自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

244 第186話 首都に翻るカステリナ

最終更新:

tapper

- view
だれでも歓迎! 編集
第186話 首都に翻るカステリナ
1484年(1944年)10月21日 午前7時 ジャスオ領首都フェナトファムル
この日、第1自由ジャスオ機甲旅団は、首都フェナトファムルから西に2キロの地点で待機していた。
旅団の指揮官であるアグド・デンクォルス准将は、指揮車として使っているM8グレイハウンドの車上から、攻略目標である町を見つめていた。

「旅団長、後方の砲兵陣地より、砲撃準備完了との事です。」

側に居た副官が、事務的な口調でデンクォルス准将に告げる。
デンクォルスは、左腕の時計に視線を向けてから、ゆっくりと頷いた。

「時間通りだな……他の部隊は、打ち合わせ通りに待機しているか?」
「はっ、各隊とも所定の位置で待機しております。同盟軍の部隊も、攻撃準備を済ませております。」
「ふむ…バルランドの戦姫も、まだまだやる気充分と見えるな。」

彼は、バルランド軍のある師団長の顔を思い出しながら、微笑する。
デンクォルスの指揮する旅団は、バルランド軍第62軍所属の第1機械化軍団と共に、首都奪還作戦を敢行している。
首都フェナトファムル奪還戦が始まったのは、今から4日前の10月17日からである。
この作戦には、アメリカ陸軍第3軍とバルランド陸軍第62軍、そして、自由ジャスオ機甲旅団が参加している。
フェナトファムル奪還戦は、第3軍を率いる猛将パットンの電撃戦術によって、早くもたけなわとなった。
第3軍に所属している第7軍団は、18日の夕方には、フェナトファムルの東にある交通の要衝、ツヒンファイに到達し、
撤退中であったシホールアンル軍約1個軍団の退路を断った。
19日には、首都フェナトファムルを完全に包囲し、じりじりと包囲網を狭めて行った。
そして今日、連合軍はシホールアンル側の最終防衛線を突破するために、西側からバルランド軍並びに自由ジャスオ軍、
東側からアメリカ軍が攻撃を仕掛けようとしている。
この攻撃で、自由ジャスオ軍は、首都から西側2キロの位置にある町の占領を任されているが、実は、この町は小高い丘の
上に出来た町であり、ここが落ちれば、首都を一望に見渡す事が出来る。
ここに砲兵隊を布陣させれば、支援がやりやすくなる。
(あの町は、いわば、首都フェナトファムルの生命線ともいえる。敵も勿論、重要性を認識しているであろうから、
守備隊も強力な部隊を布陣させている筈だ……恐らく、今回も厳しい戦いになるな)
デンクォルスは、内心でそう呟きながら、旅団の兵員数を思い出した。
史上最大の作戦とも言われた、エルネイル上陸作戦が敢行されたのは、今から3カ月近く前の7月26日。

自由ジャスオ機甲旅団は、前線で活躍を続け、ついには首都フェナトファムルの解放に参加する事が出来た。
シホールアンルに祖国を奪われ、異国の地で復讐の機会を狙っていた自由ジャスオ軍の将兵にとって、これから
行われる戦いは、まさに記念すべき戦いとなるであろう。
しかし、各地を転戦して来た旅団の兵力は、上陸時と比べて少ない。
元々、自由ジャスオ軍は、自由ジャスオ第1機甲旅団のみで編成されており、兵員数は約7000名である。
この7000名のうち、首都解放戦にまで部隊に残れた数は、45000名しか居ない。
実に、3割以上の将兵が、この3カ月近くの戦いで失われている事になる。
常識的に見れば、旅団はもはや、壊滅状態にあると言ってもおかしくはない。
連合軍総司令部からは、幾度も部隊再編のために、後方に下がってはどうか?と、提案をされて来た。
9月末には、総司令部から説得にやって来たアメリカ軍将校にデンクォルスは説得され、将兵に、部隊の戦力が回復
出来るまでは、一時後方に下がろうと命令を下そうとした。
だが、彼は唐突に考えを改め、こう言った。

「連合軍側の気遣いには、いつもながら深く感謝している。しかし、今、我々が戦っている戦場は、このジャスオである。
我々が長年親しんで来た祖国だ。この国を解放するために、我々は力を尽くして戦って来た。そして……明日からでも、
今まで通り、力の限り戦って行くだろう。」

事実上の拒否とも取れる言葉に、アメリカ軍の将校は驚き、

「あなたは、部隊の事を考えていないのですか?」

と、ややきつめの言葉を言い放った。だが、デンクォルスは満足気な笑みを浮かべ、すぐに言葉を返した。

「勿論考えたとも。今、我々は下がるべきか、否かと。だが、我々は決して、後方には下がらない。何故なら、
我々は、戦友と戦うのが好きだからだ。」
「……戦友、ですか?」
「そう。あなた方連合軍だ。貴方達を残して、後ろでのうのうとしているなど……ましてや、祖国の解放を
手伝って貰っている身で、その国の軍隊がのほほんと休む事など、できやしない、無礼きわまる行為だ。
我々ジャスオ人ならば、それは尚更の事だ、と考えている。」
「……では?」

