第4話 交渉
1481年 11月3日 ニューヨーク北東沖
高速輸送船レゲイ号は、10月30日、突然、未知の飛空挺と出会った。
その飛空挺は5回ほど上空を旋回すると、その後は南西の方角に消えていった。
その後は何事も無かったように時間が過ぎて言ったが、3時間後に、また同じ飛空挺がやってきた。
こんどの飛空挺は1時間ほど上空を飛んで、彼らを監視していた。
1時間ほど経つと、やはり南西の方角に消えていった。
その日の夜、フレルは長距離魔法通信で、首都のオールフェスにこの未知の飛空挺の事を伝えた。
1時間後に魔法通信が受信された。
その魔法通信の内容は、針路を南西に取れ、何かの国があれば様子を見て来い、であった。
フレルは船長に命令して、針路を南西に変更させた。
それから2日が過ぎた11月2日、今度は洋上に見慣れぬ船が現れた。
船は3隻おり、いずれも大砲を装備していた。
その中の大き目の1隻は、3連装の砲塔を前部に3基、後部に2基、合計で15門の主砲を装備し、
それだけでなく、舷側にも小型の副砲らしきものを備えていた。
船の形からして、レゲイと大して変わらぬ大きさだが、それだけの船体に、合計で20門以上の大砲を装備している事に、
フレルらは度肝を抜かれた。
その3隻の船はいずれも赤縞模様と、片隅に青地星に無数の白い星を象った旗を誇らしげにたなびかせていた。
最初、彼らは信じられなかった。あのような旗は、この世界のどこにも無い。
似たようなものを探すだけでも困難である。
それに、3隻の船とも、中央部には煙突らしきものが据え付けられている。
レゲイは魔法石で動いているから煙突は無く、煤煙も吐かないが、未知の船3隻は、うっすらとだが煤煙を吐いている。
頭が混乱しかけた時に、大きめの軍艦から声をかけられた。
「こちらはアメリカ合衆国海軍、軽巡洋艦サヴァンナである。貴船の所属国はどこか?」
その言葉ははっきりと認識できた。
船長がすかさず答えた。
「我々は、シホールアンル帝国の所属である。この船の名前はレゲイ号である。」
大声で叫んだ声は、しっかりと相手にも伝わった。
「了解、これより貴船をレゲイ号と呼ぶ。これより先はわが合衆国の領海である。
いまは領海より遠い海域だが、このまま進めば我が国の領海に入る。
レゲイ号の目的は、我が合衆国の入国か?」
船長は一旦、メガホンを下げると、フレルに顔を向けた。
何か指示を求めような表情だ。
この船の主は、船長であるリィルガ中佐なのだが、針路を変更させたのはフレルだ。
フレルは皇帝直々の命令だからだ、といったに過ぎないが、実質的に彼が指揮権を握って
いるといっても過言ではない。
「船長、それを少し貸してくれないか?」
フレルは船長に頼み込む。
リィルガ中佐はメガホンを渡し、フレルはそれを受け取って、軽巡洋艦サヴァンナに向けて口を開く。
「私はシホールアンル帝国の国外相、グルレント・フレルである!皇帝陛下の指示により、
貴国の大臣との交渉に参った!」
この時、巡洋艦サヴァンナの艦長であるジョシュア・ラルカイル大佐は驚いていた。
「大臣との交渉だって!?」
「国外相と言うと・・・・・名前的にはわが国の国務省のようなものですかね?」
副長が首を捻って呟いた。
「そう言う感じだな。それにしても、シホールアンルという国なんて、聞いた事が無いぞ。
ヒトラーがいつの間にか欧州を征服して、国名を変えたのかな?」
「それはないでしょう。第一、そのシホールアンルとやらがドイツが主役の統一国家だとしても、
ドイツ語を喋って来るのでは?」
「そう言われると、そうだなぁ。」
ラルカイル艦長は、左舷300メートルの所で20ノットほどのスピードで航行する、レゲイル号を見つめた。
なぜ、あの船の船員達は、いきなりこちらが聞いても分かる言葉を言ってきたのだろうか?
それ以前に、あの煙突のない船は世界のどこを捜しても見つかる物ではない。
帆船だ、と言えば簡単だが、帆船に必要な帆なども全く見受けられない。
では蒸気、または燃料を使用した船か?
(いや、違う。)
彼は否定した。何しろ、あの船には、帆も、煙突も無いのだ。
蒸気機関等は、必ず煤煙が発生するため、煙突が必要になる。
それが無いと言う事は、視界に隠れている左舷船体に煤煙装置があるか、もしくは、全く別の動力で動いているか、である。
「外見は普通の船みたいですが、よく見てみると、高速性能を求めた形になっていますね。」
「君も分かるか。」
「ええ。」
副長は深く頷いた。
この副長は、本来は砲術が専門であるが、艦船の設計の分野に携わっていた事もあり、
船の形や性能を見れば、それが何を追及した作りになっているのかが分かる。
「船首を見てまず思ったのが、高速性能が高いと感じた事です。
船首は、軍艦でよく使われる、クリッパー方式のような作りになっています。
艦長もわかると思いますが、速度性能が高い艦種に、あのような形の船首が使われています。」
副長の言うとおり、ゲレイ号の船首は、普通の船とは違って船首の面積は狭い。
横幅はこのサヴァンナより少し太いぐらいであるが、全体的にバランスが取れている。
素人から見たらわかり辛いが、知識のあるものから見れば、なるほど。
この船が速度性能を特に求めた事が創造できるのである。
「と、すると。あの船は洋上を高速で突っ走れると言う事か。」
「その通りです。大雑把な考えですが、最低でも27ノットは発揮可能でしょう。」
「27ノットか・・・・アレを見た限りは、それぐらいは出せそうだな。最も、確証は持てないが。」
ラルカイル艦長はそう言って頷いた。
「それにしても、あちらさんの目的は、俺たちの国に入れて、大臣と話をさせてくれだとは、前代未聞な要求だね。」
「どうも、訳がわからなくなってきましたね。」
「とにかく、大西洋艦隊司令部に連絡を送ろう。」
ラルカイル艦長は、すぐさま、この事を大西洋艦隊司令部に報告させる事にした。
「報告は送るとして・・・・・・」
彼は、改めて謎の船に視線を送る。
「この未知との遭遇は、吉と出るか。凶と出るか。」
1481年 バージニア州ノーフォーク
バージニア州ノーフォークは、米海軍の一大根拠地として栄えた町である。
ノーフォークには大西洋艦隊司令部があり、その所属艦艇が港に係留されている。
そのノーフォークに、一群の船がやってきた。
作業の合間に、この船の群れを見た将兵は、変わった船が混じっている事に気がついた。
ブルックリン級軽巡、リバモア級駆逐艦に周囲を囲まれて、見慣れぬ船が、ゆっくりと入港してくる。
最初、味方の艦艇だと、気にも留めなかった者は、その真ん中の船に思わず目を見張った。
煙突も、帆も無いねずみ色の船。
しかし、船体は、前方を行くブルックリン級並みにあり、全体的にスピードがありそうな感じがする。
最初は、皆がこのような印象を持った。
様々な視線を周囲から注がれつつ、レゲイ号はノーフォークの港の奥に進みつつある。
