第107話 猛襲、陸上装甲艦
1484年(1944年)1月12日 午前7時10分 マルヒナス運河西港
その日、シホールアンル軍第55歩兵師団に所属する第2小隊は、西港内にある監視所で洋上を見張っていた。
10分前までは、アメリカ軍機が大挙飛来し、西港の周辺に爆弾の雨を降らせて帰って行った。
空襲が終わり、第2小隊の将兵は一息いれていたのだが、
「隊長、来ました!」
その休息も、ほんの僅かな間でしかなかった。
「敵か?」
「ええ。そうです。凄い船団ですよ。」
見張りは、小隊長に望遠鏡を貸した。小隊長は望遠鏡を受け取り、洋上をじっと見つめる。
部下の言っていた凄い船団とやらは、すぐに見つかった。
「なるほど・・・・・確かに凄い船団だ。最低でも100隻は下らんかもしれないな。おい!本部に連絡だ!
我、敵船団を発見せり、だ!」
小隊長は、後ろに居る魔道士に向ってそう叫んだ。
それから20分ほど余りが経った。今、目の前に居る船の数は、20分前より数倍以上に増えている。
「小隊長、こりゃあ、100隻どころか、300隻ほどはいるかもしれませんぜ。」
「ああ。最低でも300隻は下らんな・・・・いや、もっとかもしれんぞ。」
「船団の前を航行する船・・・・ありゃあ戦艦ですよ。距離は5ゼルドほどまで近付いています。」
「戦艦か・・・・・やたらにでかいなとは思っていたが。形はおぼろげだが、何とか判別できる・・先頭はサウスダコタ級とやらだな、
後は三脚か、籠みたいなマストがついている。おそらく、新鋭戦艦も含めた戦艦の艦砲射撃で、危険と思われる地域を吹っ飛ばしてから、
上陸をするんだろう。」
「追加報告を送りますか?」
魔道将校が小隊長に尋ねてくる。
「ああ。こう送れ。敵船団は約300隻ほど。船団には戦艦5隻以下の戦闘艦艇多数が護衛についている、戦艦のうち2隻はサウスダコタ級、以上だ。」
小隊長はそう言った後、監視所の中にいる部下達にこう告げた。
「お前ら聞け!俺達の任務はひとまず終わりだ!今からここを脱出し、次の地点に移動する!わかったか!?」
「「はい!」」
「よし、ずらかるぞ!」
小隊長の掛け声の下、任務を終えた彼らは、隠してあった馬車に乗り組んでから、脱出を開始した。
アメリカ艦隊の艦砲射撃が始まったのは、その直後であった。
午前7時40分 第4艦隊旗艦戦艦アリゾナ
アリゾナの45口径14インチ砲12門が、この日最初の斉射を行った。
14インチ砲の一斉射撃は、艦齢23年が経過した巨体をびりびりと振るわせる。
「ふぅ・・・・戦艦の射撃というものは、いつ見ても慣れないものだな。」
艦長のジョシュア・ラルカイル大佐は、双眼鏡で砲撃を受けている西港を見つめながら苦笑交じりに呟いた。
アリゾナは、第4艦隊所属の第41任務部隊第3任務群に所属している。
群旗艦はアリゾナの前を行くペンシルヴァニアである。
第4艦隊は、事前に上陸予定地の艦砲射撃を行うよう命じられている。
このため、各任務群にある旧式戦艦を引き抜いて、7隻でもってマルヒナス運河西港に射撃を加えている。
先頭を行くのは、第4艦隊旗艦であるウェスト・バージニアである。
その次にメリーランド、その後ろからコロラド、カリフォルニア、テネシー、そしてペンシルヴァニア、アリゾナとなっている。
この7隻は、第1次大戦中、又は戦後に竣工した旧式艦ばかりであるが、今、この7隻の外見を見ると、古いと思える艦はペンシルヴァニアと
アリゾナ、そしてコロラドぐらいだ。
その他の戦艦は、本国での大改装を受けた結果、サウスダコタ級とほぼ同じような姿となっている。
この新しい姿を得た4隻の旧式戦艦は、同盟国の海軍関係者を一時混乱させた事がある。
ある日、バルランド海軍のある将官が、エスピリットゥ・サントを訪れた。
その将官は、軍港に停泊するTF57の全容に驚いていた。その時、将官はこんな質問をしていた。
「あの、少し寸詰まりの新鋭戦艦は、何隻ぐらい建造されているのだね?」
「サウスダコタ級戦艦ですな。あの戦艦はこれまでに4隻が建造されています。うち1隻は第2次バゼット海海戦で活躍しています。
これからは、4隻のサウスダコタ級の他にも、新しい戦艦が続々と艦隊に配備される予定です。」
質問を受けた佐官は、最後はやや自慢気な口調でそう言っていた。
その1週間後、将官はヴィルフレイングを訪れた。
その際、彼は停泊しているTF58と、第4艦隊の艦艇群を見ていた。その時、将官は驚いた。
「すごい・・・・・凄すぎる・・・・・・!」
「ん?どうかされましたか?」
「アメリカは、サウスダコタ級戦艦を僅か数年程度で“8隻”も建造していたとは!」
将官は、恐怖感すら交えた驚きで、説明約の士官にそう言っていた。
「サウスダコタ級が8隻ですって?ご冗談を。あの戦艦は4隻しか建造されていませんよ。」
「いや、あそこにしっかり居るではありませんか!」
将官は、人差し指を迷彩の施された戦艦に向けた。
「ああ、あれですね。閣下、あの戦艦の名前はカリフォルニアといいます。」
「カリフォルニア・・・・あの籠マストの旧式戦艦か。まさか、アメリカはあの旧式戦艦を解体して、新しい戦艦に
カリフォルニアという名前を与えたのですか。」
「いえ、そうではありません。あれが、“旧式戦艦”のカリフォルニアです。改装でちょっと形が変わってしまったのですよ。」
「改装でちょっと・・・・・・」
その時、将官は理解した。
つまり、彼は改装した旧式戦艦を、サウスダコタ級の新鋭戦艦と間違えてしまったのである。
「あれがちょっとなのかね?」
将官は、その士官に対して突っ込みを入れたほど、4戦艦の姿はすっかり変わっていた。
これと同じような反応は、他の国の軍人達も見せていた。
ちなみに、コロラドだけがあまり変わっていないのは、4戦艦と同様に外見をすっかり変えるような時間が無かったからである。
7隻の戦艦の保有する16インチ、14インチ主砲計60門は、西港やその周辺の土地を隙間無く掘り返していく。
西港に建てられている建造物は、3分の1は昔、ウェンステル人が建てたものだが、残りはシホールアンル軍が建造している。
建物の大半は頑丈な石造り式構造物であるが、16インチ砲弾、14インチ砲弾はその建物をあっさりと叩き壊していく。
空の倉庫に14インチ砲弾が命中した。
その瞬間、倉庫は木っ端微塵に吹き飛び、爆煙のあとには僅かに構造材らしきものが残されていた。
別の1戸立ての建物には、16インチ砲弾が命中する。
ウェンステル人の作る石造りの家は、100年以上経っても壊れないといわれるほど堅牢な作りになっているが、それは、何も無い時に限る。
榴弾とはいえ、相当の破壊力を秘めた16インチ砲弾に直撃されては、堅牢も何もあったものではない。
たちまち木っ端微塵に吹き飛び、中に放置されていたゴミや道具と共に破片を周囲に撒き散らした。
戦艦群の砲撃が、徐々に東へ移動していく。
東付近は、ただの砂漠であるが、7隻の戦艦はそれを承知で砲弾を叩き込んむ。
砂漠のとある箇所に14インチ砲弾が落下し、派手に砂が吹き上げられる。
水柱ならぬ、砂柱が立ち上がった直後、その周囲が派手に吹き飛び、それがしばらく連鎖的に続いた。
シホールアンル軍は、上陸予定地点に大量の魔道地雷及び呪術魔法を仕掛けている。
魔道地雷は、普通の地雷とほぼ同様な物であり、人や物が魔道地雷の上に乗ると、すぐに炸裂するか、種類によっては踏んで、
足を離した瞬間炸裂する物もある。
呪術魔法は、一見地雷と似た黒い容器に入っているが、これは人が踏むと、すぐに魔道式が起動し、人を呪殺するか、戦闘不能にしてしまう。
殺傷力は高く、シホールアンル側も設置する際には充分な注意を払っている。
シホールアンル軍はこれらの仕掛け物を5万個配備し、上陸軍の時間稼ぎを狙っていた。
だが、これらの仕掛け物は、7隻の戦艦から放たれる16インチ、14インチ砲弾によって砂ごと吹き飛ばされた。
魔道地雷、呪術魔法の大半が、大口径砲弾の直撃によって砂ごとすき返されるか、直撃を受けて無そのものに変換されていった。
戦艦が砲撃した後は、それで終わりと。という事にならなかった。
戦艦群と入れ替わりに、重巡洋艦サンフランシスコ、ミネアポリス、シカゴ、ルィスヴィル、クインシー、ヴィンセンスの6隻が、
戦艦群が砲撃した箇所をもう1度砲撃する。
重巡の砲撃も凄まじく、被害を受けた西港や、上陸予定地点の砂漠地帯は、再び艦砲射撃によって徹底的にすき返された。
艦砲射撃には3時間ほどの時間が費やされた。
午前10時50分、沖合の輸送船団から、無数の上陸用舟艇や揚陸艦が西港ならびに砂漠地帯に向い始めた。
これと同時に、南岸で様子を見ていた待機部隊も、揚陸艦に搭乗して一斉に北上を開始した。
上陸予定地点である西側地区には、輸送船団からアメリカ第4軍所属の第5軍団から第4機甲師団と第9歩兵師団、運河南岸から
第5機甲師団と第11歩兵師団が上陸する予定であった。
午前11時20分 北ウェンステル領マルヒナス西港
第4機甲師団に所属している第48戦車連隊は、マルヒナス西港から上陸を開始した。
第48戦車連隊第8戦車大隊の指揮官であるファルク・スコックス少佐は、LSTの前盾が左右に開き、ランプが地面に
