赤狼 ◆gry038wOvE
この一戦は爆風に始まった。
土煙に木の葉の滓も混ぜ込まれ、土の表面とともにプリキュアたちのスカートが一瞬、浮き上がり、揺れた。
地面で爆弾が破裂したようだったが、違う。
見れば、ガミオの両拳が指先で硬く結ばれたまま、その地面に叩き付けられている。そこには地面の形に歪が生まれ、二人のプリキュアを遠ざけている。
「避けたか──」
ほんの一瞬前まで、その歪んだ地面の中心にはキュアムーンライトがいた。
先ほど、キュアムーンライトはガミオの言葉を合図に、真っ先に前を出て、脇腹に蹴りを入れた。続けて、追従するように、一秒遅れてガミオの懐に現れたキュアブロッサムがガミオの左頬を打った。
次の一瞬で、手足が増えて見えるほどの攻撃の連打を始めた。プリキュアの攻撃スピードは速く、ガミオの体を一秒で何打も狙った。──が、ガミオはそれを全て肘で受け止めた。プリキュアの攻撃を無力化するほどの硬い体表は、その中の血肉に僅かな震動さえ届かせない。
全ての攻撃を受け切った後、ガミオは、両掌を組み上げて、真上からキュアムーンライトを叩き付けようとしたのだ。その攻撃が、地面に穴を作っているという事は、ガミオが頭部だけを殴るのではなく、頭から足の指先まで叩き潰そうとした証だった。
「……!!」
キュアブロッサムは、ガミオの両拳が地についた意味を、遅れて理解した。
──そう、その両腕だけで圧死させるつもりだったのだ。人一人の身体を、ひしゃげた肉片の飾られた血だまりに、変えようとしたのである。
「──何故、あなたはそうまでして戦うんですか!」
その惨状は、キュアブロッサムの精神を沸点に届かせた。
赫怒を填め込んだ語調に肩が揺れる。腕も言葉に沿うようにして、勝手に荒く動いていた。
激しい怒りを前にしても、ガミオは淡々と両腕を上げ、立ち上がるようにして直立体勢へと彼の恰好を変えるのみだった。
「お前は望まれないものの生き方を知っているか──」
ガミオは、逆にそう彼女に尋ねる。問われた本人も、返答が来た事を意外に思う心持だった。彼女も、そこに言葉を返す事はなかった。息と固唾を飲みこんで、当人が答えを言うのを待った。傍で、キュアムーンライトが怪訝そうな顔を浮かべる。
ガミオは、まるで呼吸をしていない人間のように言った。
「望まれないものは、小さな箱に閉ざされる。
箱の中には光は通らない、外の者からも俺の姿は見えない。
誰かに望まれ、箱が開けられぬ限り、光を浴びる事も、誰かの目に映る事もないのだ」
寂しい言葉だが、ガミオ自身は機械のようにそれを読み上げていた。あらかじめ決まった台本があるかのように、すらすらと台詞を舌に流していた。ブロッサムの方へと飛ばす言葉にも聞こえなかった。自分自身に対する言葉かも怪しいほどだ。
その言葉こそが、まるで誰にも求められないような──意味ありげでありながら、何の意味のないポエムのようだった。誰に対して投げかけられた言葉でもない。
「……だが、俺はここに光を浴びている。お前たちは俺を見ている。確かに目にしている。
それは誰かに望まれた、求められたという証だ。
俺を閉ざしていた箱は開かれた。そこには何か意味があるはずだ──」
ガミオは、全てを知っていながら、肝心な事を知らなかった。自分を望んだ存在は「誰」なのか。考えてみても一向にわからなかった。──しかし、その何者かの意思に答える気だけは十二分にあった。
それだけが、彼の生きる答えなのかもしれない。それだけが、彼が辿っていける糸──ある意味で悲しく、ある意味で最も楽な生き方だと言えた。
「究極の闇となる事──それが、箱を開けた者が求めた、俺の存在意義なのだ」
グロンギの王としての使命か、宿命か、──彼はそんな物に縛られていた。彼自身が苦痛とも感じず、まるで人間らしい感情を持っていなかったからか、誰かが意図的に彼を縛るというより、むしろ、誰にも縛られていないからこそ、グロンギの生き方から何処にも動かないようだった。
生まれないならば生まれないままで良かったが、生まれた理由があるのなら、それを果たす他なく、彼自身もそれに不満を感じていない。
キュアムーンライトが、眉間の皺を寄せ、奥歯を強く噛んだ。かつて、彼女が遭った男も、また同じように、己の存在意義を永久に世界に刻み付ける為に殺し合いに乗ったと語っていた。大道克己の事は、思い出すだけでも苛ってしまう程だ。──いや。
「……いや、私も……同じ……?」
しかし、ふと頭をよぎるのは、かつての自分の姿であった。サバーク博士の中に「存在」したいという気持ちが、かつてあった事だった。──いや、今も、心のどこかには、その気持ちある。
誰かの中に自分という存在を保たせる。そして、アイデンティティを確保する。自分という存在を他の誰にも重複させたくないという思いは、一人の人間としてサバーク博士の中に存在したかった、その気持ちに近い。
まだ僅かでもそれを心の中に秘めているからこそ、よくわかる。
「自分の存在を誰かに示す……それは間違った事ではありません。私も、みんなも、そうです」
隣で、キュアブロッサムが言う。彼女は、その時、キュアムーンライトの方を、一瞬ちらっと見つめた。
「私たちの事は、長い時間とともに、いつしか忘れられていきます。確かに、それは寂しい事です。その前に、少しでもいいから自分が生きた証をどこかに残したい気持ちもわかります」
それはキュアムーンライトへの慰めではなく、純粋な彼女自身の気持ちであった。
これだけ長い間生き続け、たくさんの人を知り、その人生を謳歌している。誰かの些細な優しさや、楽しいひと時に触れるたび、それがいつしか忘れ去られてしまう運命を呪いたくなる。
自分がいつか死に、いつか忘れ去られ、風化していってしまう事に怯えて眠れなくなる人もいるだろう。──それが当然である。
「しかし、私たちが残していくものの中には、消えないものも……消してはならないものがある。存在し続けなければならないものがある」
命はいつしか消えてゆく。しかし、命の尊さだけは消えない。
記憶もいつしか消えてゆくだろう。しかし、心は消えない。
彼女は勿論、消えていく物も守ろうとしている。命も守っている。体も守っている。花も守っている、人も守っている。
しかし、何より大事なのものは朽ち果てていかない物であった。
「それをあなたは自分のために消そうとしています。私たちが、させません!」
キュアブロッサムは、両足を開き、腰を落とし、右拳を体の前で曲げ、顎を引き、ガミオに怒鳴るように言った。何度、こうして、砂漠の使徒に啖呵を切っただろうか。
花咲つぼみという女性は、気弱そうに見えて、その実、明確な意志が心の中にあるのだった。
「……やはり、お互い殺し合う定めのようだな」
ガミオも体勢を変えた。両腕を高く上げ、そのまま体の後ろに下げる。五本の指が全て開かれ、爪の尖った指先がよく見える。右足を前にだし、腰を落とし、獣のように、吠え損ねたような呻き声を喉元から発する。
これ以上、言葉はないという意味だった。うぐるるるる……。うぐるるるる……。喉の奥で木霊する。
「──殺し合いなんていう言葉は大嫌いですッ!」
再び、キュアブロッサムが駆ける。
パンチが飛ぶ。ガミオの胸に微かな痛みが宿る。しかし、ガミオは、キュアブロッサムの右手を掴んだ。その右手を強く握る。ガミオの握力が、ブロッサムの右手の骨に軋むような音を立たせる。数秒握れば折れるほど。
「くッ!」
「定めには抗えん」
「……私が、あなたに対して殺意を持たない限り……これは、殺し合いじゃない……!」
ガミオは、更に力を込めようとしたが、そこを真横からのキュアムーンライトの蹴りによって妨害される。四十五度、綺麗かつ円滑な落下の飛び蹴りと、鋭い爪先が、ガミオの頭に命中。数メートル、吹き飛ばされて煙が立ちこむ。
キュアブロッサムは右手の様子を見る。終わってみれば大事ではない。ガミオの異形の手の痕だけがくっきりと残っている。しかし、実は握られていたのはほんの一秒の話でしかないが、まるで数秒間握られていたようだった。
右手の痕を見て一瞬呆けるブロッサムを、ムーンライトが心配する。
「大丈夫?」
「モチのロンです!」
「そう……良かった」
相手の、ただ純粋な「力」。そこの強さが、先ほどからよく伝わっている。
あまり接近戦が好まれない相手であるのは、よくわかった。──しかし、どう攻撃を仕掛ければいいのか。
不用意に接近するのは危険。遠距離の戦法はどうだろうか。……いや、それも先ほど、ガミオはまるで、緩やかな水流に身を寄せただけであるように、平然と飲み込んでいた。
彼には、必殺級の技も無効。二人で戦うには分が悪いようであった。
「──オオゥゥ……」
ブロッサムとムーンライトは、ガミオの口から漏れた小さな声に、耳を傾げた。
何かを不都合に思っているようだった。
ガミオの視線は、二人には向いていなかった。彼の目が見つめているのは、二人のいる場所よりも少し後ろ。もう少し遠目だ。ガミオの目を彼女たちがどれだけ見ても、目は合わない。
