自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

242 第185話 発端

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第185話 発端

1484年(1944年)10月18日 午前10時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

シホールアンル帝国皇帝、オールフェス・リリスレイは、執務室のベランダ上で、晴れ渡った空を見上げていた。

「良い天気だな。これなら、1日の仕事も難無く過ごせそうだ。」

オールフェスは、微笑みを張り付かせながらそう呟く。
彼の笑顔は、傍目から見れば確かに良い笑顔である。
しかし、彼を良く知る者達から見れば、彼が張り付かせている笑みには影が滲んでいる事をすぐさま見抜ける。

「まっ、それが出来るのは普通の……何も知らない奴だけだな。」

オールフェスはため息を吐いてから、顔を俯かせる。

「俺の心は、2日前からずっと、曇ったままだ。それも、厚くな。」

彼は、先と比べて、明らかに陰鬱な口調でそう言った。

「………もう1度、言ってくれ。」

オールフェスは、その報告を聞いた時、思わず嘘を言われていると思った。
報告をもたらした国外相のグルレント・フレルは、恐怖にやや顔を引きつらせたまま、オールフェスの顔を見つめている。

「フレル、何黙っている?さっさと言え。」

いつまでたっても言葉を発しないフレルに、オールフェスは苛立ちが含んだ口調で催促する。

「陛下……アメリカは、我々の申し入れを拒否し、あくまでもヴィルフレイング宣言を受諾せよと言って来ました。」
「………そうかい…」

オールフェスは、無表情でそう返す。

「アメリカ人達は、せっかくの講和の機会を捨てた、って訳か。」

「はっ、恐れ多き事でありますが……」

フレルは恐縮して、頭を下げる。オールフェスは、フレルが持っていた封筒に視線を移した。

「フレル、その封筒は何だ?」
「はっ。これは、先ほど申しました、アメリカ側から伝えられて来た回答です。」
「見せてくれ。」

オールフェスは躊躇う様子も無く、フレルに右手を差し伸ばす。

「はっ。今すぐに。」

フレルはそう答えてから、封筒の中身を開ける。
しかし、手が震えているためか、なかなか思うように、蝋で固めた封を開けられない。
1分ほどして、ようやく封を解き、中に入っていた2枚の紙を、恐る恐る差し出した。

「ご苦労。」

フレルは、妙に高い響きでフレルに言葉を送ってから紙を受け取り、そこに書かれている内容をゆっくりと読み上んだ。
5分ほどの間、謁見の間には重苦しい沈黙が流れた。

「フッ。」

読み終えたオールフェスは、唐突に鼻で笑った。

「ククク……」
「陛下…?」

フレルは、緊張を抑えた声でオールフェスに語りかける。
その声に反応したのか、オールフェスは肘掛に右腕を乗せ、右手で頬杖をしながら、左手で紙をヒラヒラと振った。

「流石は、民意の国、アメリカだ。まさか、ルーズベルトの奴が、鍵を使うとはね。」
「鍵……?」

フレルは、唐突に聞いたその言葉に対して、思わず首を捻ってしまった。

「覚えてねえのか?あの鍵だよ。俺が、内緒で作らせていた奴さ。」
「まさか……」
「そう、そのまさかだ。」

オールフェスはそう答えつつ、顔に卑しげな笑みを張り付かせ始めていた。

「俺は、あの鍵を……ヒーレリ人の小娘を、この戦争が終わりに結びつく鍵として、色々な事をさせた。だが、
鍵はアメリカ人に奪われ、俺はこうして、あの面倒くさい方法で戦争をいったん終わらせ、時間を掛けて
アメリカに対抗しようと考えていた。お前も知っていると思うが、親父のやり方に習ってあの講和を思い付いた。」
彼は深いため息を吐いた。

「講和の案を、あえて2通用意したのも、アメリカ人を束縛させるための方法だった。あいつらは、民意を大事にする。
その民意さえ変えてしまえば、あいつらは自分で自分を縛る事になる。そしたら、この戦争の落とし所は上手く付けられる…
筈だった。」

オールフェスは顔を俯かせる。

「だが、俺は忘れていた。俺は、つい最近まで、鍵がアメリカに奪われた、と言う事をすっかり忘れてしまっていた。」

彼はそこで顔を上げた。その時、フレルはオールフェスの顔に張り付く、おぞましいうすら笑いに戦慄した。
オールフェスは、不気味に見開かれた眼でフレルを見据えた。

「その時点で、俺は、ルーズベルトの策略に勝てなかったんだ。どうしてだか分かるか?」
「……」

フレルは、答えようとする。しかし、オールフェスから滲み出る殺気に、口が開かない。

「答えるまでも無いと思うだろうが…」

オールフェスは、右手で顔の右半分を覆う。それが、彼の狂気をより印象付けた。

「俺は、ルーズベルトに鍵を渡しちまったんだよ。“戦争を継続させるための鍵”をな。」

彼は、左手に持っていた紙を床に落とした。

「戦争を終わらせるために作った鍵が、戦争を続けさせるための鍵になるとは……なぁフレル、俺って馬鹿だろ?」
「い……いいえ、そのような事は」
「なぁに、嘘をつくなよ。」

