第177話 レビリンイクル沖海戦(前編)
1484年(1944年)9月19日 午前6時 シェルフィクル沖南東280マイル沖
洋上は、ようやく夜が更け、暗闇の下から薄いオレンジ色の光が染み込むようにして広がっていく。
海はやや波が高いが、さほど心配する物ではなく、洋上は静寂に包まれていた。
早朝の海の穏やかな風景は、見る人の心を自然と癒してくれる。
第3艦隊所属第37任務部隊の司令官であるジョセフ・パウノール中将は、旗艦である空母タイコンデロガの張り出し通路から、
朝の海を眺めていた。
「航空参謀。今日は良い天気になりそうだな。」
パウノールは、後ろに立っていた航空参謀のグインズ・タバトス大佐に声をかけた。
「ええ。気象班の予報では、今日は晴れのようですからな。絶好の空襲日和です。」
「ハハハ、絶好の空襲日和か。言えてるな」
パウノールは苦笑しつつ、張り出し通路の反対側へ移動する。
そこからは、飛行甲板が見渡せた。
飛行甲板には、第1次攻撃隊に参加する戦闘機、艦爆、艦攻が、舷側エレベーターのある中央部から後部にかけて
ずらりと並べられ、機体の周囲には整備員が取り付き、出撃前の整備を行っている。
出撃前の慌ただしさに包まれている飛行甲板であるが、これと同じような光景は、タイコンデロガのみならず、
僚艦バンカーヒルやボクサー、軽空母キャボット、それに、TG37.1やTG37.2の各母艦でも見られる。
「タイコンデロガを含むTG37.3は、127機を発艦させる予定です。TG37.1、TG37.2も含めれば、
総計で330機を敵の航空基地攻撃に向かわせる事になります。」
「第2次攻撃隊の発艦は、確か1時間後だったな?」
「はい。第2次攻撃隊は、3個任務群から総計260機を発艦させ、これらは主目標である工業地帯爆撃に向かわせます。
第2次攻撃隊の戦闘機には、ロケット弾搭載が可能なコルセアも多数随伴させて、地上施設に対する攻撃を徹底して行わせます。」
タバトス大佐は淡々と説明する。
ヘイルストーン作戦は、敵の工業地帯壊滅を主目標に置いた作戦であるが、作戦の第1段階はまず、敵の航空基地に対する
攻撃から始まる。
第37任務部隊は、戦闘機多数を含む第1次攻撃隊でもって敵の航空基地を攻撃し、無力化させた後、2次攻撃以降は敵の
工業地帯を攻撃し、夜間は艦砲射撃によって、破壊を免れた工場施設を攻撃する手筈になっている。
敵の航空基地は、シェルフィルク工業地帯から西に20マイル離れた沿岸の港町、リトカウトにある事が情報で確認されており、
このリトカウトには、2つのワイバーン基地がある。
この基地には、約300機のワイバーンが存在しており、ほぼ全てが戦闘、爆撃を用法こなせる83年型のワイバーンである
事が判明している。
それに加え、リトカウトには中規模の海軍基地があり、ここには哨戒艇や小型の艦艇が20隻ほど停泊しているという。
第37任務部隊は、この航空基地と海軍基地を最初に叩き潰す事に決めた。
航空基地と海軍基地を破壊した後は、夜が更けるまで工業地帯に波状攻撃を仕掛け、艦砲射撃で止め刺した後に、素早く沖合に
逃れる、という予定だ。
「搭乗員の士気も上がっています。昨日は、サウスラ島沖の海戦で、TF38が敵機動部隊を撃退していますからな。
艦隊の将兵達は、TF38に続けと、声高に叫んでいますよ。」
「うむ。重大な作戦を行う前に、ああいう朗報が入ると、私も次は俺達の番だ、と思ってしまうよ。」
パウノールは満足気な笑みを浮かべた。
TF37が作戦海域に達するその前日、第38任務部隊は、南下して来た敵機動部隊と交戦した。
第38任務部隊は、敵側の送った2波300騎の攻撃隊によって、駆逐艦3隻が沈没し、空母ホーネットが爆弾5発と
対艦爆裂光弾2発、軽空母フェイトが爆弾3発と敵ワイバーンの自爆体当たり1を受けて大破し、ヨークタウンが
爆弾4発を食らい、中破した。
その他にも、駆逐艦4隻と防空巡洋艦アトランタ、重巡洋艦アストリア、ヴィンセンスが、対艦爆裂光弾や爆弾を受けて
大破している。
しかし、敵の波状攻撃を受ける前に発艦した第1次攻撃隊が敵機動部隊に襲い掛かり、敵の正規竜母2隻を撃沈し、
小型竜母2隻を大破させた。
その後の第2次、第3次の攻撃で、更に正規竜母2隻と小型竜母2隻、巡洋艦1隻と駆逐艦3隻を撃沈し、正規竜母
2隻を大破させた。
シホールアンル側は、最初こそは威勢が良かった物の、攻撃をTG38.1に集中したため、エセックス級空母3隻と
軽空母2隻を主力としたTG38.2は敵の攻撃を気にすることなく攻撃隊を送り込む事が出来た。
これに加えて、損傷を免れたエンタープライズと軽空母カウペンスも攻撃隊を送り続け、戦火拡大に少なからず貢献している。
この海戦で、米側は駆逐艦3隻喪失、正規空母2隻と軽空母1隻、それに加えて巡洋艦3隻と駆逐艦4隻を大中破させられ、
航空機198機を失った(これは、使用不能機と判断され、海中に投棄された損傷機も含む)。
この損害に引き換え、敵竜母6隻、巡洋艦1隻、駆逐艦3隻を撃沈し、竜母4隻を大破させ、敵ワイバーン約300騎を撃墜した。
(最も、撃墜数は過大であると第3艦隊司令部では思われている)
このサウスラ島の激戦で戦力を消耗した敵機動部隊は、夕方までに反転し、大慌てでヒーレリの前進拠点へ戻って言った。
その一方で、勝者である第38任務部隊は、敵を追撃しようとはしなかった。
シホールアンル機動部隊は、海戦後、陸地側を沿うようにして後退したため、竜母を失っても充分な上空援護を受けられていた。
それに対して、第38任務部隊は、一応勝利したとはいえ、使用可能な空母は、TG38.1とTG37.2合わせて7隻に減り、
おまけに使用可能機も激減していたため、これ以上戦闘を行っても、あたら戦力を失うだけで中途半端な結果に終わるのみと判断され、
追撃を諦めざるを得なかった。
とは言え、久方ぶりの大海戦に勝利したTF38は、自国海軍のみならず、各国海軍からも称賛され、将兵達の士気は最高潮に達した。
TF37でも、このサウスラ島沖海戦の結果は知れ渡り、艦隊の将兵達は、
「次は俺達の番だ!」
「TF38の勝利を台無しにしないためにも、工業地帯は必ず粉砕させる!」
「TF38は良くやった。次はシホット共を降伏させるだけだ!」
といった言葉を口々に叫び、来るべき作戦に向けて、闘志を漲らせていた。
「航空偵察はどうなっている?」
「はっ。予定通り、各艦から5分後に2機ずつが発艦する予定です。索敵線は艦隊の南西から東の部分へ展開させ、攻撃隊の出撃前に
計28機のハイライダーが所定の位置に向かいます。」
「確か、本艦から発する索敵機は、レビリンイクル列島沿いに向けて偵察を行うようだな。レビリンイクルには、敵も小規模な部隊
しか配備していないと聞いているが、どうなっているかな。」
「そこの部分は、報告が入らないと分からないですな。とは言え、知らされた情報では、あの列島は大した脅威にはならないかと
思われます。むしろ、敵は主力部隊を工業地帯の側に置いています。我々はまず、この主力航空部隊を叩き潰さねばなりません。
要するに、私達は一方向だけに気を配れば良いのです。」
「ふむ。それなら、この作戦はやりやすい物になるな。」
タバトスにそう返してから、パウノールは2度頷いた。
偵察機であるS1Aハイライダーを発艦させる時間が来ると、風上である南東方向に向けて、艦隊が一斉回答を行う。
大は正規空母や戦艦、小は駆逐艦まで。様々な艦が一斉に舳先を回していく。
統率されたその動きは、いつ見ても壮観そのものである。
誰が見ても気持ちの良い光景であるが、パウノールはそれを見て、思わず眉をひそめた。
(南東か・・・・・どうも気に入らん。)
彼は心中で呟く。
(まるで、敵さんに背を向けるようで好かんな。まっ、時間が経てば風向きも変わるだろうが。)
第1次攻撃隊の発艦は、それから1時間後の午前7時から7時45分の間に行われた。
12隻の空母から発進した330機の大編隊は、集合を終えた後にリトカウトへ向かって言った。
TF37では、早くも第2次攻撃隊の準備を急いでいた。
しかし、攻撃隊が発艦を終えてから1時間が経ち、第2次攻撃隊もようやく飛行甲板に上げられるであろうという時に、
TF37は最初の敵ワイバーンと接触してしまった。
「司令官。レーダーが、我が任務群より北東60マイル地点を、南に向けて飛行している敵ワイバーンを探知しました。
まずい事に、敵ワイバーンの進路は、第1次攻撃隊の針路と重なり合っています。」
タバトス航空参謀がパウノールに報告する。それを聞いたパウノールは顔をしかめた。
「まずいな。こっちは格納庫に、弾薬を搭載した艦載機を抱えている。もし、その敵ワイバーンが後方に攻撃隊を従えて
いたらえらい事になるが・・・・攻撃隊からは何か報告はないか?」
「いえ。攻撃隊からは何の報告もありません。敵が大編隊を従えていたのなら視認出来ていたでしょうが。」
「ふむ。しかし、攻撃隊はどうして、敵の偵察ワイバーンを発見出来なかったのだろうか。」
「恐らく、雲が原因でしょう。」
タバトスは、真上を指さしてから説明する。
「今日の天気は一応晴れとなっていますが、所々に雲が掛っています。敵の偵察ワイバーンと攻撃隊がすれ違った時は、
ワイバーンが雲に隠れてやり過ごした可能性があります。」
「なるほど。となると、敵は確実に、攻撃隊の通過を確認しただろうな。相手は無音で飛行できるが、我々の航空機は
盛大に音を出しているからな。聞き耳を立てれば一発で分かってしまう。」
パウノールは小さいため息を吐いた。
「使える戦闘機は何機ある?」
「今上がっている物も含めれば、360機は使えます。2次攻撃隊の分を差し引けば、使用可能機数は270機程度ですね。」
「それは、夜間戦闘機も含めた数かね?」
「いえ、夜間戦闘機は含めていません。夜戦隊も含めれば、最大で310機まで確保できますが。」
「ううむ。」
パウノールはしばしの間思考する。
TF37に所属する正規空母7隻には、最低でも4機の夜間戦闘機を搭載している。
この7隻の他に、専門の夜間戦闘飛行隊であるVFN-91を置いている軽空母ラングレーでは、正規空母よりも多い
12機を搭載しており、TF37全体では総計で40機の夜間戦闘機を有している。
パウノールとしては、艦隊の被害を抑えるために、1機でも多くの戦闘機を防空用に当てたいと考えていた。
しかし、夜間戦闘機は決して多くは無く、一時に多数を失ってしまえば、ただでさえ不安であった夜の守りが一層薄くなってしまう。
特に、レスタン人志願兵で占めるVFN-91は(亡命レスタン人は、陸軍のみならず、海軍にも志願している)
貴重な存在であり、夜間以上に修羅場が展開される昼間の戦場には、安易に投入する事は出来ない。
「・・・・・夜戦隊は温存しよう。」
パウノールは思考の末に、タバトスにそう言った。
「こっちは遅くても、あと40分ほどで敵の基地に到達する。敵も俺達が居る事を察知して、攻撃隊を編成し、こっちに
向かわせるだろうが、それでも150~200騎程度だ。相手も航空基地の防衛をしなくてはならんから、ある程度の数の
ワイバーンは残すだろう。我々は、敵が送り込んで来た攻撃隊を、通常の戦力で迎撃すれば良い。夜戦隊は夜の守りに
欠かせない存在だ。この戦いに出す必要はあるまい。」
「わかりました。」
タバトスは頷いた。
「第2次攻撃隊は、あと何分で出撃可能かね?」
「あと20分はかかります。敵の攻撃隊が来るまでは、なんとか間に合うでしょう。」
パウノールの問いに、タバトスは余裕が感じられる口ぶりで答える。
艦橋内には、早くも楽観気分が漂い始めていた。
だが、突然舞い込んで来た報告が、その楽観気分を消し飛ばしてしまった。
「駆逐艦コンプトンより緊急信!我、敵海洋生物より攻撃を受けるも、回避せり!」
艦橋に入って来た通信兵が、通信参謀に報告する。
「コンプトンはこれより、敵に対して反撃を行う、との事です。」
「よし、下がっていいぞ。」
報告を聞いた通信参謀は、通信兵から紙を受け取り、下がらせた。
「司令官。お聞きした通りです。」
「シホールアンル側のレンフェラルが、輪形陣に侵入しようとしていたのか。」
「はっ。現在、コンプトンは敵の海洋生物に攻撃を加えているようです。」
「そうか・・・・深追いしなければ良いが。」
パウノールは不安気な口調で呟く。
コンプトンは、輪形陣左側の外周を守っている艦である。
米機動部隊の輪形陣は、外周を16隻の駆逐艦で守り、その内側に巡洋艦と戦艦が陣取り、その中心に空母を置いている。
それとは別に、輪形陣の外周から40マイル(64キロ)四方に6隻から8隻の駆逐艦をピケット艦として置いている。
アメリカ海軍は、このピケット艦の配置によって、敵航空部隊の接近を早く察知する事が出来、過去の海戦でその有用性は
遺憾なく発揮されている。
つい最近行われたサウスラ島沖海戦でも、TG38.2はピケット艦の情報を元に敵編隊を避けるようにして航行したため、
海戦後半の猛反撃で勝利に貢献している。
しかし、輪形陣内で何か異常事態が起きた場合・・・・例えば、敵の海洋生物の飽和攻撃等で、護衛艦に損害が出た場合は、
ピケット艦に輪形陣への復帰を命じなければならない。
そうなると、機動部隊はピケット艦という目を失う事になる。
もしコンプトンが深追いしすぎて逆襲に会えば、その分、1隻のピケット艦を補充に当てなければならないのだ。
パウノールとしては、そのような事態はどうしても避けたかった。
「2次攻撃隊の準備を急がせた方が良いな。」
彼は、口調に焦りの色を混ぜながら言った。
そこに、またもや緊急信が飛び込んで来た。
午前9時20分 リトカウト
リトカウトに配備されている第21空中騎士軍は、午前8時20分に偵察ワイバーンからアメリカ軍機らしき航空機の音を探知せり
という情報を伝えられてから、直ちに攻撃隊の発進準備に追われた。
それから30分後には、哨戒中であったレンフェラルから、
「敵正規空母2隻、小型空母2隻を含む艦隊を発見。」
という魔法通信が入り、その後から次々に敵艦隊発見の報が届いた。
第21空中騎士軍司令官であるイトフェ・ルインスク中将は、この連続する敵艦隊発見の報を聞き、来るべき物が来たかと呟いた。
午前9時には、急遽編成された160騎の攻撃隊が飛び立ち、レンフェラルの発見した米機動部隊に向かって言った。
そして午前9時20分、沿岸から10ゼルド離れた海域を航行していた監視艇から魔法通信が入った。
「司令官。監視艇からの報告によりますと、リトカウト南方約25ゼルドに、敵艦載機の大編隊を見ゆとの事です。5分後に送られた
第2報では、敵機の総数は250~300機以上との事。閣下、敵は早くも、重い一撃を繰り出してきましたな。」
「ああ。」
ルインスク中将は頷く。彼の表情は強張っていた。
「敵は攻撃隊の半数を戦闘機で固めている。基地防衛に残した140騎では、敵に押し切られてしまうだろうな。」
「我々に出来る事は・・・・出来るだけ、敵を減らす事だけ、ですか。」
