第181話 アメリカ本土激震
1484年10月7日 午後6時 シホールアンル帝国ウェルバンル
この日、首都の帝国宮殿内では、とあるイベントが催されていた。
宮殿の1階の大広間は、200以上もの席が用意され、そこに座っている客人達が、目の前に広げられた白布に映し出された
モノに釘付けとなっている。
真っ平らな形をした船が、船体上から爆炎を噴き上げ、しまいには黒煙を吐き出して洋上をのたうつ。
場面が変わり、同じ船を別の角度から捉えた形で映し出される。
船の舷側に複数の水柱が立ち上がった。やがて、その船は姿勢を傾けながら、徐々に速度を緩めて行く。
観客席の真ん中で、シホールアンル帝国皇帝オールフェス・リリスレイは、愉快気な表情を浮かべながら、その映像を見ていた。
「いやあ、皇帝陛下。映画という物は良い物ですなぁ。」
後ろに座っていた国外相のグルレント・フレルが、オールフェスに言う。
「だな。幽霊部隊に、映像を記録できる魔道映写機を送り込んだ甲斐があったぜ。」
オールフェスは自慢気に返した。
今、目の前で流れているのは、先のシェルフィクル沖海戦(米側呼称レビリンイクル沖海戦)の際に取られた映像を基に作った記録映画である。
オールフェスは、8月に映像を記録できる魔道映写機を、各部隊に20個ほど送り付けた。
海戦終了後、軍は生き残った魔道映写機を集め、国内省宣伝部の協力を得て、この記録映画作り上げた。
記録映画は、既に4日前から帝国各地が上映され、国民は、銀幕上の無敵帝国軍の雄姿に感動した。
「陛下。国民の間では、このような大勝利を上げたにも拘らず、対話への道を取ろうとする我々の方針に少なからず不満の声が聞かれるようですが。」
左隣に座っていたジェクラが、オールフェスに言う。
「不満か……まっ、否定的な意見が出るのは最もだな。」
オールフェスは苦笑する。
「普通なら、俺達は猛反撃して相手を追い詰めているからな。でも、今回ばかりはそうもいかねえよ。」
彼は首を竦めた。
「そんな事をしたら、逆にこっちが危ない。俺達は、まだアメリカという国をまだ知らない。あいつらが何で、あんな非常識じみた国力を
持つのか徹底的に調べる必要がある。いや、国力だけじゃない、何から何まで、全て調べなくちゃいけない。だから、ここは一度、剣を収めて、
休む必要がある。」
「なるほど。だから、あのような案を送り付けたのですな。」
「そうさ。」
オールフェスは、悪童が浮かべるような笑みを見せる。
「今頃、アメリカや南大陸の連中は揉めているだろうな。あの、2通の講和文で。」
彼は、愉しげな口ぶりで言う。オールフェスは、心の底から今の状況を楽しんでいた。
講和文の作成が始まったのは、海戦が終わった翌日の9月20日からだ。
帝国中枢の閣僚達は、最初こそはオールフェスの言う講和に反対していたが、国力が敵対国アメリカに及ばぬ事と、現状のまま交戦を
続けていれば、いずれは帝国本土のより奥深くにまで戦火が及ぶという事実を受け止め、最終的には全閣僚が一致して講和に賛成した。
シェルフィクル沖海戦の勝利は、21日に公式発表が行われ、その報せは帝国中を駆け巡った。
久方ぶりの大勝利に、国民は狂喜した。
国民の中には、このままの勢いで再び、南大陸へ突き進め!と高々と叫ぶ者も多数居た。
海戦の勝利の報は、前線で戦う将兵の士気にも影響し、9月23日に、ジャスオ領北東部で起きた地方都市を巡る攻防戦では、
シホールアンル陸軍の部隊が、侵攻して来た米軍部隊に猛烈な反撃を行い、翌24日には米軍を追い返した。
翌26日には、ジャスオ領の別の地域で作戦中であったカレアント軍が、側面をシホールアンル軍石甲部隊を突破され、丸半日間
包囲されるという事態も起きている。
10月を迎えた現在でも、ジャスオ領では依然として、連合軍が攻勢を行い、シホールアンル側が防御を行うという状況が続いており、
連合軍はジャスオ領の首都まで、あと10ゼルドという距離まで迫っている。
しかし、戦線全体では依然として激戦が続いており、ここ2週間程、連合軍の進撃は遅々として進まなかった。
オールフェスは、戦線が膠着状態にある今こそ、講和を申し込むべきと確信し、9月28日に、最初の講和案を連合国に送り付けたのである。
そして、彼はその4日後に、第2案を送る事を命じた。
彼は、第1案と第2案を送る事で、帝国内で大きな変化があったと、連合国に錯覚させようとしていた。
彼の狙いは図に当たり、アメリカを除く連合国側は、シホールアンル帝国内で何らかの政変があったのではないか?と、議論を行っている。
今の所、状況はオールフェスの望んだ通りに進みつつある。
しかし、
(でも、やはり不安は残るな)
彼の内心には、常にアメリカの事が気がかりであった。
あのスパイ情報を丸ごと利用したお陰で、アメリカ機動部隊をまんまと吊上げ、大損害を与える事に成功した。
だが、オールフェスとしては、海戦の結果はやや不満に思った。
彼は、アメリカ機動部隊を文字通り全滅させるか、それがかなわぬまでも、せめて全ての空母を沈めるか、あるいは大破同然にして
しばらくはドック送りにしてやる事を望んでいた。
あの海戦で、味方のワイバーン隊や航空隊は、総計で600騎以上の損害を出し、貴重な正規竜母を1隻失うと言う手痛い被害を被った物の、
幽霊部隊を含む陸海軍の航空隊は、正規空母3隻、小型空母2隻、戦艦1隻、巡洋艦、駆逐艦15隻を撃沈し、空母3隻と戦艦1隻、
巡洋艦5隻、駆逐艦6隻を大破させ、その2日後に、レンフェラルが駆逐艦2隻を撃沈し、正規空母1隻と小型空母1隻を損傷させた。
味方は痛い損害を受けた物の、戦果は充分過ぎる程の物がある。
撃沈した空母の中には、アメリカ軍自慢のエセックス級新鋭空母も含まれている他、長年、シホールアンル海軍を悩ませて来たレキシントン級
空母のサラトガも含まれている。
それに加え、サウスダコタ級戦艦を沈没に追いやった事に関しても、海軍上層部は狂喜し、後の広報紙では、
「アメリカはレアルタ島沖海戦で、戦艦が航空戦力にかなわぬ事を実証したが、先のレビリンイクル沖海戦では、我々が敵の戦艦を沈めた
事によって、航空戦力の前に、戦艦は太刀打ち出来ぬと言う事を、改めて、世に知らしめた。我がシホールアンルは、このチャンスを作った
アメリカ海軍に感謝すべきである。」
という、皮肉まじりの文が掲載された程である。
オールフェスも、宿敵であるアメリカ機動部隊を壊滅同然に追い込んだ事を素直に喜び、海戦の勝利が届けられた時には、
「馬鹿が餌に引っ掛かりやがった。」
と、声高に叫んでいた。
だが、日が進んでいくに連れて、オールフェスは大勝利の熱を感じなくなって来た。
確かに、来寇して来た米機動部隊を袋叩きにして追い返す事が出来た。
だが、今の所は“それだけ”である。
シェルフィクルにやって来た米機動部隊は、正規空母、軽空母合わせて、12隻を有する大機動部隊であり、シホールアンル海軍の
主力と互角に戦える戦力だ。
敵機動部隊は、普通ならば、大艦隊の域に達する規模であったが、あれでも、アメリカ太平洋艦隊の片割れ、簡単に言えば
“分力”に過ぎないのだ。
全力で持って、敵の分力を叩くというオールフェスの考えは、見事に当たったが、それでも、アメリカはあのような機動部隊を、
ほかに後2つは持っている。
もし、講和の申し入れを拒否した場合、アメリカは早々とレーフェイル戦線にケリを付け、残った戦力を総動員して全力で攻めてくるだろう。
オールフェスが思い描いていた理想を阻んだアメリカ。
シホールアンル帝国が存続するか、または滅ぶか。その鍵は、実質的にアメリカが握っているも同然であった。
(いや、講和は絶対に受け入れられる。)
オールフェスはそう思う事で、不安を打ち消そうとする。
だが、心の中のわだかまりは、なかなか消えてくれそうになかった。
「……ところで」
オールフェスは、さり気ない口ぶりでジェクラに声を掛けた。
「君が自慢している部下はどうした?今日は風邪か何かで休みかな?」
「ああ、彼女ですか。」
ジェクラは困ったような顔つきを浮かべた。
「今日は別の都合で来れない、と言っておりましたな。」
「へえ、珍しいね。あの大の連合国嫌いが。彼女なら、この記録映画に感動して涙を流さないかと思ったんだけどなぁ。」
オールフェスは言葉を発しながら、ジェクラ自慢の官僚の顔を思い出した。
顔立ちは、傍目から見れば中性的だが、よく見ると童顔で愛らしい感がある。
肌は浅黒く、黒髪のショートヘアで、誰が見ても目を引き付けそうな美貌をもっている。
年は35歳だが、外見的には若く、スタイルも良いため、20代中頃で通してもあっさりと騙されるという。
体を鍛えるために、時折、首都近郊を走ったり、知り合いから格闘術を習っていると聞いた事があり、リリスティも2度ほど、
外で見かけた事があると言っている。
その女性官僚の名はフィシス・フェデイランドといい、国内相では被占領国事情担当補佐官というポストについている。
国内相には、その長であるジェクラを補佐する為の高級官僚が何人か居る。
その中の1人が、フェデイランドであり、彼女は国内相でも屈指の対連合国強硬派としても知られている。
今回の講和で、幾人もの反対者が現れたが、フェデイランド補佐官もその1人であった。
彼女は、国内相内での講和反対派の急先鋒であり、講和文が送られる前日まで、賛同者と共にジェクラの執務室に押し掛け、
声高に講和反対を叫んでいた。
講和反対を唱える者は、国内相だけに限った話では無く、各省庁でも多数の人間が講和に反対していた。
内需相では、一部の反対論者が執務室内に内需大臣を閉じ込めるという事件が起きたほどである。
とはいえ、曲がりなりにも講和の申し込みは終わり、各省庁とも落ち着きを見せ始めていた。
そんな時に、この記録映画の上映会は開かれた。
上映会には多数の来賓が招かれ、誰もが迫力満点の映像の数々に驚き、そして楽しんでいる。
そのイベントに食い付きそうな人物が、運悪く出られなくなったと言うのだ。
「まっ、彼女は頑張り過ぎていましたからな。ここらで無理させる必要もあるまいと思いまして……まぁ、私としてはいささか、
寂しい物がありますが。」
「ハハハ。仕方ないさ。今は、俺達だけで楽しもうじゃないか。」
オールフェスはそう言ってから、意味ありげな笑みを浮かべた。
ジェクラもそれを理解し、再び映画鑑賞を楽しむ事にした。
シホールアンル帝国の首都、ウェルバンルは、他の都市と同様、明もあれば暗もある。
市街地の中心から離れた古ぼけた家屋群等がそうである。
日が落ち、秋の冷たい空気に覆われた町の裏道で、1人の女性が息を切らせながら走っていた。
「はっ……はっ……はっ……」
彼女の姿は、誰が見ても慌ただしく感じる。
上半身に付けている白い開襟シャツは所々に皺がより、汚れている。
ボタンは中途半端な所で外れており、開かれた部分から胸元や腹部の辺りが見える。
下半身を覆うズボンも、同様に皺が寄り、一見だらしなく感じられる。
だが、そんな事を気にする余裕は、彼女には無かった。
(く……何故…!)