オールフェスは、玉座から立ち上がり、フレルに近付いた。

「誰が聞いても、俺がやった事は馬鹿のする事だぜ。正直に、俺は大馬鹿だって言えや良いんだよ。」
「……出来ません。」

フレルは、喉から絞り出すような声でオールフェスに言う。

「あなたは、偉大なるシホールアンル帝国の皇帝です。しかし、同時に人間でもあります。人間というものは、時として、
間違いを犯す物です。」
「そりゃ、当然だな。」
「だから……陛下、ここで、自分を馬鹿と言え、とは言わないで下さい。」

フレルは、正面からオールフェスの目を見据える。

「そのような事を、臣下である私は、決して言えません。」
「何だ?俺の事を馬鹿にしたら、不敬罪で処刑されるってか?」

オールフェスは鼻で笑った。

「そのような問題ではありません。」

フレルはきっぱりとした口調で答える。

「陛下は、この偉大なる帝国を統べる主であります。その主にそのような事を言われたら、私は一体、どうすれば良いのですか?
前線で戦っている将兵が聞いたら、すぐに士気は崩壊しますぞ!」

オールフェスは思わず言葉に詰まった。
それと同時に、自分が自棄になりかけている事に、初めて気が付いた。

「この国は、確かに陛下が統べています。ですが、陛下がそのような言葉を、国民に投げかけたら、どうなると思います?
逆に、我々が国民の世論に突き動かされ、最悪の場合はヴィルフレイング宣言の全面受諾という結果になりません。」
「…そうなるな。」

オールフェスはそう言ってから、深呼吸をした。

「少し、頭に血が上り過ぎたようだ。いらん事を言ってしまったな。」

オールフェスは、元の飄々とした表情に戻ると、フレルの肩をポンと叩いた。

「今回は、完全に俺の負けだ。ルーズベルトの奴が、鍵で世論を味方に回した時点で、俺の考えた講和案も、これでパーに
なっちまったな。」

彼は、他人事のような口ぶりでそう語ると、ゆっくりとした足取りで玉座に戻った。

「さて、これからは、また新しい落とし所を考えねえとな。」
「陛下、私もご協力致します。」

フレルは片膝を床に着けて、頭を垂れる。

「それから、先ほどの非礼、情けなき事ではありますが、どうかご許しを…」
「そんなに謙遜するなよ。」

オールフェスは苦笑する。

「さっきの言葉は利いたよ。確かに、あんな言葉を吐いたら行けないな。俺もまだまだ修行が足りないねぇ。」

彼はそこまで言ってから、右手で恥ずかしげに目を覆った。

「ひとまず、アメリカ人共が講和を拒否した事は分かった。これから、北大陸は…いや、シホールアンルは、更に
厳しい状況になるだろうな。」
「ですが、まだ負けた訳ではありません。」
「ああ、その通りだ。」

オールフェスは頷く。

「敵は徐々に近付きつつあるが、それも長くは続かない。しばらくの間耐え抜けば、新兵器も投入できる。」
「新兵器ですか……しかし、あれの投入は、まだ2年半近くは先なのでは?」
「現場と打ち合わせを行った結果、最短でも来年の末までには完成し、実戦投入が可能と言われている。再来年まで
音を上げなければ、逆転のチャンスはあるぞ。」
「確かに。」

