第118話 マジックランス
1484年(1944年)2月29日 午前2時 ホウロナ諸島エゲ島
「全員整列!!」
この日の深夜、エゲ島の中心部にあるワイバーン基地に鋭い声音が響き渡った。
松明が、指揮台の周囲で焚かれている。煌々と照らされたその指揮台の前に、第63空中騎士隊の竜騎士、計110人が整列した。
第63空中騎士隊司令官であるフラウスロ・スルファ大佐は、指揮台に上がった後、目の前の竜騎士達に向けて訓示を始めた。
「諸君!いよいよ決戦の時がやって来た!」
スルファ大佐は、芯の通ったような声で語り始めた。
「1時間前、海軍のレンフェラル隊は、ファスコド島から北東約250ゼルドの地点に、空母を中心とするアメリカ機動部隊を発見、
南下しつつあるとの情報を伝えてきた!この敵機動部隊は、27日にスマドクナ並びにレドグナを襲撃した敵と同じ部隊であろう。
軍司令官閣下は、この第63空中騎士隊に出撃を命じられた。この任務は、今まで夜間飛行訓練を専門に、数々の任務をこなしてきた
我々にしか出来ぬ物である!諸君らには、これまでの経験と、新兵器を十二分に生かし、アメリカ機動部隊に対して致命的な一撃を
与えてもらいたい!私からの訓示は以上である!」
空中騎士隊司令の短い訓示が終った。
エゲ島にある第22空中騎士軍司令部は、2月22日に、海軍からアメリカ機動部隊大挙出撃の報告を受け取っていた。
この報告を受け取った第22空中騎士軍は、指揮下の空中騎士隊を直ちに戦闘態勢に移行させた。
いっぽう、第54軍司令部でも、アメリカ機動部隊の来寇は3日以内であろうと判断し、各部隊に厳戒態勢を取らせた。
シホールアンル側は、2月25日にはアメリカ機動部隊が来襲し、最初に航空基地のあるエゲ島やベネング島が空襲を受けるであろうと
判断し、23日早朝から、ありったけの偵察ワイバーンをホウロナ諸島の周囲に飛ばしていた。
ホウロナ諸島に展開する大多数の部隊が緊張を高めていく中、ついに25日を迎えた。
だが、その日は沖合いに船どころか、艦載機の1機すらも飛んでこなかった。
「アメリカ軍は、侵攻予定日を1日ずらしたようだな。」
第54軍司令官は、25日の夕方頃になってそう判断し、明日こそはいよいよアメリカ軍が責めて来るであろうと確信した。
ところが、その翌日も、いつもと変わらぬ平凡な一日を迎え、そのまま時間だけが過ぎていった。
そして、26日もまた、何も起こらないまま終わってしまった。
27日、アメリカ軍はやって来た。
第54軍司令官は、突然舞い込んできた敵来襲すの報告に、
「こんな・・・・馬鹿な事が・・・・・・!」
と、今まで緊張しながら過ごして来た日は何であったのかと本気で思った。
アメリカ軍は襲いかかって来た。
信じられない事に、アメリカ側はホウロナ諸島ではなく、ずっと後方に位置するジャスオ領を襲撃していたのである。
その日の午前7時に第一報が入って以来、ジャスオ領の根拠地であるレヂグナとスマドクナからは断続的に魔法通信が入って来た。
「敵戦爆連合編隊来襲、港湾施設並びに停泊艦船を爆撃す」
「輸送船12隻沈没、港湾施設の被害甚大」
「敵大編隊三度襲来せり、迎撃ワイバーン隊の残存数23騎」
「レドグナの物資運搬船、掃海艇計17隻は全て沈没確実の損害を受けたり」
「スマドクナに来襲する敵編隊、計800機前後なり」
「スマドクナの集積物資、約4割消失。市街地にも敵弾命中、火災発生」
このように、レドグナ、スマドクナから淡々とした報告が届けられてきたが、その内容は、この2つの根拠地が徐々に
壊滅していく様子を克明に伝えていた。
ジャスオ領沿岸の根拠地を、好き放題荒らしまくったアメリカ機動部隊は、夕方になると忽然と姿を消してしまった。
それから丸1日、シホールアンル軍はアメリカ機動部隊を見つけられなかった。
このまま、敵機動部隊を見つけられぬまま、敵の上陸を待つのかと思われた時、海軍のレンフェラルから敵機動部隊発見の報告が届いたのである。
第22空中騎士軍司令部は、敵機動部隊の位置を推定し、直ちに夜間攻撃を仕掛ける事にした。
「かかれ!」
空中騎士隊の飛行隊長が、整列している部下達に向かって、気合の入った声音で命じる。
それに反応した彼らは、素早く相棒の下へ走っていく。
攻撃ワイバーン隊第1中隊を率いるスロウ・タスラウト少佐は、相棒の下へ走り寄ると、その厳つい顔を撫でてやった。
「お前に乗り換えてから初めての実戦になるが、頼りにしているぞ。」
タスラウト少佐の言った事が分かったのであろう、ワイバーンはその姿からしてはどこか愛くるしい鳴き声を発する。
彼は背中に乗り込む前に、胴体に取り付けられている2本の筒を見る。
「こいつをぶっ放したら、アメリカ人共はどんな顔をするかな。」
彼は、この新兵器を目の当たりにして、あわてふためくアメリカ軍将兵の姿を思い浮かべ、一瞬ながら愉快そうな表情を現した。
やがて、飛行隊長から全騎発進の号令がかかり、第63空中騎士隊は1騎、また1騎と、夜空に舞い上がっていった。
午前3時 エゲ島北東沖270マイル地点
第58任務部隊、第2任務群旗艦である正規空母ランドルフのレーダー員が、眠気覚ましのコーヒーを飲みながらPPIスコープと
睨めっこしている時、突如としてレーダーが何かの反応を捉えた。
反応は徐々に増えていき、更にその反応体が北東方面・・・・TG58.2に接近しつつある事も分かった。
その日、TG58.2指揮官のウィリアム・ハリル少将は、旗艦ランドルフの艦橋でうとうとしていた。
彼の浅い眠気は、突如知らされた敵編隊接近の報告によって一気に吹き飛んだ。
「何だって。敵編隊が向かっているだと?」
ハリル少将は、報告を伝えてきた通信参謀に向けて、はっきりしとした口調で聞き返した。
「はい。反応体の進行方向からして、明らかにシホールアンル軍です。敵は、TG58.1を襲ったように、我々に対しても
夜間攻撃を仕掛けて来たようです。」
「くそ・・・・敵は意外と多く用意しているのだな。」
ハリル少将は苦々しい表情を浮かべる。
アメリカ側は、南大陸側のスパイの情報によって、シホールアンル側が夜間攻撃専門の航空部隊を持っている事を知っていたが、
その航空部隊は主に首都方面に配備され、前線には僅か数個空中騎士隊程度。
しかも、重要度の高い拠点防衛に回されていると思い込んでおり、まさか、このような島にまで配備されているであろうとは思わなかった。
だが、シホールアンル軍はホウロナ諸島のような辺境の島にも、夜間飛行という難易度の高い飛行をこなす精鋭部隊を配備していたのだ。
シホールアンル側の夜間攻撃隊の錬度が侮れない事は、先日、TG58.1が身を持って知らせてくれている。
夜間とは言え、ビッグEを大破させ、ヨーキィー(ヨークタウンの愛称)に手傷を負わせたほどの精鋭部隊が、このTG58.2に向かいつつある。
「こちらが出せる戦闘機は何機ある?」
ハリル少将は航空参謀に聞いた。
航空参謀は、どこか暗い表情を浮かべながらも、ハリル少将に返事した。
「24機のみです。」
「24機・・・・・・敵編隊は?」
「大体で90~100ほど。少なめに見積もっても、70騎以上はいます。」
ハリル少将は、思わず頭を抱えたくなった。
TG58.2は、エセックス級正規空母3隻、軽空母2隻の計5隻の空母を主力として編成され、27日のジャスオ領空襲では、
いくらか艦載機が減っているが、それでも200機近いF6Fが使える。
だが、それは昼間に限っての事だ。
TG58.2は、その200機近いF6Fの中に、夜間戦闘機として改造されたF6F-N3をエセックス、ボノム・リシャール、ランドルフに
8機ずつ、計24機搭載している。
昼間になれば、200機ほどという、まさに雲霞のごとき大群のような数のF6Fを防御に回せるのだが、夜間ともなれば、たった24機の
夜間戦闘機で敵大編隊に当たらなければならない。
「敵さんは、俺達の弱点を見事に衝いてきたか。」
ハリル少将は、溜息まじりにそう呟いた。しかし、航空参謀は、ハリル少将がそれほど落胆をしているようには思えなかった。
「戦闘機があてにならん以上、後は艦隊の対空砲火でどれだけやるかだな。」
TG58.2は、なにも5隻の空母だけが航海している訳ではない。空母部隊には、必ず強力な護衛艦艇が居るものだ。
この5隻の空母の周囲には、戦艦サウスダコタを初めとする護衛艦艇がびっしりと取り囲んでいる。
それらの艦艇は、いずれもレーダーを装備し、両用砲にはVT信管付きの砲弾がいつでも装填できるように準備されている。
昨年から、アメリカ機動部隊の対空防御は驚異的なまでに強化されており、シホールアンル側は機動部隊を攻撃するたびに手痛い損害を被り続けている。
「損害は受けるかも知れんが、それは敵とて同じ・・・・・いや、敵のほうが痛い目に合うかも知れないな。これまでと同じように」
ハリル少将は、幾らか自信を取り戻したようだ。
「司令、ひとまず夜間戦闘機を上げましょうか?数は少ないとは言え、戦闘機隊がいるといないとでは大きく違ってくると思います。」
航空参謀はハリルに進言する。
「戦闘機か・・・・・」
