
 大多数が別の意見という状況になると、やはり、「気のせいだったのだろう」という消極的な考えも出てくるし、周囲と違う事をしてしまう恐ろしさも沸き出てくる。
 気のせいだったような気もしてくるが、それでも、ベリーの聴覚は「音」を聞いていたはずなのだ。大きな破裂音にも聞こえたし、何かが崩落する音か、花火の音にも聞こえた。爆発音か……とにかく、そういう「衝撃」があった音だった。
 それは決して違和感ではないはずだ。

「いいえ、確かに聞こえたわ! 何かが大きな音が」

 しかし、美希は自己主張が強い方であった。というのも、モデルとして成功するには、集団面接などもあり、それに精神を慣らした彼女には自己の主張を周囲に届ける事は日常的な事だったのである。
 自分を信じ、自分に自信を持つ……という性格においては、やはり彼女は、日本人離れしているかもしれない。世界に名を轟かせるのが彼女の夢なのだから、当然ともいえるだろう。

「……一体、何の音だ?」
「わからない。けど……向こうで何かあったのよ」

 美希は自分の聞いた音を信じる。
 先ほど聞こえた音を、記憶の中で何度か反芻させる。記憶の中でまた再生できるのだから、おそらくは幻聴ではないだろう。そう、音だけははっきりと思い出せるのだ。
 ただ、他の三人はそんなものを聞いておらず、信じていいのかわからないといった顔である。
 警察署に向かうべきか、それとも美希の言っている場所に向かうべきか。
 その二択であった。このまま人数をこれ以上分散するのも、無反省な行動である。
 しかし……それしかないように思えた。

 そこで何かあったのなら、様子を見なければならないし、警察署にもなるべく早く辿り着かなければならない。

「……よし、そこまで言うなら信じるぜ。でも、一刻も早く警察署に向かわなきゃならねえ。俺達二人は警察署に行く。プリキュアの二人でそっちに向かってくれ」

 シンケンゴールドが提案した。
 俺達二人、というのはシンケンゴールドとアインハルトである。
 残りのプリキュアの二人はキュアベリーとキュアサンシャインだ。
 一応、プリキュア繋がりで面識もあるので、その判断は丁度良い。

「……わかりました」

 キュアサンシャインも肯定する。

「何かあったら、すぐに警察署に逃げて来てくれよ!」

 シンケンゴールドはそれだけ言うと、アインハルトと共にそちらへ走り出した。時間は一秒でも惜しいのである。
 キュアサンシャインとキュアベリーは互いに顔を見合わせて頷きながら、二人で「音」のあった方向に向かって走り出した。






「……油断したな、仮面ライダースーパー1」

 仮面ライダースーパー1の眼前で、ダークプリキュアは高町ヴィヴィオを拘束し、右腕を折り曲げるようにしてヴィヴィオの首に絡めていた。少し力を入れれば、ヴィヴィオの首が締まってしまう程度には危険な状態だと言える。
 ヴィヴィオの左手を彼女の背中で曲げてダークプリキュアの左手で固めると、ヴィヴィオの間接に涙が出そうになるほどの痛みが走る。右腕は先ほど言ったとおり、ヴィヴィオの首を巻いている。首輪は邪魔だったが、ものすごく邪魔というほどでもない。
 先ほどまでヴィヴィオの周囲を飛んでいたウサギのような妖精は、羽を開いて突き飛ばし、地面で目を回している。

 ダークプリキュアの足元に作られていたはずの氷塊は、ダークプリキュアの足がすっぽりと抜ける程度に大きな穴を作っていた。……既に、彼女の細い脚が抜けるには十分な時間が経っていたのである。
 そこから足を抜いたダークプリキュアは即座に、「人質」を作った──。


「……くっ!」

 目の前でヴィヴィオがその表情を苦痛に歪めると、スーパー1も孤門も、自分の甘さを後悔せずにはいられなかった。
 卑怯なダークプリキュアの行動に、眉をしかめる。

「変身を解け、仮面ライダースーパー1」
「……わかった」

 スーパー1はダークプリキュアの指示に黙って従い、沖一也へと戻る。
 その変身方法を見て、ダークプリキュアは少しだけ訝しげな表情をした。

「……? ロストドライバーは使っていないのか?」
「ロストドライバー? 何だ、それは……」
「知らないのか。まあいい……」

 仮面ライダースーパー1は仮面ライダーエターナルのようなツールを持っていなかった。ダークプリキュアも一度使用したロストドライバーのようなツールを用いているものと思ったが、そんなものはなかったのだろうか。以前襲撃した時は集中していなかったのではっきりとはしないが、あの時はロストドライバーとは少し違うベルトを巻いていたような気もする。
 まあ、プリキュアも、変身道具は少しずつ違っていたし、自分自身も彼女たちのように変身はしないがプリキュアを名乗っている。
 そのあたりの違いはどうでもいい話なのかもしれないが、彼が何のツールもなく力を使えるとしたら、非常に厄介な話だ。
 ダークプリキュアは、変身道具を没収すればスーパー1こと沖一也を無力化できると考えていたが、もし彼の変身が文字通り、己の身体を変じるものならば、何を奪っても無力化する事はできない。

(……スーパー1が変身道具を持たずに自力で変身できるのは誤算だったな……。面倒な事になった……)

