第175話 作戦名「ヘイルストーン」
1484年(1944年)9月8日 午前11時 ホウロナ諸島ファスコド島
その日、太平洋艦隊司令長官であるチェスター・ニミッツ大将を乗せたC-54は、ホウロナ諸島ファスコド島の飛行場へ着陸した。
C-54が駐機場に止まった後、ニミッツは同行して来た参謀長、フランク・フレッチャー中将と共に機外に出た。
ドアから体を出すと、そこからムワッとした空気が体を包み込む。
「流石に、まだ暑いな。」
「ええ。この時期はまだ夏のような物ですからな。何でも、ここで休養を取る将兵達は、暇潰しにビーチで遊んでいるようです。」
「ほう、それはまた、楽しそうだな。今度非番の時に、海辺でビーチパーティーと行こうかね。」
「名案ですな。」
2人は雑談を交わしながら、タラップを降り、用意された車に乗り込んだ。
ニミッツとフレッチャーを乗せた車は、一路港に向かった。
空港から10分ほど走った所で、車は桟橋の近くに来た所で止まった。
桟橋の前には、大尉の階級章を付けた海軍将校が待っていた。
「長官、お待ちしておりました。私は第3艦隊司令部付将校、フレデリック・グラント大尉であります。長官と参謀長を
お迎えするように命じられました。」
「御苦労グラント大尉。早速だが、ニュージャージーまで案内して貰おう。」
ニミッツは、柔和な笑みを浮かべながらグラント大尉に言った。
「はっ。では、こちらへ。」
グラント大尉はそう答えてから、桟橋の側に止めてあった内火艇に2人を乗せる。
やがて、内火艇は動き出し、ニミッツとフレッチャーは一路、ニュージャージーに向かう事となった。
ニミッツとフレッチャーは、波間に揺られながらも、周囲に停泊する第3艦隊の艦艇群を見回す。
「いつ見ても、壮観ですな。」
フレッチャーが感慨深げな口調でニミッツに言う。
ファスコド島周辺には、第3艦隊所属の第38任務部隊が停泊している。
第38任務部隊は、2個の空母群で編成されており、主戦力である空母は正規空母6隻、軽空母4隻を数える。
空母群は、任務部隊ごとに離れている物の、それでも数隻の航空母艦がずらりと並んで停泊している姿は、まさに壮観と言える。
「私が機動部隊を指揮していた頃は、せいぜい2、3隻ぐらいで、ここに居る空母の半分も居ませんでした。しかし、
こうして見ると、自分もいつかまた、前線の艦隊を指揮したいと思いますな。」
「空母戦のエキスパートである君らしい言葉だな。」
ニミッツは苦笑しながら、フレッチャーに言う。
「太平洋艦隊参謀長のポストは、やや不満かな?」
「いえ、むしろ逆ですよ。」
フレッチャーは首を振りながら言葉を返す。
「確かに、前線部隊を指揮したかった。ですが、更なるスキルアップを目指すには、たまには変わった仕事をやる事も必要です。
太平洋艦隊の参謀長という役職は、以前からやりたかった仕事でもあります。私は、この参謀長という職に付いて、命令を出す
だけではなく、どうやれば司令官に良き命令を出させられるか、そして、幕僚達をどこまで纏め切れるか等、様々な事を学びました。
正直言って、私はとても良い役職に付く事が出来たと思います。」
「ふむ、そう思ってくれたのならば、私も嬉しいよ。」
ニミッツは満足気な笑みを浮かべた後、正面を見据えた。
目の前には、戦艦のニュージャージーが停泊している。
世界最大・最強の戦艦として生を受けたニュージャージーは、左舷側500メートルに停泊している1番艦アイオワと共に、
17インチの砲身に仰角を掛けながらその場に浮かんでいる。
時代が戦艦から空母の時代に移ったとはいえ、その巨大な威容は、ニミッツの内心で眠っていたある物を再び蘇らせる。
「かつて、少尉候補生時代に、私は日本を訪れ、そこで東郷平八郎提督に会った。私はその時感動した物だ。強大な
バルチック艦隊を打ち破り、世界に名だたる名将と対面したあの時は、今の自分を作る良いきっかけとなった。あれから
数十年・・・・・」
ニミッツは、空に向けて顔を上げる。
「私は東郷提督のように、大艦隊を率いる事が出来た。なのに・・・・・・」
ニミッツはそこで言葉を沈みこませ、顔を俯かせる。
「私の心は、いまいち晴れない。」
「長官・・・・・」
フレッチャーはそう言いながらも、ニミッツが右手に持っている鞄にちらりと視線を落とす。
彼は、ニミッツの不安感の元が、その鞄の中身にある事を知っていた。
「あれこれ悩んでいても仕方ないな。」
ニミッツは改まった口ぶりで呟く。
「私達の役目は、新たな作戦の説明を、ビルを含む第3艦隊の幕僚達に伝えるだけだ。彼らがどのような反応を見せ、
どう答えるかは容易に想像出来るがね。」
彼の口調には、どこか開き直ったような響きが含まれていた。
内火艇は、徐々にニュージャージーへ近付きつつある。その巨体の左舷に接舷するまでは、あと5分ほどかかりそうだった。
第3艦隊司令長官を務めるウィリアム・ハルゼー大将は、甲板でニミッツとフレッチャーを出迎えた後、2人を艦内の作戦室に招き入れた。
「どうぞ。」
ハルゼーは、2人に洒落た笑みを浮かべながら室内に入る。
室内には、長テーブルが敷かれており、用意された椅子には第3艦隊の主だった参謀達や、第37、第38任務部隊の指揮官達が
席に座っている。彼らは、ニミッツが入るや、一斉に立ち上がって敬礼を行う。
ニミッツとフレッチャーは軽く答礼をしながら中に入った。
「ようこそ、我がニュージャージーへ。」
ハルゼーはそう言ってから、2人に椅子に座るように促した。
「後で紅茶をお持ちします。」
「うむ、ありがとう。」
ニミッツは暢気な・・・・しかし、微妙に強張った口調でハルゼーに返す。
2人が席に座ったのを見計らって、幕僚達にも席に座らせた。
「さて、本日。この第3艦隊司令部に、太平洋艦隊司令長官であるニミッツ提督がお越しになられた。今日は、このニミッツ提督から、
新たな作戦の説明があるそうだ。」
「新たな作戦ですか?」
第3艦隊参謀長であるカーニー少将が、不思議そうな口ぶりで言う。
「ハルゼー長官。我々には、ニミッツ長官の来訪の理由を知らされていませんでしたが、どのような作戦があるのですか?」
「どんな作戦があるのかは俺も分からん。詳しくはニミッツ長官と、フレッチャー参謀長の説明を聞いてからだ。」
ハルゼーはカーニーにそう返しつつ、ニミッツに顔を向けた。
「司令長官。我々に与える新たな任務とは、どのような物ですかな?」
彼は、口調に陽気さを交えながらも、真剣な眼差しでニミッツを見つめる。
ニミッツは、深呼吸をしてから話を始めた。
「実はだな、ビル。」
彼は、持っていた鞄から書類を取り出し、それをまず、ハルゼーに渡す。
「君の指揮下にある任務部隊でもって、北大陸南西部・シホールアンル帝国領シェルフィクル地方にある工業地帯を攻撃してもらいたい。」
ニミッツが言い終えるや、機動部隊の指揮官達や参謀達の顔色が変わった。
「私は直接、キング作戦部長から命令を受けた。キング提督からの話によると、この作戦はバルランド側から得た情報を元に計画されたようだ。
私達太平洋艦隊も、バルランド側からの情報を元に作戦計画を練り上げた。」
「ニミッツ長官。この作戦はつまり、バルランド側の要請を受けてから計画された、という事で間違いないですかな?」
文書を読んでいたハルゼーが、ニミッツに問う。
「そうだ。情報の発信元は、インゲルテント将軍が組織した、北大陸内のスパイ組織から送られて来たようだ。バルランド側はこの情報を
我々に提供し、シェルフィクル工業地帯の攻撃を要請して来た。大統領は、この要請に最初は難色を示していたようだが、バルランド側の
事も考慮して、この要請を受けたという。」
「その攻撃部隊だが・・・・・」
ハルゼーは文書から目を離し、ミッチャー中将とパウノール中将を交互に見る。
「文書内では、パウノールのTF37に、シェルフィクルの攻撃を行わせよとある。」
「わ、私の部隊が、ですか?」
パウノールは、思わず面食らったような表情を浮かべる。
「TF37のみで、シェルフィクルを攻撃するのでありますか?」
「そうだ。」
ニミッツが言う。