使用可能なF6F-N3は24機しかない。TG58.1に応援を頼むにしても、今は別行動を取っているためにTG58.1の応援は望めない。
TG58.2だけで、敵編隊と対応しなければならないのだ。
F6Fは、確かに敵のワイバーンに勝る機体だが、そんな強力な機体も相手と同等の戦力を有して初めて本来の威力を発揮できる。
互いにほぼ同数なら、性能から見てF6Fがやや勝るか、運が良ければ2対1のキルレシオで勝てる。
敵がやや多いか、2倍の数字でも、なんとか五分五分の勝負に持ち込める事が出来るかもしれない。
しかし、敵が3倍以上の数で来れば、勝てるどころか敵を落とすのも難しいであろう。
その事は、2月15日の空襲で如実に表されている。
ハリル少将は、24機のF6F-N3を差し向けても、あたらに失うだけでは無いのか?と思っていた。
「N3のパイロットは、いずれも腕利きです。数は少ないですが、彼らなら敵編隊の数を減らしてくれるはずです。」
航空参謀は、さり気ない口調でハリルに言った。
それを聞いたハリル少将は、迷いを打ち消した。
「わかった。夜間戦闘機を出そう。数が少ないとは言え、有力な戦力である事に変わりないからな。」
それから10分後、エセックス、ランドルフ、ボノム・リシャールから24機のF6F-N3が発艦していった。
午前3時20分
「先頭の偵察ワイバーンより通信!我、前方30ゼルド付近に微弱な生命反応を探知。反応からして敵飛空挺と思われる。」
隊長騎から届けられた魔法通信が、頭の中で聞こえてくる。
(飛空挺・・・・アメリカ軍の夜間専用機か)
攻撃ワイバーン隊第1中隊を率いるタスラウト少佐は、敵が迎撃機を飛ばしているのだろうと思った。
シホールアンル軍が夜間も攻撃できる部隊を保有しているのに対して、アメリカ側も夜間攻撃の出来る部隊を有している事は、
過去の戦歴で明らかになっている。
アメリカ機動部隊が、最初の夜間攻撃を行ったのは、1482年6月に起きたマオンド共和国に対する奇襲作戦の時だ。
アメリカ機動部隊は、昼間のうちに被占領地の根拠地を爆撃したのみに留まらず、マオンド本国の根拠地、グラーズレットに、複葉の夜間専用機で
もって空襲を仕掛け、マオンド軍に大損害を与えている。
その1年後の1483年9月には、米機動部隊は海沿いの物資集積所に対して夜間攻撃を仕掛け、これまた無視できない損害を味方に与えている。
アメリカ機動部隊の散発的な夜間攻撃に対抗するために、タスラウト少佐が所属するような精鋭部隊が、本国から前線に送りこまれた。
今、部隊は敵に向かいつつある。偵察ワイバーンが敵の飛空挺搭乗員の生命反応を捉えたと言う事は、もう少し進めば、敵機動部隊と遭遇できるのだ。
「どれぐらいの数の敵機が居るのだろうか?」
タスラウト少佐は、やや不安げな口調で呟いた。
アメリカ軍機は、2月15日の戦闘では、僅か10機前後しか迎撃機を飛ばさなかったようだが、当然、敵も同じ轍を踏まないように警戒しているはずだ。
そのため、敵は以前よりも夜間専用機を増やした可能性がある。もしかしたら、50機程度の迎撃機は用意しているかもしれない。
「無駄に早いと噂されるヘルキャットが50機もいたら、新鋭の戦闘ワイバーンが60騎いても安心できんな。」
恐らく、敵は戦闘ワイバーンの迎撃を突き破って、攻撃ワイバーンに襲って来るかもしれない。
彼は内心でそう確信していたが、それから2分後に、
「敵はヘルキャット!数は約20機前後!」
という魔法通信が届いた時、彼は相手の数が少ない事に拍子抜けした。
「たったの20機か。これなら、戦闘ワイバーン隊で充分押さえ込めるな。」
タスラウト少佐は自然と楽観していた。
戦闘ワイバーン隊が敵戦闘機と接触したのであろう、上空にエンジンの唸りが聞こえて来る。
やや遠くの空で、光弾のカラフルな色がほとばしり、その向こうからは、単一色の線らしき物が注がれる。
早速、敵が仕留められたのであろう、夜目にも鮮やかなオレンジ色の炎が見えた。
「アメリカ軍機をやったか。」
タスラウト少佐は、戦闘ワイバーン隊の挙げた初戦果を見て、緊張していた頬を緩ませる。
そのまま、戦闘ワイバーン隊と敵迎撃機の死闘に見入る。
夜間の戦闘にもかかわらず、空中戦は意外と激しい展開になっているようだ。
戦闘ワイバーンが敵の背後に回ると、ヘルキャットはすぐにスピードを出してワイバーンを振り切っていく。
特に急降下に入られると、ワイバーンは全くといっていいほど追い付けない。
戦闘ワイバーンの竜騎士は、生命反応探知の魔法を使用しながら戦うのだが、相手はレーダー搭載のF6F-N3であるから、
いきなり思いがけぬ方向から攻撃を食らう時がある。
生命反応探知魔法は、前方方面にしか展開されないため、後方に回られると非常に厄介だ。
おまけに夜間ともあって、ヘルキャットがどこからやって来るのかを突き止めるには、いささか時間が掛かった。
幸い、アメリカ軍機は発動機付きの飛空挺であるため、エンジン音さえ聞けば、大抵どこから向かって来るかが分かるのだが、
300レリンク以上の猛速で飛び回るヘルキャット相手ではそれもきつい。
エンジン音が聞こえたら、瞬時にどこへ避けるか判断しなければならない。
そうしなければ、あっという間に蜂の巣にされる。
唐突に、彼の耳にアメリカ軍機特有の音が聞こえて来た。
それも、かなり近い。
(音のする方向は・・・・後ろ!!)
すかさず、タスラウト少佐は後ろ上方に顔を振り向ける。
魔法によって、暗視力が付加された目に、それは写っていた。
暗闇の中から、4機のF6F-N3が猛速で接近しつつあった。
「いかん!後ろに敵機だ!」
タスラウト少佐は、魔法通信で攻撃ワイバーン全騎に伝えた。
だが、遅かった。
後続のワイバーン1騎が、音で判断したのであろう、相棒の体を右に捻らせる。
しかし、対艦兵器を搭載しているせいで、ワイバーンの動きは鈍かった。
そのワイバーンに、4機のF6Fは12.7ミリ機銃を放った。24丁の機銃から放たれた火のシャワーが、その攻撃ワイバーンに浴びせられた。
機銃弾が命中した瞬間、ワイバーンの防御結界が発動し、夜闇に鮮やかな赤紫色の光が灯る。
だが、アメリカ軍機はこれでもかとばかりに機銃弾を叩き込む。
防御結界は、殺到して来た12.7ミリ弾の前に、僅か5秒で打ち破られ、竜騎士とワイバーンは無数の機銃弾を浴びてずたずたに引き裂かれた。
「第2中隊長騎被弾!」
「くそ、いつの間に俺達の後方に回り込んでいたんだ!?」
タスラウト少佐は、腹立たしげな口調で叫んだ。
アメリカ軍機は、一旦は編隊の下方に飛び抜けるが、高度2000メートル辺りで再び上昇に転じる。
今度は2機と2機に別れ、編隊の下方から突っかかってきた。
あっという間に2騎の攻撃ワイバーンが、腹を12.7ミリ弾に串刺しにされて墜落し始める。
シホールアンル側のワイバーンは、前年度から汎用性の高い83年型汎用ワイバーン「スレクナルク」に切り替わっている。
このワイバーンは、戦闘用にも攻撃用に使える代物であり、数十年後に登場するFA-18ホーネットのスタイルを先取りした、画期的なワイバーンである。
書面上では、タスラウト少佐の部隊は「攻撃専門」となっているが、爆弾を外せば戦闘ワイバーンとしても活動できる。
速度も防御力も向上した83年型ワイバーンなら、ヘルキャットにも充分対抗できるはずだが、夜間、しかも、重い装備を抱えたままとあっては、
さしもの新鋭ワイバーンも標的機同然である。
一旦は、上方に遠ざかったエンジン音が再び近付いて来る。
音は、今まで聞いた物よりもかなり明瞭だ。
「くそ、こっちが狙われたか!」
タスラウト少佐は、自分が狙われたと思い、相棒に指示を下そうとした。
その瞬間、前方から12騎の戦闘ワイバーンが現れ、急上昇して敵戦闘機に向かって行く。
4機のアメリカ軍機は、流石に敵わないと思ったのか、攻撃ワイバーン隊に近付く事を諦めて別方向に急降下していった。
アメリカ軍機の短いながらも、熾烈な空中戦を戦い抜いた第63空中騎士隊は、やがて目標上空に到達した。
「偵察ワイバーンより報告!前方20ゼルド付近に多数の生命反応を探知!敵機動部隊と認む!」
ついに、宿敵の近くまでやって来た。
「第1中隊!直ちに高度300グレルまで下げろ!」
タスラウト少佐はすかさず命じた。
F6Fとの戦闘で、16騎から15騎に減った第1中隊は、統制の取れた動きで高度を下げていく。
高度300グレルに達すると、第1中隊の各騎は一旦水平飛行に写る。
それから1分後に、高度100グレルまで下げた。
海面すれすれと言っても良い高度を、タスラウト少佐の第1中隊は時速250レリンク以上の猛速で飛行する。
いきなり、前方に無数の光が迸った。
周囲にドン!バァン!という高射砲弾が爆裂する音が木霊する。
輪形陣外輪部に展開する駆逐艦が対空砲火を放ってきたのだ。
「各小隊ごとに別れろ!」
タスラウト少佐は次の指示を下した。指示を受け取った部下達は、一斉に4騎ずつの小編隊に別れる。
彼自信が率いる小隊は、目の前で驀進する駆逐艦2隻を目標に絞っていた。
後方で高射砲弾が爆裂する。その瞬間、彼は部下とそのワイバーンの悲鳴が聞こえたような気がした。