 ダークプリキュアは考える。
 相手から変身機能を奪い、ヴィヴィオを優先して順番に殺すのが最も冴えたやり方だと思ったが、スーパー1が変身道具を用いないのなら、ヴィヴィオを殺害した時点で変身されて攻撃をされる可能性がある。
 そうなれば厄介なので、ここはお互い犠牲を出さずに穏便に解決した方がいいだろうか。沖以外の二人を殺せたとしても、沖は難しい。
 ヴィヴィオを殺したとしたら、その瞬間に人質はいなくなり、スーパー1に変身される。
 そこから先はやはり複数人を相手にするのは頭を使わなければ難しい。スーパー1はなかなか強敵の部類に入る仮面ライダーだろう。……まあ、何とか倒せない事もないが、その後に引きずる可能性も高い。一人ずつ的確に殺すか、複数である事を利用して戦うか……。


 ともかく、次に、ダークプリキュアは沖ではなく孤門を見た。彼に関しては、確実にガイアメモリを使って変身している。

「……お前は……確か孤門と言ったな。あのガイアメモリをこちらに渡してもらおう」

 そう、ダークプリキュアは、孤門がガイアメモリで変身するのを見ていた。そのメモリは今も孤門が持っているに違いない。

「……わかった」

 彼は、少し内心で抵抗しつつも、ゆっくり前に出て、ダークプリキュアが指示する通り、パペティアーメモリをダークプリキュアの右手に握らせた。一時的に首を絞められた状態から解放されたヴィヴィオは大きく息を吸ったので、孤門が間近で見たヴィヴィオは苦しさから解放されたようであった。
 しかし、再びその首にダークプリキュアの力が加わると、ヴィヴィオはいっそう苦しそうな表情になった。

(あいつらは、これを使って私の意識を奪い、形勢を逆転したな。このガイアメモリとやらで、どうにか凌ぐ事もできるかもしれない……。そもそも、これが一体、何故私の意識を消したんだ……?)

 ダークプリキュアは、このメモリの能力を厳密には知らない。
 孤門と対峙した際に彼が使用し、その変身体がしばらくダークプリキュアの意識を消失させたのは確かだが、なぜ意識が消え、ここに来ているのかがダークプリキュアには理解できなかった。
 意識そのものが消失していたのだから、自分がなぜ、どういう経緯でここにいるのかもよくわかっていない。
 しかし、目の前の二人を交互に睨みながらも、ダークプリキュアは在り得そうな可能性を探り当てる。

(……そうか! 私の意識を消し、ここまで移動させたという事は、私を操っていた可能性が高い。敵が放ったあの糸……。そうか、間違いない。どこまでも小癪な奴め……)

 ガイアメモリは、単純に変身能力を付与する物ではないのだと、ダークプリキュアは今更ながら知る。人間を操るなどという理不尽な能力まで付与できる。
 だが、自分の手元にあるメモリがそんな能力を持っているとわかったところで、どうすればよいだろうか。……勿論、操り人形にするならばスーパー1が適任となるだろうが、この状態ではスーパー1に糸を放つどころか、自分の身体にガイアメモリを挿す事も難しそうだ。
 万が一、他人を操る事ができれば、それは手駒となる。多人数との戦闘においても、ダークプリキュアだけでなく、口答えしない仲間を作って、共に戦える。そうすれば戦闘も随分有利に進むだろう。

 それに、皆殺しを決行する前に、もう一つダークプリキュアは知らなければならない話がある。
 そう、ここがどこかという事だ。少なくとも、目の前に彼らがいる以上は、この場所は禁止エリアではない。しかし、彼らを殺し、ここから離れれば、ダークプリキュアは孤独になる。ここでわかっているのは、この場所が「街」である事のみで、警察署からどれほどの距離を移動して、どこにいるのかもわからないという事だ。
 それは非常に厄介だ。──街中には、いくつか禁止エリアとなっている場所も存在するが、それがどこだかわからない。この近くだとしたら、ダークプリキュアはそこに立ち入ってしまうかもしれない。

 ともかく、右手に握ったガイアメモリを上手く己の身体に寄せたいと思った。この体勢では少し難しい。変に察知されないようにしなければならないのも難しいところだ。
 少しの時間稼ぎに丁度良い悪役らしいセリフで、場を誤魔化し、相手が「ヒーロー」を気取り、周りが見えなくなったタイミングを狙おうかと思いたつ。

「残念だが、私の目的は変わらない。私はこのままゲームに優勝する……!」

 それが、いま彼女の口から真っ先に出た方便であった。事実ではあるが、脈絡のない言葉ではなく、変身道具も奪われ、人質を取られた二人を絶望させる悪役としては、まあ上々な台詞だろう。
 元から、人を殺す事に大きな抵抗など持っていなかった(まあ、殺さずに済むのならそれで良いが、願いのために殺し合いに乗るくらいは大きな問題ではない)し、それを少しの説得でどうにかできるものでもなかった。
 「月影ゆり」を自分の仲間──家族の一人として認識し、同時に彼女の仲間のプリキュアに対して親近感を持つくらいはしたが、それ以外の他人に興味を持つほど心は変わっていない。
 大道克己を除けば、ここに来てからも他の人間と一切関わりを持たないのだから、当然と言える。

「…………どうして、そこまでしてっ……」

 ヴィヴィオは苦悶の表情ながらも、声を絞り出した。
 確かに、先ほどより強い痛みが感じられるが、先ほどよりは声を出しやすい状態に右手の置き場が僅かながら変わっていた。