「我々は、後方には下がらない。あなた方の常識から考えれば、間違っていると思われるだろうが、私は、
旅団の将兵達の声を聞いた上で、部隊を下げないと判断した。」

デンクォルスは、アメリカ軍将校にそう言って、部隊を前線に留め続けた。
そして、ついに首都解放戦へと望む事が出来た。
だが、ここで彼は、兵力の不足という問題にぶち当たった。
旅団の要でもある第1機械化連隊と第2機械化連隊は、相次ぐ戦闘で定数を下回っており、戦車の数も、歩兵の数も満足とは言えない。
特に問題なのが、対空火器の不足である。
第1機甲旅団は、作戦中によく、シホールアンル側の航空攻撃にあった。
旅団の対空部隊は善戦し、少なからぬ数のワイバーンや飛空挺を撃墜している。
しかし、対空部隊も相当の損害を受けており、もし、作戦中に航空攻撃を受ければ、最悪の場合、旅団は壊滅的な
損害を受ける可能性があった。

「兵力が少ないこの状況で、あの町を取れればよいが……今はともかく、将兵の頑張りに期待するしかあるまい。」

デンクォルスは、不安な気持ちになりながらも、ひとまずは作戦の成功を願った。

「旅団長、情報通り、町には人が1人も居ないようです。どうやら、シホールアンル軍が住民を追い出したのは、本当だったようですね。」
「住民を追い出したか……しかし、首都にはまだ、かなりの数が残っているのだろう?」
「はっ。推定では、恐らく20万人は居るかと……」

20万か……敵さんがさっさと、白旗を掲げてくれればいいんだがね。」
デンクォルスは、苦笑しながら副官に返す。
その時、後方から発砲音が響いた。

「始まったな。」

彼は、小声で呟きながら、後ろを振り返る。
前線から8キロの後方には、第1機甲旅団の野砲部隊と、バルランド軍の野砲部隊が布陣している。
その砲陣地から、一斉に砲弾が撃ち放たれたのである。

自由ジャスオ軍とバルランド軍は、アメリカから105ミリM2榴弾砲と、155ミリM1榴弾砲を供与されており、
それらの榴弾砲がずらりと並べられていた。
砲兵隊が砲撃を開始してから少し間が開き、丘の上の町に砲弾が着弾した。
最初に撃ち放たれた砲弾は、ほとんどが町の外側に外れ、土色の噴煙を噴き上げるに留まったが、数発は町の建築物に命中し、爆炎が上がる。
続いて第2射目が飛来して来る。この斉射弾は、町の中心部に飛来し、激しく爆発煙を噴き上げた。
それから1時間ほど、砲兵隊は撃ちまくり、町はみるみるうちに、廃墟へと変わって行った。

時計が午前8時10分を回ってから、事前砲撃は予定通り終了した。

「事前砲撃は終わりか。」

デンクォルスは、無表情で呟き、町に視線を移す。
彼は、煙に包まれた町を見るなり、顔をしかめた。

「ジャスオ人が手間暇かけて作った物を、同じジャスオ人が派手にぶち壊す…か。何度見ても良い気はしないな。」
「同感です。」

隣の副官が頷きながら言う。

「ここを離れて行った住民達には、本当に申し訳ない事をしています。しかし、シホールアンル軍は、住民達を家から
叩き出して、そこを陣地として使っています。あんな奴らに、手間暇かけて作った家を荒されるぐらいなら、いっそ、
我々の手で、家諸共吹き飛ばしてやるまでです。家は、また作れますからね。時間が掛るのが難点ですが。」

副官の言葉に、デンクォルスは苦笑する。

「さて、あの町の復旧を早めるために行動を起こそうか。」

彼はそう言うと、マイクを手に取り、それを口元に寄せた。

「各隊に告ぐ。これより、町の制圧に取り掛かる。各隊は速やかに攻撃を開始せよ。」

第1機械化連隊第2大隊の指揮官である、エドムス・タイブラグ中佐は、レシーバーから流れて来た命令を、そのまま指揮下の戦車に伝えた。

「さぁ、いよいよ、俺達の出番だぞ。」

タイブラグ中佐は、小声で呟いた。彼の乗っている戦車が、エンジン音をあげて動き始める。
移動を開始した戦車部隊の後方から、歩兵中隊の将兵が、ゆっくりと走る戦車に合わせながら共に前進していく。
タイブラグ中佐は、ハッチから身を乗り出し、後続する戦車を、1台ずつ確認していく。