下りたのを確認してから、操縦手に命じた。
「ランプが下りた。前進しろ。」
スコックス少佐の指示を受け取った操縦手が、戦車を前進させる。車体が軋み音を立てて動き出す。
通路の下りでガクンと車体が下に傾むくが、地面にキャタピラが付いた後はすぐに姿勢が水平になる。
スコックス少佐は、砲塔のハッチから周りを見渡した。
すぐ左手には、マルヒナス運河の西港が見える。
西港に隣接する港町は、完全に破壊し尽くされ、町はあちこちから煙を吐いている。
その右手には広大な砂漠が広がっている。地面を照り付ける太陽光線が妙にまぶしい。
上陸予定地点は、既に先発隊をつとめた第47戦車連隊や第9歩兵師団の車両や将兵の姿でごった返している。
その中で、第47戦車連隊は既に前進隊形を整えつつある。
シホールアンル側からは、砲弾はおろか、光弾の1発も飛んで来ない。上陸地点は、実に静かな物であった。
「大隊長、敵さんは馬鹿に静かですな。」
砲手が拍子抜けした口調でスコックス少佐に言って来た。
「どうやら、敵さんは内陸に下がったみたいだな。水際防御は最初からやるつもりでは無かったか。」
彼もまた、シホールアンル側の無反応さに拍子抜けしていた。
アメリカ側は、上陸時には必ず敵の航空攻撃や砲撃などがあるだろうと判断していた。
そのため、上空には第3、第6航空軍から発進した戦闘機や、TF57から発艦した艦載機が多数上空警戒に当たっている。
スコックスも、敵の激しい迎撃を受けるであろうと覚悟していた。
しかし、敵の反撃は全く無い。
まるで、この地は明け渡したと言わんばかりに、アメリカ軍の上陸を許している。
「怖気づいたんでしょうか?」
「普通の奴ならばな。」
スコックスは即答した。
「だが、シホット共はただ退いただけでは無いかもしれん。シホットには(いい意味で)変なのしかいないからな。
きっと、何か良からぬ事を考えているかも知れん。」
「と、いう事は、いつも通り気を抜くな、って事ですね。」
「正確にはいつも以上に、だな。何か、妙な胸騒ぎがする。」
スコックスは、いつの間にか浮き出ていた額の汗を拭いながら、そう呟いた。
彼らが呟いている間にも、後続部隊は次々と上陸している。
午後0時30分になると、第4軍は幅4キロ、奥行き1キロの橋頭堡を確保した。
沖合の輸送船上に司令部を構えた第4軍は、海上から部隊の動静を見守っていた。
「司令官。第9歩兵師団より連絡です。西港及び市内の制圧完了。敵は内陸に後退した模様、であります。」
情報参謀の連絡を受け取った第4軍司令官ドニー・ブローニング中将は、その報告に眉をひそめた。
「後退だと?敵は抵抗しなかったのか?」
「はっ。上陸部隊に報告によると、敵は地雷やトラップを仕掛けてたのみで、西港周辺には敵の姿は見当たらないようです。」
「フリッツ、君はどう思うかね?」
ブローニング中将は、隣で考え事をしている参謀長、フリッツ・バイエルライン大佐に声をかけた。
「どうやら、敵は水際防御線を行うには不利と見て、内陸に後退し、我が軍を引き込もうとしているようです。水際防御は、成功すれば
効果は大きいですが、相手側に有力な戦闘艦艇がいる場合は、失敗する危険が高くなります。今回、我々は戦艦ウェストバージニアを
初めとする7隻の旧式戦艦を対地砲撃に使用しています。敵側が、頑丈な地下要塞を建造しているのならば、艦砲射撃の効果は薄いですが、
偵察写真には敵が地下に潜っている様子はありませんでした。敵は、我々が戦艦による支援を受けながら上陸してくる事を予想し、
あえて被害を出さぬ方法、内陸防御で我々に対抗しようとしたのでしょう。」
「ふむ。それなら納得が行くな。」
ブローニング中将は、バイエルライン大佐の説明に納得した。
「この場合、敵はほぼ出てきませんが、時には出てこぬと見せかけ、いきなり逆襲して来る事もあります。私はそれを、フランスで経験しています。」
「ふむ・・・・・」
ブローニング中将はしばし考えた。
第4軍はマルヒナス西港を占領した後、すぐに北上し、北60マイルの距離にある都市ナ・ウォクに向けて進撃する予定だ。
今現在、西港は既に味方の制圧下にある。
作戦の第1段階が成功したのだから、すぐに第2段階に取り掛かろうと、彼は思っていたのだが、バイエルライン大佐の説明を聞いてからは進撃命令を
出す事に躊躇いが生じた。
「司令官、まずは部隊を進めて見ましょう。ただし、慎重にです。」
バイエルラン大佐が言った。
「敵陣の近くまで来たら、一旦部隊を止めて様子を見ましょう。シホールアンル側の狙いはこちらを内に引きずり込む事でかもしれません。
ならば、こちらも内に入り込みましょう。ただし、ゆっくりとです。」
「ほう、神経作戦か。」
ブローニング中将は、バイエルライン大佐の提案に感心した。
「それは、いい手かもしれませんな。」
情報参謀や、作戦参謀なども、納得した表情を見せた。
「よし、部隊を進ませよう。最初の1時間は全速で突っ走り、その後は、コーヒーを飲みながらのんびりと進めと伝えろ。」
元アメリカ第4軍通信参謀セイル・ハワード少佐(当時)の証言
あの時の判断は、普通の敵部隊になら効果はあったはずです。
待ち構える敵というものは、いつ敵が来てもいいように備えています。それは同時に、常に緊張状態にあるという事です。
人間は、長い時間緊張に耐えようとしてもなかなか出来ない生き物です。バイエルライン大佐の提案は、その点ではずばり的を
得ていました。しかし、彼にしても、シホールアンル側があのような化け物を保有していたとは完全に予想していませんでした。
進撃開始から2時間が経ち、我々は、あの化け物の情報を初めて聞いたのです。報告文に、陸を走る軍艦がいるという文字を見た時、
私は現地指揮官が発狂しているのかと思いました。
それからという物の、進撃していた前進部隊は、しばらくの間、陸上装甲艦という未知なる化け物相手に悪戦苦闘を強いられました。
ヒストリーチャンネル:アメリカ軍から見たシホールアンル軍より
午後1時20分 マルヒナス西港
「大隊長、準備完了です。」
第8戦車大隊指揮官であるスコックス少佐は、無線で各中隊長からの報告を聞いた。
スコックス少佐は、念の為砲塔のハッチから体を出し、後ろを振り向く。
楔形を形成した前衛の戦車群の中に守られるようにして、ハーフトラック、その横に軽戦車が布陣している。
そして、後方には自走砲が続く。
アメリカ陸軍が、バイエルライン大佐から学んだ前進隊形、パンツァーカイルが見事に出来上がっている。
「新兵連中も、本国では動作をしっかり叩き込まれているようだな。」
スコックス少佐はそう呟いた後、マイクに向って命令を発した。
「前進開始!」
彼の命令が下るや、第8戦車大隊を先頭にした前進部隊が動き始めた。
スコックス少佐の率いる戦闘団は、時速37キロのスピードでナ・ウォクに向かい始めた。
「大隊長、15分前に先発した47連隊の奴らは、勢い余ってナ・ウォクに突入しちまうかもしれませんよ。」
「どうしてだい?」
スコックス少佐は、操縦手に聞き返した。
「自分の親友が47連隊に居るんですが、部隊全体がこの北大陸でも暴れ回ってやると、鼻息を荒くしとるらしいですよ。」
「47連隊は、血の気の多い奴が揃ってるからな。あいつら、南大陸戦が始まる前にも似たような事を言ってたよ。だが、
あいつらが頼りになる事は、君も知っているだろう?」
「ええ、勿論知ってますよ。」
「47連隊は少々危なっかしい部分はあるが、命令はちゃんと守る。だから、先にナ・ウォクに突入する事はまず無いさ。
そんな事すりゃ、命令違反で軍法会議ものだからな。」
「ハハハ、そうですな。」
「とりあえず、気を抜くんじゃないぞ。ここは敵地だからな。常にシホット共に見られていると思え。」
「わかりました、大隊長。」
それからは会話が途絶え、そのまま時間が流れていった。
砂漠地帯・某所
砂漠の向こう側で、砂煙が上がっている。
遠くて肉眼では分かり辛いが、彼らにはそれがアメリカ軍の前進部隊であるとわかった。
「こちら砂漠の魔道士。アメリカ軍部隊がナ・ウォクに向けて前進を開始。速度は約20リンルほど。」
彼らは、魔法通信を送った。その魔法通信は、待機しているあの部隊にしっかり伝わった。
午後2時40分 西港北北東50キロ地点
「司令部の命令とは言え、こうもノロノロと走るとはな。」
スコックス少佐は、砲塔ハッチから周囲を見渡してから、そう呟いた。
彼の率いる戦闘団は、時速10キロという低速で進んでいる。
第4軍司令部は、1時間は通常速度で走行し、残りは時速10キロ程度の速さで北上せよと命じていた。
彼らは、命令通りに時速10キロ程度の速度で部隊を北上させていた。
普段は、快速を生かしての猛進撃を想定されているのだが、今日はそれと全く正反対の事をやっている。
快速機動に手馴れた機甲師団の将兵にとっては、10キロ程度のスピードはかたつむりの移動速度と同等に思えるほど、遅く感じる。
「大隊長、敵さん、地雷は沿岸部だけに設置して、内陸には全く設置しなかったようですな。」
砲手がスコックス少佐に言って来る。