甲板上で、始めてみる異国の軍港を見たフレル国外相は、思わず目を見張った。
港に係留されている船は、どれもこれも帝国の軍艦より早そうで、しかも大きい。
駆逐艦クラスは帝国のものとさほど変わらない大きさだが、奥に居座る戦艦には度肝を抜かれた。
全体的なデザインは重みがあり、何といっても積んでいる大砲が多い。
シホールアンルの戦艦は、主砲8門搭載の船が主流だが、このアメリカという国の海軍は、12門や
10門の主砲を積んでいる戦艦を何隻も保有している。
「まさしく、異界の地ですな。」
船長のリィルガ中佐が、驚きを押し殺した声で言ってきた。
「最初、すんなりと案内してくれたから、何か策があるのかと思ったが。
要するに、自分達はこのような海軍力を持っていると、私達に自慢するために、この軍港まで連れて来たのだろう。」
「なるほど。見た限りでは、戦艦級も6隻は確認できました。
1隻だけ、艦橋の背が少し低い、4連装の砲塔を持つ戦艦もいました。」
「4連装とは。」
フレルは驚きを通り越して少々呆れた。
「砲撃の時は、投射弾量が多くて便利そうだが、何か故障が多そうな感じもするな。」
いささか、デタラメな事を言って2人は笑う。
その時、リィルガ中佐の表情が凍りつく。
「船長、どうした?」
「国外相、あそこに見える船。何だか分かりますか?」
彼は船長の指差す方向を見た。レゲイ号の右舷前方600メートルの位置にある船だ。
船は2隻いる。うち1隻は出港準備中なのか、周りに小船が張り付いている。
その船には共通する特徴がある。
それは、甲板が真っ平な事である。
全体的には、真っ平な木の板に艦橋と煙突を真ん中に載せた感じだが、帝国の竜母よりはどこか精悍な感じもする。
「見える。確かに見えるよ。」
「あれは、竜母です!」
リィルガ中佐の表情はいささか厳しいものになっていた。
「確かに、帝国の持つ竜母と似ている。いや、形は似ているだけで、乗せているのは違うな。」
「甲板に何かが乗っています。小型の飛空挺のような感じもしますが。」
2人は、遠くの2隻の空母をじっと見つめている。
彼らは知らなかったが、その2隻の空母は、ワスプとヨークタウンである。
「船長、俺は長年、竜母はわが国の専売特許だと思っていたが、今日はその考えを改めないといけないな。」
フレルはそう言った。いつも柔和に緩んでいる表情は、これまでないほど固くなっている。
国務長官のコーデル・ハルは、用意された待合室で、誰かが来るのを待っていた。
「どうも、あの不可思議な現象から、おかしな事ばかりが続くものだ。いきなり、この国の大臣と合わせてくれ、とは。」
ハルは昨日の事を思い出した。
「やはり駄目でしたか。ミスターノムラ」
その時、ハルは野村吉三郎大使と会談していた。
この日、ハルはソ連、イギリス、ドイツ等といった各国の大使と会談を行っていた。
「あの日以来、本国からの入電は全く途絶えたままです。
うちの海軍武官などは、ショックのあまり寝込んだままです。」
「そうですか・・・・・・我々としても、原因の究明に全力を尽くしておりますが、
原因が分かるまでは今少し、時間が必要かもしれません。」
「確かに。」
野村大使も頷いた。
「とりあえず、今日はこれでお開きにしましょう。」
「おお、もうこんな時間でしたか。30分の会見の予定をずらしてしまって、申し訳ありません。」
「いやいや、大丈夫です。」
その時、秘書官が入って来た。秘書官は何かを言おうとしたが、ハルが目で合図した。
頷いた秘書官は、ドアを開いたまま、一旦部屋の外に出た。
野村大使が立ち上がり、部屋の外に出て行こうとする。
ハルも立ち上がって彼を見送る。
「何か少しでも情報が掴めれば、すぐにお知らせいたしましょう。」
「ありがとうございます、ハル長官。」
2人はそう言うと、握手を交わす。野村大使は表情を強張らせながら部屋から退出して行った。
「日本大使の表情、どこか冴えませんな。」
秘書官が言う。
「仕方ないさ。何しろ、本国が無くなってしまったのだ。」
ハルはそう言うと、深くため息をついた。
「今回の訳のわからん異変で、外国の大使館連中は今も戸惑っている。
ノーフォークにいるイギリス海軍の艦隊も未だに困惑している。それよりも、」
ハルは視線を秘書官に向き直した。
「何か情報が入ったのかね?」
「実は、その事でお話があるのです。」
「話か。なんだね?」
「ええ。実は、海軍の偵察艦隊が、ニューヨーク沖で不審な船を捕捉しました。」
「ああ、あの船か。」
ハルは思い出した。
11月2日に開かれた閣僚会議で、海軍のキング作戦部長がニューヨーク沖で南西に向けて航行している船を発見したと伝えた。
その船は30日に、海軍のカタリナ飛行艇がみつけた船と同じもので、数時間後に交代した別のカタリナ
からの報告では、その船の針路は南西。
つまり、アメリカ本土に向かっている事が判明した。
どうしてこの船が、アメリカ本土に向かっているのか、誰もがわからなかった。
閣僚の誰も彼もが、あの日以来「わからない」「原因不明だ」をよく口にするようになっている。
謎が謎を呼ぶ中、海軍の偵察艦隊の一隊が、この船と接触したのである。
「情報によりますと、その船はシホールアンル帝国と呼ばれる国の船で、乗員の中にはフレル国外相と呼ばれる人物が乗っていると。」
「シホールアンル帝国?フレル国外相?」
初めて聞く言葉に、ハルは首を捻った。
「大西洋の向こうに、シホールアンルという国名はあったか?」
「ありません。」
秘書官はきっぱりと言い放った。
「ドイツがいつの間にかヨーロッパを統一・・・・・・それはありえないな。
欧州は泥沼の戦争と化しているし。早々にヨーロッパを征服できるような兵力は無い。
とっくに消耗している。他にはないか?」
「あります。その船の名前はレゲイ号で、レゲイ号の乗員達はアメリカの入国を希望しているようです。
ここからが驚く所です。」
秘書官は、一瞬信じられないといった表情を浮かべるが、すぐに元の仕事をしている表情に戻る。
「船に乗っているフレル国外相は、この国の皇帝か、国外担当の大臣に会わせて欲しいと言っています。」
「ふむ。」
ハルは大きく頷いた。
「確かに驚くところだ。いきなり大臣に会わせろとはな。皇帝なんてものもいない。
西部辺りでは昔、ノートンとかいう男がいて、皇帝を名乗っていたが。
一体どういう考えをしているんだ、そのフレル国外相とやらは。」
そう言って、彼は机に置いてあるコーヒーを気晴らしに飲み干した。コーヒーは冷えててまずかった。
「さあ・・・・自分にはさっぱりで。」
「さっぱりか・・・・・最近はわからんとか、原因不明とか、さっぱりとかの言葉をよく聞くものだ。
大統領にはこの話は行ったかね?」
「ホワイトハウスには、いの一番に届いています。」
「そうか。そうならば」
ハルは電話に視線を送った。その時、電話が鳴った。
「まずは、君が会いたまえ、か。」
ハルは思考をめぐらしながら、そう呟く。