VT信管付きの5インチ砲弾は、彼が率いる4騎のワイバーンのうち、最後尾の1騎の至近で爆裂し、竜騎士とワイバーンを吹き飛ばしていた。
敵駆逐艦との距離が1000グレル、900グレル、800グレルと迫って来る。
敵艦は高射砲のみならず、機銃弾も撃って来た。
その発砲炎で、手の艦影がはっきりと見える。タスラウト少佐は敵駆逐艦の正体を見抜いた。
「フレッチャー級駆逐艦か。」
彼は、米駆逐艦がフレッチャー級であると確信した。
フレッチャー級駆逐艦は、5門の両用砲の他に12丁の機銃を有している。
12丁のうち、半数は左舷用としても、残り半数の機銃が彼らに向けて放たれている。
特に、後部付近から発せられるその光弾は一際太い。
距離が500グレルを切った瞬間、新たに1騎が機銃弾に叩き落される。しかし、彼は動揺しなかった。味方騎の散華に気を配る余裕も無かった。
彼は呪文を唱えていた。
歌っているかのような詠唱・・・・それが6秒ほどで終った時、
「投下!」
彼はすかさず、ワイバーンの胴体に吊り下げられている2本の筒を切り離した。
2本の筒は、切り離された後、10メートル落下した。
切り離されて1秒後、この殺風景な雰囲気には不釣り合いなほど綺麗な緑色の光が、猛速でアメリカ駆逐艦に向かっていった。
数は4つ、うち、2つは何かを捉えたのか、向きを変えてアメリカ駆逐艦の艦橋に突進して行った。
「行け!魔法の槍よ!アメリカ人共を串刺しにして来い!」
タスラウト少佐は興奮したような口調で叫んでいた。
彼は、緑色の光・・・・正式名称「対艦炸裂光弾」が敵艦に突き刺さるまでの瞬間を見たかったが、それまでに撃ち落される危険が高い。
彼は、生き残った部下のワイバーンと共に引き返した。
それから10秒後、米駆逐艦に対艦炸裂光弾が突き刺さった。
第38駆逐隊に所属する駆逐艦ニューコムは、4騎のワイバーンに襲われていたが、対空砲火で1騎を叩き落した。
機銃員や砲員が次の目標を狙おうとした時、いきなり摩訶不思議な物体を放って来た。
「何だあれは!?」
機銃員や砲員達は、突如現れた正体不明の飛行物体を見て、誰もがそう思ったが、同時に、彼らはその緑色の飛行物体が一番の脅威であると判断した。
すぐさま5インチ両用砲、20ミリ機銃、40ミリ機銃がこの緑色の物体に向けて射撃を開始する。
だが、弾がなかなか当たらない。
緑色の飛行物体は、そのスピードが速すぎた。700キロ以上はあろうかという高速力で、ニューコム目掛けて真一文字に突入して来る。
20ミリ機銃弾が、真ん中の物体に突き刺さる。その瞬間、爆発が起こった。
爆発は、その隣を飛行していた同じ緑色の飛行物体も巻き込んで、これを誘爆させた。
更に、1つの飛行物体が40ミリ弾に打ち砕かれた。
しかし、ニューコムの奮闘もここまでだった。
まず、1つ目の緑色の飛行物体が、ニューコムの後部にある第5砲塔に命中した。
次の瞬間、第5砲塔付近から爆発が起きた。緑色の飛行物体は、命中した瞬間に爆発した。
ニューコムの第5砲塔は根元から叩き割られ、中の砲員は全て吹き飛ばされてしまった。
次の1発が、ニューコムの右舷中央に命中。
爆裂光弾は最上甲板を突き破って第2甲板で炸裂し、爆風が周囲の区画をめちゃめちゃに叩き壊した上に、機関部にも損傷が及んだ。
そして、最後の3発目は、あろうことか向きを変えて艦橋に突入した。
この3発目は、本来なら艦首に命中する筈であったが、いきなり向きを変えるや、艦橋に突き刺さった。
爆発は艦長以下の艦橋職員を皆殺しにし、フレッチャー級駆逐艦特有の簡素な艦橋は、窓ガラスの位置から上が完全に吹き飛んでしまった。
「駆逐艦ケニー被弾!艦橋部から火災発生!」
「ニューコムに命中弾!あっ、行き足が鈍りつつあります!」
「ジェレミア・コンバート爆沈!魚雷発射管に誘爆した模様!」
「デヴィット・テイラー被弾!火災発生!」
輪形陣中央部に位置する正規空母エセックスの艦上で、艦長のロロ・ファーガソン大佐は、その思わぬ報告に顔をしかめた。
「おいおい、一気に4隻もやられたのか!?」
「はい!無線交信で、敵ワイバーンは光る飛行物体を放って来たとあります!」
「光る飛行物体だと・・・・」
ファーガソン艦長はそこまで言ってから、シホールアンル側が新兵器を投入してきたのかと思った。
彼はすかさず、輪形陣右側に布陣する護衛艦群に視線を移した。
輪形陣右側には、外輪部には駆逐艦がおり、その少し内側に巡洋艦が布陣している。
輪形陣右側の護衛艦は、インディアナポリスと軽巡サンタ・フェがいる。
もし、敵ワイバーンが、駆逐艦部隊に対してやったように、この2艦に対しても、攻撃を仕掛ければ・・・・
「こりゃあまずいぞ。」
ファーガソン大佐は、背筋がぞっとなった。
インディアナポリスには、第5艦隊司令部が乗っている。
もしインディアナポリスが被弾すれば、中に乗っている第5艦隊司令部にも犠牲者が出るかもしれない。
その犠牲者の中に、スプルーアンス大将が含まれる可能性もある。
シホールアンル側は図らずして、ホウロナ諸島侵攻部隊の総指揮官を抹殺する機会を得たのである。
新たな敵ワイバーンが接近して来た。既に、輪形陣右側に大穴が開けられているため、敵ワイバーンは輪形陣内部に悠々と突入して来た。
16騎のワイバーンのうち、8騎が、空母群の前方を行くサウスダコタに、8騎がインディアナポリスとサンタ・フェに向かった。
この16騎は、対艦炸裂光弾の他に、150リギル爆弾1発を搭載している。
ちなみに、対艦炸裂光弾とは、シホールアンル側が開発した新兵器である。
全長1メートル80センチほどの円筒形の物体には、特殊加工された魔法石が入っており、内部には術式発動のための触媒となる液体が入っている。
この液体は、シホールアンル軍魔道研究所が開発した物で、術式が発動すれば、推進剤としての役割も果たす。
射程距離は600グレルで、威力は150リギル爆弾に近い。
シホールアンル軍は、強大化するアメリカ機動部隊を打ち破るには、まず、輪形陣外輪部に展開する護衛艦を叩き潰す事が重要と判断し、
1482年の11月頃から開発が始められた。
この対艦爆裂光弾は、撃ちっぱなし式の兵器だが、生命反応を探知すれば反応のある方向に光弾を導き、そこで炸裂する。
後年開発される誘導ミサイルの先駆けともなる新兵器であるが、特殊な素材、そして高価な魔法石を使用している事で、
1発単位の値段だけでもかなりの高額である。
この新兵器開発に携わった魔道士は、
「こりゃ並みの小国なら、1つの村や町の1年分の税収が吹っ飛ぶぞ」
と呟いたほどである。
その町や村の1年分の税収を消費させるだけの高価な新兵器は、高い金を掛けただけあって早速威力を発揮し、
米駆逐艦1隻撃沈確実、3隻撃破の損害を上げている。
この期待通りの戦果に、自然とワイバーン隊の士気も上がった。
尚、この戦法に目を付けたアメリカ海軍も、5インチロット弾を用いて、シホールアンル側が今日やった事をやり返す事になるが、
それはまだ先の話である。
更なる戦果拡大を狙った竜騎士達は、次なる獲物に食らいつこうとしていた。
その獲物に指定された1隻には、戦艦サウスダコタが含まれていた。
8騎のワイバーンが、サウスダコタに接近する。
「貴様を討ち取って、私の昇進の糧になってもらうぞ!」
その小隊長は、目の前を行くサウスダコタ級戦艦に向けてそう言った。
その直後、サウスダコタ級戦艦は、これまで以上に猛烈な対空砲火を撃ち上げた。
VT信管付きの5インチ砲弾が、先ほどの小隊長騎の目の前に近付く。
砲弾の先頭に取り付けられていた小型レーダーは、その反射波が一定量に達した事を信管に伝える。
信管がその本来の仕事を発揮した瞬間、小隊長騎は無数の断片によって、ワイバーンもろともミンチ状態にされた。
サウスダコタは、まさに修羅と化していた。
戦艦サウスダコタはこれまでの改装で、40ミリ4連装機銃60丁、20ミリ機銃78丁、計138丁もの機銃を装備している。
そのうち、半数に当たる69丁の40ミリ機銃、20ミリ機銃が、8門の5インチ両用砲と共に、ワイバーン編隊に向けて火を噴いていた。
あっという間に、3騎のワイバーンが連続して叩き落される。
40ミリ弾を胴体に複数食らったワイバーンは、胴体真っ二つに切断された。
顔面に両用砲弾の破片を食らったワイバーンが一瞬のうちに絶命し、まだ生き残っている竜騎士もろとも海面に突っ込んだ。
サウスダコタの猛反撃に、8騎中6騎までもが叩き落されたが、流石は精鋭ワイバーン隊。
その仕返しもきっちり行っていた。
まず、4発の対艦爆裂光弾がサウスダコタに殺到する。
戦艦は、駆逐艦と比べて人数が多い。そのため、爆裂光弾は容易に生命反応を捉え、サウスダコタに向かって突進した。
サウスダコタの重火力が、4本の対艦爆裂光弾に向けられる。
いかに700キロ以上の高速で疾駆する爆裂光弾とはいえ、8門の両用砲、69丁の機銃から放たれる濃密な弾幕の前に次々と討ち取られる。
だが、弾幕を掻い潜った1発が、サウスダコタの右舷甲板に突き刺さった。
サウスダコタの右舷中央部に、発砲炎とは異なる閃光が煌く。