彼女は、心中で呟く。その時、不意に背筋に冷たい物が走った。
咄嗟に姿勢を低くする。
体勢が下がった直後、頭のすぐ上を2本のナイフが飛び過ぎて行く。
咄嗟にナイフを取り出し、いつの間にか右側方から迫って来た敵の攻撃を受け流す。
相手は、しなやかな動きで右手のナイフを突き出す。攻撃の1つ1つが素早く、頭や首、腹といった急所を躊躇い無く狙って来る。
しかし、彼女はその動きに追い付き、ナイフの刃でそれを止めるか、あるいは軌道を逸らしてナイフの方向をあさっての方角に突き出させる。
彼女は、黒づくめの横顔に回し蹴りを放ったが、相手も咄嗟に後ろに体を反らせ、蹴りを空振りにさせた。
その勢いを活かして、そのまま後ろに回転した黒づくめの敵は、彼女からやや離れた位置に着地し、屈んだ姿勢で彼女を見据えた。
「ふふ……格闘マニアにしては、なかなか良い動きですね。フィシス・フェデラインド補佐官。」
黒づくめの敵は、不敵な笑みを浮かべながら、彼女に言う。
「いや……南大陸から紛れ込んで来たコソ泥、といった方が正しいかしら?」
「く……黙れ!」
彼女…フィシス・フェデラインドは、憎らしげに顔を歪めながら叫ぶ。
同時に、後ろから予備のナイフを1本取り出し、目に留まらぬ速さで投擲する。
常人ならば、対処しきれないほどの早さだ。
しかし、黒づくめの敵はいとも簡単にかわした。
「おっと、危ないですねえ。」
黒づくめの敵は、自分の長い髪に触れながら、フィシスを嘲笑する。
「もう、何をやっても無駄ですよ。ここは諦めて、大人しく死んで貰って良いですよ?」
「ふ、馬鹿な事をぬかすな!」
フィシスは相手に威嚇するように叫びながら、鮮やかな勢いで間合いを詰める。
この黒づくめの敵に追われてから30分以上が経っている。
彼女は右腕や足に切り傷を負っているが、長年の鍛錬の賜物なのか、その動作は無駄が無い。
「う、うわ!」
敵は慌てながらも、咄嗟に右へ飛び跳ねた。
フィシスがそれを追い、ナイフを突きだす。相手も必死にナイフを振り回して、フィシスの攻撃を食い止める。
刃と刃が絶え間なくぶつかり合い、暗闇に火花が飛び散る。
今度は、フィシスが相手を押し始めていた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「フフフ、形勢逆転だね。」
攻守が入れ替わった事で、彼女はこのままなら勝てると確信した。
相手もかなり腕が経つが、バルランド本国で、何度も修羅場を潜り抜けた彼女から見れば、いま一つに思える。
「ここで死ぬのは、お前だ!!」
フィシスは叫ぶと同時に、重い一撃を繰り出す。自らが愛用しているナイフが相手のナイフに当たり、根元から叩き折れる。
「あっ!?」
黒づくめの女がはっとなる。そのまま、首筋をナイフの刃で薙ごうとした時、唐突に顔が下から蹴りあげられた。
鈍い衝撃と共に、視界が宙を向く。
「ぐ…ふ!?」
フィシスは痛みを堪えて、前方を見た。しかし、
相手の姿は消えていた。
「……え?」
彼女が間の抜けた声を漏らした瞬間、腹部に何かがぶつかり、体がくの字に折り曲げられた。
腹が圧迫された事により、彼女は一瞬、息が詰まった。
2秒ほど間を置いて、彼女は大きくせき込んだ。
その際、フィシスは口から熱い物を吐き出した。地面に何かの液体が滴り落ちる。
「ぐ…う…」
「言ったでしょ?待ってくれって。」
黒づくめの女は、先とは違った冷たい声音で言う。フィシスはふと、相手の拳が、自分の腹に不覚食い込んでいる事に気が付いた。
「ふぅ、やっと大人しくなったね。でも、まだ死なせないよ?」
女は、腹の辺り押し当てている拳を、やや上に引き上げる。その瞬間、激烈な痛みがフィシスの全身を貫いた。
「……!」
あまりの激痛に、彼女は体をのけ反らせた。相手は、腹を思い切り殴ったのではなく、持っていたナイフを勢い良く突き刺したのである。
「ふふ、どう?」
女は冷ややかな笑みを浮かべると、フィシスを壁の前まで押しやる。
「しかし、あなたもこれまでね。」
「く…そ……」
フィシスは痛みに苛まれながらも、相手を睨みつける。
「あら、そんな口汚い事言ったらだめですよ?おばさん。」
女はそう言ってから、腹に突き刺していたナイフを更に押し上げる。
「やはり、痛いよね?でも、安心して、痛いのは生きている証拠だから。」
女は、歌うような口ぶりで言いながら、またもやナイフを引き上げる。
腹に刺されたナイフは、体の中の内臓を1つ、また1つと縦に切り裂いていき、刃先は腹の真ん中から鳩尾まで、止まる事無く進んだ。
「さっき、あなたは何て言ったかな?あたしに、ここで死ねっていったわね?」
「か……は…」
女の問いに、フィシスは答えきれない。口の両端からは血が流れ落ち、顔は地獄のような痛みに歪んでいる。
女は更に、ナイフを押し上げ、刃先が胸の真下にまで近付いてきた。
「でも、残念ね。おばさんは、あたしより動きが鈍いんだもん。それに、頭も悪いし。とにかく、あなたはここで終わりね。」
女は、不気味な笑みを浮かべつつ、またもやナイフを押し上げる。
「8年間、ご苦労様でした。」
女はそう言ってから、ナイフを一気に引き上げた。
フィシスは、最後に自らの心臓が真っ二つに切裂かれた感触を感じた後、意識を暗転させた。
それから2分ほど経つと、女のすぐ側に、やや年の行った男が地下付いて来た。
「終わったようだな。」
男は、機械のような冷たい声で女に言った。
「ええ。」
女。もとい、シホールアンル陸軍第9特殊戦技旅団に属する、ウィーニ・エペライト軍曹は、ただ一言だけ答えた。
「それにしても、魔法を使わずに目標を殺るとはね。貴様も腕を上げたな。」
「少佐。こんな人に、魔法を使うまでもありませんでしたよ。」
「ふむ。つまり、弱かったという訳か。」
「はい。前線の兵に比べれば、私がやる事は簡単な仕事ですよ。」
エペライト軍曹は、少佐に返しながら前線の光景を思い浮かべる。
彼女は、前線から帰って来た先輩から、本物の戦闘がどれほど過酷か、嫌というほど聞かされている。
前線では、将兵は猛烈な銃砲弾幕を掻い潜りながら、日々任務に当たっている。
時には、敵航空機の大編隊に襲われ、場所によっては、執拗な艦砲射撃を受ける事もある。
それに比べて、自分の任務は一体何だろうか?