フレルは満足したのか、顔に微笑みを浮かべる。

「それまでは、辛抱するしかないな。例え、海軍が壊滅しようが、陸軍に大損害が出ようがな。」


オールフェスはそこで回想を打ち切った。

「とは言った物の……」

彼は、この日、何度目かになるため息を吐く。

「状況は、不利だ。敵は、前と同じ勢いで戦いを進めている。いや、前よりも勢いを増している、と言った方が正しいな。」

オールフェスは脳裏に、北大陸の地図を思い浮かべた。
10月17日。連合軍は、ジャスオ領の首都フェナトファムルの攻略に取り掛かった。
フェナトファルム近郊の防衛軍は現在、敵と交戦中であるが、状況は連合軍側に傾いており、フェナトファルムは持って
5日であると判断されている。
フェナトファルムの南には、撤退中の友軍部隊が居るため、ここが陥落すれば、撤退中の部隊は北の友軍に連絡を絶たれ、
包囲殲滅の憂き目に会うであろう。
その原因を作ったのは、やはりアメリカ軍であった。
オールフェスは知らなかったが、フェナトファムルの攻略を担当していたアメリカ軍は、ジョージ・パットン中将率いる
米第3軍であり、この他にも自由ジャスオ軍とバルランド軍が攻略部隊に加わっていた。
パットンの第3軍は、早朝から続けられた3時間の砲爆撃の後に機甲師団を進撃させ、同地に設置されていた防御戦を突破した後に、
首都フェナトファムルを包囲し、夕方までにはフェナトファムルから西に20キロのカスリックムと呼ばれる地域にまで進出し、
撤退中であったシホールアンル軍1個軍団を包囲する所まで迫った。
その後、連合軍はフェナトファルム近郊で孤立したシホールアンル軍に猛攻を加え、首都への入城も時間の問題となっていた。
報告を聞いたオールフェスは、この連合国側の攻勢が、シホールアンルの講和申し入れに対する意志表示であると悟った。

「俺が考えていた策は、結果的に悪い方向に流れてしまった……特に、鍵の存在を失念していた事は致命的だったな。」

オールフェスはため息を吐いた。

「それにしても…最近はずっと、ため息ばっかだなぁ。」

彼は、落ち込んだ口調で呟く。
アメリカ軍がシホールアンル、マオンドと戦争を開始して以来、彼は凶報が舞い込む度にため息を吐き続けてきたが、
ここ1年ほどは毎日と言って良いほどため息を吐いている。
最近は、侍従長までもが、

「陛下……少し前からため息が多いようでございますが、体の具合は本当に大丈夫なのですか?」

と、3日に1度の割合で言って来る始末である。
相次ぐ敗報や、凶報によって、精神に変調を来している証拠であった。

「つーか、南大陸の連中がアメリカなんぞを呼び出さなけりゃ、こんな苦労を味わう事は無かったのに。たった数年で空母を
数十隻も作って戦場に放り込むとか、空から1個軍団の兵隊を投入するとか……俺の未来には、あんな常識外れの国と戦う
事なんて無かった筈だぜ…」

オールフェスの呟きは、次第に愚痴にへと変わって行く。
彼は、アメリカと言う国の持つ“非常識さ”に対して、いつも思い悩んでいる。
そもそも、この世界には、シホールアンルに伍する国などは、もはや無いも同然であった。
南北大陸を構成しているベルリィク大陸の西側にある、インビステウ大陸や、その北のロスヴェミト島にある国家群の中には、
幾つか侮れない国もありはする。
インビステウ大陸1の国であるフリンデルト帝国は、シホールアンルと友好国でもあり、国力や軍事力も侮れないが、
軍備はマオンドと同じ程度か、やや上回る程度であり、シホールアンルよりは劣る。
そのような国々と戦争を行っても、勝てる自信はあった。
だが、今戦っているアメリカは、そのような自信を根本から突き崩して来た。
オールフェスは、捕虜からの情報で、アメリカは民意を大切にし、戦死者の増大を嫌う傾向があると聞いており、軍事力は強くても、
アメリカそのものを形成する民意はさほど強くないと確信し、時間を掛けて今回の大作戦を計画し、準備した。
作戦は、敵機動部隊を罠の設置した海域に誘き出し、猛攻を仕掛けて大損害を与えたとこまでは順調に進んでいる。
その調子で、オールフェスはアメリカが望んでいたであろう、外交的手段によって、戦争を終結に導こうとしていた。

「もし、鍵を捕まえていたら…あるいは、トアレ岬沖の海戦で勝利し、鍵を敵巡洋艦ごと水葬に出来ていれば、俺の策は
成功したかもしれない……俺達シホールアンルが、ヒーレリでやってきた事を公表されていたから、その時点で講和という
道は閉ざされたかもしれないが、でもまだ希望は持てた。だが……」

オールフェスは、顔を上げる。
目の前には、首都ウェルバンルの町が見渡せる。
整然と並んだ建物からは、市民達の活気の良い声が聞こえて来る。

しかし、そんな元気の良い市民達に比べて、オールフェスの顔には、曇りが滲んでいる。

「敵に、2つ目の札を揃えさせてしまった事が、全てを決めた。そして、アメリカ中は、“侵略国家”であるシホールアンルとマオンドを、
今度こそ本気で潰そうとしている。捕虜からの情報では、民意は決して、犠牲には強くないと聞いていたが…今思えば、それは誤りだったな。」

オールフェスは、そのまま空を見上げた。
空は、相変わらず青く晴れていた。

「ヒーレリ解体劇と、俺達がやって来た裏の事情を全て知ったアメリカ人は、これから容赦無く、攻め込んで来るだろうなぁ。
もし、この戦争中に、どこかで俺達の軍が何かをやらかせば……いずれは、このウェルバンルも…」