「そうだな。まっ、勝利するためには仕方ない事だ。」
ルインスク中将は、しわがれた声で主任参謀に言った。
「閣下、本当にこれで良かったのでしょうか?」
主任参謀は、念を押すかのように尋ねた。
「・・・・上からの指示だ。致し方あるまい。」
「致し方あるまいで、貴重な竜騎士やワイバーン達を死地においやるのは・・・・・」
主任参謀は悲しげな表情を浮かべる。
「それに、3日前になるまで何の知らせも無いのは、やはりおかしいかと思われます。開戦以来、この地方を守って
来たのは私達です。いくら彼らが優れていようと、せめて・・・せめて、それなりの配慮は」
「主任参謀・・・・!」
ルインスクは主任参謀の言葉を遮った。
「陛下のご意志だ。我々が為すべき事は、敵機動部隊に攻撃を加え、それを勝利の足掛かりにする事だ。貴様の
言いたい事は、俺にも分かる。貴様が感じる辛さも、よく分かる。」
ルインスクは、机に掛けられている1枚の似顔絵を見る。
彼には、竜騎士である娘が居た。
娘は昔から元気が良く、従軍してからは腕利きの竜騎士として名を馳せ、彼としても自慢の娘だと、部下達に公言していた。
だが、その娘は、昨年の南大陸戦の最中に起きた、アメリカ機動部隊との戦闘で命を落とした。
主任参謀もまた、息子が陸軍の歩兵師団に配属されていたが、昨年11月に戦死公報が届いている。
共に、たった1人しか居なかった子を、戦で失ったのである。
「皮肉な結果だな。自らの子を失い、悲しみに暮れた者が、更に悲しむ者を増やしていく。この世は、時に残酷であり、
時に愚かな物なのだな・・・・」
ルインスク中将は、顔に皮肉げな笑みを浮かべながらそう言い放った。
「・・・・・司令官。そろそろ迎撃隊を出動させましょう。今は、任務に集中するべきです。」
「そうだな。これまでに散って言った者達、そして、散っていく者達の命を無駄にしないためにも、任務は果たさねばならんな。」
ルインスクはそう言ってから、残っていた迎撃隊に出動を命じたのであった。
第37任務部隊から発艦した第1次攻撃隊は、午前9時40分にはリトカウトから南50キロの地点まで迫っていた。
「右下方に敵騎!」
第1次攻撃隊に参加していたカズヒロ・シマブクロ1等兵曹は、レシーバーに流れてくる声を聞き、自らも右下方に視線を移す。
既に、戦闘機隊の一部が編隊から離れ、敵に向かって行く。
編隊から離れた戦闘機には、ガル翼姿の戦闘機も混じっていた。
「カズヒロ!やはり敵は待ち構えていたな!」
後部座席に乗っているニュール・ロージア1等兵曹が話し掛けて来た。
「ああ、そのようだ!でも、奴らの高度がこっちより低い。多分、慌てて飛び出して来たかもしれない。」
「それなら、戦闘機隊の連中はやりやすいかもしれないぜ。一応、こっちも警戒を怠らないようにしねえとな。」
ロージア1等兵曹はそう言いながら、2連装の7.62ミリ機銃のレバーを引き、初弾を装填する。
敵ワイバーンとの空中戦では、どんなに護衛が敵を抑えていても、何騎かは迎撃を突破して、必ず攻撃機に接近して来る。
その際は、艦爆や艦攻が、自らの旋回機銃で相手と立ち向かわなければならない。
イントレピッドは、第1次攻撃に12機のヘルダイバーを投入している。
カズヒロ機以外のヘルダイバーでも、後部座席の機銃手が旋回機銃を構えて、来るべき敵ワイバーンの攻撃に備える。
編隊からやや離れた前方で空中戦が始まった。
アメリカ、シホールアンル両軍は、ほぼ同時に相手を攻撃する。
ワイバーンの開かれた口から緑色の光弾が連続で吐き出される。ヘルキャットやコルセアの両翼から12.7ミリ機銃弾が撃ちだされる。
彼我の射弾が交錯し、双方に犠牲が出始めた。
1機のコルセアが、その特徴である逆ガル翼の右の付け根に光弾を集中して叩きこまれ、その次の瞬間に翼が吹き飛ぶ。
致命的なダメージを被ったコルセアは、翼の切断面から黒煙を拭きながら急速に高度を落としていく。
同時に、1騎のワイバーンが12.7ミリ弾を雨あられと注がれる。
瞬時に魔法防御が発動するが、豪雨の如く押し寄せる12.7ミリ弾の嵐によってたちどころに消され、あっという間に10発以上の
弾を食らって、竜騎士とワイバーンがずたずたに引き裂かれる。
戦闘機隊とワイバーン隊の空中戦は、早くも激戦となり始めた。
空母イントレピッド戦闘機隊に属しているケンショウ・ミヤザト1等兵曹は、最初の正面対決を終えて、ペアと共に愛機を旋回させた。
「いいか、絶対に攻撃隊を守れ!あいつらは死に物狂いで来るぞ!」
無線機越しに、小隊長の指示が伝わる。
「了解です!」
ケンショウは一言だけ返してから、視線を敵のワイバーン群に移す。
敵ワイバーン隊は、戦闘機隊の迎撃から突破して攻撃隊に向かおうとしているが、迎撃する戦闘機が多いため、突破する事は出来ない。
「まずは阻止成功、という所かな。」
ケンショウはそう呟いてから、相手を探し始める。
その時、
「ケンショウ!3時下方からワイバーン!気を付けろ!」
右後方200メートルの位置に付いているペアから注意を受ける。
ケンショウは咄嗟に機体を捻らせ、直進から旋回下降に入る。旋回下降に入ってから1秒後に、敵ワイバーンの光弾が、前方を
下から上に向かって飛び去って行くのが見えた。
「このまま降下する!」
ケンショウは相棒にそう言いながら、愛機を40度の角度で降下させる。後ろのペアも彼に続く。
ケンショウ機を撃ち漏らしたワイバーンは、一旦上昇した後に下降に転じ、すぐさま追撃にかかる。
高度が5000メートルから4500メートル、4000、3000とぐんぐん下がって行く。
速度計は水平飛行時の最大速度である610キロをとうに振り切り、650キロに達しようとしている。
高度計が2500に達した時に、彼はペアに尋ねた。
「敵は付いて来てるか!?」
「いや・・・・どうやら振り切ったようだ!」
「よし、上昇に転じる!」
ケンショウは頃合いよしと確信し、愛機を下降から旋回上昇に切り替える。
操縦桿を引き、まっしぐらに海面を向けて下降していた機体の姿勢を上昇に転じさせる。
ついでに右のフットバーを押し込んで、愛機をぐるりと旋回させた。
ケンショウはその際に、敵のワイバーン警戒のため、左右は勿論、前方や後方にも顔を巡らせる。
彼は、右上方に視線を向けた瞬間に舌打ちした。
「畜生、待ち伏せか!」
急降下で振り切った筈の2騎のワイバーンは、丁度、右上方に占位していた。このまま旋回を続ければ、敵に背を向けてしまう。
「3時上方に敵騎!」
彼は無線機でペアにワイバーンの存在を知らせる。それと同時に愛機を旋回から直進に移すために、機首の向きを整える。
最初はぎこちなかった操作も、今ではすっかり手慣れた物となっている。
頭が命じるや、体は素早く反応し、愛機はぴたりとワイバーンの正面に向いた。
「また正面攻撃か・・・・今度はこっちが不利だな。」
ケンショウは冷や汗を掻きながら呟く。
相手は、上からこちらを狙い撃ちにする形で攻撃を仕掛けられるため、ケンショウらは不利である。
だが、迂闊に正面攻撃を避けようとすれば、すぐに相手に食い付かれてしまう。
速度性能や垂直格闘性能では優秀なヘルキャットだが、航空機では実現不能な超機動を持つワイバーン相手に、格闘戦を
挑むのは自殺行為である。
ここは一か八か、掛けるしかなかった。
「よし、やるぞ!」
ケンショウは小さく呟いてから、ペアのパイロットに、正面の敵を叩くと伝えた。
2騎のワイバーンと、2機のヘルキャットがぐんぐん近付く。
距離も余り離れていなかったため、彼我の距離はあっという間に400メートルにまで縮まった。
ワイバーンが光弾を放って来た。
同時に、ケンショウも機銃を発射する。
両翼に取り付けられている6丁の12.7ミリ機銃が唸り、曳光弾が注がれる。
後ろのペアも機銃を発したのだろう、後方から機銃弾の火箭が吹きすさぶ。
光弾が、操縦席に迫って来た。一瞬、ケンショウを大きく目を見開く。
(やられる!)
彼は心中でそう確信した。敵の放った光弾は、操縦席に向かっていた。いくら頑丈な防弾ガラスでも、連続して叩き込まれれば、
容易く粉砕されてしまう。
彼は、風防ガラスが今にも割れるのではないかと思った。
だが、敵弾は間一髪で、操縦席の右を掠めて行った。
その代わり、ケンショウの放った12.7ミリ弾は過たず敵を捉える。
敵ワイバーンは着弾の瞬間に防御魔法が発動し、周囲に赤紫色の光が点滅し、機銃弾があらぬ方向に弾き飛ばされる。
その直後、ペア機の機銃弾も着弾し、防御障壁の摩耗速読は加速度的に上がり、ついには魔法障壁が敗れた。
ケンショウとペアは、敵ワイバーンに機銃弾が弾着した瞬間に、ワイバーンと高速ですれ違った。
彼はすかさず上昇を止め、今度は旋回降下に入る。
旋回降下に入る際に、ケンショウは敵ワイバーンが飛び去った方向に首を向ける。
ワイバーンは1騎だけが見えるのみで、もう1騎の姿が見当たらない。
(どこに行った?)
彼はすぐに、周囲を見回そうとしたが、その必要はなかった。
「ケンショウ!敵ワイバーンが1騎落ちたぞ!もう1騎は俺達から離れつつある!」
ペアから報告が入った。
どうやら、さっきの敵ワイバーンは、集中攻撃を食らったために、致命傷を負ったようだった。
彼とペアは下降旋回を止め、水平飛行に戻った。
「流石に、2対1では敵わんと見て逃げ出したか。妥当な判断だな。」
「言えてる。敵さんも馬鹿じゃねえからな。」
ケンショウはペアの声を聞きながら、空戦域に目を配る。
戦闘機隊とワイバーン隊の空戦は続いている。空戦域は、先ほどと比べて、攻撃隊からやや近付いているようにも見える。
乱戦状態が続くと、必ず迎撃を突破するワイバーンが出てくる。
「よし。攻撃隊が心配だ。万が一の場合もある、応援に行くぞ。」
ケンショウは相棒にそう言うと、機首を空戦域に向けた後、再びスロットルを開いた。
護衛機と敵のワイバーン群が戦闘を開始してから、早くも15分ほどが経過した時、ついに敵ワイバーン群の一部が、
護衛機の妨害を突破して攻撃隊に接近して来た。
「11時上方より敵ワイバーン!来るぞ!」
カズヒロは、中隊長機から発せられた言葉を聞き、はっとなって左前方に目を向ける。
そこには、5騎のワイバーンが居た。
このワイバーンは、猛速で攻撃隊に突っ込んで来た。
ワイバーンの狙いは、最初はイントレピッド隊かと思われたが、ワイバーンはそのすぐ前を飛ぶバンカーヒル隊に襲い掛かった。
襲われたのは、バンカーヒル所属のSB2C艦爆16機であった。
他の艦爆が一斉に後部機銃を撃ちまくる。後部機銃座が使えぬバンカーヒル隊は向きを変えて、両翼に搭載されている2丁の
20ミリ機銃で迎え撃つ。
だが、ワイバーンは軽快な動きで騎銃の迎撃を交わし、ぐんぐん距離を詰める。
距離が200以下に縮まったかと思われた時、ワイバーンが光弾を放った。
5騎のワイバーンから放たれた光弾が16機のヘルダイバーに向かって吹きすさぶ。
1機のヘルダイバーが操縦席に光弾を集中された。
光弾は操縦席を一気に薙ぎ払い、2名のパイロットを瞬時に絶命させた。
被弾したそのヘルダイバーは、操縦席から夥しいガラス屑を撒き散らしながら、急速に降下していく。
早々と1機が脱落したバンカーヒル隊に追い打ちを掛けるかのように、また別のヘルダイバーが被弾する。
今度は右主翼に光弾が命中する。ヘルダイバーの機体は頑丈ではあるが、それにも限度があり、短時間で10発以上の光弾を
狭い個所に集中されてはたまった物ではない。
右主翼の外板に穴が穿たれ、後から命中した光弾がその穴をより広くし、裂け目がますます大きくなる。
やがて、ヘルダイバーは右主翼の付け根から発火し、その次の瞬間に小爆発を起こす。
一瞬にして片方の翼を失ったヘルダイバーは、きりもみ状態で墜落して行った。
5騎のワイバーン群は機銃の迎撃を交わしながら、編隊の下方へと飛び抜ける。
そこには、同じバンカーヒル隊に所属している8機のアベンジャーが居た。
5騎のワイバーンは、丁度アベンジャー隊の左後方上方の位置に飛び出して来た。
アベンジャー隊は上空の僚機に注意しつつ、一斉に旋回機銃を放った。
「3時方向から別のワイバーン!数は約6騎!」
別のワイバーン編隊が攻撃隊に迫って来た。そのワイバーン群は、猛速でイントレピッド隊に近付いていた。
「今度こそこっちに来るな。ニュール!しっかり仕留めろよ!」
「OK!俺の活躍ぶりをしっかり見てろ!」
後部機銃手であるニュールは、意気込んだ口調で言いながら機銃をワイバーンに向ける。
カズヒロは第3小隊に属しているため、先頭である第1小隊の左斜め後方を飛行していた。
このため、ワイバーンの一番始めの攻撃を受ける事は避けられた。
その代わり、右斜めを飛行している第2小隊が始めの攻撃を食らう事になった。
ワイバーンが距離300に迫った所で、12機のヘルダイバーは後部機銃を撃ち始めた。
合計24丁の7.62ミリ機銃が放つ曳光弾は、文字通り弾幕となって6騎のワイバーンに殺到する。
多量の機銃弾が、ワイバーンを包み込んだように見えたが、ワイバーンは怯むことなく編隊に接近して来た。
ワイバーンが口を開き、今しも攻撃を加えようとした時、7.62ミリ機銃の集中射撃が先頭のワイバーンに浴びせられ、
たちまちのうちに全身が血塗れとなる。
ワイバーンの皮膚は厚く、通常は剣や矢等の攻撃は通用しないほど頑丈である。
その頑丈さは7.62ミリ機銃弾を食らっても飛び回れるほどで、米軍機の機銃手達にとっては恐るべき相手である。
しかし、いくら頑丈とはいえ、機銃弾をばら撒くような形で撃たれたら対処のしようがない。
それに、目や口内は皮膚と違って脆弱である。
機銃弾を浴びたワイバーンは、体の損傷は表面的な物に収められたものの、右目に銃弾がめり込み、それが脳に達した。
次に右の前足が穴だらけにされ、しまいには竜騎士が胸や腹を撃ち抜かれて即死してしまった。
ワイバーンと竜騎士は、共に血塗れになりながら、お辞儀するかのような形で頭を下げ、そして墜落して行った。
報復はすぐに返された。
残りの5騎が、1番機と2番機に攻撃を集中する。
1番機と2番機は、共に機体を横滑りしたり、ロールを行ったりして敵の攻撃をかわそうとする。
1番機は何とか光弾を空振りにさせた。しかし、2番機は不運であった。
2番機が避けた先に、新たな光弾が注がれたからだ。
自らの光弾の弾幕に飛びこんでしまった2番機は、胴体や機首、それに操縦席と、満遍なく光弾を食らってしまった。
光弾の束が機体を横薙ぎにした直後、ヘルダイバーは濃い白煙を引きながら急激に高度を落として行った。
「2小隊2番機被弾!」
カズヒロは、ニュールからの報告を聞くや、一瞬顔を悔しげにゆがませる。
2番機には、VB-11が編成されてから一緒に戦って来た日系人パイロットと、コリアン系機銃手が乗っていた。
2人の搭乗員とは、仲間内で開かれる飲み会でも一緒に飲んだりして、深い信頼関係を築いていた。
その戦友達の乗ったヘルダイバーが、成す術もなく撃墜された。
(また戦友が・・・・・!)