「決まっている。最後に生き残れるのは一人だけだ。……ならば、自分が生き残ろうとするのが当然だ」

 ダークプリキュアの真意とは違っていたものの、少しは近い物ではあった。
 たとえ他の誰にどんな願いがあるとしても、それを犠牲にして自分自身──いや、ゆりの願いを叶えるのが彼女の生き方だ。
 その先に、彼女が知らない未来があるし、それで初めて彼女は人間になる。
 砂漠の使徒として生きてきた彼女が人間のような生活ができるのなら、それはこの殺し合いで優勝した時のみになるはずだ。
 ゆりの願いを叶える事で、はじめてダークプリキュアは生き残れる。

「……なら、ここにいる人間全員で主催者たちを倒せばいい! そうすればこんな殺し合いもなくなり、俺たち全員が生き残る事ができるんだ」

 沖は反論したが、聞く耳を持つ気はない。事情を知らずにダークプリキュアの話をそのまま鵜呑みにしている彼らには、的外れな事しか言えないのだ。
 だが、こうして反論をしてくる事こそが、ダークプリキュアにとっては好都合な出来事だった。誰かに心情を訴えれば、当然周りは見えなくなる。相手に僅かにでも隙が出来たら、その瞬間こそが沖一也を操るチャンスなのである。

「……論外だ」

 彼女の目的は、殺し合いに優勝して生き残る事以上に、ゆりの願いを叶える事にある。
 主催に反逆すれば、無論そんな事はできなくなり、ダークプリキュアは再び「人間」になる機会を失い、ゆりの願いが叶う可能性は永久に在り得なくなる。
 この殺し合いが中断される事が在れば、ダークプリキュアにとっては不都合千万だ。この殺し合いそのものが人生の好機となりうる者もいるのである。
 それを邪魔されるのはダークプリキュアにとって、不都合な悪とみなされても仕方のない事だったが、そういう人間が現れるのは知っていたので、憎みはしない。ただし、憎まなくとも殺す必要があるだけだ。

「……何故だ!?」
「私たちにはこの首輪がある。私たちの行動を縛る首輪だ。これがある限り、加頭やサラマンダーへの反逆はできない」

 極めて冷淡に言い放った。先ほど述べたとおり、彼女が主催に反逆しないのはそんな小さな理由によるものではなかったが、ここで返す言葉は何でも良かった。
 相手があくまでも説得という方法を使う気ならば、ダークプリキュアは回答を強いられる一秒前まで何も考えず、一秒前に直感で嘘をつき、返事をするだけだ。それは基本的には見破られようとも構わない。
 本当の事を言う気はない。

「……ダークプリキュア、本当にその首輪が外したいのなら、それこそ俺に協力してくれればいい。これでも、俺は国際宇宙開発研究所の研究員であり、惑星開発用改造人間だ。自分の体のチェックも行う。……だから、機械や爆発物に対しては普通の人よりも少し詳しい。この首輪を解除する事はできるかわからないが、道具があれば、できる限りの事はしたい」

 ダークプリキュアが気にしたのは、やはり改造人間という部分だろう。
 改造人間。──何かを移植しているのだろうか。もしや、沖の真の姿こそが仮面ライダースーパー1の姿なのかもしれない。
 だからロストドライバーなど不要だったのだ。
 ヴィヴィオ以上に厄介な存在である。
 だが、それ以上に、首輪を外して殺し合いを中断されると、ダークプリキュアの願いは叶わない──それはかなり困った話である。

(こいつは厄介だな……こいつによって殺し合いを中断されると困る)

 ……さて、どうする。
 まだ敵の士気が充分に上がっているとは言えない。もう少し相手が冷静さを欠き、ダークプリキュアがメモリで変身して沖を操るまでの動作を見逃す程度の、一瞬の隙を作ってくれればいいのだが、やはり、沖には奇妙なオーラがあった。
 隙がないのだろうか。
 格闘家としての一面も持つ彼は、おそらくダークプリキュアが不審な行動をした瞬間に回避し、受け身を取るだろう。
 どうする。とにかく、もう少し会話を楽しませてもらおうか。

 しかし──

「……そこまでよ、ダークプリキュア!」

 沖の言葉にダークプリキュアが何か返そうとした次の瞬間、上空から巨大な声がそこに居た四人に降りかかった。それは若い女性のものであった。
 ダークプリキュアが声の在り処を睨んだ瞬間、ダークプリキュアの左腕に何かが飛んできて、当たる。ダークプリキュアは思わず、ヴィヴィオの腕を折り曲げていた左腕を話してしまう。解放された直後はヴィヴィオも痛がっていたが、その場では一秒と待たずに、彼女はクリスを拾い上げ、沖のもとへと駆け寄った。僅か一瞬の出来事である。安堵の表情がそこにいる全員に戻る。

「何だっ!?」

全員が見上げれば、太陽の手前でビルが四人に向けて長い影を作っている。知らぬ間に広い影のエリアに吸い込まれていた彼らは、その屋上に立ってこちらを見下ろしている二つの人影を凝視した。


 上空には、沈みかけようという太陽があったが、それが沈む未来さえも吹き飛ばす、新たな金色の光が、そこにあった。白と黄色の、ダークプリキュアとは対照的な「光」の衣装と、レモン色の髪を鋭いツインテールに仕立て上げた美少女──それは、ダークプリキュアにとっても見覚えのある少女だった。
 声はその少女の発したものであり、その隣にはもう一人、また違った衣装──それは青を基調としていた──を着た少女が立っていた。