「時間が無かったのかもしれんな。あるいは、それだけの余裕が無かったかもしれん。」
スコックス少佐は、前を見ながら砲手に返事した。
戦闘団の前方には、後方からやって来た工兵隊が1キロ離れた前方で地雷を捜索している。
しかし、シホールアンル軍の仕掛けたと思しき地雷は、今のところ1個も見つかっていない。
最初は、敵の反撃が必ず予想される事から、戦場は地獄さながらの光景になるだろうと、誰もが予想としていたが、それとは正反対な
この牧歌的光景に、誰もが拍子抜けしている。
「全く、のんびりとしたもんだ。先発の連中も、俺達と同じような気持ちだろうなぁ。」
スコックス少佐は、どこか抜けたような口調でそう呟いた。
『連隊本部!こちら47連隊戦闘団!前方より見たことも無い物が向って来ます!』
『こちら連隊本部、どうした?見たことも無い物とは何だ?』
『船です!船が地面を走っています!』
『船だと?貴様正気か!?暑さで頭をやられたのか?』
『馬鹿野朗!俺は正気だ!!とにかく、船がこっちに向っているんだ!!』
突然、戦車の無線機に奇妙なやり取りが紛れ込んできた。
「なんだいこりゃあ?」
やり取りを聞いていた無線手は、怪訝な表情でそう呟いた。
「大隊長、聞きましたか?」
「ああ、聞いたよ。何だこの会話は?47連隊の奴らは何してるんだ?」
スコックス少佐も首をかしげた。その時、無線機から砲弾の炸裂音と思しき爆発音が聞こえた。
『重砲だ!敵は重砲を撃って来た!』
『おい、落ち着け!敵の勢力はどれぐらいかわかるか?』
『敵は化け物みたいな地を走る軍艦を持っている!それも3隻だ!あ、また撃って来やがった!』
その直後、爆発音と共に雑音がけたたましく流れた。
『おい、どうした?こちら連隊本部。応答しろ、おい!』
連隊本部は、47連隊戦闘団をしきりに呼び掛けるが、相手側の声は雑音しか聞こえなかった。
「大隊長!47連隊が緊急事態に陥っています!」
その時、遠くから雷鳴のような音が聞こえて来る。
音は、それほど大きくは無い。だが、彼らはそれが何である知っている。
「戦場騒音だ。始まったぞ。」
「こちら48連隊本部。第8戦車大隊、聞こえるか?」
「こちら第8戦車大隊。」
「47連隊の戦闘団が、未知の敵に襲われてピンチに陥っている。君達の部隊は47連隊の救援に向え。」
「了解!」
スコックス少佐はそう答えると、戦闘団を第47連隊の救援に向わせた。
10分ほど40キロのスピードで走った。
やがて、第47連隊が見えて来た。47連隊の先頭が、しきりに砲弾を浴びせられている。
車両群の周囲に爆発が起こり、盛んに砂が吹き散らされている。
「右から回るぞ!」
スコックス少佐は、部隊を47連隊の右側から回り込ませようとした。
少しばかりの時間が経ち、スコックスの戦闘団は47連隊の右手に移った。
47連隊とは300メートルの距離を置いている。彼は双眼鏡を使って、先頭部隊を見る。
先頭部隊は散々な目にあっている。周囲にはしきりに砲弾が落下している。
1台のシャーマン戦車が横倒しになり、黒煙を吹き上げている。
そのすぐ後ろではハーフトラック2台が炎上し、周囲には機甲歩兵の死体が散乱している。
先頭を走っていたシャーマン戦車は、ほとんどが動きを止めており、中には原型すら留めない残骸もある。
「ざっと見ても、20台以上の車両がやられているな。」
スコックス少佐は驚いていた。
47連隊の戦闘団をここまで痛め付けた未知なる敵は、一体どんな姿なのだろうか?
もしかして、ハリネズミのように砲を積んだ陸の軍艦のようなものか?
その答えは、目の前に現れた。
スコックスは、双眼鏡を前方に向けた。
そして、彼は見つけた。
「・・・・・何だいありゃあ?」
彼は、自分の目が信じられなかった。前方から、初めて見る台形状の巨大な建造物が迫りつつある。
その台形状の物体には、艦橋らしき・・・・いや、艦橋そのものがついている。
距離は、5000メートルはあるはずだが、地平線から姿を隠し切れていないとなると、あの未知の陸上艦は駆逐艦か、
下手したら巡洋艦並みの大きさがあるかもしれない。
陸上艦が発砲して来た。
砲弾の飛翔音が近付いてきた、と思った直後、前方90メートルの位置に爆発が起こった。
「今度はこっちを狙って来たか!」
スコックス少佐は呻くように言う。
後方から発砲音が響いた。
その音は、後方で足止めを食らっていた47連隊の自走砲が敵陸上艦目掛けて、一斉に砲を撃ち放った物だ。
反撃の砲火が、敵陸上艦にも降り注ぐが、砲弾は敵陸上艦の後方に落下した。
スコックスは、慌てて車内に隠れた。敵陸上艦が再び発砲する。
突然、ドーン!という強い衝撃に、スコックスの乗るシャーマン戦車は激しく揺れた。
「大隊長!こいつは重砲並みの威力ですぜ!爆発力が半端ない!」
操縦手が興奮した口調でスコックスに言った。
「シホットの奴らがあんな化け物を持ってるなんて、情報部の連中は何をしてやがった!」
「後方の奴らの事は今どうでもいい。それよりも、今はこの状況をどうやって切り抜けるかだ!」
後方の味方を罵倒し始める操縦手を、スコックスはそう言って宥めた。
その時、またもや弾着の衝撃が伝わる。ふと、スコックスの耳に弾着とは違う爆発音が聞こえた。
「隊長!3号車が被弾しました!」
「く・・・!やられたか!」
一瞬、スコックスは3号車乗員の顔を思い出した。
「自走砲隊の砲火はどうなっている!?」
「自走砲の連中は撃ちまくっていますが、なかなか命中しません。あ、敵の先頭に何発か当たりました!」
無線の相手は、突然、弾んだ声になった。
この時、自走砲から発射された砲弾のうち、3発は敵の先頭艦に命中した。
「ヘンドリックス!聞こえるか!?」
スコックス少佐は、自身の戦闘団にいる自走砲隊の指揮官を呼び出した。
「こちらヘンドリックスです。」
「君達の自走砲で、向って来るシホット共を歓迎してやってくれ!遠慮はするな!」
「了解!たっぷり楽しませてやりますよ。」
それから10秒後に、スコックスの部隊にいる自走砲も射撃に加わる。
自走砲から放たれた砲弾は、敵陸上艦に次々と降り注ぐ。
47連隊が射撃を開始して6分ほど、スコックス少佐の部隊の自走砲が4分ほど放った。
この間、先頭艦には9発、2番艦と3番艦にはそれぞれ2発ずつが命中した。
これだけでは、敵は参らないであろうが、少なくとも艦上構造物に損傷を与え、火災を発生させた。
させたはずであった。
しかし、
「なんてこった・・・・・・あいつら、無傷じゃねえか!」
ハッチから身を乗り出し、敵艦の損傷状況を確認したスコックス少佐は、敵が全くの無傷である事に仰天していた。
彼が驚く間にも、自走砲の砲弾が敵艦に降り注ぐ。周囲に砲弾が落下して砂が吹き散らされる。
移動目標を撃つ事に慣れていないため、射弾の大半が外れているが、それでも1発が艦橋に命中した。
だが、その瞬間、艦橋の少し上の空域が爆炎と赤紫色の光に覆われた。
煙がすぐに吹き散らされる。命中箇所は、かすり傷すら付いていなかった。
敵の陸上艦が前部2基の連装砲塔で反撃して来る。
距離は既に3000まで縮まっており、敵艦は射撃しやすいようにやや右斜めの姿勢で砲を撃っている。
12発の砲弾が落下する。
砂が天を衝かんばかりに宙へ吹き上げられる。砲塔に直撃を食らったシャーマン戦車が、一瞬にして砲塔を半分以上叩き割られ、
その次には原形すら留めぬほどに爆裂する。
敵陸上艦が、右に回頭した。
回頭下直後、舷側を発砲炎で真っ赤に染めた。
落下して来る砲弾の数が倍以上に増した。
重砲クラスの砲弾が着弾したと思うや、その次には野砲クラス(105ミリクラス)と思しき砲弾が降って来る。
敵陸上艦3隻が、第47連隊や、スコックス部隊の正面へ横並びになり、好き放題砲を撃ちまくる。
特に野砲クラスの砲弾は、短い間隔で次々と降って来る。
「クソ、なんという砲弾の嵐だ!」
スコックス少佐は、余りに激しい砲撃に身が縮まりそうだった。
どこかで、大爆発の轟音が鳴り響いた。
「第2中隊長車被弾!」
「機甲歩兵のハーフトラックが新たに2台やられました!」
損害は、どんどん増えていく。
戦闘開始から15分ほどで、スコックスの戦闘団はM4戦車9台とハーフトラック12台、自走砲3台を失っている。
それなのに、スコックスの戦車部隊は、敵に対して1発も砲弾を撃っていない。
なぜなら、敵陸上艦は3000メートル先から延々と砲弾を放ってきているからだ。
シャーマン戦車の射程距離は3000メートルも無い。
第3中隊の戦車が、敵陸上艦に接近を試みたが、たちまち集中射撃を受け、2両が破壊され、第2中隊は慌てて逃げ戻ってきた。
かくして、スコックスの第8戦車大隊は、一方的に相手から撃たれるだけになってしまった。
「第47連隊が後退を開始しました!」
先ほどから陸上艦の猛攻を受けていた第47連隊は、このままでは損害を増やすだけと判断したのか、破損車両を置き捨てて後退し始めた。
「俺達も後退する!このままじゃあいつらを喜ばせるだけだ!それから航空支援を頼め!」
「わかりました!」
スコックス少佐は、自身の戦闘団も後退させる事にした。
砲弾が落下する中、後続部隊が先に向きを変え、来た道を辿って後退し始める。