航空機に襲われる事も無ければ、沖合の巨大戦艦に砲弾をぶち込まれる事も無い。
銃撃に怯える事すら、この首都ではまずあり得ない事だ。
前線で奮闘する味方部隊の事を思えば、自分達の任務は恐ろしく簡単な物に思えた。
「……しかし、何とも味な殺し方をする。相手はさぞかし、お前を恨んだろうな。さて、死体を片づける事にしようか。」
少佐と呼ばれた男は、右手を上げた。すると、どこからともなく、数人の黒づくめが現れた。
黒づくめ達は、フィシスの死体を死体袋に入れ、代わりに別の死体をその場に放置する。
「彼女は、明日、自宅で数人の男に殺された事になる。だから、死体をここに放置しておくわけにはいかん。」
「この死体は?」
「ああ、これは別の目標の死体だ。こいつは道端で通り魔に殺された、となる予定だ。とにかく、今まで本当に御苦労だった。」
少佐は、彼女の肩をポンと叩いた。
「君が、あのスパイの魔法通信を傍受していなければ、我が国は今回のように、連合国に対して講和を持ちかける事は出来なかった。」
「私は、帝国軍人として義務を果たしたまでです。」
「…まっ、明日からはしばらく休暇を取るが良い。」
少佐はそう言うなり、彼女の側から離れた。
オールフェスが考えた米機動部隊を潰すための作戦は、彼女から送られて来る情報を基に作られていた。
もともと、ウィーニはシホールアンル帝国の国民ではなく、ヒーレリ領の人間であった。
彼女は6歳の頃に、シホールアンル帝国領内の軍事施設に連れて行かれ、14歳までに過酷な訓練を受けさせられた。
その訓練の最中、彼女は魔法通信を傍受出来る特殊技能を身に付け、軍に入隊してからはこの能力をふんだんに使い、幾つもの秘密作戦を成功させて来た。
現在、彼女のように、魔法通信を傍受出来る魔法を使えるのは、まだ居ない。
もし講和が成立すれば、シホールアンルはウィーニの活躍によって平和を取り戻した事になる。
シホールアンル帝国軍人として生きる事を決めた彼女にとって、この功績は限りなく大きな物である。
だが、不思議にも、ウィーニは自分が偉業を成し遂げたという実感が無かった。
1年にも渡る長い任務が、ようやく終わったという達成感がこみ上げて来るだけであった。
1484年(1944年)10月7日 午前7時 ワシントンDC
アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトは、ホワイトハウス内の執務室から、窓越しに空を見上げていた。
「曇りか……ここ最近は、ずっとこのような天気ばかりが続く物だな。」
彼は、小さな声でそう呟くと、両足の上に置いていた新聞に視線を落とした。
ルーズベルトは、新聞に書かれている見出しを見つめる内に、不機嫌そうな表情を表す。
「シホールアンル帝国、平和的解決へ意欲を示す、か。まぁ確かに、あのような内容の講和文を送りつければ、こんな
反応も出て来るな。」
彼はそう言ってから、深くため息を吐いた。
窓ガラスが、外から吹き付けて来た風を受けてカタカタと音を立てる。
ルーズベルトは、そのカタカタという音が、混乱に見舞われているアメリカという国を嘲笑しているようにも聞こえた。
ニューヨークタイムスや、ワシントンポスト紙等の新聞社が、シホールアンル帝国から講和があったという事を伝えたのは、
日付が10月1日に変わってからである。
全米の各紙は、政府から発表された講和の内容を全て報道し、国民の大多数は、シホールアンルが米国との対話を望んでいるという事を知った。
だが、アメリカ国民は、かの国が講和を望んでいる事を知っただけであり、全員が講和を結んでも良いと判断した訳では無かった。
ニューヨークタイムスが3日に行った世論調査では、回答者のうち約4割が講和を結んでも良いと答えている者の、残りの6割近くは、
決して講和を結んではならないと答えていた。
講和を結んでも良いと答えた者の言葉は、
「相手が矛を収めようと言っているのだから、こちらも相手に配慮して応じるべき」
「合衆国軍だけでも、30万以上の死傷者が出ている。シホールアンル側も同様に、大量の死傷者を出しているのだから、
これ以上の犠牲を避けるためには講和も止むなし。」
「シホールアンル軍も、この戦争で懲らしめられているから、もう戦争をしようとは思っていない。あの講和文がその証拠だ。」
というような物であった。
それに対して、講和に反対している者は、
「確かに相手が対話を求めて来たのは良いことだ。だが、あの内容は明らかにおかしい。こちら側が納得するような講和文を送らせるまで、
戦争は続けるべき。」
「シホールアンルやマオンドと講和を行っても、また近いうちに戦争を起こすという事は充分にあり得る。相手が完全に参ったと言うまでは、
この戦いは終わらせてはいけない。」
「例えアメリカが講和を結ぼうとしても、他の同盟国や協力者…特に、凄惨な占領政策を実施したマオンドの被害にあったレーフェイル大陸の
住民達は納得しない。マオンドやシホールアンルを潰せるは今のうちであるから、両国の首都に戦車を突っ込ませるまで、戦争は続けるべきだ。」
と、大多数が相手側の降伏か、あるいは、先の講和文を徹底的に覆させる事を望んでいた。
現状ではこのように、自国や連合国が完全に納得できる形で戦争を終える事を望む声が、戦争終結を望む声よりも多い。
だが、実質的に、国内の世論が二分された事に変わりは無かった。
とはいえ、戦争推進を望む声が多いこの状況ならば、なんとか戦争は継続出来るだろうと、ルーズベルトは3日前にそう確信していた。
しかし、彼の確信は、北大陸派遣軍司令部から送られて来た新たな電文によって脆くも崩れ去った。
10月4日。アメリカ政府は、シホールアンル側が送り付けて来たという、講和文の改定案を受け取ったが、その内容は、余りにも衝撃的であった。
内容は、以下の通りであった。
1.シホールアンル帝国並びにマオンド共和国は、連合国に対して講和を申し入れる準備がある。その際、両国は、先の戦争で受けた
被占領国に対してある程度の支援を行う。
2.両政府は、現在の状況でも停戦しても構わないと判断するも、状況如何によっては、現在占領している被占領国の解放も検討する。
3.両政府は、現政府が継続したままの状態での講和を望むが、2年後には大規模な国内改革を行う事を約束する。
4.両政府は、連合国と共同で、損害をもたらした被占領国に対して、人員を配置し、国家を独立するまで再生する事を約束する。
その際には、連合国側と共同で人員の指導、育成、技術援助を行う事を提案する。尚、国家再生後は、現地の軍に国の統治を任せ、
我が軍や連合軍は、現地から段階的に撤退する。
5.シホールアンル、マオンド両政府は、先の戦争での戦争犯罪人を裁く必要性があると感じ、それを行う事を約束するが、この件においては
連合国側も参加する事を強く望む。
6.両政府は、連合国に対し、双方で得た捕虜を交換する事を提案する。
7.戦争終結から5年以内に、両政府は連合国と和解し、平和条約を調印する事、また、両政府は、連合国と共に大規模な軍縮を行うと約束する。
8.本案を受け入れる際は、直接魔法通信で回答を送るか、同盟国経由で送る事を望む。講和申し込みを受諾した場合は、ジャスオ領にある
連合国側の拠点で交渉を行う。交渉を行う際、その期間中は休戦状態とする。尚、交渉場所の選定は連合国に一任する。
前回送られて来た内容と比べると、シホールアンル側の姿勢は、ほぼ180度転換している事がわかる。
前回の講和文は、確かに戦争の終結を意味する物であったが、その内容はマオンドやシホールアンルが有利になるような物であった。
だが、今回送られて来たこの講和文は、シホールアンル、マオンド陣営と、連合国側が真に対等になる事を強く望む物であり、
内容の中には、両国が行って来た非を認めるような文も見受けられた。
シホールアンル・マオンド側の豹変ぶりに、アメリカ政府の高官たちは誰もが度肝を抜かれた。
10月4日の緊急会議は、この改訂案をどう判断するかで揉めた。
閣僚の中の1人は、この講和文は無かった事にして、先の内容を非難する形の報道を繰り返してはどうか?と言った。
陸軍のマーシャル参謀総長もそれに同意して、ルーズベルトに決断を迫った。
確かに、10月4日の時点では、この改定案は全国に報道されていないため、国民は改訂前の、高飛車な内容の講和文しか知らない。
それを知っている閣僚や、マーシャルの考えは当然ともいえた。
だが、ルーズベルトは2人の提案に同意する事は出来なかった。
各新聞社には、確かにこの改訂案があるという事は知らされていない。
しかし、連合軍総司令部の周辺に張り付いている記者達は、連合軍司令部が何か新しい情報を受け取ったという事を、アイゼンハワー将軍や
各国の軍司令官(この時、インゲルテントは本国に呼び戻されていなかったという)知っており、記者達は将軍達が出て来る所を直接取材して、
何か伝えられた、という事を嗅ぎ取っていた。
とある新聞社は、まだ確信とも言える情報を掴んでいないにも関わらず、4日の夕刊で連合軍司令部は何らかの情報を掴んでいるが
隠蔽しようとしていると、厳しく非難し、それが反戦運動家達を煽りたてた。
ちなみに、この新聞社は先のレビリンイクル沖海戦関連の報道でも、不時着機のパイロットを全て見殺しにしたという記事を書いた曰く付きの新聞社である。
会議は朝から夕方まで続き、最終的にはこの講和文も公表する事になった。
10月5日、政府は講和の改訂案の内容を公式に発表し、それは新聞、ラジオを通じて全国民に伝わった。
それから翌日の6日、ニューヨークタイムスやワシントンポスト等の有力な新聞社は、一斉に世論調査を行った。
その結果は、翌日の新聞に掲載される事になったが、そこには驚くべき数字…ある意味では、当然ともいえる物があった。
ルーズベルトは時計に目を向けてから、もうすぐでやって来る人物の事を思い出した。
その時、ドアが開かれた。
「おはようございます、大統領閣下。」
「やあハリー。おはよう。」
ルーズベルトは、微笑みを浮かべながら入って来たハリー・ホプキンス補佐官に穏やかな声で挨拶を返した。