「参謀長、説明を。」
「はっ。」
ニミッツに代わって、フレッチャーがパウノールに説明を行う。
「シェルフィクルは、シホールアンル帝国の中でも第1位の工業地帯で、この地域には巨大な魔法石精練工場や武器生産工場、それに
各種の軍需工場や造船所もあり、10キロほど離れた内陸には魔法石鉱山がある。このシェルフィクル地方は、シホールアンル帝国が
北大陸統一を行う前までは、魔法石生産量のうち5割、兵器生産量のうち3割、船舶生産数の内、3割、各種工場も、全生産量の4割、
最低でも2割以上を占めている。シホールアンル側が北大陸統一を果たした後は、シェルフィクルの工業的価値はやや下がったが、
かの国は今、勢力圏を急速に失いつつある。こうなると、シェルフィクルの重要度は、開戦直前と同じぐらいに高まる。」
フレッチャーは、淡々とした口調でパウノールに説明する。
説明を受けるパウノールは、自らの部隊が、この戦争の行方を左右する大作戦に投入されようとしている事に、少しずつ気付き始めて来た。
「もし、このシェルフィクル工業地帯に大打撃を与える事が出来れば、シホールアンルの継戦能力は大幅に低下する事になるだろう。
当然、敵側もこの工業地帯の重要度を認識し、常に大規模のワイバーン部隊や防衛部隊を、工業地帯等の要所に配備している。」
「参謀長。敵のワイバーン隊の数は、どれぐらいになるのでしょうか?」
パウノールはすかさず聞いて来た。
「約800騎。」
フレッチャーは答える。それに、パウノールは眉をひそめた。
パウノールは、反論するために口を開いた。だが、フレッチャーは機先を制するかのように次の言葉を放つ。
「だが、それは2週間前までの話だ。シホールアンル軍は、ジャスオ戦線の航空兵力増派のために各地から兵力の移動を行い、
シェルフィクル地方からは約500騎を抽出したそうだ。バルランド側は、この決定的な情報を我々に知らせてくれた。」
「・・・・では、シホールアンル軍は、自らの心臓部にあたる工業地帯に、僅か300騎の航空兵力しか残していないのですか・・・・
参謀長、これは確かな情報なのですか?」
「確かだ。何でも、この情報の発信源は、シホールアンル側の大物官僚から送られているようだ。シホールアンル側の航空兵力
移動は、首都にある帝国宮殿で皇帝が指示を下し、その後、司令部の上層部会議で決められ、前線の指揮官達は何も知らされない
まま、前線部隊にワイバーン隊を移動させているそうだ。」
「大物スパイとは・・・・・我が合衆国は、そのスパイの事は何か聞かされていましたか?」
パウノールの隣に座っていたミッチャーが聞いてくる。
フレッチャーの代わりに、ニミッツが質問に答える。
「いや、バルランド側からは何も知らされていない。と言うよりも、バルランド軍上層部でも、つい最近まではこの大物スパイの
存在は知られてなかったらしい。このスパイは、インゲルテント将軍が育てた子飼いのスパイの1人で、20年前にシホールアンルに
渡ってから、同地で密かに活動を行っていたようだ。8年前には官僚にまで出世して、シホールアンル側の政治にも関わるように
なったという。向こうでは、優秀な官僚の1人として皇帝陛下にも一目置かれているそうだ。」
「そんな大事な事を教えないとは。バルランド側も意地が悪いですな。」
「バルランド側というより、インゲルテント将軍が一部の人間にしか、このスパイの存在を知らせていなかったのが原因だな。」
「要するに、切り札って奴だよ。」
ハルゼーが苦笑しながら、ミッチャーに言う。
「どんな奴でも、大事な物はここぞという時まで残して置きたいからな。」
「となると・・・・シホールアンル側は本当に、重要拠点を手薄にしてしまった訳ですな。」
パウノールが言う。
「うむ。恐らく、敵側は我々が来ないと思い込んでいるようだ。」
フレッチャーがすぐに言葉を返す。
「敵は、ヒーレリの前進拠点に機動部隊を派遣している。いつもなら、ここで一工夫するのがシホールアンルだ。恐らく、
奴らはホウロナへの攻撃の機会を窺っているのかもしれない。それと同時に、敵はジャスオ領や本土の南部に航空兵力を
続々と送り込んできている。ニュージャージーの魔法通信傍受機も、敵軍の兵力の移動に関する内容を頻繁に傍受している。
この一連の行動からして、敵は我々の目が、ジャスオ領やレスタン、ヒーレリ沿岸に向いていると思う筈だ。」
「その隙に、我が第37任務部隊がつけ込む、という事か。」
パウノールは、腕組をしながら呟いた。
「我が機動部隊は、当然ホウロナ諸島周辺で待機ですな?」
ミッチャーがフレッチャーに尋ねる。
「TF38は、敵機動部隊の南下に備えて待機して貰う。」
「敵機動部隊がTF37の行動に気が付き、追撃行動に移った場合は如何します?」
「その場合は何もしない。」
フレッチャーがそう言うと、室内にどよめきが沸く。
「だが、それはキング作戦部長での案だ。我々太平洋艦隊司令部は、キング提督の案にいくつか修正を加えている。
その1つが、敵機動部隊の追撃だ。もし、敵機動部隊がTF37に気付き、追撃に入った場合、TF38は敵機動部隊を
追跡し、背後から攻撃を加えてもらいたい。場合によっては、TF37も呼び戻して共同で敵機動部隊を攻撃し、殲滅する。
この場合、シェルフィクルの攻撃は奇襲効果が無くなってしまうが、その時はTF37、38も総動員して攻撃する。」
「場合によっては、TF37、38で総攻撃か。こいつは面白そうだ。」
ハルゼーが顔をほころばせながら言う。
「いずれにしろ、最初の内はTF38は待機。TF37は遠征、という事になるのですね?」
カーニー少将は、念を押すような口ぶりでフレッチャーに聞く。
「そうだ。この作戦が成功すれば、シホールアンル側は大きな打撃を受け、戦争終結も早まるだろう。」
「TF37を攻撃部隊に選んだのは、戦力を考慮しての事でしょうか?」
パウノールは更に質問を行う。
「その通りだ。TF37は、正規空母7隻に軽空母5隻、軽12隻の高速空母を有している。これに搭載されている強力な
航空兵力なら、巨大な工業地帯も破壊できる。それに加え、TF37はサウスダコタ級戦艦4隻に、アラスカ級巡洋戦艦2隻
を有し、これでもって沿岸部の艦砲射撃も可能だ。場合によっては、昼間は航空機で攻撃し、夜間は砲撃部隊を編成して、
沿岸部を叩く、という事をやっても良い。」
「それに加え、錬度と対空防御の面もある。」
ニミッツが口を開いた。
「第37任務部隊には、精鋭空母であるレキシントンとサラトガが在籍し、残りの母艦航空隊も著しく錬度が向上している。
錬度の面ではTF38でも問題はないが、TF38はTF37と比べて母艦の数が少なく、輪形陣の護衛艦も、TF38と
比べて旧式の艦が多い。TF38は、戦艦は新鋭艦だが、巡洋艦や駆逐艦には対空火力に不安が残る艦が多い。それに比べて、
TF37は、旧式艦が混じってはいる物の、新鋭艦の比率はTF38よりも高く、対空戦闘においても高い防御力を発揮している。
この事を考慮した結果、我々は第37任務部隊を、敵工業地帯攻撃部隊に定めた。」
説明を聞いていたパウノールは、思わず納得した。
対してミッチャーは、まるで自分の艦隊が劣っているように思えて、少しばかり不満に思ったが、同時にニミッツの言葉に
納得している。
パウノールの第37任務部隊は、護衛の艦艇に旧式艦が混じってはいるが、それも少数であり、巡洋艦、駆逐艦の殆どは
開戦後に完成したボルチモア級、クリーブランド級、フレッチャー級、アレン・M・サムナー級といった新鋭艦ばかりである。
対して、第38任務部隊は護衛艦の中に、ニューオーリンズ級重巡やブルックリン級軽巡、それにシムス級やベンハム級、
ベンソン級やリヴァモア級といった駆逐艦が少なからず混じっている。
ニューオーリンズ級やブルックリン級はある程度対空火力が増強され、近接火力は申し分無い。
だが、高角砲の数はボルチモア級やクリーブランド級に劣っている。
それに加え、シムス級やベンハム級、ベンソン級やリヴァモア級駆逐艦は開戦前に竣工した艦であり、開戦後に竣工した