「しかし、大隊の戦車も、随分と少なくなった物だ。」

彼は、物哀しそうな口調でそう呟く。
元々、第2大隊には48両の戦車が居た。第2大隊は、行く先々の戦場で暴れ回り、旅団の勝利に貢献し続けて来た。
しかし、勝利の代償は少なからぬ物があり、大隊に残っている戦車は、今では27両しかいない。
(大隊と言えば聞こえはいいが、実質的な戦力は2個中隊以下しか居ない。それも、途中で車両の補充を受けた上で、だ。)
タイブラグは、心中でそう呟く。
彼の率いる第2大隊もそうだが、残りの部隊でも似たり寄ったりであり、旅団の戦闘力は大幅に低下している。
しかし、タイブラグを始めとする旅団の将兵は、尚も前線での戦いを望み続けている。
(数は少なくなったが、それでも俺達は進み続ける。あの、カステリナの花を、首都に翻らせるまで、俺達は決して止まらないぞ)
タイブラグは、車体前面に描かれているマークを思い出す。
自由ジャスオ軍のシンボルでもある国旗には、水色と白のタテ縞模様に、左右に均等に置かれた花のシルエットが描かれている。
その花は、ジャスオ領によく咲いている白い花で、カステリナという名前で呼ばれている。
自由ジャスオ軍の将兵達は、首都にカステリナを翻せ、を合言葉に、今まで戦って来た。
(その戦いも、いよいよ大詰めとなって来たか)
タイブラグはそう思いながら、自然に胸が熱くなるような感覚に囚われる。

「おっと、感傷に浸っている場合ではないな。」

彼は慌てて頭を振る。

「各車、全方位に気を配れ。敵との突発戦闘に備えろ。」

タイブラグは、浮き立つ自分を戒めるかのような口ぶりで、各車に指示を下す。
戦車と、随伴する歩兵達は、ゆっくりと進んでいく。
行動を開始してから10分ほどで、大隊は町から100メートルの位置に到達した。

「…静かだな。」

タイブラグは、町が妙に静かな事に首をかしげる。
普通なら、丘を上がっている途中で何らかの攻撃があってもおかしくはない。
旅団は、今まで似たような地形を攻撃して来たが、敵は必ず、激しく迎え撃って来た。
それなのに、今は何も反応が無い。

「おかしいですね。」
「ああ、妙だな。」

車内から、装填手と無線手の声が聞こえて来る。
この異様な静けさに、誰もが不安を抱いてる。
それから5分ほど経ってから、タイブラグは歩兵中隊に命令する。

「よし、これより中に進む。慎重に進め。」

彼は、無線機の向こう側に居る、歩兵中隊の指揮官にそう告げた。

「了解です。」

第2大隊に所属している第2歩兵中隊指揮官、キルゴ・エルトラ中尉は、無線手を下がらせてから、顔を後ろに振り向ける。

「これより、市街地に突入する。第1小隊は、この通りの左側から、第2小隊は中央、第3小隊は右側から進入しろ。
今は、他の中隊も町に潜入している頃だ、誤射には気を付けろ。」

後ろに控えていた3人の小隊長は、彼の言葉に頷き、急いで自分の小隊に戻った。

中隊の兵士達は、小隊長の指示通りに町の中に入って行く。その動きには、一切の無駄が
無い。

「いい動きだ。さて、俺も後に続くぞ。」

エルトラ中尉は、第2小隊の後に続いた。

「中隊長、別の部隊も町に進入を始めたようです。」
「まずは入れたか。さて、問題はここからだぞ。」

エルトラ中尉は、周囲を見回しながら、無線手にそう言う。
町の建物は、半数以上が半壊か、あるいは全壊しているが、原形を留めている物も多い。
もし、中にシホールアンル兵が居たら、彼らは手ぐすね引いて待ち構えているだろう。
それを見越してか、中隊の将兵達は、瓦礫や壁等の遮蔽物に身を隠しながら、徐々に町の内部に入って行く。
やがて、町の石畳の広場に達した時、唐突に瓦礫の隙間から魔道銃の発射光が煌めいた。

「敵だ!」

誰かが叫ぶよりも早く、将兵達は一斉に身を伏せた。
彼らの反応は早かった。しかし、全員がこの不意打ちから逃れられた訳ではない。
最先頭に居た3人の軍曹と兵が、魔道銃の光弾を浴びてしまった。

「分隊長がやられた!」
「畜生!衛生兵!衛生兵はどこだ!?」

別の兵士から、悲鳴のような声が上がるが、それと同時に、前方の発射光に向けて反撃が加えられる。
BARを持っていた兵が、すかさず7.62ミリ弾の連射を叩き込み、発射光の周囲に弾着の煙が上がる。
撃ち出された魔道銃は1つだけではなく、広場を見渡せるありとあらゆる場所から、第2小隊目掛けて猛烈に撃ちまくっていた。
敵の迎撃に対し、小隊もライフルや軽機関銃等を使って猛然と撃ち返す。
ライフルグレネードを装備していた兵が、発射光の1つに狙いを定めて撃ち込む。

80メートル前方で、第2小隊を狙い撃ちにしていた魔道銃が、至近にライフルグレネードの弾着を受けて射手が吹き飛ばされ、沈黙する。
別の魔道銃が、ライフルグレネードを撃った兵を狙って猛射して来た。
兵はすぐに伏せて、射弾をかわし、難を逃れるが、これで頭を抑えられてしまった。
彼我の銃火が飛び交う中、エルトラ中尉は、状況が芳しくない事に気付く。

「いかんな、このままではここに釘付けにされてしまう。無線手!他の部隊はどうなっている?」

彼は、壁の隙間から、敵陣の様子を確認しながら、無線手に話しかける。

「他の部隊も、敵の待ち伏せに会って身動きが取れないようです。」
「くそ、まずったな。こっちの被害は少ないが……交戦距離が近すぎる今のままじゃ、砲兵の支援を受ける事は難しい。」