その追い討ちとばかりに、2発の150リギル爆弾がサウスダコタ目掛けて落下する。
サウスダコタの第3砲塔上に、派手な爆炎が躍り上がる。左舷側には、外れ弾となった150リギル爆弾が至近弾として落下し、
大量の海水がサウスダコタの左舷側甲板を濡らす。
爆裂光弾の洗礼を受けたサウスダコタは、20ミリ機銃座1つが破壊されただけでなんら損害らしい損害を受けていなかった。
光弾はサウスダコタの右舷甲板に命中したが、分厚い装甲版の前には、町や村1年分の税収が消し飛ぶほどの高級品も、単なる豆鉄砲に過ぎず、
砲塔に命中した爆弾も、砲搭上面をすすけさせた程度で、何ら損傷を与えられなかった。
だが、インディアナポリスとサンタ・フェは、サウスダコタのようには行かなかった。
インディアナポリスは爆裂光弾を1発、サンタ・フェは爆裂光弾2発と爆弾1発を受けていた。
インディアナポリスは中央部に被弾していた。
この被弾で、中央部の対空機銃や両用砲が破壊され、対空火力は減少してしまった。
サンタ・フェは、艦橋後部と中央部魔道光弾を受けた他、後部に爆弾1発を被弾。
特に、艦橋部の被弾は致命的で、艦橋職員の大半が死傷した。
「更なる敵編隊接近!数は14!」
CICのレーダー員が、新たな敵の接近を知らせて来る。
敵ワイバーン群が、損傷艦から放たれる高角砲弾を浴びながら、輪形陣に侵入してきた。
「来るぞ。」
ファーガソン艦長は、緊張した表情で呟いた。
インディアナポリスとサンタ・フェ、それにサウスダコタとサンディ・エゴが動員可能な両用砲、機銃を撃ちまくる。
エセックスを始めとする5隻の空母もまた、猛然と射撃を加えた。
敵ワイバーンは、高度600メートルほどから暖降下しながら接近しつつある。
途中、敵編隊は二手に別れた。
「敵ワイバーン7騎、本艦に向かう!」
「ボノム・リシャールに敵7騎、急速接近!」
CICから、レーダー員の緊迫した声が流れて来る。視界の悪い夜間の対空戦闘では、レーダー員の報告が頼りだ。
敵ワイバーンが、徐々に高度を下げながらエセックスに向かう。
斜め単横陣の隊形で接近しつつある敵ワイバーンのうち、最も右に位置していたワイバーンが高角砲弾に吹き飛ばされる。
エセックスから放たれた20ミリ弾、40ミリ弾が、Mk37射撃管制レーダーの支持を元に、夜間にもかかわらず、敵から見たら
驚くほどの正確な射撃を、ワイバーン群に向けて放つ。
投弾コースに乗っていたワイバーンが新たに1騎撃墜される。
無数の機銃弾を受けたワイバーンは、その頑丈ながらも、優美な肢体をギタギタに引き裂かれてしまった。
4騎のワイバーンが、エセックスより距離700に縮まった所で爆弾を投下した。
ファーガソン艦長は、ワイバーン群が爆弾を投下した直後に面舵一杯を命じたが、タイミングが遅かった。
ふと、2騎のワイバーンが対空砲火を掻い潜りながら、エセックスの舷側に接近し、すれ違い様にブレスを放った。
ワイバーンの口から放たれた高温の火炎が、アイランド後部の5インチ連装両用砲や40ミリ、20ミリ機銃座を舐める。
少なからぬ数の機銃員が身を焼かれて、一部は火達磨になりながら海に飛び込んだ。
その報復は、すぐに叩き返された。
10人以上のアメリカ兵を火炙りにした2騎のワイバーンは、左舷側の40ミリ、20ミリ機銃に撃たれた。
戦友を焼殺された機銃員は、敵討ちとばかりに容赦なく機銃弾をぶち込み、2騎のワイバーンは、竜騎士もろとも原型すら留めぬほどまでに
体を破壊された後、幾つもの破片となって海に落下した。
エセックスの艦首が右に振られ始めた時、突然爆発が起こった。
投下された4発の爆弾のうち、最初の1発がエセックスの中央部に命中していた。
命中した300リギル爆弾は、飛行甲板を突き破り、格納甲板をも貫通して第2甲板で爆発した。
爆風が格納甲板に駐機してあった艦載機多数を破壊し、飛行甲板に直径6メートルほどの穴が穿たれる。
1発目の被弾の衝撃から立ち直る暇も無く、2発目がエセックスの前部甲板に命中する。
この命中弾は、前部エレベーターの繋ぎ目に突き刺さり、格納甲板の装甲版に突き当たってから炸裂した。
この爆発によって、前部部分に固まっていたF6F5機が爆砕された。
また、爆風は穴を広げただけではなく、前部エレベーターをも押し上げた。
爆圧によって、前部エレベーターは捻じ曲げられ、飛行甲板からはみ出てしまった。
更に3発目の命中弾が再び中央部に突き刺さった時、ファーガソン艦長はこのエセックスが空母としては使えなくなったなと確信していた。
午前3時40分
TG58.2旗艦である正規空母ランドルフの艦橋では、重苦しい空気が流れていた。
司令官席に座るハリル少将は、悔しさが滲んだ表情で、右舷側に見える2隻の空母を見つめていた。
2隻の空母。去年の夏から、戦友として行動を共にしていた空母エセックスとボノム・リシャールが燃えていた。
「エセックスは被弾3、至近弾1を受けました。ファーガソン艦長からの報告では、飛行甲板の損害状況は予想以上に深刻で、
艦載機の発着は不可能との事です。それから、ボノム・リシャールは被弾2、至近弾2を受けました。クロヴィス艦長からの
報告によりますと、中央部と後部の被弾により飛行甲板は使用不能の他、至近弾によって推進器に損傷を生じており、今の所、
25ノット以上の速力は出せぬと言う事です。」
「これで、TG58.2が使える空母は、このランドルフと軽空母2隻のみ・・・・か。」
ハリル少将は、憂鬱そうな口調で通信参謀に言った。
TG58.2は、序盤の迎激戦では、僅か24機のF6F-N3を巧みに使って、敵ワイバーン12騎を撃墜した他、対空砲火で多数の
ワイバーンを撃墜したものの、F6Fは7機が撃墜され、護衛艦艇を撃沈破された挙句、エセックスとボノム・リシャールを傷物にされてしまった。
損害レベルは、共に中破程度であるが、飛行甲板は本格的な修理を施さないと使えぬほど痛めつけられている。
それも、火災を消してからの話だ。2隻の空母は、夜目にもはっきり分かるほど火炎と黒煙を吹き上げている。
格納庫内の艦載機が延焼しているらしく、鎮火には今しばらく時間がかかるだろう。
「緒戦で、正規空母2隻を使用不能にされるとは。これは、手痛い損害だぞ。それよりも、スプルーアンス長官はどうだ?」
ハリル少将は、一番気掛かりな点を質問した。
「インディアナポリスも被弾している。長官は無事か?」
「スプルーアンス長官は、今しがた無事であるとの報告が、直接インディアナポリスから伝えられてきました。」
「そうか。」
その報告に、ハリル少将はやや愁眉を開いた。
この時、通信士官が通信参謀に紙を手渡した。通信参謀は一読すると、ハリル少将に手渡した。
ハリルはその内容を読むなり、憂鬱そうな気分が幾らか解れたような気がした。
午前4時20分
「おいおい・・・・冗談じゃねえぞ。」
タスラウト少佐は、目の前に見えるエゲ島を見るなり、呆れたように言った。
「敵の機動部隊は、他の所にも居たのかよ・・・・」
エゲ島のワイバーン基地が燃えていた。
島の西側にあった宿舎や、ワイバーン休養所が、1つ残らず残骸と化している。
短い滑走路には、満遍なく大穴が穿たれている。
垂直離着陸が可能なワイバーンなら降りれるが、元々、飛空挺の支援を受ける事を前提に作られた滑走路だ。
その滑走路がこの有様では、飛空挺の支援は受けられないであろう。
隣接する第64空中騎士隊のワイバーン基地も火災と黒煙を吹き上げている。
隣のワイバーン基地もまた、敵の空襲によって手酷い損害を受けているのであろう。
彼は知らなかったが、エゲ島のワイバーン基地を壊滅させたのは、正規空母レキシントン、サラトガから発艦した夜間攻撃隊であった。
第63空中騎士隊が飛び立ってから10分後、エゲ島の北西270マイルに進出していた第57任務部隊は、第1任務群から夜間攻撃隊を発艦させていた。
TG57.1のレキシントン、サラトガは、開戦以来前線で活躍して来た精鋭空母であり、乗っている航空隊も、実戦経験豊富なパイロットが数多く揃っていた。
レキシントン、サラトガは、第1次攻撃隊としてSBD19、TBF12、第2次攻撃隊としてSB2C17、TBF15、計63機を発艦させた。
レーダーを持たぬシホールアンル側は、この夜間攻撃隊の接近を事前に知る事が出来ず、気が付いた頃には、既に第1次攻撃隊が島のすぐ側にまでやって来ていた。
第1次、第2次、計63機の攻撃機は、ここぞとばかりに暴れ回り、目に見える物には全て機銃弾を撃ち込んだ。
真っ先に襲われたのは第64空中騎士隊で、未だに健在だったワイバーン達は、そのほとんどが戦わずして討ち取られてしまった。
その次に空の第63空中騎士隊の基地も襲われ、第2次攻撃隊は被撃墜機4機を出すも、このワイバーン基地を好き放題荒らしまくった。
そして、第63空中騎士隊が、敵機動部隊の撃破を声高に宣言した時、彼らの家は別の刺客によって破壊されてしまったのだ。
「これじゃ・・・・俺達のほうが、点数少なめじゃないか・・・・」
タスラウト少佐は、目尻に涙を浮かべながら、燃えるワイバーン基地に向かってそう呟いていた。