「陽の光浴びる、一輪の……花! キュアサンシャイン!」
「ブルーのハートは希望のしるし! 摘みたてフレッシュ! キュアベリー!」
「「即席・ふたりはプリキュア!」」

 キュアサンシャイン、そして見覚えのないプリキュア──キュアベリーであった。
 このキュアベリーなる戦士がいつどこで生まれたプリキュアなのかをダークプリキュアが知る由もないが、人間ならば確実に恐怖で動けなくなるような足場で立ち歩きをするくらいだから、あそこから飛び降りても問題ない程度の能力の持ち主なのだろう。
 実際、その衣装はプリキュアに限りなく近いといえる。

「か弱い女性を襲う者よ!」
「馬鹿な真似はおよしなさい!」

 ダークプリキュアを目視した二人のプリキュアが、決めポーズとともに新しい名乗りをダークプリキュアに突き付けた。
 沖と孤門とヴィヴィオは、その二人の姿を見つけて、少し嬉しそうな表情をした。ダークプリキュアは、眉間に皺を寄せた。

「いつきちゃん!」
「美希ちゃん! 無事で良かった」

 超時間同行していた事もあって、沖と孤門には、とても嬉しい再会だったのだろう。
 さして長い時間離れ離れになっていたわけではないが、状況が状況であるだけに、少女数名で歩くのは、真夜中の森林に放られるのと同義である気がした。
 今現在の彼らは、そんな森の中を抜けて家に帰ってきた子を迎えるような気分だったのだ。

「……違うわっ! キュアベリーと」
「キュサンシャインです!」

 とりあえず、二人のプリキュアは呼ばれた名前に訂正をしながら、二人はシュタッと地面に向けて急降下した。飛び降り自殺ではない。プリキュアである二人は、この程度の高さから落ちたとしても、段差から飛び降りるのと大して変わらない着地ができる。やはり、キュアベリーは確かにプリキュアであるようだった。



「キュアベリー……見た事のないプリキュアだ」

 ダークプリキュアは左腕を抑えていた。
 一体、何がダークプリキュアの左腕に投げつけられたのだろう。結構硬い物体だったが、円盤のように回転してダークプリキュアの左腕に当たったのは確かだ。
 ダークプリキュアがキュアベリーから一瞬だけ目を逸らして地面を見ると、そこにはCDでもDVDでもフロッピーでもない不思議な輪があった。それなりに分厚いが、ディスク状の物体であると思える。

 これは秘伝ディスクの一つであり、物体を二つに増やす「双ディスク」であった。
 まあ、実際これが使える人間が既にこの殺し合いの参加者の中にはいないし、美希も用途不明だと思ったので、とりあえず投げて使ったわけだが。
 言ってみれば、遠距離からフリスビーのように投擲するために使った適当な道具であった。正確にダークプリキュアの左腕にあてたのは、なかなかの集中力と言えるだろう。プリキュアとしてあらゆる身体能力が強化されているから、風や入射角を読んだのだ。ともかく、ダークプリキュアは左腕の痛みを感じつつ、再びキュアベリーたちを睨んだ。

「何だか知らないけど、サンシャインの言った通りにこっちに来てみて正解だったわ。危なかったわね、孤門さん」
「……彼女がダークプリキュアだよ、ベリー」

 キュアサンシャインが、キュアベリーに補足説明する。
 外見に関する話はしていたものの、キュアベリーがダークプリキュアと対面するのはこれが初めてとなる。ダークプリキュアの話を少し失念していてもおかしくはない。
 プリキュアは何人も見てきたが、ダークプリキュアのように悪に染まったプリキュアを見るのは、キュアベリーにとっては初めての出来事だった。

「……さあ、どうする? ダークプリキュア」

 いつの間にか、先ほどの優勢とは逆に、ダークプリキュアの前に五人が並ぶ形になっていた。
 真後ろは建物と建物の間に、建物の影に隠れてしまうような少し狭いスペースがあるだけだ。この場を切り抜けるのは難しいだろうか。
 後退は不可能な状況となった。

 では、既にダークプリキュアには打つ手なし……といった状況のようだ。
 確かに、前方の敵たちに応戦する事もできるかもしれないが、なかなかに難しい。

「……………………わかった。降参だ」

 ダークプリキュアは両手を上げ、ガイアメモリを地面に落とした。赤いガイアメモリはアスファルトの地面を跳ねる。
 降参。……敗北であった。
 やや屈辱的だったが、それでもダークプリキュアは嫌な顔をしなかった。あまりにもあっさりと、それを認めていた。
 孤門がそんなダークプリキュアを怪訝そうに見つめた。

「降参、だと……?」
「私の負けだ。今から私たちはお前たちに協力する。……首輪を解除するんだったな」

 先ほどの沖の説得に答えるようにそう言った。
 降参とはすなわち、敗北である以上に、彼らへの協力である。捕虜になる事に近いだろうか。ダークプリキュアは、それを受け入れる事にした。
 首輪を解除し、ゲームに仇なす……その判断を下す事になった。

