賀屋興宣は大日本帝国の政治家。

賀屋興宣                        
政党 大政翼賛会 -技官派
イデオロギー 権威的開発主義
誕生 1889年1月30日(72歳) 大日本帝国 広島
大日本帝国の内閣総理大臣候補

1938年に貴族院議員となった後、大蔵大臣として戦時内閣の一端を務めていた。史実では公職追放の後に政界復帰し、大蔵省の後輩である池田勇人を支えた彼だが、こちらでは公職追放は無いので未だ政界の表舞台にいる。

官僚系議員を支持基盤として、広範な改革を行いつつ、福田赳夫にバトンを回そうとする。なお失敗すると賀屋政権が継続する。1970年も過ぎれば80を超えた後期高齢者なのだが。

アプデ後


池田勇人の宏池会ルートで池田死後に所得倍増計画の後見人として首相になる。
最終更新:2024年10月17日 01:55
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