カズヒロは内心で叫ぶ。戦友を失うのは、以前にも幾度かあったが、いくら経験しても慣れぬ物である。
しかし、今は戦友の死を悲しむ暇などない。
ワイバーンがイントレピッド艦爆隊の横を通り過ぎる。
「畜生!くたばりやがれ!」
後部座席のニュールは、ワイバーンを罵倒しながら機銃を撃ちまくる。
しかし、相手は高速で機動しているため、弾はなかなか当たらない。
カズヒロは飛び去って行ったワイバーンに目を配る。
5騎に減じたワイバーンは、向きを変えてこっちにやって来た。
「カズヒロ!今度はこっちに来るぞ!」
「ああ!俺も今見てる!」
彼は、ニュールにそう答えながら、敵ワイバーンと前方を交互に見る。
ワイバーンは再び迫って来た、距離が500、400と、見る見るうちに詰まってくる。
カズヒロは3番機であるため、今度は真っ先に攻撃を受ける事になる。
ニュールが機銃を放った。7.62ミリ連装機銃は勢い良く銃弾を弾き出すが、銃弾はなかなか捉えられない。
また、命中してもワイバーンの表面を少し傷つけるだけで、思うように落とせない。
(後部の旋回機銃が12.7ミリなら、あいつらをばたばたと落とせるんだけどな!)
カズヒロは心中でそう思いながら、ワイバーンを睨みつける。
距離200まで縮まった時、ワイバーンが口を開くのが見えた。
「ニュール、掴まれ!!」
カズヒロは有無を言わせぬ口調で相棒に言う。その直後に、操縦桿を押し込んだ。
カズヒロの乗るヘルダイバーは、唐突に下降し始めた。
下降を開始してからすぐに、真上を光弾が飛び抜けて行く。他の僚機も咄嗟に動いて、ワイバーンの攻撃を交わしていた。
4機のヘルダイバーが行った咄嗟の行動に、5騎のワイバーンの攻撃は全てが空振りとなった。
ワイバーンは2騎と3騎に別れ、2騎が下方へ、3騎が編隊の右側に抜けて行った。
「危なかったな。定位置に戻るぞ。」
カズヒロはそう言いながら、機体を編隊に戻そうとする。
だが、
「カズヒロ!ワイバーンがこっちに向かって来たぞ!7時方向!」
ニュールの悲鳴のような声が耳に響く。
「何!?俺達の機にか!?」
「そうだ!俺達を狙ってやがる!」
カズヒロは咄嗟に振り向く。
確かに、ワイバーンが居た。敵はカズヒロ機の左後方に居た。はっきりと視界にとらえる事は出来なかったが、
この時、敵騎はカズヒロ機の下方に潜り込んでいた。
「まずい・・・・」
カズヒロは、完全にやられたと思った。これまでにも、幾度か死の危険を感じた事はあった。
しかし、今回ばかりは本当に諦めてしまった。敵は旋回機銃の射撃がやりにくい方向から迫っている。
ニュールが機銃を撃つが、火箭はいずれもワイバーンの上を通り過ぎている。
敵から見れば、カズヒロ機はまさにカモであった。
敵ワイバーンは距離300を切り、200に迫ろうとしている。
カズヒロの乗るヘルダイバーは、今年の1月から部隊配備が始まった最新型のSB2C-4であり、エンジン出力は
以前に使用していたSB2C-3と比べて200馬力アップし、機体全体にも改良が加えられた結果、最大速度は
486キロにまで上がった。
また、武装も強化され、両翼に4発ずつの5インチロケット弾が搭載できるように専用のパイロンも装備されている。
しかし、鈍重な艦爆という点では変わりはなく、速度や機動性の優れたワイバーンや飛空挺に狙われれば、一巻の終わりである。
カズヒロ機には、その終わりが近づいていた。
(やられる!)
彼が死を覚悟した瞬間、ワイバーンに異変が起こった。
2騎のワイバーンがカズヒロ機に攻撃を加えようとした瞬間、突如、上空から機銃弾が降り注いで来た。
文字通り、銃弾の雨に撃たれた2騎のワイバーンは、突然の事態に気付く暇もなく瞬く間に撃墜された。
「・・・・?」
後部座席で一部始終を見守っていたニュールは、一瞬呆然となった。
「・・・・あれ?」
カズヒロは、異変に気付いた。そして、その異変の元がカズヒロ機の左側を下降していった。
その下降していった異変の元は、2機のF6Fであった。
「あ、あれは・・・・」
カズヒロは、2機のうちの1機をみるなり、思わず強張っていた表情を緩めた。
その1機は、胴体の横に空手着姿の男が描かれている。
「ケンショウの奴、粋な事してくれる。」
カズヒロのぼやきが聞こえたのだろうか、そのF6Fは翼をバンクさせながら空戦域に戻って行った。
140騎のワイバーンは、300機以上の攻撃隊に対して果敢に立ち向かって行った物の、予想通り押し切られてしまった。
攻撃隊は、ワイバーンの攻撃でSB2C5機とTBF4機を失ったが、残りはワイバーン基地と軍港に殺到した。
軍港攻撃はTG38.3から発艦した攻撃機が担当し、ワイバーン基地にはTG38.1とTG38.2から発艦した攻撃機が向かう。
軍港やワイバーン基地には多数の対空兵器が配備されていたが、米艦載機はこれらの迎撃を無視するかのように爆弾を叩き付けた。
ルインスク中将は、司令部から300メートル離れた待避壕から、敵の空襲を受けるワイバーン基地を見つめていた。
基地上空には、高射砲や魔道銃の弾幕が張り巡らされているのだが、事前の予想に反して、撃墜されるアメリカ軍機は少ない。
ヘルダイバーと思しきアメリカ軍機が、急角度でワイバーンの宿舎目掛けて突っ込んでいく。
高度200グレルまで降下したその爆撃機は、腹から爆弾を投下して水平飛行に移ろうとする。
狙われたワイバーン宿舎は爆弾を浴び、爆炎を噴き上げた。
視線を短い滑走路に向けると、そこもまた、アベンジャーと思しき艦載機によって水平爆撃を受け、南から北に掛けて順繰りに爆発が起こった。
「全く、あいつら、好き放題に攻撃しているな。」
ルインスク中将は、感情の籠っていない口調で呟く。
今しがたまで、多数のワイバーンを敷き並べ、北方一の大航空基地とも言われたリトカウト基地は、敵の容赦の無い攻撃によって
無力化されつつある。
「司令官!そこに居ては危険です!中に入ってください!」
待避壕から飛び出して来た主任参謀が、彼の腕を掴んで待避壕に戻そうとする。
しかし、ルインスクはその手を振り払った。
「司令官!」
「なに、心配する必要はない。」
焦りすら浮かべる主任参謀に対し、ルインスクは聖人のような笑みを浮かべて言う。
「敵は基地を狙っている。こんな辺鄙な待避壕なぞは、最初から見てはいまい。」
「ですが、万が一という事もあり得ます。ここはひとまず、中へ。」
「主任参謀。」
ルインスクは主任参謀に顔を向けた。
「待避壕に避難しても、爆弾が直撃すれば結果は同じだ。人間、どこにいても死ぬ時は死ぬ物だよ。」
「・・・・・・・」
「それより、軍港の方はどうなっておる?」
「はっ。」
主任参謀は気を取り直し、報告を行う。
「魔道参謀からの報告では、軍港も敵機の激しい空襲を受け、目下被害甚大との事です。主力艦は停泊して
いませんでしたが、恐らく、駐留している駆逐艦群や小型艇群は、手酷い損害を被っている事でしょう。」
「・・・・致し方あるまい。」
ルインスクは伏し目がちになって言う。
「しかし、敵がここに大編隊を差し向けたという事は、作戦の第1段階は成功したという事だ。
つまり、我々の任務は、ほぼ果たされた。後は、」
彼は、海側に方角へ振り向いた。
「事前に飛ばした攻撃隊と、“幽霊”達の奮闘に掛けるしかないな。」
午前10時20分 シェルフィクル沖南西480マイル沖
この日、空母バンカーヒルから発艦したS1Aハイライダーは計8機である。
その8機の中の1機を操縦するウィルス・ヘンリー中尉は、予定通りに索敵線上を飛行していた。
「機長!艦隊の方で戦闘が始まったようです!」
後部座席に座っているフィックス・フランパート兵曹長が、機長であるヘンリー中尉に報告して来る。
「敵さんは艦隊に殴り込んで来たのか?」
「いえ、艦隊の120マイル手前で直掩隊と交戦しているようです。」
「120マイルか。ピケット艦の網にかかったな。」
ヘンリー中尉は単調な口ぶりで呟きつつ、周囲に目を配る。
「南西洋上異常なし、って奴か。フィックス、レーダーの調子はどうだ?」
「駄目です。ぶっ壊れたままですよ。」
フランパート兵曹長は憎らしげに言ってから、スコープを小突いた。
「発艦前からちょっとおかしいかなとは思ってたんですが、まさかいきなり壊れるとは。」
「まだ新品だからなぁ。しかし、壊れるにしても、こんな肝心な時にオシャカになるとは、参ったなぁ。」
ヘンリー中尉は眉をひそめた。
彼らが乗っているハイライダーは、今年の5月から生産が開始された新型のS1A-2である。
S1A-2は、S1A-1で問題視された防御能力の改善や、索敵能力、速度の向上を目標に開発され、44年4月には
初号機が初飛行し、満足行く性能を発揮した。
艦隊には8月頃から配備が始まり、現在、S1A-2を搭載している空母は、TF37でバンカーヒル、タイコンデロガ、
レキシントン、TF38ではエセックス、ヨークタウンとなっている。
S1A-2は、最新型のエンジンであるP&R社製R2800-18を搭載し、S1A-1と比べて速度が30キロ向上し、
水メタノール噴射を行えば、一時的に700キロまで速度を上げる事が出来る。
また、本機は機上レーダーを搭載し、洋上の索敵能力をS1A-1よりも向上させていた。
性能面では、S1A-1よりも著しく向上している。
しかし、2人が乗るハイライダーは、-2型の目玉でもあった機上レーダーが、発艦してから30分後に故障を起こしてしまった。
レーダーが故障しては、従来通り、目視で敵を探さねばならない。
ヘンリー中尉としては、便利なレーダーが故障した事を残念に思ったが、目視での偵察もこれまでに幾度かやっているため、
さほど不満に思う事は無かった。
(というよりも、これまでは目視での偵察行が普通であった)
「壊れた物は仕方がない。今まで通りに行くとしようか。」
「そうですね。でも・・・・」
フランパート兵曹長は、周囲に視線を巡らしながら言う。
「今日はちと、索敵には不向きな天候ですな。」
「ああ。今は高度4000メートルを飛行しているが、こりゃ2000まで下げんといかんな。」
ヘンリー中尉もまた、海を覆う雲を忌々しげに見つめた。
今日の天候は晴れで、雲は多い物の、高度4000メートルぐらいであれば何とか索敵はこなせるはずであった。
所が、10分前から急に雲量が増して来ており、今では、下界を雲がほぼ覆い尽くし、上空にも雲が広がっている。
「雨雲・・・・ではなさそうですが、こうも多いと、満足に偵察できませんぜ。」
「そうだなぁ。仕方ない、高度を下げるぞ。」
ヘンリー中尉はため息を吐きながら返し、愛機の操縦桿を前に倒す。
機首が傾くと、コクピットの前面が白い雲で覆われる。
10秒ほど降下すると、機体が雲の中に入り込み、しばしの間、視界が遮られる。
(まるで、ソフトクリーム製造機の中に放り込まれたようだな)
彼は内心でそんな言葉を思い浮かべながら、機体の高度計と前方を交互に見る。
高度計は3000メートルを指し、やがては2000メートル代に下がる。
2900・・・・2800・・・・2700と、徐々に下がって行くが、外の様子は変わらない。
高度計が2200を指してから、雲は薄くなり始め、丁度2000メートルを指した所で雲は途切れた。
「ようし、雲が・・・・!?」
ヘンリー中尉は、思わず思考が停止した。
雲が途切れると、そこには海が広がり、その上には、多数の黒い粒が白い航跡を吐きながら洋上を突き進んでいた。
「・・・・・・・」
ヘンリーは驚きの余り、声が出せなかった。
彼は、黒い粒が特定の陣形、つまり、輪形陣を形成している事。
そして、その中心に、3隻の空母らしき物を置いている事を即座に確認していた。
普通ならば、その正体をすぐに口にしていただろう。
だが・・・・彼はすぐに言葉を発せなかった。
いや、出す事すら叶わなかった。
どうしてか?