しかし、背後から何かが接近しているとしても、ブロッサムたちは動けない。一瞬、目を離せば、ガミオは獣のように二人の目の前へと駆け出すだろう。
「……お前たちの仲間か」
ガミオが、キュアブロッサムに問う。
「え?」と、キュアブロッサムは、ガミオの一言に最初は戸惑った。
仮面ライダーエターナル、
響良牙が助けに来てくれたのだろうか。
「──そうだ」
答えたのは、キュアブロッサムでもキュアムーンライトでも──仮面ライダーエターナルでもない。
その声の直後、何かが靡く音と人影が、二人の頭上を去る。二人のいる場所を飛び超えて、敵の胸元に向かっていくのは、白い魔法衣の男の後ろ姿。
空で刀を鞘から引き離し、白銀の刃がそのままガミオの胸の装飾に突き刺さる。
その刃は、その剣を持つ男にとっては、立つ鳥が残した羽毛よりも軽い。──そう、“彼にとっては”。
しかし、敵にとっては、ただの剣と同じように胸に刃の重さが圧し掛かるのだ。その剣は、持つ者によって重量を変える「ソウルメタル」という特殊な材質だった。
「鋼牙さん!」
それは、冴島鋼牙であった。
次に、鋼牙の左中指で、見知らぬ指輪が声を発する。──彼女たちは知らないが、それは魔導輪ザルバといった。
ザルバは彼女たちには脇目も振らない。ガミオの胸に突き刺さった剣を両手で構える相棒にだけ語り掛けた。
『鋼牙、ホラーじゃないが、こいつにもとてつもない邪気を感じる……』
「ホラーじゃないなら、何だ」
『こいつも、もともとは人間……かもしれない。俺にもわからない存在だ』
「もしや、薫が言っていた、未確認というやつか」
鋼牙はすぐに剣を引き抜いた。──ガミオは、剣が自分の体表を掠めたようにしか思っていないだろう。まるで、もう一撃当ててみろとばかりに、直立で鋼牙の瞳を見つめていた。
鋼牙は、魔戒剣の柄でガミオの顔面を叩く。
常人ならば、額が割れてもおかしくないような一撃。しかし、ガミオにとっては、その一撃はプリキュア以下のもの──さほど甚大な傷を生む事はなかった。
ザルバは言う。
『斬れ! 鋼牙。どっちにしろ、こいつはおそらく手遅れだ。斬るしかない』
「……」
『躊躇はするな。……こいつこそ、守りし者の天敵だ。ホラーと同じになった別世界の陰我の結晶みたいなもんだぜ。こいつはもうホラーも同じ、そしてお前は……』
一条と同じく、未確認生命体の殺害をやむなしとするザルバの判断。
鋼牙は、眉を顰める。彼の使命は、ホラーを狩り、人間を守る事。人間を斬る事ではない。
彼が斬れるのは、斬られる覚悟を確かに持っており、闇に堕ちた時に斬られる誓いを持つ者だけだ。──そう、魔戒騎士たちが、闇に堕ちた時の話である。
しかし──
「……ホラーを狩る、魔戒騎士だ」
仮にガミオがそのどちらにも該当しないとしても、鋼牙は覚悟を決めた。
柄から、刃へ。鋼牙は魔戒剣を再び持ち変える。この場に来てからは、そうした相手を斬る覚悟も必要だと知る。
『ま、同じ狼同士、仲良くしてもらいたいところだが、血の味を覚えちまった狼とは、分かり合える気がしないだろ』
そう言う、ザルバ。ザルバ自身も、ホラーである。もともと、人間とホラー自体は共存の道を歩んでいるが、ホラーの中には戒律に反して人を襲う者がいる。それをプリズンホラーと呼ぶ。鋼牙が狩るホラーはプリズンホラーであって、只のホラーではない。
そんな同族狩りに協力しているザルバらしい意見であった。いわば、彼も人間界でいう警察に近い存在なのである。
同族とはいえ、人の道を外れた者とは相容れない。ホラーに協力する人間は、鋼牙も何度見た事だろうか。──彼がそれと同じだというのなら。
鋼牙は少々、考えた。
「その通りだな、ザルバ。行くぞ!」
やや不本意ながらも、鋼牙は目の前のガミオに、再度剣を振るう。
敵が人間であるとして、もう助からないならば、やむを得ない。感情を亡失した大道克己や、暗黒騎士に成った
バラゴと同じ、「例外」だと言えよう。
剣はガミオの右肩を抉り、そのまま左の腰に向けて切り払われる。続けて、息をつく間もなく、もう一撃。反転した、左肩から右腰にかけての切り払い。ガミオの胸の×印が残る。
「効かん……」
ガミオはもう一歩、前へ。怯む様子はない。
鋼牙も左足を一歩下げ、顔の横に剣を持ってくる。その剣を物差しに、先端がガミオの喉元を捉えるようにして構えていた。
本来なら一分の隙もない構えではあるが、剣技そのものが効いていないガミオにとっては、隙の無さも全くの無関係であった。
『本当に全然効いてないみたいだぜ!』
「……何だと。このまま戦っても埒が明かないな」
やむを得ない、とばかりに鋼牙はすぐに戦闘方法を変える。
腕を頭の上に伸ばし、更にその手に強く剣を伸ばす。天にでも届かせようとしているのだろう。
「天」、「地」、そして、「魔戒」──全てを超越する光を得るために、鋼牙は魔戒剣で、空に円を描いた。
その一筆が空に金色の光の輪を残す。その輪から降り注ぐ光の残滓に、鋼牙は飛び込んでいった。常人では考えられない跳躍力で、鋼牙は光の輪を潜る。
そこを潜り抜けた時、鋼牙の姿はもう無い。
──あるのは、その名の通り、黄金の輝きを見せた、黄金騎士ガロの鎧。
黄金騎士ガロが、この殺し合いの地に再びその姿を現した。
「なるほど、狼同士とはそういう事か。よく言ったものだな!」
ガミオは、駆け出すと空に飛び上がった。中空を彩る黄金騎士の体に飛びかかり、叩き落とそうとする。ガミオは空に浮く事もできたのである。
追って、二人のプリキュアが空に向かって地を蹴り上げる。
「はぁっ!」
「やぁっ!」
ガミオの体が黄金騎士の鎧へとたどり着く前に、両脇からガミオの元へと飛び上がる二人のプリキュア。──それぞれ、両足を前に出し、膝をガミオの脇腹に向けて素早く振るう。
ガミオの動きが、一瞬だが、止まる──。
「──そこだ!」
牙狼剣は、その一瞬の隙を狙い、ガミオの頭へと叩き付けられる。
「甘いッ!」
ガミオの頭部がダメージを受けるかと思えたが、それは甘い考えだった。剣には何かを切り裂くための刃があるというのに、その刃よりも硬い石頭が相手なのである。ガミオは傷を負う事もなかった。
ガロもソウルメタルの力を調整し、おそらく最大限、相手にダメージを与えうる形にしたはずであった。それも全く効いていない。
「くッ」
次の一手を考えた時──。
何か、黒い影が一瞬、ガロの前で旗めく。ガミオの背後に何かが居た。空中へと飛び上がった、第三勢力であった。
──HEAT!!──
──Heat Maximum Drive!!──
突如、敵か味方か、何者かが鳴らした聞き覚えのあるガイダンスボイスが空に響いた。
その音は、ガミオの声にも微かに似た、中年男性の声のような低音であった。ガイアメモリが、こんな音をいつも鳴らす。今日一日、何度目かになるその声。
「うおりゃああああああああああああああああっっ!!」
次の雄叫びもまた、聞き覚えがあった。その声は忘れない。鋼牙にとっても、今日出会った少年の声、そのものだった。真正面を見れば、白い死神の仮面ライダー──仮面ライダーエターナルの姿があった。激情を練り混ぜた炎のパンチがガミオの背中で炸裂──烈しい炎がガミオの背中に伝う。
ガミオは、その声に思わず振り向いた。青色に変わった火炎の紋様が、ガミオの体を引いて、体の横に戻されたのがわかった。
この不意の攻撃に驚くのはガミオだけではなかった。ガロ、プリキュア問わず、その出現に驚愕する。
「仮面ライダーエターナル……!? お前は……響良牙か!」
「当たりだ!」
ガロも、それが、響良牙が変身しているエターナルであろう事は理解する。エターナルメモリを所持しているのは良牙だ。彼がそれに変身する決意をした事が意外であった。己の体一つで戦う自信を持っていた良牙である。
「ほ、本当に良牙さんですか……!? ほ、本当に一人でここへ来られたんですか……!?」
「し、信じられない……迷子にならないなんて!」
一方のプリキュア二人は、方向音痴たる彼がここまでたどり着いたという事実に、ショックを受けていた。本気で開いた口が塞がらないといった様子であった。思わず、良牙もあまりの茫然ぶりに恫喝する。
「おい、そりゃどういう意味だ!」
四人は、言いながらも、そのまま自由落下する。──自由落下中に起こっているのは、戦闘ではなく言い争いであった。
ガミオは、そんな四人の様子を見て、自らも念動力を抑え、地面に向けてゆっくりと降りていった。
ともかく、全員が地面につくと、今の少しの驚きと怒りは忘れられ、そのまま戦闘は再開する。
「……まあ、とにかくまたコイツをブチのめす機会がやって来たって事か……丁度良い」
エターナルは、指の関節を鳴らす。──運動不足ではないので、いまいちしっかり鳴らなかったが、肩を回すと少し音が鳴った。
目の前の怪物の全身を、エターナルの黄色い複眼が捉える。
真っ赤な体表に奢侈な装飾──その姿を見ていると、まるで、酔っぱらった成金にでも遭ったような気分になる。ただ、やはりその姿をよくよく見れば、やはり怪物には違いなかった。
「……おれは今、生まれて以来、一番気が立っている……!!