オールフェスは、脳裏にウィステイグの惨劇が浮かびあがる。
ウィステイグの領主は、偵察にやって来たB-29が落としたビラを嘘と思い込み、直前まで目標周辺の住民の避難を命じなかった。
その結果、住民の避難は送れ、米軍は予定通り、大編隊で持って絨毯爆撃を開始した。
あのウィステイグの惨劇と呼ばれる戦略爆撃で、民間人に3000人以上の死傷者が生じた。
その後、シホールアンル南部の領主達は、米軍の偵察機がビラを撒く度に、近隣住民の避難を指示している。
ウィステイグ空襲から現在までに、南部には30回の空襲が行われ、犠牲者は合計で1890人出ているが、これはウィステイグ
空襲時に生じた損害よりも圧倒的に少なく、犠牲者の殆どは、命令を無視して居残った人や、誤爆による物である。
だが、もし米軍が、事前の偵察の際に、空襲予告のビラを撒かずに空襲を行えば、目標周辺による誤爆で生じる死傷者は、爆発的に増えるだろう。

「やられたらやり返せを、地で行くアメリカ人の事だ。事前の通告無しに爆撃を敢行する事は、やりかねないな。」

彼はそう結論付けた。

「誰もがのほほんとして暮らせる世界を作るどころか、逆にそうできないような世界を作ろうとしているばかりのみならず
(自分の理想と現実の違いは認識している)、故郷の国すらも、破滅させる危機に晒しているな、俺は。」

オールフェスはそう自嘲した後、再び、戦争の落とし所をどう付けるかを考え始めた。

だが。



その日の夕方になっても、オールフェスの脳裏には、何ら有効と思えるような考えは、全く浮かんで来なかった。



10月19日 午後8時 ワシントンDC

その日、海軍省に務めているウィル・パターソン大佐は、今日の仕事を終えて、久方ぶりに行き付けのバーに向かっていた。
今日の天気は雲であり、時折、冷たい北風が吹いて来る。

「ふぅ、秋も大分深まって来たなぁ。」

パターソン大佐は、着こんでいるコートの襟を正しながら、足を速める。
彼は途中で露天に立ち寄り、そこで新聞を買った後、足早にバーへと向かって行った。
ウィル・パターソン大佐は、今年で38歳を迎え、ようやく中年と言われる年齢に差し掛かって来た所である。
体型は痩せ型で、身長は175センチ程である。
顔立ちは彫が深いが、眼鏡を掛けているせいで、どことなく優しい印象のある人物である。
彼は海軍省の作戦担当の部門に属しており、今では10人の将校を率いる責任者であるが、彼の担当する部門は、どちらか
というと日陰扱いされており(重要部門であるのだが)パターソンは他の部門に対して、日々対抗心を抱いている。
彼は、仕事のストレスを解消するために、勤務後にバーへ向かう事がある。
パターソンは、3カ月ぶりに、行き付けのバーへ通う事が出来たため、内心では嬉しかった。
10分ほど歩くと、古ぼけた感のある小さなバーが見えて来た。

「今日もいつも通りだな。」

パターソンは微笑みながら、扉を開いた。
扉が開くと、上に付いている鈴が軽やかな音色を立てる。

「いらっしゃい!」
「どうもー。親父さん、また来たぞ。」

彼は、コールマン髭を生やした年配の紳士に声を掛けた。

「やぁ、パターソンさんか。久しぶりだね。」
「ああ。3か月ぶりだよ。」

パターソンは顔に笑みを張り付かせながら、カウンターの空いている席に座った。
店の中に客は居なかった。

「親父さん、ウィスキーを1杯。」
「あいよ。」

バーの主人は、手慣れた手付きでグラスを取り出し、それにウィスキーを並々と注いでいく。

「どうぞ。」

主人は、ウィスキーが満たされたグラスを差し出した。
パターソンは頷いてから、一口だけ口に含む。

「そういや、ここ最近は海軍さんも、色々と大変だったろう。」

店の主人が彼に声を掛けて来た。

「まぁ……確かに大変だったなぁ。太平洋艦隊がレビリンイクル沖の海戦で痛い目に会ってからは、海軍省にも問い合わせ
の電話がひっきりなしに来て、マスコミも押し掛けて来たよ。」
「確か、あんたは作戦指導に関する部署で働いていたと、前に言っていたが。やはり、そこでも…?」
「そりゃもう、大変だったさ。まぁ、詳しくは話せないけど、あの時は、誰もが戦争はあと半年程度で終わるだろうと
思い込んでいたからね。俺も含めて。」