それは、簡単な話であった。
なぜならば、2人の乗ったハイライダーは、待ち伏せていたワイバーンの攻撃を食らい、致命傷を負っていたからだ。
しかし、ヘンリーは目の前の光景に圧倒されていた。自らの愛機が傷付き、本人も体に致命的な傷を負った時も、彼は、
その敵が、シホールアンル機動部隊であるという事に驚愕していた。
その強烈な驚きは、五感を完全に麻痺させるほどであった。
(嵌められたんだ・・・・すぐに、連絡を・・・・)
彼はそこまで思ってから、意識を失った。
第4機動艦隊司令官である、リリスティ・モルクンレル中将は、旗艦である竜母モルクドの艦橋から、墜落して行く米軍機を
望遠鏡越しに眺めていた。
「司令官。上空のワイバーンより、敵偵察機撃墜との報が入りました。」
「今落ちた偵察機は、あのハイライダーかな?」
「はっ。恐らくはそうでしょう。事前にワイバーンを待機させていなかったら、今頃は敵の本隊に報告を送られていたかもしれません。」
「そうかもね。でも、これで邪魔者は消えた。」
リリスティは不敵な笑みを浮かべながら、主任参謀のハクガ・ハランクブ大佐に言った。
「陸さんも動き始めているし、そろそろあたし達の出番ね。」
「相手は、我々がここに居る事に気付いていないでしょうな。アメリカもまだまだです。あんなハリボテの偽竜母に騙されるとは。」
「主任参謀、あたし達は戦争をしているのよ?」
リリスティは朗らかに笑いながら言う。
「騙すのも立派な作戦よ。まっ、敵にこの艦隊の情報を送られたら、あたし達がやばいけどね。」
「確かに。あっちは12隻。こっちは7隻ですからなぁ。」
ハランクブ大佐は肩をすくめながらリリスティに返す。
リリスティは、この海域に竜母6隻、戦艦4隻、巡洋艦7隻、駆逐艦24隻を派遣している。
彼女は、この艦隊を第1部隊と第2部隊の二つに分けている。
第1群は正規竜母モルクド、ギルガメル、ホロウレイグ、ランフックを主力に据え、戦艦ネグリスレイ、ポエイクレイの他に、
巡洋艦3隻、駆逐艦12隻が護衛として周囲を取り巻いている。
第2部隊は正規竜母コルパリヒ、ジルファニア、リンファニーを主力に置き、戦艦ロンドブラガ、マルブドラガと巡洋艦4隻、
駆逐艦12隻が護衛に付いている。
ちなみに、第2部隊には、8月に就役したばかりの新鋭戦艦ロンドブラガとマルブドラガ、そして、9月に繰り上げで就役した
新鋭竜母のリンファニーが配備されている。
この3隻は、入念に訓練を積んでいる物の、実戦は未経験である。
今回の作戦が、この3隻にとって初の実戦となる。
本来ならば、第4機動艦隊はこの7隻の正規竜母の他に、6隻の小型竜母を従えている。
だが、その小型竜母群は、リリスティの艦隊には1隻も居ない。
なぜならば・・・・・
「小型竜母も居れば、文句なしなのですが。」
「仕方ないわよ。小型竜母は“本隊”に取られているんだからね。」
それは、ある意味で壮大な計画であった。
リリスティの第4機動艦隊は、“本隊”に小型竜母の全てを貸し与えた。
本隊・・・・・それは、シホールアンル軍が総力を挙げて作り上げたもう1つの機動部隊。
別名、まやかしの竜母群である。
シホールアンル軍は、今回の作戦を開始するに当たって、7隻の正規竜母の代わりとなる、別の“正規竜母”を用意した。
皇帝オールフェスは、作戦開始前に当たる8月18日にこの新機動部隊を視察している。
彼は艦隊の陣容を見るなり、見事な出来栄えだと満足気に言い放った。
外見から見れば、小型竜母も含めた“正規竜母群”は、まさに壮観であった。
だが、この正規竜母群は、本当の意味での正規竜母ではなかった。
いや、竜母どころか、元々は全く別の船であった。
この正規竜母群の正体は、驚くべき事に、民間用として作られた高速輸送船であった。
シホールアンル軍は、既に船体が完成していたこの輸送船を多数徴発し、そのうちの何隻かをある程度改造を行ってから、
幻影用の魔法で、外見をホロウレイグ級正規竜母に似せた。
ちなみに、偽竜母の土台とされたこの高速輸送船は、全長が230メートル、基準排水量が2万トン前後で、速力も30ノットを
発揮できる優秀な船である。
この大型輸送船は、シホールアンル帝国造船界では最大手のイン・ヴェグド商会が中心となって、1481年から作り始めた物だ。
イン・ヴェグド商会は過去にも、偽装対空艦の元となった輸送船の建造も行っており、造船界では名の知られた企業として知られている。
今回、偽竜母として仕立て上げられた輸送船は計6隻であり、それぞれの輸送船は、外見だけはホロウレイグ級竜母に見える。
しかし、実際は船体深部に嵌めこまれた擬装用の魔法石が映し出した幻であり、この魔法石が起動しなくなると、申し訳程度の
船橋しかない、ただの真っ平らな武装船に成り下がる。
外見は立派だが、防御自体は小型竜母にも劣る程脆い。
このような脆い船では、艦の深部に埋め込まれた幻影用の魔法石も破壊され、敵に正体を突き止められてしまう。
シホールアンル側は、そう言った事態を防ぐために、幻影用魔法石を保管している倉庫には、主力戦艦並みの厚い装甲を施し、
爆撃にも雷撃にも耐えられるようにした。
しかし、この影響で偽竜母は軒並み速度が低下し、最大速度は28ノットまでしか出せなくなった。
ちなみに、お座なりな装甲しか持たぬこの偽竜母であるが、対空兵装は本格的に搭載されており、1隻に付き魔道銃48丁と両用砲8門が
積まれている。
シホールアンル軍は、この偽竜母で敵を引き付けると同時に、引き付けた敵を片っ端から叩き落とす事で、偽部隊が本隊であると
思い込ませようと考えていた。
その影響で、偽竜母には贅沢と言えるほどの対空兵装が施されたのである。
6隻の偽竜母を含む“本隊”は、8月20日にアルブランパ港を出港した。
艦隊は3つに別れ、それぞれ2隻の偽竜母と、2隻の小型空母を主力に据えて、ヒーレリ領にある前進基地、イースフェルクに向かった。
艦隊には、戦艦1隻と巡洋戦艦2隻、巡洋艦9隻、駆逐艦30隻が随伴し、これらの護衛艦は各竜母群に配置されている。
“本隊”の指揮官は、マオンド共和国から戻って来たルベ・イルクィネス中将が任命された。
イルクィネス中将は、第4機動艦隊内での会議で、この囮作戦が説明された時、真っ先に指揮官になるとリリスティに言って来た。
リリスティは最初、イルクィネスの希望を断ろうとしたが、本人の熱意に折れ、最終的にはイルクィネスに“本隊”の指揮を任せる事にした。
囮部隊はイースフェルクに到着後、しばらくは現地に留まっていたが、9月16日に出港し、ホウロナ諸島へ進撃した。
イルクィネス中将は、ワイバーンを小型竜母だけに留まらず、偽竜母にも18騎ほど搭載し、実質的に本物の竜母として使用した。
この偽竜母は、ある程度のワイバーンも運用できるように建造されていたため、飛行甲板に当たる部分ならば、最大で20騎は
搭載可能であった。
出港してから2日後。囮部隊はアメリカ機動部隊の片割れと戦闘を行い、偽竜母4隻と小型竜母1隻、巡洋艦1隻、駆逐艦3隻を
失い、偽竜母1隻と小型竜母3隻が大中破した。
損失ワイバーンは実に150騎にも及び、囮部隊の航空戦力は一気に半減してしまった。
しかし、囮部隊は2波280騎にも上る航空攻撃で、ヨークタウン級空母2隻とインディペンデンス級小型空母1隻を大破させ、
護衛艦も5隻撃沈し、敵航空機400機近くを撃墜した。
航空機の撃墜数は、多分に過大報告が混じっていると思われるが、それを別にしても、実質的に小型竜母が主体であったイルクィネス部隊は、
正規空母を主力とする米機動部隊相手に良く戦ったと言えた。
それに加え、撃沈された竜母の内、4隻は戦力的に価値が少ない偽竜母であり、実質的な損害は小型竜母ナラチの喪失ぐらいである。
この他に、駆逐艦3隻と巡洋艦1隻が撃沈されたのが痛かったが、駆逐艦3隻と巡洋艦1隻は、いずれも一世代前の旧式艦であり、
この喪失分は、現在進められている新型艦の配備によって充分に補える。
傍目から見れば、竜母5隻を撃沈してシホールアンル側の侵攻を阻止したアメリカ側の勝利として見られるであろう。
だが、実質的には敵機動部隊の片割れを拘束し、戦力を損耗させたシホールアンル側が勝者であり、アメリカ軍は敵の計略に
まんまと嵌ってしまうというミスを犯してしまった。
そして、ミスの代償を本格的に支払わされるのは、もう1つの片割れ。
つまり・・・・第37任務部隊である。
リリスティは、じっと前を見つめたまま言葉を続ける。
「イルクィネス達はちゃんと務めを果たした。後は、あたし達が、彼の努力を無駄にしないよう、頑張らなくちゃいけない。」
「相棒がミスを犯せば、相方がそれを償わなければならない。要するに、連帯責任と言う奴ですか。」
「そんな物かな。」
リリスティはクスリと笑った。
「オールフェスの考えた作戦が成功するかは、各地に配置された幽霊達の頑張り次第ね。さて、これから、アメリカ軍はどうなることやら・・・・」
リリスティは、アメリカ機動部隊の行く末を案じつつ、来るべき時を待ち続けた。
午前11時20分 シェルフィクル沖南東260マイル沖
第37任務部隊司令官パウノール中将は、旗艦タイコンデロガの艦橋で、やや憎らしげな表情を浮かべていた。
「結局、艦隊の損害はゼロに抑える事が出来なかったか。流石はシホット共だ。」
彼は、輪形陣の左側を双眼鏡越しに眺めた。
第37任務部隊は、午前10時20分に敵ワイバーン隊の空襲を受けた。
その20分前には、早朝に発艦した第1次攻撃隊から
「敵ワイバーン基地に直撃弾多数。敵基地の壊滅を確認。」
「敵軍港の損害甚大、在泊艦船多数を撃沈せり。」
といった報告電が送られ、ヘイルストーン作戦の第1段階は無事に終了した事が確認された。
幸先の良いスタートに、TF37司令部は誰もが喜んだが、そのすぐ後にピケット艦から敵ワイバーン来襲の報が入った。
パウノールは200機のF6F、並びにF4Uを投入して160騎のワイバーン編隊を艦隊に取り付く前に殲滅しようと試みた。
敵編隊は、戦爆混同であったため、数に勝るアメリカ側戦闘機隊は余裕を持って迎撃を行う事が出来た。
しかし、敵ワイバーン隊の士気は旺盛であり、戦闘ワイバーンは劣勢にも関わらず、獅子奮迅の働きで攻撃隊を必死に援護し続けた。
最終的に50騎の攻撃ワイバーンが輪形陣に接近し、猛烈な対空砲火によって数を減らしながらも、駆逐艦2隻を撃沈し、
軽巡洋艦バサディナと駆逐艦1隻を中破させた。
空母の損害がゼロに抑えられた事は喜ばしい事だが、パウノールにとしては、沈没艦はなるべく出したくないと考えていただけに、
駆逐艦2隻・・・・それも、対空火力の向上したアレン・M・サムナー級を沈められた事は、彼の内心に幾ばくかのショックを与えた。
「やはり、敵は例の魔法兵器を使って来たか。噂には聞いていたが、凄まじい威力だ。駆逐艦はともかく、自慢の対空火力を誇る
クリーブランド級軽巡でさえ、ああなるとは・・・・」
パウノールは、視線をタイコンデロガの左舷700メートルを航行する軽巡バサディナに向ける。
バサディナは、先の空襲で3騎のワイバーンから攻撃を受けた。3騎のワイバーンは、共に2発の対艦爆裂光弾を搭載していた。
このワイバーン群は、距離500でバサディナに魔法の槍を撃ちこんだ。
6発中、2発は対空砲火によって叩き落とされたが、4発がバサディナの左舷に命中した。
この命中弾で、バサディナは第2砲塔と左舷側に配置されていた2基の連装両用砲並びに、機銃座に甚大な損害を被った。
幸いにも、機関部は無事であり、航行には支障ない物の、バサディナが左舷側に向けられる対空火器は、戦闘前と比べて4割以下に落ち込んだ。
これによって、バサディナの守る防空区画には大穴が開く事になった。
「司令官。輪形陣左側の防空網に穴が開いています。ここは、ピケット艦に輪形陣の復帰を促すか、あるいは、各艦の距離を
やや狭めて、密度を濃くした方が良いかと思われますが。」
「うむ、俺も今、それについて考えている所だが・・・・・しかし、敵の攻撃隊は、半数近くが対空砲火で撃墜されている。
それに加え、帰還途中で脱落する損傷騎も出てくるだろう。それ以前に、我々はリトカウト基地を壊滅させたばかりだ。
敵機は帰還しても、弾薬類の殆どを基地もろとも吹き飛ばされているのだから、ある程度航空兵力が残っても、その後の
作戦は続行できまい。戦闘ワイバーンなら話は別かもしれんが、艦艇に直接打撃を与えられる攻撃ワイバーンは違う。」
パウノールはそう言ってから、参謀長を見据える。
「私としては、先の攻撃が、艦隊に対する最後の攻撃になるだろうと思う。輪形陣には確かに穴が開いたが、敵航空部隊の脅威が
薄れた以上、ピケット艦を艦隊に戻す等の処置はいらぬと思う。ピケット艦を戻すとなれば、陣形を組み替える必要が出てくる。
それに時間を取られる訳にはいかない。」
パウノールは時計を見る。
時計の針は、午前11時25分を指している。
「時間的に、そろそろ第1次攻撃隊も戻ってくる頃だ。我々はまだ、第2次攻撃隊の発艦準備が終わっていない。敵の海洋生物の
攻撃さえなければ、円滑に準備を進める事が出来たのだが・・・・・」
第37任務部隊は午前8時頃から、断続的に敵海洋生物の攻撃を受けていた。
攻撃はTG37.1からTG37.3にまで及び、3個任務群は、次々と襲いかかるレンフェラルの群れにひたすら対応を余儀なくされた。
頻繁に繰り返される回避運動によって、各空母の格納庫では思うように準備が捗らず、レンフェラルの攻撃が終息した午前10時頃になって、
ようやく作業が進み始めるという有様であった。
しかし、爆装が完了間近に迫った午前10時20分に、敵大編隊接近の報がピケット艦からもたらされた。
パウノールは万が一の事を考えて、爆装の済んだ機体から一旦爆弾を外し、弾薬庫にしまわせた。
整備員や兵器員は、汗だくになって機体から爆弾を取り外し、大急ぎで弾薬庫にしまって行った。
一見、面倒な作業ではあったが、パウノールは今年の4月に行われた大西洋の海戦で、発艦準備中に空母ワスプと軽空母シアトルが被弾し、
艦載機の誘爆によって大損害を被った事を知っており、万が一の場合も考えて命令を通達したのである。
パウノールの不安は杞憂に終わり、TF37指揮下の空母は、全て無傷である。
だが、作戦のスケジュールは、僅かばかり狂ってしまった。
本来ならば、第1次攻撃隊が戻るまでには、第2次攻撃隊をシェルフィクルに送り込んでいる筈なのだが、相次ぐレンフェラルの襲撃と、
敵の空襲によって攻撃隊の発艦準備は遅れてしまった。
「航空参謀。第2次攻撃隊の発艦準備は、あと何分ぐらいで終わるかね?」
パウノールは、タバトス航空参謀に尋ねた。
「はっ。しめて40分ほどかと思われます。しかし、第1次攻撃隊は既に、我が艦隊から70マイルの距離まで迫っています。
報告によれば、リトカウトの航空基地、並びに軍港の無力化には成功していますが、攻撃隊にも多数の被弾機が生じています。
それに、燃料が欠乏している機体も何機か居ます。ここはひとまず、第1次攻撃隊の帰還を優先させるべきではありませんか?」
タバトスの問いに、パウノールはしばしの間思考する。
(敵の航空戦力が大幅に減少した以上、新たな航空攻撃はほぼ無きに等しい。もしあったとしても、敵は前回よりも遥かに
少ない機数で我々に挑むしかない。もし挑んで来たのならば、それこそ、戦闘機隊の餌食になるだけだ。空の脅威が極限された以上、
攻撃を焦っても仕方がないな。)
彼は心中でそう決意すると、タバトスに顔を向けた。