丁度、誰でもいいから、ブチのめしても構わない奴を一人くらいブチのめしたい気分なんだ……」
ガミオの周囲を、ざわめくような気が覆う。それが何なのか、まず真っ先に理解したのは黄金騎士の指に嵌めこまれた指輪だった。
それは、怒気であった──獅子咆哮弾で現れる重い気と同じように、良牙の中に在る怒りの気が、般若の表情でガミオに早速噛みついていた。ガミオは、すぐにそれを振り払う。
振り払われるが、この怒気には威嚇以上の意味はない。
そして、それは直接ガミオに向けられた怒りではなく、この殺し合いの主催を──殺し合いを強いる運命を呪った、あらゆる理不尽や悪意に向けられた怒りであった。
「──草食動物が肉食動物を喰らおうとするか!」
ガミオは、口の中に挑発じみた笑みを含んでいた。──ガミオには、その男が子豚のようにしか見えないのである。
たとえ、その姿が死神を模した仮面ライダーへと変身していたとしても。
結局のところ、ガミオにとっては、誰も同じだった。誰がかかって来ようが、結局は己の敵となる者を倒すだけ。
「全員纏めてかかって来いッ!」
ガミオは、そう唆した。
□
99.9秒。それが魔戒騎士の鎧の装着タイムリミットである。
その時間は厳守されなければならない絶対の戒律がある。破れば、装着者の方が鎧に飲み込まれ、人を捨て、怪物へと成り果てる事になる。それを行ったのが暗黒騎士キバであり、先ほど黄金騎士の刃が貫いたバラゴという男であった。
その掟を破る機会は、金輪際、彼には訪れないだろう。
涼邑零、という男の手によって、
冴島鋼牙が鎧の力から救われたあの日から、もう二度と。
「……ッッ!」
牙狼剣が貫く事ができない体表を持つ怪物が目の前にいたとしても、例外ではない。
タイムリミット、1分半。そのあまりにも短い時間設定の中で、鋼牙は敵将を葬らなければならない。
狙うのはガミオの右腕。牙狼剣は、素早く、吸い寄せられるようにしてそこを突く。
「でやぁっ!」
一方、同じくガミオの左胸を狙っているのが仮面ライダーエターナル。エターナルエッジがガミオの胸から何かを引き出さんとする。
良牙は、生来の戦闘能力そのものが非常に高い。生身では勿論、武器を使った戦法も得意だ。格闘新体操ですら一瞬でマスターするほどである。運動神経そのものも勿論高いが、何より、「戦闘」「格闘」となれば、乱馬と並ぶ達者な実力の持ち主だ。
ガロの動きに合わせ、当初狙っていた右腕から左胸へと軌道修正した。
ガミオに近づこうとも、ざくりという音一つしない。エターナルエッジを通さない頑丈な体であった。決してエターナルエッジが柔なわけではないが、ガミオの体はそれ以上であった。グロンギの王と呼ばれるだけはある。
「──フンッッツ……グレェェェ!!!」
そして、至近距離から、ガミオの右拳によって放たれる緑の電撃。そこから発生したプラズマは真っ赤な火柱へと転換される。そんな灼熱が二人の体を遠ざける。
火炎の直撃は回避するも、二人は何歩か後退する事になった。
「く……ッッ!!」
「火を出せるのか……!」
言いながらも、二人はその火を掻き消している。
ガロは火炎さえも斬る事ができた。鎧の表面を少し真っ赤な炎が燃やす。エターナルは、背中のローブで炎を払う。ガミオは、それを単なる回避術として使ったまでであって、攻撃性を求めてはいなかったようだ。回避された事自体に嫌悪感、不快感を示す様子はない。──もとより、彼がそんな感情を露わにするのかはわからないが。
二人が下がったのを見計らってか、二人のプリキュアが助走をつけて、ガロとエターナルの真上を飛んだ。脳内でガミオにぶつける一撃を頭の中でイメージし、その通りに、ガミオの体を蹴上げようとする。
「「はぁぁぁぁぁっっ!!」」
掛け声がガミオの鼓膜に響いてくる。二人の声が大音声になった次の瞬間には、ガミオの両腕には蹴りが叩き込まれていた。
キュアムーンライトが蹴る、右腕。キュアブロッサムが蹴る、左腕。
そのまま、その腕を足場に見立てて、蹴りの威力で跳ぶ。よろめくガミオの前に二人は着地する。
地面に着地した二人は、また次の瞬間には、同じ息の合った行動を取っていた。
二人、左を向きながら、ガミオの身体へと肘鉄を急がせる。右拳を左掌が包んだまま、しかし、優しくはなく、右拳を押し出すような力を左掌に込めながら──ガミオの胸元に少女の肘が殺到する。
「はっ!」
重い一撃。鈍い音とともに空気が揺らぎ、時が一瞬だけ止まる。二人のプリキュアはその一瞬の沈黙の後に、手足の殆どを動かしてガミオの体から離れる。
ガミオは、尚も顔色を変えない。
ガロとエターナルの元へと、後転しながら辿り着く。ガミオのその無表情を知ったのは、そこに辿り着いた後だった。
「……やはりお前たちの実力はその程度か」
「何……?」
ガミオの言葉は挑発的であった。そこにいる誰もが眉を顰めるだけの中、良牙だけは、その挑発に乗りかねない牽制をしていた。
しかし、ガミオにしてみれば、何となく呟いただけだったのかもしれない。
次の瞬間には、もう既にガミオは戦闘態勢へと戻っていた。
今後は、ガミオからの襲撃だった。
狙ったのは、月影なのは、という仮の名前を持つ少女だった。今はキュアムーンライトの衣装に身を包み、全く別の姿で戦っている。
そんな彼女を狙い目としたのは、ガミオ自身が、その存在に最も興味を持つ相手だったからだろう。本来存在しえない、──望まれているのか否かもわからない産物。それが彼女だ。その存在、その実力を試し、ガミオが消え去る時までには、共に消えていて貰おうと思ったのである。
「ウオオオオオオオオオオーーーーンッッ!!」
遥か遠方から聞こえるような咆哮。──ガミオの喉からの叫び。周囲の木々を揺らし、風を吹かせて響いていく。ふと、その場にいる誰かの背筋が凍った。
それが鳴りやんだか、鳴りやまぬか、というところで、キュアムーンライトの胸がガミオの拳に打擲される事になった。
「うぐっ……!」
一瞬、誰も何が起こったのか理解できなかっただろう。
瞬間移動的な速さ──いや、実際に瞬間移動と呼べるかもしれない。
グロンギの上位が持つ、その幻想のような加速、あるいは転送の力。王であるガミオが有していないはずがない。
それを利用してキュアムーンライトを殴ったのである。
「──はぁぁぁっ!!」
真横から一閃、現れたのはガロ。
ガミオの左半身を狙って、牙狼剣が振り上げられる。──それを、ガミオが肩を上げるようにして、左腕で防御する。硬い体表はソウルメタルの刃さえ通さない。
「うわぁっ!!」
キュアムーンライトの胸を殴った右腕はそのまま開かれ、鋭い爪で、一度、二度、三度と彼女の胸部をひっかく事になった。彼女の口から悲鳴があがり、三度目の引っ掻きによって、彼女の体は数メートル吹っ飛ばされた。
「な……大丈夫か!?」
その間、ガロはその左腕に阻まれて動く事ができなかった。鎧の中で眉を丸めながら、その腕に込める力を強めた。
ガロの両腕と、ガミオの左腕の力は拮抗。しかし、力の面では、どちらが勝ってもおかしくはなかった。
ガロは、一度刃を引き離し、再び体制を練り直してから、もう一度刃を振るう。
「お前はこの場で何一つ変わった形跡がないな。
お前から始まった物語は、一体どこまで続いていく……」
ガミオは、今度はその刃を腕で掴んで見せた。
「何を言っている……」
『こいつの話は聞くな、鋼牙! なんだか触れちゃいけない気がするぜ……!』
「……そうか」
そう答えたガロの右足が、ガミオの腹を力強く蹴る。ガミオの体は牙狼剣を離し、咄嗟に腹を抑えると真後ろに何メートルも滑っていった。
そこへ横凪ぎに剣を振るう。
一閃──ガミオの体に吸い込まれるように、可視光線と貸した斬撃がぶち当たる。
そこでガロの動きも変わる。
相手の動きを一瞬でも封じたならば、その次の一手を講じる。
魔導火のライターから緑の炎が噴出。ソウルメタルに生成された剣を、その炎が焼き尽くす。
「──はぁッ!」