ホプキンスは、やや重い足取りでルーズベルトの執務机の前まで歩み寄る。
「大統領閣下……今日はいつもと比べて、お元気が無いようですが。」
「ああ。」
ホプキンスの問いに、ルーズベルトは頷きながら、机の上に新聞を置いた。
「少しばかり考え事をしていてね。ところでハリー、君は今日の新聞は見たかね?」
「はい。」
ホプキンスは一言答えてから、表情を暗くする。
「私の見解からすれば…国内世論は容易ならぬ事態になって来ましたな。」
「うむ。正直、私も頭が痛いよ。」
ルーズベルトは、深いため息を吐きながら言うと、新聞のある部分を、右手の人差指でトントンとつついた。
「見たまえ。これは今朝のワシントンポスト紙の朝刊だが、世論調査では講和に賛成が、回答者の約6割5分。反対が
3割ほどとなっている。ニューヨークタイムス紙でも同様だ。」
彼は左手で額を抑える。
「これは、一部の人に聞いただけに過ぎないが、それでも、戦争継続に異を唱える者が6割以上も居るとは…」
「国民は、あの講和文の内容を見て、シホールアンルとマオンドに対して満足出来る形で戦争を終わらせる事が出来る、
と判断しているのでしょう。正直申しまして、私自身、そう思いかねないほどの内容でしたからな。」
「ああ。本当、あの内容には私も驚いたよ。」
ルーズベルトは右手の人差し指を伸ばし、それを振りながら言葉を続ける。
「つい最近までは、強硬な姿勢を窺わせていたあのシホールアンルが、いきなり態度を軟化させるとは、予想が付いたかね?」
「いえ……全く。」
「だろう?私も、全く予想できなかったよ。今思えば……あの一見馬鹿げたような内容は、この改訂案を送るための布石だったと、
私は確信している。」
「要するに、シホールアンルは、我々に揺さぶりを掛けて来た、と言うのですね。」
「そうだ。」
ルーズベルトは深く頷いた。
「シホールアンルは、最初に自国が有利になる事しか考えていないと思わせるために、まず、第1案を送りつけて来た。
そして、間を置いて、まるで自分達が間違っていましたと言わんばかりに、あの第2案を送り付けた。そのお陰で、
国民はシホールアンルやマオンドが、自らの誤りを認めて、ようやく、本腰を入れて講和を結ぼうとしていると思い込んでしまったのだ。」
「……恐ろしい事です。」
ホプキンスは頭を振った。
「ただ、恫喝外交だけしか取り柄が無いと思い込んでいたのですが。」
「しかし、そうではなかった。」
ルーズベルトは、新聞紙を指先で小突きながら言う。
「実際は、外交もなかなか上手いという事が立証された。この国民の反応がその証拠だ。」
「大統領閣下。やはり、あの改訂案は公表すべきでは無かったのではありませんか?」
ホプキンスは、真剣な顔つきでルーズベルトに問う。
「ああ。発表するべきでは無かったな。正直言って、情報を握り潰したいと思った。」
ルーズベルトは、車椅子を旋回させて、執務机の後ろに体を向けた。
「だが…安易に情報を隠蔽すれば、既に何かが起きたと確信している記者達に不審に思われ、遅かれ早かれ、あの改訂案の事は
国民に教えなければならなかった。その場合、国民は戦争継続を止めよと言うだけでは無く、情報を意図的に隠蔽した政府をも
非難するだろう。」
「……嘘や隠し事は、暴露されれば信用を無くしますからな。」
「ああ。隠そうとしている物の存在が、相手に察知されている場合は尚更だ。人間は、例え、現実にある物でも、
それを見ない限り、隠蔽しても全く気付かない。だが、そのような物が存在し、それが一部の人間に察知された場合、
人はもしかして、それが存在するのではないか?と勘繰る。そして、隠蔽工作を続ければ、人の疑いはますます強くなり、
ついには限界点に達する。特に、今回のような、国家の行き先を左右するような情報は、決して隠蔽してはならない物だ。
事が大きくなればなるほど、隠蔽をした後の批判は強くなる。最悪の場合、嘘つきは政治家の始まりであると言われかねない。」
ルーズベルトはそう言いながらも、顔の憂色をより濃くしていく。
「もし、連合軍司令部に記者が居なければ、私はあの情報をしばらくは公開しないでも良いと判断したかもしれない。あれは明らかに、
我が国の…いや、アメリカのみならず、他の連合国の国策にも影響を及ぼす物だ。もし、私達が継戦すると言えば、連合国も立場上、
継戦を行うだろう。だが、アメリカが戦争をやめると言えば、連合国は否応なしに戦争を止めるしかない。」
「閣下……我々は、シホールアンル、マオンドの現政府が倒れるまで戦争を行うと、国民に約束し、国民もそれを理解した。その国民が、
連合国が最も危惧していた形での戦争終結を招いてしまうとは…」
「全く、とんでもない皮肉だよ。」
ルーズベルトは、自嘲気味にそう返した。
「民主主義とは、たった2枚の紙切れで揺らぐほど、脆い物なのだろうか…ハリー、私はつくづく疑問に思うよ。」
「………」
ホプキンスは何も言えなかった。
「この状況を打開するには、一体どうしたら良いのだろうか。」
ルーズベルトは、唸るような声で呟いた後、口を閉じる。
執務室は、静寂に包まれた。
外から吹き付ける風の音と、時計の針の音だけが、室内に響き渡っている。
ホプキンスは、もし講和を結んだら、今後はどうなるのか?と思った。
講和を結べば、一部の軍を残して、派遣部隊の大半は国に帰って来るだろう。
その後は、まず、戦争によって肥大化した軍を縮小する事になる。
軍は、新兵器の開発を急いでおり、陸軍では新型の超重爆撃機や、新鋭機、それに最新型の戦車が開発中であるが、
停戦となれば、これらの新兵器は開発が中止されるか、あるいは、少数のみが配備されるであろう。
海軍も恐らく同様であり、新鋭艦の建造は軒並みキャンセルされるか、数隻程度が完成するぐらいだろう。
そして、その後は大量に配備された戦車や航空機、軍艦の除籍や廃棄が始まり、いくつかの陸軍部隊は解隊され、将兵は米本土に復員する。
講和を結んでから1年ほどは、それで忙しくなるだろう。
では、その後は?
シホールアンル、マオンドという2大強国が健在ならば、表面上は平和でも、水面下では激しい情報合戦が繰り広げられるだろう。
場合によっては、互いの軍事力が対峙したまま、年月が過ぎて行く事もあり得る。
(冷たい戦争……いわば、冷戦と言う奴か)
ホプキンスはそう思った。
「ハリー。君は、講和を結んで、良い事はあると思うかね?」
唐突に、ルーズベルトが聞いて来た。
「は。私の考えでは、海外に派遣していた陸海軍の将兵が本国に帰還する事で、国内の産業に労働力を供給でき、結果的に国の
経済発展に貢献できるだろうと思っています。」
「確かにな。だが、その時には戦争が終わり、軍需産業は軒並み下降に転ずる。それによって、激減していた失業率がまた上がりかねないぞ。」
「それに代わる公共事業を行うのです。」
「公共事業……か。それも手ではある。」
ルーズベルトは頷く。
彼は、体を正面に向け直した。
「だが、それにも限りはある。本土内だけでは、全ての復員兵にも与えられるような仕事が確保できるかどうか。まぁ、
そこの所は追々考えるとしよう。」
「我がアメリカはまだいいとして……シホールアンルや、マオンドに占領されていた国の住民達は納得してくれるでしょうか?」
「………」
ルーズベルトは押し黙る。
戦争が終わる事に関してははまだ良い。
講和を結んだ後も、シホールアンル、マオンド両国は、戦争犯罪人を裁く裁判に関しては、連合国側からも協力を願うと言っている。
だが、ルーズベルトは、この裁判はほぼ不完全な形になるだろうと思っている。
裁判自体は真剣に行われるであろう。しかし、シホールアンルやマオンド側は、内面的にはなるべく、自国の不利になるような事を晒したくないだろう。
裁判を開始する前に、重要な証拠を握る戦犯の口封じを行う可能性は極めて高い。
法廷に出されるのは、ただの木偶人形と化した小物だろう。
そんな事をすると確信している被占領国の住民達は、アメリカや連合国の講和に納得しないだろう。
最悪の場合、そこから新たな火種が生まれる可能性もある。
「おそらく、納得せんだろう。特に、レーフェイル大陸の国々は、講和後も揉めるかもしれぬな。」
ルーズベルトは、掠れた声でホプキンスに言う。
「いずれにしろ、これからは講和を結んだ後の事を考えた方が良いかもしれない。誠に、不本意ではあるが。」
「閣下…」
「だが、私は最後まで諦めるつもりは無い。」
彼ははっきりとした口調でそう断言した。
「時間の許す限り、私は、この講和を……我々の前に差し出されたバッドエンドを回避させる事に専念する。」
ルーズベルトは、不退転の意志を固めながら、ホプキンスに言った。
しかし、その半面、彼の心は晴れなかった。
(とは言うものの…私自身、なかなか案が浮かんで来ない。)
ルーズベルトは、天井を見上げながら、再び思案を始める。
(何か……無いのだろうか。シホールアンルやマオンドの策略に引っ掛かりつつある、国民の目を覚ますための薬は。)
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訂正
事態至りました=事態に至りました。
1484年10月7日 午後6時 シホールアンル帝国ウェルバンル
この日、首都の帝国宮殿内では、とあるイベントが催されていた。
宮殿の1階の大広間は、200以上もの席が用意され、そこに座っている客人達が、目の前に広げられた白布に映し出された
モノに釘付けとなっている。
真っ平らな形をした船が、船体上から爆炎を噴き上げ、しまいには黒煙を吐き出して洋上をのたうつ。
場面が変わり、同じ船を別の角度から捉えた形で映し出される。
船の舷側に複数の水柱が立ち上がった。やがて、その船は姿勢を傾けながら、徐々に速度を緩めて行く。
観客席の真ん中で、シホールアンル帝国皇帝オールフェス・リリスレイは、愉快気な表情を浮かべながら、その映像を見ていた。
「いやあ、皇帝陛下。映画という物は良い物ですなぁ。」
後ろに座っていた国外相のグルレント・フレルが、オールフェスに言う。