「君の言う通りだな。ここは第1次攻撃隊を早く収容して、工業地帯攻撃に使える機体を多く確保せねばな。攻撃を焦れば
、不時着水をする機は増える。そうなっては、我が機動部隊の航空戦力が減ってしまう。」
「司令官。では、第2次攻撃隊の発艦時刻はずらしますか?」
「ああ、この際、ずらしてもかまわん。第2次攻撃隊は、第1次攻撃隊を収容後、速やかに発艦させよう。獲物は大物だが、
船と違って全く動かん。」
パウノールはニヤリと笑った。
「慌てて攻撃しなくても良かろう。」
「分かりました。」
タバトス大佐は、内心では安堵しながらパウノールに返した。
TF37の将兵達は、作戦は順調に推移しているだろうと、誰もが確信していた。
上は艦隊司令官から、下は艦のコックまで。
様々な者達が、この時点で、作戦は成功するであろうと思い込んでいた。
フランクリンから発艦して来たハイライダーが送って来た、1通の通信文が、旗艦タイコンデロガに届けられるまでは。
1484年(1944年)9月19日 午前6時 シェルフィクル沖南東280マイル沖
洋上は、ようやく夜が更け、暗闇の下から薄いオレンジ色の光が染み込むようにして広がっていく。
海はやや波が高いが、さほど心配する物ではなく、洋上は静寂に包まれていた。
早朝の海の穏やかな風景は、見る人の心を自然と癒してくれる。
第3艦隊所属第37任務部隊の司令官であるジョセフ・パウノール中将は、旗艦である空母タイコンデロガの張り出し通路から、
朝の海を眺めていた。
「航空参謀。今日は良い天気になりそうだな。」
パウノールは、後ろに立っていた航空参謀のグインズ・タバトス大佐に声をかけた。
「ええ。気象班の予報では、今日は晴れのようですからな。絶好の空襲日和です。」
「ハハハ、絶好の空襲日和か。言えてるな」
パウノールは苦笑しつつ、張り出し通路の反対側へ移動する。
そこからは、飛行甲板が見渡せた。
飛行甲板には、第1次攻撃隊に参加する戦闘機、艦爆、艦攻が、舷側エレベーターのある中央部から後部にかけて
ずらりと並べられ、機体の周囲には整備員が取り付き、出撃前の整備を行っている。
出撃前の慌ただしさに包まれている飛行甲板であるが、これと同じような光景は、タイコンデロガのみならず、
僚艦バンカーヒルやボクサー、軽空母キャボット、それに、TG37.1やTG37.2の各母艦でも見られる。
「タイコンデロガを含むTG37.3は、127機を発艦させる予定です。TG37.1、TG37.2も含めれば、
総計で330機を敵の航空基地攻撃に向かわせる事になります。」
「第2次攻撃隊の発艦は、確か1時間後だったな?」
「はい。第2次攻撃隊は、3個任務群から総計260機を発艦させ、これらは主目標である工業地帯爆撃に向かわせます。
第2次攻撃隊の戦闘機には、ロケット弾搭載が可能なコルセアも多数随伴させて、地上施設に対する攻撃を徹底して行わせます。」
タバトス大佐は淡々と説明する。
ヘイルストーン作戦は、敵の工業地帯壊滅を主目標に置いた作戦であるが、作戦の第1段階はまず、敵の航空基地に対する
攻撃から始まる。
第37任務部隊は、戦闘機多数を含む第1次攻撃隊でもって敵の航空基地を攻撃し、無力化させた後、2次攻撃以降は敵の
工業地帯を攻撃し、夜間は艦砲射撃によって、破壊を免れた工場施設を攻撃する手筈になっている。
敵の航空基地は、シェルフィルク工業地帯から西に20マイル離れた沿岸の港町、リトカウトにある事が情報で確認されており、
このリトカウトには、2つのワイバーン基地がある。
この基地には、約300機のワイバーンが存在しており、ほぼ全てが戦闘、爆撃を用法こなせる83年型のワイバーンである
事が判明している。
それに加え、リトカウトには中規模の海軍基地があり、ここには哨戒艇や小型の艦艇が20隻ほど停泊しているという。
第37任務部隊は、この航空基地と海軍基地を最初に叩き潰す事に決めた。
航空基地と海軍基地を破壊した後は、夜が更けるまで工業地帯に波状攻撃を仕掛け、艦砲射撃で止め刺した後に、素早く沖合に
逃れる、という予定だ。
「搭乗員の士気も上がっています。昨日は、サウスラ島沖の海戦で、TF38が敵機動部隊を撃退していますからな。
艦隊の将兵達は、TF38に続けと、声高に叫んでいますよ。」
「うむ。重大な作戦を行う前に、ああいう朗報が入ると、私も次は俺達の番だ、と思ってしまうよ。」
パウノールは満足気な笑みを浮かべた。
TF37が作戦海域に達するその前日、第38任務部隊は、南下して来た敵機動部隊と交戦した。
第38任務部隊は、敵側の送った2波300騎の攻撃隊によって、駆逐艦3隻が沈没し、空母ホーネットが爆弾5発と
対艦爆裂光弾2発、軽空母フェイトが爆弾3発と敵ワイバーンの自爆体当たり1を受けて大破し、ヨークタウンが
爆弾4発を食らい、中破した。
その他にも、駆逐艦4隻と防空巡洋艦アトランタ、重巡洋艦アストリア、ヴィンセンスが、対艦爆裂光弾や爆弾を受けて
大破している。
しかし、敵の波状攻撃を受ける前に発艦した第1次攻撃隊が敵機動部隊に襲い掛かり、敵の正規竜母2隻を撃沈し、
小型竜母2隻を大破させた。
その後の第2次、第3次の攻撃で、更に正規竜母2隻と小型竜母2隻、巡洋艦1隻と駆逐艦3隻を撃沈し、正規竜母
2隻を大破させた。
シホールアンル側は、最初こそは威勢が良かった物の、攻撃をTG38.1に集中したため、エセックス級空母3隻と
軽空母2隻を主力としたTG38.2は敵の攻撃を気にすることなく攻撃隊を送り込む事が出来た。
これに加えて、損傷を免れたエンタープライズと軽空母カウペンスも攻撃隊を送り続け、戦火拡大に少なからず貢献している。
この海戦で、米側は駆逐艦3隻喪失、正規空母2隻と軽空母1隻、それに加えて巡洋艦3隻と駆逐艦4隻を大中破させられ、
航空機198機を失った(これは、使用不能機と判断され、海中に投棄された損傷機も含む)。
この損害に引き換え、敵竜母6隻、巡洋艦1隻、駆逐艦3隻を撃沈し、竜母4隻を大破させ、敵ワイバーン約300騎を撃墜した。
(最も、撃墜数は過大であると第3艦隊司令部では思われている)
このサウスラ島の激戦で戦力を消耗した敵機動部隊は、夕方までに反転し、大慌てでヒーレリの前進拠点へ戻って言った。
その一方で、勝者である第38任務部隊は、敵を追撃しようとはしなかった。
シホールアンル機動部隊は、海戦後、陸地側を沿うようにして後退したため、竜母を失っても充分な上空援護を受けられていた。
それに対して、第38任務部隊は、一応勝利したとはいえ、使用可能な空母は、TG38.1とTG37.2合わせて7隻に減り、
おまけに使用可能機も激減していたため、これ以上戦闘を行っても、あたら戦力を失うだけで中途半端な結果に終わるのみと判断され、
追撃を諦めざるを得なかった。
とは言え、久方ぶりの大海戦に勝利したTF38は、自国海軍のみならず、各国海軍からも称賛され、将兵達の士気は最高潮に達した。
TF37でも、このサウスラ島沖海戦の結果は知れ渡り、艦隊の将兵達は、
「次は俺達の番だ!」
「TF38の勝利を台無しにしないためにも、工業地帯は必ず粉砕させる!」
「TF38は良くやった。次はシホット共を降伏させるだけだ!」
といった言葉を口々に叫び、来るべき作戦に向けて、闘志を漲らせていた。
「航空偵察はどうなっている?」
「はっ。予定通り、各艦から5分後に2機ずつが発艦する予定です。索敵線は艦隊の南西から東の部分へ展開させ、攻撃隊の出撃前に
計28機のハイライダーが所定の位置に向かいます。」
「確か、本艦から発する索敵機は、レビリンイクル列島沿いに向けて偵察を行うようだな。レビリンイクルには、敵も小規模な部隊
しか配備していないと聞いているが、どうなっているかな。」
「そこの部分は、報告が入らないと分からないですな。とは言え、知らされた情報では、あの列島は大した脅威にはならないかと
思われます。むしろ、敵は主力部隊を工業地帯の側に置いています。我々はまず、この主力航空部隊を叩き潰さねばなりません。
要するに、私達は一方向だけに気を配れば良いのです。」
「ふむ。それなら、この作戦はやりやすい物になるな。」
タバトスにそう返してから、パウノールは2度頷いた。
偵察機であるS1Aハイライダーを発艦させる時間が来ると、風上である南東方向に向けて、艦隊が一斉回答を行う。
大は正規空母や戦艦、小は駆逐艦まで。様々な艦が一斉に舳先を回していく。
統率されたその動きは、いつ見ても壮観そのものである。
誰が見ても気持ちの良い光景であるが、パウノールはそれを見て、思わず眉をひそめた。
(南東か・・・・・どうも気に入らん。)
彼は心中で呟く。
(まるで、敵さんに背を向けるようで好かんな。まっ、時間が経てば風向きも変わるだろうが。)
第1次攻撃隊の発艦は、それから1時間後の午前7時から7時45分の間に行われた。
12隻の空母から発進した330機の大編隊は、集合を終えた後にリトカウトへ向かって言った。
TF37では、早くも第2次攻撃隊の準備を急いでいた。
しかし、攻撃隊が発艦を終えてから1時間が経ち、第2次攻撃隊もようやく飛行甲板に上げられるであろうという時に、
TF37は最初の敵ワイバーンと接触してしまった。
「司令官。レーダーが、我が任務群より北東60マイル地点を、南に向けて飛行している敵ワイバーンを探知しました。
まずい事に、敵ワイバーンの進路は、第1次攻撃隊の針路と重なり合っています。」
タバトス航空参謀がパウノールに報告する。それを聞いたパウノールは顔をしかめた。
「まずいな。こっちは格納庫に、弾薬を搭載した艦載機を抱えている。もし、その敵ワイバーンが後方に攻撃隊を従えて
いたらえらい事になるが・・・・攻撃隊からは何か報告はないか?」
「いえ。攻撃隊からは何の報告もありません。敵が大編隊を従えていたのなら視認出来ていたでしょうが。」
「ふむ。しかし、攻撃隊はどうして、敵の偵察ワイバーンを発見出来なかったのだろうか。」
「恐らく、雲が原因でしょう。」
タバトスは、真上を指さしてから説明する。
「今日の天気は一応晴れとなっていますが、所々に雲が掛っています。敵の偵察ワイバーンと攻撃隊がすれ違った時は、
ワイバーンが雲に隠れてやり過ごした可能性があります。」
「なるほど。となると、敵は確実に、攻撃隊の通過を確認しただろうな。相手は無音で飛行できるが、我々の航空機は
盛大に音を出しているからな。聞き耳を立てれば一発で分かってしまう。」
パウノールは小さいため息を吐いた。
「使える戦闘機は何機ある?」
「今上がっている物も含めれば、360機は使えます。2次攻撃隊の分を差し引けば、使用可能機数は270機程度ですね。」
「それは、夜間戦闘機も含めた数かね?」
「いえ、夜間戦闘機は含めていません。夜戦隊も含めれば、最大で310機まで確保できますが。」
「ううむ。」
パウノールはしばしの間思考する。
TF37に所属する正規空母7隻には、最低でも4機の夜間戦闘機を搭載している。
この7隻の他に、専門の夜間戦闘飛行隊であるVFN-91を置いている軽空母ラングレーでは、正規空母よりも多い
12機を搭載しており、TF37全体では総計で40機の夜間戦闘機を有している。
パウノールとしては、艦隊の被害を抑えるために、1機でも多くの戦闘機を防空用に当てたいと考えていた。
しかし、夜間戦闘機は決して多くは無く、一時に多数を失ってしまえば、ただでさえ不安であった夜の守りが一層薄くなってしまう。
特に、レスタン人志願兵で占めるVFN-91は(亡命レスタン人は、陸軍のみならず、海軍にも志願している)
貴重な存在であり、夜間以上に修羅場が展開される昼間の戦場には、安易に投入する事は出来ない。
「・・・・・夜戦隊は温存しよう。」
パウノールは思考の末に、タバトスにそう言った。
「こっちは遅くても、あと40分ほどで敵の基地に到達する。敵も俺達が居る事を察知して、攻撃隊を編成し、こっちに
向かわせるだろうが、それでも150~200騎程度だ。相手も航空基地の防衛をしなくてはならんから、ある程度の数の
ワイバーンは残すだろう。我々は、敵が送り込んで来た攻撃隊を、通常の戦力で迎撃すれば良い。夜戦隊は夜の守りに
欠かせない存在だ。この戦いに出す必要はあるまい。」
「わかりました。」
タバトスは頷いた。
「第2次攻撃隊は、あと何分で出撃可能かね?」
「あと20分はかかります。敵の攻撃隊が来るまでは、なんとか間に合うでしょう。」
パウノールの問いに、タバトスは余裕が感じられる口ぶりで答える。
艦橋内には、早くも楽観気分が漂い始めていた。
だが、突然舞い込んで来た報告が、その楽観気分を消し飛ばしてしまった。
「駆逐艦コンプトンより緊急信!我、敵海洋生物より攻撃を受けるも、回避せり!」
艦橋に入って来た通信兵が、通信参謀に報告する。
「コンプトンはこれより、敵に対して反撃を行う、との事です。」
「よし、下がっていいぞ。」
報告を聞いた通信参謀は、通信兵から紙を受け取り、下がらせた。
「司令官。お聞きした通りです。」
「シホールアンル側のレンフェラルが、輪形陣に侵入しようとしていたのか。」
「はっ。現在、コンプトンは敵の海洋生物に攻撃を加えているようです。」
「そうか・・・・深追いしなければ良いが。」
パウノールは不安気な口調で呟く。
コンプトンは、輪形陣左側の外周を守っている艦である。
米機動部隊の輪形陣は、外周を16隻の駆逐艦で守り、その内側に巡洋艦と戦艦が陣取り、その中心に空母を置いている。
それとは別に、輪形陣の外周から40マイル(64キロ)四方に6隻から8隻の駆逐艦をピケット艦として置いている。
アメリカ海軍は、このピケット艦の配置によって、敵航空部隊の接近を早く察知する事が出来、過去の海戦でその有用性は
遺憾なく発揮されている。
つい最近行われたサウスラ島沖海戦でも、TG38.2はピケット艦の情報を元に敵編隊を避けるようにして航行したため、
海戦後半の猛反撃で勝利に貢献している。
しかし、輪形陣内で何か異常事態が起きた場合・・・・例えば、敵の海洋生物の飽和攻撃等で、護衛艦に損害が出た場合は、
ピケット艦に輪形陣への復帰を命じなければならない。
そうなると、機動部隊はピケット艦という目を失う事になる。
もしコンプトンが深追いしすぎて逆襲に会えば、その分、1隻のピケット艦を補充に当てなければならないのだ。
パウノールとしては、そのような事態はどうしても避けたかった。
「2次攻撃隊の準備を急がせた方が良いな。」
彼は、口調に焦りの色を混ぜながら言った。
そこに、またもや緊急信が飛び込んで来た。
午前9時20分 リトカウト
リトカウトに配備されている第21空中騎士軍は、午前8時20分に偵察ワイバーンからアメリカ軍機らしき航空機の音を探知せり
という情報を伝えられてから、直ちに攻撃隊の発進準備に追われた。
それから30分後には、哨戒中であったレンフェラルから、
「敵正規空母2隻、小型空母2隻を含む艦隊を発見。」
という魔法通信が入り、その後から次々に敵艦隊発見の報が届いた。
第21空中騎士軍司令官であるイトフェ・ルインスク中将は、この連続する敵艦隊発見の報を聞き、来るべき物が来たかと呟いた。
午前9時には、急遽編成された160騎の攻撃隊が飛び立ち、レンフェラルの発見した米機動部隊に向かって言った。
そして午前9時20分、沿岸から10ゼルド離れた海域を航行していた監視艇から魔法通信が入った。