「相手は国外担当、そして、自分も国外も担当の大臣。まあ、ぴったりと言うべきか。」
彼は自嘲気味そう呟いた。
ここは、ノーフォーク海軍基地にある官舎を改造した、要人用の部屋である。
ハルはルーズベルト大統領に、そのフレル国外相と会ってはくれないかと言われ、
国務省からバージニア州のノーフォークに賭け付けた。
話は1対1で行われる。相手は、今話題となっている、フレル国外相である。
話によると、フレル国外相はとても若く、30代にも行っていないと言う事だ。
最初、ハルはフレル国外相を自分と同じように、老獪な外交官と思っていたが、当の本人が若いと聞いて驚いている。
「まあ、年の関係はともかく、相手はどのような話を私に持ちかけてくるのだろうか。」
彼は出発前に、ルーズベルト大統領と電話で話をしている。
「ハル。君も思っていると思うが、ここ最近はわからんとか、さっぱりとかの言葉をよく聞く。
正直言って、私も今の状況に混乱しかけている。そこに現れたあの客人は、我々が思っている謎を解くカギだ。
今のわからない状況を、わかる状況にしてきてくれ。」
(わかる状況にしてきてくれか・・・・・それは相手次第ですよ。大統領閣下)
ふと、ハルはそう思った。
今の状況は、正直言ってわからないことだらけである。
なぜ、本土とアラスカが訳の分からぬ世界に飛ばされたか。
なぜ、相手との言葉は通じ、紙に書かれている言語は理解できないのか。
その様々な謎を解くかも知れぬ人物が、もう少しで現れる。
ハルは次第に緊張してきた。まずは、いつもの通り愛想笑いでも浮かべながら出迎えようか。
そう思った時、ドアのノックする音が聞こえた。
1481年 11月4日 バージニア州ノーフォーク 午前10時
「どうぞ。」
ハルは言った。ドアが開かれ、カーキ色の海軍士官と、やや赤い上着を着た男が現れた。
海軍士官に施され、赤い上着を来た人物は頷いて中に入って来た。
ハルは立ち上がっていつものように出迎えた。
「ようこそ。よくお越しくださいました。私は合衆国国務長官のコーデル・ハルです。」
「私はシホールアンル帝国国外相のグルレント・フレルです。ハル国務長官にお会いできて光栄でございます。」
フレルはハルと握手を交わす。ハルがお座りくださいと、反対側のソファーに座らせた。
(それにしてもたまげたものだ。これほど若いとは。)
ハルは、フレルの若さに内心驚いた。予想はしていたものの、これほどとは思わなかった。
顔たちはどこかあどけなさが残っており、自分の子供と同じような歳である。
服装自体もどこか派手で、上着は赤で、下は黒いズボンのようなものをつけている。
ハルはスーツ姿である。普通、彼と交渉する外国の要人連中は決まって、スーツである。
しかし、フレルの服装は、ハルのこれまでの常識を打ち破るものだった。
よく見ると、品質のよい素材を使っている事が分かる。
それも、普通の民衆では手に届きそうも無いほどの金額の。
それよりも、ハルが関心を示したのは、フレルの目つきである。
最初の会見にしては、動揺した様子も無く、どこか据わった目つきだ。
大げさに言えば、これからお前に喧嘩をふっかけてやるぞ、と思わせるような目つきである。
(気に入らんな)
ハルはそう思いつつも、笑みを絶やさずにフレルに問いかけた。
「この度は、遠いお国からのご訪問、ご足労痛み入ります。」
「いえ、国務長官閣下。私はこのような事は慣れておりますので。
それに、あなたのほうが歳は上だ。なにも敬語は使わなくていいでしょう。」
「まあ、そうでしょうな。しかし、私としてはこれがいつもの癖となっておりますので。」
そう言ってハルは苦笑した。
「さて、率直にお聞きしますが、あなたはわが国に入国し、この国の要人と会談したい、
と言われておりましたね?」
「ええ、そうです。」
「何かわが国に対する援助、もしくは国交樹立などのお話の件で来られたのですか?」
「基本的には、その類ですな。」
フレルはそう言ってニヤリと笑みを浮かべた。
どうも、態度が上から下に対するような言い方だ。この人の癖なのだろうか?それとも・・・・・・
(まさか。外交は一発勝負だ。そう簡単に、自分達と戦争して下さい、と馬鹿正直に言う奴はおらんだろう。)
彼は内心で、浮かびかけた馬鹿な考えを消した。
「国務長官閣下は、私に何か質問はございませんか?」
「質問ですか。では国外相閣下、あなたの祖国、シホールアンル帝国というお国はどのようなものでしょうか?」
「シホールアンルは、一概に言えば強い国です。」
「強い国・・・ですか」
ハルは小声で反芻した。
「これまで、わが国に挑んでくる矮小な国家群がありましたが、最近はこれらを統合し、我がシホールアンルの
統治下に納めるべく、南大陸で決死の解放戦争を繰り広げています。」
「解放戦争、と申しますと、あなた方はその南大陸とやらと戦っているのですな?」
「そうです。今は各地で激戦を繰り広げておりますが、それも1年ほどで収まり、北、南大陸は
わがシホールアンルの優秀な制度の下、統治されるでしょう。」
「なるほど。それは羨ましいものですな。」
ハルは微笑みながら相槌を打った。
「わが国の悲願でありますから。北大陸、南大陸さえ統一できれば、後は平和になるだけです。
しかし、それには幾ばくか時間が掛かりそうです。」
「戦争とは、相手があるものですからな。上手くいくときもあれば、思うように行かない時もある」
「その通りです。」
フレルはずいと、姿勢を前に寄せた。これからが本題だ、と言いたげである。
「そこでですが、我々は今後、貴国にあることを頼みたい。」
「あること、ですか?」
ハルが興味津々といった表情で聞き返した。
「そうです。これは極めて重要な頼みごとです。
もちろん、即断せよと言う事ではありませんが。頼みごとを聞くのはお好きですかな?」
「う~ん・・・・どちかといえば、どっちでもないような。」
「まあ、要するにこうです。本当は文書をお渡ししたいのですが、口頭のほうが早いので、説明いたします。」
そう言って、フレルは深呼吸を吐き、途端に挑むような表情に変わった。
「実は、あなた方の国に、わが国の指揮下に入ってもらいたい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
唐突に発せられた言葉に、ハルは思わず聞き返した。
外見はひょうひょうとした口調だが、内心は心臓が飛び跳ねんばかりに仰天していた。
(指揮下・・・・・・・それって、もしかして)
「国外相閣下、言葉の意味がわからないのですが。」
「要するに、あなた方の国をは、わがシホールアンル指揮下に入って貰いたいと言う事です。
正直言って、このアメリカという国は素晴らしい。戦力といい、国土といい。地図を少し見ただけ
なのであまり分かりませんが、このような国を手中にしないのは惜しい事。
是非、我らが傘下に組み込みたいものです。」
ハルは唖然としていた。
指揮下に組み込む!