「だな。幽霊部隊に、映像を記録できる魔道映写機を送り込んだ甲斐があったぜ。」
オールフェスは自慢気に返した。
今、目の前で流れているのは、先のシェルフィクル沖海戦(米側呼称レビリンイクル沖海戦)の際に取られた映像を基に作った記録映画である。
オールフェスは、8月に映像を記録できる魔道映写機を、各部隊に20個ほど送り付けた。
海戦終了後、軍は生き残った魔道映写機を集め、国内省宣伝部の協力を得て、この記録映画作り上げた。
記録映画は、既に4日前から帝国各地が上映され、国民は、銀幕上の無敵帝国軍の雄姿に感動した。
「陛下。国民の間では、このような大勝利を上げたにも拘らず、対話への道を取ろうとする我々の方針に少なからず不満の声が聞かれるようですが。」
左隣に座っていたジェクラが、オールフェスに言う。
「不満か……まっ、否定的な意見が出るのは最もだな。」
オールフェスは苦笑する。
「普通なら、俺達は猛反撃して相手を追い詰めているからな。でも、今回ばかりはそうもいかねえよ。」
彼は首を竦めた。
「そんな事をしたら、逆にこっちが危ない。俺達は、まだアメリカという国をまだ知らない。あいつらが何で、あんな非常識じみた国力を
持つのか徹底的に調べる必要がある。いや、国力だけじゃない、何から何まで、全て調べなくちゃいけない。だから、ここは一度、剣を収めて、
休む必要がある。」
「なるほど。だから、あのような案を送り付けたのですな。」
「そうさ。」
オールフェスは、悪童が浮かべるような笑みを見せる。
「今頃、アメリカや南大陸の連中は揉めているだろうな。あの、2通の講和文で。」
彼は、愉しげな口ぶりで言う。オールフェスは、心の底から今の状況を楽しんでいた。
講和文の作成が始まったのは、海戦が終わった翌日の9月20日からだ。
帝国中枢の閣僚達は、最初こそはオールフェスの言う講和に反対していたが、国力が敵対国アメリカに及ばぬ事と、現状のまま交戦を
続けていれば、いずれは帝国本土のより奥深くにまで戦火が及ぶという事実を受け止め、最終的には全閣僚が一致して講和に賛成した。
シェルフィクル沖海戦の勝利は、21日に公式発表が行われ、その報せは帝国中を駆け巡った。
久方ぶりの大勝利に、国民は狂喜した。
国民の中には、このままの勢いで再び、南大陸へ突き進め!と高々と叫ぶ者も多数居た。
海戦の勝利の報は、前線で戦う将兵の士気にも影響し、9月23日に、ジャスオ領北東部で起きた地方都市を巡る攻防戦では、
シホールアンル陸軍の部隊が、侵攻して来た米軍部隊に猛烈な反撃を行い、翌24日には米軍を追い返した。
翌26日には、ジャスオ領の別の地域で作戦中であったカレアント軍が、側面をシホールアンル軍石甲部隊を突破され、丸半日間
包囲されるという事態も起きている。
10月を迎えた現在でも、ジャスオ領では依然として、連合軍が攻勢を行い、シホールアンル側が防御を行うという状況が続いており、
連合軍はジャスオ領の首都まで、あと10ゼルドという距離まで迫っている。
しかし、戦線全体では依然として激戦が続いており、ここ2週間程、連合軍の進撃は遅々として進まなかった。
オールフェスは、戦線が膠着状態にある今こそ、講和を申し込むべきと確信し、9月28日に、最初の講和案を連合国に送り付けたのである。
そして、彼はその4日後に、第2案を送る事を命じた。
彼は、第1案と第2案を送る事で、帝国内で大きな変化があったと、連合国に錯覚させようとしていた。
彼の狙いは図に当たり、アメリカを除く連合国側は、シホールアンル帝国内で何らかの政変があったのではないか?と、議論を行っている。
今の所、状況はオールフェスの望んだ通りに進みつつある。
しかし、
(でも、やはり不安は残るな)
彼の内心には、常にアメリカの事が気がかりであった。
あのスパイ情報を丸ごと利用したお陰で、アメリカ機動部隊をまんまと吊上げ、大損害を与える事に成功した。
だが、オールフェスとしては、海戦の結果はやや不満に思った。
彼は、アメリカ機動部隊を文字通り全滅させるか、それがかなわぬまでも、せめて全ての空母を沈めるか、あるいは大破同然にして
しばらくはドック送りにしてやる事を望んでいた。
あの海戦で、味方のワイバーン隊や航空隊は、総計で600騎以上の損害を出し、貴重な正規竜母を1隻失うと言う手痛い被害を被った物の、
幽霊部隊を含む陸海軍の航空隊は、正規空母3隻、小型空母2隻、戦艦1隻、巡洋艦、駆逐艦15隻を撃沈し、空母3隻と戦艦1隻、
巡洋艦5隻、駆逐艦6隻を大破させ、その2日後に、レンフェラルが駆逐艦2隻を撃沈し、正規空母1隻と小型空母1隻を損傷させた。
味方は痛い損害を受けた物の、戦果は充分過ぎる程の物がある。
撃沈した空母の中には、アメリカ軍自慢のエセックス級新鋭空母も含まれている他、長年、シホールアンル海軍を悩ませて来たレキシントン級
空母のサラトガも含まれている。
それに加え、サウスダコタ級戦艦を沈没に追いやった事に関しても、海軍上層部は狂喜し、後の広報紙では、
「アメリカはレアルタ島沖海戦で、戦艦が航空戦力にかなわぬ事を実証したが、先のレビリンイクル沖海戦では、我々が敵の戦艦を沈めた
事によって、航空戦力の前に、戦艦は太刀打ち出来ぬと言う事を、改めて、世に知らしめた。我がシホールアンルは、このチャンスを作った
アメリカ海軍に感謝すべきである。」
という、皮肉まじりの文が掲載された程である。
オールフェスも、宿敵であるアメリカ機動部隊を壊滅同然に追い込んだ事を素直に喜び、海戦の勝利が届けられた時には、
「馬鹿が餌に引っ掛かりやがった。」
と、声高に叫んでいた。
だが、日が進んでいくに連れて、オールフェスは大勝利の熱を感じなくなって来た。
確かに、来寇して来た米機動部隊を袋叩きにして追い返す事が出来た。
だが、今の所は“それだけ”である。
シェルフィクルにやって来た米機動部隊は、正規空母、軽空母合わせて、12隻を有する大機動部隊であり、シホールアンル海軍の
主力と互角に戦える戦力だ。
敵機動部隊は、普通ならば、大艦隊の域に達する規模であったが、あれでも、アメリカ太平洋艦隊の片割れ、簡単に言えば
“分力”に過ぎないのだ。
全力で持って、敵の分力を叩くというオールフェスの考えは、見事に当たったが、それでも、アメリカはあのような機動部隊を、
ほかに後2つは持っている。
もし、講和の申し入れを拒否した場合、アメリカは早々とレーフェイル戦線にケリを付け、残った戦力を総動員して全力で攻めてくるだろう。
オールフェスが思い描いていた理想を阻んだアメリカ。
シホールアンル帝国が存続するか、または滅ぶか。その鍵は、実質的にアメリカが握っているも同然であった。
(いや、講和は絶対に受け入れられる。)
オールフェスはそう思う事で、不安を打ち消そうとする。
だが、心の中のわだかまりは、なかなか消えてくれそうになかった。
「……ところで」
オールフェスは、さり気ない口ぶりでジェクラに声を掛けた。
「君が自慢している部下はどうした?今日は風邪か何かで休みかな?」
「ああ、彼女ですか。」
ジェクラは困ったような顔つきを浮かべた。
「今日は別の都合で来れない、と言っておりましたな。」
「へえ、珍しいね。あの大の連合国嫌いが。彼女なら、この記録映画に感動して涙を流さないかと思ったんだけどなぁ。」
オールフェスは言葉を発しながら、ジェクラ自慢の官僚の顔を思い出した。
顔立ちは、傍目から見れば中性的だが、よく見ると童顔で愛らしい感がある。
肌は浅黒く、黒髪のショートヘアで、誰が見ても目を引き付けそうな美貌をもっている。
年は35歳だが、外見的には若く、スタイルも良いため、20代中頃で通してもあっさりと騙されるという。
体を鍛えるために、時折、首都近郊を走ったり、知り合いから格闘術を習っていると聞いた事があり、リリスティも2度ほど、
外で見かけた事があると言っている。
その女性官僚の名はフィシス・フェデイランドといい、国内相では被占領国事情担当補佐官というポストについている。
国内相には、その長であるジェクラを補佐する為の高級官僚が何人か居る。
その中の1人が、フェデイランドであり、彼女は国内相でも屈指の対連合国強硬派としても知られている。
今回の講和で、幾人もの反対者が現れたが、フェデイランド補佐官もその1人であった。
彼女は、国内相内での講和反対派の急先鋒であり、講和文が送られる前日まで、賛同者と共にジェクラの執務室に押し掛け、
声高に講和反対を叫んでいた。
講和反対を唱える者は、国内相だけに限った話では無く、各省庁でも多数の人間が講和に反対していた。
内需相では、一部の反対論者が執務室内に内需大臣を閉じ込めるという事件が起きたほどである。
とはいえ、曲がりなりにも講和の申し込みは終わり、各省庁とも落ち着きを見せ始めていた。
そんな時に、この記録映画の上映会は開かれた。
上映会には多数の来賓が招かれ、誰もが迫力満点の映像の数々に驚き、そして楽しんでいる。
そのイベントに食い付きそうな人物が、運悪く出られなくなったと言うのだ。
「まっ、彼女は頑張り過ぎていましたからな。ここらで無理させる必要もあるまいと思いまして……まぁ、私としてはいささか、
寂しい物がありますが。」
「ハハハ。仕方ないさ。今は、俺達だけで楽しもうじゃないか。」
オールフェスはそう言ってから、意味ありげな笑みを浮かべた。
ジェクラもそれを理解し、再び映画鑑賞を楽しむ事にした。
シホールアンル帝国の首都、ウェルバンルは、他の都市と同様、明もあれば暗もある。
市街地の中心から離れた古ぼけた家屋群等がそうである。
日が落ち、秋の冷たい空気に覆われた町の裏道で、1人の女性が息を切らせながら走っていた。
「はっ……はっ……はっ……」
彼女の姿は、誰が見ても慌ただしく感じる。
上半身に付けている白い開襟シャツは所々に皺がより、汚れている。
ボタンは中途半端な所で外れており、開かれた部分から胸元や腹部の辺りが見える。
下半身を覆うズボンも、同様に皺が寄り、一見だらしなく感じられる。
だが、そんな事を気にする余裕は、彼女には無かった。
(く……何故…!)