フレッチャー級やアレン・M・サムナー級と比べると、対空火力、または近接火力で劣る。
インゲルテントは、単純に空母の数が多い第37任務部隊に、シェルフィルク攻撃を任せようと考えていたが、
太平洋艦隊司令部では、TF37とTF38の編成図を見、どちらが有効な航空攻撃を行う事が出来るか、あるいは、
どちらが効果的な対空防御を行えるか等、細かく協議した上でTF37を選んだ。
もし、TF38が、新鋭の護衛艦をTF37より多く揃えていたら、間違いなくTF38を選んでいただろう。
(空母群が多いTF37よりは、2個空母群しか持たないTF38の方が、奇襲作戦を行いやすい)
「TF37は、編成後に新鋭艦ばかりが入って来た。なるほど、よく見ているな。」
「敵が減ったとはいえ、相手が2流の部隊であるとは限らない。敵が空襲を凌いで、航空部隊で反撃に出れば、必然的に
艦隊に危険が及ぶ。その時に、対空火力の優秀さと数が物を言う。」
ニミッツがハルゼーに顔を向けてから話す。
「各艦にはVT信管付きの砲弾が多数配備され、効果的な対空防御を行えるが、それでも連中は輪形陣を突破してくる。
その突破できる出来る敵をどれだけ少なく出来るかによって、艦隊が受ける被害は変わる。ここは、敵をより多く落とせる
方を選んだ方が良い。だから、我々は第37任務部隊を選んだのだ。」
ニミッツは、視線をパウノールに向けた。
「分かりました。そこまで深く協議した上で我が任務部隊を選んでくれたのなら、私は喜んで、この作戦を受けましょう。」
パウノールは、自信を含んだ口調でニミッツに言った。
「なお、この作戦には、ヘイルストーンというコードネームが付けられた。ヘイルストーン作戦は、今日から3日後の
9月11日を持って開始される。第37任務部隊は、この日に出撃し、以降は先行した補給艦部隊と会合しながら、
現場に向かって貰おう。」
「補給艦部隊は、このホウロナ諸島から出港させるのでしょうか?」
作戦参謀のラルフ・ウィルソン大佐がすかさず聞いた。
「いや、補給艦部隊はホウロナからは出さない。代わりに、マルヒナス運河やエスピリットウ・サントで編成した補給艦部隊を、
ホウロナからシェルフィクルの間に配置するつもりだ。もし、ホウロナからTF37と共に補給艦部隊が大挙出港したら、敵に
意図を察知される恐れがある。」
「なるほど。海洋生物対策ですな。」
ハルゼーは感心した。
「戦争の行方を左右する一大作戦だ。念には念を入れねばなるまい。」
ニミッツはそう答えた。
ホウロナ諸島から、攻撃目標であるシェルフィルクまでは、直線距離で約5000キロ以上もある。
TF37のみでは、この長大な距離を走破するには無理がある。そこで必要なのが、洋上補給である。
ニミッツは、防諜の面も考慮して、マルヒナス、エスピリットゥ・サントから計2つの補給艦部隊、それぞれ護衛空母3隻ずつを
付けて編成し、所定の位置に向かわせている。
勿論、この補給艦部隊の将兵は、任務の詳細を知らされていない。
「私からの説明は以上だ。ここからは、君達の出番になるが、他に何か質問はあるかね?」
同日 午後1時 第37任務部隊旗艦タイコンデロガ
それから2時間後、会議を終え、旗艦タイコンデロガに戻って来たパウノールは、緊急に各任務群の指揮官を集め、第3艦隊司令部で
行われた会議の内容を話した。
「という事は司令官。我がTF37は、バルランドの将軍閣下からどえらい任務を押し付けられた事になるのですな?」
第2任務群の指揮官であるフレデリック・シャーマン少将が、複雑な表情でパウノールに言う。
「そうなるな。」
パウノールは頷いた。
「確かに、我が任務部隊は、戦力は勿論の事、新鋭艦も多数配備されていますからなぁ。選ばれたのは当然ですね。」
第1任務群の指揮官を務めるアルフレッド・モントゴメリー少将が納得したように言い放つ。
「空母は開戦以来の歴戦艦であるレキシントンとサラトガがおりますし、残りも優秀なエセックス級ばかり。護衛艦も新鋭の
サウスダコタ級戦艦とアラスカ級巡洋戦艦が主力ですから、万が一、敵の水上部隊に襲われても、撃退できますな。」
「確かに機動部隊の数は多い。だが、空母航空隊の中には、実戦経験が不足気味の艦も居ます。特にボクサーは、竣工してから
まだ8カ月しか経っていない。航空隊の錬度はまぁ良いが、彼らはモンメロ沖海戦以来、実戦を経験していない。私としては、
もうしばらく訓練を行いたかったのですが。」
第3任務群の指揮官であるジェラルド・ボーガン少将は、不安げな顔つきでパウノールに言う。
「航空戦力に関しては、我々が敵を圧倒しています。」
航空参謀のグインズ・タバトス大佐がボーガンに向けて言い放つ。
「現地の航空兵力は、兵力転用のために300騎しか残っていないようです。それに対し、我がTF37は、正規空母7隻、
軽空母5隻を有し、保有艦載機数は900機に上ります。900機のうち、戦闘機であるF6FやF4Uは半数を占めますから、
攻撃隊に護衛を付けても、残りの戦闘機で敵の空襲に対応出来ます。」
「航空戦力の比率は3:1で我々が有利だ。さほど心配する必要はない。」
パウノールは、自信に満ちた口調でボーガンに言った。
「奇襲を狙うとすると、我々の戦力では少し難しいのではありませんか?」
ボーガンに代わって、シャーマン少将が新たに質問をする。
「シェルフィルクまでは、実に3000マイル以上もの距離があります。その距離を、空母12隻を含む大艦隊が進んでいくのですが、
これでは途中で、敵の海洋生物に見つかりはしませんか?私としては、見つかる可能性が高いと思われますが。」
「その点に付いては考えがある。これは、第3艦隊司令部で提案された物だが。」
パウノールは、背後に振り返り、壁に掛けられている地図に指をさす。
「我が機動部隊は3日後に出港するが、TF37は時速16ノットでもって、丸1日ほど南に向かう。24時間後に、
我々は北西方面に進路を変更し、補給を受けながらシェルフィルクに向かう。」
「出港からしばらくは、針路を偽装するのですな。」
「初歩的な手段だが、ホウロナ周辺にうろついている敵の監視をごまかすには、これが効果的だ。と、第3艦隊の航海参謀は言っていたな。」
「事前に、カタリナ飛行艇や護衛駆逐艦を使って、大規模に対潜掃討を行う手もあります。」
タバトス大佐が発言する。
「ですが、これでは、敵に我々が新たな大作戦を企んでいると教えているような物です。敵に意図を悟られないためには、
我々は“静かに”ホウロナを出なくてはなりません。」
「しかし、90隻にも上る大艦隊が、偽装針路を取っただけで敵の監視の目を潜り抜けられるだろうか?」
「そこの所は、任務群ごとに離れて航行するか、あるいは転進の際に、時間をずらして針路を変更する等をすれば、敵の目を
ごまかせると思います。現に、いくつかの部隊が試した所、敵の海竜部隊が見事に嵌った記録が、これまでに何件も報告されています。」
アメリカ軍護送船団は、敵の待ち伏せを防ぐため、意図的に針路を偽装して進む事がある。
最初は、監視のレンフェラルが居ると思しき海域を西方に向けて航行する。
その後、敵の監視の目が薄い海域で針路を変更して、別の港に向かう。
このような事を6回ほど繰り返しているが、6回中、4回は敵が船団の針路変更を確認できずに、船団の来ない針路上に
10頭余りのレンフェラルを配備して、来る筈のない船団を延々と待ち続けたという実績がある。
レンフェラルは頻繁に魔法通信を発するため、戦艦ニュージャージーやアイオワの魔法通信傍受機でも通信の内容を傍受出来た。
そのため、偽装針路を取る事によって、敵海洋生物の待ち伏せを回避できるか、またはある程度軽減できる事が実証された。
「この事からして、敵の海竜部隊に意図を察知される事は、ほぼないと思われます。」
「わかった。そこまで言うのなら、大丈夫なのだろう。」
シャーマンはそう言ってから、口を閉じた。
「攻撃開始日は9月17日に決めたいが、何か異論は?」
「司令官。移動の際は各任務群がある程度距離を詰めてからでしょうか?それとも、やや遠く離れながら移動するのでしょうか?