遠まわしどころか、率直過ぎた。要するに、シホールアンルの領土になれと言うのだ。
ハルは、自分は狂人と話しているのでは、と錯覚した。
フレルは、シホールアンル史上最高の国外相と謳われた人物である。
シホールアンルの外交手法。それは、脅迫外交である。
元々、強国であったシホールアンルは、統一戦争開始時は、必ず攻め込もうとしていた相手国に、
フレルを派遣して戦争か、隷従かの選択を取らせている。
一見、馬鹿のような手法だが、なぜか北大陸ではこの手法で4つの国がシホールアンルに組み込まれてしまった。
中でも、ヒーリレ公国は北大陸ではシホールアンルに次ぐ強国にであったにもかかわらず、あっさりと
フレルの外交手腕の前にひれ伏し、国土を無血占領された。
「ふざけるな!戦争だ!!」
という国はヒーレリ公国が屈服するまでに、何度もあった。
そのような国は、圧倒的なシホールアンル陸海軍の前にたちまち叩き潰された。
住民に対しても容赦の無い攻撃が加えられ、多数の命が奪われている。
シホールアンルは、味方には優しく、味方側から見れば快活があり、頼れる軍を持った国である。
しかし、敵対国には容赦の無い攻撃を加えるため、他の人々は血に飢えたシホールアンルと呼んでいる。
その脅迫外交は次第に恒常化していき、南大陸に対してもこの手法が取られ、怒った南大陸は
連合軍を編成してシホールアンルに対抗している。
オールフェスは、魔法通信でいつものようにやれ、と命じていた。
そう、オールフェスは新たな国があれば傘下に組み込んでしまえと、即断したのである。
「そ、そのような事は、私には判断付きかねます。それ以前に、大統領閣下もそのような案には賛成しかねます。
逆に、我々が賛成したとしても、国民は納得するかどうか。あなたも分かると思いますが、わがアメリカ合衆国は
健全たる独立国です。それなのに、いきなり指揮下に入れと言われてもそれは無理があると言うものです。
もしかして、同盟になれ、との間違いではありませんか?」
ハルは震えた口調でそう言った。
彼の反応を楽しんでいるのか、フレルは嫌みったらしい笑みを浮かべた。
この笑みの前に、いくつもの国が失望し、また驚愕してきた。
フレルは、5年前のヒーレリのように、この国も落とせると確信していた。
なぜなら、ハルの表情はヒーレリ公国の国王が浮かべた表情と瓜二つであった。
「いえ、指揮下、です。」
その言葉で、ハルは確信した。
シホールアンルは、どのような自信があるのか知らぬが、早くもアメリカを手中に収めようとしている事を・・・・・・
(領土拡張のし過ぎは、国家の毒だな)
ハルはそう思った。
「私のみでは、判断はつきかねます。大統領閣下や他の閣僚と、よく検討してみます。」
それでは、今日はこれでお開きにしましょうと言いかけた時だった。
「よく検討してください。話し合い次第では、あなた方の国をある程度優遇するよう働きかけてあげますから。
別の回答が出た場合は、少しばかり恐ろしい事になりますが。」
フレルは決まった、と思った。
ハルの表情は青白くなっていた。
(いいぞ・・・・その顔。もはや、何も言う事も出来まい。帰ってよく検討するがいい。返答次第では、あの強力な艦隊を組み込んで、南大陸の占領を早める事が出来る)
フレルは、サディスティックな快感を覚えながら、この交渉が充分に手応えあったと感じた。
しかし、なぜか、ハルは話を終わります、とは言わなかった。
「なるほど。国外相閣下は実に素直だ。」
なぜか、吹っ切れた表情で、ハルは大きく頷いた。
「よく人に言われますよ。」
「ほう。では、私で何人目ですかな?」
「さあ、そこまでは分かりませんね」
そう言うと、不思議と笑った。なぜかハルも笑っていた。
「まあ、そうそう覚えきれるものではありますまい。」
ハルは笑みを次第に消して、フレルの目を見た。
「私は、この外交官という仕事を50年やってきました。」
「50年ですか。それは凄いものですな。今まで数え消えれないほど、ご苦労もあったでしょう。」
「ええ、確かにありましたよ。正直、何度も止めようと思っていましたが、私は思い切りの悪い人間でね。
ずるずるとやって行くうちに50年です。長いようで、短いものでしたね」
「私は27年しか生きていませんが、人生経験では流石にハル長官には敵いませんな」
「人間、長生きするといろいろ悟りを開くものですよ。」
彼はうんうんと頷きながら言った。そして、ハルは、
「今日もある事に気付きましたよ。」
「ほう、それはどのような事です?」
「先ほど、私は国外閣下を素直と申しましたね?では、私も素直に言ってよろしいでしょうか」
「ええ、良いですよ」
さて、どんな事をいってくるのやら。
フレルはなぜか楽しみにしながらそう思った。
「私の外交官人生50年の中で、これほどまでに傲慢で、恥知らずな稚拙きわまりの無い会見は行った事が無い。」
今度は、フレルが脅かされる番であった。
今まで、敏腕国外相として名を馳せたフレルだが、このような事を言われるのは初めてであった。
言い返そうとしたが、ハルは語調を上げて続けた。
「こうまでも、脅迫に徹し、相手に不快極まりの無い思いをさせる言葉をずけずけと吐き続け、
相手の戸惑う様子を楽しみながら交渉を進める。このような、相手を徹底的に馬鹿にした会談を
行わせる国家があるとは、私は夢にも思っていなかった。」
ハルの声は、なぜかやんわりとしたものであった。
だが、その内面には激しい激情が隠されており、一語一語が、フレルに。
いや、フレルの属するシホールアンル帝国全てに叩きつけられているようであった。
フレルは言い返そうとしたが、
「さあ、今日はこれでお開きです。気が向いたら、また交渉しましょう。気が向けば、ですがね」
そう言って、彼は用意された水を飲んだ。
フレルはなお、言い返そうとしたが、彼は内心で失敗を感じた。
最初、ハルを気弱そうな小役人だな、と思っていたが、それはとんでもない。
外見や応対の仕方は、どことなくそれっぽかったが、実際は外交という舞台を良く知っている、老獪な男であった。
つまり、猫の皮を被っていたのである。
唐突にドアが開かれた。
「・・・・そうですか。分かりました。では、またの機会があれば。」
フレルは、ハルに対して何も言わなかった。
いや、言えなかった。度量は明らかにハルの方が勝っていた。
ハルはフレルがいないかのように、そのまま前を見続けていた。
1481年 11月3日 ニューヨーク北東沖
高速輸送船レゲイ号は、10月30日、突然、未知の飛空挺と出会った。
その飛空挺は5回ほど上空を旋回すると、その後は南西の方角に消えていった。
その後は何事も無かったように時間が過ぎて言ったが、3時間後に、また同じ飛空挺がやってきた。
こんどの飛空挺は1時間ほど上空を飛んで、彼らを監視していた。