彼女は、心中で呟く。その時、不意に背筋に冷たい物が走った。
咄嗟に姿勢を低くする。
体勢が下がった直後、頭のすぐ上を2本のナイフが飛び過ぎて行く。
咄嗟にナイフを取り出し、いつの間にか右側方から迫って来た敵の攻撃を受け流す。
相手は、しなやかな動きで右手のナイフを突き出す。攻撃の1つ1つが素早く、頭や首、腹といった急所を躊躇い無く狙って来る。
しかし、彼女はその動きに追い付き、ナイフの刃でそれを止めるか、あるいは軌道を逸らしてナイフの方向をあさっての方角に突き出させる。
彼女は、黒づくめの横顔に回し蹴りを放ったが、相手も咄嗟に後ろに体を反らせ、蹴りを空振りにさせた。
その勢いを活かして、そのまま後ろに回転した黒づくめの敵は、彼女からやや離れた位置に着地し、屈んだ姿勢で彼女を見据えた。
「ふふ……格闘マニアにしては、なかなか良い動きですね。フィシス・フェデラインド補佐官。」
黒づくめの敵は、不敵な笑みを浮かべながら、彼女に言う。
「いや……南大陸から紛れ込んで来たコソ泥、といった方が正しいかしら?」
「く……黙れ!」
彼女…フィシス・フェデラインドは、憎らしげに顔を歪めながら叫ぶ。
同時に、後ろから予備のナイフを1本取り出し、目に留まらぬ速さで投擲する。
常人ならば、対処しきれないほどの早さだ。
しかし、黒づくめの敵はいとも簡単にかわした。
「おっと、危ないですねえ。」
黒づくめの敵は、自分の長い髪に触れながら、フィシスを嘲笑する。
「もう、何をやっても無駄ですよ。ここは諦めて、大人しく死んで貰って良いですよ?」
「ふ、馬鹿な事をぬかすな!」
フィシスは相手に威嚇するように叫びながら、鮮やかな勢いで間合いを詰める。
この黒づくめの敵に追われてから30分以上が経っている。
彼女は右腕や足に切り傷を負っているが、長年の鍛錬の賜物なのか、その動作は無駄が無い。
「う、うわ!」
敵は慌てながらも、咄嗟に右へ飛び跳ねた。
フィシスがそれを追い、ナイフを突きだす。相手も必死にナイフを振り回して、フィシスの攻撃を食い止める。
刃と刃が絶え間なくぶつかり合い、暗闇に火花が飛び散る。
今度は、フィシスが相手を押し始めていた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「フフフ、形勢逆転だね。」
攻守が入れ替わった事で、彼女はこのままなら勝てると確信した。
相手もかなり腕が経つが、バルランド本国で、何度も修羅場を潜り抜けた彼女から見れば、いま一つに思える。
「ここで死ぬのは、お前だ!!」
フィシスは叫ぶと同時に、重い一撃を繰り出す。自らが愛用しているナイフが相手のナイフに当たり、根元から叩き折れる。
「あっ!?」
黒づくめの女がはっとなる。そのまま、首筋をナイフの刃で薙ごうとした時、唐突に顔が下から蹴りあげられた。
鈍い衝撃と共に、視界が宙を向く。
「ぐ…ふ!?」
フィシスは痛みを堪えて、前方を見た。しかし、
相手の姿は消えていた。
「……え?」
彼女が間の抜けた声を漏らした瞬間、腹部に何かがぶつかり、体がくの字に折り曲げられた。
腹が圧迫された事により、彼女は一瞬、息が詰まった。
2秒ほど間を置いて、彼女は大きくせき込んだ。
その際、フィシスは口から熱い物を吐き出した。地面に何かの液体が滴り落ちる。
「ぐ…う…」
「言ったでしょ?待ってくれって。」
黒づくめの女は、先とは違った冷たい声音で言う。フィシスはふと、相手の拳が、自分の腹に不覚食い込んでいる事に気が付いた。
「ふぅ、やっと大人しくなったね。でも、まだ死なせないよ?」
女は、腹の辺り押し当てている拳を、やや上に引き上げる。その瞬間、激烈な痛みがフィシスの全身を貫いた。
「……!」
あまりの激痛に、彼女は体をのけ反らせた。相手は、腹を思い切り殴ったのではなく、持っていたナイフを勢い良く突き刺したのである。
「ふふ、どう?」
女は冷ややかな笑みを浮かべると、フィシスを壁の前まで押しやる。
「しかし、あなたもこれまでね。」
「く…そ……」
フィシスは痛みに苛まれながらも、相手を睨みつける。
「あら、そんな口汚い事言ったらだめですよ?おばさん。」
女はそう言ってから、腹に突き刺していたナイフを更に押し上げる。
「やはり、痛いよね?でも、安心して、痛いのは生きている証拠だから。」
女は、歌うような口ぶりで言いながら、またもやナイフを引き上げる。
腹に刺されたナイフは、体の中の内臓を1つ、また1つと縦に切り裂いていき、刃先は腹の真ん中から鳩尾まで、止まる事無く進んだ。
「さっき、あなたは何て言ったかな?あたしに、ここで死ねっていったわね?」
「か……は…」
女の問いに、フィシスは答えきれない。口の両端からは血が流れ落ち、顔は地獄のような痛みに歪んでいる。
女は更に、ナイフを押し上げ、刃先が胸の真下にまで近付いてきた。
「でも、残念ね。おばさんは、あたしより動きが鈍いんだもん。それに、頭も悪いし。とにかく、あなたはここで終わりね。」
女は、不気味な笑みを浮かべつつ、またもやナイフを押し上げる。
「8年間、ご苦労様でした。」
女はそう言ってから、ナイフを一気に引き上げた。
フィシスは、最後に自らの心臓が真っ二つに切裂かれた感触を感じた後、意識を暗転させた。
それから2分ほど経つと、女のすぐ側に、やや年の行った男が地下付いて来た。
「終わったようだな。」
男は、機械のような冷たい声で女に言った。
「ええ。」
女。もとい、シホールアンル陸軍第9特殊戦技旅団に属する、ウィーニ・エペライト軍曹は、ただ一言だけ答えた。
「それにしても、魔法を使わずに目標を殺るとはね。貴様も腕を上げたな。」
「少佐。こんな人に、魔法を使うまでもありませんでしたよ。」
「ふむ。つまり、弱かったという訳か。」
「はい。前線の兵に比べれば、私がやる事は簡単な仕事ですよ。」
エペライト軍曹は、少佐に返しながら前線の光景を思い浮かべる。
彼女は、前線から帰って来た先輩から、本物の戦闘がどれほど過酷か、嫌というほど聞かされている。
前線では、将兵は猛烈な銃砲弾幕を掻い潜りながら、日々任務に当たっている。
時には、敵航空機の大編隊に襲われ、場所によっては、執拗な艦砲射撃を受ける事もある。
それに比べて、自分の任務は一体何だろうか?