「本当か? ダークプリキュア」
「……生き残れるならば、私はどういう形でも構わん。それに、こいつらが来ようが来まいが、私はお前の案に乗るつもりでいた」

 少しだが嬉しそうにこちらを見る沖にそう応えて、ダークプリキュアは地面のガイアメモリをブーツの先で踏み潰す。簡単に潰れるものではないが、このガイアメモリは変身した戦士の腕で握りつぶせる程度の強度である。ダークプリキュアの脚がそれを破壊するのも仕方がない。
 粉々になった機械は、パペティアーメモリの破壊を沖たちに確信させる。

(……とにかく、今はこの場を適当に凌ぐか)

 実のところ、ダークプリキュアのスタンスは変わってはいない。ただ、撤退するよりかは彼らについて行った方が得策だろうと考えていた。
 ガイアメモリを破壊したのは多少痛手となるが、ダークプリキュアとしてはこのメモリを破壊して信用を勝ち取っておいた方が良いだろうと思ったのだ。

「お前たちの条件を呑む。戦闘をする時は、協力も厭わん」

 自分が役に立つ場所といえば、戦闘だろうとダークプリキュアは思っていた。
 誰かが襲撃してきた場合の迎撃として使われるだろう。少なくとも、首輪を解除するための知識などない。

「……そうか。なら、俺は君を歓迎する。ついてきてくれ、ダークプリキュア。みんなはどうだ?」

 沖は、言った。
 ガイアメモリが破壊された事で多少の安心感は芽生えたが、ダークプリキュアはガイアメモリなどなくとも充分に攻撃ができる猛者である。
 油断はできないが、もし裏切る気だとしても、この人数を相手に太刀打ちする事はできないだろうと沖も思い始めていた。

「僕は構いません……でも」

 孤門はヴィヴィオを見ながら言った。
 彼女の手に危険が及ぶなら、なるべく推奨したくはない。
 だが、ヴィヴィオは先ほど言った通り、ダークプリキュアと仲良くなりたいと願っていた。

「私も大丈夫です。これで、ダークプリキュアさんと仲良くなれるなら」

 ヴィヴィオは、心なしか嬉しそうである。
 美希は事情を知らないので同意しない。しかし、周囲に任せる気であった。

「ダークプリキュア……」

 かつて敵としてダークプリキュアとして戦ったキュアサンシャインは、素直に喜びたい気持ちもあったが、微かな疑念を感じずにはいられなかった。
 彼女は果たして、本当に自分たちに協力してくれるのだろうか。
 しかし、彼女も周囲と同じように、ダークプリキュアを仲間に引き入れる事自体には異存はなかった。





 沖たちが六人で行進して向かっている先は、警察署であった。
 先ほど、いつきと美希は、源太とアインハルトの行先として警察署を指定していたのである。彼らは誰もいないとしても、いつきと美希を待ってそこで待っているに違いない。
 今や孤門とヴィヴィオを発見した二人としては、警察署は安全地帯のひとつとなっている。警察署に残る誰かを心配する必要はない。乱馬の心配をする必要がなくなってしまった事と、あかねに対してはもっと別の心配を向けなければならない状態になってしまった事は悲しいが。

(ひとまずダークプリキュアを仲間にしたのは良い。だが、やはり心配な部分も確かにある……)

 沖一也は、ダークプリキュアの右隣を歩きながらダークプリキュアの方を監視している。
 沖たち五人ほとんどの視線はダークプリキュアに集中している。だが、ダークプリキュアはそんな視線を何とも思っていないように前を向いて歩いていた。
 彼女は、あくまでスタンスを変えただけだ。心を入れ替えたわけではない。
 また不都合な状況になった場合は、どう動くかはわからないし、味方側の犠牲というのを平然と受け入れてもおかしくはない。
 ただ、これだけの人数で監視すれば彼女も思うようには動けない。これまでのように大胆な行動に出る事はない。そのため、無差別に殺して歩くような真似はできなくなる。若い少女が仲間内にいるのは危険極まりないが、それがかえってダークプリキュアに良い影響を与えてくれればそれに越した事はない。
 ダークプリキュアと同じくプリキュアであるいつきや美希、彼女と同じ境遇を持つヴィヴィオがここにはいる。彼女たちとの交流の中で、もう少し命の尊さを知れたらよいのだが……。

(僕たちを狙っているのか……?)

 孤門一輝は、ダークプリキュアの左翼部の後ろあたりの位置で歩いている。正面から見れば確実に顔が隠れているだろう。実際、孤門は羽より前に何が在るか見えなかった。
 彼女に対する疑念は払拭しきれない。彼女がここまで何をしてきたかはわからない。
 月影ゆりを蘇らせるために戦う──という当方の推測は外れたわけだが、生き残るために戦うと言った事で、かえって彼女には救いようがなくなってしまったのである。
 孤門は彼女との戦いで実際に死の間際というのを経験した。奇跡的に助かっただけに過ぎず、ガイアメモリがなければ確実に命は無かっただろう。稲妻電光剣の姿を見るだけでも恐ろしくなる。
 そして、その作業を彼女は恐るべき無感情な肌で淡々と行っていた。生き残るためとはいえ、そこまで冷徹になれるだろうか。彼女がたとえ人造人間であるとしても、それだけの事を平然とやってのけてしまうほど命を軽く見ている相手を信頼できるだろうか。それが、孤門にとって彼女が信頼に値しない最大の理由であった。

(……ダークプリキュアさん)

 高町ヴィヴィオは、孤門の後ろを歩いていた。
 孤門が庇う形であろうか。ヴィヴィオは、ダークプリキュアに対して放っておけない親近感を抱くと同時に、やはり今のままでは危険な相手である事を感じずにはいられなかった。
 ただ、こうして仲間として近くにいてくれるのなら良い。
 そこから分かり合える事ができる。
 そこから、初めて人と人とは対話ができて、そこから友達になる事ができればそれで良い。だから、その切っ掛けが作れる事が彼女にとっては嬉しかった。

(本当にこれで大丈夫なのかしら?)