前者の場合は、集合も容易ですが、後者の場合は集合に時間がかかり、時には何らかの事故が発生した場合、集合が遅れる可能性も
あります。現場海域に到達するまでの間、途中で嵐に出会う可能性もありますが、そこの所はどうお考えでしょうか?」
モントゴメリー少将が質問して来た。それにパウノールは澱みなく答える。
「出港後は、任務群毎にばらばらで航行するが、転進後はホウロナ諸島より西南400マイルの海域に集合し、各任務群はそれぞれ、
30マイルの距離を保ちながら移動を行う。ある程度纏まれば、現地に到達した時にも攻撃隊の集合が容易に出来る。」
「最初はやや分散しつつ、途中からは纏まって移動するのですな。」
「そう解釈してもらって構わない。」
パウノールはきっぱりと言い放った。
「わかりました。」
モントゴメリーは軽く会釈してから、口を閉ざした。
「今回の作戦で、我々TF37は戦争の行方を左右する行動に出ようとしている。敵は、ジャスオ領の友軍が奮闘してくれたお陰で、
重要拠点の防備を怠るというミスを犯した。我々は、この機会を逃さずに、シェルフィクルの工業地帯を徹底的に叩く。場合によっては、
護衛の戦艦部隊を使う事もあるだろう。このヘイルストーン作戦は、シホールアンルは勿論の事、我々にとっても生涯、忘れる事の
出来ない物になるだろう。諸君らには、作戦を成功させるためにも、いつも以上に頑張ってもらいたい。」
パウノールは、熱い口調で作戦室に居る参加者達に向けて語る。
「ヒーレリの機動部隊は、ミッチャーのTF38が引き受けてくれる。我々は、ミッチャー部隊と、貴重な情報を提供してくれた
バルランド側に感謝しながら、思う存分に暴れよう。そして、早くこの血生臭い戦争を終わらせてやろう。南大陸のために、そして、
前線で奮闘する合衆国将兵の未来のためにも。」
彼の言葉は、作戦室に座る参加者達全員の心に響き渡った。
TF37は、この時から、戦争の早期終結をモットーに動き始めた。
パウノール自身も、作戦が成功した後に用意されるであろう自らのポストに、早くも思いを馳せ始めていた。
同日 午後4時 第3艦隊旗艦ニュージャージー
第3艦隊付魔道参謀を務めているラウス・クレーゲルは、いつものように、露天艦橋から呆けたような表情で海を見つめている時に、
不意に、後ろから背中を叩かれた。
「ようラウス!今日は妙にシケたツラしてるな!」
ラウスの背中を叩いたのはハルゼーであった。
「あ、こりゃハルゼーさん。」
ラウスは、やや覇気の無い声音でハルゼーに言う。
「お疲れ様です。」
「お疲れさん。君は休憩中になると、いつもここに居るな。」
「はぁ。ここの方が、いい風が来るし、眺めもいいですから。」
「前のように、主砲塔の上では寝そべったりせんのかね?」
「いや、今ではちょっと気が引けますね。前は気にしていませんでしたが、今はちと、この主砲を誇りに思いながら働いている人達を
馬鹿にしてしまうような気がして、もうやろうとは思わないっすね。」
ラウスはやや苦笑いを浮かべながら、ハルゼーに返した。
「ほう。いつもは人の気遣いもめんどくせえ、とか思ってそうな君が、これまた珍しい事言うな。」
「ハルゼーさん、それはちと失礼っすよ。自分だって大人ですよ。」
ラウスは口を膨らませてからハルゼーに抗議する。
「ハッハッハ!スマン、ただの冗談だよ。そう怒るな。」
ハルゼーは快活そうな声で笑ってから、ラウスに謝る。
「それにしても、前の会議で、ラウスはずっと押し黙ったままだったな。いつもは必ず話に加わる筈なのに。」
彼は、不思議そうな口調でラウスに問う。
「・・・・あの作戦って、インゲルテントさんから得た情報を元に計画されたんですよね?」
「ああ、そうだ。」
「インゲルテントさんか。自分としては、ちと複雑っすね。」
「複雑か。俺も少しは怪しいと思うが、話の筋は通っていた。だから、別に心配はいらんと思っているが。」
「インゲルテントさんが、独自に組織したスパイ組織を持っているのは、今まで聞いた事が無かったですよね。」
「そういえば、今日初めて聞いたな。」
ハルゼーは頷きながら、唸るような声で言う。
「そのスパイ組織の一員が、シホット共の中枢に潜り込んでいたとはな。前までは、インゲルテントの奴は無能と思っていたが、
これで少しは見直したぜ。」
「実を言いますとね、俺の妹が、その組織に入っていたんです。そして・・・・俺も。」
ハルゼーはその言葉を聞いた瞬間、文字通り固まってしまった。
「12歳の時に、孤児であった自分はたまたま通りかかった軍人に拾われました。その軍人がちょうど、インゲルテント派の将校
でした。自分は彼の勧めでその組織に入りました。厳しい訓練の後、16歳の時に国内や国外で、色々な活動をさせられました。
自分は、組織の中では魔法技術が際立っていたので、主に魔法絡みの事件を取り扱わされました。」
「おい・・・・それは本当の話かい?」
「ええ。本当ですよ。」
ラウスは、暢気な口調で答える。
「インゲルテントのスパイ組織って、まさか、シホット共がやったような方法で、訓練兵を育成していたのか?」
「いえ、そこまでは酷くないです。ただ、訓練中の事故で死亡者が出る事はありましたし、脱走者は容赦なく殺されていました。
訓練自体も、気を抜けば死に繋がるような物ばかりでした。まっ、シホールアンルよりは酷くないですが、一応似たような物でした。」
「・・・・奴はとんでもねえ野郎だな。」
彼は、震えた口調でそう呟いた。
ハルゼーは、彼の過去の話を余り聞いた事が無かった。
ラウスがどのような幼少期を過ごし、20代に至るまでは何をしていたかを知らなかった。
ハルゼーは時折、ラウスに過去の事を聞こうとしたが、ラウスは話をはぐらかせて何も教えてくれなかった。
「まさか、お前のような奴が、人を人とも思わん奴らの所で、厳しい訓練を受けていたとはな。」
「まっ、当時は両親が死んで、妹と俺2人だけでうろついていましたからね。生き延びるには、軍人の誘いに乗る他はありませんでした。」
「君が、インゲルテントが作った組織に居たとは・・・・もしかして、今も・・・?」
「いえ。」
ラウスは首を横に振った。
「自分はちと役立たずでしたので、組織から追い出されてしまいました。その後、自分は軍の魔法研究所で務め、いつの間にか、バルランドでも
有数の魔法使いとして知られるようになりました。」
「そうだったのか。」
ハルゼーは、唖然としながら呟いた。
「これ以上は詳しくは言いたくないですけどね。」
「いや、大ざっぱな事が分かっただけでも、俺としては満足だ。」
「それにしても、大丈夫なのかなぁ。」
「ん?何がだね?」
「今回の作戦の事です。」
「ヘイルストーン作戦の事か?」
「はい。」
ラウスは頷く。
「インゲルテントさんは、時折、ここぞという時で敵の策略に嵌ったりして、幾度も部隊が危ない場面にあったりしています。自分も、
奴さんの失敗のせいで妹を失い、僕も危うく死にかけました。」
「・・・・・・・」
ハルゼーは絶句してしまった。
「まっ、その時の怪我のせいで、自分は役立たず扱いされて組織から放り出されてしまいましたが、あの人はどこか、間抜けな部分があるんですよ。
今回のヘイルストーン作戦でも、そうならなければいいなぁと、自分は思うんです。」
「今回ばかりは、恐らく大丈夫だろう。」
ハルゼーは改まった口調で、ラウスに言う。
「TF37は12隻の空母を持ち、護衛艦も新鋭艦ばかりを揃えている。おまけに、シホット共は航空兵力を抽出して、現場には300騎しか
残っていないと聞いている。いくらシホット共が気付いたとしても、圧倒的な物量の前には、流石に太刀打ち出来んだろう。」
「うーむ、確かにそうっすね。」
ラウスは、落ち着いた声音でハルゼーに返す。
「どんな強敵でも、数を多く揃えて挑めば大丈夫。という事ですか。」
「まっ、そう言う事だ。それ以前に、レキシントンとサラトガを含むTG37.1だけ突っ込ませても充分と思うがね。あの部隊には、
TG38.1と同じように開戦以来からのベテランが多く揃っている。」
ハルゼーは、ニュージャージーの右舷側方向に顔を向ける。
ファスコド島の南側には、第37任務部隊が停泊しており、TG37.1はTF38からさほど離れていない場所に居る。
ニュージャージーからは、TG37.1の主力であるレキシントンとサラトガを見る事が出来た。
「そんな精鋭も交えたTF37が、一斉に敵の工場地帯を襲いに行くんだ。確かに、多少不安の残る作戦ではあるが、大丈夫だ。」
ハルゼーは、いつもと変わらぬ口調でラウスに言う。