1484年(1944年)2月29日 午前2時 ホウロナ諸島エゲ島
「全員整列!!」
この日の深夜、エゲ島の中心部にあるワイバーン基地に鋭い声音が響き渡った。
松明が、指揮台の周囲で焚かれている。煌々と照らされたその指揮台の前に、第63空中騎士隊の竜騎士、計110人が整列した。
第63空中騎士隊司令官であるフラウスロ・スルファ大佐は、指揮台に上がった後、目の前の竜騎士達に向けて訓示を始めた。
「諸君!いよいよ決戦の時がやって来た!」
スルファ大佐は、芯の通ったような声で語り始めた。
「1時間前、海軍のレンフェラル隊は、ファスコド島から北東約250ゼルドの地点に、空母を中心とするアメリカ機動部隊を発見、
南下しつつあるとの情報を伝えてきた!この敵機動部隊は、27日にスマドクナ並びにレドグナを襲撃した敵と同じ部隊であろう。
軍司令官閣下は、この第63空中騎士隊に出撃を命じられた。この任務は、今まで夜間飛行訓練を専門に、数々の任務をこなしてきた
我々にしか出来ぬ物である!諸君らには、これまでの経験と、新兵器を十二分に生かし、アメリカ機動部隊に対して致命的な一撃を
与えてもらいたい!私からの訓示は以上である!」
空中騎士隊司令の短い訓示が終った。
エゲ島にある第22空中騎士軍司令部は、2月22日に、海軍からアメリカ機動部隊大挙出撃の報告を受け取っていた。
この報告を受け取った第22空中騎士軍は、指揮下の空中騎士隊を直ちに戦闘態勢に移行させた。
いっぽう、第54軍司令部でも、アメリカ機動部隊の来寇は3日以内であろうと判断し、各部隊に厳戒態勢を取らせた。
シホールアンル側は、2月25日にはアメリカ機動部隊が来襲し、最初に航空基地のあるエゲ島やベネング島が空襲を受けるであろうと
判断し、23日早朝から、ありったけの偵察ワイバーンをホウロナ諸島の周囲に飛ばしていた。
ホウロナ諸島に展開する大多数の部隊が緊張を高めていく中、ついに25日を迎えた。
だが、その日は沖合いに船どころか、艦載機の1機すらも飛んでこなかった。
「アメリカ軍は、侵攻予定日を1日ずらしたようだな。」
第54軍司令官は、25日の夕方頃になってそう判断し、明日こそはいよいよアメリカ軍が責めて来るであろうと確信した。
ところが、その翌日も、いつもと変わらぬ平凡な一日を迎え、そのまま時間だけが過ぎていった。
そして、26日もまた、何も起こらないまま終わってしまった。
27日、アメリカ軍はやって来た。
第54軍司令官は、突然舞い込んできた敵来襲すの報告に、
「こんな・・・・馬鹿な事が・・・・・・!」
と、今まで緊張しながら過ごして来た日は何であったのかと本気で思った。
アメリカ軍は襲いかかって来た。
信じられない事に、アメリカ側はホウロナ諸島ではなく、ずっと後方に位置するジャスオ領を襲撃していたのである。
その日の午前7時に第一報が入って以来、ジャスオ領の根拠地であるレヂグナとスマドクナからは断続的に魔法通信が入って来た。
「敵戦爆連合編隊来襲、港湾施設並びに停泊艦船を爆撃す」
「輸送船12隻沈没、港湾施設の被害甚大」
「敵大編隊三度襲来せり、迎撃ワイバーン隊の残存数23騎」
「レドグナの物資運搬船、掃海艇計17隻は全て沈没確実の損害を受けたり」
「スマドクナに来襲する敵編隊、計800機前後なり」
「スマドクナの集積物資、約4割消失。市街地にも敵弾命中、火災発生」
このように、レドグナ、スマドクナから淡々とした報告が届けられてきたが、その内容は、この2つの根拠地が徐々に
壊滅していく様子を克明に伝えていた。
ジャスオ領沿岸の根拠地を、好き放題荒らしまくったアメリカ機動部隊は、夕方になると忽然と姿を消してしまった。
それから丸1日、シホールアンル軍はアメリカ機動部隊を見つけられなかった。
このまま、敵機動部隊を見つけられぬまま、敵の上陸を待つのかと思われた時、海軍のレンフェラルから敵機動部隊発見の報告が届いたのである。
第22空中騎士軍司令部は、敵機動部隊の位置を推定し、直ちに夜間攻撃を仕掛ける事にした。
「かかれ!」
空中騎士隊の飛行隊長が、整列している部下達に向かって、気合の入った声音で命じる。
それに反応した彼らは、素早く相棒の下へ走っていく。
攻撃ワイバーン隊第1中隊を率いるスロウ・タスラウト少佐は、相棒の下へ走り寄ると、その厳つい顔を撫でてやった。
「お前に乗り換えてから初めての実戦になるが、頼りにしているぞ。」
タスラウト少佐の言った事が分かったのであろう、ワイバーンはその姿からしてはどこか愛くるしい鳴き声を発する。
彼は背中に乗り込む前に、胴体に取り付けられている2本の筒を見る。
「こいつをぶっ放したら、アメリカ人共はどんな顔をするかな。」
彼は、この新兵器を目の当たりにして、あわてふためくアメリカ軍将兵の姿を思い浮かべ、一瞬ながら愉快そうな表情を現した。
やがて、飛行隊長から全騎発進の号令がかかり、第63空中騎士隊は1騎、また1騎と、夜空に舞い上がっていった。
午前3時 エゲ島北東沖270マイル地点
第58任務部隊、第2任務群旗艦である正規空母ランドルフのレーダー員が、眠気覚ましのコーヒーを飲みながらPPIスコープと
睨めっこしている時、突如としてレーダーが何かの反応を捉えた。
反応は徐々に増えていき、更にその反応体が北東方面・・・・TG58.2に接近しつつある事も分かった。
その日、TG58.2指揮官のウィリアム・ハリル少将は、旗艦ランドルフの艦橋でうとうとしていた。
彼の浅い眠気は、突如知らされた敵編隊接近の報告によって一気に吹き飛んだ。
「何だって。敵編隊が向かっているだと?」
ハリル少将は、報告を伝えてきた通信参謀に向けて、はっきりしとした口調で聞き返した。
「はい。反応体の進行方向からして、明らかにシホールアンル軍です。敵は、TG58.1を襲ったように、我々に対しても
夜間攻撃を仕掛けて来たようです。」
「くそ・・・・敵は意外と多く用意しているのだな。」
ハリル少将は苦々しい表情を浮かべる。
アメリカ側は、南大陸側のスパイの情報によって、シホールアンル側が夜間攻撃専門の航空部隊を持っている事を知っていたが、
その航空部隊は主に首都方面に配備され、前線には僅か数個空中騎士隊程度。
しかも、重要度の高い拠点防衛に回されていると思い込んでおり、まさか、このような島にまで配備されているであろうとは思わなかった。
だが、シホールアンル軍はホウロナ諸島のような辺境の島にも、夜間飛行という難易度の高い飛行をこなす精鋭部隊を配備していたのだ。
シホールアンル側の夜間攻撃隊の錬度が侮れない事は、先日、TG58.1が身を持って知らせてくれている。
夜間とは言え、ビッグEを大破させ、ヨーキィー(ヨークタウンの愛称)に手傷を負わせたほどの精鋭部隊が、このTG58.2に向かいつつある。
「こちらが出せる戦闘機は何機ある?」
ハリル少将は航空参謀に聞いた。
航空参謀は、どこか暗い表情を浮かべながらも、ハリル少将に返事した。
「24機のみです。」
「24機・・・・・・敵編隊は?」
「大体で90~100ほど。少なめに見積もっても、70騎以上はいます。」
ハリル少将は、思わず頭を抱えたくなった。
TG58.2は、エセックス級正規空母3隻、軽空母2隻の計5隻の空母を主力として編成され、27日のジャスオ領空襲では、
いくらか艦載機が減っているが、それでも200機近いF6Fが使える。
だが、それは昼間に限っての事だ。
TG58.2は、その200機近いF6Fの中に、夜間戦闘機として改造されたF6F-N3をエセックス、ボノム・リシャール、ランドルフに
8機ずつ、計24機搭載している。
昼間になれば、200機ほどという、まさに雲霞のごとき大群のような数のF6Fを防御に回せるのだが、夜間ともなれば、たった24機の
夜間戦闘機で敵大編隊に当たらなければならない。
「敵さんは、俺達の弱点を見事に衝いてきたか。」
ハリル少将は、溜息まじりにそう呟いた。しかし、航空参謀は、ハリル少将がそれほど落胆をしているようには思えなかった。
「戦闘機があてにならん以上、後は艦隊の対空砲火でどれだけやるかだな。」
TG58.2は、なにも5隻の空母だけが航海している訳ではない。空母部隊には、必ず強力な護衛艦艇が居るものだ。
この5隻の空母の周囲には、戦艦サウスダコタを初めとする護衛艦艇がびっしりと取り囲んでいる。
それらの艦艇は、いずれもレーダーを装備し、両用砲にはVT信管付きの砲弾がいつでも装填できるように準備されている。
昨年から、アメリカ機動部隊の対空防御は驚異的なまでに強化されており、シホールアンル側は機動部隊を攻撃するたびに手痛い損害を被り続けている。
「損害は受けるかも知れんが、それは敵とて同じ・・・・・いや、敵のほうが痛い目に合うかも知れないな。これまでと同じように」
ハリル少将は、幾らか自信を取り戻したようだ。
「司令、ひとまず夜間戦闘機を上げましょうか?数は少ないとは言え、戦闘機隊がいるといないとでは大きく違ってくると思います。」
航空参謀はハリルに進言する。
「戦闘機か・・・・・」