エルトラ中尉は舌打ちする。
第2小隊は、敵と80メートルから100メートルほど離れてから戦闘を行っている。
この状況で砲兵の支援を受ければ、高確率で誤射を受ける危険性がある。

「参ったな。」

彼はそう呟きつつも、何か打開策は無いかと、頭を巡らせる。

「戦車はどうした?後ろから戦車が付いてきている筈だが。」
「中隊長!タイブラグ中佐から電話です!」

その報告に、エルトラ中尉は微かに頬を緩ませながら、無線手から受話器を受け取る。

「もしもし!エルトラです!」
「おお、生きていたか。今、君達の後ろから200メートルの位置に居るが、かなり苦戦しているようだな。支援は必要か?」
「ええ、是非支援をお願いします!この距離じゃ、砲兵支援を受けられないですからね。」
「よし、わかった。これより支援射撃を行う。危ないから、しっかり頭を下げていろ。」

タイブラグ中佐との短い会話が終わると、彼は無線手に受話器を渡す。

「今から戦車隊が援護してくれる。皆には、戦車が砲撃を終えるまで頭を下げていろと伝えろ。急げ!」
「了解です!」

無線手は頷き、無線で各小隊に伝達する。唐突に、エルトラ中尉の目の前で、BARを撃ちまくっていた兵が撃たれ、仰向けに倒れる。

「やられたぞ!」

隣でM1カービンを撃っていた兵が、倒れた兵を見て叫んだ。
エルトラ中尉が、倒れた兵の側に這い寄る。

「衛生兵は……必要はないか。」

彼はそう言ってから、頭を横に振る。その兵士は、ヘルメットごと頭を撃ち抜かれていた。

「戦車の支援砲撃が来るぞ!頭を下げろー!!」

誰かが叫ぶ声が響く。その声を聞いた兵士達は、慌てて射撃を止めて、頭を地面に擦り付けんばかりに下げる。
その直後、砲弾の飛翔音が一瞬だけ鳴った、と思うと、原形を留められていた3階建ての建物から爆炎が上がった。
爆発個所は、魔道銃を撃ちまくっていた2階の窓であった。
この部屋には、3人のシホールアンル兵がおり、魔道銃を撃ちまくって第2小隊を足止めしていたが、着弾した
76ミリ砲弾の爆発によって、全員が粉砕された。
別の砲弾は、半壊していた2階建ての建物に命中する。
この砲弾は1階部分に命中し、1階に籠っていたシホールアンル兵14名を殺傷した。
被害はそれだけではなく、爆発エネルギーは事前砲撃で痛んだ建物の支柱をも破壊した。
支えを失った建物は、瞬く間に崩れ落ち、2階部分に残っていた8名のシホールアンル兵は、1人残らず倒壊に巻き込まれた。
また、ある建物には、複数の76ミリ砲弾が命中する。この3階建ての石造りの建物には、魔道銃3丁が配備されていたが、
命中した砲弾によって全てが破壊され、内部に居た20人のシホールアンル兵のうち、8名が戦死し、5名が負傷した。
これ以外にも、建物の周辺で砕け散った破片の直撃を食らったシホールアンル兵が続出し、この時点で3人が死亡、8人が重軽傷を負った。

戦車隊の支援射撃は続き、広場を取り囲むようにして建てられていた13の建物は、残らず命中弾を受けた。
戦車隊は砲弾の他にも発煙弾を混ぜており、最後の弾着の後、広場は濃い煙に覆われて行った。

「すげえ……やっぱ、戦車が居ると居ないでは、戦いの様相も変わって来るな。支援ありがとうよ。」

エルトラ中尉は、軽い口調でそう呟きながら、戦車隊の支援に感謝する。

「無線手、戦車隊に支援射撃を終了してくれと伝えろ。今なら、第3小隊と第1小隊が、敵の側面に回り込める。
俺達は、敵の注意を引き付けるために、中央突破を図る。」
「わかりました。」

無線手は頷いてから、タイブラグ中佐にエルトラ中尉の言葉を伝える。
その間、エルトラは第2小隊を敵陣に突入させるため、第2小隊の指揮官に命令を伝える。

「いいか、今から第2小隊は、あそこの敵陣に突っ込む。今は、煙で視界が遮られているから、敵も射撃をしにくいだろう。」
「了解しました。」

第2小隊長はエルトラの命令を受け、残りの兵を率いて煙に包まれた広場を駆け抜ける。
その頃には、タイブラグ中佐の戦車隊も、中隊から50メートルの後方に迫っていた。

「よし、俺も行くぞ。」

エルトラは、第2小隊の兵に混じりながら、煙の中を早足で突っ切って行く。
目の前の広場は、煙に覆われて見えにくい。彼の思った通り、敵は射撃を仕掛けて来なかった。
(読み通りだ。これなら上手くいくぞ。)
彼がそう思った直後、何かが落ちて来る音が後ろで聞こえた。
その音は、前線での戦いを経験した者ならば、誰もが聞いた事がある。