パターソンは、苦笑しながら自分の顔に親指を向ける。

「でも、あの海戦でその楽観気分は吹っ飛んじまった。親父さんも見ただろう?機動部隊の惨憺たる有様を。」
「見たなぁ。まさか、海軍自慢の航空母艦や新鋭戦艦が撃沈されるとは思ってもみなかったよ。あの報道を見て、やっぱり、
戦争と言うモンは上手くいく筈は無いな、と思ったもんだよ。」
「同感だね。」

パターソンは相槌を打ってから、口にウィスキーを流し込む。

「そう言えば、前にウチの友人の息子が、海軍航空隊に入ったって話した事があるんだが、覚えているかね?」
「覚えているよ。確か、正規空母のパイロットだったっけ?」
「そうだよ。確か、名前はバンカーヒルとか言ってたな。あの海戦が起きてから1週間後に、友人夫婦には息子の戦死通知が
届いたんだ。」
「……戦死したのか…」

パターソンは、思わず息を呑んだ。
レビリンイクル沖海戦で、敵と戦った第37任務部隊は、最終的に艦載機518機を失った。
その518機のうち、敵に撃墜されたり、帰還中に脱落した機は380機にも上り、失われたパイロットは289名にも上る。
アメリカは航空大国であり、搭乗員の大量養成で埋め合わせは出来るが、それでも、一度の航空作戦で300名近い数の搭乗員を
失ったのは、海軍航空隊始まって以来であった。
パターソンも、仕事の関係でレビリンイクル沖海戦の戦訓分析を行っていたが、この搭乗員の大量損失は衝撃的であり、
レビリンイクル沖の戦いが、TF37にとっては地獄同然の戦いであったという事が容易に想像できた。
主の友人夫婦もまた、あの海戦で息子を失ったのか。
パターソンはそう思った。
だが、

「いや、実を言うと、戦死していなかったんだ。」
「何?戦死していない?」
「そうだ。」

主は満足気に笑った。

「その息子さんはな。海軍の潜水艦に救出されていたんだよ。何でも、救出を担当した潜水艦が、途中でシホット共の駆逐艦に
追い回されて、帰還が別の艦よりも大幅に遅れたらしい。それに、爆雷攻撃のせいで通信装置もオシャカになったもんだから、
その潜水艦は司令部と連絡が取れず、帰還した際には、パイロット達と潜水艦の乗員達は、他の奴らからまるで幽霊が出た、
と言わんばかりの目で見られたそうだ。つまり、全員戦死したと思われていたのさ。」
「その潜水艦って、確かタイノサだったな。」
「そうそう、タイノサって船だよ。知ってるのかい?」
「知ってるよ。というか、タイノサが有名となったのは、これで2度目だな。」

パターソンは含み笑いをしながら、主に言った。
ガトー級潜水艦に属するSS-283タイノサは、海軍内では少し名の知られた潜水艦である。
その原因となったのは、1943年9月の、海軍兵器局殴り込み事件である。
当時、タイノサ艦長を務めていたローレンス・ダスビット艦長は、8月のジャスオ領沖の哨戒活動で、2隻の駆逐艦に護衛された
4隻のシホールアンル輸送船を発見し、一番大きい方の輸送船(本人からは1万トン以上はあったとの事)に魚雷6本を発射した。
この時、護衛の駆逐艦は、シホールアンル側の駆逐艦にしては珍しく、タイノサの接近を捉えておらず(後に、監視役の魔道士が
居眠りしていたことが判明している)距離1800、右斜め後方という絶好の射点で魚雷を発射している。
6本中、4本は確実に命中する筈であり、事実、魚雷は命中した。
だが、4本の魚雷は、敵輸送艦の艦腹を叩いただけで起爆せず、何ら損害を与えられなかった。
この時になって、ようやく2隻のシホールアンル駆逐艦が制圧に動き出した。
ダスビット艦長は、自艦が逃げやすいように、1隻の敵駆逐艦に対して、4基の後部発射管を用いて攻撃を行った。
4本中、1本は確実に命中コースに入っていたが、この魚雷も、敵艦の右舷真横を叩いただけで起爆せず、全く損害を与えられなかった。
その後、タイノサは2隻のシホールアンル艦に2日間追い回された。
絶望的な状況から、自艦を生還へと導いたダスビット艦長と、クルー達の腕前はまさに見事と言えるが、ダスビット艦長は、
信頼していた魚雷がほとんど不発であった事に腹を立てていた。
そして、本国へ帰還後、彼はまず艦隊司令部に猛烈に抗議を行い、その次に、海軍兵器局に赴き、その際の説明を行ったが、
ここで係官の対応が余りにも横柄であったため、堪忍袋の緒が切れた艦長は係官を罵倒し、技術者に会わせろと叫びながら、
兵器局の内部へと暴れ込もうとした。
この時は、共に訪れていた同僚によって何とか抑えられたが、戦況が有利に傾き始めたその頃も、不発魚雷はアメリカ海軍潜水艦部隊を
悩ませ続けていた。