殿は、自然に第8戦車大隊が引き受ける事になった。
やがて、第8戦車大隊の残存部隊が後退を開始した時、シホールアンル軍のワイバーン隊が北の空に現れた。
陸上装甲艦レドルムンガの艦橋からは、敵の前進部隊が引き返していく様子が見て取れた。
「ハッハッハッ!見たかアメリカ軍!これが我が帝国の力だ!」
第311特殊機動旅団の司令官であるルドバ・イルズド准将は、高笑いを上げた。
イルズド准将が率いる第311特殊機動旅団は、ナ・ウォクの南方3ゼルドの地点で昨日の夜から“待機”していた。
普通ならば、この3隻の陸上装甲艦は砂漠では発見されやすい存在だ。
上空から見れば、一目瞭然なのだが、第311特殊機動旅団は、この日のためにある秘密兵器を使って姿を隠していた。
それは、特殊な布に幻影魔法の効果を入力させ、陸上装甲艦の姿を砂漠と一体化させるというもので、
アメリカ側からしてみれば信じられない方法だった。
3隻の陸上装甲艦は、時機が来るまでずっと砂漠になり続けた。
乗員達が、干からびるような暑さに耐える事、丸1日半。
3隻の陸上装甲艦は、砂漠に配置した見張りによる、アメリカ軍機甲師団北上の通信を受けると、すぐに行動を開始した。
そして午後2時40分。アメリカ軍機甲師団を発見した3隻の陸上装甲艦は、一気に襲い掛かった。
約30分の戦闘で、アメリカ軍前進部隊はこの3隻との砲撃戦に撃ち負け、後退して行った。
少なからぬ損傷車両を残して。
「いやはや、見事に蹴散らしてしまったな。」
「敵戦車は、射程外のためか砲撃を行った物がごく少数でした。その少数が放った砲弾は、こちらに届いていません。」
「戦車の砲弾は届いていないのか。しかし、敵の砲弾も相当数降ってきたぞ。実際に23発がこのレドルムンガに命中している。」
「恐らく戦車とは別の砲を持つ車両が、後方から砲撃を加えてきたのでしょう。我が軍のキリラルブスと似たような兵器が、アメリカ軍にも存在します。」
「ああ、例の自走砲とやらか。」
「はい。」
「先の被弾で、魔法石の消耗率はどれぐらいだ?」
「およそ0・3パーセントです。魔法石の精度を上げましたので、消耗率は下がっているようです。」
「そうか。魔法防御の効果は絶大だな。」
「旅団長、味方のワイバーン部隊が前に出るようです。恐らく、残敵掃討にあたるようです。」
「好きにさせよう。ワイバーン隊も、久方ぶりに人間狩を楽しめるな。」
イルズド准将は、凄みのある笑みを浮かべた。
ワイバーンの編隊が、レドルムンガを飛び越していく。その一部は、後退しつつあるアメリカ軍車両に襲いかかろうとしていた。
午後6時30分 マルヒナス運河西港沖
輸送船内にある第4軍司令部は、暗然たる空気に覆われていた。
「フリッツ・・・・君は、敵が陸上軍艦という化け物を持っていた事を予想できたかね。」
ドニー・ブローニング中将は、しわがれた声で参謀長であるバイエルライン大佐に聞いた。
「いえ、全く予想できませんでした。何らかの反撃はあるだろうと思っていましたが・・・・まさか、シホールアンル軍が
陸地も走れる軍艦を持っていたとは、思いもよりませんでした。」
「そうだな。それが普通だ。」
ブローニング中将は、そう呟いた。
この日の午後2時40分。北上中の第4機甲師団は、突如、シホールアンル軍の奇想兵器群に襲撃された。
最初、この奇想兵器の詳細を知らされた時、司令部内ではその報告が信じられなかった。
幕僚の中には、現場指揮官が発狂したのでは無いかと言う者も居たが、第4機甲師団は現にこの奇想兵器によって少なからぬ損害を受けた。
戦闘を行ったのは、第4機甲師団所属の第47、48戦車連隊で、約30分の戦闘を行った後、敵陸上艦の撃破は不可能と判断して後退した。
その直後に始まったワイバーン群の地上攻撃によって、更なる被害を出した。
第4機甲師団はこの戦闘でM4シャーマン戦車38台、M3軽戦車29台、ハーフトラック23台と自走砲並びに支援車両19台を失った。
午後3時20分には、要請を受けて駆けつけた第3航空軍が、この陸上装甲艦に攻撃を仕掛けた。
しかし、陸上装甲艦はワイバーン部隊の支援を受けていたため、第3航空軍はなかなか陸上装甲艦に近付けなかった。
この前代未聞の事態に、第4軍司令部は午後4時前に、洋上の第57任務部隊にも支援を要請した。
第3航空軍は、6時までに3波409機。第57任務部隊は2波330機の攻撃隊を向かわせた。
第3航空軍や第57任務部隊の攻撃隊は、敵ワイバーンの妨害や陸上装甲艦の巧みな機動で多数の爆弾をかわされ、ワイバーンや敵艦の反撃で
78機が撃墜、または使用不能になったが、それでも134発の爆弾を命中させたと伝えている。
しかし、3隻の陸上装甲艦は、強力な魔法防御を得ているため、この134発の命中弾も敵艦に全くダメージを与えられなかった。
それでも、執拗なアメリカ軍機の攻撃に怖気づいたのか、敵陸上装甲艦は橋頭堡まで北20マイル地点に進んだ所で反転して行った。
未知の奇想兵器が橋頭堡に殴り込むという事態は、ひとまず避けられたものの、敵陸上装甲艦に与えた損害は全くのゼロであり、敵がまた突撃を
企てる事は充分に考えられた。
「どうやれば、敵の陸上艦を潰せるのか・・・・・」
作戦参謀が、喉から搾り出すような口調で言う。しかし、その言葉に反応する物は、誰もいない。
「夜間になれば、航空機の行動は制限される。航空機の支援が受けられない夜間に、あの化け物が現れれば、橋頭堡は危ない。」
「敵に打撃を与え続ける兵器・・・・移動目標の射撃に慣れた、発射間隔の短い兵器があれば・・・・」
バイエルラインは、漠然とした思い出そう呟いていた。
「移動目標の射撃に慣れた兵器・・・・・陸軍の砲兵隊は敵地砲撃を目的としているから、まず駄目だ。戦車は、今日の戦闘で
敵陸上艦に歯が立たないという事が分かっている。陸軍の装備では、どのような兵器で持っても、荷が重すぎる。」
「司令官・・・・陸軍にはありませんが、海軍にはありますぞ!」
作戦参謀が突然、弾けたような口調でブローニングに言った。
「海軍だと?まさか、戦艦か!」
「はい。今朝、上陸地点砲撃に当たっていた戦艦群を使えば、恐らく、敵の強力な魔法防御を打ち破れるかもしれません。」
「いや、戦艦では少し相手が悪い。」
バイエルライン大佐はきっぱりと言った。
「戦艦の火砲は確かに強大だが、発射間隔が長すぎる。敵陸上艦は、重砲クラスと野砲クラスの、計2種類の砲を持つ。報告によれば、
重砲クラスは14から12秒に1発。野砲クラスは7から6秒に1発の発射速度で砲撃を行っている。流石に、戦艦の頑丈な艦体は
撃ち抜けないだろうが、手数が多い分、表面上だけならば確実に傷めつける事ができる。それに、陸上装甲艦は、今後の作戦のために
今、確実に討ち取らねばならない。敵の指揮官だって、戦艦が強力な事は分かっているはずだ。戦艦の姿を見れば、突撃を諦めてどこかに
隠れてしまうだろう。そうなれば、余計始末に悪い。」
「海軍も駄目、と言われるのですか?」
情報参謀は、険しい表情でバイエルラインに言った。しかし、バイエルラインは首を横に振った。
「俺は、海軍が駄目とは言っていない。戦艦という艦種を使う事がまずいと言っているだけだ。敵が侮り、そして、勝負をかけたら
食い付きそうな艦種を、俺は知っている。」
「ほう、知っているのか?」
ブローニング中将が意外そうな口調で聞いてきた。
「ええ。知っていますよ。それに、先の話にも出て来た、移動目標の射撃に慣れた、発射間隔の短い兵器を。それは、船団を護衛
していた護衛艦隊の中に居ました。それも複数です。」
午前7時20分 マルヒナス沖西18マイル地点
アメリカ海軍第6艦隊第61任務部隊に所属する第3任務群は、第6艦隊司令部からの命令を受け、急遽マルヒナス運河に向う事になった。
TG61.3旗艦である軽巡洋艦ブルックリン艦橋では、司令官のアーロン・メリル少将がやや緊張した表情で、参謀長と話し合っていた。
「陸軍さんは、どえらい任務を俺達に押し付けてきたな。」
メリル少将は、おどけた口調で参謀長に言った。
「はぁ。なんでも、陸地を走る軍艦がいるらしいですな。それの処理を、第4艦隊の重巡と一緒に頼もうと言う腹積もりのようで。」
「敵は魔法防御を持って、通常攻撃では効果がないと、第6艦隊の奴らは言っていたな。そんな敵と今から戦う羽目になるとは・・・・」
メリルは、頭を抱えたくなった。
今から2ヶ月近く前、彼はサンディエゴの海軍病院で前の司令官であるウォルデン・エインスウォース少将を見舞った時、
「「例え、化け物みたいな兵器と戦うとなっても、自慢のブルックリンジャブで沈めてやりますよ。」」
と、虚勢を張ってしまった。
彼はこの時、いいセリフが言えたと思っていた。
しかし、そのセリフを言ってしまった罰なのか、彼の率いる艦隊は陸地を動き回り、魔法防御で驚異的な防御力を得た陸上艦という、
どこぞの御伽噺から飛び出したのかと思うような“化け物”と、もうすぐで戦火を交えることとなった。
(畜生。あの時、あんな虚勢さえ張らなければ、陸上艦などという変態みたいな化け物と戦わずに済んだのに・・・・
ああ、俺はつくづく馬鹿だ!)