「司令官。監視艇からの報告によりますと、リトカウト南方約25ゼルドに、敵艦載機の大編隊を見ゆとの事です。5分後に送られた
第2報では、敵機の総数は250~300機以上との事。閣下、敵は早くも、重い一撃を繰り出してきましたな。」
「ああ。」
ルインスク中将は頷く。彼の表情は強張っていた。
「敵は攻撃隊の半数を戦闘機で固めている。基地防衛に残した140騎では、敵に押し切られてしまうだろうな。」
「我々に出来る事は・・・・出来るだけ、敵を減らす事だけ、ですか。」
「そうだな。まっ、勝利するためには仕方ない事だ。」
ルインスク中将は、しわがれた声で主任参謀に言った。
「閣下、本当にこれで良かったのでしょうか?」
主任参謀は、念を押すかのように尋ねた。
「・・・・上からの指示だ。致し方あるまい。」
「致し方あるまいで、貴重な竜騎士やワイバーン達を死地においやるのは・・・・・」
主任参謀は悲しげな表情を浮かべる。
「それに、3日前になるまで何の知らせも無いのは、やはりおかしいかと思われます。開戦以来、この地方を守って
来たのは私達です。いくら彼らが優れていようと、せめて・・・せめて、それなりの配慮は」
「主任参謀・・・・!」
ルインスクは主任参謀の言葉を遮った。
「陛下のご意志だ。我々が為すべき事は、敵機動部隊に攻撃を加え、それを勝利の足掛かりにする事だ。貴様の
言いたい事は、俺にも分かる。貴様が感じる辛さも、よく分かる。」
ルインスクは、机に掛けられている1枚の似顔絵を見る。
彼には、竜騎士である娘が居た。
娘は昔から元気が良く、従軍してからは腕利きの竜騎士として名を馳せ、彼としても自慢の娘だと、部下達に公言していた。
だが、その娘は、昨年の南大陸戦の最中に起きた、アメリカ機動部隊との戦闘で命を落とした。
主任参謀もまた、息子が陸軍の歩兵師団に配属されていたが、昨年11月に戦死公報が届いている。
共に、たった1人しか居なかった子を、戦で失ったのである。
「皮肉な結果だな。自らの子を失い、悲しみに暮れた者が、更に悲しむ者を増やしていく。この世は、時に残酷であり、
時に愚かな物なのだな・・・・」
ルインスク中将は、顔に皮肉げな笑みを浮かべながらそう言い放った。
「・・・・・司令官。そろそろ迎撃隊を出動させましょう。今は、任務に集中するべきです。」
「そうだな。これまでに散って言った者達、そして、散っていく者達の命を無駄にしないためにも、任務は果たさねばならんな。」
ルインスクはそう言ってから、残っていた迎撃隊に出動を命じたのであった。
第37任務部隊から発艦した第1次攻撃隊は、午前9時40分にはリトカウトから南50キロの地点まで迫っていた。
「右下方に敵騎!」
第1次攻撃隊に参加していたカズヒロ・シマブクロ1等兵曹は、レシーバーに流れてくる声を聞き、自らも右下方に視線を移す。
既に、戦闘機隊の一部が編隊から離れ、敵に向かって行く。
編隊から離れた戦闘機には、ガル翼姿の戦闘機も混じっていた。
「カズヒロ!やはり敵は待ち構えていたな!」
後部座席に乗っているニュール・ロージア1等兵曹が話し掛けて来た。
「ああ、そのようだ!でも、奴らの高度がこっちより低い。多分、慌てて飛び出して来たかもしれない。」
「それなら、戦闘機隊の連中はやりやすいかもしれないぜ。一応、こっちも警戒を怠らないようにしねえとな。」
ロージア1等兵曹はそう言いながら、2連装の7.62ミリ機銃のレバーを引き、初弾を装填する。
敵ワイバーンとの空中戦では、どんなに護衛が敵を抑えていても、何騎かは迎撃を突破して、必ず攻撃機に接近して来る。
その際は、艦爆や艦攻が、自らの旋回機銃で相手と立ち向かわなければならない。
イントレピッドは、第1次攻撃に12機のヘルダイバーを投入している。
カズヒロ機以外のヘルダイバーでも、後部座席の機銃手が旋回機銃を構えて、来るべき敵ワイバーンの攻撃に備える。
編隊からやや離れた前方で空中戦が始まった。
アメリカ、シホールアンル両軍は、ほぼ同時に相手を攻撃する。
ワイバーンの開かれた口から緑色の光弾が連続で吐き出される。ヘルキャットやコルセアの両翼から12.7ミリ機銃弾が撃ちだされる。
彼我の射弾が交錯し、双方に犠牲が出始めた。
1機のコルセアが、その特徴である逆ガル翼の右の付け根に光弾を集中して叩きこまれ、その次の瞬間に翼が吹き飛ぶ。
致命的なダメージを被ったコルセアは、翼の切断面から黒煙を拭きながら急速に高度を落としていく。
同時に、1騎のワイバーンが12.7ミリ弾を雨あられと注がれる。
瞬時に魔法防御が発動するが、豪雨の如く押し寄せる12.7ミリ弾の嵐によってたちどころに消され、あっという間に10発以上の
弾を食らって、竜騎士とワイバーンがずたずたに引き裂かれる。
戦闘機隊とワイバーン隊の空中戦は、早くも激戦となり始めた。
空母イントレピッド戦闘機隊に属しているケンショウ・ミヤザト1等兵曹は、最初の正面対決を終えて、ペアと共に愛機を旋回させた。
「いいか、絶対に攻撃隊を守れ!あいつらは死に物狂いで来るぞ!」
無線機越しに、小隊長の指示が伝わる。
「了解です!」
ケンショウは一言だけ返してから、視線を敵のワイバーン群に移す。
敵ワイバーン隊は、戦闘機隊の迎撃から突破して攻撃隊に向かおうとしているが、迎撃する戦闘機が多いため、突破する事は出来ない。
「まずは阻止成功、という所かな。」
ケンショウはそう呟いてから、相手を探し始める。
その時、
「ケンショウ!3時下方からワイバーン!気を付けろ!」
右後方200メートルの位置に付いているペアから注意を受ける。
ケンショウは咄嗟に機体を捻らせ、直進から旋回下降に入る。旋回下降に入ってから1秒後に、敵ワイバーンの光弾が、前方を
下から上に向かって飛び去って行くのが見えた。
「このまま降下する!」
ケンショウは相棒にそう言いながら、愛機を40度の角度で降下させる。後ろのペアも彼に続く。
ケンショウ機を撃ち漏らしたワイバーンは、一旦上昇した後に下降に転じ、すぐさま追撃にかかる。
高度が5000メートルから4500メートル、4000、3000とぐんぐん下がって行く。
速度計は水平飛行時の最大速度である610キロをとうに振り切り、650キロに達しようとしている。
高度計が2500に達した時に、彼はペアに尋ねた。
「敵は付いて来てるか!?」
「いや・・・・どうやら振り切ったようだ!」
「よし、上昇に転じる!」
ケンショウは頃合いよしと確信し、愛機を下降から旋回上昇に切り替える。
操縦桿を引き、まっしぐらに海面を向けて下降していた機体の姿勢を上昇に転じさせる。
ついでに右のフットバーを押し込んで、愛機をぐるりと旋回させた。
ケンショウはその際に、敵のワイバーン警戒のため、左右は勿論、前方や後方にも顔を巡らせる。
彼は、右上方に視線を向けた瞬間に舌打ちした。
「畜生、待ち伏せか!」
急降下で振り切った筈の2騎のワイバーンは、丁度、右上方に占位していた。このまま旋回を続ければ、敵に背を向けてしまう。
「3時上方に敵騎!」
彼は無線機でペアにワイバーンの存在を知らせる。それと同時に愛機を旋回から直進に移すために、機首の向きを整える。
最初はぎこちなかった操作も、今ではすっかり手慣れた物となっている。
頭が命じるや、体は素早く反応し、愛機はぴたりとワイバーンの正面に向いた。
「また正面攻撃か・・・・今度はこっちが不利だな。」
ケンショウは冷や汗を掻きながら呟く。
相手は、上からこちらを狙い撃ちにする形で攻撃を仕掛けられるため、ケンショウらは不利である。
だが、迂闊に正面攻撃を避けようとすれば、すぐに相手に食い付かれてしまう。
速度性能や垂直格闘性能では優秀なヘルキャットだが、航空機では実現不能な超機動を持つワイバーン相手に、格闘戦を
挑むのは自殺行為である。
ここは一か八か、掛けるしかなかった。
「よし、やるぞ!」
ケンショウは小さく呟いてから、ペアのパイロットに、正面の敵を叩くと伝えた。
2騎のワイバーンと、2機のヘルキャットがぐんぐん近付く。
距離も余り離れていなかったため、彼我の距離はあっという間に400メートルにまで縮まった。
ワイバーンが光弾を放って来た。
同時に、ケンショウも機銃を発射する。
両翼に取り付けられている6丁の12.7ミリ機銃が唸り、曳光弾が注がれる。
後ろのペアも機銃を発したのだろう、後方から機銃弾の火箭が吹きすさぶ。
光弾が、操縦席に迫って来た。一瞬、ケンショウを大きく目を見開く。
(やられる!)
彼は心中でそう確信した。敵の放った光弾は、操縦席に向かっていた。いくら頑丈な防弾ガラスでも、連続して叩き込まれれば、
容易く粉砕されてしまう。
彼は、風防ガラスが今にも割れるのではないかと思った。
だが、敵弾は間一髪で、操縦席の右を掠めて行った。
その代わり、ケンショウの放った12.7ミリ弾は過たず敵を捉える。
敵ワイバーンは着弾の瞬間に防御魔法が発動し、周囲に赤紫色の光が点滅し、機銃弾があらぬ方向に弾き飛ばされる。
その直後、ペア機の機銃弾も着弾し、防御障壁の摩耗速読は加速度的に上がり、ついには魔法障壁が敗れた。
ケンショウとペアは、敵ワイバーンに機銃弾が弾着した瞬間に、ワイバーンと高速ですれ違った。
彼はすかさず上昇を止め、今度は旋回降下に入る。
旋回降下に入る際に、ケンショウは敵ワイバーンが飛び去った方向に首を向ける。
ワイバーンは1騎だけが見えるのみで、もう1騎の姿が見当たらない。
(どこに行った?)
彼はすぐに、周囲を見回そうとしたが、その必要はなかった。
「ケンショウ!敵ワイバーンが1騎落ちたぞ!もう1騎は俺達から離れつつある!」
ペアから報告が入った。
どうやら、さっきの敵ワイバーンは、集中攻撃を食らったために、致命傷を負ったようだった。
彼とペアは下降旋回を止め、水平飛行に戻った。
「流石に、2対1では敵わんと見て逃げ出したか。妥当な判断だな。」
「言えてる。敵さんも馬鹿じゃねえからな。」
ケンショウはペアの声を聞きながら、空戦域に目を配る。
戦闘機隊とワイバーン隊の空戦は続いている。空戦域は、先ほどと比べて、攻撃隊からやや近付いているようにも見える。
乱戦状態が続くと、必ず迎撃を突破するワイバーンが出てくる。
「よし。攻撃隊が心配だ。万が一の場合もある、応援に行くぞ。」
ケンショウは相棒にそう言うと、機首を空戦域に向けた後、再びスロットルを開いた。
護衛機と敵のワイバーン群が戦闘を開始してから、早くも15分ほどが経過した時、ついに敵ワイバーン群の一部が、
護衛機の妨害を突破して攻撃隊に接近して来た。
「11時上方より敵ワイバーン!来るぞ!」
カズヒロは、中隊長機から発せられた言葉を聞き、はっとなって左前方に目を向ける。
そこには、5騎のワイバーンが居た。
このワイバーンは、猛速で攻撃隊に突っ込んで来た。
ワイバーンの狙いは、最初はイントレピッド隊かと思われたが、ワイバーンはそのすぐ前を飛ぶバンカーヒル隊に襲い掛かった。
襲われたのは、バンカーヒル所属のSB2C艦爆16機であった。
他の艦爆が一斉に後部機銃を撃ちまくる。後部機銃座が使えぬバンカーヒル隊は向きを変えて、両翼に搭載されている2丁の
20ミリ機銃で迎え撃つ。
だが、ワイバーンは軽快な動きで騎銃の迎撃を交わし、ぐんぐん距離を詰める。
距離が200以下に縮まったかと思われた時、ワイバーンが光弾を放った。
5騎のワイバーンから放たれた光弾が16機のヘルダイバーに向かって吹きすさぶ。
1機のヘルダイバーが操縦席に光弾を集中された。
光弾は操縦席を一気に薙ぎ払い、2名のパイロットを瞬時に絶命させた。
被弾したそのヘルダイバーは、操縦席から夥しいガラス屑を撒き散らしながら、急速に降下していく。
早々と1機が脱落したバンカーヒル隊に追い打ちを掛けるかのように、また別のヘルダイバーが被弾する。
今度は右主翼に光弾が命中する。ヘルダイバーの機体は頑丈ではあるが、それにも限度があり、短時間で10発以上の光弾を
狭い個所に集中されてはたまった物ではない。
右主翼の外板に穴が穿たれ、後から命中した光弾がその穴をより広くし、裂け目がますます大きくなる。
やがて、ヘルダイバーは右主翼の付け根から発火し、その次の瞬間に小爆発を起こす。
一瞬にして片方の翼を失ったヘルダイバーは、きりもみ状態で墜落して行った。
5騎のワイバーン群は機銃の迎撃を交わしながら、編隊の下方へと飛び抜ける。
そこには、同じバンカーヒル隊に所属している8機のアベンジャーが居た。
5騎のワイバーンは、丁度アベンジャー隊の左後方上方の位置に飛び出して来た。
アベンジャー隊は上空の僚機に注意しつつ、一斉に旋回機銃を放った。
「3時方向から別のワイバーン!数は約6騎!」
別のワイバーン編隊が攻撃隊に迫って来た。そのワイバーン群は、猛速でイントレピッド隊に近付いていた。
「今度こそこっちに来るな。ニュール!しっかり仕留めろよ!」
「OK!俺の活躍ぶりをしっかり見てろ!」
後部機銃手であるニュールは、意気込んだ口調で言いながら機銃をワイバーンに向ける。
カズヒロは第3小隊に属しているため、先頭である第1小隊の左斜め後方を飛行していた。
このため、ワイバーンの一番始めの攻撃を受ける事は避けられた。
その代わり、右斜めを飛行している第2小隊が始めの攻撃を食らう事になった。
ワイバーンが距離300に迫った所で、12機のヘルダイバーは後部機銃を撃ち始めた。
合計24丁の7.62ミリ機銃が放つ曳光弾は、文字通り弾幕となって6騎のワイバーンに殺到する。
多量の機銃弾が、ワイバーンを包み込んだように見えたが、ワイバーンは怯むことなく編隊に接近して来た。
ワイバーンが口を開き、今しも攻撃を加えようとした時、7.62ミリ機銃の集中射撃が先頭のワイバーンに浴びせられ、
たちまちのうちに全身が血塗れとなる。
ワイバーンの皮膚は厚く、通常は剣や矢等の攻撃は通用しないほど頑丈である。
その頑丈さは7.62ミリ機銃弾を食らっても飛び回れるほどで、米軍機の機銃手達にとっては恐るべき相手である。
しかし、いくら頑丈とはいえ、機銃弾をばら撒くような形で撃たれたら対処のしようがない。
それに、目や口内は皮膚と違って脆弱である。
機銃弾を浴びたワイバーンは、体の損傷は表面的な物に収められたものの、右目に銃弾がめり込み、それが脳に達した。
次に右の前足が穴だらけにされ、しまいには竜騎士が胸や腹を撃ち抜かれて即死してしまった。
ワイバーンと竜騎士は、共に血塗れになりながら、お辞儀するかのような形で頭を下げ、そして墜落して行った。
報復はすぐに返された。
残りの5騎が、1番機と2番機に攻撃を集中する。
1番機と2番機は、共に機体を横滑りしたり、ロールを行ったりして敵の攻撃をかわそうとする。
1番機は何とか光弾を空振りにさせた。しかし、2番機は不運であった。
2番機が避けた先に、新たな光弾が注がれたからだ。
自らの光弾の弾幕に飛びこんでしまった2番機は、胴体や機首、それに操縦席と、満遍なく光弾を食らってしまった。
光弾の束が機体を横薙ぎにした直後、ヘルダイバーは濃い白煙を引きながら急激に高度を落として行った。
「2小隊2番機被弾!」
カズヒロは、ニュールからの報告を聞くや、一瞬顔を悔しげにゆがませる。
2番機には、VB-11が編成されてから一緒に戦って来た日系人パイロットと、コリアン系機銃手が乗っていた。
2人の搭乗員とは、仲間内で開かれる飲み会でも一緒に飲んだりして、深い信頼関係を築いていた。
その戦友達の乗ったヘルダイバーが、成す術もなく撃墜された。
(また戦友が・・・・・!)