「ヘイルストーン作戦は成功する。シホット共の工業地帯は、パウノールの部隊が叩きまくって、何も無い更地にしてくれるだろう。
TF37よりは、TF38の方が危ない、と思うな。」
「どうしてですか?」
「ヒーレリには、連中の機動部隊が居るんだぞ。航空戦力はほぼ互角で、連中の航空隊もベテランが多いだろう。まともにぶつかったら、
互いに大損害が出るぞ。」
「確かに。」
ラウスは、ハルゼーの言葉に納得した。
TF37が居ない間、TF38は単独で、敵機動部隊を監視しなければならない。
航空戦力は、TF38が790機に対して、シホールアンル側も約750騎と、あまり大佐が無い。
母艦の数では、TF38が10隻に対して、シホールアンル側が12隻であるから、敵側の方がやや有利だ。
戦力が拮抗している以上、まともにやり合えば彼我共に、壊滅的打撃を受ける可能性は少なくない。
「まっ、今は、ヘイルストーン作戦の成功を祈るしかないさ。そして、TF37が出張に言っている間は、俺達が頑張らにゃならん。
これから2週間ほどは忙しくなるぞ。」
「ええ。給料分、しっかり働きますよ。」
ラウスは苦笑しながら、ハルゼーに言った。
ファスコド島は、早くも夕方の色に染まりつつある。時間は午後4時30分。
空はまだ明るい物の、水平線は徐々に、オレンジ色に染まりつつあった。
1484年(1944年)9月8日 午前11時 ホウロナ諸島ファスコド島
その日、太平洋艦隊司令長官であるチェスター・ニミッツ大将を乗せたC-54は、ホウロナ諸島ファスコド島の飛行場へ着陸した。
C-54が駐機場に止まった後、ニミッツは同行して来た参謀長、フランク・フレッチャー中将と共に機外に出た。
ドアから体を出すと、そこからムワッとした空気が体を包み込む。
「流石に、まだ暑いな。」
「ええ。この時期はまだ夏のような物ですからな。何でも、ここで休養を取る将兵達は、暇潰しにビーチで遊んでいるようです。」
「ほう、それはまた、楽しそうだな。今度非番の時に、海辺でビーチパーティーと行こうかね。」
「名案ですな。」
2人は雑談を交わしながら、タラップを降り、用意された車に乗り込んだ。
ニミッツとフレッチャーを乗せた車は、一路港に向かった。
空港から10分ほど走った所で、車は桟橋の近くに来た所で止まった。
桟橋の前には、大尉の階級章を付けた海軍将校が待っていた。
「長官、お待ちしておりました。私は第3艦隊司令部付将校、フレデリック・グラント大尉であります。長官と参謀長を
お迎えするように命じられました。」
「御苦労グラント大尉。早速だが、ニュージャージーまで案内して貰おう。」
ニミッツは、柔和な笑みを浮かべながらグラント大尉に言った。
「はっ。では、こちらへ。」
グラント大尉はそう答えてから、桟橋の側に止めてあった内火艇に2人を乗せる。
やがて、内火艇は動き出し、ニミッツとフレッチャーは一路、ニュージャージーに向かう事となった。
ニミッツとフレッチャーは、波間に揺られながらも、周囲に停泊する第3艦隊の艦艇群を見回す。
「いつ見ても、壮観ですな。」
フレッチャーが感慨深げな口調でニミッツに言う。
ファスコド島周辺には、第3艦隊所属の第38任務部隊が停泊している。
第38任務部隊は、2個の空母群で編成されており、主戦力である空母は正規空母6隻、軽空母4隻を数える。
空母群は、任務部隊ごとに離れている物の、それでも数隻の航空母艦がずらりと並んで停泊している姿は、まさに壮観と言える。
「私が機動部隊を指揮していた頃は、せいぜい2、3隻ぐらいで、ここに居る空母の半分も居ませんでした。しかし、
こうして見ると、自分もいつかまた、前線の艦隊を指揮したいと思いますな。」
「空母戦のエキスパートである君らしい言葉だな。」
ニミッツは苦笑しながら、フレッチャーに言う。
「太平洋艦隊参謀長のポストは、やや不満かな?」
「いえ、むしろ逆ですよ。」
フレッチャーは首を振りながら言葉を返す。
「確かに、前線部隊を指揮したかった。ですが、更なるスキルアップを目指すには、たまには変わった仕事をやる事も必要です。
太平洋艦隊の参謀長という役職は、以前からやりたかった仕事でもあります。私は、この参謀長という職に付いて、命令を出す
だけではなく、どうやれば司令官に良き命令を出させられるか、そして、幕僚達をどこまで纏め切れるか等、様々な事を学びました。
正直言って、私はとても良い役職に付く事が出来たと思います。」
「ふむ、そう思ってくれたのならば、私も嬉しいよ。」
ニミッツは満足気な笑みを浮かべた後、正面を見据えた。
目の前には、戦艦のニュージャージーが停泊している。
世界最大・最強の戦艦として生を受けたニュージャージーは、左舷側500メートルに停泊している1番艦アイオワと共に、
17インチの砲身に仰角を掛けながらその場に浮かんでいる。
時代が戦艦から空母の時代に移ったとはいえ、その巨大な威容は、ニミッツの内心で眠っていたある物を再び蘇らせる。
「かつて、少尉候補生時代に、私は日本を訪れ、そこで東郷平八郎提督に会った。私はその時感動した物だ。強大な
バルチック艦隊を打ち破り、世界に名だたる名将と対面したあの時は、今の自分を作る良いきっかけとなった。あれから
数十年・・・・・」
ニミッツは、空に向けて顔を上げる。
「私は東郷提督のように、大艦隊を率いる事が出来た。なのに・・・・・・」
ニミッツはそこで言葉を沈みこませ、顔を俯かせる。
「私の心は、いまいち晴れない。」
「長官・・・・・」
フレッチャーはそう言いながらも、ニミッツが右手に持っている鞄にちらりと視線を落とす。
彼は、ニミッツの不安感の元が、その鞄の中身にある事を知っていた。
「あれこれ悩んでいても仕方ないな。」
ニミッツは改まった口ぶりで呟く。
「私達の役目は、新たな作戦の説明を、ビルを含む第3艦隊の幕僚達に伝えるだけだ。彼らがどのような反応を見せ、
どう答えるかは容易に想像出来るがね。」
彼の口調には、どこか開き直ったような響きが含まれていた。
内火艇は、徐々にニュージャージーへ近付きつつある。その巨体の左舷に接舷するまでは、あと5分ほどかかりそうだった。
第3艦隊司令長官を務めるウィリアム・ハルゼー大将は、甲板でニミッツとフレッチャーを出迎えた後、2人を艦内の作戦室に招き入れた。
「どうぞ。」
ハルゼーは、2人に洒落た笑みを浮かべながら室内に入る。
室内には、長テーブルが敷かれており、用意された椅子には第3艦隊の主だった参謀達や、第37、第38任務部隊の指揮官達が
席に座っている。彼らは、ニミッツが入るや、一斉に立ち上がって敬礼を行う。
ニミッツとフレッチャーは軽く答礼をしながら中に入った。
「ようこそ、我がニュージャージーへ。」
ハルゼーはそう言ってから、2人に椅子に座るように促した。
「後で紅茶をお持ちします。」
「うむ、ありがとう。」
ニミッツは暢気な・・・・しかし、微妙に強張った口調でハルゼーに返す。
2人が席に座ったのを見計らって、幕僚達にも席に座らせた。
「さて、本日。この第3艦隊司令部に、太平洋艦隊司令長官であるニミッツ提督がお越しになられた。今日は、このニミッツ提督から、
新たな作戦の説明があるそうだ。」
「新たな作戦ですか?」
第3艦隊参謀長であるカーニー少将が、不思議そうな口ぶりで言う。
「ハルゼー長官。我々には、ニミッツ長官の来訪の理由を知らされていませんでしたが、どのような作戦があるのですか?」
「どんな作戦があるのかは俺も分からん。詳しくはニミッツ長官と、フレッチャー参謀長の説明を聞いてからだ。」
ハルゼーはカーニーにそう返しつつ、ニミッツに顔を向けた。
「司令長官。我々に与える新たな任務とは、どのような物ですかな?」
彼は、口調に陽気さを交えながらも、真剣な眼差しでニミッツを見つめる。
ニミッツは、深呼吸をしてから話を始めた。
「実はだな、ビル。」
彼は、持っていた鞄から書類を取り出し、それをまず、ハルゼーに渡す。
「君の指揮下にある任務部隊でもって、北大陸南西部・シホールアンル帝国領シェルフィクル地方にある工業地帯を攻撃してもらいたい。」
ニミッツが言い終えるや、機動部隊の指揮官達や参謀達の顔色が変わった。
「私は直接、キング作戦部長から命令を受けた。キング提督からの話によると、この作戦はバルランド側から得た情報を元に計画されたようだ。
私達太平洋艦隊も、バルランド側からの情報を元に作戦計画を練り上げた。」
「ニミッツ長官。この作戦はつまり、バルランド側の要請を受けてから計画された、という事で間違いないですかな?」