ガロは剣で空に十字を描く。空に出来上がった十字は、そのまま、ガミオの体表へと距離を縮め、ガミオの体を貫いていく。
「ぐおッ!」
更に、その貫いた緑の炎は、生物のように空を飛ぶ。ガロは、その二つの炎に向けて飛び上がると、炎に向けて飛び込み、全身に緑の炎を同化させた。
自らの体に火を灯す様相は異常とも言えたが、これは彼の戦法のひとつ。烈火炎装であった。この炎は戦闘への気概を高める特殊な力を持っていた。
鎧の節目節目から緑炎を生じる彼の姿は、ガミオでさえ近づくのを躊躇うほどの気力に満ち溢れている。
牙狼剣がガミオの元へと距離を縮める。
「火には火だぁぁッ!」
ガミオの拳から発される炎。──しかし、今のガロの元にその炎が届くはずもない。
火炎は、緑炎に吸い尽くされ、その輝きを失う。ひとたび、いや、みたびは鋼牙も鎧の中で眉をひそめたが、烈火炎装された今のガロは、辛うじて耐えられるレベルであった。
またも、一閃。縦一文字に牙狼剣が、ガミオの頭部から腰のベルトへと。
「ウがァッ!」
炎に燃ゆる切っ先がベルトに辿り着こうとした瞬間、ガミオの両腕がベルトの前で交差される。交差された腕が防御壁となって、ベルトに緑炎が到達する事はなかった。
だが、ガミオの体の中央には、尚も緑の炎が小火として残ったままであった。
それが更に、ガミオの腕まで燃やす。
「くッ」
ガロも、ガミオの体の予想以上の硬さに一度、剣を退く。
その後には、既に次の一閃へと繋ぐ。──ガロの剣はまた、真一文字、横凪ぎ。
ガミオの胸元を緑の炎の残滓を残す。十時型に緑の炎を残したガミオは、流石に呻き声をあげ始めた。
『まずいぞ、鋼牙! 時間がない!』
「わかっている!」
『早く鎧を解除しろ、鋼牙ッ!!』
ガミオが苦しむのを横目に、ガロは後退、鎧を解除する。金色の輝きは消え、魔戒剣をその手に握る鋼牙の姿だけが、そこにあった。
少し時間を置いて、隙ができてからでなければ鎧は再装着できない。
「ウオォォォォォーーーーーーン」
ガミオの遠吠えが響く。
全身を焼き尽くさんとする緑の炎を必死に振り払おうと模索しているようであった。
緑の炎に包まれた体を掻きむしるように触れるが、それではキリがないほどに、彼の体は魔導火に蝕まれていた。
「よし、一気に畳みかけるぞ!」
次鋒のようにエターナルが地を蹴り、ガミオへと向かっていく。
引いていた拳は、ガミオの体に一発、力強く叩き込まれる。青い炎の拳が叩き付けたのは、やはりガミオの胸元の金の装飾。
すぐに拳を退いて、次は左足が高く上げられる。ガミオの顔面へと吸い込まれるように──しかし。
「フンッ!」
──その踝を、ガミオが掌で受け止め、掴む。
「何っ!」
エターナルの驚嘆。
ガミオは、そのまま、エターナルの体を放り投げる。エターナルは空中で体制を立て直すが、そこへガミオが駆け出す。緑の炎は尚もガミオを蝕んでいるはずだというのに、彼を動かす戦闘の本能を崩す事はないようであった。
「はあああああああっっ!!」
次の瞬間には、プリキュアが二人、ガミオの体の前へと迫っていた。
ガミオもそれを、攻撃の直前で補足する。
「ウゥゥゥゥ……」
腰の真横に位置を変えた両腕。ガミオは、それを眼前に組み上げる。
そして、また彼女たちが駆け出してくる軌道に向けて拳を突き出す。
「ガァァァァァァァァッ!!」
──そこから発される緑のプラズマ粒子。
それは一瞬で灼熱の火柱へと成り変わる──。
「きゃあっ!!」
そのマグマの如き高温は濁流となって二人の元へと突き進んでいく。
キュアブロッサムとキュアムーンライト、二人のプリキュアが咄嗟に回避運動を取ろうとするが、それが間に合わず。出来るのは、ダメージを深くするばかりの前進くらいだ。
当然、キュアブロッサムにはそんな判断はせず、その場にとどまるしかできなかった。
「なっ……!!」
二人のプリキュアは、先ほどまで進んでいた方向と正反対に押し上げられる。
なだれ込むような炎の圧力に屈し、二人の体は後方へと投げ出された。
何メートルも吹っ飛び、地面に叩き付けられ、変身が解除される。桃色と紫の輝くベールの姿に戻った二人は、地面で苦渋の表情を浮かべていた。
あまりの衝撃に足腰を痛め、二人はすぐさま立ち上がる事もできない。
「ウオオオオオオオオオオーーーンッッ!!」
ガミオ、駆ける。
目標は──そう、月影なのは。髪型を変身前のおかっぱ髪のまま、体を光り輝くベールに包んだ彼女に、次なる一撃を加えようと前進している。
そんな狙いを察知してか、冴島鋼牙がすぐさまガミオとなのはの間に入る。
厳格な目つきのまま、ガミオを凝視する鋼牙。その手には、魔戒剣が硬く握られていた。
「邪魔だッ!!」
──が。
いくら鋼牙といえど、ガミオのような強力な怪物の突進を前に即座の対応は望めなかった。ガミオは足の動きを止めず、右手を前に突き出した。
鋼牙の左腕へと、ガミオの爪が食い込む。
真っ白な魔法衣を切り裂き、ガミオの鋭い爪が鋼牙の肌に触れた。──そして、そのまま乱雑に、ガミオは鋼牙の体を吹き飛ばす。
『鋼牙……!』
ザルバが咄嗟に声をかける。
鋼牙の左腕を駆け巡る、ガミオの鋭い爪の痛み。──鋼牙の体が背から木に叩き付けられる。
「……ッ!」
左腕に滴る血を気にかけるほどの余裕もなく、鋼牙は木の表面を滑り落ち、地面に落ちた。
倒れた鋼牙の視界には、ガミオがなのはの体へと近づいていく様子が見えた。
左腕を抑える暇もない。鋼牙は、右手に持った魔戒剣を杖にすべく、それを地面に突き刺した。
□
「──あがッ!!」
ガミオは、なのはの首元を掴み、近くの木に向けて背中を叩き付けた。指の長さが首の回り一尺に足りず、木の皮を用いて、初めてなのはの首回りは全て塞がれた。
彼は、一向に他人をいたわる気持ちというのを持ち合わせなかった。
あまりにも雑多に、乱暴に、少女の体に暴力を振るう。
「リントでもクウガでもない……貴様らのような戦士に会えるとはな……!!」
「どういう、事……」
「……貴様はいてはならない者、そしてこの世界はあってはならぬ世界のようだ。まずは貴様から始末する」
この世界は勿論の事、その中でもとりわけ、「いてはならない者」──本来の歴史とは異なる「IF」の道を辿った者。それが彼女であった。ガミオは、その異端の臭いを鋭敏な嗅覚で感知し、こうして吊り上げているのかもしれない。
とにかく、ガミオが真っ先に滅ぼすべき相手は、彼女だと理解した。
この本来の裏で、二次的に存在する異常な世界を象徴する敵──それが彼女だ。
ガミオは、まるでこの世界の破壊者の役割を率先して行っているようだった。彼はその拳を首の真横で高く掲げる。
「やめろ……!」
「やめてっ!!」
鋼牙とつぼみ。この戦いで変身を強制解除された二人が、ぼろぼろの体を起こしながら叫ぶ。首の真横で、構えられた拳は、そのまま、なのはの顔面に向けて突き出されていく。
そこへ到達すれば、その頑健な拳になのはの顔が見るも無残な姿に潰される。そんなビジョンは明白だった。
しかし、それを止める術は、今は鋼牙とつぼみの手にはなかった。無力である事の残酷さに、両名の胸が、悪い意味で高鳴る。息を飲む。ガミオのパンチがなのはの顔に近づいていくたびに。
「──うおりゃああああああっ!!」
その時、一番美味しいところを持っていったのは、そこにいた仮面ライダーエターナル──響良牙だった。
彼とガミオの間には、尚も距離がある。その距離を一瞬で埋めた技が、彼が得意としていた戦法である。彼は果たして、どんな戦法を使ったのであろうか。
「何っ!!」
ガミオの右腕を襲ったのは、一メートル半ほどの巨大な黒いカッターであった。それがガミオの右腕に向けて、回転しながら斬りつけてきたのである。
ガミオの右腕は、表面を微かに抉られる事はあったが、その回転カッターによって切断に至る事はなかった。
ガミオの表面で少しずつ回転速度を落としていくカッター。それは、だんだんと本来の姿を現していった。
「……貴様ぁっ!!」