メリル少将は、内心で自身を呪う。
だが、自身を呪った後は自然に闘志が湧き起こった。
(敵と戦う事になった今、俺達はやるしかない。見てろよシホット。貴様ら自慢のディフェンスを、ジャブの連打で突き崩してやる)
メリルは、そう思う事で、自身の腹をくくった。
1484年(1944年)1月12日 午前7時10分 マルヒナス運河西港
その日、シホールアンル軍第55歩兵師団に所属する第2小隊は、西港内にある監視所で洋上を見張っていた。
10分前までは、アメリカ軍機が大挙飛来し、西港の周辺に爆弾の雨を降らせて帰って行った。
空襲が終わり、第2小隊の将兵は一息いれていたのだが、
「隊長、来ました!」
その休息も、ほんの僅かな間でしかなかった。
「敵か?」
「ええ。そうです。凄い船団ですよ。」
見張りは、小隊長に望遠鏡を貸した。小隊長は望遠鏡を受け取り、洋上をじっと見つめる。
部下の言っていた凄い船団とやらは、すぐに見つかった。
「なるほど・・・・・確かに凄い船団だ。最低でも100隻は下らんかもしれないな。おい!本部に連絡だ!
我、敵船団を発見せり、だ!」
小隊長は、後ろに居る魔道士に向ってそう叫んだ。
それから20分ほど余りが経った。今、目の前に居る船の数は、20分前より数倍以上に増えている。
「小隊長、こりゃあ、100隻どころか、300隻ほどはいるかもしれませんぜ。」
「ああ。最低でも300隻は下らんな・・・・いや、もっとかもしれんぞ。」
「船団の前を航行する船・・・・ありゃあ戦艦ですよ。距離は5ゼルドほどまで近付いています。」
「戦艦か・・・・・やたらにでかいなとは思っていたが。形はおぼろげだが、何とか判別できる・・先頭はサウスダコタ級とやらだな、
後は三脚か、籠みたいなマストがついている。おそらく、新鋭戦艦も含めた戦艦の艦砲射撃で、危険と思われる地域を吹っ飛ばしてから、
上陸をするんだろう。」
「追加報告を送りますか?」
魔道将校が小隊長に尋ねてくる。
「ああ。こう送れ。敵船団は約300隻ほど。船団には戦艦5隻以下の戦闘艦艇多数が護衛についている、戦艦のうち2隻はサウスダコタ級、以上だ。」
小隊長はそう言った後、監視所の中にいる部下達にこう告げた。
「お前ら聞け!俺達の任務はひとまず終わりだ!今からここを脱出し、次の地点に移動する!わかったか!?」
「「はい!」」
「よし、ずらかるぞ!」
小隊長の掛け声の下、任務を終えた彼らは、隠してあった馬車に乗り組んでから、脱出を開始した。
アメリカ艦隊の艦砲射撃が始まったのは、その直後であった。
午前7時40分 第4艦隊旗艦戦艦アリゾナ
アリゾナの45口径14インチ砲12門が、この日最初の斉射を行った。
14インチ砲の一斉射撃は、艦齢23年が経過した巨体をびりびりと振るわせる。
「ふぅ・・・・戦艦の射撃というものは、いつ見ても慣れないものだな。」
艦長のジョシュア・ラルカイル大佐は、双眼鏡で砲撃を受けている西港を見つめながら苦笑交じりに呟いた。
アリゾナは、第4艦隊所属の第41任務部隊第3任務群に所属している。
群旗艦はアリゾナの前を行くペンシルヴァニアである。
第4艦隊は、事前に上陸予定地の艦砲射撃を行うよう命じられている。
このため、各任務群にある旧式戦艦を引き抜いて、7隻でもってマルヒナス運河西港に射撃を加えている。
先頭を行くのは、第4艦隊旗艦であるウェスト・バージニアである。
その次にメリーランド、その後ろからコロラド、カリフォルニア、テネシー、そしてペンシルヴァニア、アリゾナとなっている。
この7隻は、第1次大戦中、又は戦後に竣工した旧式艦ばかりであるが、今、この7隻の外見を見ると、古いと思える艦はペンシルヴァニアと
アリゾナ、そしてコロラドぐらいだ。
その他の戦艦は、本国での大改装を受けた結果、サウスダコタ級とほぼ同じような姿となっている。
この新しい姿を得た4隻の旧式戦艦は、同盟国の海軍関係者を一時混乱させた事がある。
ある日、バルランド海軍のある将官が、エスピリットゥ・サントを訪れた。
その将官は、軍港に停泊するTF57の全容に驚いていた。その時、将官はこんな質問をしていた。
「あの、少し寸詰まりの新鋭戦艦は、何隻ぐらい建造されているのだね?」
「サウスダコタ級戦艦ですな。あの戦艦はこれまでに4隻が建造されています。うち1隻は第2次バゼット海海戦で活躍しています。
これからは、4隻のサウスダコタ級の他にも、新しい戦艦が続々と艦隊に配備される予定です。」
質問を受けた佐官は、最後はやや自慢気な口調でそう言っていた。
その1週間後、将官はヴィルフレイングを訪れた。
その際、彼は停泊しているTF58と、第4艦隊の艦艇群を見ていた。その時、将官は驚いた。
「すごい・・・・・凄すぎる・・・・・・!」
「ん?どうかされましたか?」
「アメリカは、サウスダコタ級戦艦を僅か数年程度で“8隻”も建造していたとは!」
将官は、恐怖感すら交えた驚きで、説明約の士官にそう言っていた。
「サウスダコタ級が8隻ですって?ご冗談を。あの戦艦は4隻しか建造されていませんよ。」
「いや、あそこにしっかり居るではありませんか!」
将官は、人差し指を迷彩の施された戦艦に向けた。
「ああ、あれですね。閣下、あの戦艦の名前はカリフォルニアといいます。」
「カリフォルニア・・・・あの籠マストの旧式戦艦か。まさか、アメリカはあの旧式戦艦を解体して、新しい戦艦に
カリフォルニアという名前を与えたのですか。」
「いえ、そうではありません。あれが、“旧式戦艦”のカリフォルニアです。改装でちょっと形が変わってしまったのですよ。」
「改装でちょっと・・・・・・」
その時、将官は理解した。
つまり、彼は改装した旧式戦艦を、サウスダコタ級の新鋭戦艦と間違えてしまったのである。
「あれがちょっとなのかね?」
将官は、その士官に対して突っ込みを入れたほど、4戦艦の姿はすっかり変わっていた。
これと同じような反応は、他の国の軍人達も見せていた。
ちなみに、コロラドだけがあまり変わっていないのは、4戦艦と同様に外見をすっかり変えるような時間が無かったからである。
7隻の戦艦の保有する16インチ、14インチ主砲計60門は、西港やその周辺の土地を隙間無く掘り返していく。
西港に建てられている建造物は、3分の1は昔、ウェンステル人が建てたものだが、残りはシホールアンル軍が建造している。
建物の大半は頑丈な石造り式構造物であるが、16インチ砲弾、14インチ砲弾はその建物をあっさりと叩き壊していく。
空の倉庫に14インチ砲弾が命中した。
その瞬間、倉庫は木っ端微塵に吹き飛び、爆煙のあとには僅かに構造材らしきものが残されていた。
別の1戸立ての建物には、16インチ砲弾が命中する。
ウェンステル人の作る石造りの家は、100年以上経っても壊れないといわれるほど堅牢な作りになっているが、それは、何も無い時に限る。
榴弾とはいえ、相当の破壊力を秘めた16インチ砲弾に直撃されては、堅牢も何もあったものではない。
たちまち木っ端微塵に吹き飛び、中に放置されていたゴミや道具と共に破片を周囲に撒き散らした。
戦艦群の砲撃が、徐々に東へ移動していく。
東付近は、ただの砂漠であるが、7隻の戦艦はそれを承知で砲弾を叩き込んむ。
砂漠のとある箇所に14インチ砲弾が落下し、派手に砂が吹き上げられる。
水柱ならぬ、砂柱が立ち上がった直後、その周囲が派手に吹き飛び、それがしばらく連鎖的に続いた。
シホールアンル軍は、上陸予定地点に大量の魔道地雷及び呪術魔法を仕掛けている。
魔道地雷は、普通の地雷とほぼ同様な物であり、人や物が魔道地雷の上に乗ると、すぐに炸裂するか、種類によっては踏んで、
足を離した瞬間炸裂する物もある。
呪術魔法は、一見地雷と似た黒い容器に入っているが、これは人が踏むと、すぐに魔道式が起動し、人を呪殺するか、戦闘不能にしてしまう。
殺傷力は高く、シホールアンル側も設置する際には充分な注意を払っている。
シホールアンル軍はこれらの仕掛け物を5万個配備し、上陸軍の時間稼ぎを狙っていた。
だが、これらの仕掛け物は、7隻の戦艦から放たれる16インチ、14インチ砲弾によって砂ごと吹き飛ばされた。
魔道地雷、呪術魔法の大半が、大口径砲弾の直撃によって砂ごとすき返されるか、直撃を受けて無そのものに変換されていった。
戦艦が砲撃した後は、それで終わりと。という事にならなかった。
戦艦群と入れ替わりに、重巡洋艦サンフランシスコ、ミネアポリス、シカゴ、ルィスヴィル、クインシー、ヴィンセンスの6隻が、
戦艦群が砲撃した箇所をもう1度砲撃する。
重巡の砲撃も凄まじく、被害を受けた西港や、上陸予定地点の砂漠地帯は、再び艦砲射撃によって徹底的にすき返された。
艦砲射撃には3時間ほどの時間が費やされた。
午前10時50分、沖合の輸送船団から、無数の上陸用舟艇や揚陸艦が西港ならびに砂漠地帯に向い始めた。
これと同時に、南岸で様子を見ていた待機部隊も、揚陸艦に搭乗して一斉に北上を開始した。
上陸予定地点である西側地区には、輸送船団からアメリカ第4軍所属の第5軍団から第4機甲師団と第9歩兵師団、運河南岸から
第5機甲師団と第11歩兵師団が上陸する予定であった。
午前11時20分 北ウェンステル領マルヒナス西港
第4機甲師団に所属している第48戦車連隊は、マルヒナス西港から上陸を開始した。