「手榴弾だ!伏せろ!」

エルトラは咄嗟に叫び、飛び込むような形で地面に伏せた。
後方で爆発があり、爆風が足元から背中、頭をなぞるように吹いて行く。
エルトラは、誰かが負傷したかと思ったが、幸いにも、この爆発で生じた負傷者は居なかった。

「くそ、ヒヤヒヤさせやがる!」

彼は、呪詛めいた言葉を吐きながら姿勢を起こし、駆け足で第2小隊に続く。
後方から、機関銃の発射音が響いて来る。
エルトラはそのまま無視して進んでいたためわからなかったが、タイブラグ中佐は、破壊された建物のベランダから、
3人のシホールアンル兵が現れ、そこから手榴弾を投げ込んでいる様子を見ていた。

「おい、生き残りが居るぞ!1人は魔道銃を構えている!すぐにあいつらを撃て!10時方向だ!」

砲塔が左に旋回し、同軸機銃が放たれる。曳光弾が、ミシンを縫うようにしてあっという間に3人のシホールアンル兵を横薙ぎにする。

「大隊長!他に敵は居ませんか!?」

同軸機銃を撃った砲手が、タイブラグに聞いて来る。
タイブラグは言われるまでも無く、他の建物の周囲に目を配っていたが、見た限りでは、第2小隊に攻撃を仕掛けようと
している敵は見当たらなかった。

「いや。今倒した奴ら以外は見当たらない。」

タイブラグは砲手にそう返しつつ、煙の方向をじっと見据える。

「危うく、魔道銃で掃射されるところだったな。しかし、大丈夫かな、エルトラ達は。」

彼は自然に、エルトラ中尉達の事を心配していた。
タイブラグ中佐の心配をよそに、エルトラ中尉は、第2小隊と共に前進を続ける。
ふと、前方から叫び声が聞こえて来た。

先頭を走っていた兵が合図を送り、後続の者に止まれと伝える。
第2小隊を率いているフリットバ少尉は、先頭を任せていた軍曹に小声で話す。

「軍曹、敵か?」
「は。どうやらそのようです。さきほどから、しきりに魔道士を呼び掛けています。敵さんに負傷者が出ているようです。」
「先の支援砲撃のせいだな。倒壊した建物の周辺には、いくつもの死体があったからな。恐らく、大量の死傷者が出ているに違いない。」
「どうした?」

後ろから歩み寄って来たエルトラが、フリットバ少尉を尋ねる。

「あそこに敵兵が居るようです。軍曹、数はどれぐらいだ?」
「正確にはわかりませんが、多くて10人ぐらいかと。さっきからしきりに、魔道士を呼んでいます。」
「魔道士か…生命探知魔法を使って、こっちの動きを探ろうとしているのかな。」
「いえ、先ほどから負傷者がいると言っていますので、恐らく治癒魔法を使わせようとしているのでは?」
「ふむ……まっ、どちらにしろ、押し通るしかないと思うが、軍曹、君はどう思う?」

エルトラは、軍曹に質問する。軍曹は5秒ほど思案してから、口を開いた。

「自分としては、前方に制圧射撃を加えてから進んだ方がいいかと思います。それをするには、まず、他の小隊がどの位置に
来ているかを確認しなければ。」
「確認は既にやっている。今の所、第2小隊が突出している。前方に関しては、好きなだけ撃ちまくれるぞ。」
「ならば、やる事は決まっていますね。」

フリットバ少尉が、はっきりとした口調で言う。

「よし。まずは、目の前に居るかもしれないシホールアンル兵達に銃弾を見舞ってやろう。射撃用意。」

エルトラの声に従い、横に展開した兵達が銃を構える。

「撃て!」

小さく、かつ、鋭い声音が響いた後、小隊の兵士達が一斉に銃を撃つ。
エルトラも、持っていたM1ガーランドを1クリップ(8発)分撃ち放った。
目の前の煙の中から、いくつもの悲鳴が上がった。
この時になって、周囲を覆っていた煙が、晴れ始め、視界が開けて来た。

「よし、進むぞ!」

フリットバ少尉の掛け声と共に、第2小隊の兵士達が立ち上がり、分隊毎に別れて建物の制圧に取り掛かる。
フリットバ少尉は、第1分隊と共に、半壊した3階建ての建物に突入した。
先頭の軍曹が、下半分が無くなったドアを撥ね退けて、1階に突入する。
そのすぐ後に2人が入り、周囲を見回す。

「異常なし!」
「1階には敵影は無い模様。続けて、2階の制圧に当たる。トラップが設置されているかもしれん、注意しろ!」

軍曹と兵が短いやりとりをし、素早い動きで2階へと続く階段に向かう。
すぐに、階段が見えて来た。軍曹は、ここでゆっくりと歩き始める。
幸いにも、階段にトラップの類は仕掛けられていなかった。
軍曹は、階段の安全を確認してから、後から続く兵に異常無しの合図を送る。
彼は、周囲に目を配りながら階段を1段1段上がった。
2階部分は、砲弾の直撃を受けたせいで左側部分の部屋の壁が無くなっており、そこから広場が見渡せた。
外からは、連続する銃撃音や、爆発音が絶えず聞こえて来る。
軍曹は、階段通路の横にある部屋を見る。

