変身─ファイナルミッション─(5) ◆gry038wOvE




 頭上の空で、照らしていた闇が晴れ、丁度今、白夜の時が始まったのを、深い爆煙の中に残る彼らが知る由もない。
 これほどのエネルギーを浴びせなければ、ユートピアを打ち破る事はできなかったのである。
 しかし──まだ、加頭順という男の生体反応はこの世から消えてはいなかった。

「はぁ……はぁ……」

 ダブル、エターナル、シャンゼリオンの同時攻撃を受けながらも、尚、──加頭順という男は生きている。
 ただし──それが、これまでのように悲観的で、戦士たちの劣勢を煽るような物ではなくなっていたのは確かである。
 何せ、NEVERやベリアルウィルスの力も及ばぬほどの極大のダメージを受けた彼の全身は、既に消滅を始めており、身体は粒子に塗れている。辛うじて、ベリアルウィルスの残滓が彼の肉体崩壊を遅くさせ、生命維持だけが辛うじて可能になっている程度だ。
 もはや、子猫の敵にすらならない。

「くっ……!」

 既に、敵に食らいつく牙はなかった。
 戦意も戦闘力も失ったよろよろの身体。焼けこげたタキシードと、乱れた頭髪。生身の人間ならば火傷を負った皮膚。
 残りの寿命は、あと数分といったところだろう……。
 彼自身は、まだそんな自覚を持っていないかもしれないが──。

「ば……馬鹿な……はぁ……はぁ……」

 ベリアルによって力を受けたはずの自分が、成す術もなく敗北している事に加頭は納得がいかないままだった。
 プライドが、それを現実として受け止めるのをしばし拒否した。

 ……今の勝負は何だったのだ?
 闇の力を大量に取り込んだはずの自分が──ベリアルに次ぐ力を持つはずの自分が、数日前までは拘束されて殺し合いを演じていた、数えるほどの駒に敗れている。

「この私が……」

 無意識に加頭が向かっていたのは、マレブランデスの牙城である。巨大な黒い腕の中に眠る、己の恋人のもとへと、辿り着くかもわからない歩を進めているのだ。それはもはや本能的な魂の動きだった。
 常人ならば、既に歩むのを辞めていたに違いない。彼なりに譲れない執念があったという事に違いなかった。
 一歩を踏みしめるごとに、彼の身体からは彼を構成する物質が消失していく。

「この私が……負けるはずが……!」

 うわごとのように、現実を否定する。今の彼には、それしかできなかった。
 と、そんな彼の目の前に、「なにものか」が立ちすくんでいる姿が見えた。
 濃霧のように視界を消し去る煙の中で、シルエットだけがこちらに見えている。
 真っ黒なシルエットに警戒を示したが、加頭が立ち止まったままそれを少し眺めていると、自ずとシルエットはこちらに歩いてきた。

「あなたは……!」

 そこにいるのは、一糸纏わぬ姿でこちらを見つめる一人の白い肌の女性だった。
 全裸を恥じらう事もなく、アンドロイドであるかのような真顔で、加頭に視線を合わせている。──彼女の顔を、加頭が忘れる筈が無かった。
 その姿を見るなり、加頭の頬が緩んだ。



「──」



 園咲冴子
 あの培養液の中から、自力で脱して来たのだ。ようやく、冴子の蘇生が完了したという事である。
 加頭は、その瞬間、思わず、笑顔を浮かべた。目的の一つが完了したのである。状況はどうにもならないが、この事が少し加頭に力をくれる。
 彼女が放つ異様な雰囲気には、まるで気づかずに。

「冴子さん……良かった……蘇ったんですね!」

 加頭は、消えそうな身体でまた一歩を踏みしめた。
 冴子に、よろよろの身体で近づいて行く。急いでいるつもりだが、その歩測は普通の人間にも及ばないほどだ。
 ……彼女がいる場所に、少しでも近づきたい。

「あなたさえ生きていれば……私は……」

 そうだ。
 全ては彼女の為に──彼女と共にある為に、やった事なのだ。
 この場所を理想郷に出来る。何度でも立て直してやる。

「……私は……──」

 加頭がようやく、冴子に近づき、両手を広げた時であった。
 目の前の冴子は、目をぎょろりと見開いて、──ニヤリと笑った。
 そして、そのまま──、自分の正体を明かした。