その後の話によると、ダスビット艦長は、兵器局の技術士官達と一緒に“親睦会”を行う事を計画していたと言われている。
そんな有名な艦長は、今回のレビリンイクル沖海戦で、僚艦ハンマーヘッドと共に敵機動部隊へ雷撃を行い、敵大型艦撃破の
損害を与えた他、現場海域で不時着した艦載機パイロット達の救出に奔走した。
当初、潜水艦部隊は、作戦終了から3日後には、現場海域から撤退するように命じられていたが、ダスビット艦長は現場海域に
5日間留まり、不時着機のパイロットを探し続けた。
この結果、タイノサは21名のパイロットを救出する事が出来た。
その後、タイノサは帰還途中にシホールアンル駆逐艦の爆雷攻撃を受けたが、ベテラン艦長であるダスビット艦長と、クルー達の
巧みな操艦で攻撃を切り抜けた上に、反撃を行って、敵駆逐艦1隻撃沈確実の戦果をあげている。
タイノサが、根拠地となったファスコド島へ帰還したのは9月の末であり、応急修理を行った後、本国に向かった。
タイノサが救出したパイロットの数は、総計で21名であったが、他の潜水艦は、せいぜい3名か4名、多くても5名が限度であり、
中には救出中に撃沈された艦もある。
タイノサと共に、敵機動部隊への雷撃を敢行したハンマーヘッドも、その中の1隻である。

とはいえ、潜水艦部隊は、総計で74名のパイロットを救出し、この事は、10月16日付の朝刊で一斉に報道された。
この中でも、最も大きく報道されたのは、タイノサの献身的な救助活動であり、アメリカ国民は勇敢な潜水艦の活躍に大きく勇気付けられた。

「2度目ってのは何だね?」
「ん?あ、いや。これはこっちの話だよ。」
「しかし、タイノサの乗員達は本当に大した奴らだよなぁ。肝っ玉が据わってるよ。」
「ああ、俺も思うよ。」
「搭乗員21名を救出か…名誉勲章を貰うに値する成果だな。」
「名誉勲章?」

パターソンは怪訝な表情を浮かべる。それに、店主は意外そうに言う。

「今日の夕刊を読んでないのかい?」
「いや…まだだ。」

パターソンはそこでハッとなり、鞄に入れてあった夕刊を取り出す。

「どこに載っているんだ?」
「確か、第3面だったかな。」

主に言われるまま、パターソンは第3面を開く。すると、紙面の右下に、顔写真入りの記事があった。

「レビリンイクル沖海戦の英雄に、名誉勲章か……あっ、こいつは……!」

パターソンは、右側の顔写真を見るなり、思わず声を上げてしまった。

「リューエンリ……まさか、お前が名誉勲章を授与されるとはね。」
「ん?あんた、このアイツベルンとかいう、女みてえな名前の人と知り合いなのかね?」
「知り合い?いやいや。」

パターソンは懐かしい感じを抱きながらも、店主に答える。

「それ以上さ。こいつは、海軍兵学校時代の同期生だよ。」
「兵学校の……ほう、つまり親友って訳かい。」
「そう。どこか不器用な俺と違って、かなりデキる男だよ。」

(過去は、俺と同じように、とんでもない事をされた奴でもあるけどな)
パターソンは苦笑しながら言いつつ、内心ではそう思った。
パターソンは、巡洋戦艦アラスカ艦長のリューエンリ・アイツベルン大佐と、戦艦アイオワ艦長のブルース・メイヤー大佐、
それに、太平洋艦隊司令部航空参謀のウィンクス・レメロイ大佐とは同期に当たる。

「しかし、凄いもんだよなぁ。ダスビットさんも凄いが、アイツベルンさんもまた、凄いね。戦艦の主砲をぶっ放して、
敵編隊を混乱に陥れるとはね。こんな優秀な人達が居る限り、俺達の合衆国は絶対に負けないな。」