「……閉じられているな。」

彼はそう呟いてから、後ろに手振りで合図を送る。その後、彼は小走りでドアの左側に付く。右側には、すぐ後ろに居た兵士が付いた。

「鍵は閉まっている。誰か居るな。」
「突入するんですね?」

「そうだ。今から3つ数えてから突入だ。」

軍曹は、小声で兵に伝えてから、左手で秒読みを行う。
指が3本立てられ、それが1本ずつ下りて行く。3本目が降りた瞬間、軍曹は素早い動きでドアを蹴破った。
木の割れる音が響いた瞬間、中から剣を抜いたシホールアンル兵が、刺突の構えで軍曹に襲い掛かって来た。
間合いは3メートルも無い。
(間に合わん!)
そう確信した軍曹は、思い切って身を屈めた。軍曹の右肩に剣の切っ先が掠め、傷口から赤い血が流れる。
しかし、軍曹は鋭い痛みに耐えながら、一瞬のうちにシホールアンル兵の腹に突進し、あろうことか、そのまま体を掴んで、後ろに放り投げた。
ドスン!という音が鳴ると共に、シホールアンル兵が息苦しそうな悲鳴を上げる。
そのシホールアンル兵は、すぐ後ろから突いて来た兵から、銃床で顔面を殴られ、たちまちのうちに気絶した。
軍曹は後ろの事を気にせずに、更に室内に入った。
そして、彼は床に横たわるシホールアンル兵に銃を向けた。

「……2階の敵は、ひとまずこれだけか。」

軍曹は、床のシホールアンル兵を見ながら、そう呟く。
彼の目の前には、10人以上の負傷兵が床に転がされていた。いずれもが重傷者であった。

町の制圧は、思いのほか順調に進み、午前9時までに終わった。
シホールアンル側の最終防衛線は、いとも簡単に破られる事になったが、首都奪還戦は、ここから急展開を見せ始めた。


午前10時 ジャスオ領首都フェナトファムル

ジャスオ領首都にある旧王国宮殿内に設置された、ジャスオ領総督府では、首都警備に当たっていた第45歩兵師団の師団長と、
総督府に残っていた国内省の役人が口論をしていた。

「師団長閣下!ここは神聖なるシホールアンル帝国の領都ですぞ!敵が包囲しかけていると言って、撤退など出来る筈がありませんぞ!」

「政務官殿、貴方は現状が分かっているのか?私の師団は、既に戦力の4割を失い、残りの兵もまともに戦える状態ではない。
昨日の攻撃で、第31石甲師団が全滅してからは、もはや望みは断たれた。今は、残った戦力で持って、この包囲網を突破するしかない!」
「ほほう……つまり、貴方は兵力が足りぬから、ここを放棄しようと言われるのですな?」

政務官は、酷薄そうな笑みを浮かべる。

「ならば、住民達を徴用すれば良いではありませんか。保護領の民とは言え、立派な帝国臣民です。武器は豊富に残っているのですから、
何とかなるでしょう。」
「それで何とかなるのならば、苦労はせん!」

師団長は、顔を真っ赤にしながら叫んだ。

「前に徴用した現地兵だけでも不安が残るのに、それに加えて、訓練すらも行っていない現地の民を投入するのは無理がある。
例え投入したとしても、実戦では何の役にも立たんぞ。それに……住民の反発を更に強める可能性もある。」
「師団長。何を言われるのですか!?」

政務官は声を張り上げる。

「現地人とはいえ、彼らも帝国の臣民なのですぞ!?侵略者共に攻め込まれている以上、立ち上がるのは当然でしょう!」

師団長は、政務官の言葉に呆れてしまった。

「政務官…君はそう言うが、現地人共は、我々の方を侵略者であると思っているぞ。おまけに、君達国内省の役人が、
1週間前まで路上で処刑を行ったりしておるから、住民達の反発感情は限界にまで上がっている。こんな状況で、
強引に兵力の動員を行うなど、出来やしない。」

師団長に痛い所を突かれた政務官は、うっと呻いてから押し黙った。
ジャスオ領では、連合軍が占領地域を拡大するにあたって、各地で反シホールアンル運動で活発化していた。
ここフェナトファムルでも同様に、反シホールアンルを唱える団体が現れ、秘密裏に住民達へシホールアンルからの分離独立を
成すべきだと触れ回っていた。