文書を読んでいたハルゼーが、ニミッツに問う。
「そうだ。情報の発信元は、インゲルテント将軍が組織した、北大陸内のスパイ組織から送られて来たようだ。バルランド側はこの情報を
我々に提供し、シェルフィクル工業地帯の攻撃を要請して来た。大統領は、この要請に最初は難色を示していたようだが、バルランド側の
事も考慮して、この要請を受けたという。」
「その攻撃部隊だが・・・・・」
ハルゼーは文書から目を離し、ミッチャー中将とパウノール中将を交互に見る。
「文書内では、パウノールのTF37に、シェルフィクルの攻撃を行わせよとある。」
「わ、私の部隊が、ですか?」
パウノールは、思わず面食らったような表情を浮かべる。
「TF37のみで、シェルフィクルを攻撃するのでありますか?」
「そうだ。」
ニミッツが言う。
「参謀長、説明を。」
「はっ。」
ニミッツに代わって、フレッチャーがパウノールに説明を行う。
「シェルフィクルは、シホールアンル帝国の中でも第1位の工業地帯で、この地域には巨大な魔法石精練工場や武器生産工場、それに
各種の軍需工場や造船所もあり、10キロほど離れた内陸には魔法石鉱山がある。このシェルフィクル地方は、シホールアンル帝国が
北大陸統一を行う前までは、魔法石生産量のうち5割、兵器生産量のうち3割、船舶生産数の内、3割、各種工場も、全生産量の4割、
最低でも2割以上を占めている。シホールアンル側が北大陸統一を果たした後は、シェルフィクルの工業的価値はやや下がったが、
かの国は今、勢力圏を急速に失いつつある。こうなると、シェルフィクルの重要度は、開戦直前と同じぐらいに高まる。」
フレッチャーは、淡々とした口調でパウノールに説明する。
説明を受けるパウノールは、自らの部隊が、この戦争の行方を左右する大作戦に投入されようとしている事に、少しずつ気付き始めて来た。
「もし、このシェルフィクル工業地帯に大打撃を与える事が出来れば、シホールアンルの継戦能力は大幅に低下する事になるだろう。
当然、敵側もこの工業地帯の重要度を認識し、常に大規模のワイバーン部隊や防衛部隊を、工業地帯等の要所に配備している。」
「参謀長。敵のワイバーン隊の数は、どれぐらいになるのでしょうか?」
パウノールはすかさず聞いて来た。
「約800騎。」
フレッチャーは答える。それに、パウノールは眉をひそめた。
パウノールは、反論するために口を開いた。だが、フレッチャーは機先を制するかのように次の言葉を放つ。
「だが、それは2週間前までの話だ。シホールアンル軍は、ジャスオ戦線の航空兵力増派のために各地から兵力の移動を行い、
シェルフィクル地方からは約500騎を抽出したそうだ。バルランド側は、この決定的な情報を我々に知らせてくれた。」
「・・・・では、シホールアンル軍は、自らの心臓部にあたる工業地帯に、僅か300騎の航空兵力しか残していないのですか・・・・
参謀長、これは確かな情報なのですか?」
「確かだ。何でも、この情報の発信源は、シホールアンル側の大物官僚から送られているようだ。シホールアンル側の航空兵力
移動は、首都にある帝国宮殿で皇帝が指示を下し、その後、司令部の上層部会議で決められ、前線の指揮官達は何も知らされない
まま、前線部隊にワイバーン隊を移動させているそうだ。」
「大物スパイとは・・・・・我が合衆国は、そのスパイの事は何か聞かされていましたか?」
パウノールの隣に座っていたミッチャーが聞いてくる。
フレッチャーの代わりに、ニミッツが質問に答える。
「いや、バルランド側からは何も知らされていない。と言うよりも、バルランド軍上層部でも、つい最近まではこの大物スパイの
存在は知られてなかったらしい。このスパイは、インゲルテント将軍が育てた子飼いのスパイの1人で、20年前にシホールアンルに
渡ってから、同地で密かに活動を行っていたようだ。8年前には官僚にまで出世して、シホールアンル側の政治にも関わるように
なったという。向こうでは、優秀な官僚の1人として皇帝陛下にも一目置かれているそうだ。」
「そんな大事な事を教えないとは。バルランド側も意地が悪いですな。」
「バルランド側というより、インゲルテント将軍が一部の人間にしか、このスパイの存在を知らせていなかったのが原因だな。」
「要するに、切り札って奴だよ。」
ハルゼーが苦笑しながら、ミッチャーに言う。
「どんな奴でも、大事な物はここぞという時まで残して置きたいからな。」
「となると・・・・シホールアンル側は本当に、重要拠点を手薄にしてしまった訳ですな。」
パウノールが言う。
「うむ。恐らく、敵側は我々が来ないと思い込んでいるようだ。」
フレッチャーがすぐに言葉を返す。
「敵は、ヒーレリの前進拠点に機動部隊を派遣している。いつもなら、ここで一工夫するのがシホールアンルだ。恐らく、
奴らはホウロナへの攻撃の機会を窺っているのかもしれない。それと同時に、敵はジャスオ領や本土の南部に航空兵力を
続々と送り込んできている。ニュージャージーの魔法通信傍受機も、敵軍の兵力の移動に関する内容を頻繁に傍受している。
この一連の行動からして、敵は我々の目が、ジャスオ領やレスタン、ヒーレリ沿岸に向いていると思う筈だ。」
「その隙に、我が第37任務部隊がつけ込む、という事か。」
パウノールは、腕組をしながら呟いた。
「我が機動部隊は、当然ホウロナ諸島周辺で待機ですな?」
ミッチャーがフレッチャーに尋ねる。
「TF38は、敵機動部隊の南下に備えて待機して貰う。」
「敵機動部隊がTF37の行動に気が付き、追撃行動に移った場合は如何します?」
「その場合は何もしない。」
フレッチャーがそう言うと、室内にどよめきが沸く。
「だが、それはキング作戦部長での案だ。我々太平洋艦隊司令部は、キング提督の案にいくつか修正を加えている。
その1つが、敵機動部隊の追撃だ。もし、敵機動部隊がTF37に気付き、追撃に入った場合、TF38は敵機動部隊を
追跡し、背後から攻撃を加えてもらいたい。場合によっては、TF37も呼び戻して共同で敵機動部隊を攻撃し、殲滅する。
この場合、シェルフィクルの攻撃は奇襲効果が無くなってしまうが、その時はTF37、38も総動員して攻撃する。」
「場合によっては、TF37、38で総攻撃か。こいつは面白そうだ。」
ハルゼーが顔をほころばせながら言う。
「いずれにしろ、最初の内はTF38は待機。TF37は遠征、という事になるのですね?」
カーニー少将は、念を押すような口ぶりでフレッチャーに聞く。
「そうだ。この作戦が成功すれば、シホールアンル側は大きな打撃を受け、戦争終結も早まるだろう。」
「TF37を攻撃部隊に選んだのは、戦力を考慮しての事でしょうか?」
パウノールは更に質問を行う。
「その通りだ。TF37は、正規空母7隻に軽空母5隻、軽12隻の高速空母を有している。これに搭載されている強力な
航空兵力なら、巨大な工業地帯も破壊できる。それに加え、TF37はサウスダコタ級戦艦4隻に、アラスカ級巡洋戦艦2隻
を有し、これでもって沿岸部の艦砲射撃も可能だ。場合によっては、昼間は航空機で攻撃し、夜間は砲撃部隊を編成して、
沿岸部を叩く、という事をやっても良い。」
「それに加え、錬度と対空防御の面もある。」
ニミッツが口を開いた。
「第37任務部隊には、精鋭空母であるレキシントンとサラトガが在籍し、残りの母艦航空隊も著しく錬度が向上している。
錬度の面ではTF38でも問題はないが、TF38はTF37と比べて母艦の数が少なく、輪形陣の護衛艦も、TF38と
比べて旧式の艦が多い。TF38は、戦艦は新鋭艦だが、巡洋艦や駆逐艦には対空火力に不安が残る艦が多い。それに比べて、
TF37は、旧式艦が混じってはいる物の、新鋭艦の比率はTF38よりも高く、対空戦闘においても高い防御力を発揮している。
この事を考慮した結果、我々は第37任務部隊を、敵工業地帯攻撃部隊に定めた。」
説明を聞いていたパウノールは、思わず納得した。
対してミッチャーは、まるで自分の艦隊が劣っているように思えて、少しばかり不満に思ったが、同時にニミッツの言葉に
納得している。
パウノールの第37任務部隊は、護衛の艦艇に旧式艦が混じってはいるが、それも少数であり、巡洋艦、駆逐艦の殆どは
開戦後に完成したボルチモア級、クリーブランド級、フレッチャー級、アレン・M・サムナー級といった新鋭艦ばかりである。
対して、第38任務部隊は護衛艦の中に、ニューオーリンズ級重巡やブルックリン級軽巡、それにシムス級やベンハム級、
