騎士の物語 ◆gry038wOvE
冴島鋼牙の前に、一人の男の遺体がある。
彼の名は、Dボゥイ。つい先ほど、暗黒騎士キバによって殺害された宇宙の騎士。
その男の事を、鋼牙もまだ詳細には知らない。テッカマンブレードと名乗ったあの男は、強く、どこか心に強い悪への憎しみを持った男だった。それ以外の事は何も知らない。しかし、鋼牙はその男をひとまず埋葬しようと思った。
「……」
かける言葉は見つからない。ただ、黙々と彼の遺体に手を駆けようとする。
相羽タカヤの手はまだ温かさが残っているが、じきに消えるだろう。
鋼牙は少しばかり時間をかけて、彼の遺体に手をかけた。
……すると。
「!?」
タカヤの遺体の後ろから、突如として奇怪な虫が鋼牙に飛びかかった。
脳髄のみが大きく、複数の足を持ち、硬い殻を持ち、鋼牙の腕の上で落ちて蠢く──それは、この世の生物ではなかった。タカヤの体を乗っ取っていたラダムの虫である。
しかし、鋼牙はそんな事を知る由もなく、ただただ黙ってその虫を黙って振り払う。
毒虫かもしれない。だが、実際のところ、この虫が何なのかを鋼牙は知らず、ただただ蠢いているだけならば害はない。
不気味ではあるが、果たして潰していいものなのか、鋼牙は迷った。
「……なんだ?」
その後も、ラダム虫が鋼牙に何かしようという事はなかった。
いや、おそらく、鋼牙に寄生したいという気持ち自体はあるのだろう。しかし、ラダム樹がなく、フォーマットが不可能である以上、寄生したところで完全にその体を乗っ取る事はできない。
それで、何もできないまま、迷うように地面を蠢いていたのだ。
……とはいえ、すぐにラダム虫は、殆どあからさまに危険な虫である。
(一瞬、殺気を感じた……。潰しておくべきか)
鋼牙は剣を抜いた。
ラダム虫は先ほど、殺気を持って鋼牙に襲い掛かったから、念を押す事にしたのだ。
虫とはいえ命だが、それでも、これはただの虫ではないと鋼牙も気づいている。
次の瞬間には、ラダム虫は真っ二つに斬れて、生命を停止した。
「……何だったんだ」
まあ、そのまま鋼牙は何も考えない事にして、Dボゥイの遺体を地面に埋めた。できるだけ時間をかけて、丁重に葬る事となった。その途中、不思議な緑色のクリスタルを見つけたが、それは黙ってタカヤとともに埋めた。黙って受け取ってしまうのも何だし、もしかすれば彼にとって大事な物かもしれない。
その後、その地に一礼して、鋼牙は振り返り、歩いた。
「……」
あとは、もう何も言う事なく、とにかく街の方に向かう事にした。バラゴの遺体にこれ以上構う暇はない。
鋼牙は黙って、街の方に歩いて進んでいく事にした。
△
森を出て、E-9の草原あたりに出た瞬間、鋼牙を迎えたのは、赤い光弾の一撃だった。
──不意打ち。
森を出た瞬間に、誰かが鋼牙の命を狙って、何かを放ったのだ。
「くっ!?」
鋼牙はそれを魔戒剣で弾き返し、赤い光弾を地に落とす。
鋼牙の真後ろで小爆発が起こると、敵の姿は見えた。真正面から不意打ちをしたというのか。つまるところ、狙撃手のように姿を隠す事はなく。
だが、不意打ちが失敗したので、そのまま強引に戦闘に持ち込む形だろう。
「なんだ、お前は」
鋼牙は冷淡な声で問う。
その女は、鋼牙もよく知る怪人、ホラーの人間体にも似ていた。
現世で着るのがはばかられるような黒衣を平然と着こなし、その目は人の色をしていない。
いやしかし、ホラーではないだろうと、確信していた。いわば魔戒騎士の勘である。
「私の名前はダークプリキュアだ。覚えておくがいい」
これはプリキュアの悪評を広めるための名前だったが、他に名乗るべき名前もない。
シンケンゴールド──梅盛源太のように誇らしく名乗れる名前もない。
強いて名前を問われれば、この名前しか答えるものはないのである。
「……お前がダークプリキュアか」
鋼牙はキリッと眉を顰める。剣の構えは一層強固になった。
そこにあるのは、確かな警戒。ダークプリキュアの敵意を全身で感じながら、いつでも敵の攻撃を避け、攻撃に変える準備をしていた。
ダークプリキュアの名前は、つぼみから聞いている。
彼女に対しては、少し迷いのある表情を見せたつぼみ。それを思うと、やはり斬るという手段は使いたくないが、いざとなればいつでも斬る準備ができていた。
「なぜ俺に攻撃をしかけた。お前はこの殺し合いに乗っているのか」