1時間ほど経つと、やはり南西の方角に消えていった。
その日の夜、フレルは長距離魔法通信で、首都のオールフェスにこの未知の飛空挺の事を伝えた。
1時間後に魔法通信が受信された。
その魔法通信の内容は、針路を南西に取れ、何かの国があれば様子を見て来い、であった。
フレルは船長に命令して、針路を南西に変更させた。
それから2日が過ぎた11月2日、今度は洋上に見慣れぬ船が現れた。
船は3隻おり、いずれも大砲を装備していた。
その中の大き目の1隻は、3連装の砲塔を前部に3基、後部に2基、合計で15門の主砲を装備し、
それだけでなく、舷側にも小型の副砲らしきものを備えていた。
船の形からして、レゲイと大して変わらぬ大きさだが、それだけの船体に、合計で20門以上の大砲を装備している事に、
フレルらは度肝を抜かれた。
その3隻の船はいずれも赤縞模様と、片隅に青地星に無数の白い星を象った旗を誇らしげにたなびかせていた。
最初、彼らは信じられなかった。あのような旗は、この世界のどこにも無い。
似たようなものを探すだけでも困難である。
それに、3隻の船とも、中央部には煙突らしきものが据え付けられている。
レゲイは魔法石で動いているから煙突は無く、煤煙も吐かないが、未知の船3隻は、うっすらとだが煤煙を吐いている。
頭が混乱しかけた時に、大きめの軍艦から声をかけられた。
「こちらはアメリカ合衆国海軍、軽巡洋艦サヴァンナである。貴船の所属国はどこか?」
その言葉ははっきりと認識できた。
船長がすかさず答えた。
「我々は、シホールアンル帝国の所属である。この船の名前はレゲイ号である。」
大声で叫んだ声は、しっかりと相手にも伝わった。
「了解、これより貴船をレゲイ号と呼ぶ。これより先はわが合衆国の領海である。
いまは領海より遠い海域だが、このまま進めば我が国の領海に入る。
レゲイ号の目的は、我が合衆国の入国か?」
船長は一旦、メガホンを下げると、フレルに顔を向けた。
何か指示を求めような表情だ。
この船の主は、船長であるリィルガ中佐なのだが、針路を変更させたのはフレルだ。
フレルは皇帝直々の命令だからだ、といったに過ぎないが、実質的に彼が指揮権を握って
いるといっても過言ではない。
「船長、それを少し貸してくれないか?」
フレルは船長に頼み込む。
リィルガ中佐はメガホンを渡し、フレルはそれを受け取って、軽巡洋艦サヴァンナに向けて口を開く。
「私はシホールアンル帝国の国外相、グルレント・フレルである!皇帝陛下の指示により、
貴国の大臣との交渉に参った!」
この時、巡洋艦サヴァンナの艦長であるジョシュア・ラルカイル大佐は驚いていた。
「大臣との交渉だって!?」
「国外相と言うと・・・・・名前的にはわが国の国務省のようなものですかね?」
副長が首を捻って呟いた。
「そう言う感じだな。それにしても、シホールアンルという国なんて、聞いた事が無いぞ。
ヒトラーがいつの間にか欧州を征服して、国名を変えたのかな?」
「それはないでしょう。第一、そのシホールアンルとやらがドイツが主役の統一国家だとしても、
ドイツ語を喋って来るのでは?」
「そう言われると、そうだなぁ。」
ラルカイル艦長は、左舷300メートルの所で20ノットほどのスピードで航行する、レゲイル号を見つめた。
なぜ、あの船の船員達は、いきなりこちらが聞いても分かる言葉を言ってきたのだろうか?
それ以前に、あの煙突のない船は世界のどこを捜しても見つかる物ではない。
帆船だ、と言えば簡単だが、帆船に必要な帆なども全く見受けられない。
では蒸気、または燃料を使用した船か?
(いや、違う。)
彼は否定した。何しろ、あの船には、帆も、煙突も無いのだ。
蒸気機関等は、必ず煤煙が発生するため、煙突が必要になる。
それが無いと言う事は、視界に隠れている左舷船体に煤煙装置があるか、もしくは、全く別の動力で動いているか、である。
「外見は普通の船みたいですが、よく見てみると、高速性能を求めた形になっていますね。」
「君も分かるか。」
「ええ。」
副長は深く頷いた。
この副長は、本来は砲術が専門であるが、艦船の設計の分野に携わっていた事もあり、
船の形や性能を見れば、それが何を追及した作りになっているのかが分かる。
「船首を見てまず思ったのが、高速性能が高いと感じた事です。
船首は、軍艦でよく使われる、クリッパー方式のような作りになっています。
艦長もわかると思いますが、速度性能が高い艦種に、あのような形の船首が使われています。」
副長の言うとおり、ゲレイ号の船首は、普通の船とは違って船首の面積は狭い。
横幅はこのサヴァンナより少し太いぐらいであるが、全体的にバランスが取れている。
素人から見たらわかり辛いが、知識のあるものから見れば、なるほど。
この船が速度性能を特に求めた事が創造できるのである。
「と、すると。あの船は洋上を高速で突っ走れると言う事か。」
「その通りです。大雑把な考えですが、最低でも27ノットは発揮可能でしょう。」
「27ノットか・・・・アレを見た限りは、それぐらいは出せそうだな。最も、確証は持てないが。」
ラルカイル艦長はそう言って頷いた。
「それにしても、あちらさんの目的は、俺たちの国に入れて、大臣と話をさせてくれだとは、前代未聞な要求だね。」
「どうも、訳がわからなくなってきましたね。」
「とにかく、大西洋艦隊司令部に連絡を送ろう。」
ラルカイル艦長は、すぐさま、この事を大西洋艦隊司令部に報告させる事にした。
「報告は送るとして・・・・・・」
彼は、改めて謎の船に視線を送る。
「この未知との遭遇は、吉と出るか。凶と出るか。」
1481年 バージニア州ノーフォーク
バージニア州ノーフォークは、米海軍の一大根拠地として栄えた町である。
ノーフォークには大西洋艦隊司令部があり、その所属艦艇が港に係留されている。
そのノーフォークに、一群の船がやってきた。
作業の合間に、この船の群れを見た将兵は、変わった船が混じっている事に気がついた。
ブルックリン級軽巡、リバモア級駆逐艦に周囲を囲まれて、見慣れぬ船が、ゆっくりと入港してくる。
最初、味方の艦艇だと、気にも留めなかった者は、その真ん中の船に思わず目を見張った。
煙突も、帆も無いねずみ色の船。
しかし、船体は、前方を行くブルックリン級並みにあり、全体的にスピードがありそうな感じがする。
最初は、皆がこのような印象を持った。
様々な視線を周囲から注がれつつ、レゲイ号はノーフォークの港の奥に進みつつある。
甲板上で、始めてみる異国の軍港を見たフレル国外相は、思わず目を見張った。
港に係留されている船は、どれもこれも帝国の軍艦より早そうで、しかも大きい。
駆逐艦クラスは帝国のものとさほど変わらない大きさだが、奥に居座る戦艦には度肝を抜かれた。