ベンソン級やリヴァモア級といった駆逐艦が少なからず混じっている。
ニューオーリンズ級やブルックリン級はある程度対空火力が増強され、近接火力は申し分無い。
だが、高角砲の数はボルチモア級やクリーブランド級に劣っている。
それに加え、シムス級やベンハム級、ベンソン級やリヴァモア級駆逐艦は開戦前に竣工した艦であり、開戦後に竣工した
フレッチャー級やアレン・M・サムナー級と比べると、対空火力、または近接火力で劣る。
インゲルテントは、単純に空母の数が多い第37任務部隊に、シェルフィルク攻撃を任せようと考えていたが、
太平洋艦隊司令部では、TF37とTF38の編成図を見、どちらが有効な航空攻撃を行う事が出来るか、あるいは、
どちらが効果的な対空防御を行えるか等、細かく協議した上でTF37を選んだ。
もし、TF38が、新鋭の護衛艦をTF37より多く揃えていたら、間違いなくTF38を選んでいただろう。
(空母群が多いTF37よりは、2個空母群しか持たないTF38の方が、奇襲作戦を行いやすい)
「TF37は、編成後に新鋭艦ばかりが入って来た。なるほど、よく見ているな。」
「敵が減ったとはいえ、相手が2流の部隊であるとは限らない。敵が空襲を凌いで、航空部隊で反撃に出れば、必然的に
艦隊に危険が及ぶ。その時に、対空火力の優秀さと数が物を言う。」
ニミッツがハルゼーに顔を向けてから話す。
「各艦にはVT信管付きの砲弾が多数配備され、効果的な対空防御を行えるが、それでも連中は輪形陣を突破してくる。
その突破できる出来る敵をどれだけ少なく出来るかによって、艦隊が受ける被害は変わる。ここは、敵をより多く落とせる
方を選んだ方が良い。だから、我々は第37任務部隊を選んだのだ。」
ニミッツは、視線をパウノールに向けた。
「分かりました。そこまで深く協議した上で我が任務部隊を選んでくれたのなら、私は喜んで、この作戦を受けましょう。」
パウノールは、自信を含んだ口調でニミッツに言った。
「なお、この作戦には、ヘイルストーンというコードネームが付けられた。ヘイルストーン作戦は、今日から3日後の
9月11日を持って開始される。第37任務部隊は、この日に出撃し、以降は先行した補給艦部隊と会合しながら、
現場に向かって貰おう。」
「補給艦部隊は、このホウロナ諸島から出港させるのでしょうか?」
作戦参謀のラルフ・ウィルソン大佐がすかさず聞いた。
「いや、補給艦部隊はホウロナからは出さない。代わりに、マルヒナス運河やエスピリットウ・サントで編成した補給艦部隊を、
ホウロナからシェルフィクルの間に配置するつもりだ。もし、ホウロナからTF37と共に補給艦部隊が大挙出港したら、敵に
意図を察知される恐れがある。」
「なるほど。海洋生物対策ですな。」
ハルゼーは感心した。
「戦争の行方を左右する一大作戦だ。念には念を入れねばなるまい。」
ニミッツはそう答えた。
ホウロナ諸島から、攻撃目標であるシェルフィルクまでは、直線距離で約5000キロ以上もある。
TF37のみでは、この長大な距離を走破するには無理がある。そこで必要なのが、洋上補給である。
ニミッツは、防諜の面も考慮して、マルヒナス、エスピリットゥ・サントから計2つの補給艦部隊、それぞれ護衛空母3隻ずつを
付けて編成し、所定の位置に向かわせている。
勿論、この補給艦部隊の将兵は、任務の詳細を知らされていない。
「私からの説明は以上だ。ここからは、君達の出番になるが、他に何か質問はあるかね?」
同日 午後1時 第37任務部隊旗艦タイコンデロガ
それから2時間後、会議を終え、旗艦タイコンデロガに戻って来たパウノールは、緊急に各任務群の指揮官を集め、第3艦隊司令部で
行われた会議の内容を話した。
「という事は司令官。我がTF37は、バルランドの将軍閣下からどえらい任務を押し付けられた事になるのですな?」
第2任務群の指揮官であるフレデリック・シャーマン少将が、複雑な表情でパウノールに言う。
「そうなるな。」
パウノールは頷いた。
「確かに、我が任務部隊は、戦力は勿論の事、新鋭艦も多数配備されていますからなぁ。選ばれたのは当然ですね。」
第1任務群の指揮官を務めるアルフレッド・モントゴメリー少将が納得したように言い放つ。
「空母は開戦以来の歴戦艦であるレキシントンとサラトガがおりますし、残りも優秀なエセックス級ばかり。護衛艦も新鋭の
サウスダコタ級戦艦とアラスカ級巡洋戦艦が主力ですから、万が一、敵の水上部隊に襲われても、撃退できますな。」
「確かに機動部隊の数は多い。だが、空母航空隊の中には、実戦経験が不足気味の艦も居ます。特にボクサーは、竣工してから
まだ8カ月しか経っていない。航空隊の錬度はまぁ良いが、彼らはモンメロ沖海戦以来、実戦を経験していない。私としては、
もうしばらく訓練を行いたかったのですが。」
第3任務群の指揮官であるジェラルド・ボーガン少将は、不安げな顔つきでパウノールに言う。
「航空戦力に関しては、我々が敵を圧倒しています。」
航空参謀のグインズ・タバトス大佐がボーガンに向けて言い放つ。
「現地の航空兵力は、兵力転用のために300騎しか残っていないようです。それに対し、我がTF37は、正規空母7隻、
軽空母5隻を有し、保有艦載機数は900機に上ります。900機のうち、戦闘機であるF6FやF4Uは半数を占めますから、
攻撃隊に護衛を付けても、残りの戦闘機で敵の空襲に対応出来ます。」
「航空戦力の比率は3:1で我々が有利だ。さほど心配する必要はない。」
パウノールは、自信に満ちた口調でボーガンに言った。
「奇襲を狙うとすると、我々の戦力では少し難しいのではありませんか?」
ボーガンに代わって、シャーマン少将が新たに質問をする。
「シェルフィルクまでは、実に3000マイル以上もの距離があります。その距離を、空母12隻を含む大艦隊が進んでいくのですが、
これでは途中で、敵の海洋生物に見つかりはしませんか?私としては、見つかる可能性が高いと思われますが。」
「その点に付いては考えがある。これは、第3艦隊司令部で提案された物だが。」
パウノールは、背後に振り返り、壁に掛けられている地図に指をさす。
「我が機動部隊は3日後に出港するが、TF37は時速16ノットでもって、丸1日ほど南に向かう。24時間後に、
我々は北西方面に進路を変更し、補給を受けながらシェルフィルクに向かう。」
「出港からしばらくは、針路を偽装するのですな。」
「初歩的な手段だが、ホウロナ周辺にうろついている敵の監視をごまかすには、これが効果的だ。と、第3艦隊の航海参謀は言っていたな。」
「事前に、カタリナ飛行艇や護衛駆逐艦を使って、大規模に対潜掃討を行う手もあります。」
タバトス大佐が発言する。
「ですが、これでは、敵に我々が新たな大作戦を企んでいると教えているような物です。敵に意図を悟られないためには、
我々は“静かに”ホウロナを出なくてはなりません。」
「しかし、90隻にも上る大艦隊が、偽装針路を取っただけで敵の監視の目を潜り抜けられるだろうか?」
「そこの所は、任務群ごとに離れて航行するか、あるいは転進の際に、時間をずらして針路を変更する等をすれば、敵の目を
ごまかせると思います。現に、いくつかの部隊が試した所、敵の海竜部隊が見事に嵌った記録が、これまでに何件も報告されています。」
アメリカ軍護送船団は、敵の待ち伏せを防ぐため、意図的に針路を偽装して進む事がある。
最初は、監視のレンフェラルが居ると思しき海域を西方に向けて航行する。
その後、敵の監視の目が薄い海域で針路を変更して、別の港に向かう。
このような事を6回ほど繰り返しているが、6回中、4回は敵が船団の針路変更を確認できずに、船団の来ない針路上に
10頭余りのレンフェラルを配備して、来る筈のない船団を延々と待ち続けたという実績がある。
レンフェラルは頻繁に魔法通信を発するため、戦艦ニュージャージーやアイオワの魔法通信傍受機でも通信の内容を傍受出来た。
そのため、偽装針路を取る事によって、敵海洋生物の待ち伏せを回避できるか、またはある程度軽減できる事が実証された。
「この事からして、敵の海竜部隊に意図を察知される事は、ほぼないと思われます。」
「わかった。そこまで言うのなら、大丈夫なのだろう。」
シャーマンはそう言ってから、口を閉じた。
「攻撃開始日は9月17日に決めたいが、何か異論は?」
「司令官。移動の際は各任務群がある程度距離を詰めてからでしょうか?それとも、やや遠く離れながら移動するのでしょうか?