「ガァァァァァァァァァァァァ────!!!!!!」

 冴子の殻を破り、「黒い化け物」が現れたのである。
 ──それは、園咲冴子ではなかった。
 ただのグロテスクな、腐敗した死骸のような怪物……人を喰らい、人の陰我と共に現れる人間たちの天敵だ。
 そして、驚き目を見開いた加頭もまた、“それ”に見覚えがあった。
 この戦いの中には、彼らを狩るべく使命を持った騎士が参加していたのだ。

「──!?」

 そう──古の怪物・ホラーである。
 魔戒騎士たちが追い続けてきた、人間の陰我に芽生える獣。それがホラーだった。

 そこにいるのは、園咲冴子ではなく、魔弾を受けた時にホラーと化した人間の成れの果てであった。
 彼女の身体の欠片をいくら集めようが、それは──既にホラーに喰われた人間の肉の欠片に過ぎなかった。全ては食い散らかされた死体で──そこに人の意思などなくなったのだ。
 それを見た瞬間、遂に加頭の中においても、冴子への執着よりも恐怖が勝り、加頭は冴子だった物を信じられない風に見つめながら、尻を地面に突く事になった。

「な、何故……! なんだ……この化け物は……!!」

 目の前から向かって来ようとする怪物。
 そこから逃れようと必死にもがく加頭。

「くっ……!! どういう事だ……どういう事だァァァァァッ!!!!!」

 それが、最後の希望が絶たれた哀れな人間の姿だった。
 冴子がホラーに取り憑かれたまま、どんな技術を以ても、“治る事がない”存在なのは、もはや、不変の事実であった。
 ホラーに喰われた人間は助からない。──加頭が最も甘く見ていた前提が、それなのかもしれない。

「くっ……!」

 加頭が四つん這いで逃げるのを、ホラーが捉えようとする。
 悠然と歩き、エモノを食らおうとする園咲冴子の皮を被っていた怪物──加頭の死は、既に目前である。
 加頭はホラーの餌になる。
 最も、あってはならない苦しい死に方だ。
 と、恐るべき死を忌避しながらも、心のどこかで覚悟した──そうせざるを得ないと確信した時だ。

「──」

 カシャ……カシャ……。
 奇妙な、音がした。

「──……」

 やはり、カシャ……カシャ……と、音が聞こえた。
 加頭は、自分とホラーだけしか視界に映らないその場に、他の何者かが現れたという事を理解した。
 そして、次に、誰か、男が呆れたような声を発した。

「おいおい……」

 カシャ……。カシャ……。
 その音は、加頭のもとに近づいてきていた。
 冴子に憑依したホラーも、加頭を襲うのをやめて、その声が近づいて来る方に目をやった。

「まったく……とんでもない奴を甦らせてくれたもんだな」

 そして──そんな彼の前に、煙を背負って現れる一人の男がいた……。
 金色に光る彼の身体はとてもよく目立った。
 金色でありながら──銀色の魂を持ち続けた男である。
 ……そう、いつの時代も、ホラーの相手をするのは、彼らであった。

「お前ほどの男が……知らなかったのか? 加頭──」

 涼邑零。──いや、銀牙騎士絶狼(ゼロ)。
 その鎧が、カシャカシャと音を立てて、加頭の前に現れたのだ。
 煙はだんだんと晴れていき、そこにいる男の姿だけを加頭の目に映した。

「……」

 ホラーもまた、宿敵たる魔戒騎士の姿を敏感に察して、加頭を食らうよりも、まずは己の身を守る事を優先したがったのだろう。
 黄金騎士──と、ホラーも誤解したに違いない。



「──ホラーに喰われた人間は、助からないんだ」



 ゼロが口にするのは、残酷だが、加頭も知っているはずの事だった。
 しかし……しかし。



 ──冴子は……彼女だけは、例外ではないのか?