カズヒロは内心で叫ぶ。戦友を失うのは、以前にも幾度かあったが、いくら経験しても慣れぬ物である。
しかし、今は戦友の死を悲しむ暇などない。
ワイバーンがイントレピッド艦爆隊の横を通り過ぎる。
「畜生!くたばりやがれ!」
後部座席のニュールは、ワイバーンを罵倒しながら機銃を撃ちまくる。
しかし、相手は高速で機動しているため、弾はなかなか当たらない。
カズヒロは飛び去って行ったワイバーンに目を配る。
5騎に減じたワイバーンは、向きを変えてこっちにやって来た。
「カズヒロ!今度はこっちに来るぞ!」
「ああ!俺も今見てる!」
彼は、ニュールにそう答えながら、敵ワイバーンと前方を交互に見る。
ワイバーンは再び迫って来た、距離が500、400と、見る見るうちに詰まってくる。
カズヒロは3番機であるため、今度は真っ先に攻撃を受ける事になる。
ニュールが機銃を放った。7.62ミリ連装機銃は勢い良く銃弾を弾き出すが、銃弾はなかなか捉えられない。
また、命中してもワイバーンの表面を少し傷つけるだけで、思うように落とせない。
(後部の旋回機銃が12.7ミリなら、あいつらをばたばたと落とせるんだけどな!)
カズヒロは心中でそう思いながら、ワイバーンを睨みつける。
距離200まで縮まった時、ワイバーンが口を開くのが見えた。
「ニュール、掴まれ!!」
カズヒロは有無を言わせぬ口調で相棒に言う。その直後に、操縦桿を押し込んだ。
カズヒロの乗るヘルダイバーは、唐突に下降し始めた。
下降を開始してからすぐに、真上を光弾が飛び抜けて行く。他の僚機も咄嗟に動いて、ワイバーンの攻撃を交わしていた。
4機のヘルダイバーが行った咄嗟の行動に、5騎のワイバーンの攻撃は全てが空振りとなった。
ワイバーンは2騎と3騎に別れ、2騎が下方へ、3騎が編隊の右側に抜けて行った。
「危なかったな。定位置に戻るぞ。」
カズヒロはそう言いながら、機体を編隊に戻そうとする。
だが、
「カズヒロ!ワイバーンがこっちに向かって来たぞ!7時方向!」
ニュールの悲鳴のような声が耳に響く。
「何!?俺達の機にか!?」
「そうだ!俺達を狙ってやがる!」
カズヒロは咄嗟に振り向く。
確かに、ワイバーンが居た。敵はカズヒロ機の左後方に居た。はっきりと視界にとらえる事は出来なかったが、
この時、敵騎はカズヒロ機の下方に潜り込んでいた。
「まずい・・・・」
カズヒロは、完全にやられたと思った。これまでにも、幾度か死の危険を感じた事はあった。
しかし、今回ばかりは本当に諦めてしまった。敵は旋回機銃の射撃がやりにくい方向から迫っている。
ニュールが機銃を撃つが、火箭はいずれもワイバーンの上を通り過ぎている。
敵から見れば、カズヒロ機はまさにカモであった。
敵ワイバーンは距離300を切り、200に迫ろうとしている。
カズヒロの乗るヘルダイバーは、今年の1月から部隊配備が始まった最新型のSB2C-4であり、エンジン出力は
以前に使用していたSB2C-3と比べて200馬力アップし、機体全体にも改良が加えられた結果、最大速度は
486キロにまで上がった。
また、武装も強化され、両翼に4発ずつの5インチロケット弾が搭載できるように専用のパイロンも装備されている。
しかし、鈍重な艦爆という点では変わりはなく、速度や機動性の優れたワイバーンや飛空挺に狙われれば、一巻の終わりである。
カズヒロ機には、その終わりが近づいていた。
(やられる!)
彼が死を覚悟した瞬間、ワイバーンに異変が起こった。
2騎のワイバーンがカズヒロ機に攻撃を加えようとした瞬間、突如、上空から機銃弾が降り注いで来た。
文字通り、銃弾の雨に撃たれた2騎のワイバーンは、突然の事態に気付く暇もなく瞬く間に撃墜された。
「・・・・?」
後部座席で一部始終を見守っていたニュールは、一瞬呆然となった。
「・・・・あれ?」
カズヒロは、異変に気付いた。そして、その異変の元がカズヒロ機の左側を下降していった。
その下降していった異変の元は、2機のF6Fであった。
「あ、あれは・・・・」
カズヒロは、2機のうちの1機をみるなり、思わず強張っていた表情を緩めた。
その1機は、胴体の横に空手着姿の男が描かれている。
「ケンショウの奴、粋な事してくれる。」
カズヒロのぼやきが聞こえたのだろうか、そのF6Fは翼をバンクさせながら空戦域に戻って行った。
140騎のワイバーンは、300機以上の攻撃隊に対して果敢に立ち向かって行った物の、予想通り押し切られてしまった。
攻撃隊は、ワイバーンの攻撃でSB2C5機とTBF4機を失ったが、残りはワイバーン基地と軍港に殺到した。
軍港攻撃はTG38.3から発艦した攻撃機が担当し、ワイバーン基地にはTG38.1とTG38.2から発艦した攻撃機が向かう。
軍港やワイバーン基地には多数の対空兵器が配備されていたが、米艦載機はこれらの迎撃を無視するかのように爆弾を叩き付けた。
ルインスク中将は、司令部から300メートル離れた待避壕から、敵の空襲を受けるワイバーン基地を見つめていた。
基地上空には、高射砲や魔道銃の弾幕が張り巡らされているのだが、事前の予想に反して、撃墜されるアメリカ軍機は少ない。
ヘルダイバーと思しきアメリカ軍機が、急角度でワイバーンの宿舎目掛けて突っ込んでいく。
高度200グレルまで降下したその爆撃機は、腹から爆弾を投下して水平飛行に移ろうとする。
狙われたワイバーン宿舎は爆弾を浴び、爆炎を噴き上げた。
視線を短い滑走路に向けると、そこもまた、アベンジャーと思しき艦載機によって水平爆撃を受け、南から北に掛けて順繰りに爆発が起こった。
「全く、あいつら、好き放題に攻撃しているな。」
ルインスク中将は、感情の籠っていない口調で呟く。
今しがたまで、多数のワイバーンを敷き並べ、北方一の大航空基地とも言われたリトカウト基地は、敵の容赦の無い攻撃によって
無力化されつつある。
「司令官!そこに居ては危険です!中に入ってください!」
待避壕から飛び出して来た主任参謀が、彼の腕を掴んで待避壕に戻そうとする。
しかし、ルインスクはその手を振り払った。
「司令官!」
「なに、心配する必要はない。」
焦りすら浮かべる主任参謀に対し、ルインスクは聖人のような笑みを浮かべて言う。
「敵は基地を狙っている。こんな辺鄙な待避壕なぞは、最初から見てはいまい。」
「ですが、万が一という事もあり得ます。ここはひとまず、中へ。」
「主任参謀。」
ルインスクは主任参謀に顔を向けた。
「待避壕に避難しても、爆弾が直撃すれば結果は同じだ。人間、どこにいても死ぬ時は死ぬ物だよ。」
「・・・・・・・」
「それより、軍港の方はどうなっておる?」
「はっ。」
主任参謀は気を取り直し、報告を行う。
「魔道参謀からの報告では、軍港も敵機の激しい空襲を受け、目下被害甚大との事です。主力艦は停泊して
いませんでしたが、恐らく、駐留している駆逐艦群や小型艇群は、手酷い損害を被っている事でしょう。」
「・・・・致し方あるまい。」
ルインスクは伏し目がちになって言う。
「しかし、敵がここに大編隊を差し向けたという事は、作戦の第1段階は成功したという事だ。
つまり、我々の任務は、ほぼ果たされた。後は、」
彼は、海側に方角へ振り向いた。
「事前に飛ばした攻撃隊と、“幽霊”達の奮闘に掛けるしかないな。」
午前10時20分 シェルフィクル沖南西480マイル沖
この日、空母バンカーヒルから発艦したS1Aハイライダーは計8機である。
その8機の中の1機を操縦するウィルス・ヘンリー中尉は、予定通りに索敵線上を飛行していた。
「機長!艦隊の方で戦闘が始まったようです!」
後部座席に座っているフィックス・フランパート兵曹長が、機長であるヘンリー中尉に報告して来る。
「敵さんは艦隊に殴り込んで来たのか?」
「いえ、艦隊の120マイル手前で直掩隊と交戦しているようです。」
「120マイルか。ピケット艦の網にかかったな。」
ヘンリー中尉は単調な口ぶりで呟きつつ、周囲に目を配る。
「南西洋上異常なし、って奴か。フィックス、レーダーの調子はどうだ?」
「駄目です。ぶっ壊れたままですよ。」
フランパート兵曹長は憎らしげに言ってから、スコープを小突いた。
「発艦前からちょっとおかしいかなとは思ってたんですが、まさかいきなり壊れるとは。」
「まだ新品だからなぁ。しかし、壊れるにしても、こんな肝心な時にオシャカになるとは、参ったなぁ。」
ヘンリー中尉は眉をひそめた。
彼らが乗っているハイライダーは、今年の5月から生産が開始された新型のS1A-2である。
S1A-2は、S1A-1で問題視された防御能力の改善や、索敵能力、速度の向上を目標に開発され、44年4月には
初号機が初飛行し、満足行く性能を発揮した。
艦隊には8月頃から配備が始まり、現在、S1A-2を搭載している空母は、TF37でバンカーヒル、タイコンデロガ、
レキシントン、TF38ではエセックス、ヨークタウンとなっている。
S1A-2は、最新型のエンジンであるP&R社製R2800-18を搭載し、S1A-1と比べて速度が30キロ向上し、
水メタノール噴射を行えば、一時的に700キロまで速度を上げる事が出来る。
また、本機は機上レーダーを搭載し、洋上の索敵能力をS1A-1よりも向上させていた。
性能面では、S1A-1よりも著しく向上している。
しかし、2人が乗るハイライダーは、-2型の目玉でもあった機上レーダーが、発艦してから30分後に故障を起こしてしまった。
レーダーが故障しては、従来通り、目視で敵を探さねばならない。
ヘンリー中尉としては、便利なレーダーが故障した事を残念に思ったが、目視での偵察もこれまでに幾度かやっているため、
さほど不満に思う事は無かった。
(というよりも、これまでは目視での偵察行が普通であった)
「壊れた物は仕方がない。今まで通りに行くとしようか。」
「そうですね。でも・・・・」
フランパート兵曹長は、周囲に視線を巡らしながら言う。
「今日はちと、索敵には不向きな天候ですな。」
「ああ。今は高度4000メートルを飛行しているが、こりゃ2000まで下げんといかんな。」
ヘンリー中尉もまた、海を覆う雲を忌々しげに見つめた。
今日の天候は晴れで、雲は多い物の、高度4000メートルぐらいであれば何とか索敵はこなせるはずであった。
所が、10分前から急に雲量が増して来ており、今では、下界を雲がほぼ覆い尽くし、上空にも雲が広がっている。
「雨雲・・・・ではなさそうですが、こうも多いと、満足に偵察できませんぜ。」
「そうだなぁ。仕方ない、高度を下げるぞ。」
ヘンリー中尉はため息を吐きながら返し、愛機の操縦桿を前に倒す。
機首が傾くと、コクピットの前面が白い雲で覆われる。
10秒ほど降下すると、機体が雲の中に入り込み、しばしの間、視界が遮られる。
(まるで、ソフトクリーム製造機の中に放り込まれたようだな)
彼は内心でそんな言葉を思い浮かべながら、機体の高度計と前方を交互に見る。
高度計は3000メートルを指し、やがては2000メートル代に下がる。
2900・・・・2800・・・・2700と、徐々に下がって行くが、外の様子は変わらない。
高度計が2200を指してから、雲は薄くなり始め、丁度2000メートルを指した所で雲は途切れた。
「ようし、雲が・・・・!?」
ヘンリー中尉は、思わず思考が停止した。
雲が途切れると、そこには海が広がり、その上には、多数の黒い粒が白い航跡を吐きながら洋上を突き進んでいた。
「・・・・・・・」
ヘンリーは驚きの余り、声が出せなかった。
彼は、黒い粒が特定の陣形、つまり、輪形陣を形成している事。
そして、その中心に、3隻の空母らしき物を置いている事を即座に確認していた。
普通ならば、その正体をすぐに口にしていただろう。
だが・・・・彼はすぐに言葉を発せなかった。
いや、出す事すら叶わなかった。
どうしてか?