全体的なデザインは重みがあり、何といっても積んでいる大砲が多い。
シホールアンルの戦艦は、主砲8門搭載の船が主流だが、このアメリカという国の海軍は、12門や
10門の主砲を積んでいる戦艦を何隻も保有している。
「まさしく、異界の地ですな。」
船長のリィルガ中佐が、驚きを押し殺した声で言ってきた。
「最初、すんなりと案内してくれたから、何か策があるのかと思ったが。
要するに、自分達はこのような海軍力を持っていると、私達に自慢するために、この軍港まで連れて来たのだろう。」
「なるほど。見た限りでは、戦艦級も6隻は確認できました。
1隻だけ、艦橋の背が少し低い、4連装の砲塔を持つ戦艦もいました。」
「4連装とは。」
フレルは驚きを通り越して少々呆れた。
「砲撃の時は、投射弾量が多くて便利そうだが、何か故障が多そうな感じもするな。」
いささか、デタラメな事を言って2人は笑う。
その時、リィルガ中佐の表情が凍りつく。
「船長、どうした?」
「国外相、あそこに見える船。何だか分かりますか?」
彼は船長の指差す方向を見た。レゲイ号の右舷前方600メートルの位置にある船だ。
船は2隻いる。うち1隻は出港準備中なのか、周りに小船が張り付いている。
その船には共通する特徴がある。
それは、甲板が真っ平な事である。
全体的には、真っ平な木の板に艦橋と煙突を真ん中に載せた感じだが、帝国の竜母よりはどこか精悍な感じもする。
「見える。確かに見えるよ。」
「あれは、竜母です!」
リィルガ中佐の表情はいささか厳しいものになっていた。
「確かに、帝国の持つ竜母と似ている。いや、形は似ているだけで、乗せているのは違うな。」
「甲板に何かが乗っています。小型の飛空挺のような感じもしますが。」
2人は、遠くの2隻の空母をじっと見つめている。
彼らは知らなかったが、その2隻の空母は、ワスプとヨークタウンである。
「船長、俺は長年、竜母はわが国の専売特許だと思っていたが、今日はその考えを改めないといけないな。」
フレルはそう言った。いつも柔和に緩んでいる表情は、これまでないほど固くなっている。
国務長官のコーデル・ハルは、用意された待合室で、誰かが来るのを待っていた。
「どうも、あの不可思議な現象から、おかしな事ばかりが続くものだ。いきなり、この国の大臣と合わせてくれ、とは。」
ハルは昨日の事を思い出した。
「やはり駄目でしたか。ミスターノムラ」
その時、ハルは野村吉三郎大使と会談していた。
この日、ハルはソ連、イギリス、ドイツ等といった各国の大使と会談を行っていた。
「あの日以来、本国からの入電は全く途絶えたままです。
うちの海軍武官などは、ショックのあまり寝込んだままです。」
「そうですか・・・・・・我々としても、原因の究明に全力を尽くしておりますが、
原因が分かるまでは今少し、時間が必要かもしれません。」
「確かに。」
野村大使も頷いた。
「とりあえず、今日はこれでお開きにしましょう。」
「おお、もうこんな時間でしたか。30分の会見の予定をずらしてしまって、申し訳ありません。」
「いやいや、大丈夫です。」
その時、秘書官が入って来た。秘書官は何かを言おうとしたが、ハルが目で合図した。
頷いた秘書官は、ドアを開いたまま、一旦部屋の外に出た。
野村大使が立ち上がり、部屋の外に出て行こうとする。
ハルも立ち上がって彼を見送る。
「何か少しでも情報が掴めれば、すぐにお知らせいたしましょう。」
「ありがとうございます、ハル長官。」
2人はそう言うと、握手を交わす。野村大使は表情を強張らせながら部屋から退出して行った。
「日本大使の表情、どこか冴えませんな。」
秘書官が言う。
「仕方ないさ。何しろ、本国が無くなってしまったのだ。」
ハルはそう言うと、深くため息をついた。
「今回の訳のわからん異変で、外国の大使館連中は今も戸惑っている。
ノーフォークにいるイギリス海軍の艦隊も未だに困惑している。それよりも、」
ハルは視線を秘書官に向き直した。
「何か情報が入ったのかね?」
「実は、その事でお話があるのです。」
「話か。なんだね?」
「ええ。実は、海軍の偵察艦隊が、ニューヨーク沖で不審な船を捕捉しました。」
「ああ、あの船か。」
ハルは思い出した。
11月2日に開かれた閣僚会議で、海軍のキング作戦部長がニューヨーク沖で南西に向けて航行している船を発見したと伝えた。
その船は30日に、海軍のカタリナ飛行艇がみつけた船と同じもので、数時間後に交代した別のカタリナ
からの報告では、その船の針路は南西。
つまり、アメリカ本土に向かっている事が判明した。
どうしてこの船が、アメリカ本土に向かっているのか、誰もがわからなかった。
閣僚の誰も彼もが、あの日以来「わからない」「原因不明だ」をよく口にするようになっている。
謎が謎を呼ぶ中、海軍の偵察艦隊の一隊が、この船と接触したのである。
「情報によりますと、その船はシホールアンル帝国と呼ばれる国の船で、乗員の中にはフレル国外相と呼ばれる人物が乗っていると。」
「シホールアンル帝国?フレル国外相?」
初めて聞く言葉に、ハルは首を捻った。
「大西洋の向こうに、シホールアンルという国名はあったか?」
「ありません。」
秘書官はきっぱりと言い放った。
「ドイツがいつの間にかヨーロッパを統一・・・・・・それはありえないな。
欧州は泥沼の戦争と化しているし。早々にヨーロッパを征服できるような兵力は無い。
とっくに消耗している。他にはないか?」
「あります。その船の名前はレゲイ号で、レゲイ号の乗員達はアメリカの入国を希望しているようです。
ここからが驚く所です。」
秘書官は、一瞬信じられないといった表情を浮かべるが、すぐに元の仕事をしている表情に戻る。
「船に乗っているフレル国外相は、この国の皇帝か、国外担当の大臣に会わせて欲しいと言っています。」
「ふむ。」
ハルは大きく頷いた。
「確かに驚くところだ。いきなり大臣に会わせろとはな。皇帝なんてものもいない。
西部辺りでは昔、ノートンとかいう男がいて、皇帝を名乗っていたが。
一体どういう考えをしているんだ、そのフレル国外相とやらは。」
そう言って、彼は机に置いてあるコーヒーを気晴らしに飲み干した。コーヒーは冷えててまずかった。
「さあ・・・・自分にはさっぱりで。」
「さっぱりか・・・・・最近はわからんとか、原因不明とか、さっぱりとかの言葉をよく聞くものだ。
大統領にはこの話は行ったかね?」
「ホワイトハウスには、いの一番に届いています。」
「そうか。そうならば」
ハルは電話に視線を送った。その時、電話が鳴った。
「まずは、君が会いたまえ、か。」
ハルは思考をめぐらしながら、そう呟く。
「相手は国外担当、そして、自分も国外も担当の大臣。まあ、ぴったりと言うべきか。」
彼は自嘲気味そう呟いた。