また、反シホールアンル団体の中には、武装した民兵団も幾つか出現し、部隊移動中のシホールアンル軍や、補給部隊に対して
たびたび攻撃を仕掛け、軍の上層部を悩ませていた。
シホールアンル側は、3週間前からこれらの反シホールアンル運動を徹底的に取り締まったが、最も苛烈な取り締まりを行ったのが、
国内省直属の治安部隊であった。
この治安部隊は、建前上は治安維持を目的として設立された官憲組織だが、実態はシホールアンル正規軍と同様の装備(キリラルブス等
の移動兵器や、野砲等の重火器は装備されていない)を持っており、いざという時は迅速に暴動を鎮圧出来るように編成されている。
政務官は、本国に戻った総督の代理として取り締まりを指揮し、この3週間で1000名以上もの反シ団体(反シホールアンル団体の略)
のメンバーを摘発し、その全てを処刑した。
特にメンバーが多かったのが、このフェナトファムルであり、ここだけでも200名ものメンバーが検挙され、即刻処刑された後に、
街角で晒し物にされた。
これが功を奏したのか、フェナトファムルの住民達は、連合軍が間近に迫った今でも、家の中で大人しく時を過ごしていた。
だが、住民達の心中では、反発感情が限界にまで高まっている事は確実であり、もし、シホールアンル側が何かをしでかせば、
爆発する事は必至であった。
それを恐れる師団長は、政務官の案に反対し、こうして30分前から総督府で議論を交わしている。

「1時間前に、西側の最終防衛線が破られた。相手は戦車や高速の移動兵器を装備した機動部隊だ。今の所、首都入り口の防衛線で
小競り合いが起きているだけだが、敵が本気を出せば、この総督府まで攻め入るのは容易いだろう。」
「だからこそ、この住民達を動員するのです!奴らも、一応帝国臣民です。逃げる事など、出来る筈がありません!」

政務官が声高に言い返した時、彼の率いている治安部隊の指揮官が室内に入室して来た。

「政務官。先ほど、路上で、レジスタンスと思われる住人が蜂起を叫んでいました。」
「何?まだ虫けらが居たのか?」

政務官は、冷たい声で指揮官に問う。

「はっ。私の部下が、その場で処刑しました。危なかったですな。」
「うむ。」

指揮官の報告に、政務官は満足そうに頷く。

「師団長。このように、不埒な事を叫ぶ輩などはさっさと消せばよいのです。そうすれば、ここの住民達も命令にしたが」
「貴様は一体、何と言う事をしてくれたのだ!?」

師団長は、政務官の言葉を遮って、大声で喚いた。

「この大馬鹿者めが!!昔と今では、状況が違い過ぎるのだぞ!ただでさえ、絶望的ともいえる状況で、自分で自分を
追い詰めるような事をしでかすとは一体何事か!?」

彼の怒声を聞いた指揮官は、文字通り飛び上がってしまった。

「貴様らは、取り返しのつかない事をしたのだぞ!」

師団長は、怒りで顔を真っ赤に染め上げながら、政務官と指揮官を怒鳴る。

「師団長!」

そこに、司令部勤務の魔道士が、息を切らせながら入室して来た。

「大変です!町のあちこちで、住民が暴動を起こしております!市街地の入り口周辺では、数千名の住人が押し掛け、前線は崩壊寸前です!」
「………」
「………」

唐突に告げられたその言葉に、師団長と政務官は思考停止状態に陥った。
シーンと静まり返る室内には、外から響き渡る地鳴りような喚声が聞こえ始めていた。


その頃、首都の出入り口まで接近していたタイブラグ中佐の大隊は、首都で何らかの異変が起こっている事に気が付いた。

「おい。何か、様子が変だ。」

タイブラグは、入り口周辺でやけに人が集まっている事を不審に思った。

「あの人の数……ん?何か、入り口の前に座らされている人影が居るぞ。」
「大隊長!あれ、よく見たらシホールアンル兵ですよ!?それに、何かを喚き散らしている奴も、シホールアンル兵です!」
「本当だ…というか、よく見たら、あれは俺達と同じジャスオ人だぞ!」

タイブラグは驚いてしまった。
ジャスオ人は、髪の色が青か、あるいは紫色という特徴的な外見を持っている。
その髪の色素を持つ兵隊が、シホールアンル人と思しき兵隊を拘束していた。
そして、その後ろには、数え切れないほどの民間人がおり、何かを叫んでいた。

「そのまま前進を続けろ。どうやら、これはチャンスかもしれないぞ。」

タイブラグは、各隊に指示を飛ばしながら、入り口の門に群がる住民達を見据える。
ふと、彼は、門に旗が翻っている事に気が付いた。

「あれは…カステリナ。」

その旗は、シホールアンルの黒玉に向けられた剣では無く、ジャスオの花、カステリナを象った国旗だった。
正式に作られた旗と比べて、どこか手作り感が否めないではあるが、それでも、この旗はジャスオ王国の国旗である事に間違いはなかった。

「住民達も立ち上がったのか。」

タイブラグは、高揚感を感じながらも、務めて平静な声で呟いた。
この時、入り口の門に押し掛けていた住民の1人が、タイブラグの戦車隊を指さした。
1人が気付き、声を上げると、他の物もタイブラグの戦車隊を見、そして、割れんばかりの歓声を上げた。

「大隊長、連中かなり興奮していますよ。」
「そりゃ興奮するだろうよ。何しろ、今まで夢に見ていた解放軍の存在を、ようやく目にする事が出来たのだから。」

タイブラグは、操縦手に淡白な声で返した。

「大隊長。旅団長より通信です。」
「了解した……タイブラグです。」
「デンクォルスだ。そちらから首都の様子はハッキリ見えるな?」
「ええ。はっきりと見えます。どうやら、住民は蜂起したようです。入り口の大門には、数え切れない程の住民がおります。
旅団長、我々はどうしましょうか?」
「どうするかだと?それはもう、言うまでも無いさ。」