ガミオが、仮面ライダーエターナルの方を見れば、彼の姿はガミオの眼前にまで迫っている。唯一、先ほどと違うのは、エターナルの背中が真っ黒なローブを背負っていなかった事である。
そう、彼は背中のエターナルローブに「気」を注入して硬質化し、回転するカッターとしてガミオに向けて放ったのである。彼は、軟質の物体に気を送り込んで硬質化させる技術を持っていた。
風にひらひらと旗めくようなローブも、このように、一瞬にして頑丈な刃へと形を変える。
──Eternal Maximum Drive!!──
「地獄を楽しみなーっ!!」
走行中、既にエターナルメモリのマキシマムドライブを発動していたエターナルは、そのままガミオの眼前でその技を放った。
エターナルレクイエム──青い光を伴った回し蹴りが、ガミオの首に叩き込まれる。
そこに耐衝撃性の首輪がなく、爆発に至らないのは残念だが、狙いとしては悪くなかった。生物の急所であるのは確かに間違いない。
足元に力を込め、一気に発散。
ガミオの首でも落とすかのような一撃が、そこで炸裂する──。
「うがああああああああああああああっっ!!」
ガミオが悲鳴とともに、遠くに投げ出され、ひとまずなのはがそこから助け出される。
ただ、どうも彼女は、むすっとした表情というか、唖然とした表情を崩せなかった。
そのエターナルレクイエムという技が、一種のトラウマとなっていたのだろうか。彼女が姉と呼んだ少女の命を奪った技が、まさにこのエターナルレクイエムだった。助けられたのを感謝したい反面で、それを素直に口に出せないような──発作的なもどかしい感情に襲われた。
ただ、良牙としても、呆然とする彼女に恩を売る気はなく、そんななのはの様子を気にかける事もなかった。
エターナルは、空を戦いでいるエターナルローブを掴みとると、それをまた背中にかけなおした。
「……はぁ……はぁ……なかなかの強敵じゃねえか、あの赤狼野郎は」
エターナルは、そう独り言つ。
目の前に吹き飛ばされたガミオは、すぐには起き上がらなかった。何とか倒したのだと安心したいところだったが、起き上がらないという事は動かなくなった事ではない。──そう、ガミオはまだ動いていた。
しかし、流石にダメージは大きかったのか、呻くような声をあげながら立ち上がっている。
「くっ……」
「……はぁ……はぁ」
それぞれ、体を痛めた様子ながら、鋼牙、つぼみ、なのははエターナルの元へと近づいていった。鋼牙は左腕から滴る血を、右手で止めている。つぼみは足を引きずるように歩いている。なのはは首をやられたせいか、むせ始めているようだった。
ガミオの死を見守るような気分であった。
彼が、果たして何者なのかはわからない。とにかく、ガドルの仲間らしいが、参加者にそんな相手はいない。何故、彼がこんな所に現れたのかは知る由もない。
しかし、それは決して終わりではなかった。
「……くっ……リントよ、勝ったと思うな……。これはまだ始まりに過ぎない……」
驚くべき事に、ガミオはよろよろとした姿ながらも立ち上がった。
まるで目の前の四人に何かを伝えるためだけに、エターナルたちの方を向いたようだった。……いや、もしかすると、端から彼は、何かを伝えるために彼らを襲ったのかもしれなかった。
その強さを、そして、それから始まる更なる恐怖を。
「……今日のところは見逃してやる。
いずれ、俺がガドルを倒し、再び究極の闇となるだろう……。
その時まで再戦はお預けだ……それまで、せいぜい究極の闇の泡を確かめていろ……!」
ガミオは、そう言うと、森の闇の中に消えていこうとしていた。
そんな彼の背中に、思わず良牙と鋼牙が「待て!」と叫んだが、それをザルバがすぐに制した。
『これ以上深追いするんじゃない。今回の戦いでの傷は結構深いぜ。
……俺たちも警察署に戻った方がいい』
ザルバの言う事は尤もだった。
今のパーティは、良牙以外、全員今作られたばかりの生傷を負っている。この状態で戦っても、犠牲が生まれる可能性を高めるだけと言っていい。
あのまま放置するのも危険な気がしたが、自分たちの身の安全も当然、保守しなければならないのである。
「……待って」
その時、なのはが口を開いた。全員が彼女を凝視する。彼女は、ひどく疲れた様子だった。
当然とも言える。人間の体になってから、プリキュアとして戦ったのは初めてだ。かつてあれだけの激戦を繰り返してきたとはいえ、彼女はもう普通の人間に変わったのだ。
しかも、その初戦の相手がグロンギのン族なのだから、尚更負担は大きい。歴戦の勇士たる鋼牙でさえ、生傷を回避できなかったほどだ。
彼女は本題に入った。
「警察署に行く前に……寄りたいところが……」
その後、彼女は自分が寄りたい場所を三人に告げて、瞼を閉じ、倒れた。
□
ン・ガミオ・ゼダは、疲弊した体を木に靠れかけさせながら、何とか森の中を進んでいた。
体の傷は辛うじて、自己修復が進んでいる。参加者ではない彼の制限は他に比べても比較的弱く、ベルトがある限り、その回復スピードはダグバやガドルを凌駕する程度には早かった。
とはいえ、それでも彼の体に溜まった敗北の傷は、すぐには枯渇しなかった。
「……そろそろ、か」
ガミオは、それでも、確かな打撃を与えていたのを確信する。
確かに、先ほどの戦い、仮面ライダーエターナルによって敗北に導かれたのは確かだろう。
しかし、ガミオは敵方に確かな痛手を残したのを感じた。
「それが究極の闇……俺の真の力はまだ発揮できないが……充分だ」
ガミオの攻撃を、生身の人間が、素手で受けたならば、どうなるか──。
冴島鋼牙は左腕に、月影なのはは首に、ガミオの指で攻撃を受けていた。その際に、いずれも爪が二人を傷つけただろう。
「リントども、闇の力の欠片をその目に焼き付けるがいい……」
ガミオが齎す、「究極の闇」。それは、ガミオの体から発される黒い霧であった。
その効果は、その濃霧に巻き込まれた人間をグロンギへと変える事である。それは、当然、究極の闇の最悪の力として、「王」が二人いる現状では使う事はできなかった。
全ての参加者がグロンギと姿を変えてしまう地獄絵図にはならず、ガミオの黒い霧は発動できない事になっていた。
しかし、──それを、全ての参加者に与える絶望ではなく、ごく微弱な力の一部として使う事ができたならばまた話は別だろう。
ガミオ自身の体に或る黒い霧の遺伝子を、敵の傷を通じて体内や血液に混入する。
それは一種の毒物ともいえた。悪性の種子ともいえた。ガミオの体が作り上げる黒煙を、ほんの微かにだけでも他人に感染させる経路として、ガミオの技があった。
「これから更なる闇がこの世界を覆い尽くす……!」
冴島鋼牙は魔戒騎士、月影なのはは花の力によって生まれた人間。通常の人間に比べれば、その効果は遅れてやってくるだろう。──魔戒騎士などは、魔弾や毒なども通常効かない存在だという。両名ともに、根本的に効果が現れるのか否かも謎に思えるが、ガミオは確信を持っていた。
ガミオが与えた痛手は、やがてリントがグロンギとなって争い合う地獄絵図へと繋がっていく。究極の闇が完全復活すれば、霧に覆われた殺し合いの場で、正真正銘の殺し合いが始まるだろう。
ガミオは、その時を待つ。
「ガドル、いずれ貴様と──」
ゴ・ガドル・バ──改め、ン・ガドル・ゼバ。
究極の闇が発現するのは、別世界の王の栄華が終わり、ガミオが唯一無二の王となった時。その時、世界は王を認め、選ばれた闇を作り出す。
ガミオが勝てば、黒い霧がこの世界を覆う。
ガドルが勝てば、青空の下に夜の如き闇と異常気象が生まれるだろう。
──彼との再戦の時、そして勝利の時を求めて、ガミオは森の中を彷徨った。
【1日目 深夜】
【現在地:不明(森)】
【ン・ガミオ・ゼダ@仮面ライダークウガ?】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)
[装備]:?????????
[道具]:?????????