ここは、ノーフォーク海軍基地にある官舎を改造した、要人用の部屋である。
ハルはルーズベルト大統領に、そのフレル国外相と会ってはくれないかと言われ、
国務省からバージニア州のノーフォークに賭け付けた。
話は1対1で行われる。相手は、今話題となっている、フレル国外相である。
話によると、フレル国外相はとても若く、30代にも行っていないと言う事だ。
最初、ハルはフレル国外相を自分と同じように、老獪な外交官と思っていたが、当の本人が若いと聞いて驚いている。
「まあ、年の関係はともかく、相手はどのような話を私に持ちかけてくるのだろうか。」
彼は出発前に、ルーズベルト大統領と電話で話をしている。
「ハル。君も思っていると思うが、ここ最近はわからんとか、さっぱりとかの言葉をよく聞く。
正直言って、私も今の状況に混乱しかけている。そこに現れたあの客人は、我々が思っている謎を解くカギだ。
今のわからない状況を、わかる状況にしてきてくれ。」
(わかる状況にしてきてくれか・・・・・それは相手次第ですよ。大統領閣下)
ふと、ハルはそう思った。
今の状況は、正直言ってわからないことだらけである。
なぜ、本土とアラスカが訳の分からぬ世界に飛ばされたか。
なぜ、相手との言葉は通じ、紙に書かれている言語は理解できないのか。
その様々な謎を解くかも知れぬ人物が、もう少しで現れる。
ハルは次第に緊張してきた。まずは、いつもの通り愛想笑いでも浮かべながら出迎えようか。
そう思った時、ドアのノックする音が聞こえた。
1481年 11月4日 バージニア州ノーフォーク 午前10時
「どうぞ。」
ハルは言った。ドアが開かれ、カーキ色の海軍士官と、やや赤い上着を着た男が現れた。
海軍士官に施され、赤い上着を来た人物は頷いて中に入って来た。
ハルは立ち上がっていつものように出迎えた。
「ようこそ。よくお越しくださいました。私は合衆国国務長官のコーデル・ハルです。」
「私はシホールアンル帝国国外相のグルレント・フレルです。ハル国務長官にお会いできて光栄でございます。」
フレルはハルと握手を交わす。ハルがお座りくださいと、反対側のソファーに座らせた。
(それにしてもたまげたものだ。これほど若いとは。)
ハルは、フレルの若さに内心驚いた。予想はしていたものの、これほどとは思わなかった。
顔たちはどこかあどけなさが残っており、自分の子供と同じような歳である。
服装自体もどこか派手で、上着は赤で、下は黒いズボンのようなものをつけている。
ハルはスーツ姿である。普通、彼と交渉する外国の要人連中は決まって、スーツである。
しかし、フレルの服装は、ハルのこれまでの常識を打ち破るものだった。
よく見ると、品質のよい素材を使っている事が分かる。
それも、普通の民衆では手に届きそうも無いほどの金額の。
それよりも、ハルが関心を示したのは、フレルの目つきである。
最初の会見にしては、動揺した様子も無く、どこか据わった目つきだ。
大げさに言えば、これからお前に喧嘩をふっかけてやるぞ、と思わせるような目つきである。
(気に入らんな)
ハルはそう思いつつも、笑みを絶やさずにフレルに問いかけた。
「この度は、遠いお国からのご訪問、ご足労痛み入ります。」
「いえ、国務長官閣下。私はこのような事は慣れておりますので。
それに、あなたのほうが歳は上だ。なにも敬語は使わなくていいでしょう。」
「まあ、そうでしょうな。しかし、私としてはこれがいつもの癖となっておりますので。」
そう言ってハルは苦笑した。
「さて、率直にお聞きしますが、あなたはわが国に入国し、この国の要人と会談したい、
と言われておりましたね?」
「ええ、そうです。」
「何かわが国に対する援助、もしくは国交樹立などのお話の件で来られたのですか?」
「基本的には、その類ですな。」
フレルはそう言ってニヤリと笑みを浮かべた。
どうも、態度が上から下に対するような言い方だ。この人の癖なのだろうか?それとも・・・・・・
(まさか。外交は一発勝負だ。そう簡単に、自分達と戦争して下さい、と馬鹿正直に言う奴はおらんだろう。)
彼は内心で、浮かびかけた馬鹿な考えを消した。
「国務長官閣下は、私に何か質問はございませんか?」
「質問ですか。では国外相閣下、あなたの祖国、シホールアンル帝国というお国はどのようなものでしょうか?」
「シホールアンルは、一概に言えば強い国です。」
「強い国・・・ですか」
ハルは小声で反芻した。
「これまで、わが国に挑んでくる矮小な国家群がありましたが、最近はこれらを統合し、我がシホールアンルの
統治下に納めるべく、南大陸で決死の解放戦争を繰り広げています。」
「解放戦争、と申しますと、あなた方はその南大陸とやらと戦っているのですな?」
「そうです。今は各地で激戦を繰り広げておりますが、それも1年ほどで収まり、北、南大陸は
わがシホールアンルの優秀な制度の下、統治されるでしょう。」
「なるほど。それは羨ましいものですな。」
ハルは微笑みながら相槌を打った。
「わが国の悲願でありますから。北大陸、南大陸さえ統一できれば、後は平和になるだけです。
しかし、それには幾ばくか時間が掛かりそうです。」
「戦争とは、相手があるものですからな。上手くいくときもあれば、思うように行かない時もある」
「その通りです。」
フレルはずいと、姿勢を前に寄せた。これからが本題だ、と言いたげである。
「そこでですが、我々は今後、貴国にあることを頼みたい。」
「あること、ですか?」
ハルが興味津々といった表情で聞き返した。
「そうです。これは極めて重要な頼みごとです。
もちろん、即断せよと言う事ではありませんが。頼みごとを聞くのはお好きですかな?」
「う~ん・・・・どちかといえば、どっちでもないような。」
「まあ、要するにこうです。本当は文書をお渡ししたいのですが、口頭のほうが早いので、説明いたします。」
そう言って、フレルは深呼吸を吐き、途端に挑むような表情に変わった。
「実は、あなた方の国に、わが国の指揮下に入ってもらいたい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
唐突に発せられた言葉に、ハルは思わず聞き返した。
外見はひょうひょうとした口調だが、内心は心臓が飛び跳ねんばかりに仰天していた。
(指揮下・・・・・・・それって、もしかして)
「国外相閣下、言葉の意味がわからないのですが。」
「要するに、あなた方の国をは、わがシホールアンル指揮下に入って貰いたいと言う事です。
正直言って、このアメリカという国は素晴らしい。戦力といい、国土といい。地図を少し見ただけ
なのであまり分かりませんが、このような国を手中にしないのは惜しい事。
是非、我らが傘下に組み込みたいものです。」
ハルは唖然としていた。
指揮下に組み込む!