第48戦車連隊第8戦車大隊の指揮官であるファルク・スコックス少佐は、LSTの前盾が左右に開き、ランプが地面に
下りたのを確認してから、操縦手に命じた。
「ランプが下りた。前進しろ。」
スコックス少佐の指示を受け取った操縦手が、戦車を前進させる。車体が軋み音を立てて動き出す。
通路の下りでガクンと車体が下に傾むくが、地面にキャタピラが付いた後はすぐに姿勢が水平になる。
スコックス少佐は、砲塔のハッチから周りを見渡した。
すぐ左手には、マルヒナス運河の西港が見える。
西港に隣接する港町は、完全に破壊し尽くされ、町はあちこちから煙を吐いている。
その右手には広大な砂漠が広がっている。地面を照り付ける太陽光線が妙にまぶしい。
上陸予定地点は、既に先発隊をつとめた第47戦車連隊や第9歩兵師団の車両や将兵の姿でごった返している。
その中で、第47戦車連隊は既に前進隊形を整えつつある。
シホールアンル側からは、砲弾はおろか、光弾の1発も飛んで来ない。上陸地点は、実に静かな物であった。
「大隊長、敵さんは馬鹿に静かですな。」
砲手が拍子抜けした口調でスコックス少佐に言って来た。
「どうやら、敵さんは内陸に下がったみたいだな。水際防御は最初からやるつもりでは無かったか。」
彼もまた、シホールアンル側の無反応さに拍子抜けしていた。
アメリカ側は、上陸時には必ず敵の航空攻撃や砲撃などがあるだろうと判断していた。
そのため、上空には第3、第6航空軍から発進した戦闘機や、TF57から発艦した艦載機が多数上空警戒に当たっている。
スコックスも、敵の激しい迎撃を受けるであろうと覚悟していた。
しかし、敵の反撃は全く無い。
まるで、この地は明け渡したと言わんばかりに、アメリカ軍の上陸を許している。
「怖気づいたんでしょうか?」
「普通の奴ならばな。」
スコックスは即答した。
「だが、シホット共はただ退いただけでは無いかもしれん。シホットには(いい意味で)変なのしかいないからな。
きっと、何か良からぬ事を考えているかも知れん。」
「と、いう事は、いつも通り気を抜くな、って事ですね。」
「正確にはいつも以上に、だな。何か、妙な胸騒ぎがする。」
スコックスは、いつの間にか浮き出ていた額の汗を拭いながら、そう呟いた。
彼らが呟いている間にも、後続部隊は次々と上陸している。
午後0時30分になると、第4軍は幅4キロ、奥行き1キロの橋頭堡を確保した。
沖合の輸送船上に司令部を構えた第4軍は、海上から部隊の動静を見守っていた。
「司令官。第9歩兵師団より連絡です。西港及び市内の制圧完了。敵は内陸に後退した模様、であります。」
情報参謀の連絡を受け取った第4軍司令官ドニー・ブローニング中将は、その報告に眉をひそめた。
「後退だと?敵は抵抗しなかったのか?」
「はっ。上陸部隊に報告によると、敵は地雷やトラップを仕掛けてたのみで、西港周辺には敵の姿は見当たらないようです。」
「フリッツ、君はどう思うかね?」
ブローニング中将は、隣で考え事をしている参謀長、フリッツ・バイエルライン大佐に声をかけた。
「どうやら、敵は水際防御線を行うには不利と見て、内陸に後退し、我が軍を引き込もうとしているようです。水際防御は、成功すれば
効果は大きいですが、相手側に有力な戦闘艦艇がいる場合は、失敗する危険が高くなります。今回、我々は戦艦ウェストバージニアを
初めとする7隻の旧式戦艦を対地砲撃に使用しています。敵側が、頑丈な地下要塞を建造しているのならば、艦砲射撃の効果は薄いですが、
偵察写真には敵が地下に潜っている様子はありませんでした。敵は、我々が戦艦による支援を受けながら上陸してくる事を予想し、
あえて被害を出さぬ方法、内陸防御で我々に対抗しようとしたのでしょう。」
「ふむ。それなら納得が行くな。」
ブローニング中将は、バイエルライン大佐の説明に納得した。
「この場合、敵はほぼ出てきませんが、時には出てこぬと見せかけ、いきなり逆襲して来る事もあります。私はそれを、フランスで経験しています。」
「ふむ・・・・・」
ブローニング中将はしばし考えた。
第4軍はマルヒナス西港を占領した後、すぐに北上し、北60マイルの距離にある都市ナ・ウォクに向けて進撃する予定だ。
今現在、西港は既に味方の制圧下にある。
作戦の第1段階が成功したのだから、すぐに第2段階に取り掛かろうと、彼は思っていたのだが、バイエルライン大佐の説明を聞いてからは進撃命令を
出す事に躊躇いが生じた。
「司令官、まずは部隊を進めて見ましょう。ただし、慎重にです。」
バイエルラン大佐が言った。
「敵陣の近くまで来たら、一旦部隊を止めて様子を見ましょう。シホールアンル側の狙いはこちらを内に引きずり込む事でかもしれません。
ならば、こちらも内に入り込みましょう。ただし、ゆっくりとです。」
「ほう、神経作戦か。」
ブローニング中将は、バイエルライン大佐の提案に感心した。
「それは、いい手かもしれませんな。」
情報参謀や、作戦参謀なども、納得した表情を見せた。
「よし、部隊を進ませよう。最初の1時間は全速で突っ走り、その後は、コーヒーを飲みながらのんびりと進めと伝えろ。」
元アメリカ第4軍通信参謀セイル・ハワード少佐(当時)の証言
あの時の判断は、普通の敵部隊になら効果はあったはずです。
待ち構える敵というものは、いつ敵が来てもいいように備えています。それは同時に、常に緊張状態にあるという事です。
人間は、長い時間緊張に耐えようとしてもなかなか出来ない生き物です。バイエルライン大佐の提案は、その点ではずばり的を
得ていました。しかし、彼にしても、シホールアンル側があのような化け物を保有していたとは完全に予想していませんでした。
進撃開始から2時間が経ち、我々は、あの化け物の情報を初めて聞いたのです。報告文に、陸を走る軍艦がいるという文字を見た時、
私は現地指揮官が発狂しているのかと思いました。
それからという物の、進撃していた前進部隊は、しばらくの間、陸上装甲艦という未知なる化け物相手に悪戦苦闘を強いられました。
ヒストリーチャンネル:アメリカ軍から見たシホールアンル軍より
午後1時20分 マルヒナス西港
「大隊長、準備完了です。」
第8戦車大隊指揮官であるスコックス少佐は、無線で各中隊長からの報告を聞いた。
スコックス少佐は、念の為砲塔のハッチから体を出し、後ろを振り向く。
楔形を形成した前衛の戦車群の中に守られるようにして、ハーフトラック、その横に軽戦車が布陣している。
そして、後方には自走砲が続く。
アメリカ陸軍が、バイエルライン大佐から学んだ前進隊形、パンツァーカイルが見事に出来上がっている。
「新兵連中も、本国では動作をしっかり叩き込まれているようだな。」
スコックス少佐はそう呟いた後、マイクに向って命令を発した。
「前進開始!」
彼の命令が下るや、第8戦車大隊を先頭にした前進部隊が動き始めた。
スコックス少佐の率いる戦闘団は、時速37キロのスピードでナ・ウォクに向かい始めた。
「大隊長、15分前に先発した47連隊の奴らは、勢い余ってナ・ウォクに突入しちまうかもしれませんよ。」
「どうしてだい?」
スコックス少佐は、操縦手に聞き返した。
「自分の親友が47連隊に居るんですが、部隊全体がこの北大陸でも暴れ回ってやると、鼻息を荒くしとるらしいですよ。」
「47連隊は、血の気の多い奴が揃ってるからな。あいつら、南大陸戦が始まる前にも似たような事を言ってたよ。だが、
あいつらが頼りになる事は、君も知っているだろう?」
「ええ、勿論知ってますよ。」
「47連隊は少々危なっかしい部分はあるが、命令はちゃんと守る。だから、先にナ・ウォクに突入する事はまず無いさ。
そんな事すりゃ、命令違反で軍法会議ものだからな。」
「ハハハ、そうですな。」
「とりあえず、気を抜くんじゃないぞ。ここは敵地だからな。常にシホット共に見られていると思え。」
「わかりました、大隊長。」
それからは会話が途絶え、そのまま時間が流れていった。
砂漠地帯・某所
砂漠の向こう側で、砂煙が上がっている。
遠くて肉眼では分かり辛いが、彼らにはそれがアメリカ軍の前進部隊であるとわかった。
「こちら砂漠の魔道士。アメリカ軍部隊がナ・ウォクに向けて前進を開始。速度は約20リンルほど。」
彼らは、魔法通信を送った。その魔法通信は、待機しているあの部隊にしっかり伝わった。
午後2時40分 西港北北東50キロ地点
「司令部の命令とは言え、こうもノロノロと走るとはな。」
スコックス少佐は、砲塔ハッチから周囲を見渡してから、そう呟いた。
彼の率いる戦闘団は、時速10キロという低速で進んでいる。
第4軍司令部は、1時間は通常速度で走行し、残りは時速10キロ程度の速さで北上せよと命じていた。
彼らは、命令通りに時速10キロ程度の速度で部隊を北上させていた。
普段は、快速を生かしての猛進撃を想定されているのだが、今日はそれと全く正反対の事をやっている。
快速機動に手馴れた機甲師団の将兵にとっては、10キロ程度のスピードはかたつむりの移動速度と同等に思えるほど、遅く感じる。
「大隊長、敵さん、地雷は沿岸部だけに設置して、内陸には全く設置しなかったようですな。」
砲手がスコックス少佐に言って来る。
「時間が無かったのかもしれんな。あるいは、それだけの余裕が無かったかもしれん。」