それは、簡単な話であった。
なぜならば、2人の乗ったハイライダーは、待ち伏せていたワイバーンの攻撃を食らい、致命傷を負っていたからだ。
しかし、ヘンリーは目の前の光景に圧倒されていた。自らの愛機が傷付き、本人も体に致命的な傷を負った時も、彼は、
その敵が、シホールアンル機動部隊であるという事に驚愕していた。
その強烈な驚きは、五感を完全に麻痺させるほどであった。
(嵌められたんだ・・・・すぐに、連絡を・・・・)
彼はそこまで思ってから、意識を失った。
第4機動艦隊司令官である、リリスティ・モルクンレル中将は、旗艦である竜母モルクドの艦橋から、墜落して行く米軍機を
望遠鏡越しに眺めていた。
「司令官。上空のワイバーンより、敵偵察機撃墜との報が入りました。」
「今落ちた偵察機は、あのハイライダーかな?」
「はっ。恐らくはそうでしょう。事前にワイバーンを待機させていなかったら、今頃は敵の本隊に報告を送られていたかもしれません。」
「そうかもね。でも、これで邪魔者は消えた。」
リリスティは不敵な笑みを浮かべながら、主任参謀のハクガ・ハランクブ大佐に言った。
「陸さんも動き始めているし、そろそろあたし達の出番ね。」
「相手は、我々がここに居る事に気付いていないでしょうな。アメリカもまだまだです。あんなハリボテの偽竜母に騙されるとは。」
「主任参謀、あたし達は戦争をしているのよ?」
リリスティは朗らかに笑いながら言う。
「騙すのも立派な作戦よ。まっ、敵にこの艦隊の情報を送られたら、あたし達がやばいけどね。」
「確かに。あっちは12隻。こっちは7隻ですからなぁ。」
ハランクブ大佐は肩をすくめながらリリスティに返す。
リリスティは、この海域に竜母6隻、戦艦4隻、巡洋艦7隻、駆逐艦24隻を派遣している。
彼女は、この艦隊を第1部隊と第2部隊の二つに分けている。
第1群は正規竜母モルクド、ギルガメル、ホロウレイグ、ランフックを主力に据え、戦艦ネグリスレイ、ポエイクレイの他に、
巡洋艦3隻、駆逐艦12隻が護衛として周囲を取り巻いている。
第2部隊は正規竜母コルパリヒ、ジルファニア、リンファニーを主力に置き、戦艦ロンドブラガ、マルブドラガと巡洋艦4隻、
駆逐艦12隻が護衛に付いている。
ちなみに、第2部隊には、8月に就役したばかりの新鋭戦艦ロンドブラガとマルブドラガ、そして、9月に繰り上げで就役した
新鋭竜母のリンファニーが配備されている。
この3隻は、入念に訓練を積んでいる物の、実戦は未経験である。
今回の作戦が、この3隻にとって初の実戦となる。
本来ならば、第4機動艦隊はこの7隻の正規竜母の他に、6隻の小型竜母を従えている。
だが、その小型竜母群は、リリスティの艦隊には1隻も居ない。
なぜならば・・・・・
「小型竜母も居れば、文句なしなのですが。」
「仕方ないわよ。小型竜母は“本隊”に取られているんだからね。」
それは、ある意味で壮大な計画であった。
リリスティの第4機動艦隊は、“本隊”に小型竜母の全てを貸し与えた。
本隊・・・・・それは、シホールアンル軍が総力を挙げて作り上げたもう1つの機動部隊。
別名、まやかしの竜母群である。
シホールアンル軍は、今回の作戦を開始するに当たって、7隻の正規竜母の代わりとなる、別の“正規竜母”を用意した。
皇帝オールフェスは、作戦開始前に当たる8月18日にこの新機動部隊を視察している。
彼は艦隊の陣容を見るなり、見事な出来栄えだと満足気に言い放った。
外見から見れば、小型竜母も含めた“正規竜母群”は、まさに壮観であった。
だが、この正規竜母群は、本当の意味での正規竜母ではなかった。
いや、竜母どころか、元々は全く別の船であった。
この正規竜母群の正体は、驚くべき事に、民間用として作られた高速輸送船であった。
シホールアンル軍は、既に船体が完成していたこの輸送船を多数徴発し、そのうちの何隻かをある程度改造を行ってから、
幻影用の魔法で、外見をホロウレイグ級正規竜母に似せた。
ちなみに、偽竜母の土台とされたこの高速輸送船は、全長が230メートル、基準排水量が2万トン前後で、速力も30ノットを
発揮できる優秀な船である。
この大型輸送船は、シホールアンル帝国造船界では最大手のイン・ヴェグド商会が中心となって、1481年から作り始めた物だ。
イン・ヴェグド商会は過去にも、偽装対空艦の元となった輸送船の建造も行っており、造船界では名の知られた企業として知られている。
今回、偽竜母として仕立て上げられた輸送船は計6隻であり、それぞれの輸送船は、外見だけはホロウレイグ級竜母に見える。
しかし、実際は船体深部に嵌めこまれた擬装用の魔法石が映し出した幻であり、この魔法石が起動しなくなると、申し訳程度の
船橋しかない、ただの真っ平らな武装船に成り下がる。
外見は立派だが、防御自体は小型竜母にも劣る程脆い。
このような脆い船では、艦の深部に埋め込まれた幻影用の魔法石も破壊され、敵に正体を突き止められてしまう。
シホールアンル側は、そう言った事態を防ぐために、幻影用魔法石を保管している倉庫には、主力戦艦並みの厚い装甲を施し、
爆撃にも雷撃にも耐えられるようにした。
しかし、この影響で偽竜母は軒並み速度が低下し、最大速度は28ノットまでしか出せなくなった。
ちなみに、お座なりな装甲しか持たぬこの偽竜母であるが、対空兵装は本格的に搭載されており、1隻に付き魔道銃48丁と両用砲8門が
積まれている。
シホールアンル軍は、この偽竜母で敵を引き付けると同時に、引き付けた敵を片っ端から叩き落とす事で、偽部隊が本隊であると
思い込ませようと考えていた。
その影響で、偽竜母には贅沢と言えるほどの対空兵装が施されたのである。
6隻の偽竜母を含む“本隊”は、8月20日にアルブランパ港を出港した。
艦隊は3つに別れ、それぞれ2隻の偽竜母と、2隻の小型空母を主力に据えて、ヒーレリ領にある前進基地、イースフェルクに向かった。
艦隊には、戦艦1隻と巡洋戦艦2隻、巡洋艦9隻、駆逐艦30隻が随伴し、これらの護衛艦は各竜母群に配置されている。
“本隊”の指揮官は、マオンド共和国から戻って来たルベ・イルクィネス中将が任命された。
イルクィネス中将は、第4機動艦隊内での会議で、この囮作戦が説明された時、真っ先に指揮官になるとリリスティに言って来た。
リリスティは最初、イルクィネスの希望を断ろうとしたが、本人の熱意に折れ、最終的にはイルクィネスに“本隊”の指揮を任せる事にした。
囮部隊はイースフェルクに到着後、しばらくは現地に留まっていたが、9月16日に出港し、ホウロナ諸島へ進撃した。
イルクィネス中将は、ワイバーンを小型竜母だけに留まらず、偽竜母にも18騎ほど搭載し、実質的に本物の竜母として使用した。
この偽竜母は、ある程度のワイバーンも運用できるように建造されていたため、飛行甲板に当たる部分ならば、最大で20騎は
搭載可能であった。
出港してから2日後。囮部隊はアメリカ機動部隊の片割れと戦闘を行い、偽竜母4隻と小型竜母1隻、巡洋艦1隻、駆逐艦3隻を
失い、偽竜母1隻と小型竜母3隻が大中破した。
損失ワイバーンは実に150騎にも及び、囮部隊の航空戦力は一気に半減してしまった。
しかし、囮部隊は2波280騎にも上る航空攻撃で、ヨークタウン級空母2隻とインディペンデンス級小型空母1隻を大破させ、
護衛艦も5隻撃沈し、敵航空機400機近くを撃墜した。
航空機の撃墜数は、多分に過大報告が混じっていると思われるが、それを別にしても、実質的に小型竜母が主体であったイルクィネス部隊は、
正規空母を主力とする米機動部隊相手に良く戦ったと言えた。
それに加え、撃沈された竜母の内、4隻は戦力的に価値が少ない偽竜母であり、実質的な損害は小型竜母ナラチの喪失ぐらいである。
この他に、駆逐艦3隻と巡洋艦1隻が撃沈されたのが痛かったが、駆逐艦3隻と巡洋艦1隻は、いずれも一世代前の旧式艦であり、
この喪失分は、現在進められている新型艦の配備によって充分に補える。
傍目から見れば、竜母5隻を撃沈してシホールアンル側の侵攻を阻止したアメリカ側の勝利として見られるであろう。
だが、実質的には敵機動部隊の片割れを拘束し、戦力を損耗させたシホールアンル側が勝者であり、アメリカ軍は敵の計略に
まんまと嵌ってしまうというミスを犯してしまった。
そして、ミスの代償を本格的に支払わされるのは、もう1つの片割れ。
つまり・・・・第37任務部隊である。
リリスティは、じっと前を見つめたまま言葉を続ける。
「イルクィネス達はちゃんと務めを果たした。後は、あたし達が、彼の努力を無駄にしないよう、頑張らなくちゃいけない。」
「相棒がミスを犯せば、相方がそれを償わなければならない。要するに、連帯責任と言う奴ですか。」
「そんな物かな。」
リリスティはクスリと笑った。
「オールフェスの考えた作戦が成功するかは、各地に配置された幽霊達の頑張り次第ね。さて、これから、アメリカ軍はどうなることやら・・・・」
リリスティは、アメリカ機動部隊の行く末を案じつつ、来るべき時を待ち続けた。
午前11時20分 シェルフィクル沖南東260マイル沖
第37任務部隊司令官パウノール中将は、旗艦タイコンデロガの艦橋で、やや憎らしげな表情を浮かべていた。
「結局、艦隊の損害はゼロに抑える事が出来なかったか。流石はシホット共だ。」
彼は、輪形陣の左側を双眼鏡越しに眺めた。
第37任務部隊は、午前10時20分に敵ワイバーン隊の空襲を受けた。
その20分前には、早朝に発艦した第1次攻撃隊から
「敵ワイバーン基地に直撃弾多数。敵基地の壊滅を確認。」
「敵軍港の損害甚大、在泊艦船多数を撃沈せり。」
といった報告電が送られ、ヘイルストーン作戦の第1段階は無事に終了した事が確認された。
幸先の良いスタートに、TF37司令部は誰もが喜んだが、そのすぐ後にピケット艦から敵ワイバーン来襲の報が入った。
パウノールは200機のF6F、並びにF4Uを投入して160騎のワイバーン編隊を艦隊に取り付く前に殲滅しようと試みた。
敵編隊は、戦爆混同であったため、数に勝るアメリカ側戦闘機隊は余裕を持って迎撃を行う事が出来た。
しかし、敵ワイバーン隊の士気は旺盛であり、戦闘ワイバーンは劣勢にも関わらず、獅子奮迅の働きで攻撃隊を必死に援護し続けた。
最終的に50騎の攻撃ワイバーンが輪形陣に接近し、猛烈な対空砲火によって数を減らしながらも、駆逐艦2隻を撃沈し、
軽巡洋艦バサディナと駆逐艦1隻を中破させた。
空母の損害がゼロに抑えられた事は喜ばしい事だが、パウノールにとしては、沈没艦はなるべく出したくないと考えていただけに、
駆逐艦2隻・・・・それも、対空火力の向上したアレン・M・サムナー級を沈められた事は、彼の内心に幾ばくかのショックを与えた。
「やはり、敵は例の魔法兵器を使って来たか。噂には聞いていたが、凄まじい威力だ。駆逐艦はともかく、自慢の対空火力を誇る
クリーブランド級軽巡でさえ、ああなるとは・・・・」
パウノールは、視線をタイコンデロガの左舷700メートルを航行する軽巡バサディナに向ける。
バサディナは、先の空襲で3騎のワイバーンから攻撃を受けた。3騎のワイバーンは、共に2発の対艦爆裂光弾を搭載していた。
このワイバーン群は、距離500でバサディナに魔法の槍を撃ちこんだ。
6発中、2発は対空砲火によって叩き落とされたが、4発がバサディナの左舷に命中した。
この命中弾で、バサディナは第2砲塔と左舷側に配置されていた2基の連装両用砲並びに、機銃座に甚大な損害を被った。
幸いにも、機関部は無事であり、航行には支障ない物の、バサディナが左舷側に向けられる対空火器は、戦闘前と比べて4割以下に落ち込んだ。
これによって、バサディナの守る防空区画には大穴が開く事になった。
「司令官。輪形陣左側の防空網に穴が開いています。ここは、ピケット艦に輪形陣の復帰を促すか、あるいは、各艦の距離を
やや狭めて、密度を濃くした方が良いかと思われますが。」
「うむ、俺も今、それについて考えている所だが・・・・・しかし、敵の攻撃隊は、半数近くが対空砲火で撃墜されている。
それに加え、帰還途中で脱落する損傷騎も出てくるだろう。それ以前に、我々はリトカウト基地を壊滅させたばかりだ。
敵機は帰還しても、弾薬類の殆どを基地もろとも吹き飛ばされているのだから、ある程度航空兵力が残っても、その後の
作戦は続行できまい。戦闘ワイバーンなら話は別かもしれんが、艦艇に直接打撃を与えられる攻撃ワイバーンは違う。」
パウノールはそう言ってから、参謀長を見据える。
「私としては、先の攻撃が、艦隊に対する最後の攻撃になるだろうと思う。輪形陣には確かに穴が開いたが、敵航空部隊の脅威が
薄れた以上、ピケット艦を艦隊に戻す等の処置はいらぬと思う。ピケット艦を戻すとなれば、陣形を組み替える必要が出てくる。
それに時間を取られる訳にはいかない。」
パウノールは時計を見る。
時計の針は、午前11時25分を指している。
「時間的に、そろそろ第1次攻撃隊も戻ってくる頃だ。我々はまだ、第2次攻撃隊の発艦準備が終わっていない。敵の海洋生物の
攻撃さえなければ、円滑に準備を進める事が出来たのだが・・・・・」
第37任務部隊は午前8時頃から、断続的に敵海洋生物の攻撃を受けていた。
攻撃はTG37.1からTG37.3にまで及び、3個任務群は、次々と襲いかかるレンフェラルの群れにひたすら対応を余儀なくされた。
頻繁に繰り返される回避運動によって、各空母の格納庫では思うように準備が捗らず、レンフェラルの攻撃が終息した午前10時頃になって、
ようやく作業が進み始めるという有様であった。
しかし、爆装が完了間近に迫った午前10時20分に、敵大編隊接近の報がピケット艦からもたらされた。
パウノールは万が一の事を考えて、爆装の済んだ機体から一旦爆弾を外し、弾薬庫にしまわせた。
整備員や兵器員は、汗だくになって機体から爆弾を取り外し、大急ぎで弾薬庫にしまって行った。
一見、面倒な作業ではあったが、パウノールは今年の4月に行われた大西洋の海戦で、発艦準備中に空母ワスプと軽空母シアトルが被弾し、
艦載機の誘爆によって大損害を被った事を知っており、万が一の場合も考えて命令を通達したのである。
パウノールの不安は杞憂に終わり、TF37指揮下の空母は、全て無傷である。
だが、作戦のスケジュールは、僅かばかり狂ってしまった。
本来ならば、第1次攻撃隊が戻るまでには、第2次攻撃隊をシェルフィクルに送り込んでいる筈なのだが、相次ぐレンフェラルの襲撃と、
敵の空襲によって攻撃隊の発艦準備は遅れてしまった。
「航空参謀。第2次攻撃隊の発艦準備は、あと何分ぐらいで終わるかね?」
パウノールは、タバトス航空参謀に尋ねた。
「はっ。しめて40分ほどかと思われます。しかし、第1次攻撃隊は既に、我が艦隊から70マイルの距離まで迫っています。
報告によれば、リトカウトの航空基地、並びに軍港の無力化には成功していますが、攻撃隊にも多数の被弾機が生じています。
それに、燃料が欠乏している機体も何機か居ます。ここはひとまず、第1次攻撃隊の帰還を優先させるべきではありませんか?」
タバトスの問いに、パウノールはしばしの間思考する。
(敵の航空戦力が大幅に減少した以上、新たな航空攻撃はほぼ無きに等しい。もしあったとしても、敵は前回よりも遥かに
少ない機数で我々に挑むしかない。もし挑んで来たのならば、それこそ、戦闘機隊の餌食になるだけだ。空の脅威が極限された以上、
攻撃を焦っても仕方がないな。)
彼は心中でそう決意すると、タバトスに顔を向けた。
「君の言う通りだな。ここは第1次攻撃隊を早く収容して、工業地帯攻撃に使える機体を多く確保せねばな。攻撃を焦れば
、不時着水をする機は増える。そうなっては、我が機動部隊の航空戦力が減ってしまう。」
「司令官。では、第2次攻撃隊の発艦時刻はずらしますか?」
「ああ、この際、ずらしてもかまわん。第2次攻撃隊は、第1次攻撃隊を収容後、速やかに発艦させよう。獲物は大物だが、
船と違って全く動かん。」
パウノールはニヤリと笑った。
「慌てて攻撃しなくても良かろう。」
「分かりました。」
タバトス大佐は、内心では安堵しながらパウノールに返した。
TF37の将兵達は、作戦は順調に推移しているだろうと、誰もが確信していた。
上は艦隊司令官から、下は艦のコックまで。
様々な者達が、この時点で、作戦は成功するであろうと思い込んでいた。
フランクリンから発艦して来たハイライダーが送って来た、1通の通信文が、旗艦タイコンデロガに届けられるまでは。