店主は、誇らしげな口調でパターソンに言う。

「確かにねぇ。その半面、俺は内地で地味にデスクワークだが。」

「ハハハ、そう腐るなよ。」

店主が諌める。

「外は外、内は内の仕事ってもんがある物さ。互いに、与えられた仕事をしっかりこなし続けていれば、自然と互いの支援へと
繋がって行くよ。」
「……まぁ、確かにね。」

店主の言葉に、パターソンは深く頷いた。
その時、出入り口の扉が開かれる音が、店内に響いた。

「こんばんは。」

流暢な、しかし、どこか丁寧な英語が後ろから響いた。

「これはクロシマさん。お久しぶりですね。」
「いやはや、ここに来ると、いつもほっとするよ。」

快活の良い声は徐々に近付いて来る。左後ろに気配が近付いた時、パターソンは振り向いた。

「ん?もしかして、あなたはパターソン中佐ですかな?」
「…これは驚いた。クロシマ大佐じゃないですか!」

パターソンは立ち上がり、満面の笑みを浮かべてから、丸刈り頭の東洋人と握手を交わした。

「おや、お二人とも知り合いで?」
「ええ。彼とは1年前に会いましてね。」

パターソンと握手を交わす小柄の東洋人、黒島亀人は、パターソンに負けぬぐらいの笑みを浮かべて、店主に答えた。

「ささ、どうぞクロシマさん。隣の席へ。」
「では、遠慮なく。」

黒島は、パターソンの隣の椅子に腰かけた。
黒島亀人は、元は日本大使館の駐在武官である。
彼は、駐在武官としてアメリカに渡る前には、日本で連合艦隊司令部の先任参謀として活躍していた。
彼の持ち味は、常識に囚われない奇抜な発想であり、この特徴は、勤め先となっている海軍大学で生かされている。
彼の非常識ぶりは海軍大学でも発揮されており、ある時は図上演習の際に考える作戦案を、自室に丸1日、裸のままで作成したり、
ラフな格好で学校内を歩いたりなど、黒島節を発揮している。
とはいえ、流石の黒島も勤め先に配慮し、戦艦長門艦上でやったように、褌1つで歩き回ったりはしなかった。

「おっ、良く見れば、襟の階級章が変わっているね。」
「ええ。今年の5月に昇進したんです。これで、私もクロシマさんと同じく大佐ですよ。」
「ほほう、そうかそうか。マスター、ウィスキーを1杯。」

黒島は店主に注文を取る。
パターソンもお代わりを注文し、店主にウィスキーを注がせた。

「昇進おめでとう、パターソン大佐。」
「ありがとうございます。」

2人は言葉を交わした後、グラスをカチンと合わせ、酒を口に入れた。

「ふぅ~、美味い物だ。」
「そうですな…ところでクロシマさん、見た所、今日はスーツ姿ですが。」
「ああ、実は1週間ほど休暇を貰ってね。東海岸をぶらりと回っているのだよ。いやはや、アメリカという国は、いつ見ても
凄い。山本長官が、対米戦を考えるのならば、まずはアメリカに行って煙突の数を数えて来いと言うのも分かる気がするな。」
「アメリカは、元の世界に居た時でも、有数の工業国家と言われていましたからな。近頃、増え始めた異世界の留学生達は、
この合衆国に来る時に必ず驚いたような顔を表しますよ。」

「それは俺も見たな。最近は、海軍大学にも留学生が訪れるようになっているが、ある日、犬耳を生やした女の子にこう
言われた事がある。どこの州に生まれたんですか、とね。」

黒島は苦笑する。

「我々の中では、日本人、ドイツ人と分ける事が出来ますが、異世界の人達から見れば、転移時にアメリカ本国に居た人間は、
総じて“アメリカ人”になりますからね。間違われるのは仕方ない事です。」
「ハハハ。あの時は困った物だよ。何とか適当に答えて納得して貰ったが、今でもたまに思うのだよ。元の世界の日本は、
どうなっているか、とね。」

黒島は、どこか寂しげな口調でそう言う。
転移時に、一緒に付いて来た各国の武官や大使館員、そして、滞在していた外国人は、後の法改正によって、全てがアメリカ人
となっている。
元々、この法改正は様々な議論を呼んだが、もはや、アメリカが元の世界に戻る望みが無い事が、これらの議論を自然に
打ち消す事になった。
こうして、各国の外国人達は、アメリカ人としての人生を送る事になったのだが、それでも、望郷の思いは消えていない。

「ソ連との戦いは、何とか上手くやってはいると思うのだが。」
「なあに、大丈夫ですよ。」

パターソンは、軽やかな口ぶりで言う。

「日本には、連合艦隊が居ます。彼らが健在である限り、例え満州が占領されたとしても、ソ連に出来るのはそれまでです。
何しろ、ソ連には有力な海軍戦力はおりませんし、大型艦といえば、旧式のガングード級戦艦と、巡洋艦ぐらいです。
16インチ砲搭載艦の長門や陸奥、それに、大型の航空母艦を何隻も有する連合艦隊が居る限り、ソ連は手出しできませんよ。」
「うむ、そうだったな。」

黒島は、パターソンの言葉を聞いていくうちに、沈みがちだった気分が嘘のように晴れて行くのがわかった。

「まっ、ここで、戻れぬ世界の事を考えても仕方ないな。」

黒島は、どこか観念したような口調で言った。
彼はウィスキーを少し飲んでから、話の話題を変えた。

「そういえば、ここ最近は、海軍も、合衆国も、色々大変な目にあったね。」
「ええ。もう、目が回るような日々が続きましたよ。一時は停戦するんじゃないかと、うちの部門でも言われていたぐらいですよ。」
「シホールアンルと言う国も、なかなか侮れない国だな。標的を艦隊だけでなく、国民にも向けていたとは。」
「奴さんの考えには、流石に参ったと思いました。」