無線機の向こう側に居るデンクォルスが、当然とばかりに言い放つ。

「首都奪還の総仕上げをやるまでだ。タイブラグ、前進を許可する。君達も、国民達に混じって、シホット共を締め上げて来い。」
「はっ、了解です!」

タイブラグは頬を緩ませながら無線機を切ると、指揮下の大隊にいつも通りの指示を伝える。

「これより、我々は首都奪還戦の総仕上げを行う!前進開始!」

彼の掛け声がかかると、停止していた各車両が一斉に動き出した。
やがて、タイブラグの指揮する第2大隊は、フェナトファムルの西門から進入を始めた。
門をくぐる前に、門前で群がっていた住民達は大きく左右に別れ、第2大隊の進路を開く。

「お、道を開けてくれたか。」
「どうやら、住民達は通達をしっかり守っているようですね。こっちは大助かりですよ。」

操縦手がタイブラグに言う。それに、タイブラグは大きく頷いた。

「連中も、首都に残っている敵を早く仕留めて貰いたいのさ。」

タイブラグはそう返した。

道の沿道に広がった住民達は、次々と入城してくる第2大隊の戦車部隊に歓呼の叫びを上げている。

「ジャスオ王国万歳!自由万歳!」
「待っていたぞ、自由ジャスオ軍!」
「市街地の中枢部に巣食うシホールアンル野郎共をぶっ潰してくれ!」

第2大隊は、このように様々な声を耳にしながら、首都奪還を確実の物にするべく、最後の仕上げに取り掛かって行った。


10月21日 午後8時 カリフォルニア州サンディエゴ

太平洋艦隊司令長官であるチェスター・ニミッツ大将は、参謀長のフランク・フレッチャー中将から、今日の主な報告を聞いていた。

「ジャスオ領の首都が解放されたか。」
「はっ。目下、首都フェナトファムルでは、住民が圧政から解放された事により、歓喜の渦に包まれているようです。」
「これで、シホールアンルはまた1つ、占領国を失った訳か。」

ニミッツは、ため息交じりの声でそう言い放つ。

「シホールアンル軍は、まだジャスオ領の北東部を抑えていますが、首都を失った以上は、長官の言う通りになりますな。」

情報主任参謀のエドウィン・レイトン大佐が相槌を打つ。

「この事は、我々連合国にとって良い宣伝にもなるでしょう。恐らく、明後日の朝刊には、歓呼の渦で出迎えられる解放軍と、
熱狂する住民の写真が大きく掲載されているでしょう。」
「しかし……ジャスオがシホールアンルに占領されて、7年か。かの国の住民達は、今日ほど記憶に残る日は無いと、
思っているかもしれないな。」
「そうですな。」

フレッチャーが頷く。

「一番最初にやって来た解放軍が、自分達の国の軍人であるなら尚更の事でしょう。」
「ふむ……それにしても、フェナトファムルの奪還戦はもう少し掛ると見積もられていたが、意外と早い内に決着がついたな。」
「陸軍からの情報ですと、最終防衛線が破られた直後に、町に残っていた住民達が一斉に蜂起したそうです。蜂起の原因はまだ
わかりませんが、これによってシホールアンル側の守備隊は内外から攻め立てられ、最終的には降伏するしか無かったようです。」

レイトン大佐がニミッツに言う。

「強国シホールアンルの兵といえど、所詮はそれだけの器でしかなかった。と言う事か。」
「占領政策を見誤ったツケを、最も手痛い形で支払われた訳ですな。」

フレッチャーの言葉に、ニミッツは頷いた。

「とにもかくも、ジャスオ国民はこれで、シホールアンルの占領下から抜け出せつつある。ジャスオの国民はこれから、新しい時代を迎える事になるな。」

ニミッツはそう言ってから、机に置かれた書類に視線を向ける。

「しかし……ビルの送って来た作戦案だが……まさにブルの二つ名に相応しい物だな。」
「一見無茶な作戦に見えますが、実際は実行可能な作戦と言えます。これぞ、魔法通信傍受機の真の活用法ですな。」

レイトン大佐は苦笑しながら言う。

「検討の余地はあると思うが、この作戦が成功すれば、陸軍の悩みも少しは解消できるし、何よりも、シホールアンルにも、
そして、他の被占領国にも大きな影響を与えられるだろうな。とはいえ、」

ニミッツは、悪童のようなハルゼーの顔を思い浮かべる。

「ハロウィンの夜までには、現場海域に突入したいと要求してきている。どうやら、ハルゼーはシホールアンル人に対して、
ハロウィンとはどのような物かを教えたいらしいな。」
「アイオワとニュージャージーを使いながらですがね。」

フレッチャーは苦笑しながら、相槌を打つ。

「ひとまず、この作戦についての協議を、なるべく早めに行うとしよう。ビルも早く返事を待っているからな。」
+ タグ編集
  • タグ:
  • 星がはためく時
  • アメリカ軍
  • アメリカ
ウィキ募集バナー