[思考]
基本:この世界に存在する。そして己を刻む。
1:ガドルを倒し、究極の闇を齎す者となる。そして己の力と存在を証明する。
2:この世界にいてはならない者を──。
[備考]
※この殺し合いやこの「クウガの世界」について知っているかのような発言をしています。
※黒い霧(究極の闇)は現在使用できません。もう一人のグロンギの王を倒して初めてその力を発現するようです。
※この世界にいてはならない者とは、ロワのオリ要素や、設定上可能であっても原作に登場しなかった存在の事です(小説版クウガも例外ではありません)。
※仮面ライダーエターナル、キュアムーンライト、ナスカ・ドーパントを「この世界にいてはならない者」と思っています。
※首輪は存在しません。
※黒い霧を発する事はできませんが、生身の状態でガミオの攻撃を受けて体内に微弱ながらその力を受けた場合は、通常よりスローペースながらグロンギの力に蝕まれていきます。
主な効果はグロンギ化ですが、作中ではグロンギにならずに死亡した人間もいるので、衰弱等の効果が現れる場合もあります。
□
なのはを背負って先頭を歩くのは響良牙だった。
そこに遅れて、つぼみと鋼牙が歩いてくる。歩きながらも、お互いの情報交換は欠かさなかった。それは、もはや悪いニュースの伝え合いのようなものである。
「……つぼみ。薫はどうした?」
彼がそれを訊かぬはずはなかった。この殺し合いが始まってから、殆どの時間、冴島鋼牙は誰と一緒であったか。──その人物はもうこの世にはいないと、告げなければならない。
放送まで時間があり、鋼牙に伝えるのは口頭によるものになってしまう。それは少し気が重い話だったが、つぼみは鋼牙の問いに答える事にした。
「……一条さんは、亡くなりました」
「何!?」
鋼牙が、足を止めた。つぼみの方を見て、目を見開き、意外そうな顔をしている。
殺し合いがこの瞬間も確かに進んでいる証であると言えた。ほぼ一日、共に行動し続けた
一条薫が、自分の知らないところで死んだ事に驚きを隠せないようだった。
鋼牙たりとも、ショックは大きかった。
「私たちを逃がして……それで……」
「そうか……」
しかし、その衝撃を辛うじて飲み込んだ。
今行われているのは殺し合い。そして、それに巻き込まれた人間は、現状では生者より死者の方が多いほどであった。確かに、特に親しい真柄だった相手がその命を絶たれたのは不幸な話だったが、ここまで目の当たりにしてきた惨状から考えれば、珍しい事ではない。
ただ、一条薫の死はその中でも特別ショックが大きかったのは言うまでもない。
「彼もまた、守りし者だった……というわけだな」
死の経緯が、誰かを逃がしてのものだったというのは、一条薫らしいともいえた。
警察組織の人間として、その職務を全うした。それは、魔戒騎士の一生と同じであった。多くの魔戒騎士は、ホラーとの戦いで命を落としていく。
その胸には、必ずと言っていいほど、誰かを守る意志が刻まれていた。
その使命に殉じた男の死を、鋼牙はこれ以上否定する事ができなかった。
「一条を倒したのは……?」
言いかけたところで、ふと思い当たり、鋼牙は倒れている少女の姿を見つめた。
それは、無意識という奴に支配されての事だった。鋼牙は、教えられずともその少女の正体を、何となく察していたからだ。──鋼牙は、その少女がかつて黒衣に身を包んで人を襲っていたのを知っている。
だが、それを慌てて、つぼみが撤回する。
「違います! ……一条さんを倒したのは……」
「ゴ・ガドル・バとかいう奴だ」
良牙が横から口を挟んだ。彼の目は、鋼牙の目を見てはいなかった。
遠い向こうの景色を見ていた。
「さっきの奴と全く同じベルトをしていた。奴の仲間だっ……」
その瞳は遠くを見つめながらも、憎しみを帯びていた。自分の知り合いを殺した人間がまだ生きている事に、尚も怒りを募らせていた。
「ガドルはまだ生きていやがるんだ……いつかぶっ潰さなきゃならねえらしい」
「……わかった。いずれ協力する」
「それから、この娘はもう殺し合いに乗る事はないだろう。それだけは安心してくれ」
良牙はぶっきら棒に言った。
とにかく、彼女がもう
ダークプリキュアではない事だけは信頼してほしいのである。
良牙は、それ以上何も言わなかった。
『で、随分と紹介が遅れちまったが、一応俺も名乗っておいた方がいいよな?』
「……ああ」
『俺の名はザルバ。コイツの相棒だ。よろしく頼む』
ザルバの自己紹介は簡潔だ。鋼牙は左手を二人の目線の位置に上げた。
「……響良牙だ」
「花咲つぼみです。よろしくお願いします」
つぼみは笑顔で自己紹介する。
そんな横で、良牙が三角形のエンブレムを取り出した。
「バルディッシュ」
『Sure. I’m Bardiche』
それは、つぼみさえも知らない存在である。良牙がいつ手にしたのかもわからない、その物体につぼみは言葉を失う。
「マッハキャリバーさんじゃない……? 新たなデバイスですか?」
「ああ……さっき、ちょっと拾ったんだ……」
そう言う良牙の表情は、微かに物憂げだった。
その横顔の意味がつぼみにはわからなかったが、きっと彼がほんの数分の間に、何か新たな悲しみに直面したであろう事は間違いなかった。
彼が口にしない限り、つぼみはそれについて訊く事はできなかった。
□
既に、そこは芝生を踏む余地もない、アスファルトに舗装された街の中であった。
警察署のある場所はとうに過ぎている。彼らがなのはの要望で向かったのは、警察署ではない。
そこは、F-10──港であった。
「……」
鋼牙も、ここまでの道のりでこの月影なのはと名付けられた少女に関する事情を耳に入れていた。彼女がかつてダークプリキュアであった事は、つぼみ経由で先ほど聞かされている。確かに、何となくその面影を残していたので鋼牙自身もどこかで察して、気にしないように戦っていた。戦いの中に、無用な言葉を発するのは無粋で命とりである。
鋼牙自身は、彼女の心変わりも一つの転生として、少し怪訝に思いながらも、認める事にした。先ほどの戦闘でも、彼女には鋼牙たちを陥れようという様子が見られなかったので、当面は敵となる事はないだろう。
何はともあれ、それぞれ、ふらふらになりながらも、なのはの希望通り、港にやって来る事ができた。
「おい、起きろ……!」
辿り着くと、良牙はすぐになのはを起こす。彼女の目は覚めぬままだった。
見れば、ひどくうなされているようだった。額には汗がのぼり、呼吸も切れ切れ。意識の有無さえわからないほどに喘ぎ、目を開ける事もおぼつかない様子で瞼の下に涙を見せている。
それが、「異常」である事に、良牙はすぐに気付いた。気づかない方がおかしいほどだった。
良牙は慌てた。
「……おい、大丈夫か!」
良牙は、その頬をはたこうとしたが──やめた。
自分では、力が出すぎる可能性がある。それはどうも苦手だった。彼の馬鹿力では、時たま、少し壁に触れただけのつもりが、瓦礫を生み出してしまう事があった。これは人体では喩える暇もなく危険だとわかるだろう。
隣で、つぼみが交代するようにして、なのはの頬を軽く叩いた。
彼女が目覚める事はない。仕方なしに、彼は水をかけて、彼女を起こした。起こさなければ危険な気がした。海水では可哀想なので、ペットボトルから出された水をなのはは顔にかけられる事になった。汗や涙は穢れを落とすようにして流れていった。
なのはが目を覚ますと、そこにはぼんやりと、良牙とつぼみの顔が映った。
外は星に満ち満ちていた。波の音が聞こえ、そこが海である事は容易にわかった。
そして、またそこが、かつて源太を殺害してとおりすがった場所であるのも、すぐにわかった。
なのはは、慌てて起き上がった。
「あ……」
体のバランスが崩れる。体の力が入らない。
人間の体で受ける身体的負担を、いま確かに実感した気がする。必要以上に肩や足が重かった。
いや、それはかつて味わった事のない痛みだった。ダメージ以上の苦しみや高すぎる体温が彼女の体を蝕んでいた。
「だ、大丈夫ですか!?」
その問いかけに、起き上がって頷く事で答えた。言葉を発すれば、体の奥から何かを吐き出してしまいそうなほど気分が悪かったのだ。
彼女は、ふらふらと水面に向かっていった。
そんな彼女の肩を、良牙が抑えた。
「……待て。ここで何をすんだ、……よ……」
言いかけた良牙の目の前。水面には、一人の人間が浮き上がっていた。
言葉を失う。──なのはが求めたのは、その死体だったらしい。彼女は、口を紡いでいるが、驚いた様子は見せなかった。
それはまだ、水の中で息絶えてからそう時間が経っていないようで、大きく膨らまず、腐敗もせず、人の形を残していた。
「源太……」
梅森源太──ダークプリキュアが殺した人間の名前であった。
彼がそこにいた。死亡から約六時間経過し、波に押されて港に引き寄せられていた。
源太を殺害したのは、他ならぬ彼女自身だった。彼女は一刻も早く、彼を寒い海中から引き出し、別のもっと温かい場所へと持ち運ぼうとしていたのであった。
つぼみや鋼牙も言葉を失った。
「すぐに……」
「待て、俺が引き上げてやる。……お前はここで待ってろ」
良牙が、水中に入っていこうとするなのはを制した。
主に肉体面で、彼女の状態は非常に悪いといえよう。今の彼女にあまり刺激を与えてはならない。まして、この夜水に晒すなど、危険そのものである。
今の良牙は、この水の中に入っていく事ができた。
「つぼみ、任せた」
「あ……はい!」
なのはの体重をつぼみの肩に任せると、良牙は上半身の衣服を脱ぎ始めた。水に入る準備であった。
良牙はタラップを見つけると、それを丁寧に辿っていき、水の中へとその半身を漬けた。
もう、彼は小さな子豚の姿には変わらなかった。そんな自分の体を見て、少しの感慨に浸るが、良牙はすぐにその死体のもとへと水をかいた。
「……」
誰もがその様子を黙って見つめていた。