 ──加頭はそう思い続けていた。
 だから蘇生させたのだ。
 肉体ならば、ホラーも霧散しているはずであると。

 しかし、それは、ある意味で、最も人間らしい現実逃避だったのかもしれない。
 どうしようもない「論理」の穴を、ただ彼は「感情」だけで補完しようとしていたに過ぎないのである。
 尤も、それは歪んだ感情であったかもしれないが。

「残念だけど、あんたのフィアンセは、もうホラーに喰われていたみたいだな」
「そんなはずはない……!! そんなはずが……!!」

 必死に現実を否定する加頭の身体も、半分は消失している。
 そんな姿を少しだけ哀れむように眺めたが、零は非情に徹する事にした。
 彼が行った事の報いが始まったに過ぎないのだ。未だ償う気持ちを微塵も見せない加頭には、怒りも勿論湧いている。

「──だから」

 だが。
 今は──まるで、ホラーから守るべき人間がそこにいるような気持ちに切り替えた。
 たとえ、加頭が敵でも……僅かな命であるとしても……彼のように、ホラーに襲われる人間の事を守らなければならない。ホラーの犠牲者は最小限に食い止める。
 それこそが、彼の使命だった。
 そして。



「──……ホラーを斬るのが、俺の仕事だ!!!」



 ──そして、何度となく心の中で叫んできたその言葉を、確かに発した。

「おりゃああああああああああああああッッ!!」

 金の二刀流が光る。
 次の瞬間、冴子に憑依したホラーは、絶狼の刃によって胴を真っ二つに斬り裂かれる。
 それは、飛沫だけを残して、いとも簡単に崩れ落ちた。

「ウグァァァァァァァァァァァ────!!!!」

 ────霧散。

 断末魔と共に、ホラーの姿は消えていく。ホラーは蠢くような声をあげ、「冴子の姿をしたもの」さえもそこからいなくなった。
 ホラーの返り血が加頭の顔を穢すが、それも結局、今となってはもう意味のない事だった。──加頭ももう、助からない。

 銀牙騎士絶狼が斬り裂いた彼の夢は、次の瞬間には完全に自然の中に溶けた。
 まるで、園咲冴子など、白昼夢のようだったかのように……。

「あっ……! ああ……」

 ホラーの死地に手を伸ばす加頭の前には、もう園咲冴子の片鱗さえも見当たらなかった。肉片の一つに至るまでが、ホラーの餌となった。それが冴子の躯だった。
 それは、否定のしようがない事実である。

「……」

 そして、これが絶狼にとっては、一つの仕事の終わりだ。
 ここに来る前から与えられた物ではないが、魔戒騎士である彼には、それが本職であった。

『──零。お前の今日の仕事は、多分、これで終わりだな。……まあ、急に入った仕事だが』
「ああ。ただ……まだ、やる事は山積みだけどな……」

 いつになく乾いた口調でそう言う、ザルバと絶狼。
 ホラーの幻影に取り憑かれた一人の男の姿──それは、魔戒騎士が何度も見て来た人間の姿である。
 なまじ、人間の姿を模しているばかりに、こんな人間が幾人もいる。
 その記憶は、普段は消さなければならない。──だが。
 その必要も、なかった。

「ああ……ああ……」

 園咲冴子は死んだ。
 もう戻らない。
 加頭順は幸せにはなれない。
 ──彼の理想郷は潰えたのだ。
 加頭も、ようやくそれを理解したようだった……。

「……うう……くそっ……私は!」

 生きる希望を全て失った加頭の身体は、心なしか、加速度的に消滅を始めたように見えた。
 身体は薄くなり、周囲の何もかもが見えない状態に陥る。
 絶望と後悔だけが身体の芯に残り続ける。

「私は……一体、何の為に……何の為に戦ってきたのだ……!!」

 無力。
 ──そう、これまでの加頭の己の身体さえも裂いた戦いは全て、無駄な徒労に過ぎなかったのだ。

「クソォォォォォォォォッッ!!! 何の為に……!! 何の為に……!!!」

 誰への敵意もない絶叫だけが、虚しく響き渡る。
 ユートピアなどない。理想郷は、崩れていくのみだった。
 たとえ、上面だけ、理想郷を復元していたとしても。
 結局、彼が求めた場所は──一人きりの理想郷にしかならない。