 蒼乃美希は真後ろを歩きつつも、やはり他と同じく、一抹の不安を拭いきれなかった。
 ダークプリキュアは話にしか聞いていないが、直前までヴィヴィオの首を締め上げている。そんな穢れた手の持ち主がそのまま仲間に加わって良いのだろうか。手の穢れを洗い落とさないまま、仲間として迎え良いのだろうか。
 ラブならばあっさり信用してしまうかもしれないが、美希はラブのようにはいかない。彼女の危険性を考慮したうえで、それに見合った監視をしなければならないのだ。
 それに、ここまで祈里やせつな、えりかなどの仲間が死んでいったが、果たしてダークプリキュアのように悪事に手を染めつづけた人間が、心を入れ替える事もないままにここから生きて帰ってしまって良いのだろうか……?
 美希は疑問でならなかった。

(……ダークプリキュア、まだ何か裏がありそうだ……)
 美希の右隣を歩くのは明堂院いつきである。
 彼女だけは、疑念などというレベルではなく、もっと確かに彼女が何か裏を持っている事を察知していた。
 彼女は簡単に他人に協力などしない。サバーク博士の命令でもない限りは、プライドも高く、他者と成れあうよりも戦いを優先しそうな性格だ。それが、何故わざわざこうして自分たちと移動をしているのだろう。
 疑う事で相手を知る……それもまた一つの理解の仕方だ。無条件で相手を信じる事は思考の放棄と、和解の放棄でもある。相手を観察し、その中で相手の気持ちを与してこそ、真の和解に繋がるはずだ。
 そのためにも、仲間の安全を確保しながら、うまく彼女の心を探りたいといつきは思っていた。もし、それができなければ、その時は……。

(……誰も私を100パーセント信用してはいないようだな。当然か)

 ダークプリキュアは、現在の自分の囲まれようからそう思った。ほとんどが後ろ側にいるのは、相手に背中を預けないためだ。
 隣で沖は警察署に向けて歩いている。先ほどまで、嫌というほど話しかけてきた彼らだが、今は一切話しかけては来ない。そうした気配からも、彼らがダークプリキュアを信用していない事は察する事が出来た。
 実際、ダークプリキュアにとって「信用」を受けたい理由は、人間的なものではない。相手の信用を受けて安心したいわけではなく、相手の信用を勝ち取って寝首をかきたいだけであった。
 彼女がこうして連れて行かれるのは、現在地の確認のためである。……彼女は現在地を上手く把握していないのだ。
 彼らから情報を引き出すのも良い。これだけの大集団に加え、あと二人仲間がいるようなので、それは利用し甲斐がありそうだと思っていた。

(とにかく、時が来るまで、この集団の一員となるのも悪くない)

 ダークプリキュアは策略を巡らせながらも、着々と警察署に近づいていた。






 六人が警察署の正面玄関にたどり着くと、そこには梅盛源太とアインハルト・ストラトスがいた。二人の様子は、決して嬉しそうではない。そして、最初に聞こえたのは、顔を青くした梅盛源太の震え声だった。

「……おい、これどういう事だよ……」

 まるで、歓迎の意思や喜びの意思がないようだった。
 彼としても、いつきたち二人の帰還と、彼女たちが引き連れた三人の登場は嬉しいものだったはずである──実際、その一点は凄く嬉しい。警察署に来たのは良いものの、ガラスが粉砕され、襲撃の形跡があったうえに無人だったのだから、アインハルトともどもかなり不安になっていた状況だ。本来なら彼ら全員を歓迎したいはずだった。
 しかし、その先頭を歩いているのが、ダークプリキュアならば源太が驚くのは無理もない。彼は、この殺し合いに参加させられた直後に、彼女を見ていた。天道あかねを襲っているダークプリキュアを発見した源太がシンケンゴールドに変身して応戦したのだ。
 彼女は殺し合いに積極的なはずだと、源太は知っている。

「なんでこの嬢ちゃんがみんなと一緒にいるんだ!? こいつはめっっっちゃ悪い奴だぞ!」

 本能的にアインハルトの前に立って、手を大きく横に広げる。
 ダークプリキュアが襲ってきた場合に、まず自分が盾になろうという気概がそこからは感じられた。

「……誰かと思えば、いつかの寿司屋か。お前の事はよく覚えているぞ。確か名前はシンケンゴールド、梅……梅盛源……駄目だ、やはり思い出せない」

 ダークプリキュアも、源太の顔を見てすぐピンときた。
 あんな目立つ人間は早々いない。着ている服も、喋り方も一度で頭の裏に張り付くほど変わった人間だ。
 名前も聞いた気がするが、二度とも名乗りが中断されたので、ダークプリキュアはその名前を完全には聞いていなかった。一度はダークプリキュアが殴り飛ばした事で中断されている。