良牙の手際は良かった。源太の首もとを片手で掴み、すぐにまたタラップのところまで泳いで、その男の死体を引き上げた。正直言って、感触はあまりよくなかった。良牙の指には、ただただ不快な柔らかい感触が残った。
つぼみが手伝おうとそこに寄ったが、良牙は掌を前に出して彼女を制した。
「つぼみ、寄るな」
「え……?」
「あまり触れて気持ちの良いもんじゃない」
水死体の不快な感触はあまり他人に味あわせたくはなかった。
「おい、なのは……この死体は、一体誰の死体だ? 落ち着いてからでいい……言ってみろ」
そう言われて、彼女は微かに黙った。
一瞬だけ脇目にそらした瞳を、再び良牙の方に向ける。その顔には、まだ水滴が残っている。
誰も意外には思わなかった。ただ、言葉は出てこなかった。
「……そうか。……わかった」
良牙は、梅盛源太の遺体をなのはの元に手渡した。
重く不快な感触の物体が、人から人の手に渡っていく。なのはは、力が足りず、一瞬バランスを崩した。それが罪の重さであった。
「ちょっと待ってろ。まだ、海の中には何か沈んでる。多分、その男が持っていたものだ」
良牙が再び、海の中にその身を投げ出した。今度は、丁寧な降り方ではなかった。大きな音と波を立てて、水に飛び込んだのである。
つぼみも鋼牙も、その飛沫に一瞬だけ目をやったが、またなのはの方へと視線を変えた。
彼女は、つぼみの体から離れると、体が安定しない様子ながら、源太の遺体のもとへと寄っていった。
「ごめんね……」
彼女は、そう言って源太の遺体を抱きしめ、涙を流す事しかできなかった。
人が人を殺す事──それは許される事ではない。罪は背負わなければならない。
そして、ダークプリキュアが殺したのは彼だけではなかった。
もう一人、ダークプリキュアは少女を殺している。──その少女の命の分もまた、月影なのはは背負わなければならず、謝らなければならない。
「本当にごめんね……」
謝罪の言葉とともに、少女の涙が、無念に散った男の肌に落ちていった。その涙が人の命を吹き返す魔法を持つ事はなかった。
ただ、その涙が落ちた時、その男は、「無念に散った男」ではなくなっていた。
□
良牙は、またなのはを背負って歩いていた。彼女の身体の状態が非常に悪いため、結果的には源太の遺体は警察署まで運ぶのではなく、陸に上げて、放置するしかなかった。そのままでは可哀想なので、体の上から、彼の体を覆うようにして支給された黒子の装束を被せておいた。体が濡れたまま、温かみもない夜風の下に放置では流石に可哀想に思ったのだ。
先ほど、良牙は水の中に潜ったが、そこでは電話のようなボタンが備わった小さな機械が手に入った。おそらく、それは源太の生前の所有物だろう。なのはに確認を取ると、そのうち一つは源太が使用していたもので間違いないという事だった。
なのはの怪我は深刻だった。先ほどの戦いで受けたダメージがよほど強かったのか、一向に一人で立てるような様子を見せなかった。
人間になってからの初めての戦いだから──というのも、あるだろうか。
いや、それにしても、何処かおかしい気がしてならなかった。
「うっ……!」
そう思っていた時、横で鋼牙が突然呻くような声をあげて、崩れるように膝をついた。
左腕はとうに止血しているが、どうやらそこが痛んだようだった。
良牙とつぼみは怪訝に思う。
鋼牙はそんなに深刻な怪我など負わないと思っていたが、あの程度の一撃でこんなに苦しむだろうか。
『大丈夫か? 鋼牙……』
「ああ、問題ない……」
そう言って、再び鋼牙が立ち上がった。気を抜いただけのようだった。立ち上がると、いつもの屈強な鋼牙だった。
多少の痛みもまるで無いように振る舞えるのが彼だ。深刻な痛みならば通常は顔に出すだろう。
しかし、それでも二人の中では、厭な予感が消えなかった。
そんな不安を誰よりも抱えているのは、鋼牙の左手の指に嵌めこまれた魔導輪であった。
『鋼牙……。もしかして、さっきのあいつは、特殊な毒でも持っていたんじゃないか?』
ザルバのその一言に、その場にいる全員が顔を凍り付かせた。
『お前とあの子は、変身していなかった状態で奴から傷を負っている。姿を変えて戦っていた二人はピンピンしている……妙だと思わないか?』
鋼牙がそう言われて、自分となのはを見比べる。
確かにその様子は、受けたダメージに比べても不自然であった。
片手から流血しているだけならまだいいが、どうやらそれだけではないらしい。
「……奴に一杯喰わされたという事か」
『そういう事になる』
「まずいな……」
鋼牙は、自分の危機が迫っている時も冷静沈着であった。実感していないわけではないが、どんな時も強くあらねばならない事を信条とするのが彼だった。
ガミオは圧倒したと言えよう。しかし、ガミオの僅かな意地がこうして後を引く傷を齎している事は計算外だった。
「鋼牙さんは大丈夫なんですか?」
「……多少の毒なら、平気だ。だが、どうやらそういうわけでもないらしい。今は平気だが……」
「大丈夫じゃねえって事か」
良牙が事態を重く受け止めたようだった。
すぐにガミオを倒しに駆け出さんばかりであった。だが、彼がそうした行動を示す前に、鋼牙は先の行動を口に出して決めてしまう事にした。
「……とにかく、ひとまずは警察署に向かう。その後で奴を倒す」
「時間がねえんだろ!」
「一度落ち着いた方がいい。……安心しろ、警察署には仲間もいる。対策を練るのはそれからだ」
鋼牙は、何とか良牙を制した。
鋼牙は一度、警察署で他の参加者の姿を目にしている。主催に反抗する参加者の殆どがそこにいる事はわかっているのだ。
ガミオを倒すにしても、そこで一通りの事情を伝えた方が良いだろうし、何より深刻な怪我を負っているなのはをそこで何とかしなければならない。
「……わかった。どっちにしろ、急ぐしかないみたいだな」
良牙は、なのはを背負ったまま警察署に向けて駆けだした。
つぼみと鋼牙も彼の背中を追う事にした。
「あ、良牙さん。そっちじゃなくてこっちです!」
「ぬぁーっ! また俺はまたこんな間違いをーっ!!」
──訂正。
良牙と鋼牙は、つぼみの背中を追う事になった。
【1日目/深夜】
【F―10/港付近】
【花咲つぼみ@ハートキャッチプリキュア!】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、加頭に怒りと恐怖、強い悲しみと決意、デストロン戦闘員スーツ着用
[装備]:プリキュアの種&ココロパフューム、プリキュアの種&ココロパフューム(えりか)@ハートキャッチプリキュア!、こころの種(赤、青、マゼンダ)@ハートキャッチプリキュア!、ハートキャッチミラージュ+スーパープリキュアの種@ハートキャッチプリキュア!
[道具]:支給品一式×5(食料一食分消費、(つぼみ、えりか、三影、さやか、ドウコク))、鯖(@超光戦士シャンゼリオン?)、スティンガー×6@魔法少女リリカルなのは、破邪の剣@牙浪―GARO―、まどかのノート@魔法少女まどか☆マギカ、大貝形手盾@侍戦隊シンケンジャー、反ディスク@侍戦隊シンケンジャー、デストロン戦闘員スーツ(スーツ+マスク)@仮面ライダーSPIRITS、デストロン戦闘員マスク(現在着ているものの)、着替え、『ハートキャッチプリキュア!』の漫画@ハートキャッチプリキュア!、姫矢の首輪、大量のコンビニの酒
[思考]
基本:殺し合いはさせない!
0:警察署に向かう。
1:警察署に行った後、ガミオのもとに向かう。
2:この殺し合いに巻き込まれた人間を守り、悪人であろうと救える限り心を救う
3:南東へ進む、18時までに沖たちと市街地で合流する(できる限り急ぐ)
4:……そんなにフェイトさんと声が似ていますか?
[備考]
※参戦時期は本編後半(ゆりが仲間になった後)。少なくとも43話後。DX2および劇場版『花の都でファッションショー…ですか!? 』経験済み
そのためフレプリ勢と面識があります
※
溝呂木眞也の名前を聞きましたが、悪人であることは聞いていません。鋼牙達との情報交換で悪人だと知りました。
※良牙が発した気柱を目撃しています。
※プリキュアとしての正体を明かすことに迷いは無くなりました。
※
サラマンダー男爵が主催側にいるのはオリヴィエが人質に取られているからだと考えています。
※参加者の時間軸が異なる可能性があることに気付きました。
※この殺し合いにおいて『変身』あるいは『変わる事』が重要な意味を持っているのではないのかと考えています。
※放送が嘘である可能性も少なからず考えていますが、殺し合いそのものは着実に進んでいると理解しています。
※ゆりが死んだこと、ゆりとダークプリキュアが姉妹であることを知りました。
※大道克己により、「ゆりはゲームに乗った」、「えりかはゆりが殺した」などの情報を得ましたが、半信半疑です。
※所持しているランダム支給品とデイパックがえりかのものであることは知りません。
※主催陣営人物の所属組織が財団XとBADAN、砂漠の使徒であることを知りました。
※
第二回放送のなぞなぞの答えを全て知りました。
※良牙、一条、鋼牙と125話までの情報を交換し合いました。
※全員の変身アイテムとハートキャッチミラージュが揃った時、他のハートキャッチプリキュアたちからの力を受けて、スーパーキュアブロッサムに強化変身する事ができます。
※ダークプリキュア(なのは)にこれまでのいきさつを全部聞きました。
【月影なのは(ダークプリキュア)@ハートキャッチプリキュア!】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、人間化、ガミオのガス侵攻中
[装備]:プリキュアの種&シャイニーパフューム@ハートキャッチプリキュア!、プリキュアの種&ココロポット(ゆり)@ハートキャッチプリキュア!