遠まわしどころか、率直過ぎた。要するに、シホールアンルの領土になれと言うのだ。
ハルは、自分は狂人と話しているのでは、と錯覚した。
フレルは、シホールアンル史上最高の国外相と謳われた人物である。
シホールアンルの外交手法。それは、脅迫外交である。
元々、強国であったシホールアンルは、統一戦争開始時は、必ず攻め込もうとしていた相手国に、
フレルを派遣して戦争か、隷従かの選択を取らせている。
一見、馬鹿のような手法だが、なぜか北大陸ではこの手法で4つの国がシホールアンルに組み込まれてしまった。
中でも、ヒーリレ公国は北大陸ではシホールアンルに次ぐ強国にであったにもかかわらず、あっさりと
フレルの外交手腕の前にひれ伏し、国土を無血占領された。
「ふざけるな!戦争だ!!」
という国はヒーレリ公国が屈服するまでに、何度もあった。
そのような国は、圧倒的なシホールアンル陸海軍の前にたちまち叩き潰された。
住民に対しても容赦の無い攻撃が加えられ、多数の命が奪われている。
シホールアンルは、味方には優しく、味方側から見れば快活があり、頼れる軍を持った国である。
しかし、敵対国には容赦の無い攻撃を加えるため、他の人々は血に飢えたシホールアンルと呼んでいる。
その脅迫外交は次第に恒常化していき、南大陸に対してもこの手法が取られ、怒った南大陸は
連合軍を編成してシホールアンルに対抗している。
オールフェスは、魔法通信でいつものようにやれ、と命じていた。
そう、オールフェスは新たな国があれば傘下に組み込んでしまえと、即断したのである。
「そ、そのような事は、私には判断付きかねます。それ以前に、大統領閣下もそのような案には賛成しかねます。
逆に、我々が賛成したとしても、国民は納得するかどうか。あなたも分かると思いますが、わがアメリカ合衆国は
健全たる独立国です。それなのに、いきなり指揮下に入れと言われてもそれは無理があると言うものです。
もしかして、同盟になれ、との間違いではありませんか?」
ハルは震えた口調でそう言った。
彼の反応を楽しんでいるのか、フレルは嫌みったらしい笑みを浮かべた。
この笑みの前に、いくつもの国が失望し、また驚愕してきた。
フレルは、5年前のヒーレリのように、この国も落とせると確信していた。
なぜなら、ハルの表情はヒーレリ公国の国王が浮かべた表情と瓜二つであった。
「いえ、指揮下、です。」
その言葉で、ハルは確信した。
シホールアンルは、どのような自信があるのか知らぬが、早くもアメリカを手中に収めようとしている事を・・・・・・
(領土拡張のし過ぎは、国家の毒だな)
ハルはそう思った。
「私のみでは、判断はつきかねます。大統領閣下や他の閣僚と、よく検討してみます。」
それでは、今日はこれでお開きにしましょうと言いかけた時だった。
「よく検討してください。話し合い次第では、あなた方の国をある程度優遇するよう働きかけてあげますから。
別の回答が出た場合は、少しばかり恐ろしい事になりますが。」
フレルは決まった、と思った。
ハルの表情は青白くなっていた。
(いいぞ・・・・その顔。もはや、何も言う事も出来まい。帰ってよく検討するがいい。返答次第では、あの強力な艦隊を組み込んで、南大陸の占領を早める事が出来る)
フレルは、サディスティックな快感を覚えながら、この交渉が充分に手応えあったと感じた。
しかし、なぜか、ハルは話を終わります、とは言わなかった。
「なるほど。国外相閣下は実に素直だ。」
なぜか、吹っ切れた表情で、ハルは大きく頷いた。
「よく人に言われますよ。」
「ほう。では、私で何人目ですかな?」
「さあ、そこまでは分かりませんね」
そう言うと、不思議と笑った。なぜかハルも笑っていた。
「まあ、そうそう覚えきれるものではありますまい。」
ハルは笑みを次第に消して、フレルの目を見た。
「私は、この外交官という仕事を50年やってきました。」
「50年ですか。それは凄いものですな。今まで数え消えれないほど、ご苦労もあったでしょう。」
「ええ、確かにありましたよ。正直、何度も止めようと思っていましたが、私は思い切りの悪い人間でね。
ずるずるとやって行くうちに50年です。長いようで、短いものでしたね」
「私は27年しか生きていませんが、人生経験では流石にハル長官には敵いませんな」
「人間、長生きするといろいろ悟りを開くものですよ。」
彼はうんうんと頷きながら言った。そして、ハルは、
「今日もある事に気付きましたよ。」
「ほう、それはどのような事です?」
「先ほど、私は国外閣下を素直と申しましたね?では、私も素直に言ってよろしいでしょうか」
「ええ、良いですよ」
さて、どんな事をいってくるのやら。
フレルはなぜか楽しみにしながらそう思った。
「私の外交官人生50年の中で、これほどまでに傲慢で、恥知らずな稚拙きわまりの無い会見は行った事が無い。」
今度は、フレルが脅かされる番であった。
今まで、敏腕国外相として名を馳せたフレルだが、このような事を言われるのは初めてであった。
言い返そうとしたが、ハルは語調を上げて続けた。
「こうまでも、脅迫に徹し、相手に不快極まりの無い思いをさせる言葉をずけずけと吐き続け、
相手の戸惑う様子を楽しみながら交渉を進める。このような、相手を徹底的に馬鹿にした会談を
行わせる国家があるとは、私は夢にも思っていなかった。」
ハルの声は、なぜかやんわりとしたものであった。
だが、その内面には激しい激情が隠されており、一語一語が、フレルに。
いや、フレルの属するシホールアンル帝国全てに叩きつけられているようであった。
フレルは言い返そうとしたが、
「さあ、今日はこれでお開きです。気が向いたら、また交渉しましょう。気が向けば、ですがね」
そう言って、彼は用意された水を飲んだ。
フレルはなお、言い返そうとしたが、彼は内心で失敗を感じた。
最初、ハルを気弱そうな小役人だな、と思っていたが、それはとんでもない。
外見や応対の仕方は、どことなくそれっぽかったが、実際は外交という舞台を良く知っている、老獪な男であった。
つまり、猫の皮を被っていたのである。
唐突にドアが開かれた。
「・・・・そうですか。分かりました。では、またの機会があれば。」
フレルは、ハルに対して何も言わなかった。
いや、言えなかった。度量は明らかにハルの方が勝っていた。
ハルはフレルがいないかのように、そのまま前を見続けていた。