使用可能なF6F-N3は24機しかない。TG58.1に応援を頼むにしても、今は別行動を取っているためにTG58.1の応援は望めない。
TG58.2だけで、敵編隊と対応しなければならないのだ。
F6Fは、確かに敵のワイバーンに勝る機体だが、そんな強力な機体も相手と同等の戦力を有して初めて本来の威力を発揮できる。
互いにほぼ同数なら、性能から見てF6Fがやや勝るか、運が良ければ2対1のキルレシオで勝てる。
敵がやや多いか、2倍の数字でも、なんとか五分五分の勝負に持ち込める事が出来るかもしれない。
しかし、敵が3倍以上の数で来れば、勝てるどころか敵を落とすのも難しいであろう。
その事は、2月15日の空襲で如実に表されている。
ハリル少将は、24機のF6F-N3を差し向けても、あたらに失うだけでは無いのか?と思っていた。
「N3のパイロットは、いずれも腕利きです。数は少ないですが、彼らなら敵編隊の数を減らしてくれるはずです。」
航空参謀は、さり気ない口調でハリルに言った。
それを聞いたハリル少将は、迷いを打ち消した。
「わかった。夜間戦闘機を出そう。数が少ないとは言え、有力な戦力である事に変わりないからな。」
それから10分後、エセックス、ランドルフ、ボノム・リシャールから24機のF6F-N3が発艦していった。
午前3時20分
「先頭の偵察ワイバーンより通信!我、前方30ゼルド付近に微弱な生命反応を探知。反応からして敵飛空挺と思われる。」
隊長騎から届けられた魔法通信が、頭の中で聞こえてくる。
(飛空挺・・・・アメリカ軍の夜間専用機か)
攻撃ワイバーン隊第1中隊を率いるタスラウト少佐は、敵が迎撃機を飛ばしているのだろうと思った。
シホールアンル軍が夜間も攻撃できる部隊を保有しているのに対して、アメリカ側も夜間攻撃の出来る部隊を有している事は、
過去の戦歴で明らかになっている。
アメリカ機動部隊が、最初の夜間攻撃を行ったのは、1482年6月に起きたマオンド共和国に対する奇襲作戦の時だ。
アメリカ機動部隊は、昼間のうちに被占領地の根拠地を爆撃したのみに留まらず、マオンド本国の根拠地、グラーズレットに、複葉の夜間専用機で
もって空襲を仕掛け、マオンド軍に大損害を与えている。
その1年後の1483年9月には、米機動部隊は海沿いの物資集積所に対して夜間攻撃を仕掛け、これまた無視できない損害を味方に与えている。
アメリカ機動部隊の散発的な夜間攻撃に対抗するために、タスラウト少佐が所属するような精鋭部隊が、本国から前線に送りこまれた。
今、部隊は敵に向かいつつある。偵察ワイバーンが敵の飛空挺搭乗員の生命反応を捉えたと言う事は、もう少し進めば、敵機動部隊と遭遇できるのだ。
「どれぐらいの数の敵機が居るのだろうか?」
タスラウト少佐は、やや不安げな口調で呟いた。
アメリカ軍機は、2月15日の戦闘では、僅か10機前後しか迎撃機を飛ばさなかったようだが、当然、敵も同じ轍を踏まないように警戒しているはずだ。
そのため、敵は以前よりも夜間専用機を増やした可能性がある。もしかしたら、50機程度の迎撃機は用意しているかもしれない。
「無駄に早いと噂されるヘルキャットが50機もいたら、新鋭の戦闘ワイバーンが60騎いても安心できんな。」
恐らく、敵は戦闘ワイバーンの迎撃を突き破って、攻撃ワイバーンに襲って来るかもしれない。
彼は内心でそう確信していたが、それから2分後に、
「敵はヘルキャット!数は約20機前後!」
という魔法通信が届いた時、彼は相手の数が少ない事に拍子抜けした。
「たったの20機か。これなら、戦闘ワイバーン隊で充分押さえ込めるな。」
タスラウト少佐は自然と楽観していた。
戦闘ワイバーン隊が敵戦闘機と接触したのであろう、上空にエンジンの唸りが聞こえて来る。
やや遠くの空で、光弾のカラフルな色がほとばしり、その向こうからは、単一色の線らしき物が注がれる。
早速、敵が仕留められたのであろう、夜目にも鮮やかなオレンジ色の炎が見えた。
「アメリカ軍機をやったか。」
タスラウト少佐は、戦闘ワイバーン隊の挙げた初戦果を見て、緊張していた頬を緩ませる。
そのまま、戦闘ワイバーン隊と敵迎撃機の死闘に見入る。
夜間の戦闘にもかかわらず、空中戦は意外と激しい展開になっているようだ。
戦闘ワイバーンが敵の背後に回ると、ヘルキャットはすぐにスピードを出してワイバーンを振り切っていく。
特に急降下に入られると、ワイバーンは全くといっていいほど追い付けない。
戦闘ワイバーンの竜騎士は、生命反応探知の魔法を使用しながら戦うのだが、相手はレーダー搭載のF6F-N3であるから、
いきなり思いがけぬ方向から攻撃を食らう時がある。
生命反応探知魔法は、前方方面にしか展開されないため、後方に回られると非常に厄介だ。
おまけに夜間ともあって、ヘルキャットがどこからやって来るのかを突き止めるには、いささか時間が掛かった。
幸い、アメリカ軍機は発動機付きの飛空挺であるため、エンジン音さえ聞けば、大抵どこから向かって来るかが分かるのだが、
300レリンク以上の猛速で飛び回るヘルキャット相手ではそれもきつい。
エンジン音が聞こえたら、瞬時にどこへ避けるか判断しなければならない。
そうしなければ、あっという間に蜂の巣にされる。
唐突に、彼の耳にアメリカ軍機特有の音が聞こえて来た。
それも、かなり近い。
(音のする方向は・・・・後ろ!!)
すかさず、タスラウト少佐は後ろ上方に顔を振り向ける。
魔法によって、暗視力が付加された目に、それは写っていた。
暗闇の中から、4機のF6F-N3が猛速で接近しつつあった。
「いかん!後ろに敵機だ!」
タスラウト少佐は、魔法通信で攻撃ワイバーン全騎に伝えた。
だが、遅かった。
後続のワイバーン1騎が、音で判断したのであろう、相棒の体を右に捻らせる。
しかし、対艦兵器を搭載しているせいで、ワイバーンの動きは鈍かった。
そのワイバーンに、4機のF6Fは12.7ミリ機銃を放った。24丁の機銃から放たれた火のシャワーが、その攻撃ワイバーンに浴びせられた。
機銃弾が命中した瞬間、ワイバーンの防御結界が発動し、夜闇に鮮やかな赤紫色の光が灯る。
だが、アメリカ軍機はこれでもかとばかりに機銃弾を叩き込む。
防御結界は、殺到して来た12.7ミリ弾の前に、僅か5秒で打ち破られ、竜騎士とワイバーンは無数の機銃弾を浴びてずたずたに引き裂かれた。
「第2中隊長騎被弾!」
「くそ、いつの間に俺達の後方に回り込んでいたんだ!?」
タスラウト少佐は、腹立たしげな口調で叫んだ。
アメリカ軍機は、一旦は編隊の下方に飛び抜けるが、高度2000メートル辺りで再び上昇に転じる。
今度は2機と2機に別れ、編隊の下方から突っかかってきた。
あっという間に2騎の攻撃ワイバーンが、腹を12.7ミリ弾に串刺しにされて墜落し始める。
シホールアンル側のワイバーンは、前年度から汎用性の高い83年型汎用ワイバーン「スレクナルク」に切り替わっている。
このワイバーンは、戦闘用にも攻撃用に使える代物であり、数十年後に登場するFA-18ホーネットのスタイルを先取りした、画期的なワイバーンである。
書面上では、タスラウト少佐の部隊は「攻撃専門」となっているが、爆弾を外せば戦闘ワイバーンとしても活動できる。
速度も防御力も向上した83年型ワイバーンなら、ヘルキャットにも充分対抗できるはずだが、夜間、しかも、重い装備を抱えたままとあっては、
さしもの新鋭ワイバーンも標的機同然である。
一旦は、上方に遠ざかったエンジン音が再び近付いて来る。
音は、今まで聞いた物よりもかなり明瞭だ。
「くそ、こっちが狙われたか!」
タスラウト少佐は、自分が狙われたと思い、相棒に指示を下そうとした。
その瞬間、前方から12騎の戦闘ワイバーンが現れ、急上昇して敵戦闘機に向かって行く。
4機のアメリカ軍機は、流石に敵わないと思ったのか、攻撃ワイバーン隊に近付く事を諦めて別方向に急降下していった。
アメリカ軍機の短いながらも、熾烈な空中戦を戦い抜いた第63空中騎士隊は、やがて目標上空に到達した。
「偵察ワイバーンより報告!前方20ゼルド付近に多数の生命反応を探知!敵機動部隊と認む!」
ついに、宿敵の近くまでやって来た。
「第1中隊!直ちに高度300グレルまで下げろ!」
タスラウト少佐はすかさず命じた。
F6Fとの戦闘で、16騎から15騎に減った第1中隊は、統制の取れた動きで高度を下げていく。
高度300グレルに達すると、第1中隊の各騎は一旦水平飛行に写る。
それから1分後に、高度100グレルまで下げた。
海面すれすれと言っても良い高度を、タスラウト少佐の第1中隊は時速250レリンク以上の猛速で飛行する。
いきなり、前方に無数の光が迸った。
周囲にドン!バァン!という高射砲弾が爆裂する音が木霊する。
輪形陣外輪部に展開する駆逐艦が対空砲火を放ってきたのだ。
「各小隊ごとに別れろ!」
タスラウト少佐は次の指示を下した。指示を受け取った部下達は、一斉に4騎ずつの小編隊に別れる。
彼自信が率いる小隊は、目の前で驀進する駆逐艦2隻を目標に絞っていた。
後方で高射砲弾が爆裂する。その瞬間、彼は部下とそのワイバーンの悲鳴が聞こえたような気がした。