パターソンは、頭を掻きながら当時の心情を告げた。
ヘイルストーン作戦が大失敗に終わった後、アメリカ国内で吹き荒れた停戦、講和の嵐は海軍省内にも吹きすさび、
パターソンの担当部署でも、幾度となく、停戦後の話が持ち上がっている。

「結局は、ルーズベルト大統領の炉辺談話と、後日の報道で世論は持ち直したが…しかし、シホールアンルのあのやり方には、
私も驚いたよ。」
「あのヒーレリ解体劇という奴ですね。」
「そうそう。あれぞ、まさに戦略という物だよ。私のような日本人から見れば、卑怯極まりない作戦だが、あれはあれで、立派な
戦略だ。過去の中国でも、似たような事をしては国を滅ぼした事があるからね。」
「シホールアンル人は、中国人と同じ、と言った所ですか。」
「そうなるね。」

黒島は頷く。

「とにもかくも、アメリカは持ち直した訳だが…正直言って、俺としては、アメリカのやり方はちょいとばかし、物足りないと思うのだ。
あまり言いたくはないが。」
「物足りないですか…今の状況でも?」

パターソンは怪訝な表情を浮かべながら、黒島に聞く。

「そうだ。今のやり方では、遅かれ早かれ、厭戦気分が蔓延するのは避けられないと思う。何も、やり方は間違っている
とは俺も思わないよ。今のままでも、メリットは充分にあると思っている。」

「では、何故、物足りないと思うんですか?」
「うーむ……これは、俺の個人的見解なのだが、もし、シホールアンルを降伏させるのならば、敵の急所を一気に突き、その国の
国民にもはっきりと分かるような形で、敵を打ち負かした方が良い。」
「なるほど…確かにそうですね。」

パターソンは納得したように頷く。

「恐らく、来年にはシホールアンル領にも侵攻するでしょうから、クロシマさんの考えた通りに行きそうですね。」

彼はそう言ったが、どういう訳か、黒島は顔を横に振った。

「いや、それが物足りんと言うのだよ。陸戦はどうしても、展開が遅くなる、どうせなら、もっと早いうちに、敵の心臓部…
ウェルバンルを奇襲攻撃した方が良い。」

思いもよらぬ言葉に、パターソンは仰天してしまった。

「クロシマさん…それは本気で言っているのですか?」
「本気さ。まぁ、一教官の戯言に過ぎんが。」
「戯言なら…まあいいですけど。」

パターソンはほっと胸を撫で下ろす。

「でも、もしウェルバンルを攻撃するとしても、成功は望めないでしょう。」
「確かにね。シホールアンルの首都近辺の防御は厚い。下手に攻撃を仕掛ければ、それこそ、レビリンイクル沖の二の舞に
なりかねないな。」
「私がキングさんに言ったら、即刻アラスカ送りにされてしまいますよ。今の海軍は、損害にややナーバスになっていますからね。」

パターソンは苦笑しながら、黒島にそう返した。

「しかし……躊躇いも無く、ウェルバンルを奇襲しろとは……流石は奇想参謀と言われるだけはありますね。」

「戦争とは、相手の意表を突いて戦う事も時に必要になるからね。私が連合艦隊司令部に居た時、山本長官は常に、それを求めていた。
実を言うと、先のウェルバンル奇襲は、山本長官の思い付きを基に言ってみたものなのだよ。」
「ああ、前に話していたハワイ奇襲っていう奴ですね。」
「そうだよ。それと同じように、どれだけ頭を働かせて戦に勝つかが、当時の私や参謀達に求められていた物だった。
まぁ、アメリカは物資も豊富にあるし、物も多く作れるから、日本のような苦労はしなくて済むと思うがね。」
「いやいや、クロシマさん。これからはそうもいかないですよ。」

パターソンは否定する。

「これからは、合衆国軍もより、人命を大事にするでしょうから、クロシマさんが思い浮かべるような、突飛なアイデアも必要に
なりますよ。戦争を継続出来たのは良いですが、むしろ、これからが大変ですよ。」
「ははは、苦労するのは仕方ないさ。戦争をしてるのだからね、戦争を。」

黒島は快活の良い声で、パターソンに言った。


2人はその後、2時間ほど語らい合った。
パターソンは、久しぶりの談話を楽しんでいくうちに、最初は気に掛っていたウェルバンル奇襲という言葉も、徐々に消え失せて
行き、しまいには完全に気にならなくなっていった。
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