前者の場合は、集合も容易ですが、後者の場合は集合に時間がかかり、時には何らかの事故が発生した場合、集合が遅れる可能性も
あります。現場海域に到達するまでの間、途中で嵐に出会う可能性もありますが、そこの所はどうお考えでしょうか?」
モントゴメリー少将が質問して来た。それにパウノールは澱みなく答える。
「出港後は、任務群毎にばらばらで航行するが、転進後はホウロナ諸島より西南400マイルの海域に集合し、各任務群はそれぞれ、
30マイルの距離を保ちながら移動を行う。ある程度纏まれば、現地に到達した時にも攻撃隊の集合が容易に出来る。」
「最初はやや分散しつつ、途中からは纏まって移動するのですな。」
「そう解釈してもらって構わない。」
パウノールはきっぱりと言い放った。
「わかりました。」
モントゴメリーは軽く会釈してから、口を閉ざした。
「今回の作戦で、我々TF37は戦争の行方を左右する行動に出ようとしている。敵は、ジャスオ領の友軍が奮闘してくれたお陰で、
重要拠点の防備を怠るというミスを犯した。我々は、この機会を逃さずに、シェルフィクルの工業地帯を徹底的に叩く。場合によっては、
護衛の戦艦部隊を使う事もあるだろう。このヘイルストーン作戦は、シホールアンルは勿論の事、我々にとっても生涯、忘れる事の
出来ない物になるだろう。諸君らには、作戦を成功させるためにも、いつも以上に頑張ってもらいたい。」
パウノールは、熱い口調で作戦室に居る参加者達に向けて語る。
「ヒーレリの機動部隊は、ミッチャーのTF38が引き受けてくれる。我々は、ミッチャー部隊と、貴重な情報を提供してくれた
バルランド側に感謝しながら、思う存分に暴れよう。そして、早くこの血生臭い戦争を終わらせてやろう。南大陸のために、そして、
前線で奮闘する合衆国将兵の未来のためにも。」
彼の言葉は、作戦室に座る参加者達全員の心に響き渡った。
TF37は、この時から、戦争の早期終結をモットーに動き始めた。
パウノール自身も、作戦が成功した後に用意されるであろう自らのポストに、早くも思いを馳せ始めていた。
同日 午後4時 第3艦隊旗艦ニュージャージー
第3艦隊付魔道参謀を務めているラウス・クレーゲルは、いつものように、露天艦橋から呆けたような表情で海を見つめている時に、
不意に、後ろから背中を叩かれた。
「ようラウス!今日は妙にシケたツラしてるな!」
ラウスの背中を叩いたのはハルゼーであった。
「あ、こりゃハルゼーさん。」
ラウスは、やや覇気の無い声音でハルゼーに言う。
「お疲れ様です。」
「お疲れさん。君は休憩中になると、いつもここに居るな。」
「はぁ。ここの方が、いい風が来るし、眺めもいいですから。」
「前のように、主砲塔の上では寝そべったりせんのかね?」
「いや、今ではちょっと気が引けますね。前は気にしていませんでしたが、今はちと、この主砲を誇りに思いながら働いている人達を
馬鹿にしてしまうような気がして、もうやろうとは思わないっすね。」
ラウスはやや苦笑いを浮かべながら、ハルゼーに返した。
「ほう。いつもは人の気遣いもめんどくせえ、とか思ってそうな君が、これまた珍しい事言うな。」
「ハルゼーさん、それはちと失礼っすよ。自分だって大人ですよ。」
ラウスは口を膨らませてからハルゼーに抗議する。
「ハッハッハ!スマン、ただの冗談だよ。そう怒るな。」
ハルゼーは快活そうな声で笑ってから、ラウスに謝る。
「それにしても、前の会議で、ラウスはずっと押し黙ったままだったな。いつもは必ず話に加わる筈なのに。」
彼は、不思議そうな口調でラウスに問う。
「・・・・あの作戦って、インゲルテントさんから得た情報を元に計画されたんですよね?」
「ああ、そうだ。」
「インゲルテントさんか。自分としては、ちと複雑っすね。」
「複雑か。俺も少しは怪しいと思うが、話の筋は通っていた。だから、別に心配はいらんと思っているが。」
「インゲルテントさんが、独自に組織したスパイ組織を持っているのは、今まで聞いた事が無かったですよね。」
「そういえば、今日初めて聞いたな。」
ハルゼーは頷きながら、唸るような声で言う。
「そのスパイ組織の一員が、シホット共の中枢に潜り込んでいたとはな。前までは、インゲルテントの奴は無能と思っていたが、
これで少しは見直したぜ。」
「実を言いますとね、俺の妹が、その組織に入っていたんです。そして・・・・俺も。」
ハルゼーはその言葉を聞いた瞬間、文字通り固まってしまった。
「12歳の時に、孤児であった自分はたまたま通りかかった軍人に拾われました。その軍人がちょうど、インゲルテント派の将校
でした。自分は彼の勧めでその組織に入りました。厳しい訓練の後、16歳の時に国内や国外で、色々な活動をさせられました。
自分は、組織の中では魔法技術が際立っていたので、主に魔法絡みの事件を取り扱わされました。」
「おい・・・・それは本当の話かい?」
「ええ。本当ですよ。」
ラウスは、暢気な口調で答える。
「インゲルテントのスパイ組織って、まさか、シホット共がやったような方法で、訓練兵を育成していたのか?」
「いえ、そこまでは酷くないです。ただ、訓練中の事故で死亡者が出る事はありましたし、脱走者は容赦なく殺されていました。
訓練自体も、気を抜けば死に繋がるような物ばかりでした。まっ、シホールアンルよりは酷くないですが、一応似たような物でした。」
「・・・・奴はとんでもねえ野郎だな。」
彼は、震えた口調でそう呟いた。
ハルゼーは、彼の過去の話を余り聞いた事が無かった。
ラウスがどのような幼少期を過ごし、20代に至るまでは何をしていたかを知らなかった。
ハルゼーは時折、ラウスに過去の事を聞こうとしたが、ラウスは話をはぐらかせて何も教えてくれなかった。
「まさか、お前のような奴が、人を人とも思わん奴らの所で、厳しい訓練を受けていたとはな。」
「まっ、当時は両親が死んで、妹と俺2人だけでうろついていましたからね。生き延びるには、軍人の誘いに乗る他はありませんでした。」
「君が、インゲルテントが作った組織に居たとは・・・・もしかして、今も・・・?」
「いえ。」
ラウスは首を横に振った。
「自分はちと役立たずでしたので、組織から追い出されてしまいました。その後、自分は軍の魔法研究所で務め、いつの間にか、バルランドでも
有数の魔法使いとして知られるようになりました。」
「そうだったのか。」
ハルゼーは、唖然としながら呟いた。
「これ以上は詳しくは言いたくないですけどね。」
「いや、大ざっぱな事が分かっただけでも、俺としては満足だ。」
「それにしても、大丈夫なのかなぁ。」
「ん?何がだね?」
「今回の作戦の事です。」
「ヘイルストーン作戦の事か?」
「はい。」
ラウスは頷く。
「インゲルテントさんは、時折、ここぞという時で敵の策略に嵌ったりして、幾度も部隊が危ない場面にあったりしています。自分も、
奴さんの失敗のせいで妹を失い、僕も危うく死にかけました。」
「・・・・・・・」
ハルゼーは絶句してしまった。
「まっ、その時の怪我のせいで、自分は役立たず扱いされて組織から放り出されてしまいましたが、あの人はどこか、間抜けな部分があるんですよ。
今回のヘイルストーン作戦でも、そうならなければいいなぁと、自分は思うんです。」
「今回ばかりは、恐らく大丈夫だろう。」
ハルゼーは改まった口調で、ラウスに言う。
「TF37は12隻の空母を持ち、護衛艦も新鋭艦ばかりを揃えている。おまけに、シホット共は航空兵力を抽出して、現場には300騎しか
残っていないと聞いている。いくらシホット共が気付いたとしても、圧倒的な物量の前には、流石に太刀打ち出来んだろう。」
「うーむ、確かにそうっすね。」
ラウスは、落ち着いた声音でハルゼーに返す。
「どんな強敵でも、数を多く揃えて挑めば大丈夫。という事ですか。」
「まっ、そう言う事だ。それ以前に、レキシントンとサラトガを含むTG37.1だけ突っ込ませても充分と思うがね。あの部隊には、
TG38.1と同じように開戦以来からのベテランが多く揃っている。」
ハルゼーは、ニュージャージーの右舷側方向に顔を向ける。
ファスコド島の南側には、第37任務部隊が停泊しており、TG37.1はTF38からさほど離れていない場所に居る。
ニュージャージーからは、TG37.1の主力であるレキシントンとサラトガを見る事が出来た。
「そんな精鋭も交えたTF37が、一斉に敵の工場地帯を襲いに行くんだ。確かに、多少不安の残る作戦ではあるが、大丈夫だ。」
ハルゼーは、いつもと変わらぬ口調でラウスに言う。
「ヘイルストーン作戦は成功する。シホット共の工業地帯は、パウノールの部隊が叩きまくって、何も無い更地にしてくれるだろう。
TF37よりは、TF38の方が危ない、と思うな。」
「どうしてですか?」
「ヒーレリには、連中の機動部隊が居るんだぞ。航空戦力はほぼ互角で、連中の航空隊もベテランが多いだろう。まともにぶつかったら、
互いに大損害が出るぞ。」
「確かに。」
ラウスは、ハルゼーの言葉に納得した。
TF37が居ない間、TF38は単独で、敵機動部隊を監視しなければならない。
航空戦力は、TF38が790機に対して、シホールアンル側も約750騎と、あまり大佐が無い。
母艦の数では、TF38が10隻に対して、シホールアンル側が12隻であるから、敵側の方がやや有利だ。
戦力が拮抗している以上、まともにやり合えば彼我共に、壊滅的打撃を受ける可能性は少なくない。
「まっ、今は、ヘイルストーン作戦の成功を祈るしかないさ。そして、TF37が出張に言っている間は、俺達が頑張らにゃならん。
これから2週間ほどは忙しくなるぞ。」
「ええ。給料分、しっかり働きますよ。」
ラウスは苦笑しながら、ハルゼーに言った。
ファスコド島は、早くも夕方の色に染まりつつある。時間は午後4時30分。
空はまだ明るい物の、水平線は徐々に、オレンジ色に染まりつつあった。