スコックス少佐は、前を見ながら砲手に返事した。
戦闘団の前方には、後方からやって来た工兵隊が1キロ離れた前方で地雷を捜索している。
しかし、シホールアンル軍の仕掛けたと思しき地雷は、今のところ1個も見つかっていない。
最初は、敵の反撃が必ず予想される事から、戦場は地獄さながらの光景になるだろうと、誰もが予想としていたが、それとは正反対な
この牧歌的光景に、誰もが拍子抜けしている。
「全く、のんびりとしたもんだ。先発の連中も、俺達と同じような気持ちだろうなぁ。」
スコックス少佐は、どこか抜けたような口調でそう呟いた。
『連隊本部!こちら47連隊戦闘団!前方より見たことも無い物が向って来ます!』
『こちら連隊本部、どうした?見たことも無い物とは何だ?』
『船です!船が地面を走っています!』
『船だと?貴様正気か!?暑さで頭をやられたのか?』
『馬鹿野朗!俺は正気だ!!とにかく、船がこっちに向っているんだ!!』
突然、戦車の無線機に奇妙なやり取りが紛れ込んできた。
「なんだいこりゃあ?」
やり取りを聞いていた無線手は、怪訝な表情でそう呟いた。
「大隊長、聞きましたか?」
「ああ、聞いたよ。何だこの会話は?47連隊の奴らは何してるんだ?」
スコックス少佐も首をかしげた。その時、無線機から砲弾の炸裂音と思しき爆発音が聞こえた。
『重砲だ!敵は重砲を撃って来た!』
『おい、落ち着け!敵の勢力はどれぐらいかわかるか?』
『敵は化け物みたいな地を走る軍艦を持っている!それも3隻だ!あ、また撃って来やがった!』
その直後、爆発音と共に雑音がけたたましく流れた。
『おい、どうした?こちら連隊本部。応答しろ、おい!』
連隊本部は、47連隊戦闘団をしきりに呼び掛けるが、相手側の声は雑音しか聞こえなかった。
「大隊長!47連隊が緊急事態に陥っています!」
その時、遠くから雷鳴のような音が聞こえて来る。
音は、それほど大きくは無い。だが、彼らはそれが何である知っている。
「戦場騒音だ。始まったぞ。」
「こちら48連隊本部。第8戦車大隊、聞こえるか?」
「こちら第8戦車大隊。」
「47連隊の戦闘団が、未知の敵に襲われてピンチに陥っている。君達の部隊は47連隊の救援に向え。」
「了解!」
スコックス少佐はそう答えると、戦闘団を第47連隊の救援に向わせた。
10分ほど40キロのスピードで走った。
やがて、第47連隊が見えて来た。47連隊の先頭が、しきりに砲弾を浴びせられている。
車両群の周囲に爆発が起こり、盛んに砂が吹き散らされている。
「右から回るぞ!」
スコックス少佐は、部隊を47連隊の右側から回り込ませようとした。
少しばかりの時間が経ち、スコックスの戦闘団は47連隊の右手に移った。
47連隊とは300メートルの距離を置いている。彼は双眼鏡を使って、先頭部隊を見る。
先頭部隊は散々な目にあっている。周囲にはしきりに砲弾が落下している。
1台のシャーマン戦車が横倒しになり、黒煙を吹き上げている。
そのすぐ後ろではハーフトラック2台が炎上し、周囲には機甲歩兵の死体が散乱している。
先頭を走っていたシャーマン戦車は、ほとんどが動きを止めており、中には原型すら留めない残骸もある。
「ざっと見ても、20台以上の車両がやられているな。」
スコックス少佐は驚いていた。
47連隊の戦闘団をここまで痛め付けた未知なる敵は、一体どんな姿なのだろうか?
もしかして、ハリネズミのように砲を積んだ陸の軍艦のようなものか?
その答えは、目の前に現れた。
スコックスは、双眼鏡を前方に向けた。
そして、彼は見つけた。
「・・・・・何だいありゃあ?」
彼は、自分の目が信じられなかった。前方から、初めて見る台形状の巨大な建造物が迫りつつある。
その台形状の物体には、艦橋らしき・・・・いや、艦橋そのものがついている。
距離は、5000メートルはあるはずだが、地平線から姿を隠し切れていないとなると、あの未知の陸上艦は駆逐艦か、
下手したら巡洋艦並みの大きさがあるかもしれない。
陸上艦が発砲して来た。
砲弾の飛翔音が近付いてきた、と思った直後、前方90メートルの位置に爆発が起こった。
「今度はこっちを狙って来たか!」
スコックス少佐は呻くように言う。
後方から発砲音が響いた。
その音は、後方で足止めを食らっていた47連隊の自走砲が敵陸上艦目掛けて、一斉に砲を撃ち放った物だ。
反撃の砲火が、敵陸上艦にも降り注ぐが、砲弾は敵陸上艦の後方に落下した。
スコックスは、慌てて車内に隠れた。敵陸上艦が再び発砲する。
突然、ドーン!という強い衝撃に、スコックスの乗るシャーマン戦車は激しく揺れた。
「大隊長!こいつは重砲並みの威力ですぜ!爆発力が半端ない!」
操縦手が興奮した口調でスコックスに言った。
「シホットの奴らがあんな化け物を持ってるなんて、情報部の連中は何をしてやがった!」
「後方の奴らの事は今どうでもいい。それよりも、今はこの状況をどうやって切り抜けるかだ!」
後方の味方を罵倒し始める操縦手を、スコックスはそう言って宥めた。
その時、またもや弾着の衝撃が伝わる。ふと、スコックスの耳に弾着とは違う爆発音が聞こえた。
「隊長!3号車が被弾しました!」
「く・・・!やられたか!」
一瞬、スコックスは3号車乗員の顔を思い出した。
「自走砲隊の砲火はどうなっている!?」
「自走砲の連中は撃ちまくっていますが、なかなか命中しません。あ、敵の先頭に何発か当たりました!」
無線の相手は、突然、弾んだ声になった。
この時、自走砲から発射された砲弾のうち、3発は敵の先頭艦に命中した。
「ヘンドリックス!聞こえるか!?」
スコックス少佐は、自身の戦闘団にいる自走砲隊の指揮官を呼び出した。
「こちらヘンドリックスです。」
「君達の自走砲で、向って来るシホット共を歓迎してやってくれ!遠慮はするな!」
「了解!たっぷり楽しませてやりますよ。」
それから10秒後に、スコックスの部隊にいる自走砲も射撃に加わる。
自走砲から放たれた砲弾は、敵陸上艦に次々と降り注ぐ。
47連隊が射撃を開始して6分ほど、スコックス少佐の部隊の自走砲が4分ほど放った。
この間、先頭艦には9発、2番艦と3番艦にはそれぞれ2発ずつが命中した。
これだけでは、敵は参らないであろうが、少なくとも艦上構造物に損傷を与え、火災を発生させた。
させたはずであった。
しかし、
「なんてこった・・・・・・あいつら、無傷じゃねえか!」
ハッチから身を乗り出し、敵艦の損傷状況を確認したスコックス少佐は、敵が全くの無傷である事に仰天していた。
彼が驚く間にも、自走砲の砲弾が敵艦に降り注ぐ。周囲に砲弾が落下して砂が吹き散らされる。
移動目標を撃つ事に慣れていないため、射弾の大半が外れているが、それでも1発が艦橋に命中した。
だが、その瞬間、艦橋の少し上の空域が爆炎と赤紫色の光に覆われた。
煙がすぐに吹き散らされる。命中箇所は、かすり傷すら付いていなかった。
敵の陸上艦が前部2基の連装砲塔で反撃して来る。
距離は既に3000まで縮まっており、敵艦は射撃しやすいようにやや右斜めの姿勢で砲を撃っている。
12発の砲弾が落下する。
砂が天を衝かんばかりに宙へ吹き上げられる。砲塔に直撃を食らったシャーマン戦車が、一瞬にして砲塔を半分以上叩き割られ、
その次には原形すら留めぬほどに爆裂する。
敵陸上艦が、右に回頭した。
回頭下直後、舷側を発砲炎で真っ赤に染めた。
落下して来る砲弾の数が倍以上に増した。
重砲クラスの砲弾が着弾したと思うや、その次には野砲クラス(105ミリクラス)と思しき砲弾が降って来る。
敵陸上艦3隻が、第47連隊や、スコックス部隊の正面へ横並びになり、好き放題砲を撃ちまくる。
特に野砲クラスの砲弾は、短い間隔で次々と降って来る。
「クソ、なんという砲弾の嵐だ!」
スコックス少佐は、余りに激しい砲撃に身が縮まりそうだった。
どこかで、大爆発の轟音が鳴り響いた。
「第2中隊長車被弾!」
「機甲歩兵のハーフトラックが新たに2台やられました!」
損害は、どんどん増えていく。
戦闘開始から15分ほどで、スコックスの戦闘団はM4戦車9台とハーフトラック12台、自走砲3台を失っている。
それなのに、スコックスの戦車部隊は、敵に対して1発も砲弾を撃っていない。
なぜなら、敵陸上艦は3000メートル先から延々と砲弾を放ってきているからだ。
シャーマン戦車の射程距離は3000メートルも無い。
第3中隊の戦車が、敵陸上艦に接近を試みたが、たちまち集中射撃を受け、2両が破壊され、第2中隊は慌てて逃げ戻ってきた。
かくして、スコックスの第8戦車大隊は、一方的に相手から撃たれるだけになってしまった。
「第47連隊が後退を開始しました!」
先ほどから陸上艦の猛攻を受けていた第47連隊は、このままでは損害を増やすだけと判断したのか、破損車両を置き捨てて後退し始めた。
「俺達も後退する!このままじゃあいつらを喜ばせるだけだ!それから航空支援を頼め!」
「わかりました!」
スコックス少佐は、自身の戦闘団も後退させる事にした。
砲弾が落下する中、後続部隊が先に向きを変え、来た道を辿って後退し始める。
殿は、自然に第8戦車大隊が引き受ける事になった。
やがて、第8戦車大隊の残存部隊が後退を開始した時、シホールアンル軍のワイバーン隊が北の空に現れた。