VT信管付きの5インチ砲弾は、彼が率いる4騎のワイバーンのうち、最後尾の1騎の至近で爆裂し、竜騎士とワイバーンを吹き飛ばしていた。
敵駆逐艦との距離が1000グレル、900グレル、800グレルと迫って来る。
敵艦は高射砲のみならず、機銃弾も撃って来た。
その発砲炎で、手の艦影がはっきりと見える。タスラウト少佐は敵駆逐艦の正体を見抜いた。
「フレッチャー級駆逐艦か。」
彼は、米駆逐艦がフレッチャー級であると確信した。
フレッチャー級駆逐艦は、5門の両用砲の他に12丁の機銃を有している。
12丁のうち、半数は左舷用としても、残り半数の機銃が彼らに向けて放たれている。
特に、後部付近から発せられるその光弾は一際太い。
距離が500グレルを切った瞬間、新たに1騎が機銃弾に叩き落される。しかし、彼は動揺しなかった。味方騎の散華に気を配る余裕も無かった。
彼は呪文を唱えていた。
歌っているかのような詠唱・・・・それが6秒ほどで終った時、
「投下!」
彼はすかさず、ワイバーンの胴体に吊り下げられている2本の筒を切り離した。
2本の筒は、切り離された後、10メートル落下した。
切り離されて1秒後、この殺風景な雰囲気には不釣り合いなほど綺麗な緑色の光が、猛速でアメリカ駆逐艦に向かっていった。
数は4つ、うち、2つは何かを捉えたのか、向きを変えてアメリカ駆逐艦の艦橋に突進して行った。
「行け!魔法の槍よ!アメリカ人共を串刺しにして来い!」
タスラウト少佐は興奮したような口調で叫んでいた。
彼は、緑色の光・・・・正式名称「対艦炸裂光弾」が敵艦に突き刺さるまでの瞬間を見たかったが、それまでに撃ち落される危険が高い。
彼は、生き残った部下のワイバーンと共に引き返した。
それから10秒後、米駆逐艦に対艦炸裂光弾が突き刺さった。
第38駆逐隊に所属する駆逐艦ニューコムは、4騎のワイバーンに襲われていたが、対空砲火で1騎を叩き落した。
機銃員や砲員が次の目標を狙おうとした時、いきなり摩訶不思議な物体を放って来た。
「何だあれは!?」
機銃員や砲員達は、突如現れた正体不明の飛行物体を見て、誰もがそう思ったが、同時に、彼らはその緑色の飛行物体が一番の脅威であると判断した。
すぐさま5インチ両用砲、20ミリ機銃、40ミリ機銃がこの緑色の物体に向けて射撃を開始する。
だが、弾がなかなか当たらない。
緑色の飛行物体は、そのスピードが速すぎた。700キロ以上はあろうかという高速力で、ニューコム目掛けて真一文字に突入して来る。
20ミリ機銃弾が、真ん中の物体に突き刺さる。その瞬間、爆発が起こった。
爆発は、その隣を飛行していた同じ緑色の飛行物体も巻き込んで、これを誘爆させた。
更に、1つの飛行物体が40ミリ弾に打ち砕かれた。
しかし、ニューコムの奮闘もここまでだった。
まず、1つ目の緑色の飛行物体が、ニューコムの後部にある第5砲塔に命中した。
次の瞬間、第5砲塔付近から爆発が起きた。緑色の飛行物体は、命中した瞬間に爆発した。
ニューコムの第5砲塔は根元から叩き割られ、中の砲員は全て吹き飛ばされてしまった。
次の1発が、ニューコムの右舷中央に命中。
爆裂光弾は最上甲板を突き破って第2甲板で炸裂し、爆風が周囲の区画をめちゃめちゃに叩き壊した上に、機関部にも損傷が及んだ。
そして、最後の3発目は、あろうことか向きを変えて艦橋に突入した。
この3発目は、本来なら艦首に命中する筈であったが、いきなり向きを変えるや、艦橋に突き刺さった。
爆発は艦長以下の艦橋職員を皆殺しにし、フレッチャー級駆逐艦特有の簡素な艦橋は、窓ガラスの位置から上が完全に吹き飛んでしまった。
「駆逐艦ケニー被弾!艦橋部から火災発生!」
「ニューコムに命中弾!あっ、行き足が鈍りつつあります!」
「ジェレミア・コンバート爆沈!魚雷発射管に誘爆した模様!」
「デヴィット・テイラー被弾!火災発生!」
輪形陣中央部に位置する正規空母エセックスの艦上で、艦長のロロ・ファーガソン大佐は、その思わぬ報告に顔をしかめた。
「おいおい、一気に4隻もやられたのか!?」
「はい!無線交信で、敵ワイバーンは光る飛行物体を放って来たとあります!」
「光る飛行物体だと・・・・」
ファーガソン艦長はそこまで言ってから、シホールアンル側が新兵器を投入してきたのかと思った。
彼はすかさず、輪形陣右側に布陣する護衛艦群に視線を移した。
輪形陣右側には、外輪部には駆逐艦がおり、その少し内側に巡洋艦が布陣している。
輪形陣右側の護衛艦は、インディアナポリスと軽巡サンタ・フェがいる。
もし、敵ワイバーンが、駆逐艦部隊に対してやったように、この2艦に対しても、攻撃を仕掛ければ・・・・
「こりゃあまずいぞ。」
ファーガソン大佐は、背筋がぞっとなった。
インディアナポリスには、第5艦隊司令部が乗っている。
もしインディアナポリスが被弾すれば、中に乗っている第5艦隊司令部にも犠牲者が出るかもしれない。
その犠牲者の中に、スプルーアンス大将が含まれる可能性もある。
シホールアンル側は図らずして、ホウロナ諸島侵攻部隊の総指揮官を抹殺する機会を得たのである。
新たな敵ワイバーンが接近して来た。既に、輪形陣右側に大穴が開けられているため、敵ワイバーンは輪形陣内部に悠々と突入して来た。
16騎のワイバーンのうち、8騎が、空母群の前方を行くサウスダコタに、8騎がインディアナポリスとサンタ・フェに向かった。
この16騎は、対艦炸裂光弾の他に、150リギル爆弾1発を搭載している。
ちなみに、対艦炸裂光弾とは、シホールアンル側が開発した新兵器である。
全長1メートル80センチほどの円筒形の物体には、特殊加工された魔法石が入っており、内部には術式発動のための触媒となる液体が入っている。
この液体は、シホールアンル軍魔道研究所が開発した物で、術式が発動すれば、推進剤としての役割も果たす。
射程距離は600グレルで、威力は150リギル爆弾に近い。
シホールアンル軍は、強大化するアメリカ機動部隊を打ち破るには、まず、輪形陣外輪部に展開する護衛艦を叩き潰す事が重要と判断し、
1482年の11月頃から開発が始められた。
この対艦爆裂光弾は、撃ちっぱなし式の兵器だが、生命反応を探知すれば反応のある方向に光弾を導き、そこで炸裂する。
後年開発される誘導ミサイルの先駆けともなる新兵器であるが、特殊な素材、そして高価な魔法石を使用している事で、
1発単位の値段だけでもかなりの高額である。
この新兵器開発に携わった魔道士は、
「こりゃ並みの小国なら、1つの村や町の1年分の税収が吹っ飛ぶぞ」
と呟いたほどである。
その町や村の1年分の税収を消費させるだけの高価な新兵器は、高い金を掛けただけあって早速威力を発揮し、
米駆逐艦1隻撃沈確実、3隻撃破の損害を上げている。
この期待通りの戦果に、自然とワイバーン隊の士気も上がった。
尚、この戦法に目を付けたアメリカ海軍も、5インチロット弾を用いて、シホールアンル側が今日やった事をやり返す事になるが、
それはまだ先の話である。
更なる戦果拡大を狙った竜騎士達は、次なる獲物に食らいつこうとしていた。
その獲物に指定された1隻には、戦艦サウスダコタが含まれていた。
8騎のワイバーンが、サウスダコタに接近する。
「貴様を討ち取って、私の昇進の糧になってもらうぞ!」
その小隊長は、目の前を行くサウスダコタ級戦艦に向けてそう言った。
その直後、サウスダコタ級戦艦は、これまで以上に猛烈な対空砲火を撃ち上げた。
VT信管付きの5インチ砲弾が、先ほどの小隊長騎の目の前に近付く。
砲弾の先頭に取り付けられていた小型レーダーは、その反射波が一定量に達した事を信管に伝える。
信管がその本来の仕事を発揮した瞬間、小隊長騎は無数の断片によって、ワイバーンもろともミンチ状態にされた。
サウスダコタは、まさに修羅と化していた。
戦艦サウスダコタはこれまでの改装で、40ミリ4連装機銃60丁、20ミリ機銃78丁、計138丁もの機銃を装備している。
そのうち、半数に当たる69丁の40ミリ機銃、20ミリ機銃が、8門の5インチ両用砲と共に、ワイバーン編隊に向けて火を噴いていた。
あっという間に、3騎のワイバーンが連続して叩き落される。
40ミリ弾を胴体に複数食らったワイバーンは、胴体真っ二つに切断された。
顔面に両用砲弾の破片を食らったワイバーンが一瞬のうちに絶命し、まだ生き残っている竜騎士もろとも海面に突っ込んだ。
サウスダコタの猛反撃に、8騎中6騎までもが叩き落されたが、流石は精鋭ワイバーン隊。
その仕返しもきっちり行っていた。
まず、4発の対艦爆裂光弾がサウスダコタに殺到する。
戦艦は、駆逐艦と比べて人数が多い。そのため、爆裂光弾は容易に生命反応を捉え、サウスダコタに向かって突進した。
サウスダコタの重火力が、4本の対艦爆裂光弾に向けられる。
いかに700キロ以上の高速で疾駆する爆裂光弾とはいえ、8門の両用砲、69丁の機銃から放たれる濃密な弾幕の前に次々と討ち取られる。
だが、弾幕を掻い潜った1発が、サウスダコタの右舷甲板に突き刺さった。
サウスダコタの右舷中央部に、発砲炎とは異なる閃光が煌く。