「無論だ。しかし、私の攻撃を避けてくれたからにはお前の名前を聞いておきたい。……お前の名は?」
殺し合いに乗っているというダークプリキュア。
しかし、その物言いは、どこかスタンスが曖昧化されている証でもあるように思えた。
他人の名前を知りたがる彼女の様子に、鋼牙は困惑する。
それでも、鋼牙は名乗った。
「冴島……鋼牙だ」
その名前が口に出た瞬間、二人の戦いは始まった。
△
薄暗くなってきた森と草原の間で、魔戒騎士とダークプリキュアは己の技を交える。
魔戒剣とダークタクト。ダークタクトは、その切っ先から砲撃を放つ。
赤黒い旋風が鋼牙を襲うが、鋼牙はそれを魔戒剣で受ける。魔法衣がそよぎ、鋼牙もまた立ち止まる。
「はぁッッ!」
そこへ来るのがダークプリキュアの一撃。ダークプリキュアは鋼牙のいる場所まで一瞬で距離を縮めた。
鋼牙の視界で、ダークプリキュアの拳が大きさを増す。
華奢ながらも硬く剛健なダークプリキュアの左拳が鋼牙の眼前に迫っていた。
「ふんッ」
鋼牙は、すぐにそれを左掌で受け、刃をダークプリキュアの方へと突き出す。
が、そちらの一撃はダークタクトがガードしている。
「くっ」
どちらが発したかはわからないが、少し相手の力に圧されているような声を漏らした。
両者の違いは声を漏らしたか漏らさなかったか──まあ、程度で、実際のところ、二人とも表情は少し相手の力への驚きに満ちていた。
問題なのは、鋼牙よりダークプリキュアだろうか。鋼牙以上の疲労感に打ちひしがれている。声を発したとすれば、彼女である可能性が高い。
「……ふんっ」
鋼牙がダークプリキュアの拳を掴み、ダークプリキュアがダークタクトで鋼牙の剣を受ける。その状態で、二人の両足が相手の顔面を狙って、高く上げられる。
一撃、蹴りをお見舞いしようとしているのだ。そのつま先が相手の顔面を狙う。
そして、そのまま二人は、お互いにその顔面めがけて足を叩き付けた。
「ぐァッ!」
「くッ……!」
今度声を上げたのは、二人ともであった。
クロスしていた両腕が崩れ、二人は顔面へのダメージを感じて地面に倒れる。
魔戒剣とダークタクトが二人の手を離れて地面に吸い込まれるように落ちていき、二人はすぐさまそれを拾った。
「……やはり、やるな」
ダークプリキュアは鋼牙にそう語り掛けた。
しかし、鋼牙は殆ど悠然とした表情のまま、構えを崩さなかった。
魔戒剣を手に取った状態で、ダークプリキュアを睨み、その体を捉えている。
次の一撃がいつ繰り出されるのか……という中で──。
『参加者のみんなー、こんばんはー!!』
18時、放送が始まり、二人の戦士は休戦となった。
△
『フハハハハハハハハ……』
緊張感のない放送は終わった。
放送で聞こえた名前は、鋼牙が知っている者では、殆ど死を目の当たりにした相手ばかりだった。はっきり言えば、殆どその放送に意外性はなかったといえるだろう。
問題は、市街地エリアに禁止エリアが固まっている事だろうか。
しかし、逆を言えば、おそらくそれは参加者がある程度そこに固定しているからではないかと、鋼牙は思った。
これだけたくさんのエリアがあるというのに、マップの殆どは山地や森で、行動しにくい。そうした大部分のエリアは殆ど禁止エリアにもなっていないし、市街地を目指した参加者はかなり多かったのだろう。
今後も、市街地エリアを目指す方針は変わらなそうだ。
逆を言えば、警察署あたりに人がいるのなら、逃げる方向まで自然と決まる。
「奴も死に、残り三分の一か……」
ダークプリキュアが呟いた。奴、というのは、鋼牙には誰の事だかわからなかった。それが、大道克己の事であるとは思いもよらないに違いない。警察署でその名前を知った相手だが、まあいずれダークプリキュアの知らないところで死ぬのではないかと思ってはいた。
残る人数は二十一人。ここまで生き残ったからには、その覇者とならねばならない。
そう、三分の一どころではない。
ここから更に、二十一分の一に残る。六十六分の一の選ばれし戦士にならなければ、ダークプリキュアの悲願は果たされないのである。
まあ、パペティアー・ドーパントの力もあるし、ダークプリキュア自身の身体能力もかなり高い。これがあれば、ひとまずは勝ち残る自信が辛うじて維持される。
(……だが、こいつは厄介だな)