 ──そして、それを悟った瞬間だった。






「──!?」

 ──ふと、世界は切り替わった。
 まるで消失が止まったかのような錯覚に陥り、加頭の耳元で、何かが“囁いた”。
 周囲を見回すと、何もかもが……時間が止まっていた。
 暁美ほむらによる時間停止が原因ではないのは判然としている。
 そして、直後に、何かが「何の為に戦ってきたのか」という加頭の問いに答えた。

『──地獄に堕ちる為さ』

 ──白い腕が、加頭の脚を固く掴んだ。
 驚いて見下ろすと、その腕はまるで地の底から生えているかのように、深い沼に加頭を引きずりこもうとしている。

 見覚えのある腕だった。──いや、今も間近にいる戦士が同じ規格の物を持っているはずの腕である。
 そう、それは。

「死……神……!!」

 仮面ライダーエターナル。
 その声は、大道克己そのものだ。──彼が地獄へと加頭を道連れにしようとしている。

「貴様ら……」

 無数の腕が──ルナドーパントの腕が、メタルドーパントの腕が、ナスカドーパントの腕が、ウェザードーパントの腕が、そして……タブードーパントの腕が、加頭の身体をどこかへ引きずりこもうとしているのだ。
 これまで、その死を見て来たはずの連中の腕──。

「この私を地獄の道連れにする気か……!?」

 エターナルは笑った。ああ、ずっと待ってたんだ、と。お前を地獄に引きずりこむのを楽しみにしていたんだ、と。
 これから加頭が向かう場所──それは、地獄に他ならなかった。
 深く、永久の苦しみを味わう為の場所……。

 加頭もそれを悟った時──ある感情が、脳裏に浮かんだ。
 NEVERになって以来、忘れていた感情。

「嫌だ……」

 そう、嫌だ。
 こんな事の為に──あんな奴らの為に、地獄になど堕ちたくない。
 これから、永久の苦しみが待っているのだと思うと……。

 死にたくない。

 また地獄に行くのか?
 こんな奴らと一緒に……。

『来いよ……地獄に連れて行ってやる……』
「嫌だ……!」
『ずっと待ってたんだぜ……お前が地獄に来るのを……』

 ──そして、時間は、再び正しい流れに帰っていく。






 キュアブロッサムがそこに駆け寄った。
 加頭順とはいえ、彼がこのまま死んでしまう事には彼女も抵抗がある。──勿論、彼女とて加頭への同情は薄いが、それでも、もしこれからやり直そうとする意思があるならば、彼もまた……と思ったのだろう。
 ……が、遅かった。

「ああっ……ああああっ……!!」

 煙が晴れ、白夜の光が覗き始めた時、そこで、透明に消えかかり、地に伏して涙声をあげる加頭の姿があったのだ。
 大道克己の時と同じだが──それにも増して、惨めだった。

「……痛い……死にたくない……誰か……」
「加頭さん!」

 ブロッサムの脚を這うようにして掴みながら、しかし、何もできずに、その腕が粒子となって崩れ落ちる。
 彼は、自分の腕が目の前で消滅した事に強い怯えを示した。

 死ぬ。
 このまま、死んでしまう……。

「誰か……助けてくれ……」
「加頭……」
『……僕らの憎んだ敵も、結局は、“変わり果てた人間”だったんだ……』

 仮面ライダーダブル──彼らもまた、加頭順の終わりを、哀れむように見つめていた。
 かつて、井坂深紅郎の死を、悪魔に相応しい最期と呼んだ事がある。
 あの時とまるで同じ気分だ。同情の余地はないはずである。
 しかし、彼や井坂もまた、同じ街の空気を吸った人間だ。──その最期を見届けてやる義務が、翔太郎とフィリップにはあるはずだった。

「……苦しい……お前たち……私を……たすけ……」
「加頭さん……」

 ヴィヴィオがそれを眺めながら、救う術を考えた。
 しかし、それはどこにもないのだとわかった。
 自分で蒔いた種だと一蹴するのは簡単だが、それでも──和解の道を、ヴィヴィオは求めていたのだから。