[道具]:支給品一式×5(ゆり、源太、ヴィヴィオ、乱馬、いつき(食料と水を少し消費))、ゆりのランダムアイテム0~2個、ヴィヴィオのランダムアイテム0~1個(戦闘に使えるものはない)、乱馬のランダムアイテム0~2個、パワーストーン@超光戦士シャンゼリオン、ふうとくんキーホルダー@仮面ライダーW、霧彦のスカーフ@仮面ライダーW、須藤兄妹の絵@仮面ライダーW、霧彦の書置き、山千拳の秘伝書@らんま1/2、水とお湯の入ったポット1つずつ、ライディングボード@魔法少女リリカルなのはシリーズ、ガイアメモリに関するポスター×3、『太陽』のタロットカード、大道克己のナイフ@仮面ライダーW、春眠香の説明書、ガイアメモリに関するポスター
[思考]
基本:罪を償う。その為にもプリキュアとして戦う。
0:警察署に向かう。
1:ガミオに毒の浄化方法を訊く必要がある。
2:姉さんやいつきのようにプリキュアとして戦う。
3:源太、アインハルト…。
[備考]
※参戦時期は46話終了時です
※ゆりと克己の会話で、ゆりが殺し合いに乗っていることやNEVERの特性についてある程度知りました
※時間軸の違いや、自分とゆりの関係、サバーク博士の死などを知りました。ゆりは姉、サバークは父と認めています。
※筋肉強化剤を服用しました。今後筋肉を出したり引っ込めたりできるかは不明です(更に不明になりました)。
※キュアムーンライトに変身することができました。衣装や装備、技は全く同じです。
※エターナル・ブルーフレアに変身できましたが、今後またブルーフレアに変身できるとは限りません。
※警察署内での大規模な情報交換により、あらゆる参加者の詳細情報や禁止エリア、ボーナスに関する話を知りました。該当話(146話)の表を参照してください。
※心が完全に浄化され、プリキュアたちの力で本当の人間の体を手に入れました。かつてほどの戦闘力は失っている可能性が高いと思われますが、何らかの能力があるのか、この状態では無力なのか、その辺りは後続の書き手さんにお任せします。顔や体格はほとんどダークプリキュアの時と同じです。
※いつきにより、この場での仮の名前として「月影なのは」を名乗る事になりました。
※つぼみ、いつきと“友達”になりました。
※いつきの支給品を持っています。
※プリキュアとして戦うつもりでいます。
【響良牙@らんま1/2】
[状態]:全身にダメージ(大)、負傷(顔と腹に強い打撲、喉に手の痣)、疲労(大)、腹部に軽い斬傷、五代・乱馬・村雨の死に対する悲しみと後悔と決意、男溺泉によって体質改善、デストロン戦闘員スーツ着用
[装備]:ロストドライバー+エターナルメモリ@仮面ライダーW、T2ガイアメモリ(ゾーン、ヒート、ウェザー、パペティアー、ルナ、メタル)@仮面ライダーW、バルディッシュ(待機状態、破損中)@魔法少女リリカルなのは、
[道具]:支給品一式×14(食料二食分消費、(良牙、克己、五代、十臓、京水、タカヤ、シンヤ、丈瑠、パンスト、冴子、
シャンプー、
ノーザ、ゴオマ、バラゴ))、水とお湯の入ったポット1つずつ×3、志葉家のモヂカラディスク@侍戦隊シンケンジャー、ムースの眼鏡@らんま1/2 、細胞維持酵素×6@仮面ライダーW、グリーフシード@魔法少女まどか☆マギカ、歳の数茸×2(7cm、7cm)@らんま1/2、デストロン戦闘員マスク@仮面ライダーSPIRITS、プラカード+サインペン&クリーナー@らんま1/2、呪泉郷の水(娘溺泉、男溺泉、数は不明)@らんま1/2、呪泉郷顧客名簿、呪泉郷地図、特殊i-pod、克己のハーモニカ@仮面ライダーW、バッドショット+バットメモリ@仮面ライダーW、スタッグフォン+スタッグメモリ@仮面ライダーW、テッククリスタル(シンヤ)@宇宙の騎士テッカマンブレード、スパイダーショック+スパイダーメモリ@仮面ライダーW、まねきねこ@侍戦隊シンケンジャー、『戦争と平和』@仮面ライダークウガ、双眼鏡@現実、ランダム支給品1~6(ゴオマ0~1、バラゴ0~2、冴子1~3)、バグンダダ@仮面ライダークウガ、evil tail@仮面ライダーW、警察手帳、ショドウフォン(レッド)@侍戦隊シンケンジャー、スシチェンジャー@侍戦隊シンケンジャー
[思考]
基本:
天道あかねを守り、自分の仲間も守る
0:ガミオに毒の浄化方法を訊く必要がある。
1:つぼみ、“なのは”とともに警察署に向かう。
2:あかねを必ず助け出す。仮にクウガになっていたとしても必ず救う。
3:誰かにメフィストの力を与えた存在と主催者について相談する。
4:いざというときは仮面ライダーとして戦う。
[備考]
※参戦時期は原作36巻PART.2『カミング・スーン』(高原での雲竜あかりとのデート)以降です。
※夢で遭遇したシャンプーの要望は「シャンプーが死にかけた良牙を救った、乱馬を助けるよう良牙に頼んだと乱馬に言う」
「乱馬が優勝したら『シャンプーを生き返らせて欲しい』という願いにしてもらうよう乱馬に頼む」です。
尚、乱馬が死亡したため、これについてどうするかは不明です。
※ゾーンメモリとの適合率は非常に悪いです。対し、エターナルとの適合率自体は良く、ブルーフレアに変身可能です。但し、迷いや後悔からレッドフレアになる事があります。
※エターナルでゾーンのマキシマムドライブを発動しても、本人が知覚していない位置からメモリを集めるのは不可能になっています。
(マップ中から集めたり、エターナルが知らない隠されているメモリを集めたりは不可能です)
※主催陣営人物の所属組織が財団XとBADAN、砂漠の使徒であることを知りました。
※第二回放送のなぞなぞの答えを全て知りました。
※つぼみ、一条、鋼牙と125話までの情報を交換し合いました。
※男溺泉に浸かったので、体質は改善され、普通の男の子に戻りました。
※あかねが殺し合いに乗った事を知りました。
※溝呂木及び闇黒皇帝(黒岩)に力を与えた存在が参加者にいると考えています。また、主催者はその存在よりも上だと考えています。
※バルディッシュと情報交換しました。バルディッシュは良牙をそれなりに信用しています。
【冴島鋼牙@牙狼─GARO─】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(中)、ガミオのガス侵攻中
[装備]:魔戒剣、魔導火のライター、魔導輪ザルバ
[道具]:支給品一式×2(食料一食分消費)、ランダム支給品1~3、村雨のランダム支給品0~1個
[思考]
基本:護りし者としての使命を果たす
0:警察署に戻る。
1:ガミオに毒の浄化方法を訊く必要がある。
2:首輪とホラーに対し、疑問を抱く。
3:加頭を倒し、殺し合いを終わらせ、生還する
4:後で制限解除の為に、どこかの部屋で単独行動をする。
[備考]
※参戦時期は最終回後(SP、劇場版などを経験しているかは不明)。
※
ズ・ゴオマ・グとゴ・ガドル・バの人間態と怪人態の外見を知りました。
※殺し合いの参加者は異世界から集められていると考えています。
※この殺し合いは、何らかの目的がある『儀式』の様なものだと推測しています。
※首輪には、参加者を弱体化させる制限をかける仕組みがあると知りました。
また、首輪にはモラックスか或いはそれに類似したホラーが憑依しているのではないかと考えています
※零の参戦時期を知りました。
※主催陣営人物の所属組織が財団XとBADAN、砂漠の使徒であることを知りました。
※第二回放送のなぞなぞの答えを全て知りました。
※つぼみ、一条、良牙と125話までの情報を交換し合いました。
※もしかすると今回、つぼみと良牙のもとに現れるまでに鋼牙に架されている制限が解除されている可能性があります(おそらく三十分間単独行動していたため)。
【特記事項】
※源太の遺体は、陸上に引き上げられました。彼の遺体の上には、黒子の装束@侍戦隊シンケンジャーがかけられています。
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最終更新:2014年05月18日 14:50