その追い討ちとばかりに、2発の150リギル爆弾がサウスダコタ目掛けて落下する。
サウスダコタの第3砲塔上に、派手な爆炎が躍り上がる。左舷側には、外れ弾となった150リギル爆弾が至近弾として落下し、
大量の海水がサウスダコタの左舷側甲板を濡らす。
爆裂光弾の洗礼を受けたサウスダコタは、20ミリ機銃座1つが破壊されただけでなんら損害らしい損害を受けていなかった。
光弾はサウスダコタの右舷甲板に命中したが、分厚い装甲版の前には、町や村1年分の税収が消し飛ぶほどの高級品も、単なる豆鉄砲に過ぎず、
砲塔に命中した爆弾も、砲搭上面をすすけさせた程度で、何ら損傷を与えられなかった。
だが、インディアナポリスとサンタ・フェは、サウスダコタのようには行かなかった。
インディアナポリスは爆裂光弾を1発、サンタ・フェは爆裂光弾2発と爆弾1発を受けていた。
インディアナポリスは中央部に被弾していた。
この被弾で、中央部の対空機銃や両用砲が破壊され、対空火力は減少してしまった。
サンタ・フェは、艦橋後部と中央部魔道光弾を受けた他、後部に爆弾1発を被弾。
特に、艦橋部の被弾は致命的で、艦橋職員の大半が死傷した。
「更なる敵編隊接近!数は14!」
CICのレーダー員が、新たな敵の接近を知らせて来る。
敵ワイバーン群が、損傷艦から放たれる高角砲弾を浴びながら、輪形陣に侵入してきた。
「来るぞ。」
ファーガソン艦長は、緊張した表情で呟いた。
インディアナポリスとサンタ・フェ、それにサウスダコタとサンディ・エゴが動員可能な両用砲、機銃を撃ちまくる。
エセックスを始めとする5隻の空母もまた、猛然と射撃を加えた。
敵ワイバーンは、高度600メートルほどから暖降下しながら接近しつつある。
途中、敵編隊は二手に別れた。
「敵ワイバーン7騎、本艦に向かう!」
「ボノム・リシャールに敵7騎、急速接近!」
CICから、レーダー員の緊迫した声が流れて来る。視界の悪い夜間の対空戦闘では、レーダー員の報告が頼りだ。
敵ワイバーンが、徐々に高度を下げながらエセックスに向かう。
斜め単横陣の隊形で接近しつつある敵ワイバーンのうち、最も右に位置していたワイバーンが高角砲弾に吹き飛ばされる。
エセックスから放たれた20ミリ弾、40ミリ弾が、Mk37射撃管制レーダーの支持を元に、夜間にもかかわらず、敵から見たら
驚くほどの正確な射撃を、ワイバーン群に向けて放つ。
投弾コースに乗っていたワイバーンが新たに1騎撃墜される。
無数の機銃弾を受けたワイバーンは、その頑丈ながらも、優美な肢体をギタギタに引き裂かれてしまった。
4騎のワイバーンが、エセックスより距離700に縮まった所で爆弾を投下した。
ファーガソン艦長は、ワイバーン群が爆弾を投下した直後に面舵一杯を命じたが、タイミングが遅かった。
ふと、2騎のワイバーンが対空砲火を掻い潜りながら、エセックスの舷側に接近し、すれ違い様にブレスを放った。
ワイバーンの口から放たれた高温の火炎が、アイランド後部の5インチ連装両用砲や40ミリ、20ミリ機銃座を舐める。
少なからぬ数の機銃員が身を焼かれて、一部は火達磨になりながら海に飛び込んだ。
その報復は、すぐに叩き返された。
10人以上のアメリカ兵を火炙りにした2騎のワイバーンは、左舷側の40ミリ、20ミリ機銃に撃たれた。
戦友を焼殺された機銃員は、敵討ちとばかりに容赦なく機銃弾をぶち込み、2騎のワイバーンは、竜騎士もろとも原型すら留めぬほどまでに
体を破壊された後、幾つもの破片となって海に落下した。
エセックスの艦首が右に振られ始めた時、突然爆発が起こった。
投下された4発の爆弾のうち、最初の1発がエセックスの中央部に命中していた。
命中した300リギル爆弾は、飛行甲板を突き破り、格納甲板をも貫通して第2甲板で爆発した。
爆風が格納甲板に駐機してあった艦載機多数を破壊し、飛行甲板に直径6メートルほどの穴が穿たれる。
1発目の被弾の衝撃から立ち直る暇も無く、2発目がエセックスの前部甲板に命中する。
この命中弾は、前部エレベーターの繋ぎ目に突き刺さり、格納甲板の装甲版に突き当たってから炸裂した。
この爆発によって、前部部分に固まっていたF6F5機が爆砕された。
また、爆風は穴を広げただけではなく、前部エレベーターをも押し上げた。
爆圧によって、前部エレベーターは捻じ曲げられ、飛行甲板からはみ出てしまった。
更に3発目の命中弾が再び中央部に突き刺さった時、ファーガソン艦長はこのエセックスが空母としては使えなくなったなと確信していた。
午前3時40分
TG58.2旗艦である正規空母ランドルフの艦橋では、重苦しい空気が流れていた。
司令官席に座るハリル少将は、悔しさが滲んだ表情で、右舷側に見える2隻の空母を見つめていた。
2隻の空母。去年の夏から、戦友として行動を共にしていた空母エセックスとボノム・リシャールが燃えていた。
「エセックスは被弾3、至近弾1を受けました。ファーガソン艦長からの報告では、飛行甲板の損害状況は予想以上に深刻で、
艦載機の発着は不可能との事です。それから、ボノム・リシャールは被弾2、至近弾2を受けました。クロヴィス艦長からの
報告によりますと、中央部と後部の被弾により飛行甲板は使用不能の他、至近弾によって推進器に損傷を生じており、今の所、
25ノット以上の速力は出せぬと言う事です。」
「これで、TG58.2が使える空母は、このランドルフと軽空母2隻のみ・・・・か。」
ハリル少将は、憂鬱そうな口調で通信参謀に言った。
TG58.2は、序盤の迎激戦では、僅か24機のF6F-N3を巧みに使って、敵ワイバーン12騎を撃墜した他、対空砲火で多数の
ワイバーンを撃墜したものの、F6Fは7機が撃墜され、護衛艦艇を撃沈破された挙句、エセックスとボノム・リシャールを傷物にされてしまった。
損害レベルは、共に中破程度であるが、飛行甲板は本格的な修理を施さないと使えぬほど痛めつけられている。
それも、火災を消してからの話だ。2隻の空母は、夜目にもはっきり分かるほど火炎と黒煙を吹き上げている。
格納庫内の艦載機が延焼しているらしく、鎮火には今しばらく時間がかかるだろう。
「緒戦で、正規空母2隻を使用不能にされるとは。これは、手痛い損害だぞ。それよりも、スプルーアンス長官はどうだ?」
ハリル少将は、一番気掛かりな点を質問した。
「インディアナポリスも被弾している。長官は無事か?」
「スプルーアンス長官は、今しがた無事であるとの報告が、直接インディアナポリスから伝えられてきました。」
「そうか。」
その報告に、ハリル少将はやや愁眉を開いた。
この時、通信士官が通信参謀に紙を手渡した。通信参謀は一読すると、ハリル少将に手渡した。
ハリルはその内容を読むなり、憂鬱そうな気分が幾らか解れたような気がした。
午前4時20分
「おいおい・・・・冗談じゃねえぞ。」
タスラウト少佐は、目の前に見えるエゲ島を見るなり、呆れたように言った。
「敵の機動部隊は、他の所にも居たのかよ・・・・」
エゲ島のワイバーン基地が燃えていた。
島の西側にあった宿舎や、ワイバーン休養所が、1つ残らず残骸と化している。
短い滑走路には、満遍なく大穴が穿たれている。
垂直離着陸が可能なワイバーンなら降りれるが、元々、飛空挺の支援を受ける事を前提に作られた滑走路だ。
その滑走路がこの有様では、飛空挺の支援は受けられないであろう。
隣接する第64空中騎士隊のワイバーン基地も火災と黒煙を吹き上げている。
隣のワイバーン基地もまた、敵の空襲によって手酷い損害を受けているのであろう。
彼は知らなかったが、エゲ島のワイバーン基地を壊滅させたのは、正規空母レキシントン、サラトガから発艦した夜間攻撃隊であった。
第63空中騎士隊が飛び立ってから10分後、エゲ島の北西270マイルに進出していた第57任務部隊は、第1任務群から夜間攻撃隊を発艦させていた。
TG57.1のレキシントン、サラトガは、開戦以来前線で活躍して来た精鋭空母であり、乗っている航空隊も、実戦経験豊富なパイロットが数多く揃っていた。
レキシントン、サラトガは、第1次攻撃隊としてSBD19、TBF12、第2次攻撃隊としてSB2C17、TBF15、計63機を発艦させた。
レーダーを持たぬシホールアンル側は、この夜間攻撃隊の接近を事前に知る事が出来ず、気が付いた頃には、既に第1次攻撃隊が島のすぐ側にまでやって来ていた。
第1次、第2次、計63機の攻撃機は、ここぞとばかりに暴れ回り、目に見える物には全て機銃弾を撃ち込んだ。
真っ先に襲われたのは第64空中騎士隊で、未だに健在だったワイバーン達は、そのほとんどが戦わずして討ち取られてしまった。
その次に空の第63空中騎士隊の基地も襲われ、第2次攻撃隊は被撃墜機4機を出すも、このワイバーン基地を好き放題荒らしまくった。
そして、第63空中騎士隊が、敵機動部隊の撃破を声高に宣言した時、彼らの家は別の刺客によって破壊されてしまったのだ。
「これじゃ・・・・俺達のほうが、点数少なめじゃないか・・・・」
タスラウト少佐は、目尻に涙を浮かべながら、燃えるワイバーン基地に向かってそう呟いていた。