 ダークプリキュアが新しく仲間になった時のように……。
 ゴハットが最後にヴィヴィオを助けてくれたように……。
 その夢は、もう見る事が出来ないようだった。

「ああ……」
『……こいつも、これで少しはわかっただろう。死の恐怖も──』
「──愛する人を失う苦しみも、な……」

 銀牙騎士絶狼とザルバは、消えゆく加頭の姿をそっと眺めていた。
 彼らは同情こそしていなかったが、しかし、その惨めさを目の当りにした時、彼が少しでも他者の痛みを知る事が出来ていてほしいと願ったのだろう。
 だから、こんな言葉を物憂げに呟いたのだ。

「加頭……!」

 そして、そんな所に、あの仮面ライダーエターナルが──それは響良牙だったが──歩み寄った。

 それを見た時、加頭は慌てて視線を逸らし、そこから逃げ去って誰かに縋ろうとしていた。
 情けなくも、頬を涙が伝っていく。
 もう地獄が目前にあるようだった。

 腕を、足を、首を──死神たちが掴んで、持って行こうとする。
 どこを見ても……。
 どこを見ても……。
 そこにいるのは、死神だった。





「い……やだ……死にたくない……誰か……たすけ……て………………」





【加頭順@仮面ライダーW 死亡】
【主催陣営、システム────完全崩壊】






「……」

 残った者たちは、どこか気まずそうに加頭が消え去った地を見つめていた。
 そこには、もう何もない。これまでの戦いと全く同じだった。
 敵を倒したは良いが、やはり、望みが打ち砕かれたまま斃れた加頭順という男の姿に、何処か同情を禁じ得ない者もいたのかもしれない。

「……」

 勿論、たくさんの人間を殺した加頭にはそんな物をかけてやる余地はないのかもしれないが、しかし、人間は決して、人を殺す為に生まれてきたわけではない。
 彼もまた、何かが狂気の切欠になっただろうし、彼なりの愛を持っていたには違いなかった。

「この人を──加頭さんを、救う事は出来なかったんでしょうか?」

 キュアブロッサムが、後ろにいた仲間たちに、不安げに訊いた。
 それから、誰もが少しだけ押し黙った。
 加頭への割り切れない恨みと、それでもつぼみの一言に込められた想いを理解したい気持ちとが葛藤したのだろう。
 加頭をよく知る者がそれに答えた。
 ──それは、左翔太郎である。

「あいつも、誰かだけじゃなくて、多くの人が住んでいる街を愛する事が出来れば、別の結末もあったかもしれないけどな……」
『誰かを愛する心があるなら、それが出来たかもしれない……だが、彼はその道を自ら拒んでしまったんだ』

 二人は、嫌にあっさりとそう言ったが、結局のところ、それが全てだった。
 どうあれ、彼が選んだ道は、多くの人と相容れない道であり、真実の愛を掴む手段とは程遠かったのだ。
 結局は、彼がその道を選んでしまった以上、他者が彼に救いを与えてやるのは、ほとんど不可能と言って良かったのだろう。
 それが、彼が選んだ自由だったのだから、それを阻害する権利は誰にもない。つぼみやヴィヴィオの理想を押し付けるわけにはいかない相手だったのかもしれない。

 ──それを思い、つぼみとヴィヴィオは、自分の持つ理想がいかに遠くにあるのかを確かに実感した。
 しかし、それは彼女たちが子供だから持つ理想ではない。おそらく、彼女たちはどれだけ年を重ねてもその理想を叶える為に戦い、生きていくだろう。
 仮面ライダーエターナルが、ふと呟いた。

「──あいつ……酷く怯えてやがったな……エターナルの姿を見て」

 最後、加頭がエターナルから逃げ去ろうとしたのを、彼は確かに実感していた。
 まるで、天敵に怯えた草食動物のように。
 だからか、まるで、良牙自身が最も嫌っていた「弱い者いじめ」をしたような気持ちが拭いきれなかった。そんな後味の悪さも彼にあったのだろう。
 フィリップが答えた。

『きっと、かつて、エターナルに一度殺されたからだろう』
「……そうか。それで、奴はNEVERに……。
 エターナルにダブル──同じ相手に二度も倒されるとは、あいつも因果な男だぜ……」