航空機に襲われる事も無ければ、沖合の巨大戦艦に砲弾をぶち込まれる事も無い。
銃撃に怯える事すら、この首都ではまずあり得ない事だ。
前線で奮闘する味方部隊の事を思えば、自分達の任務は恐ろしく簡単な物に思えた。
「……しかし、何とも味な殺し方をする。相手はさぞかし、お前を恨んだろうな。さて、死体を片づける事にしようか。」
少佐と呼ばれた男は、右手を上げた。すると、どこからともなく、数人の黒づくめが現れた。
黒づくめ達は、フィシスの死体を死体袋に入れ、代わりに別の死体をその場に放置する。
「彼女は、明日、自宅で数人の男に殺された事になる。だから、死体をここに放置しておくわけにはいかん。」
「この死体は?」
「ああ、これは別の目標の死体だ。こいつは道端で通り魔に殺された、となる予定だ。とにかく、今まで本当に御苦労だった。」
少佐は、彼女の肩をポンと叩いた。
「君が、あのスパイの魔法通信を傍受していなければ、我が国は今回のように、連合国に対して講和を持ちかける事は出来なかった。」
「私は、帝国軍人として義務を果たしたまでです。」
「…まっ、明日からはしばらく休暇を取るが良い。」
少佐はそう言うなり、彼女の側から離れた。
オールフェスが考えた米機動部隊を潰すための作戦は、彼女から送られて来る情報を基に作られていた。
もともと、ウィーニはシホールアンル帝国の国民ではなく、ヒーレリ領の人間であった。
彼女は6歳の頃に、シホールアンル帝国領内の軍事施設に連れて行かれ、14歳までに過酷な訓練を受けさせられた。
その訓練の最中、彼女は魔法通信を傍受出来る特殊技能を身に付け、軍に入隊してからはこの能力をふんだんに使い、幾つもの秘密作戦を成功させて来た。
現在、彼女のように、魔法通信を傍受出来る魔法を使えるのは、まだ居ない。
もし講和が成立すれば、シホールアンルはウィーニの活躍によって平和を取り戻した事になる。
シホールアンル帝国軍人として生きる事を決めた彼女にとって、この功績は限りなく大きな物である。
だが、不思議にも、ウィーニは自分が偉業を成し遂げたという実感が無かった。
1年にも渡る長い任務が、ようやく終わったという達成感がこみ上げて来るだけであった。
1484年(1944年)10月7日 午前7時 ワシントンDC
アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトは、ホワイトハウス内の執務室から、窓越しに空を見上げていた。
「曇りか……ここ最近は、ずっとこのような天気ばかりが続く物だな。」
彼は、小さな声でそう呟くと、両足の上に置いていた新聞に視線を落とした。
ルーズベルトは、新聞に書かれている見出しを見つめる内に、不機嫌そうな表情を表す。
「シホールアンル帝国、平和的解決へ意欲を示す、か。まぁ確かに、あのような内容の講和文を送りつければ、こんな
反応も出て来るな。」
彼はそう言ってから、深くため息を吐いた。
窓ガラスが、外から吹き付けて来た風を受けてカタカタと音を立てる。
ルーズベルトは、そのカタカタという音が、混乱に見舞われているアメリカという国を嘲笑しているようにも聞こえた。
ニューヨークタイムスや、ワシントンポスト紙等の新聞社が、シホールアンル帝国から講和があったという事を伝えたのは、
日付が10月1日に変わってからである。
全米の各紙は、政府から発表された講和の内容を全て報道し、国民の大多数は、シホールアンルが米国との対話を望んでいるという事を知った。
だが、アメリカ国民は、かの国が講和を望んでいる事を知っただけであり、全員が講和を結んでも良いと判断した訳では無かった。
ニューヨークタイムスが3日に行った世論調査では、回答者のうち約4割が講和を結んでも良いと答えている者の、残りの6割近くは、
決して講和を結んではならないと答えていた。
講和を結んでも良いと答えた者の言葉は、
「相手が矛を収めようと言っているのだから、こちらも相手に配慮して応じるべき」
「合衆国軍だけでも、30万以上の死傷者が出ている。シホールアンル側も同様に、大量の死傷者を出しているのだから、
これ以上の犠牲を避けるためには講和も止むなし。」
「シホールアンル軍も、この戦争で懲らしめられているから、もう戦争をしようとは思っていない。あの講和文がその証拠だ。」
というような物であった。
それに対して、講和に反対している者は、
「確かに相手が対話を求めて来たのは良いことだ。だが、あの内容は明らかにおかしい。こちら側が納得するような講和文を送らせるまで、
戦争は続けるべき。」
「シホールアンルやマオンドと講和を行っても、また近いうちに戦争を起こすという事は充分にあり得る。相手が完全に参ったと言うまでは、
この戦いは終わらせてはいけない。」
「例えアメリカが講和を結ぼうとしても、他の同盟国や協力者…特に、凄惨な占領政策を実施したマオンドの被害にあったレーフェイル大陸の
住民達は納得しない。マオンドやシホールアンルを潰せるは今のうちであるから、両国の首都に戦車を突っ込ませるまで、戦争は続けるべきだ。」
と、大多数が相手側の降伏か、あるいは、先の講和文を徹底的に覆させる事を望んでいた。
現状ではこのように、自国や連合国が完全に納得できる形で戦争を終える事を望む声が、戦争終結を望む声よりも多い。
だが、実質的に、国内の世論が二分された事に変わりは無かった。
とはいえ、戦争推進を望む声が多いこの状況ならば、なんとか戦争は継続出来るだろうと、ルーズベルトは3日前にそう確信していた。
しかし、彼の確信は、北大陸派遣軍司令部から送られて来た新たな電文によって脆くも崩れ去った。
10月4日。アメリカ政府は、シホールアンル側が送り付けて来たという、講和文の改定案を受け取ったが、その内容は、余りにも衝撃的であった。
内容は、以下の通りであった。
1.シホールアンル帝国並びにマオンド共和国は、連合国に対して講和を申し入れる準備がある。その際、両国は、先の戦争で受けた
被占領国に対してある程度の支援を行う。
2.両政府は、現在の状況でも停戦しても構わないと判断するも、状況如何によっては、現在占領している被占領国の解放も検討する。
3.両政府は、現政府が継続したままの状態での講和を望むが、2年後には大規模な国内改革を行う事を約束する。
4.両政府は、連合国と共同で、損害をもたらした被占領国に対して、人員を配置し、国家を独立するまで再生する事を約束する。
その際には、連合国側と共同で人員の指導、育成、技術援助を行う事を提案する。尚、国家再生後は、現地の軍に国の統治を任せ、
我が軍や連合軍は、現地から段階的に撤退する。
5.シホールアンル、マオンド両政府は、先の戦争での戦争犯罪人を裁く必要性があると感じ、それを行う事を約束するが、この件においては
連合国側も参加する事を強く望む。
6.両政府は、連合国に対し、双方で得た捕虜を交換する事を提案する。
7.戦争終結から5年以内に、両政府は連合国と和解し、平和条約を調印する事、また、両政府は、連合国と共に大規模な軍縮を行うと約束する。
8.本案を受け入れる際は、直接魔法通信で回答を送るか、同盟国経由で送る事を望む。講和申し込みを受諾した場合は、ジャスオ領にある
連合国側の拠点で交渉を行う。交渉を行う際、その期間中は休戦状態とする。尚、交渉場所の選定は連合国に一任する。
前回送られて来た内容と比べると、シホールアンル側の姿勢は、ほぼ180度転換している事がわかる。
前回の講和文は、確かに戦争の終結を意味する物であったが、その内容はマオンドやシホールアンルが有利になるような物であった。
だが、今回送られて来たこの講和文は、シホールアンル、マオンド陣営と、連合国側が真に対等になる事を強く望む物であり、
内容の中には、両国が行って来た非を認めるような文も見受けられた。
シホールアンル・マオンド側の豹変ぶりに、アメリカ政府の高官たちは誰もが度肝を抜かれた。
10月4日の緊急会議は、この改訂案をどう判断するかで揉めた。
閣僚の中の1人は、この講和文は無かった事にして、先の内容を非難する形の報道を繰り返してはどうか?と言った。
陸軍のマーシャル参謀総長もそれに同意して、ルーズベルトに決断を迫った。
確かに、10月4日の時点では、この改定案は全国に報道されていないため、国民は改訂前の、高飛車な内容の講和文しか知らない。
それを知っている閣僚や、マーシャルの考えは当然ともいえた。
だが、ルーズベルトは2人の提案に同意する事は出来なかった。
各新聞社には、確かにこの改訂案があるという事は知らされていない。
しかし、連合軍総司令部の周辺に張り付いている記者達は、連合軍司令部が何か新しい情報を受け取ったという事を、アイゼンハワー将軍や
各国の軍司令官(この時、インゲルテントは本国に呼び戻されていなかったという)知っており、記者達は将軍達が出て来る所を直接取材して、
何か伝えられた、という事を嗅ぎ取っていた。
とある新聞社は、まだ確信とも言える情報を掴んでいないにも関わらず、4日の夕刊で連合軍司令部は何らかの情報を掴んでいるが
隠蔽しようとしていると、厳しく非難し、それが反戦運動家達を煽りたてた。
ちなみに、この新聞社は先のレビリンイクル沖海戦関連の報道でも、不時着機のパイロットを全て見殺しにしたという記事を書いた曰く付きの新聞社である。
会議は朝から夕方まで続き、最終的にはこの講和文も公表する事になった。
10月5日、政府は講和の改訂案の内容を公式に発表し、それは新聞、ラジオを通じて全国民に伝わった。
それから翌日の6日、ニューヨークタイムスやワシントンポスト等の有力な新聞社は、一斉に世論調査を行った。