「おいコラ! あと一文字じゃねえか! 俺の名前は梅盛源──「そんな事より私の名前はダークプリキュアだ。嬢ちゃんではない」──……オイ!! 折角名乗ってんのに台詞被るな!!」

 源太はちゃんと名乗ろうとしたところでまたも邪魔される。
 ダークプリキュアの前ではちゃんと名乗れない因果でもあるのだろうか。名簿を見れば一発だが、直接それを知る事はなかった。
 しかし、源太の興味はダークプリキュアの名前の方に向いてしまう。

「……ん? 待て。ダークプリキュア? ……あれ? じゃあ、二人と同じプリキュアだよな? じゃあ良い奴か? ん……でも、闇のプリキュアか……やっぱり悪い奴か!」
「いちいちうるさい奴だな! 私は悪い方のプリキュアだ!」

 源太のようなタイプはものすごく面倒だ。寡黙なダークプリキュアとしては、少し相手にするのが面倒な存在である。声が大きく、妙に図々しい。
 いちいち相手にするのはものすごく面倒だが、こうやってちゃんと返す事で彼が疑問を口に出すのを止めたかったのだろう。でなければ、延々耳元でプリキュアが何だと言ってきそうだ。

「そもそもプリキュアのキュアっていう部分、たぶん純粋のキュアって意味だろ? なんでダークなのにキュアなんだ?」
「しらん」

 しかし、ダークプリキュアが答えようが別の疑問が出てきたので、止まらない。
 源太は、ダークプリキュアに対する警戒心を忘れ、だんだんと考えてはならない部分に触れはじめた。
 ダークプリキュアを怪訝そうに見つめ続けているのは確かだが、話題は脱線を始めている。いっそ、すべて「しらん」で通してしまおうと思っていた。

「……じゃあ、プリは…………えっと……」
「ちょっと! その話はまた今度……あはははは……」

 美希が、ダークプリキュアの前に出て、プリキュアの「プリ」の部分に隠された秘密を探ろうとする源太を愛想笑いしながら止める。
 プリキュアとは、「プリティでキュア×2」の略である。しかし、彼女たちは恥ずかしげもなくその名前を名乗っている。
 つまり、可愛くて清純を自称しながら現れるようなものなのだ。それを知られるのは流石に恥ずかしい。拷問である。
 いつきは少し変身前と変身後を分別して考えるところがあったので、止めようとはしなかったが、美希は焦っているようだった。

(まったく、本当にうるさい奴らだ……くだらない。本当に私に対して警戒心があるのか……?)

 ダークプリキュアは疲れてため息をつきそうになりながらも、別の方向を見る。
 源太に隠れて見えなかったが、ここにはもう一人、プリキュアとそう変わらない年齢の女の子がいた。
 孤門と一緒にいたヴィヴィオと知り合いであるようで、ヴィヴィオは真っ先に彼女のもとへと走って向かっている。それについていく形で、孤門もアインハルトのもとにいた。

「……アインハルトさん、良かった」

 ヴィヴィオは安堵の様子でそう言い、アインハルトにデイパックを渡した。
 第二回放送までは無事であるのが確認されていたが、その後はやはり不安であったのだろう。自殺未遂を決行していたアインハルトは、そうした負い目があるのか、少し目つきが悲しげだった。
 既に、死のうと言う気は無い。

「いえ。こちらこそ、心配をかけて……何と言っていいか……」

 その傍らで、クリスとティオが戯れている。なんだかよくわからないが、クリスがティオの背中をポンポンと慰めるように叩いているが、傍から見れば遊んでいるようにしか見えない。
 ダークプリキュアは、次に右隣の沖を見た。
 見た瞬間、彼と目が合ったので、やはり警戒心は強いのだろう。ダークプリキュアは目を逸らす。

「これ、乱馬さんの支給品です。せめて、ヴィヴィオさんに」

 アインハルトが乱馬の支給品をヴィヴィオに渡す。
 ヴィヴィオと乱馬が一緒に行動していたらしいのを、アインハルトは聞いていた。それを預かっているのだから、渡さないわけにはいかない。
 少し、ヴィヴィオも俯いた。

「そうだ、ヴィヴィオちゃん。僕も預かっていたんだ……これは、園咲霧彦さんのものだよ……」

 霧彦の所持品を、いつきは持っていた。
 それを渡すと、ヴィヴィオはやはり暗い顔にもなったが、それでも渡さなければならないものである。

「とにかく、これで僕達は……みんな、揃ったね」

 孤門がそう言ったが、言った直後に後悔したらしく、周囲の視線を前に口を噤んだ。
 ここに揃っているのは、以前会うのを約束した全員ではなく、乱馬とあかねを除いた全員なのだ。一人は死に、一人は殺し合いに乗ってしまったのである。
 周囲が静まり返り、何も知らないダークプリキュア以外には、少し気まずい沈黙が流れようとしている。

「その事ですが、あと二人……いや、三人? ここに来る予定があります。佐倉杏子さんと左翔太郎さんという方が……」

 アインハルトは、何も気づかなかったふりをして、孤門に説明を始めた。
 その二人について、孤門は知らない。左という苗字の男は、やはり名前だけで少し印象に残ったが、佐倉杏子は知らなかった。
 三人と言い直した理由は、一部の人間には不明だった。