 エターナルがそう俯いて言った時、ただ一人、能天気に、エターナルの肩に手を賭けた男がいた。
 超光戦士シャンゼリオンである。

「──おいおい、俺を忘れんなっての……三人で倒したんだぜ?」

 エターナルも、つい忘れて、黙っていた。
 全く、戦いは終わっていないのに呑気な男だ……。──と、思ったが、いや、彼がこうも呑気なのは、戦いが終わっていないからかもしれない。
 彼は、戦いが終わったら消えてしまう。フィリップも同じ運命だ。
 彼がここにいられるのは、この時が最後である。
 こうして、三人で倒した事を強調するのも、もしかしたら、彼が自分の存在を誰しもに記憶させたいからかもしれない。

「ああ。そうだな……シャンゼリオン」

 良牙は──いや、ここにいる全員は、ベリアルに永久に来てほしくないと、少し願っただろう。
 ベリアルは倒さなければならない。しかし、それと同時に、ベリアルの力の影響下にある、暁その人が消えてしまう……。
 その事実がある限り。
 しかし──運命は、残酷であった。



『──クズクズしてる暇はないみたいだぜ。本当の敵のお出ましらしい!』



 直後、そんな一言をあげたのは、魔導輪ザルバだった。
 白夜の空を見上げる──零、翔太郎、フィリップ、良牙、ヴィヴィオ、レイジングハート、暁、つぼみ……。

 ごくり、と誰もが唾を飲んだ。

「────あれは」

 そう、それは空を見上げなければ、その姿がわからないほどの巨体だった。
 その身体そのものが、身長百数十センチに過ぎない彼らにとっては、威圧であった。
 かつて、ダークザギを前にした時も、同じだった。






 どしん。

 ──足音が、この島を揺らす。



「……!!」



 どしん。

 ────ゆっくりと、巨大なそれが歩み寄ってくる。


「来たか……!!」



 どしん。

 ──────彼らが、再びこの島に来る事になった理由が、やっと、目の前に現れた。



「ああ、奴だ……!!」



 どしん。



 ────────まるで、褒美のように、島に上陸した、巨体。



「やっと、本当の最後の敵と戦うんですね……!!」

 ヴィヴィオが、僅かに怯えながら言った。
 彼女のように、これほど巨大な敵と戦うのが初めての人間もいる。
 しかし、その拳は、決して恐れだけではなく、固く握られていた。

 これが本当の最後の敵──。
 先ほどの加頭順は、彼の配下であり、前座に過ぎないのである。





「────カイザーベリアル!!!!!!!!」





 誰が口火を切ったかはわからない。
 カイザーベリアルの名を、誰かが告げた。






 そして、全世界の人間は──この瞬間、ガイアセイバーズとカイザーベリアルの対面に、釘づけになった事であろう。
 外の世界を街頭モニターの人だかりは、既に誰を応援するという段階ではなくなっていた。──誰もが、どちらに軍配が上がろうとも全て見届けて終える事を望んだのだ。
 希望と絶望の入り混じる、不思議な感覚。
 誰も、恐怖は覚えていなかった。胸の高鳴りの正体を、誰も知る事が出来なかった。

 千樹憐。和倉英輔。平木詩織。真木舜一。真木継夢。斎田リコ。
 相羽アキ。ノアル・ベルース。ユミ・フワンソカワ。ジュエル。テッカマンオメガ。
 鳴海ソウキチ。鳴海亜樹子。刃野幹夫。園咲硫兵衛。園咲若菜。
 花咲薫子。来海ももか。鶴崎。オリヴィエ。デューン。
 桃園みゆき。一条和希。タルト。西隼人。南瞬。
 南城二。アンドロー梅田。アリシア・テスタロッサ。八神はやて。クロノ・ハラオウン。
 ムース。久遠寺右京。天道早雲。早乙女玄馬。雲竜あかり。
 倉橋ゴンザ。御月カオル。山刀翼。道寺。静香。
 歴戦のウルトラ戦士たち──。
 血祭ドウコクと外道シンケンレッド。

 あらゆる宇宙の人々が、それを見ていた。

 あるいは、インキュベーターも……。



「さあ、君も──応援の準備は良いかい!?
 ミラクルライトを持っている君は、今すぐにミラクルライトを用意するんだ!!
 ミラクルライトを持っていない君は、心の中で応援するんだ!!」



 そして──そこにいる、君も。






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最終更新:2016年10月08日 09:53