その結果は、翌日の新聞に掲載される事になったが、そこには驚くべき数字…ある意味では、当然ともいえる物があった。
ルーズベルトは時計に目を向けてから、もうすぐでやって来る人物の事を思い出した。
その時、ドアが開かれた。
「おはようございます、大統領閣下。」
「やあハリー。おはよう。」
ルーズベルトは、微笑みを浮かべながら入って来たハリー・ホプキンス補佐官に穏やかな声で挨拶を返した。
ホプキンスは、やや重い足取りでルーズベルトの執務机の前まで歩み寄る。
「大統領閣下……今日はいつもと比べて、お元気が無いようですが。」
「ああ。」
ホプキンスの問いに、ルーズベルトは頷きながら、机の上に新聞を置いた。
「少しばかり考え事をしていてね。ところでハリー、君は今日の新聞は見たかね?」
「はい。」
ホプキンスは一言答えてから、表情を暗くする。
「私の見解からすれば…国内世論は容易ならぬ事態になって来ましたな。」
「うむ。正直、私も頭が痛いよ。」
ルーズベルトは、深いため息を吐きながら言うと、新聞のある部分を、右手の人差指でトントンとつついた。
「見たまえ。これは今朝のワシントンポスト紙の朝刊だが、世論調査では講和に賛成が、回答者の約6割5分。反対が
3割ほどとなっている。ニューヨークタイムス紙でも同様だ。」
彼は左手で額を抑える。
「これは、一部の人に聞いただけに過ぎないが、それでも、戦争継続に異を唱える者が6割以上も居るとは…」
「国民は、あの講和文の内容を見て、シホールアンルとマオンドに対して満足出来る形で戦争を終わらせる事が出来る、
と判断しているのでしょう。正直申しまして、私自身、そう思いかねないほどの内容でしたからな。」
「ああ。本当、あの内容には私も驚いたよ。」
ルーズベルトは右手の人差し指を伸ばし、それを振りながら言葉を続ける。
「つい最近までは、強硬な姿勢を窺わせていたあのシホールアンルが、いきなり態度を軟化させるとは、予想が付いたかね?」
「いえ……全く。」
「だろう?私も、全く予想できなかったよ。今思えば……あの一見馬鹿げたような内容は、この改訂案を送るための布石だったと、
私は確信している。」
「要するに、シホールアンルは、我々に揺さぶりを掛けて来た、と言うのですね。」
「そうだ。」
ルーズベルトは深く頷いた。
「シホールアンルは、最初に自国が有利になる事しか考えていないと思わせるために、まず、第1案を送りつけて来た。
そして、間を置いて、まるで自分達が間違っていましたと言わんばかりに、あの第2案を送り付けた。そのお陰で、
国民はシホールアンルやマオンドが、自らの誤りを認めて、ようやく、本腰を入れて講和を結ぼうとしていると思い込んでしまったのだ。」
「……恐ろしい事です。」
ホプキンスは頭を振った。
「ただ、恫喝外交だけしか取り柄が無いと思い込んでいたのですが。」
「しかし、そうではなかった。」
ルーズベルトは、新聞紙を指先で小突きながら言う。
「実際は、外交もなかなか上手いという事が立証された。この国民の反応がその証拠だ。」
「大統領閣下。やはり、あの改訂案は公表すべきでは無かったのではありませんか?」
ホプキンスは、真剣な顔つきでルーズベルトに問う。
「ああ。発表するべきでは無かったな。正直言って、情報を握り潰したいと思った。」
ルーズベルトは、車椅子を旋回させて、執務机の後ろに体を向けた。
「だが…安易に情報を隠蔽すれば、既に何かが起きたと確信している記者達に不審に思われ、遅かれ早かれ、あの改訂案の事は
国民に教えなければならなかった。その場合、国民は戦争継続を止めよと言うだけでは無く、情報を意図的に隠蔽した政府をも
非難するだろう。」
「……嘘や隠し事は、暴露されれば信用を無くしますからな。」
「ああ。隠そうとしている物の存在が、相手に察知されている場合は尚更だ。人間は、例え、現実にある物でも、
それを見ない限り、隠蔽しても全く気付かない。だが、そのような物が存在し、それが一部の人間に察知された場合、
人はもしかして、それが存在するのではないか?と勘繰る。そして、隠蔽工作を続ければ、人の疑いはますます強くなり、
ついには限界点に達する。特に、今回のような、国家の行き先を左右するような情報は、決して隠蔽してはならない物だ。
事が大きくなればなるほど、隠蔽をした後の批判は強くなる。最悪の場合、嘘つきは政治家の始まりであると言われかねない。」
ルーズベルトはそう言いながらも、顔の憂色をより濃くしていく。
「もし、連合軍司令部に記者が居なければ、私はあの情報をしばらくは公開しないでも良いと判断したかもしれない。あれは明らかに、
我が国の…いや、アメリカのみならず、他の連合国の国策にも影響を及ぼす物だ。もし、私達が継戦すると言えば、連合国も立場上、
継戦を行うだろう。だが、アメリカが戦争をやめると言えば、連合国は否応なしに戦争を止めるしかない。」
「閣下……我々は、シホールアンル、マオンドの現政府が倒れるまで戦争を行うと、国民に約束し、国民もそれを理解した。その国民が、
連合国が最も危惧していた形での戦争終結を招いてしまうとは…」
「全く、とんでもない皮肉だよ。」
ルーズベルトは、自嘲気味にそう返した。
「民主主義とは、たった2枚の紙切れで揺らぐほど、脆い物なのだろうか…ハリー、私はつくづく疑問に思うよ。」
「………」
ホプキンスは何も言えなかった。
「この状況を打開するには、一体どうしたら良いのだろうか。」
ルーズベルトは、唸るような声で呟いた後、口を閉じる。
執務室は、静寂に包まれた。
外から吹き付ける風の音と、時計の針の音だけが、室内に響き渡っている。
ホプキンスは、もし講和を結んだら、今後はどうなるのか?と思った。
講和を結べば、一部の軍を残して、派遣部隊の大半は国に帰って来るだろう。
その後は、まず、戦争によって肥大化した軍を縮小する事になる。
軍は、新兵器の開発を急いでおり、陸軍では新型の超重爆撃機や、新鋭機、それに最新型の戦車が開発中であるが、
停戦となれば、これらの新兵器は開発が中止されるか、あるいは、少数のみが配備されるであろう。
海軍も恐らく同様であり、新鋭艦の建造は軒並みキャンセルされるか、数隻程度が完成するぐらいだろう。
そして、その後は大量に配備された戦車や航空機、軍艦の除籍や廃棄が始まり、いくつかの陸軍部隊は解隊され、将兵は米本土に復員する。
講和を結んでから1年ほどは、それで忙しくなるだろう。
では、その後は?
シホールアンル、マオンドという2大強国が健在ならば、表面上は平和でも、水面下では激しい情報合戦が繰り広げられるだろう。
場合によっては、互いの軍事力が対峙したまま、年月が過ぎて行く事もあり得る。
(冷たい戦争……いわば、冷戦と言う奴か)
ホプキンスはそう思った。
「ハリー。君は、講和を結んで、良い事はあると思うかね?」
唐突に、ルーズベルトが聞いて来た。
「は。私の考えでは、海外に派遣していた陸海軍の将兵が本国に帰還する事で、国内の産業に労働力を供給でき、結果的に国の
経済発展に貢献できるだろうと思っています。」
「確かにな。だが、その時には戦争が終わり、軍需産業は軒並み下降に転ずる。それによって、激減していた失業率がまた上がりかねないぞ。」
「それに代わる公共事業を行うのです。」
「公共事業……か。それも手ではある。」
ルーズベルトは頷く。
彼は、体を正面に向け直した。
「だが、それにも限りはある。本土内だけでは、全ての復員兵にも与えられるような仕事が確保できるかどうか。まぁ、
そこの所は追々考えるとしよう。」
「我がアメリカはまだいいとして……シホールアンルや、マオンドに占領されていた国の住民達は納得してくれるでしょうか?」
「………」
ルーズベルトは押し黙る。
戦争が終わる事に関してははまだ良い。
講和を結んだ後も、シホールアンル、マオンド両国は、戦争犯罪人を裁く裁判に関しては、連合国側からも協力を願うと言っている。
だが、ルーズベルトは、この裁判はほぼ不完全な形になるだろうと思っている。
裁判自体は真剣に行われるであろう。しかし、シホールアンルやマオンド側は、内面的にはなるべく、自国の不利になるような事を晒したくないだろう。
裁判を開始する前に、重要な証拠を握る戦犯の口封じを行う可能性は極めて高い。
法廷に出されるのは、ただの木偶人形と化した小物だろう。
そんな事をすると確信している被占領国の住民達は、アメリカや連合国の講和に納得しないだろう。
最悪の場合、そこから新たな火種が生まれる可能性もある。
「おそらく、納得せんだろう。特に、レーフェイル大陸の国々は、講和後も揉めるかもしれぬな。」
ルーズベルトは、掠れた声でホプキンスに言う。
「いずれにしろ、これからは講和を結んだ後の事を考えた方が良いかもしれない。誠に、不本意ではあるが。」
「閣下…」
「だが、私は最後まで諦めるつもりは無い。」
彼ははっきりとした口調でそう断言した。
「時間の許す限り、私は、この講和を……我々の前に差し出されたバッドエンドを回避させる事に専念する。」
ルーズベルトは、不退転の意志を固めながら、ホプキンスに言った。
しかし、その半面、彼の心は晴れなかった。
(とは言うものの…私自身、なかなか案が浮かんで来ない。)
ルーズベルトは、天井を見上げながら、再び思案を始める。
(何か……無いのだろうか。シホールアンルやマオンドの策略に引っ掛かりつつある、国民の目を覚ますための薬は。)
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訂正
事態至りました=事態に至りました。