しかしながら、今の戦闘は少し問題だろう。目の前の敵は強く、パペティアー・ドーパントの力も使い難い。相手の変身方法がわかった方が良いに決まっているし、相手の能力が発動しきったところで使わなければ意味がない。
たとえば、鋼牙の場合、運動能力は高くとも、その体そのものは、鍛えていても、おそらく人間だ。ダークプリキュアのように人造生命の可能性もあるとはいえ、生身の人間という前提で考えよう。そうなると、パペティアー・ドーパントを使ったところで、変身した相手と戦えば、上手く勝ち残る事は困難だろうとダークプリキュアは思う。彼がどう力を使うのか知ったうえでなければ、ダークプリキュアにとって、彼は操る価値はない。
彼を信頼している人間が相手ならば不意打ちもできるが、彼が誰と親しいのかなど知るはずもないだろう。
(死者のペースは下がっていない。このペースで死者が出ているなら、いっそ……)
「まだ動かずに、体を休め、時々だけ戦う」という作戦。それもまだアリかもしれない。状況的には問題ないはずだ。
ダークプリキュアの身体は少しダメージが大きい。だから、ダークプリキュアが今探しているのは、強い「人形」であり、戦闘もそれを得る為の「確認」だ。しかしながら、鋼牙の殺害には失敗したし、人形として扱おうにも、人間の姿のままでいられると難しい。
これ以上、鋼牙の相手をしていられる時間はないだろう。無駄に体力が減るだけな気もするし、引き際という物もある。
「……ダークプリキュア。お前は、なぜ殺し合いに乗った? お前はプリキュアではないのか」
ダークプリキュアが思索を巡らせている中、鋼牙は尚、戦闘態勢に移ろうという瞳でダークプリキュアに問うた。
ここに来てから、何度これを聞かれ、その度に、「教える必要はない」と答えただろうか。
今回もまた、同じだ。
「お前に教える必要はない。この名前も、そう名付けられたから名乗っているだけだ。プリキュアなど、くだらない……」
自ら進んで魔戒騎士となり、その名に誇りを持つ零とは違う。
彼女は、プリキュアではない。他人によってプリキュアと名乗らされただけで、実質的には別物である。そのため、かつて鋼牙が零に説いたような言葉は通じない。
「……そうか。だが、そんなお前を守ろうとしているプリキュアがいる。本当に強いのは、守るべき者の顔が見えている者だ。今のお前に、この戦いを生き残る事はできないな」
鋼牙は、ダークプリキュアの瞳を見て、つぼみを思い出していた。彼女は、ダークプリキュアに対して非常に複雑な様子を見せた。おそらく彼女にとって、ダークプリキュアは「護」の対象でもあるのだ。
それならば──キュアブロッサムとダークプリキュア、どちらが強いかと言われれば、キュアブロッサムだろう。誰かを守るためという明確な目的がある彼女を、鋼牙は信じていた。
鋼牙は、自ら打ち込む様子を見せなかった。ダークプリキュアの初動を見てから、それに対応する形で動くつもりだ。
ならば、ダークプリキュアにとって、撤退は実に容易い話である。
「そのくだらない忠告は胸の片隅にでも秘めておこう。……今回は素直に負けを認めて撤退させてもらう」
ダークプリキュアは捨て台詞のようにそう言い残すと、背中の羽を伸ばし、宙に舞い上がり、すぐにどこかへ消えていった。……少なくとも、森の方だ。
鋼牙は、その姿に少しばかり茫然とする。
ダークプリキュアが攻撃を仕掛ける前提で戦闘態勢をしていただけに、その撤退は肩透かしというか、拍子抜けでもあった。
しかし、ダークプリキュアは正真正銘、撤退したのだと知ると、肩の力をすぐに抜いた。
「……行ったか」
終わってみれば、戦闘というより、肩慣らしのような邂逅であった。そう、今思えば、お互い、どこか力をセーブしながら戦っていたようにも思える。鋼牙自身は、ダークプリキュアの命を本気で獲る気もなかった。
ともかく、ダークプリキュアは見送ろう。追う必要性はない。森には、おそらくキュアブロッサムや仮面ライダークウガ、響良牙たちがいる。そう、ブロッサムだ。彼女に任せよう。今はもう、殆ど山中には参加者はいないだろう。彼女によって狩られる人間もいないはずだ。
「……俺も、行くか」
鋼牙は今の邂逅を無視して、また街に向かって歩き出した。
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最終更新:2015年12月26日 02:04