「……そうだ、佐倉杏子さんは孤門さんの事を捜していましたよ」
「僕の事を?」

 孤門には一切心当たりがない。
 もしや、姫矢か凪か石堀と会ったのだろうか。そんな期待を寄せながら、孤門はアインハルトの話を聞く事にした。
 と、その瞬間──

「……プリクラ、プリン、プリント、プリンセス、ぷりっぷりの海老、プリティな鰤。……それだ!」

 源太が思いついたように大声をあげた。
 どうやら、源太はまだ「プリ」の意味を考えていたらしい。孤門の発言も耳に通しておらず、お陰で彼だけは気まずい空気にならずに済んだ。
 その結果、美希が気づいてほしくなかった事実を探り当ててしまったようだ。

「なあ、プリティで合ってるか? あんた名前にもプリキュアって入ってるだろ?」

 しかも、例によってダークプリキュアに訊いてきた。美希はほっと胸をなでおろしている。自分にふらなかったのは不幸中の幸いだと思っていたのだろう。
 だが、ダークプリキュアは聞かれても答えられない。サバーク博士に「ダークプリキュア」と名付けられたからダークプリキュアと名乗っているのだ。
 もし、本当に「プリティ」の意味だとしたら改名したいと思う。

「私はプリキュアという単語の意味は知らん!」
「……うーん……そうか。でも、確かにプリキュアは可愛いから間違ってなさそうなんだよなぁ。ベリーもサンシャインも。……それにダークプリキュアも……確かに可愛いといえば可愛いよなぁ……」

 源太はダークプリキュアの身体を熱心にあらゆる角度から見ながらそう言った。
 ダークプリキュアの衣装はゴスロリのようで確かに可愛い。黒と赤の服装はかなりマッチしており、彼女のほっそりとした体格とも喧嘩をしていない。
 顔も端正で傷はないのだが、金色の両目は感情を映しておらず、綺麗すぎてかえって可愛げがないようにも見える。
 しかし、全体を考えれば可愛いと言える部類に入るだろう。

「……」

 ダークプリキュアはそんな事を言われたのが初めてなので、どう反応していいのかわからなかった。
 ただ、そう言われた瞬間からは、やはり少し恥ずかしさも沸いた。なめまわすようにジロジロ見られる事に対する苛立ちも沸いたが、苛立ちよりも羞恥が湧く。
 人形のようなダークプリキュアも、その時ばかりは顔を赤らめて怒った。

「やめろっ! ジロジロ見るなっ!」
「あっ、すまねえ……」

 紳士的とは言えない自分の行動に、源太は頭を下げた。
「……って、オイオイオイ! ちょっと待てよ! だから、なんでコイツがいるんだよ!」

 ふと、自分が思わずダークプリキュアと何の違和感もなく話していた事に気づいて源太は我に返る。
 そう、ダークプリキュアの名前に疑問が行ってしまったが、ダークプリキュアは当初交戦していた相手のはずである。
 周りも完全にダークプリキュアの相手を源太に任せる形にしていたが、当の源太の目が覚めたようだ。

「……ダークプリキュアには、脱出まで協力してもらう事にしたんだ。争い合うばかりよりは良いだろう?」

 沖が口を開いた。
 ダークプリキュアに協力を提案し続けたのは彼である。
 源太はやはり、納得がいかない様子でもあった。

「脱出までったって……本当に大丈夫かよ?」

 それは、沖への質問だったのだが、別の方向から返答が返ってくる。

「……あの、僕はダークプリキュアと知り合いです。だから、もし何かあれば……僕が彼女を何とかします」

 それはいつきであった。
 いつきには、ダークプリキュアと対話したいという確固たる信念があった。
 ゆえに、その口調は精悍で、聞く者を納得させるだけの覚悟が籠っていた。
 しかし、同時に彼女の言葉を簡単に受け入れるわけにはいかない。もし彼女がダークプリキュアをどうにかする事ができなかったら、それこそあらゆる責任が彼女に降りかかる。

 いつきがこうまで言うのは、やはりダークプリキュアの境遇などを知っているからだろう。言ってみれば、複雑な思いを持つ彼女に対する同情でもある。
 月影ゆりの名前が放送で呼ばれた今だからこそ、ダークプリキュアをどうにかしなければならないという想いも強まっていた。

「私もです」

 ヴィヴィオが口を開いた。
 ヴィヴィオもまた、彼女を何とかしなければならないと思っていた一人である。
 なのはの娘であるはずの彼女が、こうしてなのはと同じ意志を持っていた事に、いつきは驚いた。なのはと全く同じ年ごろにしか見えないが……。

「……梅盛源太くん。いつきちゃんとヴィヴィオちゃんを、そしてダークプリキュアを、少しでもいいから信じてくれないか」

 沖は源太を諭した。
 源太は、どう判断していいのか少しだけ迷った。
 これまで、十臓や乱馬といった仲間が、自分を逃がして死んでしまった。
 翔太郎が生きているかどうかも源太にはもうわからない。
 エターナル、ダグバ、ドウコク……あらゆる強敵との戦いで、源太は誰かを見捨てながらここまで生きてきてしまった。
 源太の判断は間違いを生む事も多かった。戦闘経験や現場での判断経験が薄いので、それも仕方ないが、やはりこうして判断を下す時が来ると、ああいう時を思い出して緊張した。

「……わかったよ。プリキュアが嘘つくわけねえもんな」

 源太は、厳しい顔つきながら、そう言った。
 ……プリキュアが可愛い以上に、純粋である事を、彼は願った。





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最終更新:2013年09月10日 01:02