陸上装甲艦レドルムンガの艦橋からは、敵の前進部隊が引き返していく様子が見て取れた。
「ハッハッハッ!見たかアメリカ軍!これが我が帝国の力だ!」
第311特殊機動旅団の司令官であるルドバ・イルズド准将は、高笑いを上げた。
イルズド准将が率いる第311特殊機動旅団は、ナ・ウォクの南方3ゼルドの地点で昨日の夜から“待機”していた。
普通ならば、この3隻の陸上装甲艦は砂漠では発見されやすい存在だ。
上空から見れば、一目瞭然なのだが、第311特殊機動旅団は、この日のためにある秘密兵器を使って姿を隠していた。
それは、特殊な布に幻影魔法の効果を入力させ、陸上装甲艦の姿を砂漠と一体化させるというもので、
アメリカ側からしてみれば信じられない方法だった。
3隻の陸上装甲艦は、時機が来るまでずっと砂漠になり続けた。
乗員達が、干からびるような暑さに耐える事、丸1日半。
3隻の陸上装甲艦は、砂漠に配置した見張りによる、アメリカ軍機甲師団北上の通信を受けると、すぐに行動を開始した。
そして午後2時40分。アメリカ軍機甲師団を発見した3隻の陸上装甲艦は、一気に襲い掛かった。
約30分の戦闘で、アメリカ軍前進部隊はこの3隻との砲撃戦に撃ち負け、後退して行った。
少なからぬ損傷車両を残して。
「いやはや、見事に蹴散らしてしまったな。」
「敵戦車は、射程外のためか砲撃を行った物がごく少数でした。その少数が放った砲弾は、こちらに届いていません。」
「戦車の砲弾は届いていないのか。しかし、敵の砲弾も相当数降ってきたぞ。実際に23発がこのレドルムンガに命中している。」
「恐らく戦車とは別の砲を持つ車両が、後方から砲撃を加えてきたのでしょう。我が軍のキリラルブスと似たような兵器が、アメリカ軍にも存在します。」
「ああ、例の自走砲とやらか。」
「はい。」
「先の被弾で、魔法石の消耗率はどれぐらいだ?」
「およそ0・3パーセントです。魔法石の精度を上げましたので、消耗率は下がっているようです。」
「そうか。魔法防御の効果は絶大だな。」
「旅団長、味方のワイバーン部隊が前に出るようです。恐らく、残敵掃討にあたるようです。」
「好きにさせよう。ワイバーン隊も、久方ぶりに人間狩を楽しめるな。」
イルズド准将は、凄みのある笑みを浮かべた。
ワイバーンの編隊が、レドルムンガを飛び越していく。その一部は、後退しつつあるアメリカ軍車両に襲いかかろうとしていた。
午後6時30分 マルヒナス運河西港沖
輸送船内にある第4軍司令部は、暗然たる空気に覆われていた。
「フリッツ・・・・君は、敵が陸上軍艦という化け物を持っていた事を予想できたかね。」
ドニー・ブローニング中将は、しわがれた声で参謀長であるバイエルライン大佐に聞いた。
「いえ、全く予想できませんでした。何らかの反撃はあるだろうと思っていましたが・・・・まさか、シホールアンル軍が
陸地も走れる軍艦を持っていたとは、思いもよりませんでした。」
「そうだな。それが普通だ。」
ブローニング中将は、そう呟いた。
この日の午後2時40分。北上中の第4機甲師団は、突如、シホールアンル軍の奇想兵器群に襲撃された。
最初、この奇想兵器の詳細を知らされた時、司令部内ではその報告が信じられなかった。
幕僚の中には、現場指揮官が発狂したのでは無いかと言う者も居たが、第4機甲師団は現にこの奇想兵器によって少なからぬ損害を受けた。
戦闘を行ったのは、第4機甲師団所属の第47、48戦車連隊で、約30分の戦闘を行った後、敵陸上艦の撃破は不可能と判断して後退した。
その直後に始まったワイバーン群の地上攻撃によって、更なる被害を出した。
第4機甲師団はこの戦闘でM4シャーマン戦車38台、M3軽戦車29台、ハーフトラック23台と自走砲並びに支援車両19台を失った。
午後3時20分には、要請を受けて駆けつけた第3航空軍が、この陸上装甲艦に攻撃を仕掛けた。
しかし、陸上装甲艦はワイバーン部隊の支援を受けていたため、第3航空軍はなかなか陸上装甲艦に近付けなかった。
この前代未聞の事態に、第4軍司令部は午後4時前に、洋上の第57任務部隊にも支援を要請した。
第3航空軍は、6時までに3波409機。第57任務部隊は2波330機の攻撃隊を向かわせた。
第3航空軍や第57任務部隊の攻撃隊は、敵ワイバーンの妨害や陸上装甲艦の巧みな機動で多数の爆弾をかわされ、ワイバーンや敵艦の反撃で
78機が撃墜、または使用不能になったが、それでも134発の爆弾を命中させたと伝えている。
しかし、3隻の陸上装甲艦は、強力な魔法防御を得ているため、この134発の命中弾も敵艦に全くダメージを与えられなかった。
それでも、執拗なアメリカ軍機の攻撃に怖気づいたのか、敵陸上装甲艦は橋頭堡まで北20マイル地点に進んだ所で反転して行った。
未知の奇想兵器が橋頭堡に殴り込むという事態は、ひとまず避けられたものの、敵陸上装甲艦に与えた損害は全くのゼロであり、敵がまた突撃を
企てる事は充分に考えられた。
「どうやれば、敵の陸上艦を潰せるのか・・・・・」
作戦参謀が、喉から搾り出すような口調で言う。しかし、その言葉に反応する物は、誰もいない。
「夜間になれば、航空機の行動は制限される。航空機の支援が受けられない夜間に、あの化け物が現れれば、橋頭堡は危ない。」
「敵に打撃を与え続ける兵器・・・・移動目標の射撃に慣れた、発射間隔の短い兵器があれば・・・・」
バイエルラインは、漠然とした思い出そう呟いていた。
「移動目標の射撃に慣れた兵器・・・・・陸軍の砲兵隊は敵地砲撃を目的としているから、まず駄目だ。戦車は、今日の戦闘で
敵陸上艦に歯が立たないという事が分かっている。陸軍の装備では、どのような兵器で持っても、荷が重すぎる。」
「司令官・・・・陸軍にはありませんが、海軍にはありますぞ!」
作戦参謀が突然、弾けたような口調でブローニングに言った。
「海軍だと?まさか、戦艦か!」
「はい。今朝、上陸地点砲撃に当たっていた戦艦群を使えば、恐らく、敵の強力な魔法防御を打ち破れるかもしれません。」
「いや、戦艦では少し相手が悪い。」
バイエルライン大佐はきっぱりと言った。
「戦艦の火砲は確かに強大だが、発射間隔が長すぎる。敵陸上艦は、重砲クラスと野砲クラスの、計2種類の砲を持つ。報告によれば、
重砲クラスは14から12秒に1発。野砲クラスは7から6秒に1発の発射速度で砲撃を行っている。流石に、戦艦の頑丈な艦体は
撃ち抜けないだろうが、手数が多い分、表面上だけならば確実に傷めつける事ができる。それに、陸上装甲艦は、今後の作戦のために
今、確実に討ち取らねばならない。敵の指揮官だって、戦艦が強力な事は分かっているはずだ。戦艦の姿を見れば、突撃を諦めてどこかに
隠れてしまうだろう。そうなれば、余計始末に悪い。」
「海軍も駄目、と言われるのですか?」
情報参謀は、険しい表情でバイエルラインに言った。しかし、バイエルラインは首を横に振った。
「俺は、海軍が駄目とは言っていない。戦艦という艦種を使う事がまずいと言っているだけだ。敵が侮り、そして、勝負をかけたら
食い付きそうな艦種を、俺は知っている。」
「ほう、知っているのか?」
ブローニング中将が意外そうな口調で聞いてきた。
「ええ。知っていますよ。それに、先の話にも出て来た、移動目標の射撃に慣れた、発射間隔の短い兵器を。それは、船団を護衛
していた護衛艦隊の中に居ました。それも複数です。」
午前7時20分 マルヒナス沖西18マイル地点
アメリカ海軍第6艦隊第61任務部隊に所属する第3任務群は、第6艦隊司令部からの命令を受け、急遽マルヒナス運河に向う事になった。
TG61.3旗艦である軽巡洋艦ブルックリン艦橋では、司令官のアーロン・メリル少将がやや緊張した表情で、参謀長と話し合っていた。
「陸軍さんは、どえらい任務を俺達に押し付けてきたな。」
メリル少将は、おどけた口調で参謀長に言った。
「はぁ。なんでも、陸地を走る軍艦がいるらしいですな。それの処理を、第4艦隊の重巡と一緒に頼もうと言う腹積もりのようで。」
「敵は魔法防御を持って、通常攻撃では効果がないと、第6艦隊の奴らは言っていたな。そんな敵と今から戦う羽目になるとは・・・・」
メリルは、頭を抱えたくなった。
今から2ヶ月近く前、彼はサンディエゴの海軍病院で前の司令官であるウォルデン・エインスウォース少将を見舞った時、
「「例え、化け物みたいな兵器と戦うとなっても、自慢のブルックリンジャブで沈めてやりますよ。」」
と、虚勢を張ってしまった。
彼はこの時、いいセリフが言えたと思っていた。
しかし、そのセリフを言ってしまった罰なのか、彼の率いる艦隊は陸地を動き回り、魔法防御で驚異的な防御力を得た陸上艦という、
どこぞの御伽噺から飛び出したのかと思うような“化け物”と、もうすぐで戦火を交えることとなった。
(畜生。あの時、あんな虚勢さえ張らなければ、陸上艦などという変態みたいな化け物と戦わずに済んだのに・・・・
ああ、俺はつくづく馬鹿だ!)
メリル少将は、内心で自身を呪う。
だが、自身を呪った後は自然に闘志が湧き起こった。
(敵と戦う事になった今、俺達はやるしかない。見てろよシホット。貴様ら自慢のディフェンスを、ジャブの連打で突き崩してやる)
メリルは、そう思う事で、自身の腹をくくった。